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令和3(ワ)18262損害賠償請求事件(特許権侵害)

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裁判所 一部認容 東京地方裁判所東京地方裁判所
裁判年月日 令和5年12月6日
事件種別 民事
当事者 原告株式会社MIC
被告株式会社FLORe
対象物 女性用衣料
法令 特許権
特許法102条3項4回
特許法29条2項1回
特許法29条1項3号1回
キーワード 実施38回
特許権15回
侵害9回
進歩性6回
許諾5回
新規性5回
分割2回
無効1回
損害賠償1回
主文 1 被告は、原告に対し、776万0046円及びこれに対する令和3年9月4
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを7分し、その6を原告の負担とし、その余を被告の負担15
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事件の概要 1 事案の要旨 本件は、発明の名称を「女性用衣料」とする特許第3996406号の特許 (以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を25 有する原告が、被告による別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」という。) の販売行為は本件特許権を侵害すると主張して、被告に対し、特許権侵害の不 法行為に基づき、損害金5328万1800円(特許法102条3項により算 定される損害額並びに弁護士及び弁理士費用相当額の合計)及びこれに対する 不法行為後の日である令和3年9月4日(訴状送達の日の翌日)から支払済み まで民法所定年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案であ5 る。 なお、原告は、相当な実施料率についての主張を3パーセントから6パーセ ントに変更したにもかかわらず、訴えの変更をしなかったため、請求の趣旨に おける請求額と請求原因として主張する損害額とは一致していない。また、原 告は、上記請求の趣旨に係る請求を一部請求とするとの主張もしていない。10 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠(特記しない限り枝

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判決文

令和5年12月6日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和3年(ワ)第18262号 損害賠償請求事件(特許権侵害)
口頭弁論終結日 令和5年9月22日
判 決
5 原 告 株 式 会 社 M I C
同訴訟代理人弁護士 三 原 研 自
同訴訟代理人弁理士 青 谷 一 雄
被 告 株 式 会 社 F L O R e
同訴訟代理人弁護士 加 藤 慎 也
10 同訴訟復代理人弁護士 福 地 広
主 文
1 被告は、原告に対し、776万0046円及びこれに対する令和3年9月4
日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
15 3 訴訟費用は、これを7分し、その6を原告の負担とし、その余を被告の負担
とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
20 被告は、原告に対し、5328万1800円及びこれに対する令和3年9月
4日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、発明の名称を「女性用衣料」とする特許第3996406号の特許
25 (以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を
有する原告が、被告による別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」という。)
の販売行為は本件特許権を侵害すると主張して、被告に対し、特許権侵害の不
法行為に基づき、損害金5328万1800円(特許法102条3項により算
定される損害額並びに弁護士及び弁理士費用相当額の合計)及びこれに対する
不法行為後の日である令和3年9月4日(訴状送達の日の翌日)から支払済み
5 まで民法所定年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案であ
る。
なお、原告は、相当な実施料率についての主張を3パーセントから6パーセ
ントに変更したにもかかわらず、訴えの変更をしなかったため、請求の趣旨に
おける請求額と請求原因として主張する損害額とは一致していない。また、原
10 告は、上記請求の趣旨に係る請求を一部請求とするとの主張もしていない。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠(特記しない限り枝
番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
原告は、婦人服、紳士服、子供服、ベビー服等の各種衣料繊維製品の企画、
15 デザイン、製造、販売並びに輸出入等を業とする株式会社である。
被告は、令和元年7月8日に設立された、女性及び男性向け化粧品の設計、
開発、販売業務等を業とする株式会社である。
(2) 本件特許
原告は、平成14年2月22日、本件特許に係る特許出願(以下「本件出
20 願」という。)をし、平成19年8月10日、本件特許権の設定登録(請求項
の数5)を受けた(甲1、2。以下、本件出願の願書に添付した明細書及び
図面を併せて「本件明細書」という。また、明細書の発明の詳細な説明中の
段落番号を【0001】、図面を【図1】などと記載する。。

(3) 本件特許の特許請求の範囲
25 本件特許の特許請求の範囲の請求項1(以下「本件発明」という。
)の記載
は、以下のとおりである。
「少なくとも女性のバスト部を覆う女性用衣料において、前記少なくとも女
性のバスト部を覆うカップ部材と、前記カップ部材と分離した状態で当該カ
ップ部材の表面側に配置され、前記バスト部の左右の各脇部からバストの側
部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けられる左右の前身頃部材
5 と、前記左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとと
もに、当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の連結部
材とを備えたことを特徴とする女性用衣料。」
(4) 本件発明の構成要件の分説
本件発明は、以下のとおりの構成要件に分説することができる(以下、各
10 構成要件につき、頭書の記号に従って「構成要件A」などという。。

A 少なくとも女性のバスト部を覆う女性用衣料において、
B 前記少なくとも女性のバスト部を覆うカップ部材と、
C 前記カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に配置され、
前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバスト下
15 部の中央部にかけて設けられる左右の前身頃部材と、
D 前記左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結すると
ともに、当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の
連結部材とを備えた
E ことを特徴とする女性用衣料。
20 (5) 被告による被告製品の販売
被告は、少なくとも令和2年1月22日から令和4年2月22日までの間、
業として、被告製品を販売した。
(6) 被告製品の構成(別紙被告製品図面目録記載の各図面参照)
被告製品は、少なくとも次の構成を備えている。
25 構成a 女性のバストを覆う女性用の下着である。
構成b 女性のバストを覆うカップ部1があり、カップ部1の下にバスト
ストッパー2が設けられている(なお、「バストストッパー」の名称
は、被告が名付けたものである。。

構成c 前記カップ部1と分離した状態で当該カップ部1の表面側に配置
され、前記バストの左右の各脇部からバストの側部を覆った状態で
5 バスト下部の中央部にかけて設けられる左右の覆い部3とを備えて
おり、当該左右の覆い部3は、バストキャッチャー3a とクロスフッ
ク3bから構成されている(なお、「バストキャッチャー」及び「ク
ロスフック」の名称は、被告が名付けたものである。。

(7) 被告製品の構成要件充足性
10 被告製品は、構成要件AないしCをいずれも充足する。
3 争点
(1) 被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)
(2) 無効の抗弁の成否(争点2)
ア 実開平7-24915号公報(以下「乙8文献」という。)を引用例とす
15 る新規性欠如(争点2-1)
イ 乙8文献を主引用例とする進歩性欠如(争点2-2)
(3) 原告に生じた損害の有無及びその額(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか)について
20 (原告の主張)
(1) 構成要件Dの「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調節
可能に設けられた」の意義
ア 「ともに」の字義は、「①ひとつになって。いっしょに。相連れて。同じ
く。古事記下「吉備人と―し摘めば」「声涙―下る」
。 「甲乙―白である」②
25 同時に。「日が暮れると―街は活気を呈した」」というものである(広辞苑
第6版)。
このうち、上記①は、その例文からも明らかなように、「ともに」の前に
位置する二以上のものが「ひとつになって」又は「いっしょに」ある状態
となることを意味するものである。これに対し、構成要件Dにおいては、
「ともに」の前に二以上のものが存在しない。
5 したがって、構成要件Dの「ともに」の字義は、①の「ひとつになって。
いっしょに。相連れて。同じく。」ではなく、②の「同時に」と解するべき
である。
イ また、構成要件Dは、「複数の連結部材」を規定するものであるところ、
これについて言及している本件明細書の【0038】には、「…この複数の
10 連結部材27としては、図9に示すように、フックとアイからなるものの
他、2段等の複数段のファスナーや、帽子の後ろの部分に使用されるよう
な連結幅を調節可能なワンタッチ具などが用いられる。」との記載がある。
ここで複数の連結部材27として例示されているフックとアイは、「左右の
前身頃部材」の「連結」だけではなく、同時に「左右の前身頃部材」の
15 「連結幅」の「調節」も「可能」とするものであるが、連結した状態を維
