令和5(行ケ)10031審決取消請求事件
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
令和5年9月7日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告株式会社池上製麺所 被告特許庁長官
|
法令 |
商標権
商標法3条1項4号10回 商標法3条2項2回 商標法3条1回
|
キーワード |
審決21回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
1 本願商標
2 特許庁における手続の経緯
0類「うどんの麺、即席うどんの麺、調理済み麺類、うどんつゆ付きうどんの麺、
3 本件審決の理由の要点20
1 「池上」の文字について
2>池のほとり、との記載がある(甲15)。25
2 「製麺所」の文字について
3 本願商標について
1 本願商標は、ありふれた氏である「池上」の文字と、自己の業態を示すため
4100人存在し、全国で447番目に多い氏であること(甲17)、④「姓名分布5
5)がそれぞれ記載されている。
1)、例えば、香川県観光協会のウェブサイト「うどん県旅ネット」において、「う
2年時点の全国のうどん店数及びラーメン店数(実数)、あるいは平成28年時点の
40)などにみられるとおり、「麺類を主とする飲食物の提供」を行う者に普通に採
1 商標法3条は商標登録の要件を規定するものであり、同条1項柱書及び同項
4号によると、「ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章の
2 本願商標は、「池上」の文字と「製麺所」の文字からなる結合商標である。以20
8、10、12、33~35、45~47、51)
12、41~47、49~54、乙9、11、13~32、36~42)
3 本願商標について
4 したがって、本願商標は商標法3条1項4号に該当するから、本件審決には |
事件の概要 |
本件は、商標登録出願(商願2020-117387)の拒絶査定に対する不服25
審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり、争点は、同出願に係る商標(以下
「本願商標」という。)が商標法3条1項4号に掲げる商標に該当するか否かである。 |
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 商標権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
令和5年9月7日判決言渡
令和5年(行ケ)第10031号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和5年7月11日
判 決
原 告 株 式 会 社 池 上 製 麺 所
同訴訟代理人弁理士 中 井 博
洲 崎 竜 弥
10 岡 本 茂 樹
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 石 塚 利 恵
高 野 和 行
15 清 川 恵 子
山 田 啓 之
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
20 事 実 及 び 理 由
第1 原告の求めた裁判
特許庁が不服2022-10063号事件について令和5年2月21日にした審
決を取り消す。
第2 事案の概要
25 本件は、商標登録出願(商願2020-117387)の拒絶査定に対する不服
審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり、争点は、同出願に係る商標(以下
「本願商標」という。が商標法3条1項4号に掲げる商標に該当するか否かである。
)
1 本願商標
本願商標は、次のとおりのものである。
(1) 商標
5 池上製麺所(標準文字)
(2) 指定商品及び指定役務(令和4年6月30日付け手続補正書による補正後の
もの)
第43類「飲食物の提供」
2 特許庁における手続の経緯
10 原告は、令和2年9月23日、本願商標について、指定商品及び指定役務を第3
0類「うどんの麺、即席うどんの麺、調理済み麺類、うどんつゆ付きうどんの麺、
