令和4(行ケ)10099審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
令和5年7月6日 |
事件種別 |
民事 |
対象物 |
レーザ加工方法及びレーザ加工装置 |
法令 |
特許権
|
キーワード |
審決42回 進歩性18回 無効12回 実施5回 新規性3回 拒絶査定不服審判3回 分割3回 無効審判2回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり、争点は、進歩
性についての認定判断の誤りの有無である。 |
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判決文
令和5年7月6日判決言渡
令和4年(行ケ)第10099号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和5年4月25日
判 決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2021-800050号事件について令和4年8月9日にした審
決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり、争点は、進歩
性についての認定判断の誤りの有無である。
1 手続の経緯
被告は、発明の名称を「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」とする発明につき、
平成16年1月9日に特許出願(以下「本件出願」という。)をし、同発明に係る特
許(以下「本件特許」という。)は、平成22年5月14日に特許第4509578
号として設定登録された(請求項の数14)。
原告は、令和3年6月22日、本件特許の特許請求の範囲の請求項8及び11に
係る発明についての特許を無効とすることを求める無効審判請求をした。特許庁は、
これを無効2021-800050号事件として審理し、令和4年8月9日、
「本件
審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。本
件審決の謄本は、同月22日、原告に送達された。
2 発明の要旨
(1) 本件特許の特許請求の範囲の請求項8の記載は、次のとおりである(以下、
この請求項8に係る発明を「本件発明1」という。。
)(甲22)
「第一のレーザ光を加工対象物の内部に集光点を合わせて照射し、前記加工対象
物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加
工装置であって、
前記第1のレーザ光を前記加工対象物に向けて集光するレンズと、
前記加工対象物と前記レンズとを前記加工対象物の主面に沿って移動させる移動
手段と、
前記レンズを前記主面に対して進退自在に保持する保持手段と、
前記移動手段及び前記保持手段それぞれの挙動を制御する制御手段と、
を備え、
前記制御手段は前記集光点が前記加工対象物内部の所定の位置に合う状態となる
初期位置に前記レンズを保持するように前記保持手段を制御し、
当該位置に前記レンズを保持した状態で前記第一のレーザ光を照射しながら、前
記制御手段は前記加工対象物と前記レンズとを前記主面に沿って相対的に移動させ
るように前記移動手段を制御して前記切断予定ラインの一端部において改質領域を
形成し、
前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段
は前記レンズを前記初期位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面との
間隔を調整しながら保持するように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加工
対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改
質領域を形成する、
レーザ加工装置。」
(2) 本件特許の特許請求の範囲の請求項11の記載は、次のとおりである(以下、
この請求項11に係る発明を「本件発明2」といい、本件発明1と併せて「本件発
明」という。。
)(甲22)
「前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された後に、前記制御手
段は前記レンズを前記初期位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面と
の間隔を調整しながら保持するように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加
工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して
改質領域を形成し、
更に、前記制御手段は前記レンズを前記主面に向かう方向に駆動させずに保持す
るように前記保持手段を制御すると共に、前記レンズと前記加工対象物とを前記主
面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御する、請求項8~10の
いずれか1項に記載のレーザ加工装置。」
(3) 本件発明は、次のとおり分説される。
ア 本件発明1
(1A)第一のレーザ光を加工対象物の内部に集光点を合わせて照射し、前記加
工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部に改質領域を形成するレ
ーザ加工装置であって、
(1B)前記第1のレーザ光を前記加工対象物に向けて集光するレンズと、
(1C)前記加工対象物と前記レンズとを前記加工対象物の主面に沿って移動さ
せる移動手段と、
(1D)前記レンズを前記主面に対して進退自在に保持する保持手段と、
(1E)前記移動手段及び前記保持手段それぞれの挙動を制御する制御手段と、
を備え、
(1F)前記制御手段は前記集光点が前記加工対象物内部の所定の位置に合う状
態となる初期位置に前記レンズを保持するように前記保持手段を制御し、
(1G)当該位置に前記レンズを保持した状態で前記第一のレーザ光を照射しな
がら、前記制御手段は前記加工対象物と前記レンズとを前記主面に沿って相対的に
移動させるように前記移動手段を制御して前記切断予定ラインの一端部において改
質領域を形成し、
(1H)前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された後に、前記
制御手段は前記レンズを前記初期位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記
主面との間隔を調整しながら保持するように前記保持手段を制御し、前記レンズと
前記加工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制
御して改質領域を形成する、
(1I)レーザ加工装置。
イ 本件発明2
(2A)前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された後に、前記
制御手段は前記レンズを前記初期位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記
主面との間隔を調整しながら保持するように前記保持手段を制御し、前記レンズと
前記加工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制
御して改質領域を形成し、
(2B)更に、前記制御手段は前記レンズを前記主面に向かう方向に駆動させず
に保持するように前記保持手段を制御すると共に、前記レンズと前記加工対象物と
を前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御する、
(2C)請求項8~10のいずれか1項に記載のレーザ加工装置。
3 本件審決の理由の要点
(1) 原告は、本件発明は、甲1(国際公開第02/22301号)に記載された
発明(以下「甲1発明」という。)に、周知の技術的事項を適用して、容易に発明す
ることができたものであって、進歩性欠如の無効理由があると主張するところ、甲
1には、次の甲1発明が記載されていると認められる。
(1a)レーザ光Lを加工対象物1であるシリコンウエハの内部に集光点Pを合
わせて照射し、前記シリコンウエハの切断予定ライン5に沿って前記シリコンウエ
ハの内部に改質領域7を形成するレーザ加工装置100であって、
(1b)前記レーザ光Lを前記シリコンウエハに向けて集光するレンズ105と、
(1c)前記シリコンウエハと前記レンズ105とを前記シリコンウエハの表面
3(レーザ光Lの入射面)に沿って移動させるX、Y軸ステージ109、111及
びステージ制御部115と、
(1d)前記レンズ105を前記表面3に対して進退自在に保持する保持手段と、
(1e)前記X、Y軸ステージ109、111、ステージ制御部115、及び前
記保持手段それぞれの挙動を制御する全体制御部127と、を備え、
(1f’前記全体制御部127は前記集光点Pが前記シリコンウエハ内部の所定
)
の位置に合う状態となる調整された固定位置に前記レンズ105を保持するように
前記保持手段を制御し、
(1g+1h’ シリコンウエハ内部の調整された固定位置に集光点Pが位置する
)
ように前記レンズ105を保持した状態で前記レーザ光Lを照射しながら、前記全
体制御部127は前記シリコンウエハと前記レンズ105とを前記表面3に沿って
相対的に移動させるように前記X、Y軸ステージ109、111及びステージ制御
部115を制御して前記切断予定ライン5の一端部を含む前記切断予定ライン5に
沿って改質領域7を形成する、
(1i)上記レーザ加工装置100。
(2) 本件発明1と甲1発明を対比すると、次の一致点において一致し、相違点1
において相違する。
(一致点)
「第一のレーザ光を加工対象物の内部に集光点を合わせて照射し、前記加工対象
物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加
工装置であって、
前記第1のレーザ光を前記加工対象物に向けて集光するレンズと、
前記加工対象物と前記レンズとを前記加工対象物の主面に沿って移動させる移動
手段と、
前記レンズを前記主面に対して進退自在に保持する保持手段と、
前記移動手段及び前記保持手段それぞれの挙動を制御する制御手段と、を備え、
前記制御手段は前記集光点が前記加工対象物内部の所定の位置に合う状態となる
位置に前記レンズを保持するように前記保持手段を制御し、
当該位置に前記レンズを保持した状態で前記第一のレーザ光を照射しながら、前
記制御手段は前記加工対象物と前記レンズとを前記主面に沿って相対的に移動させ
るように前記移動手段を制御して前記切断予定ラインの一端部において改質領域を
形成する、
レーザ加工装置。」
(相違点1)
本件発明1は、
「初期位置」にレンズを保持した状態で「前記切断予定ラインの一
