令和5(行ウ)5005特許出願審査請求手続却下処分取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所東京地方裁判所
|
裁判年月日 |
令和6年2月16日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告株式会社コンピュータ・システム研究所 被告国
指定代理人橋本政和
|
対象物 |
建築物設計支援システム、建築物設計支援および記憶媒体 |
法令 |
行政訴訟
特許法48条の321回 特許法18条の21回
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キーワード |
特許権6回 侵害5回 無効2回 損害賠償1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 事案の概要
本件は、原告が、発明について特許出願をしたのち、特許法48条の3第1項
所定の期間内に出願審査の請求をせず、その後、特許庁長官に対して出願審査請5
求書及び回復理由書を提出したものの、特許庁長官から、当該出願審査の請求書
に係る手続を却下する処分を受けたことから、上記の出願審査請求期間の徒過は、
故意に行われたものではなく、仮に、本件に令和3年法律第42号(以下「改正
法」という。)による改正前の特許法48条の3第5項(以下「旧特許法48条の
3第5項」という。)が適用されるとしても、旧特許法48条の3第5項の「正当10
な理由」があると主張し、本件処分は違法であるとして、本件処分の取消しを求
める事案である。 |
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判決文
令和6年2月16日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
令和5年(行ウ)第5005号 特許出願審査請求手続却下処分取消請求事件
口頭弁論終結日 令和5年12月22日
判 決
原 告 株式会社コンピュータ・システム研究所
同訴訟代理人弁護士 岩 永 利 彦
10 被 告 国
処 分 行 政 庁 特 許 庁 長 官
被 告 指 定 代 理 人 橋 本 政 和
同 多 田 百 合
15 同 澤 哲 哉
同 及 川 麻 衣
同 稲 垣 若 菜
同 大 谷 恵 菜
同 中 島 あ ん ず
20 主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
25 特許庁長官が、特願2018-166452号に関し、令和4年3月17日付
提出の出願審査請求書に係る手続について令和4年12月1日付けでした手続却
下の処分を取り消す。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は、原告が、発明について特許出願をしたのち、特許法48条の3第1項
5 所定の期間内に出願審査の請求をせず、その後、特許庁長官に対して出願審査請
求書及び回復理由書を提出したものの、特許庁長官から、当該出願審査の請求書
に係る手続を却下する処分を受けたことから、上記の出願審査請求期間の徒過は、
故意に行われたものではなく、仮に、本件に令和3年法律第42号(以下「改正
法」という。)による改正前の特許法48条の3第5項(以下「旧特許法48条の
10 3第5項」という。)が適用されるとしても、旧特許法48条の3第5項の「正当
な理由」があると主張し、本件処分は違法であるとして、本件処分の取消しを求
める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容
易に認められる事実)
15 ⑴ 原告は、コンピュータソフトウェアの企画、開発、受託、販売及び保守等を
目的とする株式会社である。(弁論の全趣旨)
⑵ 原告は、平成30年9月5日、A弁理士(以下「本件弁理士」という。)を代
理人として、特許庁長官に対して、発明の名称を「建築物設計支援システム、
建築物設計支援および記憶媒体」とする発明について、特許出願をした(出願
20 番号特願2018-166452。以下、この特許出願を「本件出願」という。。
)
(甲15)
⑶ 原告は、本件出願につき、出願審査の請求をすることができる期間(以下「本