うどんのつゆ、穀物の加工品」及び第43類「飲食物の提供」として商標登録出願
をし、令和3年9月3日付けで拒絶理由通知を受け、令和4年1月17日に意見書
を提出したが、同年3月29日付けで拒絶査定を受けた。原告は、同年6月30日、
15 同拒絶査定を不服として不服審判請求をするとともに、手続補正書を提出し、指定
商品及び指定役務から第30類を削除し、前記1(2)のとおりに補正した。特許庁は、
同不服審判請求を不服2022-10063号事件として審理した上、令和5年2
月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」とい
う。)をし、その謄本は、同年3月3日、原告に送達された。
20 3 本件審決の理由の要点
(1) 商標法3条1項4号該当性について
本願商標の構成中、
「池上」の文字は、日本人の姓氏の一つであり、我が国におい
て同種の氏が多数存在する名字として紹介されていることを踏まえると、
「池上」は
ありふれた氏といえる。
25 また、本願商標の構成中、
「製麺所」の文字は、うどん、ラーメン、そば、つけ麺
等の「麺類を主とする飲食物の提供」を行う業界において、自己の業態を示すため
に、その名称(商号)の一部に普通に使用されているものといえる。
さらに、ありふれた氏と「製麺所」の文字を組み合わせた名称が、
「麺類を主とす
る飲食物の提供」を行う者に採択されている実情もうかがえる。
以上を踏まえると、本願商標は、ありふれた氏である「池上」の文字と業種名と
5 して普通に使用されている「製麺所」の文字とを結合したものであって、かつ、標
準文字で表されたものであるから、本願商標は、ありふれた名称を普通に用いられ
る方法で表示する標章のみからなる商標であり、本願商標は、商標法3条1項4号
に該当する。
(2) 商標法3条2項該当性について
10 原告は、昭和32年から、本願商標を、原告の運営する讃岐うどん店(以下「原
告店舗」という。)の店名として使用しており、原告店舗が、テレビ番組、新聞記事
及びウェブサイト記事において複数紹介されたことがあるものと認められる。しか
し、原告店舗が、一部のうどん愛好家に止まらず、本願の指定役務の需要者である
一般消費者の間でも広く認識されているとまではいうことはできず、本願商標は、
15 その指定役務である「飲食物の提供」に使用された結果、需要者が何人かの業務に
係る役務であることを認識することができるに至ったものとは認められない。
したがって、本願商標は、商標法3条2項の要件を具備しない。
第3 原告の主張する取消事由
本件審決は、本願商標が商標法3条1項4号に該当すると判断したが、次のとお
20 り、本願商標は商標登録が認められるべきものであって、本件審決の同号該当性に
係る判断には誤りがあるから、本件審決は取り消されるべきである。
1 「池上」の文字について
(1) 池上の文字は、次のとおり、様々な意味を表す語として用いられている。
ア 「広辞苑」には、「ち-じょう[池上]」の見出しの下、<1>池の水面、<
25 2>池のほとり、との記載がある(甲15)。
イ 「いけがみ」「いけのうえ」「いけうえ」又は「いけかみ」と読まれる姓氏
、 、
として使用されているが、池上」
「 を姓氏とする者は全国に約4万4100人存在し、
姓氏全体の中でおよそ453位又は447位である(甲16、17)。
ウ 「いけがみ」と読まれ、
「東京都大田区のほぼ中央、山手(やまのて)台地末端
にある本門寺(ほんもんじ)を中心とする一地区」を指す地名として使用されている
5 (甲18)。
(2) 前記(1)からすると、我が国において「池上」を姓氏とする者がある程度存在
するものの、その数は約4万4100人にすぎず、
「多数存在する名字」ではないか
ら、「池上」はありふれた氏といえる」との審決の認定は妥当でない。
「
そして、
「池上」の文字が「池の水面」等を意味する語として辞書に記載され、ま
10 た、
「東京都大田区に位置する地名」を表すものとしても用いられている実情がある
ことを踏まえると、本願商標の構成中「池上」の文字は、姓氏を表すものと即座に
認識されるものとはいえず、その他の意味でも理解され得る多義的なものである。
2 「製麺所」の文字について
(1) 本願商標の構成中「製麺所」の文字は、その構成文字から「麺類を製造する
