令和2(ワ)12107職務発明対価相当請求事件
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裁判所 |
請求棄却 大阪地方裁判所大阪地方裁判所
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裁判年月日 |
令和5年8月29日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告P1 被告全星薬品工業株式会社
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対象物 |
徐放性錠剤 |
法令 |
特許権
特許法35条3項2回 特許法35条1回 民法167条1項1回 民法167条1回
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キーワード |
実施39回 職務発明21回 許諾5回 特許権4回 抵触2回 商標権1回
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主文 |
1 被告は、原告に対し、388万8000円及びこれに対する令和2年3月
3日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを30分し、その1を被告の、その余を原告の負担とす
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 |
事件の概要 |
1 本件は、被告の従業員であった原告が、被告の在職中に職務上行った各発明
(別紙特許目録1記載の特許(以下「本件特許1」という。)に係る発明(以下
「本件発明1」という。)及び同目録2記載の特許(以下「本件特許2」といい、5
本件特許1と本件特許2を総称して「本件各特許」という。)に係る発明(以下
「本件発明2」といい、本件発明1と本件発明2を総称して「本件各発明」とい
う。)について、特許を受ける権利をいずれも被告に承継させたことにつき、被告
に対し、次の各支払を求める事案である。 |
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判決文
令和5年8月29日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官
令和2年(ワ)第12107号 職務発明対価相当請求事件
口頭弁論終結日 令和5年5月25日
判 決
原告 P1
同訴訟代理人弁護士 拾 井 美 香
被告 全星薬品工業株式会社
10 同代表者代表取締役
同訴訟代理人弁護士 井 上 卓 哉
同 麻 生 川 典 晃
同 村 西 大 作
同補佐人弁理士 佐 々 木 修
15 主 文
1 被告は、原告に対し、388万8000円及びこれに対する令和2年3月
3日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを30分し、その1を被告の、その余を原告の負担とす
20 る。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、6000万円及びこれに対する令和2年3月3日から
25 支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、6000万円及びこれに対する令和2年3月3日から
支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、被告の従業員であった原告が、被告の在職中に職務上行った各発明
(別紙特許目録1記載の特許(以下「本件特許1」という。)に係る発明(以下
5 「本件発明1」という。)及び同目録2記載の特許(以下「本件特許2」といい、
本件特許1と本件特許2を総称して「本件各特許」という。)に係る発明(以下
「本件発明2」といい、本件発明1と本件発明2を総称して「本件各発明」とい
う。)について、特許を受ける権利をいずれも被告に承継させたことにつき、被告
に対し、次の各支払を求める事案である。
10 (1) 本件発明1について、平成20年法律第16号による改正前の特許法(以下
「平成16年特許法」という。)35条3項に基づき、未払の相当の対価合計5億
7500万円のうちの一部である6000万円及びこれに対する請求の日の翌日で
ある令和2年3月3日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民
法(以下「改正前民法」という。)所定の年5%の割合による遅延損害金の支払
15 (2) 本件発明2について、平成27年法律第55号による改正前の特許法(以下
「平成20年特許法」という。)35条3項に基づき、相当の対価合計1億555
2万円の一部として6000万円及びこれに対する請求の日の翌日である令和2年
3月3日から支払済みまで改正前民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨に
20 より容易に認められる事実。なお、枝番号のある証拠で枝番号の記載のないものは
全ての枝番号を含む(以下同じ。)。)
(1) 当事者
ア 原告は、吉富製薬株式会社(現田辺三菱製薬株式会社。以下「吉富製薬」と
いう。 を定年退職した後、
) 平成12年1月23日に被告に嘱託社員として入社し、
25 平成26年10月1日、被告親会社であるニプロ株式会社(以下「ニプロ」という。)
に出向し、平成31年3月31日、被告を退職した。原告は、被告在職中、平成1
9年3月までは被告の製剤技術部長として、同年4月以降は顧問として、業務に従
事した。(甲1)
イ 被告は、医薬品・医薬部外品・工業薬品及び衛生材料の製造販売等を目的と
する株式会社である。(甲2)
5 (2) 本件各発明の概要等
ア 本件発明1
本件発明1は、持続性Ca拮抗剤(高血圧・狭心症治療剤)に関する発明で
あり、薬物としてニフェジピンと、吸水によりゲル化する水溶性高分子を含む素錠
に、薬物を含まない水透過性の第1のフィルムコーティング層を施し、その上に薬
10 物および水溶性高分子を含む固溶体としての第2のフィルムコーティング層を施す
ことにより、素錠に含まれる薬物の溶出のタイムラグを実質的になくし、投与直後
からの薬物の0次溶出を可能にしたものである。
関連特許
本件発明1は、吉富製薬が特許権を有する発明の名称を「徐放性錠剤」とする特
15 許(特許番号:特許第2861388号。以下「吉富特許」という。特許公報の「発
明者」の項には、発明者の一人として原告の氏名が記載されている。)に開示され
た発明を利用した発明である。
イ 本件発明2
本件発明2は、平均粒子径が小さい放出制御膜を被覆した塩酸アンブロキソール
20 含有微粒子を含み、1回の投与で長時間シグモイド(S字状)型の薬物放出を続け
る塩酸アンブロキソール(肺や気道の粘膜液の分泌を促進し、繊毛運動を亢進する
ことで、痰の喀出を容易にする去痰剤)の徐放性口腔内崩壊錠に係る発明である。
(3) 職務発明及び特許を受ける権利の承継
ア 被告においてされた本件各発明は、いずれも、その性質上被告の業務範囲に
25 属し、かつ、その発明をするに至った経緯が被告における原告の当時の職務に属す
るものであった(ただし、本件発明2の原告の発明者性及び本件各発明の共同発明
者間の貢献割合等について、後述のとおり、当事者間に争いがある。)。
イ 本件発明1に係る発明者は、遅くとも本件特許1の出願日である平成17年
11月22日までに、被告に対し、本件発明1に係る特許を受ける権利を承継した。
ウ 本件発明2に係る発明者は、遅くとも本件特許2の出願日である平成24年
5 11月22日までに、被告に対し、本件発明2に係る特許を受ける権利を承継した。
(4) 本件各発明に関する特許出願及び設定登録等(甲3、4)
ア 被告は、本件各発明につき、別紙特許目録記載のとおり、特許出願をし、本
件各特許の設定登録を受けた。
イ 本件各特許に係る特許請求の範囲の記載は、同目録1及び2の各「特許請求
10 の範囲」の項記載のとおりである。
ウ 本件各特許の特許公報に発明者として記載されている者は、同目録1及び2
の各「発明者」の項記載のとおりである。P2、P3、P4、P5及び原告は、い
ずれも出願当時、被告の従業員であった。
(5) 被告による本件各発明の実施
15 ア 本件発明1について
被告は、本件発明1に係る医薬品として、ニフェジピンCR錠20mg錠及び同
40mg錠について平成16年2月に、同10mg錠について平成17年1月にそ
れぞれ製造承認を取得し、前者について平成16年7月、後者について平成17年
7月に販売を開始し、現在に至るまで販売を継続している(以下、ニフェジピンC
20 R錠10mg、同20mg及び同40mgを総称して「本件製品1」という。)。
(甲6)
本件製品1は、先発医薬品の持続性Ca拮抗剤(高血圧・狭心症治療剤)「アダ
ラートCR錠」(平成10年4月10日製造承認、同年6月16日上市。)の後発
医薬品である。被告は、本件製品1の販売を日医工株式会社、沢井製薬株式会社、
25 三和化学株式会社及びニプロ(以下、4社を総称して「本件受託販売4社」という。)
に委託した。(乙7)
なお、本件製品1には吉富特許に開示された医薬品製造技術に係る発明が利用さ
れたため、被告は、平成16年4月19日、吉富製薬(当時の商号は「三菱ウェル
ファーマ株式会社」 との間で、
) 吉富特許について実施権許諾契約を締結していた。
(甲1、乙5)
5 イ 本件発明2について
被告は、本件発明2(ただし、【請求項10】に係る発明を除く。)に係る医薬
品について平成26年2月14日に製造承認を取得し、同年6月20日から「アン
ブロキソール塩酸塩徐放OD錠45mg「ZE」」(以下「本件製品2」といい、
本件製品1と本件製品2を総称して「本件各製品」という。)という商品名で販売
10 を開始し、現在に至るまで販売を継続している。被告は、本件製品2の販売を、沢
井製薬株式会社、三和化学株式会社及びニプロ(以下、3社を総称して「本件受託
販売3社」という。)に委託した。(甲7、乙112)
本件製品2は、先発医薬品である徐放性カプセル剤「ムコソルバン®Lカプセル」
(徐放性気道潤滑去痰剤。平成18年7月製造承認。以下「Lカプセル」という。)
15 の後発医薬品である。(甲24)
(6) 本件各製品の売上高
ア 本件製品1
平成16年7月から本件特許1の存続期間が満了する令和7年11月までの本件
製品1の総売上高が600億円を下ることはない。
20 イ 本件製品2
平成26年6月から本件特許2の存続期間が満了する令和14年11月までの本
件製品2の総売上高が162億円を下ることはない。
(7) 被告から原告に対する支払
ア 被告は、原告に対し、平成16年7月以降、毎月、給与とは別に「技術指導
25 料」名目の金員(以下「本件技術指導料」という。)を支払うようになった(なお、
その後、支給額は減額されている。)。(甲80)
イ 被告は、平成31年3月29日、原告に対し、100万円(以下「本件10
0万円」という。)を支払った。
(8) 被告における職務発明規定等
本件各発明に係る特許出願までの間、被告において、職務発明に関する就業規則
5 その他の定めは存在しなかった。
(9) 原告による請求
原告は、令和2年2月28日付け通知書をもって、被告に対し、本件各発明の対
価額が8億6240万円を下ることはなく、示談のために早期に3億円の一括支払
を求めるとともに、支払を拒否すれば令和2年以降の売上げを加えて再計算した対
10 価を請求することなどを通知し、同通知書は同年3月2日に被告に到達した。(甲