件請求期間」という。 の末日である令和3年9月5日までに出願審査の請求を
)
しなかった(争いなし)。そのため、本件出願は、特許法48条の3第4項の規
25 定により、取り下げたものとみなされた。
⑷ 原告は、令和4年3月17日、特許庁長官に対し、同日付け出願審査請求書
及び本件請求期間の末日までに出願審査の請求をすることができなかったこと
について正当な理由がある旨を記載した回復理由書を提出した(以下、この出
願審査請求書を「本件請求書」という。。
)(甲16、17)
特許庁長官は、令和4年7月6日付けで、原告に対し、本件請求書に係る手
5 続は却下すべきものであると認められること、却下すべき理由及び原告に弁明
があれば2か月以内に提出するよう記載された却下理由通知書(以下「本件却
下理由通知書」という。)を送付した。原告は、同年9月13日付けで、弁明書
(以下「本件弁明書」という。)を提出したが、特許庁長官は、同年12月6日
付けで、本件弁明書によっても本件却下理由通知書記載の理由を解消するもの
10 ではないとして、特許法18条の2第1項に基づき却下する旨の処分(以下「本
件処分」という。)をした。本件却下理由通知書記載の理由には、要旨、本件請
求期間を徒過したのは、本件弁理士が本件審査請求の手続期限を見過ごしたこ
とにあると認められ、本件弁理士がうつ病であるとの事実は立証されておらず、
また、本件弁理士が本件請求期間の管理及び本件出願に係る審査請求を行うこ
15 とができないほどの病状にあったのか否か不明であることから、本件弁理士の
人為的ミスについて特殊事情があったとは認められない旨記載されている。 甲
(
18、乙1、2)
3 争点
⑴ 本件について改正法による改正後の特許法48条の3第5項が適用されるか
20 (争点1)
⑵ 原告が本件請求期間を徒過したことについて、旧特許法48条の3第5項の
「正当な理由」があったか(争点2)
⑶ 特許庁長官が原告に対し本件弁理士の診断書の提出を求めたことは違法であ
るか(争点3)
25 4 争点についての当事者の主張
⑴ 本件について改正法による改正後の特許法48条の3第5項が適用されるか
(争点1)について
(原告の主張)
本件では、以下の理由により、旧特許法48条の3第5項でなく、改正法に
よる改正後の特許法48条の3第5項が適用される。
5 ア 改正法附則2条4項は、改正法による改正後の特許法48条の3第5項の
施行日前に特許法48条の3第4項の規定により取り下げられたものとみな
された特許出願については、「なお従前の例による。」としている。しかし、
法令の遡及適用については実質的に判断されるべきであり、特許権者の十分
な救済を図るという観点、改正法による改正後の特許法が、特許権者の権利、
10 利益がより保障される方向に改正されたものであること、権利回復が認めら
れても第三者等に不測の不利益を与えるものではないこと、施行まで長期間
の猶予期間を設けられたのがもっぱら特許庁の準備のためであることに照ら
せば、改正法附則2条4項は適用されるべきではない。
イ また、改正法附則2条4項に規定する、改正後の特許法48条の3第5項
15 の「施行日」は、改正法附則1条5号により公布後2年を超えない範囲内の
政令で定める日としているところ、改正法附則1条5号は、もっぱら国家権
力である特許庁に新法対応のための準備期間を与えるという便宜を図ること
を立法目的としており、その目的は公共の福祉に合致しない不当なものであ
る。加えて、仮に、公布日から特許庁等の準備期間を一定期間設けるとして
20 も、改正法附則1条5号が定める改正法による改正後の特許法48条の3第
5項等の規定の施行までの期間が2年を超えない範囲内の施行日では長すぎ、
6か月を超える部分については合理性及び必要性を肯定できない。そうする
と、改正法附則1条5号のうち6か月を超える範囲内で政令で定める日を施
行日とすることを許容する部分については、特許出願の財産権又は特許を受
25 ける権利を侵害し、憲法29条2項に違反し、無効であり、改正法附則1条
5号を前提として定める改正法附則2条4項も憲法29条2項に違反し、無
効である。
ウ 改正法による改正後の特許法が既に公布されていたという経緯、その他の
