平成23(行ケ)10449審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成24年10月30日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告コーニンクレッカフィリップス
|
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
|
キーワード |
審決28回 実施3回 優先権1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等
原告は,平成15年1月16日(パリ条約による優先権主張・外国庁受理20
02年1月18日,欧州特許庁)を国際出願日とする特許出願(特願2003-
560910号。発明の名称「追記形記録用の光データ記憶媒体」)をし,平成1
9年11月29日付け手続補正書により特許請求の範囲及び明細書を補正したが,
平成20年11月12日付けで拒絶査定がされた。これに対し,原告は,平成21
年2月16日,拒絶査定に対する不服審判の請求(不服2009-3382号)を
し,同年3月18日付け手続補正書により特許請求の範囲を補正した(以下「本件
補正」といい,本件補正後の明細書を「本願明細書」という。)が,特許庁は,平
成23年8月22日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立
たない。」との審決をし,その謄本は,同年9月6日,原告に送達された(附加期
間90日)。
2 特許請求の範囲の記載
本件補正後の特許請求の範囲(請求項の数17)の請求項1の記載は,次のとお
りである(下線部は補正箇所を表す。以下,同請求項に記載された発明を「本願補 |
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判決文
平成24年10月30日判決言渡
平成23年(行ケ)第10449号 審決取消請求事件
平成24年9月11日 口頭弁論終結
判 決
原 告 コーニンクレッカ フィリップス
エレクトロニクス エヌ ヴィ
訴訟代理人弁理士 伊 東 忠 彦
同 伊 東 忠 重
同 大 貫 進 介
同 山 口 昭 則
同 鶴 谷 裕 二
同 杉 山 公 一
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 藏 野 雅 昭
同 馬 場 慎
同 山 田 洋 一
同 田 部 元 史
同 芦 葉 松 美
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定
める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2009-3382号事件について平成23年8月22日にした審
決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
原告は,平成15年1月16日(パリ条約による優先権主張・外国庁受理20
02年1月18日,欧州特許庁)を国際出願日とする特許出願(特願2003-
560910号。発明の名称「追記形記録用の光データ記憶媒体」)をし,平成1
9年11月29日付け手続補正書により特許請求の範囲及び明細書を補正したが,
平成20年11月12日付けで拒絶査定がされた。これに対し,原告は,平成21
年2月16日,拒絶査定に対する不服審判の請求(不服2009-3382号)を
し,同年3月18日付け手続補正書により特許請求の範囲を補正した(以下「本件
補正」といい,本件補正後の明細書を「本願明細書」という。
)が,特許庁は,平
成23年8月22日,本件補正を却下するとともに,
「本件審判の請求は,成り立
たない。」との審決をし,その謄本は,同年9月6日,原告に送達された(附加期
間90日)
。
2 特許請求の範囲の記載
本件補正後の特許請求の範囲(請求項の数17)の請求項1の記載は,次のとお
りである(下線部は補正箇所を表す。以下,同請求項に記載された発明を「本願補
正発明」という。。
)
「少なくとも一つの基板を含む,波長λを有すると共に記録の間に入射面を通じて
入射する集束した放射ビームを使用する追記形記録用の二重積層体の光データ記憶
媒体であって,
その少なくとも一つの基板の一つの側には,
L0と名付けられた第一の記録積層体,
L1と名付けられた第二の記録積層体,
前記記録積層体の間に挟まれる透明なスペーサ層が存在し,
前記第一の記録積層体は,複素屈折率
【数1】
を有すると共に厚さdL0を有する追記形タイプのL0記録層を含み,
前記第一の記録積層体L0は,光反射の値RL0及び光透過の値TL0を有し,
且つ,dL0は,λ/8nL0≦dL0≦5λ/8nL0の範囲にあり,
