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令和5(ネ)10069職務発明対価請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和6年2月1日
事件種別 民事
対象物 吹矢の矢
法令 特許権
民法166条1項4回
特許法35条3回
特許法35条3項1回
キーワード 職務発明37回
実施3回
特許権1回
無効1回
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する令和4年6月2
3日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
1 本件は、被控訴人の元従業員である控訴人が、発明の名称を「吹矢の矢」と
2 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張は、後記3のとおり当審にお10
3 当審における控訴人の補充主張
0条⑶の形式的な文言にこだわるのではなく、同条⑶は職務発明に関する規
85号平成15年12月11日第一小法廷判決・民集57巻11号2196
7行目から15頁6行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の補正10
3頁等)、本件就業規則60条が職務発明の対価やその支払時期について定
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
1項)とは、控訴人が被控訴人を退職した時点、あるいは、どんなに早くて
1年後に本件訴訟を提起したものと認められる。控訴人は、陳述書(甲15)
3 結論5
事件の概要 1 本件は、被控訴人の元従業員である控訴人が、発明の名称を「吹矢の矢」と する特許(特許第4910074号。以下「本件特許」という。)の一部は、控 訴人が被控訴人の従業員として行った職務発明であって、その特許を受ける権 利を被控訴人に承継させたと主張し、被控訴人に対し、特許法35条3項(平 成27年法律第55号による改正前のもの。以下、同条につき同じ。)に基づく 対価請求として、5000万円(一部請求)及びこれに対する訴状送達の日の5 翌日である令和4年6月23日から支払済みまで民法所定の年3%の割合によ る遅延損害金の支払を求めた事案である。

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判決文

令和6年2月1日判決言渡
令和5年(ネ)第10069号 職務発明対価請求控訴事件(原審・東京地方裁判
所令和4年(ワ)第13408号)
口頭弁論終結日 令和5年11月27日
5 判 決
控 訴 人 X
同訴訟代理人弁護士 服 部 謙 太 朗
同補佐人弁理士 藤 野 清 規
10 同 山 本 洋 三
被 控 訴 人 株式会社ダイセイコー
同訴訟代理人弁護士 小 林 幸 夫
15 同 木 村 剛 大
同 河 部 康 弘
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
20 事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する令和4年6月2
3日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
25 第2 事案の概要(略称等は、特に断らない限り、原判決の表記による。)
1 本件は、被控訴人の元従業員である控訴人が、発明の名称を「吹矢の矢」と
する特許(特許第4910074号。以下「本件特許」という。)の一部は、控
訴人が被控訴人の従業員として行った職務発明であって、その特許を受ける権
利を被控訴人に承継させたと主張し、被控訴人に対し、特許法35条3項(平
成27年法律第55号による改正前のもの。以下、同条につき同じ。)に基づく
5 対価請求として、5000万円(一部請求)及びこれに対する訴状送達の日の
翌日である令和4年6月23日から支払済みまで民法所定の年3%の割合によ
る遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は控訴人の請求を棄却したので、控訴人が原判決を不服として控訴し
た。なお、控訴人は、控訴に際し、請求金額を1000万円に減縮した。
10 2 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張は、後記3のとおり当審にお
ける控訴人の補充主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」第2の2ない
し4(2頁6行目から11頁15行目まで)記載のとおりであるから、これを
引用する。
3 当審における控訴人の補充主張
15 ⑴ 特許法35条は、発明者の利益保護と開発費等のリスク負担をした使用者
の利益保護の調和を図った上で、就業規則等において使用者等に特許を受け
