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令和4(ワ)1538発信者情報開示請求事件

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所東京地方裁判所
裁判年月日 令和6年2月21日
事件種別 民事
当事者 原告株式会社ケイ・エム・プロデュース
被告ソフトバンク株式会社
法令 著作権
著作権法2条1項9号7回
著作権法23条1項1回
著作権法2条9号1回
著作権法2条1項7号1回
キーワード 侵害43回
損害賠償3回
実施1回
分割1回
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。15
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 本件は、別紙動画目録記載の各動画の著作権を有すると主張する原告が、電気通 信事業を営む被告に対し、氏名不詳者がファイル共有ソフトであるBitTorr ent(以下「ビットトレント」と表記する。)を使用して当該動画のデータの複製 物が記録された端末をビットトレントのネットワークに接続するなどして送信可 能化状態にしたことで、原告の著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかであ25 るところ、上記氏名不詳者は、上記の侵害に係る通信を被告の管理する電気通信設 備を経由して行ったことから、原告の損害賠償請求権等の行使のために必要である と主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示 に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項所定の発信者情報 開示請求権に基づき(令和3年法律第27号の施行日である令和4年10月1日 (令和4年政令208号)以降は、原告は同法による改正後のプロバイダ責任制限5 法5条1項に基づいて発信者情報の開示の請求をしているものと解される。)、上記 の通信に係る発信者情報の開示を求めた事案である。

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判決文

令和6年2月21日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
令和4年(ワ)第1538号 発信者情報開示請求事件
口頭弁論終結日 令和5年11月22日
判 決
原 告 株式会社ケイ・エム・プロデュース
同訴訟代理人弁護士 戸 田 泉
同 角 地 山 宗 行
被 告 ソ フ ト バ ン ク 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 金 子 和 弘
主 文
15 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
20 第2 事案の概要等
本件は、別紙動画目録記載の各動画の著作権を有すると主張する原告が、電気通
信事業を営む被告に対し、氏名不詳者がファイル共有ソフトであるBitTorr
ent(以下「ビットトレント」と表記する。)を使用して当該動画のデータの複製
物が記録された端末をビットトレントのネットワークに接続するなどして送信可
25 能化状態にしたことで、原告の著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかであ
るところ、上記氏名不詳者は、上記の侵害に係る通信を被告の管理する電気通信設
備を経由して行ったことから、原告の損害賠償請求権等の行使のために必要である
と主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示
に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項所定の発信者情報
開示請求権に基づき(令和3年法律第27号の施行日である令和4年10月1日
5 (令和4年政令208号)以降は、原告は同法による改正後のプロバイダ責任制限
法5条1項に基づいて発信者情報の開示の請求をしているものと解される。、上記

の通信に係る発信者情報の開示を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠(書証は特記しない限り枝番
を全て含む。)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実。)
10 ⑴ 当事者
原告は、ビデオソフト、DVDビデオソフトの制作及び販売等を目的とする
特例有限株式会社である(弁論の全趣旨)。
被告は、電気通信事業法に定める電気通信事業等を目的とする株式会社であ
り、インターネット接続サービスを提供しているアクセスプロバイダである
15 (争いがない事実)。
⑵ 本件の動画について(甲1、弁論の全趣旨)
別紙動画目録記載の各動画(以下「本件各動画」という。)は、いずれも原告
が製作したものであり、原告が著作者である。
⑶ 被告による発信者情報の保有(争いがない)
20 別紙発信端末目録記載のIPアドレスを割り当てられた端末から同目録記
載の日時頃に行われたとされる各通信(以下「本件各通信」といい、かかる端