前記第二の記録積層体は,複素屈折率
【数2】
を有すると共に厚さdL1を有する追記形タイプのL1記録層を含み,
前記第二の記録積層体L1は,光反射の値RL1を有し,
全てのパラメータは,波長λで定義され,
前記第一の記録積層体は,第二の記録積層体よりも入射面に近い位置に存在し,
且つ,kL0<0.3及びkL1<0.3であり,
前記透明なスペーサ層は,実質的に,集束した放射ビームの焦点の深さよりも大
きい厚さを有する,二重積層体の光データ記憶媒体において,
0.45≦TL0≦0.75及び0.40≦RL1≦0.80であること,並びに,
厚さdM1≦25nmを有する第一の金属反射層は,前記追記形L0記録層と前記
透明なスペーサ層との間に存在すること,並びに,前記透明なスペーサ層と前記入
射面から最も遠く離れた前記媒体の面の間に,前記入射面から最も遠く離れた前記
追記形タイプのL1記録層の側に位置させられるものである,厚さdM1≧25nm
を有するただ一つのさらなる金属反射層は,存在するものであることを特徴とする
二重積層体の光データ記憶媒体。(判決注・
」 「厚さdM1≧25nmを有するただ一
つのさらなる金属反射層」は,審決が認定するとおり,「厚さdM2≧25nmを有
するただ一つのさらなる金属反射層」の誤記と解される。)
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,①本願補正発明は,
特開2000-311384号公報(甲1。以下,
「第1引用例」といい,第1引
用例に記載された発明を「引用発明」という。
)に記載された発明に基づいて,容
易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項により特許出願の際独
立して特許を受けることができないから,本件補正を却下する,②本件補正前の特
許請求の範囲(平成19年11月29日付け手続補正書による補正後の特許請求の
範囲。請求項の数19)の請求項1記載の発明は,引用発明に基づいて,容易に発
明をすることができたものであるから,同条項により特許を受けることができない,
というものである。
審決が認定した引用発明の内容,同発明と本願補正発明との一致点及び相違点は
以下のとおりである。
(1) 引用発明の内容
「基板と,該基板と対向する対向基板との間に,
有機色素を含有しレーザ光の照射により情報の記録が可能な第1光吸収層と,光透
過性の中間層と,該中間層により第1光吸収層から離間された有機色素を含有しレ
ーザ光の照射により情報の記録が可能な第2光吸収層と,がこの順に積層され,
該中間層から該第1光吸収層への物質透過を阻止すると同時に該第1光吸収層を透
過したレーザ光の一部を反射する光透過性の第1バリア層が,該中間層と該第1光
吸収層との間に挿入され,
該中間層から該第2光吸収層への物質透過を阻止する光透過性の第2バリア層が該
中間層と該第2光吸収層との間に挿入され,
前記第2光吸収層の基板側とは反対側の面に隣接して反射層が設けられ,
前記第1光吸収層に近接する基板側からのレーザ光の照射により情報を記録及び再
生する光情報記録媒体であって,
前記レーザ光の波長が635nmであり,
該第1光吸収層が,
で表されるシアニン色素であり,厚さがプレグルーブ内では80nm,ランド部で
は50nmであり,透過率は75%,吸収率は12%であり,
該第1バリア層が,厚さ約15nmのAuからなり,透過率は57%,吸収率は
8%,反射率は35%であり,
該第1バリア層と該中間層の間に,UV硬化性樹脂からなる保護層が形成されて
おり,
該中間層の厚さが40μmであり,
該第2バリア層と該中間層の間に,UV硬化性樹脂からなる保護層が形成されて
おり,
該第2バリア層が,厚さ約25nmのAuからなり,透過率は32%,吸収率は
10%,反射率は58%であり,
該第2光吸収層が,上記【化1】で表されるシアニン色素であり,厚さがプレグ
ルーブ内では90nm,ランド部では60nmであり,透過率は78%,吸収率は
13%であり,
該反射層が,厚さ約100nmのAuからなる
ものとされた,光情報記録媒体。
」
(2) 一致点
「少なくとも一つの基板を含む,波長λを有すると共に記録の間に入射面を通じ
て入射する集束した放射ビームを使用する追記形記録用の二重積層体の光データ記
憶媒体であって,
その少なくとも一つの基板の一つの側には,
L0と名付けられた第一の記録積層体,
L1と名付けられた第二の記録積層体,
前記記録積層体の間に挟まれる透明なスペーサ層が存在し,
前記第一の記録積層体は,複素屈折率
【数1】
を有すると共に厚さdL0を有する追記形タイプのL0記録層を含み,
前記第一の記録積層体L0は,光反射の値RL0及び光透過の値TL0を有し,
前記第二の記録積層体は,複素屈折率
【数2】