端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段は前記レンズを前記初期位
置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面との間隔を調整しながら保持す
るように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿っ
て相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形成する」ことを
特定しているのに対して、甲1発明は、シリコンウエハ内部の調整された固定位置
に集光点Pが位置するようにレンズ105を保持した状態でレーザ光Lを照射しな
がら、全体制御部127はシリコンウエハとレンズ105とを表面3に沿って相対
的に移動させるようにX、Y軸ステージ109、111及びステージ制御部115
を制御して切断予定ライン5の一端部を含む切断予定ライン5に沿って改質領域7
を形成することから、 前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された
「
後に」おいても、シリコンウエハ内部の調整された固定位置に集光点Pが位置する
ようにレンズ105を保持したままの状態で、改質領域7を形成する点。
(3) 相違点1についての検討
ア 周知の技術的事項
(ア) 甲3(特開昭53-145564号公報)、甲4(特開平10-189496
号公報)及び甲5(特開2000-306865号公報)から、次の技術事項(以
下「周知の技術的事項1」という。)が周知であると認められる。(判決注:半導体
ウエハ(ウェハ)のうち、シリコンが素材のものをシリコンウエハと呼ぶ。)
「半導体ウエハをレーザ加工する技術分野において、半導体ウエハに反りがある
と加工位置に対して加工用レーザ光の焦点がずれることから、測距用レーザ光を半
導体ウエハに照射し、半導体ウエハの切断予定ラインに沿った表面(主面)の変位
を取得して、取得した主面の変位に基づき、加工用レーザ光のレンズと半導体ウエ
ハの主面との間隔を調整することで、加工用レーザ光の焦点の位置を調整し、半導
体ウエハの表面を加工すること。」
(イ) 甲6(特公平6-100711号公報)及び甲7(特開平10-28873
4号公報)から、次の技術事項(以下「周知の技術的事項2」という。)が周知であ
ると認められる。
「対象物であるシリコンウエハについて、シリコンウエハの一端部に存在する平
坦ではない部分(段差部や研磨ダレ部分等)に起因して光の合焦動作が困難になる
ことから、そのような部分において合焦動作を一時的に停止させて焦点を固定し、
そのような部分を外れると合焦動作を再開することにより、光の合焦動作を改善す
ること。」
イ 甲1発明に周知の技術的事項1及び周知の技術的事項2を適用することにつ
いて
甲1は、加工対象物の表面から裏面に向けて加熱溶融を進行させて加工対象物を
切断する従来の方法では加工対象物の表面のうち切断する箇所となる領域周辺も溶
融されてしまうことを課題として、レーザ光Lの集光点Pを加工対象物1の内部に
位置させて、改質領域を加工対象物1の内部にのみ形成して加工対象物を切断する
ことが記載されているから、そもそも半導体ウエハの表面に集光点を合わせて、
(表
面を)加工をするものである周知の技術的事項1を適用する動機付けがない。
また、甲1には、全体を見渡しても、加工対象物に反りがあることについての記
載は見当たらないし、甲1発明は、
「シリコンウエハ内部の調整された固定位置に集
光点Pが位置するように前記レンズ105を保持した状態で前記レーザ光Lを照射
しながら、前記全体制御部127は前記シリコンウエハと前記レンズ105とを前
記表面3に沿って相対的に移動させるように前記X、Y軸ステージ109、111
及びステージ制御部115を制御して前記切断予定ライン5の一端部を含む前記切
断予定ライン5に沿って改質領域7を形成する」ものであって、シリコンウエハに
反りがあることを想定したものでないことは明らかであるから、甲1発明に、加工
対象物に反りがあることを課題とした解決手段である周知の技術的事項1を適用す
る動機付けも見いだせない。
加えて、仮に、甲3ないし甲5に記載されているように、半導体ウエハが実際に
は反るものであるとしても、周知の技術的事項1では、半導体ウエハの表面を加工
するため、その位置の誤差の許容幅が小さいものとなり、正確な位置に集光点を合
わせることに必然性を有するものと認められる一方、甲1発明は、上記のとおり改
質領域を加工対象物1の内部にのみ形成するものであり、加工対象物1に厚みを有
すること(加工される内部は許容範囲を有すること)を考慮すれば、周知の技術的
事項1のように表面の加工を行うものと、甲1発明とでは集光点のZ軸方向の位置
に係る条件が異なる。そして、甲1発明の「シリコンウエハ内部の調整された固定
位置に前記レンズ105を保持した状態で前記レーザ光Lを照射しながら、前記全
体制御部127は前記シリコンウエハと前記レンズ105とを前記表面3に沿って
相対的に移動させるように前記X、Y軸ステージ109、111及びステージ制御
部115を制御して前記切断予定ライン5の一端部を含む前記切断予定ライン5に
沿って改質領域7を形成する」ことにより、例えばシリコンウエハの加工ができな
いような特段の事情は見当たらないから、甲1発明に上記周知の技術的事項1を適
用する動機付けは見いだせない。
そうすると、甲1発明に周知の技術的事項1を適用することが当業者にとって容
易になし得るものではないから、更に周知の技術的事項2を適用して相違点1に至
ることも、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
ウ 甲1発明に周知の技術的事項1及び周知の技術的事項2を適用する改変につ
いて
仮に、甲1発明に周知の技術的事項1を適用することができたとしても、以下に
説示するとおり、甲1発明に周知の技術的事項1を適用した上で周知の技術的事項
2を適用することは多段階の改変に該当し、そのような多段階の改変を要する本件
発明1が、甲1発明に基づいて容易になし得たものということはできない。
甲1には、光の合焦動作(フォーカス調整)を行うことの記載はあるものの、当
該合焦動作がシリコンウエハの一端部に存在する平坦でない部分についても行われ
ることは記載されていないし、加工対象物の平坦でない部分がフォーカス調整やレ
ーザ加工に対して悪影響を及ぼすとの課題についての記載も見当たらない。
さらに甲1には、加工対象物の表面に対してフォーカス調整を行った後に、Z軸
ステージでレ一ザ光Lの集光点を加工対象物の内部に移動させて、X、Y軸ステー
ジ109、111を制御して改質領域7を形成することが記載されていると認めら
れるから、該フォーカス調整は、改質領域の形成(加工)に先立って、加工対象物
の内部における改質領域の厚さ方向の位置(固定位置)を定めるためだけに行われ、
当該加工中は加工対象物の端部であるか否かに関わらず、全体に固定位置を維持す
るものであり、当該フォーカス調整は、加工対象物の表面の全体に沿って連続的に
行うものではないから、そもそもシリコンウエハの一端部に存在する平坦ではない
部分(段差部や研磨ダレ部分等)に起因して光の合焦動作が困難になるとの課題が
甲1に内在しているということもできない。
したがって、甲1発明に、合焦動作を連続的にすることを前提とする上記周知の
技術的事項2を適用する動機も見当たらない。
そして、シリコンウエハの一端部に存在する平坦ではない部分(段差部や研磨ダ
レ部分等)に起因して光の合焦動作が困難になるとの課題認識は、甲1発明に、フ
ォーカス調整を、加工対象物の表面の切断予定ラインの全体に沿って連続的に行っ
て加工対象物の表面の変位を取得して、取得した主面の変位に基づき、加工用レー
ザ光のレンズと半導体ウエハの主面との間隔を調整することで、加工用レーザ光の
集光点の位置を調整するとの技術的事項(例えば、周知の技術的事項1)を適用す
るという改変をした際に初めて生じるものであるから、仮に甲1発明に周知の技術
的事項1を適用できたとしても、その改変によって新たに生じた課題を解決するた
めに、シリコンウエハの一端部に存在する平坦ではない部分については該フォーカ
ス調整を一時的に停止させて焦点を固定し、当該平坦ではない部分を外れると合焦
動作を再開するとの技術的事項(周知の技術的事項2)を更に適用することは、多
段階での改変に該当するものであることは明らかであり、このような多段階の改変
が、当業者にとって容易に想到し得たということはできない。
エ 以上から、甲1発明に周知の技術的事項1及び周知の技術的事項2を適用す
ることが当業者にとって容易になし得るものではない。
オ また、甲2(特開平6-122084号公報)には、レーザ加工装置おいて、
円筒体の表面に微細な凹凸を形成したり、微細な孔を穿ったりする技術において、
その加工精度は、レーザ光の焦点距離の精度に依存するので、集光レンズと被加工
面との間隔を、加工作業中は常に所定の範囲内に保つ必要があることが記載されて
いるところ、甲2は、被加工物である円筒体の表面の加工に関するものであって、
その内部の加工をするものではないし、甲3ないし7を見ても、被加工物の内部を
加工する際の集光点の位置調整に関する課題を示すものではなく、甲1発明に周知
の技術的事項1及び周知の技術的事項2を適用することが動機付けられるものでは
ないから、上記の判断を左右するものではない。
カ したがって、本件発明1は、甲2ないし7の記載を踏まえても、甲1発明、
周知の技術的事項1及び周知の技術的事項2に基づいて、当業者が容易になし得た
ものとはいえないから、原告の主張する無効理由によって本件発明1に係る特許を
無効とすることはできない。
(4) 本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の構成を含んで更に限定したものに相当し、本件発明
2と、甲1発明とは、上記相違点1を有するものであるから、本件発明1と同様の
理由により、原告の主張する無効理由によって本件発明2に係る特許を無効とする
ことはできない。
(5) 結論
したがって、本件発明は、甲1発明、甲3ないし5に記載の周知の技術的事項1
並びに甲6及び7に記載の周知の技術的事項2に基づいて、当業者が容易に発明で
きたものとはいえないから、甲1発明に基づく進歩性欠如の無効理由によってそれ
らの特許を無効にすることはできない。
第3 原告が主張する審決取消事由
1 取消事由1(本件発明1に係る進歩性判断の誤り)
(1) 甲1発明の認定について
本件審決は、前記第2の3(1)のとおり甲1発明を認定したが、
(1f’)及び(1
g+1h’)の構成の認定には誤りがある。
ア 甲1の記載からすると、甲1発明の構成(1f’)及び(1g+1h’)は次
のとおり認定されるべきである(本件審決の認定と異なる部分に下線を付した。)。
(1f’ 前記全体制御部127は前記集光点Pが前記シリコンウエハ内部の所
)
定の位置に合う状態となる初期位置に前記レンズ105を保持するように前記保持
