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令和5(ネ)10026特許権侵害差止等請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和6年1月31日
事件種別 民事
法令 特許権
特許法29条1項2号1回
特許法102条2項1回
特許法100条1項1回
キーワード 実施32回
特許権7回
新規性5回
無効3回
損害賠償3回
差止3回
侵害2回
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における拡張請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は全て控訴人の負担とする。
3698984号)及び発明の名称を「製紙用弾性ベルト」とする本件特許2
1 控訴人の原審における請求
44号による改正前の民法所定)
2 原審の判断及び控訴の提起
1 前提事実20
2 本件各発明の概要
1A 補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり、前記補強基
1B 外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレ
1C 外周面を構成するポリウレタンは、末端にイソシアネート基を有
1D シュープレス用ベルト。
2A 表面に排水溝を有する製紙用弾性ベルトにおいて、
2B 前記排水溝の壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.5
0μm以下であることを特徴とする、
2C 製紙用弾性ベルト。
4】)。20
005】)。この排水性を悪化させる要因としては、ベルトの溝自体が
6】)。
0μm以下であることを特徴とする(【0011】)。
3~4μm程度であった。溝壁面の表面粗さが所定の値以上になると、
2】)。
1 争点
2 争点に関する当事者の主張
3 当審における控訴人の補充的主張
1 当裁判所も、①被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するとは20
2 当審における控訴人の補充的主張に対する判断
10(甲93の10)、IKベルト12(甲93の12の1・2)、I
2の技術的範囲に属すると主張する。
19及び乙216~225のベルトは、いずれも使用済みベルトである
34μm~0.78μmの範囲内で、その製品をユーザーが6か月間使
169~179(10反)の測定結果のサンプルは保管されていたキー20
83反(乙7の2は4反、乙152~156は57反、乙169~17
9は11反、乙181は11反)であり、測定した溝の本数をみると、
0年代半ばであり(乙37、130)、②昭和62年発行の「ポリウ
1~3)によれば、上記コードはベルトの外周面及び内周面にエタキュ
0を使用していたところ(原判決45頁)、上記ア(イ)の認定事実によ
0種類存在し(甲43)、その全てについて標準品を準備して分析依頼
7)にポリウレタンプレポリマーと反応させるアミン硬化剤組成物とし
003】)と同類であるこれらの硬化剤を想定するとみるのが自然であ20
3 結論20
2】)
1 被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するか
16】、【0017】、【図2】~【図4】)、この「任意に選定された排
2.0μm以下である」という排水溝の壁面に係る技術的要素を特徴とする
9(甲101の1の1~甲101の3の2)、従前の控訴人測定結果全て
10)、IKベルト12(甲93の12の1・2)、IKベルト19(甲1
01の3の1・2)については、全ての溝の平均粗さが2.0μm以下であ
169~179、181、189~193、195、196、198、20
0~204、206、208~211)を検討対象とした。15
2 公然実施発明Bに基づく本件発明1の新規性欠如の有無15
0年)6月であり(乙37)、日本国内において本格的に販売開始され
133)、乙32にはケイチャー21は記載されていないことから、ケイチ
91でもベルトB1及びB2が全製造工程を終えた後の平成11年8月11
92についても、広範囲のマスキングが施され、いかなる工程でエタキュア
0」について、化学処理コード(乙229の1~3)を提出し、外周面及び
1~3には「種別 技術標準」、分類番号として「技企-5011」又は
1月10日)の前も同様であった。5
3)。
3 損害の発生及びその額(争点6)について10
5年3月23日までの期間における売上高は14億円を下らず、被控訴人が得
2μm以下の溝の割合 87.99% 87.78% 80.74% 45.06%
2μm以上3μm以下の溝の割合 10.21% 11.11% 11.67% 33.85%
3μm以上の溝の割合 1.80% 1.11% 7.59% 21.09%
2μm以下の溝の割合 88.29% 87.78% 84.17% 47.45%
2μm以上3μm以下の溝の割合 10.25% 11.11% 12.16% 35.64%
3μm以上の溝の割合 1.46% 1.11% 3.67% 16.90%
2μm以下の溝の割合 100.00% 77.16% 53.09%
2μm以上3μm以下の溝の割合 0.00% 20.37% 24.72%
3μm以上の溝の割合 0.00% 2.47% 22.20%
2μm以下の溝の割合 100.00% 78.13% 53.60%
2μm以上3μm以下の溝の割合 0.00% 20.63% 24.95%
3μm以上の溝の割合 0.00% 1.25% 21.45%
77(使用済み)))
事件の概要 1 控訴人の原審における請求 (1) 被控訴人は、被控訴人各製品を製造し、販売し、販売の申出をし、輸出し てはならない。 (2) 被控訴人は、被控訴人各製品を廃棄せよ。 (3) 被控訴人は、控訴人に対し、2億2000万円及びうち1億1000万円15 に対する平成29年5月16日から、うち1億1000万円に対する令和2 年3月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(後述の とおりの請求の拡張あり)。 【請求の法的根拠】 (1)について20 特許法100条1項に基づく差止請求 (2)について 同条2項に基づく廃棄請求 (3)について ・ 主請求:不法行為に基づく損害賠償請求25

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判決文

令和6年1月31日判決言渡
令和5年(ネ)第10026号 特許権侵害差止等請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所平成29年(ワ)第4178号)
口頭弁論終結日 令和5年11月30日
5 判 決
控訴人(第1審原告) ヤ マ ウ チ 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 重 冨 貴 光
10 同 岡 田 さ な ゑ
同 黒 田 佑 輝
同 石 津 真 二
同 杉 野 文 香
15 被控訴人(第1審被告) イ チ カ ワ 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 本 多 広 和
同 田 中 一 成
同訴訟代理人弁理士 古 橋 伸 茂
20 同 黒 川 恵
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における拡張請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は全て控訴人の負担とする。
25 事 実 及 び 理 由
【略語】
本判決で用いる主な略語は、別紙1「略語一覧」のとおりである。その他、原判
決で使用されている略語は、特に断りのない限り、本判決でもそのまま踏襲してい
る。
第1 事案の要旨
5 本件は、発明の名称を「シュープレス用ベルト」とする本件特許1(特許第
3698984号)及び発明の名称を「製紙用弾性ベルト」とする本件特許2