を有すると共に厚さdL1を有する追記形タイプのL1記録層を含み,
前記第二の記録積層体L1は,光反射の値RL1を有し,
前記第一の記録積層体は,第二の記録積層体よりも入射面に近い位置に存在し,
且つ,kL0<0.3及びkL1<0.3であり,
前記透明なスペーサ層は,実質的に,集束した放射ビームの焦点の深さよりも大
きい厚さを有する,二重積層体の光データ記憶媒体において,
厚さdM1≦25nmを有する第一の金属反射層は,前記追記形L0記録層と前記
透明なスペーサ層との間に存在すること,並びに,前記透明なスペーサ層と前記入
射面から最も遠く離れた前記媒体の面の間に,前記入射面から最も遠く離れた前記
追記形タイプのL1記録層の側に位置させられるものである,厚さdM1≧25nm
を有するただ一つのさらなる金属反射層は,存在するものであることを特徴とする
二重積層体の光データ記憶媒体。」
(3) 相違点
ア 相違点1
本願補正発明は,「全てのパラメータは,波長λで定義され」「dL0は,λ/8
nL0≦dL0≦5λ/8nL0の範囲」にあるのに対し,引用発明では「厚さがプレ
グルーブ内では80nm,ランド部では50nm」である点。
イ 相違点2
「0.45≦TL0≦0.75」を満足するのに対し,引用発明
本願補正発明は,
ではそのような特定を有していない点。
ウ 相違点3
「0.40≦RL1≦0.80」を満足するのに対し,引用発明
本願補正発明は,
ではそのような特定を有していない点。
第3 当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張(相違点2に係る認定,判断の誤り)
審決は,相違点2に関し,引用発明の基板と中間層との間には,
「第1光吸収層」
,
「第1バリア層」「保護層」が存在するところ,これら3つの層の全体としての光
,
透過率は,
「第1光吸収層」の光透過率75%,
「第1バリア層」の光透過率57%,
「保護層」の光透過率100%の積で表される43%であり,本願補正発明の
TL0(第一の記録積層体L0の光透過の値)の下限値である0.45とほぼ等しい
こと,本願補正発明において,TL00.45という下限値に臨界的な意義がある
との具体的データが示されていないことを勘案すると,引用発明も実質的に0.4
5≦TL0≦0.75を満たすと認定,判断する。
しかし,審決の相違点2に係る上記認定,判断には,以下のとおり,誤りがあり,
本願補正発明の容易想到性判断にも誤りがある。すなわち,
(1) 審決は,相違点2に関し,引用発明の「
『基板』と『中間層』との間にある
層」の光透過率は0.43(43%)であると認定するが,75%(第1光吸収層
の光透過率)と57%(第1バリア層の光透過率)と100%(保護層の光透過
率)との積は,0.4275であり,その計算に誤りがある。TL00.4275
という数値は,本願補正発明の第一の記録積層体L0の光透過率TL0の下限値であ
る0.45よりもかなり小さく,本願補正発明の数値範囲外であり,
「実質的に」
という曖昧な概念を用いて本願補正発明の数値範囲を引用発明と対比することは許
されない。また,引用発明において,第1バリア層を形成する材料種と層厚を変え
ることによって,第1バリア層の光透過率57%を変更した場合,第1バリア層の
光反射率等も変動することとなり,第1光吸収層に対する反射膜としての役割や,
第1光吸収層に含まれる色素の溶出を防止する不透過膜としての役割にも変動を来
すこととなる。
したがって,引用発明は,本願補正発明の第一の記録積層体L0の光透過率TL0
の範囲である0.45≦TL0≦0.75を満たすとする,審決の認定,判断には
誤りがある。
(2) 『基板』と『中間層』との間にある
審決は,相違点2に関し,引用発明の「
層」の光透過率を計算する際,保護層の光透過率を100%であると仮定して計算
している。しかし,実際に存在するどのような物質層であっても,必ずある程度の
光の吸収や反射があるのであって,100%の光透過率はあり得ない。この点,第
1引用例(甲1)の段落【0043】には,保護層に用いられる材料の例として,
「SiO 2 」及び「MgF 2 」が挙げられているが,これらの物質の光透過率も,
「Rocky Mountain Instrument Co.のホームページ(Monday, 25 June 2012)
(1)(2)(甲15)によれば,いずれも100%未満である。
, 」
なお,本願補正発明において,RL0に等しい第一の記録積層体L0からの有効な
反射レベル,及びRL1*(TL0)2に等しい第二の記録積層体L1からの有効な反
射レベルに,基板7の光透過率(TB )及びスペーサ層4の光透過率(TS)が変
数として考慮されていない理由は,第一の記録積層体L 0 及び第二の記録積層体