9)
(10) 消滅時効援用の意思表示
被告は、令和3年3月23日の第1回弁論準備手続期日において、原告の本件各
発明に係る職務発明対価請求権について、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
15 3 争点
(1) 本件発明1について
ア 相当の対価の額(争点1-1)
イ 消滅時効中断の成否又は消滅時効援用の信義則違反の有無(争点1-2)
(2) 本件発明2について
20 ア 原告が発明者であるか(争点2-1)
イ 相当の対価の額(争点2-2)
ウ 消滅時効の成否(争点2-3)
第3 当事者の主張
1 本件発明1について
25 (1) 争点1-1(相当の対価の額)について
(原告の主張)
ア 売上高
販売開始から本件特許1の存続期間満了までの間における、本件発明1の実施品
である本件製品1の売上高は600億円を下らない。
イ 超過売上高(率)
5 本件製品1は、持続性Ca拮抗剤(高血圧・狭心症治療剤)として有用性が高く、
後発医薬品として本件受託販売4社から受託販売されるなど、市場において優位な
地位を保持している。そうすると、被告が本件特許1により得ることができた超過
売上高(率)は40%を下回ることはない。
ウ 仮想実施料率
10 社団法人発明協会発行の「実施料率(第5版)」では、医薬品その他の化学製品
の分野における平成4年度から平成10年度の実施料率の平均値が6.7%(ペイ
メント条件(イニシャル)有り。無しでは7.1%)とされ、平成21年度特許庁
産業財産権制度問題調査研究報告書の作成過程で実施されたロイヤルティ料率情
報のアンケート結果では、製薬技術分野のロイヤルティ料率の平均値が5.9%と
15 されている。このような製薬業界におけるロイヤルティ料率や本件特許1の有用性
等に鑑みると、本件特許1の仮想実施料率は6%を下回ることはない。
エ 本件発明1の貢献度(寄与度)
本件発明1は、先発医薬品に係る複数の製法特許が存在し、後発医薬品の製造が
極めて困難な状況の中、上記製法特許に抵触しないようになされた発明であり、0
20 次型溶出を実現させた世界初かつ唯一のフィルムコーティング形態による徐放錠で
あり、先発医薬品より小型化されたもので患者の利便性のある本件製品1の製造・
上市を実現させた。また、本件発明1は、有核錠の先発医薬品とは異なり、錠剤化
のために特殊な錠剤機(有核錠剤機)を導入することを不要とし、内核を外層錠剤
の中心に据える手間のある製造工程も不要とし、外層フィルム部のニフェジピンの
25 フィルムコーティングも汎用装置で可能とさせ、本件製品1の製造コストの削減を
実現した。
このように、本件製品1は、本件発明1の製造方法以外では製造できない品質の
優れた医薬品であり、それゆえ本件受託販売4社によって販売されている。そして、
本件発明1は、同製品の製剤構造、製品品質、商品価値等のすべてを包含する基幹
技術である。
5 したがって、本件製品1に対する本件発明1の貢献度(寄与度)は100%であ
る。
オ 原告と使用者の貢献割合
原告の貢献度
原告は、本件発明1の技術的思想を着想し、これを具体化して本件製品1の製造・
10 上市に大きく貢献したものであり、真の発明者は原告のみである。すなわち、原告
は、先発医薬品の製法に関する複数の特許に抵触しないことを前提とした上で、先
発医薬品の製剤設計と全く異なる薬物の配合構造及び内核錠のみならず外層フィル
ム部からもニフェジピンを徐放出させる方法を新規に考案した。その上で、原告は、
反対意見のある中、関係者を説得して開発を進めることとさせ、製剤化研究に従事
15 できる被告の人員が5名程度であった中、適切に指導し、世界初かつ唯一のフィル
ムコーティング形態による0次放出膨潤溶解型CR錠という特殊な剤形の製法を確
立し、先発医薬品に劣らない品質の良い本件製品1の製造・販売を可能とした。具
体的には、原告は、製剤化研究を主導し、本件製品1の内核錠の処方、製法、フィ
ルムコーティング層からの薬物の徐放出化法等の製造方法を確定するための研究工
20 程において、必要な調査をして、工程ごとに配合する成分や製造法の案を提示し、
原告の案を基にした研究、製造方法の確定が進められた。
さらに、先発医薬品「アダラートCR錠」の後発医薬品における最も早い製造承
認申請期限(平成15年2月)に本件製品1の製造承認申請をすることは時間的に
不可能であったが、原告による適切な製剤化研究や安定性試験等を完了したことに
25 より、被告は、本件製品1(うち40mg、20mg)の製造承認申請を上記申請
期限内に行い、早期に製造承認を取得して上市し、後発品市場を独占することがで
きた。
これらの事情に加えて、本件発明1の実施品である本件製品1の売上げ拡大によ
り被告の知名度が向上し、年間売上十数億円の企業から170億円超の企業へと大
変身を遂げたことなどの諸事情を勘案すると、原告の貢献度は極めて大きく、40%
5 を下回ることはない。
使用者貢献度
本件製品1の研究開発には一般の薬剤研究開発に用いる被告の既存の設備が用い
られており、製剤研究期間も3年程度であったから、研究開発費は低い。
上記 のとおり、本件製品1の発案、剤形の確定、処方の確立研究、製剤化法確
10 立研究等を主導して行ったのは原告である。被告従業員P6は、製剤化研究に協力
したが、原告の具体的な指示に従って実験を行ったにすぎず、その貢献は限定的で
ある。
本件製品1の成分であるニフェジピンは、被告において既に製造販売されていた
既知の薬物であったため、特殊な試験法の開発を要することなく、被告の経験等に
15 基づいて分析法の確定、生物学的同等性試験等の分析や品質評価が行われた。
本件製品1の販売の大半は他の製薬会社(本件受託販売4社)によるものである。
そうすると、被告の貢献度が60%を上回ることはない。
カ 小括
以上によれば、原告の本件発明1に係る相当の対価の額は、次の計算式により算
20 出された5億7600万円である。
【計算式】
600億円×40%×6%×100%×40%=5億7600万円
(被告の主張)
ア 売上高
25 認める。
イ 超過売上高(率)
否認ないし争う。
ウ 仮想実施料率
否認ないし争う。
エ 本件発明1の貢献度(寄与度)
5 否認ないし争う。
本件製品1が本件受託販売4社から販売されたのは、当時の被告の専務取締役が
各社に営業を行って販売先の拡大を行った結果である。
また、本件製品1に対する貢献は、本件発明1より吉富特許に係る発明の方が大
きい。
10 オ 原告と使用者の貢献割合
本件製品1の上市とほぼ同時期に、他社から本件製品1の先発医薬品である「ア
ダラートCR錠」の後発医薬品(東和薬品株式会社の「東和ニフェジピンCR錠」)
が販売されており、上記先発医薬品に対する後発医薬品の製造が困難な状況にはな
かった。
15 本件発明1における特に問題解決を必要とした重要な点は、内核錠に配合する膨
潤化剤の選定及び外層フィルム部から薬物(ニフェジピン)を徐放出させる方法の
2点であったが、製剤化研究(PDCA(Plan(計画)→Do(実行)→Ch
eck(評価)→Action(改善))とのサイクルの繰返し)は原告主導では
なく被告関係者により行われた。そもそも、原告は、当時、製剤技術部長の地位に
20 あり、開発実務を担当した被告従業員から業務報告を受けていた程度であり、開発
実務に従事していなかった。また、後発医薬品の製造販売承認申請に必要な資料(承
認申請書及び添付資料)の準備において、原告が関与したのは上記申請書の一部に
すぎない。
加えて、本件製品1の売上げが向上した要因は、政府によるジェネリック医薬品
25 使用促進政策によるところが大きい。
これらの事情に照らせば、原告の貢献は低い。
他方、製剤化研究及び製造販売承認における被告の貢献度は相応にある。また、
既存の設備で本件製品1の製造が可能であったとしても、開発研究費はすべて被告
が負担している。
したがって、被告の貢献度は、原告主張のような低いものではない。
5 (2) 争点1-2(消滅時効中断の成否又は消滅時効援用の信義則違反の有無)に
ついて
(原告の主張)
ア 本件技術指導料の支払による時効の中断
被告は、本件製品1の上市がされた平成16年7月から、毎月、給与とは別に本
10 件技術指導料の支払をするようになったが、定期給与査定月である4月以外の時期
に理由もなく昇給や減給をすることはないから、本件技術指導料の支払が本件製品
1の開発及び上市を理由としてされたことは明らかである。
被告は、平成24年10月に吉富特許の存続期間が満了すると、翌11月から本
件技術指導料のうち、吉富特許に対応する月額8万円部分を減額した。この減額分
15 が本件発明1で利用されている吉富特許利用の対価であり、同年10月まで本件発
明1に関する職務発明の対価の一部が支払われていたといえる。
これらの事情によれば、平成16年7月から平成24年10月までの本件技術指
導料の一部は、本件発明1に対する対価であるといえるから、本件技術指導料の支
払は債務の承認にあたり、本件発明1に係る相当対価請求権の消滅時効は中断した。
20 イ 本件100万円の支払による時効援用権の喪失
製薬業界においては、特許出願に至った発明につき、特許の利用価値の大小にか
かわらず、通常、1件につき数万円の対価が支払われ、当該特許の実施品の売上げ
が大きい場合、後日、当該売上げに対する報償金(対価報酬)が支払われる。被告
には職務発明規程がなく、原告には上記のような報償金(対価報酬)の支払がなか
25 ったが、通常であれば、売上げに対する報償金が支払われるべきものであった。そ
して、原告は、平成31年3月25日、当時の被告会長から本件100万円の目録
を交付された際、被告が事業を拡大し成長したのは原告が本件製品1を開発したお
かげだと思っているなどと言われた。
そうすると、本件100万円は本件発明1の対価として支払われたといえ、本件
特許1の特許出願日を起算日とする10年の消滅時効の期間が経過したとしても、
5 本件100万円の支払は時効完成後の債務の承認にあたる。よって、被告が消滅時
効を援用することは信義則に反する。
(被告の主張)
ア 本件技術指導料の支払について
本件技術指導料は、本件発明1の職務発明に対する対価ではないから、その支払
10 が時効の中断事由である債務の承認にあたることはない。
イ 本件100万円の支払について
本件100万円は、本件発明1の特許を受ける権利の譲渡に対する対価ではない。
被告は、長年在職し功労のあった者に対し、特別功労金の趣旨で目録を交付した上
で口座振込により金銭を支払う例があり、本件100万円の支払もこのような例の
15 一つ(2例目)である。
また、職務発明対価の支払は、税務上「雑所得」として扱われるが、被告は、本
件100万円を賞与として扱い、賞与に係る税率により源泉徴収されている。被告
は、原告から税法上の処理を問われた際、原告に対し、本件100万円を給与収入
として申告するよう指示しており、このことからも本件100万円が職務発明の対
20 価であると認識していなかったことは明らかである。
ウ 小括
本件発明1に係る職務発明相当対価請求権は、遅くとも特許を受ける権利が被告
に承継された本件特許1に係る出願日(平成17年11月22日)を起算日として
消滅時効が進行し、同日から5年(平成29年法律第45号による改正前の商法〔以
25 下「改正前商法」という。〕522条本文)又は10年(改正前民法167条1項)
の経過をもって時効消滅した。
2 本件発明2について
(1) 争点2-1(原告が発明者であるか)について
(原告の主張)
ア 本件発明2の特徴的部分について
5 本件発明2の主たる特徴は、①各自高含量の塩酸アンブロキソールを含む制御放
