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令和5(ネ)10089損害賠償等請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和6年1月30日
事件種別 民事
当事者 被控訴人株式会社スワラ・プロ Y
法令 著作権
著作権法96条1回
著作権法27条1回
著作権法21条1回
キーワード 許諾35回
損害賠償7回
侵害2回
抵触1回
実施1回
ライセンス1回
主文 1 一審原告及び一審被告の各控訴をいずれも棄却する。
2 一審原告の控訴に係る控訴費用は一審原告の負担とし、一審被告の
事件の概要 1 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。 2 前項の取り消しに係る部分につき、一審原告の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は第1、2審とも一審原告の負担とする。5

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判決文

令和6年1月30日判決言渡
令和5年(ネ)第10089号 損害賠償等請求控訴事件(原審 東京地方裁判所
令和3年(ワ)第17298号)
口頭弁論終結の日 令和5年12月11日
5 判 決
控訴人兼被控訴人 株 式 会 社 ス ワ ラ ・ プ ロ
(以下「一審原告」という。 )
10 同訴訟代理人弁護士 高 中 正 彦
同 西 田 弥 代
同 川 口 智 也
被控訴人兼控訴人 Y
15 (以下「一審被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 高 木 啓 成
主 文
1 一審原告及び一審被告の各控訴をいずれも棄却する。
2 一審原告の控訴に係る控訴費用は一審原告の負担とし、一審被告の
20 控訴に係る控訴費用は一審被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 一審原告の控訴の趣旨
1 原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。
2 一審被告は、一審原告に対し、1000万円及びこれに対する令和3年7月
25 23日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第1、2審とも一審被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 一審被告の控訴の趣旨
1 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
2 前項の取り消しに係る部分につき、一審原告の請求をいずれも棄却する。
5 3 訴訟費用は第1、2審とも一審原告の負担とする。
第3 事案の概要等(略語は原判決のそれに従う。)
1 本件は、一審原告が、一審原告の元従業員で音響効果の業務を担当していた
一審被告との間で、一審被告の退職の際に一審原告が保有していた音源を持ち
出さない旨を合意したにもかかわらず、一審被告がこれを持ち出して、退職後
10 に原判決別紙主張整理表の作品1ないし3記載の各作品において音番号1ない
し21のとおり使用したことが債務不履行に当たり、また、持ち出した音源の
中には、一審原告がレコード製作者の権利を有しているものがあり、一審被告
が音響効果業務に当たり複製して使用したことが複製権(著作権法96条)を
侵害するとして、債務不履行又は不法行為(両者は選択的併合)に基づき、上
15 記音源の1使用当たり50万円、合計1050万円及び訴状送達の日の翌日で
ある令和3年7月23日から支払済みまで、民法所定の年3分の割合による遅
延損害金を請求する事案である。
原審が一審原告の請求のうち50万円及びこれに対する令和3年7月23日
から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金の範囲で認容し、その余の請
20 求を棄却したところ、これに不服の一審原告及び一審被告がそれぞれ控訴した。
2 前提事実、争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり補正し、後記
3のとおり当審における当事者の主な補充主張を付加するほかは、原判決「事
実及び理由」第2の2ないし4(原判決2頁9行目から6頁7行目まで)に記
載のとおりであるから、これを引用する。
25 ⑴ 原判決2頁15行目の「音響効果業務」を「アニメや映画などの映像に、
環境音や効果音などを制作又は選出し、付加する作業(以下「音響効果業務」
マ マ
という。」と、同頁22行目の「はららない」を「はらなない」とそれぞれ

改める。
⑵ 原判決3頁6行目の末尾の次を改行し、次のとおり加える。
「⑶ 一審被告の退職後、一審原告は、平成30年4月8日から同年6月2
5 4日にかけて放映された作品『●●●●●●●●●●』
(原判決別紙主張
整理表作品3)において、本件合意に反して、一審原告の保有する音源が
一審被告により使用されたと認識した。(甲50)
そして、その他の作品も含め、一審原告の保有する音源二つについて
の使用が明らかとなったとして、一審原告は、代理人弁護士を通じ、平成
10 30年7月17日付けの通知で、損害の賠償を求めた。 甲38、
( 14頁)
これに対し、一審被告は、代理人弁護士を通じ、平成30年7月30
日付け通知書で、本件合意書に違反する事実は認められない旨などを回
答した。(甲31)。
しかし、一審原告は、平成30年4月11日から同年6月27日にか
15 けて放映された作品『●●●●●●●●●』
(甲48の1。原判決別紙主
張整理表作品1)、同年7月6日から同年9月21日にかけて放映された
作品『●●●●●●●●』(甲49の1。原判決別紙主張整理表作品2)
においても、本件合意に反して、一審原告の保有する音源を一審被告に
おいて使用したとの認識に至った。
20 ⑷ 一審原告は、上記⑶の各作品について、本件合意に反する音源の使用
の事実が明らかになったとして、平成31年1月8日付けで、一審被告
の作業場で保管しているパソコンのハードディスクに存在する一審被告
の一審原告在職中に使用した音源に係る音ネタ帳、セッションデータ、
オーディオファイル等についての検証を求める証拠保全の申立てを、東
25 京地方裁判所に行った。(甲2)
⑸ 上記申立てに基づき、平成31年2月5日付けで、上記⑷に係る物の
検証についての証拠保全決定がされた。(甲29)
平成31年4月23日、東京地方裁判所裁判官が一審被告の作業場所
に臨場し、一審原告代理人川口弁護士立会いのもと、証拠保全が行われ
た。その結果、一審被告から音ネタ帳、セッションデータ及びオーディオ
5 ファイルが提示された。なお、原審における証人A(以下『A’』という。)
も同検証期日に立ち会った。(原審における証人A’の尋問調書11頁)
一審被告は、裁判官に対し、一審被告が当時使用している音ネタ帳な
いし音ネタは作業場所において保管しているパソコンのハードディスク
内に存在するファイルである旨を説明した。同ファイルは、検証の結果
10 (東京地方裁判所平成31年(モ)第34号証拠保全申立て事件の検証
調書)添付の別添写真『1 音ネタ帳』のとおりである。
一審被告は、セッションデータについては、作業場所のパソコンの内
蔵ハードディスクに存在するものは、一審被告が一審原告在職中に手掛
けていた『●●●●●●●●●●●●●』であり、検証の結果添付の別添
15 写真2で表示されているとおりであるとした。
また、
『●●●●●●●●●』『●●●●●●●●●』及び『●●●●