L1には,基板7及びスペーサ層4が含まれていないからであって,基板7及びス
ペーサ層4の光透過率を100%と仮定しているからではない。
したがって,審決の「『基板』と『中間層』との間にある層」の光透過率の計算
は,その前提に誤りがあり,実際にはTL00.4275よりも小さな値になる。
(3) 本願補正発明は,引用発明とは課題,構成及び効果が相違し,その数値範
囲に臨界的意義を有するものであり,引用発明に基づいて容易想到であるとはいえ
ない。
すなわち,本願補正発明の課題は,単純に高容量記録ということではなく,既存
のDVD-ROM再生装置との読み出しの互換性を提供する有効な反射の値を有す
る二重積層体の光データ記憶媒体を提供することにある。本願補正発明は,0.4
5≦TL0≦0.75を満たすとともに,0.40≦RL1≦0.80における適切
なRL1の値を選択することによって,TL02*RL1>0.12を満たすことがで
き,既存のDVD-ROM再生装置との読み出しの互換性を提供する有効な反射の
値を有する二重積層体の光データ記憶媒体を提供することができる。本願明細書の
段落【0009】【0016】【0098】等に記載されているとおり,本願補正
, ,
発明における0.45≦TL0≦0.75は,引用発明とは異なる効果を奏するも
のであり,臨界的意義を有する。
これに対し,引用発明の課題は,単に,2層の光吸収層を有し,高容量の記録が
可能な片側読み取り方式の追記型光記録情報媒体を提供することにある(甲1段落
【0004】 。第1引用例に記載された積層体(1)及び積層体(2-2)はTL02
)
*RL1>0.12を満たさないから,引用発明は,既存のDVD-ROM再生装
置との読み出しの互換性を提供する有効な反射の値を有する二重積層体の光データ
記憶媒体を提供することはできない。
(4) 以上のとおり,審決の相違点2に係る認定,判断には誤りがあり,本願補
正発明の容易想到性判断にも誤りがある。
2 被告の反論
(1) 本願補正発明も引用発明も共に,光透過率や光反射率の数値の有効数字を
2桁としており,審決が,相違点2に関し, 『基板』と『中間層』との間にある
「
層」の光透過率を0.43(43%)と算出したことに誤りはない。また,引用発
明において,第1バリア層は,光透過膜としての役割を担っており,その透過率を
より高い値とすることは容易になし得ることであり,第1バリア層の光透過率を5
7%から60%に変更した場合,積層体(1)の光透過率TL 0 の値は45%(7
5%*60%*100%=45%)となり,本願補正発明の0.45≦TL0≦0.
75を満たすこととなる。さらに,下記のとおり,本願補正発明における0.45
≦TL0≦0.75のうち,その下限値である0.45には臨界的意義はないから,
審決が引用発明も実質的に光透過の値TL0が0.45≦TL0≦0.75を満たす
と認定,判断した点に誤りはない。
(2) 引用発明の保護層は,光透過率が十分高いことが要求される層であるため,
光の吸収等を事実上無視できるように材料の選択等がされる層である。したがって,
審決が,引用発明の「『基板』と『中間層』との間にある層」の光透過率を計算す
る際,保護層の光透過率を100%であると仮定して計算したことに誤りはない。
なお,本願補正発明においても,光透過率が十分高いことが要求される基板7及
びスペーサ層4の光透過率を100%と仮定して計算をしており,このような仮定
は一般的なものである。
(3) 本願補正発明において,既存のDVD-ROM再生装置との読み出しの互
換性を提供する二重積層体の光データ記憶媒体を提供することという課題,目的を
達成するための条件は,「例えばR>0.12」であるとされている(甲5段落
【0006】
)ところ,TL0=0.45である場合には,必ずしもTL02*RL1>
0.12を満たさない。そうすると,本願補正発明においては,0.45≦TL0
≦0.75を満たしても,既存のDVD-ROM再生装置との読み出しの互換性を
提供する二重積層体の光データ記憶媒体を提供することという効果を必ず奏するこ
とにはならない。
また,引用発明のようにTL0=0.43である場合であっても,TL02*RL1
>0.12を満たす場合があり,そのような場合には,既存のDVD-ROM再生
装置との読み出しの互換性を提供する二重積層体の光データ記憶媒体を提供すると
いう効果を奏することとなる。
上記によれば,本願補正発明は,引用発明と比較して,既存のDVD-ROM再
生装置との読み出しの互換性を提供する二重積層体の光データ記憶媒体を提供する
ことという効果の点で特段差異がなく,顕著な効果を有していない。
(4) 以上のとおり,審決の相違点2に係る認定,判断に誤りはなく,本願補正
発明の容易想到性判断にも誤りはない。
第4 当裁判所の判断
