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令和4(ワ)1541発信者情報開示請求事件

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所東京地方裁判所
裁判年月日 令和5年5月12日
事件種別 民事
当事者 原告株式会社ケイ・エム・プロデュース
被告エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
法令 著作権
著作権法2条1項9号3回
キーワード 侵害43回
損害賠償5回
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
1 事案の要旨
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特
9、弁論の全趣旨)
3 争点
3)
4 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当す20
39号)5条が「侵害関連通信」として、特定電気通信役務の利用に係る契10
6、同目録2記載1の番号26、39、52、64、113及び166、同目
6、21、22、25、33、37、38、56、74、76、80、83、
87及び95並びに同目録5記載の番号10、18、20、92、98、11
6、129、136、138、141、161、165、172、175及び
182を除く。)
事件の概要 1 事案の要旨 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者ら(以下「本20 件各氏名不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルである BitTorrentを利用したネットワーク(以下「ビットトレントネット ワーク」という。)を介して、原告が著作権を有する別紙著作物目録記載1な いし5の各動画(以下「原告各動画」という。)を複製して作成したファイル (以下「本件各動画ファイル」という。)を、不特定多数の利用者からの求め25 に応じて自動的に送信し得る状態とすることにより、原告各動画に係る原告の 著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対 して損害賠償請求をするために、被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各 情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な理由が あると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情 報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に5 基づき、本件各発信者情報の開示を求める事案である。

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判決文

令和5年5月12日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和4年(ワ)第1541号 発信者情報開示請求事件
口頭弁論終結日 令和5年3月7日
判 決
原 告 株式会社ケイ・エム・プロデュース
同訴訟代理人弁護士 戸 田 泉
角 地 山 宗 行
被 告 エヌ・ティ・ティ・
10 コミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 五 島 丈 裕
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
15 事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
20 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者ら(以下「本
件各氏名不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルである
BitTorrentを利用したネットワーク(以下「ビットトレントネット
ワーク」という。)を介して、原告が著作権を有する別紙著作物目録記載1な
いし5の各動画(以下「原告各動画」という。)を複製して作成したファイル
25 (以下「本件各動画ファイル」という。)を、不特定多数の利用者からの求め
に応じて自動的に送信し得る状態とすることにより、原告各動画に係る原告の
著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対
して損害賠償請求をするために、被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各
情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な理由が