(特許第3946221号)の特許権者である控訴人が、被控訴人による被控
訴人各製品の製造、販売等が特許権の侵害に当たると主張して、被控訴人に対
し、その差止め、損害賠償等を求める事案である。
10 第2 当事者の求めた裁判
1 控訴人の原審における請求
(1) 被控訴人は、被控訴人各製品を製造し、販売し、販売の申出をし、輸出し
てはならない。
(2) 被控訴人は、被控訴人各製品を廃棄せよ。
15 (3) 被控訴人は、控訴人に対し、2億2000万円及びうち1億1000万円
に対する平成29年5月16日から、うち1億1000万円に対する令和2
年3月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(後述の
とおりの請求の拡張あり)。
【請求の法的根拠】
20 (1)について
特許法100条1項に基づく差止請求
(2)について
同条2項に基づく廃棄請求
(3)について
25 ・ 主請求:不法行為に基づく損害賠償請求
・ 附帯請求:遅延損害金請求(起算日はそれぞれ訴状及び令和2年3月23
日付け訴えの追加的変更申立書の各送達日の翌日、利率は平成29年法律第
44号による改正前の民法所定)
2 原審の判断及び控訴の提起
原審は、①被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足せず、その技
5 術的範囲に属さない、②本件発明1は公然実施発明Bであって新規性を欠き、
本件特許1に基づく請求については特許無効の抗弁が認められるとして、控訴
人の請求をいずれも棄却する判決をした。これを不服とする控訴人が控訴を提
起するとともに、下記控訴の趣旨(3)のとおり当審において損害賠償請求を拡
張した。
10 【控訴の趣旨】
(1) 原判決を取り消す。
(2) 上記1(1)、(2)と同旨
(3) 被控訴人は、控訴人に対し、3億3000万円及びうち1億1000万円
に対する平成29年5月16日から、うち1億1000万円に対する令和2
15 年3月26日から、うち77万円に対する令和5年4月4日(同年3月23
日付け訴えの追加的変更申立書の送達日の翌日)から各支払済みまで年5分
の割合による金員を、うち1億0923万円に対する同年4月4日から支払
済みまで年3分の割合による金員を、それぞれ支払え。
第3 前提事実等
20 1 前提事実
前提事実は、原判決「事実及び理由」第2の1(2頁~)に記載のとおりで
あるから、これを引用する。
2 本件各発明の概要
(1) 本件発明1
25 ア 構成要件の分説
1A 補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり、前記補強基
材が前記ポリウレタン中に埋設され、
1B 外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレ
ス用ベルトにおいて、
1C 外周面を構成するポリウレタンは、末端にイソシアネート基を有
5 するウレタンプレポリマーと、ジメチルチオトルエンジアミンを含有
する硬化剤と、を含む組成物から形成されている、
1D シュープレス用ベルト。
イ 本件発明1の技術的特徴
本件明細書1の記載は原判決「事実及び理由」第4の1(1)(20頁~)
10 に記載のとおりであり、これによれば、本件発明1につき、次のような
開示があることが認められる。
(ア) 本件発明1は、補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり、
特に製紙工業に使用されるシュープレス用ベルトにおけるポリウレタン
の改良に関する(【0001】)。
15 近年、抄紙工程において、湿紙の脱水効果を高めるために、高速で走
行するフェルトに載置された湿紙の一方の面をプレスロールで押さえ、
他方の面をエンドレスベルトを介して加圧シューで加圧して湿紙の脱水
を行なう、いわゆるシュープレスが普及しており、補強基材と熱硬化性
ポリウレタンとを一体化しエンドレスに形成したベルトが使用されてい
20 る(【0002】)。
製紙用ベルトの弾性材料としては、ウレタンプレポリマーと硬化剤と
を混合し、硬化させてなる熱硬化性ポリウレタンが一般的に使用されて
おり、硬化剤として4 ,4'-メチレン-ビス-(2-クロロアニリ
ン)(MOCA)が用いられている(【0003】)。
25 (イ) シュープレスにおいては、ベルトに対して苛酷な屈曲・加圧が繰り
返されるため、ベルトを構成するポリウレタン(主に外周面)にクラ
ックが発生することが大きな問題となっていた。いったん発生したク
ラックは、ベルトの使用とともに大きなクラックへと進展し、潤滑油
が外部へ漏れて紙に悪影響を与えたり、ベルトの層間剥離を引き起こ
し、ベルトの寿命低下の原因となる(【0004】)。
5 (ウ) 本件発明1は、上記の問題を解決し、クラックの発生を防止できる
シュープレス用ベルトを提供することを目的とする(【0005】)。
(エ) 本件発明1に係るシュープレス用ベルトは、補強基材と熱硬化性ポ
リウレタンとが一体化してなり、前記補強基材が前記ポリウレタン中
に埋設され、外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシ
10 ュープレス用ベルトにおいて、外周面を構成するポリウレタンは、末
端にイソシアネート基を有するウレタンプレポリマーと、ジメチルチ
オトルエンジアミン(DMTDA)を含有する硬化剤と、を含む組成
物から形成されており(【0006】)、この構成により、クラック
の発生を防止できる(【0035】、【0043】、【0102】)。
15 (オ) ジメチルチオトルエンジアミン(DMTDA)は、3,5-ジメチル
チオ-2,4-トルエンジアミン又は3,5-ジメチルチオ-2,6-
トルエンジアミンを、それぞれ単独でまたは混合物として用いることが
できる。特に好ましい硬化材として、アルベマール社より「ETHAC
URE 300」(エタキュアー300)として市販されている上記の
20 混合物が挙げられる(【0039】~【0042】)。
(カ) 硬化剤としてDMTDA又はMOCAを使用した各サンプルの耐久試
験の結果は、下記表のとおりである(【0087】~【00 90】、
【表1】)。
(2) 本件発明2
ア 構成要件の分説
2A 表面に排水溝を有する製紙用弾性ベルトにおいて、
5 2B 前記排水溝の壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.
0μm以下であることを特徴とする、
2C 製紙用弾性ベルト。
イ 本件発明2の技術的特徴
本件明細書2の記載は原判決「事実及び理由」第4の1(2)(26頁~)
10 に記載のとおりであり、これによれば、本件発明2につき、次のような
開示があることが認められる。
(ア) 本件発明2は、製紙工業等の分野において、湿紙を加圧脱水処理する
ために用いられる、表面に排水溝を有する製紙用弾性ベルトに関する
(【0001】)。
15 (イ) 製紙技術においては、プレスされる湿紙から搾り出した水を運び去る
ために、弾性ベルトの外表面に湿紙の走行方向に沿って多数の排水溝を
設けることが知られている(【0003】)。従来から、製紙用弾性ベ
ルトの溝については、湿紙に溝の痕跡が付くのを避けるため溝幅寸法を
小さくしており、溝幅は通常0.6~ 1.5mmである(【000
20 4】)。
他の要求特性として、湿紙から搾り出した水を溝内から瞬時に外部に
放出する排水性があり、高速で回転するベルトが1回転するまでの間に
溝内から排水しなければ、湿紙を再湿させ、搾水性能が低下する(【0
005】)。この排水性を悪化させる要因としては、ベルトの溝自体が
5 持つ排水性の悪さ、紙かすの付着による排水性の低下、使用に伴うベル
トの摩耗や圧縮歪による溝の空隙量の低下等が考えられる(【000
6】)。
(ウ) 本件発明2の目的は、良好な搾水性能を発揮できる製紙用弾性ベルト
を提供することである(【0010】)。本件発明2は、表面に排水溝
10 を有する製紙用弾性ベルトにおいて、排水溝の壁面の表面粗さが、日本
工業規格(JIS-B0601)で規定する算術平均粗さ(Ra)で2.