出微粒子と速放性微粒子を混合させたこと、②錠剤を小型化するために制御放出微
粒子の平均粒子径を300μm 以下とするために工夫をなしたこと、③錠剤を製造
する過程の加圧圧縮操作に対し割れにくいプロテクト層を形成したことである。
被告は、上記①及び②の点については、本件発明2の特徴的部分とはならないな
10 どと主張するが、上記先発医薬品Lカプセルや特開2012-72133(乙75)
記載の帝人ファーマの徐放製剤において上記①及び②の構成が開示されていない。
また、上記②の点につき、機能性微粒子の平均粒子径が300μm 以下であること
により、先行する機能性微粒子を配合した口腔内崩壊錠(タケプロンOD錠等)よ
り薬物含量が高く、平均粒子径が小さい製品を実現し、ザラツキ感が少なく、水な
15 しで嚥下でき、更には容易に水に分散して径管投与が可能、引いては水分散服用も
可能なものとなり、顕著な技術的効果を奏するのであるから、上記②の点が本件発
明2の特徴的部分となることは明らかである。
イ 特徴的部分の着想及び具体化
上記アの本件発明2の特徴的部分については、原告が着想し、具体化してお
20 り、具体的な事実経過は、別紙「主張一覧表(本件発明2)」(以下「本件主張
一覧表」という。)の「原告の主張」欄記載のとおりである。
(被告の主張)
ア 本件発明2の特徴的部分について
本件発明2の特徴的部分は、本件特許2の特許請求の範囲【請求項1】の①「該
25 放出制御層を被覆する、水溶性ロウ状高分子を含んでいるプロテクト層、および」
と②「該プロテクト層の外側の、水不溶性高分子および/または水に溶解も膨潤も
しない粉末を含む粘着防止層からなり」の点である。なお、【請求項2】ないし【請
求項10】は【請求項1】の従属項にすぎない。
この点、原告は、「各自高含量の塩酸アンブロキソールを含む制御放出微粒子と
速放性微粒子を混合させたこと」、及び、「錠剤を小型化するために制御放出微粒
5 子の平均粒子径を300μm 以下とするために工夫をなしたこと」も本件発明2の
特徴的部分であると主張する。しかし、前者については、本件製品2の開発前にア
ンブロキソールを含有する速放性粒子と制御放出粒子をカプセルに封入した医薬品
「アンブロキソール塩酸塩Lカプセル」を製造販売していた被告は、同医薬品のO
D錠化の開発決定時点で、上記各粒子の混合物に添加剤を加えて打錠した口腔内崩
10 壊錠の開発を当然に想定していた。また、本件製品2の先発医薬品Lカプセルにお
いて、含有される速放性粒子が核粒子の上にアンブロキソール塩酸塩と結合剤を有
する層で被覆された粒子であることや、制御放出粒子は速放性粒子の薬物含有層の
上に放出制御層を被覆した粒子であって、当該放出制御層は水溶性高分子と水不溶
性高分子を含んでいることは、公知の構成であった。次に、後者の点について、平
15 均粒子径を300μm以下に設定したのは、一般的に口腔内でのザラツキ感を避け
るために必要な大きさとされる数値であるからであり、そのような小さな粒子とす
るがゆえに、圧縮成型時に放出制御層の崩壊が生じ、それを防ぐために「水溶性ロ
ウ状高分子を含むプロテクト層」が必要となり、当該「プロテクト層」が粘着する
がゆえに、その外側に粘着防止層で被覆することが必要となったのである。粒子径
20 自体は本件発明2の技術的思想の特徴的部分には当たらない。したがって、原告主
張の上記2点は、いずれも本件発明2の技術的思想の特徴的部分とはいえない。
イ 特徴的部分の着想及び具体化
上記アの本件発明2の特徴的部分の完成に現実に関与したのは、本件製品2の
開発プロジェクトチームリーダーであったP2と、P3の2人を中心とする被告
25 従業員であり、具体的には、本件主張一覧表の「被告の主張」欄記載のとおりで
ある。なお、出願時に共同発明者とされたP4は主に分析を担当していた。
したがって、原告は、本件発明2の特徴的部分を着想したとも、これを具体化
したともいえない以上、本件発明2の真の発明者ではない。
ウ 仮に、本件主張一覧表の「新規剤形での開発の発想」、「開発決定までの経
緯」、「瀬踏み検討」及び「被告社内での正式承認」の各「原告の主張」欄記載の
5 とおりの事実経過であったとしても、原告が本件製品2について主に関与したとい
えるのは、その開発が決定するまでのいわゆる企画業務である。また、上記アのと
おり、制御放出微粒子(徐放性微粒子)と速放性微粒子とを組み合わせることは公
知の構成であり、OD錠も既存の剤形であるから、上記各粒子を組み合わせて口腔
内崩壊錠とするとの着想は何ら新規なものではない以上、原告がこの点を着想し、
10 これを示して本件製品2の開発を提案したとしても、本件発明2の特徴的部分に係
る着想や具体化ではない以上、上記イのとおり、本件発明2の真の発明者ではない
ことに変わりはない。
(2) 争点2-2(相当の対価の額)について
(原告の主張)
15 ア 売上高
本件製品2の発売開始から本件特許2の存続期間満了までの被告の売上高は、1
62億円を下ることはない。
イ 超過売上高(率)
本件発明2の実施品である本件製品2は、機能性微粒子を包含する徐放性と口腔
20 内崩壊性を併せ持つ錠剤(OD錠)であり、臨床現場での利便性にも配慮した付加
価値の高い世界初の高含量徐放性口腔内崩壊錠である。本件製品2は、このような
特徴が評価され、本件受託販売3社において受託販売されている。
このような事情に照らせば、被告が本件特許2により得ることができた超過売上
高が40%を下回ることはない。
25 ウ 仮想実施料率
上記1(1)(原告の主張)ウのとおりの医薬品その他の化学製品の分野における実
施料率の平均値や、上記イの本件特許2の実施品である本件製品2の有用性に照ら
せば、仮想実施料率が6%を下回ることはない。
エ 本件発明2の貢献度(寄与度)
本件製品2は、徐放性微粒子を、耐圧性を有する粒子径300μm以下の口腔内
5 でザラツキ感のない大きさの粒子に小粒子化して製し、この徐放性微粒子5重量部
に対し、速放性微粒子を1重量部の割合で混合し、これを服用しやすい口腔内崩壊
錠という形態の錠剤に製したものであって、先発医薬品の「ムコソルバン徐放カプ
セル45mg」と剤形を大きく異にするものであるから、本件発明2は、一般的な
「ジェネリック品開発」に係るものではなく、新剤形製剤に係る発明である。
10 上記イのとおり、小型の徐放製剤である本件製品2は、上記先発医薬品と異なっ
て、高齢者や小児など嚥下力の弱い患者にも服用しやすいもので、容易に水に分散
させて経管投与することが可能であり、1日の服用回数も減らすこともできるため、
臨床現場で利便性の高い薬剤として評価されている。そして、本件製品2は、本件
発明2に係る方法以外では製造することが困難な品質の優れた医薬品であり、その
15 製剤構造・製品品質・商品価値のすべてを包含する基幹技術が本件発明2である。
これらの事情に照らせば、本件発明2の寄与度は100%である。
オ 共同発明者間における原告の貢献割合及び原告と使用者の貢献割合
(ア) 原告の貢献割合
a 原告の本件発明2における具体的な関与は、本件主張一覧表の「原告の主張」
20 欄記載のとおりである。要するに、原告は、自らの経験や知識を駆使して被告従業
員を指導し、誰も発想すらできなかった徐放性微粒子を含有する小形化された世界
初の薬物高含量徐放性OD錠の製剤化を発案し、製剤化研究・開発も主導して行い、
上市に結び付け、特許による防衛にも貢献した。すなわち、本件発明2を着想し、
被告従業員らを指導しながら発明を完成させ、本件特許2の設定登録に至らしめた
25 のは原告であるから、共同発明者間における原告の貢献割合はほぼ100%である。
b 本件製品2の上市及び売上げの拡大により被告の知名度は向上し、本件製品
2の製品化研究を通して被告及び被告グループ会社に微粒子コーティング技術が根
付き、その根付いた技術を利用して、ザイザルOD錠等の多くの新商品が誕生して
おり、これに寄与した原告の功績は多大である。
したがって、原告の貢献度が40%を下回ることはない。
5 (イ) 使用者貢献度
共同発明者の1人であるP2が研究グループを率いて製剤化実験を担当し、原告
の意見を聞きながら製造方法の確定作業を行っており、この限度において被告の貢
献はあるが、本件製品2を製造する上で最も重要となる徐放性微粒子の製造方法に
関する研究を主導したのは原告である。
10 本件製品2の製剤化研究は、通常の造粒操作や乾燥操作にも兼用できる研究用の
小型装置を用いて行われており、被告が新たな設備を購入したことはない。本件製
品2の実生産は、汎用の流動層微粒子コーティング設備、通常の錠剤機等を用いて
なされており、被告が新たな設備を導入したことはない。
本件製品2の成分であるアンブロキソール塩酸塩は、徐放カプセル45mgを先
15 行して研究開発して製造販売していた被告にとって既知の薬物であり、本件製品2
のために特殊な試験法を開発することは不要であった。
これらの事情に照らせば、被告の貢献度が60%を上回ることはない。
カ 小括
以上によれば、本件発明2に係る相当の対価額は、次の計算式により算出される
20 1億5552万円である。
【計算式】
162億円×40%×6%×100%×40%=1億5552万円
(被告の主張)
ア 売上高
25 認める。
イ 超過売上高(率)
否認ないし争う。
超過売上高(率)を40%とする原告の主張には根拠がない。
本件製品2については、本件製品2と生物学的同等性が確認されている製品(先
発医薬品の製造販売会社により販売されていた「ムコソルバンL錠」(徐放小型
5 錠))が存在する。同製品は本件製品2のような水なしで服用できるOD錠ではな
いが、OD錠であっても、水ありで服用することが通常想定されており、OD錠で
あるか否かは、あくまで患者の服薬の利便性に配慮した製剤というだけで、通常の
錠剤と効果の面で差はない。
そうすると、本件発明2を実施しなくとも代替技術の実施により同種製品の製造
10 販売ができるため、代替性のある製品(上記「ムコソルバンL錠」)が存在するこ
とは、本件製品2の超過売上高(割合)を減ずる事情となり、本件製品2の超過売
上高(率)は多くとも10%と解するべきである。
ウ 仮想実施料率
仮想実施料率を算定する場合、①統計的資料を使用する場合は平均値ではなく最
15 頻値(幅があるときは低い値)を重視すべきであり、②製薬分野における仮想実施
料率については、新薬の成分特許とジェネリック品の製剤ないし製法の特許では後
者の方が低くなるべきである。また、③当事者に特許実施許諾契約例がある場合、
その実施料率も考慮すべきである。
①については、「実施料率〔第5版〕」(乙117)では、医薬品・その他の
20 化学製品(イニシャル無)に関する平成4~10年度(資料中最新のもの)の最
頻値は3%とされ、「ロイヤルティ料率データハンドブック~特許権・商標権・
プログラム著作権・技術ノウハウ」(乙118)においては、バイオ・製薬に関
する最頻値は3~4%未満と4~5%未満とされている。②については、本件特
許2は、ジェネリック品である本件製品2に関する製剤特許である。③について
25 は、被告は吉富製薬から吉富特許に係る特許権につき非独占的通常実施権の許諾
を受けたことがあり(乙5)、その際の実施料率は本製品につき正味販売額の
0.3%、副製品につき正味販売額の3%とされていた。
これらの事情からすると、本件特許2の仮想実施料率は高くとも3%にとどま
る。
エ 本件発明2の貢献度(寄与度)
5 本件製品2は、先発医薬品であるLカプセルの後発医薬品(ジェネリック品)
であり、有効成分はLカプセルと同一である。
薬価の安いジェネリック品は国の方針としてその使用が推奨され、最新のデータ
