令和4(行ケ)10030特許取消決定取消請求事件
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裁判所 |
知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和5年3月9日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告大日本印刷株式会社 被告特許庁長官
|
法令 |
特許権
特許法120条の54回 特許法195条の31回
|
キーワード |
進歩性7回 実施6回 特許権4回 新規性1回 刊行物1回
|
主文 |
1 特許庁が異議2019-701046号事件について令和4年
3月22日にした決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
2年6月2日付けで取消理由通知書を発し、令和3年1月26日付けで取消
17号の請求項1ないし14に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件
2 特許請求の範囲の記載と本件訂正の内容
0の引用関係を解消して独立の請求項である請求項18とし、かつ、末尾
1の引用関係を解消して独立の請求項である請求項19とし、かつ、末尾
2の引用関係を解消して独立の請求項である請求項20とし、かつ、末尾
3の引用関係を解消して独立の請求項である請求項21とし、かつ、末尾20
4の引用関係を解消して独立の請求項である請求項22とし、かつ、末尾
3 本件取消決定の要旨
208号公報(以下「引用文献4」という。)に記載された発明(以下「引用
4 取消事由
1 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り)
08】にあるとおり、「・・・本発明の目的は、バイオマスエチレングリ5
2 取消事由2(引用発明に基づく本件発明の進歩性の判断の誤り)
3 取消事由3(手続違背)
1 本件発明について
2 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り)について
2は訂正前の積層体から積層体Aを除く訂正であり、「積層体」の範囲を減
3 結論25
1 本件取消決定が認定した引用発明、本件発明1ないし14と引用発明の一致
2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルムを構成す
2 取消事由2(引用発明に基づく本件発明の進歩性の判断の誤り)
28年(行ケ)10184号平成30年4月13日特別部判決(いわゆ
06】)、②引用発明においては、基材が2軸延伸ポリエチレンテレフ
5-36208号公報(以下「甲15文献」という。)の【0007】
00万通り以上ある膨大な選択肢があった事案で、本件とは異なる。
3 取消事由3(手続違背)
120条の5第1項の規定に違反しない。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
⑴ 原告は、平成22年10月29日(以下「原出願日」という。)に出願した
特願2010-244721号の一部を、平成28年3月14日に新たな特5
許出願とした特願2016-49799号の一部を、平成29年12月6日
に新たな特許出願とし、令和元年7月5日にその特許権の設定登録がされ(特
許第6547817号。請求項の数14。以下、この特許を「本件特許」とい
う。)、同月24日に特許掲載公報が発行された。
⑵ 本件特許について、令和元年12月20日に特許異議の申立てがされ、特10
許庁は、同申立てを異議2019-701046号事件として審理し、令和
2年6月2日付けで取消理由通知書を発し、令和3年1月26日付けで取消
理由通知(決定の予告)をした。 |
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判決文
令和5年3月9日判決言渡
令和4年(行ケ)第10030号 特許取消決定取消請求事件
口頭弁論終結日 令和4年12月21日
判 決
原 告 大 日 本 印 刷 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 柏 延 之
同訴訟復代理人弁護士 二 枝 翔 司
10 同訴訟代理人弁理士 岡 村 和 郎
同 渡 辺 浩 司
同 藤 枡 裕 実
同 中 村 直 人
同 豊 本 泰 央
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 久 保 克 彦
同 藤 原 直 欣
同 小 暮 道 明
20 同 當 間 庸 裕
主 文
1 特許庁が異議2019-701046号事件について令和4年
3月22日にした決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
25 事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文と同旨
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
⑴ 原告は、平成22年10月29日(以下「原出願日」という。)に出願した
5 特願2010-244721号の一部を、平成28年3月14日に新たな特
許出願とした特願2016-49799号の一部を、平成29年12月6日
に新たな特許出願とし、令和元年7月5日にその特許権の設定登録がされ(特
許第6547817号。請求項の数14。以下、この特許を「本件特許」とい
う。)、同月24日に特許掲載公報が発行された。
10 ⑵ 本件特許について、令和元年12月20日に特許異議の申立てがされ、特
許庁は、同申立てを異議2019-701046号事件として審理し、令和
2年6月2日付けで取消理由通知書を発し、令和3年1月26日付けで取消
理由通知(決定の予告)をした。
原告は、同年3月29日、訂正請求書及び意見書を提出し、同年4月23
15 日、補正書を提出して上記訂正請求書による訂正請求を補正した(以下この
補正された訂正請求を「本件訂正請求」といい、訂正そのものを「本件訂正」
という。)。
特許庁は、令和3年7月6日付けで訂正拒絶理由通知書を発し、これに対
し、原告は、同年8月6日、意見書を提出した。
20 ⑶ 特許庁は、令和4年3月22日に、本件訂正を認めず、「特許第65478
17号の請求項1ないし14に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件
取消決定」という。)をし、その謄本は、令和4年3月31日、原告に送達さ
れた。
⑷ 原告は、令和4年4月28日、本件取消決定の取消しを求める本件訴訟を
25 提起した。
2 特許請求の範囲の記載と本件訂正の内容
本件訂正前の本件特許の請求項1ないし14の発明(以下「本件発明1」等と
いい、包括して「本件発明」という。)及び本件訂正の内容は以下のとおりであ
る。
⑴ 本件発明
5 【請求項1】
少なくとも2層を有する積層体であって、
第1の層が、2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルム
を構成する樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからなるポリ
エステルを主成分として含み、前記ポリエステルが、前記ジオール単位がバ