る権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定し
た場合に、発明者に法定の対価請求権を付与した規定であり、このような立
法趣旨等に鑑みると、使用者が職務発明に利益を得ている場合に従業員であ
20 る発明者が対価を得られる機会を広く保護すべきである。
本件では、被控訴人は本件発明を自己実施し、その実施品を販売すること
により多大な利益を得ており、このような独占の利益を与えた本件発明の発
明者である控訴人に対して「有益な発明考案をした」
(就業規則60条⑶)こ
とに基づきクオカードを交付している。
25 このような本件の実質的な側面(被控訴人が、本件発明に基づき独占の利
益を得ており、独占の利益を得たことに対して控訴人に対して金品を授与し
ていること)及び前記の特許法35条の立法趣旨を踏まえると、就業規則6
0条⑶の形式的な文言にこだわるのではなく、同条⑶は職務発明に関する規
定であると解すべきであり、このような規定に基づいて平成24年6月末に
クオカードが交付されている以上、この時点をもって消滅時効の起算点とす
5 べきである。
また、原判決の判断は、職務発明規定を設けず、就業規則において表彰と
いう名目の下、表彰内容について詳細な規定を設けず、職務発明に対して他
の表彰事由と同様に簡易・一律に取り扱うという発明者にとって不利益な規
定に基づいてインセンティブの支払をすれば、職務発明に対する対価の支払
10 ではないとして、消滅時効の起算点が特許を受ける権利の承継時点に早まる
運用を認めることになり、発明者に対するインセンティブを与えない使用者
の方が消滅時効の観点からは手厚い保護がされることになってしまう。しか
し、このような結論は特許法35条の立法趣旨からすると妥当ではない。本
件のように控訴人が行った職務発明及びその実績に対して金員が支払われた
15 ことが明白な事案においては、このような実質的な側面を重視し、規定の名
称といった形式がどのようなものかという点を問わず、一律に職務発明の対
価に関する規定であるとする方が、発明者保護の観点とともに、従業員に対
して手厚いインセンティブを支払う企業もそうでない企業も消滅時効の点で
同様の扱いとなるという点からも妥当である。
20 原判決は、就業規則60条には対価の支払時期に関する記載がないことを
もって、同規定が対価の支払時期に関するものではないと述べている。しか
し、実際の支払の運用を踏まえた場合に対価の支払時期が明確となっている
のであれば、このような運用を踏まえて消滅時効の起算点を認定することは
何ら問題がない。本件では、甲7(被控訴人の社内報)の3頁の「34期表
25 彰」との記載から明らかなように、被控訴人においては、各事業年度が終了
して翌事業年度に切り替わる際、具体的には毎年6月末に前年度の表彰を行
っていた運用が認められ、就業規則上の表彰に関する規定と上記運用を踏ま
ると、被控訴人においては職務発明対価の支払時期に関する定めがあったと
いえる。
⑵ 最高裁昭和40年(行ツ)第100号昭和45年7月15日大法廷判決・
5 民集24巻7号771頁は、民法166条1項(平成29年法律第44号に
よる改正前のもの。以下同じ。)の権利を行使することができる時とは、単に
その権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、権利の性質
上、その権利行使が現実に期待できるものであることを必要とすると述べて
いる。
10 最高裁平成元年(オ)第1667号平成6年2月22日第三小法廷判決・
民集48巻2号441頁、最高裁平成4年(オ)第701号平成8年3月5
日第三小法廷判決・民集50巻3号383頁、最高裁平成12年(受)第4
85号平成15年12月11日第一小法廷判決・民集57巻11号2196
頁も、権利を行使することができる時につき、法律上の障害のみならず事実
15 上の障害が無くなった場合を指すと判断しており、学説においても、法律上
の障害のみならず事実上の障害が無くなった場合をもって消滅時効の起算点
とすることが一般的な規範として論じられている。
原判決は、民法166条1項の「権利を行使することができる時」とは、
法律上の障害がなくなった時を指し、事実上の障害がある場合は含まないと
20 判断しているが、この判断は上記各最高裁判例や学説(通説)に反するもの
である。
本件では、被控訴人と控訴人には使用者と従業員という力関係があり、控
訴人が在職中に使用者に対して自由な意思表示をすることは原則として不可
能であり、特に典型的なオーナー企業・ワンマン企業である被控訴人におい
25 ては、従業員が使用者あるいは代表者に対して自由に意見を言える環境では
なかったのであり、このような状況において、被控訴人が控訴人に対して在
職中に職務発明対価請求権を放棄する旨の本件同意書に捺印を要求し、控訴
人としてこれに応じざるを得なかったため、控訴人は職務発明対価請求権の
行使は不可能であると誤信し、少なくとも在職中には対価請求権の行使を検
討することは現実的に期待できなかったとの特殊な事情がある。この事情を
5 踏まえると、本件において「権利を行使することができる時」とは、控訴人
が被控訴人を退職した時点、あるいは、どんなに早くても、本件同意書の有
効性について検討するのに必要な合理的な検討時間である捺印後6か月経過
後であるといえ、本件では消滅時効は完成していない。
⑶ 甲6の表彰状に記載された表彰の理由に基づき、「有益な発明考案をした」
10 との本件就業規則60条⑶に基づきクオカードが交付されたという本件の実
質的な側面からすれば、上記クオカードの交付は債務の一部承認として消滅
時効が中断するというべきである。
⑷ 権利濫用の抗弁に関し、原判決は、令和3年4月に控訴人が代理人に委任
して職務発明対価請求に関する通知書を発していたことをもって、この時点
15 で訴訟を提起することが可能であったと論じている。
しかし、本件のような職務発明対価請求権の放棄に関する書面の有効性は、
関連する従前の裁判例がなく、検討に時間を要する事案であり、かつ、元従
業員である控訴人が使用者であった被控訴人に対して代理人に委任して権利
行使をするのは物理的にも精神的にも負担が大きい事案である。
20 さらに、被控訴人は、従業員である控訴人が在職中に使用者に対して自由
な意思表示をすることが原則として不可能である等の状況を利用し、被控訴
人が控訴人に対して在職中に本件同意書に捺印を要求し、控訴人としてこれ
に応じざるを得なかったため、控訴人は職務発明対価請求権の行使は不可能
と誤信等させることにより、控訴人による対価請求権の権利行使を同人が平
25 成30年に退職するまで約6年間不可能とさせるという利益を得ている。
このような被控訴人の行為の悪質性や、被控訴人が得た利益と、前述の控
訴人の権利行使の困難性や、控訴人が令和3年5月に被控訴人からの回答受
領後同年9月に時効が完成するまでの約4か月という短期間に権利行使を要
求することの不当性を総合考慮すると、本件において被控訴人が消滅時効の
完成を主張することは権利濫用に当たるというべきである。
5 第3 当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきであると判断する。
その理由は、後記1のとおり補正し、後記2のとおり当審における控訴人の補
充主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」第3(11頁1
7行目から15頁6行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
10 1 原判決の補正
⑴ 原判決11頁20行目から同頁26行目までを次のとおり改める。
「ア 勤務規則の定め等に基づき職務発明について特許を受ける権利を使用者
に承継させた従業者は、特許を受ける権利を使用者に承継させたときに、
使用者に対する相当の対価の支払請求権を取得するが(法35条3項) 勤

15 務規則等に対価の支払時期が定められているときは、当該定めによる支払
時期が到来するまでの間は、相当の対価の支払を受ける権利の行使につき
法律上の障害があるものとして、その支払を求めることができないという
べきであるから、勤務規則等に、使用者が従業者に対して支払うべき対価
の支払時期に関する条項がある場合には、その支払時期が相当の対価の支
20 払請求権の消滅時効の起算点となる(最高裁平成13年(受)第1256
号平成15年4月22日第三小法廷判決 民集57巻4号477頁) 他方、
・ 。
勤務規則等にこのような支払時期に関する条項がない場合には、原則とし
て、従業者が相当の対価の支払請求権を取得したとき、すなわち、従業者
が特許を受ける権利を使用者に承継させたときが相当の対価の支払請求権
25 の消滅時効の起算点となると解される。」
⑵ 原判決13頁6行目から同頁11行目までを次のとおり改める。
「また、『権利を行使することができる』(平成29年法律第44号による改
正前の民法166条1項)とは、その権利の行使につき法律上の障害がない
こととともに、権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであ
ることをも必要とすると解されるが(最高裁昭和40年(行ツ)第100号
5 昭和45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁、最高裁平成4
年(オ)第701号平成8年3月5日第三小法廷判決・民集50巻3号38
3頁等)、本件就業規則60条が職務発明の対価やその支払時期について定
めた規定ではないとすれば、仮に、被控訴人において毎年6月末に前年度に
生じた事由に関する表彰を行うとの慣行があるとしても、被控訴人の従業者
10 が職務発明について特許を受ける権利を被控訴人に承継させた場合に、その
承継の時点の翌年度の6月末まで、従業者が被控訴人に対して職務発明に係
