ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和4(行ケ)10126 審決取消請求事件
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所 |
|---|---|
| 裁判年月日 | 令和5年10月5日 |
| 事件種別 | 民事 |
| 当事者 | 原告ザケマーズカンパニーエフシーリミテッドライアビリティ 被告AGC株式会社 |
| 対象物 | 2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロ10パン、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン、2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物 |
| 法令 |
特許権 特許法134条の24回 特許法36条6項1号1回 特許法134条1回 |
| キーワード | 審決13回 実施8回 無効6回 特許権3回 無効審判2回 差止1回 分割1回 優先権1回 侵害1回 |
| 主文 | 1 特許庁が無効2020-800115号事件につい 2 訴訟費用は被告の負担とする。25 |
| 事件の概要 | 本件は、特許第6752438号(以下「本件特許」という。)の請求項1及び2 に係る発明についての特許を無効とした審決(以下「本件審決」という。)の取消訴5 訟であり、争点は、特許法134条の2において準用する同法126条5項に規定 する訂正要件違反の有無及び同法36条6項1号に規定するサポート要件違反の有 無である。 |
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令和5年10月5日判決言渡
令和4年(行ケ)第10126号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和5年8月1日
判 決
原 告 ザ ケマーズ カンパニー エフシ
ー リミテッド ライアビリティ
カンパニー
同訴訟代理人弁護士 大 野 聖 二
大 野 浩 之
被 告 A G C 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 片 山 英 二
大 月 雅 博
黒 田 薫
岩 間 智 女
辛 川 力 太
同訴訟代理人弁理士 加 藤 志 麻 子
主 文
1 特許庁が無効2020-800115号事件につい
て令和4年8月17日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 原告の求めた裁判
主文同旨
第2 事案の概要
本件は、特許第6752438号(以下「本件特許」という。)の請求項1及び2
5 に係る発明についての特許を無効とした審決(以下「本件審決」という。)の取消訴訟であり、争点は、特許法134条の2において準用する同法126条5項に規定する訂正要件違反の有無及び同法36条6項1号に規定するサポート要件違反の有無である。1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は、発明の名称を「2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン、2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物」とする発明に係る本件特許の特許権者である。本件特許は、令和元年9月4日に分割出願がされ(原出願日平成21年5月7日。パリ条約による優先権主張平成20年5月7日・米国)、令和2年8月21日に特許権の設定登録(甲46)がされた。
(2) 被告は、令和2年11月30日、本件特許(請求項の数2)について、無効審判請求をし、特許庁はこれを無効2020-800115号事件として審理した。原告は、令和3年4月5日、訂正請求書(甲32。以下、この訂正請求書による訂正を「本件訂正」という。)を提出して、本件特許の特許請求の範囲を訂正することを求めたが、特許庁は、令和4年8月17日、本件訂正は認められないとした上で、「特許第6752438号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。」との本件審決(出訴期間として、在外者に対し90日を附加)をし、その謄本は、同月26日、原告に送達された。原告は、同年12月15日、本訴を提起した。2 発明の要旨
(1) 本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は次のとおりである(以下、「請求項」というときは、特に断らない限り、本件特許の特許請求の範囲の請求項をいう。また、以下、本件訂正前の請求項1に係る発明を「本件発明1」、同2に係る発明を「本件発明2」といい、両者を併せて「本件発明」とい
5 う。。)【請求項1】HFO-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.2重量パーセント以下で、HFC-254ebを1.9重量パーセント以下で含有する組成物。【請求項2】HFO-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.1~0.2重量パーセント、HFC-254ebを0.7~1.9重量パーセント以下で含有する組成物。
