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令和3(ワ)28914損害賠償請求事件

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所東京地方裁判所
裁判年月日 令和5年9月27日
事件種別 民事
当事者 原告
被告
法令 著作権
著作権法114条3項1回
キーワード 侵害13回
損害賠償1回
分割1回
主文 1 原告の請求を棄却する。15
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 事案の概要 本件は、「Life 生きてゆく」と題するドキュメンタリー映画(以下「本件 映画」という。)を制作し、本件映画に係る著作権を有する原告が、被告が「捜す25 人 津波と原発事故に襲われた浜辺で」と題する小説(以下「本件小説」という。) を執筆、出版したことが、原告の翻案権、同一性保持権、氏名表示権を侵害し、 また、原告の表現活動という法的保護に値する人格的権利ないし利益を侵害した と主張して、不法行為に基づき、346万円及び本件小説を掲載した書籍の販売 が開始された平成30年8月10日から支払済みまで平成29年法律第44号 による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求する事案であ5 る。 2 前提事実(当事者間に争いがないか、甲1,2及び弁論の全趣旨によって容易 に認められる事実) 原告は、平成23年3月11日に発生した東日本大震災による津波及び原子 力発電所の事故の被害を受けた者らを取材した映画の制作を行い、平成28年10

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判決文

令和5年9月27日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
令和3年(ワ)第28914号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 令和5年7月7日
判 決
原 告 A
同訴訟代理人弁護士 水 口 瑛 葉
被 告 B
同 補 助 参 加 人 株 式 会 社 文 藝 春 秋
上記両名訴訟代理人弁護士 喜 田 村 洋 一
同 藤 原 大 輔
主 文
15 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、346万円及びこれに対する平成30年8月10日から
20 支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は、
「Life 生きてゆく」と題するドキュメンタリー映画(以下「本件
25 映画」という。)を制作し、本件映画に係る著作権を有する原告が、被告が「捜す
人 津波と原発事故に襲われた浜辺で」と題する小説(以下「本件小説」という。)
を執筆、出版したことが、原告の翻案権、同一性保持権、氏名表示権を侵害し、
また、原告の表現活動という法的保護に値する人格的権利ないし利益を侵害した
と主張して、不法行為に基づき、346万円及び本件小説を掲載した書籍の販売
が開始された平成30年8月10日から支払済みまで平成29年法律第44号
5 による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求する事案であ
る。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、甲1,2及び弁論の全趣旨によって容易
に認められる事実)
原告は、平成23年3月11日に発生した東日本大震災による津波及び原子
10 力発電所の事故の被害を受けた者らを取材した映画の制作を行い、平成28年
12月にドキュメンタリー映画「Life 生きてゆく」と題する本件映画を
完成させ、原告が本件映画の著作権を取得した。
本件映画は、115分のカラーの映画であり、原告が撮影した、福島県南相
馬市に住んでいるC(以下「C」という。)やその妻、福島県大熊町に住んでい
15 たD(以下「D」という。)が心情等を語る場面の映像や、同人らに関係する映
像を中心とし、また、東京電力のE(以下「E」という。)に関係する映像等を
含むものである。
被告は、「捜す人 津波と原発事故に襲われた浜辺で」と題する本件小説を
執筆し、本件小説は、平成30年8月に出版社である補助参加人から出版、発
20 売された(以下、この出版された書籍について「本件書籍」ということがある。。

