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令和4(行ケ)10022審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和5年4月6日
事件種別 民事
対象物 イズロン酸-2-スルファターゼのCNS送達のための方法および組成物
法令 特許権
特許法29条2回
特許法41条2項1回
特許法36条4項1号1回
キーワード 実施458回
審決64回
優先権46回
進歩性26回
無効18回
無効審判2回
分割2回
特許権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 原告のために、この判決に対する上告及び上告受理申立てのための
事件の概要 本件は、特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は、優先 権に関する認定判断の誤り並びに実施可能要件違反、サポート要件違反、明確性要 件違反及び進歩性についての各認定判断の誤りの有無である。

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判決文

令和5年4月6日判決言渡
令和4年(行ケ)第10022号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和5年2月28日
判 決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 原告のために、この判決に対する上告及び上告受理申立てのための
付加期間を30日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2020-800025号事件について令和3年11月5日にした
審決のうち、特許第6522072号の請求項1~12に係る部分を取り消す。
第2 事案の概要
本件は、特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は、優先
権に関する認定判断の誤り並びに実施可能要件違反、サポート要件違反、明確性要
件違反及び進歩性についての各認定判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 被告は、平成29年10月4日、発明の名称を「イズロン酸-2-スルファ
ターゼのCNS送達のための方法および組成物」とする特許出願(特願2017-
194348号。以下「本件出願」といい、本件出願がされた上記の日を「本件出
願日」という。本件出願は、平成23年6月25日(パリ条約による優先権主張外
国庁受理 2011年2月11日、2010年7月1日、2010年9月29日、
2011年1月24日、2010年6月25日、2011年6月9日、2011年
4月15日 いずれもアメリカ合衆国)を国際出願日とする特許出願(特願201
3-516845号)の一部を新たな特許分割出願として平成27年12月17日
にされた特許出願(特願2015-246244号)の一部を新たな特許分割出願
としたものである。)をし、令和元年5月10日、その設定登録を受けた(特許第6
522072号。請求項の数12。以下「本件特許」といい、本件特許に係る明細
書及び図面を「本件明細書」という。甲1)。
(2) 原告は、令和2年3月6日、本件特許の無効審判の請求(以下「本件審判請
求」という。)をし(無効2020-800025号事件)、被告は、令和2年10
月6日付けで本件特許の請求項1~12についての訂正請求(特許請求の範囲のみ
を訂正対象とするもの)をした(甲50)。
特許庁は、令和3年11月5日、本件審判請求について、上記訂正請求に係る訂
正(以下「本件訂正」という。)を認めた上で、「特許第6522072号の請求項
1~12についての審判請求は成り立たない。」との審決(以下、同審決を「本件審
決」という。)をし、本件審決の謄本は、同月12日に原告に送達された。
2 本件特許に係る発明の要旨
本件特許の本件訂正後の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(甲50。
以下、本件特許について「請求項」という場合、本件訂正後の特許請求の範囲の請
求項をいい、また、本件訂正後の各請求項に係る発明を請求項の番号に応じてそれ
ぞれ「本件発明1」などといい、本件発明1~12を併せて「本件発明」という。。

【請求項1】
ハンター症候群を治療するための安定製剤であって、前記製剤は対象に脳室内投
与されることを特徴とし、前記安定製剤は、5mg/ml~100mg/mlの濃
度のイズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を含み、かつ、50m
M以下の濃度のリン酸塩を含み、前記製剤が5.5~7.0のpHを有することを
さらに特徴とする、安定製剤。
【請求項2】
(i)塩、または、
(ii)ポリソルベート界面活性剤をさらに含む、請求項1に
記載の安定製剤。
【請求項3】
請求項1~2のいずれか一項に記載の安定製剤であって、
(i)前記製剤の前記脳室内投与が、標的脳組織への前記I2Sタンパク質の送
達を生じさせ、
(a)前記脳標的組織が、白質および/または灰白質内のニューロンを含む、
かつ/または、
(b)前記I2Sタンパク質が、ニューロン、グリア細胞、血管周囲細胞およ
び/または髄膜細胞に送達される、
(ii)前記I2Sタンパク質が、脊髄内のニューロンにさらに送達される、
(iii)前記製剤の前記脳室内投与が、肝臓、腎臓および心臓から選択される
末梢標的組織への前記I2Sタンパク質の全身的送達をさらに生じさせる、
(iv)前記製剤の前記脳室内投与が、脳標的組織、脊髄ニューロンおよび/ま
たは末梢標的組織内のリソソーム局在化を生じさせる、
(v)前記製剤の前記脳室内投与が、脳標的組織、脊髄ニューロンおよび/また
は末梢標的組織内のGAG蓄積を減少させる、ならびに/または、
(vi)前記製剤の前記脳室内投与が、ニューロンの空胞化を減少させる、
安定製剤。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の安定製剤であって、前記製剤の前記脳室内
投与が、脳標的組織、脊髄ニューロンおよび/または末梢標的組織内のI2S酵素
活性の増加を生じさせる、安定製剤。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の安定製剤であって、
(i)前記脳室内投与が、静脈内投与と併せて用いられる、あるいは、
(ii)前記脳室内投与が、静脈内投与の不在下で用いられる、ならびに/ある
いは、
(iii)前記脳室内投与が、2週間に1回、1ヶ月に1回、または、2ヶ月に
1回実施される、ならびに/あるいは、
(iv)前記脳室内投与が、併用の免疫抑制療法の不在下で用いられる、
安定製剤。
【請求項6】
10mg/ml~100mg/mlの濃度のイズロン酸-2-スルファターゼ
(I2S)タンパク質と、塩と、ポリソルベート界面活性剤とを含む、脳室内投与
のための安定製剤であって、前記製剤は、5.5~7.0のpHを有し、かつ、5
0mM以下の濃度のリン酸塩を含む、安定製剤。
【請求項7】
前記I2Sタンパク質が、30mg/ml、50mg/ml、および100mg
/mlから選択される濃度で、または、その濃度までで存在する、請求項1~6の
いずれか一項に記載の安定製剤。
【請求項8】
前記I2Sタンパク質が、配列番号1のアミノ酸配列を含む、請求項1~7のい
ずれか一項に記載の安定製剤。
【請求項9】
請求項6~8のいずれか一項に記載の安定製剤であって、前記塩がNaClであ
る、安定製剤。
【請求項10】
請求項6~9のいずれか一項に記載の安定製剤であって、前記ポリソルベート界
面活性剤が、ポリソルベート20である、安定製剤。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の安定製剤であって、前記製剤が液体製剤
である、安定製剤。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載の安定製剤の単回投与形態を含む容器。
3 本件審決の理由の要旨(本件訴訟で原告が主張する取消事由に関する部分に
限る。)
(1) 無効理由1(明確性)について
原告は、請求項1~5及び7~12にリン酸塩の濃度の下限値が記載されていな
いことを問題とするが、請求項1の記載から、本件発明1の医薬組成物にリン酸が
含まれ、その濃度が50mMまでであることが明確であり、濃度の下限がないこと
によって発明が不明確になるものでもない。原告が発明の詳細な説明の記載から適
切なリン酸塩の濃度があるはずであると主張している点は、むしろサポート要件に
関わる内容であり、明確性とは別の問題である。
(2) 無効理由2(実施可能要件)について
ア 本件発明1について
(ア) 本件明細書の記載内容
a 製剤化に関する記載
(a) 本件明細書の【0091】には、従来、CSFに近い組成を有するエリオッ
トのB溶液(人工CSF)が、典型的には髄腔内腔内送達のために用いられていた
が、緩衝剤濃度極度に低いために、長期間に亘ってタンパク質を安定化するために
必要とされる適切な緩衝能力を提供し得ず、また、同溶液中に存在するカルシム塩
は、タンパク質沈降を媒介し、それにより製剤の安定性を低減し得るものであるこ
とが記載されている。
(b) 実施例4の【0246】~【0248】には、イズルスルファーゼの髄腔内
腔内送達についての製剤開発のため、全身的送達のためのI2S製剤と等価な安定
性も維持すると同時に、リン酸塩およびポリソルベート20レベルを低減すること
に焦点を当て、凍結融解、振盪ストレス、および熱ストレスに対する試験を行った
結果、生理食塩水製剤が、低タンパク質濃度(2mg/ml)で凍結融解ストレス
に対してより安定であり、高タンパク質濃度(100mg/ml)では、凍結融解
ストレスは、生理食塩水含有製剤およびリン酸塩含有製剤の双方で不安定性の問題
は発生しなかったこと、振盪ストレス試験は、0.005%ポリソルベート20が
振盪関連ストレスに対してタンパク質を保護すること、生理食塩水製剤のpHは、
2~8℃で24カ月間、 0で維持されることを確認したことが記載され、
6. また、
タンパク質に結合された残留リン酸塩の量、ならびにタンパク質濃度の増加が、最
終製剤におけるpH安定性に関与することが認められたとの記載がある。
また、
【0273】には、製剤原料のイズルスルファーゼを50mg/mlに濃縮
し、次いで150mMの生理食塩水中に透析濾過したところ、10XDF後におい
て、通過液が約0.07mMのリン酸塩であったが、タンパク質保持物質は約0.
16mMのリン酸塩を含有し、リン酸塩がタンパク質に結合して約0.2mMのリ
ン酸塩残基が、製剤原料中に残留していることを示し、これが生理食塩水製剤が6.
0のpHを維持していることに寄与していると思われることが記載されている。
b 脳室内(ICV)投与の実施例
本件明細書には、補充酵素を含む製剤のICV投与が行われた以下の実施例が記
載されている。
(a) 実施例5には、124I標識化I2SをICV経路、IT-L経路、IV経路
によって試験動物に投与し、PETスキャンを実施した結果が図62に示されてい
る(【0284】、図62)。
(b) 実施例6には、ビーグル犬にI2Sの単回ボーラス1mL注射(20mMリ
ン酸ナトリウム、pH6.0;137mM塩化ナトリウム;0.02%ポリソルベ
ート-20中30mg/mL)がITまたはICVで投与し、投与後24時間で致
死させ、脳および脊髄組織について、ELISA、I2S酵素活性およびIHCに
よって定量的I2S分布を試験群間で比較したことが記載されている(【0289】
~【0290】。

本件明細書には、実施例6の結果について、I2Sは、ITおよびICV群の双
方の灰白質全体に広く分布し、IHCでは、大脳皮質では、図47(AおよびB)
に示されるように、ITおよびICV群の双方で、ニューロンは、表面の分子層か
ら深部の内層までの6つのニューロンでI2Sについて陽性であり、ITおよびI
CV群の大脳皮質では、図47(CおよびD)で示されるように、I2Sは、プル
キンエ細胞を含むニューロンで検出され、ITおよびICV群の双方において、図
47(EおよびF)に示されるように、海馬内のニューロンの大集団が、I2Sに
陽性であり、I2S陽性ニューロンはまた、図47(GおよびH)で示されるよう
に、両群において、視床および尾状核でも確認されたことが記載されている(【02
91】~【0292】。

c 髄腔内(IT)投与の実施例の記載
本件明細書には、補充酵素を含む製剤のIT投与が行われた以下の実施例が記載
されている。
(a) 実施例1には、髄腔内腔内-腰椎経路によって、組換え体ヒトI2Sが成体
MPS IIマウス(IKOマウス)の脳に送達されることができるかどうかを判
定するための試験を行ったことが記載されている 【0196】。
( ) 実施例1において
試験に使用した組換え体ヒトI2Sは、リン酸塩緩衝生理食塩水に対して透析し、
濃縮・再懸濁後に濾過滅菌したもので、最終濃度は、51mg/mlであったこと
が記載されている(【0196】。この試験により、IKOマウスでは、髄腔内腔内

-腰椎経路によって組換え体ヒトI2Sが脳に送達され、注射されたI2Sは、髄
膜細胞および脳のニューロンで検出、光学顕微鏡および電子顕微鏡レベルの双方で
の脳全体の細胞空胞化の減少、注射されたI2Sは、脳の種々の領域において広範
囲の組織病理学的改善、脳全体のLAMP-1リソソームマーカーの減少、髄腔内
腔内注射されたI2Sは、末梢循環に入り、肝臓の形態学的および組織学的マーカ
ーの改善を生じさせることを示す結果が得られたことが記載されている(【020
6】~【0211】。

(b) 実施例2には、154mM NaCl、0.005%ポリソルベート20、p
H5.3~6.1中に、I2Sタンパク質を3mg/ml、30mg/ml、10
0mg/mlまたは150mg/mlの濃度で含む製剤をカニクイザルにIT投与
した試験が記載され(【0212】~【0220】、このI2S製剤の投与により、

臨床的徴候の発生率は最小であったこと 【0222】、
( ) 髄膜近くの表面での層Iか
ら白質に隣接したより深い層IV内のニューロンに至る脳内ニューロンにおいて、
注射されたI2Sの広範囲な分布が明らかにされたことが記載され(【0227】、

毎月の間隔で送達される150mgまでの用量でのイズルスルファーゼのIT投与
は、副作用を示さず、CNSのほか、肝臓、腎臓および心臓においても全身的レベ
ルをもたらしたことが記載されている(【0234】。

(c) 実施例5には、組換え体ヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)製
剤を、6.0のpHで、154mMのNaCl、0.005%のポリソルベート2
0のビヒクル中で調製かつ製剤化し、非ヒト霊長類に、I2Sの3mg、30mg、
または100mgのいずれかを月単位で、移植した髄腔内腔内ポートによって、6
ヶ月間継続して投与したことが記載されている(【0278】~【0279】。

実施例5において、IT投与されたI2Sは脳室近くの白質脳組織の希突起グリ
ア細胞内で検出され、リソソームへ局在化が確認されたことから、脳の組織の深部
に分布することが可能であり、ならびに細胞内局在化が可能であることを確認した
との記載がある(【0285】~【0286】、図46)。
また、送達されたI2Sが生物学的活性を保持しているかどうかを明らかにする
ために、脳におけるI2Sのレベルを、比活性アッセイを用いて測定したところ、
30mgおよび100mgのIT投与動物の脳における酵素活性は、死体解剖時(投
与後24時間)ではベースライン以上であったことが記載されている【0287】。
( )
(d) 実施例7には、ハンター症候群の動物モデルとして、イズロン酸-2-スル
ファターゼノックアウト(IKO)マウスモデルを市販のI2S(Elapras
e(登録商標))を濃縮し、リン酸塩緩衝生理食塩水(PBS)中に再懸濁させたI
2S濃度26mg/mlの製剤でI2Sの260μg用量を髄腔内投与で処置した
ところ、3回目の注射後に、ビヒクル処置マウスに比べてI2S処置マウスで、表
面大脳皮質、尾状核、視床および小脳における細胞内空胞化の広範囲の減少が白質
で確認されたことが記載されている(【0293】~【0295】。

(イ) 本件発明1の医薬組成物の効果について
上記を踏まえ、本件発明1の医薬組成物の効果につき、検討する。
a I2Sによる治療効果について
I2Sを有効成分とする医薬品は、ムコ多糖症II型の治療薬として、本願特許の
出願日前である2006年7月24日に米国食品医薬品局(FDA)で、また200
7年1月8日には欧州医薬品庁(EMEA)で承認され、日本では、2007年1
0月に承認されており(甲8)、I2Sがムコ多糖症II型、すなわち、ハンター症候
群を治療することのできる生理活性を有するものであることは、本件特許の出願日
において、当業者に周知の事項であると認められる。
そして、本件明細書の実施例1には、ハンター症候群のモデル動物であるMPS
IIマウス(IKOマウス)に対して、リン酸塩緩衝生理食塩水に対して透析し、
濃縮・再懸濁後に濾過滅菌した51mg/mlの濃度のI2Sを髄腔内腔内-腰椎
経路で投与すると、脳全体の細胞空胞化の減少、脳の種々の領域において広範囲の
組織病理学的改善、脳全体のLAMP-1リソソームマーカーの減少、肝臓の形態
学的及び組織学的マーカーの改善が観察されたことが示され(本件明細書の【01
96】【0206】~【0211】、実施例7にも、IT投与による脳脊髄液への
、 )
I2Sの注入によって、IKOマウスの表面大脳皮質、尾状核、視床及び小脳にお
ける細胞内空胞化の減少が確認されたことが示されている(【0293】~【029
5】。

そうすると、当業者は、本件明細書の記載から、I2Sを脳脊髄液へ注入するこ
とにより、脳組織や肝臓において、ハンター症候群に対して治療効果を発揮できる
ことを理解するといえる。
b S2の分布と深部組織への浸透について
実施例2、実施例5及び実施例6では、I2S製剤のICV投与及びIT投与の
いずれによっても、I2Sが深部脳組織に浸透し、ニューロンで検出されることが
示されている(本件明細書の【0212】 【0220】
~ 、
【0227】、
【0278】、
【0279】【0284】~【0286】【0289】~【0292】
、 、 、図46、図
47、図62)。
また、実施例5において、IT投与により、脳におけるI2Sのレベルを、比活
性アッセイを用いて測定したところ、投与後24時間の30mg及び100mgの
IT投与動物の脳における酵素活性は、ベースライン以上であったことが記載され
ている(【0287】。

c 製剤の安定性について
実施例4においては、高タンパク質濃度(100mg/ml)では、凍結融解ス
トレスは、生理食塩水含有製剤及びリン酸塩含有製剤の双方で不安定性の問題は発
生しなかったことが示されている。タンパク質に結合された残留リン酸塩の量及び
タンパク質濃度の増加が、最終製剤におけるpH安定性に関与することが示され、
タンパク質に結合して製剤原料中に残留するリン酸塩が生理食塩水製剤が6.0の
pHを維持していることに寄与していると思われることが記載されている。また、
0.005%ポリソルベート20は、振盪関連ストレスに対してタンパク質を保護
することが記載されている(以上について、本件明細書の【0246】~【024
8】【0273】。浸透関連ストレスは、液体状態で製剤を保存運搬する場合にの
、 )
み問題となるものであるところ、請求項1を引用して限定する請求項11に凍結乾
燥製剤の態様が記載されるように、本件発明1の製剤は、必ずしも液体製剤として
提供されるものでないことからすると、脳室内等や髄腔内投与により脳脊髄液を介
して補充酵素を送達させる製剤に、リン酸塩やポリソルベート20を敢えて添加し
ない場合であっても、脳脊髄液への注入に適する安定な製剤が得られることが理解
できる。
(ウ) 臨床試験に関する宣誓書について
ハンター症候群患者へのイデュルスルファーゼ(I2S)のIT投与の臨床試験
に関する宣誓書(乙1)には、I2S製剤のIT投与により、重篤な有害事象は認
められず、またCSFでのGAGレベルの減少がみられ、中等度の罹患患者では、
認知障害に対する臨床的有効性の有望な結果が観察されたことが記載されている。
本件明細書において、本件発明1の組成物のICV投与がIT投与と同等の補充酵
素の分布をもたらしたことを踏まえると、乙1の臨床試験の結果からも、ヒトの治
療に実際にICV投与を行った場合に治療効果を示すであろうと推認することがで
きる。
(エ) 小括
以上のとおり、本件明細書の記載から、当業者は、I2Sがハンター症候群に対
して治療効果を示す酵素であると理解するとともに、脳脊髄液への注入に適する安
定な製剤を製造することができ、リソソーム酵素の脳室内投与が、リソソーム蓄積
症に対する治療効果を示すこと、脳室内投与及び髄腔内投与がいずれも、製剤中へ
のリン酸塩やポリソルベート20の添加の有無を問わず脳の深部組織に治療標的の
濃度でリソソーム酵素を送達可能であることを理解するといえる。
そうすると、本件明細書の記載から、当業者は、本件発明1の医薬組成物が、安
定な製剤であり、ハンター症候群の対象に脳室内投与することで治療効果が得られ
るものであることを理解するといえる。
よって、発明の詳細な説明の記載は、本件発明1について、当業者がその実施を
することができる程度に明確かつ十分に記載したものである
イ 本件発明2~12について
次の記載からすると、発明の詳細な説明の記載は、本件発明2~12についても、
当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分なものである。
(ア) 本件発明2について、実施例4などには、塩化ナトリウムやポリソルベート
80を含む製剤が記載されている。
(イ) 本件発明3について、前記ア(イ)のとおり、実施例において、本件発明3の構
成に係る効果が得られることが確認されて記載されている。
(ウ) 本件発明4について、本件明細書において、本件発明の製剤のICV投与に
より、脳組織や末梢標的組織である肝臓へのI2Sの到達が示されていることは、
前記ア(イ)aのとおりであり、脳脊髄液を介して送達されたI2Sが送達部位で酵
素活性を有することが示されていることは、同bのとおりである。
(エ) 本件発明5について、I2Sは、本件特許出願の前に、週1回の静脈注射用
の製剤として承認され実用化されていたものであり(甲8) 当業者は静脈注射と脳

室内投与を併用することが可能であると理解でき、本件明細書の【0164】にも、
脳室内投与と静脈注射の併用、採用可能な投与間隔について説明する記載がある。
(オ) 本件発明6について、本件明細書には、実施例4などに、塩化ナトリウムや
ポリソルベート20を含む製剤が記載されており、本件発明6の構成に係る範囲内
の組成を有する製剤を投与した実施例(実施例1、2、5~7)が記載されている。
(カ) 本件発明7について、実施例4には、I2Sを100mg/mlの濃度で含
有する製剤の例が記載され、I2Sを本件発明7の範囲内の濃度で含有する製剤を
投与した実施例(実施例1、2、5~7)が記載されている。
(キ) 本件発明8について、I2Sタンパク質が、配列番号1のアミノ酸配列を有
するものであることは、本件明細書の【0074】に記載されている。
(ク) 本件発明9~12について、本件明細書には、塩化ナトリウムとポリソルベ
ート20をともに含む液体の製剤を用いた試験が記載されており(【0289】~
【0290】、液体の医薬組成物を単回投与形態で容器に収容することも当業者に

はよく知られた手段である。
(3) 無効理由3(サポート要件)について
特許請求の範囲の記載及び本件明細書の【0002】~【0008】の記載から
みて、本件発明の課題は、グリコサミノグリカンの蓄積によりCNS障害を生じる
リソソーム蓄積障害に対して、血液能関門(判決注「血液脳関門」
: の誤記と認める。)
及び脳表面でのバリアの存在などの障害物を克服し、脳に治療薬を有効に送達させ
ることであると認められる。
前記(2)で検討したとおり、発明の詳細な説明の記載から、当業者は、本件発明1
~12が、いずれも、脳室内投与により、補充酵素を脳深部組織に有効に送達させ、
脳リソソーム蓄積障害を治療することができるものであると理解できる。したがっ
て、本件発明1~12は、発明の詳細な説明の記載から、上記の発明の課題を解決
可能であると当業者が認識可能な範囲内のものであるから、発明の詳細な説明に記
載したものである。
(4) 無効理由5(進歩性)について
ア 甲6の2(「INTRATHECAL DELIVERY OF PROTEIN THERAPEUTICS TO TREAT
GENETIC DISEASES INVOLVING THE CNS 」 INJECTABLE DRUG DELIVERY 2010:
FORMULATIONS FOCUS, Issue No.19, pages 16-20(2010年)。本件審決における
「甲6」。以下、枝番を付することなく単に「甲6」という場合、甲6の2を指すも
のである。)の先行技術文献としての適格性について
(ア) 甲6が公衆に利用可能となった日
甲6における記載のほか、乙12(A Statement(2014年7月))及び乙2
2(甲6のPDFファイルのプロパティ)からすると、甲6は2010年7月2日
になってから公衆に利用可能となったと認められる。
(イ) 優先権主張の利益について
a 20 10年 7月 2日より 前の優 先基 礎出願は 、 甲1 4( 優先権証 明書
(US61/358,857 2010年6月25日出願)に係る米国特許出願第61/358、
: )
857号(以下、この出願を「基礎出願1」という。)と、甲15(優先権証明書
(US61/360,786:2010年7月1日出願))に係る米国特許出願第61/360、
786号(以下、この出願を「基礎出願2」という。)である。
b(a) 基礎出願2の明細書である甲15の9頁5~22行には、
「本発明は、CN
S投与用の治療剤を製剤化するための医薬組成物や溶液の緩衝液濃度やpHのわず
かな変化が、投与される溶液やそこに含まれる治療剤の忍容性やin vivoの
安全性に劇的な影響を与えるという発見に基づいている。本発明の医薬組成物及び
製剤は、高濃度の治療剤(例えば、タンパク質又は酵素)を可溶化することができ、
そのような治療剤をCNS成分及び/又は病因に送達するのに適している。本発明
の組成物は、それを必要とする対象のCNSに投与された場合(例えば、髄腔内に
投与された場合)、安定性が改善され、忍容性が改善されることをさらに特徴とす
る。」と記載され、本件発明が、CNS投与のための製剤の緩衝剤濃度及びpHの小
さな変化が、忍容性及びin vivoの安全性に劇的な影響を与えるという発見
に基づくものであり、本件発明の製剤は、治療用酵素を高濃度で製剤化することが
可能であることの記載がある。また、甲15の12頁の1~15行の「発明の医薬
組成物は、治療薬を脳室内でCNSに送達する(すなわち、脳室に直接投与する)
ために使用することもできる。脳室内への投与は、Ommayaリザーバー又は他
の同様のアクセスポートを介して容易に行うことができ、これらのアクセスポート
は、脳室内に直接配置されたリードカテーテルとともに、被験者の頭頂部の頭皮と
骨膜との間のポケットに移植され得る。また、小脳髄液槽(cisterna m
agna)も考えられており、これは、小型のネズミでの髄液内又は脳室内投与と
比較して物流が容易であることから、例えば動物種で使用することができる。 との

記載や、同18頁26行~19頁4行の「発明の医薬組成物、製剤、及び関連する
方法は、様々な治療剤を対象者のCNSに送達し(例えば、髄腔内、脳室内、又は
脳槽内)、関連する疾患の治療に有用である。本発明の医薬組成物は、リソソーム記
憶障害を患っている被験者にタンパク質及び酵素を送達する(例えば、酵素置換療
法)ために特に有用である。」との記載のように、甲15には、当該医薬組成物は、
髄腔内のほか、脳室内への直接投与により送達することができるものであることが
記載されている。そして、投与されたリソソーム酵素は、甲15の図2に示される
ように、脳深部組織の一つである尾状核(caudate nucleus)の神経細胞に分布する
ことが示されている。甲15の図1に示されるように、ICV注射は脳室空間に直
接注射するのに対し、IT注射は脊髄に注射する。例えば、甲3(特表第2009
-525963号公報)の【0034】にも記載されるように、脳脊髄液(CSF)
が脳室を満たし、脳と脊髄を取り囲んでおり、ICV投与とIT投与では、異なる
注入部位を介して同じCSFに注入されることは、基礎出願2の出願時において周
知の事項であったことも考慮すると、甲15の上記記載に接した当業者は、甲17
に記載されている処方がIT投与とICV投与の両方に適用されると理解する。
(b) 甲15には、医薬組成物のタンパク質の濃度として、
「少なくとも50mg/
ml、・・・、少なくとも30mg/ml、・・・、少なくとも10mg/ml少な
くとも5mg/ml」という記載があり(甲15の23頁7~14行)、医薬組成物
のpH及びリン酸塩濃度が「低pH及び低リン酸塩濃度」であることが記載され(甲
15の5頁1~3行)、「約10mM未満、約20mM未満又は約30mM未満のリ
ン酸塩」の実施態様の記載がある(甲15の5頁5~8行)。
また、甲15には、CNS送達に適した製剤を実現するために必要な組成とpH
の関係についても記載され、実施例3では、動物実験に基づいて、
「リン酸塩濃度が
低く、pHが5.5~7.0の製剤は、良好な忍容性を示した」と記載され、5m
Mのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム、0.005%のポリソルベ
ート20を含むpH7.0のビヒクルが特に溶解性及び安定性に優れ、このビヒク
ルによってタンパク質14mgを1.0mL中に含む製剤を調製して4回の髄腔内
投与を行ったところ、臨床上有害な兆候は見られなかったことが記載され、図5に
示すように、
「CNS-Tolerated Formulation」の処方設計
空間が定義されたと結論付けるとともに、CNSへのタンパク医薬の送達のために
は、医薬組成物が適切な溶解性、忍容性、安定性のバランスがとれたものとする必
要であると記載している(甲15の27頁6行~28頁3行、図5、図6)。
ICV注射とIT注射は、両方とも脳脊髄液に治療用酵素を直接注入する投与方
法であり、基礎出願1及び2の明細書の5頁及び請求項41及び84には、治療用
酵素として、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)が記載され、請求項49
及び54に疾患としてハンター症候群についても記載されていることから、基礎出
願1及び2の明細書には、ハンター症候群のための治療用酵素のであるイズロン酸
-2-スルファターゼ(I2S)のICV注射とIT注射の両方を対象とする記載
があると認められる。
(c) これらの基礎出願2の明細書の記載全体から、本件発明が、当該明細書に記
載されているといえるから、本件出願は、基礎出願2に基づく優先権主張の利益を
享受することができる。したがって、甲6は、本件出願に対する特許法29条の先
行技術文献とはならない。
c そこで、以下の無効理由5a、5bの判断において、甲6は除外して検討す
る。
イ 無効理由5a(甲2を主引用例とする進歩性欠如)について
(ア) 本件発明1について
a 甲2に記載された発明
甲2の請求項38並びに【0001】及び【0038】の記載から、甲2には、
次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されているといえる。
「酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症にかかっている患者を治療
するための方法に用いるための組成物であって、リソソーム蓄積症がムコ多糖症I
I型であり、前記酵素がイズロン酸-2-スルファターゼであり、該方法が、前記
酵素を脳への脳室内輸送によって患者に投与することを含むものであり、該組成物
は、適する医薬キャリアとして、例えば、生理食塩水、静菌水、Cremopho
r(登録商標)、リン酸緩衝食塩水(PBS)、他の食塩水、デキストロース溶液、
グリセロール溶液、水、ならびに石油、動物、植物、または合成油と一緒に作製さ
れた油乳剤を含み、リソソーム加水分解酵素の濃度が、約0.001重量%から2
0重量%以上に変動し得る組成物。」
b 対比
本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点は、次のとおりと認められる。
(一致点)
ハンター症候群を治療するための製剤であって、前記製剤は対象に脳室内投与さ
れることを特徴とし、前記製剤は、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タ
ンパク質を含む製剤。
(相違点)
本件発明1は、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を5mg
/ml~100mg/mlの濃度で含むとともに、50mMまでのリン酸塩を含み、
かつ該組成物が、5.5~7.0のpHを有する安定製剤であることを特徴とする
のに対し、甲2発明は、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を
5mg/ml~100mg/mlの濃度で含むこと、50mMまでのリン酸塩を含
み、該組成物が、5.5~7.0のpHを有する安定製剤であることのいずれも特
定されていない点。
c 判断
(a) 相違点に関する甲2の記載について
甲2発明の組成物は、適する医薬キャリアとして、リン酸塩を含む緩衝液である
リン酸緩衝食塩水(PBS)を使用可能なものであるが、そのpHについて、甲2
には記載されていない。また、甲7(「PARENTERAL FORMULATION FOR PEPTIDES,
PROTEINS, AND MONOCLONAL ANTIBODIES DRUGS: A COMMERCIAL DEVELOPMENT OVERVIEW」
Drug Delivery: Principles and Applications, John Wiley & Sons, Inc., pages
321-339(2005年))には、医薬品製剤に用いる緩衝液は、米国薬局方に挙げら
れたものから選択されるべきであるとして、そのうちのいくつかの緩衝液が示され
ているが、甲7に記載されているリン酸緩衝液のpHは6.2~8.2であるから、
技術常識を考慮しても、直ちに甲2発明の組成物をpH5.5~7.0とすること
に到達するとはいえない。
さらに、甲2の記載全体を検討しても、次のとおり、甲2発明の脳室内投与のた
めの組成物を、補充酵素を5mg/ml~100mg/mlの濃度で含むこと、5
0mMまでのリン酸塩を含み、該組成物が5.5~7.0のpHを有するとするこ
とは、当業者が容易に想到し得たということはできない。
甲2の請求項38の実施の態様として、実施例2(【0056】~【0058】)
には、ASMKOマウスへの組み換えヒトASM(rhASM)の連続的注入実験
が記載され、凍結乾燥されたrhASMを人工脳脊髄液(aCSF)中に溶解させ、
0.250mgのhASMを4日連続で脳室内にカニューレで注入し、合計1mg
のhASMを注入した結果、hASMの脳室内注入が脳を通じてSPMレベルの全
身的な減少を示したことが記載されている。
甲2の実施例2で用いられた人工脳脊髄液(aCSF)に関し、甲20(Elliotts
B Solutionデータシート改訂10版(2015年))には、代表的な人工脳脊髄液で
あるエリオットB溶液が、10mL中にリン酸塩である二リン酸ナトリウム7水和
物2mgを含み、リン酸の濃度が1.5mEq/Lであり、pH6.0~7.5で
あることが記載されている。リン酸は3価の酸であるから、エリオットB溶液のリ
ン酸塩の濃度は、0.5mMであり、50mMまでの範囲内にあると認められる。
これを考慮すると、甲2の実施例2の人工脳脊髄液(aCSF)が、代表的なエリ
オットB溶液とした場合に請求項38の具体的な実施の態様として、0.5mMの
リン酸塩を含む組成物が想定されるということはできる。しかし、そのpHは、本
件発明1のpH値とは一部重複するものの、pH7を超え7.5までの範囲も含む
ものであって、本件発明1におけるpH5.5~7.0とは相違する。
甲2の実施例2にも、別の実施例である実施例3にも、溶液中のhASMの濃度
や投与液量の記載がなく、甲2の記載は、脳室内投与される医薬組成物中の補充酵
素の濃度について、
【0038】において広範な濃度範囲が例示的に記載されるにと
どまるものである。
また、リソソーム酵素を始めとするタンパク質を含む医薬組成物の投与により免
疫原性の問題が生じ得ることは、技術常識である(乙5(「Intrathecal enzyme
replacement therapy reduces lysosomal storage in the brain and meninges of
the canine model of MPS I」Molecular Genetics and Metabolism, Vol. 83, pages
163-174(2004年)。乙24も同一文献である。)の172頁左欄8~34行目及
び173頁左欄6~24行目)。タンパク質は高濃度では凝集する傾向があること、
及び、凝集タンパク質は免疫原性が高まることは、本件出願の優先日における技術
常識であると認められる(乙7(「Challenges in the Development of High Protein
Concentration Formulations」JOURNAL OF PHARMACEUTICAL SCIENCES, VOL.93, NO.6,
pages 1390-1402(2004年6月)。乙25も同一文献である。)の1393頁右欄
3~29行目、乙8(「Aggregation of Therapeutic Proteins」John Wiley & Sons,
Inc., Hoboken, New Jersey(2010年))の155頁22~31行目、乙9(
「Use
of excipients to control aggregation in peptide and protein formulations.」
J. Excipients and Food Chem. 1(2), pages 40-49(2010年))の41頁右欄
1~26行目)そして、
。 本件明細書に記載の実施例1によれば、I2Sについては、
タンパク質に結合された残留リン酸塩の量、ならびにタンパク質濃度の増加が、最
終製剤におけるpH安定性に関与することが示され、タンパク質に結合して製剤原
料中に残留するリン酸塩が生理食塩水製剤のpHの維持に寄与し、製剤を安定に保
つという技術的意義を有するものであると認められるところ、甲2には、I2Sを
含む脳室内投与のための医薬組成物について、免疫原性の問題を回避することので
きる製剤に関する記載もない。
したがって、組成物中の酵素濃度を甲2に示される広範な濃度範囲のうち、5m
g/ml~100mg(判決注:「100mg/ml」の誤記と認める。)とするこ
と、及び、50mMまでのリン酸塩を含み、該組成物が、5.5~7.0のpHを
有する安定製剤とすることを、当業者が容易に想到し得るとはいえない。
(b) 相違点に関する他の証拠の記載について
次のとおり、甲3~5、7~10のいずれの記載によっても、甲2発明について、
イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を5mg/ml~100m
g/mlの濃度で含むとともに、50mMまでのリン酸塩を含み、該組成物が、5.
5~7.0のpHを有する安定製剤であるという相違点に係る構成を備えるものに
変更することが、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
甲3には、
「典型的な医薬組成物は100mMリン酸ナトリウム、150mMNa
Clおよび0.001%ポリソルベート80を含む緩衝液中に0.58/mLのイ
ズロニダーゼを含む緩衝液中で調製される」
([0021]、
)「本組成物は、例えば約
10~50mMの濃度でリン酸ナトリウムを含む緩衝液中などのように、緩衝液の
形状であってもよい。(
」[0022])との記載があるが、甲3には、具体的なpH
の範囲については記載されておらず、医薬組成物中の補充酵素の濃度としては、本
件発明1における5mg/mL~100mg/mLよりもはるかに低濃度である0.
58/mLが例示されるのみである。
甲4には、ガラクトシルセレブロシダーゼ(GALC)10mg/ml、マンニ
トール170mM、クエン酸ナトリウム50mM、およびTween80 100
mg/mL(判決注:原文ママ)の組成を有する脳室内投与するための組成物が記
載されているが、当該組成物は、I2S、リン酸塩を含むものではなく、甲2発明
の組成物を5mg/ml~100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまで
のリン酸塩を含み、pH5.5~7.0とすることについて、何ら示唆を与えるも
のではない。
甲5には、rhASBを5mg/mlの濃度で含むrhASB調製物をエリオッ
トB溶液で1:2の比率で希釈して髄腔内注射に用いたことが記載され、脳脊髄液
中へ投与する製剤である髄腔内注射用の組成物中のrhASB濃度を、5mg/m
lから、その1/3の濃度に低下させたことが理解できる。そうすると、甲5の記
載は、補充酵素の濃度を5mg/ml以上とすることに対する示唆を与えるもので
あるとはいえない。また、甲21(判決注:
「甲20」の誤記と認める。)によると、
エリオットB溶液は、pH6.0~7.5であるから、甲5の記載は、本件発明1
のpH範囲であるpH5.5~7.0に保つことに対する示唆を与えるものでもな
い。
甲7は、タンパク質の製剤化に関する総説であり、甲2発明の組成物のpHを本
件発明1における5.5~7.0とすることに対する示唆を与えるものでないこと
は、既に上記で検討したとおりである(甲7の324頁)。
甲8は、日本で販売されているエラプレース点滴静注液の医薬品インタビューフ
ォームである。当該医薬品は、1バイアル3ml中にイデュルスルファーゼを6.
0mg含むものであるから、当該製剤は、脳室内投与とは異なる静脈注射用の製剤
であって、そのタンパク質濃度は、2.0mg/mlであり、5mg/mlに満た
ず、注射に際しては、患者の体重当たりで計算した必要量を取り、生理食塩水10
0mLで希釈するとされていることからすると、注射される医薬組成物中の補充酵
素の濃度は、5mg/ml~100mg/mlの濃度範囲をはるかに下回る。した
がって、甲8の記載は、甲3発明(判決注:「甲2発明」の誤記と認める。)を5m
g/ml~100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含
み、かつ該組成物が、5.5~7.0のpHを有するものとすることに対する示唆
を与えるものではない。
甲9は、ポリペプチドの濃縮技術に関する特許文献であり(請求項1)【000

7】には、リソソーム酵素であるアリールスルファターゼやガラクトシルセレブロ
シダーゼなどを50~300mg/mlで含む医薬組成物に関する記載があるが、
これは皮下注射のためのもので、甲9には、脳室内投与のための医薬組成物につい
ては何ら記載されていない。したがって、甲9は、甲2発明の脳室内投与のための
医薬組成物に何らかの変更を加えることに対する示唆を与えるものではない。
甲10は、静脈注射や皮下注射に使われる生理食塩水「マイラン」の添付文書で
あり、補充酵素を含まない製剤に関するものであるから(甲10の1~2頁)、甲2
発明の脳室内投与のための医薬組成物に何らかの変更を加えることに対する示唆を
与えるものではない。
(c) 原告の主張について
原告は、甲2の実施例2には、マウス投与量として10mg/kgと記載されて
いるところ、FDAガイドライン(甲23(「Guidance for Industry: Estimating
the Maximum Safe Starting Dose in Initial Clinical Trials for Therapeutics
in Adult Healthy Volunteers」(2005年7月))によると、それはヒト投与量

0.8mg/kgと換算でき、60kg成人の場合の投与量は48mgとなり、さ
らに、甲6には、ヒトへの脳室内投与における投与堆積(原文ママ)は3mL以下
に制限されることが記載されているから、仮に甲2の実施例に記載のマウス投与量
をヒト投与量に換算し、3mLで投与しようとすると、組成物の酵素濃度は16m
g/mLとなるため、この点からも、甲2発明の組成物の酵素濃度を本件発明の範
囲に調整することは、当業者にとって適宜選択し得た事項にすぎないと主張する。
原告の上記主張は、甲6の記載を根拠にヒトへの脳室内投与における投与体積は3
mL以下に制限されることを前提とするが、前記アのとおり、甲6は、本件出願に
対する特許法29条の先行技術文献とはならないので、原告の主張は前提を欠いて
いる。また、仮に、ヒトへの脳室内投与における投与体積は3mL以下に制限され
ることが、本件出願の優先日における技術常識であり、甲43(判決注:「甲23」
の誤記と認める。 に記載の換算式によって、
) 甲2の実施例に記載のマウス投与量を
ヒト投与量に換算した補充酵素を3mLで投与する場合の酵素濃度が16mg/m
Lとなるとしても、前記(a)のとおり、本件発明1は、50mMまでのリン酸塩濃度
とpH5.5~7.0の製剤は、中枢神経を囲む脳脊髄液への投与において、良好
な忍容性を示すという技術的意義を有するものであると認められるところ、前記(a)
及び(b)のとおりであるから、甲3~10の記載によっても、甲2発明の医薬組成物
を、5mg/ml~100mg/mlの補充酵素を含み、50mMまでのリン酸塩
を含む脳室内投与のための医薬組成物のpHをpH5.5~7.0とすることは、
当業者が容易になし得たとはいえない。
また、原告は、甲25(ウェブサイトClinicalTrails.govの臨床試験NCT00920647
の情報(2009年6月15日掲載))に、10、30、又は100mgのイデュル
スルファーゼを髄腔内投与する臨床試験についての記載があることを根拠に、高濃
度の補充酵素を髄腔内投与する臨床試験プロトコルが本件出願の優先日前に当業者
に知られていたから、これを踏まえ、甲5及び6に記載された事項を参照して、甲
2~3のいずれかに記載の発明の組成物の酵素濃度やリン酸塩濃度、pHを本件発
明の範囲に調整することは、当業者にとって適宜選択できる事項にすぎず、容易想
到であった旨を主張するが、甲25には、補充酵素の濃度は明らかにされていない
し、また、仮に、原告の主張するとおり、甲25の臨床試験で使用された製剤が高
濃度の補充酵素を含む髄腔内投与のための製剤であるとしても、当該製剤が含む添
加剤や、製剤のpHは不明である。甲5には、rhASBを5mg/mlの濃度で
含むrhASB調製物をエリオットB溶液で1:2の比率で希釈して髄腔内注射に
用いたことが記載されており、甲20によると、エリオット社のB溶液は、pH6.
0~7.5であるから、甲5の記載は、本件発明1のpH範囲であるpH5.5~
7.0に保つことに対する示唆を与えるものでもない。また、甲6は、前記アのと
おり、本件特許の先行技術文献とはならないものである。
そして、本件明細書に記載の実施例1によると、I2Sについては、タンパク質
に結合された残留リン酸塩の量、ならびにタンパク質濃度の増加が、最終製剤にお
けるpH安定性に関与することが示され、タンパク質に結合して製剤原料中に残留
するリン酸塩が生理食塩水製剤のpHの維持に寄与し、製剤を安定に保つという技
術的意義を有するものであると認められるところ、甲2発明のI2Sを含む脳室内
投与のための医薬組成物について、タンパク質を高濃度に含み安定化された製剤を
免疫原性の問題を回避することのできる製剤に関する記載もない。
(d) 小括
以上のとおり、甲2、3~5、7~10のいずれも、甲2発明の組成物として、
本件発明1に規定される、pH5.5~7.0であり、酵素濃度5mg/ml~1
00mg/ml及び50mMまでのリン酸塩を含むという、特定の液性と組成を備
えるようにすることの動機付けを与えるものであるとはいえない。
したがって、本件発明1は、甲2又は甲2及び3~5、7~10に記載された発
明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(イ) 本件発明6について
a 本件発明6と甲2発明を対比する。
(一致点)
イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を含む、脳室内投与のた
めの製剤。
(相違点)
本件発明6は、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を5mg
/ml~100mg/mlの濃度で含むとともに、50mMまでのリン酸塩を含み、
かつ該組成物が、5.5~7.0のpHを有することを特徴とする安定製剤である
のに対し、甲2発明は、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を
5mg/ml~100mg/mlの濃度で含むこと、50mMまでのリン酸塩を含
み、該組成物が、5.5~7.0のpHを有する安定製剤であることのいずれも特
定されていない点。
b 本件発明6と甲2発明との相違点は、前記(ア)bの本件発明1と甲2発明の
相違点と同じものであり、前記(ア)cのとおり、当該相違点に関し、甲2、3~5、
7~10のいずれも、甲2発明の組成物として、本件発明1に規定される、pH5.
5~7.0であり、酵素濃度5mg/ml~100mg/ml及び50mMまでの
リン酸塩を含むという、特定の液性と組成を備えるようにすることの動機付けを与
えるものであるとはいえない。
したがって、本件発明6は、甲2、又は甲2及び甲3~5、7~10に記載され
た発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(ウ) 本件発明2~5及び7~12について
本件発明2~5及び7~12は、本件発明1又は6を更に限定した発明であるか
ら、前記(ア)及び(イ)のとおり、本件発明1及び6が甲2又は甲2及び3~5、7~
10に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたもので
はないのであるから、本件発明2~5及び7~12が甲2又は甲2及び3~5、7
~10に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたもの
でないことは明らかである。
ウ 無効理由5b(甲3を主引用例とする進歩性欠如)について
(ア) 本件発明1について
a 甲3に記載された発明
甲3の実施例2の記載から、甲3には、次の発明(以下「甲3発明」という。)が
記載されているといえる。
「MPS Iのラットモデルに酵素を脳室内投与するための組換えヒトイズロニ
ダーゼ(rhIDU)を含む組成物。」
b 対比
本件発明1と甲3発明との一致点及び相違点は、次のとおりと認められる。
(一致点)
ハンター症候群を治療するための製剤であって、前記製剤は対象に脳室内投与さ
れることを特徴とし、前記製剤は、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タ
ンパク質を含む製剤。
(相違点)
本件発明1は、50mM以下の濃度のリン酸塩を含み、前記製剤が5.5~7.
0のpHを有することをさらに特徴とする、安定製剤であるのに対し、甲3発明は、
50mM以下の濃度のリン酸塩を含み、前記製剤が5.5~7.0のpHを有する
ことをさらに特徴とする、安定製剤であるとは特定されていない点。
c 判断
(a) 相違点に関する甲3の記載について
甲3には、
「典型的な医薬組成物は100mMリン酸ナトリウム、150mMNa
Clおよび0.001%ポリソルベート80を含む緩衝液中に0.58/mLのイ
ズロニダーゼを含む緩衝液中で調製される」
([0021]、
)「本組成物は、例えば約
10~50mMの濃度でリン酸ナトリウムを含む緩衝液中などのように、緩衝液の
形状であってもよい。(
」[0022])との記載がある。
このように、甲3には、補充酵素を含む医薬組成物がリン酸塩を含む緩衝液であ
る実施態様に関する記載があるが、具体的なpHの範囲については記載されておら
ず、実施例で用いた組成物についても、緩衝液の成分やpHは記載されていない。
また、甲3には、医薬組成物中の補充酵素の濃度としては、0.58/mLが例示
されるのみである。
そして、甲3と同時期の2004年に発行された論文である乙5には、酵素の髄
腔内投与は、タンパク質が抗体形成や炎症反応といった免疫応答のリスクを有する
ことが記載されている(乙5(乙24)の172頁左欄8~34行目)。また、タン
パク質は高濃度では凝集する傾向があり、凝集タンパク質は免疫原性が高まること
は、本件出願の優先日における技術常識であると認められる(乙7(乙25)の1
393頁右欄3~29行目、乙8の155頁22~31行目、乙9の41頁右欄1
~26行目)。
甲3においても、
「組換えタンパク質および他の治療薬などの物質の投与中は、被
験者は、これらの物質に対する免疫応答を開始する可能性があり、これにより、結
合して治療活性を抑制するだけでなく急性もしくは慢性免疫学的応答を誘発する抗
体が産生されることが見出されている。この問題は、タンパク質が複雑な抗原であ
り、そして多くの場合に、該被験者が免疫学的に該抗原投与を受けていないために、
タンパク質である治療薬にとって最も重要である。そこで、本発明の所定の態様で
は、治療酵素を摂取している被験者を酵素補充療法に対して寛容化させることが有
用かもしれない。この状況では、酵素補充療法は、寛容化レジメンとの併用療法と
して被験者に投与することができる。」と記載され([0088]、補充酵素による

免疫応答の問題を回避すべきことが記載されている。
このような技術常識と甲3の記載を踏まえると、脳室内投与に用いる医薬組成物
の補充酵素の濃度を高濃度とすることを示唆する記載もない甲3において、[00
21]に例示された0.58/mLから、あえて免疫応答の危険が増す高濃度に変
更することを当業者が考えるとはいえない。
したがって、甲3発明を、5mg/ml~100mg/mlの濃度の該補充酵素
と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5~7.0のpHを有
するものとすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
(b) 相違点に関する他の証拠の記載について
次のとおり、甲2、4、5、7~10のいずれの記載によっても、甲3発明につ
いて、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を5mg/ml~1
00mg/mlの濃度で含むとともに、50mMまでのリン酸塩を含み、該組成物
が、5.5~7.0のpHを有する安定製剤であるという相違点に係る構成を備え
るものとすることが、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
甲2の記載から、脳室内投与のための医薬組成物について、補充酵素を5mg/
ml~100mg/mlの濃度で含むこと、50mMまでのリン酸塩を含み、該組
成物が、5.5~7.0のpHを有するものとすることを当業者が容易に想到し得
たということはできないことは、前記イ(ア)c(a)のとおりである。
甲4には、ガラクトシルセレブロシダーゼ(GALC)10mg/ml、マンニ
トール170mM、クエン酸ナトリウム50mM、及びTween80 100m
g/mL(判決注:原文ママ)の組成を有する脳室内投与するための組成物が記載
されているが、当業者は、甲4に記載された発明の50mMクエン酸ナトリウムを、
50mMまでのリン酸塩に置き換えられるとは考えないから、甲4の記載によって、
甲3発明の組成物を5mg/ml~100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50
mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5~7.0のpHを有するもの
とすることが容易想到であるとはいえない。
甲5には、rhASBを5mg/mlの濃度で含むrhASB調製物をエリオッ
トB溶液で1:2の比率で希釈して髄腔内注射に用いたことが記載され、脳脊髄液
中へ投与する製剤である髄腔内注射用の組成物中のrhASB濃度を、5mg/m
lから、その1/3の濃度に低下させたことが理解できる。また、甲21(判決注:
「甲20」の誤記と認める。)によると、エリオットB溶液はpH6.0~7.5で
あり、本件発明1における医薬組成物のpH5.5~7.0とはpHの範囲が異な
る。そうすると、甲5の記載は、甲3発明の組成物を、5mg/ml~100mg
/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、
5.5~7.0のpHを有するものとすることに対する示唆を与えるものであると
はいえない。
甲7は、タンパク質の製剤化に関する総説であり、一般的な緩衝液が記載されて
いるだけであり(甲7の325頁) 甲3発明の組成物を5mg/ml~100mg

/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、
5.5~7.0のpHを有するものとすることに対する示唆を与えるものでない。
甲8は、日本で販売されているエラプレース点滴静注液の医薬品インタビューフ
ォームである。当該医薬品は、1バイアル3ml中にイデュルスルファーゼを6.
0mg含むものであるから、当該製剤は、脳室内投与とは異なる静脈注射用の製剤
であって、そのタンパク質濃度は、2.0mg/mlであり、5mg/mlに満た
ず、注射に際しては、患者の体重当たりで計算した必要量を取り、生理食塩水10
0mLで希釈するとされていることからすると、注射される医薬組成物中の補充酵
素の濃度は、5mg/ml~100mg/mlの濃度範囲をはるかに下回る。した
がって、甲8の記載は、甲3発明を5mg/ml~100mg/mlの濃度の該補
充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5~7.0のp
Hを有するものとすることに対する示唆を与えるものではない。
甲9は、ポリペプチドの濃縮技術に関する特許文献であり(請求項1)【000