●●●●●●●』のセッションデータは、作業場所で保管しているパソ
コンの内蔵ハードディスクと外付けハードディスクには存在しないこと、
これらのセッションデータは、すべて自宅にあるパソコンのハードディ
20 スクに保管していること、それ以外のセッションデータは、現在作業が
進行しているもの以外はすべて自宅のパソコンのハードディスクに保管
していること、これら自宅に保管しているセッションデータは、必要が
あれば、一審原告代理人に任意で提出することを述べた。(検証の結果、
甲2)
25 その後、一審被告から、一審原告代理人に対し、セッションデータが
提出されることはなかった。(弁論の全趣旨)
検証の対象とされたオーディオファイルについては、一審被告が株式
会社ナッシュスタジオ(以下『ナッシュスタジオ』という。)から購入し
たものである旨を述べた。
⑹ 音響効果業務に必須である音ネタ帳ないし音ネタとは、市販されてい
5 る音編集ソフトである『プロツールス』に用いることを想定して音源を
データ化し、名前を付けてハードディスクに記録して整理したものをい
い、同じくセッションデータとは、プロツールスの作業画面のことを通
常『セッション』と呼ぶことから、プロツールス上の作業により音源を貼
り付けたデータの集合体をいう。(甲18〔2、5頁〕、33、34)
10 ⑺ 『●●●●●●●●●●●●●』は、●●●●●●●●●●●●シリ
ーズの2期(以下『第2作』等という。)であり、●●●●年(●●●●
年)●月から同年●●月まで放映された。同シリーズの第1作及び第2
作の音響効果は一審被告が担当したが、●●●●年(●●●●年)●●月
に制作が発表され、●●●●年●●月から放送が開始された第3作(●
15 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●)の音響効果は、●●●●が
担当した。(甲56)
⑻ 一審原告は、令和3年7月2日、本件訴訟を提起した。」
⑶ 原判決3頁7行目の「⑶」を「⑼」と改め、同頁9行目の末尾の次を改行
し、次のとおり加える。
20 「⑽ なお、本件合意書には、著作権等の文言と関連して、以下のとおりの
定めもある(下線は判決で付記)。
第3条(音源の返還等)
乙は、甲が著作権を有するすべての音源および甲が著作権使用許諾
権を受けたすべての音源のデータを、平成29年12月末日と第8条
25 記載の業務の終了日のどちらか早い方の日までに、甲に対し返却する
ものとし、同日以降、当該音源について、原本ないし複製を問わず、
一切所持しないこと、および、第三者に対して有償無償を問わず譲渡
したことがないことを甲に対し保証する。
・・・
第7条(直接の受託の禁止)
5 1 乙は、退職日以降、甲の顧客から下記業務を直接受託してはならな
い。
① 甲における雇用期間中に担当したタイトルにかかる音響 効果制

作等の業務
② 甲が著作権を有しまたは著作権使用許諾を受けた音源を使用す
10 る音響・効果制作等の業務
2 乙が前項に違反した場合は、乙は当該顧客から受領した業務委託料
の8割相当額を、甲に対し支払わなければならない。
第8条(残存業務の取扱い)
1 甲は、乙に対し、退職日以降、現在乙が担当している下記業務が残
15 っている場合には、同業務を委託するものとし、乙はこれを受託する。