15 所」ほどの意味合いが理解されるものであって、一定程度の大きさ・規模で麺類を
製造する工場又は場所を想起させるものである。そうすると、
「製麺所」の文字から
は、第30類に属する商品(例えば、うどんの麺やラーメンの麺)などを取り扱う
業種が連想されるとしても、本願商標の指定役務である第43類「飲食物の提供」
を行う業種が連想されるものではない。
20 そうすると、「製麺所」の文字は、本願商標の指定役務を取り扱う分野において、
業種名として普通に採択・使用されているものとはいえない。
(2) 本件審決は、「製麺所」の文字について、「うどん、ラーメン、そば、つけ麺
等の「麺類を主とする飲食物の提供」を行う業界において、自己の業態を示すため
に、その名称(商号)の一部に普通に使用されているものといえる」と認定をした
25 が、本件審決は25の例示(甲12、40~54)をしたにすぎないから、当該認
定をするに足る証拠の数は極めて少ないのであって、その認定には無理がある。
飲食物の提供を行う飲食店に分類されるうどん店及びラーメン店の数は、令和2
年時点で、うどん店は1万7862軒(甲36)、ラーメン店は2万4257軒であ
った(甲37)。また、原告の所在地である香川県におけるうどん店の数をみると、
平成12年10月時点で約700軒(甲13)、平成28年時点で544軒(事業所
5 数)であった(甲14)。
これらの店舗数に対し、飲食店における「製麺所」の使用例(甲40~54に示
されるもの)は僅か15店舗にすぎず、うどんを主とする飲食物の提供を取り扱う
分野でみればうどん店の全国店舗数の0.03%(6件)であり、中華めん(ラー
メン、つけ麺など)を主とする飲食物の提供を取り扱う分野でみればラーメン店の
10 全国店舗数の0.04%(9件)である。また、うどんを県の特産品とする香川県
においても「〇〇製麺所」の名称の使用例は僅かで、甲12(食べログ matome「古
くからの製麺所スタイルを残す老舗うどん店」)には10の使用例が確認されるの
みであり、原告店舗を含めても平成28年現在のうどん店の店舗数(事業所数)の
うちの約2%にすぎない。このように、全国に存在するうどん店及びラーメン店の
15 総数、並びに香川県内のうどん店の店舗数に対し、極めて少ない「〇〇製麺所」の
使用例しか存在しないのであるから、本件審決の認定は相当でない。製麺所で製麺
した麺を用いたうどんが提供されるようなったという歴史(乙7)に鑑みても、
「製
麺所」の文字が、うどん、ラーメン、そば等の「麺類を主とする飲食物の提供」を
行う業界において、自己の業態を示すものとして普通に採択、使用されているとは
20 いえない。
3 本願商標について
本願商標は、複数の意味合いで理解され得る「池上」の文字と、本願商標の指定
役務を取り扱う分野において、業種名として普通に採択・使用されているものでな
い「製麺所」の文字とを結合して一連一体に表したものであり、全体として、特定
25 の観念を生じない造語として理解されるもので、本願商標の指定役務との関係で十
分に自他役務識別機能を発揮する。
特許庁における過去の審決をみると、商標法3条1項4号にいう「ありふれた名
称」について、当該名称全体として多数存在するものをいうと解すべきであるとし
て、
「渡邉財団」「有沢製作所」「藤本製薬」「藤本医薬販売」について、いずれも
、 、 、
同号に該当しない旨の判断がされているところ(甲55~58) 「池上製麺所」な
、
5 る名称の組織等は原告以外に存在しないし、
「池上製麺所」なる名称の組織等が多数
存在するものでもないから、
「池上製麺所」は、同号の「ありふれた名称」に当たら
ない。
また、原告が運営する「池上製麺所」
(原告店舗)は、昭和32年12月8日創業
のさぬきうどん屋で(甲19)、さぬきうどん界で知らない人はいないといわれる
10 「Aばあちゃんの池上製麺所(Aばあちゃんと池上製麺所) の愛称で親しまれてお
」
り(甲20、21)、創業以来、多くのテレビ番組、新聞記事やウェブサイト記事に
おいて紹介されたり、
「食べログ」のサイトに同「池上製麺所」についての写真や口
コミが多数投稿されたりするなどしていることからして(甲23~33) 本願商標
、
が、多くの需要者に認識されていることが把握できる上、インターネットで「池上