手段を制御し、
(1g+1h’ 前記レーザ光Lを照射しながら、前記全体制御部127は前記
)
X、Y軸ステージ109、lll及びステージ制御部ll5を制御して前記切断予
定ライン5の一端部を含む前記切断予定ライン5に沿って改質領域7を形成する、
イ 構成(1f’)について
甲1には、
「レーザ光Lの集光点Pが加工対象物1の内部になる位置に、Z軸ステ
ージ113により加工対象物1をZ方向に移動させる」という、初期位置における
レンズの位置を合わせが記載されているから、構成(1f’)は、上記のとおり認定
すべきである。
本件審決は、初期位置ではなく「固定位置」と認定したが、甲1発明の構成Fは、
集光点の初期位置設定のためのレンズ保持制御に係る構成であり、集光点を静止し
た加工対象物内部に対して、位置合わせをするという動作であるから、このような
位置合わせにおいて、焦点の位置を「固定」するという概念は生じ得ないので、構
成Fに対応する構成(1f’)を認定するに当たり、「固定位置」という認定をする
のは適切ではない。
ウ 構成(1g+1h’)について
甲1には、
「レーザ光Lの集光点Pが加工対象物1の内部になる位置に、Z軸ステ
ージ113により加工対象物1をZ方向に移動させる」(甲1・54頁3~5行)、
「切断ライン5に沿うようにX軸ステージ109やY軸ステージ111を移動させ
て、溶融処理領域を切断ライン5に沿うように加工対象物1の内部に形成する。 同
」
(
9~11行)というように、加工時におけるステージの移動に係る記載はあるもの
の、当該ステージの移動中に、集光点PがZ軸方向に対してどのような状態にある
かについては記載がない。そうすると、本件審決が、
「固定位置に集光点Pが位置す
るように前記レンズ105を保持した状態で」 「前記シリコンウエハと前記レンズ
、
105とを前記表面3に沿って相対的に移動させるように」との構成を認定したの
は、根拠のないものであって誤りである。
被告は、原告の審判請求書における主張が甲1発明の認定の根拠となるかのよう
な主張をするが、引用発明の認定は、引用文献に記載された事項及び当事者の技術
常識に基づいて行うべきであるから、被告の主張は失当である。
(2) 一致点及び相違点の認定
本件発明1と前記(1)で認定した甲1発明とを比較すると、両発明の一致点及び相
違点は次のとおりである。
(一致点)
「第一のレーザ光を加工対象物の内部に集光点を合わせて照射し、前記加工対象物
の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加工
装置であって、
前記第一のレーザ光を前記加工対象物に向けて集光するレンズと、
前記加工対象物を前記加工対象物の主面に沿って移動させる移動手段と、
前記レンズを前記主面に対して進退自在に保持する保持手段と、
前記移動手段及び前記保持手段それぞれの挙動を制御する制御手段と、を備え、
前記制御手段は前記集光点が前記加工対象物内部の所定の位置に合う状態となる
初期位置に前記レンズを保持するように前記保持手段を制御し、
前記第一のレーザ光を照射しながら、前記制御手段は前記加工対象物を移動させ
るように前記移動手段を制御して前記切断予定ラインの一端部において改質領域を
形成する、
レーザ加工装置。」
(相違点1)
「本件発明1は、
「初期位置」にレンズを保持した状態で「前記切断予定ラインの
一端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段は前記レンズを前記初期
位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面との間隔を調整しながら保持
するように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿
って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形成する」こと
を特定しているのに対して、甲1発明は、改質領域が形成されている間の集光点P
のZ軸方向の制御については、明示的記載がない点。」
(3) 容易想到性について
本件審決は、相違点1のうちの「改質領域の形成を、集光点のAF制御をしなが
ら行う点」
(以下「相違点(ア)」という。)及び「前記切断予定ラインの一端部にお
いて改質領域が形成された後に、前記制御手段は前記レンズを前記初期位置に保持
した状態を解除する点」
(以下「相違点(イ)」という。)について容易想到ではない
と判断したが、次のとおり誤りである。
ア 相違点(ア)について
(ア) 相違点(ア)を次のとおり修正して論じる。
「本件発明においては、前記レンズと前記主面との間隔を調整しながら保持する
ように前記保持手段(レンズ保持手段)を制御し、前記レンズと前記加工対象物と
を前記主面に沿って相対的に移動させる制御(加工中の集光点のAF(オートフォ
ーカス)制御)を切断予定ラインの一端部以外で行うのに対し、甲1発明において
は、切断中の集光点のAF制御を行う点について、明示的な記載がない点。」
(イ) 本件出願時において、レーザ加工を行いつつ、高さ方向の集光点をAF制御
することは、当業者の技術常識であった。というのも、レーザ加工では、加工時に
おけるレーザビームの振動やテーブルの振動などの外的要因によって、原点位置と
なる焦点位置の決定に不確定さが残り、品質低下が生じることや(甲33、38)、
また、加工対象物に凹凸があったり、ウエハに反りが存在したりすると、これらも
レーザ光の焦点ずれの原因の一つになることから(加工対象物を原因とする焦点ず
れ) 加工をしながら高さ方向の集光点をAF制御する必要があり、
、 加工をしながら
集光点のAF制御を行うことの当然のこと(周知)であったのである。
例えば、本件特許に係る明細書(以下、本件特許に係る明細書及び図面を併せて
「本件明細書」という。甲22)に特許文献1として引用されている特開2002
-219591号公報(甲32)に非連続出力型のレーザ光を被照射面に照射する
際に、
「照射位置のズレを常時測定して、常に焦点を合わせるように焦点位置駆動機
構をフィードバック制御すること」(段落【0010】)と記載があり、甲36(特
開平6―254691号公報)においても、その従来技術として、
「モータM3によ
る加工ヘッドのZ軸方向の移動を案内するZ軸ガイド」を設け、
「ワークWに対する
加工ヘッド1の距離を一定にするために加工ヘッド1の先端に取り付けられた距離
センサ2がワークに対する加工ヘッド1の距離を一定に保持するために加工ヘッド
1の先端に取り付けられた距離センサ2がワークWと加工ヘッドの距離を測定し、
NC制御部15へ測定信号をフィードバックし、最終的にレーザ光Lのスポット制
御をしている。」との記載がされている(段落【0003】、図9)。
また、甲3においては、
「半導体ウエハにソリがあると、受光器21の受光光量が
変化する」
(甲3・2頁左下欄下から4~2行)との理由により、半導体ウエハ表面
における反射光を受光する受光器の受光状態に応じてレーザ光線の集光レンズが上
下動せしめられて焦点調整を行うようにすること(甲3・2頁右上欄下から6~2
行)が記載されている。甲4及び5にも、甲3と同様の技術が記載されており、レ
ーザ加工においては、加工対象物を原因とする焦点ずれの観点からも、AF制御が
当然に必要とされていたことが理解できる。なお、甲5では、レーザ距離計9が具
体的にどのように対物レンズ14とウエハ4との距離を測定しているのかについて
は記載がないが、レーザ光を照射している以上、反射光から距離を測定しているこ
とは自明である。
以上からすると、少なくとも本件出願日の時点においては、
「半導体ウエハをレー
ザ加工により切断する際に、レーザビームの振動や、テーブルの振動などの外的影
響、及び、ウエハの反り(ウエハ大径化及び熱処理に基づく反り)の問題に起因し
て生じる、加工用のレーザ光線の焦点ずれを防ぐために、加工中にレーザ光を用い
てその反射光によりレーザ光の対物レンズとウエハ表面の距離(変化)を測定し、
これに応じて、加工用のレーザ光の対物レンズの位置を調整すること」は、当業者
の技術常識であったと理解できる(「周知の技術的事項1’。なお、周知の技術的事
」
項1’は、本件審決の「周知の技術的事項1」をより正確にしたものであり、実質
的な違いはない)。
(ウ) 前記(イ)の本件出願日時点における技術常識(周知の技術的事項1’)に照ら
せば、前記(ア)の相違点(ア) 実質的には存在しないか、
は、 仮に存在するとしても、
当業者が容易に想到し得るものである。
すなわち、甲1発明においては、被加工対象であるウエハが載置されたステージ
を移動させて改質領域を形成していくから、甲1の記載に触れた当業者であれば、
当然にステージの振動などにより、焦点がずれるものと理解し、加工中の集光点の
AF制御が甲1に明示されてはいないものの、当然に採用されるものと理解するか
ら、甲1には、前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動さ
せる制御(集光点のAF制御)が記載されているに等しい。仮にそうとはいえない
場合であっても、集光点のAF制御に係る技術常識からすると、甲1発明に対して、
集光点のAF制御を追加することは、当業者が容易になし得るものである。
(エ) 本件審決は、甲1発明が、レーザ光の集光点を加工対象物の内部に位置させ
て、改質領域を加工対象物の内部にのみ形成するものであり、加工される内部は許
容範囲があるなどとして、加工中に集光点のAF制御を適用する動機付けがないと
判断したが、誤りである。
甲1記載のいわゆる「ステルスダイシング」は、本件出願時には公知の技術であ
ったが、その加工対象物として、30㎛程度までの薄いウエハが切断可能であるこ
とが本件出願前に既に技術常識であった。このような技術常識を踏まえて甲1の内
容に触れた当業者は、振動などの外的要因の影響があっても、そのような薄いウエ
ハから外れることなく内部のみに改質領域を形成するためには、加工中の集光点の
制御が必要になると考えるから、加工中の集光点のAF制御については、ますます、
甲1に記載されているに等しいと理解する。
(オ) 本件審決は、甲3~5に示された技術では、半導体ウエハの表面を加工する
ため、その位置の誤差の許容幅が小さくなるから、正確な集光点を合わせることが
必然となるが、甲1発明では、改質領域を加工対象の内部に形成するところ、加工
対象物の厚みを考慮すると、シリコンウエハの加工ができないような特段の事情が
見当たらず、また、甲1には「ウエハの反り」についての記載がなく、問題となら
ないなどとして、甲1発明においては、加工中の集光点のAF制御適用する動機付
けがない旨判断しているが、誤りである。
すなわち、甲1に記載された技術は、改質領域(クラック領域)より形成される
クラックを成長させてウエハ等の割断を行うものであるところ、比較的厚いウエハ
の場合には、改質領域のZ方向の位置が割断精度に影響を与えるものであることは