では新薬と比べた使用割合は約8割に上るところ、本件製品2もジェネリック品で
ある以上、その薬価はLカプセルや同L錠よりも破格に安く、このような破格の安
10 さが本件製品2の売上げに大きく寄与している。
そうすると、本件製品2の売上げに対する本件特許2の寄与度は高くとも30%
にとどまる。
オ 共同発明者間における原告の貢献割合
上記(1)
(被告の主張)のとおり、原告は、本件発明2の真の発明者ではないから、
15 共同発明者間での貢献割合もない。
仮に原告に何らかの貢献があったとしても、本件主張一覧表の「被告の主張」欄
記載の原告の関与を前提とすれば、その貢献割合は限りなくゼロに近い。
カ 使用者貢献度
被告は、本件製品2の開発に係る設備や費用及び本件特許2の取得や維持に要す
20 る費用を全て負担し、後発医薬品の承認を得ないと上市できない本件製品2につい
て、多大な労力をかけて承認申請の準備を行い、承認を得た。被告は、本件製品2
の売上げの拡大に向けて多大な営業努力を尽くし、他方で開発リスクを背負ってい
た。
そうすると、使用者貢献度は90%を下らない。
25 (3) 争点2-3(消滅時効の成否)について
(被告の主張)
本件発明2に係る職務発明対価請求権は、遅くとも特許を受ける権利が被告に承
継された本件特許2に係る出願日(平成24年11月22日)を起算日として消滅
時効が進行し、同日から5年(改正前商法522条本文)の経過によって時効消滅
した。
5 (原告の主張)
平成20年特許法35条3項に基づく職務発明相当対価請求権は、その金額が同
条により定められたいわば法定の債権であるから、権利を行使することができる時
から10年の経過によって消滅する(改正前民法166条1項、167条1項)と
ころ、未だ時効期間は経過しておらず、消滅時効は完成していない。
10 第4 当裁判所の判断
1 本件発明1について
事案に鑑み、争点1-2から判断する。
(1) 争点1-2(職務発明相当対価請求権の時効中断の成否又は消滅時効援用の
信義則違反の有無)について
15 ア 認定事実
証拠(後掲のほか、甲91、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実
が認められる。
被告は、平成16年7月以降、原告に対し、毎月、「給与」名目での金員の
支払のほかに、月額40万円の「技術指導料」名目の金員(本件技術指導料)を支
20 払うようになった。(甲80)
原告と被告は、平成24年9月19日、「技術指導に関する覚書」(以下「本
件覚書」という。)を作成し、同年11月1日から1年間(申出ない限り更新)、
原告が被告に対し必要な製剤技術開発及び製剤技術指導を行い、その対価として被
告が原告に月額32万円を支払うことを合意した。同月から、本件技術指導料の支
25 払額は、月額32万円となった。(甲80、乙126)
被告は、平成26年4月に「褒賞制度」運用規則を施行し、技術の革新や業
務遂行上、極めて有益な発明・改良・工夫考案などにより会社に貢献した者に「技
術賞」を与えているところ、同規則に基づき、褒賞制度審査会において、平成29
年3月1日、平成28年度の入賞の賞金として、「アンブロキソール塩酸塩徐放O
D錠の開発」について、本件特許2の特許公報に「発明者」として記載された者の
5 うち原告を除く4名を含めた合計9名(ただし、原告は含まない。)に対し「技術
賞特級」「50万円」を贈呈すると決定された。(乙69、107、108)
被告の当時の会長は、平成31年3月25日、原告に対し、本件100万円
に関する目録を交付した。同目録には、「金壱佰萬円也。右の通り、贈呈いたしま
す」との記載があり、金員の名目の記載はなかった。(甲33)
10 被告は、同年3月29日、原告に対し、本件100万円を支払った。本件1
00万円の支給は被告において「賞与」として処理された。(甲5、乙18)
原告は、同日、被告担当者に対し、退職にあたって自らの心情等を記載した文書
を添付し、「贈呈品、本日、確かに受け取りました。」との内容をメールで連絡し
たが、上記文書には、本件発明1に関する「贈呈品」であるとの内容の記載はなか
15 った。(乙21、22)
被告の従業員であったP5は、令和2年2月17日、当時の被告会長に対し、
本件100万円が支払われた理由の確認等を内容とするメールを送信したところ、
同会長から、「長きに亘って固型剤の技術開発に多大な功績を残されました…特筆
すべきことは、弊社にとって事業拡大の源である「ニフェジピンCR錠」の開発で
20 ある…ここまで成長して来られたことに対する、会社としてのささやかな気持ちと
して…特別贈呈」した旨の返信を受けた。(甲31)
原告は、令和2年2月20日、当時の被告社長に対し、本件製品1の被告に
対する「貢献に対する褒賞金ということ」で本件100万円の支払を受けたことや、
確定申告における本件100万円の取扱いを問う旨のメールを送信したところ、被
25 告担当者から、「褒賞金は2019年3月29日の決算賞与にて支給、課税処理し
ております…給与収入としてご申告ください。雑所得としてのご申告は不要になる」
旨の返信を受けた。(甲32)
イ 検討
本件技術指導料の支払について
原告は、本件技術指導料が本件発明1の対価として支払われており、本件技術指
5 導料の支払は債務の承認にあたるから、本件発明1の相当対価請求権の消滅時効は
中断した旨主張する。
この点、前記前提事実及び上記アの認定事実によれば、被告は、吉富製薬を定年
退職した製剤経験の豊富な原告に対し、その製剤技術を被告従業員に指導すること
を期待して、本件覚書と同様の内容の合意をした上で、平成16年7月から本件技
10 術指導料の支払を始めたものと推認される。その後、上記アのとおり、原告と被告
が本件覚書のとおりの合意をしたため、本件技術指導料の支払額が同年11月から
減額されている。これらの事情に照らせば、本件技術指導料は、本件覚書の文言ど
おり、原告の有する製剤技術を被告従業員に指導する対価として支払われていたも
のであると解すべきであり、本件技術指導料の支給開始時期と本件製品1の販売開
15 始時期が近接していたとしても、上記解釈は左右されない。また、他に、本件技術
指導料が本件発明1の対価として支払われていたことを認めるに足りる証拠はない
(本件覚書においても、技術指導の対象について別途協議する旨が記載されている
にすぎず、吉富特許の存続期間満了と本件技術指導料の減額との関連性も明らかで
はない。)。
20 よって、原告の上記主張を採用することはできない。
本件100万円の支払について
原告は、本件100万円の支払が本件発明1の対価の支払であり、職務発明相当
対価請求権の時効完成後の債務の承認にあたるから、被告による消滅時効の援用は
信義則に反する旨主張する。
25 しかし、上記アの認定事実のとおり、本件100万円の名目は目録に記載されて
おらず、被告は、一般的に職務発明対価は雑所得として扱われるところ、本件10
0万円を給与所得である「賞与」として扱っている上、一貫して長年の功労に対す
る贈呈金の趣旨であるとの認識を原告に伝えている。また、本件100万円は原告
の退職の直前に支給されているところ、原告は在職中多数の製剤業務に携わってい
たのであり(甲10)、本件発明1により製品化された本件製品1の売上げが被告
5 の業績を拡大させたこと(争いなし)を踏まえたとしても、本件100万円を特に
本件発明1の職務発明の対価として支払われた金員であると解釈すべき合理的な理
由は見当たらない。加えて、被告においては、上記アの認定事実のとおり、原告の
退職までの間に、褒賞制度に基づく賞金支払の運用もとられているが、当該制度の
賞金が職務発明の対価に当たるかはともかく、本件100万円がその賞金に該当し
10 ないことは明らかである。
これらの事情に照らせば、本件100万円を本件発明1の対価であると解するこ
とはできず、他に、これを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
(2) 小括
15 以上によれば、本件発明2に係る職務発明相当対価請求権は、本件特許1の出願
日(平成17年11月22日)から10年の経過をもって時効消滅したと認められ
る(なお、後記2(4)と同様の理由から、平成16年特許法35条に基づく職務発明
相当対価請求権の消滅時効期間を10年と解すべきである。)。
よって、その余の争点について検討するまでもなく、原告の本件発明1に係る職
20 務発明相当対価請求は理由がない。
2 本件発明2について
(1) 認定事実
証拠(後掲のほか、甲90、111、乙152、原告本人、証人P2、証人P5)
及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
25 ア 特許明細書の記載
本件特許2の特許明細書(甲4)には、次の記載がある。
【技術分野】
・ 「本発明は、塩酸アンブロキソールの長時間持続型、例えば1日1回投与型
の口腔内崩壊錠に関する。」【0001】
【背景技術】
5 ・ 「塩酸アンブロキソールは、肺や気道の分泌を促進し、線毛運動を亢進する
ことで、痰の喀出を容易にする去痰剤であり、通常、急性および慢性気管支炎、気
管支喘息、気管支拡張症、肺血核、塵肺症、手術後の喀痰喀出困難の去痰に使用さ
れる。」【0002】
・ 「現在市販されている剤形としては、錠剤、細粒、ドライシロップ剤などの
10 1日3回投与製剤と、1日1回投与のカプセル剤がある。患者の服用コンプライア
ンスの観点からは1日1回投与型が望ましいが、市販されているカプセル剤は高齢
者や小児のような嚥下力の弱い患者には不向きである。」【0003】
・ 「カプセル剤より服用容易な錠剤の形で服用回数を減らした1日1回投与型
塩酸アンブロキソール製剤も提案されている。…」【0004】
15 【先行技術文献】
・ 「…これら特許文献(引用者注:特開2008-201706号公報、特開
2012-72133号公報)において提案されている徐放性錠剤は口腔内崩壊錠
剤ではない。水なしで容易に服用できる口腔内崩壊錠が高齢者、小児などの嚥下力
の弱い患者にとっては望ましいことは勿論であるが、1日1回の服用ですむ、徐放
20 性の塩酸アンブロキソールの口腔内崩壊錠はこれまで知られていない。」【000
6】
・ 「放出制御膜を被覆した薬物含有微粒子を含む口腔内崩壊錠にとって重要な
ことは、薬物含有微粒子の寸法である。服用した時この錠剤は口腔内で薬物含有微
粒子に崩壊するので、その寸法は口腔内でザラツキ感が少なく、水なしで嚥下でき
25 る平均粒子径300μm以下であることを要する。」【0008】
・ 「…放出制御膜を被覆した制御放出微粒子を含有する口腔内崩壊型の錠剤を
製する場合、口腔内で崩壊しても違和感のない微粒子であり、かつ、錠剤強度を市
場性を担保できる堅牢なものとするためには、最大粒子径が400μm程度になる
よう製造することが好ましく、粒子の大きさのバラツキを考慮して、平均粒子径で
言えば、好ましくは300μm以下、最も好ましくは270μm以下の微粒子に製
5 することが必須であるが、そのような制御放出微粒子を製することは容易ではない。
本邦においても…有効成分の高含量製剤において、期待される溶出性を有した制御
放出微粒子を造り製剤化した例はない。」【0010】
・ 「ましてや、そのような放出制御膜で被覆した微小球粒子において、一定の
血中濃度を長時間に亘って維持させるために、薬物を0次に近い形で徐放出をさせ
10 る製剤化技術は未だ確立されていない。」【0011】
・ 「平均粒子径が400μm~1000μmの塩酸アンブロキソールを含有す