状況にもかかわらず、経過措置により改正法による改正後の特許法48条の
3第5項の適用がないとすることは、信義則に違反する。
5 (被告の主張)
争う。
⑵ 原告が本件請求期間を徒過したことについて、旧特許法48条の3第5項の
「正当な理由」があったか(争点2)について
(原告の主張)
10 仮に本件に旧特許法48条の3第5項が適用されるとしても、以下の各事情
からすれば、原告が本件出願を依頼していた本件弁理士はうつ病を患っており、
本件出願に係る審査請求の手続の期限に至る経過で本件請求期間の管理及び本
件出願に係る審査請求を行うことができない程度の病状にあったという事情が
あり、この事情からすれば旧特許法48条の3第5項の「正当な理由」があっ
15 たといえる。
ア 原告の特許担当者が、本件出願等について、本件請求期限等を徒過してい
たにもかかわらず何らの対応もされていなかったことに気づいて、本件弁理
士に連絡した際、本件弁理士から電話及びSMSサービスを使用して、うつ
病がひどく対応できない旨告げられている。弁理士が委任事務を懈怠すれば、
20 損害賠償責任を負うほか日本弁理士会による処分の対象ともなり、経済産業
大臣による懲戒処分の対象ともなるのであって、それにもかかわらず本件弁
理士は委任事務ができない旨の自身に不利な供述をしている。実際に原告が
委任を受けていた特許事務に関する手続は滞っており、本件弁理士の供述は
客観的状況に合致しているほか、現在も本件弁理士とは連絡が全く取れない
25 ままで生死すら判然とせず、本件弁理士自身に不利な状況も積み重なってい
るものであり、原告と本件弁理士との従前の良好な関係にもかかわらず連絡
なく弁明もしないこと、本件弁理士の後輩も本件弁理士がコロナ禍によって
本件弁理士の副業が甚大な影響を受け、それによって副業が不振となったこ
とによってうつ病になったのではないかと述べていることなどを踏まえると、
非常に信用性が高い。また、本件弁理士が本件請求期間内に他の業務をして
5 いたとしても、本件弁理士が双極性うつ病であれば矛盾するものではない。
イ 本件却下理由通知書及び本件処分の理由によれば、診断書の提出がなけれ
ば上記事情の存在を認めないとしている。しかし、本件弁理士と連絡が取れ
ず診断書を取得することは不可能であるし、既に述べた客観的事実関係から
すれば診断書がなくても上記事情が認められることは明らかである。
10 (被告の主張)
否認ないし争う。
本件弁理士は、本件請求期間当時、弁理士として適切に業務を行っており、
特許出願の審査請求をすることができないと認められる客観的な事情はうかが
われない。本件弁理士がうつ病に罹患していたとも認められない。
15 また、仮に、本件弁理士がうつ病にり患しているとしても、それは「正当な
理由」の考慮要素の一つにすぎず、本件弁理士の病状から直ちに「正当な理由」
があるとは認められない。
⑶ 特許庁長官が原告に対し本件弁理士の診断書の提出を求めたことは違法であ
るか(争点3)について
20 (原告の主張)
特許庁は、新型コロナウイルス感染症により影響を受けた手続については、
「その責めに帰することができない理由」「正当な理由」「故意によるもので
、 、
ないこと」による期間徒過後の救済については、その手続期間の末日が令和5
年5月8日以前の場合は、証拠書類の提出を必須としないとの規律を定めてい
25 る。本件弁理士は、新型コロナウイルス感染症の感染を恐れた顧客が本件弁理
士の副業の店舗に通わなくなり、副業が不振を極めていたことでうつ病を発症
したのであり、本件請求書に係る手続は新型コロナウイルス感染症の影響を受
けた手続といえる。そして、特許庁の行政裁量として許され得るのは「正当な
理由」の有無に関してのみであり、ある場合は証拠の提出が必要であり、ある
場合は証拠の提出が不要であるなどと裁量で判断することは許されず、診断書
5 の提出を求めるのは憲法31条で定める適正手続に反する。また、このような
扱いは、証拠等の提出が不要とされた他の出願人等と比較して、不合理な不利
益処分といえるから、憲法14条で規定する平等原則にも違反する。したがっ
て、本件却下処分は違法である。
(被告の主張)
10 否認ないし争う。
特許庁が、旧特許法48条の3第5項の「正当な理由」の判断に当たって資