る相当の対価の支払請求権を行使することを現実に期待し得ないとはいえな
い。」
⑶ 原判決14頁17行目冒頭から同頁19行目の「ではない。 までを次のと

15 おり改める。
「この点、控訴人は、その陳述書(甲13)において、本件同意書の提出の
経緯に関し、被控訴人の経理部長から本件同意書を渡され、記名捺印して提
出するよう言われ、意見交換や内容に関する協議の機会は与えられず、提出
が当たり前という言い方で、発明者としての報酬や権利を主張してはならな
20 い理由についての説明はなかったと述べるが、本件同意書の作成を強制され
たとは述べておらず、そのような強制がされたとは認められない。控訴人は、
上記陳述書において、控訴人が被控訴人に在籍していた当時、被控訴人の社
内では、会長や社長を常に立て、功績は全て会長や社長のものとしなければ
ならない風潮があり、被控訴人は典型的なオーナー企業であって、従業員が
25 会社に自由な意見を言うことができなかった旨も述べているが、この陳述す
る内容について客観的な裏付けはなく、上記陳述の内容を採用することはで
きない。」
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
⑴ 前記第2の3⑴の主張について
控訴人は、本件就業規則60条⑶は職務発明に関する規定であると解すべ
5 きであり、このような規定に基づいて平成24年6月末にクオカードが交付
されている以上、この時点をもって消滅時効の起算点とすべきであると主張
する。
しかし、本件就業規則60条は、
「表彰」に関する規定であると明示され、
その表彰事由は職務発明に関するものだけでなく業務上の功績と認められる
10 事情が広範に表彰の対象とされており、表彰として経済的利益を供与すると
決められていることはなく、表彰の内容や時期についても同条その他本件就
業規則において定められていないことからすれば、同条⑶が職務発明の対価
に関する規定であると解することができないのは、補正の上で引用した原判
決「事実及び理由」第3の1⑴ウの説示のとおりであり、被控訴人が本件発
15 明に基づく利益を得たこと及び被控訴人が控訴人に対して金銭的価値を有す
るプリペイドカードの一つであるクオカードを支給したことをもって、同条
⑶を職務発明の対価に関する規定であると解することはできない。
勤務規則等において職務発明に係る対価の支払に関する規定が存在する
場合でも、支払時期の定めがなければ、職務発明について特許を受ける権利
20 を使用者に承継させた従業者は、権利の承継の時点から使用者に対して職務
発明対価請求権を行使することができるから、原則として同時点が消滅時効
の起算点となる。勤務規則等において支払時期の定めがあるときに、上記支
払請求権の消滅時効の起算点が当該支払時期となるのは、同支払時期までは
権利行使について法律上の障害があり、上記支払請求権を行使することがで
25 きないことによる(補正後の原判決第3の1⑴ア) これらの事情からすれば、

本件において控訴人の被控訴人に対する相当の対価の支払請求権の消滅時効
が特許を受ける権利の承継の時点から進行すると解することが、発明者に対
するインセンティブを与えるために職務発明対価請求に関する規定を定めた
使用者に比べ、発明者に対するインセンティブを与えない使用者である被控
訴人に対して消滅時効の起算点に関して手厚い保護を与える結果となって不
5 当であるとはいえない。
被控訴人において、本件就業規則60条に基づく表彰を毎年6月末に行う
運用又は慣行があったとして、そのことは、同条⑶の規定が職務発明に係る
対価の支払に関する規定であると解する根拠とはならない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
10 ⑵ 前記第2の3⑵の主張について
控訴人は、本件において「権利を行使することができる時」
(民法166条
1項)とは、控訴人が被控訴人を退職した時点、あるいは、どんなに早くて
も、本件同意書の有効性について検討するのに必要な合理的な検討時間であ
る捺印後6か月経過後であるから、本件では消滅時効は完成していないと主
15 張する。
しかし、
「権利を行使することができる」とは、その権利の行使につき法律
上の障害がないこととともに、権利の性質上、その権利行使が現実に期待の
できるものであることをも必要とすると解されるが(補正の上で引用した原
判決「事実及び理由」第3の1⑴ウ)、権利行使について事実上の障害がある
20 場合に常に「権利を行使することができる時」に当たらないことにはならな
い。
控訴人が被控訴人の従業員であったことをもって直ちに退職前に職務発
明対価請求権の行使が現実に期待できなかったとはいえない。控訴人の陳述
書(甲13)には、被控訴人は典型的なオーナー企業であって、従業員が会
25 社に自由な意見を言うことができなかった旨の陳述があるが、客観的裏付け
がなくこの陳述を採用することはできないことは、補正の上で引用した原判
決「事実及び理由」第3の1⑶の説示のとおりである。