0μm以下であることを特徴とする(【0011】)。
(エ) 従来の弾性ベルトに対する溝加工では、溝幅が0.6~1.5mm程
度と狭いために、冷却水による加工部分の冷却が不安定となったり、切
15 り屑の排出がスムーズにできなかった等の理由で、溝壁面の表面粗さは
3~4μm程度であった。溝壁面の表面粗さが所定の値以上になると、
水の流れに対する抵抗が大きくなり、また紙かすが付着し易くなって、
弾性ベルトの搾水性能を低下させる(【0009】)。
これに対し、排水溝の壁面の表面粗さを2.0μm以下にすると、水
20 の流れに対する抵抗を小さくすることができるとともに、紙かすの付着
が大幅に減少し、良好な搾水性能を発揮することができる(【001
2】)。
溝壁面の表面粗さが0.7μm、2μm、3μmおよび4μmの各弾
性ベルトを新聞紙用のシュープレスに使用し、目視により溝壁面の汚れ
25 のレベルを確認した結果は、下記表のとおりである(【0026】、
【0027】、【表2】)。
第4 争点及び当事者の主張
1 争点
当審における実質的な争点は、次のとおりである(これ以外の争点は、結論
5 的に判断を要しないことになるため、ここには掲げない。)。
(1) 被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するか(原審の争点2)
(2) 公然実施発明Bに基づく本件発明1の新規性欠如の有無(原審の争点3
-2)
ア ベルトBの外周面を構成するポリウレタンはDMTDAを含有する硬化
10 剤を含む組成物から形成されているか
イ ベルトBに係る発明は公然実施をされた発明に当たるか
2 争点に関する当事者の主張
上記争点に関する当事者の主張は、後記3のとおり当審における控訴人の補
充的主張を加えるほか、原判決「事実及び理由」第3の2(11頁~)及び原
15 判決別紙「無効主張一覧表(本件発明1)①」の番号2(80頁)に記載のと
おりであるから、これを引用する。
3 当審における控訴人の補充的主張
上記1の争点に関する控訴人の補充的主張及び当審における請求の拡張に係
る主張は、別紙「当審における控訴人の補充的主張」のとおりであり、前者に
20 係る主張の要旨は以下のとおりである。
(1) 被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するか
【控訴人の主張(要旨)】
ア 構成要件2Bを「排水溝の『全長にわたって』、その壁面の表面粗さが、
算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であることを要する」と解する
根拠は、本件発明2の課題にはなく、当業者の技術常識等からみても非
現実的である。
イ 本件発明2の請求項の記載、本件明細書2の説明及び当業者の技術常識
5 を踏まえると、当業者からみて明らかに溝加工作業時に生じた異常(イ
レギュラー)を除外し、測定結果に係る各壁面の表面粗さの平均値が算
術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下である結果が得られているか否か
を検討する手法(別紙2「当審における控訴人の主張」1 ア)による
べきであり、この手法により判断した場合、当事者双方が提出した測定
10 結果のほとんど(キーサンプルの一部を除く。)において、排水溝の壁
面の表面粗さは2.0μm以下となる。
ウ 被控訴人各製品の排水溝壁面の表面粗さの測定結果については、使用済
みの実製品については除外する合理的理由がない一方、キーサンプルに
ついては実製品と同様の性状を有するものと評価すべきではない。
15 各測定結果をみても、未使用の実製品の測定結果(被控訴人提出の測定
結果については異常値を除く平均値)はいずれも2.0μm以下であり、
使用済みの実製品の測定結果もこれと近似しているが、キーサンプルの
測定結果のみは大きく乖離している。
したがって、未使用品とキーサンプルの測定結果のみを検討し、使用
20 済みの実製品の測定結果を排斥した原判決は誤っている。
(2) 公然実施発明Bに基づく本件発明1の新規性欠如の有無について
【控訴人の主張(要旨)】
ア ベルトBが本件発明1の実施品と認められないこと
ベルトBは 、製品自体は 証拠として提出されておらず、 QC工 程 図
25 (乙32)等に拠って製造されたとみるには不自然な事情が認められ、
裏付けが不十分であるから、ベルトBの外周層に硬化剤としてDMTD
A(エタキュアー300)が用いられたとはいえない。
したがって、ベルトBは構成要件1Cを充足せず、ベルトBにより本
件発明1が公然実施をされたとはいえない。
イ 公然実施をされた発明に当たらないこと
5 本件特許1の出願時において、分析機関は独力でDMTDAを同定す
ることはできず、分析を依頼する当業者において、①シュープレス用ベ
ルトの外周面を構成するポリウレタンに使用される硬化剤に着目・検討
し、②数多くの硬化剤の中からDMTDAを特定し、③分析機関に対し
DMTDAの標準品とともにベルト外周面を構成するポリウレタンのみ
10 を切り出してマススペクトル測定を依頼しなければならなかった。
しかし、シュープレス用ベルトの外周面に用いる硬化剤に着目し、D
MTDAを使用する製造方法は、当時の当業者に知られていなかった上、
当業者が約80種類存在した硬化剤の中からDMTDAを特定し、分析
依頼をしたであろう事情は認められない。
15 このように、当業者が通常利用可能な分析技術を用いて実施品を分析し
ても発明の内容を知り得ず、創意工夫や試行錯誤をしなければ発明の内
容を知り得ないような場合には、発明の内容が知り得る状態におかれた
とはいえないから、公然実施をされたとはいえない。
第5 当裁判所の判断
20 1 当裁判所も、①被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するとは
認められないから、その技術的範囲に属するとはいえず、本件特許権2に基づ
く請求は理由がないものであり、②本件発明1は特許出願前にベルトBにより
公然実施された発明であり、本件特許権1に基づく請求との関係で被控訴人の
特許無効の抗弁には理由があるから、控訴人の請求はいずれも棄却すべきもの
25 と判断する。
その理由は、後記2のとおり当審における控訴人の補充的主張に対する判断
を付加するほか、原判決「事実及び理由」第4の3(35頁~)及び4(41
頁~)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決45頁9行目か
ら同10行目にかけての括弧書きを削る(甲113の1~3によれば、甲11
により平成29年時点においてライブラリにDMTDAのマススペクトルを登
5 録している分析機関があったとは認められないため)。
2 当審における控訴人の補充的主張に対する判断
(1) 被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するかについて
ア 控訴人は、構成要件2Bを「排水溝の『全長にわたって』、その壁面の
表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であることを要す
10 る」と解する根拠は、特許請求の範囲の文言にも本件発明2の課題にも
なく、当業者の技術常識等からみても非現実的である旨主張する。
イ しかし、構成要件2Bは「前記排水溝の壁面の表面粗さが、算術平均粗
さ(Ra)で、2.0μm以下であることを特徴とする」と規定してお
り、本件発明2の特許請求の範囲の文言全体をみても、排水溝壁面の表
15 面粗さについて、一部は2.0μmを超えるが製品の一定範囲や所定の
測定箇所が2.0μm以下であるものを含む、あるいは全体の算術平均
粗さ(Ra)の平均値が2.0μm以下であるものを含むと解すべき文
言はない。
この点は、本件明細書2の記載をみても同様である。控訴人が指摘す
20 る本件明細書2の記載や図面は、従来技術や実施例に係る排水溝の性状
等を特に留保なく説明するものであり、控訴人が主張するように、作業