料を求めること及び新型コロナウイルスがまん延する状況下で、権利救済が適
切に行われるよう、その感染の影響を受けた手続とそうでない手続との間で差
を設けることは何ら違法ではないし、そのような差を設けることが不合理であ
15 るともいえないから、憲法31条や法律により許容されていない手続を行った
わけでもなく、またそのような取り扱いが憲法14条に違反するものでもない。
第3 当裁判所の判断
1 本件について改正法による改正後の特許法48条の3第5項が適用されるか
(争点1)について
20 ⑴ 改正法附則2条4項は、改正法による改正後の特許法第48条の3第5項の
規定は、同項の施行日以後に特許法第48条の3第4項の規定により取り下げ
られたものとみなされる特許出願について適用し、同施行日前に特許法第48
条の3第4項の規定により取り下げられたものとみなされた特許出願について
は、なお従前の例による旨規定する。
25 改正法による改正後の特許法48条の3第5項の施行日は、改正法附則1条
5号により公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める
日とされ、令和4年政令250号により令和5年4月1日と定められたところ、
原告は、前記第2の2⑶のとおり、同日より前の令和3年9月5日までの本件
請求期間内に本件出願について出願審査の請求をせず、その結果、本件出願は
特許法48条の3第4項により、取り下げられたものとみなされた。そうする
5 と、改正法附則2条4項により、本件においては、改正法による改正後の特許
法48条の3第5項ではなく、旧特許法48条の3第5項が適用される。
⑵ 原告は、法令の遡及適用については実質的に判断されるべきであると主張し、
改正法による改正後の特許法48条の3第5項が、特許権者の権利、利益がよ
り保障される方向に改正されたものであることなど、前記第2の4⑴アのとお
10 りの事情を指摘する。
しかし、法令は、一律に適用されるべきものであり、本件では、その適用に
ついて、改正法の附則において、どのような場合に旧特許法48条の3第5項
が適用され、どのような場合に改正法による改正後の特許法48条の3第5項
が適用されるかを明確に定めている。原告が指摘する事情があったとしても、
15 それらの事情を理由として、法令に定められたのと異なる適用をすることが相
当であるとは認められない。
⑶ 原告は、改正法附則1条5号及びこれを前提とする改正法附則2条4項が、
特許出願に係る財産権又は特許を受ける権利を侵害するものであり憲法29
条2項に反すると主張する。
20 しかし、特許権の内容等は法律で定められるものであり、特許出願を受ける
利益又は特許を受ける権利も、少なくとも明文で規定されている範囲において
は特許権と同様に解されるから、特許出願の出願審査の請求期間内に出願審査
の請求をしなかった場合に特許出願を取り下げたものとみなし、出願審査の請
求期間経過後の出願審査請求について「正当な理由」がある場合にのみ出願審
25 査の請求をすることができるとした旧特許法48条の3第5項の規定が特許
出願に係る財産権又は特許を受ける権利を侵害するものであるとは認められ
ない。
そして、改正法により旧特許法48条の3第5項等が改正されたが、同時に
改正法附則1条5号及び2条4項が定められたのであるから、改正法附則1条
5号及び2条4項は、従前の特許出願に係る財産権又は特許を受ける権利の内
5 容等について新たに制限等をするものとはいえない。
これらによれば、一定の場合に旧特許法48条の3第5項が適用されること
を定める改正法附則1条5号及び2条4項が財産権を侵害するものであると
は認められない。改正法附則1条5号及び2条4項が財産権を侵害し憲法29
条2項に違反する旨の原告の主張には理由がない。
10 ⑷ 原告は、改正法附則2条4項を適用することが信義則に違反すると主張する。
しかし、本件において、原告が第2の4⑴ウにおいて主張する事実は、同項を
適用することが信義則に反することを基礎付ける事情に当たるとはいえず、そ
の他、本件において、被告が同項の適用を主張することが、原告被告間の信義
則に違反するような事情があるとは認められない。
15 2 原告が本件請求期間を徒過したことについて、旧特許法48条の3第5項の
