令和4(ワ)2695職務発明対価請求事件
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裁判所 |
請求棄却 大阪地方裁判所大阪地方裁判所
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裁判年月日 |
令和5年1月12日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告P1 被告シーシーエス株式会社
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法令 |
特許権
特許法35条5項1回 特許法35条1回 特許法29条1項2号1回 民法95条1回
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キーワード |
無効23回 特許権19回 職務発明17回 実施17回 抵触9回 侵害6回 審決3回 差止3回 訂正審判2回 新規性1回 損害賠償1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。15 |
事件の概要 |
1 本件は、被告の従業員であった原告が、被告に対し、職務発明について特許
を受ける権利を被告に承継させたことにつき、平成20年法律第16号による改正
前の特許法(以下「改正前特許法」という。)35条3項の規定に基づき、相当の
対価の未払分360万円及びこれに対する被告に対する請求の日の翌日である令和
3年8月27日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払25
を求める事案である。 |
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判決文
令和5年1月12日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官
令和4年(ワ)第2695号 職務発明対価請求事件
口頭弁論終結日 令和4年11月15日
判 決
原告 P1
同訴訟代理人弁護士 大河原 壽貴
被告 シーシーエス株式会社
10 同代表者代表取締役
同訴訟代理人弁護士 小松 陽一郎
同 大住 洋
主 文
1 原告の請求を棄却する。
15 2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は、原告に対し、360万円及びこれに対する令和3年8月27日から支払
済みまで年3分の割合による金員を支払え。
20 第2 事案の概要等
1 本件は、被告の従業員であった原告が、被告に対し、職務発明について特許
を受ける権利を被告に承継させたことにつき、平成20年法律第16号による改正
前の特許法(以下「改正前特許法」という。)35条3項の規定に基づき、相当の
対価の未払分360万円及びこれに対する被告に対する請求の日の翌日である令和
25 3年8月27日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払
を求める事案である。
2 前提事実
(1) 当事者
ア 原告
原告は、平成13年6月に被告に入社し、平成28年10月31日に退職するま
5 で、被告の従業員であった者である(原告の退職日について甲7)。
イ 被告
被告は、製造物の生産・検査・観察用途の照明機器並びに光学機器の開発、製造
及び販売等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の職務発明
10 原告は、被告在職中に、白・赤・緑・青などの複数色のLEDが用いられる光照
射装置において、順方向電圧が異なるLEDの配置総数を同じにしながら、直列に
並べるLEDの個数と、並列回路数を工夫することで、発光色が異なっても、 基板
の大きさや、基板におけるLEDの設置位置を共通にすることができる発明(以下
「本件発明」という。)をした(甲5、弁論の全趣旨)。
15 本件発明は、その性質上被告の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った
行為が被告における原告の当時の職務に属するものであった。
(3) 被告の特許出願及び職務発明規程等
ア 被告は、原告から本件発明に係る特許を受ける権利を承継し、平成20年7
月30日(本件出願日)、本件発明について、特許を出願し、平成21年8月28
20 日、別紙特許目録記載の特許の設定登録を受けた(以下「本件特許」といい、本件
特許に係る特許権を「本件特許権」という。)。なお、本件特許は、被告において