本件書籍は、参考資料の頁までで299頁の書籍であり、C、D、E、ラジ
オ福島のアナウンサーであったF(以下「F」という。)などの経験や心情等が
描かれたものである。
本件映画には、別紙著作物対比表の「原告著作物」欄記載の場面があり、本
25 件小説には、同「被告著作物」欄記載の記載がある。
3 争点
本件小説は、本件映画と創作的な表現において共通し、本件映画の表現上の
本質的な特徴を直接感得することができるか(争点1)
被告による本件小説の執筆、出版が原告の人格的利益を侵害するか(争点2)
損害(争点3)
5 4 争点に対する当事者の主張
本件小説は、本件映画と創作的な表現において共通し、本件映画の表現上の
本質的な特徴を直接感得することができるか(争点1)
(原告の主張)
ア 本件小説には、別紙著作物対比表の「被告著作物」欄記載の記載があると
10 ころ、本件小説のこれらの部分では、同対比表の「原告著作物」欄記載のと
おりの本件映画の対応する場面の思想についての創作性ある具体的表現が
無断で利用され、それらの表現上の本質的な特徴が感得できる態様で記載さ
れている。
イ ドキュメンタリー映画においては取材者が取材対象者に働きかけること
15 などによって取材対象者の行動や心境・感情等をどう引き出し、どう映像と
してとらえるか、撮影をするか否かの選択、どのように編集して作品として
提示するかという点に作者の創作性が現れる。
本件映画を制作等するに当たり、原告は、取材を通じて記録した膨大な取
材ノートを作成し、編集に際しても大部のスクリプトを作成した。それぞれ
20 のインタビューについても、作品全体の中での位置付けや狙いがあり、質問
の順番、キーワードやエッセンスとなる文言などについて、一定の観点から
取捨選択を行っている。作品の中の1コマたりとも、作者の思想が表れてい
ないコマはない。
ドキュメンタリー映画は、単なる映像の記録ではなく、作り手の観点や立
25 ち位置に基づき特定の主題に関する事実の断片が調整されたもので、その意
味では「事実」についての作為が存在し、事実の断片が再構成され、新たな
意味付けが与えられたものであり、この作為は、取材対象者が存在する場合
には、取材対象者の発言内容に及ぶ。また、ドキュメンタリー映画で示され
ている取材対象者の発言の内容や感情は、作り手の作為の結果としての産物
であり、ドキュメンタリー映画の中で意図的に組み合わされた映像と音によ
5 って示された思想性は、それを分割して一部のみを切り取ることはできない。
映像と音によって構成された映像表現から、発言のみを切り取って思想性の
ないものとして独占し得るものではないとの主張は、ドキュメンタリー映画
の特性から妥当ではない。
別紙著作物対比表の「原告著作物」欄に記載されているいずれの表現も、
10 原告とCとの信頼関係等を基礎として、原告独自の視点、狙いに基づいて行
われたインタビューにおいてCやその妻が語った内容等であり、また、その
信頼関係を基礎としてしか表現され得なかった映像があり、これらの表現は、
原告が独自のストーリーを再構成する過程で、膨大な素材や長時間の映像の
中から、原告が取捨選択や編集を行って映画に盛り込まれた映像表現であり、
15 原告の思想又は感情を表す創作的な表現といえる。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
原告が主張する場面のC、Dの行動や、その際の心境は、表現上の創作が入
り込む余地のない歴史的事実であり、両作品においてこれらの部分が重複して
20 いても、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分や表現上の創作性がな
い部分、すなわち、思想又は感情の創作的な表現ではない部分が同一性を有す
るにすぎない。
被告は、原告が本件映画で描いた事実を元に本件小説を執筆したのではなく、
被告自身の独自の取材活動を行った結果を元に本件小説を執筆した。このため、
25 本件映画と本件小説においては、CないしDの行動、その際の心境という事実
の取り上げ方(事実の取捨選択や、描き方の観点・視点・方法)の違いが生じ
た。本件映画がCやDの密着取材当時の感情を中心に描くものであるのに対し、
本件小説は両名その他の関係者がとった個別具体的な行動を中心に描くもの