15 製麺所」の文字を検索しても、原告が使用する商標に関する情報以外の情報はヒッ
トしないことから(甲34)、本願商標は、「ありふれた名称」に該当するものでは
なく、指定役務との関係において自他識別機能を発揮するものである。
第4 被告の主張
1 本願商標は、ありふれた氏である「池上」の文字と、自己の業態を示すため
20 に、自己の名称(商号)の一部に普通に採択、使用されている「製麺所」の文字と
を結合し、単にこれを標準文字で表示するにすぎないものであるから、本願の指定
役務である「飲食物の提供」の取引者、需要者が、本願商標に接する場合、その構
成全体として、ありふれた名称を表示したものと認識するというべきであり、本願
商標は、商標法3条1項4号に該当するものである。
25 (1) 「池上」について
本願商標の構成中、
「池上」の文字は、①「全国名字大辞典」において、池の上手
に住んでいたことに由来する方位姓で、九州から東北南部にまで広く分布し、全国
で452番目に多い氏であること(甲39、乙4)、②「名字由来net」のウェブ
サイトにおいて、全国に約4万4100人存在し、全国で453番目に多い氏であ
ること(甲16)、③「日本姓氏語源辞典」のウェブサイトにおいて、全国に約4万
5 4100人存在し、全国で447番目に多い氏であること(甲17)、④「姓名分布
&ランキング」のウェブサイトにおいて、全国で458番目に多い氏であること(乙
5)がそれぞれ記載されている。
以上のとおり、
「池上」の文字が、我が国において同種の氏が多数存在する名字と
して紹介されていることを踏まえると、
「池上」の文字は、日本人の姓氏の一つであ
10 り、我が国においてありふれた氏である。原告は、
「池上」の文字は多義的なもので
あると主張するが、原告が言及する辞書上の意味合いに係る使用例をみると、例え
ば、「池上(ちじょう)の興何如(きょういかん)なるを」(乙43)「池上(ちじ
、
ょう)の早秋(そうしゅう)(乙44)のように漢文の書き下し文の一部などに散
」
見された程度であり、当該漢字の読み(ちじょう)及び意味(池の水面)が、我が
15 国の需要者の間において、一般に親しまれているとまではいい難いし、原告が言及
する東京都大田区の地名は、全国的に親しまれている地名とまではいい難い。
(2) 「製麺所」について
本願商標の構成中、
「製麺」の文字は、
「麺類を製造すること」
(乙6)の意味を有
する語として辞書に載録されているものであるが、麺類を製造する製麺所において、
20 打ち立ての麺類を使用し、飲食物の提供を行うことも広く行われており(乙7~1
1)、例えば、香川県観光協会のウェブサイト「うどん県旅ネット」において、「う
どんの麺を生産している工場の一角で、できたてのうどんを食べさせてくれる「製
麺所」タイプがあります。、「製麺所」タイプ・・・うどんの麺の卸しが本業の製
」「
麺所がお客様の希望でうどんを提供するようになったお店。」と記載されているよ
25 うに、
「製麺所」が「麺類を主とする飲食物の提供」を行う店の一種類として紹介さ
れている実情がある(乙12)。
そして、「製麺所」の文字は、「麺類を主とする飲食物の提供」を行う店の店舗名
や商号の一部として、全国的に広く採択、使用されている実情がある。
そうすると、本願商標の指定役務に含まれる、うどん、ラーメン、そば等の「麺
類を主とする飲食物の提供」を行う業界においては、
「製麺所」の文字が、自己の業
5 態を示すために、自己の名称(商号)の一部に普通に採択、使用されているといえ
る。
本件審決が例示した店舗の件数は、あくまでも用例数であって、全国において「○
○製麺所」として飲食物の提供を行う者の実数ではないから、当該用例数と、令和
2年時点の全国のうどん店数及びラーメン店数(実数) あるいは平成28年時点の
、
10 香川県のうどん店数(実数)を比較して、
「製麺所」の使用例の割合を算出する方法
は、前提において適切でない。なお、原告が提出した「食べログまとめ」のウェブ
サイト(甲12)において、
「製麺所スタイルのお店」の20店舗が紹介されている
が、そのうちの半数に当たる10店舗において、自己の業態を示すために、自己の
名称(商号)の一部として「製麺所」の文字が普通に使用されている。