末から本件各通信をしたとされる者をそれぞれ「本件各発信者」という。 は、

その通信が行われたとすれば被告が管理する特定電気通信の用に供される電
気通信設備を経由して行われており、被告は、別紙発信者情報目録記載の各情
25 報を保有している。
⑷ ビットトレントの概要等(甲2から4まで、11、弁論の全趣旨)
ビットトレントは、ピアツーピア形式のファイル共有プロトコル及びそのた
めのアプリケーションソフトウェアであり、その利用者間でファイルを共有で
きる。
ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとするユ
5 ーザは、そのコンピュータ端末(以下、このユーザのコンピュータ端末を単
に「ピア」ということがある。)を介してインターネットに接続してトラッカ
ーサイトと呼ばれるウェブサイトに接続し、ダウンロードしたいファイル(以
下「対象ファイル」という。)の在りかなどの情報が記載されたトレントファ
イルと呼ばれるファイル(以下「トレントファイル」という。)をピアにダウ
10 ンロードして読み込ませる。そうすると、ピアはトレントファイルに記載さ
れているトラッカーサーバと呼ばれるファイルの提供者を管理するサーバに
接続され、対象ファイルの提供者のリストを要求する。要求を受けたトラッ
カーサーバは、トラッカーサーバにアクセスしている対象ファイルのピース
を所持するピアのIPアドレスが記載されたリスト(以下「ピアリスト」と
15 いう。)をピアに返信する。ピアリストを受けとったピアは、対象ファイルの
ピースを所持する他のユーザのピアに接続し、その後、そのピアから対象フ
ァイルのピースのダウンロードを開始する。
ビットトレントを使って対象ファイルが配布される場合、そのファイルは
小さいデータの単位(ピース)に分割され、分割されたデータはビットトレ
20 ントのネットワークにつながっているピアに分散して所持されており、ピア
がダウンロードする際には、分散したデータを多くのピアから自らのピアに
ダウンロードして、元のファイルのとおりに一つのファイルを完成させる。
完全なファイルを保有するユーザであるシーダーは、ビットトレントのネ
ットワーク上でアップロード可能な状態にあることがトラッカーサーバにお
25 いて公開され、全てのユーザはダウンロードを完了すると、自動的にシーダ
ーとなる。シーダーは、完全なファイルのダウンロードが完了する前のユー
ザであるリーチャーの求めに対して、当該ファイルの一部をアップロードす
る。リーチャーは、ファイル全体のダウンロードが完了する前であっても、
既に所持している一部のファイルを、他のリーチャーからのダウンロードの
求めに対してアップロードする。すなわち、リーチャーは、自身がダウンロ
5 ードするのと同時に、他のリーチャーに対してデータをアップロードするこ
ととなる。
⑸ ビットトレントネットワークを利用してファイルをダウンロードする際の
通信に関する説明ついて(甲12)
株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)の代表者の陳述書によれ
10 ば、ビットトレントネットワークを利用して対象ファイルをダウンロードする
場合、以下の通信等のやり取りを経るとされている。
すなわち、各ピアは、トラッカーサーバに対して、ピアリストを要求する通
信をし、トラッカーサーバからピアリストのデータを受信する。
ピアリストのデータを受信したピアは、ピアリストに基づいて、相手方ピア
15 との間で、互いに、ビットトレントのネットワークに参加している相手もピア
であることを確認する「HANDSHAKE」と呼ばれる通信をし、相手方の
ピアへ接続完了を意味する「ACK」と呼ばれる通信をした上で、当該ピアと
相手方のピアとの間で互いが対象ファイルのどの部分を所持しているか確認
する「BITFIELD」と呼ばれる通信をし、当該ピアが相手方ピアの保有
20 するファイルに興味を持っていることを通知する「INTERSTED」と呼
ばれる通信をし、これに対して、相手方ピアが、当該ファイルは当該ピアによ
りダウンロードする(相手方ピアによりアップロードする)ことが可能である
ことを通知する「UNCHOKE」の通信をすることとなる。
これらの通信をした上で、当該ピアがダウンロードを要求する「REQUE
25 ST」と呼ばれる通信をし、相手方ピアがアップロードする通信をすることで、
対象ファイルがダウンロードされることとなる。
⑹ 原告による調査の内容(甲3から6、11)
原告は、本件調査会社に対し、本件調査会社が開発したビットトレントを利
用した著作権侵害に該当する行為をした者の端末に割り当てられたIPアド
レス及び送信元ポート番号を調査する目的のソフトウェア(以下「本件ソフト
5 ウェア」という。)を使用して、本件各動画の著作権侵害の監視を依頼した。
本件調査会社は、本件ソフトウェアを使用して、インターネットを介して、
原告から指定された本件各動画のコンテンツの品番を含むファイルをトラッ
カーサイトで検索し、本件各動画のファイルのハッシュ値(ファイル(データ)
を特定の関数で計算して得られる値であり、ファイルからハッシュ値は一意に
10 定まるが、同じハッシュ値になるようにファイルを改ざんすることが困難であ
ることから、ファイルの同一性等の確認に用いられる。 を取得し、
) トラッカー
サーバに、本件各動画のファイルをアップロードできるピアリストを取得した。