である点で、表現の観点や視点が大きく異なる。また、本件小説では、本件映
画に登場していない人物(ラジオ福島アナウンサーのF、東京電力のG(仮名)
5 等)が著述されるなど、取り上げられる事実の取捨選択も異なる。さらに、本
件映画と本件小説のいずれでも取り上げられたエピソードについては、事実関
係の具体性、ディテールといった描き方が異なる。したがって、仮にCやDの
行動、その際の心境という歴史的事実の取り上げ方(事実の取捨選択や描き方
の観点・視点・方法)に「思想又は感情の創作的な表現」性が肯定されるとし
10 ても、本件映画と本件小説との間に表現上の本質的な特徴の同一性は認められ
ない。
本件映画と本件小説はドキュメンタリー映画ないしノンフィクション小説
であって、これらの著作物で取り上げられている内容は、いずれもCやDの
体験談(体験した客観的事実やその際に抱いた思いや感情)であり、脚色を
15 加える性質のものではない。本件で著作物性、創作性が認められるとすれ
ば、取り上げた事実そのものではなく、事実又は思想の選択や配列に関する
点であるが、本件映画と本件小説は、事実又は思想の選択や配列は異なる
か、その選択は原告の個性が現れたものということはできず、本件映画と本
件小説との間に表現上の本質的な特徴の同一性は認められない。
20 被告による本件小説の執筆、出版が原告の人格的利益を侵害するか(争点2)
(原告の主張)
原告は、長い年月をかけて被災地の人々と信頼関係を築き、同じ時間を共有
し、起きた出来事をその都度現地に足を運ぶことによって記録し、編集して本
件映画を制作した。被告は、原告の意に反していることを明確に認識しながら、
25 本件映画を視聴してこれを素材とし、映像を文章化して本件小説を執筆した。
このような被告の行為は、原告の表現活動という法的保護に値する人格的権利
ないし利益を侵害するものであり、違法である。
(被告の主張)
否認ないし争う。
損害(争点3)
5 (原告の主張)
ア 著作権侵害の損害
本件書籍の出版部数は1万部を下らない。本件書籍の定価は1650円
(税別)である。被告の収入は定価の10%を下らない。よって、原告の損
害は、著作権法114条3項により、165万円と推定される。
10 イ 同一性保持権、氏名表示権、人格的権利又は利益に係る慰謝料
原告は、本件映画について多大な時間と労力を費やして作成した。被告は、
原告との交流等により、原告が本件映画に込めた思いや労苦を知っていた。
にもかかわらず、被告は、原告が本件映画を本件小説の執筆材料にしないで
ほしいと求めていたことを認識しながら、原告の取材活動の成果を素材とし
15 て本件小説を執筆しており悪質である。原告は多大な精神的苦痛を受けた。
同一性保持権又は氏名表示権に係る慰謝料としては75万円、原告の表現活
動という法的保護に値する人格的権利ないし利益に係る慰謝料としては7
5万円が相当である。
ウ 弁護士費用
20 本件に係る弁護士費用相当額としては、前記ア、イの合計額の1割である
31万円を下らない。
(被告の主張)
否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
25 1 甲28、乙12、原告本人、後掲の証拠(枝番号を付したものは各枝番号を含
む。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
平成23年3月11日に東日本大震災が発生した。
Cは、福島県南相馬市に住んでおり、東日本大震災で妻は無事であったが、
両親と長女、長男が亡くなったり、行方不明となった。Cは、震災の行方不明
者の捜索を行うなどする「福興浜団」の代表であり、また、自宅近くで「菜の
5 花迷路」と題するイベントを行ったりしている。
Dは、福島県大熊町に住んでいたところ、東日本大震災で母と長女は無事で
あったが、父、妻、次女が亡くなったり、行方不明となった。平成28年12
月に捜索活動で次女の遺骨が見つかった。
Eは、東日本大震災当時、東京電力原子力・立地本部立地地域部長であり、
10 その後、東京電力福島復興本社代表となった。(甲1,2、乙7,10)。
東日本大震災当時、名古屋のテレビ局に勤めていた原告は、自費で福島を取
材し始めた。原告は、平成23年秋頃に福島県南相馬市の海岸でCに出会い、
以後、Cやその家族等に対する取材を継続し、Cらの映像等を撮影した。