15 (3) 本願商標は、ありふれた氏である「池上」と「製麺所」を組み合わせたもの
であるが、ありふれた氏と「製麺所」の文字の組み合わせは、例えば「佐々木製麺
所」
(甲44、乙18)「野口製麺所」
、 (甲43、乙19)「高橋製麺所」
、 (乙20)、
「佐藤製麺所」
(甲45、乙22)「山田製麺所」
、 (甲46、乙23)「山中製麺所」
、
(甲47、乙25)「野口製麺所」
、 (乙27)「上田製麺所」
、 (甲50、乙33)「松
、
20 下製麺所」
(甲12、乙34)「多田製麺所」「藤村製麺所」及び「宮川製麺所」
、 、 (い
ずれも甲12)「渡辺製麺所」
、 (甲9、乙39)「木村製麺所」
、 (甲10、52、乙
40)などにみられるとおり、
「麺類を主とする飲食物の提供」を行う者に普通に採
択される、ありふれた構成といえる。
「池上製麺所」の名称を使用している者が原告以外に存在しないとしても、あり
25 ふれた氏と「製麺所」の文字を組み合わせた本願商標は、将来を含め、
「麺類を主と
する飲食物の提供」を行う者が使用する蓋然性が高いものであるから、その指定役
務との関係で、ありふれた名称であって、自他役務の識別標識としての機能を果た
し得ないものというべきである。また、出所表示機能あるいは自他役務識別力を有
しない構成要素(ありふれた氏及び自己の業態を示す文字)の組合せにすぎない本
願商標は、両語を結合しても、結局は、全体として自他役務識別力を有しないもの
5 である。
第5 当裁判所の判断
1 商標法3条は商標登録の要件を規定するものであり、同条1項柱書及び同項
4号によると、「ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章の
みからなる商標」 商標登録を受けることができないものとされている。
は、 これは、
10 ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章は、特定人によるそ
の独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、多くの場合、自
他商品・役務識別力を欠くと考えられることから、このような標章のみからなる商
標については、登録を許さないとしたものと解される。
そして、ありふれた氏に業種名や会社の種別、屋号に慣用的に用いられる文字等
15 を結合し、普通に用いられる方法で表示したものは、当該ありふれた氏を称する者
等が取引をするに際して、商標として使用することを欲するものと考えられ、同様
に特定人による独占的使用になじまず、かつ、その表示だけでは自他識別力を欠く
ものというべきであるから、特段の事情のない限り、
「ありふれた名称」に当たると
解するのが相当である。
20 2 本願商標は、
「池上」の文字と「製麺所」の文字からなる結合商標である。以
下、各構成部分について検討する。
(1) 「池上」について
「池上」は、我が国において氏として約4万4100人に用いられている文字で
あり(甲16、39、乙4) 商標法3条1項4号所定の
、 「ありふれた氏」に当たる。
25 原告は、
「池上」は様々な意味を有する語であり、姓氏を表すと即座に認識されな
いから「ありふれた氏」に当たらないと主張するが、前記のとおり、
「池上」が我が
国において4万人以上の者に用いられている氏であることが認められる以上、「池
上」の文字が姓氏以外の意味を有することがあるからといって、それが「ありふれ
た氏」に該当しなくなるわけではない。したがって、原告の前記主張は採用するこ
とができない。
5 (2) 「製麺所」について
ア 後掲各証拠によると次の事実が認められる。
(ア) 「製麺所」は、
「麺類を製造すること」を意味する「製麺」
(乙6)に、場所を
意味する「所」が付されたもので、麺類を製造する所を意味する。
(イ) 香川県では、卸売りをする讃岐うどんの製麺所において、昼時に、セルフサー
10 ビスで客がうどんを湯掻いて食べるという業態のうどん店が多く存在する。これら
のうどん店は「製麺所タイプ」「製麺所スタイル」などと呼ばれ、香川県内には、
、
原告が運営する「池上製麺所」の他に、
「松下製麺所」、
「多田製麺所」 穴吹製麺所」
、
「 、