持しつつ「連結幅を調節可能」とするものではない。
したがって、本件明細書の記載からも、構成要件Dの「ともに」は、「同
時に」と解するべきである。
ウ 以上によれば、「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調
20 節可能に設けられた」とは、「左右の前身頃部材」の「連結」だけではなく、
同時に「左右の前身頃部材の連結幅」の「調節」も行われるものと解する
べきである。
(2) 構成要件Dの「左右の前身頃部材の連結幅」の意義
本件明細書の【0038】には、「この複数の連結部材27としては、…帽
25 子の後ろの部分に使用されるような連結幅を調節可能なワンタッチ具などが
用いられる。」と記載されている。当該「帽子の後ろの」「連結幅を調節可能」
とする「ワンタッチ具」とは、別紙ワンタッチ具写真目録に示される写真1
ないし3のような帽子の後ろの各種連結具を意味することは明らかであるか
ら、この「連結幅」が、胴体(帽子の場合、頭部)水平方向における連結部
材の重なり量を意味することは明らかである。
5 したがって、「左右の前身頃部材の連結幅」も、同様に、胴体水平方向にお
ける連結部材の重なり量を意味するものである。
(3) 被告製品の構成
被告製品は、次の構成を有している(別紙被告製品図面目録参照)。
構成d 前記左右の覆い部3をバスト下部の中央部近傍で互いに連結する
10 とともに、当該左右の覆い部3の連結幅を3段階に調節できる一つ
のフック4a と、三つのアイ4bとからなる連結部材を備えている。
(4) あてはめ
ア 被告製品の構成dに係る連結部材は、「左右の覆い部3」の「連結」だけ
ではなく、同時に「左右の覆い部3の連結幅」の「調節」も行うものであ
15 る。また、「調節」される「左右の覆い部3の連結幅」は、胴体水平方向に
おける連結部材の重なり量となっている。
仮に、被告製品の構成が、被告の主張する「前記左右の覆い部3をバス
ト下部の中央部近傍で互いに連結する、左右の覆い部3の連結幅を3段階
に調節できる一つのフック4aと、三つのアイ4bとからなる連結部材」
20 (構成d´)のようなものであったとしても、上記の結論を左右しない。
したがって、被告製品は、構成要件Dを充足する。
イ 被告製品は、その構成 a ないしdにおいて、それぞれ構成要件Aないし
Dを充足する女性用衣料であるから、構成要件AないしDを充足する構成
を有する「ことを特徴とする女性用衣料」に当たる。
25 したがって、被告製品は、構成要件Eを充足する。
(5) 小括
よって、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。
(被告の主張)
(1) 構成要件Dの「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調節
可能に設けられた」の意義
5 ア 原告も主張するとおり、「ともに」の字義は、「①ひとつになって。いっ
しょに。相連れて。同じく。②同時に。」というものである(広辞苑第6
版)。辞書を編纂するに際し、広く一般に用いられる意味を最初に記載する
ことを勘案すれば、「ともに」の語は、社会通念上、①「ひとつになって。
いっしょに。相連れて。同じく。」の意味を第一に想起させるものというべ
10 きである。
イ 原告は、本件明細書の【0038】の記載を指摘するが、これは連結部
材を例示するものにとどまり、「ともに」が「同時に」の意味であることを
積極的に説明する記載はないから、当該段落の記載から、「ともに」の意義
を解釈することはできない。
15 ウ したがって、「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調節
可能に設けられた」とは、「左右の前身頃部材を…連結」した状態を保持し
つつ、「左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた」と解するべき
である。
(2) 構成要件Dの「左右の前身頃部材の連結幅」の意義
20 本件明細書の【0025】の「一方の補助布12には、フック14が縦方
向に沿って所定の間隔で縫い止められているとともに、他方の補助布13に
は、第1のアイ15と、第2のアイ16とからなる複数のアイが、左右の中
前身頃部材6a、6aの連結幅を調節可能なように、縦方向に沿って所定の
間隔で縫い止められている。」との記載から、本件発明における連結部材(ア
25 イとフック)は、左右それぞれの補助布の縦方向、すなわち、装着者の直立
時における胴体垂直方向(以下、単に「胴体垂直方向」という。)にそれぞれ
所定の間隔で複数縫い止められているものである。
そして、前記(1)のとおり、構成要件Dの「左右の前身頃部材を…連結する
とともに、…連結幅を調節可能に設けられた」とは、「左右の前身頃部材を…
連結」した状態を保持しつつ、「左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設け
5 られた」と解されることを前提とすると、複数の上記連結部材により形成さ
れる「連結幅」とは、本件明細書の【図4】における、左右の上部パネル
(前身頃部材)により挟まれたV字状の部分を指し、当該「連結幅」の「調
節」とは、左右の上部パネル(前身頃部材)により挟まれたV字状の部分を
広く開けるか、又は閉じるか(全開のV字から半開のY字、更に閉じたI字)
10 により、左右の上部パネル(左右の前身頃部材)同士の接合量を調節するこ
ととであると解釈することができる。
したがって、「左右の前身頃部材の連結幅」とは、左右の前身頃部材の胴体
垂直方向における接合量と解するべきである。
(3) 被告製品の構成
15 被告製品は、次の構成を有している。
構成d´ 前記左右の覆い部3をバスト下部の中央部近傍で互いに連結す
る、左右の覆い部3の連結幅を3段階に調節できる一つのフック
4aと、三つのアイ4bとからなる連結部材
(4) あてはめ
20 ア(ア) 被告製品の連結部材は、フックとアイを互いに分離した状態にし、フ
ックとアイを新たに連結し直さなければ、左右の前身頃部材である覆い
部3の連結幅を調節することができない。すなわち、被告製品の連結部
材は、左右の前身頃部材が連結された状態を保持しつつ、左右の前身頃
部材の連結幅を調節できない。
25 したがって、被告製品は、「左右の前身頃部材を…連結するとともに、
…連結幅を調節可能に設けられた」連結部材を有しない。
(イ) また、被告製品の左前身頃部材と右前身頃部材との位置調節は、左前
身頃部材に設けられた左帯状部と右前身頃部材に設けられた右帯状部と
の重なり量、胴体水平方向における接合量の多寡を変化させることによ
り行われ、左右の前身頃部材の胴体垂直方向における接合量を調節する
5 ものではない。
したがって、被告製品は、「左右の前身頃部材の連結幅」を調節可能な
構成を有しない。
(ウ) 以上によれば、被告製品は、構成要件Dを充足しない。
イ 前記アのとおり、被告製品は、構成要件Dを充足しないから、構成要件
10 AないしDを充足する構成を有する「ことを特徴とする女性用衣料」に当
たらない。
したがって、被告製品は、構成要件Eを充足しない。
(5) 小括
よって、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属しない。
15 2 争点2-1(乙8文献を引用例とする新規性欠如)について
(被告の主張)
(1) 乙8文献に記載された発明
ア 乙8文献(平成7年5月12日公開)には、次の発明(以下「乙8発明」
という。)が記載されている(別紙乙8文献図面目録参照)。
20 a 少なくとも女性のバスト部を覆う女性用衣料において、
b 少なくとも女性のバスト部を覆うカップ部材と、
c カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に配置され、バ
スト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバスト下部の中
央部にかけて設けられる左右の前身頃部材と、
25 d 左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するととも
に、当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の連結
部材とを備えた
e 女性用衣料
イ 上記構成cの「バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態
で…設けられる左右の前身頃部材」について敷衍する。
5 「バスト」の字義は、
「①(女性の)胸部。②胸まわり。③胸像。半身像」
である。また、「わき(脇・腋・掖)」の字義は、「①胸の両側面で、腕のつ
け根の下のところ。また、衣服でそれらに当たる部分」である(広辞苑第
6版)。さらに、「胸」の字義は、「①体の前面、首と腹との間。また、そこ
に収まっている内蔵。時には乳房をさす。」である(広辞苑第6版)。
10 これらの字義からすると、バストは「(女性の)胸部」であり、バスト部
の側部とは、わきの定義から「胸の両側面で、腕のつけ根の下のところ。」
を意味することになる。
そうすると、乙8文献の【図1】(別紙乙8文献図面目録参照)に示され
ているとおり、符号5の補整用前布(以下「補整用前布5」ということが
15 ある。)は「バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態で…設
けられる左右の前身頃部材」に当たる。
(2) 本件発明と乙8発明との間の一致点
本件発明と乙8発明とは、全ての点において一致する。
(3) まとめ
20 以上によれば、本件発明は、本件出願前に日本国内において頒布された刊
行物である乙8文献に記載された発明であるから(特許法29条1項3号)、
新規性を欠く。
(原告の主張)
(1) 乙8文献に記載された発明について
25 ア 乙8文献記載の「補整用前布5」が、構成要件Cの「左右の前身頃部材」
に当たるとしても、当該「補整用前布5」は、左右脇部から乳房の側部を
覆うことなく、乳房下の上腹部側部を覆った状態で上腹部の中央部にかけ
て設けられている。乙8文献や本件発明が対象としている女性用下着に係
る技術分野において、バストとは乳房を意味するから、バストの側部とは
乳房の側部を意味するものである。
5 したがって、乙8文献に記載された発明には、「バストの側部を覆った状
態で…設けられる左右の前身頃部材」は開示されていない。
イ また、乙8文献記載の「補整用前布5」は、その上端縁が「バストカッ
プ1a」の下方に位置するものであって、上端縁のみならず、全体がカッ
プ部材としての「バストカップ1a」の表面側に配置されていない。
10 したがって、乙8文献に記載された発明には、「カップ部材の表面側に配
置され」た「左右の前身頃部材」は開示されていない。
(2) 本件発明と乙8文献に記載された発明との間の相違点について
前記(1)によれば、本件発明と乙8文献に記載された発明との間には、次の