7】には、リソソーム酵素であるアリールスルファターゼやガラクトシルセレブロ
シダーゼなどを50~300mg/mlで含む医薬組成物に関する記載がある。し
かし、甲9に記載されている医薬組成物は皮下注射のためのものである。甲9には、
脳室内投与のための医薬組成物については何ら記載されておらず、皮下注射では、
皮下組織に薬剤が直接注射されるのに対し、脳室内注射では、緩衝能が低い脳脊髄
液中に薬物が注入されるという相違があり、甲9の医薬組成物の濃度を甲3発明の
脳室内投与のための医薬組成物にただちに適用できるとはいえない。
甲10は、静脈注射や皮下注射に使われる生理食塩水「マイラン」の添付文書で
あり、補充酵素を含まない製剤に関するものであるから(甲10の1~2頁)、甲3
発明の脳室内投与のための医薬組成物に何らかの変更を加えることに対する示唆を
与えるものではない。
(c) 原告の主張について
前記イ(ア)c(c)のとおり、原告は、甲25に、10、30、又は100mgのイ
デュルスルファーゼを髄腔内投与する臨床試験についての記載があることを根拠に、
高濃度の補充酵素を髄腔内投与する臨床試験プロトコルが本件出願の優先日前に当
業者に知られていたから、これを踏まえ、甲5及び6に記載された事項を参照して、
甲2~3のいずれかに記載の発明の組成物の酵素濃度やリン酸塩濃度、pHを本件
発明の範囲に調整することは、当業者にとって適宜選択できる事項にすぎず、容易
想到であった旨を主張するが、甲25の内容を参酌しても、原告が主張するように、
甲3に記載の発明の組成物の酵素濃度やリン酸塩濃度、pHを本件発明1の範囲に
調整することが、容易想到であったということはできない。
(d) 小括
以上のとおり、甲3、2、4、5、7~10のいずれも、甲3発明の組成物とし
て、本件発明1に規定される、pH5.5~7.0であり、酵素濃度5mg/ml
~100mg/ml及び50mMまでのリン酸塩を含むという、特定の液性と組成
を備えるようにすることの動機付けを与えるものであるとはいえない。
したがって、本件発明1は、甲3及び甲2、4、5、7~10に記載された発明
に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(イ) 本件発明6について
a 本件発明6と、前記(ア)aの甲3発明を対比する。
(一致点)
イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を含む製剤。
(相違点)
本件発明6は、50mM以下の濃度のリン酸塩を含み、前記製剤が5.5~7.
0のpHを有することをさらに特徴とする、安定製剤であるのに対し、甲3発明は、
50mM以下の濃度のリン酸塩を含み、前記製剤が5.5~7.0のpHを有する
ことをさらに特徴とする、安定製剤であるとは特定されていない点。
b 本件発明6と甲3発明との相違点は、前記(ア)aの本件発明1と甲3発明の
相違点と同じものであり、前記(ア)cのとおり、当該相違点に関し、甲2、4、5、
7~10のいずれも、甲2発明の組成物として、本件発明1に規定される、pH5.
5~7.0であり、酵素濃度5mg/ml~100mg/ml及び50mMまでの
リン酸塩を含むという、特定の液性と組成を備えるようにすることの動機付けを与
えるものであるとはいえない。
したがって、本件発明6は、甲3及び甲2、4、5、7~10に記載された発明
に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(ウ) 本件発明2~5及び7~12について
本件発明2~5及び7~12は、本件発明1又は6を更に限定した発明であるか
ら、前記(ア)及び(イ)のとおり、本件発明1及び6が甲3及び甲2、4、5、7~1
0に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでは
ないのであるから、本件発明2~5及び7~12が甲3及び2、4、5、7~10
に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない
ことは明らかである。
第3 原告主張の取消事由
1 取消事由1(優先権に関する認定判断の誤り)
(1) 優先権の利益を享受できないこと
ア(ア) 優先権の利益を享受できるか否かに関し、まず、後の出願におけるクレー
ムが、文言としては先の出願に記載されているものの、先の出願では産業上の利用
可能性の要件又は記載要件に瑕疵があり、後の出願において発明の詳細な説明を補
充すること(実施例を補充すること等)によりその瑕疵が治癒される場合について、
優先権の利益を認めるとすれば、出願人に対し、先の出願では本来享受できなかっ
た利益まで与えることになって不合理である。この場合、第一国出願(先の出願)
に、優先権主張を伴う第二国出願(後の出願)に係る発明と実質的に同一の発明が
記載されていたとはいえない。
(イ) また、後の出願におけるクレームが、文言としては先の出願に記載されてい
るものの、発明の詳細な説明を補充することにより発明の要旨に影響が及ぶ場合に
は、先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項が後の出願に記載
されているか否かという観点から、すなわち、新規事項の追加の判断と同様の観点
から、優先権の利益を享受できるか否かが判断されるべきところ、発明の詳細な説
明を補充することにより、クレームの用語の解釈には影響が生じないとしても、そ
の用語の技術的意義に新たな技術的事項が導入される場合(実施例の追加によりク
レームについて新たな効果が追加される場合等)には、優先権の利益は否定される
べきである。通常の出願では、審査の過程において、出願後の証拠の補充及び新た
な効果の立証には一定の制約が課されているにもかかわらず、優先権主張を伴う第
二国出願(後の出願)では、第一国出願(先の出願)の明細書に対し無制限に記載
の補充を認めるとするならば、優先権主張を伴う出願人に対し過剰な保護を与える
ことになる。
イ(ア) 基礎出願1及び2に係る甲16及び17の実施例をみると、まず、実施例
1は、pH及びイオン強度(具体的にはNaCl濃度)が酵素の溶解性に及ぼす影
響に関するもので、図3に示されたその結果は、酵素の溶解度に関するものにすぎ
ず、生物への投与による効果及び忍容性とは無関係である。しかも、高濃度の酵素
の溶液において、安定性は何ら検証されていない。まして、安定性を実現するため
の手段も記載されていない。さらに、酵素は特定されていない。いずれの酵素でも
同じ結果が生じるのか、明らかではない。
(イ) 次に、実施例2ではIT投与が使用されたところ、pHは本件発明の範囲外
にあるから、実施例2は本件発明の実施例ではない。しかも、用量応答(dose
response)がなかったとの記載は、実施例2が失敗であり、実質的には実施例では
ないことを示している。
(ウ) そして、実施例3は、主にビヒクル(補充酵素は含まれていない。)のIT投
与による忍容性に関するもので、また、
「最初のビヒクル」のpHの値は、本件発明
のクレームの範囲外であって、本件発明には適用できない。そして、忍容性のある
ビヒクルの中から選択されたビヒクルに酵素が溶解されてIT投与されているが、
酵素の具体名は特定されていない。しかも、有害な臨床兆候がなかったことが確認
されたにすぎず、治療効果は検証されていない。
ウ(ア) このように、甲16及び17には、ビヒクルのIT投与での忍容性の結果
は含まれているものの、治療効果及び脳組織への酵素の浸透については何ら記載が
ない。また、ICV投与の結果は記載されておらず、ましてや補充酵素であるI2
SのICV投与の実験結果は含まれていない。ICV投与について、具体的な記載
は皆無であり、中枢系神経系への投与方法の例として一般的な記載があるにすぎな
い。I2Sに関する具体的な記載もない。しかるに、本件明細書により、IT投与
とは異なる技術的意義を有するI2SのICV投与に係る事項を持ち込むことは、
新規事項の追加に当たるといえ、本件発明と実質的に同一と認められる発明が甲1
6及び17に記載されているとはいえず、本件出願は、基礎出願1及び2について
優先権の利益を享受することはできない。
(イ) また、甲16及び17では、ICVに関するものでもI2Sに関するもので
もない実施例1~3の3つが記載され、発明の詳細な説明の部分は相対的に短く、
実験データは図2~5の僅か4つであったにもかかわらず、日本での出願に当たり、
大量の記載(多数の実施例が含まれる。)が追加され、実施例が29個となり、発明
の詳細な説明は長くなり、図の数は192を超えるようになったもので、その結果、
明細書を踏まえた発明の技術的意義が変質し、同一性が失われたものである。
甲16及び17の記載の下では、当業者はI2SのICV投与による本件発明を
過度の試行錯誤なしに実施することはできないのであって、本件出願は、基礎出願
1及び2に係る優先権の利益を享受することはできない。
(ウ) それにもかかわらず、本件出願が優先権の利益を享受できると判断して甲6
を進歩性の判断から排除した本件審決には、誤りがある。
(2) 甲6を考慮しなかったことが取消事由に当たること
審決取消訴訟の審理範囲は、審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断さ
れた特定の無効原因に関するものに限られるところ、進歩性欠如の無効理由におけ
る審理範囲は、主引用発明及び副引用発明の組合せによって画されるべきである。
審判手続において審理対象から排斥された副引用発明を審決取消訴訟において考慮
することは、審判手続において審理判断されていない無効理由を判断するものであ
り、審決取消訴訟における審理範囲を超えるものというべきである。それが許され
るとしたら、当事者から、訴訟の前段階において専門行政庁による慎重な審理判断
を受ける利益(前審経由の利益)が奪われることにもなる。
したがって、原告が、甲2~3を主引用例とする無効理由のいずれにおいても甲
6を副引用例として主張していたにもかかわらず、甲6を副引用例とする場合につ
いて何ら判断を示さなかった本件審決は、前記(1)の誤りにより、直ちに取り消され
るべきである。
2 取消事由2(実施可能要件違反)
(1) 本件発明は、次のとおり、安定性を欠く態様に及ぶもので、当業者は、クレ
ームの全範囲にわたって、本件発明の「安定製剤」を製造し使用することができな
い。
ア 本件明細書には、
「エリオットB溶液は、極度に低い緩衝剤濃度を含有し、し
たがって、特に長期間に亘って(例えば、貯蔵状態の間)、治療薬(例えばタンパク
質)を安定化するために必要とされる適切な緩衝能力を提供し得ない。 との記載が

ある(【0091】)にもかかわらず、本件発明のリン酸塩濃度及びpHは、エリオ
ットB溶液の条件を含んでいる。したがって、本件発明は、不安定な製剤にも及ぶ。
イ 本件明細書では、各種のタンパク質濃度において、生理食塩水製剤及びリン
酸塩含有製剤について、凍結融解試験、浸透試験及び熱安定性試験が行われた(実
施例4(【0246】~【0272】。特に【0258】~【0269】 )ところ、

その結果は、次のとおり、リン酸塩の共存によって、酵素がむしろ不安定化するこ
とを示している。本件明細書の実施例によっても、本件発明は、凝集の生じやすい
態様に及んでおり、したがって、本件発明は、不安定な製剤にも及ぶ。この点、本
件明細書の【0057】 「安定性な」
の の意義を踏まえるとしても、
「安定」製剤は、
長期間にわたって、少なくとも「意図された生物学的活性及び/又は物理学的完全
性の全て又は大部分」を保持する必要があるが、本件明細書の実施例は、それを保
持できないことを示している。
(ア) 凍結融解試験
100mg/mLのタンパク質濃度では、生理食塩水含有製剤及びリン酸塩含有
製剤のいずれについても、凍結融解の後、凝集体の増加は観測されなかった(【02
58】の表11)が、2mg/mLのタンパク質濃度では、リン酸塩製剤では、凍
結融解の後、凝集体の濃度が増加したもので(【0258】の表10)、本件明細書
にも、上記の結果に関し、生理食塩水製剤は、リン酸塩含有製剤と比較して、より
高い安定性を有すると記載されている(【0258】。

したがって、本件発明1のI2S濃度範囲(5mg/mL-100mg/mL)
及び本件発明6のI2S濃度範囲(10mg/mL-100mg/mL)のうち、
低濃度の領域(少なくとも下限(5mg/mL)付近)では、凝集体が生じるか否
かが明らかでない。リン酸塩の共存により、凝集体の生成が促進されるおそれがあ
る。このように、本件発明の全範囲にわたり(とりわけ、I2S濃度範囲全体にわ
たり)、凍結融解試験での安定性が実証されたとはいえない。
(イ) 振盪試験
振盪試験では、生理食塩水製剤及びリン酸塩含有製剤のいずれについても、ポリ
ソルベート20が存在しない場合には、凝集体が生成した(【0259】;表12~
表14)ところ、本件発明1、3~5及び7~12は、界面活性剤を含有しない態
様に及ぶものである。したがって、本件発明1、3~5及び7~12は、安定性の
確保されていない態様に及ぶ。
(ウ) 熱安定性
a 本件明細書において、熱安定性の試験は、-65℃以下(凍結条件) 2-8℃

(リアルタイム保存)、25℃(加速試験)及び40℃(負荷試験)の4つの温度条
件で行われたところ、まず、OD320の測定(混濁度;凝集物の生成により製剤
の混濁度が上昇する。)の結果について、リン酸塩含有製剤では、生理食塩水製剤と
比較して、OD320値が増加した(【0264】、表17)。この結果は、凝集物が
生成したことを示す。とりわけ25℃では、リン酸塩含有製剤は、OD320値の
著しい増加を示した。この結果に関し、本件明細書には「これらの結果は、生理食
塩水製剤が、熱ストレスに対してより安定であることを示唆している。 などといっ

た記載がある(【0264】。

b また、SEC-HPLC(分子サイズの違いを測定対象とする。)による試験
では、リン酸塩含有製剤では、25℃の加速条件及び2―8℃のリアルタイム保存
条件にて、12分ピークと呼ばれるピークが現れた(【0269】の表18。この名
称は、溶出時間が12分であることに由来する。。12分ピークは、高分子種に帰

属され(表18の脚注)、不純物の生成を意味する。
c 以上のとおり、本件明細書において、本件発明の安定性は実証されておらず、
本件発明は、むしろ、安定性を欠く態様に及ぶ。
ウ 「安定製剤」には、安全性と忍容性が要求される。甲15の図5を参照すると、
ビヒクルの安全性及び忍容性は、リン酸塩濃度及びpHに強く依存している。同図
は、限られた領域でのみ、副作用がないことが確認されたことを示す。
しかるに、請求項1の範囲は、安全性及び忍容性が確認されなかった領域を含む。
仮に、リン酸塩濃度範囲及びpH範囲による特定のみでは、5-100mg/mL
のI2Sを安定化できない場合があるとしたら、いずれの製剤が「安定」であるの
かを網羅的に調査するために、当業者において、過度の試行錯誤をしなければ、十
分な安全性と忍容性を有する「安定製剤」を調製することができない。
エ 本件特許の特許請求の範囲には、リン酸塩の上限は規定されているが、下限
は規定されていない。本件審決の認定によると、リン酸塩は、製剤中に含まれてい
なければならず、その濃度範囲は極めて低く僅かな量をも含むこととなるが、その
ような極低濃度のリン酸塩の下で「安定製剤」が得られるかどうかは明らかではな
い。
オ したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件に適合
しない。本件発明2~12も、いずれも安定製剤に関するから、本件発明1と同様、
発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件に適合しない。
(2) 被告の主張について
ア 実施可能要件に関しては、当業者が、特許請求の範囲の全体にわたって、過
度の試行錯誤なしに物を製造し使用できなければならず、特許請求の範囲の一部の
態様についてであっても、過度な実験や試行錯誤を要する場合には、発明の詳細な
説明の記載は、実施可能要件に適合しないところ、被告は、一部の実施態様につい
てのみ、当業者が物を製造し使用できると主張しているにすぎず、被告の主張は失
当である。
イ 本件発明が不安定な製剤にまで及ぶことについて
(ア) 凍結融解試験について、被告は、実施例4での100mg/mLの結果を挙
げるが、特許請求の範囲のタンパク質濃度のうち上限値の試験のみで、広い濃度範
囲の安定性が裏付けられるものではない。しかも、特許請求の範囲の上限値と下限
値とでは、95mg/mLもの差がある。したがって、100mg/mLの結果は、
低濃度(例えば、5mg/mL)での安定性の根拠とはなり得ない。5mg/mL
の場合については、むしろ、凝集体が生じた2mg/mlの場合の実験結果を参考
にすべきである。
(イ) 振盪試験について、被告は、凍結乾燥製剤では凝集体は生じない、液体製剤
では界面活性剤を添加すればよいと主張するが、特許請求の範囲の「安定製剤」は、
凍結乾燥製剤に限定されておらず、界面活性剤は必須の成分ではない。
すなわち、請求項1では、製剤の形状について何らの限定もされておらず、本件
発明1の製剤は、液体製剤にも及ぶ。このことは、請求項12からも裏付けられて
いる。同様に、請求項1は、界面活性剤を含有しない液体製剤にも及ぶ。
また、被告は、界面活性剤フリーのリン酸塩含有製剤の実験において、タンパク
質濃度を増やすとSEC(単量体%)が増加したと主張するが、8mg/mLのS
EC(単量体%)から5mg/mLのSEC(単量体%)を予測することはできな
い。しかも、本件明細書の表13には、8mg/mLのタンパク質濃度でも「タン
パク質様粒子が観察された」ことが明記されている。被告の主張のとおり、タンパ
ク質が高濃度になるほど凝集体の量が低減するのであれば、5mg/mLでも、当
然、凝集体が生成するから、この点でも、被告の主張は誤っている。
(ウ)a 熱安定性について、被告は、凍結保存条件(―65℃)ではリン酸含有製
剤にて凝集物が見られなかったと主張するが、凍結保存条件の結果のみに基づいて、
発明の詳細な説明が実施可能要件に適合することを立証できるわけではない。しか
も、凍結保存条件ですら、5mMのリン酸塩を含有する製剤では、24月後にはS
EC-HPLCでの「12分ピーク」が出現した(100mg/mLのタンパク質、
150mMのNaCl、5mMのNaPO4の製剤)から、この点でも、被告の主張
は誤っている。
b また、被告は、本件明細書の図8及び表18(【269】)を引用し、40℃
のストレス条件下において安定性は失われていないと主張するが、当該試験でも、
少なくとも2週間経過時点において、凝集体が確認されている。実際の保存中にも、
一定期間において凝集体が生成し、その製剤が凝集体を含有する状態でヒトに投与
されることが予想される。したがって、12分ピークが消失したことは、被告の主
張の根拠となるものではない。上記の試験がいずれのタンパク質について行われた
のかについても、本件明細書には記載が見当たらない。
さらに、40℃のストレス条件での結果(SEC(単量体%)の値)は、タンパ
ク質に不可逆的な変化が生じたこと、製剤が不安定であることを示している。
すなわち、40℃のストレス条件において、SEC-HPLCでのベースライン
と2週経過後とを比較すると、2週経過後の単量体の量は、ベースラインと比較し
て減少した。1月経過後の単量体%は、2週間経過後の値とほぼ一致し、ベースラ
インには回復しなかった。この結果は、
「12分ピーク」が消滅しても、その凝集体
が単量体には戻らなかったこと、すなわち、単量体には不可逆な変化が生じたこと
を示している。
タンパク質における部分的な変性は、凝集体の生成に寄与するところ、凝集体が
見かけ上は消失したとしても、各タンパク質(単量体)の変性は保持されているお
それがある。
(エ) 被告は、生理食塩水製剤(リン酸塩を含有しない。)は、リン酸塩含有製剤と
比較してより安定であるものの、リン酸塩含有製剤が不安定というわけではないと
主張するが、本件明細書でも、リン酸含有製剤は、生理食塩水製剤と比較して、否
定的に評価されている(【0269】、表18の脚注)から、被告の主張は失当であ
る。
ウ 極低濃度のリン酸塩の下で安定製剤が得られるか明らかでないことについて
(ア) 被告は、本件明細書の実施例4の凍結融解試験において、100mg/mL
のタンパク質濃度では、生理食塩水単独製剤及びリン酸塩含有製剤(20mM)の
両方について、可溶性凝集体が観測されなかったと主張する。
しかし、タンパク質濃度が低いリン酸塩含有製剤は、タンパク質濃度の高いリン
酸塩含有製剤よりも不安定であった(【0241】 【0258】
、 、表10、表11)。
被告は、I2Sの濃度範囲のうち、上限のみを議論し、それ以外の領域について何
ら説明しておらず、被告の主張は失当である。
また、振盪試験では、高いタンパク質濃度(100mg/mL)であっても、界
面活性剤フリーかつリン酸塩フリーの生理食塩水製剤にて、「大きなタンパク質様
粒子が観測された」
(表14)もので、リン酸塩濃度が低い製剤では、高いタンパク
質濃度であっても、凝集体が生成することが示唆されている。後記(イ)のとおり、被
告の主張によると、タンパク質濃度が低いほど凝集体が生成しやすいはずであり、
表14の振盪試験について、タンパク質濃度を下げると、更に多量の凝集体が生成
するはずである。
(イ) 被告は、本件明細書の実施例4の凍結融解試験(表10及び表11)及び振
盪試験(表12及び表13)によると、タンパク質濃度が高濃度になるほど、可溶
性凝集体の生成が抑制されると主張するが、実施例4において、本件発明1のI2
S濃度範囲のうち低濃度の領域については、実験は行われておらず、低濃度の領域
について、凝集体生成の抑制は裏付けられていない。しかも、生理食塩水製剤の振
盪試験では、100mg/mLのタンパク質濃度があっても、
「タンパク質様粒子が
観察された」のであり、高いタンパク質濃度であっても凝集体の生成を防ぐことは
できない。
エ 安全性及び忍容性が確認されなかった領域を含むことについて
被告は、当業者であれば、甲15及び本件明細書の記載に基づき、十分な安全性
と忍容性を有するリン酸塩濃度とpHの範囲に含まれる「安定製剤」を過度な試行
錯誤をすることなく調製できると主張するが、甲15は、優先権書類であって、本
件明細書ではない。実施可能要件は、明細書の記載に基づいて判断されるべきであ
り、甲15は、実施可能要件の判断に用いることはできない。
また、被告の主張は、請求項1のリン酸塩濃度及びpH濃度の組合せでは「安定」
ではない製剤が生じることを認めたに等しい。当業者は、個別の態様について実験
を行って、安定な製剤を選別する必要があり、
「安定製剤」との用語は、達成すべき
機能又は目的を表しており、本件発明1は、広すぎる機能的クレームに当たる。
3 取消事由3(サポート要件違反)
(1) 高い酵素濃度での凝集の抑制
ア 本件審決は、本件発明の課題を、
「グリコサミノグリカンの蓄積によりCNS
障害を生じるリソソーム蓄積障害に対して、血液脳関門及び脳表面でのバリアの存
在などの障害物を克服し、脳に治療薬を有効に送達させること」であると認定した
が、本件明細書の【0010】の記載からすると、本件発明の課題としては、
「リソ
ソーム病のための補充酵素が高濃度での治療を要する対象の脳脊髄液(CSF)中
に導入すること」も含まれる。
本件審決が、進歩性の判断において、高濃度のタンパク質は凝集しやすく免疫原
性が高まることを認定し、副引用例には「高濃度のタンパク質を含む脳室内投与の
ための医薬組成物について、免疫原性の問題を回避し得るような組成に関する記載
もない」と判断したことに照らしても、本件発明の課題は、
(免疫原性の問題を回避
して)高濃度の酵素濃度を実現することをも含むはずである。
イ 本件明細書の【0091】によると、エリオットB溶液をビヒクルとして使
用する場合、タンパク質を長期間にわたって安定に保持できない【0105】
( 参照)
が、本件発明は、エリオットB溶液にタンパク質を溶解させた組成物にまで及んで
おり、課題を解決できない領域にまで及んでいる。
ウ 前記2(1)イのとおり、本件明細書の実施例によると、本件発明は、凝集の生
じやすい態様にまで及ぶ。例えば、5-20mMのリン酸塩が添加された製剤では、
生理食塩水製剤と比較して、むしろ凝集が生じやすい。この点でも、本件発明は、
課題の解決されていない範囲に及ぶ。
エ さらに、甲15によると、酵素濃度は、リン酸濃度及びイオン強度に依存す
るため(図4)、高い酵素濃度を得るためには、高いリン酸濃度及び高いイオン強度
が必要である(ただし、高い酵素濃度の製剤が調整できたとしても、当該製剤が長
期間の保存中に不安定である場合もある。)が、本件発明では、イオン強度がそもそ
も構成要件となっておらず、本件発明のリン酸塩濃度は、濃度が極めて薄い態様(例
えば0~5mM)にも及ぶ。したがって、仮にリン酸塩濃度及びイオン強度が特定
の範囲にあることが課題解決手段であったとしても、本件発明は、課題解決手段を
反映していない。
オ したがって、本件特許の特許請求の範囲の記載には、高濃度の補充酵素を実
現するための手段が反映されておらず、サポート要件に適合しない。
(2) 「安定」製剤
本件発明1は、
「安定製剤」に関する発明であるが、安定製剤を提供することが課
題であるとすると、本件発明1の「安定製剤」とのクレームの記載は、達成すべき
課題ないし目的をそのまま記載したものにすぎない。
「安定製剤」が、投与経路、酵
素濃度、リン酸塩及びpHで特定された製剤のうち、
「安定」な製剤のみを指すとし
たら、
「安定製剤」との構成要件は、達成すべき課題ないし目的によって発明を特定
している。
したがって、「安定製剤」の記載は、過度の上位概念化に当たる。
(3) 安全性及び忍容性
「安定製剤」には、安全性と忍容性が要求される。安定製剤の提供が課題である
とすれば、安定性と忍容性を備えた安定製剤の提供が不可欠である。
しかし、請求項1の範囲は、安全性及び忍容性が確認されていない領域を含む。
つまり、甲15の図5を参照すると、ビヒクルの安全性及び忍容性は、リン酸塩濃
度及びpHに強く依存する。同図は、限られた領域でのみ、副作用のないことが確
認されたことを示すにとどまる。それ以外の領域では、安全性及び忍容性は、何ら
検証されていない。
したがって、当業者は、本件発明1の課題がクレームの全範囲にわたって解決で
きるとは認識できず、特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合しない。
(4) 被告の主張について
ア(ア) 被告は、リン酸塩濃度が極めて薄い実施態様(例えば、リン酸塩濃度0m
M~5mM)は、実施例2及び5に裏付けられていると主張する。
しかし、実施例2及び5は、安定性とは異なる目的で実施された実験であり、実
験条件及び評価項目に照らし、本件発明の課題の解決(高い酵素濃度での凝集の抑
制及び「安定製剤」の実現(安全性及び忍容性の実現が含まれる。)を裏付けるも

のとはなりえない。
(イ) 実施例2及び5に関し、製剤の投与前の保存条件について何ら記載は見当た
らず、凝集体が生じたか否かも評価されていないから、それらの実施例によって、
安定性を評価することはできない。
しかも、タンパク質製剤では、微量の凝集物が生成する場合であっても、投与を
繰り返す過程で抗薬物抗体が生じ、治療効果が低下するのであり、凝集体のもたら
す悪影響は、急性の症状のみではない。有効成分のタンパク質の大半が正常な単量
体の状態にあり、凝集体を形成していない場合であっても、少量の凝集体により、
免疫原性の問題が生じるところ(甲70、71、74、75参照)、その場合、正常
な状態にあるタンパク質は、脳組織に浸透し、治療効果を発揮するから、脳組織の
浸透に基づいて免疫原性を議論することはできない。また、免疫原性は、凝集体の
含有する製剤を繰り返し投与することにより、有効成分を抗原とする抗薬物抗体(A
DA)が生じ、それによって有効成分の働きが損なわれることによって生じる(甲
71~73)。
したがって、実施例2及び5では、凝集体による抗薬物抗体の生成を評価するこ
とはできない。
そして、本件明細書には、タンパク質の凝集を防ぐ手段及び凝集体を除去する手
段は何ら記載されておらず、まして、特許請求の範囲には、そうした手段は反映さ
れていない。
イ 本件明細書の表4において、NaClが、高いタンパク質濃度を実現する役
割に加え、等張化剤としての役割も果たしているとしても、高いタンパク質濃度を
実現する役割が消えるわけではない。酵素の高濃度を実現する手段として、クレー
ムにイオン強度(又は、具体的手段としてのNaCl濃度)が反映されるべきであ
る。
ウ 被告は、エリオットB溶液自体のpHとエリオットB溶液で希釈後の薬学的
組成物のpHが同じになるとは限らないなどと主張する。
しかし、エリオットB溶液は、緩衝液として販売されている(甲20参照)とこ
ろ、そもそも緩衝液とは、酸又は塩基の添加又は除去にかかわらず、ほぼ一定のp
Hを保つ作用(緩衝作用)を有する溶液をいうから(甲77)、エリオットB溶液に
溶質を添加しても、そのpHは、概ね6.0-7.5の範囲内に保たれる(甲6の
図3、乙34(「Evaluation of some pharmaceutical aspects of intrathecal
methotrexate sodium, cytarabine and hydrocortisone sodium succinate」 Am J
Hosp Pharm 35: 402-406(1978年))
)。
この点、被告は、乙32では、エリオットB溶液自体のpHの実測値が「7.0
-7.4」と明記されていると主張するが、乙32は、個別具体的な実験でのpH
の測定値が6.0-7.5の範囲内にあることを示すものにすぎない。エリオット
B溶液の各ロットのpHには、製造バッチごとに小さな変動があるが、そのpHは、
6.0-7.5の範囲内にある。そして、乙32において、メトトレキサートを希
釈した後のpHが「7.2-7.3」(これも6.0-7.5の範囲内である。)と
記載されていることは、エリオットB溶液が緩衝液として作用し、溶質添加後もp
Hに大きな変化がないことを示している(このことは、エリオットB溶液によるシ
タラビンの希釈においても同様である(甲78、乙32))
。。これに対し、ラクトリ
ンゲル液及び塩化ナトリウム水溶液は、緩衝液とはいえないため、pHに関して、
それらに基づいて議論することは適切でない。
4 取消事由4(明確性要件違反)
本件発明1では、リン酸塩の下限値は特定されていない。
しかし、前記2及び3のように、どのようなリン酸濃度にて本件発明の「安定」
製剤が実現するのか(例えば、ごくわずかなリン酸塩濃度でも「安定」製剤が実現
するのか)、リン酸塩の存在形態によらずに(例えば、タンパク質に結合していない
リン酸塩によっても)本件発明の「安定」製剤が実現するのか、製造及び精製方法
によることなく(例えば、本件明細書の【0273】以外の製造及び精製方法でも)、
本件発明の「安定」製剤が実現するのかは、明確でない。リン酸塩が必須の構成と
してクレームに明記されている以上、その濃度は、何らかの技術的な意義又は効果
が奏される程度に達している必要があり、不純物レベルでは足りないが、その下限
は、本件明細書を参照しても、理解できない。
したがって、本件発明1について、特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不
利益を及ぼすほどに不明確であり、明確性要件に適合しない。
同様の理由により、本件発明2~12も、明確性要件に適合しない。
5 取消事由5(甲2発明を基礎とする進歩性の判断の誤り)
本件審決が認定した甲2発明との相違点に係る本件発明1の構成は、甲6発明(製
剤)若しくは甲6発明(ビヒクル)を適用することや、甲2中の示唆及びエリオッ
トB溶液のリン酸塩濃度及びpHの範囲に係る技術常識を適用すること又は甲5に
記載された技術を適用することによって、当業者が容易に想到し得たものであった。
容易想到性について、具体的には、次のとおりである。
(1) 甲6に記載された発明の適用
ア 甲6に記載された発明
(ア) 甲6の19頁には、製剤に係る次の発明(以下「甲6発明(製剤)」という。)
が記載されている。
「14mg/mLのリソソーム酵素、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの
塩化ナトリウム及び0.05%のポリソルベート80を含有し、pHは7.0であ
る、IT投与されるリソソーム酵素含有製剤」
(イ) 甲6の19頁の図9には、ビヒクルに係る次の発明(以下「甲6発明(ビヒ
クル)」という。)が記載されている。
「5~20mMのリン酸ナトリウムを含有し、 さらに塩化ナトリウム及びポリ
ソルベート20を含有し、 pHが5.5~7.0である、CNS送達用のビヒクル」
イ 相違点の容易想到性
(ア) リソソーム酵素の特定について
甲2には、I2S及びその欠損によって生じるハンター症候群(MPS II)に
関し、【0002】(表1)及び【0050】に記載されており、【0037】には、
治療(リソソーム酵素のICV投与)の対象として、表1に記載された疾患(MP
S IIを含む。)が記載されている。
このような甲2中の示唆に従って、当業者は、リソソーム酵素をI2Sに容易に
特定することができた。
(イ) 甲6発明(製剤)の適用
次の点からすると、当業者は、甲2発明に甲6発明(製剤)を適用するよう強く
動機付けられるのであり、甲2発明に甲6発明(製剤)を適用して相違点の構成を
採用することは、当業者が容易に想到し得た事項である。なお、甲6発明(製剤)
の補充酵素濃度、リン酸塩濃度及びpHは、本件発明1の構成の範囲内にあるから、
甲2の示唆に従ってリソソーム酵素をI2Sに特定し、甲2発明に甲6発明(製剤)
を適用すれば、本件発明1との相違点は解消する。
a(a) CSFへの投与においては、患者への負担を軽減できることから、製剤の
量を少なくすること、つまり補充酵素の濃度を高めることが望ましい(甲6による
と、CSFへの投与量は3mLが上限である。。静脈投与と比較すると、血液が体

重の約8%を占めているのに対し、CSFの量は、60~150mL(甲55)、す
なわち血液の約1.5~3.8%にすぎず、CSFへの投与では、製剤全体の量に
は制約があるから、補充酵素の濃度を高めることは当業者が当然に採用する事項で
ある(以下「高濃度化の技術常識」ということがある。 。従前も、補充酵素の濃度

が本件発明1の範囲にある組成物は公知であったもので(例えば甲5) 補充酵素の

濃度を高めて本件発明1の範囲とすること自体は、何ら困難を伴うものではないと
いうべきである。
(b) 甲6発明(製剤)のビヒクルは、CNS送達において優れた忍容性を示す。
また、甲6の3(甲6の3は、甲6の2と同一の文献であるが、添付の訳文におい
て訳出されている範囲が甲6の2とは異なっているものである。 には、
) ヒトに対す
るCNS投与のための製剤には高濃度の酵素(具体的には10mg/mL以上) が
求められることが記載されている。CSF量の比較から、ヒトを投与対象とするC
NS投与によって治療効果を得るためには、投与される補充酵素の量をマウスを投
与対象とする場合よりも大幅に高める必要がある(甲3の[0081]甲22の2、

甲63、64)一方で、ヒトに対する投与量は、3mL以下とするべきであり、そ
の結果、補充酵素の濃度は高くなる(日本でも、ヒトのCNS投与のための製剤と
しては、2mLの製剤が上市済みであった(甲65、66、85~87))
。。したが
って、甲6発明(製剤)は、ビヒクルの優れた忍容性及びヒトへの投与のための高
い補充酵素濃度の要請という観点から、CNS送達に適している。
(c) 被告の主張によると、IT投与とICV投与とは投与部位が異なるだけで、
IT投与の知見をICV投与に適用する動機付けが当然に肯定されることになる。
b 本件明細書に記載された実施例の結果は、次のような従前のモデル動物に対
するIT又はICV投与による酵素補充療法の結果及びヒトに対するIT投与によ
る酵素補充療法の結果から予想された範囲内にある。
(a) モデル動物を用いたIT及びICV投与による酵素補充療法
モデル動物に対するIT又はICV投与による酵素補充療法については、本件出
願日前(本件出願の優先日前)に既に多数の報告例があった。治療効果が得られる
こと、補充酵素が脳内に広く分布すること、そして脳組織に浸透することも報告済
みであった(甲2の実施例3(ニーマン-ピック病;マウス;rhASM)、甲3の
実施例2及び3(ムコ多糖症I型(MPSI);ラット及びイヌ;rhIDU)、甲
4(クラッベ病;マウス;GALC)、甲67(MPSI;イヌ;rhIDU)、甲
68(MPSI;イヌ;rhIDU)、甲69(LINCL;マウス;TPP1)。

この点、上記先行文献の実験において、IT及びICV投与にてリソソーム酵素が
脳組織に浸透し細胞に取り込まれた理由としては、投与された酵素の濃度勾配と、
マンノース-6-リン酸(M6P)受容体の存在とが挙げられる(甲68の62頁、
甲69の654頁)。リソソーム酵素は、翻訳後修飾の際に、オリゴ糖の末端にある
マンノースの6位がリン酸化される。トランスゴルジ網にはM6P受容体が存在し、
マンノース-6-リン酸化を受けたリソソーム酵素を選択的に結合する。それによ
り、リソソーム酵素は、トランスゴルジ網から後期エンドソームへ輸送される(甲
53)。
(b) ヒトを対象としたIT投与による酵素補充療法の先行例
本件出願の優先日前に、IT投与による酵素補充療法がヒトに適用され、その結
果が報告されていた(甲76)。具体的には、MPSIの患者に対し、ラロニダーゼ
(α-L-イズロニダーゼ)がIT投与され、症状の改善がみられた。
(イ) 甲6発明(ビヒクル)の適用
リソソーム酵素の特定については、甲2に示唆があり、リン酸塩濃度及びpHは、
甲2発明に甲6発明(ビヒクル)を適用することにより解消する。その動機付けは、
前記(ア)で忍容性に関して説明したとおりである。
補充酵素濃度について、甲6には、ヒトに対するCNS投与の際には高濃度(具
体的には10mg/mL以上)が必要とされるとの記載があり、甲6の示唆に従っ
て、補充酵素濃度を本件発明1の範囲内とすることは、当業者が容易に想到し得た
事項である。
以上のとおり、甲2の示唆に従ってリソソーム酵素を特定するとともに、甲2発
明に甲6発明(ビヒクル)を適用し、更に甲6の示唆に従って補充酵素濃度を調整
することにより、相違点の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得た事項
である。
ウ 本件発明6について
(ア) 甲2における用語「キャリア」は、緩衝液又はpH調整剤を含み、その例と
して、リン酸緩衝液が挙げられている 【0027】。
( )「医薬上許容されるキャリア」
の例として、リン酸緩衝生理食塩水溶液(PBS)が挙げられている 【0028】
( 。
【0038】も参照)。キャリアは、界面活性剤を含んでもよく、その例として、T
WEEN 20及びTWEEN 80などのポリソルベートが挙げられている【0

027】。したがって、本件発明6との対比において、甲2に記載された発明は、

より適切に、次のように認定されるべきである。
(甲2発明’)
「酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症にかかっている患者を治療
するための方法に用いるための組成物であって、該方法が、前記酵素を脳への脳室
内輸送によって患者に投与することを含むものである、組成物であって、適する医
薬キャリアとして、例えば、生理食塩水、静菌水、Cremophor(登録商標)、
リン酸緩衝食塩水(PBS) 他の食塩水、
、 デキストロース溶液、グリセロール溶液、
水、ならびに石油、動物、植物、または合成油と一緒に作製された油乳剤を含み、
医薬キャリアは、TWEEN 20及びTWEEN 80などのポリソルベートを
含有し、リソソーム加水分解酵素の濃度が、約0.001重量%から20重量%以
上に変動し得る組成物。」
(イ) 本件発明6と甲2発明’とを対比すると、その相違点は、本件発明1と甲2
発明との相違点と一致する。
したがって、本件発明1について述べた理由により、本件発明6は進歩性を欠く。
エ 本件発明2~12について
本件審決は、本件発明2~12に関して、本件発明1の認定判断を単に繰り返す
のみで、固有の認定判断をしていないから、本件発明2~12についても、本件審
決が取り消されるべきである。
オ 被告の主張について
(ア) 承認された多くのIT投与用の製剤において、pHの下限は酸性側にあり、
他方でpHの上限が7.5を超えるものも少なくなく、しかも、大半の製剤におい
て、希釈材は食塩水であって緩衝剤は使用されていない(甲6の図4)。それらの製
剤においては、投与量が少量であるため、製剤がCSFによって希釈されてpHの
変動は小さく、また、1日当たり約500mLのCSFが産生される(乙29)こ
とから、製剤のpHがCSFから離れていても問題が生じないものと解される。ま
た、同図には、ボーラス投与(短時間の急速投与)に用いられる製剤も多く記載さ
れ、製剤の量が少ない場合、短時間の投与が可能であって、長時間の投与が不可欠
であるかのような被告の主張は、誤っている。
(イ) 被告は、リソソーム外(細胞内液と細胞外液)のpHを中性~ややアルカリ
性領域(約7~7.4)に維持する必要があったと主張するが、細胞内における議
論と製剤における議論を同列に扱っている点で誤っている。本件発明は、製剤に関
するもので、製剤と細胞内の環境とは異なり、製剤では、酵素によって分解される
成分が存在するわけではない。
(2) 甲2中の示唆及びエリオットB溶液に係る技術常識の適用
ア 次のとおり、甲2発明に、甲2中の示唆及びエリオットB溶液に係る技術常
識(甲5、20、56、57)を適用して、5~100mg/mlの濃度の補充酵
素と、50mMまでのリン酸塩を含み、pHの範囲を5.5~7.0とすることは、
当業者が容易に想到し得たものである。
(ア) リソソーム酵素の特定について
前記(1)イ(ア)のとおり、当業者は、甲2中の示唆に従って、リソソーム酵素をI
2Sに容易に特定することができた。
(イ) 補充酵素濃度について
甲2の【0038】の記載から、甲2に記載の組成物中のリソソーム加水分解酵
素の濃度は、全組成物の少なくとも約0.01重量%~20重量%又はそれ以上で
ある。また、甲2発明の医療キャリアには、生理食塩水及びリン酸緩衝食塩水(P
BS)が含まれるところ、それらを用いた組成物の密度が水の密度(すなわち10
00mg/ml)に非常に類似していることは、周知の事実である。そうすると、
甲2発明の組成物の補充酵素の濃度は、約0.1~約200mg/mlと換算でき
る。したがって、本件発明1の補充酵素濃度(5mg/ml~100mg/ml)
は、甲2発明の組成物における補充酵素濃度の範囲に含まれている。
また、ICVでは、製剤の量を小さくする(酵素濃度を高める)ことが望ましい
から、補充酵素の濃度を高めることは、当業者が当然に採用する事項である。しか
も、甲4には、リソソーム酵素濃度が10mg/mLの製剤が記載されている。
したがって、甲2発明の補充酵素を本件発明1の範囲(5~100mg/ml)
とすることは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(ウ) pH及びリン酸塩濃度について
甲2の実施例2では、人工CSFが用いられているところ、代表的な人口CSF
であるElliotts B Solution(エリオットB溶液)は、リン酸塩として、Na2HP
O4・7H2Oを含み、そのリン濃度(液中でリン酸塩として解離して存在するイオ
ンの濃度)は、1.5mEq/L(これは、0.5mMに当たる。)であり、pHは、
6.0-7.5である(甲20。以下、このエリオットB溶液のリン酸塩濃度及び
pHの範囲に係る技術常識を「エリオットB溶液の技術常識」という。 。また、リ

ソソーム内部は酸性であり、リソソーム酵素は生体内では酸性環境に置かれるのだ
から、リソソーム酵素のビヒクルも酸性(すなわち、pHが7.0以下)であるこ
とが望ましい。
したがって、本件発明1のリン酸塩濃度の範囲及びpHの範囲は、エリオットB
溶液の値を包含している。そのため、甲2発明のリン酸塩濃度及びpHを本件発明
1の範囲とすることは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(ウ) 安定製剤
なお、本件明細書を精査しても、「安定製剤」が何を意味するのか、「安定」は、
投与経路、酵素濃度、リン酸塩及びpHで特定された製剤の発明を更に限定するの
か、明らかではなく、
「安定製剤」は、相違点に実質的な貢献をしていない(本件審
決は、相違点に関し、「安定製剤」については判断していない。。

イ 甲6を踏まえると、前記ア(ア)及び(イ)の点は、いずれも、より一層明らかで
ある。
ウ 被告の主張について
(ア) 被告は、甲2発明の酵素濃度が本件発明1の酵素濃度範囲内であるとすると、
現実的ではない投与態様となると主張するが、甲2発明ではなく、甲2の実施例を
前提とした主張であって、失当である。
(イ) 被告は、甲2の実施例3~6について、本件発明1の補充酵素の濃度5mg
/mL以上で投与するためには、0.05mL以下の液体で6時間にわたって注入
する必要があると主張する。
しかし、甲2では、実際には、5mg/mLを大きく超える高濃度の製剤が使用
されたと推測されるから、被告の上記主張は適切ではない。すなわち、ヒトでのC
NS投与では、投与される製剤の量は、CSFの量の10%以下であるところ、マ
ウスのCSFの量は0.04mL(40μL)であるから、CNS投与される製剤
の量は0.004mL(4μL)とすることが適切である。そして、0.25mg
のhASAを0.004mLの製剤に溶解させる場合、その濃度は、62.5mg
/mLとなる。
(3) 甲2中の示唆及び甲5に記載された技術の適用
ア 甲5に記載された技術
甲5の酵素調整(Enzyme preparation)の項には、ムコ多糖症VI型(MPS−V
I)を有するネコモデルに組換えヒトN-アセチルガラクトサミン-4-スルファ
ターゼ(rhASB)緩衝溶液(rhASB 5mg/ml、リン酸ナトリウム 1
0mM、塩化ナトリウム 150mM、ポリソルベート80 0.025%、pH
5.8)を髄腔内投与したことが記載されている。
すなわち、甲5には、補充酵素の濃度として5mg/ml、リン酸塩濃度として
10mM、pHとして5.8の組成物に係る技術(以下「甲5技術」という。)が開
示されており、これは、本件発明1のリン酸塩濃度の範囲及びpHの範囲に包含さ
れる。
イ 相違点の容易想到性
(ア) リソソーム酵素の特定については、前記(1)アイ(ア)のとおりである。
(イ) 甲5は、IT投与に関するものであるが、本件審決の優先権に関する認定判
断のとおり本件出願が優先権主張の利益を享受できるとしたら、IT投与に関する
甲5技術をICV投与に関する甲2発明に適用することは、当業者が容易になし得
たはずである。本件審決の認定によると、IT投与とICV投与とで忍容性に違い
はない。
(ウ) また、補充酵素の濃度については、前記(2)ア(ア)のとおり、甲2中にも示唆
がある(約0.1~約200mg/ml)。
(エ) したがって、甲2発明に、甲2中の示唆及び甲5技術を適用して、5~10
0mg/mlの濃度の補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、pHの範囲を
5.5~7.0とすることは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(オ) 本件審決は、エリオットB溶液のpHと本件発明1のpHの範囲が異なると
判断したが、エリオットB溶液のpHの範囲(pH6.0~7.5)の大半は、本
件発明1のpHの範囲(pH5.5-7.0)と重なる。また、リソソーム酵素の
ビヒクルは酸性(すなわち、pHが7.0以下)であることが望ましい。したがっ
て、エリオットB溶液のpHの範囲(pH6.0~7.5)と本件発明1のpHの
範囲(pH5.5-7.0)との違いは、進歩性の判断に当たって問題となるもの
ではない。
また、本件審決は、甲2には、高濃度のタンパク質を含む脳室内投与のための医
薬組成物について、免疫原性の問題を回避し得るような組成に関する記載はないと
判断した一方、本件明細書において、タンパク質に結合された残留リン酸塩の量及
びタンパク質濃度の増加が、最終製剤におけるpH安定性に関与することが示され
たと認定したが、本件明細書においては、実施例において、特定の製造方法及び精
製方法で得られた生理食塩水製剤について、そのpHの経時変化が測定されるなど
したにすぎず(【0273】~【0277】 、それ以外の製造方法、リン酸の濃度及

びリン酸のタンパク質との結合態様について、何ら検証は行われていない。それゆ
え、本件発明は、免疫原性の回避という効果を奏しない(少なくとも、当該効果の
立証されていない)範囲に及ぶ。したがって、当該効果は、進歩性の判断において
考慮されるべきではない。
しかも、本件明細書のうち上記の実施例は、優先権書類には何ら記載されていな
い。仮に、本件発明の酵素濃度、リン酸塩濃度及びpHについて、本件審決の認定
した技術的意義を認めるとしたら、優先権書類に対し、新たな技術事項が導入され
ることになる。この結論は、本件特許の出願が優先権の利益を享受するとの本件審
決の判断と矛盾する。この点でも、本件審決の認定判断は誤っている。
さらに、本件審決は、甲5では、rhASB濃度を5mg/mlからその1/3
の濃度に低下させているから、甲5の記載は補充酵素の濃度を5mg/ml以上と
することに対する示唆を与えるものではないと判断したが、甲5の組成物が投与時
に希釈されるとしても、保存時は、タンパク質が高濃度で維持されており、高濃度
のタンパク質製剤を製造すること自体は容易である。CNSへの投与(とりわけ、
ICV投与)では、製剤の量を小さくする(酵素濃度を高める)ことが望ましい。
ウ 本件発明6について
本件発明6と甲2発明’とを対比すると、本件発明1と甲2発明との相違点と一
致するところ、本件審決は、本件発明6に関し、本件発明1の認定判断を単に引用
するのみであるから、本件審決は、本件発明6についても、本件発明1と同じ誤り
により、取り消されるべきである。
エ 本件発明2~5及び7~12について
本件審決は、本件発明2~5及び7~12に関し、本件発明1の認定判断を単に
引用するのみであるから、本件審決は、本件発明2~5及び7~12についても、
本件発明1と同じ誤りにより、取り消されるべきである。
オ 被告の主張について
(ア) 被告は、甲5の組成物の最終濃度は、1/3の濃度に希釈した1.67mg
/mlであり、甲2発明の組成物とは補充酵素濃度が異なるから、甲2発明のpH
を変更する動機付けがないと主張するが、補充酵素濃度とpHはそれぞれ独立して
設定されるものであるから、補充酵素濃度が異なることは、pHを変更する動機付
けを否定する根拠となり得ない。
(イ) また、次の点からして、甲2発明に希釈前の製剤に係る甲5技術を適用する
ことは適切である。
a 甲2では、モデル動物としてのマウスに対し、GALCがICV投与された
ところ、マウスのCSFの量及び脳の重量は、ヒトよりも非常に少ないから(甲6
3)、ヒトの治療のためには、より多量の補充酵素が必要である。しかし、被験者に
対する負担を考慮すると、製剤の量には限界がある。したがって、製剤中の酵素濃
度をマウスへの投与に使用された値よりも増やすことが望ましい。
b 甲5では、モデル動物としてのネコに対し、rhASBがIT投与されたが、
ネコのCSFの量及び脳の重量は、ヒトよりも少ないから(甲84)、甲5における
投与時の製剤ではなく、保存時の製剤を使用することが望ましい。甲5の組成物で
は、保存時はタンパク質が高濃度で維持されており、高濃度のタンパク質製剤の製
造は容易である。
しかも、甲4には、リソソーム酵素濃度が10mg/mLの製剤が記載されてい
る。
(ウ) 被告は、CSF中での薬物濃度の急激な増加(免疫原性の亢進やたんぱく質
の凝集)を避けるために、低濃度で微量ずつ長時間投与する必要があると主張する
が、前記3(4)ア(イ)でタンパク質の凝集について述べたところに照らし、被告の主
張は誤っている。
なお、被告が指摘する乙5(乙24)においては、組換えヒトIDU(rhID
U)がイヌに対して投与されたもので、異種タンパク質による免疫原性である。異
種のタンパク質を投与すると免疫応答が起きやすいことは良く知られており(甲7
3) ヒトにはヒト由来のタンパク質を投与し、
、 免疫応答を抑制することが一般的で
ある(乙5(乙24)でも、rhIDUをヒトに投与すると抗体価が低かったこと
が記載されている。。したがって、乙5(乙24)に基づく被告の主張は、的外れ

である。
(エ) 被告は、補充酵素を高濃度で投与するような臨床的に安全かつ有効な酵素補
充療法は確立されていなかったと主張するが、本件明細書においても、ヒトの試験
は行われていない。
6 取消事由6(甲3発明を基礎とする進歩性の判断等の誤り)
本件審決が認定した本件発明1と甲4発明との相違点には誤りがある。また、当
該誤りの有無にかかわらず、甲4発明との相違点に係る本件発明1の構成は、甲6
発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)や、高濃度化の技術常識及びエリオットB
溶液の技術常識などを適用することによって、当業者が容易に想到し得たものであ
った。本件審決が本件発明1の認定判断を単に引用するのみである本件発明2~8
及び12についても、同様である。
容易想到性について、具体的には、次のとおりである。
(1) 甲3に記載された発明等
ア 本件審決は、甲3発明の認定の前提として、ヒトα-L-イズロニダーゼ(r
hIDU)はイズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)と同じであると認定した
が、α-L-イズロニダーゼ(IDU)はイズロン酸-2-スルファターゼ(I2
S)と同じではない。
甲3は、リソソーム病(LSD)の酵素補充療法に関し([0011]、具体的な

投与経路として、脳室内投与も記載されている([0094]及び[0095]。補

充される酵素として、MPS II(ハンター症候群)の治療のためのイズロン酸ス
ルファターゼも挙げられている([0015])ところ、リソソーム病として、ハン
ター症候群が知られており、その欠損酵素は、イズロン酸-2-スルファターゼで
ある(甲2の【0002】の表2)から、甲3のイズロン酸スルファターゼは、イ
ズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)を指す。したがって、甲3には、次の発
明が記載されているというべきである。
(甲3発明’)
「ハンター症候群の治療のために酵素を脳室内投与するためのイズロン酸-2-
スルファターゼ(I2S)を含む組成物。」
イ 本件発明1と甲3発明’とを対比すると、両者は、次の点で相違する。
(相違点)
「本件発明1は安定製剤に関し、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)の
濃度が5mg/mL-100mg/mLに特定され、当該安定製剤が50mM以下
の濃度のリン酸塩を含み、5.5~7.0のpHを有するのに対し、甲3発明’で
は、これらが特定されていない点。」
(2) 進歩性の判断の誤り
前記(1)イの相違点に係る本件発明1の構成については、甲6発明(製剤)又は甲
6発明(ビヒクル)を適用することや、甲6における示唆を踏まえるなどして補充
酵素濃度を高めること、エリオットB溶液の技術常識や甲5技術を適用することに
よって、当業者が容易に想到し得たものであった。具体的には、次のとおりである。
ア 甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)の適用等
(ア) 前記5(1)と同様、甲3発明’に甲6発明(製剤)を適用して相違点の構成を
採用することや、甲3発明’に甲6発明(ビヒクル)を適用し、更に甲6中の示唆
に従って補充酵素濃度を調整することにより、相違点の構成を採用することは、当
業者が容易に想到し得た事項である(なお、イヌのCSFの量がヒトのCSFの量
の約10%にすぎないこと、イヌの脳の重量がヒトの脳の重量より少ないことにつ
いて、甲67参照)。
イ 高濃度化の技術常識及びエリオットB溶液の技術常識の適用等
(ア) 補充酵素濃度について
ICVでは、高濃度化の技術常識より、補充酵素の濃度を高めることは、当業者
が当然に採用する事項である。
先行技術には、酵素濃度が10mg/mLの製剤の例が開示されている(甲4)。
したがって、甲3発明’の補充酵素の濃度を高めて本件発明1の範囲とすること
は、当業者が容易に想到し得た事項である。
(イ) pH及びリン酸濃度について
相違点におけるリン酸塩濃度及びpHの範囲は、エリオットB溶液のリン酸塩濃
度及びpHの範囲を包含する。リソソーム酵素のビヒクルも酸性であることが望ま
しいことは、前記のとおりである。
したがって、本件発明1のリン酸塩濃度の範囲及びpHの範囲は、エリオットB
溶液の値を包含している。そのため、甲3発明のpHを本件発明1の範囲とするこ
とは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(ウ) 安定製剤
前記5(2)ア(ウ)のとおり、「安定製剤」は、相違点に実質的な貢献をしていない。
ウ 甲5技術の適用
(ア) 甲5は、ITに関するものであるが、本件審決の優先権に関する認定判断の
とおり本件出願が優先権主張の利益を享受できるとしたら、ITに関する甲5技術
をICVに関する甲3発明’に適用することは、当業者が容易になし得たはずであ
る。本件審決の認定によると、ITとICVとで忍容性に違いはない。
(イ) また、補充酵素の濃度については、甲3中にも示唆がある。
(ウ) したがって、甲3発明’に甲5技術を適用して、5~100mg/mlの濃
度の補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、pHの範囲を5.5~7.0と
することは、当業者が容易に想到し得た事項である。
ウ 甲6を踏まえると、前記イ(ア)及び(イ)の点は、いずれも、より一層明らかで
ある。
エ 本件審決は、甲3発明の補充酵素の濃度をあえて免疫原性のリスクが増す高
濃度に変更することを当業者が考えるとはいえないと判断したが、前記5(3)イ(オ)
のとおり本件明細書にも免疫原性の問題を解決する手段は開示されていないから、
本件審決の判断は、一貫性及び整合性を欠くものである。
また、本件審決は、甲5ではrhASB濃度を1/3の濃度に低下させていると
判断したが、それに係る本件審決の判断が誤りであることは、前記5(3)イ(オ)のと
おりである。エリオットB溶液のpHが本件発明1のpH範囲と異なるとの本件審
決の判断の誤りについても、前記5(3)イ(オ)のとおりである。
オ 本件発明6
(ア) 本件発明6と甲3発明’とを対比すると、両者は、次の点で相違する。
(相違点1)
「本件発明6は安定製剤に関し、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)の
濃度が10mg/mL-100mg/mLに特定され、当該安定製剤が50mM以
下の濃度のリン酸塩を含み、5.5~7.0のpHを有するのに対し、甲3発明’
では、これらが特定されていない点。」
(相違点2)
「本件発明6の製剤は、塩及びポリソルベート界面活性剤を含有するのに対し、
甲3発明’では、これらが特定されていない点。」
(イ) 相違点1は、本件発明1に係る相違点と同一であり、本件発明1について述
べた理由により、相違点1は、当業者が容易に想到し得た事項である
(ウ) 相違点2については、次のとおりである。
a 甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)は、いずれも、塩化ナトリウム
及びポリソルベート20を含有するため、そのいずれを適用しても、相違点2は解
消する。
b エリオットB溶液の技術常識等を適用するその他の場合には、次のとおり、
塩の存在は、相違点1の解消に伴って解消し、界面活性剤の存在は、タンパク質製
剤における界面活性剤の技術常識に照らし、当業者が容易に想到し得た事項である。
(a) 塩
エリオットB溶液は、各種成分の中でも、Na+及びCl-の濃度が高い(それぞ
れ149mEq/L、132mEq/L)。つまり、エリオットB溶液は、塩化ナト
リウムを含有する。さらに、甲5技術でも、酵素含有溶液中に塩化ナトリウム15
0mMが含まれる。
したがって、甲3発明’に対し、エリオットB溶液の技術常識又は甲5技術を適
用する際、塩の相違点も自ずと解消する。
(b) 界面活性剤
タンパク質製剤において、凝集の防止のため、界面活性剤を添加することは技術
常識である(甲2(ポリソルベート(商品名としてTWEEN20及びTWEEN
80。【0027】、甲4(ポリソルベート80。2521頁右欄のMaterial and

