知財判決速報/裁判例集知的財産に関する判決速報,判決データベース

ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和4(行ケ)10003 審決取消請求事件

この記事をはてなブックマークに追加

令和4(行ケ)10003審決取消請求事件

判決文PDF

▶ 最新の判決一覧に戻る

裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和5年4月27日
事件種別 民事
当事者 原告内外化学製品株式会社
被告三菱瓦斯化学株式会社 株式会社片山化学工業研究所 ナルコジャパン合同会社
対象物 海生生物の付着防止方法およびそれに用10いる付着防止剤
法令 特許権
特許法131条の22回
特許法131条2項1回
キーワード 実施104回
審決44回
進歩性21回
無効8回
特許権2回
無効審判2回
優先権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。) ⑴ 被告らは、平成27年8月4日、同年4月15日の優先権(優先権主張国・ 日本)を主張して、発明の名称を「海生生物の付着防止方法およびそれに用10 いる付着防止剤」とする発明について特許出願(特願2015-15420 3号。以下「本件出願」という。)をし、平成28年2月12日、特許権の設 定登録を受けた(特許第5879596号。請求項の数4。以下、この特許を 「本件特許」といい、これに基づく特許権を「本件特許権」という。)。 ⑵ 原告は、平成29年12月4日、本件特許について特許無効審判を請求し15 た。 特許庁は、上記請求を無効2017-800145号事件として審理を行 い、平成30年9月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決 (以下「一次審決」という。)をした。

▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例

本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。

判決文

令和5年4月27日判決言渡
令和4年(行ケ)第10003号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和5年3月2日
判 決
原 告 内外化学製品株式会社
同訴訟代理人弁護士 鹿 内 徳 行
同 高 松 政 裕
10 同訴訟代理人弁理士 田 中 宏
同 江 藤 保 子
被 告 三菱瓦斯化学株式会社
被 告 株式会社片山化学工業研究所
被 告 ナルコジャパン合同会社
20 同代表者代表社員 エ コ ラ ボ 合 同 会 社
上記3名訴訟代理人弁護士 白 波 瀬 文 夫
同 白 波 瀬 文 吾
同訴訟代理人弁理士 池 内 寛 幸
25 同 小 林 元 悟
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
5 特許庁が無効2017-800145号事件について令和3年11月30日
にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
⑴ 被告らは、平成27年8月4日、同年4月15日の優先権(優先権主張国・
10 日本)を主張して、発明の名称を「海生生物の付着防止方法およびそれに用
いる付着防止剤」とする発明について特許出願(特願2015-15420
3号。以下「本件出願」という。)をし、平成28年2月12日、特許権の設
定登録を受けた(特許第5879596号。請求項の数4。以下、この特許を
「本件特許」といい、これに基づく特許権を「本件特許権」という。)。
15 ⑵ 原告は、平成29年12月4日、本件特許について特許無効審判を請求し
た。
特許庁は、上記請求を無効2017-800145号事件として審理を行
い、平成30年9月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決
(以下「一次審決」という。)をした。
20 原告は、知的財産高等裁判所に一次審決の取消訴訟を提起し(平成30年
(行ケ)第10145号)、同裁判所は、令和元年7月18日、一次審決を取
り消す旨の判決をした(以下「一次判決」という。)。
これに対し被告らから上告受理の申立てがされたが、令和2年9月18日
に上告不受理の決定がされ、一次判決は確定した。
25 ⑶ 被告らは、令和3年4月9日付けで、本件特許の特許請求の範囲につき訂
正(以下「本件訂正」という。)の請求をした。
特許庁は、令和3年11月30日、本件訂正を認めた上で、「本件審判の請
求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄
本は、同年12月10日、原告に送達された。
⑷ 原告は、令和4年1月7日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起し
5 た。
2 特許請求の範囲の記載
本件訂正後の本件特許の請求項1ないし4の発明(以下「本件特許発明1」等
といい、包括して「本件特許発明」という。)に係る特許請求の範囲の記載は、
次のとおりである。
10 【請求項1】
海水冷却水系の海水中に、二酸化塩素と過酸化水素とをこの順もしくは逆順
でまたは同時に添加して、二酸化塩素濃度0.01~0.5mg/L、過酸化水
素濃度0.1~1.05mg/Lとし、前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中
に共存させることにより海水冷却水系への海生生物の付着を防止することを特
15 徴とする海生生物の付着防止方法。
【請求項2】
前記過酸化水素の濃度が、前記海水に対して0.15~1.05mg/Lの範
囲である請求項1に記載の海生生物の付着防止方法。
【請求項3】
20 前記二酸化塩素と過酸化水素とが1日14~24時間添加される請求項1ま
たは2に記載の海生生物の付着防止方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1つに記載の方法に使用される海生生物の付着防止
剤であって、
25 前記付着防止剤が、
過酸化水素発生源としての
(a)過酸化水素水溶液、または
(b)過酸化水素供給化合物の水溶液と、
二酸化塩素発生源としての
(1)次亜塩素酸ナトリウムと塩酸と亜塩素酸ナトリウムとの組み合わせ
5 (2)亜塩素酸ナトリウムと塩酸との組み合わせ、または
(3)塩素酸ナトリウム、過酸化水素および硫酸との組み合わせ
とを含むことを特徴とする海生生物の付着防止剤。
3 本件審決の要旨
⑴ 本件の争点に関連する本件審決の理由の要旨は、①本件特許発明は、特公
10 昭61-2439号公報(甲1。以下「甲1文献」という。)に記載された発
明(以下「甲1発明」という。)及び特公平6-29163号公報(甲2。以
下「甲2文献」という。)、特開平6-153759号公報(甲3。以下「甲
3文献」という。 等に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をする

ことができたものとはいえない、②本件特許発明は、特開平8-24870
15 号公報(甲5。以下「甲5文献」という。)に記載された発明(以下「甲5発
明」という。)及び甲1文献、甲2文献等に記載された事項に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたものとはいえないというものである。
⑵ 補正の許否についての判断の要旨
原告が平成30年6月27日付で提出した口頭審理陳述要領書及び令和3
20 年5月20日付で提出した弁駁書による請求の理由の補正(以下「本件補正」
という。)は、その要旨を変更するものであって、特許法131条の2第1項
本文の規定に違反するところ、同第2項の規定に基づき、これを許可すること
はしない。
本件審決が認定した甲1発明、本件特許発明1と甲1発明の一致点及び相
25 違点、相違点についての容易想到性の判断の要旨は、次のとおりである。
ア 甲1発明
冷却用海水路の海水に、有効塩素発生剤と過酸化水素とを同時または交
互に注入することにより、冷却用海水路における海水動物の付着を抑制す
る海水動物の付着抑制方法。
イ 本件特許発明1と甲1発明の一致点及び相違点
5 一致点
海水冷却系の海水中に、過酸化水素を添加して、海水冷却水系への海
生生物の付着を防止する海生生物の付着防止方法。
相違点(相違点1)
本件特許発明1は、海水中に更に「二酸化塩素」を「この順もしくは逆
10 順でまたは同時に添加して、二酸化塩素濃度0.01~0.5mg/L、
過酸化水素濃度0.1~1.05mg/Lとし、前記二酸化塩素と過酸化
水素とを海水中に共存させ」ているのに対して、甲1発明は、海水中に更
に「有効塩素発生剤」を「同時または交互に注入する」点。
ウ 相違点の容易想到性についての判断理由の要旨
15 本件補正を許可しないことを踏まえると、甲1文献の「第1薬剤(過酸
化水素)の使用量は0.01~500ppm、第2薬剤(有効塩素発生剤)
と組み合わせる場合は第1薬剤の使用量は単独使用の時より低濃度でよ
く、第2薬剤は海水中濃度として0.01~1ppmとなる量である。」
との記載と、甲3文献の「二酸化塩素の使用量は連続注入の場合0.1~
20 2.0ppm、間欠注入の場合は10.0~30.0ppmであることが
好ましい。 との記載のみが証拠資料となるべきところ、
」 これらの記載事
項のみから、相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項が当業者に
とって容易想到の事項であるとはいえない。
さらに、仮に本件補正を考慮した場合について検討する。
25 本件訂正後の明細書(以下「訂正明細書」という。)の「試験例1」の
結果から、「二酸化塩素濃度0.01~0.5mg/L、過酸化水素濃度
0.1~1.05mg/L」という本件特許発明1の濃度の範囲(以下「本
件数値範囲」という。)において、攪拌5分後の二酸化塩素と過酸化水素
の共存状態が、次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素のそれよりも長く持
続できることが認められ、これにより、次亜塩素酸ナトリウムと過酸化
5 水素を組み合わせた場合よりも優れた海生生物付着防止効果を奏するこ
とが推認されるから、本件特許発明1は、本件数値範囲により、低濃度の
薬剤添加でその効果を長期間持続し、しかも広範な海生生物種やスライ
ムの付着を防止し得る海生生物の付着防止法及びそれに用いる付着防止
剤を提供する、という有利な効果を奏する。
10 一方、原告が指摘する甲1ないし3,5及び7号証には、甲1発明にお
いて、有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換した上で、更に、二酸化塩素濃
度及び過酸化水素濃度を、本件数値範囲のような特定の濃度範囲とする
ことについて教示しているといえるほどの記載は見当たらない。また、
上記効果は、甲各号証の記載から予測し得ないものである。
15 よって、本件特許発明1は、甲1発明及び原告指摘の関係甲各号証(甲
2ないし7及び9ないし18)に記載された事項に基づいて当業者が容
易に想到し得たものとは認められない。
⑶ 本件審決が認定した甲5発明、本件特許発明1と甲5発明の一致点及び相
違点、相違点についての容易想到性の判断の要旨
20 ア 甲5発明
工業用海水冷却水系の海水冷却水に予め過酸化水素を0.01~2mg
/l(ただし、過酸化水素として)の濃度になるように添加して分散させた
後、有効塩素発生剤を、使用される過酸化水素の1モル当り、 03~0.
0.
8モル(ただし、有効塩素として)に相当する濃度で、かつ、海水冷却水に
25 対して0.01~1.0mg/l(ただし、有効塩素として)で添加すること
により、工業用海水冷却水系における海生付着生物の付着防止又は成長抑
制する工業用海水冷却水の処理方法。
イ 本件特許発明1と甲5発明の一致点及び相違点
一致点
海水冷却系の海水中に、過酸化水素を添加して、海水冷却水系への海
5 生生物の付着を防止する海生生物の付着防止方法。
相違点(相違点1’)
本件特許発明1は、海水中に更に「二酸化塩素」を「この順もしくは逆
順でまたは同時に添加して、二酸化塩素濃度0.01~0.5mg/L、
過酸化水素濃度0.1~1.05mg/Lとし、前記二酸化塩素と過酸化
10 水素とを海水中に共存させ」ているのに対して、甲5発明は、「工業用海
水冷却水系の海水冷却水に予め過酸化水素を」
「添加して分散させた後、
有効塩素発生剤を」「添加する」ものである点。
ウ 相違点の容易想到性についての判断理由の要旨
甲5発明において、トリハロメタン類を生成する塩素剤(甲5文献に
15 おいて「塩素剤」とは塩素ガスと有効塩素発生剤を指す。【0003】)
の使用はその根幹をなすものであり、これをトリハロメタンを生成しな
い二酸化塩素に置換することは、当該発明の前提となる主たる構成を破
却することになってしまうため、その発明自体が成立しない。
本件特許発明1は、本件数値範囲を選択することにより有利な効果を
20 奏するものであって、このような効果は、甲各号証の記載から予測し得
ないことは、甲1発明と本件特許発明1の相違点1の容易想到性につい
て判断したとおりである。
よって、本件特許発明1は、甲5発明及び原告指摘の関係甲各号証(甲
1ないし4、6、7及び9ないし18)に記載された事項に基づいて当業
25 者が容易に発明とすることができたものとはいえない。
4 取消事由
⑴ 甲1発明に基づく本件特許発明1の進歩性の判断の誤り(取消事由1-1)
⑵ 甲5発明に基づく本件特許発明1の進歩性の判断の誤り(取消事由2-1)
⑶ 前記⑴、⑵を前提とした本件特許発明2ないし4の進歩性の判断の誤り(取
消事由1-2、2-2)
5 第3 当事者の主張
1 取消事由1-1(甲1発明に基づく本件特許発明1の進歩性の判断の誤り)
について
⑴ 原告の主張
ア 本件補正が要旨を変更するものではないことについて(他の取消事由の
10 関係でも同じ)
請求の証拠として提出した各証拠について、審判請求書において具体
的に摘記した以外の箇所を引用する場合であっても、立証の趣旨が、既
に摘記した箇所における記載内容と異なるものではなく、摘記した箇所
における記載内容を補足するものである場合には、特許法131条の2
15 に規定する「その要旨を変更するもの」には該当しない。
無効理由1及び無効理由2のそれぞれの主引用例である甲1文献及び
甲5文献は、いずれも、被告らの先の特許出願の公告公報ないし公開公
報であって、本件特許の願書に添付した明細書の【背景技術】において、
挙げられているものであるから、甲1文献及び甲5文献に記載された内
20 容を根拠として、請求の理由を補足する場合には、特許法131条2項
の規定の趣旨に反するものでない。
原告は、口頭審理陳述要領書では、本件の請求項2に係る発明の容易
想到性について、「甲第1号証及び甲第5号証には、本件の請求項2に係
る発明における二酸化塩素の濃度については記載がない」 (相違点2)