過程で異常(イレギュラー)が発生した箇所があることを前提とし、こ
れを除いた「任意の箇所」を示すものであることを窺わせる記載はない。
控訴人は、①製紙用弾性ベルトの排水溝は、作業前に設定した加工条
25 件に基づいて均一的に連続加工されるものであること、②作業時の諸要
因によって加工結果にばらつきが生じることが避けられないこと、③排
水溝の壁面を全長にわたって測定する作業は現実的に不可能であり、任
意に選定された排水溝の壁面を測定する作業によって製品の性状を把握
するという、当業者の技術常識を考慮すべき旨主張する。
しかし、上記のとおり明確な構成要件2Bの文言について、明細書に
5 も記載がなく、その範囲も不明確な例外を含むと解することは、不当な
拡張解釈というべきであって、特許請求の範囲の解釈に当たって当業者
の技術常識を考慮するという枠組みを超えるものといわざるを得ない。
控訴人の主張は、当業者が定める自社製品の品質基準としてはともかく、
独占権が付与される特許請求の範囲の解釈としては採り得ない。
10 なお、控訴人が指摘する大阪地方裁判所平成15年(ワ)第10959号
同17年2月28日判決は、控訴人の主張を裏付けるものではない。
ウ したがって、原判決判示のとおり、構成要件2Bは「排水溝の『全長に
わたって』、その壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で2.0μ
m以下であること」を要すると解するのが相当である。
15 そうすると、控訴人が主張する<ステップ1>から<ステップ2の2
B>まで、すなわち「各測定結果に係る9溝ないし18溝のデータ数値
を参照し、特定の溝壁面の表面粗さ数値が他の溝の同一壁面に比して突
出して高くなっている」ものを「当業者からみて明らかに溝加工作業時
に生じた異常(イレギュラー)」として除外すること、及び「測定結果
20 に係る各壁面の表面粗さの平均値が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm
以下である結果が得られているか否か」(控訴人の他の主張と併せると、
任意の測定箇所の算術平均粗さの「平均値」が2.0μm以下であるこ
とを意味すると解される。)により充足性を判断する判断手法は、構成
要件2Bを逸脱する独自の解釈に基づくものといわざるを得ず、採用で
25 きない。
エ なお、控訴人は、①IKベルト7(甲93の7の1・2)、IKベルト
10(甲93の10)、IKベルト12(甲93の12の1・2)、I
Kベルト19(甲101の3の1・2)については、全ての溝の平均粗
さが2.0μm以下であるから、上記ウの手法に拠らずとも、本件発明
2の技術的範囲に属すると主張する。
5 しかし、IKベルト7、IKベルト10、IKベルト12、IKベルト
19及び乙216~225のベルトは、いずれも使用済みベルトである
から、その測定結果をもって未使用品の測定結果と同視できないことは、
前記引用に係る原判決第4の3(2)イ(36頁~)及び後記オに判示のと
おりである。
10 オ 控訴人は、被控訴人各製品の測定結果について、使用済みベルトの測定
結果を除外する合理的理由はない旨主張する。
しかし、シュープレス用ベルトにおいては、ベルトに対して苛酷な屈
曲・加圧が繰り返され(本件明細書1【0004】)、排水溝には湿紙
から搾り出した水を高速で回転するベルトが1回転するまでの間に外部
15 に放出する排水性が要求され(本件明細書2【0005】)、使用に伴
う紙かすの付着による排水性の低下、ベルトの摩耗や圧縮歪による溝の
空隙量の低下等がある上(同【0006】)、被控訴人提出の測定結果
(乙156〔反番 65+5101、67+7077、69+7458、70+1077 の各未使用品及
び使用済み品〕、194〔反番 65+7567・使用済み〕、195〔同じ反
20 番・未使用〕、197〔反番 67+4163・使用済み〕、198〔同じ反番・
未使用〕、212)をみると、測定箇所が同一でないことを考慮しても、
同一反番の使用済み品は未使用品よりも算術平均粗さ(Ra)の値が低
くなる傾向が見て取れる(少なくとも不規則な増減が見られる)ことか
らすれば、排水溝壁面の算術平均粗さ(Ra)が使用により低下する可
25 能性は否定できず、使用済みベルトの測定結果をもってその製品の未使
用時の測定結果と同視すること(具体的には、2.0μm以下であった
測定箇所は未使用時にも2.0μm以下であったと認めること)は、積
極的な根拠がない限りできないというべきである。
控訴人は、甲20、21をもって使用済みベルトの測定結果を未使用
時の測定結果と同視できる根拠となる旨主張するが、甲21は、1つの
5 控訴人製品の検査用サンプル(未使用)の溝を9か所測定した結果が0.
34μm~0.78μmの範囲内で、その製品をユーザーが6か月間使
用した後に9か所を測定した結果が非加圧部で0.30μm~0.97
μm、加圧部で0.45μm~0.69μmであったというものにすぎ
ず、甲20と併せても、使用済みの被控訴人製品の測定結果が未使用時
10 のものと同視できることを積極的に裏付けるものとはいえない。
したがって、被控訴人各製品について、使用済みベルトの測定結果を
考慮しないことは合理的理由があり、控訴人の主張は採用できない。
カ 控訴人は、キーサンプルについては実製品と同様の性状を有するものと
は評価できず、その測定結果を採用すべきではない旨主張する。
15 しかし、証拠(乙168、183、188)によれば、被控訴人は、
ベルトの溝切加工において、製品化する際に切断する面の前後を製品化
する部分と同様に加工し、切断したベルトの加工終了側の余裕代を品質
管理等の目的でサンプルとして採取し、個別のロット番号である反番毎
のキーサンプルとして大量に保管していたものと認められる。特に、乙
20 169~179(10反)の測定結果のサンプルは保管されていたキー
サンプルからの抽出に公証人が立ち合い(乙183事実実験公正証書)、
乙189~211(23反)のサンプルは公証人が抽出して著しい毀損、
汚損、変形等がないことを確認し(乙188事実実験公正証書)、封印
した各サンプルを第三者機関が測定したものであって、その保管状況等
25 に疑問を差し挟むべき事情は認められない。
控訴人は、未使用の実製品及び使用済みの実製品の測定結果の平均値と
比較して、キーサンプルの測定結果が不自然である(別紙3、4)旨主
張する。
しかし、控訴人が指摘する各測定結果は、その測定された製品の反数
をみると、別紙3の①(IKベルト1~19)は19反(甲92、93
5 〔枝番省略〕、弁論の全趣旨)、同②は5反、同③は1反(これのみ1
反から10サンプル)、同④は18反、別紙4の②は3反、同④は合計
83反(乙7の2は4反、乙152~156は57反、乙169~17
9は11反、乙181は11反)であり、測定した溝の本数をみると、
別紙3の①(IKベルト1~19)は1サンプルにつき9本、上記各乙
10 号証は1サンプルにつき18本である等、母数となる製品数、測定箇所
の数等が相当異なるものである(上記各証拠のほか、別紙3、4に記載
の各証拠)。
加えて、被控訴人各製品において、個別製品の排水溝壁面の表面粗さ
が全体として均一であることは、キーサンプルの測定結果を除く上記各
15 証拠によって裏付けられているとはいえず、控訴人の主張によっても、
シュープレス用ベルトにおいて作業時の諸要因によって加工結果にばら
つきが生じることが避けられないことが技術常識であるというのである
から、上記の単純な平均値や大まかな傾向をもって、キーサンプルの測
定結果が不自然であり採用し難いものとみることはできない。
20 キ 控訴人は、 原審が控訴人の原審第38準備書面、第39準備書面に係
る主張及び甲99~104を時機に後れた攻撃防御方法として却下した
ことが不当かつ手続違背である旨主張する。
しかし、控訴人の主張を踏まえて原審記録を精査しても、原審の上記却
下決定が不当であるとも手続違背であるとも認められない。
25 ク 以上によれば、被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足する