あると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情
5 報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に
基づき、本件各発信者情報の開示を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特
記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
10 ア 原告は、主にアダルトビデオの制作、販売を業とする株式会社である
(弁論の全趣旨)。
イ 被告は、電気通信事業等を目的とし、アクセスプロバイダとして、一般
利用者に向けて広くインターネット接続サービスを提供している株式会社
である。
15 (2) 原告各動画
原告は、原告各動画に係る著作権を有する(甲1、弁論の全趣旨)。
(3) ビットトレントネットワークによるファイル共有の仕組み(甲2、4、7、
9、弁論の全趣旨)
ア ビットトレントネットワークとは、いわゆるP2P方式でファイルを共
20 有するネットワークである。
イ ビットトレントネットワークを介して特定のファイルをダウンロードし
ようとするユーザーは、「トラッカーサイト」と呼ばれるウェブサイト等
に自己の端末を接続し、上記の特定のファイルの所在等の情報が記載され
たトレントファイルをダウンロードする。そして、ユーザーは、ビットト
25 レントネットワークを利用するためのソフトウェアであるトレントクライ
アントに、上記のトレントファイルを読み込ませて、上記の特定のファイ
ルの提供者を管理する「トラッカー」と呼ばれるサーバーに自己の端末を
接続し、トラッカーから、上記の特定のファイルの提供者のIPアドレス
の記載されたリストを受信する。ユーザーの端末は、このリストに記載さ
れたIPアドレスで特定される、上記の特定のファイルが保存された1台
5 又は複数台の端末に接続し、それぞれから上記の特定のファイルの細分化
されたデータをダウンロードし、自己の端末において上記の特定のファイ
ルを完成させる(以下、ビットトレントネットワークに参加している端末
を「ピア」という。)。
ウ ビットトレントネットワークを介して特定のファイルをダウンロードし
10 たピアは、「シーダー」(ファイルのダウンロードが全て完了したピア)
又は「リーチャー」(ファイルのダウンロードが完了する前のピア)と呼
ばれるが、シーダーであってもリーチャーであっても、他のピアから要求
があれば、当該ピアに対し、上記の特定のファイルの一部を送信すること
になる。
15 (4) 原告による調査(甲3ないし5、7、9、弁論の全趣旨)
原告が調査を委託した株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)
は、ビットトレントネットワークを監視するソフトウェア(以下「本件監視
ソフトウェア」という。)を使用して、原告各動画が違法にアップロード又
はダウンロードされていないか調査を行った。
20 本件調査会社の担当者は、まず、トラッカーサイトにおいて、原告各動画
の品番を含むファイルを検索し、著作権侵害が疑われる本件各動画ファイル
のハッシュ値(ファイルデータを、ハッシュ関数を使用して計算することに
より得られる数値)を本件監視ソフトウェアに登録した。
そして、本件調査会社の担当者は、本件監視ソフトウェアを介して、トラ
25 ッカーに対し、本件各動画ファイルの提供者のリストを要求し、トラッカー
から、同提供者のIPアドレス及びポート番号が記載されたリストが返信さ
れ、本件監視ソフトウェアのデータベースに記録された。別紙動画目録1な
いし5記載の各IPアドレス及び各ポート番号は、上記リストに記載されて
いたものである。
その後、本件調査会社の担当者は、本件監視ソフトウェアにより、上記リ
5 ストに掲載されていたIPアドレスで特定されるピアとの間で通信を行い、
当該ピアが現在稼働しているか否かや、当該ピアの本件各動画ファイルに係
るピース保有状況を確認した(この確認行為は、「ハンドシェイク」と呼ば
れる。)。別紙動画目録1ないし5記載の各発信時刻は、このハンドシェイ
クが行われた時刻である。
10 (5) 本件各発信者情報の保有
被告は、本件各発信者情報を保有している。
3 争点
(1) 原告の権利が侵害されたことが明らかであるか(争点1)
(2) 本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか
15 (争点2)
(3) 原告が本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか(争点
3)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
20 (原告の主張)
ビットトレントネットワークにおいては、ピアが、全てのピアのファイル
の取得状況を管理するトラッカーにアクセスし、トラッカーから他のピアの