相違点がある。
15 ア 相違点1
本件発明においては、左右の前身頃部材が、バストの側部を覆った状態
で設けられているのに対し、乙8文献に記載された発明においては、左右
の前身頃部材が、バストの側部を覆うことなく、バスト下の上腹部側部を
覆った状態で上腹部の中央部にかけて設けられている点
20 イ 相違点2
本件発明においては、左右の前身頃部材が、カップ部材の表面側に配置
されているのに対し、乙8文献に記載された発明においては、左右の前身
頃部材が、カップ部材の下方に配置されている点
(3) まとめ
25 以上によれば、本件発明は、乙8文献に記載された発明ではないから、新
規性を有する。
3 争点2-2(乙8文献を主引用例とする進歩性欠如)について
(被告の主張)
仮に、本件発明と乙8発明との間に相違点があるとしても、当業者は、以下
のとおり、当該相違点に係る本件発明の構成を容易に想到することができた。
5 (1) 本件発明と乙8発明との間の相違点について
前記2(被告の主張)(1)のとおり、原告が主張する本件発明と乙8発明と
の間の相違点2に係る構成は、乙8文献において開示されている。
したがって、仮に、本件発明と乙8発明との間に相違点があるとしても、
原告が主張する相違点1が存在するにとどまる。
10 (2) 相違点1に係る本件発明の構成の容易想到性について
ア 設計事項の範囲内にすぎないこと
(ア) 実公昭63-29693号公報(昭和63年8月9日公告。以下「乙
11文献」という。)及び実公平2-32641号公報(平成2年9月4
日公告。以下「乙12文献」という。)に記載されているとおり、女性用
15 の下着であるボディスーツにおいて、その胸部を左右の前身頃部材によ
り互いに連結することは、周知慣用技術であった。
(イ) 女性用衣料及び女性用下着の分野における当業者は、生地の形状、縫
製上の形状等の選択、設計上の創意工夫をすることができる。
そして、女性用の下着は、かつての胸部を含む胴体全体を覆うボディ
20 スーツから、徐々に胸部と上腹部とを覆うファンデーションへと、身体
を被覆する面積が減少するように進化している。この進化の流れからす
ると、乙8文献記載のファンデーションの次の段階としては、当該ファ
ンデーションの上腹部における被覆部分がなくなり、胸部のみを被覆す
る形態、すなわちブラジャーとなることが予想される。そうすると、ブ
25 ラジャーのような胸部のみを被覆する下着においては、乙8文献記載の
「補整用前布5」の位置を必然的に上方にずらすことになる。
(ウ) したがって、前記周知慣用技術を前提とすると、乙8発明に基づいて
相違点1に係る本件発明の構成とすることは、当業者における設計事項
の範囲内にすぎないから、容易に想到することができたといえる。
イ 実開平7-6217号公報(以下「乙9文献」という。)に記載された発
5 明(以下「乙9発明」という。)の適用について
(ア) 乙9発明において開示されている構成
乙9文献(平成7年1月27日公開)は、考案の名称を「授乳用ブラ
ジャー」とする公開実用新案公報であり、これには、授乳用ブラジャー
において、左右の下カップ布を通じて左右のカップ同士を胸部の中央に
10 て係止具により連結するとの構成を有する乙9発明が記載されている
(別紙乙9文献図面目録参照)。この授乳用ブラジャーは、「一度の係止
具の解除動作で左右のカップを開くことができると共に、このカップを
開いた状態で、係止具が前側中央部に位置しないようにし、しかも、非
授乳時にはカップを所要位置に安定して保持し、授乳時の膨らんで重く
15 なった乳房を確実に保持及び保護できるようにするものである。(
」【00
06】。

また、乙9文献の「…ブラジャーを構成する各布を伸びを有する素材
で構成していると共に、バストを完全に包むフルカップ形状としている
ため、授乳期の膨らんだ乳房を収容するのに適している。さらに、乳房
20 が形状変化しても常に、乳房に密着させることが出来る等の利点を有す
るものである。 (
」 【0029】)との記載から、女性用衣類において、左
右のカップ同士を胸部の中央にて互いに連結して左右のバストの安定性
を高めようとする意図を見て取ることができる。
(イ) 乙8発明に乙9発明を適用する動機付けがあること
25 a 技術分野の関連性
乙9発明は、授乳用ブラジャーに関するものであるから、乙8発明
と乙9発明とは、いずれも女性用衣料に関するものといえ、技術分野
が一致している。
b 課題の共通性
乙8発明は、着用感に優れたファンデーションを提供するものであ
5 るところ、これは乙9発明における「乳房を確実に保持及び保護でき
るようにする」【0006】
( )との課題に通じるものである。
c 作用、機能の共通性
乙8発明は、バストの保持との作用、機能を有するものであるとこ
ろ、乙9発明も、ブラジャーとしての補整の作用、機能を有するもの
10 であるから、両者の作用、機能は実質的に共通している。
d 引用文献中の内容の示唆
乙9文献の「バストを完全に包むフルカップ形状としているため、
…乳房が形状変化しても常に、乳房に密着させることが出来る等の利
点を有するものである。 (
」 【0029】)との記載は、下着と体型との
15 関係性を示唆するものである。
e 小括
前記aないしdを総合考慮すると、乙8発明に乙9発明を適用する
動機付けがある。
(ウ) したがって、当業者は、乙8発明に乙9発明を適用することにより、
20 相違点1に係る本件発明の構成を容易に想到することができたといえる。
ウ 特開平11-200107号公報(以下「乙10文献」という。)に記載
された発明(以下「乙10発明」という。)の適用について
(ア) 乙10発明において開示されている構成
乙10文献(平成11年7月27日公開)は、名称を「女性用下着」
25 とする発明に係る公開特許公報であるところ、「この発明…の目的とする
ところは、フックやアイ等の係止具が、フロント側に位置することによ
り、着脱が容易であると共に、見苦しいフックやアイ等の係止具がアウ
ターへ影響するのを防止することができ、美しい後部シルエットを創出
することができるのは勿論のこと、左右のバストを中央に引き寄せる機
能を発揮させることができ、女性本来の体型を一層引き立て、かつ魅力
5 的に表現することが可能な女性用下着を提供することにある。(
」【000
9】)との記載がある。
そして、当該発明の実施例を示す【図1】として、別紙乙10文献図
面目録記載の図面が掲載されているとともに、「すなわち、この実施の形
態に係るブラジャー1では、左右の下辺連結布9、10の先端部9a、
10 10aに、他方のバストカップ部5、6側と互いに連結するためのフッ
クやアイ等からなる係止具16、17が、取り付けられている。また、
上記右側のカップ部6の下辺連結布10の先端部10aを左側のカップ
部6側に着脱自在に連結する連結部20が、中央部よりも左側に設けら
れていると共に、前記左側のカップ部5の下辺連結布9の先端部9aを
15 右側のカップ部5側に着脱自在に連結する連結部21が、中央部よりも
右側に設けられている。これらの連結部20、21にも、前記左右の下
辺連結布9、10の先端部9a、10aに取り付けられたフックやアイ
等からなる係止具16、17と相対的に係合する、アイやフックからな
る係止具16、17が取り付けられている。 (
」 【0018】 、
) 「これらの
20 フックやアイ等からなる係止具16、17は、図3に示すように、所定
の間隔をおいて複数個設け、いずれかのフックやアイ等からなる係止具
16、17を使用することにより、バストを引き寄せる機能及び材料の
フィット性を調整することが可能となっている。 (
」 【0019】)との記
載がある。
25 これらの記載事項によれば、乙10文献には、ブラジャーにおいて
「下辺連結布」がバスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った構
成を有する乙10発明が記載されているといえる。
(イ) 乙8発明に乙10発明を適用する動機付けがあること
a 技術分野の関連性
乙10発明は、ブラジャー等の女性用下着に関するものであるから、
5 乙8発明と乙10発明とは、いずれも女性用衣料に関するものといえ、
技術分野が一致している。
b 課題の共通性
乙8発明は、「一時期の急激な体型の変化にも十分対応でき、且つ着
用感に優れたファンデーションを提供することを課題とする」 【00

10 06】)ものであるから、乙8発明及び乙10発明は、いずれもバスト
アップ等の体型補整を可能とする女性用衣類の提供を課題とするとの
点で共通する。
c 作用、機能の共通性
乙10発明の「左右の下辺連結布」により、本件発明の構成要件C
15 における「前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状
態」を補完するということができる。すなわち乙10発明の作用、機
能により、乙8発明には足りない「バストの側部を覆った状態」を補
完できるという関係性が認められるから、両者は作用、機能において
共通性を有する。
20 d 引用発明中の内容の示唆
乙10文献の「左右のバストを中央に引き寄せる機能を発揮させる
ことができ、女性本来の体型を一層引き立て、かつ魅力的に表現する
ことが可能な女性用下着を提供することにある。 (
」 【0009】)など
の記載は、下着と体型との関係性を示唆するものである。
25 e 小括
前記aないしdを総合考慮すると、乙8発明に乙10発明を適用す
る動機付けがある。
(ウ) したがって、当業者は、乙8発明に乙10発明を適用することにより、
相違点1に係る本件発明の構成を容易に想到することができたといえる。
(3) まとめ
5 以上によれば、本件発明につき、当業者が乙8発明に基づいて容易に発明
をすることができたといえるから(特許法29条2項)、本件発明は進歩性を
欠く。
(原告の主張)
(1) 相違点1に係る本件発明の構成の容易想到性について
10 ア 乙8文献に記載された発明の技術分野等
(ア) 技術分野の関連性について
乙8文献に記載された発明は、「ファンデーション」に関するものであ
り、本件発明の技術分野である「女性用衣料」と関連している。
(イ) 課題の共通性について
15 乙8文献に記載された発明は、「一時期の急激な体型の変化にも十分
対応でき、且つ着用感に優れたファンデーションを提供すること」
(【0006】)を課題としている。
これに対し、本件発明は、「女性のバストのサイズや形などに応じて、
多種多様の女性用衣料を個々に用意することなく、個人差を有する女性
20 のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の補正機能などに対
応することが可能な女性用衣料を低コストにて提供すること」 【000

8】)を解決すべき技術課題としているのであって、着用感の良し悪しを
課題としていない。
したがって、乙8文献に記載された発明と本件発明とは、解決すべき
25 課題が明らかに異なっている。
(ウ) 作用、機能の共通性について
乙8文献に記載された発明の作用、機能は、多種多様な女性用衣料を