顧客名 タイトル名
① ●●●●●●●●●●●● 『●●●●』(全●●話)
② ●●●●●●●●●●●● 『●●●●●●●●●●●
20 ●●●●●●●』(全●話)
③ ●●●●●●●●●●●●●●● 『●●●●●』(全●●話)
④ ●●●●●●●●●●●●●●● 『●●●●』(全●●話)
2 乙は、前項の業務を善良なる管理者の注意義務をもって履行するも
のとし、遅刻や納期の遅れ等、甲の信用を毀損する行為は一切しない
25 ことを約する。
3 乙は、第1項の業務を、甲の事業所及び顧客指定のダビング場所に
おいて作業するものとする。但し、乙は、甲に対し事前に作業スケジ
ュールを申告し、甲の事業所を使用する旨の予約をとるものとする。
4 甲は、本条第1項の業務の対価として、乙に対し、甲が当該業務に
ついて顧客から受領する業務委託料(税別)の30%相当額(税別)
5 を、納品月の末締め、当該締日の3ヶ月後の月の5日限り、支払うも
のとする。
5 前項により甲から乙に支払われる対価には、乙の音響効果制作の対
価及び音響効果制作の過程で発生した著作権(著作権法第27条及び
第28条に規定する権利を含む)の譲渡対価を含むものとする。また、
10 乙は当該著作物についての著作者人格権を行使しない。
6 乙は、第1項の業務にかかる成果物を、甲の指示にしたがい、甲及
び顧客に納入するものとする。」
⑷ 原判決14頁別紙主張整理表の作品2「音番号」欄12の「原告主張音源」
欄のうち「(甲トラック9)」とあるのを「(甲7トラック9)」と改める。
15 3 当審における当事者の主な補充主張
〔一審原告の主張〕
⑴ 争点1-2(一審被告が一審原告の音源を持ち出して使用したか)のうち、
争点1-2⑵の「朝の雀6mmテープ」以外について
ア 原判決の誤り
20 一審被告は、平成31年4月23日に裁判官立会のもとに実施された証
拠保全の検証手続の際、自身の作業場において、
「●●●●●●●●●●●
●●」のセッションデータを所持していた。
「●●●●●●●●●●●●」
は、一審被告が一審原告在職時に音響効果を担当したアニメ作品であるが、
このアニメの音響効果を、検証の当時、一審被告が個人で受託していたと
25 いう事実はなかった。したがって、上記検証の当時に一審被告が当該セッ
ションデータを保持していたという事実は、とりもなおさず、一審被告が
退職時において全ての音源データを返還する旨を約束していたにもかか
わらず、これに違反し、実際は音源データを返還しないまま退職したこと
を明確に示していることになる。
なお、当該セッションデータのオーディオファイルには、一審原告保有
5 の1万4395個の音源が保管されていたことが明らかである。
すなわち、同セッションデータのファイルデータは、裁判所にも提出さ
れたが、同セッションデータには、甲3別添写真「2 セッションデータ」
の1枚目の写真のとおり、
「●●●●●●●●●●●●●」の第●話から第
●●話(「#●」~「#●●」)及び「●●●●●●●●●●●●●●●●
10 ●●」という番外編を含む全●●話のセッションデータが保存されていた
ものである。
そして、第1話(#1)のセッションデータを展開して同話のオーディ
オファイルを撮影したのが、甲3別添写真「2 セッションデータ」の2
枚目から12枚目の写真であるが、このように、各話のオーディオファイ
15 ルを展開していって、その音源の個数を確認したところ、上記全25話分
のオーディオファイルに保存された音源の合計数は1万4395個であ
った。
なお、オーディオファイルに保存された音源は、それぞれ他の作品にも
流用することが可能であり、一審被告は、一審原告から、業務に使い得る
20 これらの音源を持ち出したことが優に認定できる。
また、証拠保全手続において、一審被告は、自らの音ネタ帳として利用
しているとして、データを開示した(甲3)。それによれば、当該音ネタ帳
には、一審被告が一審原告在職期間中に保存した音が、少なくとも276
個含まれており、これらは一審被告が退職することが決まる前に保存され
25 たものである。
以上のとおり、一審被告は、一審原告退職時に、一審原告保有音源の少
なくとも一部を、一審原告の同意なく不法に持ち出していたことが原審に
おいて既に明らかになっていた。
このような一部であれ不正に持ち出した音源があったという事実は、他
の音源も同じように持ち出しているであろうことを極めて強く推認させ
5 る重要な事実であるから、原審が判決をするに当たっては、十分に考慮さ
れるべきであった。
しかるに、原審では、一審被告が音源を不正に持ち出していた事実が証
拠上明白であったにもかかわらず、この事実について一切触れることなく、
むしろ (一審被告が一審原告から)
「 これらを持ち出したことをうかがわせ
10 る客観的な証拠はない」という相反する指摘を行い、本件係争場面での各
音源について、不正使用と認めることはできないとの結論を導き出してい
るのであり、原判決はこの点において重大な誤りがある。
イ 本件の実態(一審被告は自ら管理する音源を退職時にそのまま持ち出し
たと認められること)
15 一審被告が退職時に持ち出したのは、上記検証の際に発見された音源だ
けではなく、自身が一審原告在職中に管理する一切の音源であったと認め
られる。その理由は以下のとおりである。
(ア) 一審被告は、「●●●●●●●●●●●●●」のセッションデータを
一審原告から持ち出したことを認めながら、現時点においても同データ
20 に関する音源を一審原告に返還していない。
この事実は、一審被告の全ての音源を持ち出して使用してはならない
とする合意の拘束力を無視し、合意の存在を否定する行動であり、一審
被告の契約無視の姿勢が顕著であることを物語っている。
(イ) 一審被告が本件係争場面で使用した音源と一審原告が保管していた
25 音源が同一であれば、一審被告が一審原告から当該音源を持ち出した上
で当該音源を使用している事実を強く推認させる一事情となることは、
経験則から見ても明らかである。この点については、別件訴訟において、
一審の東京地裁が音源の同一性を肯定した上で持ち出した音源の不正
使用を認定し(甲19)、控訴審である知的財産高等裁判所もこれに追
随した判断を行った(甲42)という実例があるところである。
5 本件において、一審被告が本件係争場面で使用した各音源と一審原告
保管の音源の同一性については、鑑定書(甲43)その他の証拠により
立証として欠けるところはなく、原判決も「矛盾のない程度に似ている」
として音源の同一性自体については何ら否定的な判断をしていない。
(ウ) 音源は、それぞれの音響効果技師や音響効果会社が多くの時間や多額
10 の費用をかけて収集し、制作した「大切な仕事道具」であり「財産」で
あり(甲46)「血液」であり(甲47)「生命線」である(甲17)
、 、 。
音響効果業務に使用する膨大な種類の音源データは、知人や市販のC
Dから簡単に手に入れることができるというようなものではなく、それ
を取得するには極めて多くの時間と大変な労力とかなりの額の費用が
15 必要である。そして、そのような苦労の末に収集した多数の音源が揃っ
ているからこそ、音響効果業務を円滑に進めることができるのであって、
多数の音源が揃い、それが整理されていること自体に高い価値がある
(甲17、47)。
音響効果業務を遂行するには、上記のとおり多数の音源が必要である
20 が、その業務をクライアントの要求する短い制作期間内に円滑に進める
ためには、音源を使用しやすいように整理しまとめて保存したファイル
(音ネタ帳)が不可欠であるというのが、音響効果業界に身を置く者の
常である(甲18、46、47)。
(エ) クライアントの要求する短い制作期間内に音響効果業務をこなして
25 いくにあたっては音ネタ帳を作成して手許に置いておく必要があると
ころ、音ネタ帳を作成するには、既に音響効果業務に使用する多数の音
源を保有しているとの前提でも、収集した音源を適切に分類して保存す
る作業を終えるには1年以上かかるのが通例である。音源をゼロから集
めるとなると、業務で使用できるレベルの音ネタ帳を完成させるまでに
はさらに膨大な時間が必要である(甲18、46、47)。
5 一審被告は、「●●●●●」及び「●●●●」のレギュラー作品を在
職時から継続して受託しているところ、「●●●●●」も「●●●●」
も、一審被告退職から現在まで毎週放映が続いている作品である。そう
すると、一審被告は、退職時点で少なくとも2本のレギュラー作品に継
続して従事することを想定していたのであるから、少なくともこの2作
10 品の業務に従事しながら、膨大な音源を収集・分類し保存する作業を要
する音ネタ帳を平行して作成することは極めて困難なこともまた退職
時点で想定されていた。
(オ) 本件係争場面の作品の音響効果業務を一審被告に委託している音響
制作会社は、全て一審原告在籍時からの顧客である。
15 音響制作会社は、音響効果技師が会社を退職しても、同様のレベルの
業務(質だけでなく、使用する音源も同様のレベル)を当然の前提とし
て当該音響効果技師に業務を委託するのであるが、一審被告も、そのよ
うな委託先の音響制作会社の要求レベルに応ずるため、一審原告在職時
に使っていた音源を使用して業務を受けざるを得なかったことは容易
20 に認定することができる。
(カ) 一審被告が、実際に一審原告から持ち出した音を退職後の他の業務で
不正に使用したことは、一審被告も認めるところである。すなわち、
「●
●●●●」において使用していた「朝の雀6mmテープ」を、
「●●●●
●●●●●」において、一審原告の同意なく使用している(争いない事
25 実)。
(キ) 「Humax Pictures HP-001」
一審被告は、 (HAC SOUND LIBRARY)、
「 FirstCom PE-501 」 「 NASH STUDIO MN-634 」 及 び 「 NASH