情報を取得すると同時に、自己の情報も他のピアに公開し、他のピアとの間
で、ファイルのピースを相互にダウンロード及びアップロードする。
25 本件各氏名不詳者は、遅くとも別紙動画目録1ないし5記載の各発信時刻
までに、このようなビットトレントネットワークに接続して本件各動画ファ
イルの全部又は一部を自己のピアにダウンロードし、これと同時に、ビット
トレントネットワークを介して、ダウンロードした本件各動画ファイルの全
部又は一部を、他のピアからの求めに応じて自動的に送信し得る状態にし、
もって、原告各動画を送信可能化したものである。本件各動画ファイルは、
5 その一部のみであっても、再生し、その内容を了知することができるから、
公衆送信権を侵害する行為に該当する。
そして、この点に関する違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情はない。
したがって、本件各氏名不詳者が原告各動画に係る原告の著作権(公衆送
信権)を侵害したことは明らかである。
10 (被告の主張)
本件調査会社が本件監視ソフトウェアを使用して行った調査の結果には、
IPアドレス及び日時の組合せに係る送信の存在が確認できないものや被告
が技術仕様上割り当てることのないポート番号が記載されているものが多数
含まれていたが、原告は、その理由について、何ら説明していない。
15 また、本件調査会社が本件監視ソフトウェアを使用して行った調査は、各
ピアが応答してきた際の通信を検出したというだけのものであり、その後に
当該ピアからダウンロードするなどし、原告各動画と実際にダウンロードし
た動画とが同一であることを確認したものではない。
したがって、本件調査会社による調査の結果は信用することができず、本
20 件各氏名不詳者が原告各動画に係る原告の著作権(公衆送信権)を侵害した
ことが明らかであるとはいえない。
(2) 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当
するか)について
(原告の主張)
25 ア 「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)とは、「不特定の
者によって受信されることを目的とする電気通信」であり、「不特定」か
否かの判断は、これを送信するために当該情報を最初に記録又は入力した
発信者を基準として判断すべきであり、また、「通信」とは、一般的に、
情報を発信しようとした発信者からこれを最終的に受け取った受信者まで
の情報の流れ全体をいうと解される。
5 ビットトレントネットワークにおいては、そのユーザーであれば、誰で
も情報を取得することができる状態にあり、ユーザーのピアがトラッカー
にアクセスし、トラッカーから他のピアの情報を取得すると同時に、自己
の情報も他のピアに公開することとなるから、他のピアとファイルのピー
スを相互にダウンロード及びアップロードする流れ全体が「特定電気通信」
10 に該当することとなる。
イ 本件調査会社による調査において、本件監視ソフトウェアが、トラッカ
ーに接続し、本件各動画ファイルの提供者のリストを要求したところ、ト
ラッカーから提供者のIPアドレス等が記載されたリストが返信された。
当該リストに記載されていたIPアドレス及びポート番号が、別紙動画目
15 録1ないし5記載のIPアドレス及びポート番号である。
そして、本件各氏名不詳者は、被告から、別紙動画目録1ないし5記載
の各IPアドレスの割当てを受け、遅くとも別紙動画目録1ないし5記載
の各発信時刻までに、ビットトレントネットワークを介した「特定電気通
信による情報の流通」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)によって、
20 原告各動画に係る原告の公衆送信権を侵害したものであるから、本件各発
信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(同項柱書)に該当す
るということになる。
ウ 本件監視ソフトウェアを使用した調査においては、トラッカーからIP
アドレス等が記載されたリストが返信された後、本件監視ソフトウェアは、
25 当該リストに載っていた各ピアに接続して、各ピアが応答すること等を確
認するハンドシェイクを行っているところ、別紙動画目録1ないし5記載
の各発信時刻は、このハンドシェイクが行われた時刻を指し、同時刻にお
いて本件各動画ファイルの送受信は行われていない。
しかし、ハンドシェイクが行われたということは、本件各氏名不詳者が、
ビットトレントネットワークを介し、本件監視ソフトウェアの要求に応じ
5 て自動的に本件各動画ファイルをアップロードすることができる状態にし
ていたことを示すものであり、このハンドシェイクによって原告各動画に
係る原告の公衆送信権が侵害されたと評価できるものである。仮にそうで
ないとしても、本件各氏名不詳者は、遅くとも別紙動画目録1ないし5記
載の各発信時刻までに、ビットトレントネットワークを介して、原告各動