「正当な理由」があったか(争点2)について
⑴ 旧特許法48条の3第5項所定の「正当な理由があるとき」とは、特許出願
を行う出願人(代理人を含む。)として、相当な注意を尽くしていたにもかかわ
らず、客観的にみて出願審査の請求期間の内に出願審査請求書を提出すること
20 ができなかったときをいうものと解するのが相当である。
⑵ 原告は、前記第2の4⑵アのとおり、原告が本件出願を依頼していた本件弁
理士はうつ病を患っており、本件出願に係る審査請求の手続の期限に至る経過
で本件請求期間の管理及び本件出願に係る審査請求を行うことができない程度
の病状にあったという事情が存在する旨主張する。
25 ⑶ 証拠(甲3、8、9から11まで)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実
が認められる。
ア 原告は、土木・建築事業関連のコンピュータソフトウェア開発、販売、メ
ンテナンス等を行っている株式会社であり、特許に関する事項は、原告の専
務取締役であるB(以下「b 専務」という。)が一人で担当していた。
原告は、特許権の取得や管理等に力を入れているところ、 専務は本件弁理
b
5 士の手腕を買っていて、原告は、本件弁理士と顧問契約を締結するなどして
その特許出願等の事務を本件弁理士に依頼しており、本件出願に関係する事
務も本件弁理士に依頼した。
イ 原告は、年に数件、本件弁理士に特許出願を依頼しており、令和3年の夏
から秋にかけても、原告において b 専務と本件弁理士は打合せした。同年1
10 1月の打合せの際、本件弁理士の左手に細かい文字が多く書かれていたが、b
専務に対し本件弁理士はなんでもないと答え、それ以外に挙動がおかしかっ
たり落ち込んだりしている様子はなく、b 専務は本件弁理士について心配や
疑問に思うことはなかった。なお、同月頃、本件弁理士は、事務所を移転し
ていた。
15 ウ b 専務は、令和4年1月31日、SMSサービスにおいて、本件弁理士に対
し、原告が出願していた特許について同月25日に特許査定がされたところ
その特許が今後の事業に関係するため、同年2月にコロナ禍が落ち着いたら
打合せしたい旨連絡した。同年1月31日、本件弁理士は、特許査定の通知
が本件弁理士にも届いていたことを告げるとともに打合せの件を了承した旨
20 の返信をした。
エ 原告は原告への出資を検討する者からデユーデリジェンスを受けていた。
原告は、令和4年2月頃、出資を検討する会社から原告が保有する特許に特
許料の不払いによって登録が抹消されているものがある旨の報告を受けて調
査を行い、原告の特許出願や特許について、必要な手続がされていないこと
25 が判明した。
オ b 専務は、令和4年2月9日、前記エの事情を知って、本件弁理士の携帯電
話に電話した。その電話で、本件弁理士は b 専務に対し、4、5年前からう
つ病になっていて、がんを患い、配偶者とも離婚し、肉親の介護をしている
などの事情で業務をするのが非常に難しい状況にあると述べた。 専務は、
b S
MSサービスにおいて、同月9日及び14日、本件弁理士に対し、打合せを
5 したい旨や連絡をほしい旨を送信し、それに対し、同月14日、本件弁理士
は「すみません a です ご迷惑をおかけしてます 今は鬱がひどく対応でき
ません」などと送信した。その後、b 専務と本件弁理士とは連絡がとれない。
カ b 専務は、令和4年2月9日に前記エの事情を知ったので、同月10日に
は、原告の顧問弁護士であるC弁護士・弁理士にこのことを伝え、善後策を
10 練り、同人を通じ、納付期限が来ているものの6か月の追納期間が徒過して
いない特許については特許料を支払い、審査請求の期限が迫っているものに
ついては審査請求を行い、特許査定後特許料が未払いのものについては特許
料を支払った。また、特許料の不払によって特許登録が抹消された特許や審
査請求の不請求のためにみなし取り下げになった特許のうち、原告が極めて
15 重要と考えた特許について、回復の申立てをすることとした。
⑷ これらによれば、本件弁理士は、担当していた業務が正常にされていないこ
とが発覚した後、いくつかの理由を挙げて業務をするのが難しかったことを述
べ、その理由の中にはうつ病があったこと、また、うつのために連絡ができな
い旨を述べたことが認められる。しかし、仮に、実際に本件弁理士がうつ病に
20 なったことがあったとしても、本件請求期間中、そのうつ病がどの程度の症状
であったのかについては、不明である。かえって、本件弁理士は、令和3年1
1月から令和4年1月にかけて b 専務に対して前記 イ及びウのような対応を
したほか、令和3年10月10日には、原告が出願していた別の特許について、
手続補正書や意見書を提出し(乙10の 1 から10の4まで)、同月29日に
25 は、平成30年11月27日に特許出願した特許について出願審査の請求をし
(乙10の5)、令和3年12月13日には特許出願している(乙10の6)こ
とが認められる。そうすると、少なくともこれらの時点においては、審査請求
期間内に特許出願の審査請求をするなど、通常の弁理士業務をすることができ
る状態であったといえる。仮に本件弁理士のうつ病が、原告の指摘する双極性
うつ病であったとしても、その病状の程度が、本件請求期間中、継続的に弁理
5 士業務をすることができないことを認めるに足りない。なお、原告の主張中に
は、本件とは別の特許の特許料等の追納期間の末日に、本件弁理士が別の商標
登録料の納付書を提出していることから本件弁理士が双極性うつ病であったこ
とを述べる部分があるが、その事実によって、同日頃、原告が双極性うつ病で
あったことを認めることができるものではない。その他、本件弁理士が手続を
10 しなかったことが重大な結果をもたらすこと、現在原告と本件弁理士が連絡を
とることができないこと、令和3年11月頃に b 専務が本件弁理士と打ち合わ
せをした際に本件弁理士の左手に細かい文字がたくさん書かれていたことなど
は、本件請求期間中、本件弁理士が弁理士業務をすることができなかったこと
を強くうかがわせる事情ではなく、それらを含めた本件に現れた事情をすべて
15 考慮したとしても、本件請求期間中、本件弁理士が弁理士業務をすることがで
きなかった事実を認めるに足りない。
これらの事情からすれば、仮に、本件弁理士がうつ病になったことがあると
しても、客観的にみて出願審査の請求期間の内に出願審査請求書を提出できな
かったとはいえない。
20 ⑸ そうすると、本件請求期間の徒過について、本件弁理士として、相当な注意
を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて出願審査の請求期間の内に出願
審査請求書を提出できなかったときであるとはいえないから、旧特許法48条
の3第5項の「正当な理由」があったとはいえない。
3 特許庁長官が原告に対し本件弁理士の診断書の提出を求めたことは違法であ
25 るか(争点3)について
原告は、本件請求書の提出に係る手続が、新型コロナウイルス感染症を原因と
するものであることを述べた上で、特許庁長官が診断書の提出を求めたことが憲
法31条に定める適正手続に違反し、また憲法14条にも違反する旨主張する。
しかし、本件請求書の提出に係る手続が、新型コロナウイルス感染症により影
響を受けたことを認めるに足りない。すなわち、本件弁理士の元同僚からの電話
5 聴取等報告書(甲14)の記載をみても、当該元同僚は、本件弁理士がしていた
副業がコロナ禍による不振に陥り、その結果うつ病にり患したと推論しているに
すぎない。その他、本件請求期間の徒過について、新型コロナウイルス感染症に
より影響を受けたことをうかがわせる証拠はない。
また、新型コロナウイルス感染症により影響を受けた手続とそうでない手続と
10 で手続の方式に差を設けることが不合理であるともいえない。
したがって、その余を判断するまでもなく、原告の主張には理由がない。
第4 結論
以上によれば、本件請求書の提出について、本件請求期間の徒過について正当
な理由があるとはいえないとして本件請求書に係る手続を却下した本件処分に、
15 違法があるとはいえない。よって、原告の請求には理由がないから棄却すること
とし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
20 裁判長裁判官 柴 田 義 明
裁判官 杉 田 時 基
裁判官 仲 田 憲 史
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