る徐放性顆粒を充填した市販のハードカプセル剤…剤を改良するに際しては、平均
粒子径が300μm以下の微粒子であって、薬物をシグモイド型の徐放出をさせる
制御放出微粒子の開発が必須であり、これを配合して錠剤に製し、その溶出規格に
15 合致する口腔内崩壊錠に製する方法を見いだすことが重要課題である。」【001
2】
・ 「さらには、当該制御放出微粒子を含有させて口腔内崩壊錠に製するために
は、剤形が異なるため、…にシグモイド型溶出で合致させることが肝要である。そ
のためには、シグモイド型の徐放出をさせる制御放出微粒子を製し、該微粒子を配
20 合した口腔内崩壊錠となすことも重要な要件であることがわかった。 【0013】
」
・ 「以上述べたとおり、高齢者、小児など嚥下力の弱い患者も服用しやすい、
容易に水に分散して径管投与が可能、1日の服用回数が減り患者のコンプライアン
スが向上するなどの大きなメリットを有する、塩酸アンブロキソールを含有する制
御放出微粒子を利用した0次溶出する口腔内崩壊型の徐放錠の開発が要望される。」
25 【0014】
・ 「放出制御膜で被覆した微小球粒子を用いた製剤を投与し、投与直後から製
剤中の薬物を0次放出させるためには、シグモイド型の薬物放出特性を有する放出
制御膜で被覆した微小球粒子を製し、最初の薬物放出のラグタイム分を、薬物放出
の速い別の粒子などを混ぜて補足し、製剤全体からの薬物の放出を0次に近いシグ
モイド型の溶出にする必要がある。これを達成するためには、pH非依存性の液透
5 過性を有する放出制御フィルム基剤を用いて、長時間に亘って目的とするシグモイ
ド型の徐放出溶出特性を実現する制御放出微粒子を製する方法を開発することを要
する。」【0015】
【発明が解決しようとする課題】
・ 「本発明は、上で述べた平均粒子径が比較的小さい放出制御膜を被覆した塩
10 酸アンブロキソール含有微粒子を含み、1回の投与で長時間シグモイド型の薬物放
出を続ける塩酸アンブロキソールの徐放性口腔内崩壊錠を提供することを課題とす
る。【0016】
【発明を実施するための形態】
・ 「薬物を含有するコアの製造方法はいろいろ考えられるが、例えば…核の外
15 層に、薬物と結合剤などを水または有機溶剤などに溶解乃至懸濁した溶液を噴霧す
るなどの方法により、薬物をレイヤリングしてコア粒子を製することができる。コ
ア粒子の製造に用いる核としては、できあがりの制御放出微粒子の平均粒子径が3
00μm以下の粒子であることが必要であるため、平均粒子径が200μm以下で
あることが必須…」【0020】
20 ・ 「放出制御膜を利用した制御放出微粒子の製造に用いる放出制御膜基剤とし
ては、水および消化液に溶解しないことが望まれ、かつフィルムコーティング剤と
して使用できることが条件となる。この条件に合致するものとしては、粘度規格4
cps、7cps、10cps、20cpsおよび45cpsのエチルセルロース
の粉末…などがある。」【0025】
25 ・ 「そこで、これらの基剤を用い、平均粒子径が300μm以下の微粒子であ
って、その粒子からの溶出特性がシグモイド型を示す放出制御膜を被覆した制御放
出微粒子の製法に関して、結晶セルロースなどで製された平均粒子径100μm程
度の核粒子に、薬物と結合剤などをレイアリングして製したコア粒子を用い、放出
制御膜に関する検討を行った。」【0026】
・ 「エチルセルロースに関しては、…その中でも、粘度規格6~22.0cp
5 sのエチルセルロースおよび粘度規格3.6~7.0mPa・sのヒプロメロース
を配合してなる放出制御膜として第一層を被覆する方法が、製造操作性および膜特
性の観点から最善であった。すなわち、当該放出制御膜基剤を有機溶媒または含水
有機溶媒に溶解乃至懸濁した溶液を用い、噴霧コーティングを施すことによって、
平均粒子径が300μm以下の制御放出微粒子であり、溶出制御膜の厚みが20μ
10 m程度であって、かつ、目的とするシグモイド型の溶出挙動を示す制御放出微粒子
を得ることができることを見いだした。【0028】
・ 「放出制御膜で溶出を制御した平均粒子径300μm以下の微粒子について
は、この粒子をその他の製剤化用添加剤とそのまま混合して加圧圧縮し錠剤化する
場合、放出制御膜に加圧による亀裂が生じ、微粒子からの薬剤の放出が速くなるこ
15 とが確認された。そのため、放出制御膜の加圧変性を防止する方法について検討を
重ね、放出制御膜の外層に、融点が15℃以上の水溶性ロウ状高分子を50%以上
含有する被覆材料を溶剤に溶解乃至懸濁した溶液を用い、噴霧コーティングするこ
とによって得られるプロテクト層として第二層を被覆した微粒子は、加圧圧縮によ
る放出制御膜の亀裂発生を防ぎ、微粒子からの薬物の放出速度変化がないことがわ
20 かった。」【0034】
・ 「融点が15℃以上の水溶性ロウ状高分子としては、…水溶性、水不溶性、
腸溶性、胃溶性または徐放性のコーティング基剤や結合剤などを付着性補助剤とし
て同時に配合してコーティングすることが好ましい。」【0035】
・ 「このようにして製した制御放出微粒子を配合して口腔内崩壊錠に成型する
25 場合、…水溶性ロウ状高分子の崩壊阻害作用を防止する目的で、微粒子表面濡れ改
善のための第三層として、水不溶性高分子および/または水不溶性かつ水非膨潤性
粉末からなる層を被覆することによって、錠剤の崩壊遅延を防止できることを見い
だした。」【0036】
イ 本件製品2の製剤設計に関する説明(乙11)
P2、原告ら本件特許2の特許公報に記載された「発明者」らは、平成26年8
5 月の医薬品の専門雑誌に、本件製品2の製剤設計に関する説明の記事を掲載した。
同掲載記事には、アンブロキソール塩酸塩を含有する先発医薬品としては、普通錠
(「ムコソルバン®錠」、「ムコサール®錠」)及び徐放性カプセル(Lカプセル等)
が上市されていたこと、先発品について、特に喀痰機能が未発達の小児や低下して
いる高齢者における服用の利便性の改善が求められていたこと、被告において、カ
10 プセル剤より飲みやすい徐放性の口腔内崩壊錠(OD錠)の開発に着手したこと、
具体的には速放性微粒子及び徐放性微粒子を口腔内でザラツキ感の少ない平均粒子
径が300μm以下の微粒子に製し、これらの微粒子に必要最少量の崩壊剤等の添
加剤を加えて成形する方法を採用することによって開発を試みたこと、この目的を
達成するために解決すべき大きな問題は、先発製剤に用いられている球形顆粒と放
15 出機構並びに溶出特性が類似した徐放性微粒子の製造にあり、かつ、錠剤化する際
の圧縮成形圧によって放出制御被膜の破損が生じない徐放性微粒子の製造にあると
考えたこと、などが記載されている。
また、アンブロキソール塩酸塩徐放OD錠は、①核粒子上にアンブロキソール塩
酸塩を含む薬物層をコーティング(レイヤリング)し、②シールコート層をコーテ
20 ィングし、③さらに苦味マスキング層をコーティングして速放性粒子を製し、④シ
ールコート微粒子(②で得られた微粒子)に放出制御層をコーティングし、⑤さら
に2層のオーバーコート層をコーティングして徐放性微粒子を製し、⑥これらとは
別に、賦形剤、崩壊剤及び甘味剤を造粒して後末顆粒を製し、⑦速放性微粒子、徐
放性微粒子及び後末顆粒、さらに香料及び滑沢剤を混合し、⑧打錠することによっ
25 て製造される旨も記載されている。
ウ 製剤化の開発経過等
従来技術
a 被告は、Lカプセルの後発医薬品として、平成14年にアンブロキソール塩酸
塩徐放カプセル剤を上市していた。(甲7、24の2、乙11)
b 平成19年当時、カプセル剤からOD錠に剤形変更された例として、武田薬品
5 工業株式会社から平成14年に販売された「タケプロン®OD錠」(腸溶性)及びア
ステラス製薬株式会社から平成15年に販売された「ハルナール®D錠」(徐放性)
が存在していた。(甲52、109)
本件製品2の開発決定に至る経緯
a 原告は、平成17年のデータを基に平成18年頃、徐放性製剤の市場調査を
10 行い、徐放カプセル剤より徐放錠の売上げの方が好調であることを認識し、アンブ
ロキソール塩酸塩の徐放カプセルをOD錠とすれば医療現場から歓迎されると考え
た。(甲16、51)
b 原告は、平成19年4月、製剤技術部長から顧問となった。
c 被告において、同年7月25日、新製品創出の専属メンバーとして、製品企
15 画室の2名、原告及び開発業務課のP7が担当することとなり、同年8月、当時国
内で販売されていた口腔内速崩壊錠のリストアップを開始し、被告の開発本部連絡
会において、新製剤を出す仕組みを作るために上記4名でアイデア出しをして検討
会を開くことなどが協議された。そして、上記4名出席の下、第1回製剤開発PJ
(注:プロジェクト)会議が開催された。(甲61の1、乙26、87)
20 d 同年9月11日及び同月18日に順次開催された第2回製剤開発PJ会議
(常会)及び同(臨時会)において、平成24年上市までの新規開発製剤の選定に
ついて議論され、原告は、徐放カプセルの徐放OD錠化について提案した。(乙8
8)
e 平成19年10月9日に開催された第3回製剤開発PJ会議において、新規
25 開発製剤の選定に関する議論がされ、原告は、「ニフェランタンCR」及び「ゼン
ブロンL」につき、徐放かつ口腔内崩壊(OD)錠にするとそれが付加価値となり
販売量の増加が見込まれるので開発に着手したいと提案した。(乙27)
また、同月の第4回製剤開発PJ会議において、上記提案についてメリットを調
査して次回会議で検討することとなり、同月29日頃に開催された第5回製剤開発
PJ会議において、OD錠に関する上記提案について肯定的に評価され、次の拡大
5 会議で新規製剤の選定の決定がされる予定となった。(甲61の1、乙28、29)
f その後、原告が出席して同年11月7日に開催された第6回製剤開発PJ会
議(拡大会議)において、「ゼンブロンL/OD錠」を次期開発品(剤型開発着手
品目)として選定することが決定された。(乙30)
原告は、これまでのPJ会議の過程で、説明のための資料作成も行っていた。(甲
10 16、17、51)
g その後、同年12月から、上記OD錠化に関する瀬踏み実験(微粒子コーテ
ィングの実現可能性を確認するための実験)が開始され、同月25日開催の第8回
製剤開発PJ会議において、「ゼンブロンL/OD錠」が上市した場合の売上げ予
測等が紹介された。(乙31)
15 h 平成20年2月29日に社長、副社長等も出席して開催された次期開発品目
選定会議において、「剤型開発品(アンブロキソール塩酸塩〔ゼンブロンL/OD
錠〕)」につき、原告から「普通錠から徐放錠への移行」(販売売上げ見込み等)
に関する説明がされ、正式に次期開発品として開発承認された。(甲61の1、乙
32)
20 開発プロジェクトチームの発足及び検討対象等
平成20年3月、被告において製剤開発のプロジェクトチーム(以下「本件チー
ム」という。)が発足した。
なお、被告では、開発段階(ステップ)について、次の4段のステップが設定さ
れ、開発ステージゲートとしてステップ会議が開催された。
25 ① ステップ1 ●(省略)●
② ステップ2 ●(省略)●
③ ステップ3 ●(省略)●
④ ステップ4 ●(省略)●
ステップ1会議からステップ2会議までの検討経過
a ステップ1会議
5 平成20年4月3日、ステップ1会議が行われ、今後は本件チーム(チームリー
ダーはP2)が中心となって開発検討が進められることとなったが、原告は本件チ
ームのメンバーではなかった。
本件チームは、目標製品プロファイルとして①剤形変更(カプセル剤からOD錠
とする)、②溶出性(先発製剤と放出機構が類似し、「後発医薬品の生物学的同等