10 画を送信可能化していたものである。
したがって、いずれにしても、原告各動画に係る原告の公衆送信権が侵
害されているから、別紙動画目録1ないし5記載の各発信時刻において、
本件各氏名不詳者が、他のユーザーとの間で、直接、本件各動画ファイル
のダウンロード又はアップロードを行っていなかったとしても、「特定電
15 気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害された」ことを否定す
る理由とはならず、本件各発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者
情報」に該当する。
(被告の主張)
ア プロバイダ責任制限法5条1項の文言及び趣旨に鑑みると、開示請求の
20 相手方となる「開示関係役務提供者」(プロバイダ責任制限法2条7号)
とは、侵害情報が流通されることとなった特定電気通信を媒介した特定電
気通信役務提供者をいい、この開示の対象となる「当該権利の侵害に係る
発信者情報」(同法5条1項柱書)とは、侵害情報が流通されることとな
った特定電気通信の過程において把握される発信者情報をいうと解するの
25 が相当であり、これに当たらない発信者についての情報は、これが開示さ
れることにより侵害情報の発信者の特定に資する面があるとしても、「当
該権利の侵害に係る発信者情報」には含まれないと解される。
また、発信者情報開示請求権は、匿名で発信された情報の流通により被
害を受けた者に対して被害回復のための手がかりを与える権利であり、
「情報の流通によって」(同項柱書)とされているのは、権利の侵害が
5 「情報の流通」そのものによって生じた場合を対象とすることを示してい
るから、「情報の流通」によって権利が侵害されて初めて「当該権利の侵
害に係る発信者情報」に該当することとなる。
イ 原告が開示を求める本件各発信者情報は、別紙動画目録1ないし5記載
の各発信時刻に、同目録1ないし5記載の各IPアドレスを割り当てられ
10 た者に関する情報であるところ、原告の主張によれば、上記発信時刻は、
ハンドシェイク、すなわち、本件調査会社が、トラッカーに接続し、トラ
ッカーからここにアクセスしている提供者のIPアドレスが記載されたリ
ストを入手し、このリストに記載されるユーザーに確認のために接続した
のに対して応答してきた際の通信とのことである。
15 しかし、上記通信が、本件各動画ファイルの全部又は一部を自動公衆送
信したり、例えば、インターネットに接続されているサーバーに情報をア
ップロードするなど、本件各動画ファイルの全部又は一部を自動公衆送信
し得る状態にする通信ではないことは明らかである。
また、本件各動画ファイルに係る「情報の流通」によって、原告各動画
20 に係る原告の著作権が侵害されたとも認められない。
したがって、ハンドシェイク時に係る発信者情報である本件各発信者情
報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当しないというべきであ
る。
(3) 争点3(原告が本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有する
25 か)について
(原告の主張)
原告は、本件各氏名不詳者に対し、損害賠償を請求する予定であるが、そ
のためには、本件各発信者情報の開示を受ける必要がある。
したがって、原告には、本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由
がある。
5 (被告の主張)
プロバイダ責任制限法5条1項2号は、発信者情報開示請求の要件として、
開示請求者が発信者情報を入手することにつき合理的な必要性が認められる
ことを定めており、この必要性の判断には、開示請求を認めることにより制
約される発信者の利益を考慮した相当性の判断をも含むものとされている。
10 この点について、ハンドシェイク時の通信は、トラッカーサーバーからこ
こにアクセスしている提供者のIPアドレスが記載されたリストを入手し、
このリストに記載されるユーザーに確認のために接続しようとしたのに対し
て応答してきた際の通信ということであり、実際に、当該発信者が、本件各
動画ファイルの全部又は一部を送信したことを明らかにするものではない。
15 したがって、本件各氏名不詳者が明らかになったとしても、原告が本件
各氏名不詳者に対して損害賠償等を請求することが可能になるものではな
く、原告において本件各発信者情報を入手する必要性は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
20 (1) 前記前提事実(2)ないし(4)によれば、ビットトレントネットワーク上に存
在する本件各動画ファイルは、原告が著作権を有する原告各動画と実質的に
同一の内容を表示するものであること、ビットトレントネットワークにおい
ては、トラッカーが特定のファイルの提供者を管理しており、ビットトレン
トネットワークを介して当該特定のファイルをダウンロードしたピアは、他