Methods)、甲5(ポリソルベート80。133頁右欄のMaterial and Methods)。甲
3にも、酵素組成物の含有する成分として、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸
エステルが挙げられている [0099]。
( ) ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エ
ステルは、商品名をTWEENとする界面活性剤である(甲58))
。。
したがって、タンパク質製剤における界面活性剤の技術常識に照らし、甲3発明’
に界面活性剤を添加することは、当業者が容易に想到し得た事項である。
カ 本件発明2~5及び7~12
本件審決は、本件発明2~5及び7~12に関し、本件発明1の認定判断を単に
引用するのみであるから、本件審決は、本件発明2~5及び7~12についても、
本件発明1と同じ誤りにより、取り消されるべきである。
オ 被告は、免疫原性の問題やエリオットB溶液のpH等について主張するが、
いずれも誤りであることは、前記のとおりである。
第4 被告の主張
1 取消事由1(優先権に関する認定判断の誤り)について
(1) 優先権の利益を享受できること
ア 次のとおり、基礎出願1及び2の明細書の記載全体から、本件発明は、当該
明細書に記載されているといえる。
(ア) 本件発明は、製剤(組成物)という物の発明であるところ、本件発明と甲1
4及び15に記載の発明とは製剤(組成物)として同一である。そして、甲14及
び15には、当該製剤の投与部位としてIT投与とICV投与の両方について適用
可能であることが記載されており、IT投与の実施例が記載されている。この点、
甲14及び15の実施例2は、対照群と酵素群を複数使用した本件発明の実施例で
ある。実施例2についての「酵素投与群」の記載及び実施例3についての記載から、
甲6と同じく、
「14mg/mLのリソソーム酵素のほか、5mMのリン酸ナトリウ
ム、145mMの塩化ナトリウム及び0.05%のポリソルベート20を含有し、
pHは7.0である、IT投与されるリソソーム酵素含有製剤」が記載されている
といえる。そして、その製剤が実際にIT投与によりCNSに直接送達されて酵素
が脳組織内に分布したとの効果が記載されている(図2及び4。図2には、投与さ
れたリソソーム酵素が脳深部組織の一つである尾状核の神経細胞に分布することを
示している。乙44も参照)。
(イ) 甲14及び15は、その記載内容において、ICV投与を十分具体的に開示
しており、具体的な実施例の記載がないにすぎない。
この点、本件明細書には、本件発明の製剤を脳室内に注射できること(例えば、
実施例5及び6参照)や、IT投与はCNS送達の一例にすぎないことが明確に記
載されているが、このことは、本件出願の優先日当時における当業者の技術常識と
もよく一致する。すなわち、ICV注射もIT注射も、CSFで満たされた同じ環
境に薬物を送達していることは、よく知られていた(甲14及び15の図1。同図
は、ICV投与とIT投与は、いずれも脳脊髄液に薬物(治療用酵素)を直接注入
することが可能であり、両者は投与部位が異なるだけであって、いずれかによる薬
物のCNSデリバリーにより治療効果が得られたならば、同じ薬物を用いれば、他
方においても同様に治療効果が得られることを当業者が認識できるという意義を有
するものである。。また、
) CSFは、脳室を満たし、脳と脊髄を取り囲んでいる(甲
2の【0034】参照)。それゆえ、ICV注射とIT注射は、ICV注射が脳室腔
に直接注射するのに対し、IT注射は脊髄に注射するという、注射部位を異にする
にすぎない。基礎出願1及び2の当時、ITの知見がICVに適用できることは、
明らかであった。
IT投与とICV投与のいずれの投与経路も脳脊髄液の循環経路に投与される点
に鑑みると、同じ製剤をいずれの投与部位に投与しても同様の効果を奏することは、
甲14及び15の記載全体及び当該技術分野における技術常識から容易に理解する
ことができる。
したがって、当業者が、当該分野における技術常識に照らして、甲14及び15
を読めば、それらに記載の製剤は、IT注射及びICV注射の両方に適した製剤と
して等しく適用され得ることを容易に理解することができる。
(ウ) I2Sに関しては、甲17の請求項41及び84などには、治療用酵素とし
て、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)が記載され、請求項49及び54
に疾患としてハンター症候群についても記載されている。ハンター症候群が、α-
イズロン酸スルファターゼ(すなわち、I2S)の酵素欠損に起因する疾患である
ことは本件優先日当時の技術常識であるから、当業者は甲17の実施例の記載から、
I2Sを補充酵素として含有する製剤のICV投与も理解できる。
イ(ア) 原告は、甲14及び15の実施例1~3がいずれも医薬組成物としての効
果に関するものではないと主張するが、それらの実施例に記載されている「薬学的
(医薬)組成物」「酵素投与群」「治療効果」等の文言を無視したものであって失
、 、
当である。
(イ) 原告は、甲14及び15の実施例2が本件発明の実施例ではないと主張する
が、原告が指摘する「pH7.5の水性溶液」は「対照群」に係るものであって、
「酵素投与群」についてのものではない。
(ウ) 原告は、甲14及び15の実施例3がビヒクルの忍容性の効果に関するもの
であって医薬組成物としての効果に関するものではないと主張するが、前記ア(ア)
で指摘したとおりであって、原告の主張は失当である。
(オ) 原告は、甲14及び15の記載の下では、当業者はICVによる本件発明を
過度の試行錯誤なしに実施することができないと主張するが、前記アのとおり、I
T投与の実施例とICV投与についての記載をもってすれば、甲14及び15には、
ICV投与も含めて十分にサポートされ、物(組成物)に係る本件発明が実施可能
な程度に記載されているといえる。
(カ) 優先権の利益の判断は、記載や実施例の量に基づく判断ではなく、実質的に
同一の発明が記載されているか否かの質的判断であるところ、原告が指摘するモデ
ル動物に対する酵素のIT投与の結果等の追加実施例の記載は、甲14及び15に
記載された発明の効果を確認的に記載するものにすぎず、それらの記載があること
によって、甲14及び15に記載されていた実施例等に裏付けられる発明の効果が
変更されたり否定されたりするものではない。
(キ) 原告の主張は、後記(2)のとおり、甲14及び15の記載や図表が明らかに甲
6のものと同一であるにもかかわらず、甲14及び15には発明の記載がないと解
釈する一方で甲6にはその記載があると解釈する恣意的な解釈に基づくものであっ
て、失当である。
(2) 甲6が甲14及び15と実質的に同一の内容を開示していること
ア 甲6の著者は、基礎出願2に係る発明の発明者の1人である Zahra Shahrokh
を含み、甲6の図1~3、6~8、10及び11は、それぞれ、甲14及び15の
図1、2、表1、2、図3~6に対応し、甲6の図9は、甲14及び15の実施例
2、3に対応している。また、その他の記載内容も、甲6の図5において具体的な
先行技術として挙げられている参考文献8、19~30も、全て甲14及び15に
開示されている。甲6の図4に記載されているのは、補充酵素を薬物として含有す
る製剤ではなく、全て疎水性の低分子薬物を含有するIT投与用製剤の公知例にす
ぎない。
甲6と甲14及び15の記載が非常によく似ているのは、本件発明の発明者が、
先願主義の原則に従い米国仮出願を行って特許権利化のための出願日をまず確保し
た上で、出願後に研究成果の論文発表を行ったためである。
したがって、甲6の記載は、甲14及び15の開示内容と実質的に同一である。
イ 本件明細書の【0001】で援用されるように、甲14及び15の明細書全
体について、優先権主張されているのであるから、本件特許が甲14及び15の出
願後に同内容について公開された甲6により不利な取扱いを受けないこと(甲6が
先行技術文献になり得ないこと)は、特許法41条2項の規定からも明白である。
2 取消事由2(実施可能要件違反)について
(1) 発明の詳細な説明の記載は、本件発明1~12について、当業者がその実施
をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
(2) 前提として、本件明細書における「安定性」等の定義(【0057】)に従う
と、本件発明の安定製剤は、長期間にわたってI2Sの治療効力が保持される治療
薬である。
(3) 本件製剤が不安定な製剤にまで及ぶ旨の原告の主張は、次のとおり、その前
提を欠くものであって、実施可能要件に適合しない理由にはならない。
ア(ア) 本件明細書の【0091】の記載は、エリオットB溶液のみを高濃度の補
充酵素の緩衝剤兼ビヒクルとして使用した場合について言及したもので、本件発明
1の発明特定事項の全てを充足する製剤(組成物)についての記載ではない。特に、
原告の主張は、エリオットB溶液で高濃度の補充酵素を希釈するだけで、希釈後の
製剤のpHがエリオットB溶液自体の添付文書(甲20)に記載の下限のpHに近
い範囲になることを前提とする点で誤っている。
(イ) この点、まず、甲20には、エリオットB溶液のpHが「6.0-7.5」、
脳脊髄液のpHが「7.31」と記載されているが、甲20に「REFERENCES」とし
て唯一挙げられている乙32の表3には、エリオットB溶液自体のpHの実測値が
「7.0-7.4」と明記されている。したがって、まず、エリオットB溶液自体
のpHを、どのようにして、本件発明のクレームの範囲(5.5―7.0)に調整
するのかが不明である。
(ウ) また、次の点からすると、①エリオットB溶液をIT注射の希釈剤として使
用する場合には、薬物希釈後の製剤(すなわち組成物)のpHをCSFのpHに適
合させることが副作用軽減の観点から求められていることや、②希釈剤として使用
され得る緩衝液自体のpHは、薬物希釈後の製剤(すなわち組成物)のpHとは必
ずしも一致せず、pH値として2以上(水素イオン濃度に換算すると100倍以上)
の差が見られる場合があることから、人工CSFで希釈後の製剤のpH範囲を予測
することは難しく、CSFへの直接注射に適した安全な製剤の提供には更なる課題
があったことを当業者は理解することができる。それにもかかわらず、エリオット
B溶液自体のpH範囲以外、何ら具体的な根拠を示すことなく、本件発明のリン酸
塩濃度及びpHには、エリオットB溶液の条件を含んでいるという原告の主張は、
その前提を欠くものであって失当である。
a 乙32には、
「エリオットB液は、電解質組成及び緩衝能において、CSFと
類似しており、メトトレキサート及びシタラビンの希釈液のpHを7.2~7.8
に維持する唯一のビヒクルであった」こと、
「エリオットB液は、メトトレキサート
及びシタラビンのpHを有意に変化させる唯一のビヒクル体であった(表3) もの

で、
「試料は、通常報告されたCSFのpHの0.2単位以内の範囲にあった」こと、
「エリオットB液の緩衝能は他のビヒクルより優れており、酸性製剤(シタラビン)
及び塩基性製剤(メトトレキサート)の最終pHに影響を及ぼすのに十分であった」
ことが記載され、実際に、凍結乾燥されたメトトレキサート(50mg)をエリオ
ットB液で希釈した製剤(Methotrexate (1))のpHは、7.2又は7.3であり、
CSFのpH(7.31)とほぼ同じであったことが読み取れる。
b 他方で、乙32の表3によると、エリオットB溶液以外の希釈剤として試験
されたラクトリンゲル注射液(ビヒクルのみ)のpHの実測値が6.5-6.8、
塩化ナトリウム注射液(ビヒクルのみ)のpHの実測値が6.0-6.4であった
のに対し、凍結乾燥されたメトトレキサート(50mg)をそれらで希釈した製剤
(Methotrexate (1))のpHは7.1-7.6であったこと、凍結乾燥していない
市販のメトトレキサート2.5mg/ml溶液をそれらで1mg/mlに希釈した
もの(Methotrexate (3))のpHは8.3-8.5であったこと、それらを使用し
たシタラビン製剤のpHは5.3、5.6であったことが分かる。他方で、そのよ
うにエリオットB溶液以外のビヒクルでは酸性製剤(シタラビン)又は塩基性製剤
(メトトレキサート)となるような非中性製剤も、エリオットB溶液では脳脊髄液
(CSF)のpHに近い、pH7.2~7.8の中性の製剤にすることができたこ
とが分かる。
この点、メトトレキサートやシタラビンのような低分子医薬をエリオットB溶液
に溶解させた場合、pHが若干シフトすることはあり得るかもしれないが、その1
00倍以上の分子量を持ち、強塩基でも強酸でもない補充酵素(タンパク質)を仮
にメトトレキサートやシタラビンと同質量含んだとしても、その酸又は塩基として
のグラム当量数(質量/グラム当量;いわゆる規定濃度(N))は、メトトレキサー
トやシタラビンと比較して無視できる程度となるため、エリオットB溶液に溶解さ
せた場合には、エリオットB溶液自体の実測値とほぼ同じpHになることを、当業
者であれば容易に推認することができる。
なお、甲6の図4に記載されている製剤の有効成分は、全て低分子化合物であり、
その物理化学的性質(分子量、コンフォメーションの変化、安定性、溶解性、薬物
動態等)、免疫原性を含めた安全性、投与量、投与速度等に特段の対応を要する生物
の生体機能を利用して生産及び使用される酵素(タンパク質)であるI2Sとは、
全く別物である。
c 乙34には、抗腫瘍剤のIT投与方法の副作用が、嘔吐、発熱、頭痛等から
分かる化学的髄膜炎から、脚の痛み、麻痺、白質脳症等の多岐にわたり、IT投与
するための注射液のpH、イオン組成又は抗菌防腐剤が、これら副作用を生じさせ
る毒性のいくつかに関与している可能性も示唆されている。
イ(ア) 有効成分のタンパク質の凝集が免疫原性に影響を及ぼすかどうかは、単量
体か凝集体(不可逆な沈殿物)かの二者択一で決まるのではなく、単量体との間に
平衡関係(又は2つ以上の会合状態間での可逆的な会合平衡)が成り立つ可逆的な
凝集体であるか、不可逆的な凝集体(目視可能な粒子又は沈殿物)であるかが重要
であることが、本件出願の優先日前に公知であった(乙40)。仮に薬学的組成物の
溶液の時点で可逆性の二量体又はオリゴマーが形成されたとしても、CSF中に投
与され、CSFで希釈される際に、単量体と平衡状態にあるものであれば、免疫原
性の問題は生じない蓋然性が高いことを、当業者であれば当然に理解できる。本件
明細書の【0022】及び【0069】の記載から、本件発明においては、免疫原
性の問題は生じない蓋然性が高い。
(イ) 本件明細書の実施例4の試験において観察された凝集体は、可溶性凝集体で
あり、本件明細書の【0266】【0267】並びに【図8】及び【図9】による

と、可溶性凝集体は時間経過とともに減少しており、6か月後又は24か月後に最
小となっていることからして、不可逆な凝集体(乙40の図4)へと移行するので
はなく、単量体との平衡状態を保っており、当該酵素濃度における安定な平衡状態
に落ち着いていると理解することができる。そして、そのような可溶性凝集体は、
単量体と平衡状態にあり、CSF中に投与され、CSFで希釈される際に、単量体
を生じる方向に平衡が移動し得るものであるから、少なくとも「意図された生物学
的活性及び/又は物理的完全性の全て又は大部分」が損なわれるものでないことは、
当業者であれば理解できる。
(ウ) その他、 原告がその主張の根拠として取り上げる実施例の記載については、
次のとおりである。
a 凍結融解試験について
(a) タンパク質濃度が低濃度(5mg/mL以上)のリン酸塩含有製剤が凍結融
解に対して不安定であると主張する根拠として、2mg/mLのタンパク質濃度の
リン酸塩含有製剤の結果を採用することは、当該タンパク質濃度が本件発明の範囲
に達していない以上、適切ではない。そして、高濃度である100mg/mLのタ
ンパク質濃度のリン酸塩含有製剤では、本件明細書の表11に示されるように、凍
結融解の後、凝集体の増加は観測されなかったこと、また、表12のP20濃度0%
のサンプル(すなわち、PS-20を含まないサンプル)
(2mg/mLのタンパク
質濃度)のSEC(単量体%)が95.2%だったのと比較して、表13における
PS-20を含まないサンプル(8mg/mLのタンパク質濃度)では、振盪され
ているため、タンパク質様粒子が観察されてはいるが、SEC(単量体%)が99.
3%と高い単量体比率を示し、タンパク質濃度が高濃度になるほど顕著に単量体比
率が向上するという予期せぬ安定化効果を奏していることを考慮すると、タンパク
質濃度が5mg/mL以上のリン酸塩含有製剤では、2mg/mLのリン酸塩含有
製剤に比べて凝集体の量がより低減している、すなわち、治療効力を保持すること
ができ、安定化していると当然に理解することができる。
(b) 本件明細書において、I2S濃度が2mg/mLの場合の製剤が不安定であ
るとは全く記載されていない(【0258】参照)。
また、原告が主張する2mg/mLで生じた凝集体とは、前記(イ)のように、可溶
性凝集体である(本件明細書の表10)。
(c) したがって、本件発明の全範囲にわたり(とりわけ、I2S濃度範囲全体に
わたり)、凍結融解試験での安定性が実証されたとはいえないとの原告の主張は失
当である。
b 振盪試験について
(a) ポリソルベート等の界面活性剤は、液体製剤の保存運搬時に発生する振盪関
連ストレスからタンパク質を保護する必要がある場合にのみ問題となり、例えば、
凍結乾燥製剤の態様や輸送ストレスなしの態様(例えば、本件明細書の表15参照)
では問題にならない。したがって、必ずしも液体製剤として提供されるものでない
本件発明の製剤に、界面活性剤をあえて添加しない場合であっても、脳脊髄液への
注入に適する安定な製剤が得られることは、当業者であれば当然に理解でき、安定
性が確保されていないとはいえない。
そして、本件発明がタンパク質濃度を増加させた液体製剤に関する場合、製剤の
保存運搬の際に振盪関連ストレスがかかることは当然のことであるところ、本件発
明2以降及び本件明細書(【0248】)には、振盪関連ストレスから保護するため
に界面活性剤(ポリソルベート20)を使用することが記載されているから、液体
製剤に係る本件発明の実施に過度の試行錯誤を要するとはいえない。
(b) また、原告が主張する凝集体は、前記(イ)のように、可溶性凝集体である 【0

259】。

(c) したがって、ポリソルベート20を含有しなければ安定性が確保されないこ
とを前提とした、本件発明が安定性の確保されていない態様に及ぶとの原告の主張
は、失当である。
c 熱安定性について
(a) 熱安定性に関する本件明細書の実施例4では、凍結保存条件のリン酸塩含有
製剤では凝集物が見られないことが実証されている(【0264】【0265】。ま
、 )
た、40℃のストレス条件下であっても、凝集体レベルは2週間後が最も高く、そ
れ以降、凝集体は消失していることが確認されている(【0266】。したがって、

最も温度の低い凍結保存状態や最も温度の高い40℃条件下であっても、リン酸塩
含有製剤の安定性が失われているとはいえない。
また、本件明細書の実施例4に記載された熱安定性は、リン酸塩を含まない生理
食塩水製剤もリン酸塩含有製剤も熱ストレスに対して十分に安定性が確認できたこ
とを示しているにすぎない。生理食塩水単独製剤との比較でリン酸塩含有製剤にお
いてOD320値の増加が確認されたとしても、そのことをもって、リン酸塩含有
製剤が熱ストレスに対して安定であることが否定されるわけではない。事実、本件
明細書の【0264】の記載は、生理食塩水単独製剤がより安定であることを示す
ものであって、リン酸塩含有製剤が安定でないことを意味するものではない。
(b) 原告が指摘する12分ピークについて、本件明細書の表18の脚注の記載並
びに【0275】及び表22の記載からして、12分ピークに係る高分子種は、可
溶性凝集体にリン酸塩が結合したものと考えられる。そして、
【0266】の記載を
踏まえると、当該可溶性凝集体にリン酸塩が結合したものも、単量体と平衡状態に
あり、CSF中に投与され、CSFで希釈される際に、単量体を生じる方向に平衡
が移動し得るものである。
(c) 原告が主張するとおり、単量体%が回復しなかったとしても、そのI2S濃
度における単量体とオリゴマー間の平衡状態に保たれているだけである。1か月後
に消失した12分ピークの高分子種の凝集体が、単量体%から検出されていないと
すれば、当該高分子種の凝集体は、単量体と高分子種の中間体(二量体、三量体等
のオリゴマー)に変化したため、単量体としても12分ピークの高分子種の凝集体
としても検出されなかったと考えるのが合理的であり、単量体と不可逆な凝集体の
二者択一的な原告の主張は、技術常識に照らして妥当でない。
また、当該高分子種は、前記(イ)のように、可溶性凝集体である。
(4) いずれの製剤が安定製剤として得られるのか、特に極低濃度のリン酸塩の下
で安定製剤が得られるかどうか明らかでない旨の原告の主張は、次のとおり、失当
である。
ア 前記(3)アのとおり、リン酸塩濃度範囲及びpH範囲による特定のみでは、5
-100mg/mLのI2Sを安定化できない場合があるとの原告の主張は、その
前提を欠くものである。また、いずれの製剤が「安定」であるのかを網羅的に調査
するためには過度の試行錯誤を要するとの原告の主張も、本件発明の製剤が安定化
されていないとの前提に基づくものであるから、失当である。
イ(ア) そして、例えば、本件明細書の実施例4の凍結融解試験では、高濃度であ
る100mg/mLのタンパク質濃度の生理食塩水単独製剤及び20mMのリン酸
塩含有製剤の両方において、可溶性凝集体が観測されなかったことを考慮すると、
100mg/mLのタンパク質濃度では微量リン酸塩含有製剤であっても、凝集体
増加はないと判断できる。
(イ) また、本件明細書の表12のP20濃度0%のサンプル(すなわち、20m
Mのリン酸塩存在下、PS-20を含まないサンプル)
(2mg/mLのタンパク質
濃度)のSEC(単量体%)が95.2%だったのと比較して、表13におけるP
S-20を含まないサンプル(8mg/mLのタンパク質濃度)では、振盪されて
いるため、タンパク質様粒子が観察されてはいるが、SEC(単量体%)が99.
3%と高い単量体比率を示していることも合わせて考慮すると、生理食塩水単独製
剤及び20mMのリン酸塩含有製剤の両方において、タンパク質濃度が高濃度にな
るほど可溶性凝集体の生成が抑えられることが予想される(ただし、このように、
低いタンパク質濃度で生じた現象が、直ちに高いタンパク質濃度でも生じるとはい
えない。 ことから、
) 5mg/mLのタンパク質濃度のI2Sを含む微量リン酸塩含
有製剤でも、2mg/mLのタンパク質濃度の微量リン酸塩含有製剤と比較して、
凝集体量はより少なくなると、当業者であれば理解することができる。
(ウ) さらに、可溶性凝集体について、不安定化しているともいえない。
(エ) 生理食塩水製剤の振盪試験について、SEC(単量体%)は、100%であ
るから、観察されたタンパク質様粒子が凝集体であるということはできない。
(5) 原告は、本件発明が安全性及び忍容性が確認されなかった領域を含むと主張
する。
しかし、甲15の図5では、pH5.5~6.0の範囲ではリン酸塩0mM~2
0mMの範囲、pH6.0~7.0の範囲ではリン酸塩0mM~20mMの範囲で、
忍容性が確認されている。一方で、pH7.0以上の範囲で、リン酸塩10mM~
20mMの範囲で副作用が確認されている。当業者であれば、当該忍容性と副作用
のリン酸塩濃度とpHの範囲をみれば、明らかな副作用を生じさせない範囲で、忍
容性が確認されたリン酸塩濃度とpHの範囲に近く、かつ副作用が確認されたリン
酸塩濃度とpHの範囲を避ける範囲のリン酸塩濃度とpHを有する製剤を採用しよ
うとするものである。この点、本件明細書では、
【0001】において甲15に言及
し、その記載を援用することを明記している。このような記載も日本国特許庁の現
実の実務において広く行われており、多くの米国特許出願人が通常採用する記載で
あるから、甲15の明細書や図面の記載を援用して本件発明をより良く理解できる
以上、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて発明を実
施できるように発明の詳細な説明を記載したものといえる。そして、実施例4にお
いて、本件発明の製剤の安全性及び忍容性について、代表的な実施例を挙げている。
また、本件明細書の緩衝剤に関する【0099】の記載では、リン酸塩による忍
容性の制御のためのリン酸塩濃度として50mMが例示されている。
甲15及び本件明細書の上記の記載に鑑みれば、当業者であれば、十分な安全性
と忍容性を有するリン酸塩濃度とpHの範囲に含まれる「安定製剤」を過度な試行
錯誤をすることなく調製できるものである。
3 取消事由3(サポート要件違反)について
(1) 本件発明の課題及び課題解決のための手段
特許請求の範囲の記載及び本件明細書の【0003】~【0009】の記載から
みて、本件発明の課題は、グリコサミノグリカンの大きな蓄積により、種々の型の
CNS症候を生じさせるリソソーム蓄積障害の処置のために、血液脳関門及び脳表
面でのバリアの存在などの障害物を克服し、脳に治療薬を有効に送達するための製
剤を提供することである。
(2) 原告の主張するサポート要件違反がないこと
ア 高い酵素濃度での凝集の抑制について
(ア) 前記2(3)アのとおり、専らエリオットB溶液自体のpH範囲を根拠とする
原告の主張は、その前提を欠くものである。
そして、エリオットB溶液にリソソーム補充酵素を溶解させた製剤であっても、
最終的に本件発明1に規定される発明特定事項の全てを充足する製剤(組成物)で
あれば、本件発明の課題を解決できることは、明らかである。
(イ) 前記2(3)イのとおり、原告が取り上げる凍結融解試験、振盪試験及び熱安定
性に関する本件明細書の記載を勘案すると、本件発明が、課題が解決できない範囲
にまで及ぶといえないことは明らかである。
凍結融解試験では、I2S(2mg/mL又は100mg/mL)含有生理食塩
水製剤(すなわち、リン酸塩濃度が極めて薄い実施態様)では凝集体は生じていな
い(本件明細書の表10、11)。また、振盪試験において、I2S(90~100
mg/mL)含有生理食塩水製剤では「大きなタンパク質粒子が観察された」
(本件
明細書の表14)との記載や、熱安定性試験において、一部の製剤に「12分ピー
ク」が観察されたことについては、可溶性凝集体に係るものである。当業者におい
ては、むしろ、タンパク質に結合された残留リン酸塩の量及びタンパク質濃度の増
加が最終製剤におけるpH安定性に関与することを理解でき、0~5mMまでのリ
ン酸塩を含む製剤もまた、技術常識を踏まえて前記(1)の課題が解決できるであろ
うとの合理的な期待を得ることができる。
(ウ) 原告の主張するイオン強度は、本件発明において必須の構成要件に当たらな
い。
本件明細書の表4において、NaClは、等張化剤の一例として開示されており、
このことは、等張化剤として用いたNaCl自体が本件発明の効果(すなわち、5
0mMまでのリン酸塩を含むI2Sタンパク質含有製剤で酵素が熱安定性を有し、
沈殿も生じないという効果)に寄与しておらず、本件発明の製剤が本件発明の課題
を解決する上でNaCl等の等張化剤を必要としないことを示すことが明らかであ
る。
また、本件発明がICV投与されることを特徴とする以上、本件発明の課題と関
係なく、ICV投与の際にCSFとの等張化を目的として等張化剤を含むものを本
件発明に係る製剤として使用することは、当業者であれば、当然に理解できる。等
張化剤に関し、注射液等が体液と等張であることが望ましいこと(乙43)は技術
常識であり、脳室内投与用製剤において、等張化剤は、CSFとの等張化、CSF
の組成の平衡及び対象の頭蓋内圧を保持する必要から、当業者であれば、必要に応
じて普通に適用するものである。
甲15の図3(右)は、タンパク質の溶解度に寄与し得る許容可能なNaCl濃
度が広範囲にわたることを示すもので、図3(左)もまた、タンパク質の溶解度に
寄与し得る許容可能なpHが広範囲にわたることを示すものである。そして、それ
らが別々の図として示されていることからも明らかなように、それぞれの条件単独
でタンパク質の溶解度への貢献が実現されているところ、本件発明では、
「5.5~
7.0のpH」及び「50mMまでのリン酸塩」によって高い酵素濃度が実現され
ているのであり、イオン強度を必ずしも必要とするものではない。
(エ) また、リン酸塩濃度が極めて薄い本件発明(例えば、0~5mM)について
は、本件明細書の実施例5により裏付けられており、リン酸塩を含まない組換えヒ
トI2Sタンパク質含有製剤(pH6.0)を非ヒト霊長類にIT投与及びICV
投与し、その結果、脳組織の深部にI2Sタンパク質が分布したことが実証されて
いる(【0278】【0284】
、 、表26、図62)。また、実施例2でも裏付けられ
ており、リン酸塩を含まない組換えヒトI2Sタンパク質含有製剤(3mg/ml、
30mg/ml、100mg/mlまたは150mg/ml)をカニクイザルにI
T投与し、その結果、脳組織の深部及び末梢組織にI2Sタンパク質が分布したこ
とが実証されている(【0212】【0215】~【0217】【0227】~【0
、 、
231】、表7、図16~39)。このように、リン酸塩を含まない製剤において高
いI2Sタンパク質濃度を実現し、脳室内投与によってI2Sタンパク質の脳組織
への浸透が実証されている。
したがって、0~5mMの範囲のリン酸塩製剤であっても、高いI2Sタンパク
質濃度を実現し、脳室内投与によってI2Sタンパク質の脳組織への浸透が可能で
あり、課題解決手段が含まれるものである。
上記に関し 、 本件明細書の実施例2及び5は、凝集体の生成について何ら記載し
ていない。そして、有効成分のタンパク質の凝集が免疫原性に影響を及ぼすかどう
かは、単量体か凝集体(不可逆な沈殿物)かの二者択一で決まるのではなく、単量
体との間に平衡関係(又は2つ以上の会合状態間での可逆的な会合平衡)が成り立
つ可逆的な凝集体であるか、不可逆的な凝集体(目視可能な粒子又は沈殿物)であ
るかが重要であることが、本件出願の優先日前に公知であった(乙40)。仮に薬学
的組成物の溶液の時点で可逆性の二量体又はオリゴマーが形成されたとしても、C
SF中に投与され、CSFで希釈される際に、単量体と平衡状態にあるものであれ
ば、免疫原性の問題は生じない蓋然性が高いことを、当業者であれば当然に理解で
きる。本件明細書の【0022】及び【0069】の記載から、本件発明において
は、免疫原性の問題は生じない蓋然性が高い。
イ 安全性及び忍容性について
甲15の図5は、pH7.0以上の範囲で、リン酸塩10mM~20mMの範囲
で副作用が確認され、また、pH5.5~6.0の範囲ではリン酸塩0mM~20
mMの範囲、pH6.0~7.0の範囲ではリン酸塩0mM~20mMの範囲にお
いては忍容性及び安全性を有することが、例示的に確認されたことを示すにすぎな
い。残りの範囲についてみても、本件明細書の【0016】の記載により、本件発
明における安定製剤を構成するリン酸塩濃度の上限値やpHの範囲は、本件明細書
の上記記載により十分にサポートされているといえる。
4 取消事由4(明確性要件違反)について
本件発明1の安定製剤にリン酸塩が含まれ、その濃度が50mMまでであること
が明確である以上、濃度の下限がないことによって発明が不明確になるものではな
い。原告の主張は、サポート要件に関わる内容であって明確性とは別の問題である。
5 取消事由5(甲2発明を基礎とする進歩性の判断の誤り)について
(1) 甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)の適用等について
ア 甲6発明(製剤)の適用について
甲14及び15の図1の存在にもかかわらず、甲14及び15にはICV投与に
関する記載はないとの原告の主張によって優先権が否定される場合、甲14及び1
5と実質的に同一の内容を開示する甲6にも、同様にICV投与に関する記載はな
いと判断されなければならない。
そうであれば、甲6に、IT投与の知見をICV投与に適用する動機付けはない
こととなり、当業者においては、本件発明に容易に想到し得るものではないと判断
されるべきである。
イ 甲6発明(ビヒクル)について
前記アと同様、甲2発明に甲6発明(ビヒクル)を適用する動機付けはない。
なお、原告が提出する証拠のうち、甲65、66、70~74、80及び82は、
いずれも本件出願後に発行されたものであり、タンパク質製剤である本件発明に関
する本件出願日当時の技術水準(技術常識)を示す文献としては、不適切であり、
それらの証拠に基づく原告の主張は、失当である。また、甲65及び66に関し、
メトトレキサート及びシタラビンは、高濃度での使用において凝集が懸念される分
子量が数万以上のタンパク質(高分子)医薬ではなく、分子量がそれぞれ454.
44及び243.22である低分子医薬であるから、これら低分子医薬の製剤に関
する証拠のみに基づいて、高濃度のタンパク質含有医薬を含むヒトのCNS投与の
ための製剤全般として、2mLの製剤が上市済みであったとは到底いえない。さら
に、甲82については、表2(Table 2)と、その引用元とされる文献(乙38)と
が整合していないことからも、本件出願日当時の技術水準を示す文献として不適切
である。
(2) 甲2中の示唆及びエリオットB溶液の技術常識の適用について
ア リソソーム酵素の特定について
甲2において、ハンター症候群(MPS II)とI2Sは、公知の代表的なリ
ソソーム蓄積症とその欠損酵素のほぼ全て(38種類)が例示列挙されている中の
一例にすぎない。そして、甲2の具体的な実施例では、ASMKOマウスに対して
組み換えヒト酸スフィンゴミエリナーゼ酵素(ASM)が脳室内投与され、その効
果が確認されているのみである。リソソーム酵素としてI2Sを選択する強い示唆
があるとはいえない。
イ 補充酵素濃度について
(ア) 甲2発明の組成物の補充酵素の濃度について、約0.1~約200mg/m
lと換算できるという原告の主張は誤りである。
甲2には、実施例において、数時間、連続する数日間にわたる人工CSF中のリ
ソソーム酵素の脳室内低速注入によるニーマン・ピック病A型の治療方法が開示さ
れている(甲2の実施例2、【0057】参照)。仮に、甲2発明の製剤における酵
素濃度が本件発明1のイズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質濃度
範囲内(5mg/ml〜100mg/ml)であると仮定すれば、酵素1mgは、
最大量200μlから最小量10μlの緩衝液に溶解していなければならず、最大
量200μlから最小量10μlに溶解した酵素を24時間×4日間(約2μl/
h)投与し続ける必要がある。しかし、上記のような投与量で投与コントロールす
ることは、注入量の調節の精度からして現実的ではなく、実際にはかなりの大用量
の溶液が使用されていると理解するのが妥当である。
(イ) CSFは、その総量が通常90~150mLであって(乙29)、血液の総量
に比べてはるかに少ないことから、血液に比べて緩衝能力がはるかに低く、pHの
小さな変化が大きな影響を与える可能性があること、実際、モルヒネ(pH4付近)
のような酸性薬剤がCSFのpHを低下させ、ミオクローヌス発作、知覚過敏、タ
キフィラキシー(薬剤の反復投与により薬剤が急速に効果を失うこと)の原因とな
ることが、本件特許の優先日前に知られていた(乙6)。
したがって、CSFのpH値の急激な変化を招く大用量の緩衝用溶液に溶解され
た低濃度製剤が短時間に投与されるべきでないことは、本件出願の優先日前の技術
常識であった。
(ウ) 乙32では、製剤のpH(製剤のpHを脳脊髄液(CSF)と同等の範囲に
維持すること)やイオン組成等がIT注射における副作用の毒性に関与しているこ
とが示唆されており、甲2の【0003】には、
「直接注射による脳への補充酵素を
導入する試みは、一部には局所的な高濃度による酵素の毒性及び脳における限られ
た柔組織への拡散割合のために限定されている」と記載され、脳脊髄液への補充酵
素の投与は低濃度が望ましいことが示唆されていた。さらに、乙5(乙24)には、
送達されるタンパク質の濃度と量を増やすと脳への透過が増える可能性が示唆され
ているものの、タンパク質は強力な免疫原になる可能性があることや、免疫原性の
増加が、例えば、炎症反応により安全性に影響を与えるだけでなく、有効性に悪影
響を与える酵素中和抗体を産生する可能性も示唆されていた。さらに、タンパク質
が高濃度では凝集する傾向があり、凝集タンパク質により免疫原性が高まることは、
本件特許優先日当時の技術常識であった(乙7~9)。なお、ヒト由来のものを用い
た場合についても、免疫原性の報告例が本件出願日前に多数存在していた(乙41)。
したがって、タンパク質の凝集に伴う免疫原性のリスク等を考慮すると、I2S
タンパク質の凝集を防ぐためには高濃度にすべきでないことも、本件出願の優先日
前の技術常識であった。
特に、補充酵素のようなタンパク質を薬物として脳脊髄液に投与する場合、その
製剤のpHを脳脊髄液のpHと同レベルに設定する必要があることや、脳脊髄液中
での薬物濃度の急激な増加(濃度の増加に伴う免疫原性の亢進やタンパク質の凝集)
を避けるために、低濃度の薬物を含む製剤を微量ずつ長時間にわたっての投与が必
要であることが本件出願の優先日前に知られていた。この点、甲2には、具体的に
どのようにすれば、上記のような脳への悪影響を抑えつつ、製剤の量を小さくする
(酵素濃度を高める)ことができるのか等、上記課題を解決するための手段につい
て何ら開示も示唆もされていない。
したがって、上記課題を認識していた当業者において、甲2の記載内容をみて、
甲2の製剤の脳室内投与時の酵素濃度を、本件発明1に規定されるI2Sタンパク
質濃度の範囲(すなわち高濃度)に変更しようと動機付けられないことは明らかで
ある。
(エ) さらに、甲2の実施例3~6では、総量0.25mgのhASMがマウスに
6時間にわたって投与されているところ、これらの製剤のいずれも、本件発明1の
I2Sタンパク質の濃度5mg/mL以上で投与するためには、0.05mL(す
なわち、50μl)以下の液体で6時間にわたって注入する必要があり、これらに
ついても現実的ではない。
むしろ、甲2の【0003】参照の記載に鑑みると、実施例2~6では、低濃度
(5mg/mlよりもかなり低い)のhASMタンパク質を含むかなり大用量の液
体が、脳室内注入されたと考えなければならない。それゆえ、甲2の実施例2~6
の製剤もまた、「5mg/ml~100mg/mlの濃度のイズロン酸-2-スル
ファターゼ(I2S)タンパク質」という本件発明の要件を満たすことが、実質的
に不可能なものである。
(オ) 原告によるCSFの量と脳の質量に基づく動物実験の用量からヒト投与用の
用量への換算は、原告の勝手な解釈(ヒトの治療のためには、単純にCSFの用量
比に応じて比例倍した、より多量の補充酵素が必要であるとの解釈)に基づくもの
で、何ら技術常識に基づかない(甲22の訳文である乙39のほか、甲67と甲7
6を比較してもこのことは理解される。 だけでなく、
) 原告が審判手続段階で主張し
ていた体重(又は表面積)に基づく換算とも異なっている。また、上記のような量
的な差異に基づく換算では、ヒトにおいて投与すべき酵素の量がより小さい動物の
場合に比べて多くなるのは当然であるところ、そのことは、ヒトの場合に製剤中の
酵素濃度を増加させることと直接関係しない。1回の投与における有効成分の含有
量を増やすことは、有効成分の濃度を増加させるだけでなく、投与する製剤の1回
当たりの用量全体を増加させることでも達成できるから、リソソーム酵素(タンパ
ク質)の場合、当業者においては、むしろ、凝集に伴う免疫原性亢進のリスク等も
考慮して、1回当たりの用量全体を増やすべきであることを容易に理解するといえ
る(例えば、甲2の実施例2では、正にこのアプローチがとられている。 。

また、マウスにおいてCNS投与される製剤の量について、マウスのCSFの量
の10%が適正値であるとの根拠となる記載は、甲2のどこにもない。
(カ) 原告は、甲2にはI2Sを含む脳室内投与のための医薬組成物について免疫
原性の問題を回避することのできる製剤に関する記載もないとの本件審決の判断に
対し、本件発明は、免疫原性回避という効果を奏しない範囲に及ぶなどと主張する。
しかし、投与された補充酵素の免疫原性は、高濃度の補充酵素が凝集し、沈殿す
る結果として生じるものであるところ、凝集した補充酵素は投与によって脳組織内
に浸透することができず、治療効果ももたらさない。つまり、投与された補充酵素
に免疫原性の問題が生じるのであれば、当該補充酵素は脳組織の浸透も、治療効果
も期待できないことは、当業者であれば当然に理解できる。ところが、本件明細書
の実施例6には、本件発明の範囲に包含される薬学的組成物の脳室内又は髄腔内投
与を行い、治療効果を得られたことが確認されており、また、本件明細書の実施例
2及び5には、リン酸塩が含まれていない点を除いて本件発明の範囲に包含される
製剤の脳室内又は髄腔内投与を行い、治療効果を得られたことが確認されている。
仮に、ICV又はIT投与された本件発明の製剤に免疫原性が生じるのであれば、
I2Sが凝集、沈殿し、脳組織に浸透することができず、そのために、治療効果を
得ることもできないであろう。また、実施例2、5には、リン酸塩を含まない製剤
であっても、IT投与によって副作用を生じさせずに脳組織内に浸透し、治療効果
を発揮したことが記載されている。そうすると、リン酸塩濃度が極めて低い態様(例
えば、0~5mM)であっても、免疫原性の回避という効果を奏し、それゆえ、本
件明細書に記載された実施例の結果は、本件発明に免疫原性の問題がないことを十
分に裏付けるものである。また、リン酸塩とタンパク質の結合の態様は問題となる
ものではない。
ウ pH及びリン酸塩濃度について
原告が、人工CSFとしてエリオットB溶液を使用し得る根拠とする甲20に引
用されている唯一の参考文献である乙32には、エリオットB溶液のpHの実測値
が、甲20に記載の「pH6.0~7.5」ではなく、
「7.0-7.4」と記載さ
れている。また、エリオットB溶液でリソソーム酵素を希釈して得られる製剤のp
Hは、エリオットB溶液自体のpHとは必ずしも一致せず、希釈後の製剤のpHを
予測することが難しいことも、乙32の記載から明らかである。
そうすると、本件発明1におけるpHの範囲は、I2Sタンパク質をリン酸緩衝
剤で希釈後の製剤のpH範囲を規定したものであるから、人工CSF自体(ビヒク
ルのみ)のpH値のみに依拠した原告の主張は、明らかに失当である。
また、リソソーム内は酸性(pH3~5)に保たれており、ほとんどの加水分解
酵素は酸性領域に最適pHを持つが、細胞内で細胞質とリソソーム内との間にpH
値が2以上の差(100倍以上の水素イオン濃度の差)があることにより、リソソ
ーム内の加水分解酵素がリソソームから漏れ出したとしても、細胞自身を消化して
しまう危険性を回避していることが、本件出願の優先日前の技術常識であったもの
で、それゆえ、リソソーム内以外で加水分解酵素が働かないように、リソソーム外
(細胞内液と細胞外液)のpHが、中性~ややアルカリ性領域(約7~7.4)に
維持される必要があることを、当業者は当然に理解し得る(甲20、乙30~32)。
したがって、リソソーム内部は酸性であるからリソソーム酵素のビヒクルも酸性
であることが望ましいとの原告の主張は、本件出願の優先日前の技術常識の正しい
理解に基づくものではない。
そして、本件特許の優先日前に、補充酵素のようなタンパク質を高濃度で脳脊髄
液に投与できるような臨床的に安全かつ有効な酵素補充療法は確立されていなかっ
た(本件明細書の【0005】【0006】
、 、乙1、11、29)もので、必要量の
酵素を補充するためには、大量のビヒクルで希釈して使用する必要があったのであ
るから、少量かつ高濃度での投与が可能な低分子医薬のIT投与用製剤等と比較し
て、投与によるCSFのpH変動のリスクやそれに伴う薬物動態への影響がより一
層懸念されることも、当業者であれば、当然に理解できる。
以上より、甲2発明に、エリオットB溶液の技術常識を適用して相違点の構成を
採用することが当業者において容易に想到し得た事項であるという原告の主張は、
失当である。
エ 安定製剤について
安定製剤に関する原告の言及は、実施可能要件及びサポート要件に関するもので、
進歩性に関するものではない。なお、本件発明が安定製剤であることは、前記2の
とおりである。
(3) 甲2中の示唆及び甲5技術の適用について
ア リソソーム酵素としてI2Sを選択する強い示唆があるといえないことは、
前記(2)アのとおりである。
イ 甲5においてIT注射に用いられた製剤は、rhASBが5mg/mlの濃
度で含まれている調製物ではなく、当該調製物1倍量を2倍量のエリオットB溶液
で希釈して調製したものであり、rhASBの製剤中の最終濃度は5mg/3ml
(すなわち1.67mg/ml)となる。このように、甲5に記載された発明に係
る組成物中の補充酵素の濃度は、IT投与の時点で、本件発明の薬学的組成物中の
酵素濃度をはるかに下回っている。
また、本件特許の優先日前に、補充酵素のようなタンパク質を高濃度で脳脊髄液
に投与できるような臨床的に安全かつ有効な酵素補充療法は確立されていなかった
ことは、前記(2)ウのとおりであり、実際、甲5に記載の希釈前の5mg/mlのr
hASAを含む製剤は、脳脊髄液中に投与されてはいない。なお、本件発明1の用
途は、そもそも「脳室内投与されることを特徴」とする製剤であって、保存用の製
剤でもない。
ウ 以上のとおりであるから、本件発明の課題や背景技術を正しく認識していた
当業者であれば、甲5の記載からは、甲2発明に係る脳室内投与用製剤の補充酵素
濃度と当該製剤のpHを、本件発明1(及びそれを引用する本件発明2~12)に
規定される濃度とpH範囲に変更することを動機付けられないし、甲2発明に甲5
の記載をどのように組み合わせても、本件発明の構成に想到し得ないことは明らか
である。
エ 本件発明6について
原告において本件発明6との対比において新たに認定した甲2発明’との相違点
が、結局、本件発明1に係る相違点と一致するという以上、既に述べたところから
して、本件発明6もまた、進歩性を有することが明らかである。
6 取消事由6(甲3発明を基礎とする進歩性の判断等の誤り)について
(1) 甲3発明の認定等について
本件審決が認定した相違点について、甲3発明においては「イズロン酸-2-ス
ルファターゼ(I2S)の濃度が5mg/mL-100mg/mLに特定されてい
ないこと」が認定されていない点で誤りを含むものであることは、原告が主張する
とおりである。
しかし、後記(2)のとおり、本件審決は、補充酵素濃度を「5mg/mL-100
mg/mL」とすることを当業者において容易に想到し得るかどうかについても他
の相違点とともに判断されているから、上記の点が相違点として認定されていない
ことにより本件審決の判断に影響を与えることがないことは、明らかである。
(2) 進歩性の判断について
ア 甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)の適用等について
前記5(1)アと同様、甲3発明に甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)を適
用する動機付けはない。
また、前記5(2)イ(オ)のとおり、甲67、76及び乙39によると、動物の単位
CSF容量当たりの投与量からの換算により、単純にCSFの容量比に応じた比例
倍となるわけではなく、ヒトに適用する場合に製剤中の酵素濃度が高くなるわけで
もない。
イ 高濃度化の技術常識及びエリオットB溶液の技術常識の適用等について
(ア) 補充酵素濃度
a 本件審決が、証拠に基づいて免疫原性の問題に係る技術常識等を認定すると
ともに、補充酵素による免疫応答の問題を回避すべき旨の甲3の記載[0088]
( )
を踏まえ、脳室内投与に用いる医薬組成物の補充酵素の濃度を高濃度とすることを
示唆する記載もない甲3において、
[0021]に例示された0.58mg/mLか
ら高濃度に変更することを当業者が考えるとはいえないと判断したとおり、本件特
許の優先日前の背景技術を正しく理解していた当業者であれば、甲3発明に開示さ
れた補充酵素の濃度を高濃度にしようすることを避けるはずである。
同様に、当業者は、甲3の補充酵素濃度を、原告の主張するような5~100m
g/mLの補充酵素濃度に変更しようとはしない。
他方、前記5(2)イ(ア)のとおり、甲2の実施例2~6では、低濃度(5mg/m
lよりもはるかに低い)のhASMタンパク質を含むかなり大用量の液体が脳室内
注入されたと考えられるから、甲2発明の補充酵素濃度を甲3発明に適用しても、
本件発明1が規定する補充酵素の濃度範囲になり得ない。
b 本件発明1において、免疫原性の問題を解決する手段は何ら反映されていな
いという原告の主張が失当であることは、前記5(2)イ(カ)のとおりである。
(イ) pH及びリン酸濃度
原告の主張に理由がないことは、前記5(2)ウのとおりである。
(ウ) 安定製剤について
安定製剤に関する原告の言及は、実施可能要件及びサポート要件に関するもので、
進歩性に関するものではない。なお、本件発明が安定製剤であることは、前記2の
とおりである。
ウ 甲5技術の適用について
前記5(3)イ及びウと同様、本件発明の課題や背景技術を正しく認識していた当
業者であれば、甲5の記載からは、甲3発明に係る脳室内投与用製剤の補充酵素濃
度と当該製剤のpHを、本件発明1(及びそれを引用する本件発明2~12)に規
定される濃度とpH範囲に変更することを動機付けられないし、甲3発明に甲5の
記載をどのように組み合わせても、本件発明の構成に想到し得ないことは明らかで
ある。
エ 本件発明6について
原告において本件発明6との対比において新たに認定した甲3発明’との相違点
1及び2のうち相違点1が、結局、本件発明1に係る相違点と一致するという以上、
既に述べたところからして、本件発明6もまた、進歩性を有することが明らかであ
る。
第5 当裁判所の判断
1 本件発明について
(1) 本件明細書の記載
本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明には、次の記載がある。
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本願は、米国特許仮出願第61/358,857号(2010年6月25日出願)