10 性試験ガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)に定められる9種類の溶
出試験条件(公的溶出試験を含む)に適合する製剤とする)、③味・崩壊性(アン
ブロキソール塩酸塩の不快な味を隠蔽し、口腔内で30秒以内に崩壊する製剤とす
る)、④硬度(普通錠同様、取扱いに問題のない製剤とする)の4項目を設定した。
そして、ステップ1会議では、製剤設計の技術コンセプトは、コア粒子として結晶
15 セルロース球形顆粒を用い、主薬と水溶性高分子からなる主薬層をコーティングし
た上に徐放性コーティング層を施して基本構成単位の粒を得、崩壊剤等とともに打
錠するというものであること、基本構成単位の大きさはLカプセルより小さいが、
構造は同じであること、製剤設計における留意点は、口腔内崩壊時間に加え、主薬
による不快な痺れやザラツキ感に留意し、物理的化学的に安定で、取り扱い上で問
20 題のない硬度を有すること等であること、予備製剤化検討の状況から、原薬はメタ
ノールに不安定な恐れがあること等が説明された。また、口腔内でのザラツキ感に
関する質問に対し、粒の大きさを300μm以下にしており、問題ないとの回答が
なされた。
原告は、同会議に出席し、特許の出願申請を考えている旨を発言した。(以上に
25 つき、乙37ないし39、74)
b 製剤化検討報告会・中間報告等
本件チームは、各種試作検討を行い、要旨、次のとおり、検討結果や今後の課題
等を報告した。
(a) 平成20年5月29日(乙43)
本件チームメンバーであったP8、P9、P3及びP2は、同年4月から、レイ
5 ヤリング工程のコーティング液について●(省略)●
(b) 同年6月24日(甲61の1、乙44)
●(省略)●
今後の検討課題は、コーティング、機器の改造とされた。
(c) 同年7月25日(乙45)
10 標準製剤の選定、溶解法スケールアップの検討、打錠検討(崩壊性・味・口当た
り)に関する報告がされた。
●(省略)●
(d) 同年8月に開始された検討等
同年8月から9月頃から、アンブロキソール塩酸塩の苦味対策として速放性微粒
15 子のコーティングの検討が開始され、●(省略)●(乙46、61)
●(省略)●
P3、P9及びP2は、平成20年8月から、別の苦味対策として、16種類の
苦味マスキング剤につき、後末添加剤として配合したOD錠の試作を開始し、その
うち4種類が味の評価の結果が良かったことから、これらを苦味マスキング剤とし
20 て添加し、甘味剤6種類の効果も確認した。(乙46)
さらに、同年9月からは、薬物レイヤリングに用いる結合剤として、4種類(ヒ
ドロキシプロプルセルロース(以下「HPC」という。)、ヒプロメロース(TC
-5)、ポビドン(以下「PVP」という。)及びプラスドン(以下「PSD」と
いう。)を用いた試作検討を始めた。●(省略)●
25 (*) ただし、その後、後記cのとおり、●(省略)●
(e) 同年9月8日(乙46)
●(省略)●
(f) 同年10月8日(乙58)
●(省略)●
(g) 同年10月30日(乙50)
5 ●(省略)●
(h) 同年11月26日(乙51)
●(省略)●
(i) 平成21年3月3日(乙54)
同年2月、P3、P9、P2は、核粒子として用いられる添加剤につき、●(省
10 略)●
(j) 同月31日(乙59)
●(省略)●
c 中間報告会等
本件チームは、次のとおり、中間報告会又は技術検討会を実施した。
15 (a) 平成21年5月18日技術検討会(乙60)
●(省略)●
(b) ●(省略)●(甲61の2)
(c) 平成21年9月30日中間報告会(乙61)
●(省略)●
20 (d) 同年10月28日中間報告会(乙76)
●(省略)●
ステップ2会議からステップ3会議までの経過
a ステップ2会議(乙40)
●(省略)●
25 b 中間報告会等
(a) ●(省略)●(甲61の2)
(b) 平成22年1月7日中間報告会(乙48)
●(省略)●
(c) ●(省略)●(甲61の2)
●(省略)●(甲61の2)
5 (d) 同年3月2日(甲61の2、乙77)
溶出特性(結合剤の割合等)の実験結果について報告された。
ステップ3会議以降の経過
a ステップ3会議(甲61の2、乙41)
●(省略)●
10 b 開発本部会議(甲61の2)
●(省略)●
c 実験検討等(甲61の2)
●(省略)●
d 同年7月7日中間報告(乙78)
15 ●(省略)●
e 平成22年10月25日開発月例会等(甲61の2、75、乙49)
(a) 同日、原告、P2ほか9名の出席の下、開発月例会が開催され、開発状況の
報告がされた。
●(省略)●
20 (b) 懸濁法への変更後の検討
P2及びP3は、●(省略)●、4種のグレードのECの検討を行って約25の
試作を実施した●(省略)●(甲61の2、乙55)
f 平成23年1月11日中間報告(乙56)
徐放層の検討(可塑剤の影響やエチルセルロースグレードの影響)について報告
25 された。
●(省略)●
g 同年2月7日中間報告(甲61の2、61の3、乙57、80)
●(省略)●
h 平成23年2月25日技術検討会(乙53)
●(省略)●
5 i 同年3月8日中間報告(乙83)
スケールアップ検討(溶出性の影響確認等)、打錠による顆粒の剥離改善、顆粒
安定性に関する実験結果について報告された。
j 同年4月1日技術検討会(乙62)
スケールアップによる徐放顆粒の溶出比較、オーバーコートによる顆粒の打錠時
10 の溶出変化、打錠時の後末の影響等に関する実験の報告がされた。
●(省略)●報告された。
●(省略)●が好ましいことから、可塑剤としてPEG6000(マクロゴール)
が選定された。また、このような可塑剤などが露出したままの微粒子を配合して錠
剤化すると、溶出性に関する試験で水による粘性が生じ、また口腔内で微粒子の凝
15 集が起こり崩壊に悪影響を与えることが判明したため、オーバーコート層第2層に
苦味マスキング層と同一処方で薄いコーティングを施すこととなった。
k 同年5月20日中間報告(乙84)
スケールアップ検討(水系レイヤリングによる付着性及び溶媒系徐放コーティン
グ法におけるスケールアップによる溶出性の影響の確認、機種差による溶出性の影
20 響の確認、薬物レイヤリングの結合剤PVPK30にPVPK90を添加した影響
等)、打錠の割れの改善検討(オーバーコート層)、pH依存性改善検討(徐放層。
エチルセルロースとTC-5)等について報告された。
l 同年6月7日技術検討会(乙79)
上記kと同様にスケジュール検討の従前の検討結果と今後の課題等が報告された。
25 m 平成23年11月10日ステップ3会議(2回目)(乙42、73)
同月、本件製品2の規格及び試験方法の設定、安定性試験に使用するアンブロキ
ソール塩酸塩徐放OD錠を製造するため、治験薬製品標準書(第1版)が制定され
た。これに記載された製剤処方は、本件発明2の構成要件を満たすものであった。
同日、ステップ3会議(2回目)が開催され、製剤の暫定処方、製造方法案、暫
定処方製剤の溶出性、安定性試験結果等が報告され、申請用安定性サンプルの製造
5 が承認された。
エ 製造承認申請及び本件特許2の出願に至る経過
被告の開発課は、製造承認申請に必要な規格及び試験方法の設定を担当し、
承認申請に必要な安定性試験(加速試験、長期保存試験、苛酷試験)を実施した。
原告は、開発課に所属していなかった。
10 P2とP5(平成21年から被告に入社)は、平成23年11月から平成2
4年12月までの間、開発課とともに、品質評価(純度試験等)を行った。
また、平成24年1月以降、パイロットスケール機を導入した治験薬の製造
や、生産スケール機を使用した徐放コーティングの最適化条件の検討、原薬粉砕、
後末顆粒の設計等が行われた。
15 平成25年2月20日、被告においてステップ4会議が開催され、本件製品
2の製造承認申請内容について被告社内の承認を受け、同月27日付けで、製造承
認申請がされた。
被告は、本件発明2について、原告から特許出願の提案を受けて出願手続を
進めることとし、原告が、出願の明細書案を作成した。(甲82)
20 (2) 争点2-1(原告が発明者であるか)について
ア 本件発明2の特徴的部分について
原告は、①各自高含量の塩酸アンブロキソールを含む制御放出微粒子と速放性微
粒子を混合させたこと、②錠剤を小型化するために制御放出微粒子の平均粒子径を
300μm 以下とするために工夫をなしたこと、③錠剤を製造する過程の加圧圧縮
25 操作に対し割れにくいプロテクト層を形成したことが主たる特徴である旨主張する
のに対し、被告は、上記①及び②は主たる特徴ではなく、放出制御層を被覆する水
溶性ロウ状高分子を含んでいるプロテクト層及び該プロテクト層の外側の、水不溶
性高分子および/または水に溶解も膨潤もしない粉末を含む粘着防止層からなる点
(本件特許2の特許請求の範囲【請求項1】の(3)及び(4)の構成)が主たる特徴で
ある旨主張する。
5 上記(1)アの本件特許2の明細書の記載に加えて、上記(1)イの被告従業員の作成
した記事の内容に照らせば、本件発明2の技術的課題は、従来販売されていたアン
ブロキソール塩酸塩の錠剤及びカプセル剤には、特に高齢者、小児などの嚥下力の
弱い患者に服用上の問題があり、服用上の利便性の観点から薬物含有微粒子の平均
粒子径が比較的小さく、1回の投与で長時間シグモイド型の薬物放出を続ける口腔
10 内崩壊錠の開発にあったことが認められる。そして、この課題を解決するために、
錠剤の寸法は口腔内でザラツキ感が少なく、水なしで嚥下できるよう薬物含有微粒
子の平均粒子径を300μm以下とすること、錠剤化する際の圧縮成形圧によって
放出制御被膜の破損が生じない制御放出微粒子(徐放性微粒子)の構成、薬物をシ
グモイド型の徐放出をさせる制御放出微粒子を配合して口腔内崩壊錠に製する方法
15 を見いだすことが重要であり、本件発明2の特徴的部分は、これらの課題解決方法
を開示する構成部分であるから、原告主張の上記①及び②の点は、いずれも本件発
明2の特徴的部分ということができる。また、上記①及び②の点を実現するために
は上記③のプロテクト層及びその外側の粘着防止層(【請求項1】の(3)及び(4)の
構成)が重要であるから、これらの構成も本件発明2の特徴的部分である。
20 以上によれば、本件発明2の特徴的部分は、少なくとも、原告主張の上記①ない
し③の点にあると認められる。
イ 特徴的部分への原告の関与
上記(1)の認定事実によれば、原告は、先発医薬品であるLカプセル等の服用上
の問題点を認識し、カプセル錠よりOD錠の需要が多いことを調査した上で、アン
25 ブロキソール塩酸塩の口腔内崩壊錠であるOD錠の開発を発想し、他社製品の調査
や技術的検討を行った上で、その開発をPJ会議で提案し、平成20年2月29日
の次期開発品目選定会議までの間のPJ会議にすべて出席し、OD錠化に関する瀬
踏み実験にも関与して、微粒子コーティングの実現可能性を一定程度具体化させ、
同選定会議において正式な開発承認を獲得するに至っている。そうすると、原告は、
少なくとも上記アの①の本件発明2の特徴的部分の着想をしたといえる。
5 したがって、原告は、この点のみをもっても、本件発明2の発明者であると認め
られる。
これに対し、被告は、上記着想は、被告自身がアンブロキソール塩酸塩のカプセ
ル剤を先行して販売しており、これをOD錠に剤形変更するとの発想は容易であり、
この点は発明の特徴的部分とはいえず、その着想をもって本件発明2の発明者であ
10 るとはいえない、などと主張する。
従来技術として、カプセル錠からOD錠にした例(タケプロンなど)も見られる
が、本件発明2と同じ成分であるアンブロキソール塩酸塩に関するものではなく、