25 のピアから要求があれば、当該特定のファイルを送信することになることが
認められる。また、証拠(甲5)によれば、別紙動画目録1ないし5記載の
各IPアドレスを割り当てられたピア(ただし、これらのピアがどの時点で
被告からこれらのIPアドレスを割り当てられたのかは、証拠上明らかでな
い。)が、ビットトレントネットワークを介して、本件各動画ファイルの全
部又は一部をダウンロードしたことが認められる。
5 そうすると、別紙動画目録1ないし5記載の各IPアドレスを割り当てら
れたピアによって、原告各動画に基づき作成された本件各動画ファイルの全
部又は一部がダウンロードされたことで、著作権法2条1項9号の5イ所定
の「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置
…の公衆送信用記録媒体に情報を記録…すること」により原告各動画を「自
10 動公衆送信し得るようにすること」、すなわち「送信可能化」の状態に至っ
たものと認められる。
そして、違法性阻却事由が存在することをうかがわせる事情は見当たらな
いことからすると、別紙動画目録1ないし5記載の各IPアドレスを割り当
てられたピアのユーザーによって、原告各動画が「送信可能化」され、原告
15 各動画に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことが明らかである
と認めるのが相当である。
(2) これに対して、被告は、本件調査会社が本件監視ソフトウェアを使用して
行った調査は、IPアドレス及び日時の組合せに係る送信の存在が確認でき
ないもの、被告が技術仕様上割り当てることのないポート番号が記載されて
20 いるものが多数含まれていたことや、本件各動画ファイルをダウンロードす
るなどして原告各動画と実際にダウンロードした動画が同一のものであるこ
とを確認していないことから、信用することができないと主張する。
確かに、弁論の全趣旨によれば、被告が、原告の主張する発信時刻に、被
告の管理するIPアドレスを付与した事実の有無を調査し、被告の把握する
25 IPアドレス及びポート番号と原告の主張するIPアドレス及びポート番号
が一致するかを調査したところ、被告が上記発信時刻に上記IPアドレスを
付与した事実を確認することができなかったり、被告の把握するポート番号
と原告の主張するポート番号が一致しなかったりなど、原告が発信者情報の
開示を求めたIPアドレスのうちの一定数について、本件各動画ファイルの
全部又は一部をアップロードし得る状態にしたことを確認できない結果が含
5 まれていたことが認められる。
しかし、上記のような結果は、原告が発信者情報の開示を求めるIPアド
レスのうちのわずかであり、原告は、被告による付与を確認できないIPア
ドレス等に係る開示請求を取り下げている。また、本件調査会社が本件監視
ソフトウェアを使用して行う調査の手法は、前記前提事実(4)のとおりであり、
10 それ自体、ビットトレントネットワークによるファイル共有の仕組みを踏ま
えたものであって、不合理なものとはいえず、他方で、本件監視ソフトウェ
アが、その構造上、IPアドレスやポート番号を正しく把握することができ
ないことをうかがわせる証拠はない。
したがって、本件調査会社による本件監視ソフトウェアを使用した調査は
15 信用することができるというべきであるから、被告の上記主張は採用するこ
とができない。
(3) 以上によれば、別紙動画目録1ないし5記載の各IPアドレスを割り当て
られたピアのユーザーにより、原告各動画に係る原告の著作権(公衆送信権)
が侵害されたことが明らかであるといえる。
20 2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当す
るか)について
(1) 前記1(1)のとおり、著作権法2条1項9号の5イ所定の行為により、原告
各動画が送信可能化されて、原告各動画に係る原告の公衆送信権が侵害され
たのは、本件各動画ファイルが、ビットトレントネットワークを介して、ダ
25 ウンロードされた時点であるというべきである。これに対し、前記前提事実
(4)のとおり、ハンドシェイクとは、本件監視ソフトウェアが、トラッカーか
ら送信されたリストに記載されたIPアドレスで特定されるピアに接続し、
応答すること等を確認するものであるところ、本件各発信者情報は、このよ
うなハンドシェイク時に、被告から別紙動画目録1ないし5記載の各IPア
ドレスを割り当てられていた者に関する情報である。そうすると、原告各動
5 画に係る原告の公衆送信権はハンドシェイク時よりも前の時点において既に
侵害されていたというべきであり、ハンドシェイクによって上記の権利侵害
がもたらされたということはできない。
また、著作権法2条1項9号の5がイ又はロ所定の行為により自動公衆送
信し得るようにすることを「送信可能化」と定義している以上、「送信可能
10 化」したといえるには、それらに該当する行為がされることが必要である。
しかし、本件全証拠によっても、ハンドシェイクの通信が上記の各行為のい