甲1にも明記されているし(甲1・105頁15~23行)、加えて、前記(エ)のと
おり、甲1のようなステルスダイシングでは、30㎛程度までの極めて薄いウエハ
が切断可能である。そして、甲1に、シリコンウエハが加工対象物として明確に記
載されているところ、本件出願時において、反りのあるウエハが加工対象となるこ
とが避けられないから(甲3~5)、甲1発明(装置の発明)においても、反りのあ
るシリコンウエハが加工対象になり得ることは、当業者であれば、十分に予想する。
また、甲44(特開平11-345785号公報。本件明細書の特許文献2)の
記載から、切り残し部分が半分程度のセミフルカットのダイシングであっても、切
断深度のバラツキに起因して、クラックが生じるなどの要因によりチップ分割に支
障を来すことが理解できる。このような従来技術の問題に照らせば、従来技術のダ
イシングよりもはるかに分割の契機となる改質領域が少なく、改質領域以外の部分
が大きい甲1発明において、改質領域の深度がばらつけば、チップ分割に支障を来
すであろうことを当業者は当然に認識する。
(カ) 被告は、本件出願よりも1年以上前の平成14年12月6日、ステルスダイ
シングにおいて加工中のAF制御を組み合わせた出願をしたが(特開2004―1
88422号公報参照。甲38)、進歩性なしとされ、拒絶査定に至っており(甲3
9、40)、被告は、拒絶査定不服審判請求をしなかった(甲41)。この点からも、
相違点(ア)を容易想到と判断することが妥当であることが理解できる。
イ 相違点(イ)について
(ア) 相違点(イ)を次のとおり修正して論じる。
「本件発明においては、
「初期位置」にレンズを保持した状態で前記切断予定ライ
ンの一端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段は前記レンズを前記
初期位置に保持した状態を解除するのに対し、甲1発明においては、この点につい
て、明示的な記載がない点。」
(イ) 相違点(イ)に係る構成は、要するに、AF制御に向かない部分(端部)に
対して、集光点のAF制御を行わないということにすぎない。甲1発明においては、
切断対象材料として、広くシリコンウエハが開示されているところ、シリコンウエ
ハでは、面取り(べべリング)は、通常行われる処理であるから、甲1発明のシリ
コンウエハにおいても、周縁部(端部)に集光点のずれの原因となる傾斜や段差が
生じるので、甲1発明においては、シリコンウエハ端部における集光点のずれの問
題が内在している。
(ウ) 本件審決は、甲1には、合焦動作がシリコンウエハの一端部に存在する平坦
でない部分についても行われることや、加工対象物の平坦でない部分がフォーカス
調整やレーザ加工に対して悪影響を及ぼすとの記載もないこと、甲1におけるフォ
ーカス調整は、改質領域の形成(加工)に先立ってのみ行われ、加工対象物の表面
の全体に沿って連続的に行うものではないから、シリコンウエハの一端部に存在す
る平坦ではない部分(段差部や研磨ダレ部分等)に起因して光の合焦動作が困難に
なるとの課題が甲1に内在しているとはいえないと判断したが、誤りである。
すなわち、本件審決は、周知の技術的事項2と同じ解決課題が、甲1に記載され
ていなければ、甲1発明に対して周知の技術的事項2を組み合わせることができな
いとしたが、解決課題の共通性は、複数文献(周知技術の場合も同じ)の組合せを
肯定する一つの理由にすぎず、それが全てではないから、上記のような考え方自体
が誤っている。
そして、前記ア(オ)及び前記(イ)のとおり、当業者は、甲1発明では反りのあるウ
エハが加工対象となり得ると認識するところ、周知の技術的事項2として、加工対
象物であるシリコンウエハについて、シリコンウエハの一端部に存在する平坦では
ない部分(段差部や研磨ダレ部分等)に起因して光の合焦動作が困難になるとの課
題が存在すること及び当該課題に対応して、そのような部分において合焦動作を一
時的に停止させて焦点を固定し、そのような部分を外れると合焦動作を再開するこ
とにより、光の合焦動作を改善するという解決手段が知られていたから、甲1発明
に係る装置においても、当業者は、当然に問題になり得る上記課題を解決すべく、
周知の技術的事項2に係る解決手段を採用することは容易になし得た。
(エ) 本件審決は、シリコンウエハの一端部に存在する平坦ではない部分(段差部
や研磨ダレ部分等)に起因して光の合焦動作が困難になるとの課題認識は、甲1発
明に、加工中の集光点のAF制御に係る技術的事項(例えば、周知の技術的事項1)
を適用するという改変をした際に初めて生じるものであるから、その改変によって
新たに生じた課題を解決するために、シリコンウエハの一端部に存在する平坦では
ない部分について技術的事項(周知の技術的事項2)を更に適用することは、多段
階での改変に該当するものであり、当業者にとって容易に想到し得たということは
できないと判断した。
しかしながら、相違点(ア)
(加工中における集光点のAF制御)は、当業者の技
術常識に基づくと、甲1に記載されているに等しい。仮にそうでないとしても、相
違点(ア)に係る構成は、レーザ加工ではいわば当たり前の構成であるから、容易
想到性のハードルは極めて低い(実際、相違点(ア)は、本件明細書に当然の前提
として記載されている構成である)。
そうすると、相違点(ア)(実際には相違点ではない。)を周知技術により容易想
到と述べた上、相違点(イ)について、周知技術に基づいて容易想到としたとして
も、多段階の改変(いわゆる容易の容易)には該当しない。
ウ 被告の主張に対する反論
(ア) 被告は、相違点1に係る本件発明1の構成は、AF追従制御に関連する一まと
まりの構成であり、二つの相違点に分けることは妥当ではないと主張するが、本件
審決も周知の技術的事項1の適用の可否(相違点(ア)に対応)と周知の技術的事
項2の適用の可否(相違点(イ)に対応)の二つに分けて検討しているし、被告が、
甲1発明に集点光のAF制御を組み合わせた発明を出願していたことからしても、
相違点(ア)に係る構成が、分離可能な技術的に独立した構成であることは明らか
である。
(イ) 相違点(ア)に関して
a 被告は、相違点(ア)の容易想到性を論じる前提として、当該相違点を克服
するために必要な技術常識は、甲1発明と同様の「加工対象物の内部に改質領域を
形成するレーザ加工」において、加工中の集光点のAF制御を行うことに限定され
なければならないかのような主張をしているが、改良技術の初期の文献というのは、
改良された部分に着目して説明するものが多く、ベースとなる包括的な技術におい
て、基本的な技術を省略して記載する場合もあり得るのであり、対象とすべき文献
に狭い縛りをかけることは不当である。
b 被告は、甲1・105頁15~23行の記載につき、改質領域を形成する深
さ方向の位置が加工対象物の表面から遠すぎても近すぎても問題が生じ得るとの事
項を表したものにすぎず、AF追従制御の必要性を何ら示唆するものではないと主
張するが、これは、甲1に「文言として」何が書いてあるかを主張するにとどまり、
甲1の記載を見た当業者が、技術常識に基づいて、どのように理解するかという点
を考慮しないものである。
c 被告は、本件明細書は、加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加工」
「
に「加工時におけるAF制御」の技術を適用すること自体の新規性や進歩性につい
ては何も述べていないと主張するが、本件明細書の段落【0004】には、
「上記特
許文献1記載のレーザ加工技術においては、次のような解決すべき課題がある。 と
」
した上で、
「加工対象物の端部においてレーザ光の集光点がずれる場合がある」と記
載されているのであるから、本件発明において見いだされた解決課題は、
「特許文献
1記載のレーザ加工技術」すなわち、一般的なレーザ加工技術から導かれている。
被告は、なぜ、当業者が、出願時の技術常識に照らして、改質領域を形成する加工
装置において加工中の集光点のAF制御が不要であると認識するのかについて、明
確な根拠を示していない。
(ウ) 相違点(イ)に関して
被告の「多段の改変」に関する主張は、相違点(ア)が容易想到でないことを述
べるにとどまっており、被告も、相違点(イ)の容易想到性については争っていな
いものと理解される。
2 取消事由2(本件発明2に係る進歩性判断の誤り)
本件審決の本件発明1に関する進歩性の判断は誤りであるから、本件発明2につ
いて、「本件発明1と同様の理由」により進歩性を欠如するということはできない。
本件発明2は、本件発明1を引用した上で、構成(2A)及び(2B)を備えて
いるものであるところ、
(2A)の構成は本件発明1に含まれる構成であり、
(2B)
の「前記制御手段は前記レンズを前記主面に向かう方向に駆動させずに保持するよ
うに前記保持手段を制御する」との構成は、必ずしも明確ではないが、加工対象物
の他端においても、
「端部一定高さ加工」を行うことを意味するものであると善解し
ても、当該構成も、前記1(3)イで述べた理由により、「周知の技術事項2」に基づ
いて当業者が容易に想到し得るものである。
したがって、本件発明2に係る本件審決の判断は誤りである。
第4 被告の主張
1 取消事由1(本件発明1に係る進歩性判断の誤り)について
(1) 甲1発明の認定及び相違点の認定について
原告は、本件審決について、甲1発明の認定並びに一致点及び相違点の認定に誤
りがあると主張するが、次のとおり、本件審決の認定に誤りはない。
ア 構成(1f’)について
原告は、構成(1f’)の「固定位置に」を「初期位置に」と修正すべきであると
主張するが、
「初期位置」という用語は、本件発明1の構成(1F)~(1H)で使
用されている用語であり、AF追従制御(レンズの焦点位置を加工対象物の表面の
変位に追従するように自動的に制御するもの)の初期の位置という意味での「初期
位置」であるところ、甲1には、そのような初期位置についての記載はないから、
構成(1f’)を原告主張のように修正して認定することは妥当ではない。
甲1の記載からは、
「改質領域7を形成する工程では、レンズ105の集光点の加
工対象物内部のZ軸方向の調整された位置は、切断予定ライン5に沿って改質領域
7を形成する工程において固定されたもの(固定位置)であること」が理解でき、
審決が認定した構成(1f’)以上に本件発明の構成(1F)と対比するにふさわし
い構成は甲1には開示されていないのであるから、審決の構成(1f’)についての
認定に誤りはない。
イ 構成(1g+1h’)について
原告は、本件審決が、①「固定位置に集光点Pが位置するように前記レンズ10
5を保持した状態で」 ②
、 「前記シリコンウエハと前記レンズ105とを前記表面3
に沿って相対的に移動させるように」との構成を認定したが、これらについては甲
1に記載がないから、本件審決の認定は誤りであると主張する。
しかしながら、甲1に文言上明記がされていないとしても、
「甲1に記載されてい
る事項から本件特許の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が導き
出せる事項」は、
「甲1に記載されているに等しい事項」といえ、甲1発明の構成と
して認定して差し支えない。
そして、甲1の記載に、
「甲1には、切断予定ライン5に沿って改質領域7を形成
する際にレーザ光Lの集光点のZ軸方向の位置を調整すること示す記載は存在しな
い」という事実を考慮すれば、甲1に接した当業者が、甲1発明を、
「改質領域を形
成する工程で集光点のZ軸方向の位置を調整する」ことを含む発明であると理解す
ることはあり得ず、甲1発明においては、
「改質領域を形成する工程では集光点のZ
軸方向の位置は固定位置に保持されている」と理解する。そうすると上記①部分は、
甲1に記載されているに等しいといえる。
また、上記②部分は、原告が、審判請求書(甲23・13~14頁、15頁)に
おいて甲1発明が備える構成として主張していた構成そのものであるし、②部分を
備えていないとしても、そのことが本件審決の結論にどう影響するか、原告の主張
からは不明である。その点を措くとしても、甲1の5頁16~19行の「改質領域
は、加工対象物の内部に合わされたレーザ光の集光点に対して、加工対象物を相対
的に移動させることにより形成される。これによれば、上記相対的移動により、加
工対象物の表面上の切断予定ラインに沿って加工対象物の内部に改質領域を形成し
ている。」等の記載を考慮すれば、上記②部分の構成も、「甲1に記載されているに
等しい事項」といえる。
ウ 相違点1について
前記ア及びイのとおり、本件審決の甲1発明の構成の認定に誤りはないから、相
違点の認定にも誤りはない。なお、本件審決が認定したとおりの相違点1が存在す
ることも、本件の審判請求時には、原告が実質的に認めていた事項である。
(2) 容易想到性について
ア 相違点1に係る本件発明1の構成は、AF追従制御に関連する一まとまりの
構成であるから、原告が主張するように二つの相違点(相違点(ア)及び相違点(イ))
に分けることは妥当ではない。また、前記(1)のとおり、本件審決の相違点1の認定
に誤りはないから、原告の主張するように相違点を修正することは妥当ではない。
原告の主張は、独自の見解に基づく相違点(ア)及び相違点(イ)についての容
易想到性を論じるものであり、主張自体失当である。
イ(ア) 原告は、
「本件出願時において、レーザ加工を行いつつ、高さ方向の集光点
をAF制御することは、当業者の技術常識であった。」旨主張し、その根拠として甲
32及び36を挙げる。しかしながら、甲32及び36には、周知の技術的事項1」
「
に相当する技術的事項と同様の技術的事項が記載されているだけであり、それらに
記載された技術的事項が甲1発明のような「加工対象物の内部に改質領域を形成す
るレーザ加工」にも当てはまることを示す記載はないから、上記原告の主張は失当
である。
(イ) 原告は、甲3~5を根拠として、加工対象物に凹凸があったり、ウエハに反
りが存在したりすることが、レーザ光の焦点ずれの原因の一つとなり、加工をしな
がら集光点のAF制御が採用される理由となる旨の主張もしているが、甲3~5は、
本件審決が正しく認定しているとおり、
「半導体ウエハの表面を加工すること」に関
する事項を示すにすぎず、甲1発明のような「加工対象物の内部に改質領域を形成
するレーザ加工」にも当てはまる「加工しながらの集光点のAF制御が採用される
理由」を何ら示すものではない。
ウ 原告は、甲1には集光点のAF制御が記載されているに等しく、仮に記載さ
れているに等しいといえないとしても、集光点のAF制御に係る技術常識からする
と、甲1に対して集光点のAF制御を追加することは当業者が容易になし得るもの
であるなどと主張するが、甲1には、
「前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に
沿って相対的に移動させる制御」(集光点のAF制御)は全く記載されていないし、
甲1に対して、集光点のAF制御を追加することは、当業者が容易に想到し得たこ
とではない。
本件明細書の記載(段落【0004】【0006】
、 )は、「加工対象物の内部に改
質領域を形成するレーザ加工」に特許文献1(甲32)に開示されているような「加
工時におけるAF制御」の技術を適用することを仮定した場合には、
「加工対象物の
端部におけるレーザ光の集光点のずれ」という新たな問題が生じる、という課題を
記載したものであり、
「加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加工」に「加
工時におけるAF制御」の技術を適用すること自体の新規性や進歩性については何
も述べておらず、AF制御を採用することを当然の前提として発明の解決課題を論
じるものではない。
原告の集光点のAF制御に関する主張はいずれも根拠を欠き、希望的臆測を述べ
るものにすぎない。
エ 原告は、甲1の「クラック領域9と表面3の距離が比較的長いと、表面3側
においてクラック91の成長方向のずれが大きくなる。これにより、クラック91
が電子デバイス等の形成領域に到達することがあり、この到達により電子デバイス
等が損傷する。「表面3に近すぎる箇所にクラック領域9を形成するとクラック領
」
域9が表面3に形成される。このため、クラック領域9そのもののランダムな形状
が表面3に現れ、表面3のチッピングの原因となり、割断精度が悪くなる。」などの
記載(105頁15~23行)を根拠にるる主張するが、甲1の当該部分の記載は、
改質領域を形成する深さ方向の位置が加工対象物の表面から遠すぎても近すぎても
問題が生じ得る、という事項を述べたものにすぎず、AF追従制御の必要性を示唆
するものではない。
原告は、本件出願時には、甲1記載の「ステルスダイシング」の加工対象物とし
て、30㎛程度までの薄いウエハが切断可能であることは技術常識であり、当業者
は、そのような薄いウエハの内部に改質領域を形成するためには、加工中の集光点
の制御が必要であると考えるなどと主張するが、論理の飛躍がある。甲34(高岡
秀嗣「極薄半導体ウェハのダイシングに最適なステルスダイシング技術の原理と特
徴」(工業調査会発行「電子材料(2002年9月号)」17頁)、甲35(株式会
)
社日経BP発行「日経マイクロデバイス(2003年12月号)」118頁)に、甲
1発明に示されるようなステルスダイシング技術により厚さ30㎛までの薄型Si
ウエハにも適用可能である旨の記載があることは事実であるが、そのことは、甲1
発明に甲3~5で知られていた技術的事項(周知の技術的事項1)を適用すること
についての動機付けがあったことを意味するものではない。甲34、35には周知
の技術的事項1の適用を示唆する記載はなく、当業者がこれらの文献に接したとし
ても、甲1発明に周知の技術的事項1の適用を動機付けられることはない。
また、甲1にウエハの「反り」に関する記載がないということは、たとえ甲1発
明が「反り」のあるウエハをも加工対象とするものであるとしても、甲1発明にと
ってはその「反り」は何らかの対策を講じる必要がある問題ではなかったというこ
とを表していると解されるから、甲1発明に周知の技術的事項1を適用する動機付
けがないことを意味する。
オ 一般に、「出願人が拒絶査定不服審判請求をしなかったこと」が、「出願人が
拒絶査定の判断を認めたこと」も「拒絶査定の認定判断が正しいこと」も意味しな
いことは明らかである。したがって本件についても、被告が、甲38の特許出願に
ついての拒絶査定不服審判請求をしなかったことが、
「甲1発明において「加工中の
AF制御」を適用することが容易想到であったこと」の理由にならないことは明ら
かである。なお、甲38は、本件出願時点では未公開であったから、本件発明1、
2の新規性、進歩性の判断においては考慮する必要のないものである。
カ 原告は、本件審決が、周知の技術的事項2と同じ解決課題が甲1に記載され
ていなければ、甲1発明に対して周知の技術的事項2を組み合わせることができな
いとしたなどと主張するが、本件審決の判断内容を正解しないものである。本件審
決は、甲1発明に直接(周知の技術的事項1を採用することなく)周知の技術的事
項2を組み合わせる動機付けが存在しないことが明らかであるとし、甲1発明から
みると、周知の技術的事項2を適用することは多段階の改変に該当すると判断した
ものであり、その判断内容に誤りはない。
キ 甲1発明が「反り」のあるウエハをも加工対象とするものであるとしても、
周知の技術的事項1(加工中のAF制御)を採用しない甲1発明においては、
「シリ
コンウエハの一端部に存在する平坦ではない部分(段差部や研磨ダレ部分等)に起
因して光の合焦動作が困難になる」との課題は問題になり得ないから、
「甲1発明に
係る装置においても、当然に問題になり得る上記課題を解決すべく、周知の技術的
事項に係る解決手段を採用することは、当業者が容易になし得るものである。 との
」
原告の主張が誤りであることは明らかである。
ク 原告は、本件審決が、多段階での改変に当たると判断したことが誤りである
と主張するが、同主張は、加工中における集光点のAF制御が甲1に記載されてい
るに等しいか、極めて容易に想到されるものであることを前提とするものであって、
失当である。
2 取消事由2(本件発明2に係る進歩性判断の誤り)について
本件発明2が、本件発明1の構成を含んで更に限定したものに相当することに争
いはなく、本件発明1の進歩性が肯定される場合には当然に本件発明2の進歩性も
肯定される。そして、前記1のとおり、本件発明1の進歩性を肯定した本件審決の
判断に誤りはないから、本件発明2の進歩性も肯定されることとなり、原告の主張
する取消事由2は存在しない。
第5 当裁判所の判断
1 本件発明について
(1) 本件明細書(甲22)には、別紙「特許公報」のとおりの記載がある。
(2) 前記(1)の記載によると、本件発明は次のとおりと認められる。
本件発明は、レーザ光を照射することで加工対象物を加工するためのレーザ加工
方法及びレーザ加工装置に関するものである(本件明細書の段落【0001】。以
下、段落番号のみで示す。)。
従来のレーザ加工技術には、加工対象物を加工するためのレーザ光を集光する集
光レンズに対し、加工対象物の主面高さを測定する測定手段(接触式変位計や超音
波距離計等)を所定の間隔をもって並設させたものがあり、このようなレーザ加工
技術では、加工対象物の主面に沿ってレーザ光でスキャンする際に、測定手段によ
り加工対象物の主面高さを測定し、その測定点が集光レンズの直下に到達したとき
に、その主面高さの測定値に基づいて集光レンズと加工対象物の主面との距離が一
定となるように集光レンズをその光軸方向に駆動するものであるが、加工対象物の
外側の位置からレーザ光の照射を開始してレーザ光と加工対象物とをその主面に沿
って移動させて加工を行う場合に、測定手段は加工対象物の外側から測定を開始し、
加工対象物の内側へと測定を行っていくことになるところ、この測定によって得ら
れた主面高さの測定値に基づいて集光レンズを駆動すると、加工対象物の端部にお
いてレーザ光の集光点がずれる場合があるという課題があった(【0002】、【0
004】)。また、主面が凸凹している加工対象物を加工する従来技術には、加工
準備として加工を施す部分全ての平面度を平面度測定手段(投光器と反射光受光器
とを有する平面度測定器)によって測定した後、測定した平面度に基づいて加工対
象物を加工するものがあるが、加工対象物の主面の平面度を正確に把握できるのも
のの、加工準備と実際の加工とで同じ部位を2度スキャンしなければならないため、
時間がかかり加工効率が低下するという課題があった 【0003】
( 、
【0005】 。
)
そこで、本件発明1では、加工対象物の端部におけるレーザ光の集光点のずれを
極力少なくしつつ効率よくレーザ加工を行うことができるレーザ加工方法及びレー
ザ加工装置を提供することを目的とし(【0006】)、本件発明のレーザ加工装
置は、第一のレーザ光を加工対象物の内部に集光点を合わせて照射し、加工対象物
の切断予定ラインに沿って加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加工装置
であって、第1のレーザ光を前記加工対象物に向けて集光するレンズと、加工対象
物とレンズとを加工対象物の主面に沿って移動させる移動手段と、レンズを主面に
対して進退自在に保持する保持手段と、移動手段及び保持手段それぞれの挙動を制
御する制御手段と、を備え、制御手段は集光点が加工対象物内部の所定の位置に合
う状態となる初期位置にレンズを保持するように保持手段を制御し、当該位置にレ
ンズを保持した状態で第一のレーザ光を照射しながら、制御手段は加工対象物とレ
ンズとを主面に沿って相対的に移動させるように移動手段を制御して切断予定ライ
ンの一端部において改質領域を形成し、切断予定ラインの一端部において改質領域
が形成された後に、制御手段はレンズを初期位置に保持した状態を解除してレンズ
と主面との間隔を調整しながら保持するように保持手段を制御し、レンズと加工対
象物とを主面に沿って相対的に移動させるように移動手段を制御して改質領域を形
成するとの構成をとることにより(【0023】)、初期位置にレンズを保持した
状態で切断予定ラインの一端部において改質領域を形成するので、加工対象物の端
部の形状変動による影響を極力排除して改質領域を形成することができ、切断予定
ラインの一端部において改質領域を形成した後にレンズを保持した状態を解除し、
レンズの位置を調整しながら残部において改質領域を形成するので、加工対象物内
部の所定の位置に改質領域を形成することができるという効果を奏する(【002
4】)。
また、本件発明のレーザ加工装置では、切断予定ラインの一端部において改質領
域が形成された後に、制御手段はレンズを初期位置に保持した状態を解除してレン
ズと主面との間隔を調整しながら保持するように保持手段を制御し、レンズと加工
対象物とを主面に沿って相対的に移動させるように移動手段を制御して改質領域を
形成し、更に、制御手段はレンズを主面に向かう方向に駆動させずに保持するよう
に保持手段を制御すると共に、レンズと加工対象物とを主面に沿って相対的に移動
させるように移動手段を制御するものとすると、改質領域を形成した後にレンズを
主面に向かう方向に駆動しないように保持するので、例えば、次の切断予定ライン
の加工に移行する際に円滑な移行が可能となるとの効果を生じる(【0027】。
本件発明2)。
2 甲1発明について
(1) 平成14(2002)年3月21日に国際公開された甲1(国際公開第02
/22301号)は、発明の名称を「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」とする
特許協力条約に基づいて公開された国際出願の公開公報であり、その明細書及び図
面には、次のア~オの記載がある。
ア 技術分野
「本発明は、半導体材料基板、圧電材料基板やガラス基板等の加工対象物の切断
に使用されるレーザ加工方法及びレーザ加工装置に関する。 甲1の明細書の1頁。
(
」
以下頁数のみで示す。)
イ 背景技術
「レーザ応用の一つに切断があり、レーザによる一般的な切断は次の通りである。
例えば半導体ウエハやガラス基板のような加工対象物の切断する箇所に、加工対象
物が吸収する波長のレーザ光を照射し、レーザ光の吸収により切断する箇所におい
て加工対象物の表面から裏面に向けて加熱溶融を進行させて加工対象物を切断する。
しかし、この方法では加工対象物の表面のうち切断する箇所となる領域周辺も溶融
される。よって、加工対象物が半導体ウエハの場合、半導体ウエハの表面に形成さ
れた半導体素子のうち、上記領域付近に位置する半導体素子が溶融する恐れがある。
加工対象物の表面の溶融を防止する方法として、例えば、特開2000-219
528号公報や特開2000-15467号公報に開示されたレーザによる切断方
法がある。これらの公報の切断方法では、加工対象物の切断する箇所をレーザ光に
より加熱し、そして加工対象物を冷却することにより、加工対象物の切断する箇所
に熱衝撃を生じさせて加工対象物を切断する。(1頁)
」
ウ 発明の開示
「しかし、これらの公報の切断方法では、加工対象物に生じる熱衝撃が大きいと、
加工対象物の表面に、切断予定ラインから外れた割れやレーザ照射していない先の
箇所までの割れ等の不必要な割れが発生することがある。よって、これらの切断方
法では精密切断をすることができない。特に、加工対象物が半導体ウエハ、液晶表
示装置が形成されたガラス基板や電極パターンが形成されたガラス基板の場合、こ
の不必要な割れにより半導体チップ、液晶表示装置や電極パターンが損傷すること
がある。また、これらの切断方法では平均入力エネルギーが大きいので、半導体チ
ップ等に与える熱的ダメージも大きい。
本発明の目的は、加工対象物の表面に不必要な割れを発生させることなくかつそ
の表面が溶融しないレーザ加工方法及びレーザ加工装置を提供することである。 1
(
」
~2頁)
「(1)本発明に係るレーザ加工方法は、加工対象物の内部に集光点を合わせてレ
ーザ光を照射し、加工対象物の切断予定ラインに沿って加工対象物の内部に多光子
吸収による改質領域を形成する工程を備えることを特徴とする。
本発明に係るレーザ加工方法によれば、加工対象物の内部に集光点を合わせてレ
ーザ光を照射しかつ多光子吸収という現象を利用することにより、加工対象物の内
部に改質領域を形成している。加工対象物の切断する箇所に何らかの起点があると、
加工対象物を比較的小さな力で割って切断することができる。本発明に係るレーザ
加工方法によれば、改質領域を起点として切断予定ラインに沿って加工対象物が割
れることにより、加工対象物を切断することができる。よって、比較的小さな力で
加工対象物を切断することができるので、加工対象物の表面に切断予定ラインから
外れた不必要な割れを発生させることなく加工対象物の切断が可能となる。
また、本発明に係るレーザ加工方法によれば、加工対象物の内部に局所的に多光
子吸収を発生させて改質領域を形成している。よって、加工対象物の表面ではレー
ザ光がほとんど吸収されないので、加工対象物の表面が溶融することはない。なお、
集光点とはレーザ光が集光した箇所のことである。切断予定ラインは加工対象物の
表面や内部に実際に引かれた線でもよいし、仮想の線でもよい。 (2頁)
」
エ 発明を実施するための最良の形態(本実施形態の具体例)
「[第1例]
本実施形態の第1例に係るレーザ加工方法について説明する。図14はこの方法
に使用できるレーザ加工装置100の概略構成図である。レーザ加工装置100は、
レーザ光Lを発生するレーザ光源101と、レーザ光Lの出力やパルス幅等を調節
するためにレーザ光源101を制御するレーザ光源制御部102と、レーザ光Lの
反射機能を有しかつレーザ光Lの光軸の向きを90°変えるように配置されたダイ
クロイックミラー103と、ダイクロイックミラー103で反射されたレーザ光L
を集光する集光用レンズ105と、集光用レンズ105で集光されたレーザ光Lが
照射される加工対象物1が載置される載置台107と、載置台107をX方向に移
動させるためのX軸ステージ109と、載置台107をX軸方向に直交するY軸方
向に移動させるためのY軸ステージ111と、載置台107をX軸及びY軸方向に
直交するZ軸方向に移動させるためのZ軸ステージ113と、これら三つのステー
ジ109、111、113の移動を制御するステージ制御部115と、を備える。
Z軸方向は加工対象物1の表面3と直交する方向なので、加工対象物1に入射す
るレーザ光Lの焦点深度の方向となる。よって、Z軸ステージ113をZ軸方向に
移動させることにより、加工対象物1の内部にレーザ光Lの集光点Pを合わせるこ
とができる。また、この集光点PのX(Y)軸方向の移動は、加工対象物1をX(Y)
軸ステージ109(111)によりX(Y)軸方向に移動させることにより行う。X
(Y)軸ステージ109(111)が移動手段の一例となる。 (50~51頁)
」
「レーザ加工装置100はさらに、載置台107に載置された加工対象物1を可
視光線により照明するために可視光線を発生する観察用光源117と、ダイクロイ
ックミラー103及び集光用レンズ105と同じ光軸上に配置された可視光用のビ
ームスプリッタ119と、を備える。ビームスプリッタ119と集光用レンズ10
5との間にダイクロイックミラー103が配置されている。ビームスプリッタ11
9は、可視光線の約半分を反射し残りの半分を透過する機能を有しかつ可視光線の
光軸の向きを90°変えるように配置されている。観察用光源117から発生した
可視光線はビームスプリッタ119で約半分が反射され、この反射された可視光線
がダイクロイックミラー103及び集光用レンズ105を透過し、加工対象物1の
切断予定ライン5等を含む表面3を照明する。
レーザ加工装置100はさらに、ビームスプリッタ119、ダイクロイックミラ
ー103及び集光用レンズ105と同じ光軸上に配置された撮像素子121及び結
像レンズ123を備える。撮像素子121としては例えばCCD(charge-coupled
device)カメラがある。切断予定ライン5等を含む表面3を照明した可視光線の反
射光は、集光用レンズ105、ダイクロイックミラー103、ビームスプリッタ1
19を透過し、結像レンズ123で結像されて撮像素子121で撮像され、撮像デ
ータとなる。(51~52頁)
」
「レーザ加工装置100はさらに、撮像素子121から出力された撮像データが
入力される撮像データ処理部125と、レーザ加工装置100全体を制御する全体
制御部127と、モニタ129と、を備える。撮像データ処理部125は、撮像デ
ータを基にして観察用光源117で発生した可視光の焦点が表面3上に合わせるた
めの焦点データを演算する。この焦点データを基にしてステージ制御部115がZ
軸ステージ113を移動制御することにより、可視光の焦点が表面3に合うように
する。よって、撮像データ処理部125はオートフォーカスユニットとして機能す
る。また、撮像データ処理部125は、撮像データを基にして表面3の拡大画像等
の画像データを演算する。この画像データは全体制御部127に送られ、全体制御
部で各種処理がなされ、モニタ129に送られる。これにより、モニタ129に拡
大画像等が表示される。(52頁)
」
「全体制御部127には、ステージ制御部115からのデータ、撮像データ処理
部125からの画像データ等が入力し、これらのデータも基にしてレーザ光源制御
部102、観察用光源117及びステージ制御部115を制御することにより、レ
ーザ加工装置100全体を制御する。(52~53頁)
」
「加工対象物1はシリコンウエハである。
まず、加工対象物1の光吸収特性を図示しない分光光度計等により測定する。こ
の測定結果に基づいて、加工対象物1に対して透明な波長又は吸収の少ない波長の
レーザ光Lを発生するレーザ光源101を選定する(S101)。次に、加工対象物
1の厚さを測定する。厚さの測定結果及び加工対象物1の屈折率を基にして、加工
対象物1のZ軸方向の移動量を決定する(S103)。これは、レーザ光Lの集光点
Pが加工対象物1の内部に位置させるために、加工対象物1の表面3に位置するレ
ーザ光Lの集光点を基準とした加工対象物1のZ軸方向の移動量である。この移動
量を全体制御部127に入力される。
加工対象物1をレーザ加工装置100の載置台107に載置する。そして、観察
用光源117から可視光を発生させて加工対象物1を照明する(S105) 照明さ
。
れた切断予定ライン5を含む加工対象物1の表面3を撮像素子121により撮像す
る。この撮像データは撮像データ処理部125に送られる。この撮像データに基づ
いて撮像データ処理部125は観察用光源117の可視光の焦点が表面3に位置す
るような焦点データを演算する(S107)。
この焦点データはステージ制御部115に送られる。ステージ制御部115は、
この焦点データを基にしてZ軸ステージ113をZ軸方向の移動させる
(S109)。
これにより、観察用光源117の可視光の焦点が表面3に位置する。 (53頁)
」
「全体制御部127には予めステップS103で決定された移動量データが入力
されており、この移動量データがステージ制御部115に送られる。ステージ制御
部115はこの移動量データに基づいて、レーザ光Lの集光点Pが加工対象物1の
内部となる位置に、Z軸ステージ113により加工対象物1をZ軸方向に移動させ
る(S111)。
次に、レーザ光源101からレーザ光Lを発生させて、レーザ光Lを加工対象物
1の表面3の切断予定ライン5に照射する。レーザ光Lの集光点Pは加工対象物1
の内部に位置しているので、溶融処理領域は加工対象物1の内部にのみ形成される。
そして、切断予定ライン5に沿うようにX軸ステージ109やY軸ステージ111
を移動させて、溶融処理領域を切断予定ライン5に沿うように加工対象物1の内部
に形成する(S113)」
。(54頁)
「[第10例]
本実施形態の第10例は、加工対象物の厚み方向におけるレーザ光の集光点の位
置を調節することにより、加工対象物の厚み方向における改質領域の位置を制御し
ている。(104頁)
」
「図98に示すクラック領域9は、パルスレーザ光Lの集光点を加工対象物1の
厚み方向において厚みの半分の位置より表面(入射面)3に近い位置に調節して形
成されたものである。クラック領域9は加工対象物1の内部中の表面3側に形成さ
れる。図99は図98に示す加工対象物1の部分断面図である。クラック領域9が
表面3側に形成されているので、自然に成長するクラック91は表面3又はその近
傍に到達する。よって、切断予定ライン5に沿った割れが表面3に生じやすいので、
加工対象物1を容易に切断することができる。 (105頁)
」
「なお、パルスレーザ光Lの集光点を加工対象物1の厚み方向において厚みの半
分の位置より表面3に遠い位置に調節してクラック領域9を形成することもできる。
この場合、クラック領域9は加工対象物1の内部中の裏面21側に形成される。 1
」
(
05~106頁)
オ 図面
(2) 甲1発明について
前記(1)によると、甲1には、次のとおりの甲1発明が記載されているものと認め
られる
(前記第2の3(1)の本件審決の認定した甲1発明とは異なる部分に下線を付
した。。
)
(1a)レーザ光Lを加工対象物1であるシリコンウエハの内部に集光点Pを合
わせて照射し、前記シリコンウエハの切断予定ライン5に沿って前記シリコンウエ
ハの内部に改質領域7を形成するレーザ加工装置100であって、
(1b)前記レーザ光Lを前記シリコンウエハに向けて集光するレンズ105と、
(1c)前記シリコンウエハと前記レンズ105とを前記シリコンウエハの表面
3(レーザ光Lの入射面)に沿って移動させるX、Y軸ステージ109、111及
びステージ制御部115と、
(1d)前記レンズ105を前記表面3に対して進退自在に保持する保持手段と、
(1e) 前記X、Y軸ステージ109、111、ステージ制御部115、及び前
記保持手段それぞれの挙動を制御する全体制御部127と、を備え、
(1f’ 前記全体制御部127は前記集光点Pが前記シリコンウエハ内部の所
)
定の位置に合う状態となる位置に前記レンズ105を保持するように前記保持手段
を制御し、
(1g+1h’ 前記レーザ光Lを照射しながら、前記全体制御部127は前記
)
X、Y軸ステージ109、111及びステージ制御部115を制御して前記切断予
定ライン5の一端部を含む前記切断予定ライン5に沿って改質領域7を形成する、
(1i)上記レーザ加工装置100。
(3) 甲1発明の認定についての補足
ア 構成(1f’)について
本件審決は、構成(1f’)において、前記レンズ105が「固定位置」に保持さ
れるものと認定したが、甲1には、レンズ105の位置が固定である旨の記載はな
い。そして、前記(1)のとおり、甲1には「全体制御部127には予めステップS1
03で決定された移動量データが入力されており、この移動量データがステージ制
御部115に送られる。ステージ制御部115はこの移動量データに基づいて、レ
ーザ光Lの集光点Pが加工対象物1の内部となる位置に、Z軸ステージ113によ
り加工対象物1をZ軸方向に移動させる(S111)」
。(54頁)との記載があるか
ら、甲1発明においては、レーザ光Lの集光点Pが加工対象物1の内部となる位置
に、加工対象物1をZ軸方向に移動させており、この移動量については、甲1に「加
工対象物1の厚さを測定する。厚さの測定結果及び加工対象物1の屈折率を基にし
て、加工対象物1のZ軸方向の移動量を決定する(S103)」
。(53頁)とあるか
ら、甲1発明による厚さの測定結果及び加工対象物1(シリコンウエハ)の屈折率
から決定されるものである。そして、加工対象物1をZ軸方向に移動させることに
より、加工対象物1との関係におけるレンズ105の位置が定まるので、上記各記
載によると、甲1発明においては、レンズ105は、レーザ光Lの集光点Pが加工
対象物1の内部となる位置に合う状態となる位置に保持されるものと認められる。
なお、原告は、
「固定位置」に代えて「初期位置」と認定すべきと主張するが、甲
1の記載からは、上記のように定められたレンズ105の位置が、本件発明1と同
じ意味における初期位置であるとの限定がされているとまではいえないので、甲1
発明については、前記(2)のとおり認定するのが相当である。
イ 構成(1g+1h’)について
本件審決は、構成(1g+1h’)について、「シリコンウエハ内部の調整された
固定位置に集光点Pが位置するように前記レンズ105を保持した状態で前記レー
ザ光Lを照射しながら、「前記全体制御部127は前記シリコンウエハと前記レン
」
ズ105とを前記表面3に沿って相対的に移動させるように前記X、Y軸ステージ
109、111及びステージ制御部115を制御」して改質領域を形成するものと
認定した。
しかしながら、前記アで指摘した甲1の記載によると、甲1発明においては、レ
ーザ光Lの集光点Pが加工対象物1の内部となる位置に合うようにレンズ105が
保持されるものであるものの、集光点Pがシリコンウエハ内部の固定位置に位置す
ることについての記載はないから、甲1発明において、
「シリコンウエハ内部の調整
された固定位置に集光点Pが位置するように前記レンズ105を保持した状態で前
記レーザ光Lを照射」しているとは認められない。
また、前記(1)のとおり、甲1には「切断予定ラインは加工対象物の表面や内部に
実際に引かれた線でもよいし、仮想の線でもよい。 (2頁)との記載があるととも
」
に、甲1発明に相当する本実施形態の具体例[第1例]について、
「レーザ光Lを加工
対象物1の表面3の切断予定ライン5に照射する。レーザ光Lの集光点Pは加工対
象物1の内部に位置しているので、溶融処理領域は加工対象物1の内部にのみ形成
される。そして、切断予定ライン5に沿うようにX軸ステージ109やY軸ステー
ジ111を移動させて、溶融処理領域を切断予定ライン5に沿うように加工対象物
1の内部に形成する(S113)」
。(54頁)との記載があるから、甲1発明におけ
る切断予定ライン5は加工対象物1の表面に実際に又は仮想的に引かれた線である
と認められる。そして、上記の(S113)に係る記載のとおり、甲1には、レー
ザ光Lを照射しながら加工対象物1であるシリコンウエハをX軸方向やY軸方向に
移動せることが記載されているものの、レーザ光Lを照射しながら加工対象物1を
Z軸方向に移動させることについての記載はなく、示唆もない。
そうすると、甲1発明においては、表面3に引かれた切断予定ライン5に沿うよ
うにX軸方向及びY軸方向にシリコンウエハを移動するような制御がされていると
認められるものの、シリコンウエハの厚みやZ軸方向の位置に変化があった場合に、
シリコンウエハとレンズ105を、表面3のZ軸方向の変化に合わせて、Z軸方向
に移動させるような制御がされているとはいえない。
3 取消事由1について
(1) 本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点
本件発明1と前記の甲1発明を比較すると、次の一致点及び相違点があると認め
られる。
ア 一致点
第一のレーザ光を加工対象物の内部に集光点を合わせて照射し、前記加工対象物
の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加工
装置であって、
前記第1のレーザ光を前記加工対象物に向けて集光するレンズと、
前記加工対象物と前記レンズとを前記加工対象物の主面に沿って移動させる移動
手段と、
前記レンズを前記主面に対して進退自在に保持する保持手段と、
前記移動手段及び前記保持手段それぞれの挙動を制御する制御手段と、を備え、
前記制御手段は前記集光点が前記加工対象物内部の所定の位置に合う状態となる
位置に前記レンズを保持するように前記保持手段を制御し、
前記第一のレーザ光を照射しながら、前記制御手段は前記加工対象物を移動させ
るように前記移動手段を制御して前記切断予定ラインの一端部において改質領域を
形成する、