STUDIO NSE-603」については、知人の音響効果技師からコピーさせ
てもらったと主張し、原判決も、「その可能性があった」などとしてこ
の主張を容認している。
5 しかし、音響効果会社及び音響効果技師が多数の音源を第三者からコ
ピーさせてもらうということなどは、あり得ない。
すなわち、音響効果会社や個人事業主たる音響効果技師は、自分が制
作した音源のほかに、第三者から使用許諾を受けた音源を利用している
のが通例であるが、第三者から音源の使用許諾を受ける際には、必ず当
10 該権利者との間で、コピーなどして第三者に譲渡しないことを約してい
る(甲46、47、甲12、51の2ないし4)。
一審被告が主張するような音源を第三者にコピーして譲渡するとい
う行為は、音ネタの取得時にその使用許諾者と交わした譲渡禁止の約束
に違反することであり、当然訴訟に発展するリスクや仕事の依頼者に迷
15 惑をかけるリスクがある。したがって、音響効果会社ないし音響効果技
師は、使用許諾契約を締結して取得した音源を第三者に譲渡するような
ことをしないのは、あまりにも当然のことである(甲47、46)。実際
にも、権利関係の処理をせずに第三者の音源を使用して業務を行ってい
たところ、それが判明したため続編作品からおろされたという事案があ
20 る(甲46)。こうなれば、信用は失墜し、将来の仕事の機会を失う可能
性が極めて高まることになる。
(ク) 一審被告が業務で使用する音源のうち、現在も第三者が権利を有し
販売している音源については、長時間かけて権利者から使用許諾を受け
て収集していくことは可能であるが、本件係争場面の作品における作業
25 時期は、一審被告の退職時期と近接しており、業務に耐えうる膨大な量
の音源を権利者から取得する時間的余裕がないのは明らかである。
(ケ) 一審被告の退職は決して円満なものではなかったものであるから、一
審被告が一審原告に対して悪感情を持って退職したことは想像するに
難くなく、一審被告においては音源を持ち出すという一審原告への背信
行為を行うことについての心理的抵抗や罪悪感による抑止は全く期待
5 できない状況にあったというべきである。
(コ) 一審被告が前記音ネタ帳や、「●●●●●●●●●●●●●」の音源
を一審原告から持ち出していたことは証拠保全時に明らかになったの
であるが、一審被告は、退職当時、当該アニメの業務に従事していた事
実はないのであるから、一審被告が「●●●●●●●●●●●●●」等
10 の音源だけを持ち出したと考えなければならないような合理的理由は
ない。したがって、一審被告が退職時に自己管理下の音源をそのまま持
ち出した証左として取り扱うことには何らの支障もないというべきで
ある。
(サ) また、一審被告の以下の言動は、音源を不正に持ち出した者の言い訳
15 そのものであると評価することができる。
一審被告は、証拠保全時に「申立人に在籍した間も現在も、申立人か
ら取得したデータはありません。私が保管しているデータは、市販され
ているデータを購入したものか、若しくは業務上で付き合いのある●●
●さんなどから譲渡されたものです。」と述べているが(甲3)、証拠保
20 全時に前記「●●●●●●●●●●●●●」等の音源を保持していたこ
とは、一審被告も認めるところであり(甲3)、明らかに虚偽を述べて
いたものである。
一審被告は、証拠保全手続において、「●●●●●●●●●」「●●