原告は、その後、Cらについての映画を制作することとして、勤務先を退職
15 し、多額の費用を費やして取材等を行い、映像撮影や編集等に多くの時間や労
力を費やし、本件映画の制作を進めた。
ア 読売新聞は、平成25年8月7日、津波で家族を亡くしたDが自宅近くの
丘にお地蔵様を建立したこと、行方不明の家族2名の遺体は見つかったもの
の、Dが一時帰宅の度に次女を探し続けていることなどが記載された記事を
20 掲載した。(乙10)
イ 平成26年5月23日、NHKのニュース番組で、福島県大熊町で、唯一
行方不明のままのDの次女を探しているDを記録し続けている写真家の写
真展が東京都新宿区で開催されたことなどが取り上げられた。(乙11)
ウ 平成27年4月25日、共同通信から、震災の行方不明者捜索を続ける
25 福興浜団のリーダーであるCが、津波に襲われた畑を整地して菜の花迷路
を完成させ、大型連休中に子供向けのイベントを開くこと、毎年8月に鎮
魂の花火を挙げる活動をしていることを紹介する記事が配信された。NH
Kニュースでも、同年5月3日に菜の花迷路が取り上げられ、企画者とし
てCが言及された。(乙7、8)
エ 読売新聞は、平成27年5月17日、東日本大震災の津波で行方不明に
5 なった家族を探し続ける人たちの姿を伝える写真展が開催されたこと、主
催者である福興浜団の代表であるCの思い、津波で亡くなったCの長女の
卒業証書を手にしたC夫妻の写真などが展示されていることなどが記載さ
れた記事を掲載した。(乙9)
原告は、平成27年10月1日、本件映画製作の資金調達のためにクラウド
10 ファンディングを開始し、開始10日で目標金額の120万円に達した。
被告は、日本テレビの報道局で記者、ディレクターなどとして勤務していた
者であり、前記 のような報道に接していたところ、平成27年11月11日、
同クラウドファンディングに3000円の支援を行い、応援メッセージを送信
した。
15 (甲4の2、23)
平成28年3月上旬、東日本大震災で行方不明の子を探す父親たちを追った
写真展としてH写真展が開催され、C及びDの写真も展示された。被告は同写
真展を訪れた。(乙1)
平成28年3月20日、本件映画の完成前イベントが行われ、被告はこれに
20 参加した。被告は、その時、原告、C、Dと初めて会った。(甲5)
被告は、平成28年4月には福島県を訪れ、福島県での除染ボランティアに
参加し、同年5月1日には、福興浜団の活動に参加し、菜の花迷路のイベント
を手伝い、同月2日には、Cと共に福島県大熊町に行き、Dに関係する捜索活
動を手伝ったりした。
25 被告は、平成28年11月11日、東京で開催され、C、Eがゲストとして
参加していたトークイベントに参加し、その終了後、Cに対し、当時被告が受
講していた「編集・ライター養成講座」の卒業制作のために取材させてほしい
と伝え、Cの了承を得た。
被告は、平成28年11月19日に福興浜団の活動に参加し、その後Cの自
宅でインタビューを行うとともに、仏壇の写真等を撮影した。被告は、同月2
5 0日にも、C、Dらとともに活動を行った後、Cにインタビューを行った。
被告は、平成28年11月26日に、前記 の卒業制作である「命を捜して
~C 6年目の闘い~」を完成させて提出し、同年12月10日に最優秀作を
受賞した。同作品は、Cが体験した震災時の状況や、Cが母や長女の遺体と対
面したときの模様、その後の捜索についての思い、福興浜団や菜の花迷路の活
10 動、現在のCの思いなどを記載したものである。(甲6)
被告は、平成28年12月5日に、Yahoo!ニュースの特集サイトに掲
載する記事の執筆を依頼され、その後も福島等で、Cが関係するボランティア
活動に参加したり、C、D、Eへの取材を繰り返した。また、Cと食事をしな
がら話を聞くことも多かった。平成29年3月9日に、Yahoo!ニュース
15 の記事が公開された。この記事では、Cの捜索への思い、CとEとのかかわり、
福興浜団がDの次女の捜索を続け、平成28年12月にDの次女の遺骨が見つ
かったこと、それに対するDの思いなどが記載されている。また、被告が撮影
した、C、遺影が並ぶCの家の仏壇、D、捜索を続けている海岸、捜索活動の
模様、Dの次女の遺骨の発見現場の写真等が掲載され、また、Dから提供を受
20 けたDの次女の写真などが掲載されている。(乙4)