個々に用意したとしても、一時期に急激に体型が変化する者にとって、
「体」(アンダーバストから上腹部或いはウエストまで)「を無理なく締
付けて、体型を補整することができる」【0024】
( )というものに留ま
5 り、バストのサイズや形などに応じて、多種多様な女性用衣料を個々に
用意することを不要とした本件発明とは、作用、機能の点において明ら
かに相違する。
(エ) 引用発明の内容中の示唆について
乙8文献に明記されているのは、「…アンダーバストから上腹部に連続
10 する部分に密着すると共に、上腹密着部2との左右脇部分に連接された
補整用前布5により前記伸縮布地の伸長を適度に抑制して、体を無理な
く締付けて、体型を補整することができる。 (
」 【0024】)ことのみで
あり、本件発明のように、「個人差を有する女性のバスト等のサイズや形」
に関する言及は全くされていない。
15 (オ) 小括
以上のとおり、乙8文献に記載された発明が本件発明と共通性を有し
ているのは、技術分野の関連性のみであり、課題の共通性も作用・機能
の共通性もない上、乙8文献には肝心な「個人差を有する女性のバスト
等のサイズや形」についての示唆がされていない。
20 イ 設計事項の範囲内にすぎないとの主張について
(ア) 乙8文献、乙11文献及び乙12文献のいずれにも、相違点1及び2
に係る本件発明の構成を示唆する記載はない。
(イ) また、乙8文献に記載された発明の「補整用前布5」を、補整用バス
トカップ部材の上から被覆するような位置に上げた構成とした場合には、
25 補整用バストカップ部材により既に補整されているバストが、「補整用前
布5」によって強く圧迫され、上腹部との段差が無くなり、女性らしい
ボディラインが失われてしまうことになるから、補整下着において、補
整用バストカップ部材の上から更に補整用前布で上腹部と共に被覆する
という発想自体、通常はあり得ない。
(ウ) 被告は、乙8文献記載のファンデーションの次の段階として、当該フ
5 ァンデーションにおける上腹部の被覆部分がなくなり、胸部のみを被覆
する形態となることが予想されるなどとも主張するが、上腹部の補整は
女性用補整下着においては最重要課題であることからすれば、上腹部の
被覆部分がなくなるという予測自体、何らの根拠もない場当たり的な主
張といわざるを得ない。
10 ウ 乙9文献に記載された発明の適用について
(ア) 乙9文献に記載された発明において開示されている構成について
乙8文献及び乙9文献のいずれにも、相違点1及び2に係る本件発明
の構成は開示されていないから、乙8発明に乙9文献に記載された発明
を組み合わせたとしても、本件発明に到達しない。
15 (イ) 乙8文献に記載された発明に乙9文献に記載された発明を適用する動
機付けがないこと
a 技術分野の関連性について
乙8文献に記載された発明と乙9文献に記載された発明とが、いず
れも女性用衣料に関するもので、技術分野が一致していることは認め
20 る。
b 課題の共通性について
乙8文献に記載された発明は、「一時期の急激な体型の変化にも十
分対応でき、且つ着用感に優れたファンデーションを提供すること」
(【0006】)を課題としている。また、ファンデーションは、基
25 本的に、上腹部等を締め付けることによる体型補整を目的とするもの
である。そして、乙8文献には、バストの保持や形状の変化等につい
て、何ら記載も示唆もされていない。
これに対し、乙9文献に記載された発明の授乳用ブラジャーは、
「授乳時の膨らんで重くなった乳房を確実に保持及び保護できるよう
にする」(【0006】)ことを課題としている。また、当該授乳用
5 ブラジャーにおいては、その「…着用時に胃を圧迫する締付感がな
い。」(【0027】)と、上腹部への締め付け感自体が完全に排除
されている。
このように、乙8文献に記載された発明と乙9文献に記載された発
明とは、課題が異なっているだけでなく、目的においても相反する部
10 分があり、併存し得ないものである。
c 作用、機能の共通性について
乙8文献に記載された発明の作用、機能は、「アンダーバストから上
腹部に連続する部分に密着すると共に、上腹密着部2との左右脇部分
に連接された補整用前布5により前記伸縮布地の伸長を適度に抑制し
15 て、体を無理なく締付けて、体型を補整することができる。」(【00
24】)というものである。
これに対し、乙9文献に記載された発明の授乳用ブラジャーが有す
る主な作用、機能は、「…該係止具の係止を解くだけで左右のカップ
を同時に横方向に開くことができる。」(【0026】)、「…伸縮
20 性テープを介して下辺支持布が連結されているため、授乳後に左右カ
ップを閉じる場合も、簡単に左右カップを所定の位置に戻して係止具
を係止し、身づくろいをすることができる。かつ、該伸縮性テープと
してストレッチテープ等のソフトテープを用いているため、ブラジャ
ー着用時に胃を圧迫する締付感がない。」(【0027】)、「…ブ
25 ラジャーを構成する各布を伸びを有する素材で構成していると共に、
バストを完全に包むフルカップ形状としているため、授乳期の膨らん
だ乳房を収容するのに適している。さらに、乳房が形状変化しても常
に、乳房に密着させることが出来る等の利点を有するものである。」
(【0029】)というものである。
このように、乙8文献に記載された発明と乙9文献に記載された発
5 明とは、作用、機能の点で異なっている。
d 引用文献中の内容の示唆について
被告が指摘する乙9文献の【0029】には、「バストを完全に包
むフルカップ形状」としているだけでなく、「ブラジャーを構成する
各布を伸びを有する素材で構成している」ため、「乳房が形状変化し
10 ても常に、乳房に密着させることが出来る」と記載されているから
(「フルカップ形状」はブラジャーの極ありふれた一形状にすぎな
い。)、乳房の形状変化への対応は、専ら「伸びを有する素材」の効
果であると解するのが自然である。
したがって、この記載をもって、乙8文献に記載された発明に乙9
15 文献に記載された発明を適用することの示唆があるとはいえない。
e 小括
前記aないしdを総合考慮すると、乙8文献に記載された発明に乙
9文献に記載された発明を適用する動機付けがあるとはいえない。
エ 乙10文献に記載された発明の適用について
20 (ア) 乙8文献に記載された発明について
前記2(原告の主張)(1)イのとおり、乙8文献に記載された発明には、
「カップ部材の表面側に配置され」た「左右の前身頃部材」は開示され
ていない。
(イ) 乙10文献に記載された発明について
25 a 乙10文献には、被告が指摘する実施例に関し、「上記左右のフロン
ト部2、3は、それぞれ女性の左右のバストを覆う左右のカップ部5、
6と、…上記左右のカップ部5、6の下側にそれぞれ縫着された下辺
連結布9、10とから構成されており、 (
」 【0016】)との記載があ
る。
そうすると、乙10文献記載のブラジャーにおける左右の「下辺連
5 結布9、10」は、「左右のカップ部5、6」の下側にそれぞれ縫着さ
れた部材であるから、乙10文献に記載された発明には、本件発明の
「前記カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に配置さ
れ、」との構成が開示されていない。
b また、乙10文献には、被告が指摘する実施例に関し、「また、上記
10 左右のカップ部5、6は、例えば、女性のバストの乳頭Pを通る縦の
直線で左右に2分割された左右のカップ布5a、5bと6a、6bを、
互いに縫着することによって、女性のバストを立体的に覆うように構
成されている。さらに、上記左右のカップ部4、5には、バスト基底
部を安定させるため、合成樹脂や形状記憶合金等からなるボーン13
15 が、内側に挿入された状態で縫着されている。 (
」 【0016】)との記
載がある。ここで、「バスト基底部」とは、バージスラインとも称され、
バストの外輪郭の下半周部(バスト下とボディの境目)を指し、ブラ
ジャーを着用したときにちょうどボーン(ワイヤー又はワイヤーボー
ンとも称される。)がフィットする、ブラジャーのカップ部下の丸いカ
20 ーブを描いている箇所に相当する。
そうすると、乙10文献記載のブラジャーにおける「左右の下辺連
結布9、10」は、上記の記載及び【図1】からも理解されるように、
「合成樹脂や形状記憶合金等からなるボーン13」がフィットする
「バスト基底部」の下側、つまりバストより下部に位置するボディの
25 部分に配置される部材であり、同図面においてバストの側部を覆って
いるのは、「左右のカップ布5a、5bと6a、6b」のうち、体側寄
りに位置する「左右のカップ布」「5bと」「6b」であって、「左右の
下辺連結布9、10」は、バストの側部を覆った状態で配置される部
材ではない。
したがって、乙10文献に記載された発明には、本件発明の「前記
5 バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態」との構成が
開示されていない。
(ウ) 小括
以上のとおり、乙8文献に記載された発明に乙10文献に記載された
発明を組み合わせたとしても、本件発明に到達しない。
10 (2) まとめ
以上によれば、本件発明は、当業者が乙8文献に記載された発明に基づい
て容易に発明をすることができたものでないから、進歩性を有する。
4 争点3(原告に生じた損害の有無及びその額)について
(原告の主張)
15 (1) 被告製品の売上高
ア 被告は、公式ホームページにおいて、被告製品の販売数量について、「2
7万着突破!」「30万着突破!」と記載していた。

被告は、本件訴訟が提起されてから約1年半が経過した令和5年3月に
至っても、上記公式ホームページにおける販売数量に関する記載を削除す
20 ることも訂正することもしていなかった。このように、被告が、上記の記
載を公に宣伝していることからすると、令和2年1月1日から令和4年2
月22日の間の販売数量は、少なくとも27万着と認定されるべきである。
イ 被告製品の単価は、1着当たり5980円である。
ウ したがって、被告製品の売上高は、16億1460万円を下らない。
25 (2) 相当な実施料率
昭和63年度ないし平成10年度における下着を含む「繊維及び繊維製品」
に関する技術の実施料率の平均値は約6パーセント(イニシャル・ペイメン
トがない場合)である。
また、原告は、本件特許が存続している間、複数の会社に本件特許権の実
施許諾をしてきたが、各社に対する正式な特許権実施許諾契約による実施料
5 率は、販売額の5パーセントであった。そして、特許法102条3項の「受
けるべき金銭の額」を算定する基礎となる相当な実施料率は、特許権侵害を
した者に対して事後的に定められるものである以上、特許権実施許諾契約に
基づく通常の実施料率に比べて高いものになる。
さらに、本件発明の効果には、「バストアップ等の補正機能」があるところ、
10 本件発明を実施した被告製品においても、当然かかる効果が認められる。こ
の本件発明の効果が、消費者の購買動機の形成に大きく寄与したことは間違