そして、本件調査会社と当該ピアリストに記載されたピアとの間で、順次、
「H
ANDSHAKE」の通信、「ACK」の通信、「BITFIELD」の通信、
15 「INTERSTED」の通信がされ、その後に「UNCHOKE」の通信を
行ったとされたピアについて、本件調査会社は、これをデータベースに登録す
ることとした。
以上のような調査の結果、本件各通信は、本件各動画のデータを保有してい
るピアからの「UNCHOKE」の通信であるとされた通信であって、本件調
20 査会社のデータベースに登録されたものである(以下、この手法によって、別
紙発信端末目録⑴から⑸の「発信時刻」欄記載の各日時に同目録⑴から⑸の「I
Pアドレス」欄記載の各IPアドレス及び「ポート番号」欄記載の各送信元ポ
ート番号が割り当てられた端末から、
「UNCHOKE」の通信として、本件各
通信がされたとする調査の結果を「本件調査結果」という。。

25 2 主な争点
⑴ 本件各通信が、本件各発信者から本件調査会社に対する本件各動画のデータ
の複製物に関する「UNCHOKE」の通信であるといえるか(争点1)
⑵ 本件各通信がプロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」に当たるか
(争点2)
⑶ 本件各発信者がプロバイダ責任制限法2条4号の「発信者」に当たるか(争
5 点3)
⑷ プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流
通によって」原告の「権利が侵害されたことが明らか」といえるか(争点4)
3 争点に対する当事者の主張
⑴ 争点1(本件各通信が、本件各発信者から本件調査会社に対する本件各動画
10 のデータの複製物に関する「UNCHOKE」の通信であるといえるか)につ
いて
(原告の主張)
別紙発信端末目録の「発信時刻」欄記載の各日時、同目録の「IPアドレス」
欄記載の各IPアドレス及び「ポート番号」欄記載の各送信元ポート番号は、
15 本件調査結果のとおり、本件各動画のファイルの保有者に関するピアリストに
載っていたピアからの「UNCHOKE」の通信をした端末に割り当てられて
いたIPアドレス及び送信元ポート番号と、その通信の日時であり、本件調査
結果は正確である。
なお、「トレント監視システム報告書」は本件ソフトウェアの開発者である
20 本件調査会社の代表者の指導の下で行われており、「トレントモニタリングシ
ステム」とは本件ソフトウェアを指すのであって、これらの事情が本件調査結
果の信用性に疑問を差し挟むものではない。
(被告の主張)
本件ソフトウェアは、いわゆるピアツーピア型ファイル交換ソフトを利用し
25 た権利侵害に際して、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が認定
したシステムではない。したがって、ビットトレントを利用したユーザのIP
アドレス等を特定した方法の信頼性及び発信者の故意又は過失により権利侵
害が生じたということについての技術的な根拠を立証する必要があるが、十分
に立証されていない。
なお、原告は「トレント監視システム報告書」を提出するが、原告代理人事
5 務所の事務員が作成したもので、本件システムソフトウェアを開発した技術者
ではなく、「トレントモニタリングシステム」が本件ソフトウェアと同一のも
のであるとの記載もなく、IPアドレス等を特定した方法の信頼性が証明され
たものとはいえない。
したがって、本件調査結果は信用できない。
10 ⑵ 争点2(本件各通信がプロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」に
当たるか)について
(原告の主張)
最終的に不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為に必要
不可欠な電気通信の送信は、プロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」
15 に当たるところ、本件各発信者は、ビットトレントを通じて不特定の誰かから
のダウンロードのリクエストがあれば誰に対してもアップロードできる状態
にしており、本件ではたまたま本件ソフトウェアがダウンロードのリクエスト
を行い、
「UNCHOKE」の通信を行ったにすぎないのであるから、本件各通
信は「特定電気通信」に当たる。
20 (被告の主張)
本件ソフトウェアは、ただ単に応答確認をするだけで、実際にファイルのア
ップロード及びダウンロードは実施しないシステムになっているというので
ある。そうすると、本件各通信は、本件ソフトウェアと本件各発信者との間の
二者間の閉ざされた通信として行っているにすぎず、不特定の者によって受信
25 されることを目的としていないから、「特定電気通信」に当たらない。
⑶ 争点3(本件各発信者がプロバイダ責任制限法2条4号の「発信者」に当た
るか)について
(原告の主張)
本件各発信者と本件ソフトウェアとの間でハンドシェイク通信が行われる
際、本件ソフトウェアから本件各発信者に対し本件動画のファイルをダウンロ
5 ードしたい旨のリクエストがなされるとともに、その回答として、本件各発信
者から本件ソフトウェアに対し、本件動画のデータの複製物が本件各発信者の
端末に記録されており直ちにアップロードが可能であることを示す情報が送