第61/360,786号(2010年7月1日出願)
;第61/387,862号
(2010年9月29日出願)
;第61/435,710号(2011年1月24日
出願);第61/442,115(2011年2月11日出願);第61/476,
210号(2011年4月15日出願)
;および第61/495,268号(201
1年6月9日出願)に対する優先権を主張し、これらの記載内容は各々、参照によ
り本明細書に援用される)に対する優先権を主張する。本願は、米国特許出願 表
題「ヘパランN-スルファターゼのCNS送達のための方法および組成物」
(同日出
願)
;「イズロン酸スルファターゼのCNS送達のための方法および組成物」
(同日出
願)
;「β-ガラクトセレブロシダーゼのCNS送達のための方法および組成物」
(同
日出願)
;「アリールスルファターゼAのCNS送達のための方法および組成物」
(同
日出願)
;「サンフィリッポ症候群B型の治療」同日出願)これらの記載内容は各々、
( (
参照により本明細書に援用される)と関連する。
【0002】
本願は、米国特許出願 表題「ヘパランN-スルファターゼのCNS送達のため
の方法および組成物」
(同日出願)
;「イズロン酸スルファターゼのCNS送達のため
の方法および組成物」
(同日出願)
;「β-ガラクトセレブロシダーゼのCNS送達の
ための方法および組成物」
(同日出願)
;「アリールスルファターゼAのCNS送達の
ための方法および組成物」(同日出願)「サンフィリッポ症候群B型の治療」
; (同日
出願)(これらの記載内容は各々、参照により本明細書に援用される)と関連する。
【背景技術】
【0003】
酵素補充療法(ERT)は、対象への天然または組換え的に得られるタンパク質
および/または酵素の全身投与を伴う。認可療法は、典型的には、対象に静脈内投
与され、一般的には、根元的酵素欠乏の身体症候を処置するのに有効である。中枢
神経系(CNS)の細胞および組織中への静脈内投与タンパク質および/または酵
素の限定的分布の結果として、静脈内投与タンパク質および/または酵素は血液-
脳関門(BBB)を適切に横断しないため、CNS病因を有する疾患の処置は特に
挑戦的であった。
【0004】
血液-脳関門(BBB)は、BBBを横切って、根元的脳脊髄液(CSF)およ
びCNS中に、血流中の有害物質、例えば細菌、高分子物質(例えばタンパク質)
およびその他の親水性分子が分散するのを制限することにより、このような物質か
ら中枢神経系(CNS)を保護するよう機能する内皮細胞からなる構造系である。
【0005】
直接脳内注射、BBBの一過性透過処理ならびに組織分布を変更するための活性
作用物質の改質を含めて、治療薬の脳送達を増強するためにBBBを迂回するいく
つかの方法がある。脳組織中への治療薬の直接注射は血管系を完全に迂回するが、
しかし、頭蓋内注射により背負い込まれる合併症(感染、組織損傷、免疫応答性)、
ならびに投与部位からの活性作用物質の不十分な拡散の危険を主に蒙る。今までの
ところ、脳物質中へのタンパク質の直接投与は、拡散バリアおよび投与され得る治
療薬の用量限定のため、有意の治療効果を達成していない。緩徐長期注入を用いた
脳実質中に配置されるカテーテルによる対流拡散(非特許文献1;非特許文献2)
が研究されてきたが、しかし長期療法のためにこのアプローチを一般に用いる認可
療法はない。更に、脳内カテーテルの配置は、非常に侵襲性であり、臨床的代替法
として余り望ましくない。
【0006】
髄腔内腔内(IT)注射(判決注:原文ママ。以下「髄腔内腔内」の表記につい
て同じ。)または脳脊髄液(CSF)へのタンパク質の投与も試みられてきたが、し
かし未だに治療的成功を見ていない。この処置における大きな挑戦は、脳室の上衣
内張りを非常に堅く結合する活性作用物質の傾向であって、これがその後の拡散を
妨げた。一般に、CSFへの直接的投与による脳遺伝子疾患の処置のための認可物
質はない。
実際、脳の表面での拡散に対するバリア、ならびに有効且つ便利な送達方法の欠
如は、任意の疾患に関する脳における適切な治療効果を達成するには大きすぎる障
害物である、と多くの人々が考えていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
多数のリソソーム蓄積障害は神経系に影響を及ぼし、したがって伝統的療法でこ
れらの疾患を処置するに際して独特の挑戦を実証する。罹患個体のニューロンおよ
び髄膜において、グリコサミノグリカン(GAC)の大きな蓄積がしばしば認めら
れ、種々の型のCNS症候を生じさせる。今までのところ、リソソーム障害に起因
するCNS症候は、利用可能な任意の手段により首尾よく処置されてきた。
【0009】
したがって、脳に治療薬を有効に送達する必要性が依然として大いに存在する。
更に特定的には、リソソーム蓄積障害の処置のために中枢神経系に活性作用物質を
より有効に送達することが大いに必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、中枢神経系(CNS)への治療薬の直接送達のための有効且つ低侵襲
性のアプローチを提供する。本発明は、一部は、酵素が種々の表面を横断して有効
に且つ広範に拡散して、深部脳領域を含めて脳を横断する種々の領域に浸透するよ
う、リソソーム蓄積症のための補充酵素(例えば、イズロン酸-2-スルファター
ゼ(I2S))が高濃度(例えば、約3mg/mg以上、4mg/ml、5mg/m
l、10mg/ml以上)での治療を必要とする対象の脳脊髄液(CSF)中に直
接的に導入され得る、という予期せぬ発見に基づいている。更に意外なことに、単
なる生理食塩水または緩衝液ベースの製剤を用いて、そして対象において実質的副
作用、例えば重篤な免疫応答を誘導することなく、このような高タンパク質濃度送
達が達成され得る、ということを本発明人等は実証した。したがって、本発明は、
CNS構成成分を有する種々の疾患および障害、特にリソソーム蓄積症の治療のた
めの直接CNS送達のための非常に効率的な、臨床的に望ましい、且つ患者に優し
いアプローチを提供する。本発明は、CNSターゲッティングおよび酵素補充療法
の分野における有意の進歩を示す。
【0011】
以下に詳細に説明されるように、本発明者は、イズロン酸-2-スルファターゼ
(I2S)タンパク質の有効な髄腔内腔内(IT)投与のための安定製剤を成功裏
に開発した。しかしながら、本明細書に記載される様々な安定製剤は、種々の他の
リソソーム酵素を含める治療薬のCNS送達のために概ね好適であることが考えら
れる。事実、本発明による安定製剤は、限定されるものではないが、実質内投与、
脳内投与、脳室内(ICV)投与、髄腔内腔内(例えば、IT-腰椎、IT-大槽)
投与およびCNSおよび/またはCSFへの直接的または間接的な注入のための任
意の他の技術および経路が挙げられる種々の技術および経路を介してCNS送達の
ために用いられ得る。
【0012】
本明細書に記載される種々の安定製剤は、リソソーム蓄積疾患のための種々の補
充酵素を含む治療用タンパク質などの他の治療薬のCNS送達に概ね好適である。
いくつかの実施形態では、補充酵素は、合成、組換え体、遺伝子活性化または天然
酵素であり得る。
【0013】
種々の実施形態では、本発明は、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タ
ンパク質と、塩と、ポリソルベート界面活性剤とを含む、直接的CNS髄腔内内投
与のための安定製剤を包含する。いくつかの実施形態では、I2Sタンパク質は、
およそ1~300mg/mlの範囲の濃度(例えば、1~250mg/ml、1~
200mg/ml、1~150mg/ml、1~100mg/ml、1~50mg
/ml)で存在する。いくつかの実施形態では、I2Sタンパク質は、2mg/m
l、3mg/ml、4mg/ml、5mg/ml、10mg/ml、15mg/m
l、20mg/ml、25mg/ml、30mg/ml、35mg/ml、40m
g/ml、45mg/ml、50mg/ml、60mg/ml、70mg/ml、
80mg/ml、90mg/ml、100mg/ml、150mg/ml、200
mg/ml、250mg/ml、または300mg/mlから選択される濃度でま
たはその濃度までで存在する。
【0014】
種々の実施形態では、本発明は、本明細書に記載されるいずれかの実施形態の安
定製剤を包含し、ここでI2Sタンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列を含む。
いくつかの実施形態では、I2Sタンパク質は、配列番号1に少なくとも60%、
65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、または98%同一の
アミノ酸配列を含む。いくつかの実施形態では、本明細書に記載されるいずれかの
実施形態の安定製剤は、塩を含む。いくつかの実施形態では、この塩はNaClで
ある。いくつかの実施形態では、このNaClは、およそ0~300mMの範囲の
濃度(例えば、0~250mM、0~200mM、0~150mM、0~100m
M、0~75mM、0~50mM、または0~30mM)で存在する。いくつかの
実施形態では、このNaClは、およそ137~154mMの範囲の濃度で存在す
る。いくつかの実施形態では、このNaClはおよそ154mMの濃度で存在する。
【0015】
種々の実施形態では、本発明は、本明細書に記載されるいずれかの実施形態の安
定製剤を包含し、ここでポリソルベート界面活性剤は、ポリソルベート20、ポリ
ソルベート40、ポリソルベート60、ポリソルベート80およびこれらの組み合
わせからなる群から選択される。いくつかの実施形態では、このポリソルベート界
面活性剤は、ポリソルベート20である。いくつかの実施形態では、このポリソル
ベート20は、およそ0~0.02%の範囲の濃度で存在する。いくつかの実施形
態では、このポリソルベート20は、およそ0.005%の濃度で存在する。
【0016】
種々の実施形態では、本発明は、本明細書に記載されるいずれかの実施形態の安
定製剤を包含し、ここで製剤は、緩衝剤を更に含む。いくつかの実施形態では、こ
の緩衝剤は、リン酸塩、酢酸塩、ヒスチジン、コハク酸塩、Tris、およびこれ
らの組み合わせからなる群から選択される。いくつかの実施形態では、緩衝剤はリ
ン酸塩である。いくつかの実施形態では、このリン酸塩は、50mM以下の濃度(例
えば、45mM、40mM、35mM、25mM、20mM、15mM、10mM、
または5mM以下)で存在する。いくつかの実施形態では、このリン酸塩は、20
mM以下の濃度で存在する。種々の態様では、本発明は、本明細書に記載されるい
ずれかの実施形態の安定製剤を包含し、ここで製剤はおよそ3~8(例えば、およ
そ4~7.5、5~8、5~7.5、5~6.5、5~7.0、5.5~8.0、
5.5~7.7、5.5~6.5、6~7.5、または6~7.0)のpHを有す
る。いくつかの実施形態では、この製剤は、およそ5.5~6.5(例えば、5.
5、6.0、6.1、6.2、6.3、6.4、または6.5)のpHを有する。
いくつかの実施形態では、この製剤は約6.0のpHを有する。
【0017】
種々の実施形態では、本発明は、本明細書に記載されるいずれかの実施形態の安
定製剤を包含し、この製剤は、液体製剤である。種々の実施形態では、本発明は、
本明細書に記載されるいずれかの実施形態の安定製剤を包含し、この製剤は、凍結
乾燥粉末として製剤化される。
【0018】
いくつかの実施形態では、およそ1~300mg/mlの範囲の濃度でのイズロ
ン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質と、およそ154mMの濃度での
NaClと、約0.005%の濃度でのポリソルベート20と、約6.0のpHを
含む、髄腔内投与のための安定製剤を包含する。いくつかの実施形態では、I2S
タンパク質は、約10mg/mlの濃度で存在する。いくつかの実施形態では、I
2Sタンパク質は、およそ30mg/ml、40mg/ml、50mg/ml、7
5mg/ml、100mg/ml、150mg/ml、200mg/ml、250
mg/ml、または300mg/mlの濃度で存在する。
【0019】
種々の実施形態では、本発明は、本明細書で記載される種々の実施形態における
安定製剤の単回投与形態を含む容器を包含する。いくつかの実施形態では、この容
器は、アンプル、バイアル、ボトル、カートリッジ、レザバー、lyo-ject、
または前充填した注射器から選択される。いくつかの実施形態では、この容器は、
前充填された注射器である。いくつかの実施形態では、この前充填された注射器は、
ベイクドシリコーン被覆膜を有するホウケイ酸ガラス注射器、噴霧されたシリコー
ンを有するホウケイ酸ガラス注射器、またはシリコーンを含有しないプラスチック
樹脂注射器から選択される。いくつかの実施形態では、安定製剤は、約50mL未
満(例えば、45mL、40mL、35mL、30mL、25mL、20mL、1
5mL、10mL、5mL、4mL、3mL、2.5mL、2.0mL、1.5m
L、1.0mL、または0.5mL以下)の容量で存在する。いくつかの実施形態
では、この安定製剤は、約3.0mL以下の容量で存在する。
【0022】
いくつかの実施形態では、髄腔内腔内投与は、対象における実質的な副作用(例
えば、重篤な免疫反応)を生じさせない。いくつかの実施形態では、この髄腔内腔
内投与は、被験者において、実質的な適応性T細胞媒介性免疫反応を生じさせない。
【0023】
いくつかの実施形態において、この製剤の髄腔内腔内投与は、脳、脊髄、および
/または末梢器官内の種々の標的組織へのI2Sタンパク質の送達を生じさせる。
いくつかの実施形態では、この製剤の髄腔内腔内投与は、標的の脳組織へのI2S
タンパク質の送達を生じさせる。いくつかの実施形態では、この脳標的組織は、白
質および/または灰白質内のニューロンを含む。いくつかの実施形態では、I2S
タンパク質は、ニューロン、グリア細胞、血管周囲細胞および/または髄膜細胞に
送達される。いくつかの実施形態では、I2Sタンパク質は、脊髄内のニューロン
に更に送達される。
【0024】
いくつかの実施形態では、この製剤の髄腔内腔内投与は、末梢標的組織へのI2
Sタンパク質の全身的送達を更に生じさせる。いくつかの実施形態では、末梢標的
組織は、肝臓、腎臓、膵臓および/または心臓から選択される。
【0025】
いくつかの実施形態では、この製剤の髄腔内腔内投与は、脳標的組織、脊髄ニュ
ーロンおよび/または末梢標的組織内の細胞リソソーム局在化を生じさせる。いく
つかの実施形態では、この製剤の髄腔内腔内投与は、脳標的組織、脊髄ニューロン
および/または末梢標的組織内のGAG蓄積を減少させる。いくつかの実施形態で
は、GAG蓄積は、対照(例えば、被験者における治療前のGAG蓄積)と比較し
て、少なくとも10%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、
90%、1倍、1.5倍、または2倍まで低減される。いくつかの実施形態では、
この製剤の髄腔内腔内投与は、ニューロンの空胞化を減少させる(例えば、対照と
比較して、少なくとも20%、40%、50%、60%、80%、90%、1倍、
1.5倍、または2倍までの)。いくつかの実施形態では、ニューロンは、プルキン
エ細胞を含む。
【0026】
いくつかの実施形態では、この製剤の髄腔内腔内投与は、脳標的組織、脊髄ニュ
ーロンおよび/または末梢標的組織内のI2S酵素活性の増加を生じさせる。いく
つかの実施形態では、このI2S酵素活性は、対照(例えば、対象における治療前
の内因性酵素活性)と比較して、少なくとも1倍、2倍、3倍、4倍、5倍、6倍、
7倍、8倍、9倍または10倍まで増加される。いくつかの実施形態では、I2S
酵素活性の増加は、少なくともおよそ10nmol/時・mg、20nmol/時・
mg、40nmol/時・mg、50nmol/時・mg、60nmol/時・m
g、70nmol/時・mg、80nmol/時・mg、90nmol/時・mg、
100nmol/時・mg、150nmol/時・mg、200nmol/時・m
g、250nmol/時・mg、300nmol/時・mg、350nmol/時・
mg、400nmol/時・mg、450nmol/時・mg、500nmol/
時・mg、550nmol/時・mgまたは600nmol/時・mgである。
【0027】
いくつかの実施形態では、I2S酵素活性は、腰部で増加される。いくつかの実
施形態では、腰部において増加したI2S酵素活性は、少なくともおよそ2000
nmol/時・mg、3000nmol/時・mg、4000nmol/時・mg、
5000nmol/時・mg、6000nmol/時・mg、7000nmol/
時・mg、8000nmol/時・mg、9000nmol/時・mg、または1
0,000nmol/時・mgである。
【0028】
いくつかの実施形態では、この製剤の髄腔内腔内投与は、ハンター症候群の少な
くとも1つの症状または特徴の強度、重症度、または頻度を低減し、若しくは遅延
した発症を生じさせる。いくつかの実施形態では、ハンター症候群の少なくとも1
つの症状または特徴は、認知障害;白質病巣;脳実質、神経節、脳梁、および/ま
たは脳幹内の膨張した血管周囲腔;委縮、ならびに/または脳室拡大である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
定義
本発明をより容易に理解するために、一定の用語を先ず以下で定義する。以下の
用語および他の用語に関する付加的な定義は、本明細書全体を通して記述されてい
る。
【0037】
「およそまたは約」は、本明細書中で用いる場合、
「およそ」または「約」という
用語は、1つ以上の当該値に適用される場合、記述参照値と類似する値を指す。あ
る実施形態では、
「およそ」または「約」という用語は、別記しない限り、或いはそ
うでない場合は本文から明らかな記述参照値のいずれかの方向で(より大きいかま
たはより小さい)25%、20%、19%、18%、17%、16%、15%、1
4%、13%、12%、11%、10%、9%、8%、7%、6%、5%、4%、
3%、2%、1%またはそれ以下内にある一連の値を指す(このような数が考え得
る値の100%を超える場合を除く)。
【0038】
「改善」:本明細書中で用いる場合、「改善」という用語は、ある状態の防止、低
減または緩和、或いは対象の状態の改善を意味する。改善は、疾患状態の完全回復
または完全防止を包含するが、しかし必要とするわけではない。いくつかの実施形
態では、改善は、関連疾患組織中に欠けている漸増レベルの関連タンパク質または
その活性を包含する。
【0039】
「生物学的に活性な」:本明細書中で用いる場合、「生物学的に活性な」という語
句は、生物学的系において、特に生物体において活性を有する任意の作用物質の特
徴を指す。例えば、生物体に投与された場合、その生物体に及ぼす生物学的作用を
有する作用物質は、生物学的に活性であるとみなされる。タンパク質またはポリペ
プチドが生物学的に活性である特定の実施形態では、当該タンパク質またはポリペ
プチドの少なくとも1つの生物学的活性を共有するそのタンパク質またはポリペプ
チドの一部分は、典型的には、「生物学的活性」部分として言及される。
【0040】
「増量剤」:本明細書中で用いる場合、「増量剤」という用語は、凍結乾燥混合物
に質量を付加し、凍結乾燥ケークの物理的構造に寄与する(例えば、開口構造を保
持する本質的に均一な凍結乾燥ケークの生産を促す)化合物を指す。バルク剤の例
としては、マンニトール、グリシン、塩化ナトリウム、ヒドロキシエチルデンプン、
ラクトース、スクロース、トレハロース、ポリエチレングリコールおよびデキスト
ランが挙げられる。
【0041】
「陽イオン非依存性マンノース-6-ホスフェート受容体(CI-MPR):本

明細書中で用いる場合、「陽イオン非依存性マンノース-6-ホスフェート受容体
(CI-MPR) という用語は、
」 リソソームへの輸送を定められているゴルジ装置
における酸加水分解酵素上のマンノース-6-ホスフェート(M6P)タグを結合
する細胞受容体を指す。マンノース-6-ホスフェートのほかに、CI-MPRは、
他のタンパク質、例えばIGF-IIも結合する。CI-MPRは、
「M6P/IG
F-II受容体」「CI-MPR/IGF-II受容体」「IGF-II受容体」
、 、
または「IGF2受容体」としても既知である。これらの用語およびその略語は、
本明細書中で互換的に用いられる。
【0042】
「同時免疫抑制薬療法」:本明細書中で用いる場合、「同時免疫抑制薬療法」とい
う用語は、前処置、前状態調節として、またはある処置方法と平行して用いられる
任意の免疫抑制薬療法を包含する。
【0043】
「希釈剤」:本明細書中で用いる場合、「希釈剤」という用語は、再構成処方物の
調整のために有用な製薬上許容可能な(例えば、ヒトへの投与のために安全且つ非
毒性の)希釈物質を指す。希釈剤の例としては、滅菌水、注射用静菌性水(BWF
I)、pH緩衝溶液(後、リン酸塩緩衝生理食塩水)、滅菌生理食塩溶液、リンガー
溶液またはデキストロース溶液が挙げられる。
【0044】
「剤形」:本明細書中で用いる場合、「剤形」および「単位剤形」という用語は、
処置されるべき患者のための治療用タンパク質の物理的に別個の単位を指す。各単
位は、所望の治療効果を生じるよう算定された予定量の活性物質を含有する。しか
しながら、組成物の総投与量は、信頼できる医学的判断の範囲内で、担当医により
決定される、と理解される。
【0045】
「酵素補充療法(ERT):本明細書中で用いる場合、
」 「酵素補充療法(ERT)」
という用語は、失われている酵素を提供することにより酵素欠乏症を矯正する任意
の治療戦略を指す。いくつかの実施形態では、失われている酵素は、髄腔内腔内投
与により提供される。いくつかの実施形態では、失われている酵素は、血流中への
注入により提供される。一旦投与されると、酵素は細胞に取り込まれ、リソソーム
に運ばれて、そこで酵素は、酵素欠乏のためにリソソーム中に蓄積された物質を除
去するよう作用する。典型的には、有効であるべきリソソーム酵素補充療法に関し
て、治療用酵素は、貯蔵欠陥が顕在性である標的組織中の適切な細胞中のリソソー
ムに送達される。
【0046】
「改善する、増大するまたは低減する」:本明細書中で用いる場合、「改善する」、
「増大する」または「低減する」という用語、或いは文法的等価物は、基線測定値、
例えば本明細書中に記載される処置の開始前の同一個体における測定値、或いは本
明細書中に記載される処置の非存在下での一対照個体(または多数の対照個体)に
おける測定値と比較した場合の値を示す。
「対照個体」は、処置されている個体と同
一型のリソソーム貯蔵疾患に罹患している個体であって、処置されている個体とほ
ぼ同年齢である(処置個体と対照個体(単数または複数)における疾患の段階が比
較可能であることを保証するため)。
【0047】
「個体、対象、患者」
:本明細書中で用いる場合、
「対象」「個体」または「患者」

という用語は、ヒトまたは非ヒト哺乳動物対象を指す。処置されている個体「患者」

または「対象」としても言及される)は、疾患に罹患している個体(胎児、幼児、
小児、若者または成人)である。
【0048】
「髄腔内腔内投与」:本明細書中で用いる場合、「髄腔内腔内投与」または「髄腔
内腔内注射」という用語は、脊柱管(脊髄周囲の髄腔内腔内空隙)への注射を指す。
種々の技法、例えば穿頭孔或いは槽または腰椎穿刺等を通した外側脳室注射が用い
られ得るが、これらに限定されない。いくつかの実施形態では、本発明による「髄
腔内腔内投与」または「髄腔内腔内送達」は、腰椎域または領域を介したIT投与
または送達、すなわち、腰椎IT投与または送達を指す。本明細書中で用いる場合、
「腰部領域」または「腰椎域」という用語は、第三および第四腰椎(背中下部)間
の区域、さらに包括的には、脊椎のL2~S1領域を指す。
【0051】
「リソソーム酵素」
:本明細書中で用いる場合、
「リソソーム酵素」という用語は、
哺乳動物リソソーム中の蓄積物質を還元し得るか、或いは1つ以上のリソソーム貯
蔵疾患症候を救出するかまたは改善し得る任意の酵素を指す。本発明に適している
リソソーム酵素は、野生型または修飾リソソーム酵素の両方を包含し、組換えおよ
び合成方法を用いて生成され得るし、或いは天然供給源から精製され得る。リソソ
ーム酵素の例は、表1に列挙されている。
【0052】
「リソソーム酵素欠乏症」:本明細書中で用いる場合、「リソソーム酵素欠乏症」
は、高分子物質(例えば酵素基質)をリソソーム中でペプチド、アミノ酸、単糖、
核酸および脂肪酸に分解するために必要とされる酵素の少なくとも1つにおける欠
乏に起因する遺伝子障害の一群を指す。その結果、リソソーム酵素欠乏症に罹患し
ている個体は、種々の組織(例えば、CNS、肝臓、脾臓、腸、血管壁およびその
他の器官)中に物質を蓄積している。
【0053】
「リソソーム蓄積症」:本明細書中で用いる場合、「リソソーム蓄積症」という用
語は、天然高分子物質を代謝するために必要な1つ以上のリソソーム酵素の欠乏に
起因する任意の疾患を指す。これらの疾患は、典型的には、リソソーム中に非分解
分子の蓄積を生じて、貯蔵顆粒(貯蔵小胞とも呼ばれる)の数を増大する。これら
の疾患および種々の例は、以下で詳細に記載される。
【0055】
「補充酵素」:本明細書中で用いる場合、「補充酵素」という用語は、処置される
べき疾患において欠乏しているかまたは失われている酵素に少なくとも一部は取っ
て替わるよう作用し得る任意の酵素を指す。いくつかの実施形態では、「補充酵素」
という用語は、処置されるべきリソソーム蓄積症において欠乏しているかまたは失
われているリソソーム酵素に少なくとも一部は取って替わるよう作用し得る任意の
酵素を指す。いくつかの実施形態では、補充酵素は、哺乳動物リソソーム中の蓄積
物質を低減し得るし、或いは1つ以上のリソソーム蓄積症症候を救出するかまたは
改善し得る。本発明に適している補充酵素は、野生型または修飾リソソーム酵素の
両方を包含し、組換えおよび合成方法を用いて生成し得るし、或いは天然供給源か
ら精製され得る。補充酵素は、組換え、合成、遺伝子活性化または天然酵素であり
得る。
【0056】
「可溶性の」:本明細書中で用いる場合、「可溶性の」という用語は、均質溶液を
生成する治療薬の能力を指す。いくつかの実施形態では、それが投与されそれが標
的作用部位(例えば、脳の細胞および組織)に輸送される溶液中の治療薬の溶解度
は、標的作用部位への治療的有効量の治療薬の送達を可能にするのに十分である。
いくつかの因子が、治療薬の溶解度に影響を及ぼし得る。例えば、タンパク質溶解
度に影響し得る関連因子としては、イオン強度、アミノ酸配列および他の同時可溶
化剤または塩(例えば、カルシウム塩)の存在が挙げられる。いくつかの実施形態
では、薬学的組成物は、カルシウム塩がこのような組成物から除去されるよう処方
される。いくつかの実施形態では、本発明による治療薬は、その対応する薬学的組
成物中で可溶性である。非経口投与薬のためには等張溶液が一般的に好ましいが、
等張溶液の使用は、いくつかの治療薬、特にいくつかのタンパク質および/または
酵素に関する適切な溶解度を制限し得る、と理解される。わずかに高張性の溶液(例
えば、5mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中に175mMまでの塩化ナトリウ
ム)および糖含有溶液(例えば、5mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中に2%
までのスクロース)は、サルにおいて良好に耐容されることが実証されている。例
えば、最も一般に認可されたCNSボーラス製剤組成物は、生理食塩水(水中15
0mMのNaCl)である。
【0057】
「安定性」:本明細書中で用いる場合、「安定な」という用語は、長期間に亘って
その治療効力(例えば、その意図された生物学的活性および/または物理化学的完
全性のすべてまたは大部分)を保持する治療薬(例えば、組換え酵素)の能力を指
す。治療薬の安定性、ならびにこのような治療薬の安定性を保持する薬学的組成物
の能力は、長期間に亘って査定され得る(例えば、少なくとも1、3、6、12、
18、24、30、36ヶ月またはそれ以上)。概して、本明細書中に記載される薬
学的組成物は、それらが、一緒に処方される1つ以上の治療薬(例えば、組換えタ
ンパク質)を安定化し、或いはそれらの分解を遅くするかまたは防止し得るよう、
処方されている。一処方物の状況では、安定処方物は、貯蔵時、および加工処理(例
えば、凍結/解凍、機械的混合および凍結乾燥)中に、その中の治療薬が本質的に
その物理的および/または化学的完全性および生物学的活性を保持するものである。
タンパク質安定性に関しては、それは、高分子量(HMW)集合体の形成、酵素活
性の損失、ペプチド断片の生成および電荷プロフィールの移動により測定され得る。
【0062】
「合成CSF」:本明細書中で用いる場合、「合成CSF」という用語は、脳脊髄
液と一致するpH、電解質組成、グルコース含量および浸透圧を有する溶液を指す。
合成CSFは、人工CSFとも呼ばれる。いくつかの実施形態では、合成CSFは
エリオットB溶液である。
【0063】
「CNS送達に適している」:本明細書中で用いる場合、「CNS送達に適してい
る」または「髄腔内腔内送達に適している」という語句は、それが本発明の薬学的
組成物に関する場合、一般的に、このような組成物の安定性、耐容性および溶解度
特性、ならびに標的送達部位(例えば、CSFまたは脳)にその中に含有される有
効量の治療薬を送達するこのような組成物の能力を指す。
【0064】
「標的組織」:本明細書中で用いる場合、「標的組織」は、処置されるべきリソソ
ーム蓄積症により影響を及ぼされる任意の組織、或いは欠乏リソソーム酵素が正常
に発現される任意の組織を指す。いくつかの実施形態では、標的組織は、リソソー
ム蓄積症に罹患しているかまたは罹患し易い患者において、検出可能な、または異
常に高量の酵素基質が存在する、例えば当該組織の細胞リソソーム中に貯蔵される
組織を包含する。いくつかの実施形態では、標的組織は、疾患関連病態、症候また
は特徴を示す組織を包含する。いくつかの実施形態では、標的組織は、欠乏リソソ
ーム酵素が高レベルで正常に発現される組織を包含する。本明細書中で用いる場合、
標的組織は、脳標的組織、脊髄標的組織および/または末梢標的組織であり得る。
標的組織の例は、以下で詳細に記載される。
【0067】
「耐容可能な」:本明細書中で用いる場合、「耐容可能な」および「耐容性」とい
う用語は、このような組成物が投与される対象において悪反応を引き出さないか、
代替的には、このような組成物が投与される対象において重篤な悪反応を引き出さ
ない本発明の薬学的組成物の能力を指す。いくつかの実施形態では、本発明の薬学
的組成物は、このような組成物が投与される対象により良好に耐容される。
【0069】
本発明は、特に、中枢神経系(CNS)への治療薬の有効な直接送達のための改
良された方法および組成物を提供する。上記のように、本発明は、リソソーム蓄積
症(例えば、ハンター症候群)に関する補充酵素(例えば、I2Sタンパク質)が、
被験者における実質的副作用を誘導することなく、高濃度で治療を必要とする対象
の脳脊髄液(CSF)中に直接導入され得る、という予期せぬ発見に基づいている。
更に意外なことに、合成CSFを用いることなく、補充酵素が単なる生理食塩水ま
たは緩衝液ベースの処方物中で送達され得る、ということを本発明人等は見出した。
更に予期せぬことに、本発明による髄腔内腔内送達は、対象における実質的副作用、
例えば重症免疫応答を生じない。したがって、いくつかの実施形態では、本発明に
よる髄腔内腔内送達は、同時免疫抑制薬療法の非存在下で(例えば、前処置または
前状態調節による免疫寛容の誘導なしで)、用いられ得る。
【0070】
いくつかの実施形態では、本発明による髄腔内腔内送達は、種々の脳組織を通し
た効率的拡散を可能にして、表面、浅在および/または深部脳領域における種々の
標的脳組織における補充酵素の効果的送達を生じる。いくつかの実施形態では、本
発明による髄腔内腔内送達は、末梢循環に進入するのに十分な量の補充酵素を生じ
た。その結果、いくつかの場合には、本発明による髄腔内腔内送達は、肝臓、心臓、
脾臓および腎臓のような末梢組織における補充酵素の送達を生じた。この発見は予
期せぬものであり、典型的には定期的髄腔内腔内投与および静脈内投与を必要とす
るCNSおよび末梢構成成分の両方を有するリソソーム蓄積症の処置のために特に
有用であり得る。本発明による髄腔内腔内送達は、末梢症候を処置するに際して治
療効果を危うくすることなく、静脈内注射の用量投与および/または頻度低減を可
能にし得る、ということが意図される。
【0071】
本発明は、種々の脳標的組織への補充酵素の効率的且つ便利な送達を可能にして、
CNS指標を有するリソソーム蓄積症の有効な処置を生じる種々の予期せぬ且つ有
益な特徴を提供する。
【0072】
本発明の種々の態様は、以下の節で詳細に記載される。節の記載内容は、本発明
を限定するものではない。各説は、本発明の任意の態様に適用し得る。この出願に
おいて、「または」は、別記しない限り「および/または」を意味する。
補充酵素
イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質
【0073】
いくつかの実施形態では、本発明によって提供された発明の方法および組成物は、
ハンター症候群の治療のために、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タン
パク質をCNSへと送達するために用いられる。好適なI2Sタンパク質は、自然
発生型イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質活性に代替となり得
る、若しくはI2S欠損症の1つ以上の表現型または症状を救援し得るいずれかの
分子または分子の一部であり得る。いくつかの実施形態では、本発明に関して好適
な補充酵素は、成熟ヒトI2Sタンパク質とほぼ同様または同一のN末端およびC
末端ならびにアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
他のリソソーム蓄積症および補充酵素
【0077】
本発明の方法は、任意のリソソーム蓄積症、特にCNS病因および/または症候
を有するリソソーム蓄積症、例えば、アスパルチルグルコサミン尿症、コレステロ
ールエステル蓄積症、ウォルマン病、シスチン症、ダノン病、ファブリー病、ファ
ーバー脂肪肉芽腫症、ファーバー病、フコシドーシス、ガラクトシアリドーシス I
/II型、ゴーシェ病 I/II/III型、グロボイド細胞白質ジストロフィー
症、クラッベ病、糖原病 II型、ポンペ病、GM1-ガングリオシドーシス I
/II/III型、GM2-ガングリオシドーシス I型、テイ・サックス病、G
M2-ガングリオシドーシス II型、サンドホッフ病、GM2-ガングリオシド
ーシス、α-マンノーシドーシス I/II型、β-マンノーシドーシス、異染性
白質ジストロフィー症、ムコリピドーシス I型、シアリドーシス I/II型、
ムコリピドーシス II/III型、ムコリピドーシス IV型、I-細胞病、ム
コリピドーシス IIIC型、偽性ハーラーポリジストロフィー、ムコ多糖症 I
型、ムコ多糖症II型、ハンター症候群、ムコ多糖症 IIIA型、サンフィリッ
ポ症候群 A、BまたはD型、ムコ多糖症 IIIB型、ムコ多糖症 IIIC型、
ムコ多糖症 IIID型、ムコ多糖症 IVA型、モルキオ症候群、ムコ多糖症 I
VB型、ムコ多糖症 VI型、ムコ多糖症 VII型、スライ症候群、ムコ多糖症
IX型、多重スルファターゼ欠乏症、ニューロンセロイド脂褐素沈着症、CLN1
バッテン病、CLN2バッテン病、ニーマン・ピック病 A/B型、ニーマン・ピ
ック病 C1型、ニーマン・ピック病 C2型、濃化異骨症、シンドラー病 I/
II型、ゴーシェ病およびシアル酸蓄積症(これらに限定されない)を処置するた
めに用いられ得ると考えられる。
【0079】
本発明の方法は、種々の他の補充酵素を送達するために用いられ得る。本明細書
中で用いる場合、本発明に適した補充酵素は、処置されるべきリソソーム蓄積症に
おいて欠乏しているかまたは失われているリソソーム酵素の少なくとも一部の活性
に取って替わるよう作用し得る任意の酵素を包含し得る。いくつかの実施形態では、
補充酵素は、リソソーム中の蓄積物質を低減し得るし、或いは1つ以上のリソソー
ム蓄積症症候を救出するかまたは改善し得る。
【0089】
いくつかの実施形態では、治療用タンパク質は、標的部分(例えば、リソソーム
標的配列)および/または膜透過ペプチドを含む。いくつかの実施形態では、標的
配列および/または膜透過ペプチドは、治療成分の内因性部分(例えば、化学結合
を介して、融合タンパク質を介しての)である。いくつかの実施形態では、標的配
列は、マンノース-6-リン酸塩部分を含有する。いくつかの実施形態では、標的
配列は、IGF-1部分を含有する。いくつかの実施形態では、標的配列は、IG
F-II部分を含有する。
製剤
【0090】
いくつかの実施形態では、所望の酵素は、髄腔内腔内送達のために安定製剤中で
送達される。本発明のある実施形態は、少なくとも一部は、本明細書中に開示され
る種々の製剤が、CNSの標的化組織、細胞および/または細胞小器官への1つ以
上の治療薬(例えば、酵素)の有効な送達および分布を促す、という発見に基づい
ている。特に、本明細書中に記載される製剤は、高濃度の治療薬(例えば、タンパ
ク質または酵素)を可溶化し得るし、CNS構成成分および/または病因を有する
疾患の処置のために対象のCNSにこのような治療薬を送達するのに適している。
本明細書中に記載される組成物は、それを必要とする対象のCNSに(例えば髄腔
内腔内に)投与される場合、安定性改善および耐容性改善により更に特性化される。
【0091】
本発明の前に、伝統的非緩衝化等張生理食塩水およびエリオットのB溶液(人工
CSF)が、典型的には髄腔内腔内送達のために用いられた。エリオットのB溶液
に対するCSFの組成を表す比較は、以下の表3に含まれている。表3に示されて
いるように、エリオットB溶液の濃度は、CSFの濃度と密接に類似している。し
かしながら、エリオットのB溶液は、極度に低い緩衝剤濃度を含有し、したがって、
特に長期間に亘って(例えば、貯蔵状態の間)、治療薬(例えばタンパク質)を安定
化するために必要とされる適切な緩衝能力を提供し得ない。更に、エリオットのB
溶液は、いくつかの治療薬、特にタンパク質または酵素を送達するよう意図された
製剤と非相溶性であり得るある種の塩を含有する。例えば、エリオットのB溶液中
に存在するカルシウム塩は、タンパク質沈降を媒介し、それにより製剤の安定性を
低減し得る。
【表3】
【0092】
したがって、いくつかの実施形態では、本発明による髄腔内腔内送達に適した製
剤は、合成または人工CSFではない。
【0093】
いくつかの実施形態では、髄腔内腔内送達のための製剤は、それらが、それとと
もに処方される1つ以上の治療薬(例えば、組換えタンパク質)を安定化し、或い
はその分解を遅くするかまたは防止し得るよう、製剤化されている。本明細書中で
用いる場合、
「安定な」という用語は、長期間に亘ってその治療効力(例えば、その
意図された生物学的活性および/または物理化学的完全性のすべてまたは大多数)
を保持する治療薬(例えば、組換え酵素)の能力を指す。治療薬の安定性、ならび
にこのような治療薬の安定性を保持する薬学的組成物の能力は、長期間(例えば、
好ましくは少なくとも1、3、6、12、18、24、30、36ヶ月またはそれ
以上)に亘って査定され得る。製剤の状況では、安定製剤は、貯蔵時および加工処
理(例えば、凍結/解凍、機械的混合および凍結乾燥)の間、その中の治療薬が本
質的にはその物理的および/または化学的完全性ならびに生物学的活性を保持する
ものである。タンパク質安定性に関しては、それは、高分子量(HMW)集合体の
形成、酵素活性の損失、ペプチド断片の生成、および電荷プロフィールの移動によ
り測定され得る。
【0094】
治療薬の安定性は、特別な重要性を有する。治療薬の安定性は、長期間に亘る治
療薬の生物学的活性または物理化学的完全性に関して更に査定され得る。例えば、
所定の時点での安定性は、早期時点(例えば、処方0日目)での安定性に対して、
或いは非製剤化治療薬に対して比較され得る。この比較の結果は、パーセンテージ
として表される。好ましくは、本発明の薬学的組成物は、長期間に亘って(例えば、
室温で、または加速貯蔵条件下で、少なくとも6~12ヶ月間に亘って測定)、治療
薬の生物学的活性または物理化学的完全性の少なくとも100%、少なくとも9
9%、少なくとも98%、少なくとも97%、少なくとも95%、少なくとも90%、
少なくとも85%、少なくとも80%、少なくとも75%、少なくとも70%、少
なくとも65%、少なくとも60%、少なくとも55%または少なくとも50%を
保持する。
【0095】
いくつかの実施形態では、治療薬(例えば、所望の酵素)は、本発明の製剤中で
可溶性である。
「可溶性の」という用語は、均質溶液を生成するこのような治療薬の
能力を指す。好ましくは、それが投与されそれが標的作用部位(例えば、脳の細胞
および組織)に輸送される溶液中の治療薬の溶解度は、標的作用部位への治療的有
効量の治療薬の送達を可能にするのに十分である。いくつかの因子が、治療薬の溶
解度に影響を及ぼし得る。例えば、タンパク質溶解度に影響し得る関連因子として
は、イオン強度、アミノ酸配列および他の同時可溶化剤または塩(例えば、カルシ
ウム塩)の存在が挙げられる。いくつかの実施形態では、薬学的組成物は、カルシ
ウム塩がこのような組成物から除去されるよう製剤化される。
【0096】
水性形態、前凍結乾燥形態、凍結乾燥または再構成形態のいずれかの好適な製剤
は、種々の濃度で対象の治療薬剤を含有してよい。いくつかの実施形態では、製剤
は、対象のタンパク質または治療薬剤を、約0.1mg/ml~100mg/ml
の範囲の濃度(例えば、約0.1mg/ml~80mg/ml、約0.1mg/m
l~60mg/ml、約0.1mg/ml~50mg/ml、約0.1mg/ml
~40mg/ml、約0.1mg/ml~30mg/ml、約0.1mg/ml~
25mg/ml、約0.1mg/ml~20mg/ml、約0.1mg/ml~6
0mg/ml、約0.1mg/ml~50mg/ml、約0.1mg/ml~40
mg/ml、約0.1mg/ml~30mg/ml、約0.1mg/ml~25m
g/ml、約0.1mg/ml~20mg/ml、約0.1mg/ml~15mg
/ml、約0.1mg/ml~10mg/ml、約0.1mg/ml~5mg/m
l、約1mg/ml~10mg/ml、約1mg/ml~20mg/ml、約1m
g/ml~40mg/ml、約5mg/ml~100mg/ml、約5mg/ml
~50mg/ml、または約5mg/ml~25mg/ml)で含有してよい。い
くつかの実施形態では、本発明のよる製剤は、約1mg/ml、5mg/ml、1
0mg/ml、15mg/ml、20mg/ml、25mg/ml、30mg/m
l、40mg/ml、50mg/ml、60mg/ml、70mg/ml、80m
g/ml、90mg/ml、または100mg/mlの濃度で治療薬剤を含有して
よい。
【0097】
本発明の製剤は、水性溶液としてまたは再構成された凍結乾燥溶液として、それ
らの忍容性によって特徴付けられる。本明細書で使用するとき、用語「忍容可能」
および「忍容性」とは、このような組成物が投与される対象において有害反応を誘
発することがない、あるいはこのような組成物が投与される対象において重篤な有
害反応を誘発することがない、本発明の医薬組成物の能力を指す。いくつかの実施
形態では、本発明の医薬組成物は、このような組成物が投与される対象者によって、
良好に耐容される。
【0098】
多数の治療薬、特に本発明のタンパク質および酵素は、本発明の薬学的組成物中
でそれらの溶解性および安定性を保持するために、制御されたpHおよび特定の賦
形剤を要する。以下の表4は、本発明のタンパク質治療薬の溶解性および安定性を
保持するために重要であるとみなされるタンパク質製剤の典型的例示的態様を特定
する。
【表4】
緩衝液
【0099】
製剤のpHは、水性製剤中または前凍結乾燥製剤用の治療薬剤(例えば、酵素ま
たはタンパク質)の溶解度を変更することが可能である追加的因子である。したが
って、本発明の製剤は1つ以上の緩衝液を含むことが好ましい。いくつかの実施形
態では、水性製剤は、約4.0~8.0(例えば、約4.0、4.5、5.0、5.
5、6.0、6.2、6.4、6.5、6.6、6.8、7.0、7.5、または
8.0)の間で前記組成物の最適pHを維持するために十分な緩衝液の量を含む。
いくつかの実施形態では、製剤のpHは、約5.0~7.5の間、約5.5~7.
0の間、約6.0~7.0の間、約5.5~6.0の間、約5.5~6.5の間、
約5.0~6.0の間、約5.0~6.5の間および約6.0~7.5の間である。
好適な緩衝液としては、例えば、酢酸塩、クエン酸塩、ヒスチジン、リン酸塩、コ
ハク酸塩、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(「トリス」)および他の有機
酸が挙げられる。本発明の医薬組成物の緩衝液濃度およびpH範囲は、製剤の忍容
性の制御または調整における因子である。いくつかの実施形態では、緩衝剤は、約
1mMから約150mMの間の、または約10mMから約50mMの間の、または
約15mMから約50mMの間の、または約20mMから約50mMの間の、若し
くは約25mMから約50mMの間の範囲の濃度で存在する。いくつかの実施形態
では、好適な緩衝剤は、約1mM、5mM、10mM、15mM、20mM、25
mM、30mM、35mM、40mM、45mM、50mM、75mM、100m
M、125mMまたは150mMの濃度で存在する。
浸透圧
【0100】
いくつかの実施形態では、水性形態、前凍結乾燥形態、凍結乾燥または再構成形
態のいずれかでの製剤は、製剤を等張に保つための等張剤を含有する。一般的に、
「等張」とは、対象の製剤が、ヒトの血液と本質的に同一の浸透圧を有することを
意味する。等張製剤は、約240mOsm/kgから約350mOsm/kgの浸
透圧を概ね有するであろう。等張性は、例えば、蒸気圧または凝固点型浸透圧計を
用いて測定され得る。例示的等張剤としては、グリシン、ソルビトール、マンニト
ール、塩化ナトリウムおよびアルギニンが挙げられるが、これに限定されない。い
くつかの実施形態では、好適な等張剤は、約0.01~5重量%(例えば、0.0
5、0.1、0.15、0.2、0.3、0.4、0.5、0.75、1.0、1.
25、1.5、2.0、2.5、3.0、4.0または5.0重量%)の濃度で、
水性および/または前凍結乾燥製剤で存在し得る。いくつかの実施形態では、凍結
乾燥用の製剤は、前凍結乾燥製剤または再構成製剤を等張に保つために等張剤を含
有する。
【0101】
一般的には、等張溶液は、非経口投与される薬剤に好適であるが、等張剤の使用
は、いくつかの治療薬剤、特にいくつかのタンパク質および/または酵素に対して
溶解度を変化させ得る。僅かに高張な溶液(例えば、pH7.0で、5mMのリン
酸ナトリウム中の175mMまでの塩化ナトリウム)および糖含有溶液(例えば、
pH7.0で、5mMのリン酸ナトリウム中の2%までのショ糖)は、良好に耐容
されることが立証されている。最も一般的に承認されているCNS投与処方組成物
は、生理食塩水(水中、約150mMのNaCl)である。
安定化剤
【0102】
いくつかの実施形態では、製剤は、タンパク質を保護するために、安定化剤、ま
たはリオプロテクタントを含有してよい。典型的には、好適な安定化剤は、糖、非
環元糖および/またはアミノ酸である。例示的な糖としては、デキストラン、乳糖、
マンニトール、マンノース、ソルビトール、ラフィノース、ショ糖およびトレハロ
ースが挙げられるが、これに限定されない。例示的なアミノ酸としては、アルギニ
ン、グリシンおよびメチオニンが挙げられるが、これに限定されない。追加的な安
定化剤としては、塩化ナトリウム、ヒドロキシエチルデンプンおよびポリビニルピ
ロリドンを挙げることができる。凍結乾燥製剤中の安定化剤の量は、概ねその製剤
が等張であるような量である。しかしながら、高張の再構成製剤もまた好適であり
得る。更に、安定化剤の量は、治療薬剤の分解/凝集の許容不能な量が生じるよう
なあまりに低い量であってはならない。製剤中の例示的な安定化剤濃度は、約1m
Mから約400mMの範囲(例えば、約30mM~約300mM、および約50m
M~約100mM)あるいは、 1%から15重量%
、 0. (例えば、1%~10重量%、
5%~15重量%、5%~10重量%)の範囲でもよい。いくつかの実施形態では、
安定化剤および治療薬剤の質量の比は、約1:1である。他の実施形態では、安定
化剤および治療薬剤の質量の比は、約0.1:1、0.2:1、0.25:1、0.
4:1、0.5:1、1:1、2:1、2.6:1、3:1、4:1、5:1、1
0:1、または20:1であることができる。いくつかの実施形態では、凍結乾燥
に好適な安定化剤はまた、リオプロテクタントである。
界面活性剤
【0105】
いくつかの実施形態では、製剤に界面活性剤を付加することが望ましい。界面活
性剤の例としては、ポリソルベート(例えば、ポリソルベート20または80)
;ポ
ロキサマー(例えば、ポロキサマー188)
;トリトン;ドデシル硫酸ナトリウム(S
DS)
;ラウリル硫酸ナトリウム;ナトリウムオクチルグリコシド;ラウリル-、ミ
リスチル-、リノレイル-またはステアリル-スルホベタイン;ラウリル-、ミリ
スチル-、リノレイル-またはステアリル-サルコシン;リノレイル-、ミリスチ
ル-またはセチル-ベタイン;ラウロアミドプロピル-、コカミドプロピル-、リ
ノレアミドプロピル-、ミリスタミドプロピル-、パルミドプロピル-またはイソ
ステアラミドプロピル-ベタイン(例えば、ラウロアミドプロピル)
;ミリスタルニ
ドプロピル-、パルミドプロピル-またはイソステアラミドプロピル-ジメチルア
ミン;ナトリウムメチルココイル-または二ナトリウムメチルオフェイル-タウレ
ート;およびMONAQUAT(商標)シリーズ(Mona Industrie
s, Inc. Paterson, N.J.、ポリエチルグリコール、ポリプ
, )
ロピルグリコール、ならびにエチレンおよびプロピレングリコールのコポリマー(例
えば、プルロニック、PF68等)が挙げられる。典型的には、付加される界面活
性剤の量は、それがタンパク質の凝集を低減し、粒子の形成または泡立ちを最小限
にするような量である。例えば、界面活性剤は、約0.001~0.5%(例えば、
約0.005~0.05%または0.005~0.01%)の濃度で製剤中に存在
し得る。特に、界面活性剤は、約0.005%、0.01%、0.02%、0.1%、
0.2%、0.3%、0.4%または0.5%等の濃度で製剤中に存在し得る。
【0107】
本発明による水性形態、前凍結乾燥形態、凍結乾燥または再構成形態のいずれか
での製剤は、品質分析、再構成時間(凍結乾燥された場合)、再構成の質(凍結乾燥
された場合)、高分子量、水分およびガラス転移温度に基づいて査定され得る。典型
的には、タンパク質の質および生成物分析は、例えば、サイズ排除HPLC(SE
-HPLC)、陽イオン交換-HPLC(CEX-HPLC)、X線回析(XRD)、
変調型示差走査熱量測定(mDSC)、逆相HPLC(RP-HPLC)、多角度光
散乱(MALS)、蛍光、紫外線吸収、ネフェロメトリー、毛細管電気泳動(CE)、
SDS-PAGEおよびその組合せ(これらに限定されない)を含めた方法を用い
る生成物分解率分析を包含する。いくつかの実施形態では、本発明による生成物の
評価は、 (液体またはケーク外観のいずれか)
外観 を評価するステップを包含する。
【0108】
一般的に、製剤(凍結乾燥化または水性)は、室温で長期間保存され得る。貯蔵
温度は、典型的には、0℃~45℃(例えば、4℃、20℃、25℃、45℃等)
の範囲であり得る。製剤は、数ヶ月~数年の間貯蔵され得る。貯蔵時間は、一般的
に、24ヶ月、12ヶ月、6ヶ月、4.5ヶ月、3ヶ月、2ヶ月または1ヶ月であ
る。製剤は、投与のために用いられる容器中に直接貯蔵されて、移送ステップを排
除し得る。
【0109】
生成物は、凍結乾燥容器(凍結乾燥される場合)中に直接貯蔵され得るが、これ
は、再構成容器としても機能して、移送ステップを排除し得る。代替的には、凍結
乾燥物質製剤は、貯蔵のためにより小さい増分で測定され得る。貯蔵は、一般的に、
タンパク質の分解を生じさせる環境、例えば日光、紫外線他の形態の電磁放射線、
過剰な熱または寒冷、急速な熱ショック、ならびに機械的衝撃への曝露(これらに
限定されない)を避けるべきである。
凍結乾燥
【0110】
本発明による発明の方法は、いずれかの材料、特に治療薬剤を凍結乾燥するため
に使用され得る。典型的には、前凍結乾燥製剤は、凍結乾燥および貯蔵中に、対象
の化合物が分解すること(例えばタンパク質凝集、脱アミド、および/または酸化)
を抑制するために、賦形剤または安定化剤、緩衝剤、増量剤、および界面活性剤な
どの他の成分の適切な選択を更に含む。凍結乾燥用の製剤は、リオプロテクタント
または安定化剤、緩衝液、増量剤、等張剤および界面活性剤を含む1つ以上の追加
的成分を含むことができる。
再構成
【0116】
本発明の医薬組成物は、被験者に投与される際には概ね水性形態であるが、いく
つかの実施形態では、本発明の医薬組成物は凍結乾燥されている。このような組成
物は、被験者に投与される前に、1つ以上の希釈剤をそれに添加することによって
再構成されねばならない。所望の段階で、典型的には患者に投与される前の適切な
時間に、再構成された製剤中のタンパク質濃度が望ましいものであるように、凍結
乾燥製剤は、希釈剤で再構成され得る。
【0117】
本発明により種々の希釈剤が用いられてよい。いくつかの実施形態では、製剤用
の好適な希釈剤は、水である。この希釈剤として使用される水は、逆浸透、蒸留、
脱イオン、濾過(例えば、活性炭、マイクロ濾過、ナノ濾過)およびこれらの処理
法の組み合わせが挙げられる種々の方法で処理され得る。一般的には、水は、注射
用に好適であるべきであり、注射用の無菌水または静菌水が挙げられるが、これに
限定されない。
【0118】
追加の例示的希釈剤としては、pH緩衝溶液(例えば、リン酸塩-緩衝生理食塩
水)、無菌生理食塩水、Elliotの溶液、リンガー溶液またはデキストロース溶
液が挙げられる。好適な希釈剤は、必要に応じて、防腐剤を含有する。例示的防腐
剤としては、ベンジルまたはフェノールアルコールなどの芳香族アルコールが挙げ
られる。使用される防腐剤の量は、タンパク質および防腐剤効力試験で、併用可能
性についての異なる防腐剤濃度を評価することによって決定される。例えば、防腐
剤が芳香族アルコール(ベンジルアルコールなどの)である場合、これは約0.1
~2.0%、約0.5~1.5%、または約1.0~1.2%の量で存在すること
ができる。
【0119】
本発明に好適な希釈剤は、pH緩衝剤(例えばトリス、ヒスチジン) 塩
、 (例えば、
塩化ナトリウム)および上記のもの(例えば、安定化剤、等張剤)を含む他の添加
剤(例えば、ショ糖)が挙げられる種々の添加剤を含んでよいが、これに限定され
ない。
【0120】
本発明によると、凍結乾燥物質(例えば、タンパク質)は、少なくとも25mg
/ml(例えば、少なくとも50mg/ml、少なくとも75mg/ml、少なく
とも100mg/ml)の濃度およびこれらの間の任意の範囲の濃度に再構成され
得る。いくつかの実施形態では、凍結乾燥物質(例えば、タンパク質)は、約1m
g/ml~100mg/mlの範囲(例えば、約1mg/ml~50mg/ml、
約1mg/ml~100mg/ml、約1mg/ml~約5mg/ml、約1mg
/ml~約10mg/ml、約1mg/ml~約25mg/ml、約1mg/ml
~約75mg/ml、約10mg/ml~約30mg/ml、約10mg/ml~
約50mg/ml、約10mg/ml~約75mg/ml、約10mg/ml~約
100mg/ml、約25mg/ml~約50mg/ml、約25mg/ml~約
75mg/ml、約25mg/ml~約100mg/ml、約50mg/ml~約
75mg/ml、約50mg/ml約~100mg/ml)の濃度に再構成され得
る。いくつかの実施形態では、再構成された製剤中のタンパク質の濃度は、前凍結
乾燥製剤中の濃度より高くてもよい。再構成された製剤中の高タンパク質濃度は、
再構成された製剤の皮下または筋肉内送達が意図される場合特に有用であると考え
られる。いくつかの実施形態では、再構成された製剤中のタンパク質濃度は、前凍
結乾燥製剤の約2~50倍(例えば、約2~10倍、約2~10倍、または約2~
5倍)であり得る。いくつかの実施形態では、再構成された製剤中のタンパク質濃
度は、前凍結乾燥製剤の少なくとも約2倍(例えば、少なくとも約3、4、5、1
0、20、40倍)であり得る。
【0123】
本発明の医薬組成物、製剤、および関連する方法は、種々の治療薬剤を被験者の
CNSに送達させる(例えば、髄腔内、脳室内は脳嚢内(判決注:原文ママ))ため
に、ならびに関連する疾患の治療のために有用である。本発明の医薬組成物は、タ
ンパク質および酵素を、リソソーム蓄積疾患を発症した被験者に送達するために(例
えば、酵素補充療法)特に有用である。リソソーム蓄積疾患は、リソソーム機能の
欠損からもたらされる比較的稀な遺伝性代謝障害の群を示す。リソソーム疾患は、
リソソーム内の未消化マクロ分子の蓄積によって特徴付けられ、このようなリソソ
ームの寸法および数の増加をもたらし、最終的には細胞機能障害および臨床的異常
を生じさせる。
CNS送達
【0124】
本明細書で記載された種々の安定な製剤は、治療薬剤のCNS送達に概ね好適で
あると考えられる。本発明による安定製剤は、限定されるものではないが、実質内
投与、脳内投与、脳室内(ICV)投与、髄腔内腔内(例えば、IT-腰椎、IT
-大槽)投与が挙げられる種々の技術および経路を介して、ならびにCNSおよび
/またはCSFに直接的または間接的に注入するための任意の他の技術および経路
を介してCNS送達のために用いられ得る。
髄腔内腔内送達
【0125】
いくつかの実施形態では、補充酵素は、本明細書に記載された製剤中でCNSに
送達される。いくつかの実施形態では、補充酵素は、治療を必要とする被験者の脳
脊髄液(CSF)中に投与することによって、CNSに送達される。いくつかの実
施形態では、髄腔内腔内投与は、所望の補充酵素(例えば、I2Sタンパク質)を
CSF中に送達するために用いられる。本明細書で使用するとき、髄腔内腔内投与
(髄腔内腔内注射とも呼ばれる)とは、脊椎管(脊髄を囲む髄腔内腔内空隙)への
注射を指す。限定されないが、穿頭孔若しくは大槽穿刺または腰椎穿刺などを経て
の外側脳室注射が挙げられる種々の技術が用いられてもよい。・・・
【0126】
本発明によると、酵素は、脊髄周辺の任意の領域で注入され得る。いくつかの実
施形態では、酵素は、腰部または大槽に注入されるか、または脳室空間に脳室内注
入される。本明細書で使用するとき、用語「腰部」または「腰部領域」とは、第3
と第4腰椎(背下部)との間の領域を指し、より包括的には、脊椎のL2-S1領
域を指す。典型的には、腰部または腰部領域を介しての髄腔内注入もまた、
「腰椎I
T送達」または「腰椎IT投与」と呼ばれる。用語「大槽」とは、頭蓋骨と脊椎の
先端部分との間の開口部を介する小脳周囲および下部の空間を指す。典型的には、
大槽を介しての髄腔内腔内注射はまた、
「大槽送達」とも呼ばれる。用語「脳室」と
は、脊髄中心管と連続的である脳内の空隙を指す。典型的には、脳室空隙を介して
の注入は、脳室内(ICV)送達と呼ばれる。
【0127】
いくつかの実施形態では、本発明による「髄腔内腔内投与」または「髄腔内腔内
送達」とは、例えば、第3と第4腰椎(背下部)との間に送達される、またはより
包括的には脊椎のL2-S1領域に送達される、腰椎IT投与または送達を指す。
大槽送達が、とりわけ、典型的には遠位脊髄管に良好に送達しない一方で、我々の
発明による腰椎IT投与または送達が、遠位脊髄管により良好かつより効果的な送
達を生じさせるという点で、腰椎IT投与または送達が大槽送達に対して区別され
ると考えられる。
髄腔内腔内送達のための装置
【0128】
本発明による髄腔内腔内送達のために、種々の装置が用いられ得る。・・・
【0130】
静脈内投与に比して、髄腔内腔内投与に適した単回用量投与容積は典型的に小さ
い。典型的には、本発明による髄腔内腔内送達は、CSFの組成の平衡、ならびに
対象の頭蓋内圧を保持する。いくつかの実施形態では、髄腔内腔内送達は、対象か
らのCSFの対応する除去がない時に実施される。いくつかの実施形態では、適切
な単回用量投与容積は、例えば約10ml、8ml、6ml、5ml、4ml、3
ml、2ml、1.5ml、1mlまたは0.5ml未満であり得る。いくつかの
実施形態では、適切な単回用量投与容積は、約0.5~5ml、0.5~4ml、
0.5~3ml、0.5~2ml、0.5~1ml、1~3ml、1~5ml、1.
5~3ml、1~4mlまたは0.5~1.5mlであり得る。いくつかの実施形
態では、本発明による髄腔内腔内送達は、所望量のCSFを除去するステップを最
初に包含する。いくつかの実施形態では、約10ml未満(例えば、約9ml、8
ml、7ml、6ml、5ml、4ml、3ml、2ml、1ml未満)のCSF
が先ず除去された後、IT投与がなされる。それらの場合、適切な単回用量投与容
積は、例えば約3ml、4ml、5ml、6ml、7ml、8ml、9ml、10
ml、15mlまたは20mlより大きい。
【0131】
治療用組成物の髄腔内腔内投与を実行するために、種々の他の装置が用いられ得
る。例えば、所望の酵素を含有する製剤は、髄膜癌腫症のための薬剤を髄腔内腔内
投与するために一般に用いられるオンマヤ(Ommaya)レザバーを用いて投与
され得る(Lancet 2: 983-84, 1963)。更に具体的には、こ
の方法では、脳室チューブは前角中に形成される穴を通して挿入され、頭皮下に設
置されるオンマヤレザバーに連結され、レザバーは皮下穿刺されて、レザバー中に
注入される補充されるべき特定酵素を髄腔内腔内送達する。個体への治療用組成物
または製剤の髄腔内腔内投与のための他の装置は、米国特許第6,217,552
号(この記載内容は参照により本明細書に援用される)に記載されている。代替的
には、薬剤は、例えば単回注射または連続注入により、髄腔内腔内投与され得る。
投薬処置は、単回用量投与または多数回用量投与の一形態であり得る、と理解され
るべきである。
【0132】
注射のためには、本発明の製剤は、液体溶液中に処方され得る。さらに、酵素は
固体形態で処方され、使用直前に再溶解または懸濁され得る。凍結乾燥形態も包含
される。注射は、例えば、酵素のボーラス注射または連続注入(例えば、注入ポン
プを用いる)の形態であり得る。
【0133】
本発明の一実施形態では、酵素は、対象の脳への外側脳室注射により投与される。
注射は、例えば、対象の頭蓋骨に作られる穿頭孔を通してなされ得る。別の実施形
態では、酵素および/または他の薬学的処方物は、対象の脳室中に外科的に挿入さ
れるシャントを通して投与される。例えば、注射は、より大きい外側脳室中になさ
れ得る。いくつかの実施形態では、より小さい第三および第四脳室への注射もなさ
れ得る。
【0134】
更に別の実施形態では、本発明に用いられる薬学的組成物は、対象の大槽または
腰椎区域への注射により投与される。
【0136】
本明細書中で用いる場合、
「持続性送達」という用語は、投与後、長期間に亘って、
好ましくは少なくとも数日間、1週間または数週間、in vivoで本発明の薬
学的処方物を連続送達することを指す。組成物の持続性送達は、例えば、長時間に
亘る酵素の連続治療効果により実証され得る(例えば、酵素の持続性送達は、対象
における貯蔵顆粒の量の連続的低減により実証され得る) 代替的には、
。 酵素の持続
性送達は、長時間に亘るin vivoでの酵素の存在を検出することにより実証
され得る。
標的組織への送達
【0137】
上記のように、本発明の意外な且つ重要な特徴の1つは、本発明の方法を用いて
投与される治療薬、特に補充酵素、ならびに本発明の組成物は、脳表面全体に効果
的に且つ広範囲に拡散し、脳の種々の層または領域、例えば深部脳領域に浸透し得
る、という点である。さらに、本発明の方法および本発明の組成物は、現存するC
NS送達方法、例えばICV注射では標的化するのが困難である腰部領域を含める
脊髄の組織、ニューロンまたは細胞に治療薬(例えば、I2S酵素)を効果的に送
達する。更に、本発明の方法および組成物は、血流ならびに種々の末梢器官および
組織への十分量の治療薬(例えば、I2S酵素)を送達する。
【0138】
したがって、いくつかの実施形態では、治療用タンパク質(例えば、I2S酵素)
は、対象の中枢神経系に送達される。いくつかの実施形態では、治療用タンパク質
(例えば、I2S酵素)は、脳、脊髄および/または末梢期間(判決注:
「末梢器官」
の誤記と認める。)の標的組織の1つ以上に送達される。本明細書中で用いる場合、
「標的組織」という用語は、処置されるべきリソソーム蓄積症により影響を及ぼさ
れる任意の組織、或いは欠損リソソーム酵素が正常では発現される任意の組織を指
す。いくつかの実施形態では、標的組織としては、リソソーム蓄積症に罹患してい
るかまたは罹り易い患者において、例えば組織の細胞リソソーム中に貯蔵される酵
素基質が検出可能量でまたは異常に高い量で存在する組織が挙げられる。いくつか
の実施形態では、標的組織としては、疾患関連病態、症候または特徴を示す組織が
挙げられる。いくつかの実施形態では、標的組織としては、欠損リソソーム酵素が
抗レベルで正常では発現される組織が挙げられる。本明細書中で用いる場合、標的
組織は、脳標的組織、脊髄標的組織および/または末梢標的組織であり得る。標的
組織の例は、以下で詳細に記載される。
脳標的組織
【0139】
概して、脳は、異なる領域、層および組織に分けられ得る。例えば、髄膜組織は、
脳を含めた中枢神経系を包む膜系である。髄膜は、3つの層、例えば硬膜、くも膜
および軟膜を含有する。概して、髄膜の、ならびに脳脊髄液の主な機能は、脳神経
系を保護することである。いくつかの実施形態では、本発明による治療用タンパク
質は、髄膜の1つ以上の層に送達される。
【0140】
脳は、大脳、小脳および脳幹を含めた3つの主な細区画を有する。大脳半球は、
ほとんどの他の脳構造の上に位置し、皮質層で覆われている。大脳の下層には脳幹
が横たわり、これは茎に似ており、その上に大脳が取り付けられている。脳の後部、
大脳の下および脳幹の背後には、小脳が存在する。
【0141】
脳の正中線近くおよび中脳の上に位置する間脳は、視床、視床後部、視床下部、
視床上部、腹側視床および視蓋腹部を含有する。中脳(mesencephalo
n)は、midbrainとも呼ばれ、視蓋、外被、ventricular m
esocoelia、ならびに大脳脚、赤核および第三脳神経核を含有する。中脳
は、視覚、聴覚、運動制御、睡眠/覚醒、警戒および温度調節に関連する。
【0142】
脳を含めた中枢神経系の組織の領域は、組織の深さに基づいて特性化され得る。
CNS(例えば脳)組織は、表面または浅在組織、中深部組織および/または深部
組織として特性化され得る。
【0143】
本発明によれば、治療用タンパク質(例えば、補充酵素)は、対象において処置
されるべき特定疾患に関連した任意の適切な脳標的組織(単数または複数)に送達
され得る。いくつかの実施形態では、本発明による治療用タンパク質(例えば、補
充酵素)は、表面および浅在脳標的組織に送達される。いくつかの実施形態では、
本発明による治療用タンパク質は、中深部脳標的組織に送達される。いくつかの実
施形態では、本発明による治療用タンパク質は、深部脳標的組織に送達される。い
くつかの実施形態では、本発明による治療用タンパク質は、表面または浅在脳標的
組織、中深部脳標的組織および/または深部脳標的組織の組合せに送達される。い
くつかの実施形態では、本発明による治療用タンパク質は、脳の外表面の少なくと
も4mm、5mm、6mm、7mm、8mm、9mm、10mmまたはそれより下
(または内側)の深部脳組織に送達される。
【0144】
いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、大脳の1つ以上の表面また
は浅在組織に送達される。いくつかの実施形態では、大脳の標的化表面または浅在
組織は、大脳の表面から4mm内に位置する。いくつかの実施形態では、大脳の標
的化表面または浅在組織は、軟膜組織、大脳皮質リボン組織、海馬、フィルヒョー・
ロバン腔隙、VR腔隙内の血管、海馬、脳の下面の視床下部の部分、視神経および
視索、嗅球および嗅突起ならびにその組合せから選択される。
【0145】
いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、大脳の1つ以上の深部組織
に送達される。いくつかの実施形態では、大脳の標的化表面または浅在組織は、大
脳の表面から4mmより下(例えば、5mm、6mm、7mm、8mm、9mmま
たは10mm)に位置する。いくつかの実施形態では、大脳の標的化深部組織は、
大脳皮質リボンを包含する。いくつかの実施形態では、大脳の標的化深部組織は、
間脳(例えば、視床下部、視床、腹側視床および視床腹部等)、後脳、レンズ核、基
底核、尾状核、被核、扁桃、淡蒼球およびその組合せの1つ以上を包含する。
【0146】
いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、小脳の1つ以上の組織に送
達される。ある実施形態では、小脳の1つ以上の標的化組織は、分子層の組織、プ
ルキンエ細胞層の組織、顆粒細胞層の組織、小脳脚およびその組合せからなる群か
ら選択される。いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、小脳の1つ以
上の深部組織、例えばプルキンエ細胞層の組織、顆粒細胞層の組織、深部小脳白質
組織(例えば、顆粒細胞層に比して深部)および深部小脳核組織(これらに限定さ
れない)に送達される。
【0147】
いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、脳幹の1つ以上の組織に送
達される。いくつかの実施形態では、脳幹の1つ以上の標的化組織は、脳幹白質組
織および/または脳幹核組織を包含する。
【0148】
いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、種々の脳組織、例えば灰白
質、白質、脳室周囲域、軟膜-くも膜、髄膜、新皮質、小脳、大脳皮質の深部組織、
分子層、尾状核/被殻領域、中脳、脳橋または延髄の深部領域、およびその組合せ
(これらに限定されない)に送達される。
【0149】
いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、脳中の種々の細胞、例えば
ニューロン、グリア細胞、血管周囲細胞および/または髄膜細胞(これらに限定さ
れない)に送達される。いくつかの実施形態では、治療用タンパク質は、深部白質
の希突起グリア細胞に送達される。
ハンター症候群および他のリソソーム蓄積疾患の治療
【0161】
リソソーム蓄積症は、リソソーム機能の欠陥に起因するかなり稀な遺伝性代謝障
害の一群を表す。リソソーム症は、リソソーム内の酵素基質を含めた未消化高分子
物質の蓄積(表1参照)により特性化され、これが、このようなリソソームのサイ
ズおよび数の増大を、そして最終的には細胞機能不全および臨床的異常を生じる。
【0162】
本明細書中に記載される本発明の方法は、標的化細胞小器官への1つ以上の治療
薬(例えば、1つ以上の補充酵素)の送達を有益に助長し得る。例えば、ハンター
症候群のようなリソソーム蓄積症は罹患細胞のリソソーム中のグリコサミノグリカ
ン(GAG)の蓄積により特性化されるため、リソソームは、リソソーム蓄積障害
の処置のための所望の標的細胞小器官を表す。
【0163】
本発明の方法および組成物は、CNS病因または構成成分を有する疾患を処置す
るために特に有用である。CNS病因または構成成分を有するリソソーム蓄積症と
しては、例えばサンフィリッポ症候群A型、サンフィリッポ症候群B型、ハンター
症候群、異染性白質ジストロフィー症およびグロボイド細胞白質ジストロフィー症
が挙げられるが、これらに限定されない。本発明の前に、伝統的療法は、対象に静
脈内投与されることに限定されており、一般的には、根元的酵素欠乏症の体細胞性
症候を処置するに際して有効であるに過ぎない。本発明の組成物および方法は、こ
のようなCNS病因を有する疾患に罹患している対象のCNS中に直接、有益に投
与され、それによりCNS(例えば脳)の罹患細胞および組織内の治療的濃度を達
成し、したがって、このような治療薬の伝統的全身投与に伴う制限を克服し得る。
【0164】
いくつかの実施形態では、本発明の方法および組成物は、リソソーム蓄積障害の
神経学的および体細胞性後遺症または症候群の両方を処置するために有用である。
例えば、本発明のいくつかの実施形態は、CNSまたは神経学的後遺症ならびにリ
ソソーム蓄積症の症状発現の処置のために、対象のCNSに1つ以上の治療薬を送
達する(例えば、髄腔内腔内、静脈内または槽内に)組成物および方法に関するが、
一方、そのリソソーム蓄積症の全身性または体細胞性症状発現も処置するためでも
ある。例えば、本発明のいくつかの組成物は、対象に髄腔内腔内投与され、それに
より、対象のCNSに1つ以上の治療薬を送達して、神経学的後遺症を処置し、そ
れと対になって、全身循環の細胞および組織(例えば、心臓、肺、肝臓、腎臓また
ははリンパ節の細胞および組織)の両方にこのような治療薬を送達するために1つ
以上の治療薬を静脈内投与し、それにより体細胞性後遺症を処置する。例えば、リ
ソソーム蓄積症(例えばハンター症候群)を有するか、そうでなければ影響を及ぼ
される対象は、1つ以上の治療薬(例えば、イズロン酸-2-スルファターゼ)を
含む薬学的組成物を、神経学的後遺症を処置するために、少なくとも週1回、2週
間に1回、月1回、2ヶ月に1回またはそれ以上、髄腔内腔内投与され得るが、一
方、異なる治療薬は、当該疾患の全身性または体細胞性症状発現を処置するために、
より高頻度ベースで(例えば、1日1回、隔日に1回、週3回または週1回)、対象
に静脈内投与され得る。
【0165】
ハンター症候群、またはムコ多糖症II(MPS II)は、酵素イズロン酸-
2-スルファターゼ(I2S)の不全に起因するX連鎖遺伝性代謝異常である。I
2Sは、リソソームに局在化し、グリコサミノグリカン(GAGs)へパリン-お
よび硫酸ダルマタンの異化作用で重要な役割を果たす。酵素の不在下では、これら
物質が細胞内に蓄積し、最終的には充血を引き起こし、細胞死および組織破壊に続
く。酵素の広範囲な発現のために、MPS II患者では、複数の細胞型および器
官系が冒される。
【0166】
この障害の決定的な臨床的特徴は、中枢神経系(CNS)変性であり、これが認
知障害(例えば、IQの低下)を生じさせる。更に、罹患者のMRIスキャンは、
明確な白質病巣;脳実質、神経節、脳梁、および脳幹における膨張した血管周囲腔;
委縮;および脳室拡大を有する(Wangら著、Molecular Genet
ics and Metabolism,2009年)。この疾患は、典型的には、
臓器巨大症および骨格異常で、生後数年後に現れる。大部分の罹患者が10歳また
は20歳までに疾患に関連する合併症で死亡するとともに、一部の罹患者は、認知
機能の進行性低下を経験する。
【0167】
本発明の組成物および方法は、ハンター症候群に冒されたまたは罹患し易い個体
を効果的に治療するために用いられ得る。本明細書で使用されるような用語「治療
する」または「治療」は、疾患に関連する1つ以上の症状の軽減、疾患の1つ以上
の症状の発症の抑制または遅延、および/または疾患の1つ以上の症状の重症度ま
たは頻度の緩和を指す。
【0168】
いくつかの実施形態では、治療とは、ハンター症候群患者における部分的または
完全な緩和、軽減、鎮静、発症の遅延、重症度および/または神経性障害の発症率
の低減を指す。本明細書で使用するとき、用語「神経性障害」は、中枢神経系(例
えば、脳および脊髄)の障害に関連する種々の症状を含む。神経性障害の症状とし
ては、例えば、認知障害;白質病巣;脳実質、神経節、脳梁、および/または脳幹
における膨張した血管周囲腔;委縮;および/または脳室拡大などが挙げられる。
【0169】
いくつかの実施形態では、治療とは、種々の組織におけるリソソーム蓄積(例え
ばGAGの)減少を指す。いくつかの実施形態では、治療とは、脳標的組織、脊髄
ニューロン、および/または末梢標的組織におけるリソソーム蓄積の低下を指す。
ある実施形態では、リソソーム蓄積は、対照と比較して、約5%、10%、15%、
20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、6
5%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、100%またはそれ以
上まで低減される。いくつかの実施形態では、リソソーム蓄積は、対照と比較して、
少なくとも1倍、2倍、3倍、4倍、5倍、6倍、7倍、8倍、9倍または10倍
まで低減される。いくつかの実施形態では、リソソーム蓄積は、リソソーム蓄積顆
粒(例えば、ゼブラストライプ形状)の存在によって測定される。リソソーム蓄積
顆粒の存在は、組織学的分析によるなどの当該技術分野で既知の種々の方法によっ
て測定され得る。
【0170】
いくつかの実施形態では、治療とは、ニューロン(例えば、プルキンエ細胞を含
有するニューロン)における空胞化の減少を指す。ある実施形態では、ニューロン
における空胞化は、対照と比較して、約5%、10%、15%、20%、25%、
30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、7
5%、80%、85%、90%、95%、100%またはそれ以上まで低減される。
いくつかの実施形態では、空胞化が、対照と比較して、少なくとも1倍、2倍、3
倍、4倍、5倍、6倍、7倍、8倍、9倍または10倍まで低減される。空胞化の
存在および減少は、組織学的分析によるなどの当該技術分野で既知の種々の方法に
よって測定され得る。
【0171】
いくつかの実施形態では、治療とは、種々の組織におけるI2S酵素活性の増加
を指す。いくつかの実施形態では、治療とは、脳標的組織、脊髄ニューロン、およ
び/または末梢標的組織におけるI2S酵素活性の増加を指す。いくつかの実施形
態では、I2S酵素活性は、対照と比較して、約5%、10%、15%、20%、
25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、7
0%、75%、80%、85%、90%、95%、100%、200%、300%、
400%、500%、600%、700%、800%、900%、1000%また
はそれ以上まで増加される。いくつかの実施形態では、I2S酵素活性は、対照と
比較して、少なくとも1倍、2倍、3倍、4倍、5倍、6倍、7倍、8倍、9倍ま
たは10倍まで増加される。いくつかの実施形態では、増加したI2S酵素活性は、
少なくとも約10nmol/時・mg、20nmol/時・mg、40nmol/
時・mg、50nmol/時・mg、60nmol/時・mg、70nmol/時・
mg、80nmol/時・mg、90nmol/時・mg、100nmol/時・
mg、150nmol/時・mg、200nmol/時・mg、250nmol/
時・mg、300nmol/時・mg、350nmol/時・mg、400nmo
l/時・mg、450nmol/時・mg、500nmol/時・mg、550n
mol/時・mg、600nmol/時・mgまたはそれ以上である。いくつかの
実施形態では、I2S酵素活性は、腰部内または腰部の細胞内で増加される。いく
つかの実施形態では、腰部において増加したI2S酵素活性は、少なくとも約20
00nmol/時・mg、3000nmol/時・mg、4000nmol/時・
mg、5000nmol/時・mg、6000nmol/時・mg、7000nm
ol/時・mg、8000nmol/時・mg、9000nmol/時・mg、1
0,000nmol/時・mgまたはそれ以上である。いくつかの実施形態では、
I2S酵素活性は、遠位脊髄内または遠位脊髄の細胞内で増加される。
【0172】
いくつかの実施形態では、処置は、認知能力の喪失の進行低減を指す。ある実施
形態では、認知能力の喪失の進行は、対照と比較して、約5%、10%、15%、
20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、6
5%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、100%またはそれ以
上低減される。いくつかの実施形態では、処置は、発育遅延低減を指す。ある実施
形態では、発育遅延は、対照と比較して、約5%、10%、15%、20%、25%、
30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、7
5%、80%、85%、90%、95%、100%またはそれ以上低減される。
【0173】
いくつかの実施形態では、処置は、生存(例えば、生存時間)増大を指す。例え
ば、処置は、患者の平均余命増大を生じ得る。いくつかの実施形態では、本発明に
よる処置は、処置を伴わない同様の疾患を有する1人以上の対照個体の平均余命と
比較して、約5%より多く、約10%、約15%、約20%、約25%、約30%、
約35%、約40%、約45%、約50%、約55%、約60%、約65%、約7
0%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約100%、約10
5%、約110%、約115%、約120%、約125%、約130%、約135%、
約140%、約145%、約150%、約155%、約160%、約165%、約
170%、約175%、約180%、約185%、約190%、約195%、約2
00%またはそれ以上、患者の平均余命を増大する。いくつかの実施形態では、本
発明による処置は、処置を伴わない同様の疾患を有する1人以上の対照個体の平均
余命と比較して、約6ヵ月より長く、約7ヵ月、約8ヵ月、約9ヵ月、約10ヵ月、
約11ヵ月、約12ヵ月、約2年、約3年、約4年、約5年、約6年、約7年、約
8年、約9年、約10年またはそれ以上、患者の平均余命を増大する。いくつかの
実施形態では、本発明による処置は、患者の長期間生存を生じる。本明細書中で用
いる場合、
「長期間生存」という用語は、約40年、45年、50年、55年、60
年またはそれより以上の生存時間または平均余命を指す。
【0174】
「改善する」「増大する」または「低減する」という用語は、本明細書中で用い