いない。
これらの事情に照らせば、相当な実施料率は6パーセントである。
(3) 特許法102条3項により算定される額
15 以上によれば、本件発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額は、
9687万6000円を下らない。
(4) 弁護士及び弁理士費用相当額
原告は、被告による本件特許権侵害行為により、本件訴訟の提起を余儀な
くされ、その遂行のために弁護士及び弁理士に依頼せざるを得なかった。
20 被告の上記不法行為と相当因果関係にある弁護士及び弁理士費用は、48
4万3800円を下らない。
(被告の主張)
(1) 被告製品の売上高
被告が、令和2年1月22日から令和4年2月22日までの間に販売した
25 被告製品の売上高は、1億1757万6451円であった。
(2) 相当な実施料率
「ロイヤルティ料率データハンドブック」によれば、ブラジャーが属する
技術分類である「繊維、製紙」の実施料率の平均値は3.5パーセントであ
る。また、ブラジャーが「個人用品または家庭用品」の技術分野に属すると
した場合の実施料率の平均値も同じである。
5 したがって、本件発明の相当な実施料率は、3.5パーセントが相当であ
る。
第4 当裁判所の判断
1 本件明細書の記載事項等
(1) 本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には、以下の記載がある(下
10 記記載中に引用する図面については、別紙本件明細書図面目録参照)。
ア 【0001】
【発明の属する技術分野】
この発明は、ブラジャーやボディスーツ、キャミソール、レオタード、
ワンピースタイプの水着等の女性用衣料に関するものである。
15 【0002】
【従来の技術】
従来、この種のブラジャーやボディスーツ等の女性用衣料は、バスト
やウエスト、あるいはヒップなどの形を整えたり、プロポーションを美
しく見せるために、女性のバスト等のサイズや形に応じて、各種サイズ
20 やカップのものが製造されている。これらブラジャーやボディスーツ等
の女性用衣料は、女性のバスト等のサイズや形に対応することにより、
着用感を高めるのは勿論のこと、バストアップ効果等の補正機能を持た
せることが求められている。
【0003】
25 ところで、上記ブラジャーやボディスーツ等の女性用衣料は、例えば、
ブラジャー等の表面側及び裏面側を構成する布片等の各素材を、バスト
の外形に略沿った形状にそれぞれ裁断(カット)するとともに、必要に
応じて所定の形状にモールド成型したバストパッドを使用し、これらの
ブラジャー等の表面側及び裏面側を構成する布片とバストパッドとを積
層した状態で、上端縁及び下端縁にバイヤステープを縫着するとともに、
5 被覆されたワイヤーボーンを、バストカップ部の下端縁等に沿って縫着
することによって構成されている。
【0004】
その際、上記ブラジャー等の女性用衣料を構成する表面側の布片など
は、バイヤステープやワイヤーボーンとともに、バストパッドを介して
10 裏面側を構成する布片と一体的に縫着されて、バストカップ部の形状な
どを所定の形状に仕上げるように構成されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記従来技術の場合には、次のような問題点を有して
15 いる。すなわち、上記従来のブラジャーやボディスーツ等の女性用衣料
は、ブラジャー等の表面側及び裏面側を構成する布片等の各素材を、バ
ストの外形に略沿った形状にそれぞれ裁断(カット)するとともに、バ
ストパッドを所定の形状にモールド成型し、これらのブラジャー等の表
面側及び裏面側を構成する布片とバストパッドとを積層した状態で、上
20 端縁及び下端縁にバイヤステープを縫着するとともに、被覆されたワイ
ヤーボーンを、バストカップ部の下端縁に沿って縫着することによって
構成されている。
【0006】
そのため、上記ブラジャーやボディスーツ等の女性用衣料の場合には、
25 女性のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の補正機能に対
応するため、各種のバストのサイズや形に応じて素材を裁断(カット)
したり、バストパッドをモールド成型し、これらの素材をバストパッド
等とともに縫製しなければならず、女性のバストのサイズや形などに応
じて、多種多様の女性用衣料を製造する必要があるため、大幅にコスト
がかかるという問題点を有していた。
5 【0007】
また、たとえ、女性のバストのサイズや形などに応じて、多種多様の
女性用衣料を用意したとしても、女性のバストのサイズや形などは、一
人一人異なるくらい、千差万別であり、ブラジャーやボディスーツ等の
女性用衣料を着用する女性に、満足のいく程度にフィットさせることは
10 困難であり、十分満足のいく着用感や求める補正機能などを得ることが
困難であるという問題点を有していた。
【0008】
そこで、この発明は、上記従来技術の問題点を解決するためになされ
たものであり、その目的とするところは、女性のバストのサイズや形な
15 どに応じて、多種多様の女性用衣料を個々に用意することなく、個人差
を有する女性のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の補正
機能などに対応することが可能な女性用衣料を低コストにて提供するこ
とにある。
【0009】
20 【課題を解決するための手段】
すなわち、請求項1に記載された発明は、少なくとも女性のバスト部
を覆う女性用衣料において、前記少なくとも女性のバスト部を覆うカッ
プ部材と、前記カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に
配置され、前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態
25 でバスト下部の中央部にかけて設けられる左右の前身頃部材と、前記左
右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとともに、
当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の連結部材
とを備えたことを特徴とする女性用衣料である。
【0010】
この発明は、基本的に、上記の如く、女性のバスト部を覆うカップ部
5 材の表面側に、左右の前身頃部材を配置し、前記左右の前身頃部材をバ
スト下部の中央部近傍で互いに連結するとともに、当該左右の前身頃部
材の連結幅を、複数の連結部材によって調節可能とすることにより、左
右のバストの引き寄せ効果を高めるように構成したものである。
【0011】
10 通常のブラジャー等の女性用衣料は、図11に細線で示すように、一
体的に縫製されたバストカップ▲1▼と身頃▲3▼とから構成されてい
るのに対して、本発明のブラジャー等の女性用衣料は、カップ部材の表
面側に、左右に分割された前身頃部材を配置し、これら左右の前身頃部
材を連結した周囲長は、少なくとも従来のブラジャーのバストカップと
15 身頃とを合わせた周囲長(実質的には、乳房領域とフロント部の範囲に
て)よりも、図11のAに示すように、1cm~5cm短く設計されて
いる。その結果、本発明のブラジャー等の女性用衣料は、図11のAに
示すように、通常のブラジャー等より図中のAの範囲だけ短くデザイン
された左右の前身頃部材(コントロールパネル)▲2▼を、図示しない
20 所定の連結部材によって連結することにより、人体乳房の乳頭間のスペ
ースBを、これより狭いA’にすることにより、左右のバストの引き寄
せ効果を高めるものである。
イ 【0020】
【発明の実施の形態】
25 以下に、この発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0021】
実施の形態1
図1はこの発明の実施の形態1に係る女性用衣料としてのボディスー
ツを示すものである。
【0022】
5 図1において、1は女性用衣料としてのボディスーツを示すものであ
り、このボディスーツ1は、女性の体のバスト部からヒップ部にかけて
一体的に覆うように構成されている。上記ボディスーツ1は、女性の体
のバスト部を覆うカップ部材2を備えており、このカップ部材2は、左
右のカップ部3、4と、当該左右のカップ部3、4の下側に縫着される
10 下辺連結布5とから形成されている。この下辺連結布5としては、例え
ば、ストレッチ性を有するメッシュ地やレース地などが用いられる。上
記左右のカップ部3、4は、所定の形状に裁断された表布と裏布、ある
いは表布と裏布の間にパッド部材を介在させた状態で縫着されている。
また、上記左右のカップ部3、4の下端縁には、必要に応じて、ワイヤ
15 ーボーンが袋状に縫い止めされている。さらに、上記カップ部材3、4
は、通常のブラジャー等と異なり、その左右の両端部のみが、ボディス
ーツ1の脇部に縫着されている。
【0025】
…上記左右の中前身頃部材6a、6aの縫着されていない自由端6
20 a’、6a’には、図19に示すように、これら左右の中前身頃部材6a、
6aを互いに連結するとともに、当該左右の中前身頃部材6a、6aの
連結幅を調節可能に設けられた複数の連結部材11が設けられている。
上記左右の中前身頃部材6a、6aの連結部には、その裏面側に略全長
にわたって補助布12、13が縫着されており、これらの左右の補助布
25 12、13のうち、一方の補助布12には、フック14が縦方向に沿っ
て所定の間隔で縫い止められているとともに、他方の補助布13には、
第1のアイ15と、第2のアイ16とからなる複数のアイが、左右の中
前身頃部材6a、6aの連結幅を調節可能なように、縦方向に沿って所
定の間隔で縫い止められている。
【0032】
5 このように、上記ボディスーツ1は、左右の前身頃部材6a、6aの
上側部分を連結するフックを止めるアイとして、第1のアイか、第2の
アイを選択することにより、左右の前身頃部材6a、6aの上側部分が
合わされる連結幅を調整することができ、女性のバスト部を脇部側から
中央部側に、尚かつ下側から上側に向けてアップする度合いを変化させ
10 ることができる。そのため、上記ボディスーツ1は、同一のボディスー
ツでも、女性のバスト部のサイズや求める補正機能に応じて、フックを
止めるアイを選択することにより、女性のバスト部のサイズや求める補
正機能に種々対応することができる。したがって、上記ボディスーツ1
は、同一のボディスーツでも、女性のバストのサイズや求める補正機能
15 に種々対応することができるので、女性のバストのサイズ等に応じて、
多種多様の製品を製造する必要がなく、女性のバストのサイズ等に応じ
て、従来の1/2程度の種類の製品を製造しておくことで、個人差を有
する女性のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の補正機能
など、多種多様なニーズに対応することが可能であり、従来に比較して
20 同一のボディスーツ1で対応できる幅が広がるため、女性のバストのサ