原告は、平成28年12月に本件映画を完成させ、平成29年2月から試写
上映が、同年5月から劇場公開が開始された。(甲1)
被告は、平成29年3月24日に補助参加人から出版の打診を受けた。
被告は、平成29年4月4日、原告に対して本件映画のDVDの購入を打診
25 し、これに対し、同年5月24日、原告は、本件映画の映像を執筆の材料にす
る目的なら譲渡することはできず、独自取材で発信すべきであるなどと記載し
た返信をした。
被告は、平成29年5月19日、補助参加人に対し、出版の打診を受けた書
籍の構成案を示した。その構成案では、書籍は、
「第1章 津波(発災から数日
間)、
」「第2章 捜索の日々(数週間~半年)、
」「第3章 交錯する想い(20
5 13年)、
」「第4章 前進と葛藤(2015年)、
」「第5章(これからの1年。
ここで伏線回収的に全員の現状を描く)」という構成であること、それぞれの
章で、C、D、E、I(東電社員)、F(元ラジオ福島アナウンサー)、J(南
相馬市職員) K
、 (南相馬市)などのうちの数名について描写することが記載さ
れていた。また、第5章では、原告について「映画の完成、公開」として取り
10 上げることを構想していた。
平成29年7月、被告は原告と面会し、書籍の登場人物の一人として原告を
登場させたいので取材を受けてほしいと依頼したが、原告はこれを断った。
被告は、補助参加人からの出版の打診を受けた後も、繰り返し福島を訪れて、
Cが行っている活動に参加したり、Cと食事をしたり、CやCの妻などから話
15 を聞き、また、E、D等への取材を重ねるなどして原稿を作成していった。
被告は、本件小説の出版に先立ち、Cに対し、Cに関係する原稿を直接渡し
て、その内容を確認してもらったり、本件小説に掲載する写真を撮影して、確
認してもらったり、CやDから写真の提供を受けたりした。被告は、平成30
年6月に独立して、ノンフィクションライターとなり、第1作として本件小説
20 を出版することとした。
本件書籍は、平成30年7月初旬ころまでに校了となり、同年8月10日に
補助参加人から発売された。本件書籍では原告や本件映画への言及はなかった
が、令和3年2月末配信時の電子版から、本件映画が参考資料として追記され
るようになった。
25 (甲2、3、乙5、弁論の全趣旨)
本件映画
本件映画は、115分のカラーの映画であり、原告が撮影した、Cやその妻、
Dが心情等を語る場面の映像や、同人らに関係する映像を中心とし、また、東
京電力のEに関係する映像等を含むものである。
本件映画は、上映会のチラシなどでは「これは、遺された「一軒の家」をめ
5 ぐる、ある家族の“命”の物語。」と説明されたりした(甲7の1、7の4)。
原告は、本件映画について、
「福島の忘れられた津波」という視点から、C一
家の姿を通して普遍的な家族の「物語」を描き出したものであり、
「津波で家も
家族も失った若い父親が、原発事故で世間からも見捨てられた中、再び子ども
を授かり、新しく家を建て、その土地で亡き家族との思い出を抱きながら懸命
10 に前を向こうと行方不明の家族を捜し続ける。その結果、幾つもの障害を乗り
越え、数年後には笑顔を取り戻し、ついには思い出が詰まった被災家屋を自ら
の手で解体し、新たな一歩を踏み出す。最後には奇跡が起こり、震災から5年
以上を経て、行方不明だった少女の遺骨を発見し、無謀とも思えた長年の捜索
活動に一筋の光が差す」という震災から5年半にわたるストーリーであること
15 を説明する。
原告は、平成23年秋頃から、Cに対して継続的に取材をするなどして、C
やその家族らとの信頼関係を築いた。そして、そのような信頼関係に基づいて
非常に多くの取材を行い、長時間の映像資料から、どの部分を映画に組み入れ
るかや、それらをどのように組み合わせるかを検討し、大部のスクリプトを作
20 成して、本件映画を制作した。
(甲1、8~15)
本件小説
本件書籍は、本件小説の本文が286頁(8頁から293頁)のものであり、
あとがき、参考資料の頁までで299頁の書籍である。本件小説は、C、D、
25 E、ラジオ福島のアナウンサーのFなどの経験や心情等が描かれたものであり。
全7章からなる。第1章では、人物ごとに項目を分けて、東日本大震災当日や
直後のC、D、E(東京電力福島第1原発内の様子も含む。、Fの状況や経験