と認めることはできず、これに反する控訴人の主張はいずれも採用でき
ない。
(2) 公然実施発明Bに基づく本件発明1の新規性欠如の有無について
ア ベルトBに係る発明が本件発明1の実施品と認められるかについて
(ア) 控訴人は、ベルトBがQC工程図(乙32)に基づいて作成された
5 とみるには不自然な事情が認められ、裏付けが不十分であるから、ベ
ルトBの外周層に硬化剤としてエタキュアー300が用いられたとは
いえない旨主張する。
(イ) しかし、エタキュアー300については、①開発されたのは198
0年代半ばであり(乙37、130)、②昭和62年発行の「ポリウ
10 レタン樹脂ハンドブック」と題する文献(乙128)には、「実用化
されている熱硬化PUエラストマー用芳香族ジアミン架橋剤」として、
MOCAを含む主な5つの硬化剤の一つとして紹介されており、③ア
ルベマール社の関連会社であるアルベマール浅野株式会社は、平成3
年2月28日に通商産業省(当時)の指導に基づく指定化学物質安全
15 データシートを作成している(乙36)ことが認められる。
そして、被控訴人は、同年3月に同社からエタキュアー300のサン
プル提供を受け、平成5年から商業規模で使用を開始し、平成9年7月
には消防関係部署にエタキュアー300を貯蔵する旨の報告がなされ、
平成10年には年間1万1938㎏を、その後も引き続き同程度の量を
20 購入していたことが認められる(乙130~133)。
控訴人指摘の乙37は、上記のアルベマール浅野株式会社の名義で、
技術情報誌「Polyfile」1999年1月号に掲載された記事で
あるが、その内容は、エタキュアー300の紹介に当たり米国での規制
撤廃を受けて平成10年6月に本格生産が開始されたとの事情に触れた
25 もので、それ以前から製造され、被控訴人が使用していた事実を否定す
る根拠とはならない。
したがって、同年10月以前からエタキュアー300が採用されてい
た旨を述べる被控訴人元従業員の陳述書(乙83)の内容が不自然不合
理ということはできない。
(ウ) また、ベルトBの製品カード(乙28~31)には、いずれも化学処
5 理コード欄に「00J0」と記載されているところ、証拠(乙229の
1~3)によれば、上記コードはベルトの外周面及び内周面にエタキュ
アー300を用いたことを示していると認められる。
(エ) 上記(イ)、(ウ)に前記引用に係る原判決(42頁~)の認定を併せると、
ベルトBがいずれもQC工程図(乙32)に記載された工程に基づいて
10 製造され、外周層(及び内周層)に硬化剤としてエタキュアー300が
用いられたことが認められる。
控訴人は、被控訴人が乙32以外のQC工程図を提出していないこと
や各証拠の細部の記載等を取り上げてさまざまに主張するが、いずれも
憶測の域を出るものではなく、上記認定を左右しない。
15 イ 公然実施をされた発明に当たるかについて
(ア) 控訴人は、本件特許1の出願当時、当業者は、ベルトBの外周面にD
MTDA(エタキュアー300)が使用されていることを通常利用可能
な分析方法によって知ることができなかった旨主張する。
(イ) しかし、まず、証拠(乙37、124、128、129)によれば、
20 エタキュアー300は、本件特許1の出願前から実用化され、ウレタン
用の硬化剤として注目されていたことが認められる(原判決44頁~)。
控訴人は、上記文献等はシュープレス用ベルトに使用される硬化剤に
ついて言及するものでないと主張するが、上記文献等はポリウレタン全
般向けの硬化剤としてエタキュアー300を説明するものであるところ、
25 シュープレス用ベルトに利用される硬化剤が他の一般的なポリウレタン
の硬化剤と異なるとみるべき根拠はない(上記文献等には、代表的な従
来品が本件明細書1【0003】に従来のシュープレス用ベルトの硬化
剤として記載されているMOCAである旨の記載も複数ある。)。
また、被控訴人は、遅くとも平成9年7月時点ではエタキュアー30
0を使用していたところ(原判決45頁)、上記ア(イ)の認定事実によ
5 れば、被控訴人は硬化剤としてDMTDAを使用することを独自に見出
したのではなく、エタキュアー300を製造販売するアルベマール社の
国内関連会社との取引を契機として知ったと認められる。この事情は、
他の当業者が硬化剤の候補としてエタキュアー300に着目する蓋然性
を裏付ける事情となることは明らかである。
10 控訴人は、さらに、ポリウレタンの硬化剤はDMTDAの他にも約8
0種類存在し(甲43)、その全てについて標準品を準備して分析依頼
を行うことは非現実的であると主張する。
しかし、「ポリウレタン樹脂ハンドブック」(乙128)に「実用化
されている熱硬化PUエラストマー用芳香族ジアミン架橋剤」として記
15 載された5種類、あるいは特開2000-248040号公報(乙12
7)にポリウレタンプレポリマーと反応させるアミン硬化剤組成物とし
て記載された芳香族ポリアミンの15種類、その中でも好ましいと記載
された4種類には、いずれもエタキュアー300又はDMTDAが含ま
れており、当業者は、従来用いられているMOCA(本件明細書1【0
20 003】)と同類であるこれらの硬化剤を想定するとみるのが自然であ
る。
(ウ) 控訴人は、ベルトの外周面に着目し、外周面のみを切り出して分析を
依頼することは、当業者が通常に利用可能な分析技術とはいえない旨主
張する。
25 しかし、本件特許1の出願日前において、外周層、内周層等の複数の
層を積層してベルトを製造することやウレタンプレポリマーと硬化剤と
を混合してベルトの弾性材料とすることは技術常識であり(原判決44
頁)、自由に解析等をなし得る状態に置かれたベルトを解析して構造等
を特定することは可能であったと認められる(このことは甲25に記載
された断面写真から明らかであり、原判決の認定に問題はない。)。
5 したがって、ベルトBの外周層を切り出して分析を依頼することは、
本件訴訟において控訴人(甲10の1~4)及び被控訴人(乙1~3)
が行ったのと同様、本件特許1出願前の当業者にも可能であったと認め
られる。
なお、当業者が仮に外周層と内周層に異なる硬化剤を用いる製造方法
10 を認識せず、これらを区別せずに分析を依頼した場合、全体について硬
化剤としてDMTDAが使用されているという分析結果を知ることにな
り、この結果はベルトBの正しい構成なのであるから(乙32)、「外
周面を構成するポリウレタンは、」「ジメチルチオトルエンジアミンを
含有する硬化剤と、を含む組成物から形成されている」との構成を含め、
15 本件発明1の内容を知り得たといえることに変わりはない。
(エ) したがって、本件特許1の出願当時、当業者は、ベルトBの外周面に
DMTDA(エタキュアー300)が使用されていることを通常利用可
能な分析方法によって知ることができたと認められる。ベルトBが公然
実施された発明とはいえない旨をいう控訴人の主張は採用できない。
20 3 結論
以上によれば、控訴人の原審における請求を全部棄却した原判決は相当であ
り、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、また、上記説示した
ところによれば、控訴人の当審における拡張請求も理由がないことに帰するか
ら、同請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
25 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
宮 坂 昌 利
5 裁判官
本 吉 弘 行
裁判官
頼 晋 一
別紙1 略語一覧
(略語) (意味)
〇本件特許1 :控訴人を特許権者とする特許第3698984号
5 ・本件発明1 :本件特許1の特許請求の範囲の請求項1に係る発明
・本件明細書1 :本件特許1に係る明細書(甲2)
〇本件特許2 :控訴人を特許権者とする特許第3946221号
・本件発明2 :本件特許2の特許請求の範囲の請求項1に係る発明
・本件明細書2 :本件特許2に係る明細書(甲4)