信され、この情報は、本件各発信者側のプロバイダの記録媒体に記録されて、
受信者へと送信されることになる。そして、本件各発信者は、不特定の誰から
10 のリクエストに対しても自動的に当該情報を送信していたのであるから、プロ
バイダ責任制限法2条4号の「発信者」に当たる。
(被告の主張)
本件各発信者は、本件ソフトウェアに対してピースをダウンロードしておら
ず、本件各通信の発信時刻において何ら侵害情報を記録していないから、不特
15 定の者に送信される特定電気通信設備の記録媒体に侵害情報を記録した「発信
者」に当たらない。
⑷ 争点4(プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害
情報の流通によって」原告の「権利が侵害されたことが明らか」といえるか)
について
20 (原告の主張)
ア 上記1⑷のようなビットトレントの仕組みにおいては、トラッカーサーバ
は、著作権法2条1項9号の5イの「公衆の用に供されている電気通信回線
に接続している自動公衆送信装置」に当たり、本件各発信者が、トラッカー
サーバに対し、本件各動画のファイル情報やIPアドレス等を通知し、これ
25 をトラッカーサーバに記録させたことは、同イの「情報を記録」したといえ、
これにより、送信者は対象ファイルを受信者の求めに応じて「自動公衆送信
し得るように」なる。そうすると、トラッカーサーバに対象ファイル情報や
IPアドレス等を通知することにより、送信可能化侵害状態になったといえ
る。
イ また、ビットトレントにおいて、ファイルを送信しようとする者が当該
5 ファイルを自身の端末の共有フォルダに蔵置して、クライアントソフトを
起動してトラッカーサーバに接続すると、送信者の端末はトラッカーサー
バに端末を接続させている受信者からの求めに応じ、自動的にファイルを
送信し得る状態になる。そうだとすれば、ファイルを共有フォルダに蔵置
したままトラッカーサーバに接続して上記状態に至った送信者の端末は、
10 トラッカーサーバと一体となって、著作権法2条1項9号の5ロの「情報
が記録され」た「自動公衆送信装置」に当たるということができ、また、そ
の時点で、同ロの「公衆の用に供されている電気通信回線への接続」がさ
れ、送信可能化侵害状態になったといえる。したがって、本件各発信者も、
同様に、本件各動画のデータをダウンロードした後、継続してアップロー
15 ド状態に置くことで、本件各動画のデータの送信可能化侵害状態を行い続
けているといえる。
ウ そして、本件各通信は、本件各発信者の端末に保有している本件各動画
のファイルがアップロード可能であることを通知する「UNCHOKE」
の通信であり、本件各発信者は、「UNCHOKE」の通信時点において、
20 送信可能化により原告の公衆送信権を侵害しているから、プロバイダ責任
制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって」原
告の「権利が侵害されたことが明らか」であるといえる。
エ なお、本件各発信者が本件ソフトウェアとの本件各通信時点までに、フ
ァイルを構成する全ピースのうちどの程度の容量のピースを保持していた
25 のかは不明であるが、本件各発信者が本件ソフトウェアと「UNCHOK
E」の通信を行ったということは、本件各発信者は少なくとも本件各動画
について1ピース以上を保有していたということであり、本件各発信者が
保有していたピースは特定のハッシュを構成するデータの一部であるとこ
ろ、当該ハッシュの動画は本件各動画の表現上の本質的な特徴を直接感得
できるものであるから、送信可能化による公衆送信権を侵害していたとい
5 える。
(被告の主張)
ア 原告は、本件各発信者がトラッカーサーバに対し、ファイル情報、IP
アドレス等を通知することが著作権法2条1項9号の5イの送信可能化に
よる公衆送信権侵害であると主張するが、公衆送信権は「著作者は、その
10 著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては、送信可能化
を含む。)を行う権利」
(著作権法23条1項)である以上、送信可能化にお
ける「自動公衆送信装置」とは、
「その著作物」本体についての情報を自動
公衆送信する機能を有する装置を指すことは明らかであり、発信者が自分
のIPアドレス等を通知するだけで「その著作物」本体の情報を自動公衆
15 送信しないトラッカーサーバによって、その著作物の公衆送信権が侵害さ
れる余地はない。
イ また、本件ソフトウェアが本件各発信者との間で行った通信は単に応答
を確認する目的で行われたにすぎず、ピースの送受信は一切行われないの
であるから、限定された二当事者間における閉ざされた通信にとどまり、
20 著作権法2条1項7号の2の「公衆送信」」に当たらない。したがって、本
件各通信は、著作権法2条9号の5ロの「公衆の用に供されている電気通
信回線への接続」には該当しない。
ウ 仮に、本件各発信者がトラッカーサーバに対して通知した行為が著作権
法2条1項9号の5イに該当するとしても、侵害された時点は、本件各発
25 信者がトラッカーサーバに対して当該通知をした時点であり、本件各通信
によって送信可能化による公衆送信権が侵害されたとはいえない。
エ 加えて、
「送信可能化」したといえるには、著作物について「自動公衆送
信し得るようにすること」
(著作権法2条1項9号の5柱書)といえること