「30個いち特許」と呼ばれている。
イ 被告には、本件出願日当時、「職務発明規程」(乙3。以下「被告規程」と
いう。)及び「職務発明取扱細則」(乙4。以下「被告細則」といい、これと被告
25 規程を併せて「被告規程等」という。)が存在した。
(ア) 被告規程は、会社に対する貢献度が「特に高い」と認められる職務発明等を
した発明者に対して、貢献度に応じた実績報奨金を支給すること(12条1項)、
会社に対する貢献度が「高い」と認められる職務発明等をした発明者に対して、優
秀発明表彰金を支給すること(13条1項)、支給額等については、被告細則に定
めること(12条4項、13条4項)等を定めている。
5 (イ) 被告細則は、①実績報奨金について、特許権等の実施の状況及び発明者の貢
献度等を総合的に勘案することにより、その実績に応じて支給すること(5条1項)、
その発明が適用された製品の粗利益の額が1000万円を超えるものに適用され、
特許においては上限が100万円であること(同条3項)、発明等が適用された製
品の販売日から5年を経過したときに、実績報奨金の支払について知的財産委員会
10 が検討及び審議すること(同条5項)等を定め、②優秀発明表彰金について、特許
権等の実施の状況等を総合的に勘案することにより、その実績に応じて、一定の条
件に従い優秀発明表彰金支給額表に定める額を支給すること、当該表において「特
許」について「S」が30万円、「A」が20万円及び「B」が10万円(6条1
項)等と定めている。なお、実績報奨金と優秀発明表彰金が重複して支給されるこ
15 とはない(5条7項)。
(4) 原告及び被告間の合意等
ア 本件特許に係る評価書の送付
原告は、平成28年7月以降、被告に対し、本件発明につき、被告規程等に定め
る「実績報奨金」又は「優秀発明表彰金」(以下、これらを併せて「実績報奨金等」
20 という。)の支払対象となるか否かについての検討を求めた。
被告は、同年9月15日頃、原告に対し、「特許第4366431号(30個い
ち特許)の評価結果」と題する書面(甲5。以下「本件評価書」という。)を送付
した。本件評価書には、以下の記載がある。
「2.本件特許の特許請求の範囲の記載は広い。しかしながら、本件特許の特許
25 請求の範囲には、例えば、当社のLDRで本件特許出願前から適用されている技術、
即ち、順方向電圧が異なるLEDの配置総数を同じにしながら、直列に並べるLE
Dの個数と、並列回路数を工夫することで、発光色が異なっても、基板の大きさや、
基板におけるLEDの設置位置を共通にするという技術も含まれている。このため、
本件特許には無効理由が含まれている。これは、特許出願の際、実施例レベルから
発明の範囲を広げていった結果、従来技術を含むことになってしまったと考えられ
5 る。
3.そのため、本件特許の権利範囲は、現状の特許請求の範囲の記載ではなく、
従来技術を含まない実施例レベルに限定して解釈するのが相当である。すなわち、
以下の点が特徴となる。①LEDを直列に並べたときの個数が6個、10個、15
個というように3種類以上である。②LEDを直列に並べたときの3種類以上の個
10 数(6個、10個、15個)を基に最小公倍数を求め、それをLEDの総数として
いる。③LEDを直列に並べたときの個数を、最小公倍数が可能な限り小さくなり、
且つ並べる数が可能な限り多くなるように設定している。④なお、更に限定的に解
釈されると、30個を一単位としている点に限定される可能性もある。
4.従って、本件特許の権利範囲を正当に解釈すると、本件特許は、限定要素が
15 多く、他社による抵触回避が容易と言わざるを得ない。
5.ちなみに、P1ご指摘のOPFAのバー照明の1つのシリーズ…を確認して
みたところ…当該製品は本件特許には抵触していないと判断される。
6.以上のことから、本件特許は、他社による権利回避が可能で他社牽制等に役
立っているとは言い難く、職務発明規程で実績報奨金の対象となる「会社に対する
20 貢献度が特に高いと認められる」(同規程12条1項)、優秀発明表彰金の対象と
なる「会社に対する貢献度が高いと認められる」(同規程13条1項)には当たら
ないと考えられる。
7.ゆえに、本件特許は、実績報奨金、優秀発明表彰金の対象外と考える。」
イ 原告の退職
25 原告及び被告は、平成28年10月17日、原告と被告との間の雇用契約を合意
解約する旨の同日付の「合意書」を取り交わし、原告は、同月31日に被告を退職
した。
ウ 知的財産権に関する合意の締結
原告及び被告は、平成29年4月6日、「知的財産に関する合意書」(甲9。以