25 で相違しているとした上で、同相違点2について、審判請求書に記載さ
れていた甲5文献の請求項1及び2のほか、甲5文献の明細書の記載を
摘記したが、後者は前者に記載した事項を更に具体化したものにすぎな
い。
その他、原告が口頭審理陳述要領書で主張したところは、新たな無効
理由を主張するものではない。
5 弁駁書における甲2文献及び甲6文献の引用は、本件出願前の周知技
術を示すものであるから、特許法第131条の2に規定する「その要旨
を変更するもの」には該当しない。
その他、原告が弁駁書で主張したところは、新たな無効理由を主張す
るものではない。
10 したがって、本件審決が、本件補正が要旨を変更するものであるとし
たのは誤りであり、以下、これを前提に主張する。
イ 本件特許発明に優れた効果があるとの認定について
訂正明細書の【表1】(以下単に「【表1】」という。)における攪拌
15分後の塩素残留率を検討すべきことについて
15 本件審決では、【表1】の攪拌5分後について検討するにとどまり、撹
拌15分後についての検討がなされていない。
しかし、訂正明細書によれば、本件特許発明1は、低濃度の薬剤添加で
その効果を長期間持続することを課題とするものであり 【0011】 、
( )
【発明の効果】の欄でも、低濃度の薬剤添加でその効果を長期間持続す
20 ることが記載され(【0015】)、また、実施例に基づき、過酸化水素
や二酸化塩素の濃度が低いほど二酸化塩素が長時間残留することを論じ
る根拠とされた濃度は、攪拌15分後のものである(【0037】)。
そこで、【表1】の攪拌15分後の残留率について検討すると、「実施
例2」における攪拌15分後の二酸化塩素の残留率は、実施例5(参考例)
25 と同じ21%であり、一次判決において「低い二酸化塩素の残留率」とさ
れたものであるから、優れた効果は認められない。
【表1】に二酸化塩素濃度及び過酸化水素濃度の下限値における実施
例の記載がないことについて
a 【表1】には、二酸化塩素の濃度を0.01mg/Lとした際の値が
ないばかりでなく、次亜塩素酸ナトリウムの濃度を0.01mg/Lと
5 した際の値、及び過酸化水素の濃度を0.1mg/Lとした際の値がな
いから、過酸化水素濃度を0.1mg/Lとした際に、二酸化塩素の濃
度を0.01mg/Lとした場合には次亜塩素酸ナトリウム濃度を0.
01mg/Lとした場合よりも、共存状態が長く続くかどうかは不明
である。
10 したがって、【表1】に示された結果から、本件数値範囲全体におい
て、二酸化塩素と過酸化水素の共存状態は、次亜塩素酸ナトリウムと過
酸化水素のそれよりも長く持続できる効果を看取することができると
した本件審決の判断には誤りがある。
b 訂正明細書の【0020】の「二酸化塩素の濃度が0.01mg/L
15 未満では、二酸化塩素による海生生物の付着防止効果が十分に得られ
ないことがある。」、【0023】の「過酸化水素の濃度が0.1mg
/L 未満では、過酸化水素による海生生物の付着防止効果が十分に得
られないことがある。 との記載から、
」 本件特許発明1において海生生
物の付着防止効果を奏するためには、海水中において、二酸化塩素が海
20 生生物を付着するのを防止するのに必要な0.01mg/L以上の濃
度で存在すること、及び海水中において、過酸化水素が海水生物を付着
するのを防止するのに必要な0.1mg/L以上の濃度で存在するこ
と、の双方が必要である。
ところが、本件審決では、試験例1に記載された二酸化塩素及び過
25 酸化水素の「残留率」だけを検討し、海生生物の付着防止効果を奏する
ために必要な「残留濃度」については検討されてない。
【表1】の記載からでは、二酸化塩素の初期濃度を0.10mg/L
よりも低い0.01mg/L(下限値)とした場合、過酸化水素の濃度
が0.1ないし1.05mg/Lの範囲において、攪拌5分後及び攪拌
15分後の二酸化塩素の残留濃度が0.01mg/Lであるかどうか、
5 あるいは、残留率が100%であるかどうかは不明である。
また、【表1】には、過酸化水素の初期濃度が0.15mg/Lであ
る実施例3及び実施例4において、攪拌15分後の過酸化水素の残留
率が68%又は64%で残留濃度が0.10mg/Lであることが記
載されているが、過酸化水素の初期濃度を0.1mg/L(下限値)と
10 した場合に、撹拌15分後の残留濃度が0.1mg/Lであるかどう
か、あるいは残留率が100%であるかどうかは不明である。
さらに、訂正明細書に記載された試験例3は、二酸化塩素と過酸化
水素の併用による海生生物の付着防止効果を確認したものであるが、
その結果を記載した【表3】には、過酸化水素の添加濃度0.175m
15 g/Lに対して、二酸化塩素を0.015mg/Lの濃度で添加した実
施例1と、二酸化塩素を0.05mg/Lの濃度で添加した実施例2の
記載があるだけで、両者の下限値である二酸化塩素濃度0.01mg/
L、過酸化水素濃度0.1mg/Lで添加した例については記載されて
いない。
20 したがって、【表1】に二酸化塩素濃度及び過酸化水素濃度の下限値
における実施例の記載がないことについての検討が不十分のまま、本
件特許発明1は、本件数値範囲により、低濃度の薬剤添加でその効果を
長時間持続し、しかも広範な海生生物種やスライムの付着を防止し得
る海生生物の付着防止法を提供するという有利な効果を奏するものと
25 認められるとした本件審決の判断は誤りである。
ウ 相違点1の容易想到性の判断に誤りがあることについて
甲1発明と甲5文献記載事項の組合せにより容易に想到できることに
ついて
a 甲5発明は、甲1発明を改良したものであって、甲1発明と同じく、
有効塩素発生剤と過酸化水素の併用により海生生物の付着を防止する
5 ものである。
甲5文献の【表3】(実施例16ないし20)では、「有効塩素発生
剤濃度0.02~0.4ppm、過酸化水素濃度0.18~1.05p
pm」とすることが記載されている。また、甲5文献の【0015】に
は、過酸化水素剤の添加量を2mg/L未満に低減させても、塩素剤と
10 の併用による、海生付着生物の付着及び成長抑制効力の低下がないこ
とを実験により確認したことが記載されている。
したがって、甲5文献には、甲1発明における有効塩素発生剤濃度及
び過酸化水素濃度を、それぞれ「0.02~0.4mg/L」 「0.
及び
18~1.05mg/L」とすることで、充分な海生生物の付着防止効
15 果が得られることが開示されている。
二酸化塩素は、甲1発明における有効塩素発生剤には属さないが、
同じ塩素含有の化合物である。そうすると、甲1文献に記載された有効
塩素発生剤を二酸化塩素に置換する際に、甲5文献に記載されている
上記開示に基づいて、二酸化塩素及び過酸化水素の濃度を決めること
20 は、当業者であれば容易に想到し得ることである。
b 二酸化塩素の使用について記載がない甲5文献には、過酸化水素に
組み合わせる二酸化塩素の濃度範囲を示す記載はないが、甲2文献に
記載された「二酸化塩素が塩素の2.6倍の有効塩素量を有する」こと
に基づいて換算すると(以下、このような換算を「本件換算」という。 、

25 前記実施例16ないし20に記載された「次亜塩素酸ナトリウム濃度
0.02~0.4mg/L」は、「二酸化塩素濃度0.02÷2.6=
0.008~0.4÷2.6=0.15mg/L」と換算され、「0.
01~0.15mg/L」の範囲となり、本件特許発明1の「二酸化塩
素濃度0.01~0.5mg/L」という濃度範囲に含まれる。
そうすると、本件数値範囲は、甲5文献の【表3】に記載された濃度
5 範囲に基づいて当業者であれば容易に想到できる濃度範囲を含むこと
は明らかである。
甲1発明のみからも容易に想到することができることについて
甲1発明において、有効塩素発生剤に代えて二酸化塩素を用いる際に、
その添加量において、二酸化塩素と過酸化水素の濃度の組合せを最適化
10 又は好適化することは、当業者であれば当然することであるところ、有
効塩素発生剤と過酸化水素の併用においては、酸化還元反応により両薬
剤が消費されるという課題があることは既に知られているのであるから、
二酸化塩素と過酸化水素とを併用した場合にも同様に、酸化還元反応に
より両薬剤が消費されるという課題があることは、当業者であれば、当
15 然に予期し得ることである。
したがって、当業者であれば、二酸化塩素と過酸化水素の濃度の組合せ
を最適化又は好適化する際には、海生生物の付着防止効果のみならず、
酸化還元反応による両薬剤の消費という観点から検討することは、当然
にすべきことにすぎない。
20 エ 小括
したがって、本件特許発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものであり、本件審決の判断には誤りがある。
⑵ 被告らの主張
ア 本件補正が要旨を変更するものであることについて(他の取消事由の関
25 係でも同じ)
本件審決が判断するとおり、本件特許発明1は、本件訂正前の請求項2
に記載されていた事項(二酸化塩素と過酸化水素の濃度に関する事項)を
取り込んだものであるところ、原告が口頭審理陳述要領書や弁駁書で引用
する証拠のうち、甲1文献、甲3文献以外は、審判請求書において、訂正前
の請求項2について無効審判請求の根拠とされた証拠ではないから、本件
5 補正が要旨変更であることは明らかである。したがって、本件補正は許さ
れるべきではない(なお、以下の主張はいずれも、仮に本件補正が許された
としても、同様に当てはまる。)。
イ 本件特許発明に優れた効果があるとの認定に誤りがあるとする点につい