●●●●●●●」及び「●●●●●●●●●●」のセッションデータに
25 ついて、一審原告代理人に対し、任意で提出する旨約束した(甲3)。当
該セッションデータのオーディオファイルを見れば、一審被告がいつ入
手した音源を使用しているかが判明するはずであるのに、一審被告は、
これらの提出をいまだ実行していない(甲30ないし32)。
また、原審における一審被告本人尋問では、これらのセッションデー
タは自宅にあると裁判官に「話しました。」としながら、
「自宅には、そ
5 の作品はもうなかったです。」と矛盾した発言をし、さらに、自宅にな
かったが裁判官に自宅にあると言ったのか、という一審原告代理人から
の質問に対し、
「・・・記憶にないです。」と供述をめまぐるしく変遷さ
せている。
(シ) 証拠保全手続において一審被告が提出した音ネタ帳(甲3)は、デー
10 タ量も少なく、しかも、音の内容・種類にも偏りがあり、これだけだと
到底業務を行えないレベルであった(甲3、54)。おそらく、一審被告
は、音ネタ帳として使っているファイルのうちの一つ(しかも分量が少
ないファイル)のみを提出したものと考えられる。
さらに、一審被告提出の音ネタ帳をチェックすると、一審被告が使用
15 しやすいところに「●●●●●●●●●●●●●」のセッションデータ
が入っており、これからみると、同セッションデータのオーディオファ
イルも音ネタ帳の一部として使用していたと考えられるが、そのオーデ
ィオファイルに含まれる音源も1万4395個にすぎず、まだ音響効果
業務の使用に耐える音ネタ帳としては不十分であった。
20 また、本件係争場面の音源については、いずれのファイルにも含まれ
ていないものが存在しており、このことのみからも一審被告は証拠保全
時に開示しなかった別の音ネタ帳を保有していたことが明らかである。
このように、一審被告が退職時に自己管理下の音源データを全て持ち
出したという事実と証拠保全時の発見状況には何ら矛盾はなく、十分に
25 整合的なのである。
(ス) 以上のとおりであるから、一審被告が退職時に持ち出したのは「●●
●●●●●●●●●●●」等音源だけではなく、一審被告は退職時に自
身が管理する音源一切をまとめて持ち出したものであることは明白と
いうべきである。
⑵ 本件各係争場面における各音源の使用の事実について
5 ア 「拳銃コミック6mmテープ」の音について
一審被告は、
「●●●●●●●●●」には自ら入手した「サウン道」CD
の音を使用したと主張し、原審における一審被告本人尋問中では、
「サウン
道」というCDが市販されており、それを買ったと供述しているが、いつ
頃買ったかについては記憶しているのに(退職した直前の9月、10月)、
10 どこで買ったかは「忘れました」
「どっか地方の店だったと思います」等と
あいまいな供述に終始している。一審被告が本件係争場面で使用している
「拳銃コミックテープ6mm」の音については、一審被告がその入手経路
について合理的説明をしたとは到底いえないことから、一審原告から持ち
出した音源を使用したものと認定されるべきである。
15 イ 「Humax Pictures HP-001」の音について
本件係争場面において、一審原告は、一審原告の保有する「Humax
Pictures HP-001」の使用を主張しているところ、一審被告は、「HAC
SOUND LIBRARY」の音源を使用したと主張する。
一審被告は、当該音源について、第三者からコピーさせてもらったとし
20 つつ、その具体的な入手経路は一切明らかにしない。
一審被告の主張を前提とすれば、誰から取得したかを明言しても、特に
そのコピーをさせた者に迷惑をかけるということはないのであり、不自然
な弁解というほかない。
以上のとおりであるから、一審被告が本件係争場面で使用している
25 「Humax Pictures HP-001」ないし「HAC SOUND LIBRARY」の音につ
いて、一審被告が入手経路について合理的説明をしたとは到底いえず、一
審原告から持ち出した音源を使用したものと認定すべきである。
ウ 「VIDEO HELPER NOISE&DRONES」の音について
一審被告 は、本件係争場面のうち「 VIDEO HELPER NOISE &
DRONES」使用箇所について、
「noise generator DISC2」98 トラック
5 を使用したものであり、
「noise generator DISC2」のCDは自身で購入
したものだと主張する(乙20)。
一審原告 は、「VIDEO HELPER NOISE &DRONES 」と「 noise
generator DISC2」98 トラックの音源が、同一の音であることについて
争わない。その上で、一審原告は、一審原告が20年程度前から「noise
10 generator DISC2」を保有していることから(甲52、54)、本件係争
場面の音については、一審被告が、一審原告保有の「VIDEO HELPER
NOISE&DRONES」もしくは「noise generator DISC2」の音源を持ち
出し使用したものであり、いずれにせよ本件合意に違反していると主張す
るものである。
15 一審被告が、
「VIDEO HELPER NOISE&DRONES」を購入してい
ないことは、同音源の販売代理店からの聴取により既に判明している(甲
13、16)。また、一審被告は、
「noise generator DISC2」の入手経
路について、平成29年(2017年)8月ないし9月頃に購入したCD
と述べるだけで、明確な主張をしない。個人事業主である音響効果技師が
20 音響効果用CDを購入すればその費用は経費計上すべきものであるのに、
一審被告からは、当該CD購入の領収書をはじめとする入手の時期や金額
を証明する証拠の提出はない。
以上のことから、一審被告が本件係争場面で使用している「VIDEO
HELPER NOISE&DRONES」もしくは「noise generator DISC2」
25 の音源について、一審被告が入手経路について合理的説明をしたとは到底
いえず、一審原告から持ち出した音源を使用したものと認定すべきである。
エ 「FirstCom PE-501」の音について
一審被告は、当該音源の入手経路について、
「知人から。」と回答しなが
ら、続けて、
「そういう人たちっていっぱい持っているんですね。音楽CD
みたいなかたちで持っていると思うんです。 と供述している。
」 この供述を
5 素直に観察した場合、一審被告は、当該音源について実際に知人から入手
したという事実がないからこそ、つい推測の表現を用いてしまったという
のが自然な評価であるといえる。
また、当該音源の入手時期について「これは10月、11月ぐらいでし
ょうか。」と質問に質問を返す形での曖昧な返答を行っている。このよう
10 に、一審被告は当該音源の入手経路について合理的な説明をしたとは到底
いえず、一審原告から持ち出した音源を使用したものと認定すべきである。
オ 「NASH STUDIO MN-634」及び「NASH STUDIO NSE-603」の音につ
いて
一審被告が本件係争場面を担当している当時、ナッシュスタジオは一審
15 被告ないしその家族に対し、「NASH STUDIO MN-634」及び「NASH
STUDIO NSE-603」の使用許諾をしたことはない(甲11・2頁)。
一審被告は、当該音源について、
「最初は知人からオーソドックスなもの
はコピーさせてもらって、後半はもう自分でナッシュと契約して買いまし
た。」と述べ、その知人の氏名はここでも明らかにしていない。
20 ナッシュスタジオの音源については、同社において契約関係や各利用者
のダウンロード状況など厳重に管理されており、第三者から取得すること
は不可能な状態にある(甲51) 一審被告のここでの入手経路についての

説明も、極めて不合理であって信用性がない。
一審被告(契約名義人はその妻)とナッシュスタジオとの契約は、平成
25 29年12月15日から平成30年5月27日までが一曲・一音毎の単体
の購入の契約であり、平成30年7月10日以降がフルセレクト契約(一
定額を支払うことにより、期間内は決められた音源数まで自由に使用して
よいという契約・甲51の1・2頁)であるが(甲15) いずれの契約も、

第三者への譲渡禁止等を含む上記内容が定められている(甲51の2、5
1の4)。したがって、一審被告は、ナッシュスタジオとの契約上、同社の
5 音源を第三者に譲渡等してはいけないことを十分理解して契約したはず
であり、また、ナッシュスタジオの音源が違法に出回っていないことにつ
いてよく知っているはずである。
さらに、ナッシュスタジオは、契約者と権利関係に争いが生じた場合に
備えるとともに、年間使用音源数の上限を定めていた契約における契約者
10 の使用音源数の把握・管理のため、各契約者がいつ、どの音源を購入した
のかについて、細かく履歴を残して管理している(甲51の1ないし4)。
このように厳格に管理されている音源を、契約者が第三者に気軽に譲渡す
るはずはないのである。
したがって、一審被告が本件係争場面で使用している「NASH STUDIO
15 MN-634」及び「NASH STUDIO NSE-603」の音について、一審被告が入
手経路について合理的説明をしたとは到底いえず、一審原告から持ち出し
た音源を使用したものと認定されるべきである。
〔一審被告の主張〕
⑴ 争点1-1(本件合意により持ち出し等が禁止されたものの内容)につい
20 て
ア 原判決は、①証人 B(以下「B’」という。)は、本件合意書を作成するに
あたって、一審被告に対し、持ち出し禁止の対象は一審原告が保有してい
た全ての音源だと説明した旨を証言すること、②一審被告も、一審被告本
人尋問において、一審原告を退職するに当たって、一審原告から一審原告
25 が保有していた音源については持ち出しが一切禁止されており、これを使
用してはならない旨の説明を受け、これを認識していた旨供述すること、
という2点に言及し、これらを理由に、③本件合意における持ち出し(及
び使用)の禁止の対象は、一審原告が保有する全ての音源である旨を認定
した。
しかし、以下のとおり、①の証言には信用性が何ら認められず、かつ、
5 ②は事実誤認である。また、①と②から③を導く判断にも誤りがある。
上記①の証言については、反対尋問において、B’は、一転して異なる証
言をしており、B’の同証言には明らかに信用性がない。すなわち、一審
被告代理人が、本件合意書3条に記載の「甲が著作権を有するすべての音
源および甲が著作権使用許諾権を受けた音源」の「著作権使用許諾権」と
10 はサブライセンスを与えることのできる権利かと訊いたところ、B’は、
「著作物と同じような取扱いをしていますので、そういう考えです。 と証

言した。重要な点であるため、一審被告代理人がこれを念押ししたところ、
B’は、再び、
「この音源を使用許諾することができる権利」だと明言して
いる。
15 そうだとすれば、 甲が著作権を有するすべての音源および甲が著作権使

用許諾権を受けた音源」とは、一審原告が著作権や著作隣接権を有する音
源といった意味になり、主尋問での B’の証言とは食い違う。
したがって、 甲が著作権を有するすべての音源および甲が著作権使用許

諾権を受けた音源」の意味を面談で一審被告に説明したという B’の供述
20 は信用性が認められない。
一審被告は、面談において B’は本件合意書の条項を読み上げるだけで
あり条項の意味を説明することはなかったこと、そのため「甲が著作権を
保有しまたは著作権使用許諾権を受けた音源」の意味についても説明を受
けていないこと、その意味内容は不明であること、本件合意書上の「著作
25 権」の意味についても説明を受けていないこと、
「著作権」とは著作権協会
のようなところで受理されて発生するようなものと認識していることを
供述している。主尋問だけでなく、一審原告代理人による反対尋問におい
ても、これらの供述は一貫している。
したがって、面談において、B’は本件合意書の条項を読み上げるだけで
あり「甲が著作権を保有しまたは著作権使用許諾権を受けた音源」を含む
5 条項の意味を説明していないこと、
「著作権」の意味についても説明をして
いないこと、そのため、一審被告は「甲が著作権を保有しまたは著作権使
用許諾権を受けた音源」について具体的な認識をしていなかったことが認
められる。
B’
以上のとおり、 の①の証言は、何ら信用性が認められないものであり、
10 これを事実認定の資料とすることはできない。
一審被告は、平成29年(2017年)8月に一審原告を退職すること
が決まった際に、一審原告代表者のCやDから、
「退職の際にはハードディ
スクやCDを事務所に置いて行くように」と強く言われていた。そのため、
同年11月、退職するにあたり、一審被告は、ハードディスクやCDを事
15 務所に置いていった。一審被告は、原審における本人尋問でこのことを述
べたにすぎないのであり、原判決がいう「音源(レコード)の持ち出しが
一切禁止されており、音源を持ち出して使用してはならない旨の説明を受
け、これを認識していた」と供述したものではない。あくまで「有体物で
あるハードディスクやCDを置いて行くように言われていたので、置いて
20 いった」というものである。したがって、一審被告の供述は、本件合意書
の内容とは無関係である。原判決は、一審被告の供述の趣旨を取り違えて
しまっており、②は事実誤認である。
上記のとおり、①の B’の証言には信用性が何ら認められないため事実
認定の資料とすることはできず、また、一審被告は②の趣旨の供述をして
25 いないから、③の結論を導き出す前提を欠くものである。原判決の認定は
誤りである。
イ このように、 B’
本件合意書作成に係る面談において、 が一審被告に対し
本件合意書の対象となる音源について説明したという事実もないし、また、
一審被告が一審原告保有音源については持ち出して使用してはならない
旨の説明を受けこれを認識していたという事実もない。そのため、本件合
5 意書による合意の対象は、文字どおり、一審原告が「著作権を有する音源」
または「著作権使用許諾を受けた音源」であり、
「著作権」は、法文通り、
著作権法21条ないし28条所定の各権利を意味することになる。
⑵ 争点1-2(一審被告が一審原告の音源を持ち出して使用したか)のうち、
争点1-2⑴の「朝の雀6mmテープ」について
10 一審被告は、一審原告在職中、
「朝の雀6mmテープ」の音源を「●●●●
●」の音響効果制作業務で使っていた。そのため、必然的に、一審被告が一
審原告在職中に制作した「●●●●●」のプロジェクトファイルには「朝の
雀6mmテープ」の音源が含まれている。一審被告は、一審原告の承諾の上、
一審原告退職後も「●●●●●」を引き続き担当することとなった。一審原
15 告退職後に一審被告が「●●●●●」を引き続き担当するには、一審原告在
職中に制作した「●●●●●」のプロジェクトファイルを複製することが必
須である。
そうすると、一審原告は、一審原告退職後も一審被告が「●●●●●」を
引き続き担当することを承諾した以上、一審被告が一審原告在職中に制作し
20 た「●●●●●」のプロジェクトファイルを複製することも黙示的に承諾し
ていたものと認められる。
そこで、一審被告は、一審原告を退職するにあたり、一審原告在職中に制
作した「●●●●●」のプロジェクトファイルを複製し、退職後もこれを保
管していた。一審被告は、このプロジェクトファイルに含まれる「朝の雀6
25 mmテープ」の音源を使用したものである。
したがって、一審被告の「朝の雀6mmテープ」の音源の使用は、本件合
意に抵触しない。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も、一審原告の請求は、原判決主文第1項掲記の限度で認容すべき
であり、その余は棄却すべきものと判断する。その理由は、当審における当事
5 者の主張も踏まえ、次のとおり補正し、後記2、3のとおり当審における当事
者の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中、第3
(原判決6頁9行目ないし12頁2行目まで)のとおりであるから、これを引
用する。
⑴ 原判決6頁10行目の冒頭から同頁19行目の末尾までを次のとおり改
10 める。
「⑴ 本件合意書の9条1項には、『甲が著作権を有する音源又は著作権使用
許諾を受けた音源を使用し、持ち出しては』ならないとし、同条4項には、
これに違反して『甲が著作権を保有しまたは著作権使用許諾を受けた音源
を使用した場合』について、
『使用した1音源あたり金50万円』を損害賠
15 償として支払う旨が定められているところ、本件合意書には、著作権等の
文言に関連して、前記第2の2⑽のとおり、3条、7条1項②、8条5項
にも定めがある。このうち8条5項は、著作権法27条及び28条を挙げ
て、委託業務の対価に含まれる著作権譲渡の範囲を規定し、その有償譲渡
に伴う著作者人格権不行使についても規定しており、著作権法の条文を明
20 確にして、譲渡に伴う著作権処理についての定めがされている。そうする
と、本件合意書における著作権等の意味については、これら条項を通じ、
文字どおり著作権法にいう著作権等をいうものと解するのが自然である。
そして、本件合意に当たり、B’と一審被告とは、平成29年9月11
日及び同年10月30日に、それぞれ1時間半ほどの面談を2度にわたり
25 行い(証人 B’の原審における尋問調書7頁、甲38)、本件合意書は、当
初の面談時の合意書案とは異なるものとして2度目の面談で提示され、そ
こにおいて各条項を読み上げた上で(甲38) 一審原告と一審被告との間

で合意に至った内容について、記載されたものである。
そうすると、本件合意書の9条1項に係る合意は、その文言のとおり、
一審原告が著作権を有する音源又は著作権使用許諾を受けた音源につい
5 てされたと解されるものであり、これを、著作権の有無にかかわらず、一
審原告が保有する音源の全てを指すものと解すべき明確な根拠は存しな
いというべきである。
しかも、『音源』とされるものには、例えばビンタの音など極めて短時
間でオリジナリティーに乏しいものも含まれる(甲11、17)とすると
10 ころ、このことも勘案すると、本件合意書の9条4項に定められた同条1
項の違反についての損害賠償額の予定である、期間の定めもなく侵害の態
様や回数を問わずに、使用した1音源当たり50万円とすることについて
は、相当に広範かつ高額の定めであるということができる。さらに、同項
ただし書には、当該違反行為により一審原告にさらに損害が生じた場合に
15 は、その損害についても賠償する旨の定めも置かれているところであるか
ら、契約書等における明確な根拠もなく、損害賠償額の予定等が定められ
た債務の内容につき、契約の文言とは異なる解釈をすることはできないと
いうべきである。
そして、一審原告の音響効果業務で使用される環境音や効果音等の音源
20 データは、一審原告の社員が独自に制作・収集したり、音源を制作した会
社等から買い取ったり期限を定めて使用許諾を受けたりといった方法に
より収集されたもの(甲10)であることを踏まえると、本件合意書9条
1項にいう『著作権を有する音源又は著作権使用許諾を受けた音源』とは、
①一審原告社内の録音ブースで音を制作したり、屋外や屋内で収音マイク
25 を使用して音を集めたりするなどして制作され、一審原告が著作権を有す
るもの、②音源について著作権を有する会社又は個人から使用許諾を受け、
半永久的あるいは一定期間の使用許諾を一審原告が得たものをいうと解
される。
⑵ これに対し、一審原告は、本件合意書9条1項にいう『著作権を有する
音源又は著作権使用許諾を受けた音源』については、著作権の有無にかか
5 わらず、一審原告が保有する全ての音源を指すものであると主張する。
しかし、一審被告はこれを否定しているところであり、B’も、本件合
意書締結に向けての2度の面談において、一審原告の上記立場を説明した
とはするものの、これについて一審被告が明確に同意した旨を証言等する
ものではない(原審における B’の尋問調書、甲38(B’の陳述書)。ま

10 た、一審被告が退職に当たり一審原告のもとにおいて使用した音源データ
の全てを返却したとすることについて、仮に B’と一審被告との間で、一
審原告が著作権を保有し、又は著作権使用許諾を受けた音源に限らず、一
審原告在職中に一審被告が取得した音源のデータの全てを返却する旨の
合意ができた事実に基づくものとしても、これは本件合意書3条に基づく
15 平成29年12月末日と8条の業務終了日のいずれか早い方までの音源
のデータの返却についてのものであり、これにより直ちに、本件合意書9
条4項の、その使用につき損害賠償義務の発生する音源の対象についても、
上記同旨の合意ができたものとすることはできない。
さらに、一審原告の主張するように、本件合意書9条についても、その
20 著作権との文言にかかわらず、一審原告の保有する全ての音源を指すもの
として当事者間に合意が成立したのであれば、その旨を本件合意書に加筆
するか訂正をすればよく、この点、一審原告においても、音源について著
作権法上の著作権が成立するか分からないものが含まれていることを明
確に認識していたのであるから(原審における証人 B’の尋問調書)、なお
25 さら、そのようにするのが自然であるということができる。現に、本件合
意書の作成日付けについては、手書きで訂正がされ、その上に各当事者の
押印がされているところである(甲1) このような加筆訂正等がされてい

