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令和4(行ケ)10110審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和6年3月18日
事件種別 民事
当事者 原告日本製鉄株式会社
被告JFEスチール株式会社
対象物 鋼管矢板式係船岸およびその設計方法
法令 特許権
特許法36条6項1号1回
特許法36条4項1号1回
特許法29条2項1回
特許法134条の21回
キーワード 進歩性39回
審決29回
実施22回
無効13回
特許権2回
無効審判2回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等(争いのない事実)5 (1) 被告は、平成22年10月29日、発明の名称を「鋼管矢板式係船岸およ びその設計方法」とする発明について特許出願をし、平成28年4月22日、 本件特許に係る特許権(請求項の数4)の設定登録を受けた。 (2) 原告は、令和3年3月30日、本件特許の請求項1~4に係る発明につい ての特許の無効審判請求をし、特許庁は、同請求を無効2021-800010 23号として審理し、被告は、同年7月20日、本件特許の請求項1及び請 求項3をそれぞれ後記2(1)、(2)のとおり訂正し、請求項2及び請求項4を 削除するとの内容の本件訂正の請求をした。

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判決文

令和6年3月18日判決言渡

令和4年(行ケ)第10110号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 令和5年12月19日

判 決

原告(無効審判請求人) 日 本 製 鉄 株 式 会 社

同訴訟代理人弁護士 石 神 恒 太 郎

同 薄 葉 健 司

同 佐 藤 信 吾

同訴訟代理人弁理士 福 地 律 生

同 齋 藤 学

同 木 村 健 治

同 岩 田 純

被告(同被請求人) JFEスチール株式会社

同訴訟代理人弁護士 近 藤 惠 嗣

同訴訟代理人弁理士 石 川 壽 彦

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

【略語】本判決で用いる略語は、別紙1「略語一覧」のとおりである。なお、本件審決中で使用されている略語は、本判決でもそのまま踏襲している。

第1 請求

特許庁が無効2021-800023号事件について令和4年9月8日にした審決(本件審決)を取り消す。

第2 事案の概要

5 1 特許庁における手続の経緯等(争いのない事実)

(1) 被告は、平成22年10月29日、発明の名称を「鋼管矢板式係船岸およびその設計方法」とする発明について特許出願をし、平成28年4月22日、本件特許に係る特許権(請求項の数4)の設定登録を受けた。

(2) 原告は、令和3年3月30日、本件特許の請求項1~4に係る発明についての特許の無効審判請求をし、特許庁は、同請求を無効2021-800023号として審理し、被告は、同年7月20日、本件特許の請求項1及び請求項3をそれぞれ後記2(1)、(2)のとおり訂正し、請求項2及び請求項4を削除するとの内容の本件訂正の請求をした。

(3) 特許庁は、令和4年9月8日、下記の審決(本件審決)をし、その謄本は同月20日原告に送達された。「 特許第5919620号の特許請求の範囲を令和3年7月20日に提出された訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~4について訂正することを認める。特許第5919620号の請求項1及び3に係る発明についての特許の審判の請求は成り立たない。特許第5919620号の請求項2及び4に係る発明についての特許の審判請求を却下する。」

(4) 原告は、同年10月18日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。2 本件発明の概要

(1) 本件発明1に係る特許請求の範囲の記載(本件訂正後の請求項1。下線部は訂正により追加した箇所を示す。)下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸であって、鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~7

5 00N/mm2とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=H T4/EI)が下式を満たすことを特徴とする鋼管矢板式係船岸。ρ(=H T4 /EI)>0.412l h +72.118但し、H T :海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)E:鋼管矢板のヤング率(MPa)I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m 4/m)l h :地盤反力係数(MN/㎥)

(2) 本件発明3に係る特許請求の範囲の記載(本件訂正後の請求項3。下線部は訂正により追加した箇所を示す。)下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法であって、鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=H T4/EI)が下式を満たすように設定することを特徴とする鋼管矢板式係船岸の設計方法。ρ(=H T4 /EI)>0.412l h +72.118但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)E:鋼管矢板のヤング率(MPa)I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m 4/m)lh :地盤反力係数(MN/㎥)

(3) 本件明細書の記載等本件明細書及び図面には、本件発明について次のような開示があることが認められる。ア 技術分野本発明は、港湾や河川に構築される鋼管矢板式係船岸に関し、特に鋼管矢板壁の下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控

5 え工で支持する鋼管矢板式係船岸に関する(【0001】)。イ 背景技術矢板式係船岸は、当初は鋼矢板を用いて構築されていたが、係船岸の大水深化に伴い、鋼管杭の両サイドに継ぎ手構造を溶接した鋼管矢板が用いられるようになってきた。従来の鋼管矢板を用いた鋼管矢板式係船岸は、工場で製造される鋼管矢板(JIS A 5530)であるSKY400(降伏点または耐力(鋼材降伏強度)は235N/m㎡以上)、SKY490(鋼材降伏強度は315N/m㎡以上)を用いて構築される(【0002】)。ウ 発明が解決しようとする課題(ア) 矢板式係船岸の設計法は、矢板の根入れ長は「フリーアースサポート法」で決定し、応力に対しては「仮想ばり法」が用いられていた(【0004】)。これらの方法は、矢板の剛性の違いを考慮して検討されたものではなく、鋼管矢板は鋼矢板に比べて剛性が高いためそのまま適用することはできないという問題があったため、矢板壁の剛性を考慮し、矢板壁の根入れ部分に関して弾性床上の梁として取り扱う「Roweの方法」(ただし、解析的に解く必要があるため、設計実務としては利便性に欠ける。)に着目し、「Roweの方法」による必要根入れ長(D F)を下記(1)式により簡易的に求め、「仮想ばり法」で求めた最大曲げモーメント(M T )を下記(2)式により「Roweの方法」を満足する最大曲げモーメント(M F )に補正する方法(Roweの修正法)が提案され、現在実務で用いられている。D F/HT=5.0916ω-0.2-0.259 …(1)DF:Roweの方法による必要根入れ長HT:海底面からタイ材とりつけ位置までの高さ(m)ω:以下により算出されるシミラリティナンバー

5 ①フレキシビリティナンバーρを計算ρ=H T 4/EIE:矢板壁の剛性(ヤング率)I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)

②ω=lh×ρlh:海底地盤の地盤反力係数(MN/㎥)M F/MT=4.5647ω-0.2+0.1319 …(2)MF:Roweの方法を満足する最大曲げモーメントMT :仮想ばり法で求めた最大曲げモーメント(【0005】、【0006】)(イ) ところが、近年、船舶の大型化による係船岸の大水深化や、地震などの設計外力の増加で、上記の(2)式で算定されるM F /M T が1を越えるケースが増えている。(2)式において1を越える場合は、矢板壁の剛性が高いため、従来の方法、すなわち仮想ばり法で求めた最大曲げモーメントでは不十分であることを示している。言い換えれば、M F /M T が1を越えるケースでは、矢板壁のたわみ性が十分発揮されていないことになる。船舶の大型化による係船岸の大水深化や、これまでよりも耐震性能に優れることが求められるなど、必要とされる矢板壁の剛性が増大している。これにより、必要となる根入れ長も長くなっている。このことにより、鋼重が増すと共に建設コストが増大するという問題を有している(【0007】)。本発明は、鋼重を低減して建設コストを抑制できる鋼管矢板式係船岸を得ることを目的とする(【0008】)。エ 課題を解決するための手段(ア) 上記の課題を解決するために、仮想ばり法とRoweの修正法を用い、

5 さまざまな条件における鋼管矢板式係船岸の試計算を行った。海底地盤は緩い(地盤反力係数l h=24MN/㎥、せん断抵抗角30°)、中位(地盤反力係数l h =38MN/㎥、せん断抵抗角35°)、堅い(地盤反力係数l h =58MN/㎥、せん断抵抗角40°)の3種類としたほか、設計震度、水深、鋼材降伏強度の特性値等の条件を設定した(【0009】、【0018】~【0022】、【 表1】、【表2】)。【図2】は試計算結果を分析するためのグラフである。破線はRoweの修正法の(2)式のωにlh (海底地盤の地盤反力係数)としてそれぞれ24、38及び58を代入し、ρとM F /M T と関係を表す曲線を引いたものであり、試計算結果のうち鋼材降伏強度(N/m㎡)235、315、450、550についての結果をグラフ中にプロットした(【0010】)。【図2】試計算結果を分析するためのグラフ(イ) 【図2】に示すとおり、現在一般に使用されている鋼管矢板の鋼種であるSKY400(降伏強度235N/m㎡)では、ρは26~5