10 〇被控訴人各製品 :下記被控訴人製品1~5を含むベルト製品であって、控訴人
において、原判決別紙イ号製品目録又はロ号製品目録に記
載の構成を有すると主張しているもの
・被控訴人製品1:反番 67+1867
製品名 ベルトエースⅡ IX-A
15 ・被控訴人製品2:反番 67+1495
製品名 ベルトエースⅠ Ichiriki
・被控訴人製品3:反番 67+4127
製品名 ベルトエースⅠ Ichiriki
・被控訴人製品4:反番 65+4484
20 製品名 ベルトエースⅠ IX-F
・被控訴人製品5:反番 68+1902
製品名 ベルトエースⅠ Yawara
〇DMTDA :ジメチルチオトルエンジアミン
〇エタキュアー300:アルベマール社が販売するDMTDAを含有する硬化剤
25 「ETHACURE 300」(本件明細書1【004
2】)
〇公然実施発明B :被控訴人が平成11年5月から平成12年4月までの間に日
本製紙株式会社向けに出荷したベルト4反(ベルトB)に
係る公然実施発明
以 上
別紙2 当審における控訴人の補充的主張
1 被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するか
(1) 構成要件2Bの解釈について
5 ア 構成要件2Bには「排水溝の全長にわたって」とは記載されていない。
本件発明2は、「製紙用弾性ベルトの排水溝の『壁面全域にわたって例
外なく』表面粗さが算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下である壁面を設
けること」、すなわち量産技術の確立を課題としたものではなく、「排水溝
の表面粗さ」に注目し、「表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μ
10 m以下である」という排水溝の壁面が良好な搾水性能を有することを見出し
た新たな着想に係る発明であって、そのような技術的要素を備えたことを特
徴とした製紙用弾性ベルトをいうものである。
イ ①製紙用弾性ベルトの排水溝は、作業前に設定した加工条件に基づいて均
一的に連続加工されるものであること、②作業時の諸要因によって加工結果
15 にばらつきが生じることが避けられないことは、当業者の技術常識である。
さらに、製紙用弾性ベルトは長大な製品であるから、排水溝の壁面の表面
粗さを全長にわたって測定する作業は現実的に不可能であり、加工終了後の
ベルトに多数設けられた排水溝のうち、任意に選定された排水溝の壁面を測
定する作業によって把握するのが当業者の実務(技術常識)である。
20 このことは、被控訴人の製品カード(乙28~31)の「検査項目」に
おいて、任意に選定された排水溝の形状(深さ、幅、ピッチ)が測定され、
その測定結果が記載されていることにも裏付けられている。被控訴人は、こ
の測定結果をもとにベルトの性状を把握・確認している。
ウ 本件明細書等の記載においても、多数の排水溝の壁面全域にわたって測定
25 することや、全ての壁面の算術平均粗さが2.0㎛以下であることの説明は
なく、多数設けられた排水溝のうち、任意に選定された排水溝の断面を示し
てその技術的意義が説明されており(【0003】、【0004】、【00
16】、【0017】、【図2】~【図4】)、この「任意に選定された排
水溝」が、通常の溝加工作業工程によって形成された排水溝であって、作業
過程で異常(イレギュラー)が発生していない排水溝を意味することは自明
5 である。
エ したがって、溝の連続加工作業時に不可避的に生じる加工結果のばらつき
によって算術的平均粗さが2.0μmを超える部分が一部存在したとしても、
直ちに非充足と解すべきではない。例えば、目標を2.0μmとして設定さ
れた加工条件に基づいて加工された場合、各溝の表面粗さはおおむね2.0
10 μm前後で分散し、平均値は2.0μmに収れんする。当然ばらつきは存在
するが、このような分布において壁面が良好な搾水性能を有するか否かは、
平均値を採用することによって的確に判断される。
(2) 技術的範囲の属否判断の方法
ア 本件発明2の技術的範囲の属否判断は、上記(1)の請求項の記載、明細書
15 の説明及び当業者の技術常識を踏まえ、対象製品となる製紙用弾性ベルトに
多数設けられた排水溝のうち任意に選定された排水溝の壁面において「表面
粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μm以下である」結果が得られて
いるか否かを確認しつつ、溝加工作業時に不可避的に生じるばらつきを考慮
しても均一的な連続加工作業によって排水溝の壁面「表面粗さが、算術平均
20 粗さ(Ra)で、2.0μm以下である」という技術的要素を特徴とするベ
ルトが得られているか否かによって行うべきであり、具体的には以下のステ
ップ1~2の手順で行うべきである。
<ステップ1>
控訴人及び被控訴人の測定結果に係る9溝ないし18溝の排水溝のうち、
25 任意に選定された排水溝(通常の溝加工作業によって形成された排水溝であ
り、諸要因によって異常(イレギュラー)が発生していない排水溝を意味す
る。)の壁面において「表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μm
以下である」という排水溝の壁面が溝加工の結果として得られているか否か
を確認する。
ここでいう「異常(イレギュラー)」とは、各測定結果に係る9溝ない
5 し18溝のデータ数値を参照し、特定の溝壁面の表面粗さ数値が他の溝の同
一壁面に比して突出して高くなっていることをいう。
<ステップ2>
ステップ1において、ステップ1に係る排水溝の壁面が得られているこ
とが確認された場合には、溝加工作業時のばらつきを考慮しても均一的な連
10 続加工作業によって「表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μm以
下である」という排水溝の壁面に係る技術的要素を特徴とする製紙用弾性ベ
ルトが得られているか否かを確認する。そして、ここでの具体的確認作業は
以下のとおりである。
<ステップ2の1>
15 まず、少なくとも、当業者からみて明らかに溝加工作業時に生じた異常
(イレギュラー)であると判断できる溝加工結果のデータを除外せずに、測
定結果に係る各壁面(溝底壁面、側壁面A、側壁面B)の表面粗さの平均値
が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下である結果が得られている場合に
は、ステップ2の2以下に進むことなく、溝加工作業時のばらつきを考慮し
20 ても均一的な連続加工作業によって「表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、
2.0μm以下である」という排水溝の壁面に係る技術的要素を特徴とする
製紙用弾性ベルトが得られていると評価できる。
<ステップ2の2A>
次に、仮に上記ステップ2の1において、当業者からみて明らかに溝加
25 工作業時に生じた異常(イレギュラー)であると判断できる溝加工結果のデ
ータを除外せずに、測定結果に係る各壁面(溝底壁面、側壁面A、側壁面B)
の表面粗さの平均値が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下とはならない
場合には、当該異常(イレギュラー)データは除外する。異常(イレギュラ
ー)であると判断できる溝加工結果データは、控訴人及び被控訴人の測定結
果に係る9溝ないし18溝(底、側壁A、側壁Bのそれぞれ)の表面粗さデ
5 ータ数値を参照し、特定の溝の表面粗さ数値が同一壁面の他の溝に比して突
出して高くなっている溝加工結果データである。
<ステップ2の2B>
ステップ2の2Aにおいて異常(イレギュラー)であると判断できる溝
加工結果データを除外した後に、測定結果に係る各壁面(溝底壁面、側壁面
10 A、側壁面B)の表面粗さの平均値が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以
下である結果が得られているか否かを確認する。
イ 上記アの手法により判断した場合、少なくとも、控訴人測定結果のうちI
Kベルト1~12(甲93の1の1~甲93の12の1の2)及び17~1
9(甲101の1の1~甲101の3の2)、従前の控訴人測定結果全て
15 (甲12、25、47)並びに被控訴人測定結果の一部の実製品(乙156
のうち反番67+7007〔使用済み〕及び反番70+1077〔使用済
み〕)、乙194、199、205、207、216~225)は、ステッ
プ1及びステップ2を通過するものであり、本件発明2の技術的範囲に属す
るといえる。
20 ウ なお、IKベルト7(甲93の7の1・2)、IKベルト10(甲93の
10)、IKベルト12(甲93の12の1・2)、IKベルト19(甲1
01の3の1・2)については、全ての溝の平均粗さが2.0μm以下であ
るから、上記アの手法に拠らずとも、本件発明2の技術的範囲に属する。
(3) 考慮すべき測定結果についての原判決の誤り
25 ア 原判決は、使用済みの実製品の測定結果について、①加圧部は回転や加圧
による変形、紙かすの付着や水流による摩耗を受け、非加圧部は回転による
変形等を受けること、②使用済みの実製品の加圧部と非加圧部を明確に区別
できるか不明であることを理由に、製品販売時における壁面の表面粗さと同
視することはできないとして検討対象から除外した。
しかし、上記①については科学的根拠がなく、本件明細書1【0004】
5 及び本件明細書2【0006】にも裏付けとなる記載はないし、控訴人製品
は未使用時と使用後で溝の表面粗さに変化がなく(甲21)、被控訴人製品
は控訴人製品の約2倍の耐摩耗性を有すること(甲20)も検討されていな
い。
上記②については、色の違いにより判別可能であることは明らかであり
10 (甲92の7頁、甲100の7~8頁)、被控訴人においても区別できてい
る(乙185)。
イ 原判決は、キーサンプルは被控訴人が製造販売したベルトのサンプルを保
管していたものであるとして、その測定結果(乙7の2、乙152~156、
169~179、181、189~193、195、196、198、20
15 0~204、206、208~211)を検討対象とした。
しかし、キーサンプルの作製、保管の態様を裏付ける客観的な証拠はない
上、被控訴人が恣意的に選別した疑いが払拭できないこと、キーサンプルの
写真の多くに通常の製品にみられない「ばり」(「かどのエッジにおける、
幾何学的な形状の外側の残留物で、機械加工又は成型工程における部品上の
20 残留物」(JIS B 0051)であり、加工時の刃物が正しく当たって
いない又は刃物の状態がよくないことを示す。)の存在が確認されること、
及び後記ウの不自然な測定結果からみて、実製品と同様の性状を有するもの
とは評価できない。
ウ 各測定結果をみると、未使用の実製品の場合、甲18の測定結果はいずれ
25 も2.0μm以下であり、乙216~225の測定結果は、異常値を除く平
均値では溝底壁面、溝側壁面A、Bとも2.0μm以下である。
また、使用済みの実製品(非加圧部、加圧部及びそのいずれか特定されて
いないもの)の測定結果の平均値は、別紙3及び別紙4のとおり、いずれも
未使用の実製品の測定結果と近似している一方、これらと比較して、キーサ
ンプルの測定結果の平均値は粗い方に大きく乖離している。
5 エ したがって、キーサンプルの測定結果は証拠力を有しないというべきであ
る一方、使用済みの実製品の測定結果は考慮されるべきであるから、未使用
品とキーサンプルのみを対象とし、使用済みの実製品の測定結果を排斥した
原判決は誤っている。
(4) 原審が時機に後れた攻撃防御方法として控訴人の主張立証を却下したこと
10 について
原審は、上記(3)の主張を記載した第38準備書面及び第39準備書面の陳
述を認め、これを裏付ける甲99~104を取り調べたにもかかわらず、判決
において時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下したが、不当であるとと
もに手続違背である。
15 2 公然実施発明Bに基づく本件発明1の新規性欠如の有無
(1) ベルトBに係る発明が本件発明1の実施品と認められないこと
ベルトBが構成要件1Cを充足すること、すなわち外周層に硬化剤としてD
MTDAが用いられていることについて、実物の分析結果等、構成を明らかに
する立証はない。そして、以下のとおり、他の証拠からの立証は不十分である。
20 したがって、ベルトBは構成要件1Cを充足するとはいえないから、ベルト
Bにより本件発明1が公然実施をされたとはいえない。
ア QC工程図(乙32)の作成、施行時期について
(ア) 米国でエタキュア-300の製造が開始されたのは1998年(平成1
0年)6月であり(乙37)、日本国内において本格的に販売開始され
25 るに至ったのは平成11年1月頃と推認されるから、平成10年10月
以前から乙32と同内容の製造工程、すなわちエタキュアー300が採
用されていたと述べる被控訴人元従業員の陳述書(乙83)の信用性は
疑わしい。
(イ) 被控訴人は、昭和63年からシュープレス用ベルトの量産事業を行って
きたところ、QC工程図(乙32)のように品質水準維持のために製造
5 工程を一元的に明記した書類がなかったとは到底考え難い。しかし、被
控訴人は、ベルトB納入のわずか3か月前である平成11年2月26日
に作成されたとする乙32を提出するのみで、それ以前のQC工程図を
全く提出していない。また、①どの時期にいかなる硬化剤を使用してき
たか、②QC工程図をはじめとして、製造工程をどのように策定し、記
10 録化してきたか、③いずれかの時期にエタキュア-300の使用を開始
したというのであれば、いかなる契機にて使用が開始されたのか、④そ
れ以前に使用していた硬化剤との切り替えはどのようになされたのかと
いった事実関係について、何ら説明できていない。
(ウ) このように、乙32の作成時期及び作成経緯に関する被控訴人の主張立
15 証には不自然な点があり、実際には平成11年2月26日より前から別
のQC工程図が作成されており、乙32はそれより後に作成されたもの
であるという疑念を何ら払拭することが ない。この点からも、陳述書
(乙83)の信用性は疑わしい。
イ QC工程図(乙32)の作成日が真実としても、同日以降に製造された全
20 ての溝切タイプのベルトに適用されたかどうかは不明である。むしろ、被控
訴人の主張及び陳述書(乙83)によれば、乙32は従前より採用してきた
製造工程を整理したものであって、乙32の作成と実際に採用された製造工
程は時期において一致しないことを被控訴人自ら認めているから、乙32の
作成日は、同日以降に製造された溝切タイプベルトの製造工程を一義的に示
25 すものではない。
また、乙32が当時存在した唯一のQC工程図であるとは限らない。被
控訴人は、同時期にケイチャー21を使用していた可能性があるところ(乙
133)、乙32にはケイチャー21は記載されていないことから、ケイチ
ャー21を使用する製造工程を示したQC工程図が別途存在していた可能性
がある。更に、シュープレス用ベルトは受注生産品であることからすれば、
5 そもそも乙32の「樹脂受入れ」欄の記載は、単に樹脂の一例を記載したも
のである可能性もある。
ウ 他の証拠をみても、①ベルトBの製品カード(乙28~31)には、製造
に使用された原料については全く記載されておらず、かつ、乙32のQC工
程図に準拠して製造されたことも、作業標準書に従って作製されたことも一
10 切記載されていない。②次に、作業標準書(乙91~117)については、
そもそもベルトBが乙32に準拠して製造されたかどうかが不明である以上、
作業標準書に準拠して製造されたかどうかも不明である。③ベルトB1及び
B2に至っては、製造当時の作業標準書すら提出されておらず(最も古い乙
91でもベルトB1及びB2が全製造工程を終えた後の平成11年8月11
15 日付改正版である。)、ベルトB3及びB4の製造日に対応する乙91及び
92についても、広範囲のマスキングが施され、いかなる工程でエタキュア
-300が使用されたのかは全く不明である。
エ 被控訴人は、製品カード(乙28~31)記載の化学処理コード「00J
0」について、化学処理コード(乙229の1~3)を提出し、外周面及び
20 内周面にエタキュアー300を用いたことを示すと主張するが、乙229の
1~3には「種別 技術標準」、分類番号として「技企-5011」又は
「技管-5011」と記載されているところ、乙32(QC工程図)には異
なる分類番号が記載されていることから、乙32と乙229の1~3の内容
には齟齬があり、被控訴人の主張立証を補強するものではない。
25 (2) 公然実施をされた発明に当たるかについて
ア 公然実施された発明(特許法29条1項2号)の要件
特許出願前に公然実施された発明に特許が付与されない理由は、既に社
会的に知られている技術的手段や、当業者であればその発明を実施すること
ができるように知られた技術的思想であれば、社会や当業者はそれを自由に
利用することができる状態となっていることから、そのような発明に特許を
5 付与する必要がないことにある。
したがって、公然実施が成立したというためには、当業者が出願前の時点
において通常に利用可能な分析技術を用いて実施品を分析することにより、
発明の内容を知り得る状態におかれたことを要すると解すべきである。
そして、当業者が通常に利用可能な分析技術を用いて実施品を分析して
10 も発明の内容を知り得ず、当該分析作業を超えて創意工夫や試行錯誤をしな
ければ発明の内容を知り得ないような場合には、そのような場合における発
明は、その内容が知り得る状態におかれたとはいえず、公然実施されたとは
いえないと解すべきである。
これに対し、当業者が行い得たであろう創意工夫や試行錯誤を判断の基
15 礎とすることは、出願前に当業者に知られておらず、着目もされていなかっ
た技術的事項について、後知恵的発想を取り入れることによってあたかも出
願前の時点で当業者が発明の内容を知ることができたとする検討手法であり、
そのような検討手法によって公然実施の成立を認めるべきではない。
イ ベルトBにDMTDAを含有する硬化剤が用いられていたとしても、当業
20 者が構成要件1Cの構成を知り得る状態におかれたとはいえないこと
(ア) ベルトBについて当業者が通常に利用可能な分析手法は、成分分析を分
析機関に依頼し、GC(ガスクロマトグラフ)/MS(質量分析)法に
よって定性分析することである。
そして、質量分析により分析対象物に含まれる各成分のマススペクト
25 ル(質量スペクトル)が得られるが、このマススペクトルから成分を同
定するためには、マススペクトルライブラリを用いるか、依頼者が特定
した化合物の標準品を用いる必要があり、分析機関はそれ以外の成分を
同定することはできない。
(イ) しかし、マススペクトルライブラリにDMTDAが登録されている例は、
平成29年時点において1件もなく、本件特許1の出願(平成12年1
5 1月10日)の前も同様であった。
なお、控訴人が依頼した分析機関における分析は、控訴人が提供した
エタキュアー300を用いて行われた(甲26の1、甲113の1~
3)。
(ウ) そして、本件特許1出願前には、シュープレス用ベルトの製造において、
10 外周面を構成するポリウレタンにDMTDAを使用する製造方法は知ら
れていなかったから、当業者が構成要件1Cに相当する構成を知るため
には、①シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンに使用
される硬化剤に着目・検討し、②数多くの硬化剤の中からDMTDAを
特定し、③分析機関に対し、DMTDAの標準品とともにベルト外周面
15 を構成するポリウレタンのみを切り出してマススペクトル測定を依頼す
るという、幾重にもわたる創意工夫や試行錯誤を要した。
このような方法は、当業者が通常に利用可能な分析方法とはいえないか
ら、ベルトBに係る発明が公然実施されたとはいえない。
(エ) さらに、本件特許1出願前には、①シュープレス用ベルトに用いる硬化
20 剤にはMOCAが用いられており(甲2【0003】)、「シュープレ
ス用ベルトの外周面を構成するポリウレタン」に使用する硬化剤の種別
に当業者が着目していた事情もなかったこと、②ポリウレタンの硬化剤
はDMTDAの他にも約80種類存在し(甲43)、その全てについて
標準品を準備して分析依頼を行うことは非現実的であること、③厚さ5
25 mm 程度であるベルトの外周面のみを切り出して分析を依頼することは、
本件発明1の構成要件1Cを知る者だけができることであり、通常に利
用可能な分析技術とはいえないことからすれば、当業者において上記(ウ)
の創意工夫や試行錯誤が行われる状況すらなかったといえる。
(オ) 原判決が、当業者がエタキュアー300をサンプル提供して分析を依頼
した蓋然性があったとして挙げる事情は、シュープレス用ベルトに使用
5 される硬化剤について言及するものでない記載(原判決44頁16行目
以下の①~④)、当業者一般が知り得たことの根拠とならない、実施者
である被控訴人の使用事実(同⑤)、ウレタン用に使用された主要な硬
化剤が10種類前後であるとの誤った事実(同⑥)であり、いずれも公
然実施の根拠とはなり得ない。
10 3 損害の発生及びその額(争点6)について
被控訴人は、令和2年3月24日以降、イ号製品及びロ号製品を少なくとも
年間60反販売しており、1反当たりの利益額は800万円であるから、令和
5年3月23日までの期間における売上高は14億円を下らず、被控訴人が得
た利益額は9億8000万円を下らないところ、控訴人は同額の損害を被った
15 と推定される(特許法102条2項)。
控訴人は、上記損害の一部請求として1億円を請求する。
また、上記損害に係る訴訟対応のため弁護士及び弁理士に支払うことを要し
た費用相当の損害は1000万円を下らない。
以 上
別紙3
(異常値含む)
実製品 キープサンプル
① ② ③ ④
2μm以下の溝の割合 87.99% 87.78% 80.74% 45.06%
2μm以上3μm以下の溝の割合 10.21% 11.11% 11.67% 33.85%
3μm以上の溝の割合 1.80% 1.11% 7.59% 21.09%
(異常値除く)
実製品 キープサンプル
① ② ③ ④
2μm以下の溝の割合 88.29% 87.78% 84.17% 47.45%
2μm以上3μm以下の溝の割合 10.25% 11.11% 12.16% 35.64%
3μm以上の溝の割合 1.46% 1.11% 3.67% 16.90%
①控訴人(一審原告)測定結果
(IKベルト1~19の測定結果)
②被控訴人(一審被告)測定使用済み実製品
(乙194、197、199、205、207)
③被控訴人(一審被告)測定未使用実製品
(乙216~225)
④被控訴人(一審被告)測定キープサンプル
(乙189~193、乙195~196、乙198、乙200~204、乙206、乙208~211)
別紙4
(異常値含む)
実製品 キープサンプル
① ② ④
2μm以下の溝の割合 100.00% 77.16% 53.09%
2μm以上3μm以下の溝の割合 0.00% 20.37% 24.72%
3μm以上の溝の割合 0.00% 2.47% 22.20%
(異常値除く)
実製品 キープサンプル
① ② ④
2μm以下の溝の割合 100.00% 78.13% 53.60%
2μm以上3μm以下の溝の割合 0.00% 20.63% 24.95%
3μm以上の溝の割合 0.00% 1.25% 21.45%
①控訴人(一審原告)測定結果
(甲12、25、47の測定結果)
②被控訴人(一審被告)測定使用済み実製品
(乙156(67+7007(使用済み)、69+7458(使用済み)、70+10
77(使用済み)))
④被控訴人(一審被告)測定キープサンプル
(乙7の2、乙152~155、乙156(67+7007(新品)、69+7458
(新品)、70+1077(新品))、乙169~179、乙181)

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