当裁判所は,審決の相違点2に係る認定,判断には誤りがなく,本願補正発明の
容易想到性判断,すなわち独立特許要件に係る判断にも誤りはなく,その他,審決
にはこれを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,以下のとおりで
ある。
1 事実認定
(1) 本願補正発明及び本願明細書の記載
ア 本願補正発明
本願補正発明の構成は,前記第2の2記載のとおりである。すなわち,本願補正
発明は,波長λを有すると共に記録の間に入射面を通じて入射する集束した放射ビ
ームを使用する追記形記録用の二重積層体の光データ記憶媒体であって,少なくと
も一つの基板の一つの側には,L0と名付けられた第一の記録積層体,L1と名付
けられた第二の記録積層体,上記記録積層体の間に挟まれる透明なスペーサ層が存
在し,①第一の記録積層体L0 は,【数1】で表される複素屈折率を有すると共に
厚さdL0を有する追記形タイプのL0記録層を含み,光反射の値RL0及び光透過の
値TL0を有し,dL0は,λ/8nL0≦dL0≦5λ/8nL0の範囲にあり,②第二
の記録積層体L1は,【数2】で表される複素屈折率を有すると共に厚さdL1を有
する追記形タイプのL1記録層を含み,光反射の値RL1を有し,③第一の記録積層
体は,第二の記録積層体よりも入射面に近い位置に存在し,且つ,kL0<0.3
及びkL1<0.3であり,④透明なスペーサ層は,実質的に,集束した放射ビー
ムの焦点の深さよりも大きい厚さを有する,二重積層体の光データ記憶媒体におい
て,⑤0.45≦TL0≦0.75及び0.40≦RL1≦0.80であること,⑥
厚さdM1≦25nmを有する第一の金属反射層は,追記形L0記録層と透明なスペ
ーサ層との間に存在すること,⑦透明なスペーサ層と入射面から最も遠く離れた前
記媒体の面の間に,入射面から最も遠く離れた追記形タイプのL1記録層の側に位
置させられるものである,厚さdM2≧25nmを有する金属反射層が存在するこ
とを特徴とする二重積層体の光データ記憶媒体である。
イ 本願明細書の記載
本願明細書(甲5)には,以下の記載がある。
【0006】
「
二重層(=二重積層体)DVD-ROM規格と互換性のある二重積層体の記録可
能形DVD媒体を得るために,上側のL0 層及び下側のL1 層の両方の実効反射率
は,少なくとも18%であるべきである,すなわち,仕様を満たすために最小の有
効な光反射レベルは,R min =0.18である。有効な光反射は,例えば積層体
L 0 及びL 1 の両方が存在するとき,媒体から戻ってくると共にそれぞれL 0 及び
L1に集束する,有効な光の部分として反射が測定されることを意味する。最小の
反射Rmin=0.18は,DVD規格の要件である。しかしながら,実際には,幾
分より低い有効な反射,例えばR>0.12は,既存のDVD再生装置において読
み出しの互換性を達成するために,許容可能である。・・・」
【発明が解決しようとする課題】
「
【0008】
本発明の目的は,少なくとも,既存のDVD-ROM再生装置との読み出しの互
換性を提供する有効な反射の値を有する冒頭の段落で述べたタイプの二重積層体の
光データ記憶媒体を提供することである。最適化された形態において,既存のDV
D-ROM規格と互換性を達成してもよい。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この目的は,0.45≦TL0≦0.75及び0.40≦RL1≦0.80である
こと,並びに,厚さdM1≦25nmを有する,第一の金属反射層は,追記形L0記
録層と透明なスペーサ層との間に存在することを特徴とする本発明による光データ
記憶媒体で達成される。出願人は,これらの要件を,記録積層体L0 及びL1の両
方からの有効な反射レベルが12%よりも大きいという要件から導出してもよいこ
とを見出してきた。より好ましくは,0.55≦TL0≦0.65及び0.50≦
RL1≦0.70並びにkL0<0.2及びkL1<0.2であり,その場合には,よ
り高い有効な反射の値でさえも,例えば15%又は18%が,達成されることもあ
る。
・・・」
【0057】
「
DVD-ROMの二重層の仕様を満たすために,RL0に等しい上側の記録積層
体L 0 からの有効な反射レベル及びRL1 *(T L0 )2 に等しい下側の記録積層体
L1からの有効な反射レベルは,両方とも,18%から30%までの範囲に入る,
0.18≦RL0≦0.30及び0.18≦RL1*(TL0)2≦0.30 であるべ
きである。実際には,有効な反射レベル>12%は,既存のDVD再生装置におけ
る読み出しの互換性に関しては十分である。TL0及びRL1の実際の範囲は,それ
らの範囲について後者の条件を達成することができるが,0.45≦TL0≦0.