10 イオマス由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃
料由来のテレフタル酸であるバイオマス由来のポリエステルと、前記ジオー
ル単位が化石燃料由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位
が化石燃料由来のテレフタル酸である化石燃料由来のポリエステルとを含ん
でなり、前記2軸延伸樹脂フィルム中に前記バイオマス由来のポリエステル
15 が90質量%以下含まれ、
第2の層が、化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、且つ、バイオマ
ス由来の原料を含む樹脂材料を含まないことを特徴とする、積層体。
【請求項2】
前記樹脂組成物が、ジオール単位が化石燃料由来のジオールまたはバイオ
20 マス由来のエチレングリコールであり、ジカルボン酸単位が化石燃料由来の
ジカルボン酸であるポリエステルのリサイクルポリエステルをさらに含んで
なる、請求項1に記載の積層体。
【請求項3】
前記樹脂組成物が、前記リサイクルポリエステルを、樹脂組成物全体に対
25 して5~45質量%含んでなる、請求項2に記載の積層体。
【請求項4】
前記樹脂組成物が添加剤をさらに含んでなる、請求項1~3のいずれか一
項に記載の積層体。
【請求項5】
前記樹脂組成物が、前記添加剤を、樹脂組成物全体に対して5~50質量%
5 含んでなる、請求項4に記載の積層体。
【請求項6】
前記添加剤が、可塑剤、紫外線安定化剤、着色防止剤、艶消し剤、消臭剤、
難燃剤、耐候剤、帯電防止剤、糸摩擦低減剤、離型剤、抗酸化剤、イオン交換
剤、および着色顔料からなる群から選択される1種または2以上である、請
10 求項4または5に記載の積層体。
【請求項7】
無機物または無機酸化物からなる第3の層をさらに有する、請求項1~6
のいずれか一項に記載の積層体。
【請求項8】
15 請求項1~7のいずれか一項に記載の積層体を備える、積層フィルム。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか一項に記載の積層体を備える、包装用袋。
【請求項10】
請求項1~7のいずれか一項に記載の積層体を備える、シート成形品。
20 【請求項11】
請求項1~7のいずれか一項に記載の積層体を備える、ラベル材料。
【請求項12】
請求項1~7のいずれか一項に記載の積層体を備える、蓋材。
【請求項13】
25 請求項1~7のいずれか一項に記載の積層体を備える、ラミネートチュー
ブ。
【請求項14】
請求項1~7のいずれか一項に記載の積層体を備える、包装製品。
⑵ 本件訂正の内容
ア 訂正事項1(請求項4ないし14からなる一群の請求項のうち請求項4
5 に係る訂正)
特許請求の範囲の請求項4における「請求項1~3のいずれか一項に記
載の」との記載を「請求項2または3に記載の」と訂正する。
また、請求項4を引用する請求項5ないし14も同様に訂正する。
イ 訂正事項2(訂正後請求項15に係る訂正)
10 特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4の引用関係を解消して独
立の請求項である請求項15とし、かつ、末尾の「。」の直前に「(但し、
該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア
性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事項を追加する。
ウ 訂正事項3(訂正後請求項16に係る訂正)
15 特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4を更に引用する請求項8
の引用関係を解消して独立の請求項である請求項16とし、かつ、末尾の
「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、そ
の蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事
項を追加する。
20 エ 訂正事項4(訂正後請求項17に係る訂正)
特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4を更に引用する請求項9
の引用関係を解消して独立の請求項である請求項17とし、かつ、末尾の
「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、そ
の蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事
25 項を追加する。
オ 訂正事項5(訂正後請求項18に係る訂正)
特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4を更に引用する請求項1
0の引用関係を解消して独立の請求項である請求項18とし、かつ、末尾
の「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、
その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との
5 事項を追加する。
カ 訂正事項6(訂正後請求項19に係る訂正)
特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4を更に引用する請求項1
1の引用関係を解消して独立の請求項である請求項19とし、かつ、末尾
の「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、
10 その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との
事項を追加する。
キ 訂正事項7(訂正後請求項20に係る訂正)
特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4を更に引用する請求項1
2の引用関係を解消して独立の請求項である請求項20とし、かつ、末尾
15 の「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、
その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との
事項を追加する。
ク 訂正事項8(訂正後請求項21に係る訂正)
特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4を更に引用する請求項1
20 3の引用関係を解消して独立の請求項である請求項21とし、かつ、末尾
の「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、
その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との
事項を追加する。
ケ 訂正事項9(訂正後請求項22に係る訂正)
25 特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4を更に引用する請求項1
4の引用関係を解消して独立の請求項である請求項22とし、かつ、末尾
の「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、