ずれかに該当すると認めることはできない。
したがって、ハンドシェイクの通信が、原告各動画を送信可能化し、原告
各動画に係る原告の公衆送信権を侵害する通信であると認めることはできず、
15 よって、ハンドシェイクの通信から把握される情報である本件各発信者情報
が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するとは認められない。
(2) これに対して、原告は、ハンドシェイクが行われたということは、本件各
氏名不詳者が、ビットトレントネットワークを介し、本件監視ソフトウェア
の要求に応じて、本件各動画ファイルを自動的にアップロードすることがで
20 きる状態にしていたことを示すものであるから、このハンドシェイクによっ
て原告各動画に係る原告の公衆送信権が侵害されたと評価でき、そうでない
としても、ハンドシェイクの時点までには、原告各動画を「送信可能化」し
ていたものであるから、ハンドシェイクの時点における情報である本件各発
信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当すると主張する。
25 しかし、前記(1)のとおり、原告各動画が送信可能化され、原告各動画に係
る原告の公衆送信権が侵害されたのは、ビットトレントネットワークを介し
て、本件各動画ファイルがダウンロードされた時点であり、ハンドシェイク
の時点でないことは明らかである以上、ハンドシェイクによって原告各動画
に係る原告の公衆送信権が侵害されたと評価するのは無理がある。
また、本件においては、プロバイダ責任制限法5条1項に基づく請求がさ
5 れているところ、同項柱書が「当該権利の侵害に係る発信者情報」について、
「発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定める
もの」である「特定発信者情報」と「特定発信者情報」「以外の発信者情報」
とに分けて規定し、前者に関しては、特定電気通信役務提供者の損害賠償責
任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則(令和4年総務省令第
10 39号)5条が「侵害関連通信」として、特定電気通信役務の利用に係る契
約の申込み等(同条1号)、ログイン(同条2号)、ログアウト(同条3号)
及び同契約の終了(同条4号)のための各手順に従って行った識別符号その
他の符号の電気通信による送信のみを規定していることからすると、プロバ
イダ責任制限法及び上記施行規則は、権利侵害をもたらす通信から把握され
15 る情報(特定発信者情報以外の発信者情報)とそれ以外の通信から把握され
る情報(特定発信者情報)とを明確に区別した上、後者については、それに
該当する情報を4つの類型の通信に係るものに限定していると解するのが相
当である。そうすると、ハンドシェイクの時点までに原告各動画が「送信可
能化」されていたとしても、ハンドシェイクの通信から把握される情報は、
20 特定発信者情報以外の情報に該当しないのはもとより、上記4つの類型の通
信に係る情報に該当しない以上、特定発信者情報にも該当しないというべき
である。
したがって、ハンドシェイクの通信から把握される情報は、プロバイダ責
任制限法5条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たる
25 とはいえず、原告の上記主張は採用することができない。
第4 結論
以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理
由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
國 分 隆 文
裁判官
間 明 宏 充
15 裁判官小川暁は、転補につき、署名押印することができない。
裁判長裁判官
20 國 分 隆 文
(別紙)
発信者情報目録
別紙動画目録1ないし5記載の各IPアドレスを、同目録1ないし5記載の各発
信時刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
① 氏名又は名称
② 住所
③ 電子メールアドレス(ただし、別紙動画目録1記載2の番号10、同目録1
記載3の番号3、同目録1記載4の番号22、29、43、44、45及び7
6、同目録2記載1の番号26、39、52、64、113及び166、同目
録3記載2の番号27、55、105、157、162、169及び187、
同目録4記載1の番号18及び20、同目録4記載2の番号4、9、11、1
6、21、22、25、33、37、38、56、74、76、80、83、
87及び95並びに同目録5記載の番号10、18、20、92、98、11
6、129、136、138、141、161、165、172、175及び
182を除く。)
以 上
(別紙著作物目録 省略)
(別紙動画目録1~5 省略)

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