る場合、対照と対比する値を示す。いくつかの実施形態では、適切な対照は、基線
測定値、例えば、本明細書中に記載される処置の開始前の同一個体における測定値、
或いは本明細書中に記載される処置の非存在下での一対照個体(または多数の対照
個体)における測定値である。
「対照個体」は、処置されている個体とほぼ同一年齢
および/または性別である、同一疾患に苦しむ個体である(処置個体および対照個
体(単数または複数)における疾患の段階が比較可能であることを保証するため)。
【0175】
治療される個体(「患者」または「被験者」とも呼ばれる)とは、ハンター症候群
を有するまたはハンター症候群を発症する可能性を有する個体(胎児、乳幼児、青
少年、または成人)である。この個体は、残留内因性I2Sタンパク質発現および
/または活性を有し得るか、または測定可能な活性を有し得ない。例えば、ハンタ
ー症候群を有する個体は、正常なI2S発現レベルの約30~50%未満、約25
~30%未満、約20~25%未満、約15~20%未満、約10~15%未満、
約5~10%未満、約0.1~5%未満であるI2S発現レベルを有する場合もあ
る。
【0176】
いくつかの実施形態では、個体とは、最近病気と診断された個体である。典型的
には、早期治療(診断後、可能な限りすみやかに治療を開始すること)が、疾患の
影響を最小化し、かつ治療の利点を最大化にするために重要である。
免疫寛容
【0177】
一般的に、本発明による治療薬(例えば補充酵素)の髄腔内腔内投与は、対象に
おいて重篤な副作用を生じない。本明細書中で用いる場合、重症副作用は、実質的
免疫応答、毒性または死(これらに限定されない)を誘導する。本明細書中で用い
る場合、
「実質的免疫応答」という用語は、重症または重篤免疫応答、例えば適応T
細胞免疫応答を指す。
【0178】
したがって、多くの実施形態において、本発明の方法は、同時免疫抑制剤療法(す
なわち、前処置/前状態調節として、或いは当該方法と平行して用いられる任意の
免疫抑制剤療法)を包含しない。いくつかの実施形態では、本発明の方法は、処置
されている対象における免疫寛容誘導を包含しない。いくつかの実施形態では、本
発明の方法は、T細胞免疫抑制剤を用いる対象の前処置または前状態調節を包含し
ない。
【0179】
いくつかの実施形態では、治療薬の髄腔内腔内投与は、これらの作用物質に対す
る免疫応答を高め得る。したがって、いくつかの実施形態では、酵素補助療法に対
して寛容な補助酵素を患者に接種させることが有用であり得る。免疫寛容は、当該
技術分野で既知の種々の方法を用いて誘導され得る。例えば、T細胞免疫抑制剤、
例えばシクロスポリンA(CsA)および抗増殖剤、例えばアザチオプリン(Az
a)を、低用量の所望の補充酵素の毎週髄腔内腔内注入と組合せた初期30~60
日レジメンが、用いられ得る。
【0180】
当業者に既知の任意の免疫抑制剤は、本発明の組合せ療法と一緒に用いられ得
る。・・・
投与
【0181】
本発明の方法は、治療的有効量の本明細書中に記載される治療薬(例えば補充酵
素)の単回ならびに多数回投与を意図する。治療薬(例えば補充酵素)は、対象の
症状(例えば、リソソーム蓄積症)の性質、重症度および程度によって、一定間隔
で投与され得る。いくつかの実施形態では、本発明の治療的有効量の治療薬(例え
ば補充酵素)は、一定間隔で(例えば、年1回、6ヶ月に1回、5ヶ月に1回、3
ヶ月に1回、隔月(2ヶ月に1回)、毎月(1ヶ月に1回)、隔週(2週間に1回)、
毎週)、定期的に髄腔内腔内投与され得る。
【0188】
いくつかの実施形態では、治療的有効用量は、mg/体重1kgによっても定義
され得る。当業者が理解するように、脳重量および体重は相関し得る・・・。した
がって、いくつかの実施形態では、投与量は、表5に示されるように換算され得る。
【表5】
【実施例】
【0194】
実施例1:生体分布
本試験の主な目的は、髄腔内腔内-腰椎経路によって、組換え体ヒトI2Sが成
体MPS IIマウスの脳に送達されることができるかどうかを判定することであ
る。
【表6】
材料および方法
動物:
【0195】
マウスを、12時間の明暗周期下、コロニールーム内の1つの檻につき最高4匹
の群で収容した。実験の続く間、囓歯類用飼料(LabDiet-5001,St
Louis,MO)および水(逆浸透によって精製されたLexington,M
A公共水道水)を自由に摂取させた。動物の管理は、
「the Guide for
the Care and Use of Laboratory Animal
s」National
( Academy Press,Washington D.
C.,1996年)に記載されたガイドラインに従って実施した。最新のIKO繁殖
コロニーが、IKO突然変異についてヘテロ接合性である4匹のキャリア雌マウス
から確立され、これはDr.Joseph Muenzer(Universit
y of North Carolina)から入手された。キャリアの雌は、C
57BL/6背景種の雄マウス(C57BL/6NTac,Taconic,Hu
dson,NY)で繁殖され、ヘテロ接合の雌およびヘミ接合の雄ノックアウトマ
ウス、ならびに野生型の雄および雌の同腹子を発生させた。組織DNAのPCR分
析によって、全ての子孫は遺伝子型であった。この実験で使用された全てのマウス
は、8週齢と12周齢との間のヘミ接合IKO(-/0)または野生型(WT)同
腹子(+/0)マウスのいずれかとして同定された雄であった。
イズルスルファーゼ
【0196】
22mLのI2S(組換え体ヒトイズルスルファーゼ)を、2Lのリン酸塩緩衝
生理食塩水の4つの変化に対して透析した。次いでI2Sを、Vivaspinカ
ラムによって濃縮し、最終容積1mLのPBS中に再懸濁し、続いて0.2μmの
フィルターを用いて濾過滅菌した。最終濃度は、51mg/mLであった。
髄腔内腔内-腰椎注射:
【0197】
成体マウスを、腹腔内注射により200~300μL/10g体重(250~3
50mg/kg)で、1.25%の2,2,2-トリブロモエタノール(Aver
tin)を用いて麻酔した。背部の体毛を、尾の根元から肩甲骨まで除去し、刈ら
れた領域をポビダイン/ベータダイン洗浄、続いてイソプロピルアルコールでぬぐ
った。小さな正中線の皮膚切開創(1~2cm)を腰仙椎上につくり、背側正中線
と腸骨翼の頭側との交差部分(腸骨特異点)を特定した。腸骨窩内の筋肉(中殿筋)
は、ハート形状の筋肉であり、
「ハート」の頂部の両側は、腸骨翼の位置を近似する。
気密の10~20μLのガラスHamilton注射器に取り付けられた32ゲー
ジの針を、抵抗が下にある骨から感じ取られるまで挿入した。約2μL/20秒(1
0μL/2分)の速度で、10μLの供試物質の注射が行われた。皮膚切開創を、
創傷用クリップを用いて適切に閉じて、動物を適切な檻に戻す前に、回復室で回復
させた。
組織学的処理
【0198】
動物を、最終の注射後1時間で致死させた。
【0199】
脳および肝臓組織を採取し、10%中性緩衝ホルマリン中に固定し、次いで処理
し、パラフィンに埋め込んだ。ヘマトキシリン/エオシン(H&E)染色および免
疫組織化学(IHC)染色用に、5μmの切片を調製した。
ヘマトキシリンおよびエオシン染色:
【0200】
脳および肝臓部分をH&Eで染色した。染色結果は、核を紫色で、細胞質を桃色
から赤色で示した。H&E染色されたスライドガラスは、組織病理学的形態学的評
価のために用いられた。
免疫組織化学:
【0201】
I2S生体内分布評価のために、脱パラフィン化し再水和化した脳および肝臓切
片を、注射されたI2Sを検出するために、組換え体ヒトI2Sに対するマウスモ
ノクローナル抗体2C4-2B2(Maine Biotechnology S
ervices,Portland,ME)
(または陰性対照抗体としての無関係な
マウスIgG Vector
; Laboratories,Burlingame,
CA)と共に、一夜インキュベートした。2~8℃で一夜のインキュベーション後
に、セイヨウワサビペルオキシダーゼに結合した二次のヤギ抗マウス抗体IgGを
添加した。37℃で更に30分間のインキュベーション後に、Tyramide-
Alexa Fluor 488標識溶液(Invitrogen Corp. C

arlsbad,CA)を更に10分間で加えた。核対比染色として1.5μg/
mlの4’-6-ジアミンジノ-2-フェニルインドール(DAPI)を含有する
フェージング防止封入剤(VectaShield;Vector Labora
tories)を用いて切片をカバーガラスで覆い、マルチチャンネルN
ikon蛍光顕微鏡で観察した。染色結果は、I2S陽性細胞を緑色に、核を青
色に、背景領域を黒色で示した。
【0202】
効果的な分析のために、脳および肝臓切片を、一次抗体としてのラット抗-LA
MP-1(リソソームマーカーとしてのリソソーム結合膜タンパク質)IgG(S
anta Cruz Biotechnology,Santa Cruz,Ca
lifornia)で染色した。無関係な抗体としてのラットIgGを、陰性対照
として用いた。ABC(Vector Labs,Burlingame,Cal
iforniaから入手したアビジン-ビオチン複合体キット)法が、標的のマー
カーを増幅するために用いられた。
【0203】
簡単に言うと、脱パラフィン化切片を再水和化し、一次抗体と共にインキュベー
トした。2~8℃で一夜のインキュベーション後に、二次ビオチニル化ウサギ抗-
ラットIgG(Vector Labs,Burlingame,Califor
nia)を添加し、37℃で30分間インキュベートし、次いでサンプルを洗浄し、
アビジン-ビオチン-ペルオキシダーゼ複合体(Vector Laborato
ries)で30分間処置した。発色のために、3,3’-ジアミノベンジデン(D
AB)四塩酸塩を色素体として用いた。次いで切片をヘマトキシリンで対比染色し、
カバーガラスで覆った。染色結果は、LAMP-1陽性細胞を茶色で、核を青色で
示した。
【0204】
代表的な写真を撮影し、LAMP-1陽性細胞の領域を、Image-Pro P
lusソフトウェア(Media Cybernetics.Inc.,Bethe
sda,MD)で解析し、スチューデントのt検定を用いて、比較統計を実施した。
電子顕微鏡法:
【0205】
I2Sの3用量で処置された動物からの脳組織を、0.1Mのカコジル酸ナトリ
ウム緩衝液pH7.4中、2.5%PFA/2.5%グルタルアルデヒドで、4℃
で一夜固定した。次いで、サンプルをカコジル酸塩緩衝液(0.1M、pH7.4)
中で洗浄し、四酸化オスミウム中で後固定し、アルコールおよび酸化プロピレン中
で脱水し、Epon樹脂中に埋め込んだ。超薄切片を100nmで切断し、クエン
酸鉛で染色し、Tecnai(登録商標)G2 Spirit BioTWIN透
過型電子顕微鏡で観察した。
結果
【0206】
脳においては、免疫組織化学(IHC)染色で判定されたように、I2Sはビヒ
クル対照動物で認められなかった。対照的に、I2S注入動物においては、髄膜細
胞、大脳および小脳のニューロンは、I2Sについて陽性に染色された。染色シグ
ナルは、3用量投与された動物でより強かった(図1)。
【0207】
ビヒクル処置IKOマウスの脳組織では、細胞空胞化、すなわちリソソーム蓄積
疾患の組織病理学的特徴が、野生型動物と比較して脳全体で認められた。I2S処
置IKOマウスでは、未処置マウスと比較して、表面大脳皮質、尾状核、視床、小
脳から白質までの細胞空胞化の広範囲の減少が存在した(図2) 野生型動物と比較

した場合、異常に高いリソソーム活性が、リソソーム活性および疾患状態の指標で
あるリソソーム結合膜タンパク質-1(LAMP-1)染色によって、ビヒクル処
置IKOマウスの小グリア細胞、髄膜細胞および血管周囲細胞で認められた。I2
S髄腔内腔内処置マウスは、LAMP-1免疫染色で著しい減少を有した。この減
少は、LAMP-1陽性細胞の数およびより明るい染色での低下によって特徴付け
られる。この減少は、I2Sの2用量および3用量処置動物の双方で、表面大脳皮
質、尾状核、視床、小脳から白質に至る脳全体で認められた(図3)。種々の脳領域
のLAMP-1免疫染色の形態計測学的分析は、評価された脳の全ての領域でLA
MP-1免疫染色陽性染色における著しい減少があることを確認した(図4)。
【0208】
ビヒクル処置IKOマウスの電子顕微鏡観察は、アモルファスな顆粒蓄積物質を
含有する腫大した空胞および板状でゼブラ小体様構造を有する封入体を明らかにし
た。超微細構造レベルでのリソソーム蓄積のこれら典型的な病理特徴は、I2Sの
髄腔内腔内-腰椎注射マウスでは、減少された(図5)。
【0209】
肝臓では、ビヒクル処置動物においては、I2Sの陽性染色はなかった。I2S
髄腔内腔内注射マウスにおいては、大量の注射されたI2Sのが、シヌソイド細胞
で明確に見出され(図6)、これは髄腔内腔内空隙に注射されたI2Sが、CSFと
共に循環し、次いでクモ膜顆粒を経て循環系に吸収されたことを示している。
【0210】
ビヒクル処置IKOマウスの肝臓組織では、H&E染色によって立証された重症
の細胞空胞化および異常に高いリソソーム活性ならびに強いLAMP-1免疫染色
が、WTマウスと比較して確認された。肝臓における細胞内空胞化およびLAMP
-1免疫染色の著しい減少が、I2Sでの髄腔内処置後に確認された。H&E染色
は、細胞質内空胞化は、正常な肝臓細胞構造に近い状態で、ほぼ完全に消失した(図
7)。
【0211】
IKOマウスでは、髄腔内腔内-腰椎経路によって組換え体ヒトI2Sが脳に送
達され、注射されたI2Sは、脳の種々の領域において広範囲の組織病理学的改善
を生じさせる。
・注射されたI2Sは、髄膜細胞および脳のニューロンで検出された。
・光学顕微鏡および電子顕微鏡レベルの双方での脳全体の細胞空胞化の減少。
・脳全体のLAMP-1リソソームマーカーの減少。
・髄腔内腔内注射されたI2Sは、末梢循環に入り、肝臓の形態学的および組織
学的マーカーを改善した。
実施例2:毒性
【0212】
本実施例は、カニクイザルにおける月単位のボーラス髄腔内腔内腰椎投与を介す
るイズルスルファーゼに関連する臨床的徴候を示す。これを達成するために、以下
の表に示されるように、14匹の雄カニクイザルを5種の処置群に無作為割付した。
【表7】
【0213】
全ての群の動物は、腰部脊椎のレベルで月単位のインターバルでITにて3回投
与された。1mlの投与容積は、0.3mlのPBSでカテーテルシステムから流
された。各投与の1~2日前に、大槽のレベルでIT脊椎穿刺から約2mLのCS
Fを採取した。血液サンプル(2ml)もまた、この時点で採取した。血液(2m
l)およびCSF(0.1ml)を5群の動物から、投与前、最初の投与から0.
5、1、2、4、8、24、および48時間後に採取した。臨床的徴候を1日2回
記録した。死体解剖を第3回目の投与後約24時間で実施し、選択した組織を採取
し、保存した。
【0214】
1日目に、4群(150mg)の全ての3匹の動物が、投与後3~12分以内に
最小限のハインドクウォーター傾向を示し、これが5~15分間続き、この徴候は、
供試物質に関連するとみなされた。供試物質に関連すると考えられる体重、餌消費
量および神経学的/理学的試験パラメータでの変化はなかった。
【0215】
血清およびCSFサンプルの分析ならびに投与溶液分析が示されている。内因性
イズルスルファーゼ活性における変動が、カニクイザルからの異なる組織で観察さ
れ、脳および脊髄は、肝臓、心臓、および腎臓を含む試験された他の末梢器官より
も大きな内因性活性を有した。イズルスルファーゼ投与は、種々の脳領域、ならび
に脳幹および脊髄におけるイズルスルファーゼ活性での用量依存型増加に関連した。
IT送達は、右大脳半球と左大脳半球との間の分布では、観察可能な差異をもたら
さなかった。以下の器官、すなわち脳、肝臓、心臓、および腎臓におけるイズルス
ルファーゼ活性での明確な用量依存型増加が存在した。脳におけるイズルスルファ
ーゼについての免疫染色は、染色強度における用量依存型増加を立証した。3mg
の群では、髄膜細胞染色および髄膜下の限定されたグリア細胞染色が観察され、ニ
ューロン染色は、3mg処置群からの動物では、明らかではなかった。イズルスル
ファーゼのIT投与が起こっている場所である腰部領域における非常に高い染色強
度を伴い、脊髄では、イズルスルファーゼ染色は陽性かつ用量依存型であった。肝
臓、腎臓、および心臓におけるイズルスルファーゼ染色強度は用量依存型であり、
これら器官におけるイズルスルファーゼ活性の増加と一致した。
【0216】
結論として、月単位の間隔での150mgまでの用量でのイズルスルファーゼの
IT投与は、副作用を有さなかった。したがって、無影響量(NOAEL)は15
0mgであると解釈され、これは本試験でテストされた最高投与量である。イズル
スルファーゼ投与は、CNSにおけるイズルスルファーゼ活性の用量依存型増加に
関連し、全身のI2Sレベルならびに肝臓、腎臓、および心臓における活性をもた
らした。
【0217】
供試物質、イズルスルファーゼは、154mMのNaCl、0.005%ポリソ
ルベート20、pH5.3~6.1中で供給された。供給された投与溶液の公称濃
度は、0、3、30または150mg/mlであった。供試物質は冷凍庫内で-8
2~-79℃で保存した。リン酸塩緩衝生理食塩水(PBS)、pH7.2を、用量
が投与された後ならびに一連のCSFが採取された後のフラッシュ剤として用いた。
このPBSは、Gibco,Invitrogen Corporationから
入手された。
供試物質投与量調製
【0218】
それぞれの時間間隔についての投与の第1日目に、それぞれの濃度の1つのバイ
アルを-80℃の冷凍庫から取り出し、作業台上で室温まで融解した。一旦融解し
たら、1、2、3群についてのバイアルにラベルを貼付し、重量計測し、投与計画
された各動物用に、0.22μmフィルターを通して1mlを採取した。全ての用
量が投与された後に、バイアルを再重量計測し、冷凍庫内に配置した。
【0219】
翌日(動物003、4群および5群に対する投与日)、1群および4群用の投与溶
液を冷凍庫から取り出し、作業台上に配置し、室温に到達させた。室温まで到達し
たら、1群および4群用のバイアルを重量計測し、4群バイアルにラベルを貼付し、
1群および4群の投与を計画されたそれぞれの動物用に、フィルターを通して1m
lを採取した。次いで、5群用の投与溶液を、4群投与溶液および1群(ビヒクル)
の適当量を無菌ポリプロピレンバイアルに注入することによって調製した。1群お
よび4群から添加された量を記録した。バイアルを軽く反転させることによって溶
液を混合し、5群の動物用に、フィルターを通して2~1ml用量を採取した。投
与の完了の際に、1群および4群用のバイアルを再重量計測し、全てのバイアル(1
~5群)を冷凍庫内に配置した。
【0220】
以下の表に記載されているように、14匹の動物を処置群に無作為割付した。
【0221】
投与のIT経路が、これがヒト投与のために意図された経路であるために選択さ
れた。この試験のために選択されたイズルスルファーゼの投与量(3、30、10
0、および150mg/ml)は、3回の継続的な毎月のボーラスIT腰椎注射後
のヒト以外の霊長類中枢神経系(CNS)内の変化する酵素の投与レベルの生体内
分布を評価するために選択された。
臨床観察
【0222】
臨床的徴候の全発生率は、最小であった。1群(対照)、2群(3mg)、3群(3
0mg)、または5群(100mg)の動物は、試験中のいずれの時点でも供試物質
に関連すると考えられる臨床的徴候を有さなかった。
【0223】
1日目には、4群(150mg)の全ての3匹の動物(012~014)は、投
与後3~12分以内で5~15分間続く最小のハインドクウォーターの傾向を示し
た。この徴候は、供試物質に関連すると考えられ、より低い投与量群のいずれでも
観察されなかった。第1回目の投与直後および供試物質投与直後の日に、他の臨床
的徴候は見られなかった。4群動物について観察された唯一の他の徴候は、35日
目に動物013での一回の嘔吐の発生であった。
【0224】
単回の毎月の髄腔内腔内ボーラス投与としての供試物質の投与は、挿入された薬
物送達装置による固有の変化を考慮に入れるとき、有害な肉眼的または顕微鏡的変
化に関連しなかった。対照群を含める全ての群は、薬剤送達システムに対する炎症
反応を示す髄膜での顕微鏡的変化を有した。30mgまたはそれ以上の供試物質の
用量を受容した動物では、髄膜での炎症反応がより明白な好酸球性成分を有する傾
向があった。
【0225】
対照動物と供試物質処置動物との間の差があまりに僅かであったために、無影響
量(NOAEL)は、本試験でテストされた最高用量である150mgであると解
釈された。
【0226】
全ての群(対照を含める)での髄膜における全炎症反応は、サルでこの持続時間
の髄腔内腔内試験で全般的に発生したものよりは僅かに明確であった。しかしなが
ら、これは、ビヒクルの若干の特性または死体解剖前の24時間の投与量の作用に
関連する可能性があると考えられる。
【0227】
脳イズルスルファーゼ染色は、150mgの群で確認された最高の染色強度で、
3mg群の1匹の動物を除けば、全ての処置動物で陽性であった(図16、17、
18および19) 3mg群では、
。 髄膜細胞および髄膜細胞の下の数個のグリア細胞
のみが陽性であり、注射されたイズルスルファーゼは、ニューロンでは検出されな
かった。より高い用量群(30、100および150mg)では、髄膜細胞、グリ
ア細胞および血管周囲細胞に加えて、脳内ニューロンの大規模な集団がイズルスル
ファーゼ染色について陽性であった。イズルスルファーゼ免疫染色は、髄膜近くの
表面での層I内のニューロンから白質に隣接したより深い層IV内のニューロンに
至る脳内ニューロンにおいて、注射されたイズルスルファーゼの広範囲な分布を明
らかにした(図20、21および22)。ニューロンの顕著な染色はまた、150m
g投与群についても観察された(図23)全ての動物
。 (30~150mgの投与群)
では、ニューロンのイズルスルファーゼ染色で顕著な違いは、脳の前頭部、中頭部、
および後頭部の間では認められなかった。
考察
【0232】
体重、餌消費、理学的検査所見および神経学的検査所見に及ぼす供試物質に関連
する臨床的徴候または影響はなかった。1日目に、4群(150mg)動物は、投
与後3~12分以内で、5~15分間持続するハインドクウォーターへの最小の傾
向を示し、この徴候は、供試物質に関連するものであると判定された。
【0233】
イズルスルファーゼ投与は、種々の脳領域、ならびに脳幹および脊髄におけるイ
ズルスルファーゼ活性での用量依存型増加に関連した。・・・
実施例3:IT送達されたI2SのPK(血清およびCSF)
【0235】
本実施例は、供試物質(TA)濃度についてのカニクイザルにおける毎月ボーラ
ス髄腔内腔内腰椎注射および毎週ボーラス髄腔内腔内腰椎注射を介して投与された
イズルスルファーゼの6ヶ月毒性試験に関連する血清および脳脊髄液(CSF)分
析を提供する。
実験計画
【0236】
本試験の目的は、6ヶ月の期間にわたる毒性学的および安全性薬理的観点からイ
ズルスルファーゼ(I2S)の反復用量髄腔内腔内(IT)投与を評価することで
ある。試験計画は、表8に示されている。
【表8】
供試物質
識別:イズルスルファーゼIV投与量-(2.0mg/mL)
IT投与量-イズルスルファーゼ(0mg/mL)、イズルスルファーゼ(3mg
/mL)、イズルスルファーゼ(30mg/mL)、イズルスルファーゼ(100m
g/mL)アッセイ法:
【0237】
イズルスルファーゼ濃度を決定するために、ELISA(酵素結合免疫吸着法)
を用いてアッセイを行った。希釈計数を乗ずる前の検出限界値(IOD)は1.2
5ng/mLであった。サンプルを1:50希釈でスクリーニングし、したがって、
アッセイ感度は62.5ng/mLであった。検量線の高い終点を超えて下降して
いるサンプルは、検量線の範囲内の値をもたらした適切な希釈で、更に希釈、再試
験された。選択されたサンプルを、酵素活性アッセイを用いて更に分析した。この
アッセイに関するLODは、1:50の最小サンプル希釈で0.18mU/mLで
あった。
【0238】
1群および2群の動物は、生理食塩水またはビヒクルをそれぞれ投与され、全て
の動物は、IVおよびIT投与の期間全体を通して、138ng/mLと<62.
5ng/mL(または<LOD)との間の範囲のイズルスルファーゼレベルを有し
た。1群および2群からのテストされた200個のCSFサンプルの62個が、ア
ッセイLOD以上のI2Sのレベルを示した。これらの7個の数値が高かった(>
1,000ng/mL) IT投与前に採取されテストされた3つの他のCSFサン

プルの1つが、I2Sが1,00ng/mL以上であった。
【0239】
次いで、サンプルがイズルスルファーゼ活性についてテストされた。それぞれの
場合、活性の結果は、I2Sの存在を示し、I2Sの適切な濃度が活性レベルに基
づいて計算された場合、結果は抗原ELISAによって得られたものの20%以内
であった(表9参照) 抗原ELISA結果<LODで追加的に無作為に選択された

CSFサンプルはまた、いずれかの非特異的活性を排除するための酵素活性アッセ
イを用いてテストされた。
【表9】
【0240】
この試験では、血清およびCSFサンプルを、イズルスルファーゼ濃度について
分析した。血清サンプルは、以下の計画により採取された:
IV投与:投与前および投与1~10の後2時間、投与前および投与11~23
の後4時間、ならびに死体解剖時。
IT投与:投与前および投与1および2の後2時間、投与前および投与3~6の
後4時間、ならびに死体解剖時。
CSFサンプルは以下の計画により採取された:
IV投与 投与前および投与1の後2時間、
: ならびに投与3および6の後4時間。
IT投与:投与前および投与1および2の後2時間、投与前および投与3~6の
後4時間、ならびに死体解剖時。
【0241】
概ね、血清イズルスルファーゼは、CSFイズルスルファーゼよりも早く除去さ
れた。
【0242】
生理食塩水またはビヒクルのそれぞれで投与された1群および2群動物における
血清イズルスルファーゼレベルは、テストされた全ての時間点で138ng/mL
未満かまたはそれに等しかった。若干の動物が、アッセイ検出限界値(LOD)以
下のレベルを有した。
【0243】
高レベル(>1,000ng/mL)をもたらした7つの著しい例外を伴い、群
1および2からのCSFサンプルの少数が、アッセイLOD以上であった。IT投
与3前の動物から採取された1つのCSFサンプルがまた、1,000ng/mL
以上のイズルスルファーゼであるとテストされた。
【0244】
これらの傾向から外れた結果を生じさせるサンプルを再試験し、確認した。更に、
これらサンプルを、イズルスルファーゼ酵素活性について試験した。これら活性結
果はまた、イズルスルファーゼ質量アッセイから得られたものの20%以内の高イ
ズルスルファーゼレベルを確認した。
【0245】
活性アッセイの特異性は、CSFサンプルをLOD以下のイズルスルファーゼ質
量単位で無作為に試験することによって、このサンプル集団内で実証され、これら
サンプルにおけるイズルスルファーゼレベルが、実際にLODであることを確認し
た(データ表示せず)。
実施例4:製剤
【0246】
本実施例は、第I/II相臨床試験のためのイズルスルファーゼ-IT薬剤物質
の製剤および医薬品製剤を確立するために実施された製剤開発試験を概説する。
【0247】
CNS送達用に好適な賦形剤の制限のために、イズルスルファーゼの髄腔内腔内
送達についての製剤開発のための取り組みは、全身的送達のためのI2S製剤と等
価な安定性も維持すると同時に、リン酸塩およびポリソルベート20レベルを低減
することに焦点が当てられた。
【0248】
リン酸塩およびポリソルベートレベルの影響を検討するために、3種の重要なス
クリーニングストレス試験が行われた。これら試験とは、凍結融解、振盪ストレス、
および熱ストレスが挙げられる。この結果は、生理食塩水製剤が、低タンパク質濃
度(2mg/mL)で凍結融解ストレスに対してより安定であることを示した。高
タンパク質濃度(100mg/mL)では、凍結融解ストレスは、生理食塩水含有
製剤およびリン酸塩含有製剤の双方で不安定性の問題は発生しなかった。振盪スト
レス試験は、0.005%ポリソルベート20が振盪関連ストレスに対してタンパ
ク質を保護することを確認した。熱安定性試験は、生理食塩水製剤がリン酸塩を含
有する製剤に比べてより安定であることを立証した。更に、生理食塩水製剤のpH
は、2~8℃で24カ月間、6.0で維持されることができた。タンパク質に結合
された残留リン酸塩の量、ならびにタンパク質濃度の増加が、最終製剤におけるp
H安定性に関与することが認められた。
方法
生理食塩水およびリン酸塩製剤中のイズルスルファーゼの安定性に及ぼす凍結/
融解ストレスの影響
【0249】
異なる製剤中のイズルスルファーゼ安定性に及ぼす凍結/融解の影響を検討する
ために、バイアルのSECプールを、Centriction Plus用いて、
4回、150mMのNaClまたは20mMのリン酸ナトリウムを含有する137
mMのNaCl(双方ともにpH6.0で)のいずれかに交換/濃縮した。タンパ
ク質濃度は、2mg/mlおよび100mg/mLを達成目標とした。全ての溶液
は、0.22マイクロメートルのPVDFフィルターを通して濾過された。溶液を
それぞれ1mLの等量ずつで2mLのホウケイ酸ガラスバイアルに分けた。このバ
イアルを凍結乾燥室の中段に配置し、プラセボバイアルで取り囲んだ。サンプルを、
プログラムされた凍結/融解サイクル(20℃で1時間保持し、1℃/分で-50℃
に凍結する)で凍結した。次いで、2段階で融解した(0.03℃/分で-50℃
から-25℃まで融解し、-25℃で24時間保持し、2~8℃まで融解させた)。
凍結/融解の2または3サイクル後に、サンプルを外観およびSEC-HPLC分
析によって分析した。
リン酸塩および生理食塩水製剤中のイズルスルファーゼに及ぼす振盪/せん断ス
トレスの影響
【0250】
異なるタンパク質濃度で、イズルスルファーゼで振盪試験を実施した。タンパク
質濃度は、20mMのリン酸塩中137mMのNaCl(pH6.0)および15
4mMのNaCl(pH6.0)単独の存在下で、2mg/mL、8mg/mL、
および90~100mg/mLで試験された。ポリソルベートが必要であるかどう
かを確認するために、種々の量のPS-20を試験条件にスパイクした。溶液をそ
れぞれ1.2mLずつの等量で、2mLのガラスバイアルに分け、次いで周辺条件
下、250rpmで、旋回シェーカー上で24時間振盪した。ベースラインと24
時間で、外観を検査し、0.1mLアリコートを、SEC-HPLCによる分析ま
で、0.5mLのポリプロピレンチューブ中で≦-65℃以下で凍結した状態で採
取した。
【0251】
先ず初めにポリソルベート20レベルの影響を確認するために、材料の3時間の
トラック輸送を用いて輸送模擬輸送試験を行い、続いてランダムテストオプション
(Lansmont(Lansing,MI)によって実行)を用いた保証レベル
1で1時間の気密試験を行った。サンプルを、SEC-HPLCによって、粒子の
外観および可溶性凝集体について分析した。
【0252】
安定性に及ぼす攪拌ストレスの影響を検討するために、生理食塩水製剤(50m
g/mL、154mMのNaCl、および0.005%のPS-20)を、テフロ
ン(登録商標)マグネチック攪拌バー(長さ8mmおよび直径2mm)を含む3m
L型ガラスバイアル内に1.3mLで充填し、13mmストッパーで止めた。バイ
アルを設定6(設定6の選択は、過剰の泡立ちを生じることがない最大速度)で速
度を設定した攪拌プレート上に配置した。0、2、24、48、および72時間で
外観を決定した。ベースラインおよび72時間攪拌したサンプルを、SEC-HP
LC法でテストした。
リード製剤についての熱安定性試験
【0253】
6種のリード製剤を、熱安定性について比較した。これら製剤は、2つのパラメ
ータに基づいて選択された。第1のパラメータは、CNS送達のための治療域内で
必要とされるタンパク質濃度であった。第2のパラメータは、安定性に及ぼすリン
酸塩濃度の影響を制御するためのものである。バイアル濾過されたSECプールを、
Centriction Plus-80を用いて、緩衝液交換し濃縮した。50
および100mg/mLのタンパク質濃度の目的の濃度が得られた。6種の製剤に、
最終濃度0.01%のPS-20のために、1%ポリソルベート20溶液をスパイ
クした。材料を0.22マイクロメートルPVDFフィルターを通して濾過し、0.
5mLを2mLのホウケイ酸ガラスバイアルに添加した。これらバイアルを、逆さ
にして、負荷安定性(40℃)、加速安定性(25℃)、およびリアルタイム保存(2
~8℃)に配置した。それぞれの時間点での安定性サンプルを、SEC-HPLC、
OD320、SAX-HPLC、SDS-PAGE(Commassie)、pH、
および活性によって試験した。
生理食塩水製剤における安定性の理解
【0254】
生理食塩水製剤においてpHがどのように維持されるかを理解するために、以下
の試験が行われた。
生理食塩水製剤におけるリン酸塩の残留試験
【0255】
バイアル濾過されたSECプール(2mg/mLのイズルスルファーゼ、137
mMのNaCl、20mMのリン酸ナトリウム、pH6.0)を、Millipo
re TFFシステムおよびMillipore Pellicon Bioma
x 30,50cm2フィルターを用いて濃縮し、150mMのNaClに透析濾
過した。0.9%生理食塩水(TK3で調製)への透析濾過の7X、10Xおよび
15Xサイクル後に、タンパク質に結合されたリン酸塩の量を決定した。更に、1
0X透析濾過後の透過液(濾過を通してタンパク質を含有しないフロー)および濾
過で使用された生理食塩水もまた試験された。タンパク質濃度がpHに及ぼす影響
の判定
【0256】
緩衝液(リン酸塩)が存在しない状態でのpHの制御をより良く理解するために、
タンパク質影響試験が行われた。タンパク質のpHへの関与を決定するために、材
料を154mMのNaCl(生理食塩水)中で、30mg/mL、10mg/mL、
2mg/mL、1mg/mL、0.1mg/mL、および生理食塩水単独に希釈し
た。材料を、各チューブ当たり1mLの充填容積で、2mLのポリプロピレンチュ
ーブに等量に分けた。サンプルを≦-65℃で1時間凍結させて、周囲温度で30
分間融解し、このサイクルを3回繰り返した。最初のpHを測定し、3X凍結/融
解サイクル後のものと比較した。pHシフトに及ぼす可能性があるタンパク質濃度
の影響を決定するために、サンプルの24時間の周囲温度露出(チューブのキャッ
プを開けることによって)後にもpHが測定された。
【0257】
CNS送達に好適な賦形剤が制限されているために、イズルスルファーゼの髄腔
内送達用の製剤開発のための取り組みは、全身的投与のためのI2S製剤と等価な
安定性を維持すると同時に、リン酸塩およびポリソルベート20レベルを低減する
ことに焦点が当てられた。3種の重要なスクリーニングストレス試験が行われ、こ
れらは、凍結融解、振盪ストレス、および熱ストレスが挙げられる。
生理食塩水およびリン酸塩製剤中のイズルスルファーゼに及ぼす凍結/融解の影

【0258】
表10に示されるように、2mg/mLの低タンパク質濃度で、20mMのリン
酸塩含有製剤は、凍結融解ストレス後により多くの凝集体を生じた。生理食塩水製
剤は、ベースラインと同一レベルの凝集体のままであった。高タンパク質濃度(1
00mg/mL)では、凍結融解ストレスは、いずれの製剤の安定性にも影響を及
ぼさないように思われた(表11)。このデータは、生理食塩水単独製剤が、凍結融
解ストレスに対してより良好な安定性を有することを示唆した。
【表10】
【表11】
溶液中のイズルスルファーゼに及ぼす振盪ストレスの影響
【0259】
振盪試験が、2、8、および100mg/mLの3種のタンパク質濃度レベルで
行われた。データは、ポリソルベート20が存在しない場合、沈殿が全てのタンパ
ク質濃度で発生し、高レベルの可溶性凝集体が、2mg/mLで観察されることを
示した(表12~表14)。しかしながら、0.005%などの低レベルのP20の
存在下では、沈殿および可溶性凝集体はほとんど抑制された。データは、低レベル
のポリソルベートがタンパク質を振盪ストレスに対して保護するために必要とされ
ることを示唆した。
表12~14:研究室モデルにおける振盪試験(周辺温度で、250rpmで2
4時間の回転)
【表12】
【表13】
【表14】
【0260】
0.005%が振盪に対する安定性について十分であるかどうかを更に確認する
ために、実際の輸送条件に近いものである模擬輸送試験が、ポリソルベート20の
異なるレベルで、100mg/mLのタンパク質を含有する生理食塩水製剤で行わ
れた。結果は、0.005%が十分であることを裏付けた(表15)。
【表15】
【0261】
0.005%のポリソルベート20で、50mg/mLのイズルスルファーゼを
含有する生理食塩水製剤に及ぼすマグネチック攪拌バーを用いる攪拌の影響が、表
16に概説されている。示されるように、タンパク質は、マグネチック攪拌バーを
用いる72時間の攪拌によって生じるストレスには感受性がない。この結果は、0.
005%が攪拌ストレスに対して十分であることを同様に裏付けた。
【表16】
リード候補物についての熱安定性
【0262】
6種の重要な製剤が、安定性試験のために24ヶ月にわたり試験された。これら
試験の結果が、このセクションで説明されている。
外観
【0263】
全ての製剤の外観は、僅かに乳白色のままであり、6種の製剤について試験され
た全ての温度および時間点で、本質的に粒子を含まなかった。
OD320
【0264】
混濁度での潜在的増加を検討するために、OD320値を決定し、表17に概説
された。示されるように、凍結保存では、全ての製剤についてのOD320値は、
24ヶ月保存後に、ベースラインと同様のままであった。2~8℃条件では、生理
食塩水製剤は、ベースラインと同様のままであったが、リン酸塩含有製剤は、OD
320値での増加したレベルを有した。25℃の加速条件では、生理食塩水製剤は
また、3~6ヶ月後にOD320における僅かな増加を有したが、リン酸塩含有製
剤は、より著しい増加を示した。これらの結果は、生理食塩水製剤が、熱ストレス
に対してより安定であることを示唆している。
【表17】
SEC-HPLC
【0265】
SEC-HPLCによってテストされた全ての製剤のデータ一覧が、表に示され
ている。凍結保存条件では、ベースラインと比較して24ヶ月後に変化はなかった。
【0266】
40℃のストレス条件では、2週間後に全ての製剤が、可溶性凝集体の増加した
レベルを有した。更に、リン酸塩含有製剤はまた、
「12分」ピークを示した。しか
しながら、1ヶ月後には、リン酸塩含有製剤で観測されたこの「12分」ピークは、
消失するように見えた。加えて、可溶性凝集体レベルは、2週間の時間点と比較し
て、全ての製剤についてそれ以上増加しなかった(図8および表18)。
【0267】
25℃の加速条件では、ベースラインと比較して、全ての製剤について、可溶性
凝集体の増加したレベルが6ヶ月後には最小であった。しかしながら、リン酸塩含
有製剤は、「12分」ピークを示した(図9および表18)。
【0268】
2~8℃の長期保存条件では、24ヶ月後に、全ての製剤についての可溶性凝集
体の増加はまた、24ヶ月保存後に最小であった。全ての条件で一貫して、リン酸
塩含有製剤はまた、
「12分ピーク」を有し、これは経時的に僅かに増加した(図1
0および表18)。
【0269】
これら結果は、生理食塩水製剤が、全ての保存条件で、リン酸塩含有製剤と比較
して最小の変化に止まることを示唆している。
【表18】
SAX-HPLC
【0270】
SAX-HPLCについてのデータ一覧が、表19に表示されている。ストレス
負荷/加速条件では、生理食塩水製剤は、わずかに多い変化を有したように見えた
が(図11および12)、長期保存条件では、全ての製剤について、24ヶ月後に変
化はなかった(表19および図13)。これは、生理食塩水製剤が、2~8℃で24
ヶ月間安定であることを示している。
【表19】
pH
【0271】
表20は、全ての製剤のpHが、2~8℃で24ヶ月間、ベースラインに匹敵す
るpHのままでいたことを示している。生理食塩水製剤については、緩衝液が存在
しないが、pHは、24ヶ月間、6.0で一定に維持された。
【表20】
酵素活性
【0272】
参照標準と比較すると、2~8℃で24ヶ月後に、全ての製剤についての比活性
は、アッセイ間の偏差内で同等であり、これは、イズルスルファーゼが、24ヶ月
間、生理食塩水製剤中で安定のままでとどまることを示唆している(表21)。
【表21】
【0273】
生理食塩水製剤の調製における最終的UF/DF工程は、137mMのNaCl、
20mMリン酸ナトリウムからのタンパク質を150mMのNaClへと透析濾過
するために用いられた。透析濾過サイクル数が最終生成物中の残留リン酸塩濃度に
どのように影響を及ぼすかを検討するために、研究室スケールでの試験が、製剤原
料(2mg/mLのイズルスルファーゼ、137mMのNaCl、20mMのリン
酸ナトリウム、pH6.0)を用いて行われた。製剤原料を先ず初めに、50mg
/mLのイズルスルファーゼに濃縮し、次いで150mMの生理食塩水中に透析濾
過した。サンプルを、7X、10X、および15X透析濾過工程で採取し、リン酸
塩含量についてICPによって試験した。試験結果は、表22に概説されている。
示されるように、生理食塩水透析濾過溶液は、いずれのリン酸塩も含有しない。7
XDF後に、タンパク質は約0.22mMのリン酸塩を含有し、これは、理論的に
計算された値よりも高かった。10XDF後に、通過液が約0.07mMのリン酸
塩であったが、タンパク質保持物質は約0.16mMのリン酸塩を含有し、このこ
とは、リン酸塩がタンパク質に結合していることを示唆した。15XDF後には、
リン酸塩レベルは約0.07mMに下降した。
【0274】
この試験からの結果は、約0.2mMのリン酸塩残基が、製剤原料中に残留して
いることを示し、これは、生理食塩水製剤が6.0のpHを維持していることに寄
与していると思われる。
【表22】
製剤pHの維持に及ぼすタンパク質濃度の影響
【0275】
リン酸塩含量分析から、タンパク質へのリン酸塩の結合が明白となった。したが
って、高濃度のタンパク質がより多くのリン酸塩に結合し得ることが予期され、こ
のことがpHをより良好に維持する可能性がある。この仮説を検討するために、生
理食塩水溶液中のタンパク質を異なるレベルに濃縮し、異なる処理条件後の溶液の
pHをテストした。この結果が、表23に概説されている。
【0276】
表示されるように、溶液の最初のpHが、タンパク質濃度に依存して約6.0に
維持された。しかし、周囲温度に24時間露出後または3回の凍結融解サイクル後
に、0.1mg/mLまたはそれ未満のタンパク質を含有する溶液のpHは、6.
0周辺で一定のpHを維持しなかった。1mg/mLまたはそれ以上のタンパク質
濃度では、溶液のpHは、6.0周辺で維持された。このことは、タンパク質濃度
が、生理食塩水溶液のpHを維持する上での制御因子であることを確証した。
【表23】
【0277】
この試験からの結果は、生理食塩水製剤(50mg/mLのイズルスルファーゼ、
0.005%のポリソルベート、150mMのNaCl、pH6.0)中のイズル
スルファーゼが、2~8℃で保存される場合、少なくとも24ヶ月安定であること
を立証した。この製剤は、リン酸塩含有製剤に比べてより安定であると思われる。
0.005%のポリソルベート20の選択は、タンパク質を振盪ストレスに対して
保護するために十分であった。更に、この試験は、生理食塩水製剤のpHが、2~
8℃で24ヶ月間、6.0で安定に維持され得ることも示し、これは最終製剤にお
ける残留リン酸塩および高タンパク質濃度に部分的に起因するものである。
実施例5:生体分布
【0278】
髄腔内腔内投与がCNSの組織へのI2Sを送達する有効な方法であることが成
功裏に立証されたので、IT投与されたI2Sが脳の深部組織への分布が可能であ
るかどうか、ならびにIT投与されたI2Sの細胞局在化があるかどうかを決定す
るために、追加的試験が行われた。組換え体ヒトイズロン酸-2-スルファターゼ
(I2S)製剤を、6.0のpHで、154mMのNaCl、0.005%のポリ
ソルベート20のビヒクル中で調製かつ製剤化した。
【0279】
非ヒト霊長類に、I2Sの3mg、30mg、または100mgのいずれかを月
単位で、移植した髄腔内腔内ポートによって、6ヶ月間継続して投与した。試験の
計画が、以下の表24に概説されている。
【表24】
【0280】
6ヶ月間の非ヒト霊長類へのI2Sの繰り返し毎月投与は、テストされた最高用
量で良好に忍容され、いずれの重大な有害毒性学的事象に関連しなかった。I2S
の第6回目および最終用量の投与後24時間に、対象の非ヒト霊長類を致死させて、
このようなヒト以外の霊長類のCNS組織を検査した。
【0281】
免疫組織化学法(IHC)によって判定されたように、CNSの細胞および組織
全体にI2Sの広範な細胞堆積があった。I2Sタンパク質は、大脳皮質から脳室
白質までの堆積勾配を伴い、IHCによって脳の全ての組織で検出された。灰白質
では、I2Sは、全ての群において、用量依存型の様式で、大脳、小脳、脳幹、お
よび脊髄のニューロンで検出された。高投与量群の表面灰白質では、大多数の脳ニ
ューロンが、表面皮質でのI2S染色について陽性であった(図40A)I2Sは、

視床(図40B)、海馬(図40C)、尾状核(図40D)および脊髄(図40E)
内のニューロンでも検出された。髄膜細胞および血管周囲細胞もまた、I2S染色
について陽性であった(図40F)。
【0282】
図41および42に示されるように、対象の非ヒト霊長類のCNSの組織への、
特に灰白質、視床および大脳皮質へのIT投与されたI2Sの分布が認められる。
更には、図42および43は、IT投与されたI2Sが、用量依存型様式で、被験
者のヒト以外の霊長類の示されたCNS組織で蓄積することを図示している。共局
在化染色はまた、I2SのIT投与が、ニューロンおよび希突起グリア細胞の双方
と結合することを明らかにした。IT投与されたI2Sはまた、図44によって実
証されたように、対象のヒト以外の霊長類の大脳全体に分布かつ局在化する。特に、
図45は、フィラメント染色によって示されたように、対象の非ヒト霊長類へのI
T投与後のI2Sのニューロンによる取り込みおよび軸索結合を図示している。ま
た特に興味深いのは、本試験はI2Sがニューロン細胞に対して選択的であること
を示していることであり、このようなニューロン細胞は、脳の深部組織への髄腔内
腔内投与されたI2Sの分布を促進し、軸索構造と結合するように見え、これはI
2Sの順行性軸索輸送を示唆している。
【0283】
以下の表25は、個別の動物試験についての種々の投与経路および投与量の薬物
動態データを表している。
【表25】
【0284】
以下の表26に示されるように、 124I標識化I2Sを試験動物に投与し、PE
Tスキャン結果が図62、図63に示されている。
【表26】
【0285】
本試験はまた、IT投与後の対象の非ヒト霊長類の脳室近くの白質脳組織におけ
るIT投与されたI2Sの細胞特定も立証した。白質内のI2S染色密度は、灰白
質よりも概ね低いが、I2Sは希突起グリア細胞内で検出された(図46)。特に、
図46は、白質脳組織におけるI2Sの細胞特定を示していて、I2Sがミエリン
と結合するようには見えないことを更に立証している。
【0286】
IT投与されたI2Sの脳組織の深部への分布を立証したことに加えて、本試験
はまた、標的の細胞内小器官へのI2Sの局在化、重要なことは、ハンター症候群
などのリソソーム蓄積疾患において影響を受ける細胞内小器官であるリソソームへ
のI2Sの局在化を確認したことである。特に、I2Sは、リソソーム内に局在化
され、軸索内でも検出された。図46は、対象の非ヒト霊長類の希突起グリア細胞
のリソソーム内のIT投与されたI2Sの局在化を示していて、したがって、IT
投与されたI2Sは、脳の組織の深部に分布することが可能であり、ならびに細胞
内局在化が可能であることを確認した。
【0287】
送達されたI2Sが生物学的活性を保持しているかどうかを明らかにするために、
脳におけるI2Sのレベルを、比活性アッセイを用いて測定した。最後の投与後2
4時間の3mgのIT群の脳における活性は、装置対照およびビヒクル対照動物で
の基底レベルと明らかな差はなかった。30mgおよび100mgのIT投与動物
の脳における酵素活性は、死体解剖時(投与後24時間)ではベースライン以上で
あった。
実施例6:IT送達対ICV送達
【0289】
前述の実施例で観察されたI2S分布が、単回ITまたはICV用量が投与され
た健常なビーグル犬でも再現された。雄ビーグル犬を、コンピューター作成番号を
用いて、2つの群(1群(ICV)、N=3;2群(IT)、N=4)に無作為割付
した。全てのビーグル犬は、腰椎でのクモ膜下腔内または左側脳室内(投与用)な
らびに大槽内(サンプリング用)に移植されたカテーテルを有した。全てのカテー
テルは、皮下チタンアクセスポートに終結した。追加の犬が、非投与の外科的対照
として用いられた。
【0290】
I2Sの単回ボーラス1mL注射(20mMリン酸ナトリウム、pH6.0;1
37mM塩化ナトリウム;0.02%ポリソルベート-20中30mg/mL)が
ITまたはICVで投与され、続いて、リン酸塩緩衝生理食塩水(PBS;pH7.
2)で0.3mL流された。臨床的徴候を監視し、投与後24時間で致死させた。
ELISA、I2S酵素活性およびIHCによって決定されるような定量的I2S
分析用に脳および脊髄組織サンプルを採取し、試験群間で比較した。
【0291】
IHCによって決定されたように、I2Sは、ITおよびICV群の双方の灰白
質全体に広く分布した。大脳皮質では、図47(AおよびB)によって示されるよ
うに、ITおよびICV群の双方で、ニューロンは、表面の分子層から深部の内層
までの6つのニューロンでI2Sについて陽性であった。ITおよびICV群の大
脳皮質では、図47(CおよびD)で示されるように、I2Sは、プルキンエ細胞
を含むニューロンで検出された。
ITおよびICV群の双方において、図47(EおよびF)に示されるように、
海馬内のニューロンの大集団が、I2Sに陽性であった。I2S陽性ニューロンは
また、図47(GおよびH)で示されるように、両群において、視床および尾状核
でも確認された。
【0292】
したがって、本試験は、脳の深部細胞および組織分布するためのIT投与された
酵素の能力を確認し、ならびにハンター症候群などのリソソーム蓄積疾患に関連す
るCNS症状発現の治療のためのIT投与されたI2Sなどの酵素の利用を裏付け
る。
実施例7:イズロン酸-2-スルファターゼ欠損動物モデル
【0293】
IT投与されたI2Sが、脳の組織の深部への分布が可能であることならびにI
2Sの細胞内局在化が立証されたので、IT投与されたI2Sの治療的有効性を判
定するために、更なる試験が行われた。IT投与されたI2Sの疾患の進行を変更
するための能力を試験するために、ハンター症候群の遺伝子的に処理されたイズロ
ン酸-2-スルファターゼノックアウト(IKO)マウスモデルを開発した。この
I2Sノックアウトマウスモデルは、組織および器官においてグルコサミノグリカ
ン(GAG)の蓄積を生じさせるI2S遺伝子座の標的破壊を用いて開発された。
IKOマウスモデルは、特徴的顔貌および骨格異常が挙げられるヒトで見られるハ
ンター症候群の多くの身体的特徴を呈する。更に、IKOマウスモデルは、尿およ
び体全体の組織におけるグルコサミノグリカン(GAG)の上昇したレベル、なら
びに組織病理学的に観察された広範囲の細胞空胞化を示す。
【0294】
本試験において、市販のI2S(Elaprase(登録商標))を濃縮し、リン
酸塩緩衝生理食塩水(PBS)中に再懸濁させた。8~12週齢の雄IKOマウス
の6つの群を、I2S(10μl;26mg/ml)で処置した。AおよびB群(N
=3)には、それぞれI2Sの260μg用量を3回(1、8、および15日目に)
および260μg用量を2回(1および8日目に)髄腔内腔内投与した。D群もま
た、1、8、および15日目で、260μgの3回の髄腔内腔内投与で処置した。
C群およびE群(N=3)は未処置対照群であり、F群(N=3)は、未処置の野
生型対照であった。対照マウスには、I2Sを含まないビヒクルを投与した。最後
の注射後1時間でマウスを致死させて、続いて免疫組織化学法(IHC)および組
織病理学的分析用に組織調製を行った。
【0295】
3回目の注射後に、ビヒクル処置マウスに比べてI2S処置マウスで、表面大脳
皮質、尾状核、視床および小脳における細胞内空胞化の広範囲の減少があった。細
胞内空胞化における減少はまた、IT処置後に白質において確認された。IKOマ
ウスの脳組織へのI2Sの分布は、IT投与後に明白であった。
【0296】
IKOマウスにおけるI2Sの3週間のIT投与もまた、光学顕微鏡および電子
顕微鏡レベルの双方で、CNS細胞内空胞化での著しい減少を示した。I2SのI
T投与後の細胞内空胞化の減少は、未処置IKOマウスに対して明確であって、こ
れは、IT投与されたI2Sが疾患の進行を変更することが可能であることを示唆
している。図48に示されるように、細胞空胞化の減少は、I2SのIT投与後に
IKOマウスの脳梁および円蓋で顕著であった。図49は、処置されたIKOマウ
スの大脳皮質組織における、リソソーム疾患の病理学的生物マーカーであるリソソ
ーム結合膜タンパク質1(LAMP1)の存在の著しい減少を示している。
【0297】
更には、電子顕微鏡は、灰質内のニューロンでの蓄積封入体および白質内の希突
起グリア細胞での空胞化の存在の減少を立証した。特に、IKOマウスのIT投与
されたI2Sは、特定のリソソーム蓄積疾患の特徴である柵状ラメラ体(ゼブラ小
体)の減少を立証した。特に、図5は、未処置IKOマウスに対するI2Sを投与
されたIKOマウスのニューロン内の特徴的ゼブラ小体の減少を示している電子顕
微鏡走査を表している。同様に、図5は、脳梁内の希突起グリア細胞の電子顕微鏡
走査を示す。
【0298】
加えて、IKOマウスへのI2SのIT投与はまた、表面大脳皮質、尾状核、視
床、小脳および白質において、リソソーム活性および病状の指標である、リソソー
ム疾患病理学的生物マーカーのリソソーム結合膜タンパク質1(LAMP1)免疫
染色での顕著な減少も示した。図49Aに示されるように、LAMP1免疫染色で
の顕著な減少は、図49Bに示される未処置のIKO対照マウスの表面大脳皮質組
織に対して、処置されたIKOマウスの表面大脳皮質組織で明白であって、これは
病変での改善を反映している。
【0299】
図20は、脳組織のμm2領域で測定されたLAMP-1の濃度を図示しかつ比
較する。種々の脳領域のLAMP-1免疫染色の形態計測学的分析は、評価された
脳の領域におけるLAMP-1陽性染色での著しい減少があることを確認した。図
4に示されるように、評価された脳組織のそれぞれの領域(皮質、尾状核および被
殻(CP)、視床(TH)、小脳(CBL)および白質(WM))で、LAMP-1陽
性領域は、未処置IKO対照マウスに対して処置IKOマウスで減少され、野生型
マウスのLAMP-1陽性領域に近づいた。特に注目すべきことは、分析された脳
組織の各領域におけるLAMP-陽性領域は、継続された処置時間で更に減少され
た。
【0300】
異常に高いリソソーム活性の減少は、脳の全ての領域での劇的な形態的改善に相
関した。これら結果は、IT投与されたI2Sが、遺伝子的に処理されたIKOマ
ウスモデルにおいて、リソソーム蓄積疾患の進行を変更させることが可能であるこ
とを裏付け、ならびにハンター症候群などのリソソーム蓄積疾患に関連するCNS
症状発現を治療するためのIT投与されたI2Sなどの酵素の能力を更に裏付けた。
実施例8:ハンター症候群患者の治療
【0301】
例えばIT送達を通じての直接的CNS投与は、ハンター症候群患者を効果的に
治療するために用いられ得る。この実施例は、後期小児型ハンター症候群を有する
患者への髄腔内薬剤送達装置(IDDD)を介しての合計で40週間の3段階隔週
(EOW)のI2S投与までの安全性を評価するために計画された多施設用量漸増
試験を示す。・・・
実施例9:ハンター症候群患者の治療
【0306】
例えばIT送達を通じての直接的CNS投与は、ハンター症候群患者を効果的に
治療するために用いられ得る。この実施例は、後期小児型ハンター症候群を有する
患者への髄腔内腔内薬剤送達装置(IDDD)を介しての合計で6ヶ月の3段階の
毎月I2S投与までの安全性を評価するために計画された多施設用量漸増試験を示
す。・・・
【図1】 【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】 【図7】
【図8-1】 【図8-2】
【図9-1】 【図9-2】
【図10-1】 【図10-2】
【図11-1】 【図11-2】
【図12-1】 【図12-2】
【図13-1】 【図13-2】
【図16】 【甲17】
【図18】 【甲19】
【図20】 【甲21】
【図22】 【図23】
【図41】 【甲42】
【図43】 【図44】
【図45-1】 【図45-2】
【図46】 【図47】
【図48】
【図49A】 【図49B】
【図62】 【図63】
(2) 本件発明の概要
ア 技術分野
本件発明は、酵素補充療法(ERT)において、中枢神経系(CNS)を保護す
るよう機能する血液-脳関門(BBB)をタンパク質や酵素が適切に横断しないこ
とから特に挑戦的な、CNS病因を有する疾患の処置に係るリソソーム酵素に関す
る補充酵素である酵素を含む製剤に関連する。(請求項1、【0001】~【000
4】)
イ 背景技術及び発明が解決しようとする課題
(ア) 治療薬の脳送達を増強するためにBBBを迂回するいくつかの方法があるが、
合併症(感染、組織損傷、免疫応答性)、投与部位からの活性作用物質の不十分な拡
散、拡散バリア、投与され得る治療薬の用量限定、特に脳内カテーテルの配置は非
常に侵襲性であることなどの問題がある。髄腔内(IT)注射又は脳脊髄液(CS
F)へのタンパク質の投与も試みられてきたが、未だ治療的成功を見ておらず、脳
の表面での拡散に対するバリアや、有効かつ便利な送達方法がないことは、脳にお
ける適切な治療効果を達成するには大きすぎる障害物であると考えられていた。
(【0005】~【0007】)
(イ) 多数のリソソーム蓄積障害は神経系に影響を及ぼし、罹患個体のニューロン
及び髄膜においてグリコサミノグリカン(GAC)の大きな蓄積がしばしば認めら
れ、種々の型のCNS症候を生じさせる。脳に治療薬を有効に送達する必要性、さ
らに特定的には、リソソーム蓄積障害の処置のために中枢神経系に活性作用物質を
より有効に送達することが大いに必要とされている。【0008】【0009】
( 、 )
ウ 課題を解決するための手段及び発明の効果
(ア) 本件発明は、中枢神経系(CNS)への治療薬の直接送達のための有効かつ
低侵襲性のアプローチを提供する。本件発明は、一部は、酵素が種々の表面を横断
して有効に、かつ広範に拡散して、深部脳領域を含めて脳を横断する種々の領域に
浸透するよう、リソソーム蓄積症のための補充酵素(例えば、イズロン酸-2-ス
ルファターゼ(I2S))が高濃度(例えば、約3mg/ml以上、4mg/ml、
5mg/ml、10mg/ml以上)での治療を必要とする対象の脳脊髄液(CS
F)中に直接的に導入され得るという発見に基づいている。さらに、単なる生理食
塩水又は緩衝液ベースの処方物を用いて、そして対象において実質的な有害作用、
例えば重篤な免疫応答を誘導することなく、このような高タンパク質濃度送達が達
成され得る。【0010】
( 。I2Sは、ハンター症候群の治療のために用いられる補
充酵素である。【0073】)
( )
(イ) 本件発明は、①ハンター症候群を治療するための安定製剤であって、前記製
剤は対象に脳室内投与されることを特徴とし、前記安定製剤は、5mg/ml~1
00mg/mlの濃度のイズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を
含み、かつ、50mM以下の濃度のリン酸塩を含み、前記製剤が5.5~7.0の
pHを有することをさらに特徴とする、安定製剤、②10mg/ml~100mg
/mlの濃度のイズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質と、塩と、
ポリソルベート界面活性剤とを含む、脳室内投与のための安定製剤であって、前記
製剤は、5.5~7.0のpHを有し、かつ、50mM以下の濃度のリン酸塩を含
む、安定製剤又は③その単回投与形態を含む容器である。(請求項1~12)
(ウ) 本件発明は、CNS構成成分を有する種々の疾患及び障害、特にリソソーム
蓄積症の処置のための直接CNS送達のための非常に効率的な、臨床的に望ましい、
かつ患者に優しいアプローチを提供する。本件発明は、CNSターゲッティング及
び酵素補充療法の分野における有意の進歩を示す。【0010】
( )
(3) 本件発明の技術的意義について
前記(2)によると、本件発明の技術的意義は、次のとおりのものと認められる。
ア 中枢神経系(CNS)病因を有する疾患の処置に係る酵素補充療法(ERT)
では、血液-脳関門(BBB)をタンパク質や酵素が適切に横断しないことからB
BBを迂回するいくつかの方法が試みられていたものの、脳の表面での拡散に対す
るバリア等によりタンパク質や酵素のCNSへの有効な送達方法がなかった。
脳におけるリソソーム酵素の不全により生じるリソソーム蓄積障害は神経系に影
響を及ぼすことから、リソソーム蓄積障害のためにCNSに活性作用物質をより有
効に送達することが大いに必要とされていた。
イ 本件発明は、前記アの技術的背景の下、リソソーム蓄積障害の一種であるハ
ンター症候群のための補充酵素であるイズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)
が、脳の表面を横断して広範に拡散し、深部脳領域を含めて脳を横断する種々の領
域に浸透するよう、高濃度で治療を必要とする対象の脳脊髄液(CSF)中に直接
導入され得るとの発見に基づき、また、緩衝液ベースの処方物を用いて、対象に重
篤な免疫応答等の実質的な有害作用を誘導することなく、高濃度のI2Sが送達さ
れ得ることを見出したことにより、I2Sの不全に起因するハンター症候群の治療
のために、I2SをCNSに送達するために用いられる製剤を提供したものである。
2 取消事由2(実施可能要件違反)について
事案に鑑み、まず、取消事由2につき、検討する。
(1) 特許法36条4項1号に規定する実施可能要件は、明細書の発明の詳細な説
明が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯
誤を要することなく、当該発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されている
か否かを問題とするものであるところ、本件発明1が、ハンター症候群を治療する
ための安定製剤であって、脳室内投与されることを特徴とするものであり、前記1
(3)の技術的意義を有するものであることを踏まえると、本件発明を実施できる程
度の記載があるか否かについては、本件発明1の製剤がハンター症候群の治療に使
用できる程度の記載があるか否という点を中心に、これを検討するのが相当である。
(2)ア 本件明細書には、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質
がハンター症候群の治療のためのCNS送達に係るタンパク質であることが記載さ
れた(【0069】【0073】
、 )上で、本件発明1の製剤に含まれる製剤を用いた
IT投与及びICV投与の実施例として、実施例6(【0289】~【0292】、
【図47】)の記載があり、I2Sの単回ボーラス1mL注射(20mMリン酸ナト
リウム、pH6.0;137mM塩化ナトリウム;0.02%ポリソルベート-2
0中30mg/mL)のビーグル犬へのIT投与及びICV投与のいずれによって
も、I2Sが脳の灰白質全体に広く分布したほか、海馬、視床及び尾状核でも確認
されたことなどが記載されている。
イ また、本件明細書には、実施例7(【0293】~【0300】【図48】
、 、
【図49】等)として、ハンター症候群の遺伝子的に処理されたイズロン酸-2-
スルファターゼノックアウト(IKO)マウスモデルを用いたI2SのIT投与に
より、表面大脳皮質、尾状核、視床及び小脳における細胞内空胞化の広範囲の減少
や、表面大脳皮質、尾状核、視床、小脳および白質におけるリソソーム疾患病理学
的生物マーカーのリソソーム結合膜タンパク質1(LAMP1)免疫染色での顕著
な減少等が確認され、CNS症状発現を治療するためのIT投与されたI2Sなど
の酵素の能力が裏付けられたことなどが記載されている。
ウ 前記ア及びイの各実施例についての記載からすると、本件明細書の発明の詳
細な説明には、本件発明1に規定される濃度のI2Sとリン酸塩を含み、かつ、p
Hも本件発明1に規定される範囲内にある製剤をICV投与することにより、製剤
中のI2Sが脳の組織に分布して大脳の深部組織まで到達することや、それと同様
に到達するIT投与によりI2Sによる治療効果が確認されたことが記載されてお
り、もって、本件発明1の製剤がハンター症候群の治療に使用できることが開示さ
れていると認められる。
(3)ア 他方、本件発明1の製剤は「安定製剤」であるところ、本件明細書の【0
057】には、本件明細書における、「安定な」の意義について、「長期間に亘って
その治療効力(例えば、その意図された生物学的活性および/または物理化学的完
全性のすべてまたは大部分)を保持する治療薬(例えば、組換え酵素)の能力を指
す。
・・・概して、本明細書中に記載される薬学的組成物は、それらが、一緒に処方
される1つ以上の治療薬(例えば、組換えタンパク質)を安定化し、或いはそれら
の分解を遅くするかまたは防止し得るよう、処方されている。
・・・タンパク質安定
性に関しては、それは、高分子量(HMW)集合体の形成、酵素活性の損失、ペプ
チド断片の生成および電荷プロフィールの移動により測定され得る。」と記載され
ている。
その上で、本件明細書の【0093】には、
「いくつかの実施形態では、髄腔内腔
内送達のための製剤は、それらが、それとともに処方される1つ以上の治療薬(例
えば、組換えタンパク質)を安定化し、或いはその分解を遅くするかまたは防止し
得るよう、製剤化されている。
・・・製剤の状況では、安定製剤は、貯蔵時および加
工処理(例えば、凍結/解凍、機械的混合および凍結乾燥)の間、その中の治療薬
が本質的にはその物理的および/または化学的完全性ならびに生物学的活性を保持
するものである。」と記載されている。
これらの記載からすると、本件発明の「安定製剤」とは、製剤の貯蔵時や加工処
理(例えば、凍結/解凍、機械的混合および凍結乾燥)の間、高分子量(HMW)
集合体の形成すなわち凝集や、酵素活性の損失等が生じにくいようI2Sが安定化
され、又はI2Sの分解が遅くなる、若しくは防止され得るよう処方され、I2S
による治療効果が保持されるような製剤をいうものと解される。
イ(ア) 本件明細書の実施例4 【0246】 【0277】
( ~ 、
【表10】 【表23】
~ 、
【図8】~【図13】)には、凍結融解試験、振盪ストレス試験及び熱安定性試験に
ついて記載され、結果として、①凍結融解ストレスについて、生理食塩水製剤が低
タンパク質濃度(2mg/mL)でより安定であること、高タンパク質濃度(10
0mg/mL)では生理食塩水含有製剤及びリン酸塩含有製剤の双方で不安定性の
問題は発生しなかったこと、②振盪ストレスについて、0.005%ポリソルベー
ト20がタンパク質を保護すること、③熱ストレスについて、生理食塩水製剤がリ
ン酸塩を含有する製剤に比べてより安定であることが確認され、その上で、生理食
塩水製剤のpHは、2~8℃で24カ月間、6.0で維持されることができたこと
や、タンパク質に結合された残留リン酸塩の量及びタンパク質濃度の増加が、最終
製剤におけるpH安定性に関与することが認められたことが記載されている。
(イ) 本件発明1の製剤は、一定の範囲内におけるI2S、リン酸塩及びpHの組
合せを発明特定事項とするものであるところ、本件明細書の【0098】では、本
件発明のタンパク質及び酵素が、本件発明の製剤に係る薬学的組成物中でそれらの
溶解性及び安定性を保持するために、制御されたpHおよび特定の賦形剤を要する
ものである旨が記載され、本件発明のタンパク質治療薬の溶解性及び安定性を保持
するために重要であるとみなされるタンパク質製剤の典型的例示的態様を特定する
ものとして、
「パラメーター」「典型的範囲/型」及び「論理的根拠」の対応を示し

た【表4】が記載され、そこでは安定性についても言及がされている。
(ウ) 本件明細書の【0102】には、タンパク質を保護するために製剤が含有す
る安定化剤に関する記載があり、好適な安定化剤が例示されるとともに、安定化剤
の量について「治療薬剤の分解/凝集の許容不能な量が生じるようなあまりに低い
量であってはならない」と記載されている。
また、
【0105】には、いくつかの実施形態では、製剤に界面活性剤を付加する
ことが望ましく、付加される界面活性剤の量は、それがタンパク質の凝集を低減し、
粒子の形成又は泡立ちを最小限にするような量であることが記載されている。
さらに、【0110】には、凍結乾燥製剤について、「対象の化合物が分解するこ
と(例えばタンパク質凝集、脱アミド、および/または酸化)を抑制するために、
賦形剤または安定化剤、緩衝剤、増量剤、および界面活性剤などの他の成分の適切
な選択を更に含む」と記載されている。
(エ) このように、本件明細書の発明の詳細な説明には、凍結融解ストレスについ
て、高タンパク質濃度(100mg/mL)のリン酸塩含有製剤で不安定性の問題
は発生しなかったこと、振盪ストレスについて、界面活性剤であるポリソルベート
20がタンパク質を保護したことが実施例として具体的に確認され、「タンパク質
に結合された残留リン酸塩の量及びタンパク質濃度の増加が、最終製剤におけるp
H安定性に関与することが認められた」と記載された上で、I2Sの凝集や分解を
抑制するために配合される安定化剤等の記載がされているところである。
(4) 以上によると、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者において、過度の
試行錯誤を要することなく、本件発明1を実施できる程度に明確かつ十分に記載さ
れているといえる。
(5) 原告の主張について
ア(ア) 原告は、本件明細書の【0091】の記載にもかかわらず、本件発明のリ
ン酸塩濃度及びpHはエリオットB溶液の条件を含んでいるから、本件発明は、不
安定な製剤にも及ぶと主張する。
(イ) 本件明細書の【0091】においては、エリオットB溶液を用いることにつ
いて否定的な記載がされ、
「いくつかの実施形態では、本発明による髄腔内腔内送達
に適した製剤は、合成または人工CSFではない」ことが【0092】に記載され
ている。また、【0062】では、「合成CSF」についてエリオットB溶液に限ら
れない形で定義がされ、
【0069】では、合成CSFを用いることなく補充酵素が
単なる生理食塩水又は緩衝液ベースの処方物中で送達され得ることを発明者が見い
だしたことが記載されている。
そして、もとより本件発明1において、エリオットB溶液を用いること等が発明
特定事項とされているものではなく、本件発明1における発明特定事項である酵素
濃度、リン酸塩濃度及びpHの各範囲が、エリオットB溶液を用いるか否かによっ
て直ちに決するものでないことも明らかである。
上記の各点を踏まえると、単に本件発明のリン酸塩濃度及びpHはエリオットB
溶液の条件を含んでいるということをもって、本件明細書の記載に接した当業者に
おいて、本件発明1が過度の試行錯誤なくして実施できないものとなるものではな
いというべきである。
イ(ア) 原告は、本件明細書の実施例4の結果は、リン酸塩の共存によって、酵素
がむしろ不安定化することを示しており、また、当該結果によっても、本件発明は、
凝集の生じやすい態様に及んでいると主張し、具体的には、①凍結融解試験におい
て、2mg/mLのタンパク質濃度では、リン酸塩製剤では凝集体の濃度が増加し
たもので(【0258】の表10)、I2Sが低濃度の領域(少なくとも下限(5m
g/mL)付近)では、凝集体が生じるか否かが明らかでなく、リン酸塩の共存に
より凝集体の生成が促進されるおそれがあること、 振盪試験において、
② ポリソル
ベート20が存在しない場合には、凝集体が生成したこと、③熱安定性試験におい
て、OD320の測定の結果について、リン酸塩含有製剤では、生理食塩水製剤と
比較して、OD320値が増加しており、凝集物が生成したことが示されているこ
と、SEC-HPLCによる試験では、リン酸塩含有製剤では、25℃の加速条件
及び2―8℃のリアルタイム保存条件にて12分ピークが現れており、不純物の生
成が示されていることを主張する。
(イ) しかし、上記①の2mg/mLは、本件発明1のI2Sの濃度の下限を下回
るもので、そのことから、前記(3)の判断が左右されるものとはいえない(なお、凍
結融解試験においては、本件発明1のI2Sの濃度範囲に属する100mg/ml
では凍結融解ストレス後に凝集体が生じなかったことが記載されている(本件明細
書の【0258】【表10】【表11】
、 、 。なお、実施形態について、本件発明1の製
剤は、凍結乾燥粉末ではなく液体製剤を含む(【0017】。 。
))
また、上記②について、本件明細書の【0248】の記載のほか、【0015】、
【0105】及び【表4】の記載に照らし、本件発明1を液体製剤とする際にポリ
ソルベート20等の界面活性剤を使用することは、当業者が適宜なし得る範囲内の
事項である(もとより、本件発明1が、界面活性剤を含まないことを発明特定事項
とするものとは認められない。。

さらに、上記③について、本件明細書には、凍結保存条件のリン酸塩含有製剤で
は凝集物が生じないことの記載(【0264】【0265】【表17】
、 、 )や、40℃
のストレス条件下であっても、2週間後に全ての製剤が、可溶性凝集体の増加した
レベルを有したが、全ての製剤についてそれ以上増加せず、リン酸製剤で見られた
12分ピークも1か月後には消失するように見えたとの記載(【0266】)がある
ことを他方で考慮すると、上記③の事情から直ちに前記(3)の判断が左右されるも
のとは解されず、本件全証拠をもってしても、そのように解すべき技術常識等も認
められない。
ウ 原告は、
「安定製剤」には、安全性と忍容性が要求されるところ、甲15の図
5を参照すると、ビヒクルの安全性及び忍容性は、リン酸塩濃度及びpHに強く依
存しており、限られた領域でのみ副作用がないことが確認されたにすぎないなどと
主張するが、本件明細書に含まれていない同図の記載をもって、前記(3)の判断が左
右されるとみるべき事情はなく、また、本件明細書において「安定製剤」の要件と
されているわけでもない安全性と忍容性という観点からの検討によって前記(3)の
判断が左右されるものとも解されない。
エ 原告は、極低濃度のリン酸塩の下で「安定製剤」が得られるかどうかは明ら
かではないと主張するが、前記(3)で指摘した点からすると、また、本件明細書の実
施例2(【0212】~【0227】【0233】【図16】~【図23】
、 、 )及び実
施例5(【0278】~【0287】【図40】~【図46】【図62】【図63】
、 、 、 )
では、リン酸塩が添加されていない製剤について、動物モデルへのICV投与によ
り、脳の深部組織におけるI2Sの広い分布が確認されていることに鑑みても、上
記原告の主張に関しては、前記(3)の判断に影響を与えるものとはいえない。
(6) 以上のとおり、本件発明1について実施可能要件違反は認められないところ、
原告は、本件発明1と同様の理由により本件発明2~12についての実施可能要件
違反を主張するから、同主張も認められない。
よって、取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(サポート要件違反)について
次いで、取消事由3につき、検討する。
(1) 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許
請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載さ
れた発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載によ
り当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、ま
た、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題
を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもので
ある。
(2) そこで検討するに、前記1(2)の本件発明の概要に照らすと、本件発明の課題
は、リソソーム蓄積障害であるハンター症候群の処置のために、中枢神経系(CN
S)に、活性作用物質であるリソソーム酵素に関する補充酵素であるI2Sを、よ
り有効に直接送達するためのアプローチを提供することにあるということができる。
(3) 本件明細書の【0013】【0016】【0096】【0099】【012
、 、 、 、
0】【0123】【0124】【0126】のほか、前記2(2)及び(3)並びに(5)エ
、 、 、
で指摘した本件明細書の実施例等の各記載からすると、本件明細書には、I2Sを
一定以上の濃度で含み、かつ、リン酸塩とpHが特定範囲である組成物として、前
記(2)の課題を解決できると当業者が認識できる発明が記載されており、本件発明1
は、発明の詳細な説明に記載された発明であるといえるとともに、本件発明1は、
発明の詳細な説明の記載により当業者が前記(2)の課題を解決できると認識できる
範囲のものであるというべきである。
(4) 原告の主張について
ア 原告は、本件発明の課題には、リソソーム病のための補充酵素が高濃度での
治療を要する対象の脳脊髄液(CSF)中に導入することも含むと主張するが、本
件発明の課題については、前記(2)のとおり認めるのが相当である。本件明細書の
【0010】において、
「高濃度」との記載は、本件発明が基づいているとされる発
見に関して記載されているものと解され、同段落の記載をもって原告の主張するよ
うに解することはできない。
したがって、その余の原告の主張についても、本件発明の課題について、高い酵
素濃度を実現できることが含まれていることを前提とする部分は、いずれも採用す
ることができない。そして、本件発明1が同課題を解決できるものであることは、
前記(2)及び(3)のとおりである。
イ 原告は、本件発明がエリオットB溶液にタンパク質を溶解させた組成物にま
で及んでおり、課題を解決できない領域にまで及んでいると主張するが、前記2(5)
ア(イ)で説示したのと同様に、上記主張は採用することができない。
ウ 原告は、本件明細書の実施例によると、本件発明が凝集の生じやすい態様に
まで及ぶと主張するが、本件明細書の実施例4は、リン酸含有製剤と生理食塩水製
剤について対比して記載するものであって、その一方において他方におけるより凝
集が生じやすいという結果が示されたことをもって、直ちに前記(2)の課題が解決
されなくなるものということはできない。実施例4について原告が具体的に問題に
する点について前記2(5)イで認定説示した点を含め、実施例4の記載を踏まえる
と、原告の上記主張は、前記(3)の判断を左右するものではない。
エ 原告は、本件発明では、イオン強度がそもそも構成要件となっていないと主
張するが、そもそも原告がその前提として指摘する甲15の図4について、本件明
細書に含まれていない同図の記載をもって、前記(3)の判断が左右されるとみるべ
き事情はない。その点を措くとしても、本件明細書の【表4】の記載や、
【0056】
及び【0095】の記載も踏まえると、イオン強度が特定の範囲にないことをもっ
て、直ちに前記(2)の課題が解決されなくなるものということはできない。
また原告は、本件発明のリン酸塩濃度が極めて薄い態様にも及ぶことを主張する
が、前記2(5)エで指摘した本件明細書の記載(この点、実施例4に係る【0248】
では、タンパク質に結合された残留リン酸塩の量が、最終製剤におけるpH安定性
に関与することが認められた旨が記載されている。 も踏まえると、
) 原告の上記主張
も、前記(3)の判断を左右するものではない。
オ 原告は、甲15の図5を指摘しつつ、本件発明1が、安全性及び忍容性が確
認されていない領域を含むと主張するが、前記2(5)ウで説示したのと同様、上記主
張によって前記(3)の判断が左右されるものとは解されない。
カ その余の原告の主張も、前記(3)の判断を左右しない。
(5) 以上のとおり、本件発明1についてサポート要件違反は認められないところ、
原告は、本件発明2~12について独立のサポート要件違反の事情を主張しておら
ず、本件発明2~12についてもサポート要件違反は認められない。
よって、取消事由3は認められない。
4 取消事由4(明確性要件違反)について
原告は、本件発明1について、リン酸塩の下限値が特定されていないことから、
明確性要件に反すると主張する。
しかし、本件特許の請求項1の文言から、本件発明1の薬学的組成物が「リン酸
塩を含」むものであることは明らかで、50mMまでのリン酸塩であれば、どれほ
どわずかの量を含む場合であっても、本件発明1のリン酸塩に係る発明特定事項を
満たすことは明確である。そして、
「安定製剤」という文言に関して、リン酸塩の下
限値が特定されていないことから、本件発明1について、第三者に不測の損害を被
らせるものであるというべき事情は認められない。
したがって、原告の主張は採用することができない。本件発明2~8及び12に
ついても同様である。
よって、取消事由4は理由がない。
5 基礎出願について
取消事由1(優先権に関する認定判断の誤り)について判断をする前提として、
基礎出願1及び2につき、検討する。
基礎出願1に係る優先権証明書(甲14)と、基礎出願2に係る優先権証明書(甲
15)の記載事項は、いずれも「治療用タンパク質のCNS送達のための安定製剤
及び方法」と題する発明に係るもので、それらの記載内容はほとんど全て同じであ
る(弁論の全趣旨)。このうち、甲15には、次の記載がある(訳文は、乙35によ
る。。