したがって、控訴人が主張する内容を考慮しても、控訴人が被控訴人を退
職するまで、被控訴人に対して職務発明対価請求権を行使することが現実に
期待できなかったと解することはできない。
5 また、本件同意書の有効性について検討する必要があるために、本件同意
書に控訴人が捺印した後6か月が経過するまで、職務発明対価請求権の行使
が現実に期待できなかったと解すべき根拠となる事情は認められない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
⑶ 前記第2の3⑶の主張について
10 控訴人は、被控訴人の控訴人に対するクオカードの交付は、職務発明対価
の支払債務の一部承認であり、消滅時効が中断すると主張する。
しかし、本件就業規則60条が表彰制度について定めた規定であり、クオ
カードはこの規定に基づき交付されたものであること、及び、このクオカー
ドの交付に先立って控訴人が被控訴人に本件同意書を提出しており、控訴人
15 及び被控訴人のいずれも、控訴人が職務発明対価請求権を放棄したと認識し
ていたのであり、その状況の下でクオカードの交付がされたことからすれば、
クオカードの交付を職務発明の対価の支払であると認めることはできず、職
務発明対価の支払債務の一部承認であると解することもできない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
20 ⑷ 前記第2の3⑷の主張について
控訴人は、被控訴人が消滅時効の完成を主張することは権利濫用に当たる
と主張する。
しかし、本件同意書の作成に当たり、控訴人が、被控訴人の代表者又は従
業員から、同意書の作成を強制された事実が認められないこと、控訴人の陳
25 述書(甲13)には、被控訴人は典型的なオーナー企業であって、従業員が
会社に自由な意見を言うことができなかった旨の陳述があるものの、この陳
述内容について客観的な裏付けはなく、上記陳述の内容を採用することはで
きないことは、補正の上で引用した原判決「事実及び理由」第3の1⑶の説
示のとおりであり、被控訴人が従業員である控訴人が在職中に使用者に対し
て自由な意思表示をすることが不可能である等の状況を利用し、被控訴人が
5 控訴人に対して在職中に本件同意書に捺印させたとは認められない。
控訴人が、被控訴人の従業員であることにより、心理的・精神的に職務発
明対価請求権の行使が困難であると感じていたとしても、そのことをもって、
被控訴人による消滅時効の援用が権利濫用であるとはいえない。
まして、控訴人は、被控訴人を退職した後に被控訴人に対して内容証明郵
10 便により本件各発明に係る相当の対価の支払を求めており、この支払請求は
被控訴人の令和3年5月14日付け回答書により拒絶されたが(前提事実⑹)、
控訴人が上記回答書を受領した時点では、遅くとも控訴人が本件各発明に係
る特許を受ける権利を被控訴人に承継したと認められる平成23年9月13
日から10年を経過していなかったから、控訴人の被控訴人に対する職務発
15 明対価請求権の消滅時効が完成していたとは認められない。それにもかかわ
らず、控訴人は、令和4年6月1日まで本件訴訟を提起しなかった(当裁判
所に顕著な事実) 上記内容証明郵便は弁護士
。 (本件の控訴人訴訟代理人弁護
士)が控訴人の代理人として送付しており(甲3の1)、控訴人が、上記内容
証明郵便の送付の時点までに、被控訴人に対する職務発明対価請求に関して
20 弁護士に相談していたと認められるのであって、これらの事情によれば、控
訴人が、弁護士にも相談した上で、自らの判断で、前記回答書の送付から約
1年後に本件訴訟を提起したものと認められる。控訴人は、陳述書(甲15)
において、本件同意書が無効であるといえるのか自信をもてず、弁護士費用
を払って訴訟を提起することを躊躇していたため、令和4年6月まで訴訟を
25 提起することができなかったと陳述するが、仮にこの陳述どおりであったと
しても、そのことをもって、被控訴人による消滅時効の援用が権利濫用に当
たるとはいえない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
⑸ その他、控訴人が縷々主張する内容を検討しても、当審における上記認定
判断(原判決引用部分を含む。)は左右されない。
5 3 結論
以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の請求は
理由がないからこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、
本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
10 知的財産高等裁判所第3部
15 裁判長裁判官
東 海 林 保
裁判官
今 井 弘 晃
裁判官
水 野 正 則

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