「藤村製麺所」「日の出製麺所」「讃岐製麺所」「三嶋製麺所」
、 、 、 (2か所)「大川製
、
麺所」「宮川製麺所」「上田製麺所」「岡製麺所」「上野製麺所」といった店名の
、 、 、 、
15 製麺所タイプ(製麺所スタイル)のうどん店がある。(甲12、50、69、乙7、
8、10、12、33~35、45~47、51)
(ウ) さらに、日本全国において、うどんやラーメン等の麺類を提供する飲食店にお
いて、
「○○製麺所」という名称が用いられていることが認められる。香川県内で「〇
〇製麺所」の名称を用いてうどんを提供している前記うどん店以外のこれらの飲食
20 店の具体的な所在地及び店名は別紙「製麺所」の使用状況記載のとおりである。
(甲
12、41~47、49~54、乙9、11、13~32、36~42)
イ 前記アの各事実に照らすと、
「製麺所」の名称は、もともとは、麺工場などの
麺類を製造する所を指していたものであるが、製麺所において飲食物であるうどん
等を提供するという業態が一般化するなどし、さらには、少なくとも本件審決時ま
25 でに、全国的に、
「○○製麺所」という名称のうどんやラーメン等の麺類を提供する
飲食店が少なくない数において存在するに至っているということができる。このよ
うな実態に照らすと、本件審決時においては、本願商標の指定役務である「飲食物
の提供」の取引者、需要者は、
「製麺所」の名称について、麺類を製造する所を意味
するものと認識、理解するのみならず、麺類を提供する飲食店を指す店名の一部と
して慣用的に用いられているものと認識、理解すると認めるのが相当である。
5 ウ この点、原告は、全国のうどん店・ラーメン店の数からすると「〇〇製麺所」
の名称を用いた店舗数はごくわずかであり、
「製麺所」の文字からうどんの麺やラー
メンの麺等の商品を取り扱う業種が連想されるとしても、飲食物の提供という業種
は連想されないと主張する。しかしながら、前記ア(イ)(ウ)からすると、
「○○製麺所」
という名称を用いた飲食店の数がごく僅かであるとはいい難い。また、前記ア(イ)(ウ)
10 の各店舗のほかに、
「〇〇製麺所」と近似した名称である「○○製麺」との名称を用
いるうどん店が存在することは公知の事実であり、食品の製造をする場所において、
製造した食品を用いた飲食物を提供することはよく行われることであるから、需要
者である一般消費者にとって、
「製麺所」との文字から、製麺所で製造された麺を用
いた飲食店を連想することは容易であるということができる。これらの点に照らす
15 と、本願商標の指定役務である「飲食店の提供」の取引者及び需要者は、「製麺所」
の文字から「麺類を提供する飲食店」すなわち「飲食物の提供」の役務を想起する
というべきである。したがって、原告の前記主張を採用することはできない。
3 本願商標について
本願商標は、ありふれた氏である「池上」と、麺類を提供する飲食店を表すもの
20 として慣用的に用いられている「製麺所」を組み合わせた「池上製麺所」を標準文
字で表したものであり、
「池上」氏又は「池上」の名を有する法人等が運営する麺類
を提供する飲食店というほどの意味を有する「池上製麺所」というありふれた名称
を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であると認められるから、
商標法3条1項4号に該当するというべきである。
25 原告は、過去の審決(甲55~58)において示されたように、名称全体として
多数存在するものでなければ「ありふれた名称」に当たらないと主張するが、商標
法3条1項4号の文言上、
「ありふれた名称」であると認めるために当該名称が現に
多数存在することは要件とはされておらず、ありふれた氏である「池上」と、麺類
を提供する飲食店を示すものとして慣用的に用いられている「製麺所」とを結合し、
普通に用いられる方法で表示した本願商標は、本件全証拠によっても、我が国にお
5 ける飲食店の取引者、需要者が、特定人の運営する飲食店(原告店舗)を意味する
ものであることを認識することができるほどの自他識別力を有するに至ったことを
認めるに足りない。したがって、本願商標は、特定人の独占にはなじまず、自他識
別力を欠くものとして、同条1項4号の「ありふれた名称を普通に用いられる方法