が必要であり、そのためには自動公衆送信の対象となる情報によって、著
作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることを要する。
5 しかし、本件においては、本件各発信者が、それぞれ、本件各通信の時点
までに、本件動画のデータの複製物を構成する全ピースのうちどの程度の
容量のピースを保持し、同時点までに全ピアによってダウンロードされて
いた本件動画のデータのピースを併せると、どの程度の容量のピースを構
成することになるかはいずれも不明であるから、本件各発信者が、それぞ
10 れ又は他のピアと共同して、本件動画の表現上の本質的な特徴を直接感得
することができる情報を自動公衆送信し得るようにしたとは認められない。
エ したがって、プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に
係る侵害情報の流通によって」原告の「権利が侵害されたことが明らか」
であるとはいえない。
15 第3 当裁判所の判断
1 争点4(プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情
報の流通によって」原告の「権利が侵害されたことが明らか」といえるか)につ
いて
本件の事案に鑑み、争点4から判断する。
20 ⑴ 本件で、原告は、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき発信者情報開示請
求を行うところ、同項により発信者情報開示請求権が認められるためには、同
項1号の要件を満たすこと、すなわち、「当該開示の請求に係る侵害情報の流
通によって当該開示をの請求をする者の権利が侵害された」ことが明らかであ
ることが必要である。そして、同号の「侵害情報」は、特定電気通信による情
25 報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が当該権利を侵害したと
する情報をいう(プロバイダ責任制限法2条5号)。
本件において、原告は、本件各発信者が、
「UNCHOKE」の通信(前記第
2の1⑸)時点において、送信可能化により原告の公衆送信権を侵害している
旨主張している。そして、原告は、本件各動画についての公衆送信権を被侵害
権利であるとしており、原告は、別紙発信者情報目録記載の各情報を特定発信
5 者情報以外の発信者情報として開示の請求をしていると解されるから、「UN
CHOKE」の通信による情報の流通によって原告の公衆送信権が侵害され、
同通信が侵害情報の送信であると主張して、本件各通信の送信に係る者の氏名
その他の情報の開示を請求していると解される。そうすると、本件において、
プロバイダ責任制限法5条1項1号の要件を満たすためには、「UNCHOK
10 E」の通信による情報の流通によって本件各動画の送信可能化による公衆送信
権が侵害されたことが明らかといえる必要があることとなる。
⑵ 著作権法2条1項9号の5は、送信可能化の定義について、「次のいずれか
に掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう。」旨規定し、
イとして「公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信
15 装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより、その記録媒体の
うち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒
体」という。 に記録され、
) 又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する
機能を有する装置をいう。以下同じ。 の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、

情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体と
20 して加え、若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆
送信用記録媒体に変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること。」
と規定し、ロとして「その公衆送信用記録媒体に情報が記録され、又は当該自
動公衆送信装置に情報が入力されている自動公衆送信装置について、公衆の用
に供されている電気通信回線への接続(配線、自動公衆送信装置の始動、送受
25 信用プログラムの起動その他の一連の行為により行われる場合には、当該一連
の行為のうち最後のものをいう。)を行うこと。」と規定している。このような
著作権法の文言や、著作権法が送信可能化を規制の対象となる行為として規定
した趣旨、目的は、公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行う送信
(後に自動公衆送信として定義規定が置かれたもの)が既に規制の対象とされ
ていた状況の下で、現に自動公衆送信が行われるに至る前の準備段階の行為を
5 規制することにあり(最高裁平成21年(受)第653号同23年1月18日
第三小法廷判決・民集65巻1号121頁参照)、自動公衆送信前の準備段階