下「本件合意書」という。)を取り交わし、被告を「甲」、原告を「乙」として、
5 両者間の雇用契約存続中に原告が創作等した発明等及びこれらに基づき取得された
特許権等(「本件知的財産」)について、次のとおりの合意(以下「本件合意」と
いう。)をした(ただし、本件合意に係る原告の意思表示が無効又は取り消すこと
ができるものであるかについては、後記のとおり当事者間に争いがある。)。
「第2条 甲および乙は、労働契約および甲の社内規程に基づき、本件知的財産
10 に関する一切の権利が甲に帰属(乙が原始的に取得した権利がある場合は当該権利
を乙が甲に承継させたことを含む)していることをここに確認する。
2 甲は、本件知的財産に関する権利を取得した対価として、乙に支払済みの
報奨金等に加え、金30万円を乙に支払うものとする。(以下略)
3 乙は、前項の金員の支払いを以て、本件知的財産に関し、甲に対する乙の
15 請求権(甲の社内規程に基づく実績報奨金の支払いを含むがこれに限らない)が全
て消滅することに同意する。」
エ 被告による支払
被告は、原告に対し、本件合意に基づき30万円を支払った。
(5) 被告による本件特許権の行使等
20 ア 被告の提訴等
被告は、平成29年8月3日、株式会社レイマック(旧商号「株式会社イマック」。
以下「レイマック」という。)に対し、レイマックが製造販売する製品(以下「別
件製品」という。)が本件発明の技術的範囲に属し、レイマックによる別件製品の
製造及び販売が本件特許権を侵害するとして、別件製品の製造・販売等の差止及び
25 廃棄並びに本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償等を請求する訴訟(以下「別
件訴訟」という。)を提起した。
別件訴訟の控訴審において、令和2年9月30日、被告の請求を一部認容する判
決がなされ、同判決は確定した。
イ 本件特許の特許請求の範囲の訂正
被告は、別件訴訟係属中に、本件特許の特許請求の範囲について、請求項1及び
5 同3を訂正し、請求項2を削除する旨の訂正審判を請求し(以下「第1次訂正」と
いう。)、第1次訂正を認める審決が確定した。
被告は、第1次訂正に係る審判の係属中に、第1次訂正後の特許請求の範囲につ
いて、請求項1を再訂正する旨の訂正審判を請求し(以下「第2次訂正」といい、
これと第1次訂正を併せて「本件各訂正」という。)、第2次訂正を認める審決が
10 確定した。
(6) 原告の被告に対する請求
原告は、令和3年8月24日付けで被告に通知書を送付し、本件発明に係る特許
を受ける権利を承継させた相当対価を支払うよう催告し、当該通知書は同月26日
に被告に到達した(甲11、12)。
15 (7) 原告は、令和4年4月1日、本件訴訟を提起し、同年5月6日に被告に送達
された訴状において、詐欺又は消費者契約法上の取消事由に基づき、本件合意に係
る意思表示を取り消すとの意思表示をした。
3 争点
(1) 本件合意の有効性(争点1)
20 ア 詐欺取消し又は錯誤無効(争点1-1)
イ 消費者契約法に基づく取消し(争点1-2)
(2) 相当の対価の額(争点2)
第3 当事者の主張
1 本件合意の有効性(争点1)
25 【原告の主張】
(1) 詐欺取消し又は錯誤無効(争点1-1)
原告は、「無効理由が含まれている」、「限定要素が多く、他社による抵触回避
が容易と言わざるを得ない」、「他社による権利回避が可能で他社牽制等に役立っ
ているとは言い難く」などとして、本件特許は、実績報奨金等の対象外と考える旨
の本件評価書に記載された被告の評価が真実ないし正当な評価であると誤信をし、
5 当該評価を前提として本件合意をした。
しかし、被告は、本件合意から約4か月後に、レイマックに対する別件訴訟を提
起しており、本件合意当時、本件特許及び本件発明(以下「本件特許等」という。)
が、有効なものであり、他社による権利回避ができない部分があること及び他社牽
制に役立つものであることを認識していた。また、本件特許は、本件各訂正を経て
10 特許請求の範囲が減縮されているが、その範囲で有効であり、別件訴訟の結果、レ
イマックが本件特許権に抵触する行為の回避を余儀なくされている。
以上のような事情を踏まえれば、被告が原告に対し本件評価書を示し、これを受
けて原告が本件合意の意思表示をしたことは、詐欺(平成29年法律第44号によ
る改正前の民法(以下「改正前民法」という。)96条1項)ないしは錯誤(改正
15 前民法95条本文)に該当し、取り消し得べきものか、無効である。
(2) 消費者契約法に基づく取消し(争点1-2)
本件合意は、原告が被告を退職した後になされ、本件特許等に関する請求権を消