イズ等に応じた製品の種類を少なくすることができ、ボディスーツ1等
の女性用衣料の低コスト化をも実現することができる。
【0033】
実施の形態2
25 図4はこの発明の実施の形態2を示すものであり、…この実施の形態
2では、女性用衣料として、前記実施の形態1と異なり、本発明をブラ
ジャーに展開したものである。
【0034】
すなわち、この実施の形態2に係るブラジャー21は、図4に示すよ
うに、従来のブラジャー21と同様に、女性の体のバスト部を覆うカッ
5 プ部材22を備えており、このカップ部材22は、左右のカップ部23、
24と、当該左右のカップ部23、24の下側に縫着される下辺連結布
25とから形成されている。また、上記下辺連結布25としては、図5
に示すように、例えば、ストレッチ性を有するメッシュ地やレース地な
どが用いられるとともに、当該下辺連結布25の下端縁は、図4に示す
10 ように、後述する左右の前身頃部材26b、26bよりも、わずか下方
に位置するように設定されている。
【0036】
また、上記ブラジャー21は、図4に示すように、カップ部材22の
表面側に配置され、前記バスト部の左右の各脇部からバスト下部の中央
15 部にかけて設けられる左右の前身頃部材としての左右の上部パネル26
b、26bを備えている。…
【0038】
また、上記ブラジャー21では、図4に示すように、左右の上部パネ
ル26b、26bをバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとともに、
20 当該左右の上部パネル26b、26bの連結幅を調節可能に設けられた
複数の連結部材27を備えている。この複数の連結部材27としては、
図9に示すように、フックとアイからなるものの他、2段等の複数段の
ファスナーや、帽子の後ろの部分に使用されるような連結幅を調節可能
なワンタッチ具などが用いられる。
25 【0039】
このように構成することにより、ボディスーツではなく、ブラジャー
単独であっても、女性のバストのサイズや形などに応じて、多種多様の
女性用衣料を個々に用意することなく、個人差を有する女性のバスト等
のサイズや形、あるいはバストアップ等の補正機能などに対応すること
が可能な女性用衣料を低コストにて提供することが可能となっている。
5 ウ 【0043】
【発明の効果】
以上説明したように、この発明によれば、女性のバストのサイズや形
などに応じて、多種多様の女性用衣料を個々に用意することなく、個人
差を有する女性のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の補
10 正機能などに対応することが可能な女性用衣料を低コストにて提供する
ことができる。
(2) 前記(1)の記載事項によれば、本件明細書には、本件発明に関し、以下のと
おりの開示があると認められる。
ア 従来、ブラジャーやボディスーツ等の女性用衣料は、バストやウエスト、
15 あるいはヒップなどの形を整えたり、プロポーションを美しく見せるため
に、女性のバスト等のサイズや形に応じて、各種サイズやカップのものが
製造されているところ、これらの女性用衣料は、女性のバスト等のサイズ
や形に対応することにより、着用感を高めるのは勿論のこと、バストアッ
プ効果等の補正機能を持たせることが求められている(【0002】。

20 上記従来の女性用衣料は、ブラジャー等の表面側及び裏面側を構成する
布片等の各素材を、バストの外形に略沿った形状にそれぞれ裁断(カット)
するとともに、バストパッドを所定の形状にモールド成型し、これらのブ
ラジャー等の表面側及び裏面側を構成する布片とバストパッドとを積層し
た状態で、上端縁及び下端縁にバイヤステープを縫着するとともに、被覆
25 されたワイヤーボーンを、バストカップ部の下端縁に沿って縫着すること
によって構成されていることから、①女性のバスト等のサイズや形、ある
いはバストアップ等の補正機能に対応するため、各種のバストのサイズや
形に応じて素材を裁断(カット)したり、バストパッドをモールド成型し、
これらの素材をバストパッド等とともに縫製しなければならず、女性のバ
ストのサイズや形などに応じて、多種多様の女性用衣料を製造する必要が
5 あるため、大幅にコストがかかるという問題点や、②多種多様の女性用衣
料を用意したとしても、女性のバストのサイズや形などは千差万別である
ことから、十分満足のいく着用感や求める補正機能などを得ることが困難
であるという問題点を有していた。【0005】ないし【0007】。
( )
イ この発明は、前記アの問題点を解決することを目的として、少なくとも
10 女性のバスト部を覆う女性用衣料において、少なくとも女性のバスト部を
覆うカップ部材と、カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側
に配置され、バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバ
スト下部の中央部にかけて設けられる左右の前身頃部材と、左右の前身頃
部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとともに、当該左右の前
15 身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の連結部材とを備えたこと
を特徴とすることにより、女性のバストのサイズや形などに応じて、多種
多様の女性用衣料を個々に用意することなく、個人差を有する女性のバス
ト等のサイズや形、あるいは左右のバストの引き寄せ、バストアップ等の
補正機能などに対応することが可能な女性用衣料を低コストにて提供する
20 ことを可能にするものである(【0009】【0010】【0043】。
、 、 )
2 争点1(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか)について
(1) 構成要件Dの「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調節
可能に設けられた」の意義
ア 構成要件AないしDの記載によれば、本件発明の「女性用衣料」は、女
25 性のバスト部を覆う「カップ部材」と、当該「カップ部材」の表面側に配
置され、前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバ
スト下部の中央部にかけて設けられる「左右の前身頃部材」とを備えるも
のと理解できる。そして、構成要件Dの記載によれば、上記「女性用衣料」
は、更に「連結部材」を備えており、当該「連結部材」は、「左右の前身頃
部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結する」という機能と「当該左
5 右の前身頃部材の連結幅を調節可能」とするという二つの機能を有してい
ると理解できる。しかし、その「連結部材」の二つの機能がどのように実
現されるのかに関する「ともに」の意義については、本件発明の特許請求
の範囲の記載のみからは明らかではない。
そこで検討すると、「ともに」の字義は、「①ひとつになって。いっしょ
10 に。相連れて。同じく。②同時に。」であることが認められる(広辞苑第6
版。乙13)。
そして、本件明細書の記載を検討すると、【0038】には、連結部材に
関し、「この複数の連結部材27としては、図9に示すように、フックとア
イからなるものの他、2段等の複数段のファスナーや、帽子の後ろの部分
15 に使用されるような連結幅を調節可能なワンタッチ具などが用いられる。」
と記載されているところ、【図9】に示されている「フックとアイからなる」
連結部材は、フックとアイとの連結を解除しなければ、その連結幅を調節
できないものであると理解できる。また、当該段落に例示されている「帽
子の後ろの部分に使用されるような連結幅を調節可能なワンタッチ具」と
20 は、一般的には、別紙ワンタッチ具写真目録に示された構成を有するもの
と認められるところ(弁論の全趣旨)、これらについても、連結部材同士の
連結を解除しなければ、その連結幅を調節できないものと考えられる。
以上によれば、「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調
節可能に設けられた」について、その「ともに」を上記字義のうちの「②
25 同時に。」と解した上で、複数の連結部材が、「左右の前身頃部材を…連結
する」機能を果たすと同時に、その「連結幅を調節可能」とする機能も果
たす構成を意味すると解するのが相当である。
イ 被告は、構成要件Dの「ともに」について、辞書を編纂するに際し、各
語句の意味は、広く一般に用いられるものから記載されるから、広辞苑第
6版において最初に記載されている「ひとつになって。いっしょに。相連
5 れて。同じく。」の意味であり、「左右の前身頃部材を…連結するとともに、
…連結幅を調節可能に設けられた」とは、「左右の前身頃部材を連結」した
状態を保持しつつ、「左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた」
と解するべきと主張する。
しかし、語句の意味をどのようなものから優先的に記述するかは、各辞
10 書の編纂方針によると考えられるところ、被告が指摘する広辞苑第6版に
おいて、広く一般に用いられる意味から記載するとの編纂方針が採用され
ていることを認めるに足りる証拠はない。
また、前記アのとおり、本件明細書において「連結部材」として具体的
例示されているものは、いずれも連結部材同士の連結を解除しなければ、
15 その連結幅を調節できないものであるから、被告が主張する「ともに」と
の解釈とは相容れないというべきである。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(2) 構成要件Dの「左右の前身頃部材の連結幅」の意義
ア 構成要件Dの「左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数
20 の連結部材」との記載からすると、「左右の前身頃部材の連結幅」とは、
「複数の連結部材」によって「調節可能」となっている「左右の前身頃部
材の連結幅」を意味すると理解できる。
前記(1)アのとおり、本件明細書において「連結部材」として具体的に例
示されているもののうち、「フックとアイからなる」連結部材は、胴体垂直
25 方向に間隔をおいて配置された三つのフックと、一つのフックに対して、
胴体水平方向に間隔をおいて配置された二つのアイ(胴体垂直方向に1列
当たり三つずつのアイが、2列に配置された合計六つのアイ)からなるも
のである。そして、本件明細書の【図9】によれば、この「フックとアイ
からなる」連結部材によって調節可能となっている連結幅は、一つのフッ
クに対して、胴体水平方向に間隔をおいて配置された二つのアイのいずれ
5 を選択するかによって定まるものであるから、胴体水平方向の連結幅であ
ると理解できる。
また、前記(1)アのとおり、本件明細書に「連結部材」として具体的に例