したことなどがそれぞれ記載され、その後、基本的に時系列に沿って、各章で、
人物ごとに項目を分けて、上記の人物やその他の人物の経験や心情等が語られ
ている。本件書籍の巻末には、東京電力作成の報告書等の12の文献や新聞の
5 名称が参考資料として記載されているが、本件映画は掲げられておらず、本件
小説で原告を取り上げてはいない。
本件書籍には、被告が撮影したC、D(次女の遺骨が見つかった場所で祈る
写真を含む。、E等の写真や、福興浜団も加わった捜索の模様の写真等が掲載

されている。また、Cから提供を受けた写真として、東日本大震災前のCの家
10 族写真、Cの長女の写真、Cの長男の写真、東日本大震災後の、長男の入学式
となるはずの日のCの長男の写真を持つ次女とランドセルを持つCの妻の写
真、長女の小学校の卒業証書(別紙著作物対比表10-③の場面関係)と長女
の写真が掲載されている。そして、Dから提供を受けた写真として、東日本大
震災前のDの家族写真、Dの次女と妻の写真、小学校入学式の日のDの次女の
15 写真、3本の歯が残っているDの次女の顎の部分の遺骨の写真が掲載されてお
り、Lから提供を受けた写真として、津波で被害を受けた状態のCの自宅の写
真や、Cの自宅が重機によって取り壊されている写真が掲載されている。
被告は、前記のとおり、平成28年11月頃から、C、D、Eに対して繰り
返し取材を行い、Cとは食事をしたり話したりすることがあり、本件書籍の出
20 版に先立ち、Cに対し、Cに関係する原稿を直接渡して、その内容を確認して
もらうなどした。
(甲2)
2 本件小説は、本件映画と創作的な表現において共通し、本件映画の表現上の本
質的な特徴を直接感得することができるか(争点1)について
25 原告は、本件小説と本件映画において、別紙著作物対比表記載の各場面のう
ち、下線が引かれた各部分について、原告の表現を被告が利用したと主張する。
上記の各部分は、Cが語る自身の心情(場面1から6、9、10-②のうち
2つ目、3つ目の下線部、場面12、16)、Cが語る体験した事実(場面7、
10-②の1つ目の下線部、場面13の1つ目の下線部、場面14) 環境省に