滅させる旨の契約であることから、「事業者」である被告と、「消費者」である原
告個人との間で締結された消費者契約である。なお、原告は被告退職後に本件発明
20 を利用した事業を行っていない。
本件評価書における記載は、前提事実(4)アのような内容であり、いずれも、本件
特許等につき、他社による権利回避ができない部分があることや、他社牽制に役立
つものであるという重要な事項について事実と異なることを告げ(同法4条1項1
号)、又は、本件発明に係る特許を受ける権利の承継の対価に関し将来におけるそ
25 の価額について断定的判断を提供するものである(同項2号)。原告は、かかる被
告の評価が事実ないし確実であると誤認をした結果、本件合意をした。
したがって、原告の本件合意に係る意思表示は、同法4条1項に基づき取り消し
得るものである。
【被告の主張】
以下のとおり、本件合意は有効であり、取消事由も認められないことから、原告
5 の本件発明に係る特許を受ける権利を被告に承継させたことを理由とする相当対価
請求権(以下「本件請求権」という。)は、本件合意に基づき消滅している。
(1) 詐欺又は錯誤に該当しないこと(争点1-1)
ア 本件合意当時の被告の認識
被告は、本件評価書において、本件特許が無効であると説明したものではなく、
10 本件特許の特許請求の範囲には従来技術が含まれるので、従来技術を含まない実施
例レベルに限定して解釈することが妥当であり、それによれば、本件特許は限定要
素が多く、他社による抵触回避が容易であるとして、本件特許が実績報奨金等の対
象にはならないと説明したにすぎないし、被告規程等は会社に対する貢献度が特に
高い場合等に実績報奨金等を支給する旨を定めており、本件発明は、実績報奨金等
15 の支給対象ではない。したがって、被告の説明内容に虚偽はない。
原告は、被告が別件訴訟を提起したことを根拠に、被告が、本件合意当時、本件
特許の有効性、他社による権利回避ができない部分があること及び他社牽制に役立
つものであることを認識していた旨主張する。しかし、本件合意当時、被告が原告
主張のような認識を持っていたことは否認する。本件各訂正前の本件特許に無効理
20 由が含まれていることと、被告が本件特許権の侵害を理由に別件訴訟を提起するこ
とは矛盾しない。被告は、別件訴訟提起後、本件特許に含まれると考えた無効理由
を解消すべく、速やかに第1次訂正に係る請求を行い、本件特許は、本件各訂正に
よりその特許請求の範囲を減縮した結果、無効が回避されたものである。
また、被告は、平成29年6月にレイマックによる本件特許権侵害の可能性があ
25 る事実を把握して特許権侵害の警告書を発したのであり、本件合意当時、本件特許
等について他社による権利回避ができない部分があること及び他社牽制に役立つも
のであることを認識していなかった。
イ 原告の理解
原告は、本件評価書及び被告の提案内容を十分に検討し、理解した上で本件合意
に係る意思表示をしている。
5 ウ 以上のとおり、本件合意に係る原告の意思表示について、錯誤無効及び詐欺
を理由とする取消しは認められない。
(2) 消費者契約法上の取消事由が認められないこと(争点1-2)
本件合意は、原告が被告在職中にした職務発明の扱いについて、被告在職中から
協議をしていた内容について合意をしたものであり、労働契約に係るものとして、
10 消費者契約法の適用はない。また、原告は、平成29年4月から個人事業者として
本件発明に関係する事業を行っていたようであり、この点からも同法の適用はない。
そのほか、上記(1)のとおりの事情に照らせば、被告が「不実告知」や「断定的判
断」を提供した事実もなく、同法による取消事由は認められない。
2 相当の対価の額(争点2)
15 【原告の主張】
ア 被告規程等により相当の対価を与えることが不合理であること
前記1【原告の主張】のとおり、被告は、本件特許等の評価について、他社によ
る権利回避ができない部分があることや、他社牽制に役立つものであることを認識
しながら、原告に対しては、これと異なる評価を伝えて対価を算定している。
20 したがって、対価額の算定について行われる従業者等からの意見聴取の状況にお
いて、極めて不合理な点があり、本件発明について、被告規程等に従い対価を算定
することは不合理である。
イ 相当の対価額
本件発明は、被告において「LDL2(Bar)」との製品名で製品化されてお
25 り、平成23年~平成26年の4年間で、平均して年間約4億円の売上額を計上し
ている。
前記売上額(年間4億円)に、本件特許の設定登録時からの期間である13年、
前記売上に対する本件発明の寄与度0.5、仮想実施料0.03、原告の貢献度0.