の行為に着目してその行為を規制したものであることなどに照らせば、「送信
可能化」に当たるのは、同号のイ又はロに列挙されている行為であるとするの
が相当であると解される。そして、それらの行為により対象の著作物が自動公
10 衆送信し得るようにされた場合、上記に述べたとおりの「送信可能化」の意義
から、それらの行為によって自動公衆送信し得るようにされた著作物について
は、別途、同号のイ又はロに該当する行為がされたときに再び「送信可能化」
に該当する行為がされたといえると解される。
本件各通信は、前記第2の1⑹のとおりの手法による調査の結果、「UNC
15 HOKE」の通信であるとされた通信である。前記第2の1⑸の認定事実のと
おり、本件調査会社の説明によれば、本件各発信者の端末から「UNCHOK
E」の通信が行われるのは、
「ACK」の通信及び「BITFIELD」の通信
の後であるとされる。そして、本件調査会社の説明によれば、
「ACK」の通信
は、ビットトレントのネットワークに参加している相手もピアであることを確
20 認する「HANDSHAKE」の通信の後の、接続完了を意味する通信である
とされ、これは、インターネットを介してビットトレントネットワークへの接
続を完了していることを知らせる通信であると解される。また、「BITFI
ELD」の通信は、当該ピアと相手方のピアとの間で互いが対象ファイルのど
の部分を所持しているか確認する通信であるとされ、「UNCHOKE」の通
25 信は、ピアが相手方ピアの保有するファイルに興味を持っていることを通知す
る「INTERSTED」の通信に対し、アップロードすることが可能である
ことを通知する通信であるとされる。
以上のような本件調査会社の説明を前提とし、本件調査結果について本件調
査会社の説明のとおりの事実が認められる場合、本件各通信をしたピアにおい
ては、
「UNCHOKE」の通信をする時点より前の時点で、既に本件各動画の
5 ファイルの少なくとも一部が複製されて当該ピアに記録された上で、当該ピア
がインターネットに接続されビットトレントのネットワークにも接続される
などして、本件各動画のファイルのピースが他のピアに自動公衆送信(アップ
ロード)し得る状態になっていたこととなる。そして、既に述べたとおり、あ
る行為により自動公衆送信し得るようにされた著作物について、別途、著作権
10 法2条1項9号の5のイ又はロに該当する行為がされたときに再び「送信可能
化」に該当する行為がされたといえると解されるが、本件においては、
「UNC
HOKE」の通信がされたとされる時点において、本件各動画について、更に、
同号のイ又はロに該当する何らかの行為が行われたことを認めるに足りない。
なお、特定電気通信による情報の流通によって権利が侵害されたことに関し、
15 それ自体では権利侵害性のない通信について、プロバイダ責任制限法は、「侵
害関連通信」
(プロバイダ責任制限法5条3項)を総務省令で定めるとして、そ
の範囲を明らかにしている。特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及
び発信者情報の開示に関する法律施行規則5条は、侵害関連通信として複数の
通信を定めるところ、そこに上記の「UNCHOKE」に該当する通信が規定
20 されているとは認められず、また、
「UNCHOKE」の通信時点において、本
件調査会社の端末に対して本件各動画のファイルのピースが送信(自動公衆送
信)されているともいえない。
⑶ 原告は、本件各通信が「UNCHOKE」の通信であると特定した上で、本
件各通信に係る発信者情報についてプロバイダ責任制限法5条1項に基づき
25 その開示を請求しているところ、以上に述べたところによれば、本件調査結果
に至る手法と本件調査会社の説明に基づく「UNCHOKE」の通信の内容に
よると、直ちに本件各通信に係る情報の流通によって、公衆送信権が侵害され
たと認めることはできない。また、その他、本件各通信に係る情報の流通によ
って、公衆送信権が侵害されたことを認めるに足りる事情の主張、立証はない。
よって、本件各通信に係る情報の流通によって、原告の「権利が侵害された
5 ことが明らか」であるとはいえない。
2 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の発信者情報開示請求
権は、いずれも認められない。
第4 結論
以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
10 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 柴 田 義 明
裁判官 杉 田 時 基
裁判官 仲 田 憲 史
(別紙)
発信者情報目録
別紙発信端末目録⑴から⑸まで記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時
刻頃に被告から割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
5 1 氏名又は名称
2 住所
3 電子メールアドレス(ただし、下記の発信端末目録記載の端末を除く。)
(以下、記載省略)
10 (別紙)
動画目録
記載省略
(別紙)
15 発信端末目録⑴~⑸
記載省略

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