10 【表1】における攪拌15分後の塩素残留率を検討すべきとする点に
ついて
a 原告は、前記⑴イ のとおり、本件審決では、【表1】の攪拌5分後
について検討するにとどまり、撹拌15分後についての検討がなされ
ていないことが不当である旨主張する。
15 しかし、5分間でも有利な効果が発揮されれば、海生生物の付着防
止手段として利用価値が認められ、その産業上の利用可能性が否定さ
れることはない。場合によっては、滞留時間5分ごとに二酸化塩素と過
酸化水素を添加することもできる。
また、【表1】において、二酸化塩素と過酸化水素の共存の場合、1
20 5分後であっても二酸化塩素の残留率は、次亜塩素酸ナトリウムと過
酸化水素の共存の場合の次亜塩素酸ナトリウムの残留率を超えている
から、15分後においても二酸化塩素と過酸化水素の共存は、次亜塩素
酸ナトリウムと過酸化水素の共存に劣ることはない。そして、5分後に
おいては、二酸化塩素と過酸化水素の共存は、次亜塩素酸ナトリウムと
25 過酸化水素の共存よりも、顕著に優れた共存(二酸化塩素の残留率)を
達成できている。
したがって、撹拌5分後の残留率が高いことは有利な効果であり、
本件審決の判断に誤りはない。
b 原告は、前記⑴イ のとおり、【表1】実施例2における攪拌15分
後の二酸化塩素の残留率は、実施例5(参考例)と同じ21%であり、
5 一次判決において低い二酸化塩素の残留率とされたものである旨主張
する。
しかし、一次判決は、「反応速度が高い高濃度の条件では」との前提
で21%という二酸化塩素の残留率を低いと評価しているものである。
実施例2は、二酸化塩素が0.25mg/Lという低濃度で撹拌後15
10 分後の残留率が21%であるが、比較例2の次亜塩素酸ナトリウムの
撹拌後15分後の残留率17%未満とは有意差がある。また、薬剤濃度
が低ければコスト低下の効果もある。さらに、実施例2の撹拌5分後の
二酸化塩素の残留率52%は、実施例5及び6の撹拌5分後の二酸化
塩素の残留率40%及び35%や、比較例2の次亜塩素酸ナトリウム
15 の撹拌後5分後の残留率17%未満とは有意差がある。
さらに、実施例2の二酸化塩素と比較例2の次亜塩素酸ナトリウム
の残留率の積算値の比を求めると、実施例2は比較例2に比べて少な
くとも2.2倍以上となる。
【表1】に二酸化塩素濃度及び過酸化水素濃度の下限値における実施
20 例の記載がないことについて
a 原告は、前記⑴イ aのとおり、【表1】からでは、過酸化水素濃度
を0.1mg/Lとした際に、二酸化塩素の濃度を0.01mg/Lと
した場合には次亜塩素酸ナトリウム濃度を0.01mg/Lとした場
合よりも、共存状態が長く続くかどうかは不明である旨主張する。
25 しかし、【表1】によれば、二酸化塩素は濃度が低いほど撹拌5分後
の残留率は高いから、当業者であれば、二酸化塩素は実施例1の濃度
0.10mg/Lより相当低くてもその撹拌5分後の残留率は効果を
奏する程度に高いと判断できる。
b 原告は、前記⑴イ bのとおり、本件審決では、試験例1に記載され
た二酸化塩素及び過酸化水素の「残留率」だけを検討し、海生生物の付
5 着防止効果を奏するために必要な「残留濃度」については検討されてな
い旨主張する。
しかし、本件特許発明1は、「海水冷却水系の海水中に、二酸化塩素
と過酸化水素とをこの順もしくは逆順でまたは同時に添加して、二酸
化塩素濃度0.01~0.5mg/L、過酸化水素濃度0.1~1.0
10 5mg/Lとし」とされているのであるから、各薬剤の濃度は「添加量」
によることになる。
なお、原告は、同所において、訂正明細書の【表3】には、本件数値
範囲における二酸化塩素と過酸化水素の下限値である「二酸化塩素濃
度0.01mg/L」、「過酸化水素濃度0.1mg/L」で添加した
15 例については記載されていない旨主張するが、過酸化水素の添加濃度
0.175mg/Lに対して、二酸化塩素を0.015mg/Lの濃度
で添加した実施例1の記載があるから、失当である。
ウ 相違点1の容易想到性の判断に誤りがあるとする点について
甲1発明と甲5文献記載事項の組合せにより容易に想到できるという
20 点について
原告は、前記⑴ウ aのとおり、甲1文献に記載された有効塩素発生
剤を二酸化塩素に置換する際に、甲5文献に記載されている教示に基づ
いて、二酸化塩素及び過酸化水素の濃度を決めることは、当業者であれ
ば容易に想到し得る旨主張する。
25 しかし、甲5文献には「二酸化塩素」を使用することについては開示が
なく、また、「塩素ガスもしくは有効塩素発生剤をトリハロメタン類の生
成を防止しうる濃度又はそれ以下の濃度で添加し」(請求項1)ているの
であり、甲5文献の【表1】の実施例1ないし15には「過酸化水素」が
0.175~1.75ppmでトリハロメタン濃度は「ND」と記載され
ているから、トリハロメタンの発生防止という課題は解決されており、
5 「二酸化塩素」を使用する動機付けはなく、甲5文献の【表3】の実施例
16ないし20の「過酸化水素」と「次亜塩素酸ナトリウム」の濃度の組
み合わせのみを選択して、甲1発明及び甲2発明と関連付けるには無理
がある。
また、甲5発明においては、過酸化水素をあらかじめ添加し、拡散手段
10 で分散させる必要があるのであるから、甲1発明において、甲5文献の
有効塩素発生剤の濃度と過酸化水素の濃度をわざわざ参照することは、
技術的に合理的でない。
甲1発明のみから容易に想到することができるとする点について
甲1発明には「二酸化塩素と過酸化水素」の組み合わせは開示されてい
15 ないから、甲1発明単独で相違点1に係る本件特許発明1の構成を容易
に想到することができたとはいえない。
エ 小括
以上のとおりであって、本件審決における甲1発明に基づく本件特許発
明1の進歩性の判断に誤りはない。
20 2 取消事由2-1(甲5発明に基づく本件特許発明1の進歩性の判断の誤り)
⑴ 原告の主張
ア 相違点1’の判断に誤りがあることについて
本件審決は、トリハロメタン類を生成する塩素剤の使用は甲5発明の
根幹をなすものであり、これをトリハロメタンを生成しない二酸化塩素
25 に置換することは、当該発明の前提となる主たる構成を破却することに
なる旨判断する。
しかし、甲5発明は、甲1発明を改良した発明であって、有効塩素発生
剤と過酸化水素の併用により海生生物の付着を防止する方法の発明であ
るから、甲5発明においても、有効塩素発生剤の添加により有害なトリ
ハロメタンが生成するという課題を解決するために、有効塩素発生剤を、
5 トリハロメタンを生成せず,有効塩素発生剤である次亜塩素酸ナトリウ
ムよりも少量で付着抑制効果を備える海生生物の付着防止剤である甲2
文献記載の二酸化塩素に置換することを試みる動機付けがあり、二酸化
塩素に置換することで、甲5発明自体が成立しないとまではいえない。
本件審決は、甲5発明において、有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換
10 し、さらに、「二酸化塩素濃度0.01~0.5mg/L、過酸化水素濃
度0.1~1.05mg/L」とすることは、当業者において容易に想到
し得ない旨判断する。
a 甲5文献には、有効塩素発生剤濃度及び過酸化水素濃度を、それぞ
れ「0.02~0.4mg/L」及び「0.18~1.05mg/L」
15 とすることで、充分な海生生物の付着防止効果が得られることが開示
されていることは前記1⑴ウ aのとおりである。
二酸化塩素は、甲5発明における有効塩素発生剤と同じ塩素含有の
化合物であるから、甲5発明における有効塩素発生剤を二酸化塩素に
置換する際に、甲5文献に記載されている前記の開示に基づいて、二酸
20 化塩素及び過酸化水素の濃度を決めることは、当業者であれば当然す
ることであって、格別な困難性はない。
甲5文献の過酸化水素濃度「0.18~1.05mg/L」は、本件
特許発明1の「0.1~1.05mg/L」に含まれる。また、二酸化
塩素濃度について本件換算により検討すると、前記実施例16ないし
25 20に記載された「次亜塩素酸ナトリウム濃度0.02~0.4mg/
L」 本件特許発明1の
は、 「二酸化塩素濃度0.01~0.5mg/L」
という濃度範囲に含まれることは前記1⑴ウ bのとおりである。し
たがって、本件特許発明1における本件数値範囲は、塩素含有の化合物
として甲5発明と実質的に差異のない濃度範囲であり、格別な困難性
はない。
5 b 甲5文献の【0008】には、「酸化還元反応により、両薬剤が消費
され、」と記載されているように(「両薬剤」とは、過酸化水素剤と塩
素剤を指す。 、
) 甲5発明における有効塩素発生剤と過酸化水素との酸
化還元反応を用いた場合、両薬剤が消費されて安定に共存できないと
いう課題自体は、本件出願前に既に公知である。
10 一方、訂正明細書の【0010】や【0012】には、海水中で,二
酸化塩素と過酸化水素を併用した場合、両者が反応して消費され、およ
そ共存できないかのような記載もあるが、この点は、一次判決において
否定されている。
当業者であれば、甲5発明における有効塩素発生剤に代えて二酸化
15 塩素を用い、本件数値範囲を採用した場合に、甲5文献の前記【000
8】記載の課題が解決できること、換言すれば二酸化塩素と過酸化水素
の共存状態が、有効塩素発生剤である次亜塩素酸ナトリウムと過酸化
水素のそれよりも長く持続できることは、当然に確認すべき事項であ
って格別な困難性はない。
20 本件審決は、本件特許発明1における二酸化塩素と過酸化水素を組み
合わせたことによる海生生物付着防止効果について、攪拌5分後の二酸
化塩素と過酸化水素の共存状態が、次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素
のそれよりも長く持続できることをもって、当業者が予想できない優れ
た効果としているところ、前記 bのとおり、二酸化塩素と過酸化水素
25 の共存状態が、有効塩素発生剤である次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水
素のそれよりも長く持続できることは、当業者であれば、当然に確認す
べき事項であるから、本件審決のようにいうためには、【表1】から、次
亜塩素酸ナトリウムの場合と比較して、二酸化塩素の残留率が当業者が
予期できないほどのものであることが必要である。
しかし、本件審決は、攪拌15分後残留率について検討しないまま誤
5 った判断をしており、実施例2においては、攪拌15分後に21%とい
う低い二酸化塩素の残留率しか得られていないことは前記1⑴イ のと
おりである。
イ 小括
以上のとおりであって、本件審決における甲5発明に基づく本件特許発
10 明1の進歩性の判断には誤りがある。
⑵ 被告らの主張
ア 相違点1’の判断に誤りがないことについて
原告は、前記⑴ア のとおり、甲5発明においても、有効塩素発生剤の
添加により有害なトリハロメタンが生成するという課題を解決するため
15 に、有効塩素発生剤を、甲2記載の二酸化塩素に置換することを試みる
動機付けがある旨主張する。
しかし、甲5文献には「二酸化塩素」を使用することについては開示が
なく、また、「塩素ガスもしくは有効塩素発生剤をトリハロメタン類の生
成を防止しうる濃度又はそれ以下の濃度で添加し」(請求項1)ているの
20 であるから、トリハロメタンの発生防止という課題は解決されており、
「二酸化塩素」を使用する動機付けはない。
a 原告は、前記⑴ア aのとおり、甲5文献には、有効塩素発生剤濃度
及び過酸化水素濃度を、それぞれ「0.02~0.4mg/L」 「0.
及び
18~1.05mg/L」とすることで、充分な海生生物の付着防止効
25 果が得られることが開示されている旨主張するが、甲5文献では、「予
め少量の過酸化水素剤を添加し、拡散手段を施して過酸化水素が分散
された海水に、過酸化水素の添加量に対して特定割合及び特定量の塩
素剤を添加した場合に」上記の効果が得られることが開示されている
のであり、原告の主張は、この前提を捨象するもので失当である。
また、原告は、同じ塩素含有の化合物である以上は、甲5発明におけ
5 る有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換する際に、甲5文献に記載され
ている開示に基づいて、二酸化塩素及び過酸化水素の濃度を決めるこ
とは、当業者であれば当然することである旨主張するが、塩素含有の化
合物が多数ある中で二酸化塩素を選択することは当業者としても容易
になし得るものではないし、前記1 ウ のとおり、甲5文献の実施例
10 16ないし20における「過酸化水素」と「次亜塩素酸ナトリウム」の
濃度の組み合わせのみを選択して、本件特許発明1と関連付けるには
無理がある。
b 原告は、前記⑴ア bのとおり、当業者であれば、甲5発明における
有効塩素発生剤に代えて二酸化塩素を用い、本件数値範囲を採用した
15 場合に、甲5文献の【0008】記載の課題が解決できること、二酸化
塩素と過酸化水素の共存状態が、有効塩素発生剤である次亜塩素酸ナ
トリウムと過酸化水素のそれよりも長く持続できることは、当然に確
認すべき事項である旨主張するが、二酸化塩素と過酸化水素の共存と、
有効塩素発生剤と過酸化水素の共存を比較しようとする動機付けの存
20 在を認めるに足りる証拠はない。
原告は、前記⑴ア のとおり、本件審決が、本件特許発明1における海
生生物付着防止効果について、攪拌5分後の二酸化塩素と過酸化水素の
共存状態が、次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素のそれよりも長く持続
できることをもって、当業者が予想できない優れた効果としたことにつ
25 いて不当である旨主張するが、同主張が失当であることは前記1⑵イの
とおりである。
ウ 小括
以上のとおりであって、本件審決における甲5発明に基づく本件特許発
明1の進歩性の判断に誤りはない。
3 取消事由1-2及び2-2(前記1及び2を前提とした本件特許発明2ない
5 し4の進歩性の判断の誤り)について
⑴ 原告の主張
本件特許発明2ないし4は、本件特許発明1の構成を含んで更に限定した
ものであるから、本件審決における甲1発明、甲5発明それぞれに基づく本
件特許発明1の進歩性の判断に、前記1及び2のとおり誤りがある以上、本
10 件審決における甲1発明、甲5発明それぞれに基づく本件特許発明2ないし
4の進歩性の判断にも誤りがある。
⑵ 被告らの主張
本件審決における甲1発明、甲5発明それぞれに基づく本件特許発明1の
進歩性の判断に誤りはないから、本件審決における甲1発明、甲5発明それ
15 ぞれに基づく本件特許発明2ないし4の進歩性の判断にも誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 本件特許発明について
⑴ 訂正明細書には、本件特許発明について、別紙1の記載がある。
⑵ 前記⑴の記載事項によれば、訂正明細書には、本件特許発明に関し、次のよ
20 うな開示があることが認められる。
ア 本件特許発明は、海生生物の付着防止方法及びそれに用いる付着防止剤、
さらに詳しくは、低濃度の薬剤添加でその効果を長期間持続し、しかも広
範な海生生物種の付着を防止し得る海生生物の付着防止方法及びそれに用
いる付着防止剤に関する(【0001】)。
25 イ 海水は工場や発電所の冷却水として広く用いられているが、海生生物が
設備に付着すると障害を引き起こす。付着防止のため、従来から添加され
ていた薬剤のうち、塩素剤は付着防止効果が高いものの、トリハロメタン
のような有害な有機塩素化合物を形成して環境への負荷が大きく、二酸化
塩素は、殺菌力が強く、有害な有機塩素化合物を形成しないため、環境への
影響が小さいものの、化学物質として極めて不安定であるため海生生物の
5 付着防止効果の持続性に問題があり、過酸化水素を用いた薬剤は、安全性
が高い反面、その添加量が少なくなると、広範な海生生物種の付着を防止
もしくは抑制することが困難になる等の問題があった。過酸化水素剤と塩
素剤の併用添加方法では、酸化還元反応により、両薬剤が消費され安定に
共存させることができず、両薬剤の特徴が十分に活かされていなかった
10 (【0002】ないし【0006】)。
ウ 広範な海生生物種の付着防止への対応と環境への影響とを考慮した場合、
二酸化塩素と過酸化水素からなる海生生物の付着防止に関する技術が提案
されるはずであるが、これまでに報告されていないのは、二酸化塩素の化
合物としての不安定性に加えて、二酸化塩素と過酸化水素との併用は、酸
15 化還元反応により両薬剤が消費され、水系において安定に共存できないと
いう技術常識が存在していたためと考えられる。
本件特許発明は、低濃度の薬剤添加でその効果を長期間持続し、しかも
広範な海生生物種やスライムの付着を防止し得る海生生物の付着防止方法
およびそれに用いる付着防止剤を提供することを課題とする 【0009】

20 ないし【0011】)。
エ 本件特許発明は、海水冷却水系の海水中に、二酸化塩素と過酸化水素と
をこの順もしくは逆順で又は同時に添加して、二酸化塩素と過酸化水素と
を海水中に共存させることにより海水冷却水系への海生生物の付着を防止
することを特徴とする(【0013】)。
25 オ 本件特許発明によれば、低濃度の薬剤添加でその効果を長期間持続し、
しかも広範な海生生物種やスライムの付着を防止し得る海生生物の付着防
止方法を提供することができる。二酸化塩素及び過酸化水素が、海水に対
してそれぞれ0.01~0.5mg/L及び0.1~1.05mg/Lの濃
度で海水中に共存することでさらにその効果を発揮する 【0015】
( 及び
【0016】)。
5 2 取消事由1-1(甲1発明に基づく本件特許発明1の進歩性の判断の誤り)
について
本件審決は、仮に本件補正を考慮して、甲5文献記載事項等を甲 1 発明に組み
合わせることを許容したとしても、本件特許発明1には進歩性が認められると
判断しているところ、事案に鑑み、まずこの点に関する本件審決の判断に誤りが
10 あるかについて検討する。
⑴ 甲1文献について
ア 甲1文献には、別紙2の記載がある。
イ 前記アによれば、甲1文献には、次の開示があることが認められる。
甲1発明は、海水を使用している流路、プラントにおける海水動物の
15 付着を抑制する方法に関する(1頁左欄11ないし12行)。
海水の工業的利用の際、海水動物が設備に付着するのを防ぐため、有
効塩素発生剤等が使用されてきたが、残留毒性、蓄積毒性による海水動
物の生態環境の破壊、輸送時の危険性、注入時の作業安全性等の問題が
あった(1頁左欄13行ないし右欄21行)。
20 甲1発明の発明者は、易分解性で残留毒性や蓄積毒性の問題が起らな
いより安全な海水動物の付着抑制方法として過酸化水素が極めて有効で
あることを見出し、また、過酸化水素と有効塩素発生剤等を同時にもし
くは交互に組み合わせて連続的または間欠的に使用すれば、相乗効果に
よって薬剤を著しく減らしても同様の効果を奏することを見出した(2
25 頁左欄3ないし10行)。
過酸化水素はそれ自体毒性が低いが、分解して水と酸素ガスになるの
で残留毒や蓄積毒による環境汚染問題をおこす心配が全くない。過酸化
水素濃度が0.1ないし1ppm程度の場合、付着防止効果自体はさほ
ど優れたものではないが、成長抑制作用によって実質上満足な付着抑制
効果が得られる。
5 過酸化水素の使用量は海水中濃度が0.01~500ppmとなる範
囲のものであり、その使用方法は海水中に連続的に注入したりあるいは
間欠的に注入したりすることによって行なわれる。
甲1発明は過酸化水素又は過酸化水素発生剤を従来の海水動物付着抑
制剤である塩素又は有効塩素発生剤と組み合わせて使用することによっ
10 て、これらの公知薬剤の付着抑制効果を相乗的に高め、各単独で使用す
る場合に較べて低濃度の使用で高い抑制効果を奏し、これらの公知薬剤
の使用量を効果的に減少せしめ、公害発生問題を改善することが可能と
なった。特に有効塩素との組み合わせの場合には、酸化-還元反応によ
って一重項の酸素が発生して相乗的に抑制効果が高まる(2頁左欄19
15 行ないし右欄12行)。
⑵ 甲5文献について
ア 甲5文献には別紙3の記載がある。
イ 前記アによれば、甲5文献には以下の開示があることが認められる。
甲5発明は、工業用海水冷却水系統における海水付着生物の付着及
20 び成長を抑制する工業用海水冷却水の処理方法、さらに詳細には、工業
用海水冷却水系において過酸化水素剤(過酸化水素もしくは過酸化水
素発生剤)と塩素剤(塩素ガスもしくは有効塩素発生剤)とを併用して、
トリハロメタン類の副生成物が生成せず、かつ、海生付着生物の付着及
び成長を効率よく抑制する工業用海水冷却水の処理方法に関する 【0