05をそれぞれ乗じると、390万円となるところ、本件合意締結時に本件発明の
対価の名目で支払われた本件30万円を控除し、本件発明に係る特許を受ける権利
5 を承継させたことに対する相当の対価は360万円である。
【被告の主張】
被告は、平成19年8月1日に職務発明規程を全面的に制定し直し(被告規程)、
職務発明規程の具体的運用を定める職務発明取扱細則(被告細則)も同日制定して
いる。
10 被告は、知的財産委員会及び不服申立手続等を創設し、被告規程において発明者
が意見を述べる「機会の保障」を定め、被告細則では、改正前特許法35条が定め
る「従業者との協議方法」を規定し、使用者の「真摯な対応」も定めている。
したがって、被告規程等は、改正前特許法35条5項の制度趣旨に従い制定され
ているものであり、使用者等と従業者等との間の「自主的な取決め」に該当する。
15 被告規程等に従い対価の算定及び支払をすることが不合理であるとは認められず、
被告は、原告に対し、既に被告規程等に基づいた相当の対価(出願・登録報奨金)
を支払済みである。
以上に加え、被告は、原告に対し、本件合意に基づき30万円を支払っており、
更なる対価が認められる余地はない。
20 第4 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認め
られる。
(1) 本件発明について(甲1~4)
25 ア 本件各訂正前の本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし3の記載は、別
紙特許目録記載のとおりであるところ、本件発明は、複数のLEDを用いて、例え
ばライン状の光を照射することができる光照射装置に関するものであり、種類が異
なり順方向電圧の異なるLEDを用いた光照射装置において、LED基板の大きさ
を同一にして、部品の共通化により部品点数の削減、製造コストの削減を実現する
ことを主たる課題とし、課題解決手段として、電源電圧とLEDを直列に接続した
5 ときの順方向電圧の合計との差が所定の許容範囲となるLEDの個数をLED単位
数とし、LED基板に搭載するLEDの個数を順方向電圧の異なるLED毎に定ま
るLED単位数の公倍数とする構成を採用している(甲1段落【0001】 0006】 0007】 。
【 【 )
これにより、本件発明は、順方向電圧の異なるLED同士でLED基板に搭載さ
れるLEDの個数を同一にし、当該LEDが搭載されるLED基板同士の大きさを
10 同じにすることができ、LED基板を収容する筐体も同一のものを用いることがで
きることから、光照射装置の製造において、LED基板及び筐体など部品の共通化、
部品点数の削減及び製造コストの削減、さらに、当該LED基板の大きさを可及的
に小さくして、汎用性を向上させるという効果を奏する(甲1段落【0008】【0009】
【0011】)。
15 イ(ア) 本件各訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載は次のとおりである(訂
正部分は下線部であり、①が第1次訂正、②が第2次訂正によるものである。)。
【請求項1】
複数の同一のLEDを搭載したLED基板と、前記LED基板を収容する基板
収容空間を有する筐体と、を備えたライン状の光を照射する ① 光照射装置であっ
20 て、電源電圧とLEDを直列に接続したときの順方向電圧の合計との差が所定の
許容範囲となるLEDの個数をLED単位数とし、前記LED基板に搭載される
LEDの個数を、順方向電圧の異なるLED毎に定まるLED単位数の 最小 ① 公
倍数とし、複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある ② 光
照射装置。
25 【請求項3】
前記LEDが、表面実装型LEDである請求項1記載 ① の光照射装置。
(イ) 第1次訂正は、請求項1の「光照射装置」を本件明細書に実施形態の例(実
施例)として記載していた「ライン状の光を照射するもの」に限定し、LED基板
に搭載されるLEDの個数についても、順方向電圧の異なるLED毎に定まるLE
D単位数の「公倍数」としていたものを、実施例に記載した「最小公倍数」と限定
5 する形で特許請求の範囲を減縮するものである(甲1段落【0014】【0023】【0030】
等、甲2)。
第2次訂正は、請求項1について、光照射装置のLED基板について、基板の枚
数や具体的な配置について特定がなかったものを、実施例として一つとして記載さ
れた「複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある」構成に特
10 定する形で再訂正するものである(甲1【0017】、甲3、甲4)。
(2) 被告規程等の定めについては、前提事実(3)イのとおりである(乙3、4)。
(3) 本件評価書作成、送付に至る経緯(乙5)
ア 原告は、平成28年7月14日、被告の法務知財課に所属する担当者(以下
「被告知財担当者」という。)とのメールのやりとりの中で、実績報奨金等の支払