示されている「帽子の後ろの部分に使用されるような連結幅を調節可能な
ワンタッチ具」についても、別紙ワンタッチ具写真目録から認められるワ
10 ンタッチ具の構成に照らせば、調節可能となっている連結幅は、頭部ない
し胴体水平方向の連結幅であると理解できる。
以上によれば、「左右の前身頃部材の連結幅」とは、胴体水平方向におけ
る右の前身頃部材と左の前身頃部材の連結部分の幅、すなわち両部材の重
なり量と解するのが相当である。
15 イ 被告は、構成要件Dの「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連
結幅を調節可能に設けられた」が「左右の前身頃部材を…連結」した状態
を保持しつつ「左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた」と解
されることを前提に、「左右の前身頃部材の連結幅」とは、左右の前身頃部
材により挟まれたV字状の部分において、全開のV字から半開のY字、更
20 に閉じたI字とする場合の接合量、すなわち左右の前身頃部材の胴体垂直
方向における接合量と解するべきであると主張する。
しかし、構成要件Dの「ともに」に関する被告の主張を採用することが
できないのは、前記(1)イにおいて説示したとおりである。
また、本件明細書の【0038】において、「左右の上部パネル」の「連
25 結幅を調節可能に設けられた」「連結部材」として、①【図9】において示
されているフックとアイからなる構成及び②2段等の複数段のファスナー
からなる構成が例示されているところ、当該①の構成、すなわち、胴体垂
直方向に間隔をおいて配置された三つのフックと、一つのフックに対して、
胴体水平方向に間隔をおいて配置された二つのアイ(合計六つのアイ)か
らなる構成では、左右の前身頃部材により挟まれたV字状の部分において、
5 全開のV字、半開のY字とするというのは、3対あるフック及びアイの係
合数を1対のみとして、残りの2対のフック及びアイを係合せずに使用す
る(全開のV字)、フック及びアイの係合数を2対として、残りの1対のフ
ック及びアイを係合せずに使用する(半開のY字)ということとなるが、
このような方法で本件発明の女性用衣料を使用することに合理性は認めが
10 たく、不自然な使用方法であるといわざるを得ない。さらに、上記②の構
成についても、連結幅を調節可能にするように複数段のファスナーが設け
られているにもかかわらず、敢えてファスナーを半開きの状態で使用する
ことは想定しがたい。そうすると、「左右の前身頃部材の連結幅」を、左右
の前身頃部材の胴体垂直方向における接合量と解することは、本件明細書
15 の記載と整合するものとはいえない。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(3) あてはめ
ア 被告製品が少なくとも次の構成を有していることは当事者間に争いがな
い。
20 構成d´ 前記左右の覆い部3をバスト下部の中央部近傍で互いに連結
する、左右の覆い部3の連結幅を3段階に調節できる一つのフ
ックと、三つのアイとからなる連結部材
そして、証拠(乙1ないし7)によれば、上記構成d´における一つの
フックと三つのアイとからなる連結部材は、「左右の前身頃部材を…連結す
25 る」ものであり、同時に、胴体水平方向における右の前身頃部材と左の前
身頃部材の重なり量「を調節可能に設けられた」ものと認められる。
したがって、被告製品は、構成要件Dを充足すると認められる。
イ また、前提事実(6)及び(7)並びに前記アによれば、被告製品は、構成要
件AないしDを充足する構成aないしc及びd´を備えた「ことを特徴と
する女性用衣料」であるから、構成要件Eを充足すると認められる。
5 (4) 小括
以上によれば、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属すると認められる。
3 争点2-1(乙8文献を引用例とする新規性欠如)について
(1) 乙8文献に記載された発明について
ア 証拠(乙8)によれば、乙8文献には、次の発明(以下「乙8´発明」
10 という。)が記載されていると認められる。
少なくとも女性のバスト部を覆う女性用衣料において、
前記少なくとも女性のバスト部を覆うカップ部材と、
前記カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に配置され、
前記バスト部の左右の各脇部からバスト下部の中央部にかけて設けられる
15 左右の前身頃部材と、
当該左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとと
もに、当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の連結
部材とを備えた
ことを特徴とする女性用衣料
20 イ 原告は、乙8文献記載の「補整用前布5」は、その上端縁が「バストカ
ップ1a」の下方に位置するものであって、上端縁のみならず、全体がカ
ップ部材としての「バストカップ1a」の表面側に配置されていないから、
乙8文献に記載された発明には、本件発明の「カップ部材の表面側に配置
され」た「左右の前身頃部材」が開示されていないと主張する。
25 しかし、「側」とは、一般的に、ある一つの方向や面を指す語であると考
えられるところ、本件明細書の【図4】において、「左右の上部パネル」
「26」「26a」は、
、 「カップ部材22」が人体に接する面とは反対の面
の方に設けられていることも参酌すると、本件発明における「カップ部材
の表面側」とは、「カップ部材の表面」、すなわち「カップ部材」が人体に
接する面とは反対の面のある方を意味するものと解される。そして、乙8
5 文献記載の「補整用前布5」は、「バストカップ1a」が人体に接する面と
は反対の面の方に設けられているものであるから、乙8文献には、本件発
明の「カップ部材の表面側に配置され」た「左右の前身頃部材」が開示さ
れているというべきである。
したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
10 ウ 被告は、バストは「(女性の)胸部」であり、バスト部の側部とは、わき
の定義から「胸の両側面で、腕のつけ根の下のところ。」を意味すると指摘
して、乙8文献に記載された発明には、本件発明の「バストの側部を覆っ
た状態で…設けられる左右の前身頃部材」が開示されていると主張する。
しかし、「バスト」には、「乳房」との字義もあると認められ(乙13)、
15 本件明細書に、「バストアップ効果」 【0002】 、
( ) 「左右のバストの引き
寄せ効果を高める」 【0010】 【0011】等)との記載があることも
( 、
参酌すると、本件発明における「バスト」とは、「乳房」を意味すると際す
るのが相当である。
そして、この「バスト」の意義を前提とすると、乙8文献記載の「補整
20 用前布5」は、バスト部の左右の各脇部から、バストの側部外側に沿い、
バスト下部の中央部にかけて設けられ、バストを覆うカップ部材(バスト
カップ1a)の下方、アンダーバストから上腹部にかけて覆うものである
と認められるものの、バストの側部を覆うものであると認めることはでき
ない。
25 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(2) 本件発明と乙8´発明との間の一致点及び相違点について
前記(1)において認定した乙8´発明によれば、本件発明と乙8´発明との
間の一致点及び相違点は、次のとおりと認められる。
ア 一致点
少なくとも女性のバスト部を覆う女性用衣料において、
5 前記少なくとも女性のバスト部を覆うカップ部材と、
前記カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に配置され、
前記バスト部の左右の各脇部からバスト下部の中央部にかけて設けられる
左右の前身頃部材と、
当該左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとと
10 もに、当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の連結
部材とを備えた
ことを特徴とする女性用衣料
イ 相違点
本件発明の左右の前身頃部材は、「前記バスト部の左右の各脇部からバス
15 トの側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けられ」ているの
に対し、乙8発明の左右の前身頃部材は、「前記バスト部の左右の各脇部か
らバスト下部の中央部にかけて設けられ」ているものの、「バストの側部を
覆った状態」ではない点(以下「相違点1´」という。)
(3) 小括
20 以上によれば、本件発明と乙8´発明との間には、相違点1´が存在する。
したがって、本件発明は、乙8文献に記載された発明ではないから、乙8
文献を引用例として、新規性を欠くものと認めることはできない。
4 争点2-2(乙8文献を主引用例とする進歩性欠如)について
(1) 相違点1´に係る本件発明の構成の容易想到性について
25 ア 設計事項の範囲内にすぎないとの主張について
(ア) 被告は、乙8発明に基づいて相違点1に係る本件発明の構成とするこ
とは、当業者における設計事項の範囲内にすぎないから、容易に想到す
ることができたと主張する。
(イ) そこで検討すると、被告が周知慣用技術を示すものとして指摘する乙
11文献及び乙12文献には、上腹部ないしアンダーバスト部において
5 左右の前身頃部材が互いに連結されている女性用衣料に係る構成が記載
されていると認められるものの(乙11、12)、これらの記載をもって、
乙8文献記載の「補整用前布5」の位置をバスト部分まで上方にずらす
ことが当業者における設計事項の範囲内であることを直ちに基礎づける
ものとはいえない。
10 また、被告は、女性用の下着について、胴体全体を覆うボディスーツ
から、徐々に胸部と上腹部とを覆うファンデーション、胸部のみを被覆
するブラジャーへと、身体を被覆する面積が減少するように進化するこ
とが予想されたところ、ブラジャーのような胸部のみを被覆する下着に
おいては、乙8文献記載の「補整用前布5」の位置を必然的に上方にず
15 らすことになると主張する。しかし、女性用下着について、被告が主張
するような改良の流れがあったことを認めるに足りる証拠はない。
さらに、乙8文献記載の「補整用前布5」は、アンダーバストに連続
する上腹部の補整を目的として設けられているものと認められるところ
(【0003】【0004】 、このような目的で設けられた「補整用前布
、 )
20 5」を、上腹部とは異なる部位である胸部のみを被覆する下着と組み合
わせた上で、更に元の位置から上方にずらした位置に設けるといった変
更について、それが当業者における設計事項の範囲内であると認めるに
は無理があるといわざるを得ない。
(ウ) したがって、被告の前記各主張を採用することはできない。
25 イ 乙9文献に記載された発明の適用について