よる住民説明会におけるDの発言(場面8)、Cの長女が通っていた小学校の
5 卒業式当日の様子(場面10-①、10-③) Cの妻が語る東日本大震災後に

生まれたCの次女の発言(場面11) 解体されるCの自宅やその内部の様子、

その際のCの様子(場面13の2つ目以降の下線部、場面15) Dの次女の遺

骨発見時の様子及びDの発言(場面17)である。
上記のうち、環境省による住民説明会におけるDの発言(場面8) Cの娘が

10 通っていた小学校の卒業式当日の様子(場面10-①、10-③) 解体される

Cの自宅やその内部の様子、その際のCの様子(場面13の2つ目以降の下線
部、場面15)、Dの次女の遺骨発見時の様子及びDの発言(場面17)は、現
実に存在した出来事や状況などの事実に関するものといえ、本件映画の映像で
示された出来事や状況と、本件小説において文章で記載された出来事や状況は
15 共通する。したがって、本件映画と本件小説は同じ事実を描写しているといえ
る。もっとも、個々の、現実に存在した出来事や状況などの事実を表現それ自
体であるということはできない。そうすると、同じ事実を描写したことをもっ
て、本件映画と本件小説の表現が共通するとはいえない。
また、上記のうち、原告のインタビューに応じるなどしてCやCの妻(以下、
20 併せて「C等」ということがある。)が、自身の心情や体験した事実等について
語ったもの(場面1から7、9、10-②、場面11、12、13の1つ目の
下線部、場面14、16)は、C等によってされた発言である。ある者の発言
について、その発言内容を準備した者がそれを発言者に語らせるなどした場合、
その発言内容を準備した者の表現となる場合があるとはいえる。もっとも、本
25 件ではそのような事情までは認められず、上記は、いずれも、C等が自ら言葉
を選んでその心情等について語ったものと認められ、C等による表現であると
いえる。原告は、C等の心情についての各発言について、原告が適切な質問を
したり、カメラの位置を工夫したりしたこと等によって初めて発言者から引き
出したものであることや、原告との信頼関係を基礎としてしか表現されなかっ
たものであり、原告がいなければ存在し得なかったことなどを主張する。確か
5 に、質問内容や状況、質問者との関係等に応じて初めて特定の発言がされるこ
とがあり、本件でも、原告はCに対して原告が有する視点に基づいて様々な質
問をすることによってCが返答していったという状況がうかがえ(甲16~2
1)、原告の質問等に応じてCの上記発言がされた面があることがうかがわれ
る。しかし、他者の影響を受けてされた発言について、影響を与えた者が当然
10 にその表現をした者になるとはいえない。本件において、上記のとおり、C等
は自ら言葉を選んでその心情等について語っているといえ、原告が主張する事
情は、別紙著作物対比表に記載されているC等の上記発言について、原告によ
る表現であるといえるまでにそれらに原告が創作的に関与していることを基
礎付ける事情に当たるとは認めるに足りない。上記のC等の発言が原告による
15 表現であるとした場合、C等はそれを自らの表現として主張、利用できなくな
る。なお、被告は、前記のとおり、相当の回数、Cに対して直接取材をしたり、
話をしたりするなどしており、本件小説の原稿についてもCの確認を得た。
原告は、前記第2の4(1)の原告の主張欄のとおり主張し、ドキュメンタ
リー映画である本件映画では、そのそれぞれの場面が原告による創作的な表現
20 であると主張する。
ドキュメンタリー映画においては、制作者の意図に基づいて、多数の事実の
中から特定の事実が選択された上でそれらについての映像が配列され、創作的
な表現がされて著作物が創作されるといえる。また、取材によって新たな事実
を見出すことや、質問等を工夫することで対象者から発言を引き出すことがさ
25 れることがあるといえ、それらを用いて上記の創作的な表現が行われる場合が
あるといえる。本件映画は、このようなドキュメンタリー映画であり、著作物
であるといえる。
もっとも、制作者の意図に基づいて多数の事実の中から選択された事実につ
いての映像が配列されたドキュメンタリー映画が著作物であるとしても、個々
の、現実に存在した出来事や状況などの事実を表現それ自体であるということ
5 はできず、個々のそれらの事実を述べること自体を著作権法に基づき特定の者
が独占できるとはいえない。このことは、それらの事実が上記のようなドキュ
メンタリー映画の中で利用されているものであったとしても同様であると解
される。また、前記 のとおり、本件においては、C等の個々の発言が原告の
表現であると認めるに足りない。
10 また、ドキュメンタリー映画においては、制作者の意図に基づいて、特定の
事実が選択されてそれが配列されているといえる。原告は、別紙著作物対比表
記載の各表現において、本件映画の表現上の本質的な特徴を本件小説から直接
感得することができると主張するところ、本件映画と本件小説において、上記
場面等は選択の上、配列されたものといえる。もっとも、本件映画及び本件小
15 説とでは、これらの場面の間に多数の場面が描写されることも多いほか(別紙
著作物対比表の該当部分の時間や頁参照) その順序は異なり
、 (本件映画では、
場面1、3、2、4、6、12、8、5、9、7、11、10、16、14、
13、15、17)の順で収録されているところ、本件小説では場面1から1
7の順で記述されている。、特に、Cらが心情等を語る場面については、映画