25 001】)。
海生付着生物の付着の防止のため、塩素剤、過酸化水素剤等の添加
が行われてきたが、塩素剤の添加は、トリハロメタン類の生成等が危惧
され、過酸化水素剤は、分解すれば酸素と水になるため環境への影響が
最も少ないが、毒性が弱い分、付着生物に対する選択性が現れ、添加量
が少なくなると付着生物の付着を抑制することが困難になる。
5 過酸化水素剤の分解酵素を多く有するムラサキイガイ等の二枚貝類
に対しては、多量の過酸化水素を添加しないと処理できないので、過酸
化水素剤と塩素剤とを併用添加する海水付着生物の付着抑制方法であ
る甲1発明が提案されている(【0002】ないし【0005】)。
甲1発明には、過酸化水素剤と塩素剤を同時に別々に海水に注入す
10 る方法では、酸化還元反応により、両薬剤が消費され、添加個所及びそ
れ以降の一部区域以外の区域においては充分な抑制効果が発揮されな
いという課題、時間的間隔をあけて交互かつ別時に同一個所に添加す
る方法の場合、一時的には過酸化水素剤又は塩素剤のみが添加される
ことになり、塩素剤のみが添加されたときには、その添加濃度が一定量
15 を超えると、トリハロメタン類が生成されるという課題、両薬剤の注入
点を隔離する方法でも上記の各課題は解決できず、トリハロメタン類
の生成抑制のために塩素剤の添加量を抑制すると、多量の過酸化水素
を使用しなればならず、経済的でないという課題もあった。甲5発明
は、これらの課題を解決することを目的とする 【0008】
( ないし【0
20 012】)。
そこで、甲5発明は、工業用海水冷却水系に予め過酸化水素剤を特
定の濃度で分散させた後、塩素剤を特定の濃度で添加するという方法
を採用した(請求項1、2、【0013】、【0019】)。
甲5発明は、低濃度の過酸化水素剤及び低濃度の塩素剤を用いて、
25 トリハロメタン類を生成することなく、付着防止の困難なムラサキイ
ガイ等の海生付着生物を確実に防除することができる 【0047】 。
( )
⑶ 相違点1の容易想到性について
ア 相違点1のうち、甲1発明における有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換
する動機付けがあることについては、一次判決の拘束力が及び、当事者間
に争いもない。
5 イ 甲1発明と甲5文献記載事項の組合せにより、相違点1のうち、本件数
値範囲を容易に想到することができるかについて
甲5発明は、前記⑵のとおり、甲1発明における塩素剤の添加により
トリハロメタン類が生成されるという課題があることを前提として、工
業用海水冷却水系にあらかじめ過酸化水素剤を特定の濃度で分散させた
10 後、塩素剤を特定の濃度で添加するという解決手段を採用しているので
あり、かつ、各特定の濃度について、過酸化水素剤は「0.01~2mg
/l」 塩素剤は
、 「トリハロメタン類の生成を防止しうる濃度又はそれ以
下の濃度」である「使用される過酸化水素の1モル当り、0.03~0.
8モル(ただし、有効塩素として)に相当する濃度で、かつ、海水冷却水
15 に対して0.01~1.0mg/l(ただし、有効塩素として)」として
いるのである(別紙3の【請求項1】及び【請求項2】参照)。そうする
と、甲5発明は、甲1発明における上記課題を、それ自体で解決しており、
かつ、塩素剤の使用を前提としているのであるから、当業者において、甲
1発明における有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換した上で、更に甲5
20 発明を組み合わせるという動機付けがあるとはいえない。
また、甲5文献は、二酸化塩素の添加を想定していないから、二酸化塩
素の特定の濃度割合を開示するものでもない。
したがって、当業者が、甲1発明と甲5文献の組合せにより、相違点1
のうち、本件数値範囲を容易に想到することができるとはいえない。
25 原告は、前記第3の1⑴ウ のとおり、甲5文献の実施例の16ない
し20には、甲1発明における有効塩素発生剤濃度及び過酸化水素濃度
を、それぞれ「0.02~0.4mg/L」及び「0.18~1.05m
g/L」とすることで、充分な海生生物の付着防止効果が得られること
が開示されており、当業者が、これについて本件換算(有効塩素発生剤濃
度を2.6で除する。)により、有効塩素発生剤から置換した二酸化塩素
5 の濃度を「0.01~0.15mg/L」という範囲とすることは容易で
ある旨主張する。
甲1発明における有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換した上で、更に
甲5発明を組み合わせるという動機付けがあるとはいえないことは前記
のとおりであるから、そもそも原告の上記主張は前提を異にするもの
10 というべきであるが、この点は措くにしても、以下の理由で原告の主張
はいずれにしても採用し得ない。
甲5文献の【表3】及び【表4】には、過酸化水素溶液と有効塩素発生
剤として次亜塩素酸ナトリウム溶液を使用して、両者の併用によるムラ
サキイガイの成長度合いを調査するため、実施例16ないし20では別
15 紙3の図1(過酸化水素の拡散器あり) 比較例21ないし24では別紙