ないことは、そのような合意が存しないことをうかがわせるものである。
そもそも一審原告においても、本件訴え提起の段階においては、本件合意
9条4項の、一審原告が『著作権を保有しまたは著作権使用許諾を受けた
5 音源』とは、①一審原告がレコード製作者の権利を有するもの、②一審原
告が著作権を有するもの、③一審原告が音の使用につき権利を有する者か
ら使用の許諾を受けたもの(当該音が著作物であればその著作権を有する
者及びレコード製作者の権利を有する者から、効果音等著作物性が明確で
ないものについてはレコード製作者の権利を有する者から許諾を受ける
10 などして使用が可能となったもの) の
、 『①から③を指していることは容易
に理解できる』
(訴状2ないし4頁)と主張していたところであり、一審原
告が保有する全ての音源を指すなどとは主張していなかったものである。
したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。」
⑵ 原判決8頁5行目の「6mm」を「6mm」に改め、同8頁15行目の末尾の
15 次を改行して「加えて、
『拳銃コミック6mmテープ』について、一審原告が
レコード製作者の権利を有する旨の主張については後記5のとおりであると
ころ、その他にも、一審原告は、関連する著作権の譲渡を受けた旨を主張し
(原審における一審原告準備書面⑴(令和3年12月17日付け)1頁)、証
人A’は使用許諾を受けたものである旨を証言するところ(原審における証
20 人A’の尋問調書23頁)、これらいずれについてもその裏付けとなる証拠は
提出されておらず、一審原告において、その音源についての著作権ないし使
用許諾を受けたものとして本件合意書9条1項に該当する旨についての立証
もないというべきである。」を加える。
⑶ 原判決9頁2行目の「うかがえ」 「うかがえるほか、HAC SOUND LIBRARY』
を 『
25 自体も相当に出回っている音源であることが認められ(乙19)」と改める。
⑷ 原判決9頁12行目の末尾の次を改行して「加えて、『noise generator
DISC2』自体、容易に入手可能であることも認められる(乙27)上に、仮に
一審原告の主張するように、一審原告保有に係る『VIDEO HELPER NOISE&
DRONES』又は『noise generator DISC2』の音源が使用されたとしても、前
記1⑴のとおりの本件合意9条4項の対象となる音源についての理解からす
5 れば、同合意の対象となる音源であるものと直ちにはいえないから、本件合
意に反する音源の使用についての立証がされたものとはいえないというべき
である。」を加える。
⑸ 原判決9頁25行目から同頁26行目の「一般に販売されており」を「一
般に販売されている効果音の音源であり」と改める。
10 ⑹ 原判決10頁1行目の「6,7」の次に「、28、32」を加え、同頁1
9行目の「被告が原告から持ち出した」を「一審被告が本件合意書9条3項
に違反して、一審原告が著作権を保有しまたは著作権使用許諾を受けた音源
を使用した」と改める。
⑺ 原判決11頁1行目の「その額」から同頁2行目の「また、」までを削り、
15 同頁4行目の「ない」を「なく、前記のとおり、その使用が債務不履行に当
たるものとして損害賠償額の予定がされた音源についても、一審原告におい
て著作権を有するか使用許諾を受けている音源とされている」と改める。
2 当審における一審原告の主張に対する判断
⑴ 一審原告は、前記第3の3〔一審原告の主張〕⑴のとおり、一審被告によ
20 る一審原告の音源の持出しがあり、これらにつき本件係争場面における一審
被告の使用を認定すべきである旨を主張する。
しかし、本件係争場面における使用が問題となった音源は、証拠保全の検
証の現場において、いずれも一審被告のもとから発見されず、証拠保全にお
いて検証の対象とされた「●●●●●●●●●●●●●」のセッションデー
25 タも、一審原告の主張するとおり、放送回数ごとに整理された状態で置かれ
たもので、音源の種類ごとに編集されたものではなく、補正の上で引用した
原判決第2の2⑺のとおり、
「●●●●●●●●●●●●●」の第3作その他
の作品の音源として使用された事実も認められない。一審原告の主張すると
おり、
「●●●●●●●●●」「●●●●●●●●●●●」及び「●●●●●

●●●●」のセッションデータが一審被告から一審原告代理人等に提出等さ
5 れていれば、これらに使用された音源の出所はより明らかになったとは解さ
れるものの、これらで使用されたとする音源が、検証の対象とされた一審被
告が作業場所で使用する音ネタ帳等から発見されることもなく、検証の現場
で発見された音ネタ帳やセッションデータの音源について、本件合意に反す
る使用の事実が立証されたものでもない。これらの事実に加え、補正の上で
10 引用した原判決第3の2⑵によれば、本件合意書9条4項の対象となる音源
の使用の事実は認められない。
したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。
⑵ 一審原告は、前記第3の3〔一審原告の主張〕⑵のとおり、本件係争場面
で使用された音源は本件合意書9条1項で使用が禁止された音源である旨を
15 主張する。
しかし、補正の上で引用した原判決第3の2⑵のとおり、一審被告が使用
したとする音源は、一審原告の主張に反し、いずれも一般に出回っていたり
購入が可能なものであって、これらを使用したとする一審被告の供述を一概
に排斥できるものでもないから、本件係争場面における本件合意に反する音
20 源の使用の事実の立証がされたものとは認められないというべきである。
したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。
3 当審における一審被告の主張に対する判断
⑴ 一審被告は、前記第3の3〔一審被告の主張〕⑴のとおり、本件合意書9
条1項の対象となる音源につき、一審原告が著作権を有する音源又は著作権
25 使用許諾を受けた音源である旨を主張する。
この点については、前記1⑴のとおり、本件合意書9条1項の対象となる
音源につき、一審原告が著作権を有する音源又は著作権使用許諾を受けた音
源であるところ、その具体的内容については、補正の上で引用した原判決第
3の1⑴①及び②のとおりであると認められるところであり、本件係争場面
における本件合意に反する使用の事実が認められない以上、一審被告の上記
5 主張については、それ以上の判断を要しない。
⑵ 一審被告は、前記第3の3〔一審被告の主張〕⑵のとおり、
「朝の雀6mm
テープ」の使用について、一審原告から黙示の承諾を受けた音源である旨を
主張する。
しかし、補正の上で引用した原判決第2の2⑶及び第3の2⑴のとおり、
10 「朝の雀6mmテープ」に関しては、本件合意書9条1項で禁止の対象とな
る持ち出しに該当し、これについて、補正の上で引用した原判決第3の3,
4及び6のとおり、その違反に基づき一審原告に対し50万円の損害賠償を
支払うべきこととなる。
したがって、一審被告の上記主張は採用することができない。
15 4 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、一審原告の請求は、
原判決主文第1項掲記の限度で認容すべきであり、その余は棄却すべきもので
ある。
よって、主文のとおり判決する。
20 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
25 東 海 林 保
裁判官
今 井 弘 晃
裁判官
水 野 正 則

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