(2) 本件訂正の内容(訂正事項1)請求項1の「HFO-1234yfと、」の記載を「77.0モルパーセント以上のHFO-1234yfと、」に訂正する。(訂正事項2)請求項2の「HFO-1234yfと、」の記載を「82.5モルパーセント以上のHFO-1234yfと、」に訂正する。3 本件審決の理由の要点
(1) 本件訂正の訂正要件適合性についてア 訂正事項1、2の内容本件訂正に係る訂正事項1、2は、前記2(2)のとおりである。イ 訂正事項1の適否の検討(ア) 本件訂正後の請求項1に係る発明(以下、本件訂正後の本件発明1及び本件発明2をそれぞれ「本件訂正発明1」「本件訂正発明2」といい、両者を併せて「本、件訂正発明」という。)は、「HFO-1234yf」「HFC-143a」及び「H、FC-254eb」の全てを含み、しかも、それらの含有量について、「HFC-143a」の含有量は0.2重量パーセント以下、「HFC-254eb」の含有量は
5 1.9重量パーセント以下であり、「HFO-1234yf」の含有量が77.0モルパーセント以上、すなわち、「HFO-1234yf」の含有量が77.0モルパーセントであることを包含し、77.0モルパーセントを超える高い範囲におけるあらゆる含有率で「HFO-1234yf」を含む組成物であることが規定されている。(イ) そして、「HFO-1234yf」「HFC-143a」及び「HFC-25、4eb」の全てを含むものについて、本件特許の願書に添付した明細書及び図面(以下、併せて「本件明細書」という。)の表5(【表6】(以下、単に「表5() 【表6】」)という。)は、HFC-244bbの反応によって製造された組成物について、その成分の全てのものについて成分分析を行ったものではなく、しかも、HFC-244bbの反応は、特定の成分を有する組成物を意図して製造したものではない。表5(【表6】)に示されたものは、あくまで、HFC-244bbの反応による、反応途中(変換中)の流出物の成分分析を行ったものであって、その流出物に含有されるのは、表5(【表6】)に挙げられた成分だけなのか不明であるし(製造具合をみるための限定的な成分分析かもしれない)、さらに、表5(【表6】)上、未知の成分とされているものの分子量及び重量が示されていない以上、「HFC-143a」及び「HFC-254eb」の重量パーセントで表した含有量は不明であることから、表5(【表6】)の「HFO-1234yf」の含有量の数値からは、本件訂正発明1の「HFO-1234yf」のモルパーセントで表した含有量を導き出すことはできず、当業者は、本件明細書の記載から、本件訂正発明1の組成物を導くことができない。(ウ) 本件明細書にはせいぜい「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。(」【0003】。以下、特に断らない限り、【 】で囲まれた4桁の番号は本件明細書の段落番号を指す。)という記載を裏付ける事項が記載されているという程度に止まる。例えば、「HFO-1234yf」を85.0モルパーセントを超えて含
5 む組成物に関する記載を検討しても、本件訂正後の請求項1に規定される追加の化合物を所定量含む組成物を得る方法を理解することはできない。また、本件明細書の記載からは、HFO-1234yfの含有量に好ましい範囲としての下限値があるとか、その下限値が77.0モルパーセントであるということはできない。(エ) したがって、訂正事項1は、本件明細書の全てを総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであって、本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものではないというべきであり、特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の規定に適合しない。ウ 訂正事項2の適否の検討(ア) 訂正事項2は、本件訂正前の請求項2において、「HFO-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.1~0.2重量パーセントで、HFC-254ebを0.7~1.9重量パーセント以下で含有する組成物」について、「HFO-1234yf」の含有量を「82.5モルパーセント以上」と限定しようとするものである。(イ) しかしながら、表5(【表6】)においては、「HFC-143a」及び「HFC-254eb」の重量パーセントの含有量は不明というほかない。また、「HFO-1234yf」を85.0モルパーセントを超えて含み、本件訂正後の請求項2に規定される追加の化合物を所定量含む組成物について本件明細書に記載がされていないことは前記イ(ウ)と同様である。(ウ) したがって、訂正事項2は、本件明細書の全てを総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであって、本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものではないというべきであり、特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の規定に適合しない。エ 以上のとおりであるから、本件訂正は認められない。
(2) 本件発明のサポート要件違反についてア 本件明細書に、特許請求の範囲の記載を併せ考慮すると、本件発明は、HF
5 O-1234yfという化合物を製造する際に混入する特定の追加の化合物の含有量が微量であって、有用性が確認される用途に用いられる組成物を前提とするものであるといえるから、本件発明の課題は、低地球温暖化係数(GWP)を有する1234yfを含有し、熱伝達組成物、エアロゾル噴霧剤、発泡剤、ブロー剤、溶媒、クリーニング剤、キャリア流体、置換乾燥剤、バフ研磨剤、重合媒体、ポリオレフィン及びポリウレタンの膨張剤、ガス状誘電体、消火剤及び液体又はガス状形態にある消火剤(以下「熱伝達組成物等」という。)として有用な組成物を提供することであると認められる。イ 表5 【表6】 においては、( ) 「HFC-143a」 「HFC-254eb」及びの重量パーセントの含有量は不明というほかなく、本件明細書の記載からは、本件発明のような、「HFO-1234yf」と「HFC-143a」と「HFC-254eb」の全てを含み、「HFC-143a」と「HFC-254eb」を所定の含有量含むものが記載されていると理解することはできない。また、本件発明は、「HFO-1234yf」の含有量については特定がなく、しかも、「HFO-1234yf」と「HFC-143a」と「HFC-254eb」以外の成分を含み得るものであるから、低地球温暖化係数(GWP)を有する「HFO-1234yf」を含有するからといって、その量が僅少である場合(例えばGWPが大きい冷媒を大量に含む場合)や、他に含まれる化合物として、人体に有毒なもの、容易に引火・爆発するもの、機器に対して過度の腐食性があるもの等を大量に含む場合は、熱伝達組成物等として有用なものとならないことは明らかである。また、本件明細書には、本件発明に含まれる全ての範囲の組成物(「HFO-1234yf」と「HFC-143a」と「HFC-254eb」以外のいかなる成分であっても含み得るものである。)について、それらが、熱伝達組成物等として有用であるかどうか確認したという記載はなく、本件発明に含まれる全ての範囲の組成物が熱伝達組成物等として有用なものとなるという技術常識もない。
5 そうすると、そもそも本件明細書には記載されていない本件発明について、本件発明の課題を解決するものであることを、当業者が認識することはできないし、また、「HFO-1234yf」を所定量含むことが特定されず、「HFO-1234yf」と「HFC-143a」と「HFC-254eb」以外の成分については特定されない本件発明が、本件発明の課題を解決するものであることを、当業者が認識することもできない。ウ したがって、本件訂正前の請求項1及び2の記載は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。
第3
(原告の主張)
する取消事由
1 訂正要件適合性に係る判断の誤り(取消事由1)
(1) 本件訂正の内容(本件訂正発明1について)
本件訂正発明1は、本件訂正前の内容と比較するとHFO-1234yfの下限値を「77.0モルパーセント」として限定したものであるから、下限値を「77.0モルパーセント」として限定したことが、新規事項に当たるかどうかを判断する必要がある。
(2) 本件明細書には、下限値である77.0モルパーセント以上のHFO-12
34yfを含有する組成物が【0123】の表5(【表6】(下記参照)に、具体的)に示されている。上記は実施例15に関するものであるが、HCFC-244bbからHFO-1234yfを生成する工程のものであり、HFO-1234yfを生成する際の最終工程に相当するものである(【図1】。このことからすると、HFO-1234y)
5 fの含有量を高めることが当然に想定されている。
訂正に当たり、新規事項の追加が許されないのは、第三者の予測可能性が無いためであることからすると、本件明細書にHFO-1234yfを調製する際の技術的事項が開示され、かつ形式的にでもHFO-1234yf以外の化合物が「約1重量パーセント未満」であることが示されている(【0003】~【0004】)状況の下、HFO-1234yf、HFC-143a及びHFC-254ebの「組合せ」に関して、図1のHFO-1234yfを生成する際の最終工程であって、HCFC-244bbからHFO-1234yfを生成する場面を示した(必然的にHFO-1234yfの含有量を高めることを想定している場面である。【01)23】において、前記の通り示されているのであるから、HFO-1234yfの下限値を「77.0モルパーセント」と訂正することは、少なくとも本件明細書から自明な事項である。そして、本件訂正前の請求項1には、HFO-1234yfの含有量に制限がなく、あらゆる含有量でHFO-1234yfを含む組成物が権利範囲の対象であったのに対して、本件訂正は、その権利範囲を狭めて77.0モルパーセント以上と限定しただけであるので、第三者に対して不測の損害が及ぶものではなく、本件訂正が新規事項の追加となることはあり得ない。なお、本件明細書には、HFO-1234yfを生成する工程が記載されているのであるから、当然に85.0モルパーセント以上のHFO-1234yfを含有する組成物についての技術的思想が記載されているといえるから、本件訂正は新た
5 な技術的事項を導入しない。
(3) 本件審決は、603℃における85.0モルパーセントのHFO-1234
yfが最高値であるとの認定をしているが誤りである。本件明細書の実施例15は触媒無しでの結果を示すものであり、当業者であれば、適切な触媒を追加した上で条件を調整することで、その含有量を85.0モルパーセントよりも高めることは十分に可能である。また、蒸留を用いることも可能であり、例えば、温度を603℃近辺とし、蒸留を用いることでN2やその他の余分な成分と、HFO-1234yf、HFC-143a及びHFC-254ebを含む組成物とを分離することで、85.0モルパーセント以上のHFO-1234yfと、HFC-143a及びHFC-254ebを含む組成物を得られることは当業者であれば容易に理解することができる。
(4) 本件審決は、表5(【表6】)に関し、その流出物に含有されるのは、同表に
挙げられた成分だけなのか不明であり、さらに、未知の成分についての分子量及び重量が示されていない以上、「HFC-143a」及び「HFC-254eb」の重量パーセントで表した含有量は不明であることから、表5(【表6】)の「HFO-1234yf」の含有量の数値からは、本件訂正発明1の「HFO-1234yf」のモルパーセントで表した含有量を導き出せないと判断したが、流出物にその他の成分が含まれるのであれば、本件審決が述べる流出物に含まれるHFC-143a及びHFC-254ebの含有量は減るはずであり、HFC-143aの含有量は0.2重量パーセント以下となり、HFC-254ebの含有量は1.9重量パーセント以下となる方向になる。また、【0123】の表5(【表6】)の開示からすると、「モルパーセント」と記載すべきであったところを請求項1及び2では「重量パーセント」と記載しているにすぎないものであり、「未知」とされている化合物が存在するとしても大きな影響がないことは、被告自身が行っている計算(甲30、審判請求書29~30頁)によっても示されている。したがって、審決の上記判断は誤りである。
5 そもそも、0.2モルパーセント以下のHFC-143a及び1.9モルパーセ
ント以下のHFC-254ebを含有することは、訂正前と訂正後で一切変更のない内容であり、含有量に関して特に限定のなかったHFO-1234yfに対して、77.0モルパーセント以上という限定を加えることで、新たな問題が生じるはずがない。したがって、【0123】の表5(【表6】)の開示が「モルパーセント」となっていることは、本件訂正を否定する根拠とはならない。
(5) よって、HFO-1234yfの下限値を77.0モルパーセントに限定す
る訂正事項1は、新規事項を追加するものではない。このことはHFO-1234yfの下限値を82.5モルパーセントに限定した訂正事項2についても同様であり、訂正事項2もまた、新規事項を追加するようなものではない。
(6) 被告は、知財高裁令和3年(ネ)第10043号事件判決(甲23)を引用
して、本件明細書に、①HFO-1234yf、②0.2重量パーセント以下のHFC-143a、③1.9重量パーセント以下のHFC-254ebの組合せが明確に記載されているとはいえないと主張するが、同事件においては、クレームに対応する実施例が記載されていなかったのに対し、本件では、表5(【表6】)に、550℃、574℃、603℃及び626℃の4つの実施例において、上記①~③を含有する組成物が記載されているから、上記事件とは事情が異なる。
2 サポート要件に関する判断の誤り(取消事由2)
(1) これまでの複数の裁判例で示されている判断基準では、サポート要件を充足
するには、明細書に接した当業者が、特許を受けようとする発明が明細書に記載されていると合理的に認識することができれば足り、また、課題の解決についても、当業者において、技術常識も踏まえて課題を解決することができるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって、厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。なぜなら、サポート要件は、発
5 明の公開の代償として独占権を与えるという特許制度の本質に由来するものであり、
明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば、サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからである。
(2) 本件審決は、本件発明の課題について、低地球温暖化係数(GWP)を有す
る1234yfを含有し、熱伝達組成物等として有用な組成物を提供することであると認定した。
(3) 表5(【表6】)の開示によれば、少なくとも550℃、574℃、603℃
及び626℃の4つの実施例において、HFO-1234yfと、0.2モルパーセント以下のHFC-143aと、1.9モルパーセント以下のHFC-254ebを含有する組成物を具体的な技術的思想(発明)として導ける。そうすると、当業者は、本件明細書の記載から、本件発明の構成を採ることによって、低地球温暖化係数(GWP)を有する1234yfを含有し、熱伝達組成物等として有用な組成物を提供することができることを認識することができる。したがって、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決することができると認識することができる範囲内のものである。
第4
(被告の主張)
1 訂正要件適合性に係る判断の誤り(取消事由1)について
(1) 訂正は第三者に不測の損害をもたらすものであってはならないが、それ自体
が、新規事項追加の判断基準となるものではない。
(2) 訂正の適法性の判断において、新規事項の追加の該当性は、目的要件として
の特許請求の範囲の減縮の該当性とは別に判断されるものであって、特許請求の範囲の減縮であれば新規事項の追加に当たらないというものではない。また、本件発明は、明細書の記載からは技術的意義を理解することができないものであって、技術的裏付けを欠くものであるから、そのような発明におけるHFO-1234yf
5 の下限値を限定した発明も、技術的裏付けを欠くものであり、そのため当然に、
「当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項」との関係において、新たな技術的事項を導入することになる。
(3) 本件明細書に記載のない条件(触媒使用、蒸留)を用いて、85.0モルパ
ーセント以上のHFO-1234yfを含有する組成物を得ることができたところで、そのこと自体、組成物の発明である本件訂正発明が、「当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項」との関係において、新たな技術的事項を導入しないとはいえない。
(4) 表5(【表6】)には未知の成分が存在するから、モルパーセントに基づく同
表の数値に基づいて換算して、重量パーセントに基づく境界値を導き出すことは不可能であり、本件訂正による境界値には裏付けがない。
2 サポート要件に関する判断の誤り(取消事由2)について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲
の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決することができると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
(2) ところが、本件明細書においては、
「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。(」【0003】)という「発見」に関する記載しかなく、その他の記載をみても、本件発明の課題を把握することができる記載がない。そうすると、本件発明は、主位的には、課題が存在せず、本件発明によって当該課題を解決することができないことに基づいて、サポート要件違反とされるべきである。
5 (3) 仮に、本件明細書の「背景技術」の記載等から、本件発明の解決課題は「低
地球温暖化係数の新たな組成物を提供すること」であると理解したとしても、本件明細書の記載からは、本件発明の構成が、発明の課題解決手段であることを理解することができず、また、本件発明には、発明の課題を解決することができない組成物が多々含まれるから、サポート要件を満たさない。すなわち、本件特許の本件明細書に記載されている内容は、本件特許の原々々々出願(高祖父出願)の原出願の当初明細書と同じであるところ、同特許に係る特許権侵害差止等請求控訴事件(知財高裁令和3年(ネ)第10043号事件)の判決(甲23)が述べたとおり、「原出願の当初明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項としては、低地球温暖化係数(GWP)の化合物であるHFO-1234yfを調製する際に、 HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、及びHCFC-244bb)に含まれる不純物や副反応物が追加の化合物として少量存在し得るという点にとどまるものというほかない」のであって、本件明細書において、①HFO-1234yf、②0.2重量パーセント以下のHFC-143a、③1.9重量パーセント以下のHFC-254ebの組合せが明確に記載されているとはいえず、また、このような組合せを必須とする組成物が、どのような技術的意義、作用効果を奏するのかについても、本件明細書において、明確に説明されているとはいえないから、当業者は、本件発明によって、課題を解決することができるとは認識しない。また、本件明細書に記載されていない化合物には、GWPの高い物質も多数含まれ得るし、【0004】~【0008】に記載された化合物であっても、HFC-23(GWP:14800)、CFC-13(GWP:14400)をはじめとして、GWPの高い化合物が多数含まれている。そうすると、本件発明には、低地球温暖化係数(低GWP)の組成物の提供という解決課題を解決しえない組成物を多々含むことになるから、この意味においても、本件明細書の記載及び本件特許の優先日
5 の技術常識に基づいて、当業者が、本件発明によって課題を解決することができる
と理解することはない。
第5 当裁判所の判断
1 本件訂正前の本件発明について
(1) 本件明細書には、別紙「特許公報」のとおりの記載がある(甲46)。
(2) 本件発明の概要
前記(1)の記載によると、本件発明は、熱伝達組成物等として有用な組成物の分野に関するものであり、新たな環境規制によって、冷蔵、空調及びヒートポンプ装置に用いる新たな組成物が必要とされてきたことを背景として、低地球温暖化係数の化合物が特に着目されているところ、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出したというものである(【0001】~【0003】。)
2 本件訂正の適否
(1) 本件訂正は、請求項1の「HFO-1234yfと、」の記載を「77.0モ
ルパーセント以上のHFO-1234yfと、 と訂正しようとするもの」 (訂正事項1)と、請求項2の「HFO-1234yfと、」の記載を「82.5モルパーセント以上のHFO-1234yfと、に訂正しようとするものであり」 (訂正事項2)、それぞれ、本件発明の組成物中のHFO-1234yfの含有量について下限を定めるものである。
(2) 本件訂正は、原告が、本件特許に係る無効審判請求の請求書(甲30)の送
達を受け、答弁書(甲31)を提出するとともに請求したものである(甲32。特許法134条の2第1項本文)。
(3) 特許請求の範囲等の訂正は、
「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならないところ(特許法134条の2第9項、126条5項)、これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を
5 前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解さ
れる。「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、訂正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
(4) 訂正事項1について
ア(ア) 本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、「HFO-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.2重量パーセント以下で、HFC-254ebを1.9重量パーセント以下で含有する組成物。」というものであって、その文言上、HFO-1234yfと、0.2重量パーセント以下のHFC-143aと、1.9重量パーセント以下のHFC-254ebを含む組成物であれば足り、HFO-1234yfがいかなる量であっても当該特許請求の範囲に含まれ得るものと解される。(イ) 本件明細書には、「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。 【0」(003】、)「本発明によれば、HFO-1234yfと、HFO-1234ze、HFO-1243zf、HCFC-243db、HCFC-244db、HFC-245cb、HFC-245fa、HCFO-1233xf、HCFO-1233zd、HCFC-253fb、HCFC-234ab、HCFC-243fa、エチレン、HFC-23、CFC-13、HFC-143a、HFC-152a、HFO-1243zf、HFC-236fa、HCO-1130、HCO-1130a、HFO-1336、HCFC-133a、HCFC-254fb、HCFC-1131、HFC-1141、HCFO-1242zf、HCFO-1223xd、HCFC-233ab、HCFC-226baおよびHFC-227caからなる群
5 から選択される少なくとも1つの追加の化合物とを含む組成物が提供される。組成
物は、少なくとも1つの追加の化合物の約1重量パーセント未満を含有する。 【0」(004】)との記載があり、これらの記載からすると、本件明細書には、HFO-1234yfを調製する際に特定の追加の化合物が少量存在すること及び本件発明の組成物に含まれる追加の化合物の一つとして約1重量パーセント未満のHFC-143aがあることが記載されているということができる。また、【0013】【0016】【0019】【0022】【0030】【図1】、 、 、 、 、の記載を総合すると、本件明細書には、HFO-1234yfを調製する過程において生じる副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、HCFC-244bb)に含まれる不純物が、追加の化合物に該当することが記載されているということができる。さらに、【0121】 【0123】~ (表5 【表6】)( ) に記載された実施例15は、HCFC-244bbからHFO-1234yfへ、触媒無しで変換したところ生じた、HFO-1234yf、HFC-143a及びHFC-254ebを含む組成物が4例記載されており(加熱された温度(℃)がそれぞれ550、574、603、626)当該組成物に含まれるHFO-1234yfの量がそれぞれ、、 57.0、77.0、85.0、82.5モルパーセントであることが記載されている。(ウ) もっとも、本件明細書には、HFO-1234yfを調製するに当たり、追加の化合物としてHFC-143a及びHFC-254ebが含まれることについての技術的意義をうかがわせる記載はなく、また、化合物中のHFO-1234yfの量が57.0、77.0、85.0、82.5モルパーセントであることについての技術的意義をうかがわせる記載もない。イ 前記アの各記載を踏まえると、本件における当初技術的事項の内容は、次のとおりである。①HFO-1234yfを調製するに当たり、その過程において生じる副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、HCFC-244bb)に含まれる不純物が、追加の化合
5 物として少量存在し得ること、②本件発明1においては、追加の化合物として、0.
2重量パーセント以下のHFC-143aと、1.9重量パーセント以下のHFC-254ebが含まれること、③本件発明1の実施例となり得る組成物に含まれるHFO-1234yfの量が、57.0、77.0、85.0、82.5モルパーセントとなる場合があったこと。ウ そして、本件訂正により、本件発明1の化合物のうちのHFO-1234yfの含有量の下限が77.0モルパーセントと定められたことになるが、前記ア(イ)及びイのとおり、この数値自体は本件明細書に記載されていたものである。しかるところ、本件明細書の記載に照らしても当該数値に格別の技術的意義があるとは認められないから、本件訂正により、本件発明1に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。そうすると、本件訂正は、本件発明1に関し、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
(5) 訂正事項2について
ア 本件発明2に係る特許請求の範囲の記載は、「HFO-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.1~0.2重量パーセント、HFC-254ebを0.7~1.9重量パーセント以下で含有する組成物。」というものであって、その文言上、HFO-1234yfと、0.1~0.2重量パーセントのHFC-143aと、0.7~1.9重量パーセントのHFC-254ebを含む組成物であれば足り、HFO-1234yfがいかなる量であっても当該特許請求の範囲に含まれ得るものと解される。イ 前記ア及び前記(4)ア(イ)の各記載を踏まえると、本件における当初技術的事項の内容は、次のとおりである。①HFO-1234yfを調製するに当たり、その過程において生じる副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、HCFC-244bb)に含まれる不純物が、追加の化合物として少量存在し得ること、②本件発明2においては、追加の
5 化合物として、0.1~0.2重量パーセントのHFC-143aと、0.7~1.
9重量パーセントのHFC-254ebが含まれること、③本件発明2の実施例となり得る組成物に含まれるHFO-1234yfの量が、57.0、77.0、85.0、82.5モルパーセントとなる場合があったこと。ウ そして、本件訂正により、本件発明2の化合物のうちのHFO-1234yfの含有量の下限が82.5モルパーセントと定められたことになるが、前記イ及び前記(4)ア(イ)のとおり、この数値自体は本件明細書に記載されていたものであり、また、本件明細書の記載に照らしても当該数値に格別の技術的意義があるとは認められないから、前記(4)ウと同様の理由により、本件訂正は、本件発明2に関し、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
(6) 小括
したがって、本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。
3 取消事由について
以上によれば、本件訂正は「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」されたものと認めることになるから、本件訂正が特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の規定に適合しないとした本件審決の判断は誤りであり、
(原告の主張)
する取消事由1(訂正要件適合性に係る判断の誤り)には理由がある。また、取消事由2についても、サポート要件違反の判断の対象となる発明は、本件訂正発明となるべきところ、本件審決は、本件発明について判断をしているのであるから、取消しを免れない。
第6 結論
以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。
5 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清 水 響裁判官浅 井 憲裁判官勝 又 来 未 子別紙「特許公報」(省略)
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