15 について、被告細則に言及し、原告が関与した職務発明等に関して被告の知的財産
委員会における検討及び審議がされたか否か等を問い合わせた。
被告知財担当者が、実績報奨金は会社に対する貢献度が特に高いものに支払われ
る旨定義されており、原告が関与した職務発明に係る権利については該当するもの
がない旨を返信したところ、原告は、同月15日、本件特許について言及し、LE
20 D照明の基本的な部分であり、各色のラインナップがある被告の製品(LDL2)
等多くの標準照明で本件特許が有効であり、他社が本件特許権を回避して製品を作
ることが難しいと考えられること、本件特許権に抵触していると思われる他社製品
が存在すること、被告規程等に照らして実績報奨金等が支払われる条件を十分満た
していると考えられること等を記載したメールを返信した。
25 イ 被告知財担当者は、同年9月15日、原告に対し、本件評価書を添付した上
で次のとおり記載のあるメールを送信した。
「権利内容を分析したところ、出願書類の記載では権利範囲が広いのですが、当
社のLDR(被告製品)で本件特許出願前から適用されている公知技術が含まれて
いることが判り、本件特許には無効理由があると考えられます。そのため、無効部
分を除いて権利範囲を解釈したところ、無効部分を除いた権利範囲を他社が回避す
5 ることは難しくなく、実績報奨金や優秀発明表彰金の対象外という判断になりまし
た。(中略)ご意見などありましたら、追加検証しますので、ご検討をよろしくお
願いいたします。」
原告は、前記メールに対し、同日、「連絡ありがとうございます。お手数かけま
した」と記載したメールを返信した。
10 (4) 本件評価書の記載内容については、前提事実(4)アのとおりである(甲5)。
(5) 本件合意書作成に至る経緯等
ア 平成28年10月12日から同月31日まで(甲7、乙5)
(ア) 被告の人事担当者(以下「被告人事担当者」という。)は、平成28年10
月12日、原告に対し、メールを送信し、将来の紛争を防止する趣旨であるとして、
15 これまで原告が関与した被告における知的財産権に係るリストを添付し、実績報奨
金等の対象にならないとの判断について原告が疑問に思うものがあれば検証するた
め知らせてほしい旨伝えるとともに、別の提案として、退職合意書を締結するタイ
ミングに限りとして、①原告が価値があると考える権利の持分を被告から原告に譲
渡する(以下「本件提案①」という。)、②知的財産に関する報奨金などを一切カ
20 バーする条件で一時金を支払う(以下「本件提案②」といい、本件提案①と併せて
「本件各提案」という。)という2つの選択肢を伝えた。その際、被告人事担当者
は、本件提案①の場合には、原告が権利の維持費を一部負担する必要がある旨及び
本件提案②は被告において初めての例であり、被告の社長の承認を得られる額が不
明であるものの、30万円であればおそらく承認可能であり、50万円は不明であ
25 るが、本件特許の評価を踏まえると100万円は難しいと判断している旨を記載し
た。
(イ) 原告は、被告人事担当者に対し、同日中に、本件提案①の提案に関する質問
と共に、本件評価書の記載に関して、「前回いただいた評価検討結果内に“LDR
で本件特許出願前から適用されている技術”とありますが本件特許出願前のLDR
や他のCCS照明は赤色が12V入力、色物が24V入力と30個いち特許の持つ
5 “順方向電圧の合計との差が所定の許容範囲となる”から外れており従来技術に含
まれないと思っていたのですがいかがでしょうか」と記載したメールを送信した。
(ウ) 被告人事担当者は、同月13日、本件提案①に関する質問への回答のほか、
本件評価書に対する問い合わせに対し、被告知財担当者から受け取った被告の見解
として、「本件出願前に12VのLDR2-50で、赤、白、青、緑、赤外が共通
10 化された例があり、LEDの総数は60個で、LEDを直列6個×10回路の構造
と、直列3個×20回路の構造のものがある。同様に24VでLDR2-50でも
本件出願前に赤、白、青、緑が共通化された例があり、LEDの総数は60個で、
LEDを直列12個×5回路の構造と、直列6個×10回路の構造のものがある。
したがって、上述の点については、本件特許の内容がこれらの製品により本件出願
15 前から実施されており、本件特許には従来技術が含まれている。」と記載したメー
ルを返信した。
(エ) 原告は、同月14日、被告人事担当者に対し、少し時間が欲しい旨記載した
メールを返信し、その後、同月31日に被告を退職した。
イ 平成29年3月23日から同月29日まで(甲21、乙6)
20 (ア) 原告は、平成29年3月23日、被告人事担当者に対し、本件各提案に対す
る回答を保留にさせていただいていたと述べた上で、本件提案②の一時金を支払う
方法で対応することが可能であるか等を問い合わせるメールを送信した。その際、
原告は、本件特許に関して「30個一の権利については無効となる事実があったと
いう事ですが、特許として成立して後発メーカー製品抑止力等には十分に効果があ
25 るのではないかと思います。」と記載した。