(1) 請求項(29頁5行目~32頁5行目、34頁8行目~23行目、36頁8
行目~19行目。行数は、頁左に記載された行番号による。以下、甲17について
特記しない限り同じ。)
1. 治療有効量の治療剤を対象の中枢神経系に送達するのに適している水性薬学
的組成物であって、(a)1以上の治療剤と、(b)1以上の緩衝剤とを含む水性薬学的組
成物。
2. (a)前記治療剤が前記組成物中に可溶性であり、(b)前記組成物が安定であり、
かつ(c)前記組成物が前記対象に髄腔内投与されると忍容性が認められる、請求項1
に記載の水性薬学的組成物。
3. 前記組成物が低pH及び低リン酸含有量を有する、請求項1に記載の水性薬
学的組成物。
4. 前記組成物のpHが約8未満である、請求項1、2または3に記載の水性薬学的
組成物。
5. 前記組成物のpHが約7未満である、請求項1、2または3に記載の水性薬学的
組成物。
6. 前記組成物が酸性である、請求項1、2または3に記載の水性薬学的組成物。
7. 前記組成物のリン酸含有量が約30mM未満である、請求項1、または3に記
載の水性薬学的組成物。
8. 前記組成物のリン酸含有量が約10mM未満である、請求項1、2または3に記
載の水性薬学的組成物。
9. 前記治療剤がタンパク質である、請求項1に記載の水性薬学的組成物。
10. 前記治療剤が組換えタンパク質である、請求項1に記載の水性薬学的組成物。
11. 前記タンパク質が酵素である、請求項9または10に記載の水性薬学的組成物。
12. 前記タンパク質がリソソーム酵素である、請求項9または10に記載の水性薬
学的組成物。
13. 前記タンパク質がヘパランN-スルファターゼ、イズロン酸-2-スルフ
ァターゼ、アルファ-L-イズロニダーゼ、アリールスルファターゼA及びガラク
トセレブロシダーゼからなる群から選択される、請求項9または10に記載の水性薬
学的組成物。
14. 前記タンパク質が前記組成物中に可溶性である、請求項9または10に記載の
水性薬学的組成物。
・・・
16. 前記組成物中の前記タンパク質の濃度が約30mg/mL未満である、請
求項9または10に記載の水性薬学的組成物。
17. 前記組成物中の前記タンパク質の濃度が約10~20mg/mLである、
請求項9または10に記載の水性薬学的組成物。
・・・
20. 前記タンパク質が前記組成物中で安定である、請求項9または10に記載の水
性薬学的組成物。
・・・
22. 前記緩衝剤が前記組成物のpHを約5.0~約8.0に維持するのに十分な
量で存在する、請求項1に記載の水性薬学的組成物。
38.界面活性剤及び等張化剤をさらに含む、請求項1に記載の水性薬学的組成物。
39.前記緩衝剤がリン酸ナトリウムであり、前記界面活性剤がポリソルベート20
であり、前記等張剤がスクロースであり、かつ前記治療剤が組換えタンパク質であ
る、請求項38に記載の水性薬学的組成物。
・・・
41.前記組換えタンパク質がイズロン酸-2-スルファターゼである、請求項39
に記載の水性薬学的組成物。
52.中枢神経系の病因を伴う疾患を有する対象を治療する方法であって、請求項
1、2または39の薬学的組成物を前記対象に投与することを含む方法。
53.前記疾患がサンフィリッポ症候群A型、ハンター症候群、異染性白質ジスト
ロフィー及びグロボイド細胞白質ジストロフィーからなる群から選択される、請求
項52に記載の方法。
(2) 発明の背景
ア 酵素補充療法(ERT)は、対象への天然または組換え的に得られるタンパ
ク質および/または酵素の全身投与を伴う。承認された治療法は、対象に静脈内投
与され、一般的には、基礎にある酵素欠乏の身体症候を処置するのに有効である。
静脈内投与されたタンパク質および/または酵素の中枢神経系(CNS)の細胞お
よび組織中への分布が限られている結果として、静脈内投与されたタンパク質およ
び/または酵素が血液一脳関門(BBB)を十分に通過しないため、CNS病因を
有する疾患の処置は特に困難であった。(1頁4行目~15行目)
イ 血液-脳関門(BBB)は内皮細胞からなる構造系であり、血流中の有害物
質、例えば細菌、高分子(例えばタンパク質)およびその他の親水性分子が、BB
Bを越えてその下の脳脊髄液(CSF)およびCNS中へと拡散するのを制限する
ことにより、このような物質から中枢神経系(CNS)を保護するように機能する。
(1頁16行目~2頁5行目)
ウ 内因性であるか外因性投与であるかにかかわらず、全身性物質がBBBを通
過する能力は、いくつかの因子の影響を受ける。そのような因子には、例えば、B
BBを越える物質の濃度、その物質の大きさ、その物質の脂肪親和性及び特定の能
動担体機構に対するその物質の親和性が含まれる。(2頁6行目~12行目)
エ BBBを越えて治療剤を効果的に送達するためにこれまで開発されてきた戦
略には、受容体媒介性の輸送が含まれ、これにより大きい分子が内在性の輸送シス
テムを通って能動的にBBBを越えて輸送される。また、BBBの高浸透圧開口も、
BBBを操作して治療剤の送達を容易にすることができる技術と考えられてきた。
治療剤の対流促進型送達等のより侵襲的な技術もまた、CNS中にそのような薬剤
を直接注入することによってBBBを迂回する手段として考えられてきた。(2頁
13行目~23行目)
オ 侵襲的と考えられつつも、脊髄周囲のクモ膜内空隙内への治療剤の投与がB
BBを通過してその下のCSFに治療剤を直接投与するための最も一般的な手段で
あり続けている(Kroin JS、Clin Pharmacokinet(1992)22(5):319-326.)。対象
に全身的に投与されうる組成物の量と比べて、髓腔内投与用に適した組成物の量は、
CNS病因を有するある種の疾患の治療に対する大きな障害となることがある。 2

頁24行目~3頁3行目)
カ これらの限界が、対象に投与され得る治療剤の総用量をしばしば制限するの
で、これにより治療剤が意図される作用部位で至適治療濃度を達成する能力を制限
する。したがって、そのような限界が、CNS病因を有すると疑われる多くの疾患
に対して、特に、患部の組織(例えば脳)における有効な治療的濃度を達成するに
はより高用量の治療薬を必要とするそれらの疾患に対して、髄腔内ルートの送達を
実行不可能にし得る。(3頁4行目~13行目)
キ 濃縮された組成物の調製は、治療剤の髄腔内投与と患部組織における有効治
療濃度の達成に付随する限界を十分に改善するまでに至っていない。濃縮した組成
物の調製には、しばしば治療剤の凝集及び/または沈殿が付随する。この限界には、
CNS投与に適した薬学的組成物が限定的にしか利用可能でないことがさらに加わ
る。そのため、本技術分野において、治療剤を可溶性にすることができ、かつ、必
要とする対象へのこのような治療剤のCNS投与に適した、安定な組成物に対する
需要が未だ存在する。(3頁14行目~26行目)
(3) 発明の概要
ア 治療有効量の治療薬を対象のCNSに送達するのに適した水性薬学的組成物
が本明細書中に開示される。このような薬学的組成物は、1以上の治療薬と1以上
の緩衝剤とを含む。このような薬学的組成物のある実施態様においては、治療薬は、
前記組成物で可溶性であり、前記組成物は安定であり、かつ前記組成物は、前記対
象に髄腔内投与されると忍容性が認められる。(4頁3行目~11行目)
イ 代替的な実施態様において、本発明の薬学的組成物は、凍結乾燥されていて
もよい。このような組成物は、1以上の治療薬と、1以上の緩衝剤と、1以上の界
面活性剤と、1以上の等張化剤を含む。このような凍結乾燥される薬学的組成物は、
対象への投与に適した組成物とするために希釈剤(例、減菌水、注射用静菌性水及
び減菌生理食塩溶液)を用いて再構成することができるが、特に、その対象の中枢
神経系に治療薬を送達するのに適している。(4頁12行目~22行目)
ウ 本発明に従えば、本発明の水性の凍結乾燥される薬学的組成物は、治療薬が
組成物中で可溶性であり、組成物が安定であり、かつ組成物が前記対象に髄腔内投
与されると忍容性が認められるならば、対象の中枢神経系に治療薬を送達するのに
適している。(4頁23行目~30行目)
エ ある実施態様において、本発明の水性(の凍結乾燥物を再構成した)薬学的
組成物は、低いpHと低いリン酸含有量を有する。例えば、前記組成物のpHは、
酸性または約7ないし8未満であり得る。他の実施態様において、本発明の水性の
凍結乾燥される薬学的組成物は、約10mM未満、約20mM未満または約30m
M未満のリン酸含有量を有する。(5頁1行目~8行目)
オ 本発明の水性の凍結乾燥される薬学的処方物において意図される治療薬は、
タンパク質及び/または酵素を含み、これらタンパク質及び/または酵素は、代替
的に、組み換え的に作成されていてもよい。適切な酵素には、リソソーム酵素(例、
へパランN-スルファターゼ、イズロン酸-2-スルファターゼ、アルファ-L-
イズロニダーゼ、アリールスルファターゼA及びガラクトセレブロシダーゼ)が含
まれる。好ましくは、このような酵素は本発明の薬学的組成物中で可溶性である。
ある具体的な実施態様において、このようなタンパク質及び/または酵素は、改変
(例、このようなタンパク質をより安定にし得るまたはタンパク質がBBBを通過
し易くし得る改変)を含まない。(5頁9行目~20行目)
カ 他の実施態様において、本発明の水性(の凍結乾燥物を再構成した)薬学的
組成物は、約30mg/mL未満または約10~20mg/mLのタンパク質濃度
を有する。薬学的組成物の用量は、概して約5.0mL未満であり、好ましくは約
3.0mL未満である。(5頁21行目~27行目)
キ ある意図される実施態様において、タンパク質は、前記薬学的組成物中で安
定(例、室温で少なくとも12ヶ月間安定)である。また、緩衝剤が組成物のpH
を約5.0~約8.0に維持するのに十分な量で存在する水性(の凍結乾燥物を再
構成した)薬学的組成物も意図されている。ある実施態様において、本発明の薬学
的組成物中に存在する緩衝剤はリン酸ナトリウムであり、組成物のpHを約7.0
に維持するのに十分な量で存在する。適切な緩衝剤の例としては、酢酸塩、コハク
酸塩、クエン酸塩、リン酸塩、およびトリスが挙げられる。
(5頁28行目~6頁1
0行目)
ク 本発明の水性薬学的組成物は、1以上の等張化剤をさらに含んでいてもよく、
等張化剤は塩または糖(例、スクロース、グルコース、マンニトール及び塩化ナト
リウム)であってもよい。等張化剤がスクロースの場合は、約3.0%(w/v)
未満の濃度で存在し得る。本発明の水性薬学的組成物は、1以上の界面活性剤(例、
ポリソルべート20及びポリソルべ一ト80等の非イオン性界面活性剤)をさらに
含んでいてもよい。界面活性剤のポリソルべート20または80は、本発明の水性
の凍結乾燥される組成物中に約0.04%(w/v)未満の濃度で存在していても
よい。本発明のある特定の実施態様において、本発明の水性の凍結乾燥される薬学
的組成物は、リン酸ナトリウム、ポリソルべート20及びスクロースと、組換えタ
ンパク質を含む。(6頁11行目~26行目)
ケ 本発明の水性(の凍結乾燥物を再構成した)薬学的組成物は、好ましくは、
治療薬が組成物から析出しないように処方される。ある実施態様において、本発明
の組成物は、カルシウムまたはその塩を含有しない。(6頁27行目~7頁2行目)
コ 組成物は、対象に投与後時間が経過しても重篤な臨床兆候を示さないものが
好ましい。好ましい実施態様において、本発明の水性薬学的組成物は、投与後に治
療薬が対象の脳組織に分布するように対象の脳髄液及び/または髄腔内に治療薬を
送達するのに適している。したがって、本発明の水性の凍結乾燥される薬学的組成
物は、好ましくは無菌であり、かっ、適切な無菌技術を使用して対象に投与される。
(7頁3行目~14行目)
サ また、本発明は、1以上のリソソーム酵素の減少したレベルによって特徴付
けられる疾患を有する対象を治療する方法も、中枢神経系の病因がある疾患を有す
る対象を治療する方法とともに意図している。それぞれの場合において、このよう
な方法は、本明細書中に記載される水性の凍結乾燥される薬学的組成物の投与を意
図している。このような疾患には、例えば、サンフィリッポ症候群A型、ハンター
症候群、異染性白質ジストロフィー及びグロボイド細胞白質ジストロフィーが含ま
れていてもよい。(7頁15行目~24行目)
シ 好ましい実施態様において、水性(の凍結乾燥物を再構成した)薬学的組成
物が投与される対象は、ヒトである。他の実施態様において、ヒトは新生児である。
好ましくは、このような組成物は、前記対象のCNS(例、髄腔内)に直接投与さ
れる。(7頁25行目~30行目)
ス また、本発明は、対象の中枢神経系への治療薬の送達に適切な薬学的組成物
を処方する方法も意図している。このような方法は、概して、前記薬学的組成物に
おける前記治療薬の可溶性を評価すること、前記薬学的組成物における前記治療薬
の安定性を評価すること、及び対象への髄腔内投与後の前記薬学的組成物の忍容性
を評価することを含む。(8頁1行目~9行目)
(4) 図面の簡単な説明(8頁11行目~9頁2行目)
図1は、CNS送達の脳室内、槽内及び髄腔内ルートを表す。
図2は、30mg用量のリソソーム酵素の髄腔内投与後のその酵素のニューロン
への分布を示す。
図3は、pHの上昇及びイオン強度の上昇に対する酵素の可溶性の増加を実証す
る。
図4は、対象にリン酸ナトリウム20mg、pH7.5及びNaCl135mM
の組成物の髄腔内投与後の脳の断面の組織学的評価を実証する。
図5は、リン酸含有量と組成物のpHに対する組成物の忍容性を実証する。
図6は、適切な組成物の開発において考慮された因子の特定のバランスを表す。
(5) 発明の詳細な説明
ア 本発明は、薬学的組成物における緩衝剤濃度とpHの僅かな変化及びCNS
送達用の治療薬の製剤化に使用される溶液が、投与された溶液とそこに含まれる治
療薬の忍容性と生体内の安全性に劇的な影響を与えるという発見に基づいている。
本発明の薬学的組成物及び製剤は、高濃度の治療薬(例、タンパク質ないし酵素)
を可溶性にすることができるとともに、そのような治療薬をCNS構成成分及び/
または病因を有する疾患の治療のために対象のCNSに送達するのに適している。
本発明の組成物は、それを必要とする対象のCNSに投与された場合(例えば、髄
腔内に投与された場合)に、向上した安定性と向上した忍容性によってさらに特徴
付けられる。(9頁7行目~22行目)
イ 上記の通り、BBBは、BBBを越えてその下のCNS中に、物質が拡散す
るのを制限する構造系である。外因性の治療用タンパク質等の高分子を全身送達し
てCNSの細胞内及び組織内において治療薬が治療的濃度を達成することは、これ
まで多くが不成功に終わっていた。
・・・BBBを越える高分子治療薬の送達と、そ
の後のCSF及びCNS(例えば脳)の組織内でのこのような治療薬の有効治療濃
度の達成及び/または維持は、したがって、特定のCNS構成成分及び/または病
因を有する疾患の治療における具体的な問題を表している。特に、CNS組織にお
ける1以上の酵素の病理的欠損に関連する疾患(例、リソソーム蓄積症)の治療の
ための酵素補充療法(ERP)の有用性と有効性は、このような酵素を必須の作用
部位(例、脳組織)に効果的に送達することができない限り、限定的なままである。
(9頁23行目~10頁17行目)
ウ BBBの障壁特性と治療用タンパク質及び/または酵素の全身投与に付随す
る制限のために、本発明の薬学的組成物は、好ましくは、対象のCNSに直接投与
される。本発明の薬学的組成物の投与の好ましい経路には、例えば、髄腔内送達、
脳室内送達及び槽内送達が含まれる。(10頁18行目~25行目)
エ 治療薬の髄腔内投与は、腰椎(ルンバール)穿刺(即ち、緩徐ボーラス投与)
により、またはポート・カテーテル送達系(すなわち注入またはボーラス投与)を
介して日常的手順で実施される。埋入したカテーテルをリザーバ(ボーラス投与用)
または注入ポンプのいずれかに、埋め込みまたは外部からのいずれかで接続する。
カテーテルは、最も一般的には、腰椎の薄板間に挿入され、尖端は、所望のレベル
(一般的にL3~L4)の包膜空隙に通してつながれる。侵襲的と考えられるが、
脊髄周囲のクモ膜内空隙内への治療薬の投与は、BBBを越えてその下のCSF内
へと治療薬を直接かっ効果的に送達するための最も一般的な方法であり続けてい
る・・・。(10頁26行目~11頁11行目)
オ 対象に静注投与され得る量と比較すると、髄腔内投与に適した量には、CN
S病因を有するある種の疾患の治療に特定の障害がしばしば存在する。さらに、治
療薬の髄腔内送達は、CSFの組成の崩れやすい平衡を保ちつつ、対象の頭蓋内圧
を保持することによっても制約される。ヒトにおいて、例えば、治療薬の髄腔内ボ
ーラス投与の量は、概して0.5~1mLに制限される・・・。さらにまた、対象
からのCSFの対応する除去がない場合、総髄腔内用量は、ヒトにおいては3mL
未満に制限される。(11頁12行目~29行目)
カ また、本発明の薬学的組成物は、治療薬を対象の脳室内のCNSに送達(即
ち、脳室に直接投与)してもよい。脳室内送達は、脳室内に直接配置されたリード
カテーテルを使用して、対象の頭頂部の頭皮と骨膜の間のポケット内に埋め込んで
いてもよいOmmayaリザーバまたは他の同様のアクセスポートを介して容易に
行い得る(Nutts J G, et a1. Neuro1ogy(2003)60:69-73.)。また、小脳延髄槽
(大槽)のCSFへの治療薬の投与も意図されており、これは、例えば、より小型
のげっ歯類における髄腔内または脳室内投与と比較してより物流が容易である動物
種において使用されてもよい。
(12頁1行目~15行目。判決注:この段落は、基
礎出願1に係る優先権書類(甲16)にはない。)
キ 本発明の水性薬学的組成物の量は、好ましくは、概して4.0mL未満、3.
0mL未満、または、2.5mL未満、2.0mL未満、1.5mL未満、1.0
mL未満、0.5mL未満若しくは0.25mL未満の用量で、対象に投与される。
(12頁16行目~20行目)
ク 対象のCNSに治療薬を送達するために伝統的に使用されてきた水性の薬学
的溶液及び組成物には、非緩衝化等張生理食塩水や人工CSFであるエリオットの
B溶液が含まれる。エリオットのB溶液に対するCSFの組成を表す比較は、以下
の表1に含まれている。表1に示されているように、エリオットB溶液の濃度は、
CSFの濃度と密接に類似している。しかしながら、エリオットのB溶液は、極度
に低い緩衝剤濃度を含有し、したがって、特に長期間に亘って(例えば、貯蔵状態
の間)、治療薬(例えばタンパク質)を安定化するために必要とされる適切な緩衝能
力を提供し得ない。さらに、エリオットのB溶液は、いくつかの治療薬、特にタン
パク質または酵素を送達するよう意図された処方物と非相溶性であり得るある種の
塩を含有する。例えば、エリオットのB溶液中に存在するカルシウム塩は、タンパ
ク質沈降を媒介し、それにより処方物の安定性を低減し得る。
(12頁21行目~1
3頁9行目)
表1
ケ 本発明の薬学的組成物は、それらが、それとともに処方される1つ以上の治
療薬(例えば、組換えタンパク質)を安定化し、あるいはその分解を遅くするかま
たは防止し得るよう、処方されている。本明細書中で用いる場合、
「安定な」という
用語は、長期間に亘ってその治療効果(例えば、その意図された生物学的活性およ
び/または物理化学的完全性のうちのすべてまたは大多数)を保持する治療薬(例
えば、組換え酵素)の能力を指す。治療薬の安定性、ならびにこのような治療薬の
安定性を保持する薬学的組成物の能力は、長期間(例えば、好ましくは少なくとも
1、3、6、12、18、24、30、36ヶ月またはそれ以上)に亘って評価さ
れ得る。(13頁13行目~14頁2行目)
コ 意図される治療的機能を提供する薬剤を可能にするために要求される治療薬
濃度の特定の範囲の保持に関連して、治療薬の安定性は特別な重要性を有する。治
療薬の安定性は、長期間に亘る治療薬の生物学的活性または物理化学的完全性に関
してさらに評価され得る。例えば、所定の時点での安定性は、早い時点(例えば、
処方0日目)での安定性に対して、あるいは非処方治療薬に対して比較され得る。
この比較の結果は、パーセンテージとして表される。好ましくは、本発明の薬学的
組成物は、長期間に亘って(例えば、室温で、または加速貯蔵条件下で、少なくと
も6~12ヶ月間に亘って測定)、治療薬の生物学的活性または物理化学的完全性
の少なくとも100%、少なくとも99%、少なくとも98%、少なくとも97%、
少なくとも95%、少なくとも90%、少なくとも85%、少なくとも80%、少
なくとも75%、少なくとも70%、少なくとも65%、少なくとも60%、少な
くとも55%または少なくとも50%を保持する。(14頁3行目~22行目)
サ 治療薬は、本発明の薬学的組成物中で好ましくは可溶性である。「可溶性の」
という用語は、均質溶液を生成するこのような治療薬の能力を指す。好ましくは、
それが投与されそれが標的作用部位(例えば、脳の細胞および組織)に輸送される
溶液中の治療薬の溶解度は、標的作用部位への治療有効量の治療薬の送達を可能に
するのに十分である。いくつかの因子が、治療薬の溶解度に影響を及ぼし得る。例
えば、タンパク質溶解度に影響し得る関連因子としては、イオン強度、アミノ酸配
列および他の同時可溶化剤または塩(例えば、カルシウム塩)の存在が挙げられる。
ある実施形態では、薬学的組成物は、カルシウム塩がこのような組成物から除去さ
れるよう処方される。(14頁23行目~15頁11行目)
シ 非経口投与薬のためには等張溶液が一般的に好ましいが、等張溶液の使用は、
いくつかの治療薬、特にいくつかのタンパク質および/または酵素に関する適切な
溶解度を制限し得る、と理解される。わずかに高張性の溶液(例えば、5mMリン
酸ナトリウム(pH7.0)中に175mMまでの塩化ナトリウム)および糖含有
溶液(例えば、5mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中に2%までのスクロース)
は、サルにおいて良好に耐容されることが実証されている。最も一般的な承認され
たCNSボーラス処方物組成物は、生理食塩水(水中150mMのNaC1)であ
る。(15頁12行目~22行目)
ス いくつかの組成物が試験されているが、これまで劣等な安全性プロファイル
が実証されてきた・・。(15頁23行目~16頁6行目)
セ 本発明の薬学的組成物は、それらの耐(忍)容性により特徴付けられる。本
明細書中で用いる場合、
「耐(忍)容可能な」および「耐(忍)容性」という用語は、
このような組成物が投与される対象において悪反応を引き出さないか、代替的には、
このような組成物が投与される対象において重篤な悪反応を引き出さない本発明の
薬学的組成物の能力を指す。好ましい実施形態では、本発明の薬学的組成物は、こ
のような組成物が投与される対象により良好に耐(忍)容される。
(16頁7行目~
17行目)
ソ 多数の治療薬、特に本発明のタンパク質および酵素は、本発明の薬学的組成
物中でそれらの可溶性および安定性を保持するために、制御されたpHおよび特定
の賦形剤を要する。以下の表2は、本発明のタンパク質治療薬の可溶性および安定
性の保持に重要であると考えられるタンパク質処方物の典型的態様を明らかにする。
(16頁18行目~25行目)
表2
タ 薬学的組成物のpHは、水性薬学的組成物中の治療薬(例えば、酵素または
タンパク質)の溶解度を変更し得る付加的因子であり、したがって本発明の薬学的
組成物は好ましくは1以上の緩衝剤を含む。本発明の好ましい実施形態では、水性
薬学的組成物は、約4.0~8.0、約5.0~7.5、約5.5~7.0、約6.
0~7.0および約6.0~7.5の上記水性薬学的組成物の至適pHを保持する
のに十分な量の緩衝剤を含有する。他の実施形態では、緩衝液は、約5~50mM
のリン酸ナトリウムを含み、7.0という前記水性薬学的組成物の至適pHを維持
するのに十分な量である。適切な緩衝剤としては、例えば酢酸塩、コハク酸塩、ク
エン酸塩、リン酸塩、およびトリスが挙げられる。本発明の薬学的組成物の緩衝剤
濃度及びpH範囲は、成獣及び幼獣のサルへの投与において処方物の忍容性を最大
化する決定的な因子である。(17頁3行目~18頁2行目)
チ 本発明のある実施態様において、治療薬(例、タンパク質及び酵素)は、こ
のような薬剤をBBBを越えてCNS内へと送達または輸送を促進するように改変
されていないことにおいてさらに特徴付けられる。例えば、治療薬は、受容体媒介
性の輸送等の(これにより大きい分子が内在性の輸送システムを通って能動的にB
BBを越えて輸送される)このような薬剤のBBBを越える送達を容易にする手段
としての、能動輸送機構の使用に依存しない。(18頁3行目~12行目)
ツ 本発明の薬学的組成物は、対象への投与時は概して水性形態であるが、ある
実施態様では、本発明の薬学的組成物は凍結乾燥される。このような組成物は、対
象への投与の前に、それに1つ以上の希釈剤を付加することにより、再構成されな
ければならない。適切な希釈剤としては、減菌水、注射用静菌性水および減菌生理
食塩溶液が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、薬学的組成物の再
構成時、そこに含有される治療薬は安定で、自由に溶解し、そして対象への投与時
に耐(忍)容性を実証する。(18頁13行目~25行目)
テ 本発明の薬学的組成物、処方物(製剤)及び関連する方法は、各種の治療薬
を対象のCNS(例、髄腔内、脳室内または槽内)に送達するのに有用であり、ま
た関連する疾患の治療に有用である。本発明の薬学的組成物は、特に、タンパク質
及び酵素をリソソーム蓄積症に罹患している対象への送達(例、酵素補充療法)の
ために有用である。リソソーム蓄積症は、リソソーム機能の欠陥に起因するかなり
稀な遺伝性代謝障害の一群を表す。リソソーム症は、リソソーム内の未消化高分子
の蓄積により特徴付けられ、これが、このようなリソソームのサイズおよび数の増
大を、そして最終的には細胞機能不全および臨床的異常を生じる。本方法及び組成
物によって治療され得るリソソーム蓄積症の更なる記述は、当業者に通常知られた
ものや当業者が通常の手順で入手可能なものである・・・。
(18頁26行目~19
頁21行目)
ト 本発明の方法及び組成物を使用して治療し得る好ましいリソソーム蓄積症に
は、CNS病因または構成成分を有する疾患が含まれる。CNS病因または構成成
分を有するリソソーム蓄積症には、例えばサンフィリッポ症候群A型、ハンター症
候群、異染性白質ジストロフィー及びグロボイド細胞白質ジストロフィーが含まれ
るがこれに限定されない。承認された治療法は対象に静脈投与されることに限定さ
れており、一般的には基礎になる酵素欠乏症の体細胞性症候の処置に有効であるに
過ぎない。本発明の組成物及び方法は、このようなCNS病因を有する疾患に罹患
している対象のCNS中に直接、有益に投与され、それによりCNS(例えば脳)
の罹患細胞および組織内の治療的濃度を達成し、したがって、このような治療薬の
伝統的全身投与に伴う制限を克服し得る。(19頁22行目~20頁10行目)
ナ 本明細書で用いる場合、「中枢神経系への送達に適している」という語句は、
それが本発明の薬学的組成物に関する場合、一般的に、このような組成物の安定性、
耐(忍)容性および溶解度特性、ならびに標的送達部位(例えば、CSFまたは脳)
にその中に含有される有効量の治療薬を送達するこのような組成物の能力を指す。
ある実施態様において、本発明の薬学的組成物は、このような組成物が安定性と耐
(忍)容性の両方を実証するならば、対象の中枢神経系への送達に適している。好
ましい実施態様において、本発明の薬学的組成物は、組成物が安定性と耐(忍)容
性を実証し、かつその中に含有される治療薬を可溶性にすることができるならば対
象の中枢神経系への送達に適している。(20頁11行目~27行目)
ニ 本発明の組成物及び方法は、多くの治療薬に広く適用し得る。好ましい実施
態様において、本発明の薬学的組成物及び方法は、治療薬としてタンパク質及び/
または酵素を含む。本発明のある実施態様において、治療薬は、天然または組換え
的に得られるタンパク質及び/または酵素であってもよい。本発明の好ましい実施
態様において、治療薬はリソソーム蓄積症の治療に適した天然酵素または組換え酵
素である。例えば、具体的な実施態様において、本発明の薬学的組成物は、組換え
酵素へパランN-スルファターゼ、イズロン酸-2-スルファターゼ、アルファ-
L-イズロニダーゼ、アリールスルファターゼAまたはガラクトセレブロシダーゼ
のうち1以上を含む。(20頁28行目~21頁12行目)
ヌ 本発明の方法は、本明細書中に記載される薬学的組成物の有効量の多数回投
与だけでなく単回投与も意図している。薬学的組成物は、対象の症状(例、リソソ
ーム蓄積症)の性質、重症度及び程度によって、一定間隔で投与され得る。ある実
施態様では、本発明の薬学的組成物の有効量は、一定間隔(例、年1回、3ヶ月に
1回、隔月、毎月、隔週、毎週、週2回、週3回、毎日、1日2回、1日3回また
は4回またはこれ以上の頻度)で投与されてもよい。(21頁13行目~24行目)
ネ 好ましい実施態様において、本発明の薬学的組成物は、無菌であり、かつ、
適切な無菌技術を使用して対象に投与される。(21頁25行目~27行目)
ノ 「対象」:本明細書中で用いる場合、「対象」という用語は、ヒトを含めた任
意の哺乳動物を意味する。本発明のある実施形態では、対象は、成人、若者または
幼児である。薬学的組成物の投与、および/または子宮内処置方法の実施も、本発
明により意図される。(21頁28行目~22頁3行目)
ハ 本明細書中で用いる場合、
「有効量」という用語は、主として、本発明の薬学
的組成物中に含有される治療薬の総量に基づいて確定される。一般的に、有効量は、
対象に対して意味ある利益(例えば、根元的疾患または症状を処置し、調整し、治
癒し、防止し、および/または改善すること)を達成するのに十分である。例えば、
有効量は、所望の治療的および/または予防的作用を達成するのに十分な量、例え
ばリソソーム酵素受容体またはそれらの活性を調整し、それによりこのようなリソ
ソーム蓄積症またはその症候を処置するために十分な量であり得る。一般的に、そ
れを必要とする対象に投与される治療薬(例えば、組換えリソソーム酵素)の量は、
対象の特質によって決まる。このような特質としては、対象の症状、全身健康状態、
年齢、性別および体重が挙げられる。これらのおよびその他の関連因子によって、
適切な投与量を、当業者は容易に決定し得る。さらに、最適投与量範囲を同定する
ために、客観的および主観的アッセイの両方が任意に用いられ得る。
(22頁4行目
~26行目)
ヒ 対象を治療するのに必要な治療薬の有効量の決定は、本発明の薬学的組成物
の開発において特に重要な考慮事項である。対象に髄腔内投与され得る限定された
量は、薬学的組成物における治療薬の濃度に影響し得る。好ましい実施態様におい
て、薬学的組成物における治療薬の濃度は、このような薬剤のCNS(例えば脳)
の罹患細胞および組織内の治療的濃度を達成するのに十分である。本発明のある実
施態様において、薬学的組成物における治療薬の濃度は、少なくとも50mg/m
L、少なくとも45mg/mL、少なくとも40mg/mL、少なくとも35mg
/mL、少なくとも30mg/mL、少なくとも25mg/mL、少なくとも20
mg/mL、少なくとも15mg/mL、少なくとも10mg/mL、少なくとも
5mg/mL、少なくとも2.5mg/mL、少なくとも1mg/mLまたは1m
g/mL未満である。好ましくは、このような治療薬は本発明の薬学的組成物にお
いて可溶性である。好ましくは、本発明の薬学的組成物は、長期間にわたって(例、
室温でまたは代替的には華氏36~46度の冷蔵条件下で少なくとも12ヶ月間)
安定である。(22頁27行目~23頁19行目)
フ 本発明の化合物、組成物および方法は、特定の実施形態に従つて具体的に記
載されているが、後の実施例は単に本発明の化合物を例示するためのものであり、
これらを限定することを意図するものではない。(23頁20行目~24行目)
・・・
(6) 実施例1(25頁8行目~26行目)
本発明の薬学的組成物の開発にあたり、いずれの構成成分が対象のCSFへのタ
ンパク質の直接投与に適切であるかを突き止めるため、処方物の個々の構成成分を
体系的に調査した。まず最初に調査対象にしたのは、治療効果のためには最低15
mg/mLのタンパク質濃度を必要とするリソソーム酵素であった。このタンパク
質の長期安定性のための最適pHは、6~7であった。6~6.5のpH範囲では、
このタンパク質は、高pH(図3、左)でより高い可溶性を示した。また、可溶性
は、50mMのNaCl中およそ10mg/mLから300mMのNaC1中34
mg/mLへとイオン強度が上昇すると増加した(図3、右を参照)。これらの結果
に基づいて、pH7.5の等張のリン酸緩衝化処方物が選択された。この組成は、
酵素の可溶性と安定性には適切であったが、インビボ(生体内)での高い忍容性が
認められなかった(後述する)。
(7) 実施例2(26頁1行目~27頁5行目)
上述のとおり、生理食塩水とリン酸緩衝化生理食塩水が、CNSへの直接投与用
の治療薬を処方するまたは希釈するため、並びに治療薬の投与前後の送達システム
の洗浄用に一般的には使用されている。我々は、緩衝剤の濃度及びpHにおける僅
かな違いが、投与される溶液のインビボ(生体内)の安全性及び忍容性に非常に大
きく影響することを発見した。
成獣のカニクイザルにおいて予備的GLP試験を行って、酵素治療薬の使用によ
る繰り返しIT-脊椎投与の毒性及び安全性薬理を評価した。各動物にポート・カ
テーテル系を埋め込んで隔週の投与計画を実施し易くした。
デバイス対照の動物には、pH7.2のリン酸緩衝化生理食塩水が投与された。
ビヒクル対照群には、20mMリン酸ナトリウム、130mMのNaC1、及び0.
005%ポリソルべート20のpH7.5の水性溶液が投与された。この処方が適
切なタンパク質の可溶性と安定性を示したので、この処方を評価した。
投与の間及び投与後直ちに臨床兆候が観察されたが、出現率は、対照群(デバイ
ス対照及び/またはビヒクル投与群)と酵素投与群との間で同等であり、用量反応
の証拠は見られなかった。結果として、2回目の投与後この試験は中止された。組
織学的な代表画像は図4に実証されるとおりである。
これらの臨床観察は、ビヒクル投与群を含む全ての動物において見られ、リン酸
緩衝剤濃度とpHを変化させたビヒクルの処方及び用量を調べる一連の非GLP毒
性試験を実施するきっかけとなった(表2参照)。
(8) 実施例3(27頁7行目~28頁3行目(頁上部の頁数の記載の下の本文開
始行を1行目と数える。)

このスクリーニング試験では、1下肢あたり4匹の動物に1日、5日、14日及
び19日目の4回の投与を行つた。10mM以上のリン酸ナトリウム濃度と7.0
を超えるpHを含む処方物を使って、上記の最初のビヒクル(20mMリン酸ナト
リウム、130mMのNaC1、0.005%ポリソルべート20、pH7.5)
を投与された動物において見られた臨床兆候を再現した。忍容性は、投与量を1.
5mLから1.0mLに下げることで向上した。低いリン酸濃度かつ5.5~7.
0のpHの処方物に高い忍容性が認められた。
忍容性の高かったビヒクルのうちでは、5mMのリン酸ナトリウム、145mM
の塩化ナトリウム、0.005%のポリソルべート20をpH7.0で含むビヒク
ルが製品の可溶性及び安定性のために適していた。このビヒクル中の(用量1.0
mL中酵素14mgとして調製された)酵素の3週間にわたる4回の髄腔内投与に
よる有害な臨床兆候はなかった。この低pHで低リン酸のビヒクルは、臨床開発用
に適した酵素の安定性を提供した。これらの試験は、髄腔内投与に適した図5に代
表される製剤デザインスペースを定義した。
タンパク質製剤のCNS送達は、図6に実証されるとおりの、組成物に適切な可
溶性、インビボ(生体内)の忍容性及び適切な長期安定性を与える薬学的組成のバ
ランスが要求される。
6 取消事由1(優先権に関する認定判断の誤り)について
(1) 優先権について
ア 本件出願について、被告が基礎出願1又は2に基づく優先権を主張できるか
否かについて検討する。
イ(ア) 基礎出願1及び2がされた平成22年6月ないし7月頃時点で、一定のリ
ソソーム酵素に関する補充酵素である酵素の一定量をリソソーム蓄積症の患者のし
かるべき組織等に送達することができれば、治療効果を生ずること自体は技術常識
となっていた一方で、どのような方法で補充酵素を有効に送達することができるか
について検討が重ねられており、本件出願がされた平成29年10月においても、
そのような状況がなお継続していたものと認められる(甲1~4、14、15、5
3、54、弁論の全趣旨)。
本件発明1は、ハンター症候群を治療するための安定製剤であって、脳室内投与
されることを特徴とするものであるところ、上記の技術常識及び前記1(2)の本件
発明の概要を踏まえると、本件発明1の製剤についても、中枢神経系(CNS)へ
の活性作用物質の送達をいかに有効に行うかという点がその技術思想において一つ
の重要部分を占めているものというべきである。
(イ) この点、本件明細書の【0006】には、
「髄腔内腔内(IT)注射または脳
脊髄液(CSF)へのタンパク質の投与・・・の処置における大きな挑戦は、脳室
の上衣内張りを非常に堅く結合する活性作用物質の傾向であって、これがその後の
拡散を妨げた」「脳の表面での拡散に対するバリア・・・は、任意の疾患に関する

脳における適切な治療効果を達成するには大きすぎる障害物である、と多くの人々
が考えていた」との記載があり、【0010】には、「リソソーム蓄積症のための補
充酵素(例えば、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S))が高濃度・・・での
治療を必要とする対象の脳脊髄液(CSF)中に直接的に導入され得る、という予
期せぬ発見」という記載がある。
また、甲15の「発明の背景」においても、高用量の治療薬を必要とする疾患に
ついて髄腔内ルートの送達に大きな制限があり、濃縮された組成物の調製にも問題
がある旨が記載されていた(前記5(2)カ及びキ)。
さらに、基礎出願2がされた翌年である平成23年に発行された乙4(「Drug
transport in brain via the cerebrospinal fluid」Pardridge et al., Fluids
and Barriers of the CNS 2011 8:7)においても、CSFから脳実質への薬物浸透
は極めて僅かであり、脳への薬物の浸透がCSF表面からの距離とともに指数関数
的に減少するため、高濃度の薬物を投与する必要があるが、上位表面は非常に高い
薬物濃度にさらされており有毒な副作用を示す可能性があることなどが記載されて
いた。その更に翌年である平成24年に発行された乙11(「CNS Penetration of
Intrathecal-Lumbar Idursulfase in the Monkey, Dog and Mouse: Implications
for Neurological Outcomes of Lysosomal Storage Disorder」 Calias P. et al.
PLoS One, Volume 7, Issue 1, e30341)には、「本研究は、組換えリソソームタン
パク質の直接的なCNS投与によって、投与されたタンパク質の大多数が脳に送達
され、カニクイザル、イヌ両方の脳および脊髄のニューロンに広範囲に沈着するこ
とを、初めて示した研究である。」と記載されている。
そうすると、少なくとも基礎出願2がされた平成22年7月頃においては、CN
S送達のための製剤として特定の製剤の組成等が開示された場合であっても、当該
組成等から直ちにその脳への送達の程度や治療効果を推測等することは困難である
ことが技術常識であったものと認められる。
このことは、甲15に、「本明細書で用いる場合、「中枢神経系への送達に適して
いる」という語句は、それが本発明の薬学的組成物に関する場合、一般的に、この
ような組成物の安定性、耐(忍)容性および溶解度特性、ならびに標的送達部位(例
えば、CSFまたは脳)にその中に含有される有効量の治療薬を送達するこのよう
な組成物の能力を指す。(前記5(5)ナ)として、
」 「標的送達部位(例えば、CSF
または脳)にその中に含有される有効量の治療薬を送達するこのような組成物の能
力」が「送達に適している」ということの意味内容に含まれることが明記されてい
ることとも整合するものといえる。
(ウ) 他方で、本件明細書の【0070】には、
「いくつかの実施形態では、本発明
による髄腔内腔内送達は、末梢循環に進入するのに十分な量の補充酵素を生じた。
その結果、いくつかの場合には、本発明による髄腔内腔内送達は、肝臓、心臓、脾
臓および腎臓のような末梢組織における補充酵素の送達を生じた。この発見は予期
せぬものであ・・・る。」との記載があり、標的組織への送達について、
【0137】
には、
「本発明の意外な且つ重要な特徴の1つは、本発明の方法を用いて投与される
治療薬、特に補充酵素、ならびに本発明の組成物は、脳表面全体に効果的に且つ広
範囲に拡散し、脳の種々の層または領域、例えば深部脳領域に浸透し得る、という
点である。さらに、本発明の方法および本発明の組成物は、現存するCNS送達方
法、例えばICV注射では標的化するのが困難である腰部領域を含める脊髄の組織、
ニューロンまたは細胞に治療薬(例えば、I2S酵素)を効果的に送達する。更に、
本発明の方法および組成物は、血流ならびに種々の末梢器官および組織への十分量
の治療薬(例えば、I2S酵素)を送達する。」との記載があり、【0138】にお
いては、実施形態により、「治療用タンパク質(例えば、I2S酵素)」が、対象の
「中枢神経系」に送達され、あるいは「脳、脊髄および/または末梢期間の標的組
織の1つ以上」に送達され、また、
「標的組織は、脳標的組織、脊髄標的組織および
/または末梢標的組織であり得る。」などと記載された上で、【0139】以下で特
に「脳標的組織」について説明がされ、そして、実施例においても、例えば、実施
例1~3、5及び7ではIT投与が、実施例6ではIT投与及びICV投与が用い
られるなどしている。
そして、証拠(甲2~5。後記7(1)~(4)参照)のほか、本件明細書の記載内容
に照らしても、CNSへのI2Sの送達においては、ICV投与とIT投与とは、
それぞれ別個の投与態様として取り扱われ、組織へのI2Sの送達に関する実験や
その結果の評価においても、それらは別個に取り扱われること、換言すると、IC
V投与とIT投与の相応に密接な関連性を考慮しても、ICV投与による実験デー
タとIT投与による実験データとを直ちに同一視することはできないことが、平成
22年7月頃における技術常識であったことが認められるというべきである。
(エ) 前記(イ)及び(ウ)の技術常識を踏まえると、本件発明1が甲15に記載されて
いた発明であると認められるためには、甲15に、本件発明1の製剤が実質的に記
載されていたものと認められるのみならず、甲15に、本件発明1の製剤による送
達の効果が、ICV投与した場合のものとして、実質的に記載されていたと認めら
れる必要があるというべきである。
ウ(ア) その上で、甲15の記載を見るに、まず、
「発明の背景」の記載(前記5(2))
は、専ら背景技術について説明するものである。「発明の概要」の記載(同(3))に
は、本件発明1の製剤に含まれる製剤の記載があるといえるが、当該製剤がどのよ
うに送達されて治療効果を奏するのかについては記載がない。そして、
「発明の詳細
な説明」(同(5))を見ても、製剤の構成やその使用方法に関する一般的な記載はみ
られるものの、どのように送達されて治療効果を奏するのかについて具体的な記載
はない。
(イ) 甲15の実施例1(前記5(6))には、15mg/mLのタンパク質濃度のリ
ソソーム酵素を含む組成物で、pH6~7であってリン酸塩を含むものが記載され
ていると見ることができるが、具体的にどのような酵素が用いられたかは不明であ
り、また、どのような領域まで送達されて治療効果を奏するかについても記載がな
い。
(ウ) 甲15の実施例2(前記5(7))には、「酵素治療薬の使用による繰り返しI
T-脊椎投与の毒性及び安全性薬理を評価」や「酵素投与群」との記載はあるが、
酵素の種類も濃度も不明であり、また、どのような領域まで送達されて治療効果を
奏するかについても記載がない(なお、対照群との差異もみられていない。。

(エ) 甲15の実施例3(前記5(8))には、用量1.0mL中酵素14mgとして
調製された酵素と、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム、0.
005%のポリソルベート20をpH7.0で含むビヒクルにより作成された製剤
が髄腔内投与されたことの記載があるが、図5を含めて見ても、主に有害な副作用
の有無等が検討されたものと解され、治療効果については記載がない。
(オ) なお、甲15の図2には、30mg用量の髄腔内投与後のリソソーム酵素の
ニューロンへの分布が示され、尾状核のニューロンにリソソーム酵素が認められた
ことが示されているが、どのような製剤が投与されたのかも不明である。
(カ) さらに、甲15には、投与の態様としてICV投与とIT投与とが選択的な
ものである旨は記載されているといえる一方で、いずれの方法によっても同様に送
達され得る旨等を明らかにする記載もないから、前記(ウ)~(オ)は、ICV投与した
場合のものとして、本件発明1の製剤による送達の効果を記載するものでもない。
エ 以上によると、甲15には、本件発明1が記載されているものとは認められ
ず、本件発明2~12についてこれと異なって解すべき事情も認められないから、
本件出願について、基礎出願2に基づく優先権を主張することはできない。基礎出
願1についても、基礎出願2と異なって解すべき事情はない。
これと異なる被告の主張は、いずれも採用することができない。ICV投与とI
T投与において、製剤はいずれの場合でもCSFに投与されるものであり、そのた
めそれらの間に処方としての共通性や標的組織等への送達における相応の関連性が
あるということができたとしても、そのことをもって、具体的な送達の程度や治療
効果についてまで、一方の投与態様についての実験結果等の記載をもって直ちに他
方についての記載と実質的に同視することができるとの技術常識は認められない。
被告の主張は、甲14及び15の記載内容を、本件明細書の記載内容を前提にしな
がら解釈しようとするものであって相当でない。
(2) 甲6が公知文献とされなかったことが直ちに取消事由に当たるかについて
ア 原告は、取消訴訟の審理範囲を根拠として、本件審決に当たり甲6を副引用
例として考慮しなかった本件審決は、優先権に係る判断の誤りによって直ちに取り
消されるべきである旨を主張するので検討する。
イ(ア) 証拠(甲59、60)及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件審判請求
においては、本件発明1の進歩性に係る無効理由として、甲2発明に甲3~10を
適用すること並びに甲3発明に甲2及び4~10を適用すること(甲5の適用につ
いては、甲5技術と実質的に同一の内容が主張されていた。 により容易想到である

旨を主張し、その中で、甲6については、甲6発明(製剤)と実質的に同一の内容
を主張する一方、甲6発明(ビヒクル)については主張していなかったことが認め
られる。
本件審決は、基礎出願2に基づく優先権の主張を認めたことから、副引用例とし
ての甲6記載の発明の適用について検討するには至らなかったが、上記のとおり、
甲6については、甲6発明(製剤)と実質的に同一の内容を副引用例とする範囲で、
審判手続においても審理の対象となっていたものであって、甲2発明及び甲3発明
にそれぞれ上記副引用例を組み合わせることにより進歩性を欠くという無効理由自
体は、審判手続において審理対象となっていたものである。
(イ) そして、本件審決は、甲2発明及び甲3発明と本件発明の相違点について、
甲2発明については、甲3~5及び7~10を、甲3発明については甲2、4、5
及び7~10をそれぞれ適用して容易想到であるといえるか否かについて判断した
一方、優先権主張を認めたことから甲6は除外し、それゆえ相違点に係る本件発明
の構成についての甲6発明(製剤)の適用について具体的には判断しなかったもの
の、甲2発明及び甲3発明に甲6発明(製剤)を適用することにより本件発明は容
易想到であるという旨の原告の主張自体については、これを認めることができない
との判断を示したものである。
(ウ) 原告は、本件訴訟において、甲2発明及び甲3発明を主引用例とした上で、
前記(ア)及び(イ)のとおり本件審決で排斥された甲5技術の適用による容易想到性の
主張のほか、甲6に基づき、甲6発明(製剤)及び甲6発明(ビヒクル)を副引用
例として主張するとともに、甲6が技術常識(エリオットB溶液の技術常識及び高
濃度化の技術常識)を補足するものである旨を主張しているところ、本件訴訟にお
いて、容易想到性が争いとなっている本件発明の構成(甲2発明及び甲3発明との
間の各相違点)は、本件審決で判断されたものと基本的に同じであり、甲6発明(製
剤)や甲6発明(ビヒクル)の適用に当たり、本件審決で判断されたもの以外の相
違点が問題になるなどといった事情はない。
(エ) 前記(ア)のとおり、甲6の適用については審判手続においても問題とされ、当
事者双方において攻撃防御を尽くす機会はあったといえる。この点、証拠(甲6、
14、15、乙12、22。なお、訳文として甲6の2・3、乙34)及び弁論の
全趣旨によると、甲6は、基礎出願1及び2がされて間もない平成22年7月2日
に公衆に利用可能となった雑誌「注射可能なドラッグデリバリー2010:製剤フ
ォーカス」に掲載された「CNSが関与する遺伝学的疾患を治療するためのタンパ
ク質治療薬の髄腔内送達」と題する論文であるところ、同論文は、基礎出願1及び
2に関わった研究者も関与して行われた研究発表に係るものであって、本件発明と
同様の技術分野に属するもの、すなわち、酵素補充療法において、中枢神経系(C
NS)病因を有する疾患の処置に係るリソソーム酵素に関する補充酵素である酵素
を含む薬学的組成物に関連するもの(前記1(2)ア)と解されるほか、その記載内容
は、かなりの部分甲14及び15と重なり合うものである。そのような甲6の性質
や、甲14及び15と本件発明との関係についても優先権主張の可否という形では
あるが各当事者において攻撃防御を尽くす機会があったというべきことを考慮する
と、上記のように審判手続において各当事者に与えられていた甲6の適用について
攻撃防御を尽くす機会は、実質的な機会であったといえる。
(オ) 以上の事情の下では、本件審決においては副引用例としての甲6発明(製剤)
の適用が具体的には判断されるに至らず、また、甲6発明(ビヒクル)については
そもそも審判段階で問題となっていなかったこと(この点、被告は、甲6発明(ビ
ヒクル)を適用しての容易想到性に係る原告の主張について、特にそれが審理範囲
外であるとして争ってはいない。)を考慮しても、本件訴訟において、審判手続にお
いて審理判断されていた甲2発明及び甲3発明との対比における無効原因の存否の
認定に当たり、甲6発明(製剤)及び甲6発明(ビヒクル)を適用することによっ
て容易想到性の有無を判断することが、当事者に不測の損害を与えるものではなく、
違法となるものではない。最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日
大法廷判決・民集30巻2号79頁は、本件のような場合について許されないとす
る趣旨とは解されない。
(3) 以上によると、取消事由1は、優先権の判断の誤りという限度において理由
があるが、それをもって直ちに本件審決を取り消すべきという結論において、理由
がない。
そこで、以下、甲2発明及び甲3発明を主引用例とする容易想到性の主張に係る
取消事由5及び6について、検討する。
7 引用発明等について
(1) 甲2発明について
ア 平成21年7月16日に公開された甲2は、発明の名称を「リソソーム蓄積
症のための脳室内酵素の輸送」とする発明に係るもので、甲2には次の記載がある。
【特許請求の範囲】
【請求項38】
酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症にかかっている患者を治療す
る方法であって、前記酵素を脳への脳室内輸送によって患者に投与することを含む
方法。
【請求項43】
リソソーム蓄積症がムコ多糖症II型であり、前記酵素がイズロン酸-2-スル
ファターゼである、請求項38~40のいずれか一項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リソソーム蓄積症の領域に関する。特に、酵素補充療法によるこれら
の病気の治療および/または予防に関連する。
【0002】
(発明の要約)
リソソーム蓄積症(LSD)として知られる代謝性疾患のグループは、40種類
以上の遺伝子疾患を含み、それらの多くは多様なリソソーム加水分解酵素における
遺伝子欠損に関する。代表的なリソソーム蓄積症および関連する欠損酵素が表1に
記載される。
(表1)
【表1】
【表2】
【表3】
【0003】
LSDの顕著な特徴はリソソーム代謝産物の異常な蓄積であり、核周辺部におけ
る多数の膨張したリソソームの形成を生じる。
(器官特異的な酵素病、例えば肝臓特
異的な酵素病の治療に対峙する)LSDを治療する主な試みには、複数の別々の組
織において、リソソーム蓄積の病態を逆行させることが必要となる。いくつかのL
SDは、酵素補充療法(ERT)として知られる喪失した酵素の経静脈内注入によ
り効果的に治療され得る。例えば、ゴーシェ病1型患者が内臓疾患のみにかかって
いると、組み換えグルコセレブロシダーゼ(Cerezyme(登録商標)、ジェン
ザイム社)を用いてERTに有利に反応する。しかし、CNSに罹患する代謝性疾
患にかかっている患者(例、2または3型のゴーシェ病)は、補充酵素が血液脳関
門(BBB)により脳に入ることを阻害されるため、静脈内のERTに対して部分
的にしか反応しない。さらに、直接注射による脳への補充酵素を導入する試みは、
一部には、局所的な高濃度による酵素の毒性および脳における限られた柔組織への
拡散割合のために限定されている(Pardridge,Peptide Dru
g Delivery to the Brain,Raven Press,1
991)。
【0005】
本発明によると、上記表1で特定される病気のごときリソソーム蓄積症、例えば、
ニーマン-ピック病A型またはB型は、前記病気の病因として欠乏する酵素の脳へ
の脳室内輸送を用いて治療および/または予防される。投与は、ゆっくり行われる
ことにより最大の効果を達成することができる。効果は血液脳関門の両側で見られ、
これは、脳および/または内臓に影響を与えるリソソーム蓄積症に対する有用な送
達手段とされる。それゆえに、第1の態様では、本発明は、酵素の欠乏により引き
起こされるリソソーム蓄積症の患者を治療または予防する方法であって、前記方法
は、酵素を脳への脳室内輸送を通して患者に投与することを含む方法を提供する。
関連の態様では、本発明は、患者の酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄
積症の患者の治療または予防のための医薬品の製造のための酵素の使用であって、
前記治療または予防が酵素の脳への脳室内投与を含む、酵素の使用を提供する。酵
素の欠乏は、例えば、酵素の発現における欠乏、あるいはインビボにおいて酵素の
活性レベルの減少(例、不活性な酵素)またはクリアランス/分解の速度の上昇を
もたらす酵素の変異により引き起こされてもよい。欠乏は酵素基質の蓄積を引き起
こし、酵素の投与は脳の基質レベルの減少をもたらしうる。リソソーム蓄積症は、
上記表1で同定される病気のいずれかであってもよい。酵素は、リソソーム加水分
解酵素であってもよい。
【0033】
本発明者らは、リソソーム加水分解酵素のその酵素を欠乏する患者の脳への脳室
内輸送が、脳および罹患した内臓(CNSではない)の改善された代謝状態を導く
ことを知見した。このことは、特に、ボーラス輸送と比較して輸送速度がゆっくり
である場合に当てはまる。それゆえ、上記表1で同定される病気のごとき特定の酵
素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症は、各酵素の脳室内投与により治
療または予防されてもよい。・・・
【0034】
リソソーム酵素、より適切にはリソソーム加水分解酵素のその酵素を欠乏する患
者への投与は、脳脊髄液(CSF)で満ちている1つ以上の脳の脳室内のいずれか
に行われてもよい。CSFは脳室を満たす透明な液体であり、くも膜下腔に存在し、
脳と脊髄の周辺に位置する。CSFは、脈絡叢により生成され、脳室への脳による
組織液の浸出または透過を介して生成される。脈絡叢は、側脳室床と第三または第
四脳室蓋の内側に並んだ構造である。ある研究では、これらの構造は1日で中枢神
経系の空間の4倍量に相当する1日あたり400~600ccの液を生成できるこ
とが示された。成人では、この液体の体積は、125から150ml(4~5oz)
までであることが算出されている。CSFは、連続的な形成、循環および吸収の状
態にある。ある研究では、約430から450ml(2カップ近く)のCSFが毎
日生成されうることが示されている。ある計算では、生成は、大人では1分あたり
約0.35mlおよび幼児では1分あたり0.15mlと等価であると評価され
る。・・・
【0038】
ASMまたは他のリソソーム加水分解酵素は、十分なレベルのリソソーム加水分
解活性により特徴付けられる条件に治療、例えば、阻害、軽減、予防、または改善
するのに有用な医薬組成物に組み込まれうる。医薬組成物は、リソソーム加水分解
欠乏を患っている対象または前記欠乏を発生するリスクのある人に投与される。こ
の組成物は、医薬上許容されるキャリア中に、治療量または予防量のASMまたは
他のリソソーム加水分解酵素を含むべきである。医薬キャリアは、ポリペプチドを
患者に輸送するのに適する、適合性無毒化物質のいずれかでありうる。滅菌された
水、アルコール、脂肪、ワックスがキャリアとして用いられてもよい。医薬上許容
されるアジュバンド、緩衝剤、分散剤、およびそれらの類似物はまた、医薬上許容
される組成物に組み込まれてもよい。これらのキャリアは、脳室内注射または注入
あるいは他の方法による投与に適するいずれかの形態(その形態はまた、静脈内ま
たは髄腔内投与に適合させることも可能である)で、ASMまたは他のリソソーム
加水分解酵素と結合されうる。適するキャリアは、例えば、生理食塩水、静菌水、
Cremophor EL(登録商標)
(ニュージャージー州、パーシッパニーのB
ASF)またはリン酸緩衝食塩水(PBS)、他の食塩水、デキストロース溶液、グ
リセロール溶液、水ならびに石油、動物、植物、または合成由来の油(ピーナッツ
油、大豆油、鉱油、またはゴマ油)と一緒に作製されたもののごとく油乳剤を含む。
人工的なCSFはキャリアとして用いることができる。このキャリアは、好ましく
は無菌であり、発熱物質を含まない。医薬組成物中のASMまたは他のリソソーム
加水分解酵素の濃度は、広範囲、すなわち、総組成物の少なくとも約0.01重量%
から0.1重量%、約1重量%、20重量%以上に変動することができる。
【0040】
ASMまたは他のリソソーム加水分解酵素の用量は、特定の酵素およびその特異
的なインビボ活性、投与経路、患者の病状、年齢、体重もしくは性別、患者のAS
Mもしくは他のリソソーム加水分解酵素またはビヒクルの構成成分に対する感受性、
ならびに他の因子に依存して個々に多少異なっていてもよく、医師が容易に考慮す
ることができる。用量が病気と患者に依存して変化してもよい一方で、酵素は、一
般的に、1ヶ月あたり50kgの患者に対して約0.1から約1000ミリグラム
までの量で患者に投与される。一の具体例では、酵素は、1ヶ月あたり50kgの
患者に対して約1から約500ミリグラムの量で患者に投与される。他の具体例で
は、酵素は、1ヶ月あたり50kgの患者に対して約5から約300ミリグラム、
あるいは1ヶ月あたり50kgの患者に対して約10から約200ミリグラムの量
で患者に投与される。
【0041】
投与速度は、単回用量の投与がボーラスとして投与されてもよいものである。単
回用量はまた、約1~5分、約5~10分、約10~30分、約30~60分、約
1~4時間にわたり注入されてもよく、あるいは4、5、6、7、または8時間よ
り長くかけてもよい。それは、1分より長く、2分より長く、5分より長く、10
分より長く、20分より長く、30分より長く、1時間より長く、2時間より長く、
または3時間より長くかけてもよい。出願人は、ボーラス脳室内投与が効果的であ
りうる一方で、ゆっくりした注入が非常に効果的であることを観察した。出願人は
作用の特定の理論に拘束されたくはないが、ゆっくりした注入が脳脊髄液(CSF)
の代謝回転によりより効果的であると考えている。文献上の推定値と計算は様々で
あるが、脳脊髄液は、ヒトでは約4、5、6、7、または8時間以内に代謝回転す
ると考えられている。一の具体例では、本発明のゆっくりした注入時間は、CSF
の代謝回転時間とおよそ同等またはそれ以上になるように測定されるべきである。
代謝回転時間は、対象の種、大きさ、および年に依存してもよいが、当該技術分野
に公知の方法を用いて決定されてもよい。注入はまた、1日以上の期間にわたり連
続的であってもよい。患者は、1ヶ月、例えば1週、例えば隔週に1回、2回、ま
たは3回以上治療されてもよい。注入は、脳または内臓における病気の基質の再貯
蓄に影響されるように、対象の生涯をかけて繰り返されてもよい。・・・
【0054】
・・・
【実施例1】
【0055】
(動物モデル)
ニーマン-ピック病(NPD)はリソソーム蓄積症であり、酸スフィンゴミエリ
ナーゼ(ASM;スフィンゴミエリンコリンリン酸加水分解酵素、EC3.1.3.
12)の遺伝子欠乏により特徴付けられる遺伝性神経代謝疾患である。機能的なA
SMタンパク質の欠如は、脳全域にわたる神経とグリアのリソソーム内のスフィン
ゴミエリン基質の蓄積を生じる。このことが核周辺の膨張した多数のリソソームの
形成を招き、それらがNPDA型の特徴および主な細胞の表現型である。膨張した
リソソームの存在は、正常な細胞の機能の喪失および進行性の神経変性と関連し、
小児期の初期に罹患した個体の死を招く(The Metabolic and Molecular Bases of
Inherited Diseases, eds. Scriver et al., McGraw-Hill, New York, 2001, pp.
3589-3610)。第2の細胞の表現型(例えば、さらなる代謝異常)はまた、この病気
に付随し、リソソーム区画におけるコレステロールの著しく高いレベルの蓄積であ
る。スフィンゴミエリンはコレステロールに対して強い結合性を示し、その結果、
ASMKOマウスとヒト患者のリソソームにおいて大量のコレステロールの隔離が
生じる(Leventhal et al. (2001) J. Biol. Chem., 276:44976-44983; Slotte
(1997) Subcell. Biochem., 28:277-293; and Viana et al. (1990) J. Med. Genet.,
27:499-504)。NPDの詳細な考察は、the Online Metabolic & Molecular Bases
of Inherited Diseases, Part 16, Chapter 144 (2007)で見出されうる。
【実施例2】
【0056】
(ASMKOマウスにおけるrhASMの連続的な脳室内注入)
目的:組み換えヒトASM(rhASM)の脳室内注入がASMKOマウス脳に
おける蓄積病変(すなわち、スフィンゴミエリンおよびコレステロール蓄積)にお
いてどのような効果を示すかを調べるため。
【0057】
方法:生後12~13週齢のASMKOマウスに留置ガイドカニューレを定位固
定して移植した。14週齢のマウスにポンプに繋がれた(ガイドカニューレ内に適
合した)注入深針を用いて250mg(裁判所注:
「0.250mg」の誤記と解さ
れる。)のhASM(n=5)を4日連続(合計1mgが投与された)24時間(~
0.01mg/h)にわたり注入した。凍結乾燥されたhASMを注入前に人工脳
脊髄液(aCSF)中に溶解させた。マウスを注入3日後に解剖した。解剖するマ
ウスにユサゾール(euthasol)
(>150mg/kg)を過剰摂取させ、次
いでPBSまたは4%パラホルムアルデヒドで環流した。脳、肝臓、肺および脾臓
を取り除き、スフィンゴミエリン(SPM)レベルを解析した。脳組織をSPM解
析前に5つの領域に分けた(S1=脳の前部、S5=脳の後部;図1を参照)。
(表2)
【表4】
【0058】
結果の要約:連続4日間24時間あたり250mg(裁判所注:
「0.250mg」
の誤記と解される。(合計1mg)のhASMの脳室内注入は、ASMKO脳を通

してhASM染色およびフィリピン(すなわち、コレステロール蓄積)クリアラン
スを生じた。生化学的解析は、hASMの脳室内注入が脳を通じてSPMレベルの
全身的な減少を導くことを示した。SPMレベルは、野生型(WT)のレベルが減
少した。SPMの有意な減少を肝臓と脾臓でも観察した(減少傾向は肺でも見られ
た)。
【実施例3】
【0059】
(ASMKOマウスにおけるhASMの脳室内輸送II)
目的:6時間にわたる注入期間における最も低い有効な用量を調べるため。
【0060】
生後12~13週齢のASMKOマウスに留置ガイドカニューレを定位固定して
移植した。14週齢のマウスに以下の用量のhASMのうちの1つで6時間にわた
り注入した。10mg/kg(0.250mg;n=12)、3mg/kg(0.0
75mg;n=7)、1mg/kg(0.025mg;n=7)、0.3mg/kg
(0.0075mg;n=7)、またはaCSF(人工脳脊髄液;n=7)。各用量
レベルからの2匹のマウスを6時間注入後に迅速に4%パラホルムアルデヒドで還
流して脳内における酵素の分布を測定した(これらから血液を採取して血清hAS
Mレベルを調べた) 各群からの残りのマウスを注入1週間後に解剖した。
。 これらの
マウスに由来する脳、肝臓、肺の組織を研究05-0208にあるようにSPMレ
ベルについて解析した。
(表3)
【表5】
【0061】
結果の要約:6時間にわたる脳室内hASMは、用量にかかわらず脳を通してS
PMレベルの有意な減少を生じた。用量>0.025mgで処理されたマウス脳の
SPMレベルは、野生型レベルまで減少した。内蔵器官のSPMレベルはまた、用
量依存的な様式で有意に減少した(野生型レベルまでではない) この知見を裏付け

ることとして、hASMタンパク質はまた、hASMタンパク質を注入されたAS
MKOマウスの血清中で検出された。組織学的な解析は、hASMタンパク質が、
hASMの脳室内投与後に脳を通して(S1からS5まで)広く分布することを示
した。
【実施例4】
【0062】
(ASMKOマウスにおけるrhASMの脳室内注入III)
目的:(1)hASMの6時間注入後にSPMが脳室内に再蓄積する時間;(2)
脳室内hASM投与(過去の実験では、肝臓における物質の蓄積に性差が存在する
ことが示され、これが脳内で生じるかどうかは知られていない)に応答した性差の
存在を調べるため。
【0063】
方法:生後12~13週齢のASMKOマウスに留置ガイドカニューレを定位固
定して移植した。14週齢でマウスに0.025mgのhASMを6時間にわたり
注入した。hASMの脳室内輸送後、マウスを、注入1週間後(n=7雄、7雌)、
または注入2週間後(n=7雄、7雌)もしくは注入3週間後(n=7雄、7雌)
に解剖した。解剖の際、脳、脊髄、肝臓および肺をSPM解析用に取り除いた。
(表4)
【表6】
【0064】
組織サンプルをSPMのために調製した。
【実施例5】
【0065】
(ASMKOマウスの認知機能におけるrhASMの脳室内注入の効果)
目的:ASMKOにおいて、rhASMの脳室内注入が羅患して引き起こされた
認知障害を緩和するかどうかを調べるため。
【0066】
方法:生後9~10週齢のASMKOマウスに留置ガイドカニューレを定位固定
して移植する。13週齢でマウスに0.025mgのhASMを6時間にわたり注
入する。14および16週齢でマウスにバーンズマーゼ(barnes maze)
を用いて認知テストを受けさせる。
【実施例6】
【0067】
(脳室内注入後のASMKOのCNS内のhASMタンパク質分布)
目的:脳室内注入後のASMKOマウスの脳および脊髄内におけるhASMタン
パク質の分布(時間の関数として)を調べるため。
【0068】
方法:生後12~13週齢のASMKOマウスに留置ガイドカニューレを定位固
定して移植した。14週齢でマウスに0.025mgのhASMを6時間にわたり
注入した。注入工程後、マウスを、すぐに、1週間後、2週間後、3週間後に解剖
する。
(表5.表1で示されるような欠損のある疾患の治療のための特定の酵素で用い
られ得る注入時間を示す。)
【表7】
【表8】
イ 前記ア(特に【請求項38】及び【請求項43】並びに【0001】及び【0
038】)及び弁論の全趣旨によると、甲2には、前記第2の3(4)イ(ア)aのとおり
本件審決が認定した甲2発明について、CremophorをCremophor
ELと訂正した次の発明(本件審決が甲2から認定した甲2発明とは、適する医薬
キャリアの商品名が異なるだけであるから、以下では、この訂正後のものについて
「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症にかかっている患者を治療
するための方法に用いるための組成物であって、リソソーム蓄積症がムコ多糖症I
I型であり、前記酵素がイズロン酸-2-スルファターゼであり、該方法が、前記
酵素を脳への脳室内輸送によって患者に投与することを含むものであり、該組成物
は、適する医薬キャリアとして、例えば、生理食塩水、静菌水、Cremopho
r EL(登録商標)、リン酸緩衝食塩水(PBS)、他の食塩水、デキストロース
溶液、グリセロール溶液、水、ならびに石油、動物、植物、または合成油と一緒に
作製された油乳剤を含み、リソソーム加水分解酵素の濃度が、約0.001重量%
から20重量%以上に変動し得る組成物。」
ウ その上で、本件発明1と甲2発明を対比すると、それらの間には、前記第2
の3(4)イ(ア)bのように本件審決が認定した次の相違点が存在すると認められる。
(相違点)
本件発明1は、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を5mg
/ml~100mg/mlの濃度で含むとともに、50mMまでのリン酸塩を含み、
かつ該組成物が、5.5~7.0のpHを有する安定製剤であることを特徴とする
のに対し、甲2発明は、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)タンパク質を
5mg/ml~100mg/mlの濃度で含むこと、50mMまでのリン酸塩を含
み、該組成物が、5.5~7.0のpHを有する安定製剤であることのいずれも特
定されていない点。
(2) 甲3発明について
ア 平成17年3月3日に公開された甲3は、発明の名称を「脳およびその他の
組織への治療用化合物の送達」とする発明に係るもので、甲3には次の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲
1.哺乳動物においてリソソーム蓄積症を治療するための方法であって、前記リ
ソソーム蓄積症において欠損している酵素を含む医薬組成物を、前記リソソーム蓄
積症の症状を改善するために有効な量で前記哺乳動物の中枢神経系に髄腔内投与す
るステップを含む方法。
・・・
21.前記髄腔内投与が、前記医薬組成物を脳室内へ導入するステップを含む、
請求項1に記載の方法。
(イ) 背景技術
[0011]
そこで、当分野において、酵素補充療法の有効な投与を通してリソソーム蓄積障
害を効果的に治療する方法を開発する必要がある。より詳細には、リソソーム蓄積
障害を治療するために脳および中枢神経系へより効率的に活性物質を送達できる化
合物および組成物のより効果的な投与方法に対する必要が存在する。
(ウ) 発明の概要
[0013]
したがって、本発明の1つの態様では、リソソーム蓄積症を治療する方法であって、
リソソーム蓄積症において欠損もしくは欠乏しているタンパク質を含む医薬組成物
を提供するステップと、被験者の脳脊髄液内に前記医薬組成物を送達するステップ
と、を含み、それにより哺乳動物被験者において治療作用を提供するレベルで前記
タンパク質が送達される方法が提供される。より詳細には、前記方法は一般に、哺
乳動物被験者において治療作用を提供するレベルで前記被験者の脳組織へ前記タン
パク質を送達するステップを含む。より詳細には、脳脊髄液への送達は、髄控内注
射によって達成される。
[0015]
一部の実施形態は補充される酵素としてイズロニダーゼを使用するが、本発明の
方法は異なる酵素の投与を必要とする他の疾患の治療的介入のために使用できるこ
とを理解されたい。例えば、本発明はさらにまた、β-グルクロニダーゼ(MPS
VII)、イズロン酸スルファターゼ(MPS II)、α-N-アセチルグルコサ
ミニダーゼ(MPS IIIB)、アリールスルファターゼA(MLD)、グルコセ
レブロシダーゼ、β-グルコシダーゼもしくはN-アセチルガラクトサミン4-ス
ルファターゼのクモ膜下投与もまた意図している。
[0021]
所定の代表的実施形態では、前記医薬組成物は、哺乳動物では少なくとも約0.
01mg/15cc(CSF)から約5.0mg/15cc(CSF)の用量のヒ
トα-L-イズロニダーゼを含み、その欠損症に罹患している被験者へ週1回投与
される。好ましくは、前記医薬組成物は、哺乳動物では約1mg/15cc(CS
F)の用量のヒトα-L-イズロニダーゼを含み、その欠損症に罹患している被験
者へ週1回投与される。典型的な医薬組成物は、100mMリン酸ナトリウム、1
50mM NaClおよび0.001%ポリソルベート80を含む緩衝液中に0.
58mg/mLのイズロニダーゼを含む緩衝液中で調製される。
[0022]
本発明の方法において使用するための医薬組成物は、さらにまた例えばヒトアル
ブミンなどの他の成分を含有していてよい。特定の実施形態では、本組成物は少な
くとも約1mg/mLの濃度でヒトアルブミンを含有する。本組成物は、例えば約
10~50mMの濃度でリン酸ナトリウム緩衝液を含む緩衝液中などのように、緩
衝液の形状であってよい。
(エ) 発明の詳細な説明
[0087]
被験者を酵素補充療法へ寛容化させるための併用療法
[0088]
組換えタンパク質および他の治療薬などの物質の投与中は、被験者は、これらの
物質に対する免疫応答を開始する可能性があり、これにより、結合して治療活性を
抑制するだけでなく急性もしくは慢性免疫学的応答を誘発する抗体が産生されるこ
とが見出されている。この問題は、タンパク質が複雑な抗原であり、そして多くの
場合に、該被験者が免疫学的に該抗原投与を受けていないために、タンパク質であ
る治療薬にとって最も重要である。そこで、本発明の所定の態様では、治療酵素を
摂取している被験者を酵素補充療法に対して寛容化させることが有用かもしれない。
この状況では、酵素補充療法は、寛容化レジメンとの併用療法として被験者に投与
することができる。
[0091]
医薬上許容される製剤の髄腔内投与
[0094]
本明細書で使用する用語「髄腔内投与」は、穿頭孔または大槽穿刺もしくは腰椎
穿刺などを通しての側脳室内注射を含む技術(・・・)によって被験者の脳脊髄液
内へ医薬組成物を直接送達することを含むことを意図する。
・・・上記で言及した部
位のいずれかへの本発明による医薬組成物の投与は、組成物の直接注射によって、
または注入ポンプの使用によって達成できる。注射のためには、本発明の組成物は
溶液中で、好ましくはハンクス液、リンガー液もしくはリン酸緩衝液などの生理的
に適合する緩衝液中で調製することができる。・・・
[0095]
本発明の1つの実施形態では、酵素は、被験者の脳内への側脳室注射によって投
与される。注射は、例えば被験者の頭蓋に作製した穿頭孔を通して行われてよい。
また別の実施形態では、酵素および/または他の医薬調整物は、被験者の脳室内へ
の外科的に挿入されたシャントを通して投与される。例えば、注射は、より大きな
側脳室内へ行うことができるが、第3および第4の小さな脳室内への注射でも行う
ことができる。
[0099]
本発明の方法において使用される医薬調製物は、リソソーム蓄積疾患の酵素補充
療法に使用するための治療有効量の酵素を含有する。
・・・治療有効量は、治療的に
有益な作用が組成物の毒性もしくは有害な作用を上回る量でもある。イズロニダー
ゼの治療有効濃度についての非限定的範囲は、0.001μg(酵素)/mLから約
150μg(酵素)/mLである。用量値は軽減すべき状態の重症度に伴って変化さ
せてもよいことを留意されたい。いずれか特定の被験者については、特定投与レジ
メンは、個々の必要および酵素補充療法を投与するもしくは投与を監督する人の専
門的判断によって経時的に調整すべきであること、そして本明細書に記載の用量範
囲は代表例に過ぎず、本発明の範囲もしくは実践を限定することは意図されていな
いことを理解されたい。
[0132]
以下の実施例では、上記の実施例で記載した方法の一部または全部を用いてMP
S I動物へのイズロニダーゼの髄腔内投与について実施した試験の結果について
説明する。
実施例2
脳室内注射を介して投与された酵素は血液脳関門を透過し、脳組織中で検出され
る。
[0133]
リソソーム蓄積障害を有する被験者の脳内におけるリソソーム蓄積誘発性損傷部
位への酵素の直接的投与は、現時点では困難であることが証明されている。これら
の疾患を治療するために必要とされる大きな酵素複合体は、典型的には血液脳関門
を透過することができない。脳-CSF界面を越えてこれらの酵素を引き入れるた
めに有効な方法を決定するために、リソソーム蓄積障害であるMPS Iのラット
およびイヌモデルにおいて2種の酵素投与経路について試験した。
[0134]
酵素を脳室内投与するために、定位固定誘導を用いて、5~10μLの組換えヒ
トイズロニダーゼ(rhIDU)もしくはコントロールタンパク質のどちらかをラ
ットの側脳室へ注射した。注射24時間後に動物を致死させ、脳切片を入手した。
[0135]
脳切片は、抗イズロニダーゼ抗体を用いて共焦点顕微鏡を使用してrhIDUの
存在について分析した。免疫組織化学的分析は、注射された酵素が脳ニューロンに
取り込まれたこと、そしてさらにイズロニダーゼがニューロン細胞内のリソソーム
へ局在することを証明した。抗IDU染色は、この酵素が数ミリメートルにわたり
脳組織を透過することを示しているが、酵素勾配は減少しており、これは注射部位
から遠くへ離れるほど、脳内で検出される酵素が少なくなることを意味している。
染色は、さらにこの酵素の半減期がおよそ7日間であることも示した。
[0136]
脳切片は、rhIDU活性についても分析された。
イ 前記ア(ア)によると、甲3には、前記第2の3(4)ウ(ア)aのとおり本件審決が
認定した甲3発明が記載されていると認められる。
「MPS Iのラットモデルに酵素を脳室内投与するための組換えヒトイズロニ
ダーゼ(rhIDU)を含む組成物。」
ウ その上で、本件発明1と甲3発明を対比すると、それらの間には、前記第2
の3(4)ウ(ア)bのように本件審決が認定した相違点を修正した次の相違点’が存在
すると認められる(下線部が修正箇所である。。

(相違点’)
本件発明1は、5mg/ml~100mg/mlの濃度のイズロン酸-2-スル
ファターゼ(I2S)タンパク質と、50mM以下の濃度のリン酸塩を含み、前記
製剤が5.5~7.0のpHを有することをさらに特徴とする、安定製剤であるの
に対し、甲3発明は、組換えヒトイズロニダーゼ(rhIDU)を含むもので、ま
た、それを5mg/ml~100mg/mlの濃度で含み、50mM以下の濃度の
リン酸塩を含み、前記製剤が5.5~7.0のpHを有することをさらに特徴とす
る、安定製剤であるとは特定されていない点。
エ 原告の主張(取消事由6関係)について
(ア) 原告は、甲3の[0015]にイズロン酸スルファターゼも挙げられている
ことなどから、
「ハンター症候群の治療のために・・・イズロン酸-2-スルファタ
ーゼ(I2S)」を含むものとして、甲3発明’が認められる旨を主張する。
しかし、甲3の[0015]において、
「イズロン酸スルファターゼ(MPS I
I) は、
」 「一部の実施形態は補充される酵素としてイズロニダーゼを使用するが・ ・

異なる酵素の投与を必要とする他の疾患の治療的介入のために使用できる」として、
そのような異なる酵素の一例として挙げられているものにすぎず、直ちに甲3発明
の認定が相当でないことの理由となるものではない。また、仮に、甲3発明’を認
定したとしても、補充酵素に係る本件発明1との相違点について、前記ウの認定の
とおり、
「5mg/ml~100mg/mlの濃度」という特定の有無を含むもので
あることが左右されるものでもない。
したがって、原告の上記主張については、前記ウの相違点を踏まえた容易想到性
の判断に当たって、甲3の[0015]の記載を踏まえた検討をすれば足りるもの
といえ、前記ウの相違点の判断が誤りであるというべき根拠とはならないというべ
きである。
(3) 甲5の記載事項について
甲5は、平成22年発行(ただし、同年6月25日より前の発行である(弁論の
全趣旨))の雑誌に掲載された論文(平成21年10月13日にはオンラインで入

手可能となったものであることがうかがわれる。 であり、
) 甲5には次の記載がある
(抄訳を示す。。

ア 要約(132頁)
これまでに組換えヒトN-アセチルガラクトサミン-4-スルファターゼ(rh
ASB)による静脈内酵素補充療法(IV ERT)を生後3か月以降毎週受けて
きたMPS-VI猫はすべて循環抗rhASB抗体を産生してきた。この事実に鑑
み、短期の寛容化レジメンを使って免疫寛容を誘導する可能性を試験した。生後4
か月から始めて、MPS-VI猫(n=5)と未罹患猫(n=2)に対してシクロ
スポリンとアザチオプリンを22日間にわたって投与し、さらに0.1mg/kg
rhASBによるIV ERTを毎週行った。4週間の休止期間後、これらの猫に
対して1mg/kg rhASBによるIV ERTを生後11か月または17か
月になるまで毎週行った。4匹の未罹患猫(n=4)にはIV ERTだけを行っ
た。健康状態、成長度、及びセロコンバージョンを定期的にモニタリングした。5
匹のMPS-VI猫のうち4匹はrhASBに対して良好な耐容性を示し、その根
拠は抗体力価が無視できるか程度か低い値であること、または過敏性反応が見られ
ないことである。MPS-VI猫のうち1匹は一部のIV処置において抗体力価が
上昇し、過敏性反応が見られた。寛容化レジメンを受けた2匹の未罹患猫は血清反
応陰性のままであったが、このレジメンを受けなかった未罹患猫のうちセロコンバ
ージョンが見られたのは半数のみであった。シクロスポリンとアザチオプリンの短
期投与が原因で発生した副作用はわずかであった。rhASBの髄腔内注射を毎週
行っても2匹のMPS-VI猫はやはり良好な耐容性を示し、その結果、脳脊髄液
内のオリゴ糖断片は少なく硬膜内の空胞形成も少なかった。以上のデータはMPS
-VI猫を短期の寛容化レジメンで処置することによりrhASBに対する比較的
高いレベルの免疫寛容を誘導することができ、最終的には髄腔内療法を使うことに
より硬膜内のリソソーム蓄積の除去が可能となることを示す。
イ 酵素調製(133頁右欄6行目~17行目)
IV ERTとIT I N J そ れ ぞ れ に 用 い る r h A S B は BioMarin
Pharmaceuticals Inc.から提供された。本酵素の詳しい調製に関しては以前に記述
されている[12]。rhASBの調製とIT INJそれぞれに用いたビヒクル溶液
は10mMリン酸ナトリウム、150mM塩化ナトリウム及び0.025%ポリソ
ルベート80(Tween 80)を含んでいた。すべてのrhASBとビヒクル
の調製物はpH5.8であった。rhASBの調製物の濃度はIV ERTの場合
は1mg/ml、IT INJの場合は5mg/mlであった。IT INJの前
に、1倍量のrhASB(または等量のビヒクル)を2倍量のエリオットB溶液(QOL
Medical LLC、Seattle、WA 98021、USA)で毎回希釈した。
ウ IT注射(IT INJ)及びサンプリング(134頁左欄19行目~36
行目)
IV ERT#46、#48、#49、#50の後、2匹のMPS-IV猫(A
/T-4とA/T-5)に、0.5mg/kgのrhASBを小脳延髄槽(大槽)
から注射した。
・・・希釈した酵素またはビヒクルを、SP2001Zシリンジポン
プ(World Precision Instruments Inc.、Sarasota、FL、USA)を用いて28
5μl/minの速度で3~5分かけて注入した。
(4) 甲6の記載事項について
甲6は、平成22年7月2日に公衆に利用可能となった雑誌「注射可能なドラッ
グデリバリー2010:製剤フォーカス」
(なお、利用可能日について、乙12、2
2、弁論の全趣旨)に掲載された「CNSが関与する遺伝学的疾患を治療するため
のタンパク質治療薬の髄腔内送達」と題する論文であり、甲6には次の記載がある
(ただし、訳文は、原告提出のものと被告提出のもの(乙34)を踏まえたもので
ある。また、脚注については本文に脚注が付されていることのみを示し、脚注の引
用は省略する。。

ア 髄腔内送達の考慮事項(17頁中欄12行目~右欄23行目)
IT投与後の治療薬の分布は、一義的には脳組織内へのCSFの流れと拡散に依
存する11。CSFは、ヒトでは20mL/hrで生産され、1日3.7回入れ替わる。
CSFの流れは、全ての脳室においてその生産場所(脈絡膜叢)から開始され、孔
(フォラミン)を介して大槽に入り、表面上を循環して、クモ膜顆粒で再び吸収す
る。脊髄の周りに両方向の流れがあり、これが腰椎穿刺後にIT投与された薬物が
脳に向かって拡散するのを容易にしているはずである。脳へのタンパク質の送達は、
典型的には拡散が制限されている。神経成長因子がポリマーのインプラントとして
脳間質内に投与された場合、脳組織内への拡散は数日間でたったの1~3mmであ
った12。シミュレーション分析が、この遅い浸透の原因がタンパク質の拡散速度が遅
いことにあることを示した13。
現在、薬物の神経送達を要するCNS治療は、タンパク質を能動輸送プロセスを
利用するように改変して膜拡散によって細胞内に入る小さい疎水性分子に限られて
いる2,14。対照的に、我々は、我々のリソソーム酵素治療薬をIT送達後、タンパク
質は全く改変していないのに、相当な脳組織分布を観察した(図2)。
この独特の脳分布は、標的組織及びオルガネラへの取り込みを標的とするグリコ
シル化構造を手段とする軸索輸送15に起因している可能性がある。M6P含有糖タ
ンパク質のマンノース-6-フォスフェート(M6P)受容体媒介による取り込み
は、我々の酵素治療薬を細胞に導いて、その後リソソーム内の作用部位へと導く。
ニューロンは、M6P受容体を含んでいることが示されており 16、リソソーム酵素を
取り込む17。
イ タンパク質の可溶性及び安定性の考慮(17頁右欄下から5行目~18頁右
欄12行目)
CNS送達用の処方物(製剤)に関する一般的な考慮事項は、Grou1sが要約して
いる18。IT-腰椎送達には、CSFの組成と頭蓋内の圧力の微妙なバランスによる
限界がある。そのため、CSFを除去しない場合、投与量はヒトで3mL以下(カ
ニクイザル成獣で1mL以下)が限界である。
投与量に限界があるため、用量を数十ミリグラムとする場合には高濃度のタンパ
ク質製剤(>10mg/mL)を必要とする。複数の因子が所望の濃度を達成する
ためのタンパク質の溶解性に影響し得るが、これにはイオン強度、アミノ酸配列及
び同時に溶解される他の成分が含まれる。
CNS投与に慣用的に使用される溶液組成物は等張生理食塩水(緩衝されていな
い)または図3に列挙する組成のエリオットB溶液(人工CSF)である。等張溶
液はタンパク質によっては適切な溶解性を与えないことがある。加えて、エリオッ
トB溶液は非常に低い緩衝剤濃度を含有するため長期間の保存中にタンパク質製剤
の安定化に要求される適切な緩衝能力を提供しないことがある。また、この人工C
SF溶液は、タンパク質製剤とは非相溶性であり得る様々な塩も含有している。例
えば、カルシウム塩はタンパク質沈降を媒介する。
最も一般的な承認されたCNSボーラス処方物組成物は、図4に示す通り、生理
食塩水(水中150mMのNaC1)である。その他のものも試験されているが(図
5)、これまで低い安全性プロファイルを示してきた。タンパク質は、典型的には、
溶解性と安定性のために制御されたpHと特定の賦形剤を必要とする(図6参照)
ので、我々は、CSFへの直接投与用のタンパク質に適切であり得る処方物の組成
を体系的に調査した。
我々がまず最初に調査対象にしたのは、治療効果のためには最低15mg/mL
のタンパク質濃度を必要とするリソソーム酵素であった。このタンパク質の安定性
のための最適pHは、6であった。5.1~6.5のpH範囲では、このタンパク
質は、高pH(図7、左)でより高い可溶性を示した。また、可溶性は、50mM
のNaC1中およそ10mg/mLから300mMのNaC1中34mg/mLへ
とイオン強度が上昇すると増加した(図3、右を参照)。これらの結果に基づいて、
pH7.5の等張のリン酸緩衝化処方物が選択された。この組成は、酵素の可溶性
と安定性には適切であったが、インビボ(生体内)での高い忍容性が認められなか
った(後述する)。
ウ インビボ(生体内)忍容性(18頁右欄13行目~19頁右欄5行目)
上述のとおり、生理食塩水とリン酸緩衝化生理食塩水が、CNSへの直接投与用
の薬物を処方するまたは希釈するためのビヒクルに、並びに用量投与前後の送達シ
ステムの洗浄用に最も一般的には使用されている。我々は、緩衝剤の濃度及びpH
における僅かな違いが、投与される溶液のインビボ(生体内)の安全性及び忍容性
に非常に大きく影響することを発見した。
成獣のカニクイザルにおいて予備的試験を行って、我々の酵素の繰り返しIT-
脊椎投与の毒性及び安全性薬理を評価した。各動物にポート・カテーテル系を埋め
込んで隔週の投与計画を実施し易くした。
デバイス対照の動物には、pH7.2のリン酸緩衝化生理食塩水が投与された。
ビヒクル対照群には、20mMリン酸ナトリウム、130mMのNaC1、及び0.
005%ポリソルベート20のpH7.5の水性溶液が投与された。この処方が適
切なタンパク質の可溶性と安定性を示したので、この処方を評価した。
投与の間及び投与後直ちに臨床兆候が観察されたが、出現率は、対照群(デバイ
ス対照及び/またはビヒクル投与群)と酵素投与群との間で同等であり、用量反応
の証拠は見られなかった。結果として、2回目の投与後この試験は中止された。組
織学的な代表画像を図8に示す。
これらの臨床観察は、ビヒクル投与群を含む全ての動物において見られ、リン酸
緩衝剤濃度とpHを変化させたビヒクルの処方及び用量を調べる一連の毒性試験を
実施するきっかけとなった(図9)。
このスクリーニング試験では、1下肢あたり4匹の動物に1日、5日、14日及
び19日目の4回の投与を行って。10mM以上のリン酸ナトリウム濃度と7.0
を超えるpHを含む処方物を使って、上記の最初のビヒクル(20mMリン酸ナト
リウム、130mMのNaCl、0.005%ポリソルベート20、pH7.5)
を投与された動物において見られた臨床兆候を再現した。忍容性は、投与量を1.
5mLから1.0mLに下げることで向上した。低いリン酸濃度かつ5.5~7.
0のpHの処方物に高い忍容性が認められた。
忍容性の高かったビヒクルのうちでは、5mMのリン酸ナトリウム、145mM
の塩化ナトリウム、0.005%のポリソルベート20をpH7.0で含むビヒク
ルが製品の可溶性及び安定性のために適していた。このビヒクル中の(用量1.0
mL中酵素14mg)酵素の3週間にわたる4回のIT投与による有害な臨床兆候
はなかった。この低pHで低リン酸のビヒクルは、臨床開発用に適した酵素の安定
性を提供した。これらの試験は、IT投与に適した製剤デザインスペースを定義し
た(図10)。
要約すると、タンパク質治療薬のCNS送達は、適切な可溶性、薬学的組成物の
インビボ(生体内)忍容性、及び製品を商業化することのできる適切な長期安定性
を達成する組成を特定するという、バランスを整える作業を必要とする、開発の進
まない領域の研究である(図11)。
8 取消事由5(甲2発明を基礎とする進歩性の判断の誤り)について
(1) 甲6に記載された発明の適用について
ア 甲6発明(製剤)について
(ア) 前記7(4)ウによると、甲6には、「14mg/mLのリソソーム酵素、5m
Mのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム及び0.005%のポリソル
ベート20を含有し、pHは7.0である、IT投与されるリソソーム酵素を含む
処方物」が記載されているといえる。
もっとも、前記7(4)からすると、前記(ア)の処方物は、IT投与に係るものであ
るところ、甲6には、前記6(1)ウで甲15の記載について検討したのと同様、前記
(ア)の処方物を投与した場合の送達や治療効果について具体的な記載がされている
とは直ちに認め難く、また、IT投与の治療効果とICV投与の治療効果とを同視
し得る旨等を明らかにする記載も見当たらないところである。
(イ) 他方で、甲2発明については、次の点を指摘することができる。
a 甲2の【請求項38】及び【請求項43】並びに【0001】及び【003
8】の記載は、リソソーム蓄積症及び補充酵素の特定を除き、いずれも少なからず
抽象度の高いもので、それらの記載に基づいて認定した甲2発明も概括的なものに
すぎないといわざるを得ない(なお、上記特定に係るムコ多糖症II型及びイズロ
ン酸-2-スルファターゼは、いずれも公知のものであったとみられる。)から、当
業者において、そのような甲2発明を主引用例としてこれに他の副引用例等を組み
合わせることを容易に想到し得たか否かを判断するに当たっては、甲2発明の組成
物について、甲2に記載された具体的な事情を踏まえてこれを検討するのが相当で
あるというべきである。
b 甲2の【0003】には、直接注射による脳への補充酵素を導入する試みは、

一部には、局所的な高濃度による酵素の毒性および脳における限られた柔組織への
拡散割合のために限定されている」と記載された上で、【0005】には、「投与が
「ゆっくり行われることにより最大の効果を達成することができる」と記載されて
いる。そして、【0033】には、「脳室内輸送が、脳及び罹患した内蔵・・・の改
善された代謝状態を導くこと・・・は、特に、ボーラス輸送と比較して輸送速度が
ゆっくりである場合に当てはまる」と記載され、
【0040】には、酵素の投与量が
「1ヶ月あたり」という単位で具体例に3つ挙げられ、【0041】では、「単回用
量の投与がボーラスとして投与されてもよい」などとされつつ、
「単回用量は・・・
8時間より長くかけてもよ」く、
「出願人は、ボーラス脳室内投与が効果的でありう
る一方で、ゆっくりした注入が非常に効果的であることを観察した」もので、
「ゆっ
くりした注入が脳脊髄液(CSF)の代謝回転によりより効果的であると考えてい
る」「注入は・・・1日以上の期間にわたり連続的であってもよ」いなどと記載さ

れている。
上記の各記載を踏まえると、甲2発明は、投与がゆっくり行われるという点に技
術的特徴を有するもので、それは、CSFの代謝回転による効果の向上や、局所的
な高濃度による酵素の毒性の回避といった観点からの考慮によるものと解される。
c また、甲2発明の組成物の構成についてみると、リソソーム酵素について、
【0038】において「総組成物の少なくとも約0.01重量%から0.1重量%、
約1重量%、20重量%以上に変動することができる」という広範な例示がされて
いるにとどまる。そして、実施例2には、0.250mgの用量を「24時間(~
0.01mg/h)にわたり」注入した旨の記載はあるが、投与された製剤中の補
充酵素濃度についての具体的な記載はない。実施例3~6においても同様に、補充
酵素濃度についての具体的な記載はない。
(ウ) そして、証拠(乙5(24)、乙7(25)、乙8、9)によると、リソソー
ム酵素を始めとするタンパク質を含む医薬組成物の投与については、タンパク質が
抗体形成や炎症反応といった免疫応答のリスクを有することや、タンパク質は高濃
度で凝集する傾向があり、凝集タンパク質は免疫原性が高まることが、本件出願日
において、技術常識であったことが認められる。
上記に関し、甲5の記載事項(前記7(3)ア及びイ)によると、リソソーム酵素で
あるrhASBの猫への投与に当たり、静脈内酵素補充療法(IV ERT)の場
合にはrhASBの調製物の濃度は1mg/mlとされ、また、髄腔内注射(IT
INJ)の場合には5mg/mlの濃度のrhASBの調製物をrhASBの2倍
量のエリオットB溶液で毎回希釈されて、すなわち、約1.67mg/mlとされ
て、投与されている。
(エ)a 前記(ア)のように、甲6に記載されているといえる処方物におけるリソソ
ーム酵素の濃度は、14mg/mLであるところ、当業者において、前記(ウ)のよう
な技術常識等があるにもかかわらず、前記(イ)のように、実施例において補充酵素濃
度について具体的な記載がなく、他方で投与がゆっくり行われるという点に技術的
特徴を有し、かつ、局所的な高濃度による酵素の毒性の回避について甲2に具体的
な記載がみられる甲2発明に対し、上記14mg/mLという濃度の処方物を適用
することが容易に想到し得たものとみることはできない。甲2に、そのような適用
を動機付ける、又はこれを示唆する記載は見当たらず、本件全証拠をもってしても、
そのような動機付け又は示唆に当たり得るような技術常識も認められない。
b また、甲2の【0038】の記載及び原告の主張する高濃度化の技術常識に
より、甲2発明の補充酵素濃度を高めることが、当業者において当然に採用する事
項であるとか、当業者において容易に想到し得るものであるということはできない。
この点、前記(イ)で指摘した点からすると、甲2の【0038】は、補充酵素の濃
度を高めることを示唆する記載であるとはいえない。また、高濃度化の技術常識に
ついては、前記(ウ)で指摘した技術常識等が認められるにもかかわらず、動物とヒト
との間の用量の換算やCSFに投与する製剤の望ましい量といった一般的な事項を
もって、当業者において補充酵素濃度を高めることを当然に採用したとか、それを
容易に想到し得たとはいえない。それらの点を措くとしても、前記(イ)のように、補
充酵素濃度について具体的な記載がなく、他方で投与がゆっくり行われるという点
に技術的特徴を有し、かつ、局所的な高濃度による酵素の毒性の回避について甲2
に具体的な記載がみられる甲2発明に対して、当業者が容易に高濃度化の技術常識
を適用したものとは解されない。
また、甲6中に、補充酵素の濃度を高める示唆があるということもできない。前
記7(4)イのとおり、甲6には、「投与量に限界があるため、用量を数十ミリグラム
とする場合には高濃度のタンパク質製剤(>10mg/mL)を必要とする。」とい
う記載があるが、そのような一般的な記載をもって、前記(ウ)で指摘した技術常識等
が認められるにもかかわらず、投与する製剤における補充酵素の濃度を10mg/
mLより高くすることが直ちに示唆されるものとはいえない。また、その点を措く
としても、甲6について、前記(ア)のとおり、そこに記載された処方物を投与した場
合に、どのような領域まで送達されて治療効果を奏するかについて記載がされてい
るとは認め難いことを踏まえると、上記記載が他の発明において補充酵素濃度を高
めることを示唆するものとは認め難い。
(オ) 以上によると、甲6に、そもそも製剤の発明として引用発明を認定できる程
度に前記(ア)の処方物が記載されているといえるかには疑問があり、また、仮にそれ
が記載されているとしても、当業者において、ICV投与に係る甲2発明に、IT
投与に係る前記(ア)の処方物を適用して、本件発明1の構成に至ることが容易想到
であったと認めるに足りる事情はない。
したがって、甲6発明(製剤)の適用についての原告の主張には理由がない。
イ 甲6発明(ビヒクル)について
前記アの判断と同様、当業者において、ICV投与に係る甲2発明に、IT投与
に係る甲6発明(ビヒクル)を適用して本件発明1の構成に至ることが容易想到で
あったと認めるに足りる事情はない。
したがって、甲6発明(ビヒクル)の適用についての原告の主張には理由がない。
(2) エリオットB溶液の技術常識の適用について
ア 補充酵素濃度について
(ア) 原告は、甲2の【0038】に記載された組成物中のリソソーム加水分解酵
素の濃度が全組成物の少なくとも約0.01重量%~20重量%又はそれ以上であ
ることや、甲2発明の医療キャリアに含まれる生理食塩水及びリン酸緩衝食塩水(P
BS)を用いた組成物の密度が水の密度(すなわち1000mg/ml)に非常に
類似していることからして、上記は「約0.1~約200mg/ml」と換算でき、
本件発明1の補充酵素濃度の範囲に含まれている旨を主張する。
しかし、前記(1)ア(イ)で指摘した事情のほか、甲2発明の上記「約0.001重
量%から20重量%以上」という記載は、
「以上」という記載を含むことからも理解
されるように、
「約0.001重量%から20重量%」という範囲を具体的に特定し
たものとは解されない。
(イ) そして、前記(1)で認定判断したように、甲2発明について、当業者において、
甲2中の示唆や高濃度化の技術常識の採用によって補充酵素濃度を高めることがで
きた旨の原告の主張を採用することはできない。
イ したがって、その余の点について判断するまでもなく、甲2中の示唆及びエ
リオットB溶液の技術常識の適用についての原告の主張には、理由がない。
(3) 甲2中の示唆及び甲5技術の適用について
ア 前記7(3)イによると、甲5には、補充酵素が組換えヒトN-アセチルガラク
トサミン-4-スルファターゼ(rhASB)である、前記第3の5(3)アにおいて
原告が主張する甲5技術が記載されていると認められる。
イ しかし、前記(1)で認定判断したように、甲2発明について、当業者において、
甲2中の示唆や高濃度化の技術常識の採用によって補充酵素濃度を高めることがで
きた旨の原告の主張を採用することはできない。
また、前記(1)ア(ウ)で認定したように、甲5技術に係る組成物においては、投与
時には補充酵素濃度が1.67mg/mLに希釈されて投与されているのであり、
それにもかかわらず、当業者において、投与時の補充酵素をそれより高めて(ある
いは、甲5技術に係る組成物を希釈することなくして)甲2発明に適用することを
容易に想到し得たとみるべき事情はない。
なお、前記7(3)からすると、甲5技術は、具体的な補充酵素のIT注射(IT I
NJ)に係るものであり、甲5は、IT注射及び静脈内酵素補充療法(IV ER
T)に係るものであり、また、甲5にはIT投与の治療効果とICV投与の治療効
果とを同視し得る旨等を明らかにする記載も見当たらない。
したがって、甲2中の示唆及び甲5技術の適用についての原告の主張には理由が
ない。
(4) 本件発明6について
原告は、本件発明6との対比においては、甲2発明’が認定されるべきである旨
等を主張するが、原告の主張によっても、それと本件発明6との相違点は、本件発
明1と甲2発明との相違点と一致するというのである。
そうすると、前記(1)~(3)のとおり、本件発明1についての原告の主張を採用す
ることができない以上、本件発明6についても、原告の主張にはいずれも理由がな
い。
(5) 本件発明2~5及び7~12について
原告は、本件発明1と同様の理由により本件発明2~5及び7~12についての
進歩性判断の誤りを主張するから、同主張も認められない。
(6) まとめ
以上によると、取消事由6は、理由がない。
9 取消事由6(甲3発明を基礎とする進歩性の判断の誤り)について
(1) 甲6に記載された発明の適用について
ア(ア) 甲3発明も補充酵素の特定を除くと概括的なものであるところ、甲3の[0
021]には、
「典型的な医薬組成物は、100mMリン酸ナトリウム、150mM
NaClおよび0.001%ポリソルベート80を含む緩衝液中に0.58mg/
mLのイズロニダーゼを含む緩衝液中で調製される」との記載があり、補充酵素の
濃度は、
「0.58mg/mL」という比較的低い濃度にとどまっているところ、同
[0088]には、
「組換えタンパク質および他の治療薬などの物質の投与中は、被
験者は、これらの物質に対する免疫応答を開始する可能性があり、これにより、結
合して治療活性を抑制するだけでなく急性もしくは慢性免疫学的応答を誘発する抗
体が産生されることが見出されている。この問題は、タンパク質が複雑な抗原であ
り、そして多くの場合に、該被験者が免疫学的に該抗原投与を受けていないために、
タンパク質である治療薬にとって最も重要である。そこで、本発明の所定の態様で
は、治療酵素を摂取している被験者を酵素補充療法に対して寛容化させることが有
用かもしれない。この状況では、酵素補充療法は、寛容化レジメンとの併用療法と
して被験者に投与することができる。 と記載されており、
」 免疫応答等の問題がある
ことが明記され、それに対しては、寛容化レジメンとの併用療法が一つの対応策と
して提示されている。
(イ) そしてタンパク質が抗体形成や炎症反応といった免疫応答のリスクを有する
ことや、タンパク質は高濃度で凝集する傾向があり、凝集タンパク質は免疫原性が
高まることが本件出願日における技術常識であったことや、甲5技術に関してはr
hASBの調製物があえて希釈された上で投与されていることは、前記8(1)ア(ウ)
のとおりである。
イ(ア) 前記8(1)ア(ア)のように、甲6に記載されているといえる処方物における
リソソーム酵素の濃度は、14mg/mLであるところ、当業者において、前記ア
(イ)のような技術常識等があるにもかかわらず、同(ア)のように、典型的な医薬組成
物では0.58mg/mLのイズロニダーゼを含む緩衝液中で調製されるとされ、
免疫応答等についても甲3に具体的な記載がみられる甲3発明に対し、上記14m
g/mLという濃度の処方物を適用することが容易に想到し得たものとみることは
できない。甲3に、そのような適用を動機付ける、又はこれを示唆する記載は見当
たらず、本件全証拠をもってしても、そのような動機付け又は示唆に当たり得るよ
うな技術常識も認められない。
(イ) また、前記8(1)ア(エ)bと同様、原告の主張する高濃度化の技術常識により、
甲3発明の補充酵素濃度を高めることが、当業者において当然に採用する事項であ
るとか、当業者において容易に想到し得るものであるということはできない。甲6
の記載をもってそれを示唆するものといえないことも同様である。
(ウ) 以上の判断は、甲3の[0015]に「イズロン酸スルファターゼ(MPS
II)」が例示されていることによって、左右されるものではない。
ウ したがって、甲6発明(製剤)の適用についての原告の主張には理由がなく、
また、補充酵素濃度を5mg/ml~100mg/ml程度とすることが当業者に
おいて容易になし得ると認められない以上、その余の点について判断するまでもな
く甲6発明(ビヒクル)の適用についての原告の主張にも理由がない。
(2) 高濃度化の技術常識及びエリオットB溶液の技術常識の適用等について
ア 補充酵素濃度について
前記(1)イの点に照らすと、補充酵素の濃度について、高濃度化の技術常識等より、
甲3発明について、補充酵素濃度を5mg/ml~100mg/ml程度とするこ
とが当業者において容易に想到し得た事項である旨の原告の主張は、採用すること
ができない。
イ したがって、その余の点について判断するまでもなく、高濃度化の技術常識
及びエリオットB溶液の技術常識の適用についての原告の主張には、理由がない。
(3) 甲5技術の適用について
前記(1)イの点に照らすと、前記8(3)と同様、甲5技術の適用についての原告の
主張には理由がない。
(4) 本件発明6について
原告は、本件発明6との対比においては、甲3発明’が認定されるべきである旨
等を主張するが、原告の主張によっても、それと本件発明6との相違点1は、本件
発明1と甲3発明との相違点’に含まれるイズロン酸-2-スルファターゼ(I2
S)タンパク質の濃度の特定の有無を含むものである。
そうすると、前記(1)~(3)のとおり、本件発明1についての原告の主張を採用す
ることができない以上、本件発明6についても、原告の主張にはいずれも理由がな
い。
(5) 本件発明2~5及び7~12について
原告は、本件発明1と同様の理由により本件発明2~5及び7~12についての
進歩性判断の誤りを主張するから、同主張も認められない。
(6) まとめ
以上によると、取消事由6は理由がない。
第6 結論
よって、原告の本訴請求には理由がないから、これを棄却することとして、主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
本 多 知 成
裁判官
中 島 朋 宏
裁判官
勝 又 来 未 子
(別紙)
当事者目録
原 告 グ リ ー ン ク ロ ス
コ ー ポ レ イ シ ョ ン
同訴訟代理人弁護士 末 吉 剛
高 橋 聖 史
吉 野 海 希
同訴訟代理人弁理士 山 本 修
運 敬 太
被 告 シャイアー ヒューマン
ジェネティック セラピーズ
インコーポレイテッド
同訴訟代理人弁理士 高 島 一
鎌 田 光 宜
當 麻 博 文
戸 崎 富 哉

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