5 6、M F /M T は1.04~1.40に分布し、SKY490(降伏強度315N/m㎡)では、ρは49~96、M F /M T は1.04~1.40に分布することがわかる。どちらもM F /M T が1を大きく上回るケースが多く、鋼管矢板壁の剛度が高いため、鋼管矢板壁に発生する曲げモーメントが大きくなってしまい、前述したように、根入れ深さを深くしなければならず、鋼重が増えると共に建設コストが増大する。また、破線で示した曲線の傾きの絶対値が大きく、少々の条件の変更で、発生する曲げモーメントが大きく変化し、設計が非常に敏感であるため、設計が難しいという課題がある(【0010】)。(ウ) 他方、より降伏強度が大きい鋼管矢板を用いた場合(450N/m㎡、550N/m㎡)を見ると、450N/m㎡では、ρは94から256、M F /M T は0.80~1.11に分布し、550N/m㎡では、ρは154から279、M F /M T は0.79~1.02に分布することがわかる。したがって、鋼材降伏強度の特性値が315N/m

5 ㎡より大きい鋼管矢板を用いることでM F /M T が従来材に比べて大幅に小さくなり、鋼重を減らすことができ、建設コストの増大を抑制できる。また、【図2】のグラフの破線で示した曲線の傾きの絶対値が小さいことから、少々の条件変更では発生する曲げモーメントの変化が小さく、設計に対して鈍感であることがわかる(【0011】)。(エ) さらに、【図2】において、l h =24MN/㎥、水深-15m、鋼材降伏強度315N/m㎡の場合における図中最も右にある▲のρの値はρ=82であり、l h =58MN/㎥、水深-15m、鋼材降伏強度315N/m㎡の場合における図中最も右にある▲のρの値はρ=96であることから、ρをl h の1次関数として(l h ,ρ)が(24,82)と(58,96)の2点を通る線として設定すると、直線の傾きは(96-82)/(58-24)=7/17=0.412、ρ切片は、82-7/17×24=72.1176=72.118となる。したがって、Roweの修正法のフレキシビリティナンバーρの領域を地盤反力係数l hとの関係で表現すると、鋼材降伏強度の特性値が315N/m㎡よりも大きい鋼管矢板を用いることは、下記の(3)式(ρの式)で表現することができる。ρ(=H T 4 /EI)>0.412l h +72.118 …(3)(【0012】)(オ) 本件発明1に係る鋼管矢板式係船岸は、下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸であって、鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡とすること、及び鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=H T 4 /EI)がρの式を満たすことを特徴とするものである。また、本件発明3に係る鋼管矢板式係船岸の設計方法は、下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管

5 矢板式係船岸の設計方法であって、鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡とすること、及び鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=H T 4 /EI)がρの式を満たすことを特徴とするものである(【0013】、【0014】)。オ 発明の効果(ア) 本発明によれば、SKY490の鋼材降伏強度の特性値(315N/m㎡)よりも降伏強度が大きい鋼管矢板を用いることになるので、鋼管矢板壁に用いる鋼材重量を低減することができ、建設コストを抑制でき、また、タイ材や控え工へ作用する荷重が減少するため、両者の鋼材重量低減にもつながる(【0015】)。また、本発明においては、SKY490の鋼材降伏強度の特性値(315N/m㎡)よりも降伏強度が大きい鋼管矢板を用い、M F /M T の値を最大でも1.1程度までとして、ρとの関係でM F /M T の変化が小さい領域で合理的な設計を行うことで、鋼材使用重量を減らし、建設コストを低減できる(【0017】)。(イ) 鋼材降伏強度の特性値とSKY400(鋼材降伏強度315N/m㎡)に対する使用鋼材重量の低減率の関係は、-12m水深では400N/m㎡でほぼ低減率が収束し、-15m水深では700N/m㎡まで鋼材降伏強度の特性値を上げていく効果が現れており、好適な鋼材降伏強度の特性値は400N/m㎡~700N/m㎡の間にあることが分かる(【0024】、【0025】、【図3】、【図4】)。3 本件審決の理由の要旨本件審決の理由の概要は以下のとおりであり、後記の取消事由に係る部分を別紙2「本件審決の理由の要旨」に示す。

(1) 本件訂正の可否本件訂正は、いずれも特許法134条の2第1項1号の特許請求の範囲の

5 減縮を目的とするものに該当し、本件明細書に記載した事項の範囲内においてされたものであり、新規事項を追加するものではなく、同条9項で準用する同法126条5項、6項の要件を満たす。

(2) サポート要件違反についてア 本件発明1及び本件発明3は、鋼材降伏強度の特性値に係る構成及びρの式に係る構成により、「船舶の大型化による係船岸の大水深化や、これまでよりも耐震性能に優れることが求められるなど、必要とされる矢板壁の剛性が増大している。これにより、必要となる根入れ長も長くなっている。このことにより、鋼重が増すと共に建設コストが増大するという」という課題を解決できることは、当業者にとって認識可能である。したがって、本件発明に係る特許は、特許法36条6項1号のサポート要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。イ 原告は、本件明細書の記載からみて、【図2】は一定の条件で計算されたものであるから、明細書の発明の詳細な説明の記載や出願時の技術常識に照らしても、【図2】から導出されたρの式がこれらの条件を満たさない場合にまで拡張できるといえる根拠はない旨主張する(無効理由1-B)。しかし、本件明細書の記載から、ρの式は、従来から実務で用いられ周知といえる「Roweの修正法」に基づくものであり、原告が主張するような鋼管矢板に関する他の条件によらず成立するものといえ、そうするとRoweの修正法に基づくρの式についても同様のことが成立するといえる。よって、鋼管矢板に関する各種条件での実施例が記載されていないことを根拠として、本件発明が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないという無効理由1-Bの主張は理由がない。ウ サポート要件違反に係る原告のその余の主張は、いずれも理由がない。

(3) 進歩性欠如について

5 ア 甲1文献に基づく進歩性欠如について当業者といえども、甲1発明から「ρ」と「l h 」の相関式すなわちρの式を導出し、鋼管矢板の鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡としたものに設計すること(本件発明1と甲1発明の相違点1A)はできないから、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。同様の理由から、本件発明3は、甲1方法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。イ 甲2文献に基づく進歩性欠如について当業者といえども、「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤反力係数」の相関関係から条件式すなわちρの式を導出し、鋼管矢板の鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡としたものに設計すること(本件発明1と甲2発明の相違点1B)はできないから、本件発明1は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。同様の理由から、本件発明3は、甲2方法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。ウ よって、本件発明1、3に係る特許は、特許法29条2項に違反してされたものではない。

(4) 実施可能要件違反について原告は、本件明細書では、なぜM F /M Tが1を超えて1.1程度まで許容されるのかについては何ら説明されていないから、本件特許の明細書からは適切なM F /M T の値が、出願時の技術常識に基づいても、当業者が理解することはできず、当業者が実施することができる程度に記載されていない旨主張する。しかし、本件明細書の記載には、M F /M T が1.1程度まで「許容され

5 る」ことは記載されておらず、また、M F /M T が1を越えるケースについても記載され、当業者が実施できる程度に説明されているものであるから、本件特許は、特許法36条4項1号の実施可能要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。4 取消事由

(1) サポート要件に関する判断の誤り(取消事由1)

(2) 甲1文献に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由2)

(3) 甲2文献に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由3)

(4) 実施可能要件に関する判断の誤り(取消事由4)

第3 当事者の主張

1 取消事由1(サポート要件に関する判断の誤り)について

(1)

(原告の主張)

本件発明は、以下のとおり、発明の詳細な説明や出願時の技術常識に照らしても発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものではないから、サポート要件に関する本件審決の判断は誤りである。ア ρの式を導き出す基準とされた【図2】の2つの▲点は、鋼材降伏強度の特性値315N/m㎡、水深-15m、設計震度0.2、その他本件明細書に記載された特定の条件に基づいて算出された結果である。これらの条件を変えて計算した場合、H T (海底面からタイ材取り付け位置までの高さ)が変わることはもとより、鋼管矢板の断面が変わりI(単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント)も変わるため、ρ(=H T4/EI)の値は異なるものととなり、【図2】にプロットされる点も異なるものとなるから、ρの式の「0.412」、「72.118」といった係数が異なる値になることは自明である。すなわち、ρの式は設計震度、水深その他の条件によって一意に定まらない式であることが明らかであり、これらの条件を満たさない場合に

