令和3(ワ)16043損害賠償請求事件
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裁判所 |
一部認容 東京地方裁判所東京地方裁判所
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裁判年月日 |
令和6年1月26日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告株式会社パウート 被告サムライワークス株式会社
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法令 |
商標権
商標法38条2項12回 商標法38条3項3回 商標法37条1号1回 商標法26条1項2号1回
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キーワード |
商標権28回 侵害16回 無効12回 無効審判6回 許諾4回 損害賠償2回
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主文 |
1 被告は、原告に対し、94万8681円及びこれに対する令和3年7月8日
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを35分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 |
事件の概要 |
本件は、商標権を有する原告が、衛生マスクを販売していた被告に対し、被
告製品の包装に別紙被告標章目録記載の標章を付すことが、同商標権を侵害し、
原告はその販売により損害を被ったと主張して、不法行為による損害賠償請求
権(民法709条、商標法38条2項、3項)に基づき、3326万4000
円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(不法行為より後の日)である令和35
年7月8日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払
を求める事案である。 |
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判決文
令和6年1月26日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
令和3年(ワ)第16043号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 令和5年11月8日
判 決
原 告 株 式 会 社 パ ウ ー ト
同 訴 訟代 理 人 弁 護 士 熊 澤 誠
同 井 上 雄 太
被 告 サムライワークス株式会 社
同訴訟代理人弁護士 犬 飼 一 博
同 柴 田 大 樹
15 主 文
1 被告は、原告に対し、94万8681円及びこれに対する令和3年7月8日
から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを35分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担
20 とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は、原告に対し、3326万4000円及びこれに対する令和3年7月
25 8日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、商標権を有する原告が、衛生マスクを販売していた被告に対し、被
告製品の包装に別紙被告標章目録記載の標章を付すことが、同商標権を侵害し、
原告はその販売により損害を被ったと主張して、不法行為による損害賠償請求
権(民法709条、商標法38条2項、3項)に基づき、3326万4000
5 円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(不法行為より後の日)である令和3
年7月8日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払
を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実。証
拠等は文末に括弧で付記した。なお、書証は特記しない限り枝番を全て含む。
10 以下同じ。)
⑴ 当事者
原告は、衣料品や日用雑貨等の販売等を目的とする株式会社である(甲1)
被告は、携帯情報端末関連商品及び周辺機器並びに美容及び健康関連商品
の製造および販売等を目的とする株式会社である(甲2)。
15 ⑵ 原告が有する商標権(甲3、4)
原告は、以下に記載の商標権を有する(以下、この商標権を「本件商標権」
といい、その登録商標を「本件商標」という。)。
ア 登 録 番 号 商標登録第5322812号
イ 出 願 年 月 日 平成21年9月17日
20 ウ 登 録 年 月 日 平成22年5月14日