その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との
事項を追加する。
⑶ 一群の請求項
5 本件訂正前の請求項4ないし14は、請求項5ないし14が、本件訂正請
求の対象である請求項4の記載を引用する関係にあるから、本件訂正は、一
群の請求項(4ないし14)について請求されている。
本件訂正において、特許請求の範囲の請求項1に従属する請求項4を独立
形式とし(本件訂正後の特許請求の範囲の請求項15)、かつ、特許請求の範
10 囲の請求項1に従属する請求項4に、更に従属する請求項8ないし14をそ
れぞれ独立形式とし(本件訂正後の特許請求の範囲の請求項16ないし22)、
特許請求の範囲の請求項1及び請求項4との引用関係の解消を行っており、
特許権者である原告は、これらの引用関係の解消等を目的とする訂正が認め
られた場合は、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項15ないし22につい
15 ての訂正を、それぞれ別の訂正単位として扱うよう求めている。
3 本件取消決定の要旨
⑴ 本件の争点に関する本件取消決定の理由の要旨は、①本件訂正事項2ない
し9において、「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その
蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事項を
20 追加することは、特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層
を有する積層体」外の構成である、「積層体上」という構成について特定する
ことであり、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なく
とも2層を有する積層体」そのものの構成や、これを構成する層の性状や形
状等の諸元を特定していないから、訂正事項2は、特許法120条の5第2
25 項ただし書1号に掲げられた「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに
該当せず、その他、同項ただし書各号に掲げられたいずれのものにも該当し
ないので、本件訂正は認められない、②本件発明1は特開2007-210
208号公報(以下「引用文献4」という。)に記載された発明(以下「引用
発明」という。)及び特開2009-91694号公報(以下「引用文献5」
という。 記載事項
) (詳細は省略)に基づいて、本件発明2及び3は引用発明、
5 引用文献5記載事項及び周知技術に基づいて、本件発明4ないし14は引用
発明、引用文献4記載事項(【0023】、【0027】及び【0028】の
関連部分) 引用文献5記載事項及び周知技術に基づいて、
、 それぞれ当業者が
容易に発明をすることができたものであるというものである。
⑵ 本件取消決定が認定した引用発明、本件発明1ないし14と引用発明の一
10 致点及び相違点、相違点1及び2についての容易想到性の判断の要旨
別紙1の1記載のとおり。
4 取消事由
⑴ 訂正要件に関する判断の誤り(取消事由1)
⑵ 引用発明に基づく本件発明の進歩性判断の誤り(取消事由2)
15 ⑶ 手続違背(取消事由3)
第3 当事者の主張
1 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り)
⑴ 原告の主張
ア 訂正事項2について
20 訂正事項2が減縮に当たることについて
本件訂正が減縮に該当すると認められるためには、①訂正前には含ま
れなかった態様で訂正後に含まれるものが存在しないこと、及び②訂正
によって除かれる態様、すなわち訂正前には権利範囲に属していたが訂
正後には権利範囲に含まれない態様が1つでも存在すること、の2点を
25 主張立証すれば足りる。
①に関しては、除くクレーム形式である以上、新たに付加される構成
がないことは明らかである。
次に、②についてみると、訂正前の請求項4に係る発明の対象は「少な
くとも2層を有する積層体」であり、構成として具体的に特定されてい
る「第1の層」と「第2の層」以外に任意の層を含み得るものであり、本
5 件訂正により特定された「無機酸化物の蒸着膜」及び「その蒸着膜上にガ
スバリア性塗布膜」も該「少なくとも2層を有する積層体」の一部を構成
することになる。その結果、「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けら
れ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」は、当然
に訂正前の請求項4の特許請求の範囲に含まれる。したがって、訂正事
10 項2によって、「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着
膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」を除外することによ
り、訂正前の請求項4の対象とされていたものの一部がその権利範囲外
になることは明らかである。
訂正事項2が新規事項の追加に当たるとの被告の主張について
15 a そもそも、訂正事項2が新規事項の追加に当たるか否かは、異議手
続では審理、判断されておらず、これを本件における審理対象とするの
は、最高裁判所昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷
判決・民集30巻2号79頁(メリヤス事件)に反する。
b なお、訂正事項2は、権利範囲から除外する対象を特定しているの
20 みで、新たにこれを当該発明の技術的手段として規定するものではな
いから、新たな技術的事項を追加するものに該当しないことは明らか
である。
イ 訂正事項3ないし9について
訂正事項3ないし9に係る発明(訂正前の請求項8ないし14)はいず
25 れも積層体を対象とするものではない(それぞれ、「積層フィルム」「包装
用袋」「シート成形品」「ラベル材料」「蓋材」「ラミネートチューブ」「包
装製品」を対象とするものである。)。形式上直接積層体の構成を限定する
記載となっているか否かを問題としている本件取消決定の訂正事項2に関
する判断は、訂正事項3ないし9の適法性判断では、より一層成り立たな
い。
5 ⑵ 被告の主張
ア 訂正事項2について
減縮に当たらないこと
訂正事項2は、除く事項で記載する「該積層体」、すなわち、少なくと
も2層を有する「積層体」の「上」に、「無機酸化物の蒸着膜」が設けら
10 れ、さらに「その蒸着膜上」に「ガスバリア性塗布膜」が設けられてなる
ものを「除く」という特定を追加するものである。
訂正事項2は、「該積層体」、すなわち、「積層体」から、「無機酸化
物の蒸着膜」及びその上の「ガスバリア性塗布膜」を「積層体」内の構成
としたものを除く記載とはなっておらず、「積層体」の外に該当する「積
15 層体」の「上」に、新たに「無機酸化物の蒸着膜」を設け、さらにその上
に「ガスバリア性塗布膜」を設けたものを除くとする記載となっている
から、結局、「積層体」の範囲自体を何ら減縮していない。
明細書には記載も示唆もされておらず、引用文献にのみ記載された技
術的事項を用いた「除くクレーム」とすることで、そもそも訂正前の特許
20 発明が想定していない引用文献記載の技術分野ないし技術的事項に係る
「除かれていない部分」にまで権利範囲が及ぶように見える訂正や、「除
くクレーム」とすることで実質的には開示されたか又はそこから自明な
概念以外の概念を持ち込んだのと結果的に等しくなる訂正は、第三者に
明細書等の記載に関して誤解を与える可能性があり、不測の不利益を及
25 ぼす蓋然性が高いものというべきである。
新規事項の追加に当たること
本件訂正前の特許請求の範囲、明細書及び図面には、「該積層体上に無
機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜」を
設けることの記載はないし、示唆する記載もない。本件発明の課題は、本
件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の【00
5 08】にあるとおり、「・・・本発明の目的は、バイオマスエチレングリ
コールを用いたカーボンニュートラルなポリエステルを含む樹脂組成物
からなる層を有する積層体を提供することであって、従来の化石燃料か
ら得られる原料から製造された積層体と機械的特性等の物性面で遜色な
いポリエステル樹脂フィルムの積層体を提供すること」であり、ここに、
10 引用文献の課題解決手段である「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設
けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜」を追加することは新たな
技術的事項の追加であり、その追加した事項を前提に、それを除くとす
る本件発明は、新たな技術的事項を導入するものである。
明細書に開示のない事項を除くクレームとする訂正は、新規性を担保
15 するために本件発明と引用文献に記載された事項との重複箇所のみを明
確かつ正確に除くものとすべきところ、重複箇所のみの除くクレームと
はせずに、引用文献の課題解決手段を、「積層体」の「上」に新たに追加
して、その追加した事項を除くとする本件訂正は、もっぱら進歩性に関
する原告の立場を強化する目的の訂正といえる。
20 また、このような訂正は、新たに追加して除くとした事項が本件特許
明細書にあたかも実施例として存在していたかのように見え、「除かれ
ていない部分」にまで、あたかも初めから権利範囲が及ぶように見える
のであって、第三者に不測の不利益を及ぼす蓋然性が高い。
2 取消事由2(引用発明に基づく本件発明の進歩性の判断の誤り)
25 別紙1の2記載のとおり。
3 取消事由3(手続違背)
別紙1の3記載のとおり。
第4 当裁判所の判断
1 本件発明について
⑴ 本件明細書には、本件発明について、別紙2の記載がある。
5 ⑵ 前記⑴の記載事項によれば、本件明細書には、本件発明に関し、次のような
開示があることが認められる。
ア 本件発明は、植物由来の原料から得られたバイオマスポリエステル樹脂
組成物からなる層を有する積層体に関し、より詳細には、バイオマス由来
のエチレングリコールをジオール成分として用いたポリエステルを含む樹
10 脂組成物からなる第1の層を有する積層体に関する(【0001】)。
イ 近年、循環型社会の構築のため、材料分野においてもエネルギーと同様
に化石燃料からの脱却が望まれており、いわゆるカーボンニュートラルで
再生可能であるバイオマスの利用が注目されている(【0003】)。
ウ 本件発明は、バイオマスエチレングリコールを用いたカーボンニュート
15 ラルなポリエステルを含む樹脂組成物からなる層を有し、従来の化石燃料
から得られる原料から製造された積層体と機械的特性等の物性面で遜色な
い積層体を提供することを課題とする(【0008】)。
エ 本件発明は、「第1の層」及び「第2の層」の「少なくとも2層を有する
積層体」の構成により、上記本件発明の目的を達成するものである。
20 「第1の層」 「2軸延伸樹脂フィルムからなり、
は 前記2軸延伸樹脂フィ
ルムを構成する樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからな
るポリエステルを主成分として含み、前記ポリエステルが、前記ジオール
単位がバイオマス由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単
位が化石燃料由来のテレフタル酸であるバイオマス由来のポリエステルと、
25 前記ジオール単位が化石燃料由来のエチレングリコールであり、前記ジカ
ルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸である化石燃料由来のポリエ
ステルとを含んでなり、前記2軸延伸樹脂フィルム中に前記バイオマス由
来のポリエステルが90質量%以下含まれ」た層である。また、
「第2の層」
は「化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、且つ、バイオマス由来の
原料を含む樹脂材料を含まない」層である(【0009】)。
5 オ 本件発明の構成を採ることにより、カーボンニュートラルな樹脂からな
る層を有する積層体を実現し、化石燃料の使用量を大幅に削減することが
でき、環境負荷を減らすことができる。また、本件発明のポリエステル樹脂
組成物の積層体は、従来の化石燃料から得られる原料から製造されたポリ
エステル樹脂組成物の積層体と比べて、機械的特性等の物性面で遜色がな
10 いポリエステル樹脂組成物を用いているため、従来のポリエステル樹脂組
成物の積層体を代替することができる(【0020】)。
2 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り)について
⑴ 訂正の目的について
ア 訂正事項2は、請求項1を引用する請求項4を新たな独立項である請求
15 項15とし、かつ、(但し、
「 該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、
その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く。 」
) との
事項を追加するものである。
訂正前の請求項1においては、「積層体」について、「少なくとも2層を
有する積層体」と特定しているのにすぎないのであるから、ここにいう積
20 層体には、「第1の層」、「第2の層」及びその他の任意の層からなる積層
体が含まれることになるところ、「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に
設けられたガスバリア性塗布膜」も層を形成するものである以上、この任
意の層に該当するといえる。したがって、訂正前の請求項1における積層
体は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸
25 着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」からなる積層体(以下「積層体
A」という。)を含んでいたものである。
そうすると、訂正事項2は、「積層体A」を含む訂正前の請求項1におけ
る積層体から積層体Aを除くものといえ、このように積層体を特定したこ
とにより、訂正前の請求項4に係る発明の技術的発明が狭まることになる
のであるから、訂正事項2が特許法120条の5第2項ただし書1号に規
5 定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。
イ 被告は、前記第3の1⑵ア のとおり、訂正事項2は、「積層体」から、
「無機酸化物の蒸着膜」及びその上の「ガスバリア性塗布膜」を「積層体」
内の構成としたものを除く記載とはなっておらず、「積層体」の外に該当す
る「積層体」の「上」に、新たに「無機酸化物の蒸着膜」を設け、さらにそ
10 の上に「ガスバリア性塗布膜」を設けたものを除くとする記載となってい
るから、「積層体」の範囲自体を減縮していない旨主張する。しかし、本件
発明は、「第1の層」及び「第2の層」で完結した積層体を特定事項とする
ものではなく、特許を受けようとする発明を、
「第1の層」 「第2の層」
及び
を有する全ての積層体とするいわゆるオープンクレームに該当するもので
15 あるから、権利範囲に含まれる具体的層構成を特定するに当たり、積層体
の内外を形式的に区別しても意味がない(「第1の層」及び「第2の層」の
外部の層も全て、本件発明における積層体の構成要素となる。)。そして、
前記アのとおり、訂正事項2における「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜
が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」
20 の具体的な内容は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着
膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」を備えた積層体であ
るから、結局、積層体Aと区別できないものである。したがって、訂正事項
2は訂正前の積層体から積層体Aを除く訂正であり、「積層体」の範囲を減
縮していることになる。
25 また、被告は、本件訂正事項2のような「除くクレーム」とする訂正は、
第三者に明細書等の記載に関して誤解を与える可能性があり、不測の不利
益を及ぼす蓋然性が高いものというべきである旨主張する。しかし、被告
主張のような懸念が仮にあったとしても、それは、訂正後の請求項につき、
明確性要件やサポート要件等の適合性を巡って検討されるべき問題という
べきであるから、いずれにしても、本件事案において、この点をもって直ち
5 に訂正を認めない理由とすることは相当でない。
ウ 以上のとおりであるから、訂正事項2が特許請求の範囲の減縮を目的と
するものに当たらないとした本件取消決定の判断には誤りがある。
また、訂正事項3ないし9が特許請求の範囲の減縮を目的とするものに
当たらないとした本件取消決定の判断にも誤りがある。
10 ⑵ 新規事項の追加の有無について
ア 仮に、本件において、異議手続で審理・判断されていない新規事項の追加
の有無について審理・判断することができるとしても、訂正事項2は、新規
事項を追加するものとは認められない。
すなわち、訂正が、当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合
15 することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項
を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した
事項の範囲内において」するものと解すべきところ、訂正事項2によって
「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリ
ア性塗布膜が設けられてなるもの」を除外することにより、新たな技術的
20 事項が導入されるわけではなく、新規事項が追加されるものではない。
本件発明の課題は、バイオマスエチレングリコールを用いたカーボンニ
ュートラルなポリエステルを含む樹脂組成物からなる層を有する積層体を
提供することであって、従来の化石燃料から得られる原料から製造された
積層体と機械的特性等の物性面で遜色ないポリエステル樹脂フィルムの積
25 層体を提供すること(【0008】)であるが、上記除外によってこの技術
的課題に何らかの影響が及ぶものではない。
イ 被告は、前記第3の1⑵ア のとおり、訂正事項2は、本件発明の課題
に、引用文献の課題解決手段である「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が
設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜」を追加することで新たな
技術的事項を追加し、その追加した事項を前提に、それを除くとするので
5 あるから、新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。
しかし、訂正事項2による除外がされて残った技術的事項には、本件訂
正前と比較して何ら新しい技術的要素はないから、被告の主張は採用でき
ない。
その他被告が主張する点も、前記 イにおいて既に判示したところに照
10 らせば、いずれも採用できない。
ウ 訂正事項3ないし9も、前記ア及びイと同様であって、新規事項を導入
するものではない。
⑶ 小括
前記 及び のとおり、本件訂正は、減縮に該当し、新規事項の追加には当
15 たらないものであり、その他に被告がるる主張する点も、上記判断を左右す
るに足りるものではない。そうすると、その他の点について判断するまでも
なく、本件訂正は訂正要件を満たすものであり、これを否定した本件取消決
定の判断には誤りがあるところ、本件取消決定では本件訂正を認めていない
ため、訂正後の請求項15ないし22に係る発明については、訂正の目的要
20 件以外の要件について判断がされておらず、特許成立の可否が確定していな
い。
よって、上記判断の誤りが、本件取消決定の結論に影響を及ぼす可能性が
あることは明らかである。
したがって、原告主張の取消事由1は理由がある。
25 3 結論
以上のとおり、取消事由1は理由があるから、その他の取消事由について判
断するまでもなく、本件取消決定を取り消すこととし、主文のとおり判断する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
菅 野 雅 之
10 裁判官
本 吉 弘 行
裁判官
15 岡 山 忠 広
(別紙1)
1 本件取消決定が認定した引用発明、本件発明1ないし14と引用発明の一致
点及び相違点、相違点1及び2についての容易想到性の判断の要旨
引用発明
5 ガスバリア性積層フィルム、印刷層、ラミネート接着剤層、ヒートシール性
樹脂層を順次設けた包装袋としての包装用積層材であって、ガスバリア性積
層フィルムは、基材が2軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムからな
り、基材上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性
塗布膜が設けられてなり、ヒートシール性樹脂層は、メタロセン触媒を用い
10 て重合したエチレン-α-オレフイン共重合体のフィルムないしシートから
なる包装用積層材。
本件発明1ないし14と引用発明の一致点及び相違点
ア 一致点
少なくとも2層を有する積層体であって、
15 第1の層が、2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィル
ムを構成する樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからなる
ポリエステルを主成分として含み、
第2の層が、樹脂材料からなる、積層体。
イ 本件発明1ないし14と引用発明との相違点
20 相違点1(本件発明1ないし14共通)
2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルムを構成す
る樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからなるポリエス
テルを主成分として含」む「第1の層」について、本件発明1は「前記ポ
リエステルが、前記ジオール単位がバイオマス由来のエチレングリコー
25 ルであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸である
バイオマス由来のポリエステルと、前記ジオール単位が化石燃料由来の
エチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテ
レフタル酸である化石燃料由来のポリエステルとを含んでなり、前記2
軸延伸樹脂フィルム中に前記バイオマス由来のポリエステルが90質
量%以下含まれ」ているものであるのに対し、引用発明はその点が不明
5 である点。
相違点2(本件発明1ないし14共通)
「樹脂材料からな」る「第2の層」について、本件発明1は「化石燃料
由来の原料を含む樹脂材料からなり、且つ、バイオマス由来の原料を含
む樹脂材料を含まない」ものであるのに対し、引用発明はその点が不明
10 である点。
相違点3(本件発明2ないし6共通)
本件発明2ないし6は「前記樹脂組成物が、ジオール単位が化石燃料由
来のジオールまたはバイオマス由来のエチレングリコールであり、ジカ
ルボン酸単位が化石燃料由来のジカルボン酸であるポリエステルのリサ
15 イクルポリエステルをさらに含んでなる」ものであるのに対し、引用発
明はその点不明である点。
相違点4(本件発明3ないし6共通)
本件発明3ないし6は「前記リサイクルポリエステルを、樹脂組成物全
体に対して5~45質量%含んでなる」ものであるのに対し、引用発明
20 はその点不明である点。
相違点5(本件発明4ないし6共通)
本件発明4ないし6は「前記樹脂組成物が添加剤をさらに含んでなる」
ものであるのに対し、引用発明はその点不明である点。
相違点6(本件発明5及び6共通)
25 本件発明5及び6は「前記添加剤を、樹脂組成物全体に対して5~50
質量%含んでなる」ものであるのに対し、引用発明はその点不明である
点。
相違点7(本件発明6)
本件発明6は「前記添加剤が、可塑剤、紫外線安定化剤、着色防止剤、艶
消し剤、消臭剤、難燃剤、耐候剤、帯電防止剤、糸摩擦低減剤、離型剤、
5 抗酸化剤、イオン交換剤、および着色顔料からなる群から選択される1
種または2以上である」ものであるのに対し、引用発明はその点不明で
ある点。
相違点1及び2の容易想到性についての判断理由の要旨
ア 相違点1について
10 引用文献5記載事項は、「シート、フィルムに用いられるポリエチレン
テレフタレートが、バイオマス由来のエチレングリコールをジオール単
位とし、化石燃料由来のテレフタル酸をジカルボン酸単位とする、50
質量%のバイオマスポリエチレンテレフタレートと、化石燃料由来のエ
チレングリコールをジオール単位とし、化石燃料由来のテレフタル酸を
15 ジカルボン酸単位とする、化石燃料由来の原料からなるポリエチレンテ
レフタレートと、を含んでなるポリエチレンテレフタレート。 といえる。
」
石油資源の枯渇を抑制し、地球温暖化の原因物質である大気中の二酸
化炭素の増加を抑制する手段として、石油系由来の原料のみからなるポ
リエチレンテレフタレートに替えて、生物産生のバイオマス素材を原料
20 としたポリエチレンテレフタレートを用いることは、当業者が普通に検
討し得る技術課題であるから、引用発明における「2軸延伸ポリエチレ
ンテレフタレートフィルム」の材料として、バイオマス由来のポリエチ
レンテレフタレートを用いる動機付けがある。
本件発明1の「90質量%」という上限について、その臨界的意義を認
25 めることはできない。
したがって、引用発明及び引用文献5記載事項に基づき、相違点1に係
る本件発明1の構成とすることは当業者が容易に想到し得た。
イ 相違点2について
引用発明の「メタロセン触媒を用いて重合したエチレン-α-オレフ
イン共重合体のフィルムないしシートからなる」「ヒートシール性樹脂
5 層」を「化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、かつ、バイオマス
由来の原料を含む樹脂材料を含まない」ものとすることは、引用発明を
具体化するにあたり、当業者が適宜になし得たことである。
ウ 顕著な作用効果について
本件発明1の奏する作用効果は、引用発明及び引用文献5記載事項の
10 作用効果の総和以上のものであるとは認められず、格別顕著なものでは
ない。
2 取消事由2(引用発明に基づく本件発明の進歩性の判断の誤り)
⑴ 原告の主張
ア 本件発明1について
15 引用発明の認定、一致点・相違点の認定に誤りがあることについて
a 本件取消決定は、前記1⑴のとおり引用発明を認定した。
しかし、知的財産高等裁判所平成28年(行ケ)10182号・平成
28年(行ケ)10184号平成30年4月13日特別部判決(いわゆ
るピリミジン事件大合議判決)によれば、引用発明の特定に関する技術
20 的要素に関して膨大な数の選択肢を有する場合には、特定の選択肢に
係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情が
ない限り、当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技
術的思想を抽出することはできず、これを引用発明と認定することは
できないとされている。
25 この点、引用文献4の【0022】、【0023】では、ガスバリア
性積層フィルムを構成する基材や加工方法として実に様々なものが開
示されている。数ある基材の樹脂の種類及び製造方法の組み合わせの
中から、2軸延伸とポリエステル樹脂の組み合わせを積極的あるいは
優先的に選択すべき事情はない。
したがって、本件取消決定の引用発明の認定に誤りがある。
5 b 本件取消決定における引用発明の認定に誤りがあるから、引用発明
と本件発明の一致点・相違点の認定にも誤りがある。
相違点の容易想到性の判断に誤りがあることについて
本件取消決定における引用発明及び本件発明1と引用発明との一致点
・相違点の認定を前提としても、相違点の容易想到性の判断には誤りが
10 ある。
a 相違点1について
引用発明の「2軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルム」のP
ET樹脂として引用文献5記載のバイオマス由来のポリエチレンテレ
フタレートを適用する動機付けはない。
15 原出願日当時、カーボンニュートラルという概念は、各用途に求め
られるPETの性能を犠牲にしてまで達成しなければならない周知の
課題あるいは技術常識であると認識されていたものではない。
少なくともポリエステル樹脂に関しては、バイオマス原料に由来す
る様々な不純物の影響により、従来の化石燃料由来のPETの代用と
20 してはその実用化が特に困難と考えられていたというのが技術常識で
ある(特開2008-94884号公報〔以下「甲17文献」という。 、
〕
特開2009-209145号公報〔以下「甲18文献」という。 )
〕 。
さらに、①引用文献4では、透明性の維持が重要な課題となってい
るところ、原出願日当時、バイオマス資源由来のエチレングリコールの
25 不純物による着色の問題は解消していなかったこと(甲18文献【00
06】)、②引用発明においては、基材が2軸延伸ポリエチレンテレフ
タレートフィルムからなるところ、甲17文献の【0008】において、
ポリエステルの成型性に悪影響を及ぼすことが示唆されていること、
③引用発明では、高い耐熱性が求められるところ(【0010】)、国
際公開第2013/035559号公報(以下「甲19文献」という。)
5 の【0005】によれば、本件優先日当時においても、バイオマスPE
Tにおいて耐熱性の問題が解決できていなかったと考えられること、
④引用発明では、ガスバリア性を重要な課題とするところ、特開201
5-36208号公報(以下「甲15文献」という。)の【0007】
では、バイオマス由来のポリエステルを用いるとガスバリア性能に著
10 しい影響を来たすことが示唆され、また、特開2018-35338号
公報(以下「甲21文献」という。)の【0062】では、バイオマス
由来のポリエステル樹脂において密度ムラや結晶化度の偏在が生じや
すいという課題が存在したことが記載されているところからすると、
引用発明に相違点1の構成を適用するには、阻害要因がある。
15 b 相違点2について
本件取消決定は、引用発明の「メタロセン触媒を用いて重合したエチ
レン-α-オレフイン共重合体のフィルムないしシートからなる」
「ヒ
ートシール性樹脂層」を「化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からな
り、且つ、バイオマス由来の原料を含む樹脂材料を含まない」ものとす
20 ることは、引用発明を具体化するにあたり、当業者が適宜になし得たこ
とである旨判断するが、カーボンニュートラルを意識しながらも、第1
層のポリエステルのみバイオマス由来の原料を用い、第2層において
は、敢えて化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、バイオマス由
来の原料を含む樹脂材料を含まない態様とすることについて、その論
25 理付けがなされていない。
c 顕著な作用効果について
本件明細書の実施例1ないし3においては、本件発明の構成を満た
す積層体を用いて、上記バイオマスPETフィルムを従来の化石燃料
由来PETフィルムに置き換えて作られたフィルムと対比し、既存の
ポリエステルフィルムからなる層を有する積層体と比較しても遜色な
5 い物性を有することが示されている。
バイオマスポリエステルを用いた場合、不純物の存在により成形加
工が困難になり、特に延伸フィルムなどにおいて活用できるような性
能を充足することは困難であるという本件優先日当時の技術常識に鑑
みれば、上記の効果が、その構成から当業者が予測することができた範
10 囲を超えるものであることは明らかといえる。
イ 本件発明2ないし14について
本件発明2ないし14はいずれも本件発明1を直接ないし間接的に引用
するものであるため、前記アに主張したところは、当然に、本件発明2ない
し14の進歩性判断に対しても妥当する。
15 ⑵ 被告の主張
ア 本件発明1について
引用発明の認定、一致点・相違点の認定に誤りがあるとする点につい
て
a 原告の引用に係るいわゆるピリミジン事件大合議判決は、引用発明
20 の特定に関する技術的要素に関して、一般式における少なくとも20
00万通り以上ある膨大な選択肢があった事案で、本件とは異なる。
引用文献4の課題(【0011】)、課題解決手段(【0145】)、
ヒートシールに関する記載(【0151】以下。特に【0155】及び
【0157】)、実施例の記載(【0174】ないし【0222】)、
25 ガスバリア性積層フィルムを構成する「基材」の説明(【0022】以
下。特に【0023】及び【0024】)から、引用文献4には、「ガ
スバリア性積層フィルム、印刷層、ラミネート接着剤層、ヒートシール
層」を順次設けた包装袋としての包装用積層材が記載されており、ま
た、基材が2軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムとする「ガス
バリア性積層フィルム」 メタロセン触媒を用いて重合したエチレン-
、
5 α-オレフイン共重合体のフィルムないしシートからなる「ヒートシ
ール性樹脂層」が記載されているといえる。
よって、本件取消決定における引用発明の認定に誤りはない。
b 本件取消決定における引用発明の認定に誤りはないから、引用発明
と本件発明の一致点・相違点の認定にも誤りはない。
10 相違点の容易想到性の判断に誤りがあるとする点について
a 相違点1について
「石油資源の枯渇を抑制し、地球温暖化の原因物質である大気中の
二酸化炭素の増加を抑制する手段として、従来のような石油系由来の
原料のみからなるポリエチレンテレフタレートに替えて、生物産生の
15 バイオマス素材を原料としたポリエチレンテレフタレートを提供する
こと。 は周知の技術課題であり、
」 当業者がPETを取り扱う際に普通
に検討し得るものであるから、引用発明に引用文献5記載事項(バイオ
マス由来のPET)を用いる動機付けがある。
原告は、引用発明に相違点1の構成を適用するには、阻害要因がある
20 旨主張するが、甲18文献はバイオマス由来の原料の問題点が指摘さ
れているものではないし、本件特許の実施例に係るバイオマス由来の
原料と引用文献5のバイオマス由来の原料は、いずれも同一の市販品
であり(本件明細書【0075】 引用文献5
、 【0030】 、
) 耐熱性、
ガスバリア性、密度ムラや結晶化度の偏在等の問題があったとしても、
25 本件特許と同様の実用化は可能であったといえるから、原告の主張は
失当である。
b 相違点2について
一般的な課題や周知の技術課題に基づき、引用発明のいずれかの樹
脂層をバイオマス由来の原料を用いるものとすることの動機付けは十
分に認められるし、いずれかの層をバイオマス由来とすることで、製品
5 としてのバイオマス化が達成できることを踏まえると、引用発明の2
層の樹脂層のうち、一層のみをバイオマス由来のものとし、他の層を従
来からの石油燃料由来のものとすることは、当業者が容易に成し得た
設計事項である。
c 顕著な作用効果について
10 引用文献5の実施例におけるバイオマス由来の原料は、本件特許の
実施例におけるバイオマス由来の原料と同一の市販品であるところ、
本件発明が奏する作用・効果は、引用発明及び引用文献5記載事項から
当業者が予測し得た範囲内のものである。
イ 本件発明2ないし14について
15 本件発明1の進歩性についての本件取消決定の判断に誤りはなく、本件
発明2ないし14の進歩性についての本件取消決定の判断にも誤りはない。
3 取消事由3(手続違背)
⑴ 原告の主張
ア 特許庁は、特許異議申立に係る手続の詳細について、同庁のウェブペー
20 ジにおいて、「特許異議の申立てのフロー図(詳細版)」を示して公表して
おり(甲22)、異議申立においては、通常、最初の取消理由通知と決定の
予告で最低でも2回の意見書、訂正請求書を提出する機会が与えられる実
務が確立している。そして、上記フローチャートによれば、決定の予告がな
されるのは、あくまでも最初の取消理由通知において指摘された取消理由
25 が解消されない場合のみであって、最初に通知された取消理由とは全く異
なる理由で決定の予告がなされることは想定されていない。また、行政手
続法12条1項及び2項から、特に一度付与された特許権を取り消すよう
な不利益な処分をする場合には、特段の事情がない限り、自ら公表した手
続に反して特許権者に不利な手続を行い得ない。
本件における決定の予告(甲5)は、主引用例自体が全く異なる新たな取
5 消理由を指摘するものであるから、上記のフローチャートにおける通知し
た取消理由により特許を取り消せると判断できない場合に該当する。
仮に新たに取消理由を通知される場合であっても、決定の予告ではない
最初の取消理由通知がなされるべきである。
以上からみて、新たな取消理由のみに基づき決定の予告を行った点は審
10 判官としての裁量を著しく逸脱した手続であり、決定の結論に影響する。
イ 新たな取消理由のみに基づいて決定の予告を行うことが許されるとして
も、その特殊事情に鑑み、新たな決定の予告を行うことにより、意見書、訂
正請求書提出の機会を担保する必要があった。本件ではこのような手続も
とられていない。
15 ⑵ 被告の主張
ア 特許法120条の5からみて、同法において、同じ取消理由を「取消理由
通知」と、それに続く「決定の予告である取消理由通知」と2回通知しなけ
ればならないことは規定されていない。
行政手続法12条は、特許法195条の3により、特許法に基づく処分
20 には適用されない。
特許庁の審判便覧により、特許異議申立においては、2回目の取消理由
通知が、原則、「決定の予告」となることは周知されている。
イ 取消理由通知が「決定の予告である取消理由通知」であったとしても、特
許法上、単なる「取消理由通知」と区別はなく、いずれの場合であっても、
25 意見書を提出する機会があり、訂正可能な範囲も同じであるから、引用文
献4を主引用例とする取消理由通知を2回通知しなかったことは、特許法
120条の5第1項の規定に違反しない。
(別紙2)
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物由来の原料から得られたバイオマスポリエステル樹脂組成物から
5 なる層を有する積層体に関し、より詳細には、バイオマス由来のエチレングリコー
ルをジオール成分として用いたポリエステルを含む樹脂組成物からなる第1の層を
有する積層体に関する。
【背景技術】
【0003】
10 近年、循環型社会の構築を求める声の高まりとともに、材料分野においてもエネ
ルギーと同様に化石燃料からの脱却が望まれており、バイオマスの利用が注目され
ている。バイオマスは、二酸化炭素と水から光合成された有機化合物であり、それを
利用することにより、再度二酸化炭素と水になる、いわゆるカーボンニュートラル
な再生可能エネルギーである。昨今、これらバイオマスを原料としたバイオマスプ
15 ラスチックの実用化が急速に進んでおり、汎用高分子材料であるポリエステルをこ
れらバイオマス原料から製造する試みも行われている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
20 本発明者らは、ポリエステルの原料であるエチレングリコールに着目し、従来の
化石燃料から得られるエチレングリコールに代えて、植物由来のエチレングリコー
ルをその原料としたポリエステルは、従来の化石燃料から得られるエチレングリコ
ールを用いて製造されたポリエステルと、機械的特性等の物性面で遜色ないものが
得られるとの知見を得た。さらに、このようなバイオマス由来のポリエステルから
25 なる層を有する積層体も、従来の化石燃料から得られる原料からなる積層体と、機
械的特性等の物性面で遜色ないものが得られるとの知見を得た。本発明はかかる知
見によるものである。
【0008】
したがって、本発明の目的は、バイオマスエチレングリコールを用いたカーボン
ニュートラルなポリエステルを含む樹脂組成物からなる層を有する積層体を提供す
5 ることであって、従来の化石燃料から得られる原料から製造された積層体と機械的
特性等の物性面で遜色ないポリエステル樹脂フィルムの積層体を提供することであ
る。
【課題を解決するための手段】
【0009】
10 本発明による積層体は、少なくとも2層を有するものであって、
第1の層が、2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルムを構成
する樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからなるポリエステルを主
成分として含み、前記ポリエステルが、前記ジオール単位がバイオマス由来のエチ
レングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸であ
15 るバイオマス由来のポリエステルと、前記ジオール単位が化石燃料由来のエチレン
グリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸である化
石燃料由来のポリエステルとを含んでなり、前記2軸延伸樹脂フィルム中に前記バ
イオマス由来のポリエステルが90質量%以下含まれ、
第2の層が、化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、且つ、バイオマス由来
20 の原料を含む樹脂材料を含まないことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、少なくとも2層を有する積層体において、第1の層が、2軸延伸
樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルムを構成する樹脂組成物が、ジオ
25 ール単位とジカルボン酸単位とからなるポリエステルを含み、前記ポリエステルが、
前記ジオール単位がバイオマス由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン
酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸であるバイオマス由来のポリエステルと、前
記ジオール単位が化石燃料由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単
位が化石燃料由来のテレフタル酸である化石燃料由来のポリエステルとを含んでな
り、前記2軸延伸樹脂フィルム中に前記バイオマス由来のポリエステルが90質
5 量%以下含まれることで、カーボンニュートラルな樹脂からなる層を有する積層体
を実現できる。したがって、従来に比べて化石燃料の使用量を大幅に削減すること
ができ、環境負荷を減らすことができる。また、本発明のポリエステル樹脂組成物の
積層体は、従来の化石燃料から得られる原料から製造されたポリエステル樹脂組成
物の積層体と比べて、機械的特性等の物性面で遜色がないポリエステル樹脂組成物
10 を用いているため、従来のポリエステル樹脂組成物の積層体を代替することができ
る。
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