75及び0.40≦RL1≦0.80,並びにkL0<0.3及びkL1<0.3であ
る。
・・・」
(2) 第1引用例の記載
第1引用例(甲1)には,以下の記載がある。
【0002】
「
【従来の技術】デジタル・ビデオ・ディスク(DVD)は,コンパクト・ディスク
(CD)に比べより高容量の媒体として開発されたものであり,再生専用タイプの
ROM型DVDでは,それぞれ記録層を有する二枚のディスクを貼り合わせ,裏返
して使用する貼り合わせ型記録媒体が一般的であるが,片側から2層の記録層を読
み取ることができる片側読み取り方式の2層型記録媒体も開発されている。
・・・
【0003】しかしながら,従来,レーザ光の照射により情報の記録を行う追記型
媒体であるDVD-R(DVD-Rewritable)を,片側読み取り方式の2層型記
録媒体は存在しなかった。
・・・
【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明は,上記事情に鑑みなされたものであり,
本発明の目的は,2層の光吸収層を有し,高容量の記録が可能な片側読み取り方式
の追記型光情報記録媒体を提供することにある。
」
【0014】すなわち,第1バリア層3は,以下の3つの役割を担う。
「
(1)第1光吸収層2に対する反射膜としての役割
(2)第1光吸収層2を通過してきた記録光を,吸収・散乱することなく,ある程
度透過させ,第2光吸収層6に到達させる光透過膜としての役割
(3)第1光吸収層2に含まれる色素の溶出を防止する不透過膜としての役割
【0015】従って,第1バリア層3の記録光に対する反射率は3~50%の範囲
にあることが好ましく,より好ましくは7~40%,さらに好ましくは10~3
5%である。また,第1バリア層3の記録光に対する透過率は30~95%の範囲
にあることが好ましく,より好ましくは40~90%,さらに好ましくは50~8
5%である。さらに,第1バリア層3の記録光に対する吸収率は1~30%の範囲
にあることが好ましく,より好ましくは2~20%,さらに好ましくは3~10%
である。これらの光学特性の調整は,後述するように,第1バリア層を形成する材
料種と層厚を変えることにより行う。
・・・」
「【0043】上記第1バリア層3と中間層4との間,または,第2バリア層5
と中間層4との間には,光吸収層などを物理的および化学的に保護する目的で保護
層が設けることが好ましい。保護層に用いられる材料の例としては,SiO,Si
O2,MgF2,SnO2,Si3N4等の無機物質,熱可塑性樹脂,熱硬化性樹脂,
UV硬化性樹脂等の有機物質を挙げることができる。」
【0061】
「 [実施例1]射出成形により表面にスパイラルプレグルーブを形成
したポリカーボネート基板・・・を作製した。
・・・
【0062】下記シアニン色素1gを,2,2,3,3-テトラフルオロ-1-プ
ロパノール100mlに溶解し,この光吸収層形成用塗布液を,得られた基板のプ
レグルーブ面に,回転数を300~3000rpmまで変化させながらスピンコー
ト法により塗布し,乾燥して第1光吸収層を形成した。・・・第1光吸収層の透過
率は75%,吸収率は12%であった。」
「【0064】次いで,DCスパッタリングにより,第1光吸収層上に厚さ約1
5nmのAuからなる第1バリア層を形成した。
・・・第1バリア層の透過率は5
7%,吸収率は8%,反射率は35%であった。
・・・
【0065】更に,第1バリア層上に,UV 硬化性樹脂・・・を回転数を300r
pm~4000rpmまで変化させながらスピンコートにより塗布した。塗布後,
その上から高圧水銀灯により紫外線を照射して,硬化させ,層厚8μmの保護層を
形成した。
・・・
【0066】このようにして基板上に,光吸収層,バリア層,及び保護層が順に設
けられた積層体(1)を得た。
」
「【0072】 ・・・基板上に,反射層,第2光吸収層,第2バリア
[実施例2]
層,及び保護層が順に設けられた積層体(2-2)を作製した。
【0073】ポリカーボネート製の対向基板・・・上に,DCスパッタリングによ
り,厚さ約100nmのAuからなる反射層を形成した。・・・
【0074】次に,前記シアニン色素1gを,2,2,3,3-テトラフルオロ-
1-プロパノール100mlに溶解し,この光吸収層形成用塗布液を,得られた基
板のプレグルーブ面に,回転数を300~3000rpmまで変化させながらスピ
ンコート法により塗布し,乾燥して第2光吸収層を形成した。
・・・第2光吸収層
の透過率は78%,吸収率は13%であった。
【0075】次いで,DCスパッタリングにより,反射層上に厚さ約25nmの
Auからなる第2バリア層を形成した。
・・・第2バリア層の透過率は32%,吸
収率は10%,反射率は58%であった。