エ 登 録 商 標 お年賀マスク(標準文字)
オ 商品及び役務の区分 第5類
カ 指 定 商 品 衛生マスク
⑶ 被告による標章を使用した製品の販売及びその売上額等(争いがない)
25 被告は、令和2年8月から令和3年1月までの間に、別紙被告標章目録記
載の標章(以下「被告標章」という。)が付された包装箱に入れた50枚入
り衛生マスク4種類(以下、これらを併せて「被告商品」という。)を、被
告が運営する商品販売サイトや小売店等の店頭において販売し、被告は合計
1596万1281円を売り上げ、当該売上げのための経費は1215万0
844円であった(甲5、6、争いがない)。
5 被告商品は、いずれも被告が「日本の品質マスク」との商品名を付して販
売していた衛生マスクの新年特別バージョンとして販売されたものである
(甲5、6、12。以下、この商品名を「被告商品名」という。)。
⑷ 本件商標を使用した原告の商品の販路(争いのない事実)
原告は、令和2年当時、原告の商品を販売するウェブサイトなどで、商品
10 名を「お年賀マスク不織布」などとする衛生マスク(以下「原告商品」とい
う。)を、法人向けに販売していた。原告商品は、原告の販売先である当該
法人から他の法人への販売は予定されておらず、主に当該法人の従業員や取
引先への年始の挨拶における贈答品とする、ノベルティ商品としての流通が
予定されているものである。
15 2 争点
⑴ 被告標章は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識すること
ができる態様により使用されていない商標であり、本件商標権の効力が及ば
ないか(争点1)
⑵ 被告標章は、商品の用途として普通に用いられる方法で表示されたもので
20 あり、本件商標権の効力が及ばないか(争点2)
⑶ 本件商標は、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみ
からなる商標であり、無効審判により無効にされるべきものであるか(争点
3)
⑷ 損害の発生及びその数額(争点4)
25 3 争点に関する当事者の主張
⑴ 争点1(被告標章は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識
することができる態様により使用されていない商標であり、本件商標権の効
力が及ばないか)について
(被告の主張)
被告は、被告商品以外にも被告商品名で衛生マスクを販売しており、被告
5 商品名の衛生マスクは、令和2年12月時点で約1万5000箱もの数量が
販売されており、被告の販売する衛生マスクを指し示す商品名として、広く
需要者に認識されている。
そして、商品を陳列したり、ECサイト上で商品写真を展示する際は、商
品の正面から見た角度を基本に配置するのであるから、「態様により」商標
10 的使用と判断されるか否かの判断にあたっても、商品の正面を基本として判
断すべきであるが、被告標章が付された被告商品には、被告商品名の文字が、
正面及び両側面の中央に大きく表示されているのに対し、被告標章は、上面
に記載されているほかは、正面の右上に小さく表示されているのみである。
また、被告標章は、「お年賀」という文字列と「マスク」という文字列を
15 組み合わせて一つの文字列を形成しているものであるが、そもそも「お年賀」
という用語は、広辞苑(第6版)において、「①新年の祝い。年始の祝賀②
長寿の祝い。賀の祝い。算賀。」という意味を有する。そして、「年賀」
ないし「お年賀」という言葉は、後に言葉を続けて複合語になることが予定
されており、「(お)年賀」+「●●(一般名詞)」の用法で用いられてい
20 る用語は多数存在するのであって、「年賀」又は「お年賀」という語は、後
ろに一般名詞を付すことによって、当該一般名詞である「●●」を「新年に
際し親しい間柄の人に贈る●●」という意味に変えることができる。「年賀」
ないし「お年賀」の後に続く語は、実際に用いられているものだけでも「ギ
フト」「せんべい」「タオル」「写真ケーキ」「ケーキ」「コーヒー」「酒」
25 と様々なバリエーションがある。「お年賀」という用語を「マスク」という
用語に結合させた場合には、需要者にとって、単に新年に際し親しい間柄の
人に贈るためのマスク、すなわち「お年賀としてのマスク」という意味合い
しか有しない。「お年賀マスク」に限ってみても、被告が被告商品を販売し
たのとほぼ同時期に他社も「お年賀マスク」という触れ込みでマスクの販売
を行っているが、いずれも新年の挨拶に贈るマスクという意味合いで「お年
5 賀マスク」という表現を使用している。このように、「お年賀」という用語
が、上記の意味合いで社会通念上一般的に用いられているものであることは
明らかである。テレビ番組やインターネットの動画ニュースなどで取り上げ
られているとしても、「年賀マスク」あるいは「お年賀マスク」という言葉
を聞いた視聴者は、「新年にお年賀として贈るマスク」を紹介しているのだ
10 と理解するのであって、ある特定の商品を思い浮かべて「ああ、あのマスク