で表示する標章のみからなる商標」と認めるほかはない。原告の指摘する各審決は、
10 いずれも本件とは指定商品及び指定役務等を異にする事案である上、当該各審決に
係る商標登録の有効性(同法46条1項1号)について裁判所の判断がされたこと
を認めるに足りる証拠はないから、本願商標が同法3条1項4号に該当する旨の前
記判断を左右するに足りるものではない。
4 したがって、本願商標は商標法3条1項4号に該当するから、本件審決には
15 原告の主張する取消事由はなく、違法性は認められない。
第6 結論
以上のとおり、原告の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり
判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
25 清 水 響
裁判官
5 浅 井 憲
裁判官
10 勝 又 来 未 子
(別紙)
「製麺所」の使用状況
ア 北海道富良野市に所在する「富川製麺所」において、中華麺の提供が行われ
5 ている(乙13)。
イ 青森県青森市に所在する「つじ製麺所」において、中華麺の提供が行われて
いる(乙14)。
ウ 宮城県仙台市に所在する「桜木製麺所」において、ラーメンの提供が行われ
ている(甲41、乙15)。
10 エ 茨城県つくば市に所在する「松屋製麺所」において、ラーメンの提供が行わ
れている(乙16)。
オ 東京都港区に所在する「三田製麺所」において、つけ麺の提供が行われてい
る(甲42、乙17)。
カ 東京都杉並区に所在する「佐々木製麺所」において、そばの提供が行われて
15 いる(甲44、乙18)。
キ 東京都渋谷区に所在する「鶴亀製麺所」において、うどんの提供が行われて
いる(乙9)。
ク 東京都東村山市に所在する「野口製麺所」において、うどんの提供が行われ
ている(甲43、乙19)。
20 ケ 静岡県富士市に所在する「高橋製麺所」において、うどんの提供が行われて
いる(乙20)。
コ 愛知県名古屋市に所在する「星が丘製麺所」において、きしめんの提供が行
われている(乙21)。
サ 愛知県名古屋市に所在する「佐藤製麺所」において、ラーメンの提供が行わ
25 れている(甲45、乙22)。
シ 大阪府大阪市に所在する「山田製麺所」において、うどんの提供が行われて
いる(甲46、乙23)。
ス 大阪府大阪市に所在する「本町製麺所」において、うどんの提供が行われて
いる(乙24)。
セ 大阪府大阪市に所在する「山中製麺所」において、ラーメンの提供が行われ
5 ている(甲47、乙25)。
ソ 大阪府大阪市に所在する「吉み乃製麺所」において、ラーメンの提供が行わ
れている(乙26)。
タ 大阪府吹田市に所在する「野口製麺所」において、うどんの提供が行われて
いる(乙27)。
10 チ 兵庫県神戸市に所在する「白川製麺所」において、うどんの提供が行われて
いる(乙28)。
ツ 兵庫県佐用郡に所在する「平谷製麺所」において、うどんの提供が行われて
いる(乙29)。
テ 奈良県奈良市に所在する「和製麺所」において、うどんの提供が行われてい
15 る(乙30)。
ト 奈良県吉野郡に所在する「坂利製麺所」において、そうめんの提供が行われ
ている(乙31)。
ナ 香川県高松市に所在する「欽山製麺所」において、ラーメンの提供が行われ
ている(甲49、乙32)。
20 ニ 徳島県板野郡に所在する「丸池製麺所」において、うどんの提供が行われて
いる(甲51、乙36)。
ヌ 鳥取県八頭郡に所在する「大江ノ郷製麺所」において、うどんの提供が行わ
れている(乙37)。
ネ 岡山県岡山市に所在する「平木製麺所」において、うどんの提供が行われて
25 いる(乙38)。
ノ 岡山県小田郡に所在する「渡辺製麺所」において、うどんの提供が行われて
いる(甲9、乙39)。
ハ 広島県広島市に所在する「井辻製麺所」において、うどんの提供が行われて
いる(乙11)。
ヒ 福岡県太宰府市に所在する「木村製麺所」において、うどんの提供が行われ
5 ている(甲10、52、乙40)。
フ 沖縄県那覇市に所在する「タイラ製麺所」において、沖縄そばの提供が行わ
れている(甲53、乙41)。
ヘ 沖縄県豊見城市に所在する「あぐに製麺所」において、ラーメンの提供が行
われている(甲54、乙42)。
10 以上
最新の判決一覧に戻る