5 まで拡張できる根拠はない。例えば設計震度0.1や水深-20mとい

う条件の場合などで鋼材の降伏強度が違う場合を対比することに、技術的意味はない。イ 被告は、本件発明の本質はρの値を大きくすることによってM F /M Tの値を1.1以下にした上で、少々の条件変更では、発生する曲げモーメントの変化が小さく、設計に対して鈍感な鋼管矢板式係船岸が得られることにある旨主張する(後記(2)ア)。そうであれば、ρの式は具体的な係数を含めて本件発明の本質であるということになるが、ρの式の係数は特定の条件を前提に導き出されているから、適用範囲もその特定の条件に限定されるはずである。また、M F /M T の値を1.1以下にすることは本件発明の課題を解決するための手段の要件であることになるが、【図2】に示されるρの式の直線からも明らかなように、地盤係数l h が24MN/㎥の場合、ρの式の線上のM F /M Tの値は1.1より大きくなるから、ρの式を満足したとしても本件発明の課題を解決できないことになる。

(2)

(被告の主張)

ア 【図2】に図示される破線の曲線は、実験や試算の結果を示すものではなく、公知の「Roweの修正法」の(2)式から導き出されたものであって(本件明細書【0010】)、海底地盤の堅さl h によって決まるものであるから、鋼管矢板に関する他の条件によらず成立する。その上で、計算条件が変われば算出されるρの値が変わることは当然である。しかし、ρの式は、試計算の結果を【図2】のように整理した結果、

①SKY400(鋼材降伏強度235N/m㎡)及びSKY490(鋼

材降伏強度315N/m㎡)を用いることを前提とする従来技術では、ρの値が小さく、ρの変化に対しM F /M T の変化が大きい領域が利用されていたこと、②ρの値を大きくすることによって、M F /M T の値を1.

5 1以下程度にし、少々の条件変更では発生する曲げモーメントの変化が

小さく、設計に対して鈍感な鋼管矢板式係船岸が得られることが分かったことから、SKY490(鋼材降伏強度315N/m㎡)より大きい鋼材降伏強度を有する鋼材を使用し、上記②の効果が得られるρの領域を示す不等式として導き出されたものである。したがって、ρの式は、鋼材降伏強度を315N/m㎡より大きくすることのみを意味するものではないし、原告が主張するような他の条件によらず成立するものである。なお、原告が指摘する設計震度0.1という条件は、「地震などの設計外力の増加」(本件明細書【0007】)という前提の範囲外であるし、水深-20mという条件は、本件特許出願当時、鋼管矢板式係船岸において想定されていなかった。イ 本件発明の本質は上記アのとおりであり、ρの式の係数はいわゆる臨界的効果を奏するものではなく、従来技術で利用されていなかった進歩性を有する範囲を明確にする目的で定めたものである。ウ したがって、サポート要件に関する本件審決の判断に誤りはない。

2 取消事由2(甲1文献に基づく進歩性の判断の誤り)について

(1)

(原告の主張)

本件発明1と甲1発明との相違点1A及び本件発明3と甲1方法発明との相違点3Aについての本件審決の判断は、以下のとおり誤りである。ア ρの式に係る構成について(ア) ρの式を導き出した【図2】のグラフは、公知の「Roweの修正法」の式(2)のグラフ(下記の甲1文献の図6.9)について、海底地盤の地盤反力係数l h の数値を3つに固定することにより横軸をρの数値としたものと一致しており、公知の曲線を分解したものにすぎない。上記図6.9の曲線は、種々のパラメータの選択によらずに成り立つものであるから、【図2】にプロットされた点が破線の曲線の上に並ぶことも当然である。また、降伏強度の特性値が高いほどρの値が大きくなることについては、鋼材降伏強度の特性値が高ければ同じ矢板断面でもより大きい曲げモーメント(発生する曲げ応力)に対応できるということであり、換言すれば、単位幅当たりの断面2次モーメント(I)を小さくすることができるので、ρ(=H T 4 /EI)の値が大きくなるのであって、これは技術常識である。そして、ρの式は、鋼材降伏強度の特性値が315N/m㎡であって、水深-15m、設計震度0.2の場合におけるρとlh の関係式(一次関数の式)を作成し、不等号(>)で両辺をつないだものであり、ρの式が表す領域は【図2】に引かれた右側の直線よりも右側、すなわちρの値が大きくなる方向の領域であるから、上記の技術常識を前提

5 とすれば、ρの式には、同じ条件であれば鋼材降伏強度の特性値が3

15N/m㎡より大きくなるという程度の意味しかない。したがって、甲1発明からρの式を導出することは、当業者が容易になし得ることである。(イ) 上記図6.9をみれば、ωを大きくするとM F /M T を小さくできることは自明であり、ωを大きくするためには地盤係数l h を前提にρの数値を大きくするしかないから、当業者にとってρの数値を大きくすることについての動機がある。そして、ρの値を大きくすることは、鋼材の剛性EIを小さくすることであり、E(ヤング率)は鋼材の種類にかかわらすほぼ一定であるからI(断面2次モーメント)を小さくすることを意味し、降伏強度が大きい鋼材を用いればIが小さく設計されることは自明であるから、鋼材降伏強度を上げることと同義である。(ウ) また、本件発明1及び本件発明3は、いずれも「鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡とすること」という構成(鋼材降伏強度の特性値に係る構成)を有しているから、特定の条件下で「鋼材降伏強度の特性値が315N/m㎡より大きくなる」程度の意味しかないρの式に係る構成は、本件発明において技術的意味がないことになる。被告は、ρの式は「矢板壁の剛性を抑えてたわみ性を十分発揮させる条件として働く」と主張するが、これは鋼材の剛性EIを小さくすることであり、上記(イ)のとおり降伏強度が大きい鋼材を用いることを意味することは自明であるから、結局、ρの式には「鋼材降伏強度の特性値315N/m㎡より大きい鋼管矢板を用いること」以上の技術的意味はないことになる。なお、被告が指摘する試計算の結果(本件明細書【表1】、【表2】)

5 のうち、鋼材降伏強度の特性値が400N/m㎡であってもρの式を

満たしていないケース(表1の Case3-25、表2の Case1-25 のうち特性値400N/m㎡のもの)は、設計震度や水深がρの式の前提となっている水深-15m、設計震度0.2と異なるから、ρの式を当てはめて評価することに意味はない。イ 鋼材降伏強度の特性値に係る構成等について上記アのとおり、降伏強度の特性値が高いほどρの値が大きくなることは技術常識であるから、鋼材降伏強度の特性値を315N/m㎡より大きいものとすることや400N/m㎡以上とすることは、当業者が適宜なし得る数値範囲の最適化・好適化である。また、700N/m㎡以下とすることも、効果の飽和という意味があるにすぎないから(本件明細書【0025】)、これも当業者が適宜なし得る数値範囲の最適化・好適化にすぎない。当業者が400~700m㎡の範囲内の鋼材を入手できたことは明らかであるし、SKY400(鋼材降伏強度235N/m㎡)及びSKY490(鋼材降伏強度315N/m㎡)と異なる鋼材を用いることは、港湾の施設の技術上の基準・同解説317頁(甲5)においても許容されており、そもそも「技術上の基準」としてJISに採用されたのが上記の2種類であることは、それに反する設計が許されないというものではなく、技術的な着想を阻むものではない。ウ 物の発明である本件発明1の進歩性について(ア) 鋼管矢板は板厚、直径、降伏強度の組合せにより設計されるところ、板厚、直径を減少させれば鋼重を減らしコストを低減できることは自明であるから、降伏強度が高い鋼材を使うことがコストの観点で不利にならないのであれぱ、そのような選択をすることは合理的である。したがって、当業者は、まず仮想ばり法などを用いて設計した後、公

5 知の「Roweの修正法」を用い、MF/MTの値を求めて安全性を検証す

る過程で、ρの式を用いずとも、本件発明1と同じ物が合理的に設計され得る。また、甲1文献の図6.9のグラフ右側にある点は、ρの式の直線が画する【図2】の右側、すなわちρの式を満たす物であるから、ρの式を満たす物が設計され得ることが示唆されている。したがって、仮にρの式に係る構成に進歩性が認められるとしても、設計方法の進歩性であって、物の発明である本件発明1の進歩性は認められない。(イ) 本件審決は、「…降伏強度と荷重を受ける面の関係について及び単に適宜の降伏強度の鋼板(管)を設計することは、請求人の主張のとおりであるものの、本件発明1及び3のρの式とあわせて設計することが周知や自明であるともいえず、前記ア及びイで検討したとおり、甲1発明又は甲1方法発明から当業者が容易に想到し得るこ と とも い えな い。」 ( 審決 3 6頁 23行 目 ) 」と判断しており、ρの式を使わずに設計することとは設計変更等にすぎないことを認め、「ρの式とあわせて設計すること」という設計方法について進歩性があると判断しているにすぎない。にもかかわらず、そのような設計方法によらないで設計された物について、本件発明1の進歩性を認めた本件審決は誤りである。

(2)

(被告の主張)

ア ρの式に係る構成について(ア) ρの式は、「近年、船舶の大型化による係船岸の大水深化や、地震などの設計外力の増加で、〔Roweの修正法の〕(2)式で算定されるM F /M T が1を越えるケースが増えている。(2)式において1を越える場合は、矢板壁の剛性が高いため、従来の方法、すなわち仮想ば

5 り法で求めた最大曲げモーメントでは不十分であることを示している。

言い換えれば、M F /M T が1を越えるケースでは、矢板壁のたわみ性が十分発揮されていないことになる。船舶の大型化による係船岸の大水深化や、これまでよりも耐震性能に優れることが求められるなど、必要とされる矢板壁の剛性が増大している。これにより、必要となる根入れ長も長くなっている。このことにより、鋼重が増すと共に建設コストが増大するという問題を有している。」(本件明細書【0007】)という従来技術の問題点を解決するためのものである。すなわち、従来技術では、矢板壁に作用する土圧によって発生する曲げ応力に対応できる矢板断面を決めるため、仮想ばり法で求めた最大曲げモーメントを「Roweの修正法」の(2)式を用いて補正するが、この式には右辺に矢板壁の剛性EI(単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメントIは矢板断面に依存する。)が 含まれているため(ω=l h×ρ、ρ=H T 4/EI)、矢板断面を決めるための計算としては循環している。そのため、実務的には、まず経験に基づいて仮の断面を仮定し、(2)式を用いて最大曲げモーメントを計算し、発生する曲げ応力に対応できる断面を再計算することが繰り返されていた。また、従来は、JIS規格が定められていたSKY400又はSKY490のいずれかを用いることが前提となっていたため、(2)式で計算した最大曲げモーメントに対し仮定した矢板断面が不足している場合には、断面2次モーメントの大きい断面を選択して計算を繰り返すこと、その結果、断面が大きくなりρの値が小さくなることが当然とされていた。本件発明のρの式に係る構成は、このような従来技術の限界を明らかにし、矢板壁の剛性を抑えてたわみ性を十分発揮させる条件として、

5 水深(厳密には、構築場所によって決まる、海底面からタイ材とりつ

け位置までの高さH T )に対してρの式によって矢板断面を決定するという解決手段を提供するものである。(イ) 本件特許の出願時の従来技術は上記(ア)のとおりであったから、当業者には、ρの値を大きくすることや、SKY490より降伏強度の特性値の大きい鋼材を使用することの動機はなく、甲1文献にそのような記載も示唆もないから、甲1文献の図6.9からρの値の下限を画する式を導いてρの値をそれより大きくすることの動機は生まれない。(ウ) ρの式に係る構成が、鋼材降伏強度の特性値を315N/m㎡より大きいものを用いることのみを意味するものでないことは、本件明細書の試計算の結果(【表1】、【表2】)に400N/m㎡であってもρの式を満たさないものがあることからも明らかである。イ 鋼材降伏強度の特性値に係る構成等について上記アのとおり、当業者にはρの値を大きくすることやSKY490より降伏強度の特性値の大きい鋼材を使用することの動機はなかったから、鋼材降伏強度の特性値を400N/m㎡以上とすることが、当業者が適宜なし得る数値範囲の最適化・好適化であるとはいえない。仮に、700N/m㎡の数値に効果の飽和という意味があるにすぎないとしても、特許請求の範囲に記載された数値の全てが進歩性を基礎づけている訳ではない。ウ 物の発明である本件発明1の進歩性について

(原告の主張)

ウ(ア)は否認ないし争う。鋼管矢板式係船岸の鋼材の選択や用いられていたρの値についての技術常識は上記ア(ア)のとおりであり、甲1文献には、鋼管矢板式係船岸についてρの値が小さいものしか記載されていない(甲2文献も同様である。)。

5 3 取消事由3(甲2文献に基づく進歩性の判断の誤り)について

(1)

(原告の主張)

本件発明1と甲2発明との相違点1B及び本件発明3と甲2方法発明との相違点3Bについての本件審決の判断は、以下のとおり誤りである。ア ρの式に係る構成について(ア) 甲2文献の図7のグラフは、横軸がフレキシビリティナンバーρ、縦軸がμ=M F /M T であり、「最大曲げモーメント比μ」が「ρ」と「地盤条件(例えば地盤反力係数l h )」の関数になっていることが示唆されている。また、甲2文献の図8のグラフには、フレキシビリティナンバーρと地盤反力係数l hの積である修正フレキシビリティナンバーω(「Roweの修正法」のシミラリティーナンバーωに相当)を用いて、μ=MF/M T がωだけの関数として表せることが示されており、これは上記図7のグラフと実質的に同じものである。そして、ρの式を導き出した【図2】のグラフは、甲2文献の図7、図8のグラフについて、海底地盤の地盤反力係数l h の数値を3つに固定することにより横軸をρの数値としたものと一致しており、公知の

5 曲線を分解したものにすぎない。

また、降伏強度の特性値が高いほどρの値が大きくなることは技術常識であることは、上記2(1)ア(ア)と同様である。したがって、上記2(1)ア(ア)と同様の理由から、甲2発明からρの式を導出することは、当業者が容易になし得ることである。(イ) また、本件発明はいずれも鋼材降伏強度の特性値に係る構成を有しているから、特定の条件下で「鋼材降伏強度の特性値が315N/m㎡より大きくなる」程度の意味しかないρの式の技術的意味はない(上記2(1)ア(イ)に同じ)。イ 鋼材降伏強度の特性値に係る構成等について鋼材降伏強度の特性値に係る構成は、当業者が適宜なし得る数値範囲の最適化・好適化にすぎない(上記2(1)イ同じ)。ウ 物の発明である本件発明1の進歩性について本件審決は、「よって、当業者といえども、「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤反力係数」の相関関係から条件式を導出し、鋼管矢板の鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡としたものに設計し、相違点1Bのようにすることはできないから、本件発明1は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。」 ( 審決3 8 頁12行 目) 」と判断しており、上記2(1)と同様、「ρの式とあわせて設計する 」という設計方法について進歩性があると判断しているにすぎない。にもかかわらず、そのような設計方法によらないで設計された物について、本件発明1の進歩性を認めた本件審決は誤りである。

(2)

(被告の主張)

(原告の主張)

は、取消事由2(甲1文献に基づく進歩性の判断の誤り)に関する主張のうち、甲1文献の図6.9のグラフを甲2文献の図7、図8のグ

5 ラフに置き換えたものと同じであるから、これに対する反論も上記2(2)と

同様である。

4 取消事由4(実施可能要件に関する判断の誤り)について

(1)

(原告の主張)

ア ρの式の係数は条件によって変わるものであるから、ρの式を導出した設計震度、水深などの特定の条件以外の条件の下でどのようにρの式を用いることができるのか、本件明細書の記載からは不明であり、技術常識に基づいて理解することもできないから、当業者は本件発明を実施することができない。イ 本件明細書には、鋼材特性を400~700N/m㎡とするための具体的な手段や方法が記載されていないから、当業者は本件発明を実施することができない。

(2)

(被告の主張)

ア ρの式については、H T(海底面からタイ材とりつけ位置までの高さ)及びl h (海底地盤の地盤反力係数)は施工現場により定まり、E(矢板壁の剛性・ヤング率)がほぼ固定値であることは技術常識であるから、当業者はρの式を満たすI(単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント)を選択すればよく、実施可能であることは明らかである。

(原告の主張)

アは、明確性要件とサポート要件を混同するものである。イ 当業者が鋼材特性400~700N/m㎡の鋼材を購入等して選択できることは明らかである。

第3 甲2文献に基づく進歩性欠如について

1 甲2発明及び甲2方法発明の認定

甲2文献には、以下の発明(甲2発明及び甲2方法発明)が記載されていると認める。<甲2発明>砂質地盤または固い粘土地盤中に打ち込まれた矢板壁を対象とした港湾のタイロッド式矢板壁であって、タイロッド式矢板壁において、鋼管矢板を含む矢板の種類、土質条件、震度について異なるものの組み合わせを用いたモデルについて解析計算した結果において、解析の結果得られた最大曲げモーメント比μ=M F /M T とフレキシビリティーナンバーρ(=H T 4 /EI)の関係について、μはρの増加によって低下する傾向にあることがわかるが、プロットされたデータにはばらつきがあり、μがρだけの関数ではなく、地盤条件の関数にもなっている、

5 タイロッド式矢板壁。

<甲2方法発明>砂質地盤または固い粘土地盤中に打ち込まれた矢板壁を対象とした港湾のタイロッド式矢板壁の計算法であって、タイロッド式矢板壁において、鋼管矢板を含む矢板の種類、土質条件、震度について異なるものの組み合わせを用いたモデルについて解析計算した結果において、解析の結果得られた最大曲げモーメント比μ=M F /M T とフレキシビリティーナンバーρ(=H T 4 /EI)の関係について、μはρの増加によって低下する傾向にあることがわかるが、プロットされたデータにはばらつきがあり、μがρだけの関数ではなく、地盤条件の関数にもなっている、タイロッド式矢板壁の計算法。

2 一致点と相違点の認定

(1) 本件発明1と甲2発明には、以下の一致点及び相違点が認められる。

【一致点】下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸【相違点1B】本件発明1が、鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=H T 4 /EI)がρの式を満たすものであるのに対し、甲2発明の「港湾のタイロッド式矢板壁」は、「鋼管矢板を含む矢板の種類、土質条件、震度について異なるものの組み合わせを用いたモデルについて解析計算した結果において、解析の結果得られた最大曲げモーメント比μ=M F/M Tとフレキシビリティーナンバーρ(=H T 4 /EI)の関係について、μはρの増加によって低下する傾向にあることが分かるが、

5 プロットされたデータにはばらつきがあり、μがρだけの関数ではなく、

地盤条件の関数にもなっている」であり、鋼材降伏強度が不明である点。

(2) 本件発明3と甲2方法発明には、以下の一致点及び相違点が認められる。

【一致点】下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法【相違点3B】相違点1Bと同内容である。

3 相違点についての判断

(1) 相違点1Bについて

甲2発明において、「解析の結果得られた最大曲げモーメント比μ=M F/MTとフレキシビリティーナンバーρ(=H T4/EI)の関係について、μはρの増加によって低下する傾向にあることがわかるが、プロットされたデータにはばらつきがあり、「μがρだけの関数ではなく、地盤条件の関数にもなっている」ことは、「最大曲げモーメント比μ」が「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤条件」の関数になっていることを示唆するものであり、甲2の表-1、表-2等の記載からみて「地盤条件」の例として「地盤反力係数」が挙げられることが読み取れる。しかしながら、上記の構成は「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤反力係数」についての関係を明らかにし、それを用いて「矢板壁」の条件を想起することの技術思想を表すものでなく、そのような技術思想自体が自明ともいえない。また、甲2の表-4に、4種類の鋼矢板の「設計許容応力度」が記載されているが、鋼材の材質からみて鋼材降伏強度が400~700N/m㎡の範囲のものではない。そうすると、甲2発明には「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤反

5 力係数」の関係から条件式を導出し、所定の範囲の鋼材降伏強度とともに設

計することが記載されておらず、示唆されているともいえない。よって、当業者といえども、「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤反力係数」の相関関係から条件式を導出し、鋼管矢板の鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡としたものに設計し、相違点1Bのようにすることはできないから、本件発明1は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

(2) 相違点3Bについて

上記(1)と同様である。

(3)

(原告の主張)

に対する判断原告は、甲2文献は、鋼矢板の材質、震度、土質条件、水深等をパラメータとしてタイロッド式矢板壁の支配方程式を用いた解析方法であり、純粋に力学的な解析を行うものであるから、鋼材降伏強度の特性値が400~700N/m㎡となったとしても、表-4に示される範囲の鋼材強度の特性値と同様の考え方ができるものである。したがって、甲2文献は、鋼材降伏強度が400~700N/m㎡のものについての解析手法として理解しても妥当であると主張する。しかし、甲2文献は、最大曲げモーメント比μ=M F /M T とフレキシビリティーナンバーρ(=H T 4 /EI)の関係が記載されているが、「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤反力係数」についての関係を明らかにし、それを用いて「矢板壁」の条件を想起することの技術思想を表すものでなく、そのような技術思想自体が自明ともいえないから、

(原告の主張)

は採用できない。

4 進歩性のまとめ

以上検討のとおり、本件発明1及び本件発明3は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

5 第4 実施可能要件違反について

原告は、本件明細書では、なぜM F /M T が1を超えて1.1程度まで許容されるのかについては何ら説明されていないから、本件特許の明細書からは適切なM F /M T の値が、出願時の技術常識に基づいても、当業者が理解することはできず、当業者が実施することができる程度に記載されていない旨主張している。しかし、本件明細書の段落【0007】の記載は、M F /M T が1を超えたケースが仮想ばり法で求めた最大曲げモーメントでは不十分であることを示すものであり、明細書の段落【0011】、【0012】及び【0017】にMF /M T が1を超えたものが記載されていることからみて、必ずしも矢板壁を実施できないことを示すものとまではいえない。また、M F /M T が1を超えて1.1程度まで許容されるのかについては、「許容される」ことが本件明細書に記載されておらず、また、前記のとおりMF /M T が1を越えるケースについて本件明細書に記載されていることから、実施できる程度に説明されているものである。よって、本件明細書は、本件発明1及び3を実施することができるように記載されたものであるから、本件特許は、実施可能要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。以 上

第4 当裁判所の判断

1 取消事由1(サポート要件に関する判断の誤り)について

(1) 原告は、ρの式を導き出す基準とされた【図2】の2つの▲点は、鋼材降伏強度の特性値315N/m㎡、水深-15m、設計震度0.2その他本件明細書に記載された特定の条件に基づいて算出された結果であるから、これ

5 らの条件が異なる場合に、本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものではない旨主張する。

(2) しかし、本件明細書の記載及び弁論の全趣旨によれば、ρの式の技術的意義は、以下のとおりと認められる(なお、下記イは、本件発明の進歩性に関する取消事由2、3において原告自身が主張する内容である。)。ア 本件発明の課題は、近年、船舶の大型化による係船岸の大水深化や、地震などの設計外力の増加という要因により、①「Roweの修正法」の(2)式で算定されるM F /M T が1を越えるケースが増えており、(2)式において1を越える場合は、矢板壁の剛性が高いため、仮想ばり法で求めた最大曲げモーメントでは不十分であり、矢板壁のたわみ性が十分発揮されていないことになること、②必要とされる矢板壁の剛性が増大し、必要となる根入れ長も長くなり、鋼重が増すと共に建設コストが増大するという問題を有していることにある(本件明細書【0007】)。イ 【図2】のグラフの曲線は、公知の「Roweの修正法」の(2)式が示すM F /M T とシミラリティナンバーωの関係(甲1文献の図6.9のグラフ)に、ω(=l h ×ρ)について海底地盤の地盤反力係数l h を設定して得られるものである(本件明細書【0010】)。そして、本件明細書の試計算は「Roweの修正法」の(2)式を用いて行われているから(本件明細書【0009】、【0010】)、地盤反力係数l h が同じであれば、他の条件にかかわらず、設定されたl h により描かれる上記曲線上のいずれかの位置にプロットされることになる。ウ ρの式を導き出した▲点は、単に鋼材特性315N/m㎡その他の上記条件を満たすことを理由に選択されたものではなく、同点より右の領域は①M F /M T の値が1を大きく上回らないこと、②曲線の傾きが小さいこと(そのため、設計時の条件変更による曲げモーメントの変化が小さく、設計が容易であること)を理由に選択されたものである(本件明細書【0

5 010】、【0011】)。なお、本件明細書【0012】には、「したがって、鋼材降伏強度の特性値が、315N/m㎡よりも大きい鋼管矢板を用いることは、下記の

(3)式〔=ρの式〕で表現することができる。」との記載があり、この部分は本件明細書の試計算を前提とする表現と解されるが、上記【0010】、【0011】の記載と併せ、上記の趣旨をも述べるものと解される。エ ρの式の構成によれば、SKY490の鋼材降伏強度の特性値(315N/m㎡)よりも降伏強度が大きい鋼管矢板を用い、M F/M T の値を最大でも1.1程度までとし、ρとの関係でM F/M T の変化が小さい領域で合理的な設計を行うことで、鋼管矢板壁に用いる鋼材使用重量を減らし、建設コストを低減できる。また、タイ材や控え工へ作用する荷重が減少するため、両者の鋼材重量低減にもつながる (【0015】、【0017】)。(3) 上記(2)によれば、本件明細書の試計算で用いられた条件と異なる条件で「Roweの修正法」の(2)式を用いて計算した場合であっても、設定されたlh が同一であれば、ρの数値は【図2】のグラフの曲線のいずれかにプロットされることになり、その結果が【図2】のグラフの右側の直線より右にある場合、すなわちρの式を満たす場合は、M F /M T の値は最大で1.1程度となるとともにρとの関係でM F /M T の変化が小さい領域であることは当業者にとって明らかであるから、本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものといえる。この点は、原告が挙げる設計震度0.1という条件や水深-20mという条件であっても同様と解される。原告は、ρの式の係数が発明の本質というのであれば適用範囲も係数を導き出した特定の条件に限定される、M F /M T の値が1.1より大きくなる場合は本件発明の課題を解決できないとも主張するが、上記(2)のρの式の技術的意義に照らし、いずれも採用できない。

5 (4) また、地盤反力係数l h (単位MN/㎥)の緩い=24、中位=38、堅い=58との数値は、テルツァギィの提案値として、鋼管矢板式係船岸の設計において実務上用いられているものと認められる(甲1・6-4頁、甲2・1197頁)。その他、本件明細書記載の多数の試計算が用いた水深、鋼材の降伏強度の特性値、決定した鋼管矢板断面、鋼管矢板長さ、鋼重といった条件(【0009】、【表1】、【表2】)は、甲1文献や甲2文献の記載をみても、当業者が鋼管矢板式係船岸を設計する上で通常前提となるか、通常選択される範囲として常識的なものと認められる(降伏強度の特性値400N/m㎡以上のものを除く。)。(5) そうすると、本件明細書の記載は、その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載するものといえる。したがって、サポート要件に関する本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(甲1文献に基づく進歩性の判断の誤り)について(1) ρの式に関する構成についてア 原告は、①ρの式を導き出した【図2】のグラフは公知の「Roweの修正法」の式(2)のグラフである甲1文献の図6.9と実質的に同じグラフであるから、ωないしρの値を大きくすればM F /M T を小さくできることは当業者が容易に想到でき、そのような動機付けもある、②降伏強度の特性値が高いほどρの値が大きくなることは技術常識であるから、甲1発明からρの式を導出することは、当業者が容易になし得る旨主張する。上記主張のうち、【図2】のグラフの曲線が公知の「Roweの修正法」

5 の式(2)に基づくものであること、したがってρの値を大きくすればMF /M T を小さくできることが技術常識であることは上記1(2)のとおりであり、降伏強度の特性値が高いほどρの値が大きくなることが技術常識であることも認められる。イ しかし、本件審決が認定する本件発明1と甲1発明の相違点1A及び本件発明3と甲1方法発明の相違点3Aは「『ρ:フレキシビリティーナンバー(=HT4 /EI)』と『lh ; 矢板壁の地盤反力係数(MN/㎥)』についての相関式について記載がなく、鋼材降伏強度が不明である点」であるところ、上記図6.9のグラフを含め、甲1文献には、ρの値を地盤係数l hの関係式としてρの式のように限定することについての記載や示唆はなく、ρの式の技術的意義である、M F /M T の値が最大で1.1程度となるとともにρとの関係でM F /M Tの変化が小さい領域をρの値により画することについての記載や示唆も見当たらない。ウ さらに、本件特許出願当時の鋼管矢板式係船岸の従来技術については、被告が主張するとおり、JIS規格で定められていたSKY400又はSKY490のいずれかを用いることが前提となっており、鋼管矢板の断面の決定においては、「Roweの修正法」の(2)式を用いるに当たり仮の断面を仮定し、M F /M T が1を超え同式で計算した最大曲げモーメントに対し仮定した矢板断面が不足している場合には、断面2次モーメントの大きい断面を選択して計算を繰り返すこと、その結果、断面が大きくなりρの値が小さくなることが当然とされていたと認められる。すなわち、①甲1文献には、「6.5 基本設計計算例」(6-10頁~)として、鋼材はSKY490を使用し(6-12頁)、ρ=33.21(6-21頁)の値からωを算出して矢板根入れ長及び最大曲げモーメントを計算することが記載され、②意見書(甲3)に添付された「港湾技術資料」(1993年6月、運輸省港湾技術研究所)の「表-

5 1(b) 鋼管矢板壁のフレキシビリティナンバーの例」は、10通りの例について「ρの例」(地震時)の値のすべてが本件明細書の単位に換算すると15~29となっており(甲3、弁論の全趣旨)、③港湾の施設の技術上の基準・同解説(上巻)(平成11年4月、社団法人日本港湾協会)(甲5)の「表-2.3.2 鋼杭及び鋼管矢板の許容応力度」に鋼管矢板の鋼種としてSKY400とSKY490のみが記載されていることは、上記の被告の主張を裏付けるものといえる。なお、上記甲5の文献には、「明記していない鋼材を用いるときなどには、次の事項に留意して許容応力度を定める必要がある。」との記載からは、SKY490より鋼材降伏強度の大きい鋼材を用いることが禁止されていないことまでは認められるが、上記の被告の主張を否定するものとはいえない。また、「わが国における鋼管杭設計・施工技術の発展と今後の課題」と題する論文(甲17)は、建物等の基礎に用いられる鋼管杭について、「最近になって基準降伏点が400N/m㎡クラスの鋼管杭が、高支持力杭が普及し始めている建築分野にて商品化されている。」等の記載があるが、同論文は題名のとおり鋼管杭に関する論文であり、「建築分野」と「土木分野」を書き分けていることからも、鋼管矢板式係船岸について400N/m㎡以上の鋼材が用いられていたことや、当業者にそのような動機があったことを裏付けるものではない。そうすると、本件特許出願当時の技術常識を考慮しても、甲1発明からρの式を導出することを当業者が容易になし得たとは認められない。エ 原告は、ρの式には、同じ条件であれば鋼材降伏強度の特性値が315N/m㎡より大きくなるという程度の意味しかないから、本件発明において技術的意味がないとも主張するが、この主張が採用できないことは上記1(2)ウで述べたとおりであり、このことは、本件明細書の試計算

5 の結果に鋼材降伏強度の特性値が400N/m㎡であってもρの式を満た し て い な い ケ ー ス が あ る こ と ( 【 表 1 】 の Case3-25 、 【 表 2 】 のCase1-25 のうち特性値400N/m㎡のもの)からも裏付けられる(設計震度や水深が異なることによってρの式に係る構成の奏する効果が異なるものではないことも、既に述べたとおりある。)。(2) 鋼材降伏強度の特性値に係る構成について原告は、本件発明の鋼材降伏強度の特性値に係る構成は、当業者が適宜なし得る数値範囲の最適化・好適化にすぎない旨主張する。しかし、鋼材降伏強度を400~700N/m㎡とすることについては、甲1文献のほか、甲2文献その他の本件各証拠をみても記載はなく、上記(1)ウのとおり、本件特許出願当時、鋼材降伏強度が400N/m㎡より小さいSKY400及びSKY490を使用することが当然の前提とされていたと認められることからすると、当業者が適宜なし得る数値範囲の最適化・好適化であるということはできない。(3) 物の発明である本件発明1の進歩性についてア 原告は、ρの式に係る構成に進歩性が認められるとしても、①当業者には降伏強度が高い鋼材を使う合理性があるから、ρの式を用いない従来の方法であっても本件発明1と同じ物が合理的に設計され得ること、②甲1文献の図6.9のグラフにはρの式を満たす物である点が記載されていることから、物の発明である本件発明1の進歩性は認められない旨主張する。しかし、本件特許出願当時の技術常識(上記(1)ウ)からすれば、SKY490より降伏強度が高い鋼材を使用し、ρの式を用いずにρの式を満たす物が合理的に設計され得るとは認め難いし、そのような抽象的な可能性があることは、数値限定発明であるρの式に係る構成の進歩性を否定するものではない。甲1文献の図6.9については、【図2】のグラフが鋼管矢板につい

5 て当てはまるのと同様に、鋼矢板、鋼管矢板を問わず当てはまると認められるが、このことは、ρの式に係る構成を満たす鋼管矢板式係船岸が理論的にあり得ることを示すにとどまるものであって、上記図6.9のグラフからρの式を導出することを当業者が容易になし得たと認められないことは上記(1)で述べたとおりであり、数値限定発明であるρの式に係る構成の進歩性を否定するものではない。イ 原告は、本件審決は設計方法について進歩性があると判断しているにすぎず、物の発明である本件発明1の進歩性を認めたことは誤りである旨主張する。しかし、本件審決は、本件発明1と甲1発明との相違点1Aについて、設計方法の進歩性と混同することなく判断していることは明らかであり、原告指摘の箇所を考慮しても、本件審決の判断に原告主張の誤りはない。

(4) したがって、甲1文献に基づく進歩性に関する本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。

3 取消事由3(甲2文献に基づく進歩性の判断の誤り)について(1) 取消事由3に係る原告の主張は、甲1文献の図6.9のグラフの代わりに甲2文献の図7、図8のグラフが指摘されているほかは、取消事由2(甲1文献に基づく進歩性の判断の誤り)に関する主張とほぼ同様である。(2) しかし、本件審決が認定する本件発明1と甲2発明の相違点1B及び本件発明3と甲2方法発明の相違点3Bは、甲2発明及び甲2方法発明は「『μ=M F/M T とフレキシビリティーナンバーρ(=H T 4/EI)の関係について、μはρの増加によって低下する傾向にあることが分かるが、プロットされたデータにはばらつきがあり、μがρだけの関数ではなく、地盤条件の関数にもなっている』であり、鋼材降伏強度が不明である点」であるところ、上記図7、図8のグラフを含め、甲2文献には、ρの値を地盤係数l hの関係式としてρの式のように限定することについての記載や示唆はなく、ρの

5 式の技術的意義である、M F /M T の値が最大で1.1程度となるとともにρとの関係でM F /M T の変化が小さい領域をρの値により画することについての記載や示唆も見当たらない。(3) その他、取消事由3に係る原告の主張に理由がないことは、上記2で述べたところと同様である。(4) したがって、甲2文献に基づく進歩性に関する本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由3は理由がない。

4 取消事由4(実施可能要件に関する判断の誤り)について(1) 原告は、ρの式を導出した設計震度、水深などの特定の条件以外の条件の下でどのようにρの式を用いることができるのか、本件明細書の記載からは不明であり、技術常識に基づいて理解することもできないから、当業者は本件発明を実施することができないと主張する。しかし、本件発明のρの式に係る構成については、当業者が発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その実施品の生産等ができる程度の記載が本件明細書にあることは、被告が主張するとおりである。なお、ρの式に係る構成は、ρの式を導出した本件明細書の試計算における設計震度、水深などの特定の条件以外の場合にもその効果を奏するものであるから(上記1)、その意味においても、原告の主張には理由がない。(2) 原告は、本件明細書には、鋼材特性を400~700N/m㎡とするための具体的な手段や方法が記載されていないから、当業者は本件発明を実施することができないと主張する。しかし、鋼材特性400N/m㎡以上の鋼材は少なくとも建築分野では商品化されていること(甲17)、原告は、本件発明の進歩性に関し、当業者が400~700m㎡の範囲内の鋼材を入手できたことは明らかであると主張していることから、原告の上記主張は採用できない。

5 (3) したがって、実施可能要件に関する本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由4は理由がない。

5 結論以上によれば、本件審決にこれを取り消すべき違法はないこととなる。よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。知的財産高等裁判所第4部

裁判長裁判官

宮 坂 昌 利

裁判官

本 吉 弘 行

裁判官

頼 晋 一

別紙1 略語一覧

(略語) (意味)・本件特許:被告を特許権者とする特許第5919620号

5 ・本件訂正:被告の令和3年7月20日付け訂正請求書(甲11)に係る訂正・本件発明:本件訂正後の本件特許に係る発明の総称・本件発明1:本件訂正後の本件特許の請求項1に係る発明・本件発明3:本件訂正後の本件特許の請求項3に係る発明・本件明細書:本件特許に係る明細書・鋼材降伏強度の特性値に係る構成:本件発明1及び本件発明3の構成要件である「鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡とすること」に係る構成・ρの式:本件発明1及び本件発明3の構成に係る以下の式ρ(=HT4/EI)>0.412l h+72.118・甲1文献:財団法人沿岸開発技術研究センター発行の「港湾構造物設計事例集(上巻)第1編 係留施設」(1999年4月発行)(甲1)・甲1発明:甲1文献に記載されている物の発明・甲1方法発明:甲1文献に記載されている方法の発明・甲2文献:高橋邦夫ほか「タイロッド式矢板壁の力学挙動の解析」(構造工学論文集Vol.42A、1195頁)(甲2)・甲2発明:甲2文献に記載されている物の発明・甲2方法発明:甲2文献に記載されている方法の発明以 上