を紹介しているのだな」と思うことはない。
したがって、被告商品中、出所識別機能を発揮する表示は、あくまで被告
商品名であり、被告標章からは、単に新年に親しい間柄の人に贈るためのマ
スクであることを想起させるものであって、何人かの業務に係る商品である
15 ことを想起するものではないから、被告標章の使用は、商標的使用に当たら
ない。
(原告の主張)
「お年賀マスク」がテレビ番組やネットの動画ニュースで取り上げられた
際に「年賀状に絡めて、こんなものまで登場しました。新年にお年賀として
20 贈る、年賀マスクです。」とナレーションされたとおり、「お年賀マスク」
という商品の特徴やコンセプトを表す言葉自体が着目され、報道の対象にな
っている。「おめでたい感じ」「新春の晴れやかな感じ」を想起させたいの
であれば、「お年賀」等の言葉をパッケージに記載すれば足り、「マスク」
という文字を付加する必要はない。
25 また、被告商品は箱全体が赤を基調としているため、黄金色調の「日本の
品質マスク」の文字は色彩的に目立っておらず、逆に、影で強調された白枠
に黒の太い筆字で記載された「お年賀マスク」の文字は目立っている。加え
て、被告商品名である「日本の品質マスク」は著名であるとはいえないため、
当該商品名の印字が一般的な取引者及び需要者の注意を引いているとはいえ
ない。したがって、被告標章は、需要者が何人かの業務に係る商品であるこ
5 とを認識することができる態様により使用されていない商標であるとはいえ
ず、本件商標権の効力が及ぶ。
⑵ 争点2(被告標章は、商品の用途として普通に用いられる方法で表示され
たものであり、本件商標権の効力が及ばないか)について
(被告の主張)
10 被告標章は、前記⑴の(被告の主張)のとおり、需要者にとって、単に新
年に際し親しい間柄の人に贈るためのマスク、すなわち「お年賀としてのマ
スク」という意味合いしか有していない。
そうすると、本件商標権の指定商品である「衛生マスク」との関係におい
ては、単に「新年に際し親しい間柄の人に贈る」ためのマスクであること、
15 すなわち、商品の用途の表示として、「普通に用いられる方法で表示」され
たものにすぎない。
したがって、被告商品に付された被告標章は、商標法26条1項2号にい
う商品の用途として普通に用いられる方法で表示したものといえる。
(原告の主張)
20 被告は、被告が被告商品を販売したのとほぼ同時期に他社も「お年賀マス
ク」という触れ込みでマスクの販売を行っていると主張するが、「お年賀マ
スク」と表示されたマスクの販売者の例が5社、「お年賀マスク」等のTw
itterにおける検索結果が約5年間でわずか7件にとどまっており、Y
AHOO!等の検索サイトで「お年賀マスク」を検索すると、令和4年2月
25 24日時点においても被告商品に係るウェブサイトや画像が検索結果の1ペ
ージ目に表示される状態であった。これらの事実は、量的な観点から「お年
賀マスク」の語が一般的に用いられていなかったことを示している。また、
被告商品が販売された令和2年12月頃は、新型コロナウィルス感染拡大か
ら1年に満たなかったため、新年の挨拶における贈答用マスクという文化が
形成されたと判断するには明らかに時期尚早であり、時間的な観点からも
5 「お年賀マスク」の語が一般的に用いられていなかった。したがって、「お
年賀マスク」の語は一般的に用いられておらず、被告商標は、商品の用途と
して普通に用いられる方法で表示したものとはいえないから、本件商標権の
効力が及ぶ。
⑶ 争点3(本件商標は、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する
10 標章のみからなる商標であり、無効審判により無効にされるべきものである
か)について
(被告の主張)
本件商標は、「マスク」という普通名称に「お年賀」という一般的な用語
を結合させたものにすぎず、結合商標としてもごく一般的な表示にすぎない
15 ものである。実際に「お年賀マスク」と表示されたマスクを販売している者
は被告以外にも存在する。したがって、本件商標は、多数の者に使用される
ことによって識別力が弱まり、商品の出所を識別する商標ではなく一定の商
品を示す普通名称として認識されるに至っており、本件商標は、商品の普通
名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標に該当し、無
20 効審判により無効にされるべきものである。
(原告の主張)
「お年賀マスク」という言葉は、辞書にも掲載されておらず、被告商品が
メディアに取り上げられたことからも明らかなとおり、「お年賀」用の贈答
品としては食品などが一般的であり、マスクを贈る慣習は存在していなかっ
25 た。「お年賀マスク」という表示を用いて販売を行う会社が現れたのは新型
コロナウィルスによる社会的な影響が生じた後の令和2年冬が初めてであり、
それ以降の短期間で「お年賀マスク」という用語が社会通念上一般に用いら