20 における配列と小説における配列は大きく異なる。また、本件映画と共通する
配列の部分があったとしても、本件小説は、基本的に時系列に沿って記載して
いて、そのような配列が共通することをもって創作的な部分が共通するとはい
えない。本件映画の具体的な場面の多くは本件小説で取り上げられておらず、
本件小説において、各章においてCを取り上げる項目のみをみても、本件映画
25 で取り上げられていない具体的な場面の記載は多くあり、本件映画と場面が同
じでも文章により詳しい説明が付されている部分も少なくない。Cの自宅の解
体場面(別紙著作物対比表場面13から16)についてみると、本件小説では、
できれば自宅を残したかったが処分費用に対する公金の支援が近く打ち切ら
れることから解体することとしたこと、長男と長女が元気ならとっくに壊して
いたと思うが、この家があるから長男と長女があのときここで遊んでいたなと
5 か思い出すことができること、家がなくなるとそれを思い出すことができなく
なることについてのCの心情が述べられた上で、別紙著作物対比表場面13の
記載がされ、その後同14の記載がされる。そして、同15の記載がされ、C
にはさまざまな感情が湧き上がり、Cの父のことが胸に浮かび、旧居の10畳
の茶の間や太い大黒柱など立派な日本家屋は父にとって唯一の自慢であって、
10 父が家族のために働いて立ててくれた家であり、農家をやりながらこのような
家を建てるのが大変だったと思うことや、そのような苦労も知らず父とは喧嘩
ばかりして、感謝を言わなかったというCの心情が述べられ、その上で、同1
6のとおり、「家も、家族も……結局俺は、なんにも守れなかったなぁって…
…」と記載され、また、Cは、泣いていたが、自分は見届けなければならない
15 という気がしたと述べられている。これらからすると、本件映画における別紙
著作物対比表の原告著作物欄記載の場面についての選択や配列についての創
作的な部分が、本件小説で使用されたとまではいえない。
以上によれば、本件映画と本件小説には、別紙著作物対比表記載の各描写が
ある。そのうち、本件映画と本件小説には同じ事実を描写する部分があるが、
20 個々の、現実に存在した出来事や状況などの事実を表現それ自体であるという
ことはできず、同じ事実を描写したことをもって、本件映画と本件小説の表現
が共通するとはいえない。また、本件においては、本件小説において被告がC
らの発言を利用することが原告の著作権を侵害することになると認めるには
足りない。ドキュメンタリー映画においては制作者の意図に基づいて特定の事
25 実の選択と配列がされるといえるが、それらについて原告主張の本件映画の創
作的な部分が本件小説で使用されたとまではいえない。被告が本件小説におい
て、原告が著作権を有する本件映画の創作的表現を利用したということはでき
ず、被告が原告の翻案権、同一性保持権、氏名表示権を侵害したとは認められ
ない。
3 被告による本件小説の執筆、出版が原告の人格的利益を侵害するか(争点2)
5 について
原告は、被告が本件小説を執筆、出版したことが原告の表現活動という法的保
護に値する人格的権利ないし利益を侵害したと主張する。ここで、本件小説の執
筆、出版は原告の著作権を侵害するものとはいえず(前記2) 本件小説の執筆、

出版によって、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益と同じ利益
10 が侵害されたことを理由とする主張は、理由がないと解される(最高裁平成21
年(受)第602号ほか同23年12月8日第一小法廷判決参照)。なお、原告
は、本件映画のDVDの購入を打診した被告に対し本件映画の映像を執筆の材料
にする目的ならこれを譲渡することはできず、独自取材で発信すべきであること
を述べたほか、本件では、原告とCらとの信頼関係に基づき原告が長期間にわた
15 り継続的に撮影を行ってきたことで初めて本件映画の映像において示されるに
至った事実等があることがうかがわれる。そして、それらと同様の事実等が本件
小説でも記載されているが、本件書籍では原告や本件映画についての言及はない。
被告が本件映画のみに基づいてそこに描かれたことを描写した場合、原告や本件
映画に触れないことは不相当でないかが問題となる。もっとも、前記2のとおり、
20 本件では、被告は、Cに対して直接相当数の取材を行い、Cと話すことも多く、
本件小説では、本件映画には取り上げられなかった多数の事実やCの心情等を記
載し、また、本件小説の原稿についてCに対して直接確認を求めた。このような
事情に照らせば、本件小説において別紙著作物対比表の被告著作物欄の描写をす
ることが、原告の人格的利益を侵害する違法な行為となるとまではいえないと解
25 される。
第4 結論
以上によれば、原告の請求には理由がないこととなるから、これらを棄却する
こととし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 柴 田 義 明
裁判官 杉 田 時 基
裁判官 仲 田 憲 史

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