(ア) 乙9文献に記載された発明に開示されている構成について
証拠(乙9)によれば、乙9文献に記載された発明(以下「乙9´発
明」という。)には、授乳用ブラジャーにおいて、左右の各カップの下端
縁にそれぞれ縫着された左右一対の下辺支持布の前端に、互いに着脱自
在の係止する係止具を取り付けて、胸部の中央部において、下辺支持布
5 を係止する構成が開示されていることが認められる。
しかし、本件発明及び乙8´発明の「左右の前身頃部材」が「カップ
部材と分離した状態」であるのに対し、乙9´発明の「下辺支持布」は、
左右の各カップの下端縁にそれぞれ縫着されたものであるから、本件発
明及び乙8´発明の「左右の前身頃部材」に相当する構成ではない。
10 そうすると、乙9´発明には、本件発明の「左右の前身頃部材」を
「前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバスト
下部の中央部にかけて設けられる」構成が開示されているとは認められ
ない。
(イ) 検討
15 前記(ア)によれば、乙8´発明に乙9´発明を適用しても、相違点1´
に係る本件発明の構成に到達しないというべきである。
また、前記ア(イ)のとおり、乙8文献記載の「補整用前布5」は、アン
ダーバストに連続する上腹部の補整を目的として設けられているものと
認められるところ、乙8文献において、「補整用前布5」をバスト部の側
20 部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けることを示唆する記
載はない。そして、乙9文献においても、乙8文献記載の「補整用前布
5」を、バスト部の側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設
けることを示唆する記載はない。
このほか、被告は種々の主張をするが、本件全証拠によっても、当業
25 者が、乙8´発明に乙9´発明を適用することにより、相違点1´に係
る本件発明の構成を容易に想到することができたと認めることはできな
い。
ウ 乙10文献に記載された発明の適用について
(ア) 乙10文献に記載された発明に開示されている構成について
証拠(乙10)によれば、乙10文献に記載された発明(以下「乙1
5 0´発明」という。)には、ブラジャーにおける次の構成が開示されてい
ると認められる。
「左右のカップ部5、6の下側にそれぞれ縫着された左右の下辺連結
布9、10の先端部9a、10aに、他方のバストカップ部5、6側と
互いに連結するためのフックやアイ等からなる係止具16、17が、取
10 り付けられている。また、上記右側のカップ部6の下辺連結布10の先
端部10aを左側のカップ部5側に着脱自在に連結する連結部20が、
中央部よりも左側に設けられていると共に、前記左側のカップ部5の下
辺連結布9の先端部9aを右側のカップ部6側に着脱自在に連結する連
結部21が、中央部よりも右側に設けられている。これらの連結部20、
15 21にも、前記左右の下辺連結布9、10の先端部9a、10aに取り
付けられたフックやアイ等からなる係止具16、17と相対的に係合す
る、アイやフックからなる係止具16、17が取り付けられている。」
しかし、本件発明及び乙8´発明の「左右の前身頃部材」が「カップ
部材と分離した状態」であるのに対し、乙10´発明の「下辺連結布」
20 は、左右の各カップ部の下側にそれぞれ縫着されたものであるから、本
件発明及び乙8´発明の「左右の前身頃部材」に相当する構成ではない。
そうすると、乙10´発明には、本件発明の「左右の前身頃部材」を
「前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバスト
下部の中央部にかけて設けられる」構成が開示されているとは認められ
25 ない。
(イ) 検討
前記(ア)によれば、乙8´発明に乙10´発明を適用しても、相違点1
´に係る本件発明の構成に到達しないというべきである。
また、前記ア(イ)のとおり、乙8文献記載の「補整用前布5」は、アン
ダーバストに連続する上腹部の補整を目的として設けられているものと
5 認められるところ、乙8文献において、「補整用前布5」を、バスト部の
側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けることを示唆する
記載はない。そして、乙10文献においても、乙8文献記載の「補整用
前布5」を、バスト部の側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけ
て設けることを示唆する記載はない。
10 このほか、被告は種々の主張をするが、本件全証拠によっても、当業
者が、乙8´発明に乙10´発明を適用することにより、相違点1´に
係る本件発明の構成を容易に想到することができたと認めることはでき
ない。
(2) 小括
15 したがって、本件発明は、当業者が乙8文献に記載された発明に基づいて
容易に発明をすることができたとはいえないから、乙8文献を主引用例とし
て、進歩性を欠くものと認めることはできない。
5 争点3(原告に生じた損害の有無及びその額)について
(1) 被告製品の売上高について
20 ア 証拠(乙18、29、30)及び弁論の全趣旨によれば、令和2年1月
22日から令和4年2月22日までの間の被告製品の売上高は、1億17
57万6451円であったと認められる。
イ(ア) 原告は、被告が、令和2年1月1日から同月21日までの間も被告製
品を販売したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
25 (イ) また、原告は、被告の公式ホームページにおいて、被告製品の販売数
量について「27万着突破!」 「30万着突破!」と記載されていたこ

とを指摘して、被告製品の販売数量は少なくとも27万着であり、これ
に1着当たりの単価5980円を乗じると、被告製品の売上高は16億
1460万円を下らないと主張する。
そこで検討すると、確かに、証拠(甲4、14)によれば、被告の公
5 式ホームページにおいて上記の記載がされていたことが認められるもの
の、同ホームページに記載されていた販売価格(5980円。弁論の全
趣旨によれば、この価格はブラジャーの一般的な販売価格として相当な
ものと認められる。)を前提とすると、前記アにおいて認定した被告製品
の売上高は、請求書記載の被告製品の輸入数量(乙17)、被告製品に係
10 る販売管理データ記載の販売数量(乙18)、被告の損益計算書記載の売
上高(乙20、21)、被告における被告製品以外の売上高(乙22ない
し24)と整合的であるといえる。これに対し、被告製品の販売数量が
27万着以上であることを示す資料は、被告の公式ホームページの記載
以外に存在しない。
15 これらの事情に照らせば、令和2年1月22日から令和4年2月22
日までの間の被告製品の売上高は前記アにおいて認定したとおりであっ
て、被告の公式ホームページにおける販売数量の記載は虚偽のものであ
ったと認めるのが相当である。
(ウ) したがって、原告の前記各主張を採用することはできない。
20 (2) 相当な実施料率について
ア 本件発明の実施に対し受けるべき料率については、①本件発明の実際の
実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界にお
ける実施料の相場等も考慮に入れつつ、②本件発明自体の価値すなわち本
件発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、③本件発明を被
25 告製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者
である原告と侵害者である被告との競業関係や特許権者である原告の営業
方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきで
ある。
イ 本件についてみると、本件発明の実際の実施許諾契約における実施料率
は、5パーセントであることが認められる(甲15ないし18)。
5 また、本件発明は、多種多様の女性用衣料を個々に用意することなく、
個人差を有する女性のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の
補正機能等に対応することが可能な女性用衣料を低コストで提供すること
を可能とするものであるところ(前記1(2)イ)、被告製品も、女性のバス
トの補正を主たる機能としたものであるから(甲3、4、14)、本件発明
10 を被告製品に用いることが被告の売上げ及び利益に大きく貢献していると
認めるのが相当であって、他のものによる代替可能性はうかがわれない。
さらに、原告と被告は、いずれも女性用衣料を販売しているから(前提
事実(1)、(5)及び(6))、その市場において競業関係にある。
これらの事情に照らすと、特許権侵害をした者に対して事後的に定められ
15 る本件発明の実施に対し受けるべき料率については、6パーセントと認め
るのが相当である。
(3) 特許法102条3項により算定される額について
以上によれば、特許法102条3項により算定される本件発明の実施に対
し受けるべき金銭の額に相当する額は、705万4587円(1円未満四捨
20 五入)と認められる。
(4) 弁護士及び弁理士費用相当額について
被告の本件特許権侵害行為と相当因果関係にある弁護士及び弁理士費用は、
70万5459円と認めるのが相当である。
(5) 小括
25 以上によれば、原告に生じた損害の額は、776万0046円となる。
第5 結論
以上の次第で、原告の請求は、主文の限度で理由があるからこれを認容する
こととし、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決す
る。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
國 分 隆 文
裁判官
間 明 宏 充
裁判官
バ ヒ ス バ ラ ン 薫
別紙
物件目録
商品名 Bragrande(ブラグランデ)
色 ブラック、スウィートピンク、ヌードベージュ
サイズ S、M、L、3L
以上
別紙
被告製品図面目録
1 被告製品全体を示す正面図(覆い部3の連結時)
2 被告製品全体を示す正面図(覆い部3の非連結時)
3 符号の説明
1 カップ部
2 バストストッパー
3 覆い部
3a バストキャッチャー
3b クロスフック
4a フック
4b アイ
以上
別紙
ワンタッチ具写真目録
写真1 ホック式
写真2 マジックテープ式
写真3 止め金具式
以上
別紙
乙8文献図面目録
図1
符号の説明
1 ブラジャー前部
1a バストカップ
2 上腹密着部
5 補整用前布
6a フック
6b アイ
以上
別紙
乙9文献図面目録
以上
別紙
乙10文献図面目録
以上
別紙
本件明細書図面目録
図1
図4
図9
図11
図19
以上

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