れているものとは考えられず、「お年賀マスク」は普通名称ではない。また、
そもそもマスクを「お年賀」として贈ることは、普通ではなく、普通に用い
られる方法で表示されるものではない。したがって、無効審判により無効に
5 されるべきものではない。
⑷ 争点4(損害の発生及びその数額)について
(原告の主張)
ア 本件商標と被告標章は類似しているところ、被告商品は本件商標の指
定商品である衛生マスクであるから、被告商品の販売行為は本件商標権
10 を侵害したものとみなされる。そして、被告商品の令和2年8月から令
和3年1月までの売上合計額は1596万1281円であり、当該売上
げのための経費は1215万0844円であるから、被告が受けた利益
は381万0437円であり、原告は、同額の損害を負ったと推定され
る(商標法38条2項)。
15 原告は、原告商品を法人向けにしか販売していないが、原告から購
入した法人が個人向けに販売することはあり得るのであり、最終的な市
場は同じ個人であるから、被告の販売が原告の販売に影響しないとはい
えず、商標法38条2項の適用がある。
また、顧客が衛生マスクの品質や性能に関心があるとしても、大半の
20 顧客は、一般的に販売されている商品は日常生活での使用に差し支えな
い安全性を有しているという認識を有しており、どのような認証や検査
を経ているか、ウィルス等の捕集率が何%かなどの高品質さはそこまで
重視されていない。「日本の品質マスク」という被告商品名についても、
日本製の品質を備えているマスクであること以外に特別な意味合いは読
25 み取り難く、また、購入者にとって購入検討対象となるマスクはどれも
日本製の品質を備えているため、被告商品名が他の商品との差別化とい
う意味では大きな意味を持たず、前記推定は覆滅されない。
被告は、本件商標は、原告が販売しているあのマスクという認識は存
在せず、「新年に贈答用として贈るマスク」という認識をする消費者が
大半であり、顧客吸引力は生じていない旨主張するが、テレビやインタ
5 ーネットニュース記事に加え、被告自身「お年賀マスク」の語を押し出
して広告宣伝活動をしているからすれば、本件商標に顧客吸引力がある
ことは明らかである。
また、被告自身が広告宣伝等の営業努力をしているとしても、それは、
テレビのニュースやウェブサイトの記事で行われた、「お年賀マスク」
10 の語をキャッチフレーズとして用いたものであり、本件商標の顧客吸引
力を利用したものであることから、これらの営業努力があったとしても、
前記推定を覆滅すべき事情にはならない。
イ 仮に、商標法38条2項の適用がない部分があるとしても、原告は、本
件商標権を侵害した他社との間で売上額の5%のロイヤリティを支払うこ
15 とを条件に和解合意書を締結して許諾している。したがって、商標法38
条3項により、被告の売上金額1596万1281円の5%である79万
8064円が損害として推定される。
(被告の主張)
ア 原告商品を販売しているウェブサイトでは業者等の法人のみが購入で
20 き、原告商品の想定される利用方法は、原告商品を購入した法人の従業
員や取引先への年始の贈り物であるとされ、一般的なマスクの用途とし
て想定される、大量生産、大量消費を目的としたものではない。これに
対し、被告商品は、大量に生産され、問屋を経るか直販により小売店
(スーパーやドラッグストア)の店頭に陳列され、又は大手通販サイト
25 を通じて販売されることによって、一般消費者が他の衛生マスクと比較
しながら購入するものである。したがって、マスクという物品の性質上
最終的に使用するのが個人であるとしても、当該個人が取得するまでの
ルートは両者において全く異なり、販売される市場が重なることは考え
られない。
また、原告は極めて限定的な取引先(法人)に対してマスクを販売し
5 ており、原告商品が小売店の店頭に並ぶことはなく、一般消費者の目に
触れる機会はほとんどなく、本件商標は原告の商標であると認知されて
いない。また、被告商品に付された被告標章は、被告商品の包装箱の前
面右上に全体に比して極めて微小なサイズで印字されているにすぎない。
他方で、被告は、各通販サイトなどで、被告商品名で各種の衛生マスク
10 を販売しており、被告商品もそのシリーズであるが、その商品名の文字
列の下に「PFE/BFE/VFE99%以上 カットフィルター使用」
といった表示をしている。消費者は、商品の選定において重視する品質
について、この表示により被告商品はウィルスや花粉を99%カットし
てくれるマスクであるとの認識を持つ。被告が販売する商品は、コロナ
15 禍の影響もあり、2020年12月時点で約1万5000箱もの数量が
販売されており、被告商品名は被告の販売する衛生マスクを指し示す商
品名として、広く需要者に認識されている。被告商品においても、包装
箱の正面及び両側面の中心部分に被告商品名を印字している。したがっ
て、本件商標の顧客吸引力は皆無に等しく、被告商品が売れたのは被告
20 商品名によるものであり、被告商品の利益に被告標章は寄与していない。
したがって、本件において、そもそも商標法38条2項は適用されな
いし、以上の事情によれば、損害も発生していない。
また、仮に、商標法38条2項の適用があり、損害が発生していな
いとはいえないとしても、前記の事情からすれば、本件商標の顧客吸引
25 力は低く、被告商品名が売上げに寄与する割合は格段に大きく、そうし
た被告商品に関する広告宣伝効果により売上げが上がっていることから、
利益に対する被告標章の寄与の割合は3%程度にとどまる。したがって、
原告の損害額は11万4314円を超えないものというべきである。
イ 前記ア のとおり、本件商標には知名度がなく、顧客吸引力が全く存
在せず、被告商品の売上に全く寄与していない。その上、原告は極めて
5 限定的な取引先に対してマスクを販売しているのであり、販売されるべ
き市場は異なる。したがって、原告に得べかりし利益としての使用料相
当額の損害は発生していない。
仮に、原告に損害が生じているとしても、前記ア のとおり、原告
商品の販売先は限定され、その販売数量は極めて限定的なものにとどま
10 ることが推認され、営業規模が小さいうえ、原告商品と被告商品は販売
市場も異なり、営業態様も相違する。また、衛生マスクである被告商品
は、被告商品名と品質表示に顧客吸引力があり、被告商標に顧客吸引力
はない。
そして、衛生マスクの商標分類は、令和4年1月以降は第10類に分
15 類されるが、第10類の商標の使用料率の平均値は3%とされ、これに
既に述べた事情を併せ考えると、その使用料率は0.1%にとどまる。
原告は、他社と5%の使用料率で和解した旨の和解合意書を提出する
が、当該合意書によっても、使用許諾契約がされたかどうか明らかでな
く、使用料率を5%とする合意があったとはいえない。
20 そうすると、商標法38条3項が適用されるとしても、原告の損害は
1万5961円を上回らない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実、証拠(各項末尾に掲記)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実
25 が認められる。
⑴ 年賀等の意味及び使用例について
ア 広辞苑(第6版)には、年賀の意味として「①新年の祝い。年始の祝賀。
②長寿の祝い。賀の祝い。算賀。」と記載され、年賀を使用した語として
「年賀状」、「年賀特別郵便」、「年賀葉書」の語が記載されていて、
「年賀マスク」の記載はない(乙38)。
5 イ 令和4年1月4日時点の株式会社日比谷花壇のウェブサイトにおいては、
「お正月の年始回りの際に贈るプレゼントが「お年賀」です。」との記載
がある(乙18)。
ウ 令和4年3月28日時点の日本郵政グループのウェブサイトにおいては、
「お年賀とは、お世話になっている方々に対し、「今年もよろしくお願い
10 いたします。」という気持ちを込めてお渡しするギフトをいいます。」と
の記載がある(乙39)。
エ 令和4年1月4日当時の東武百貨店池袋店のウェブサイトなどによれば、
「御年賀」という文字が記載されたのしをつけたタオルについて、「年賀
タオル」、「お年賀タオル」として販売されていた(乙22から29ま
15 で)。また、新年の贈答品として「お年賀コーヒー」を紹介する旨の令和
元年12月2日付けのウェブサイトの紹介記事、年賀状の文面を印刷した
ケーキを「お年賀ケーキ」と呼ぶ平成21年12月31日付けの朝日新聞
の記事、食べられる年賀状として「お年賀せんべい」という商品が販売さ
れていることが記載されている令和4年1月4日当時のウェブサイト等が
20 存在した(乙21、31、34)。
⑵ 令和2年から令和3年頃の「お年賀マスク」に対する認識について
ア 令和2年10月9日付けの株式会社ルーパスのウェブサイト上で、浜松
のタオル卸売会社が「お年賀マスク」の販売を始めたことを紹介する記事
を掲載したが、その中で同社が「夏ごろから自社のロゴやチームロゴなど
25 のプリントをしてほしいという注文が多くなってきたことや、これから冬
になり、新型コロナウィルスのさらなる拡大を懸念する中、例年通りタオ
ルをお年賀にするより、布マスクが良いのではないかと考え、マスクに会
社のロゴなどをプリントして贈る「お年賀マスク」を企画。」と記載して
いる(乙8)。
イ 令和2年11月6日付けの株式会社日本経済新聞社のウェブサイトの記
5 事には、「新定番の年賀ギフトとして、イメージ・マジック(東京)が
「お年賀マスク」の販売を開始した。」、「新しい時代のお年賀に」など
の記載がある(乙4)。
ウ 令和2年12月22日付けの株式会社PR TIMESのウェブサイト
上には、「今回のお年賀はタオルではなく、マスク!実用的で気持ちのこ
10 もった、今年ならではの新しいギフト。「お年賀マスク」」、「お年賀の
定番といえばタオルです。年に一度の贈り物とはいえ、少しマンネリ気味
ではありませんか?何か新しいお年賀を贈りたい。タオルのように実用的
で、贈る相手が困らないものを。そんなあなたにおすすめなのが、今年な
らではのギフト、「お年賀マスク」」との記載がある(乙5)。
15 エ 令和3年1月30日付けの株式会社新潟日報社のウェブサイト上の記事
では、「贈答品も新様式」とのタイトルでマスクが贈り物としても購入さ
れている旨を紹介されており、この記事の中で「この年末年始、新年のあ
いさつにうかがう時に添える「お年賀マスク」としてのし紙を付けて提案
したところ、好評だったらしい。昨年のお正月では、「お年賀」にマスク
20 を贈るなど、思いも寄らなかったのではないか。」と記載している(乙
6)。
⑶ 被告商品の包装箱及びその紹介について
ア 被告商品の包装箱は、全体的に赤色で装飾され、金色の柄が付される部
分がある。その正面部及び両側面部の中央部には、金色で被告商品名であ
25 る「日本の品質マスク」の文字が記載されており、正面左下部及び両側面
下部には、「PEF/BEF/VFE99% カットフィルター使用」と
の品質に関する表示が記載されている。被告商品の包装箱の上面部には、
おおよそ中央に、白色の余白で囲まれて、太く黒い筆文字である被告標章
が記載され、その上側には、金色の宝船とそれに乗った七福神が描かれて
いる。上面部の被告標章の下側には、上面部のほぼ3分の1程度を占めて、
5 中央上部に赤色で「御年賀」と記載されたのし紙の柄が描かれている。被
告標章は、被告商品の包装箱の正面右上部にも記載されている。(乙7)
イ 令和2年12月10付けの日本テレビ放送網株式会社のウェブサイト上
の記事において、被告商品が紹介されたが、当該記事において、「年賀状
に絡めてこんなものまで登場しました。新年にお年賀として贈る、年賀マ
10 スクです。」との記載がある(甲9)。
ウ 令和2年12月18日付けの被告のウェブサイト上のプレスリリースに
おいて、被告商品が日本テレビの番組で紹介された旨の記事を紹介したが、
当該記事内において「今年のお年賀はタオルや菓子折りではなくマスクで
年始のご挨拶をしてみてはいかがでしょうか。」と記載している(甲1
15 3)。
2 本件商標と被告標章について、外観は、本件商標は「お年賀マスク」(標準
文字)であり、被告標章は太く黒い筆文字の「お年賀マスク」というものであ
り、類似し、称呼は、「オネンガマスク」で同一であり、観念も、同一である。
本件商標と被告標章の出所の混同を否定するような取引の実情は存在せず、本
20 件商標と被告標章は類似する。また、被告商品は、本件商標の指定商品である
衛生マスクである。
3 争点1(被告標章は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識す
ることができる態様により使用されていない商標であり、本件商標権の効力が
及ばないか)について
25 ⑴ 前記1⑴アのとおり、「年賀」は、新年の祝いや年始の祝賀の意味がある
とされる。また、年賀と他の語句とが結びついた語句として広辞苑(第6版)
に掲載されているものとして、年賀状や年賀特別郵便、年賀葉書があるが、
年賀マスクという語句は掲載されていない。
また、前記1⑴によれば、新年に渡す贈答品を指す語として「お年賀」が
使用され、ある程度定着していることがうかがわれること、新年に渡す贈答
5 品としてタオルが用いられることがあり、そのようなタオルについて「お年
賀タオル」、「年賀タオル」などとして販売されることがあったことが認め
られる。また、「年賀」の後に贈答品の品名を続ける語が使用されることも
あったことが認められる。
他方、前記1⑵、⑶に照らすと、令和3年より前に、新年の贈答品として
10 「マスク」を渡すことは一般的でなく、令和2年には、新型コロナウィルス
による疾病の流行を受けて、令和3年の新年の贈答品としてマスクを渡すこ
とを考える者が現れ、「お年賀マスク」という言葉が使われることがあった
ことが認められる。もっとも、マスクは、令和3年までは新年の贈答品とし
て渡されることは一般的でなかったことから、それが使用される記事等にお
15 いても、説明とともに、括弧を付けた上で「お年賀マスク」という語が使わ
れることが多かった。
⑵ 以上によれば、「年賀」については、新年に渡す贈答品を指す語としてあ
る程度定着し、「年賀」としてよく贈答されるタオルについては「お年賀タ
オル」と呼ばれることもあったが、従来、新年の贈答品としてマスクを渡す
20 ことは余りなく、令和2年の半ばから令和3年頃、「お年賀マスク」の語自
体が、普通名称となっていたとは認められない。また、令和3年まで、新年
の贈答品としてマスクを渡すことは余りなく、令和2年の半ばから令和3年
にかけて、「お年賀マスク」との語が使われた場合、それは新しい語である
との印象を与えるものであったと認められる。そして、被告標章は、被告商
25 品の包装箱において、「御年賀」と記載されたのし紙の柄などとは別に、そ
の記載態様(太く黒い筆文字)や位置(包装箱上面については、その中央付
近に記載されている。)に照らし、他の部分とは区別してそれ自体でかなり
目立つように記載されている。「お年賀マスク」についての当時の認識にこ
のような被告商品における被告標章の使用態様等を総合的に考慮すると、令
和2年8月から令和3年1月頃、被告商品の包装箱における被告標章が、需
5 要者に何人かの業務に係る商品であることが認識できる態様により使用され
ていない商標であったとは認められない。
4 争点2(被告標章は、商品の用途として普通に用いられる方法で表示された
ものであり、本件商標権の効力が及ばないか)について
前記3⑴のとおり、新年に渡す贈答品を指す語として「お年賀」が使用され、
10 ある程度定着していることがうかがわれるものの、令和3年より前に、新年の
贈答品として「マスク」を渡すことは一般的ではなかったのであり、「お年賀
マスク」自体が商品の用途を示す語句であるとは直ちには認め難い。また、同
⑵の被告標章の使用態様からすると、商品の用途としての普通に用いられる方
法とも認められない。したがって、被告標章は、商品の用途として普通に用い
15 られる方法で表示されたものであり本件商標権の効力が及ばない旨の被告の主
張には理由がない。
5 争点3(本件商標は、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標
章のみからなる商標であり、無効審判により無効にされるべきものであるか)
について
20 前記1⑴のとおり、「年賀」については、新年に渡す贈答品を指す語として
ある程度定着していたが、令和3年より前に、新年の贈答品として「マスク」
を渡すことは一般的でなく、また、上記の頃より前に、本件証拠上、「お年賀
マスク」という語を使用する例があったことを認めるに足りない。そうすると、
本件商標の登録日の前である登録査定時において、「お年賀マスク」が商品の
25 普通名称であったとは認められない。したがって、本件商標は、商品の普通名
称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標に当たることによ
り無効審判により無効とされるべきである旨の被告の主張には理由がない。
6 争点4(損害の発生及び数額)について
⑴ 前記2のとおり、本件商標と被告標章は類似するから、被告による被告商
品の販売行為は、本件商標権の侵害行為を侵害したものとみなされる(商標
5 法37条1号)。
⑵ 商標権者に、侵害者による商標権侵害行為がなかったならば利益が得られ
たであろうという事情が存在する場合には、商標権者がその侵害行為により
損害を受けたものとして、商標法38条2項の適用が認められると解される。
原告は、前記第2の1⑷のとおり、原告の商品を販売するウェブサイトに
10 おいて、本件商標を商品名の一部として付した原告商品を法人向けに販売し
ていた。これに対し、被告は、同⑶のとおり、販売サイトや小売店の店頭に
おいて、被告商品を販売していた。もっとも、原告商品も被告商品も新年の
挨拶における贈答品として用いられる衛生マスクであり、一般的な衛生マス
クとは販売のコンセプトが異なることをも踏まえると、原告商品の顧客とな
15 るべき法人において、被告商品を被告の販売サイトや小売店の店頭から商品
を購入するものがいなかったとはいえない。そうすると、被告の侵害行為に
より原告商品の売上げが減少したものと評価でき、原告に、被告による商標
権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する。
したがって、商標法38条2項の適用がある。
20 ⑶ア 商標法38条2項により侵害者が受けた利益の額が原告の損害と推定さ
れる。もっとも、同規定は推定規定であるから、侵害者の側で、侵害者が
得た利益の一部又は全部について、商標権者が受けた損害との相当因果関
係が欠けることを主張立証した場合には、その限度で上記推定は覆滅され
る。
25 イ 被告は、令和2年8月から令和3年1月までの間に、被告標章が付され
た包装箱に入れた衛生マスク4種類を販売していた。被告商品について、
前記第2の1のとおり、その売上額は合計1596万1281円であり、
そのための経費は1215万0844円であったから、限界利益は381
万0437円である。
ウ 被告は、本件において、推定覆滅の事由に該当する事実がある旨主張す
5 る。
被告は、原告商品は業者等の法人のみが購入でき、原告商品の想定
される利用方法は、原告商品を購入した法人の従業員や取引先への年始
の贈り物であるのに対し、被告商品は一般消費者が他の衛生マスクと比
較しながら購入するものであり、衛生マスクという物品の性質上最終的
10 に使用するのが個人であるとしても、当該個人が取得するまでのルート
は両者において全く異なると主張する。
この点に関係し、原告は、原告の販売先が法人であるとした上で、当
該法人は、当該法人の従業員や取引先への年始の贈り物とするノベルテ
ィ商品としてこれを使用するほか、個人に対して販売する旨主張する。
15 しかし、原告の販売先である法人が、個人に対して販売した数量等につ
いては何ら主張立証されておらず、当該法人が個人に対して販売してい
たことを認めるに足りない。したがって、原告商品は、法人によって、
当該法人の従業員や取引先への新年の挨拶における贈答品とするという
目的で購入されたと認められる。
20 被告商品は被告の販売サイトや小売店の店頭において販売されていて、
法人だけでなく、一般消費者も自由に購入できた。そうすると、原告商
品の顧客となるべき法人に、被告商品を被告の販売サイトや小売店の店
頭から商品を購入するものがいなかったとはいえないものの(前記 )、
原告商品は上記のとおり法人がそのノベルティ商品として購入するもの
25 であるのに対し、被告商品は、基本的には、一般の消費者が購入すると
いえ、その市場は異なる部分が非常に大きく、この事情は、前記推定を
覆滅させる事情であると認める。
被告は、本件商標の顧客吸引力は皆無に等しく、被告商品が売れた
のは、被告商品名や被告商品の品質に関わる表示によるものである旨主
張する。
5 しかし、被告商品名を付した商品が一定数販売され、また、報道機関
などで取り上げられたことがあったとしても、極めて多種の製品が大量
に販売されている衛生マスクの需要者において、被告商品名が広く知ら
れていたとは認められないし、また、衛生マスクにおいては品質に関す
る表示がされることも多いところ、被告商品の品質に関する表示が特に
10 顧客吸引力を有するものであることを認めるに足りない。他方、被告標
章は、被告商品の包装箱の正面の右上部分及び上面の2か所に目立つよ
うに記載されていて、包装箱の上面においてはその中央部分に記載され
ているのであり、その顧客吸引力がないとはいえない。
本件については、前記 の事情により推定が大きく覆滅すると認めら
15 れるという事情があるところ、それに加えて被告が主張する上記推定覆
滅についての事情があるとは認められない。
以上のとおり、原告商品と被告商品は、市場が非常に大きく異なっ
た。原告商品の市場は被告商品の市場に比べて小さく、被告商品の市場
のうち、ごく一部が原告商品の市場と重なっていたといえる。このよう
20 な事情によれば、被告商品を購入した者のうち、被告商品に被告標章が
付されていることによって原告商品に代えて被告商品を購入したといえ
る者の割合はかなり低いと認められ、被告が主張する事由のうち、上記
の理由により、原告は被告商品の販売数量のうちの相当多くのものにつ
いて販売することができたとはいえない事情があり、商標権者が受けた
25 損害との相当因果関係が欠けると認める。上記の理由により、原告は被
告商品の販売数量の95%について販売することはできたとはいえず、
被告が得られた限界利益のうち、原告の損害との相当因果関係のあるも
のは、5%であったと認めるのが相当である。
エ そうすると、商標法38条2項による原告の損害は次のとおり、19万
0521円である(小数点以下切り捨て)と認められる。
5 (計算式)381万0437円×0.05=19万0521円(小数点以下
切り捨て)
⑷ 商標法38条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅
部分について、商標権者が使用許諾をすることができたと認められるときは、
同条3項の適用が認められると解される。
10 前記⑶によれば、本件の事情の下においては、原告が販売することができ
ない事情があるとされた数量に相当する被告商品については、原告が使用許
諾をすることができたと認められる。
そして、商標法38条3項の使用の対価を算定するにあたっては、当該商
標権の侵害があったことを前提として当該商標権を侵害した者との間で合意
15 をするとしたらならば、当該商標権者が得ることとなるその対価を考慮する
ことができる(同条4項)。第10類の商標の使用料率の平均値は売上高の
3%とされるが、その最大値は5.5%とされ(乙61)、この使用料率の
平均値には、非侵害者との間の合意による使用料率も含まれており、侵害し
た者との間で合意をする場合平均値より高い使用料率になり得ることを踏ま
20 えると、原告の使用機会の喪失による得べかりし利益は、対象となる商品の
売上高の5%は下回らないものと認める。
そうすると、商標法38条2項による推定が覆滅される部分についての商
標法38条3項の損害は、以下のとおり、75万8160円となる。
(計算式)1596万1281円×0.95×0.05=75万8160円
25 (小数点未満切り捨て)
⑸ そうすると、原告の損害額は94万8681円となる。
なお、商標法38条3項のみに基づいて算定される額が、上記の額を超え
ないことは、被告の利益額や上記の対価の割合から明らかである。
第4 結論
以上によれば、原告の請求は主文の限度で理由があるが、その余は理由がな
5 いから、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 柴 田 義 明
裁判官 杉 田 時 基
裁判官 仲 田 憲 史
(別紙)
被告標章目録
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