また、原告の提案に先立って、被告が上記先行販売品をOD錠に改良することを具
体的に検討していたような事情も見当たらない。そうすると、被告の主張する事実
15 をもって、上記特徴的部分及びこれを前提とする原告の発明者性に関する判断は左
右されず、上記被告の主張は採用できない。
(3) 争点2-2(相当の対価の額)について
ア 売上高
本件発明2に係る特許(本件特許2)の実施品である本件製品2の販売開始から
20 本件特許2の存続期間満了までの間において、本件製品の売上高が162億円を下
らないことについては、当事者間に争いがない。
イ 超過売上高(超過売上率)
前記前提事実のとおり、被告は、自ら又は本件受託3社に販売委託をして本件製
品2を販売し、本件特許2を実施している。
25 本件製品2は、先発医薬品Lカプセルの後発医薬品であるが、1回の投与で長時
間シグモイド型の薬物放出を続けるアンブロキソール塩酸塩の徐放OD錠化の技術
を用いた製品は、本件製品2以外には上市されていない。被告もアンブロキソール
塩酸塩の徐放カプセル剤及び錠剤(普通錠)を販売し、本件製品2の販売開始後の
平成27年7月に先発医薬品メーカーからアンブロキソール塩酸塩の錠剤(徐放小
型錠)が販売されたが(乙115)、本件製品2以外にアンブロキソール塩酸塩の
5 徐放OD錠の製品が製造販売されている事情は見当たらない。
また、本件製品2は、市場占有率が平成30年に1位となった。
これらの事情を勘案すると、超過売上高(超過売上率)は40%と認めるのが相
当である。
ウ 仮想実施料率
10 実施料率の判断にあたっては、被告(特許権者)の実施許諾例があればまず検討
し、それがなければ業界相場等や発明の内容等を検討することになるが、被告にお
ける実施許諾例がある事情は見当たらない。
医薬品の自己実施に係る実施料率に関する資料によれば、「医薬品では6%前後
の率に…上下1~2%程度増減した率が大方の相場」とされるもの(乙116)、
15 「医薬品・その他の化学製品(イニシャル有)」では3~5%が最も多いとするも
の(乙117【図2-5-1】)、3~5%未満が最も多いとするもの(乙118)
が見られる。そして、本件発明2は、1回の投与で長時間シグモイド型の薬物放出
を続けるアンブロキソール塩酸塩の徐放OD錠に関する発明であるが、剤形が異な
るものの治療学的に同等の有効性、安全性を有する医薬品は他にも存在する。
20 このような事情を総合考慮すると、本件における仮想実施料率は5%と認めるの
が相当である。
エ 本件発明2の貢献度(寄与度)
本件発明2は剤形に関するものであり、服用の利便性から本件製品2の売上げに
貢献しているものと認められる。
25 他方で、本件製品2は後発医薬品であり、有効成分は先発医薬品(Lカプセル)
と同じである。また、本件製品2には、本件発明2に開示されていない製剤化技術
も用いられているものと考えられる。加えて、本件製品2の売上げが好調である要
因は、国のジェネリック医薬品販売促進施策がとられており(乙119、120)、
薬価も先発医薬品に比して格段に安くなっている(乙121、122)ところが大
きい。
5 これらの諸事情を勘案すると、本件発明2の貢献度は、多くとも60%と認める
のが相当である。
オ 共同発明者間における原告の貢献割合
原告は、口腔内崩壊錠の着想をしたのみならず、その具体化の過程である製
造開発の場面においても、自身の知見に基づき、結合剤や徐放被膜のコーティング
10 に用いる添加剤、可塑剤等のあらゆる場面における技術の選定について、本件チー
ムのP2らに指示ないし助言し、これを基に本件発明2が完成したことからすれば、
原告の貢献割合は100%に近いなどと主張する。
発明の着想は、課題とその解決手段ないし方法が具体的に認識され、技術に関す
る思想として概念化されたものである必要があると解される。また、医薬品の開発
15 においては、発明を完成させるまでに、試行錯誤を経ながら、添加成分の種類や配
合比率、配合条件等について多数の試作、試験・実験を行い、これから見出される
問題点を改善し、その効能や安全性、利便性等を確立していくことが必要不可欠で
あると認められる(証人P2、証人P5)。
これらの点を踏まえ、原告の上記主張について、以下検討する。
20 上記(1)の認定事実によれば、原告が、平成18年頃、アンブロキソール塩酸
塩の徐放カプセルをOD錠とすれば医療現場から歓迎されると考え、平成19年か
らは新製品創出の専属メンバーの一人として、他社製品の調査や技術的検討を行っ
た上、OD錠化の発想を一定程度具体化して提案し、瀬踏み実験に関与して、本件
製品2の開発承認決定(平成20年2月)に貢献したことは認められる。
25 しかしながら、本件発明2は平成23年11月頃に完成したものと認められ
るところ(上記(1)ウ m)、添加成分の選定や処方等に関する検討を実際に行った
のは、上記(1)のとおり、P2をリーダーとする本件チームであった。すなわち、本
件チームは、本件発明2の特徴的部分の構成を実施可能な程度に具体化するために
多数の試作、試験・実験を行うなど試行錯誤を繰り返し、その過程において、複数
回にわたって報告(中間報告及び技術説明会)を行い、報告時点における試作実験
5 の結果及び今後の課題を検討し、課題の解決を目指して3年余りにわたり検討を行
っている。
他方、原告は、本件チームに所属しておらず、開発月例会議等の会議には出席し
ていたことが認められるものの、本件チームの行う試験・実験に関与していたとは
認められない。また、原告は、本件チームの発足後、製剤技術部の顧問の地位にあ
10 り、本件チームの職員と接する機会はあったことから、本件チームのメンバーに対
し、その知識及び経験を生かして助言できることがあれば概括的に助言していたも
のと認められるが(原告本人、証人P5)、以下のとおり、本件製品2の開発過程
において、具体的な指示に関する客観的な証拠はない。
a 原告は、徐放性微粒子の核粒子として、ハルナールD錠に使用されているセ
15 ルフィアCP-102を用いるよう指示した、他に検討の余地はなかった旨を主張
する。
上記(1)ウ によれば、開発当初は核粒子として用いる添加剤はセルフィア(結晶
セルロース粒)で進めていたが、溶出性に影響する可能性があり、他の添加剤も試
してみたが期待した効果は得られなかったことが平成20年11月に報告され、そ
20 の後、結晶セルロース粒の2種のグレードで試作検討した結果、平成21年3月に
セルフィアCP-102が選定されたことが認められる。原告が、上記の検討過程
でセルフィアCP-102の使用を指示したことを明らかにする客観的証拠はない。
仮に原告がセルフィアCP-102の検討につき何らかの助言をしたことがあった
としても、その選定には上記のような試行錯誤を経て数か月を要していることから
25 すると、原告が他に検討の余地はないものとして選定を具体的に指示したとは認め
られない。
b 原告は、薬物レイヤリング工程に関し、溶解法から懸濁法に変更になった際、
文献(甲19、20、22、66~68等)からの知見に基づき、溶出改善のため
薬物レイヤリング層に崩壊剤を添加すべきこと、また、崩壊剤としてはクロスポビ
ドンを検討することを指示した旨主張する。
5 上記(1)ウ によれば、懸濁法への変更後、平成22年11月から薬物レイヤリン
グ層に崩壊剤を添加して、徐放性微粒子の溶出改善を検討し、同年12月には崩壊
剤としてクロスポビドンを添加することが有用と判明したことが認められる。上記
の検討過程において、原告が崩壊剤の添加やクロスポビドンの検討を指示したこと
を明らかにする客観的証拠はない。同月の技術検討会の資料(乙55)では、レイ
10 ヤリング層の改良検討の中で、シグモイド曲線を改善する工夫として、クロスポビ
ドン等の崩壊剤添加を含むいくつかの工夫案が実験され、その結果としてクロスポ
ビドン添加の有用性が報告されている。このような経過の中で、原告が行ったと主
張する指示は内容や経緯が不明確であって、具体的指示の存在を認めることができ
ない。
15 c 原告は、薬物レイヤリングに用いる結合剤として、文献(甲18)を参考に
してPVPを用いるよう指示した、他に選択の余地はなかった旨主張する。
上記(1)ウ 及び によれば、平成20年9月の段階では、結合剤としてPVPを
含む4種類が検討されたが、●(省略)●再検討の結果、PVPが選定されたこと
が認められる。原告が上記の検討過程でPVPの使用を指示したことを明らかにす
20 る客観的証拠はない。原告は、pH依存性のある化合物が先発製剤(Lカプセル)
の中に含まれる場合、これと同じものを使用しなければ同等の溶出率を確保できな
いというが、本件チームにおいて、平成20年11月には「結合剤についても先発
の溶出挙動にあわせる組み合わせに目処を得た」、同年12月には「pH依存性の
異なる結合剤を組み合わせることにより、溶出挙動をコントロールすることができ、
25 標準製剤と合致した溶出性を示す徐放性顆粒を得ることが確認できた」との報告が
あり(甲61の1)、原告もそれを知っていたと認められる(甲90)。そうする
と、仮に原告がPVPの使用に関する何らかの助言を行ったことがあったとしても、
他の選択の余地がないとして選定を具体的に指示したとは認められない。
d 原告は、平成22年12月頃、徐放性被膜の被覆(放出制御層)に関し、E
CとTC-5に類似のグレードの混合被膜を用い、エタノールと水の8:2程度の
5 混合溶液に溶解して被覆する方法とすることを指示した旨主張する。
上記(1)ウ によれば、懸濁法に変更された後、徐放性被膜のコーティングに関し、
徐放カプセルに用いられている配合を参考にEC及びTC-5のグレードで試作し
て溶出性を検討していたところ、平成23年2月の中間報告において、EC(ST
D10)とTC-5Rを8:2.5の比率でコーティングすればシグモイド型の溶
10 出となる旨報告されたことが認められる。上記の検討過程において、原告が被覆の
方法を指示したことを明らかにする客観的証拠はない。また、コーティング剤の処
方につき、AQCを主成分とするものに問題があるとすれば、被告が既に製造販売
していた徐放カプセルの処方を参考としてECを主成分とする試行を行うこと自体
に困難性は認められないし、実際の混合比率は多くの試作,実験を経なければ選択
15 できないことは明らかである(本件では約50ロットの試作が行われた。)。この
ような状況で、原告の主張する指示の内容や経緯は不明確であり、原告が具体的な
指示を行った事実を認めることができない。
e 原告は、文献(甲20)により導かれた知見に基づき、本件製品2の開発当
初から、加圧圧縮により徐放性被膜にひび割れなどの損傷が生じることを防止する
20 ため、ある種の可塑剤が有用であることを認識し、文献(甲23)から得た知見に
基づき、PEG6000(マクロゴール)と薬物を混合して用いることで徐放性被
膜の耐圧性向上が図れると判断して、マクロゴールの添加を指示したと主張する。
しかし、上記(1)ウ によれば、平成21年9月には、プロテクト層(オーバーコ
ート第1層)にECとTC-5RにTween80を添加した処方により顆粒の割
25 れ防止が可能と報告されており、また、上記(1)ウ によれば、平成22年12月か
ら徐放層(放出制御層)の主成分をAQCからECに変更することが検討されたの
に伴い、プロテクト層の処方も再検討されたことが認められるところ、原告が処方
について提案したことを示す客観的証拠はない。仮に原告もその検討に参加してP
EG6000の使用について何らかの言及をしたことがあったとしても、結局は実
験による試行錯誤を経てプロテクト層に配合する薬剤の有効性や処方が明らかにな