3の図2(過酸化水素の拡散器なし)の塩化ビニル管のモデル水路を用
いて、塩化ビニル管に海水を一過式に通水する方法で試験を行い、ムラ
サキイガイの殻長を計測して、試験前後の殻長差より成長度合いを求め
た結果が示されている。
20 実施例16では過酸化水素0.35ppm、次亜塩素酸ナトリウム0.
40ppm(本件換算をすると二酸化塩素0.15ppm。小数点3桁以
下四捨五入。以下同じ)、実施例17では過酸化水素0.35ppm、次
亜塩素酸ナトリウム0.07ppm(本件換算をすると二酸化塩素0.0
3ppm)、実施例18では過酸化水素0.70ppm、次亜塩素酸ナト
25 リウム0.40ppm(本件換算をすると二酸化塩素0.15ppm)、
実施例19では過酸化水素1.05ppm、次亜塩素酸ナトリウム0.2
0ppm(本件換算をすると二酸化塩素0.08ppm)、実施例20で
は過酸化水素0.18ppm、次亜塩素酸ナトリウム0.02ppm(本
件換算をすると二酸化塩素0.01ppm)で試験が行われているとこ
ろ(なお、溶媒が比重1の水である場合には、ppmとmg/Lの数値は
5 同等。)、確かに、これらの実施例については、本件換算をすれば、相違
点1に係る本件特許発明1の構成のうち、二酸化塩素0.01~0.15
mg/L、過酸化水素0.18~1.05mg/Lとなるような組合せが
開示されているといえる。しかしながら、これらは、甲5発明の実施例で
あり、その課題解決手段である過酸化水素の拡散器を備えたことを前提
10 とするものであって、当業者が、このような拡散器を備えないまま、実施
例16ないし20に係る本件換算後の二酸化塩素濃度と過酸化水素濃度
の数値のみを甲1発明に単純に適用しようと考えるとは認められない。
かえって、過酸化水素と次亜塩素酸ナトリウムの添加量が同じである、
実施例18と比較例23を比較すると、1m3/hの海水を一過式に通水
15 し、その間両薬剤を所定濃度になるように24時間添加し、40日間試
験をした後におけるムラサキイガイの成長度(殻長mm)が、実施例18
では、注入点から0.5、4、8、16、24、48mのいずれの距離で
も0.1mmであったのに対し、比較例23では、1.0mmから4.5
mmの範囲となっており、ムラサキイガイの成長度抑制結果において、
20 比較例23が実施例18より劣ることが示されているから、当業者は、
甲5発明のような改良がされる前の甲1発明について、甲5文献に記載
の数値範囲のみを適用しようとすると、比較例23のような結果しか得
られないと認識することになるといえる。
仮に、原告が、甲1発明において、甲5文献に記載の数値範囲を、過酸
25 化水素の拡散手段等、甲5発明の特定手段と併せて適用することの容易
想到性をも主張しているのであるとすれば、それは、甲5発明に基づき
本件数値範囲の容易想到性を主張しているのに等しい。そして、甲5発
明に基づき本件数値範囲が容易想到であるとの主張が採用できないこと
は後記3のとおりである。
ウ 甲1発明のみにより、相違点1のうち、二酸化塩素と過酸化水素の特定
5 の濃度割合を容易に想到することができるとの主張について
甲1文献には、二酸化塩素と過酸化水素の組合せそのものが開示され
ておらず、二酸化塩素濃度をどのように最適化又は好適化するかについ
て直接教示するところはない。
したがって、甲1文献の記載のみから、本件数値範囲を導くことが容
10 易であるとはいえない。
なお、念のため、技術常識に基づき換算するなどして、甲1文献の記載
から本件数値範囲を容易に想到できるかについて検討する。
甲1文献には、過酸化水素を単独で使用する場合の使用量は海水中濃
度が0.01ないし500ppmとなる範囲のものであり(2頁左欄2
15 9ないし30行)、有効塩素発生剤と組み合わせて使用する場合につい
てはそれより少なくてもよく、有効塩素発生剤の使用量は海水中濃度が
有効塩素として0.01ないし1ppmとなる量である(2頁右欄20
ないし25行)旨の記載がある。そうすると、有効塩素発生剤について本
件換算をした二酸化塩素の使用量は、0.004(0ではないことを示す
20 ため小数点4桁以下四捨五入とした。)ないし0.38ppmで、組み合
わせ使用の場合の過酸化水素の数値については、上記のとおり単独使用
の場合より少なくてよいとされるだけで、具体的な記載はないので、甲
1文献では、本件数値範囲(二酸化塩素0.01~0.5mg/L、過酸
化水素0.1~1.05mg/L)より広い数値範囲が設定されているこ
25 とになり、この広い数値範囲の中から、本件特許発明1に規定される濃
度を具体的に特定することは困難であるというほかない。
次に、甲1文献の実施例から、本件特許発明1に規定される二酸化塩素
と過酸化水素の濃度を特定できるかについて検討する。第4A表のNo.
2ないし4では、有効塩素発生剤濃度が0.05ppmないし0.5pp
mの範囲にあり、本件換算をすれば、二酸化塩素0.02ppmないし0.
5 19ppmであり、本件特許発明1で規定される二酸化塩素の濃度の範
囲内にあるが、これと組み合わせる過酸化水素濃度は2ppmないし1
0ppmであり、本件特許発明1で規定される過酸化水素の濃度より大
幅に高濃度である。また、同表のNo.5(上から3列)では、過酸化水
素濃度が0.2ppmないし1ppmであり、本件特許発明1で規定さ
10 れる上記過酸化水素の濃度の範囲内にあるが、これと組み合わせる有効
塩素発生剤濃度は3ppmないし8ppmであり、本件換算をすれば、
二酸化塩素濃度としては1.15ppmないし3.08ppmとなり、本
件特許発明1で規定される上記二酸化塩素濃度より大幅に高濃度である。
そうすると、甲1文献の実施例に記載された数値からも、本件特許発明
15 1に規定される濃度を特定することは困難というべきである。
原告は、前記第3の1⑴ウ のとおり、甲1発明において、有効塩素発
生剤に代えて二酸化塩素を用いる際に、その添加量において、二酸化塩
素と過酸化水素の濃度の組合せを最適化又は好適化することは、当業者
であれば当然することであるところ、有効塩素発生剤と過酸化水素の併
20 用においては、酸化還元反応により両薬剤が消費されるという課題があ
ることは既に知られているから、二酸化塩素と過酸化水素とを併用した
場合にも同様に、酸化還元反応により両薬剤が消費されるという課題が
あることは当然に予期される旨主張する。
しかし、相違点1を克服するためには、甲1発明における有効塩素発
25 生剤を二酸化塩素に置換した上で、さらに、二酸化塩素及び過酸化水素
の濃度を決めなければならず、相違点がその数値限定のみにあるわけで
はないから、当業者が数値範囲を最適化又は好適化するものであるとい
う一般論から、原告主張の結論を導くことはできない。また、仮に、二酸
化塩素と過酸化水素とを併用した場合に、酸化還元反応により両薬剤が
消費されるという課題があることは予期されるものであったとしても、
5 その反応性が有効塩素発生剤と過酸化水素の併用の場合と同様であるこ
とを根拠付ける資料は見当たらず、当業者が数値範囲を容易に最適化又
は好適化することができたともいえない(甲5文献記載の数値範囲を本
件換算により単純に適用することが相当でないことは、前記イ のとお
りである。)。
10 したがって、原告の上記主張は、いずれにしても採用できない。
⑷ 有利な効果について
前記 において説示したところに照らせば、相違点1について容易想到性
が認められないから、有利な効果について判断するまでもなく、本件特許発
明1には進歩性が認められることになるが、当事者の主張に照らし、念のた
15 めに有利な効果の存否についても検討しておく。
ア 訂正明細書の記載
訂正明細書の【0032】ないし【0037】及び【表1】には、海水
中での二酸化塩素と過酸化水素との共存状態を確認する試験例1(実施
例1ないし4)が示されている。
20 濾過海水(200mL)に二酸化塩素(濃度0.1mg/L)と過酸化
水素(濃度1.05mg/L)とをこの順で添加した実施例1では、撹拌
5分後の二酸化塩素の残留率が60%、撹拌15分後が50%であった
のに対し、次亜塩素酸ナトリウム(濃度0.1mg/L)と過酸化水素(濃
度1.05mg/L)とをこの順で添加した比較例1では、撹拌5分後、
25 15分後とも次亜塩素酸ナトリウムの残留率が17%未満であったこと
が記載され、撹拌5分後の二酸化塩素の残留率は次亜塩素酸ナトリウム
の残留率の3倍以上であり、二酸化塩素と過酸化水素とを添加した場合
には、次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素とを添加した場合よりも共存
状態が長く持続できることを示しているといえる。なお、実施例1にお
ける過酸化水素の濃度は、本件数値範囲の上限値である。
5 また、二酸化塩素の濃度を0.5mg/L、過酸化水素の濃度0.15
mg/Lとした実施例3では、二酸化塩素の残留率が攪拌5分後が7
5%、撹拌15分後が49%となっている。なお、実施例3における二酸
化塩素の濃度は、本件数値範囲の上限値である。
訂正明細書の【0038】ないし【0042】及び【表2】には、二酸
10 化塩素と過酸化水素との併用によるムラサキイガイ受精卵の発生阻害効
果を確認した試験例2(実施例1ないし実施例15)が示されている。
【表2】には、実施例1では、二酸化塩素濃度0.01mg/L、過酸
化水素濃度0.15mg/Lという、二酸化塩素濃度は本件数値範囲の
下限値、過酸化水素濃度は下限値に近い添加量において、9.9%という
15 卵発生阻害率を示している。これに対し、比較例1(過酸化水素濃度0.
15mg/L)、比較例5(二酸化塩素濃度0.02mg/L)では、卵
発生阻害率はいずれも0%である。
訂正明細書の【0043】ないし【0047】及び【表3】には、二酸
化塩素と過酸化水素との併用による海生生物の付着防止効果を確認した
20 試験例3(実施例1及び2)が示されている。
【表3】には、実施例1では、二酸化塩素濃度0.015mg/L、過
酸化水素濃度0.175mg/Lという、二酸化塩素濃度は本件数値範
囲のほぼ下限値、過酸化水素濃度は下限値に近い添加量において、ヘド
ロ量は2.7g、付着生物量は6.2gである。これに対し、比較例1で
25 は、過酸化水素0.175mg/Lを単独添加した場合、ヘドロ量は8.
1g、付着生物量は12.4gであり、比較例2では、二酸化塩素0.0
15mg/Lを単独添加した場合、ヘドロ量は5.0g、付着生物量は8.
3gであることが示されている。
訂正明細書の【0048】ないし【0052】及び【表4】には、二酸
化塩素と過酸化水素との併用による実施例と、次亜塩素酸ナトリウムと
5 過酸化水素との併用による比較例について、スライムを主体とする汚れ
防止効果を確認した試験例4が示されている。
【表4】には、実施例1では、過酸化水素濃度0.175mg/L、二
酸化塩素0.05mg/Lという添加量で、湿体積が1.0mLであるの
に対し、過酸化水素濃度0.175mg/L、次亜塩素酸ナトリウム濃度
10 0.05mg/Lという添加量の比較例4では、湿体積は3.0mLであ
ることが示されている。
訂正明細書の【0053】ないし【0057】及び【表5】には、二酸
化塩素と過酸化水素との併用による実施例と、次亜塩素酸ナトリウムと
過酸化水素との併用による比較例について、海生生物の付着防止効果を
15 確認した試験例5が示されている。
【表5】には、実施例1では、過酸化水素濃度0.175mg/L、二
酸化塩素濃度0.05mg/Lという添加量で、付着物量が7.68gで
あるのに対し、過酸化水素濃度0.175mg/L、次亜塩素酸ナトリウ
ム濃度0.05mg/Lという添加量の比較例1では、付着物量が26.
20 74gであることが示されている。
以上によると、訂正明細書には、本件数値範囲の全体にわたり、海生生
物付着防止効果を有すること、その効果は、同程度の濃度の次亜塩素酸
ナトリウムと過酸化水素とを併用添加した場合の効果と比較して、優れ
ていることが具体的に開示されているといえ、この効果を当業者が予測
25 し得るものともいえない。
したがって、本件特許発明1が進歩性を有することは、この点からも
明らかといえる。
イ 原告の主張について
原告は、前記第3の1⑴イ のとおり、【表1】中の実施例2において
は、攪拌15分後に21%という低い二酸化塩素の残留率しか得られて
5 いないにもかかわらず、これについて検討せずにした本件審決には誤り
があり、また、同残留率は、実施例5(参考例)と同じ数値で、一次判決
でも「低い二酸化塩素の残留率」と判示されたところと同じである旨主
張する。
しかし、撹拌15分後についての検討をしない限り、本件特許発明の効
10 果を判断できないとする根拠はない。
また、【表1】の実施例2の二酸化塩素0.25mg/L及び過酸化水
素1.05mg/Lの組合せでは、撹拌5分後の二酸化塩素の残留率が
52%、撹拌15分後の同残留率が21%であるのに対し、比較例2の
次亜塩素酸ナトリウム0.25mg/L及び過酸化水素1.05mg/
15 Lの組合せでは、撹拌5分後及び撹拌15分後の次亜塩素酸ナトリウム
の残留率が共に17%未満であり、撹拌15分後においても、実施例2
の方が残留率が高いことが認められる。また、実施例2は、実施例5(参
考例。二酸化塩素0.50mg/L及び過酸化水素2.00mg/Lの組
合せ)の撹拌5分後の二酸化塩素の残留率40%及び撹拌15分後の同
20 残留率21%に比べても、撹拌5分後での残留率は高く、撹拌15分後
でも劣ることはない。
一次判決は、「そして、反応速度が高い高濃度の条件では、比較例1で
示された次亜塩素酸ナトリウムの撹拌後5分後及び15分後の残留率
「<17%」に近接する18%(実施例6)や21%(実施例5)という
25 低い二酸化塩素の残留率しか得られないことが理解できる。」と説示す
るところ、一次判決の時点における請求項1に係る発明は、濃度条件が
特定されておらず、実施例5及び6より更に高濃度であるものも包含さ
れていたところ、このような高濃度の条件にした場合には、比較例1程
度の残留率となることが予測されることから、実施例1及び比較例1、
実施例2及び比較例2の対比の結果が、本件特許発明1の特許請求の範
5 囲全体の効果を示したものと認めることはできない旨判示したものであ
り、撹拌15分後の二酸化塩素の残留率21%(実施例5)が、直ちに、
所望の海生生物の付着防止効果を有しないとの判断をしたものではない。
上記実施例5や実施例6(実施例5と添加順序を入れ替えたもの)は、本
件数値範囲より高濃度のものであり、実施例2のように低濃度で、撹拌
10 15分後に二酸化塩素の残留率21%が得られることは、経済的にも意
味があるものである。
原告は、前記第3の1⑴イのとおり、本件審決では、試験例1の「残留
率」だけを検討し、「残留濃度」について検討されておらず、また、訂正
明細書の【表1】に二酸化塩素濃度及び過酸化水素濃度の下限値におけ
15 る実施例の記載がないことについての検討が不十分のまま、本件数値範
囲において、有利な効果があるとした判断には誤りがある旨主張する。
しかし、残留濃度自体は、添加量を増減させることにより加減するこ
とが可能である上、実施例1及び2を比較すると、二酸化塩素の濃度が
低い方が、撹拌5分後及び撹拌15分後の二酸化塩素の残留率は高いか
20 ら、当業者であれば、二酸化塩素濃度が実施例1の濃度0.10mg/L
より相当低くても、撹拌5分後及び撹拌15分後において、一定程度の
残留率を有し、持続効果を奏すると推認できるものといえる。なお、原告
は、前記第3の1⑴イ bにおいて、訂正明細書からは、二酸化塩素及び
過酸化水素の初期濃度が下限値であった場合において、撹拌5分後及び
25 15分後の残留濃度が下限値に維持されるか不明である旨主張するが、
本件特許発明1で特定されているのは各薬剤の添加濃度であり、訂正明
細書の【0025】によれば、経時的な濃度低下を前提に添加濃度や添加
時間を適宜設定することが想定されており、原告の主張は前提を誤るも
のである。
また、海生生物の付着防止効果を奏するために残留濃度が必要である
5 としても、前記アのとおり、試験例1ないし5を総合すれば、訂正明細書
には、本件数値範囲の全体にわたり、同程度の濃度の次亜塩素酸ナトリ
ウムと過酸化水素とを併用添加した場合と比較して、優れた海生生物付
着防止効果があることが具体的に開示されているといえる。
⑸ 小括
10 以上のとおりであって、本件補正を前提としても、本件審決の甲1発明に
基づく本件特許発明1の進歩性の判断に誤りがないから、その他の点につい
て判断するまでもなく、取消事由1-1は理由がない。
3 取消事由2-1(甲5発明に基づく本件特許発明1の進歩性の判断の誤り)
について
15 ⑴ 甲5発明について
前記2⑵のとおりである。
⑵ 相違点1’の判断について
甲5発明は、前記2⑶イのとおり、甲1発明における有効塩素発生剤の添
加によりトリハロメタン類が生成されるという課題があることを前提として、
20 あらかじめ過酸化水素剤を特定の濃度で分散させた後、塩素剤を特定の濃度
で添加するという解決手段を採用しているのであり、塩素剤の特定要素とし
て「トリハロメタン類の生成を防止しうる濃度又はそれ以下の濃度」がある
こととされていることからも理解できるとおり、塩素剤の使用を前提として
同課題を解決しているものであるから、当業者が塩素剤をあえて二酸化塩素
25 に置換すべき動機付けは認められない。
⑶ 小括
したがって、その他の点について判断するまでもなく、本件審決の甲5発
明に基づく本件特許発明1の進歩性の判断に誤りはないから、取消事由2-
1は理由がない。
4 取消事由1-2、2-2(前記第2の4⑴及び⑵を前提にした本件特許発明
5 2ないし4の進歩性の判断の誤り)について
本件特許発明2ないし4は、本件特許発明1の構成を含んで更に限定したも
のに相当するため、前記2及び3と同様の理由により、甲1発明又は甲5発明
に基づき当業者が容易に本件特許発明2ないし4を発明できたとはいえない。
したがって、これと同旨の本件審決の判断に誤りはないから、原告主張の取