(イ) 被告人事担当者は、原告に対し、同月24日、本件提案②が原告退職時の支
払を増やす方法の一つとして提案したものであり、現在でも同額支払うことが可能
であるか不明であること、当時と同額の30万円で良ければ前経営陣に承認を受け
た経緯があるので再度現在の経営陣に諮ってみようと思う旨返信したところ、同日、
原告は、被告人事担当者に対し、「金額の件、承知いたしました。お手数かけます
5 が常務会などお手続きよろしくお願いいたします。 と記載したメールを送信した。
」
(ウ) その後、被告人事担当者は、原告に対し、原告が本件評価書を第三者に開示
していないか等を確認した後、同月28日に、30万円の支払ができる旨を返信し、
同月29日には、本件契約書の契約書案を添付した上、主な条項についての説明を
付加したメールを送信した。
10 原告は、同日、被告人事担当者に対し、当該契約書案の内容を確認した旨と、3
0万円の振り込み先を記載したメールを送信した。
(6) 本件合意書の作成(甲9)
原告及び被告は、平成29年4月6日、本件合意書を作成し、本件合意をした(前
提事実(4)ウ)。
15 (7) 被告によるレイマックへの警告書の送付(乙1、2)
被告は、平成29年6月2日、レイマックを相手方として、別件製品が本件特許
(本件各訂正前のもの)の特許請求の範囲の請求項1ないし3の技術的範囲に属し、
本件特許権を侵害するとして、別件製品の製造及び販売の差止等を求める旨の警告
書を送付した。
20 レイマックは、同月23日、原告に対し、レイマックが別件製品のLED基板と
同様のLED基板を使用した製品を本件出願日前から販売している旨の回答書を送
付した。
(8) 別件訴訟及び本件各訂正等
ア 別件訴訟の提起等
25 被告は、平成29年8月3日、レイマックに対し、別件訴訟を提起した。
これに対し、レイマックは、レイマックが本件出願日前に公然実施をしていた各
製品に開示された発明を主引用例(3つ)として、本件特許が特許法29条1項2
号又は同条2項の規定に違反して登録されたものとして同法123条1項2号の無
効理由があるなどと主張して争った(甲4)。
イ 本件各訂正(甲2、3)
5 被告は、別件訴訟の第一審係属中の平成29年12月25日に第1次訂正に係る
請求をし、平成30年3月15日に第2次訂正に係る請求をし、いずれも訂正を認
める旨の審決が確定した。
ウ 別件訴訟の判決の内容等(甲4)
別件訴訟における控訴審は、レイマックが主張した3つの公然実施発明について、
10 本件発明と対比し、本件発明における「前記LED基板に搭載されるLEDの個数
を、順方向電圧の異なるLED毎に定まるLEDの最小公倍数とし」又は「複数の
前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある」との構成を備えていな
い点で相違し、それ以外の構成を備えている点で一致することが認められるとした
上で、いずれの公然実施発明に関しても、周知技術に基づいて当該相違点に係る本
15 件発明の構成を容易に想到することができたものと認めることはできないとして、
レイマックの無効主張を排斥し、レイマックに対し、別件製品の製造及び販売等の
差止並びに615万5891円及びその遅延損害金の支払を命じる旨の判決をした。
2 争点に対する判断
(1) 本件合意の有効性(争点1)
20 ア 詐欺取消し又は錯誤無効(争点1-2)
(ア) 本件評価書
本件評価書は、平成28年9月15日時点の本件特許等に対する被告の見解とそ
の理由を示すものとして作成され、原告に提示されたものである(前記1(3))。
本件評価書の内容は、本件特許等について、その特許請求の範囲に本件出願日前
25 から被告が販売する被告製品に開示された公知技術が含まれていることから無効理
由が含まれ、被告が有効と考える範囲が本件明細書に実施例として記載された技術
の範囲に限定される結果、競業他社が本件特許権を回避することが容易であり、本
件特許権の牽制効果が高いとは言い難く、そのために被告に対する貢献度が高いと
は言えず実績報奨金等の対象とならないと考えられるというものである。本件評価
書に、本件特許が全て無効であるとか、本件特許権に抵触する競業他社の製品がな
5 いとか、競業他社に対する牽制効果が一切ないなどとは記載されていない(前記1
(4))。
(イ) 本件評価書の提示から本件合意に至る経緯等
被告は、原告に対して本件評価書を提示するに当たり、意見があれば追加検証す
る旨を述べ、実際に、原告からの問い合わせに対して、速やかに、被告製品の構造
10 等を踏まえながら本件特許に従来技術が含まれると考える理由を補足して説明して
いる(前記1(3)イ及び(5)ア(イ)(ウ))。
前記の被告の説明に対し、原告は、具体的な異論を述べていない。一方で、原告
は、前記のやりとり及び被告退職から約5か月経過した後、本件特許が登録されて
いる以上後発メーカーに対する抑止力があると考えるといった自己の見解を述べつ
15 つも、退職時限りとされた本件提案②について、自ら再交渉を申し出、30万円で
あれば検討可能であるという被告の返答に対し、金額を了解した上で承認手続等を