レーザ加工装置。
イ 相違点
本件発明1は、
「初期位置」にレンズを保持した状態で「前記切断予定ラインの一
端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段は前記レンズを前記初期位
置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面との間隔を調整しながら保持す
るように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿っ
て相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形成する」ことを
特定しているのに対して、甲1発明は、そのような特定がされない点。
(2) 容易想到性
ア 本件審決の認定したとおり、証拠(甲3~5)によると、周知の技術的事項
1(半導体ウエハをレーザ加工する技術分野において、半導体ウエハに反りがある
と加工位置に対して加工用レーザ光の焦点がずれることから、測距用レーザ光を半
導体ウエハに照射し、半導体ウエハの切断予定ラインに沿った表面(主面)の変位
を取得して、取得した主面の変位に基づき、加工用レーザ光のレンズと半導体ウエ
ハの主面との間隔を調整することで、加工用レーザ光の焦点の位置を調整し、半導
体ウエハの表面を加工すること)が、証拠(甲6及び7)によると、周知の技術的
事項2(対象物であるシリコンウエハについて、シリコンウエハの一端部に存在す
る平坦ではない部分(段差部や研磨ダレ部分等)に起因して光の合焦動作が困難に
なることから、そのような部分において合焦動作を一時的に停止させて焦点を固定
し、そのような部分を外れると合焦動作を再開することにより、光の合焦動作を改
善すること)が、それぞれ周知であったものと認められる(前記第2の3(3)ア)。
イ 前記(1)イの相違点に係る構成を甲1発明において採用することが容易想到と
いえるか検討するに、甲1には、加工対象物の反りや、X、Y軸ステージの振動等
により、レーザ光の焦点ずれが生じ得ることについての記載はなく、加えて、前記
2(1)エのとおり、甲1(105頁)には「図98に示すクラック領域9は、パルス
レーザ光Lの集光点を加工対象物1の厚み方向において厚みの半分の位置より表面
(入射面)3に近い位置に調節して形成されたものである。クラック領域9は加工
対象物1の内部中の表面3側に形成される。 「パルスレーザ光Lの集光点を加工対
」
象物1の厚み方向において厚みの半分の位置より表面3に遠い位置に調節してクラ
ック領域9を形成することもできる。」といった記載があり、甲1発明においては、
シリコンウエハ内部の改質領域の位置は、シリコンウエハの厚み方向において厚み
の半分の位置よりも表面に近い位置から、同半分の位置よりも表面に遠い位置まで
の、ある程度の幅をもった範囲に設定され得るものであると理解されることからす
ると、甲1の記載に触れた当業者が、直ちに、X、Y軸ステージの振動等の外的要
因や加工対象物であるシリコンウエハの反りのために、レーザ光の集光点のZ軸方
向の位置がずれ、改質領域の位置がずれることによって、シリコンウエハの割れに
大きな影響を及ぼして品質低下を生じさせると理解するとはいえない。
そうすると、甲1発明において、AF制御をする動機付けがあると認めることは
できない。また、周知の技術的事項1は半導体ウエハの表面の加工についてのAF
制御をいうものであるところ、これが周知であるからといって、動機付けがないに
もかかわらず、甲1発明のようなステルスダイシングに適用できるとはいえない。
したがって、甲1発明において「前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿
って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形成する」構成
を採用することについて、当業者が容易に想到できたと認めることはできない。
ウ(ア) 原告は、レーザ加工の技術分野において、加工時におけるレーザビームの
振動やテーブルの振動などの外的要因や加工対象物の凹凸や反りが、レーザ光の焦
点ずれの原因となることが知られており、高さ方向(Z軸方向)の集光点をAF制
御することは当然のことであり技術常識であったから、Z軸方向のAF制御をする
ことは甲1に記載されているに等しく、少なくとも容易想到であると主張する。
しかしながら、甲1には、加工時に、レーザ光Lの集光点Pについて、Z軸方向
の制御をすることについての記載はない。また、前記2(1)ウのとおり、 (2頁)
甲1
には「本発明に係るレーザ加工方法によれば、加工対象物の内部に集光点を合わせ
てレーザ光を照射しかつ多光子吸収という現象を利用することにより、加工対象物
の内部に改質領域を形成している。加工対象物の切断する箇所に何らかの起点があ
ると、加工対象物を比較的小さな力で割って切断することができる。本発明に係る
レーザ加工方法によれば、改質領域を起点として切断予定ラインに沿って加工対象
物が割れることにより、加工対象物を切断することができる。よって、比較的小さ
な力で加工対象物を切断することができるので、加工対象物の表面に切断予定ライ
ンから外れた不必要な割れを発生させることなく加工対象物の切断が可能となる。」
との記載があり、同記載に照らすと、甲1発明は、加工対象物であるシリコンウエ
ハの内部に改質領域を形成して、改質領域を起点として切断予定ラインに沿って加
工対象物を割るというものである。そして、前記アのとおり、周知の技術的事項1
は、半導体ウエハの表面を加工する際に、半導体ウエハに反りがあると加工位置に
対して加工用レーザ光の焦点がずれることから、表面の変位に基づいてAF制御を
して表面を加工するというものであるところ、シリコンウエハの内部に改質領域を
形成する際に、このような半導体ウエハの表面加工に係る周知の技術的事項1をそ
のまま適用できるとはいえない。
(イ) 当業者が、甲1の記載から、甲1発明において、加工中の集光点AF制御が
当然に採用されるものと理解するといえるには、甲1発明において、シリコンウエ
ハの反りやX、Y軸ステージの振動により、集光点のZ軸方向の位置がずれ、その
結果、改質領域が形成される位置がずれることとなり、その改質領域の位置のZ軸
方向のずれに起因して割断精度が悪くなる等の品質低下の問題を生じることが明ら
かであり、そのために、AF制御が必要であることまでを当業者が認識することを
要するものと考えられる。ところが、当業者にとって、上記のような問題が生じる
ことが明らかであると認識できたと認めるに足りる証拠はなく、そのような技術常
識は認められないところ、前記のとおり、甲1には、改質領域が形成される位置が、
ある程度の幅をもった範囲に設定され得ることを示唆する記載があるから、周知の
技術的事項1を考慮しても、また、甲1発明の加工対象物として、30㎛程度まで
の薄いシリコンウェアが対象となり得ることを考慮しても、当業者が、甲1の記載
から、甲1発明において加工中の集光点のAF制御が当然に採用されると理解する
とはいえない。
(ウ) 原告は甲1の「クラック領域9と表面3の距離が比較的長いと、表面3側に
おいてクラック91の成長方向のずれが大きくなる。これにより、クラック91が
電子デバイス等の形成領域に到達することがあり、この到達により電子デバイス等
が損傷する。クラック領域9を表面3付近に形成すると、クラック領域9と表面3
の距離が比較的短いので、クラック91の成長方向のずれを小さくできる。よって、
電子デバイス等を損傷させることなく切断が可能となる。但し、表面3に近すぎる
箇所にクラック領域9を形成するとクラック領域9が表面3に形成される。このた
め、クラック領域9そのもののランダムな形状が表面3に現れ、表面3のチッビン
グの原因となり、割断精度が悪くなる。」との記載(105頁15~23行)をもっ
て、比較的厚いウエハの場合には、改質領域のZ軸方向の位置が割断精度に影響を
与えるものであることが甲1に明記されていると主張するが、同記載をもって、シ
リコンウエハの反りやX、Y軸ステージの振動に起因する改質領域の形成される位
置のZ軸方向のずれが、品質低下の問題を生じる程度のものであることが明らかと
なるものではないから、上記記載部分を踏まえても、当業者が、甲1の記載から甲
1発明において加工中の集光点のAF制御が当然に採用されると理解するとはいえ
ない。
(エ) 原告は、本件明細書(
【0004】)に、従来技術に加工対象物の端部におい
てレーザ光の集光点がずれる場合があるとの課題があると記載されていることから
も、一般的なレーザ加工技術の課題として、甲1発明においても、加工中の集光点
のAF制御が必要であると主張するが、本件明細書の上記記載を踏まえても、前記
(イ)のとおり、当業者が、甲1発明において、加工対象物の内部に改質領域を形成す
るために、加工時におけるAF制御としての加工中のZ軸方向の位置の制御が必要
であるとの課題を認識するとはいえない。また、原告が指摘する証拠はいずれも、
加工対象物の内部に改質領域を形成する甲1発明において、加工中のZ軸方向の位
置の制御が必要であることが技術常識であることを裏付けるものとはいえない。
そして、原告主張に係る被告の本件以外の出願の状況が、本件発明の進歩性の判
断を左右するものではない。
(オ) そうすると、原告の主張はいずれも理由がない。
(3) 小括
したがって、本件発明1が、甲1発明に周知の技術的事項を適用して当業者が容
易に想到できたものとは認められないから、原告の主張する取消事由1には理由が
ない。
(4) 本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の構成を全て包含するものであるところ、前記のとお
り、本件発明1の構成は甲1発明に周知の技術的事項を適用して当業者が容易に想
到できたものではないから、本件発明2についても、甲1発明に周知の技術的事項
を適用して当業者が容易に想到できたものとはいえない。
したがって、原告の主張する取消事由2には理由がない。
第6 結論
以上の次第であるから、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし
て、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
本 多 知 成
裁判官
浅 井 憲
裁判官
勝 又 来 未 子
(別紙)
当事者目録
原 告 株 式 会 社 東 京 精 密
同訴訟代理人弁護士 服 部 誠
中 村 閑
柿 本 祐 依
同訴訟代理人弁理士 相 田 義 明
山 下 崇
同訴訟復代理人弁理士 加 藤 志 麻 子
被 告 浜松ホトニクス株式会社
同訴訟代理人弁護士 設 樂 隆 一
尾 関 孝 彰
河 合 哲 志
松 本 直 樹
大 澤 恒 夫
同訴訟代理人弁理士 長 谷 川 芳 樹
柴 田 昌 聰
小 曳 満 昭
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