10 消事由1-2、2-2はいずれも理由がない。
5 結論
以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件審決を取り
消すべき違法が認められないことは明らかであるから、原告の請求を棄却する
こととし、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
20 菅 野 雅 之
裁判官
本 吉 弘 行
裁判官
中 村 恭
(別紙1)
【技術分野】
【0001】
本発明は、海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着防止剤に関する。さ
5 らに詳しくは、本発明は、低濃度の薬剤添加でその効果を長期間持続し、しかも広範
な海生生物種の付着を防止し得る海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着
防止剤に関する。
【背景技術】
【0002】
10 海水は、工業用の冷却水として、特に火力発電所や原子力発電所の復水器の冷却
水として多量に使用されている。そのため、海水取水路壁や配管内および熱交換器
内には、ムラサキイガイなどのイガイ類やフジツボ類やコケムシ類などの海生生物
種が多量に付着して、様々な障害を惹き起こす。これらの中でも足糸で着生するム
ラサキイガイなどの二枚貝類は、成長が速く、成貝になると熱交換器チューブの一
15 部を閉塞させて海水の通水を阻害し、また乱流を生じさせ、エロージョン腐食など
の障害を惹き起こす。
【0003】
これら海生生物種の密集着生(付着)を防止するために、従来から次亜塩素酸ナト
リウム、電解塩素もしくは塩素ガスなどの塩素発生剤(「塩素剤」ともいう)、過酸
20 化水素もしくは過酸化水素発生剤(「過酸化水素剤」ともいう)の添加が行われてい
る。
塩素剤は、海生生物の付着防止効果に優れるものの、トリハロメタンのような有
害な有機塩素化合物を形成して環境への影響(負荷)が大きいという問題がある。
【0004】
25 一方、二酸化塩素は、殺菌力が強く、有害な有機塩素化合物を形成しないため、環
境への影響が小さいという利点がある。
例えば、特開平1-275504号公報(特許文献1)には、二酸化塩素または二
酸化塩素発生剤を有効成分とする水中付着生物防除剤に関する技術が、特開平6-
153759号公報(特許文献2)には、淡水または海水を使用する施設に設置され
た淡水または海水を通す水路に、二酸化塩素水溶液を連続的もしくは比較的高濃度
5 の二酸化塩素水溶液を間欠的に注入することからなる、水路に付着する生物の付着
防止または防除方法に関する技術が開示されている。
しかしながら、二酸化塩素は化学物質として極めて不安定であり、海生生物の付
着防止効果の持続性に問題がある。
【0005】
10 また、過酸化水素は、最終的に酸素と水に分解するため、環境への影響が最も少な
いのでそれを用いた薬剤は近年、多用されている。しかし、過酸化水素を用いた薬剤
は、安全性が高い半面、その添加量が少なくなると、付着生物に対する選択性が現
れ、広範な海生生物種の付着を防止もしくは抑制することが困難になる。さらに過
酸化水素の分解酵素を多く保有し、過酸化水素に対する抵抗性が強い生物が付着す
15 る場合には、多量の過酸化水素を添加しないと処理できないという課題がある。
【0006】
本出願人は、海生生物種に対する選択性、つまり付着防止もしくは抑制の対象と
する海生生物種が異なる過酸化水素剤と塩素剤との特徴を活かし、時間的間隔を空
けて交互かつ別時に同一箇所に両者を添加する方法 「間欠添加方法」
( ともいう)や、
20 過酸化水素と塩素剤とを併用する海生生物の付着抑制方法 「併用添加方法」
( ともい
う)を提案した(特許文献3)。しかし、併用添加方法では、過酸化水素剤と塩素剤
との酸化還元反応により、両薬剤が消費され安定に共存させることができず、両薬
剤の特徴が十分に活かされていなかった。
【0007】
25 そこで、本出願人は、工業用海水冷却水系に予め過酸化水素剤を加え、特定の過酸
化水素濃度となるように分散された海水冷却水に、特定濃度で塩素剤を添加する処
理方法(特許文献4)や、間欠添加方法の改良発明(特許文献5)、さらに、海水冷
却水系の海水に濃度0.1~0.5mg/Lのアンモニウムイオンと、アンモニウム
イオン1モルに対して有効塩素または臭素に換算して0.7~1.2モルの塩素剤
または臭素剤との共存下に、海生生物の付着防止有効量の過酸化水素あるいは過酸
5 化水素供給化合物を添加する方法(特許文献6)や結合ハロゲンと過酸化水素との
併用による処理方法(特許文献7)を提案した。
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、広範な海生生物種の付着防止への対応と環境への影響とを考慮した場合、
10 二酸化塩素と過酸化水素との組み合わせが提案されるはずであるが、この組み合わ
せからなる海生生物の付着防止に関する技術はこれまでに報告されていない。
本発明の発明者らの調査によれば、上記の特許文献1が二酸化塩素を水中付着生
物防除剤に応用する初出の技術であるが、以降、二酸化塩素の発生装置や二酸化塩
素と物理的手段との組み合わせによる海生生物の付着防止技術はあっても、二酸化
15 塩素と過酸化水素とを併用する技術は提案されていない。唯一、特開2003-1
55720号公報には、水生生物付着防止装置に用いる薬剤として二酸化塩素と過
酸化水素とが併記されているが、一行記載に過ぎず、両化合物の併用については一
切記載されていない。
一方、上記のように過酸化水素は水中付着生物防除剤として多用されているが、
20 二酸化塩素との併用に関する技術は提案されていない。
【0010】
これは、二酸化塩素の化合物としての不安定性に加えて、二酸化塩素と過酸化水
素との併用は、塩素剤と過酸化水素との併用と同様に酸化還元反応により両薬剤が
消費され、水系において安定に共存できないという技術常識が存在していたためと
25 考えられる。・・・
したがって、二酸化塩素と過酸化水素との併用に関する技術が提案されていない
のは、上記理由によりこれらの技術を結合させることが試みられることがなかった
ためであると考えられる。
【0011】
本発明は、低濃度の薬剤添加でその効果を長期間持続し、しかも広範な海生生物
5 種やスライムの付着を防止し得る海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着
防止剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の発明者らは、海水中で過酸化水素剤と共存して、過酸化水素剤と共に海
10 生生物の付着防止効果を発揮し得る、従来技術の塩素剤に代わる薬剤について鋭意
研究を重ねた。その結果、これまで共存が不可能と考えられてきた二酸化塩素が海
水中で過酸化水素剤と準安定的に共存できることを意外にも見出し(後述する試験
例1参照) さらにそれらの併用により、
、 ムラサキイガイなどのイガイ類を含む広範
な海生生物種の付着を長期間持続して有効に防止し得ること、さらには従来技術の
15 過酸化水素剤と塩素剤との併用添加法と比較して、薬剤、特に過酸化水素剤の添加
量を低減させても海生生物やスライム等の有効な付着防止効果が得られることを見
い出し(後述する試験例2~5参照)本発明を完成するに到った。
【0013】
かくして、本発明によれば、海水冷却水系の海水中に、二酸化塩素と過酸化水素と
20 をこの順もしくは逆順でまたは同時に添加して、前記二酸化塩素と過酸化水素とを
海水中に共存させることにより海水冷却水系への海生生物の付着を防止することを
特徴とする海生生物の付着防止方法が提供される。
【発明の効果】
【0015】
25 本発明によれば、低濃度の薬剤添加でその効果を長期間持続し、しかも広範な海
生生物種やスライムの付着を防止し得る海生生物の付着防止方法を提供することが
できる。
すなわち、本発明の海生生物の付着防止方法では、二酸化塩素と過酸化水素とが
海水中に一定時間共存するために、両者の海生生物の付着防止効果が一定時間持続
して発揮されるものと考えられる。
5 本発明の海生生物の付着防止方法は、広範な海生生物種、例えば、ムラサキイガイ
などのイガイ類やフジツボ類、コケムシ類などの海生生物やスライムの付着防止に
有効である。
【0016】
また、本発明の海生生物の付着防止方法は、次のいずれか1つの要件:
10 (1)二酸化塩素および過酸化水素が、海水に対してそれぞれ0.01~0.5m
g/Lおよび0.1~1.05mg/Lの濃度で海水中に共存する、および
(2)二酸化塩素と過酸化水素とが1日14~24時間添加される
を満足する場合に、上記の効果をさらに発揮する。
【発明を実施するための形態】
15 【0017】
本発明の海生生物の付着防止方法は、海水冷却水系の海水中に、二酸化塩素と過
酸化水素とをこの順もしくは逆順でまたは同時に添加して、前記二酸化塩素と過酸
化水素とを海水中に共存させることにより海水冷却水系への海生生物の付着を防止
することを特徴とする。
20 【0020】
二酸化塩素の濃度は、併用する過酸化水素の濃度、添加する海水の状態などによ
り適宜設定すればよいが、通常、海水に対して0.01~0.5mg/Lであるのが
好ましい。
二酸化塩素の濃度が0.01mg/L未満では、二酸化塩素による海生生物の付
25 着防止効果が十分に得られないことがある。一方、二酸化塩素の濃度が0.5mg/
Lを超えると、二酸化塩素の添加量が増大し、それ以上の効果が期待できず、経済的
な面から好ましくない。
より好ましい二酸化塩素の濃度は、0.01~0.2mg/L、さらに好ましくは
0.01~0.1mg/Lである。
【0023】
5 過酸化水素の濃度は、併用する二酸化塩素の濃度、添加する海水の状態などによ
り適宜設定すればよいが、通常、海水に対して0.1~1.05mg/Lであるのが
好ましい。
過酸化水素の濃度が0.1mg/L未満では、過酸化水素による海生生物の付着
防止効果が十分に得られないことがある。一方、過酸化水素の濃度が2.0mg/L
10 を超えると、過酸化水素の添加量が増大し、それ以上の効果が期待できず、経済的な
面から好ましくない。
より好ましい過酸化水素の濃度は、0.15~1.05mg/Lである。
上記の過酸化水素濃度は、従来の海生生物(特にムラサキイガイ等の2枚貝類)の
付着防止方法における濃度の1/3から1/5と低濃度である。
15 【0025】
(二酸化塩素と過酸化水素との海水中での共存)
以上のことから、二酸化塩素および過酸化水素が、前記海水に対してそれぞれ0.
01~0.5mg/Lおよび0.1~1.05mg/Lの濃度で海水中に共存するの
が好ましい。
20 海水中における二酸化塩素および過酸化水素の濃度は、海水中での各化合物の経
時的な濃度低下があることから、厳密には各化合物の添加濃度と等価ではない。
したがって、本発明の実施に当たっては、海水やそこに生息する海生生物の状況
などに応じて、海水中での二酸化塩素および過酸化水素の濃度が上記の範囲になる
ように、それらの濃度低下を見越して、添加濃度および添加時間などを適宜設定す
25 ればよい。
【0029】
(添加方法)
各薬剤の添加方法としては、注入ポンプや散気管、噴霧器などを用いた方法が挙
げられる。本発明において微量の薬剤を海水冷却水系中に、迅速にかつ実質的に均
一に拡散させるためには、従来の物理的手段を用いることができる。具体的には、該
5 水系中への拡散器、攪拌装置や邪魔板などの設置が挙げられる。また、これらに該当
する設備は海水冷却水系に付設されているので、これを転用してもよい。
【0030】
(海生生物の付着防止剤)
本発明の海生生物の付着防止剤は、上記の方法に使用される海生生物の付着防止
10 剤であって、
前記付着防止剤が、
過酸化水素発生源としての
(a)過酸化水素水溶液、または
(b)過酸化水素供給化合物の水溶液と、
15 二酸化塩素発生源としての
(1)次亜塩素酸ナトリウムと塩酸と亜塩素酸ナトリウムとの組み合わせ
(2)亜塩素酸ナトリウムと塩酸との組み合わせ、または
(3)塩素酸ナトリウム、過酸化水素および硫酸との組み合わせ
とを含むことを特徴とする。
20 【実施例】
【0032】
[試験例1]
海水中での二酸化塩素と過酸化水素との共存状態を確認した。
試験には和歌山県某所で採水した自然海水をカートリッジフィルター(目合い5
25 μm)を用いて濾過した濾過海水を使用した。
濾過海水200mLに、下記のように調製した添加薬剤(二酸化塩素、過酸化水素
および次亜塩素酸ナトリウム)を表1に示す濃度になるように、かつ上段および下
段の薬剤の順でそれぞれ添加し、水温20℃で15分間撹拌した。
実施例1~6では二酸化塩素と過酸化水素とを併用し、比較例1および2では次
亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素とを併用した。
5 そして、薬剤添加直後、薬剤添加から5分後および15分後の各添加薬剤の残留
濃度を下記のように測定した。
また、薬剤の添加濃度を100%として、各添加薬剤の残留濃度からそれぞれの
残留率を算出した。
得られた結果を、各添加薬剤およびそれらの濃度と共に表1に示す。
10 【0033】
(添加薬剤)
二酸化塩素は、亜塩素酸ナトリウムおよび塩酸をそれぞれ適宜純水で希釈して混
合し、発生した二酸化塩素を適宜純水で希釈することで濾過海水に添加する薬剤濃
度に調整した。・・・
15 過酸化水素は、35%過酸化水素溶液を適宜純水で希釈することで濾過海水に添
加する薬剤濃度に調整した。
次亜塩素酸ナトリウムは、有効塩素濃度12%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を
適宜純水で希釈することで濾過海水に添加する薬剤濃度に調整した。
【0034】
20 (残留濃度の測定)
二酸化塩素濃度(mg/L)は、ポータブル吸光光度計(ハック社製、型式:DR
2700)を用いて、グリシンDPD試薬発色による吸光光度法により測定した。
過酸化水素濃度(mg/L)は、多項目水質計(株式会社共立理化学研究所製、型
式:ラムダ-9000)を用いて、酵素法により測定した。
25 次亜塩素酸ナトリウムの塩素濃度(mg/L)は、DPD法残留塩素計(笠原理化
工業株式会社製、型式:DP-3F)を用いて、DPD試薬発色による吸光光度法に
より全残留塩素濃度として測定した。
【0035】
【表1】
5 【0036】
表1の結果から、濾過海水に次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素とを添加した場
合(比較例1および2)には、経時的に残留塩素濃度が低下し両者が共存できないこ
とがわかる。一方、濾過海水に二酸化塩素と過酸化水素とを添加した場合(実施例1
~6)には、二酸化塩素の残留時間が次亜塩素酸ナトリウムとの併用の場合に比べ
10 て長くなり、二酸化塩素と過酸化水素とが一定時間共存できることがわかる。また、
二酸化塩素と過酸化水素との添加順序を入れ替えても(実施例3と4、実施例5と
6)両者が一定時間共存できることがわかる。
【0037】
さらに、実施例3と実施例5の撹拌15分後の二酸化塩素の残留率の比較から、
15 過酸化水素濃度は低濃度にするほうが海水中の二酸化塩素がより長時間残留するこ
とがわかる。
また、実施例1と実施例2の撹拌15分後の二酸化塩素の残留率の比較から、二
酸化塩素濃度は低濃度にするほうが海水中の二酸化塩素がより長時間残留すること
がわかる。
具体的には、実施例1で攪拌15分後での二酸化塩素の残留率が50%以上であ
ることから、二酸化塩素濃度は0.1mg/L以下、過酸化水素濃度は1.05mg
5 /L以下であることが好ましい。
【0038】
[試験例2]
二酸化塩素と過酸化水素との併用によるムラサキイガイ受精卵の発生阻害効果を
確認した。
10 大阪湾の某所において2月初旬に採取したムラサキイガイに電気刺激を与えて卵
と精子を放出させ、それらを混合することで受精卵を得た。得られた受精卵を直ち
に濾過海水20mLに約100個/mLになるように分散させた。濾過海水として
は、予めムラサキイガイと共に採取した海水を孔径0.45μmのメンブレンフィ
ルターで濾過した海水を用いた。
15 受精(卵と精子の混合)から1時間経過後に、下記のように調製した添加薬剤(二
酸化塩素および過酸化水素)を表2に示す濃度になるように添加した。その後、設定
温度20℃の恒温器内に3日間静置し、下記のように卵発生の状態を観察した。
実施例1~15では二酸化塩素と過酸化水素とを併用し、比較例1~4では過酸
化水素を単独で、比較例5~9では二酸化塩素を単独で用いた。
20 なお、ブランクとして薬剤無添加についても試験した。
得られた結果を、各添加薬剤およびそれらの濃度と共に表2に示す。
【0039】
(添加薬剤)
二酸化塩素は、塩素酸ナトリウム、過酸化水素および硫酸をそれぞれ適宜純水で
25 希釈して混合し、発生した二酸化塩素(濃度2000mg/L)を適宜純水で希釈す
ることで濾過海水に添加する薬剤濃度に調整した。・・・
過酸化水素は、45%過酸化水素溶液を適宜純水で希釈することで濾過海水に添
加する薬剤濃度に調整した。
【0040】
(卵発生の状態観察)
5 試験後、濾過海水に25%グルタルアルデヒドを100μL添加し、受精卵を固
定した後、マイクロピペットを用いて濾過海水を0.3mL採取し、プランクトン計
数板に載置した。次いで、光学顕微鏡(40倍)で観察し、発生卵のうち、D型幼生
まで発生しているものを正常発生(個数N)、それ以外のものを異常発生(個数E)
として計数した。計数は各試験で2回行い、その平均を取った。
10 得られた計数結果から次式により正常発生率NP(%)を算出した。
正常発生率NP(%)=N/(N+E)×100
同様にして、ブランク(薬剤無添加)の正常発生率BNP(%)を算出し、次式に
より卵発生阻害率EP(%)を算出した。
卵発生阻害率EP(%)=[(BNP-NP)/BNP]×100
15 【0041】