5 ったのであるから、原告が具体的な指示をしたとか、それによってマクロゴールの
添加が選定されたとの事実を認めることはできない(原告は「可塑剤」としてPE
G6000を用いるというのは誤りであると指摘するが、「可塑剤」の意味合いは
ともかく、ここではプロテクト層に配合される薬剤を検討していることに変わりは
なく、原告の指摘の点は結論を左右するものではない。)。
10 f 原告は、崩壊促進層の被覆(粘着防止層)に関し、徐放性被膜に類似のEC
を主体とする疎水性被膜を、溶出特性に影響しない程度に薄く被覆して、速崩壊性
を担保するよう指示した旨主張する。
上記(1)ウ によれば、徐放層の主成分がAQCからからECに変更され、オーバ
ーコート層にPEG6000(マクロゴール)を用いることとされたところ、PE
15 G6000が露出したままの微粒子を配合して錠剤化すると、水による粘性が生じ、
また崩壊にも悪影響を与えることから、検討の結果、平成23年4月の技術検討会
で、苦味マスキング層と同一処方で薄いコーティング(オーバーコート層第2層)
を施すことになったことが認められる。上記の検討過程において、原告が被覆の必
要性や処方について具体的に指示したことを明らかにする客観的証拠はない。また、
20 原告の主張する指示は、内容が概括的である上、指示が行われた経緯も不明確であ
るから、具体的な指示が行われた事実や当該指示の方法で実験が進められた事実を
認めることができない。
g 原告は,他にも本件製品2の開発過程で種々の指示をしたことにより本件発
明2の完成に多大な貢献をした旨主張する。しかし、いずれも原告が具体的に指示
25 したことを認めるに足りる証拠がなく、原告の上記主張は採用できない。
上記(1)の認定事実、並びに、上記 及び の事情に照らせば、原告のほか、
P2、P3ら本件チームにおいて本件発明2の完成に向けて実験、分析等に主体的
に関与した者も本件発明2の共同発明者というべきである。そして、原告は、アン
ブロキソール塩酸塩のOD錠を製することを発想し、それを一定程度具体化して瀬
踏み実験にも関与し、開発承認を得た点で、本件発明2の特徴的部分の一部につい
5 て着想・具体化し、本件発明2の完成に貢献したといえる。しかし、原告は、その
後は概括的な助言を与えることがあるのみで、発明の具体化に直接的に関与したと
は認められないから、本件発明2の特徴的部分の多くについては、着想もその具体
化もしていないといわざるを得ない。
これらの事情を総合すると、原告の共同発明者間における貢献割合は、20%と
10 認めるのが相当である。
カ 使用者貢献度
被告は、本件製品2の開発設備や費用、製造承認申請に要する費用をすべて負担
し、本件特許2の出願及びその維持に係る費用もすべて負担している。また、本件
製品2の売上げの拡大に関する営業努力もすべて被告が行っている。さらに、本件
15 製品2は後発医薬品であり、先発医薬品とは異なって、獲得すべき有効成分や効能
効果がすでに明らかとなっているところ、後発医薬品は、一般に、先発医薬品に比
べて開発期間は短く、開発費も相対的に少ない反面、薬価も先発医薬品に比べて安
価であって、先発医薬品ほどの利益は必ずしも期待できない。そして、先発医薬品
と治療学的に同等の有効性、安全性を有し、法定の厚生労働大臣の製造販売の承認
20 を得なければならず、かつ、先発医薬品に求められている改善点にも配慮した競争
力のある医薬品を開発することになる点においては、後発医薬品であっても大きな
開発リスクが生じるというべきであるところ、被告は、このような開発リスクをす
べて負担している。
これらの事情に照らせば、使用者貢献度は90%を下ることはないと認めるべき
25 である。
キ 小括
以上の検討によれば、本件発明2に係る相当の対価の額は、次の計算式により算
出された388万8000円となる。
【計算式】
162億円×40%×5%×60%×10%×20%
5 (4) 争点2-3(消滅時効の成否)について
被告は、平成20年特許法35条3項に基づく相当対価請求権の時効期間が、改
正前商法522条本文により5年であるとして、原告の本件発明2に係る相当対価
請求権は時効消滅したと主張する。
しかしながら、同条項に基づく相当対価請求権は、法定の債権であるから、その
10 消滅時効期間は、権利を行使することができる時から10年(改正前民法167条
1項)と解するのが相当である。
そうすると、本件発明2に係る相当対価請求権の消滅時効は、遅くとも本件特許
2の出願日である平成24年11月22日から進行するところ、本件訴訟提起時点
において、時効期間は経過しておらず、消滅時効は完成していないから、被告の上
15 記主張を採用することはできない。
第5 結論
よって、原告の請求は主文の限度で理由があるからその限度で認容し、その余は
理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官
武 宮 英 子
裁判官
阿 波 野 右 起
裁判官
島 田 美 喜 子
(別紙)
特許目録
1 特許番号 特許第4700480号
5 発明の名称 徐放性経口固形製剤
出願日 平成17年11月22日(特願2005-336570)
公開日 平成19年6月7日(特開2007-137849)
登録日 平成23年3月11日
発明者 原告
10 P6
特許請求の範囲
【請求項1】
薬物としてニフェジピンと、吸水によりゲル化する水溶性高分子を含む素錠に、
薬物を含まない水透過性の第1のフィルムコーティング層を施し、該第1のフィ
15 ルムコーティング層の上に、薬物および水溶性高分子を含む第2のフィルムコー
ティング層を施し、該第1のフィルムコーティング層を透過した水で徐々に膨潤
した素錠の局部的崩壊によってニフェジピンの徐放が達成される徐放性経口固形
製剤において、
投与直後から素錠に含まれるニフェジピンの放出が始まるまでに、前記第2の
20 フィルムコーティング層からニフェジピンが徐々に放出されるように、ニフェジ
ピンは前記第2のコーティング層の水溶性高分子のマトリックス中で固体分散体
または固溶体を形成していることを特徴とする徐放性経口固形製剤。
【請求項2】
前記第2のコーティング層は、ニフェジピンと前記水溶性高分子を両者の共通
25 溶媒に溶解した溶液をコーティング液として用いることにより、水溶性高分子中
のニフェジピンの固体分散体または固溶体に形成される請求項1の徐放性経口固
形製剤。
【請求項3】
前記素錠に含まれる水溶性高分子は、ヒドロキシプロピルメチルセ ルロー
ス、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、またはそれらの混合物
5 から選ばれる請求項1の徐放性経口固形製剤。
【請求項4】
前記第1のフィルムコーティング層のフィルム形成物質は、エチル セルロー
ス、アセチルセルロース、アミノアルキルメタクリレートコポリマーRSまたは
アクリル酸エチルメタクリル酸メチルコポリマーから選ばれる請求項1の徐放性
10 経口固形製剤。
【請求項5】
前記第2のフィルムコーティング層に含まれる水溶性高分子は、ヒドロキシプ
ロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、
ポリビニルピロリドン、またはそれらの混合物から選ばれる請求項1の徐放性経
15 口固形製剤。
【請求項6】
前記第1のフィルムコーティング層は、その水透過性を調節する水溶性高分子
をさらに含んでいる請求項1の徐放性経口固形製剤。
【請求項7】
20 前記第2のフィルムコーティング層は、その溶解性を調節するため、第1のフ
ィルムコーティング層のためのフィルム形成物質、または高級脂肪酸、高級脂肪
酸グリセリンエステル、高級アルコール、ワックスまたはそれらの混合物から選
ばれた疎水性物質をさらに含んでいる請求項1の徐放性固形製剤。
2 特許番号 特許第5919173号
発明の名称 徐放性塩酸アンブロキソール口腔内崩壊錠
出願日 平成24年11月22日(特願2012-255855)
公開日 平成26年6月5日(特開2014-101332)
5 登録日 平成28年4月15日
発明者 原告
P2
P3
P4
10 P5
特許請求の範囲
【請求項1】
各自塩酸アンブロキソールを含む制御放出微粒子および速放性微粒子の混合物
へ、少なくとも崩壊剤および滑沢剤を加えて圧縮成形してなる口腔内崩壊錠であ
15 って、
前記制御放出微粒子は、
(1) 塩酸アンブロキソールおよび結合剤を含有するコア粒子、
(2) 該コア粒子を被覆する、水不溶性高分子と水溶性高分子のブレンドより
なる放出制御層、
20 (3) 該放出制御層を被覆する、水溶性ロウ状高分子を含んでいるプロテクト層、
および
(4) 該プロテクト層の外側の、水不溶性高分子および/または水に溶解も膨潤
もしない粉末を含む粘着防止層からなり、
前記速放性微粒子は、塩酸アンブロキソールおよび結合剤を含有するコア粒子
25 に、少なくとも塩酸アンブロキソールの一部が胃内で放出されるように水不溶性
高分子単独または水溶性高分子とのブレンドで被覆されており、
前記制御放出微粒子および速放性微粒子は300μm以下の平均粒子径を有す
ることを特徴とする塩酸アンブロキソール口腔内崩壊錠。
【請求項2】
日本薬局法記載の溶出試験法(パドル法:50rpm、溶出試験液:水)で測
5 定するとき、試験開始後1.5時間、2時間および5時間の塩酸アンブロキソー
ル溶出率が、それぞれ35±15%、45±15%および80±15%である請求
項1の口腔内崩壊錠。
【請求項3】
日本薬局法記載の溶出試験法(パドル法:50rpm)で測定するとき、塩酸
10 アンブロキソールの溶出率が、
(a)pH1.2において試験開始後2時間のとき、30±15%であり、
(b)pH5.0において試験開始後1.5時間、2時間および5時間のとき、
それぞれ30±15%、45±15%および88±15%であり、
(c)pH7.5において試験開始後2時間、4時間および10時間のとき、そ
15 れぞれ28±15%、50±15%および80±15%である請求項2の口腔内崩
壊錠。
【請求項4】
錠剤中の制御放出微粒子の配合量が錠剤重量の10~70%である請求項1な
いし3のいずれかの口腔内崩壊錠。
20 【請求項5】
錠剤中に配合される制御放出微粒子に含まれる塩酸アンブロキソールの量が、
錠剤全体の塩酸アンブロキソールの含有量の70%以上95%以下であり、残り
は速放性微粒子に含まれている請求項1ないし4のいずれかの口腔内崩壊錠。
【請求項6】
25 水不溶性高分子がエチルセルロースであり、水溶性高分子がヒドロキシプロピ
ルセルロースまたはヒプロメロースである請求項1ないし3のいずれかの口腔内
崩壊錠。
【請求項7】
放出制御層に含まれる水不溶性高分子の水溶性高分子に対する重量比が6:4
ないし9:1である請求項1ないし3のいずれかの口腔内崩壊錠。
5 【請求項8】
プロテクト層は、マクロゴールまたはポリオキシエチレンポリオキシプロピレ
ンブロック共重体(ポロキサマー)とヒプロメロースとからなる請求項1ないし
3のいずれかの口腔内崩壊錠。
【請求項9】
10 粘着防止層に含まれる水不溶性高分子は、エチルセルロース、胃溶性コーティ
ングまたは腸溶性コーティング剤である請求項1ないし3のいずれかの口腔内崩
壊錠。
【請求項10】
粘着防止層に含まれる水に溶解も膨潤もしない粉末が、タルク、合成ハイドロ
15 タルサイトまたはステアリン酸マグネシウムである請求項1ないし3のいずれか
の口腔内崩壊錠。
以上
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