別紙2 本件審決の判断の要旨

第1 サポート要件違反について1 本件発明1及び3は、下記の本件発明の構成により、下記の本件発明が解決5 しようとする課題を解決できることが、当業者にとって認識可能である。(1) 本件発明は、鋼材降伏強度の特性値に係る構成及びρの式に係る構成を備えるものである。(2) 本件発明が解決しようとする課題について本件発明が解決しようとする課題は、「船舶の大型化による係船岸の大水深化や、これまでよりも耐震性能に優れることが求められるなど、必要とされる矢板壁の剛性が増大している。これにより、必要となる根入れ長も長くなっている。このことにより、鋼重が増すと共に建設コストが増大するという」(本件明細書【0007】)ことと認められる。(3) ρの式について本件明細書等の段落【0011】、【0012】、【0017】及び【図2】の図面の記載からみて、次のような考え方でρの式を求めたことが理解できる。ア 図2において、同じ鋼材降伏強度の特性値を示す印(□、■、△等)と地盤反力係数l h の関係や地盤反力係数l h の値毎に破線で結ばれた曲線に着目すると、ρとM F/M T の関係式(破線で結ばれる曲線)は、地盤反力係数lhの値毎に決まる関係がある。イ 図2からみて、鋼材降伏強度の特性値が大きい鋼管矢板を用いることでM F /M T が従来材に比べて小さくなるとともに、鋼重を減らすことができ、建設コストの増大を抑制できるから、ρの値が大きくなるように設計するとよいこと。その際に、M F /M Tが所定の範囲にあるとよいこと。ウ 上記ア、イに基づき、図2からρの値の範囲をlhを用いて表すとよいことを見いだした。具体的には、鋼材降伏強度の特性値が315N/m㎡におけるρとl hの関係式(一次関数の式)を作成し、不等号(>)で両辺をつないだ式(ρの式)であれば、鋼材降伏強度の特性値が従来材5 の315N/m㎡より大きな場合にM F /M T が所定の範囲に入りつつ成立し得ること。(4) 本件発明における課題を解決するための手段についてア 前記課題とρの式に係る構成との関係について(ア) 本件発明の課題とρの式に係る構成との関係についてρの式において、特定の鋼管において地盤反力係数l h とH T を決めた場合、ρの式を満たすρを求めるには、ρ(=H T 4 /EI)を右辺の値よりも大きくする必要があり、鋼管のヤング率Eは鋼種によらずほぼ同じと仮定でき、H T が決まった値であるため、Iを小さくすることでρの値を大きく設計できる。ここで、Iは単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m 4/m)であり、鋼管の断面2次モーメントは、断面形状の面積が大きいほど大きな値となるというのが技術常識(管の外径をD、内径をdとするとI=π(D 4 -d 4 )/64となる。)であるからIも同様の傾向を有するといえるから、Iを小さくすることで、断面形状の面積が小さくなり、その結果として鋼管の鋼重が低減されることが理解できる。(イ) 本件発明の課題と鋼材降伏強度の特性値に係る構成の関係について段落【0011】に記載されたように、鋼材降伏強度の特性値を大きくするほど対応するρの値の大きな値の範囲に分布する傾向であるから、このことを上記で検討したρと鋼重の関係を踏まえると、鋼材降伏強度の特性値に係る構成は、鋼重を減らすことに貢献する構成である。(ウ) 上記(ア)及び(イ)からみて、ρの式に係る構成及び鋼材降伏強度の特性値に係る構成により、本件発明の課題を達成することがいえる。イ 前記課題と鋼材降伏強度の特性値に係る構成の関係について5 段落【0011】に記載されたように鋼材降伏強度の特性値を大きくするほど、対応するρの値の大きな値の範囲に分布する傾向であるから、このことを上記で検討したρと鋼重の関係を踏まえると、鋼材降伏強度の特性値に係る構成は、鋼重を減らすことに貢献する構成である。ウ 前記ア及びイからみて、ρの式に係る構成及び鋼材降伏強度の特性値に係る構成により、前記課題を達成することができるといえる。2 原告の主張について(1) 無効理由1-Bについて原告は、本件特許明細書の段落【0009】、【0010】及び【0012】の記載からみて、図2は、鋼管矢板はL-T継ぎ手を有しφ500×9t~φ1400×16tの範囲であり、係船岸天端が+3m、タイ材取り付け点が+1.5m、鋼管矢板壁の背後にせん断抵抗角40°の裏込石が配置され、海底地盤がl h =24、38、58MN/m 3 の単層地盤という条件で計算されたものであるから、図2から導出されたρの式が明細書の発明の詳細な説明の記載や、出願時の技術常識に照らしても、係船岸がこれらの条件を満たさない場合にまで拡張できるといえる根拠はない旨主張している(無効理由1-B)。しかしながら、本件明細書の段落【0005】の記載から、ρの式は、従来から実務で用いられ周知といえる「Roweの修正法」に基づくものであり、原告が主張するような鋼管矢板に関する他の条件によらず成立するものといえる。そうすると、「Roweの修正法」に基づくρの式についても同様のことが成立するといえる。よって、鋼管矢板に関する各種条件での実施例が記載されていないことを根拠として、本件発明1及び3が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないという主張は成立しないから、無効理由1-Bは理由がない。(2) 原告のその余の主張について5 原告は、サポート要件違反について以下の主張をするが、いずれも理由がない。ア 本件発明の課題と解される「M F /M T を1以下とすること」が解決されない(無効理由1-A)。イ 本件明細書には、なぜl h と独立した変数であるρがl h の1次関数で表されるのか説明がないこと、ρの式の右辺と左辺で単位が一致しないこと(無効理由1-C)。ウ ρの式は、鋼管矢板のヤング率を除き、鋼材の強度と関連のないパラメータと地盤強度を比較したものであるが、これらを比較することが、特定の条件下ではなく一般的に鋼材降伏強度とどのように関連するのか、本件特許の発明の詳細な説明には記載されていない。言い換えれば、ρの式を満たすことにより鋼材降伏強度の特性値が担保され、鋼管矢板壁に用いる鋼材重量を低滅できるのか、本件特許の発明の詳細な説明の記載を考慮しても不明である(無効理由1-D)。エ 鋼材降伏強度の特性値が315N/m㎡よりも大きくない鋼管矢板を用いた場合であっても、ρの式を満たす場合がある(無効理由1-E)。第2 甲1文献に基づく進歩性欠如について1 甲1発明及び甲1方法発明の認定甲1文献には、以下の発明(甲1発明及び甲1方法発明)が記載されていると認める。<甲1発明>矢板根入れ部の横抵抗と、タイ材で結ばれた控え工の横抵抗とによって、矢板壁に作用する外力(土圧・残留水位など)を支持する矢板式係船岸において、矢板壁に使用する矢板は、鋼管矢板を選定し、仮想ばり法で求めた矢板の最大曲げモーメントを次の式1によって修正5 する簡便法で求める矢板式係船岸。μS =MF/MT≧4.5647ω-0.2+0.1329 …式1ただし、μ S :地震時におけるたわみ曲線解析において収束根入れ長D F のときの最大曲げモーメントM F とタイ材取付点及び海底面を支点とした仮想ばり法の設計の最大曲げモーメントのMTとの比ω:シミラリティーナンバー(=ρ・lh)ρ:フレキシビリティーナンバー(=HT 4/EI)(㎥/MN)E:矢板のヤング係数(MN/㎡)I:矢板の単位幅当たりの断面二次モーメント(m 4 /m)lh:矢板壁の地盤反力係数(MN/㎥)<甲1方法発明>矢板根入れ部の横抵抗と、タイ材で結ばれた控え工の横抵抗とによって、矢板壁に作用する外力(土圧・残留水位など)を支持する矢板式係船岸の鋼矢板壁の設計方法において、矢板壁に使用する矢板は、鋼管矢板を選定し、仮想ばり法で求めた矢板の最大曲げモーメントを上記式1によって修正する簡便法で求める矢板式係船岸及び鋼矢板壁の設計。2 一致点と相違点の認定(1) 本件発明1と甲1発明には、以下の一致点及び相違点が認められる。【一致点】下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸【相違点1A】本件発明1が、鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメ5 ータρ(=H T 4 /EI)がρの式を満たすものであるのに対し、甲1発明の「矢板式係船岸」は、「仮想ばり法で求めた矢板の最大曲げモーメント及びタイ材取付点反力を補正する簡便法で求める」ものであるが、「ρ:フレキシビリティーナンバー(=HT 4 /EI)」と「l h ; 矢板壁の地盤反力係数(MN/㎥)」についての相関式について記載がなく、鋼材降伏強度が不明である点。(2) 本件発明3と甲1方法発明には、以下の一致点及び相違点が認められる。【一致点】下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法【相違点3A】相違点1Aと同内容である。3 相違点についての判断(1) 相違点1Aについて甲1発明の矢板式係船岸は、「ρ:フレキシビリティーナンバー(=H T4/EI)」と「l h :矢板壁の地盤反力係数(MN/㎥)」の積である「ω:シミラリティーナンバー(=ρ・lh )」を用いた「μS=MF /MT≧4.5647ω -0.2 +0.1329」という関係式を満たすものであるが、甲1文献の図6.9等の記載は「ω」を用いたものであり、「ρ」と「lh 」の数値の相関関係が記載も示唆もされていないことから、ρの式を満たすものが記載されているとはいえず、自明ともいえない。そして、甲1文献の記載からも「ρ」と「lh 」の相関式を導出することが自明ともいえない。また、甲1の表6.5に鋼管矢板としてSKY490の曲げ引張応力度について記載はあるものの、他の鋼管矢板の例が記載されていないことからみて、鋼管矢板の鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡とすること5 を示唆するとはいえない。よって、当業者といえども、甲1発明から「ρ」と「l h 」の相関式を導出し、鋼管矢板の鋼材降伏強度の特性値を400~700N/m㎡としたものに設計し、相違点1Aのようにすることはできないから、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。(2) 相違点3Aについて上記(1)と同様である。(3) 原告の主張に対する判断ア 原告は、①本件特許の図2中の曲線は、甲1文献の図6.9中の曲線と実質的に同一である、②ρの式は、上記図2において降伏強度315N/m㎡、水深15mの条件でのρとl h の関係を示したにすぎない、③降伏強度が大きい鋼材を用いることにより鋼材重量を低減できることは当業者には自明であり、具体的にどの程度の降伏強度を有する鋼板を用いるかは設計事項にすぎないとして、以下の主張をしている。(ア) 降伏強度315N/m㎡、水深15mというパラメータを選択することには、特に技術的な意義はない。水深15mとなる環境で鋼管矢板式係船岸を構築すること、鋼管矢板式係船岸に鋼管矢板SKY490(鋼材降伏強度315N/m㎡以上)が適用できることは、いずれも公知の技術であり、公知の鋼管矢板式係船岸に用いられる鋼材の降伏強度や水深を選択したにすぎない。(イ) 本件明細書の段落【0009】~【0012】に説明されるとおり、種々の公知のパラメータを選択し、鋼管矢板式係船岸の試計算を行い、甲1文献の図6.9と同様の試計算結果を分析するためのグラフにプロットし、計算に用いた鋼材降伏強度の特性値別に分類し、近似式を得たにすぎず、ρの式を導出することに特段の困難性はない。5 (ウ) 仮に、ρの式を導出することが容易ではないとしても、ρの式に係る構成は「鋼材降伏強度の特性値が315N/m㎡よりも大きい鋼管矢板を用いること」を表現を変えて特定したものであると理解される。(エ) 降伏強度が異なる材料を構造物に使用する場合、構造物の外部からの耐荷重を等しくするためには、降伏強度が小さい材料は荷重を受ける面の面積を大きくする必要があり、降伏強度が大きい材料は荷重を受ける面の面積を小さくすることができる。これは当業者には自明であり、必要な耐荷重が決定された場合にどのような降伏強度の鋼板を用いるかは、構造物の大きさの制限や、鋼板の価格、製造・輸送コストを考慮して決まるもので、設計事項にすぎない。イ 原告の主張についての検討以下に述べるとおり、原告の主張はいずれも採用できない。(ア) 前記ア(ア)の主張について鋼管矢板を用いた鋼管矢板式係船岸にSKY490(鋼材降伏強度315N/m㎡以上)が適用できることは、本件明細書の段落【0002】に記載のとおり公知の技術であるものの、本件発明1及び3は降伏強度315N/m㎡、水深15mというパラメータを選択をしたものではなく、ρ、l h、鋼材降伏強度の特性値という3つのパラメータにより鋼管矢板壁を特定したものであり、前記(1)で検討したとおり、甲1文献にはρ、l hの関係と鋼材降伏強度の特性値を組み合わせることについて記載も示唆もない。(イ) 前記ア(イ)の主張について本件明細書等の記載から、ρの式は、前記第1の1(3)のような考え方で導出されたものと理解でき、同(4)のとおり本件発明の課題を解決する手段としての技術的意義を有するものである。(ウ) 前記ア(ウ)の主張について5 ρの式に係る構成は、上記で検討したとおり、ρとl hについての関係式を表すものであり、単に鋼材降伏強度の特性値が、315N/m㎡よりも大きい鋼管矢板を用いるものを表すものではない。(エ) 前記ア(エ)の主張について降伏強度と荷重を受ける面の関係について及び単に適宜の降伏強度の鋼板(管)を設計することは、原告の主張のとおりであるものの、本件発明1及び3のρの式とあわせて設計することが周知や自明であるともいえず、上記検討したとおり、甲1発明又は甲1方法発明から当業者が容易に想到し得ることともいえない。4 進歩性のまとめ以上検討のとおり、本件発明1及び3は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

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