依頼している(前記(5)イ)。すなわち、原告は、本件評価書の内容を理解し、それ
があくまで被告側の評価を示したものにすぎないことを認識しながら、被告による
本件提案②を受けないという選択肢がある中で、最終的には本件評価書の内容を前
20 提として、知的財産に係る今後の紛争を防止する趣旨で一時金の支払をもって本件
請求権を含む職務発明等に係る請求権を清算する旨の本件合意を締結したといえる。
(ウ) 本件合意後の事情について
被告は、本件合意締結後に別件訴訟を提起等しているものの、被告がレイマック
に対して警告書を送付したのは平成29年6月2日であるから(前記1(7))、本件
25 合意がなされた同年4月6日当時、被告が別件製品の存在を把握し、かつ別件製品
が本件特許権に抵触する旨の認識を有していたとまでは認められない。
被告は、別件訴訟提起後間もなく本件各訂正を行い、本件特許の特許請求の範囲
を実施例に限定する内容に減縮しており(前記1(8)イ)、かかる行動は、本件特許
等について無効理由が含まれるとする本件評価書の被告の認識と整合するものであ
る。
5 また、別件訴訟の判決では、その理由中で、本件発明とレイマックが主張した3
つの公然実施発明を対比の上、両者が本件各訂正により追加された構成において相
違し、それ以外の構成を備えている点で一致すること、すなわち、本件各訂正前の
本件特許は新規性を欠くものであるとの見解が示されている(前記1(8)ウ)。
以上のような事情を踏まえると、本件各訂正前の本件特許等について「無効理由
10 が含まれている」、「限定要素が多く、他社による抵触回避が容易と言わざるを得
ない」 「他社による権利回避が可能で他社牽制等に役立っているとは言い難く」、
、
及び「本件特許は、実績報奨金、優秀発明表彰金の対象外と考える。」等と評価し
た本件評価書の内容が、本件合意当時の被告の認識と異なるとか、虚偽であるもの
とは認められない。
15 (エ) 小括
以上によれば、本件合意に先立ち、本件評価書を示し、原告の問い合わせに対し
てもその評価を変更しないまま、本件合意を締結した被告の行為について、「欺罔
行為」と評価される点はなく、被告に欺罔の意図があったとも認められない。また、
原告は、本件評価書の内容を理解し、最終的には本件評価書における本件特許等の
20 評価を前提として、本件合意を成立させることを受け入れ、本件合意に至ったもの
であるから、原告の本件合意に係る意思表示について錯誤があったとも認められな
い。
イ 消費者契約法に基づく取消し(争点1-2)
前記アの事情からすれば、本件合意にあたり、被告が原告に対して「重要事項に
25 ついて事実と異なることを告げ」たとか(消費者契約法4条1項1号)、本件発明
の特許を受ける権利の承継に対する対価に関し、将来において原告が受け取るべき
金額等につき「断定的判断を提供」した(同項2号)とも認められない。
ウ したがって、本件合意に係る原告の意思表示について無効又は取消事由があ
るとは認められず、本件合意は有効である。
(2) まとめ
5 本件合意は、原告が被告在職中に関与した本件発明を含む職務発明に係る特許権
等が被告に帰属し、被告が当該権利を承継した対価として、原告に支払済みの報奨
金等に加え30万円を支払うことをもって、当該権利に関する原告の被告に対する
相当の対価請求権を含む請求権が全て消滅することを内容とするものであるところ
(前提事実(4)ウ) 原告が被告に対し本件発明に係る特許を受ける権利を承継させ
、
10 たことに対する相当対価請求権(本件請求権)は、前記30万円の支払をもって消
滅している。
3 結論
以上より、原告の請求は、争点2について判断するまでもなく理由がないからこ
れらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
20 裁判長裁判官
武 宮 英 子
25 裁判官
杉 浦 一 輝
裁判官
5 布 目 真 利 子
(別紙)
特許目録
特許番号 特許第4366431号
5 出願番号 特願2008-197040
出願日 平成20年7月30日(以下「本件出願日」という。)
登録日 平成21年8月28日
特許権者 被告
発明者 原告
10 発明の名称 光照射装置
特許請求の範囲
【請求項1】
複数の同一のLEDを搭載したLED基板と、前記LED基板を収容
する基板収容空間を有する筐体と、を備えた光照射装置であって、電源
15 電圧とLEDを直列に接続したときの順方向電圧の合計との差が所定の
許容範囲となるLEDの個数をLED単位数とし、前記LED基板に搭
載されるLEDの個数を、順方向電圧の異なるLED毎に定まるLED
単位数の公倍数としている光照射装置。
【請求項2】
20 前記LED基板に搭載されるLEDの個数を、順方向電圧の異なるL
ED毎に定まるLED単位数の最小公倍数としている請求項1記載の光
照明装置。
【請求項3】
前記LEDが、表面実装型LEDである請求項1又は2記載の光照射
25 装置。
以上
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