【表2】
【0042】
表2の結果から、二酸化塩素または過酸化水素の単剤では殆どムラサキイガイ受
5 精卵の発生阻害効果が発揮されない濃度でも、二酸化塩素と過酸化水素とを併用し
た場合にはムラサキイガイ受精卵の発生阻害率が上昇することがわかる。一方、二
酸化塩素または過酸化水素の単剤でムラサキイガイ受精卵の発生阻害効果が少しで
も発揮される濃度では、二酸化塩素と過酸化水素とを併用した場合にはムラサキイ
ガイ受精卵の発生阻害率が上昇するか、変化がなく、少なくとも減少することはな
10 いことがわかる。
以上のことから、二酸化塩素と過酸化水素とが共存する場合には、両者が共存し
て両者の効果、相乗効果に相当する効果が発揮されるものと考えられる。
【0043】
[試験例3]
二酸化塩素と過酸化水素との併用による海生生物の付着防止効果を確認した。
5 瀬戸内海に面した某所に水路試験装置を設け、試験を行った。
水中ポンプを用いて揚水した海水を6系統に分岐させた水路に、各水路に流量1.
0m3/hで57日間、一過式に通水し、各水路に下記のように調製した添加薬剤(二
酸化塩素および過酸化水素)を表3に示す濃度になるように同時に連続添加した。
また、各水路内には、付着防止効果確認用にアクリル製カラム(内径64mm×長
10 さ300mm×厚さ2mm、表面積602.88cm2)を挿入し、通水終了後にカ
ラムに付着したヘドロ量および付着生物量を測定し、付着防止効果を評価した。
実施例1および2では二酸化塩素と過酸化水素とを併用し、比較例1では過酸化
水素を単独で、比較例2および3では二酸化塩素を単独で用いた。
なお、ブランクとして薬剤無添加についても試験した。
15 得られた結果を、各添加薬剤およびそれらの濃度と共に表3に示す。
【0044】
(添加薬剤)
二酸化塩素は、表3に示す二酸化塩素濃度が得られるように、亜塩素酸ナトリウ
ムおよび塩酸をそれぞれ適宜純水で希釈した水溶液を、薬剤添加ポイント前のチュ
20 ーブ内で混合し、1時間の滞留時間を持たせることで発生した二酸化塩素水溶液を
付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前から添加した。
過酸化水素は、35%過酸化水素溶液を適宜純水で希釈することで海水に添加す
る薬剤濃度に調整し、付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前から定量ポンプ
を用いて添加した。
25 【0045】
(付着防止効果の確認)
試験後、水路から取り外したカラムの質量W1(g)を測定し、次いでカラムを海
水中で軽く洗い流した後、カラムの質量W2(g)を測定した。予め試験前に測定し
ておいた乾燥時のカラムの質量W0 と共に、次式によりヘドロ量(g)および付着生
物量(g)を算出した。
5 ヘドロ量(g)=W2-W1
付着生物量(g)=W2-W0
付着生物は、主としてムラサキイガイなどのイガイ類やフジツボ類、コケムシ類
などの海生付着生物に由来し、ヘドロは、主として付着生物やスライムの排泄物や
死骸、細胞外分泌物などに海水中に含まれる粘度粒子や浮遊物が付着した、有機質
10 を多く含む泥に由来する。
【0046】
【表3】
【0047】
15 表3の結果から、二酸化塩素と過酸化水素とを併用した場合には、二酸化塩素ま
たは過酸化水素を単剤で用いた場合よりもヘドロ量および付着生物量が共に減少す
ることがわかる。このような効果は、試験例1の結果からわかるように、二酸化塩素
と過酸化水素とが海水中に一定時間共存し、両者の効果が発揮されて得られるもの
と考えられる。
また発明者らの経験では、ヘドロ量が多くなる試験条件では過酸化水素の効果が
発揮されにくい傾向がある。よって本試験例は過酸化水素の効果が出にくい条件で
あったと考えられるが二酸化塩素と併用することで効果を補うことが出来ている。
一方、二酸化塩素の効果が出にくい傾向があるフジツボ類等の付着が多い条件では、
5 過酸化水素がその点を補うことが推察される。これらの効果により海水冷却系で障
害の発生を抑制することができる。
【0048】
[試験例4]
二酸化塩素と過酸化水素との併用による実施例および次亜塩素酸ナトリウムと過
10 酸化水素との併用による比較例ついて、スライムを主体とする汚れ防止効果を確認
した。
太平洋に面した和歌山県沿岸の某所に水路試験装置を設け、試験を行った。
水中ポンプを用いて揚水した海水(pH8)を12系統に分岐させた水路に、ポン
プを用いて未濾過海水を流量1m3/h(流速65cm/秒)で63日間、一過式に
15 通水し、各水路に下記のように調製した添加薬剤(二酸化塩素と過酸化水素、または
次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素)を表4に示す濃度になるように同時に連続添
加した。
また、各水路内には、スライム汚れ防止効果確認用にチタン管からなるテストチ
ューブ(内径23.4mm、長さ1000mm、肉厚1.0mm)を設置し、通水終
20 了後にテストチューブの内面に形成されたスライムを主体とする汚れ量を測定し、
汚れ防止効果を評価した。
なお、ブランクとして薬剤無添加についても試験した。
得られた結果を、各添加薬剤およびそれらの濃度と共に表4に示す。
【0049】
25 (添加薬剤)
二酸化塩素は、表4に示す二酸化塩素濃度が得られるように、亜塩素酸ナトリウ
ムおよび塩酸をそれぞれ適宜純水で希釈した水溶液を、薬剤添加ポイント前のチュ
ーブ内で混合し、1時間の滞留時間を持たせることで発生した二酸化塩素水溶液を
チタン管からなるテストチューブの手前から添加した。
過酸化水素は、35%過酸化水素溶液を適宜純水で希釈することで海水に添加す
5 る薬剤濃度に調整し、同様にチタン管からなるテストチューブ手前から定量ポンプ
を用いて添加した。
次亜塩素酸ナトリウムは、有効塩素として12%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液
を適宜純水で希釈することで海水に添加する薬剤濃度に調整し、同様にチタン管か
らなるテストチューブ手前から定量ポンプを用いて添加した。
10 【0050】
(汚れ防止効果の確認)
試験後、水路から取り外したテストチューブの内面に形成されたスライムを主体
とする汚れを掻き取り、10~100mLのメスシリンダーに回収し、4時間静置
後の湿体積を計量した。
15 【0051】
【表4】
【0052】
表4の結果から、二酸化塩素と過酸化水素とを併用添加した場合、それぞれ単独
で添加した場合と比較して、薬剤、特に過酸化水素の添加量を低減しても長期間に
わたりスライムを主体とする汚れの付着を防止できることがわかる(実施例1~4、
比較例1~3)。
5 また、二酸化塩素と過酸化水素とを併用添加した場合の効果は、同じ濃度の次亜
塩素酸ナトリウムと過酸化水素とを併用添加した場合の効果と比較して、顕著に優
れていることがわかる(実施例1および3、比較例4および5)。
【0053】
[試験例5]
10 二酸化塩素と過酸化水素との併用による実施例および次亜塩素酸ナトリウムと過
酸化水素との併用による比較例ついて、海生生物の付着防止効果を確認した。
太平洋に面した和歌山県沿岸の某所に水路試験装置を設け、試験を行った。
水中ポンプを用いて揚水した海水を7系統に分岐させた水路に、各水路に流量1.
0m3/hで69日間、一過式に通水し、各水路に下記のように調製した添加薬剤(過
15 酸化水素と二酸化塩素または次亜塩素酸ナトリウム)を表5に示す濃度になるよう
に同時に連続添加した。
また、各水路内には、付着防止効果確認用にアクリル製カラム(内径64mm×長
さ300mm×厚さ2mm、表面積602.88cm2)を挿入し、通水終了後にカ
ラムに付着した付着生物量を測定し、付着防止効果を評価した。
20 なお、ブランクとして薬剤無添加についても試験した。
得られた結果を、各添加薬剤およびそれらの濃度と共に表5に示す。
【0054】
(添加薬剤)
二酸化塩素、過酸化水素および次亜塩素酸ナトリウムは、それぞれ表5に示す濃
25 度が得られるように調整し、付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前から添加
すること以外は、試験例4と同様にして添加した。
【0055】
(付着防止効果の確認)
試験後、水路から取り外したカラムを海水中で軽く洗い流した後、カラムの質量
W(g)
2 を測定した。予め試験前に測定しておいた乾燥時のカラムの質量W0 と共に、
5 次式により付着生物量(g)を算出した。
付着生物量(g)=W2-W0
薬剤無添加の場合、主として、ムラサキイガイ、フジツボ類、カンザシゴカイ類、
オベリア類およびコケムシ類などの海生付着生物が付着した。
【0056】
10 【表5】
【0057】
表5の結果から、二酸化塩素と過酸化水素とを併用添加した場合には、ムラサキ
イガイなどのイガイ類を含む広範な海生生物種の付着を長期間持続して有効に防止
15 できること、従来技術の次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素とを併用添加した場合
と比較して顕著な効果が発揮されていることがわかる(実施例1~4、比較例1お
よび2)。
(別紙2)
第1 特許請求の範囲
1 過酸化水素または過酸化水素発生剤を使用することを特徴とする海水動物の
付着抑制方法。
5 2 過酸化水素または過酸化水素発生剤および塩素または有効塩素発生剤を使用
することを特徴とする海水動物の付着抑制方法。
第2 発明の詳細な説明
1 本発明は海水を使用している流路、プラントにおける海水動物の付着を抑制
する方法に関する。
10 近年海水の工業的な利用は著るしく増加しており、例えば火力発電所、製鉄
所、石油化学工場などで一過式に多量に用いられている。また、船舶ではボイラ
ーの復水器の冷却に利用されている。ところが、このような海水の利用に際し
て、海水に生息する種々の貝類(特にムラサキイガイ、フジツボ等)やコケムシ、
ヒドロムシ等による障害は無視できないものがある。例えば、これらの海水動
15 物が水路に付着し成長すると水路を狭めてしまい、またそれらが脱落して復水
器や熱交換器に流入すると冷却効率を低下させ、さらにコンデンサチユーブに
詰ると海水の乱流を起し機械的に金属の腐食を増進させる。(1頁左欄11行
ないし右欄3行)
2 このような障害を防止するために、従来有効塩素発生剤、有機スズ化合物、有
20 機イオウ化合物、第4級アンモニウム塩等が用いられて来た。しかしこれらの
薬剤は残留毒性、蓄積毒性があり、広く海水動物の生態環境を破壊するものと
指摘されている。例えば有効塩素発生剤の場合には、塩素、次亜塩素酸塩等を海
水路中における残留塩素濃度が常時0.1~0.2ppmになるように使用し
なければ貝類付着防止効果が充分でなく、そのため海水中に常時有効塩素とし
25 て1~2ppmが連続的に注入されているのが現状である。・・・さらにその上、
塩素の場合には輸送時の危険性、注入時の作業安定性なども問題とされている。
そこでこれらの薬剤に替る安全な新しい薬剤の開発や、これらの薬剤の使用
量を効果的に減少させる方法の開発が強く要望されている。(1頁右欄4行な
いし2頁左欄2行)
3 本発明者等は易分解性で残留毒性や蓄積毒性の問題が起らないより安全な海
5 水動物の付着抑制方法を研究した結果、過酸化水素が極めて有効であることを
見出した。また、過酸化水素と従来使用されて来た上記薬剤を一緒にしくは交
互に組み合わせて連続的または間欠的に使用すれば、相乗効果によつて薬剤を
著るしく減らしても同一の効果が得られることを見出した。(2頁左欄3ない
し10行)
10 本発明に使用される過酸化水素はそれ自体毒性が低いが、分解して水と酸素
ガスになるので残留毒や蓄積毒による環境汚染問題をおこす心配が全くない。
過酸化水素の海水動物に対する作用は、使用量、作用時間を適宜調節すること
によつてその付着を抑制したり或は死滅させたりすることができる。なお、過
酸化水素濃度が0.1~1ppm程度の場合、付着防止効果自体はさほど優れ
15 たものではないが、成長抑制作用によつて実質上満足な付着抑制効果が得られ
る。
過酸化水素の使用量は海水中濃度が0.01~500ppmとなる範囲のも
のであり、その使用方法は海水中に連続的に注入したり或は間欠的に注入した
りすることによつて行なわれる。これらの使用量および使用方法は対象とする
20 生物の種類、生育状態、使用時期並びに経済的効果を検討して決定することが
望ましい。(2頁左欄19ないし35行)
さらに本発明は過酸化水素または過酸化水素発生剤を従来の海水動物付着抑
制剤である塩素または有効塩素発生剤、・・・と組み合わせて使用することによ
つて、これらの公知薬剤の付着抑制効果を相乗的に高め、各単独で使用する場
25 合に較べて低濃度の使用で高い抑制効果を奏するものである。その結果これら
の公知薬剤の使用量を効果的に減少せしめ、公害発生問題を改善することが可
能となつた。特に有効塩素との組み合わせの場合には、次式に示す酸化-還元
反応によつて一重項の酸素(OI)が発生して相乗的に抑制効果が高まるものと
考えられる。
H2O2+ClO-→H2O+C1-+OI
5 上記した塩素または有効塩素発生剤としては、例えば塩素、次亜塩素酸塩、ジ
クロロイソシアヌル酸塩等海水中で有効塩素を発生する化合物が使用しうる。
(2頁左欄43行ないし右欄16行)
過酸化水素または過酸化水素発生剤(第1薬剤と記す)をこれらの抑制剤(第
2薬剤と記す)と組み合わせて使用する時は、第1薬剤の使用量は単独使用の
10 時より低濃度でよく、第2薬剤の使用量は海水中濃度が有効塩素として0.0
1~1ppm・・・となる量である。第1薬剤と第2薬剤とは同時に海水に注入
してもよいが、交互に注入することが好ましい。第1薬剤注入と第2薬剤注入
との間隔は一般に0~24時間、好ましくは0~12時間、最も好ましくは0
~6時間である。(2頁右欄20ないし30行)
15 以上述べたように、本発明はそれ自体低毒性で且つ蓄積毒性、残留毒性の殆
んどない過酸化水素を使用することによつて工業用海水路における海水動物の
付着を効果的に抑制することに成功したものであり、従来のこの種の抑制剤に
よる環境破壊問題を解決しえたのである。また過酸化水素を従来の抑制剤と組
み合わせ使用することによつて従来の抑制剤の使用濃度を実質的に低下せしめ、
20 環境問題の見地からこれらの薬剤を有利に使用することを可能ならしめたもの
である。(2頁右欄31ないし40行)
実施例1
貝類、特にフジツボの繁殖時期である6月~9月を選び海水路沿岸に、ガラ
ス製カラムと薬剤注入ポンプを4基並列した海水動物付着抑制試験装置をセツ
25 トし、カラム内に貝付着測定用スリガラス(70m/m×40m/m)と木片
(100m/m×50m/m)を挿入し、海水を各カラムに一定量流入せしめ
る。これに薬剤を無注入(ブランク)と、所定濃度注入して、一定期間(10日
前後)経過後の貝類(フジツボ主体)付着量を観察した。
薬剤としては、35%過酸化水素水溶液(35%H2O2)単独を用い、連続
的に、または間欠的に注入した。その結果を第1表に示した。表中の付着抑制率
5 は、次式により求めたものである。
(2頁右欄43行ないし3頁右欄7行)
実施例4
過酸化水素と有効塩素との併用の結果を第4A表に示す。有効塩素発生剤とし
10 て次亜塩素酸ソーダ(有効塩素含有率12%品)を用いた。試験装置は実施例1と
同じものを用いた。
(注)無注入(対照)の場合の付着個数はムラサキイガイが13×104個/m3、
フジツボが3×104個/m3であつた。
有効塩素単独では90%の抑制効果をあげるために0.3ppm以上の注入が
必要であるが、過酸化水素と組み合わせ使用することによつて0.1ppmで充
5 分となつた。(6頁左欄4行ないし7頁右欄2行)
(別紙3)
【特許請求の範囲】
【請求項1】 工業用海水冷却水系に予め過酸化水素もしくは過酸化水素発生剤を
0.01~2mg/l(ただし、過酸化水素として)の濃度になるように分散された
5 海水冷却水に、塩素ガスもしくは有効塩素発生剤をトリハロメタン類の生成を防止
しうる濃度又はそれ以下の濃度で添加し、工業用海水冷却水系における海生付着生
物の付着防止又は成長抑制することを特徴とする工業用海水冷却水の処理方法。
【請求項2】 塩素ガスもしくは有効塩素発生剤の添加濃度が、使用される過酸化
水素の1モル当り、0.03~0.8モル(ただし、有効塩素として)に相当する濃
10 度で、かつ、海水冷却水に対して0.01~1.0mg/l(ただし、有効塩素とし
て)である請求項1記載の工業用海水冷却水の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、工業用海水冷却水系統における海水付着生物の付
15 着及び成長を抑制する工業用海水冷却水の処理方法に関する。さらに詳細には、工
業用海水冷却水系において過酸化水素もしくは過酸化水素発生剤と塩素ガスもしく
は有効塩素発生剤とを併用して、トリハロメタン類の副生成物が生成せず、かつ、海
生付着生物の付着及び成長を効率よく抑制する工業用海水冷却水の処理方法に関す
る。
20 【0002】
【従来の技術】火力発電所や原子力発電所では、復水器用の冷却水として海水が多
量に使用されている。この場合、海水取水路壁や配管内及び熱交換器内には、フジツ
ボ類、イガイ類やコケムシ類等の海生付着生物が多量に付着する。中でも足糸で着
生するムラサキイガイ等の二枚貝類は成長が速く、成貝になると送水の通水を阻害
25 したり、熱交換器チューブの一部が閉塞することにより乱流を引き起こし、エロー
ジョン腐食等の障害を引き起こす。
【0003】このため、従来定期的に機械又は人力で剥離除去する方法が行われて
いたが、その量が膨大であり、公害面等の環境上廃棄処理が困難であるばかりか、除
去作業の為操業を停止しなければならないという不利を伴う。よって、これら海生
付着生物の密集着生を防止するため、次亜塩素酸ソーダ、電解塩素等の塩素ガスも
5 しくは有効塩素発生剤(以下、塩素剤という。)や過酸化水素もしくは過酸化水素発
生剤(以下、過酸化水素剤という。)の添加及びトリ-n-ブチル錫やトリ-n-フ
ェニル錫の塩化物、酸化物、水酸化物等の有機錫化合物含有塗料等の塗布が行われ
てきた。
【0004】しかしながら、塩素剤の添加は、トリハロメタン類の生成や場合によっ
10 てはダイオキシンの生成という可能性が危惧され、有機錫化合物含有塗料の使用は
残留毒性、蓄積毒性があり、両者とも生物濃縮されることから、環境汚染防止上好ま
しくない。また、過酸化水素剤は、分解すれば酸素と水になるため環境への影響が最
も少ない化合物として近年、多用されてきたが、毒性が弱い分、付着生物に対する選
択性が現れ、添加量が少なくなると付着生物の付着を抑制することが困難になる。
15 【0005】特に過酸化水素剤の分解酵素を多く有しているムラサキイガイ等の二
枚貝類に対しては、過酸化水素に対する抵抗性が強く、多量の過酸化水素を添加し
ないと処理できない。以上のような事情を一因として本発明の発明者らは、過酸化
水素剤と塩素剤とを併用添加する海水付着生物の付着抑制方法を提案している(特
公昭61-2439号公報参照)。
20 【0006】
【発明が解決しようとする課題】一般に、2種類の薬剤を海水に注入する場合、一液
製剤とすることが作業性の点で好ましい。しかし、上記特許公報に記載の過酸化水
素剤と塩素剤は、高濃度で混合すると急激な酸化還元反応による発熱等の危険性が
あり、その危険を回避するため、別々のタンクに貯蔵して別々に海水冷却水系に注
25 入する必要があった。
【0007】上記特許公報に記載の発明の第1実施態様は、過酸化水素剤と塩素剤
とを同時に別々に海水に注入する方法(同時添加法1)であり、海水中の過酸化水素
と有効塩素との酸化還元反応により発生する1重項の酸素(活性酸素)の作用によ
り付着生物の付着抑制効果を期待するものであるため、近似する同一箇所に注入点
を設けることが好ましい。
5 【0008】その場合、酸化還元反応により、両薬剤が消費され、添加個所及びそれ
以降の一部区域については有効な海生付着生物に対する付着及び成長抑制効果が発
揮されるが、それ以降の区域においては充分な抑制効果が発揮されないという課題
があった(技術課題1)。そこで、過酸化水素剤と塩素剤とを添加する場合、両薬剤
同士の接触を回避するため、時間的間隔をあけて交互かつ別時に同一個所に添加す
10 る方法(上記特許公報に記載の第2実施態様:間欠添加法)が実施されていた。
【0009】しかしながら、その場合、一時的には過酸化水素剤又は塩素剤のみが添
加されることになり、塩素剤のみが添加されたときには、その添加濃度が有効塩素
として0.07mg/l以上になると海水中のブロムイオン等と反応して、トリハ
ロメタン類が生成される(比較例11参照)という課題が確認された(技術課題2)。
15 【0010】このトリハロメタン類の生成量は、塩素剤の添加量の増加とともに多
くなる傾向が認められた(比較例12~18参照)。また、同時添加法1において、
海水中での過酸化水素と有効塩素との高濃度接触を減じ、両薬剤の酸化還元反応に
よる消費を抑制するため、例えば、一方の薬剤を冷却水配管の断面の上方より、他方
の薬剤を該配管の断面の下方から注入する方法、すなわち両薬剤の注入点を隔離す
20 ることが考えられる(同時添加法2)。
【0011】しかしながら、この方法においても、技術課題1を解決することはでき
ず、また、生成量は減少するものの前記と同様にトリハロメタン類の生成が確認さ
れた(比較例4,8,10,23及び24参照)。従って、前記特公昭61-243
9号公報記載の発明において、トリハロメタン類の生成を防止するためには塩素剤
25 の添加量を0.07mg/l未満にする必要があり、その場合には、塩素剤の海生付
着生物に対する付着及び成長抑制効果が期待できないため、特にムラサキイガイ等
の二枚貝類に対しては、過酸化水素として2mg/l以上使用しないと抑制効果が
少ない。
【0012】低濃度とはいえ、海水使用量の大きな冷却水系統、たとえば火力・原子
力発電所等においては、その使用量が膨大な量になるため、経済的ではないという
5 課題があった(技術課題3)。ゆえに、本発明の目的は、上記技術課題1~3を解決
すること、すなわち、トリハロメタン類の生成が抑制されるとともに、過酸化水素剤
の添加量を低減しても、添加個所及びそれ以降の一部区域のみならずそれ以降の区
域においても海生付着生物の付着及び成長を有効に抑制する工業用海水冷却水の処
理方法を提供することである。
10 【0013】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、かかる現状と認識に鑑み、上記目的を
達成するため過酸化水素剤及び塩素剤の添加方法や添加量とトリハロメタン類の発
生機構について鋭意研究の結果、予め少量の過酸化水素剤を添加し、拡散手段を施
して過酸化水素が分散された海水に、過酸化水素の添加量に対して特定割合及び特
15 定量の塩素剤を添加した場合には、トリハロメタン類が実質的に生成しないことを
実験的に見出した(実施例1~15並びに比較例1、2、3及び9参照)。
【0015】また、本発明では、過酸化水素剤の添加量を2mg/l未満に低減させ
ても、塩素剤との併用による、海生付着生物の付着及び成長抑制効力の低下(特にム
ラサキイガイ等の二枚貝類に対して)がないことを実験により確認した(実施例2
20 1~24参照)。さらに、その効力が添加個所及びそれ以降の一部区域についてのみ
ならず、それ以降の個所においても効力の低下がみられないことも確認した(実施
例16~20参照)。
【0016】すなわち、過酸化水素の濃度が低ければ、塩素剤は高濃度が要求される
筈であるが、本発明は、低濃度の過酸化水素剤に塩素剤のトリハロメタン類を生成
25 しない低濃度を用いて、海生付着生物の付着抑制効果が表れることは意外である。
これらの事実をさらに研究、確認することにより本発明を完成させた。かくして、本
発明によれば、工業用海水冷却水系に予め過酸化水素もしくは過酸化水素発生剤を
0.01~2mg/l(ただし、過酸化水素として)の濃度になるように分散された
海水冷却水に、塩素ガスもしくは有効塩素発生剤をトリハロメタン類の生成を防止
しうる濃度又はそれ以下の濃度で添加し、工業用海水冷却水系における海生付着生
5 物の付着防止又は成長抑制することを特徴とする工業用海水冷却水の処理方法が提
供される。
【0019】この発明においては、工業用海水冷却水系に予め過酸化水素剤を0.0
1~2mg/l、好ましくは0.1~1.8mg/l、より好ましくは0.3~1.
5mg/l(ただし、過酸化水素として)添加して、好ましくは拡散手段を施して分
10 散された海水冷却水に、塩素もしくは有効塩素発生剤をトリハロメタン類の生成を
防止しうる濃度又はそれ以下の濃度で添加する必要がある。
【0020】過酸化水素剤の添加濃度が0.01mg/l未満であると、海生付着生
物に対する付着又は成長抑制効果が不充分となるばかりか、後で添加される塩素剤
と海水中のブロムイオン等とが反応して、トリハロメタン類が生成され、この発明
15 の目的を達成できないため好ましくない。また、過酸化水素剤の添加濃度が過酸化
水素として2mg/l以上になると、後で添加される塩素剤との酸化還元反応が急
激に進み有効薬剤が消費され、海生付着生物に対する付着及び成長抑制効果が充分
持続できないため好ましくない。
【0021】本発明において、塩素剤の添加濃度としては、使用される過酸化水素の
20 1モル当り、有効塩素として0.03~0.8モル、好ましくは0.05~0.6モ
ルに相当する濃度で、かつ、海水冷却水に対して有効塩素として0.01~1.0m
g/l、好ましくは0.02~0.8mg/lの濃度範囲である。ここで有効塩素1
モルとは塩素1モルと同じ酸化当量に相当する量をいい、また有効塩素1mgとは
塩素1mgと同じ酸化当量に相当する量をいう。
25 【0022】塩素剤の添加濃度の下限値が、使用される過酸化水素の1モル当り有
効塩素として0.03モルに相当する濃度未満であったり(比較例21及び28参
照)、又は海水冷却水に対して有効塩素として0.01mg/l未満であると、海生
付着生物の付着及び成長抑制効果が不充分となり好ましくない。また、塩素剤の添
加濃度の上限値が、使用される過酸化水素の1モル当り有効塩素として0.8モル
に相当する濃度より多かったり、又は海水冷却水に対して有効塩素として1.0m
5 g/lより多いと、塩素剤と海水中のブロムイオン等とが反応して、トリハロメタ
ン類が生成されるため好ましくない(比較例1~3及び9参照)。
【0023】本発明において拡散手段とは、海水中の過酸化水素が迅速に実質的に
均一濃度になるように海水を撹拌等する物理的手段をいう。具体的には、図1及び
図3に記載の形状の拡散器の設置、撹拌装置の設置、配管内や取水口にいわゆる「じ
10 ゃま板」の設置等が挙げられる。なお、工業用海水冷却水系統には本発明の拡散手段
に該当する箇所があり、その前に過酸化水素剤を、その後に塩素剤を添加すること
もできる。
【0024】具体的には、例えば、工業用海水冷却水系の(a)取水口先端部、
(b)
バースクリーンの上流側、
(c)送水ポンプ又は加圧ポンプの上流側配管等に予め過
15 酸化水素剤を添加し、その下流部の適当な箇所、例えば、前記に対応して(a)海水
ポンプピット、
(b)バースクリーンの下流側、
(c)送水ポンプ又は加圧ポンプの下
流側配管等に塩素剤を添加する方法が挙げられる。
【0025】本発明の効果としては、過酸化水素剤と塩素剤の添加量を実質的に低
減でき、しかも、有害なトリハロメタン類が副生されないため、環境面で優れた工業
20 用海水冷却水の処理、すなわちムラサキイガイ、ミドリイガイ等の二枚貝類、フジツ
ボ類、クダウミヒドラ等のヒドロムシ類、コケムシ及びカンザシゴカイ類等、海生付
着生物の海水冷却水系統の器壁への付着及び成長の抑制が可能となる。
【0026】特に、これまで低添加量ではその防除が困難であったムラサキイガイ
等の二枚貝類に対する効果的な付着及び成長抑制が可能になる。
25 【実施例】・・・
【0028】実施例1~15
海水中へ過酸化水素剤として35%過酸化水素溶液及び有効塩素発生剤として次亜
塩素酸ナトリウム溶液(有効塩素として5%含有)を、本発明の方法に基づき添加し
た場合の海水中のトリハロメタン類の生成量を以下の実験により確認した。
【0029】
(実験方法)1l容のビーカーに海水1lを入れ、スターラーで撹拌し
5 ながら、予め所定量の過酸化水素剤を添加し、10~300秒後に所定量の塩素剤
を添加した。その後、スターラーでの撹拌下、60分間経過後の海水中のトリハロメ
タン類の生成量をJIS:K-0125(1990年)
〔用水・排水中の低分子量ハ
ロゲン化炭化水素試験方法〕に準拠して測定した。その結果を表1に示す。なお、こ
の実験において、スターラーで撹拌下、予め添加された過酸化水素剤は、10秒後に
10 おいては、均一濃度に分散維持されていることを確認済である。
【0030】
(考察)試験結果より明らかなように、過酸化水素として0.175~
1.75mg/lの過酸化水素溶液を添加して、スターラーによる拡散手段を施し均
一に分散維持された海水に塩素剤を有効塩素として、過酸化水素1モル当り0.0
5~0.55モルに相当する濃度でかつ海水中に0.07~0.5mg/l添加する
15 ことにより、トリハロメタン類が実質的に検出されないことがわかる。
【0031】比較例1~20
海水中へ過酸化水素剤として35%濃度の過酸化水素溶液及び有効塩素発生剤とし
て次亜塩素酸ナトリウム溶液(有効塩素として5%含有)を、本発明の方法を用いず
添加した場合の海水中のトリハロメタン類の生成量を以下の実験により確認した。
20 【0032】(実験方法)実施例1~15に準拠。ただし、比較例5、6及び7は、
スターラーで撹拌下予め塩素剤を添加し、所定時間経過後に過酸化水素剤を添加し、
比較例4、8及び10は、同様に撹拌下ビーカーの両端から同時に過酸化水素剤と
塩素剤を添加し、また比較例11~19は、塩素剤もしくは過酸化水素剤のみを添
加した。その結果を表1及び表2に示す。
25 【0033】
【表1】