【0076】更に,第2バリア層上に,UV 硬化性樹脂・・・を回転数を300r
pm~4000rpmまで変化させながらスピンコートにより塗布した。塗布後,
その上から高圧水銀灯により紫外線を照射して,硬化させ,層厚8μmの保護層を
形成した。
・・・
【0077】実施例1で作製した積層体(1)と上記積層体(2-2)とを,保護
層側が内側となるように重ね合わせ,中間層の厚さが40μmとなるように,チ
バ・ガイギー社製の紫外線硬化型アクリレート接着剤・・・を用いて貼り合わせ,
本発明に従うDVD-R型の光ディスクを製造した。
【0078】
[光ディスクとしての評価]波長635nm,NA0.6のピックア
ップが搭載された光記録再生評価機・・・にて,記録再生特性を評価し
た。
・・・」
2 判断
(1) 上記本願補正発明の構成及び本願明細書の記載によれば,①本願補正発明
は,既存のDVD-ROM再生装置との読み出しの互換性を提供する有効な反射の
値を有する二重積層体の光データ記憶媒体を提供することを目的とすること,②D
VD-ROM規格と互換性のある二重積層体の記録可能形DVD媒体を得るために,
第一の記録積層体及び第二の記録積層体の両方の実効反射率は,少なくとも18%
であるべきであるが,実際には,上記実効反射率を,幾分より低い,例えばR>0.
12とすることは,既存のDVD再生装置において読み出しの互換性を達成するた
めに,許容可能であること,③このため,本願補正発明は,「0.45≦TL0≦0.
75」「0.40≦RL1≦0.80」「kL0<0.3及びkL1<0.3」との構
, ,
成により,R>0.12としたものであることが認められる。
しかし,本願明細書には,本願補正発明において,第一の記録積層体及び第二の
記録積層体の実効反射率を12%以上とする技術的意義について,上記段落【00
06】【0057】の記載があるのみであり,第一の記録積層体及び第二の記録積
,
層体の実効反射率を12%以上とすることにより,既存のDVD再生装置において
読み出しの互換性を達成できることを示す具体的な記載がなく,このような関係が
技術常識に照らして自明であるとも認め難い。そうすると,本願補正発明において,
第一の記録積層体及び第二の記録積層体の実効反射率を12%以上とすることに,
課題解決上格別の技術的意義は認められず,これを前提とする「0.45≦TL0
≦0.75」「0.40≦RL1≦0.80」「kL0<0.3及びkL1<0.3」
, ,
との構成にも格別の技術的意義は認められない。
他方,上記第1引用例の記載によれば,引用発明は,①従前,再生専用タイプの
ROM型DVDでは,片側読み取り方式の2層型記録媒体が開発されていたところ,
レーザ光の照射により情報の記録を行う追記型媒体において,片側読み取り方式の
2層型記録媒体を得ることを目的とすること,②追記型光情報記録媒体を再生専用
装置で再生可能な構成とすることは,当該技術分野において周知の技術課題であっ
たこと,③引用発明において,基板と中間層との間には,第1光吸収層,第1バリ
ア層及び保護層が存在するところ,これら三層全体の光透過率は,第1光吸収層の
光透過率を75%,第1バリア層の光透過率を57%,保護層の光透過率を10
0%とすると,43%(75%*57%*100%=43%。ただし,小数第3位
以下,四捨五入)となること,④引用発明において,中間層と対向基板との間には,
保護層,第2バリア層,第2光吸収層及び反射層が存在するところ,保護層の光透
過率を100%,反射率を0%,第2バリア層の光透過率を32%,反射率を5
8%(上記段落【0075】 ,第2光吸収層の光透過率を78%,光吸収率を1
)
3%(同【0074】
。したがって,反射率は9%[100%-78%-13%=
9%] ,反射層の反射率を100%とすると,第2光吸収層からの反射率は1%
)
(100%*32%*9%*32%*100%=1%。ただし,小数第3位以下,
四捨五入),反射層からの反射率は6%(100%*32%*78%*100%*
78%32%*100%=6%。ただし,小数第3位以下,四捨五入)となり,上
記四層全体の光反射率は65%(0%+58%+1%+6%=65%。なお,甲1
6に基づいて反射層の反射率を91.9%として算出しても,反射層からの反射率
は6%〔ただし,小数第3位以下,四捨五入〕となるから,審決において,反射層
の反射率を100%としたことに誤りはない。
)となること,が認められる。そう
すると,引用発明において,積層体(2-2)の実効反射率(RL1*(TL0)2)
は12%(65%*43%2=12%。ただし,小数第3位以下,四捨五入)とな
り,積層体(1)及び積層体(2-2)の実効反射率は12%以上となるから,本
願補正発明が奏する効果は,引用発明においても奏するものと認められる。
なお,第1引用例には,引用発明における第1バリア層は,光透過膜としての役
割を担い,その記録光に対する光透過率は,30~95%の範囲にあることが好ま
しく,より好ましくは40~90%,さらに好ましくは50~85%に設定される
ことが記載されており(上記段落【0014】【0015】,引用発明において,
, )
第1バリア層の光透過率の値を57%から上記記載の範囲内の値に変更することは
容易といえる。この点,引用発明において,第1バリア層の光透過率の値を60%
に変更した場合,第1光吸収層,第1バリア層及び保護層からなる三層全体の光透
過率は,0.45(75%*60%*100%=0.45)となるから,引用発明
において,第1光吸収層,第1バリア層及び保護層からなる三層全体の光透過率を
0.45とすることは,第1引用例の記載に基づいて容易に想到できたといえる
(なお,原告は,引用発明において,第1バリア層の光透過率57%を変更した場
合には,その役割にも変動を来すから,これを変更することは容易になし得るもの
ではないと主張する。しかし,引用発明において,第1バリア層の光透過率を変更
する際に,第1バリア層の第1光吸収層に対する反射膜としての役割や,第1光吸
収層に含まれる色素の溶出を防止する不透過膜としての役割も果たすように,第1
バリア層を形成する材料種と層厚を選定することは,容易になし得ることである。。
)
以上のとおり,相違点2に係る本願補正発明の構成,すなわち「0.45≦
TL0≦0.75」との構成に格別の技術的意義はなく,本願補正発明と引用発明
は,相違点2に係る構成により,作用効果の点で相違が生じるともいえず,本願補
正発明は,引用発明に基づいて,容易に発明をすることができたものと認められる。
(2) 原告の主張について
原告は,審決が相違点2についての認定,判断において,引用発明の「『基板』
と『中間層』との間にある層」の光透過率を算定するに当たり,有効数字を2桁と
して43%としたこと,保護層の光透過率を100%としたことは誤りであると主
張する。
しかし,原告の上記主張は,失当である。すなわち,本願明細書及び第1引用例
いずれにおいても,光透過率及び反射率は,有効数字を2桁として表記されている
から,審決において,有効数字を2桁として(すなわち,小数第3位以下を四捨五
入して),引用発明の「『基板』と『中間層』との間にある層」の光透過率を算定し
たことが誤りとはいえない。また,第1引用例には,
「上記第1バリア層3と中間
層4との間,
・・・には,光吸収層などを物理的および化学的に保護する目的で保
護層が設けることが好ましい。
・・・」
(甲1段落【0043】)と記載されており,
引用発明において,第1バリア層と中間層との間に保護層を設けるか否かは任意で
あること,引用発明において保護層を設ける場合,記録再生光に対する透過率が高
く,吸収率及び反射率は無視できる程度に低い特性が求められることは技術常識と
いえることからすれば,審決において保護層の透過率を100%として,引用発明
の「『基板』と『中間層』との間にある層」の光透過率を算定したことにも誤りは
ない。
さらに,原告は,本願補正発明は,引用発明と課題,構成及び効果が相違し,引
用発明に基づいて容易に想到できたとはいえないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,失当である。すなわち,上記のとおり,追記型光情
報記録媒体を再生専用装置で再生可能な構成とすることは,当該技術分野において
周知の技術課題であり,本願補正発明と引用発明の解決課題に相違があったとはい
えない上,本願補正発明における「0.45≦TL0≦0.75」との構成には,
格別の技術的意義はなく,本願補正発明が奏する効果は,引用発明においても奏す
るものと認められる。
(3) 以上によれば,審決の相違点2に係る認定,判断には誤りがなく,本願補
正発明の容易想到性判断,すなわち本件補正の独立特許要件に係る判断には誤りは
ない。なお,同様の理由により,本件補正前の特許請求の範囲の請求項1記載の発
明について,引用発明から容易に想到できたとする審決の認定,判断にも誤りはな
い。
3 結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に審決にはこれを取
り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理
由がない。よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
芝 田 俊 文
裁判官
西 理 香
裁判官
知 野 明
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