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令和5(ネ)10032特許権侵害差止等請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和5年10月5日
事件種別 民事
対象物 特定のユーザの体臭成分を分析する方法
法令 特許権
特許法100条1項1回
キーワード 進歩性5回
特許権4回
無効4回
訂正審判2回
差止2回
侵害2回
損害賠償1回
審決1回
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙方法目録記載の方法を使用してはならない。
3 被控訴人は、原判決別紙方法目録記載の衣服を廃棄せよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、400万円及びこれに対する令和4年1月9日25
5 被控訴人は、自ら開設するウェブサイト(https://以下省略)のトップペー
6 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
7 仮執行宣言5
1 本件は、発明の名称を「特定のユーザの体臭成分を分析する方法」とする特
00万円及びこれに対する不法行為の日の後である令和4年1月9日(訴状送達の
6か月間掲載することを求める事案である。
2 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張
3 当審において追加された争点(訂正の再抗弁の成否(争点5))及びこれに
1 当裁判所も、原告の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、
2 原判決の補正
3 訂正の再抗弁の成否(争点5)について
1C’(本件訂正発明1は、「自身の体臭を気にする特定のユーザ」を対象として15
1及び本件発明1の「特定のユーザ」との構成は、乙7発明との相違点として認定
4 原告の当審におけるその余の補充主張について
2(1)イからエまで)によると、乙7発明も、被験者の体臭成分を正確に評価する
7論文の記載の内容自体若しくは当該記載から受ける示唆又は乙7発明の課題に照5
5 結論
事件の概要 1 本件は、発明の名称を「特定のユーザの体臭成分を分析する方法」とする特 許に係る特許権を有する控訴人(原審原告。以下「原告」という。)が、被控訴人 (原審被告。以下「被告」という。)が消費者に提供するサービスにおいて使用す る方法は同特許に係る特許発明の技術的範囲に属し、被告による同方法の使用は同10 特許権を侵害すると主張し、被告に対して、①特許法100条1項に基づき、同方 法の使用の差止めを求め、②同条2項に基づき、同方法において用いられた衣服の 廃棄を求め、③民法709条に基づき、損害賠償金1559万2500円の内金4 00万円及びこれに対する不法行為の日の後である令和4年1月9日(訴状送達の 日の翌日)から支払済みまで同法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求15 め、④特許法106条に基づき、原判決別紙謝罪文目録記載1の内容の謝罪文を同 目録記載2の要領で被告が開設するウェブサイトのトップページに投稿し、これを 6か月間掲載することを求める事案である。

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判決文

令和5年10月5日判決言渡
令和5年(ネ)第10032号 特許権侵害差止等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和3年(ワ)第31482号)
口頭弁論終結日 令和5年8月8日
5 判 決
控 訴 人 株式会社ベネフィット-イオン
同訴訟代理人弁護士 網 谷 威
10 同訴訟代理人弁理士 北 川 泰 隆
被 控 訴 人 オ ド レ ー ト 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 倉 持 麟 太 郎
15 阿 部 尚
同補佐人弁理士 桂 田 健 志
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
20 事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙方法目録記載の方法を使用してはならない。
3 被控訴人は、原判決別紙方法目録記載の衣服を廃棄せよ。
25 4 被控訴人は、控訴人に対し、400万円及びこれに対する令和4年1月9日
から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
5 被控訴人は、自ら開設するウェブサイト(https://以下省略)のトップペー
ジに、原判決別紙謝罪文目録記載1の内容の謝罪文を、同目録記載2の要領で投稿
して、これを6か月間掲載せよ。
6 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
5 7 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は、発明の名称を「特定のユーザの体臭成分を分析する方法」とする特
許に係る特許権を有する控訴人(原審原告。以下「原告」という。)が、被控訴人
(原審被告。以下「被告」という。)が消費者に提供するサービスにおいて使用す
10 る方法は同特許に係る特許発明の技術的範囲に属し、被告による同方法の使用は同
特許権を侵害すると主張し、被告に対して、①特許法100条1項に基づき、同方
法の使用の差止めを求め、②同条2項に基づき、同方法において用いられた衣服の
廃棄を求め、③民法709条に基づき、損害賠償金1559万2500円の内金4
00万円及びこれに対する不法行為の日の後である令和4年1月9日(訴状送達の
15 日の翌日)から支払済みまで同法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求
め、④特許法106条に基づき、原判決別紙謝罪文目録記載1の内容の謝罪文を同
目録記載2の要領で被告が開設するウェブサイトのトップページに投稿し、これを
6か月間掲載することを求める事案である。
原審は、原告の請求をいずれも棄却したところ、原告は、これを不服として本件
20 控訴をした。
2 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張
(原判決の引用)
前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張は、後記(原判決の補正)のとお
り原判決を補正し、後記3のとおり当審において追加された争点及び争点に対する
25 当事者の主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第2の2から4まで
(原判決2頁15行目から22頁6行目まで)に記載のとおりであるから、これを
引用する。
(原判決の補正)
(1) 3頁5行目の「本件特許権に係る訂正後の特許請求の範囲」を「本件特許
に係る前記(2)イの審決による訂正後の特許請求の範囲」と改める。
5 (2) 3頁8行目の「本件特許に係る明細書」を「本件特許に係る前記(2)イの審
決による訂正後の明細書(甲15)」と改める。
(3) 3頁19行目の「特許の」を「特定の」と改める。
(4) 5頁9行目、13行目及び19行目の各「体臭測定用キット」をいずれも
「体臭測定キット」と改める。
10 (5) 5頁16行目の「甲6、7」を「甲6から9まで」と改める。
(6) 5頁23行目の「測定者に」を削る。
(7) 5頁25行目の「開封し」の次に「、Tシャツを肌に直接触れるように着
用した後」を加える。
(8) 6頁1行目の「2~3センチメートルの」を「2~3cm下の」と改める。
15 (9) 6頁3行目の「、測定者がTシャツを着用すると」を削る。
(10) 6頁5行目の「ビン」を「本件ビン」と改める。
(11) 6頁7行目の「測定者」から8行目末尾までを「測定者は、上記の状態で
Tシャツを24時間着用する。」と改める。
(12) 7頁6行目の「ビニール袋の内」を「ビニール袋内」と改める。
20 (13) 10頁11行目の「出願時」を「原出願時」と改める。
(14) 11頁19行目の「原告」から20行目の「示唆もない」までを「被告が
相違点1a及び1bに係る副引例として挙げる文献(乙14、15)には、Tシャ
ツを密封して提供したり、回収したりすることについての記載も示唆もない」と改
める。
25 (15) 13頁4行目の「と同じ商品」を削る。
(16) 14頁17行目の「出願当時」を「原出願当時」と改める。
(17) 15頁14行目の「十分にされておらず」の次に「、本件発明1に係る本
件明細書の発明の詳細な説明の記載は」を加える。
(18) 16頁5行目の「を含んでいるといえるか」から6行目末尾までを「(構
成要件F)を含んでいるといえるか(争点2-1)」と改める。
5 (19) 16頁16行目の「分析」から同行目末尾までを削る。
(20) 17頁7行目の「たたまず」を「たたまずに」と改める。
(21) 17頁18行目の「T」を「T」と改める。
(22) 19頁18・19行目の「本件発明2は」を「本件発明2に係る特許請求
の範囲の記載は、」と改める。
10 (23) 19頁22行目の「前記(5)」の次に「における原告の主張」を加える。
(24) 20頁5・6行目の「十分にされておらず」の次に「、本件発明2に係る
本件明細書の発明の詳細な説明の記載は」を加える。
(25) 21頁2行目の「衣服」を「衣服代」と改める。
3 当審において追加された争点(訂正の再抗弁の成否(争点5))及びこれに
15 対する当事者の主張
(原告の主張)
(1) 訂正及びその適法性
ア 原告は、令和5年4月24日付けで、本件特許の特許請求の範囲のうち請求
項1を次のとおりに訂正することなどを内容とする訂正審判の請求をした(下線部
20 は、訂正箇所である。以下、この訂正審判請求による訂正を「本件訂正」といい、
本件訂正後の請求項1に係る発明を「本件訂正発明1」という。)。
【請求項1】
自身の体臭を気にする特定のユーザの体臭成分を分析する方法であって、
前記ユーザの肌に直接触れた状態で使用される試料を、パッケージに密封された
25 状態で前記ユーザに提供する提供工程と、
前記提供工程で提供された前記ユーザの肌に直接触れた状態で所定期間使用され
た前記試料を、パッケージに密封された状態で前記ユーザから回収する回収工程と、
前記回収工程で回収された前記ユーザの肌に所定期間直接触れた前記試料に付着
した前記ユーザの体臭成分を分析する分析工程と、を含む方法。
イ 本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上
5 特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(2) 無効理由の解消
ア 本件訂正発明1と乙7発明とを対比すると、両発明は、本件発明1と乙7発
明との相違点のほか、次の相違点で相違する。
(相違点1C’)
10 本件訂正発明1は、「自身の体臭を気にする特定のユーザ」を対象としているの
に対し、乙7発明は、単なる実験参加者(自身の体臭に関心がない者)を対象とし
ている点
イ 相違点1C’に係る本件訂正発明1の構成の想到困難性
乙7発明は、不特定多数の女性被験者を対象にしており、女性被験者のうちの誰
15 がどのような体臭成分を発しているかについて問題にするものではない。乙7発明
は、単なる実験にすぎず、「自身の体臭を気にする特定のユーザ」の体臭成分がい
かなるものであるかを特定することを想定していないし、乙7論文には、そのよう
な示唆もない。
したがって、乙7発明には、相違点1C’に係る本件訂正発明1の構成を採用す
20 る動機付けはなく、当業者において、相違点1C’に係る本件訂正発明1の構成に
容易に想到することはできない。
ウ 小括
以上のとおりであるから、本件訂正により、乙7発明を主引用発明とする本件発
明1の進歩性欠如の無効理由は解消される。
25 (3) 被告各方法が本件訂正発明1の技術的範囲に属すること
被告各方法は、自身の体臭に不安を覚える人のための商品であるから、その購入
者は、「自身の体臭を気にする特定のユーザ」に該当する。したがって、被告各方
法は、本件訂正発明1の技術的範囲に属する。
(被告の主張)
体臭成分を分析する方法の発明である本件訂正発明1において、「自身の体臭を
5 気にする特定のユーザ」との限定が発明特定事項として何らかの意味を有すること
があるとすれば、それは、本件訂正発明1がそのような限定された分析対象者にと
って技術的に特に適した分析方法である場合であるところ、本件訂正発明1は、そ
のような限定された分析対象者にとって技術的に特に適した分析方法ではないから、
分析対象者を「自身の体臭を気にする特定のユーザ」と限定することは、発明特定
10 事項として意味を有するものではない。
したがって、仮に本件訂正が認められたとしても、本件訂正発明1の「自身の体
臭を気にする特定のユーザ」との構成は、乙7発明との相違点たり得るものではな
いから、本件訂正により、乙7発明を主引用発明とする本件発明1の進歩性欠如の
無効理由が解消されるものではない。
15 第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、原告の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、
後記2のとおり補正し、当審において追加された争点(争点5)に対する判断とし
て後記3を付加し、原告の当審におけるその余の補充主張に鑑み後記4を付加する
ほかは、原判決の「事実及び理由」の第3(原判決22頁7行目から43頁2行目
20 まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 原判決の補正
(1) 24頁21行目末尾に「本発明の他の側面は、特定のユーザの体臭成分を
分析する方法であって、前記ユーザの肌に直接触れた状態で使用される試料を、パ
ッケージに密封された状態で前記ユーザに提供する提供工程と、前記提供工程で提
25 供された前記ユーザの肌に直接触れた状態で所定期間使用された前記試料を、パッ
ケージに密封された状態で前記ユーザから回収する回収工程と、前記回収工程で回
収された前記ユーザの肌に所定期間直接触れた前記試料から前記ユーザにおける体
臭の発生が集中している部位を特定することによって特定された前記部位に対応す
る前記回収工程で回収された前記ユーザの肌に所定期間直接触れた前記試料の部分
に付着した前記ユーザの体臭成分を分析する分析工程と、を含み、前記回収工程は、
5 前記提供工程で提供された前記ユーザの肌に直接触れた状態で所定期間使用された
前記試料を、前記試料がそのままの状態でパッケージに密封された状態で前記ユー
ザから回収する工程である、方法である。」を加える。
(2) 35頁8行目の「出願当時」を「原出願当時」と改める。
(3) 35頁13行目の「成分が」を「臭い成分が」と改める。
10 (4) 35頁15行目の「他の体臭成分」を「当該ユーザの体臭成分以外の臭い
成分」と改める。
(5) 35頁21行目の「乙7」の次に「。なお、甲17及び乙21は、乙7を
含む外国語で作成された書証の訳文である。」を加える。
(6) 35頁26行目の「1頁」を「797頁」と改める。
15 (7) 36頁4行目の「フリーザーバッグ」の次に「(Ziplock®)」を加える。
(8) 36頁5行目、10行目、12行目及び15行目の各「2頁」をいずれも
「798頁」と改める。
(9) 36頁24行目の「肌に」の次に「所定期間」を加える。
(10) 37頁16行目の「特定ユーザ」を「特定のユーザ」と改める。
20 (11) 37頁19・20行目の「本件各発明が出願された当時」を「本件特許の
原出願当時」と改める。
(12) 38頁6行目の「(ア)」を「ア」と改める。
(13) 39頁2行目の「(イ)」を「イ」と改める。
(14) 39頁6行目の「(ア)」を「ア」と改める。
25 (15) 39頁19行目及び23行目の各「原理」をいずれも「技術的思想」と改
める。
(16) 39頁20行目の「卵胞期後期」から21行目の「性的魅力度」までを
「卵胞期後期の女性が着用したTシャツに付着した体臭成分と黄体期の女性が着用
したTシャツに付着した体臭成分の性的魅力度」と改める。
(17) 39頁26行目の「魅力な」を「魅力的な」と改める。
5 (18) 40頁1行目の「臭いの」の次に「性質の」を加える。
(19) 40頁11行目の「を含んでいるといえるか(構成要件F)」を「(構成
要件F)を含んでいるといえるか」と改める。
(20) 40頁22行目の「部位に付着している」を「部位(身体)に対応する部
分(試料)に付着している」と改める。
10 (21) 41頁1行目の「当該部位について」を「当該部位に対応する当該試料の
部分に付着した」と改める。
(22) 41頁8行目の「pHチェッカー等」から11行目の「分析している」ま
でを「pHチェッカ等によって体臭の発生が集中している身体の部位を特定した後
に、当該特定された部位に対応する試料の部分のみを裁断して採取し、その後、当
15 該採取した試料(部分)についてのみガスクロマトグラフ分析により体臭成分を定
量的に分析している」と改める。
(23) 41頁11行目の「全部位についての試料」を「ユーザの身体の全部位に
対応する試料(試料の全部)」と改める。
(24) 41頁15行目の「当該部位」を「当該部位に対応する試料の部分に付着
20 した体臭成分」と改める。
(25) 41頁19行目の「構成要件F」から21行目末尾までを「構成要件Fは、
試料についてあらかじめ分析を行ってユーザに固有の身体の部位(体臭の発生が集
中している部位)を特定した上、当該特定に基づき当該部位に対応する試料の部分
に付着した体臭成分の分析を行うことを規定しているといえる。」と改める。
25 (26) 41頁22行目の「構成要件F」から23行目の「主張する」までを「構
成要件Fについては、体臭の発生が集中している部位があらかじめ特定されている
か否かは関係がないと主張する」と改める。
(27) 41頁25行目の「本件発明2」から42頁1行目の「認められる」まで
を「本件発明2は、試料についてあらかじめ分析を行ってユーザに固有の身体の部
位(体臭の発生が集中している部位)を特定した上、当該特定に基づき当該部位に
5 対応する試料の部分に付着した体臭成分の分析を行って、個々人ごとに異なる体臭
成分を分析するというものであると認められる」と改める。
(28) 42頁13行目の「当該試料」から15行目の「いえない」まで及び23
行目の「当該試料」から25行目の「いえない」までをいずれも「当該試料につい
てあらかじめ分析を行ってユーザに固有の身体の部位(体臭の発生が集中している
10 部位)を特定した上、当該特定に基づき当該部位に対応する当該試料の部分に付着
した体臭成分の分析を行っているとはいえない」と改める。
3 訂正の再抗弁の成否(争点5)について
(1) 本件訂正発明1と乙7発明との間の新たな相違点
原告は、本件訂正により、本件訂正発明1と乙7発明との間には、新たな相違点
15 1C’(本件訂正発明1は、「自身の体臭を気にする特定のユーザ」を対象として
いるのに対し、乙7発明は、単なる実験参加者(自身の体臭に関心がない者)を対
象としている点)が生じると主張する。
このうち、本件訂正発明1の「特定のユーザ」との構成については、補正して引
用した原判決第3の2(3)イにおいて説示したのと同様の理由により、本件訂正発
20 明1と乙7発明との相違点ではない。本件訂正発明1は、個人の体臭成分を分析す
る方法の発明であって、特定の個人に適用される限り、当該方法が適用される実験
参加者であるか否か等といった属性にかかわらず、当該方法の内容に相違はないか
らである。
原告は、当審において、本件訂正発明1及び本件発明1の方法が「特定のユーザ」
25 ごとに体臭成分を分析するのは、体臭が個人ごとに異なるからであり、これらの発
明においては、誰のいかなる体臭を分析しているのかが重要であるのに対し、乙7
発明においては、被験者ごとに体臭を分析するものの、あくまで性的魅力度に差が
出るかどうかのデータを収集するための単なる実験がされているのみであり、収集
した体臭成分を誰が発生させたかが問題とされるものではないから、本件訂正発明
1及び本件発明1の「特定のユーザ」との構成は、乙7発明との相違点として認定
5 されるべきであると主張する。
しかしながら、原告の主張は、乙7発明の「被評価者」は匿名の者であるのに対
し、本件訂正発明1及び本件発明1の「特定のユーザ」は匿名の者でないとして、
乙7発明の「被評価者」と本件訂正発明1及び本件発明1の「特定のユーザ」が異
なる旨をいうものと解されるところ、乙7発明の「被評価者」と本件訂正発明1及
10 び本件発明1の「特定のユーザ」との間に原告が主張するような匿名性における相
違があるとしても、両者は、いずれも体臭成分の分析の対象となる特定の個人であ
る点において相違はないから、原告の主張は、本件訂正発明1及び本件発明1の
「特定のユーザ」との構成が乙7発明との相違点にならないとの前記判断を左右す
るに足りるものではない。
15 なお、本件訂正により、本件訂正発明1と乙7発明との間に、相違点乙7-1及
び相違点乙7-2以外の次のような相違点(乙7-3)が生じるものと考えたとし
ても、後記(2)で述べるとおり、乙7発明に基づく本件訂正発明1の容易想到性が
否定されることにはならない。
(相違点乙7-3)
20 本件訂正発明1は、「自身の体臭を気にする」者を対象者としているのに対し、
乙7発明は、そのような者を対象者とするのかが明らかではない点
(2) 相違点乙7-3に係る本件訂正発明1の構成の容易想到性
原告は、乙7発明には相違点乙7-3に係る本件訂正発明1の構成を採用する動
機付けはなく、当業者において、相違点乙7-3に係る本件訂正発明1の構成に容
25 易に想到することはできないと主張する。しかしながら、乙7発明は、被験者に試
料(被験者の肌に直接触れる状態で使用されるもの)を提供し、当該被験者に当該
試料を所定期間使用させ、その後、当該試料を回収した上、当該試料に付着した当
該被験者の体臭成分を分析する方法を示したものであって、当該方法により体臭成
分を分析される被験者が「自身の体臭を気にしない」者に限られていたわけではな
い。すなわち、乙7発明と本件訂正発明1は、いずれも個人の体臭成分を分析する
5 方法として、被験者に試料(被験者の肌に直接触れる状態で使用されるもの)を提
供し、当該被験者に当該試料を所定期間使用させ、その後、当該試料を回収した上、
当該試料に付着した当該被験者の体臭成分を分析する方法という点において、その
属する技術分野を共通にしている。本件特許に係る原出願日当時の当業者は、「自
身の体臭を気にする」個人の体臭成分を分析する方法として、乙7発明と同様の方
10 法を適宜選択することができたものと認められ、「自身の体臭を気にする」個人に
対し当該方法を適用することが相当でないとする事情は見いだせない。
したがって、本件訂正発明1は、乙7発明に基づいて、本件特許に係る原出願日
当時の当業者が容易に発明をすることができたものであるから、仮に本件訂正によ
って相違点乙7-3があると考えた場合でも、乙7発明を主引用発明とする本件発
15 明1の進歩性欠如の無効理由が解消されるということはできない。
4 原告の当審におけるその余の補充主張について
(1) 原告は、本件発明1の課題が自身の体臭の原因となる体臭成分を特定する
ことができるようにすることであるのに対し、乙7発明の課題は卵胞後期の女性と
黄体期の女性とで性的魅力度に差が生じるかどうかを明らかにすることであり、両
20 発明は課題を異にするほか、属する技術分野も異にするのであるから、本件発明1
の進歩性の判断に当たり乙7発明を主引用発明とすることはできないと主張する。
しかしながら、前記3(2)において説示したとおり、本件発明1も乙7発明も、
その属する技術分野を共通にするものである。また、補正して引用した原判決第3
の1(2)において説示したとおり、本件発明1は、特定のユーザの体臭成分の分析
25 に当たり、分析までに当該ユーザの体臭成分以外の臭い成分が試料に付着しないよ
うにすることを課題としており、乙7論文の記載(補正して引用した原判決第3の
2(1)イからエまで)によると、乙7発明も、被験者の体臭成分を正確に評価する
ため、試料(Tシャツ)に被験者の体臭成分以外の臭い成分が付着しないようにし
ていることが認められる。すなわち、両発明は、体臭成分を分析する方法の発明と
して、試料に被験者の体臭成分以外の臭い成分が付着しないようにするとの共通の
5 課題を有している。
したがって、両発明の課題やその属する技術分野が異なることを前提に、本件発
明1の進歩性の判断に当たって乙7発明を主引用発明とすることはできないとする
原告の主張は、その前提を欠くものとして失当である。
(2) 原告は、①乙7論文は、被験者がTシャツを着用する前の段階については、
10 Tシャツを単に無臭の洗剤で洗濯し、乾燥させ、プラスチックのフリーザーバッグ
の中に入れることについてしか記載せず、他方で、被験者がTシャツを着用した後
の段階については、Tシャツを入れたプラスチックバッグの密封について記載する
のであるから、乙7論文は、Tシャツの着用の前後でTシャツのプラスチックバッ
グへの収納態様を変更することを開示している、②仮に、乙7発明の被験者が着用
15 したTシャツに被験者以外の体臭成分その他の臭い成分が付着すると乙7発明の工
程の趣旨が没却されることが明らかであるとしても、そのことから直ちに、乙7論
文が「試料をパッケージに密封された状態で提供すること」を示唆しているという
のは、単なる後知恵にすぎないとして、当業者が相違点乙7-1に係る本件発明1
の構成に容易に想到することはできないと主張する。
20 確かに、乙7論文には、被験者がTシャツを着用する前の段階で、無臭の洗剤で
洗濯され、乾燥されたTシャツをプラスチックのフリーザーバッグの中に入れる旨
の記載があるだけで、当該フリーザーバッグが密封された状態で被験者に提供され
るとの明示の記載はない。しかし、被験者が着用した後のTシャツについては、プ
ラスチックバッグに入れて密封し、冷蔵庫で保管する旨の記載がされていることに
25 照らすと、提供工程(実験者から被験者に対してTシャツが提供される段階)にお
いて用いられた前記フリーザーバッグも密封可能なものであったことが推認される。
加えて、前記(1)において説示したとおり、乙7発明が試料(Tシャツ)に被験者
の体臭成分以外の臭い成分が付着しないようにするとの課題を有していることも併
せ考慮すると、乙7発明における提供工程において、「試料を、パッケージに密封
された状態で前記ユーザに提供する」との本件発明1の構成を採用することは、乙
5 7論文の記載の内容自体若しくは当該記載から受ける示唆又は乙7発明の課題に照
らし、当業者が容易に想到し得る事項であったものと認めるのが相当である。これ
は、乙7論文において、Tシャツをプラスチックバッグに入れて密封するとの明示
の記載がTシャツの着用後の段階においてのみ登場することにより左右されるもの
ではない。
10 したがって、原告の主張を採用することはできない。
(3) 原告は、①構成要件Fには、体臭の発生が集中している部位の特定に当た
り、試料をあらかじめ分析するとの文言はなく、同構成要件は、特定された部位に
係る体臭成分の分析を行うとしているだけである、②体臭の発生が集中している部
位の特定を試料の部分に付着した体臭成分の分析に先立って行う必要はなく、当該
15 特定と分析が同時に行われても問題はないとして、構成要件Fは、試料についてあ
らかじめ分析を行ってユーザに固有の身体の部位(体臭の発生が集中している部位)
を特定した上、当該特定に基づき当該部位に対応する試料の部分に付着した体臭成
分の分析を行うことを規定するものではないと主張する。
しかしながら、補正して引用した原判決第3の3(1)及び(2)において説示したと
20 おり、構成要件Fの文言上、本件発明2の分析工程において分析の対象となるのは、
「前記回収工程で回収された…前記試料の部分に付着した前記ユーザの体臭成分」
である。ここでいう「前記試料の部分」は、「前記部位に対応する」試料の部分で
あり、ここでいう「前記部位」は、「前記回収工程で回収された…前記試料から前
記ユーザにおける体臭の発生が集中している部位を特定することによって特定され
25 た」部位(身体の部位)であるから、構成要件Fは、ユーザが使用した試料におい
て体臭の発生が集中している身体の部位を特定した上、当該部位に対応する試料の
部分に付着したユーザの体臭成分を分析することを規定するものである。試料にお
いて、体臭の発生が集中している身体の部位を特定するためには、まず試料全体
(構成要件Fにいう「前記部位に対応する…前記試料の部分」ではない。)の分析
が必要となると考えるのが自然であるし、本件明細書の段落【0023】の記載を
5 みても、より効率的にユーザに固有の体臭成分を特定するため、まずpHチェッカ
等によって試料を分析し、体臭の発生が集中している身体の部位を特定した後、当
該部位に対応する試料の部分のみを裁断して採取し、その後、当該採取された試料
の部分についてのみガスクロマトグラフ分析により体臭成分を定量的に分析すると
されている。そうすると、構成要件Fは、回収された試料についてあらかじめ分析
10 を行ってユーザに固有の身体の部位(体臭の発生が集中している部位)を特定した
上、当該特定に基づき当該部位に対応する試料の部分に付着した体臭成分の分析を
行うことを規定していると解するのが相当である(なお、補正して引用した原判決
第2の2(5)によると、被告各方法は、回収された試料(Tシャツ)についてユー
ザ(測定者)に固有の身体の部位(体臭の発生が集中している部位)を特定するた
15 めの分析を行うものではない。)。
したがって、原告の主張を採用することはできない。
5 結論
よって、当裁判所の判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないか
らこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
25 清 水 響
裁判官
5 浅 井 憲
裁判官
10 勝 又 来 未 子

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