【0034】
【表2】
5 【0035】
(考察)試験結果より明らかなように、過酸化水素として0.35~2.
0mg/lの過酸化水素溶液を添加して、スターラーによる拡散手段を施し均一に
分散維持された海水に塩素剤を有効塩素として、過酸化水素1モル当り1モルに相
当する濃度以上又は海水中に1mg/l以上添加した場合(比較例1~3及び9)、
塩素剤の添加量が本発明の範囲内であっても、塩素剤を先に添加した場合(比較例
10 5~7)、または過酸化水素剤と塩素剤を同時に添加した場合(比較例4,8及び1
0)に、トリハロメタン類特にトリブロモメタン類が多量に生成していることがわ
かる。
【0036】実施例16~20及び比較例21~27
過酸化水素剤として35%過酸化水素溶液及び有効塩素発生剤として次亜塩素酸ナ
トリウム溶液(有効塩素として12%含有)を使用して、両薬剤の併用によるムラサ
キイガイの成長度合いを調査するため、内径65mm、長さ50mの塩化ビニル管
(塩ビ製管)を使用して図1及び図2に図示したモデル水路を作製した。水路には、
塩ビ製管の左から右へ海水を一過式に通水した。
5 【0038】各水路には、薬剤の注入点(図1の場合は注入点②)より、0.5、4、
8、16、24及び48mの位置に、予め殻長を計測したムラサキイガイの成体20
個をプラスチックの籠に入れて各水路の所定箇所に挿入し、約1m3/hの海水を一
過式に通水して、40日間試験した。過酸化水素剤をモデル水路の注入点①に、塩素
剤を注入点②にケミカルポンプで所定濃度になるように添加した。
10 【0039】試験終了後、ムラサキイガイの殻長を計測して、試験前後の殻長差より
成長度合を求めた。実施例16~20は、図1のモデル水路を用い、比較例21~2
2は図1のモデル水路で、但し薬剤量が本発明の薬剤量の範囲外であり、比較例2
3~26は図2のモデル水路を用いた。その試験条件及び試験結果を併せて表3及
び表4に示す。
15 【0040】
【表3】
【0041】
【表4】
【0047】
【発明の効果】この発明の方法は、低濃度の過酸化水素剤及び低濃度の塩素剤を用
5 いて、トリハロメタン類を生成することなく、付着防止の困難なムラサキイガイ等
の海生付着生物を確実に防除することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の方法(実施例)を説明するためのモデル水路。
【図2】本発明以外の方法(比較例)を説明するためのモデル水路。
10 *【符号の説明】
1 塩ビ製管(内径25mm)
2 拡散器
3 塩ビ製管(内径65mm)
4 注入点①
15 5 注入点②
10 ムラサキイガイ成体

最新の判決一覧に戻る

法域

特許裁判例 実用新案裁判例
意匠裁判例 商標裁判例
不正競争裁判例 著作権裁判例

最高裁判例

特許判例 実用新案判例
意匠判例 商標判例
不正競争判例 著作権判例

今週の知財セミナー (2月17日~2月23日)

2月20日(木) - 東京 港区

はじめての欧米特許調査

来週の知財セミナー (2月24日~3月2日)

2月26日(水) - 東京 港区

実務に則した欧州特許の取得方法

特許事務所紹介 IP Force 特許事務所紹介

たかのは特許事務所

愛知県名古屋市中区丸の内二丁目8番11号 セブン丸の内ビル6階 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

特許業務法人 快友国際特許事務所

〒451-6009 愛知県名古屋市西区牛島町6番1号 名古屋ルーセントタワー9階 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

いわさき特許・商標事務所 埼玉県戸田市

埼玉県戸田市上戸田3-13-13 ガレージプラザ戸田公園A-2 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング