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令和5(行ケ)10057審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和6年3月26日
事件種別 民事
当事者 原告フマキラー株式会社
被告アース製薬株式会社
対象物 噴射製品および噴射方法
法令 特許権
特許法41条2項4回
特許法41条1項1回
キーワード 実施177回
優先権123回
審決28回
無効11回
新規性7回
進歩性1回
特許権1回
無効審判1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等 (1) 被告は、発明の名称を「噴射製品および噴射方法」とする発明について、平25 成29年3月31日を国際出願日とする特許出願(特願2018-509670号 (国際出願番号 PCT/JP2017/013663号、国際公開2017/1 71030号)、国内優先権主張 優先権出願1:特願2016-71925号(第

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判決文

令和6年3月26日判決言渡
令和5年(行ケ)第10057号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和6年1月18日
判 決
原 告 フマキラー株式会社
同訴訟代理人弁護士 高 橋 元 弘
同訴訟代理人弁理士 前 直 美
被 告 アース製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 鮫 島 正 洋
髙 見 憲
15 篠 田 淳 郎
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
20 第1 請求
特許庁が無効2020-800014号事件について令和5年4月21日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
25 (1) 被告は、発明の名称を「噴射製品および噴射方法」とする発明について、平
成29年3月31日を国際出願日とする特許出願(特願2018-509670号
(国際出願番号 PCT/JP2017/013663号、国際公開2017/1
71030号)、国内優先権主張 優先権出願1:特願2016-71925号(第
1優先日:平成28年3月31日)及び優先権出願2:特願2016-22940
6号(第2優先日:平成28年11月25日))をし、令和元年6月14日、特許権
5 の設定登録(特許第6539407号。請求項の数は4。以下、この特許を「本件
特許」といい、登録時の明細書を「本件明細書」という。)を受けた。(甲11~1
4)
(2) 原告は、令和2年2月14日、本件特許の請求項1~3に係る発明の特許を
無効にすることについて特許無効審判を請求し(無効2020-800014号)、
10 特許庁は、令和3年6月21日、被告が令和2年6月29日付けでした特許請求の
範囲の請求項1~3についての訂正を認めた上で、
「本件審判の請求は、成り立たな
い。」との審決(以下「一次審決」という。)をした。
原告は、令和3年7月30日、一次審決の取消を求める訴訟を提起したところ(令
和3年(行ケ)第10090号)、知的財産高等裁判所は、令和4年8月4日、一次
15 審決を取り消す旨の判決(以下「一次判決」という。)を言い渡し、同判決は、その
後、確定した。
(3) 特許庁は、一次判決を受けて、更に審理を行い、被告は、令和4年10月1
4日、特許請求の範囲の訂正請求をした(以下「本件訂正」という。訂正後の請求
項数は4。なお、本件明細書の発明の詳細な説明部分に訂正はない。甲83、甲8
20 4)。
(4) 特許庁は、令和5年4月21日、
「特許第6539407号の特許請求の範囲
を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~2〕、
3について訂正することを認める。本件審判の請求は、成り立たない。 との審決
」 (以
下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月28日、原告に送達された。
25 (5) 原告は、令和5年5月26日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起し
た。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1~3の記載は、次のとおりである
(以下、本件訂正後の請求項1及び請求項2に係る発明を「本件訂正発明1」及び
「本件訂正発明2」といい、併せて「本件訂正発明」ということがある。甲84)。
5 【請求項1】
害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する
噴口が形成された噴射製品(ただし、噴射剤を含む場合を除く)であり、
前記害虫忌避組成物は、20℃での蒸気圧が2.5kPa以下であり、かつ、噴
射後の揮発を抑制するための揮発抑制成分(ただし揮発抑制成分がグリセリンであ
10 る場合を除く)を、害虫忌避組成物中、10質量%以上含み、
前記害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン
酸エチルエステル、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペ
リジンカルボキシレートからなる群から選択される少なくとも1の成分であり、
前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の5
15 0%平均粒子径r15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記
害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r30/r15)が、0.6以上
となるよう調整され、
前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の5
0%平均粒子径r 30 が、50μm以上となるよう調整された、噴射製品。
20 【請求項2】
害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する
噴口が形成された噴射製品(ただし、噴射剤を含む場合を除く)であり、
前記害虫忌避組成物は、20℃での蒸気圧が2.5kPa以下であり、かつ、
噴射後の揮発を抑制するための揮発抑制成分(ただし揮発抑制成分がグリセリン
25 である場合を除く)を、害虫忌避組成物中、10質量%以上含み、
前記害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン
酸エチルエステル、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペ
リジンカルボキシレートからなる群から選択される少なくとも1の成分であり、
前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の5
0%平均粒子径r15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記
5 害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r30/r15)が、0.85以
上となるよう調整され、
前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の5
0%平均粒子径r 30 が、50μm以上となるよう調整された、噴射製品であって、
前記噴射製品は、前記害虫忌避組成物が充填されたポンプ容器と、前記ポンプ容
10 器に取り付けられ、前記噴口が形成されたアクチュエータとを備えるポンプ製品で
ある、噴射製品。
【請求項3】
害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する
噴口が形成された噴射製品(ただし、噴射剤を含む場合を除く)を用いて前記害虫
15 忌避組成物を噴射する噴射方法であり、
前記害虫忌避組成物は、20℃での蒸気圧が2.5kPa以下であり、かつ、噴
射後の揮発を抑制するための揮発抑制成分(ただし揮発抑制成分がグリセリンであ
る場合を除く)を、害虫忌避組成物中、10質量%以上含み、
前記害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン
20 酸エチルエステルであり、
前記噴口から15cm離れた位置における50%平均粒子径r 15 と、前記噴口か
ら30cm離れた位置における50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30/r 15)が、
0.85以上となり、かつ、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された
前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 が、50μm以上となるよう前記害虫
25 忌避組成物を噴射する、噴射方法。
(2) 略語について
なお、以下、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチル
エステルは、
「EBAAP」、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-
1-ピペリジンカルボキシレートは、「イカリジン」といい、また、「前記噴口から
15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r
5 15 」を「50%平均粒子径r 15」「前記噴口から30cm離れた位置における噴射さ

れた前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30」を「50%平均粒子径r 30」「前

記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平
均粒子径r15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌
避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30/r15)」を「粒子径比(r 30/
10 r15)」ということがある。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 無効理由
本件審決の理由は、別紙審決書(写し)記載のとおりである。その理由の要旨は、
本件訂正を認めた上で、無効理由1(甲1に基づく公然実施発明を主引用例とする
15 請求項1~3に係る発明の新規性の欠如) 無効理由2
、 (第1優先日に係る優先権の
効果が認められないことを前提とした甲8に基づく公然実施発明を主引用例とする
請求項1~3に係る発明の新規性の欠如)、無効理由3(実施可能要件違反)、無効
理由4(明確性要件違反)は、いずれも理由がないというものである。
(2) 甲8及び甲5の認定
20 原告は、本訴において、本件審決の無効理由2の判断において優先権の効果が認
められたことを争うところ、これに関係する本件審決の主引用例に関連する認定は、
次のとおりである。
ア 甲8には、原告の公式ホームページにおける平成28年8月8日付け新製品
情報として、品名「天使のスキンベープミストプレミアム 200mL」の虫よけ剤が示
25 されており、有効成分として、「イカリジン 15%(原液濃度)」が示されている。
甲5は、令和2年2月7日に作成した「試験結果報告書(粒子径測定試験)」であ
り、製造ロット番号が「8F881A」であるものを使用したこと及び試験方法が
記載され、その測定結果として「② 天使のスキンベープミストプレミアム 200mL」
の平均粒子径r15 が233.03(μm)、平均粒子径r 30 が271.40(μm)
であることが記載されている。
5 イ 甲8及び甲5による公然実施発明
甲8及び甲5に記載された製品につき、次の(ア)及び(イ)の発明を認めることがで
きる(以下、これらの発明を併せて「公然実施発明2」という。 。

(ア) 「害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴
射する噴口が形成された噴射剤を含まない噴射製品であり、
10 前記害虫忌避組成物は、20℃での蒸気圧が2.3366kPaである水を、害
虫忌避組成物中、36.6722質量%含み、
前記害虫忌避成分は、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-
ピペリジンカルボキシレート(イカリジン)であり、
前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の5
15 0%平均粒子径r15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記
害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r30/r15)が、1.16で
あり、
前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の5
0%平均粒子径r 30 が、271.40μmである、噴射製品であり、
20 前記噴射製品は、前記害虫忌避組成物が充填された容器と、前記容器に取り付け
られ、前記噴口が形成されたトリガーポンプを備えるポンプ製品である、噴射製品」
(イ) 「害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴
射する噴口が形成された噴射剤を含まない噴射製品を用いて前記害虫忌避組成物を
噴射する噴射方法であり、
25 前記害虫忌避組成物は、20℃での蒸気圧が2.3366kPaである水を、害
虫忌避組成物中、36.6722質量%含み、
前記害虫忌避成分は、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピ
ペリジンカルボキシレートであり、
前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の5
0%平均粒子径r15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記
5 害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r30/r15)が、1.16と
なり、かつ、
前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の5
0%平均粒子径r 30 が、271.40μmとなる、噴射方法」
第3 当事者の主張
10 1 取消事由1(公然実施発明2に基づく本件訂正発明1の新規性欠如)
(1) 原告の主張
ア 本件審決の誤り
本件審決は、害虫忌避成分として、
「イカリジン」を選択した場合の本件訂正発明
は、優先権出願1により発明の構成部分が明らかにされており、優先権出願1の明
15 細書等全体に記載した事項との関係において、新たな技術的事項を導入するもので
ないから、優先権出願1を基礎とする優先権主張の効果は認められると判断した。
しかしながら、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項のうち少なくとも、害虫
忌避成分を「イカリジン」とする部分に対応する実施例は、優先権出願1の明細書
(甲11)には記載されておらず、優先権出願2の明細書(甲12)及び本件特許
20 の出願当初の本件明細書(甲13)において初めて補充されたものである。
本件訂正発明1のうち害虫忌避成分を「イカリジン」とする部分は、
(a)所定の数値範囲にすれば粘膜への刺激が低減されるかどうかは、その裏付
けとなる実験をすることで初めて確認できるものであって、第1優先日当時に発明
は完成しておらず、
25 (b)害虫忌避成分を「イカリジン」とする優先権出願1に係る発明は、優先権
出願2の明細書等によって初めて実施可能となるものであり、
(c)実施例を補充することによってサポート要件違反を回避した場合において
は、優先権主張の基礎となった当初明細書等に記載されたサポート要件違反の発明
との対比で同一性を失っている。いずれの観点からも、本件訂正発明1の要旨とな
る技術的事項のうち害虫忌避成分を「イカリジン」とする部分に、優先権出願1を
5 基礎とする優先権主張の効果は認められない。
イ 上記(a)について
本件訂正発明の作用効果は、「使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避
成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品および
噴射方法を提供すること」(本件明細書【0005】)であるところ、優先権出願1
10 の明細書には、イカリジンについて、粒子径比(r 30/r 15)及び50%平均粒子径
r30 を特定の数値範囲内に調整することにより上記の作用効果を奏するか否かの実
施例を欠いており、実験による技術上の裏付けを欠いていること、優先権出願1の
明細書では、EBAAPを害虫忌避成分とする場合に、50%平均粒子径r 30 及び
粒子径比(r 30/r 15)の値が大きくなればなるほど、粘膜刺激性の評価の平均スコ
15 アが相対的に良い結果になる傾向が見られることは理解できても、イカリジンを害
虫忌避成分とする場合に同様の結果となるかは理解できない。EBAAPとイカリ
ジンとは物質として害虫忌避作用があるということのほかには類似性がなく、粘膜
刺激性の作用機序やイカリジンを含む液滴はどのような粒径でどのような粘膜刺激
性があるのか等も不明であり、そのため、イカリジンを害虫忌避成分とする場合に
20 EBAAPと同様の結果となるかは実施例の裏付けなく確認することはできないこ
と、本件訂正発明1の粒子径比(r 30/r 15)及び50%平均粒子径r 30 の下限値は、
EBAAPの実施例と比較例の対比によって導かれており、イカリジンを含む場合
について、同じ結果となるかは、粘膜刺激において同じ性質を持っていること等が
裏付けられない限り、本件第1優先日時点では、そうだったらいいなという単なる
25 空想の域を出るものではなく、発明ということはできないはずであって、本件では、
EBAAPとイカリジンが鼻や喉等の粘膜刺激において同じ性質を持っていること
が裏付けられていないばかりか、むしろ、優先権出願2の明細書及び本件特許の出
願当初の明細書に開示されているイカリジンの実施例5~8並びに比較例4及び5
における①50%平均粒子径r30 と平均スコア、②粒子径比(r 30/r 15)と平均ス
コアとの関係を見ると、EBAAPとは異なる結果を示しており、粘膜の刺激につ
5 いて同一の結果をもたらすものではないことが示されていることからすると、害虫
忌避成分をイカリジンとする優先権出願1に係る発明は、少なくとも優先権出願2
の出願時にイカリジンに関する実施例を追加することで、初めて実験による技術上
の裏付けがなされ完成したものである。
ウ 上記(b)について
10 特許・実用新案審査基準第Ⅴ部第1章3.1.3(2)cでは、パリ条約の優先
権について、「第一国出願の出願書類の全体の記載に基づいて当業者が実施をする
ことができなかった発明が、実施の形態の追加や生物学的材料の寄託等により実施
をすることができるものとなった場合は、日本出願の請求項に係る発明が、第一国
出願の出願書類の全体に記載した事項との関係において、新規事項の追加されたも
15 のとなる。したがって、パリ条約による優先権の主張の効果は認められない」とし
て「日本出願の請求項に係る発明が、日本出願において初めて実施可能となる場合」
には「日本出願の請求項に係る発明が、第一国出願の出願書類の全体に記載した事
項の範囲内のものとされない」とされ、国内優先権においても「後の出願の請求項
に係る発明が、先の出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものとされない
20 主な類型」は、 「第1章
「 パリ条約による優先権」の3.1.3(2)に準ずる。」
とされており、先の出願に係る発明が、後の出願によって初めて実施可能となる場
合には、国内優先権主張の効果は認められない。
そして、
「実施可能となる場合」とは、明細書等の記載並びに出願当時の技術常識
に基づき、当業者がその物を作ることができ、かつ、その物を使用できることを要
25 し、更に「使用できる」といえるためには、特許発明に係る物について、技術上の
意義のある態様で使用することができることを要する(知財高判平成27年8月5
日(平成26年(行ケ)第10238号) 。

本件訂正発明1について、優先権出願1の明細書の記載のみでは、イカリジンを
害虫忌避成分とする部分は、当業者において本件訂正発明1が目的とする作用効果
等を奏する態様で用いることができるなど、技術上の意義のある態様で使用するこ
5 とができない。
エ 上記(c)について
原告は、優先権出願1の明細書にサポート要件違反の発明があったことを前提と
して、本件訂正発明1が、優先権出願2の明細書等において実施例を補充すること
によってサポート要件違反を回避したものである。
10 オ 小括
以上のとおり、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項のうち害虫忌避成分を
「イカリジン」とする部分に、優先権出願1に基づく特許法41条2項に基づく優
先権主張の効果は認めた点に誤りがある。この誤りは、本件審決の結論に影響を及
ぼすものであるから、本件審決は、取り消されるべきである。
15 (2) 被告の主張
ア 優先権主張の効果を得られるか否かについて、「後の出願の特許請求の範囲
に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載され
た技術的事項の範囲を超える」かどうかという判断によるべきである(東京地判令
和4年3月18日(平成30年(ワ)第4329号、同第23514号)、東京高判
20 平成15年10月8日(平成14年(行ケ)第539号)など)。
イ 本件訂正発明の背景技術としては、従来、ディートを配合した害虫忌避剤が
知られていたが、ディートに代えて、EBAAP、p-メンタン-3,8-ジオー
ル、イカリジン等を配合した害虫忌避剤が検討されていたところ、ディートに代わ
る上記害虫忌避成分を配合された害虫忌避剤は、ポンプ製品やエアゾール製品とし
25 て噴射された際に、噴射された粒子が使用者やその周囲の者の鼻や喉等の粘膜を刺
激しやすく、その結果、使用者等は、粘膜に違和感を感じたり、咳き込んだりしや
すいということがあった。
そして、このような背景技術の下で発明された本件訂正発明は、スプレーから噴
射される所定の害虫忌避成分を含む粒子(液滴)の粒子径比(r30/r 15)及び50%
平均粒子径r30 をそれぞれ所定値以上とすることによって、害虫忌避成分による粘
5 膜への刺激を低減するという課題を解決するものである。
上記のような本件訂正発明の背景技術、課題、解決手段及び効果については、本
件明細書の【0001】~【0009】及び【0014】等に記載されている。そ
して、その本件明細書の【0001】~【0009】及び【0014】の記載とほ
ぼ同一の記載が、優先権出願1の明細書の【0001】~【0012】及び【00
10 17】にも記載されている。
したがって、本件訂正発明の要旨となる技術的事項は、イカリジンを含む部分も
含めて優先権出願1の明細書等において記載された技術的事項の範囲を超えるもの
ではないから、本件訂正発明は、害虫忌避成分をイカリジンとする部分についても
優先権出願1に基づく国内優先権の利益を享受できる。
15 2 取消事由2(公然実施発明2に基づく本件訂正発明2の新規性欠如に関する
判断の誤り)
(1) 原告の主張
ア 本件審決の誤り
本件審決は粒子径比(r30/r 15)が0.85以上とする構成について、優先権出
20 願1により発明の当該構成部分が明らかにされており、優先権出願1の明細書等全
体に記載した事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものでないから、
優先権出願1を基礎とする優先権主張の効果は認められると判断した。
しかしながら、本件訂正発明2の要旨となる技術的事項のうち、粒子径比(r 30/
r15)が0.85以上とする構成は、優先権出願2の明細書によって補充された実施
25 例11及び12(判決注 本件明細書の実施例11及び12に対応するものであり、

優先権出願2においては実施例9及び10のことであると解される。)を根拠とし、
本件審決の認定でも本件特許の出願時に補充された実施例6に基づくものであって、
本件訂正発明2は、優先権出願1に基づく特許法41条2項に基づく優先権主張の
効果は認められない。
イ 小括
5 以上のとおり、本件審決における本件訂正発明2は、優先権出願1に基づく特許
法41条2項に基づく優先権主張の効果についての判断に誤りがあり、この誤りは、
本件審決の結論に影響を及ぼすものであるから、本件審決は、取り消されるべきで
ある。
(2) 被告の主張
10 本件訂正発明2は、粒子径比(r30/r 15)を「0.85以上」とするものであり、
本件訂正発明1の粒子径比(r 30/r15)が「0.6以上」であるのを更に限定した
ものである。そのため、本件訂正発明1について優先権主張の効果が認められるの
であれば、本件訂正発明2についても当然に優先権主張の効果が認められる。
したがって、本件審決に誤りはない。
15 第4 当裁判所の判断
1 本件明細書の記載事項について
(1) 本件明細書(甲14)には、次のとおりの記載がある(下記記載中に引用す
る表1及び2については別紙1を参照)。
【技術分野】
20 【0001】
本発明は、噴射製品および噴射方法に関する。より詳細には、本発明は、内容物
である害虫忌避組成物が噴射された際の、使用者の鼻や喉等の粘膜への刺激が低い
噴射製品および噴射方法に関する。
【背景技術】
25 【0002】
従来、N,N-ジエチル-m-トルアミド(ディート)を配合した害虫忌避剤が
知られている。しかしながら、ディートは、皮膚吸収作用による安全性の点から、
6ヵ月未満の乳児には使用できず、12歳未満は使用回数が制限される。そこで、
ディートに代えて、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エ
チルエステル、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-
5 ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート等を配合した害虫忌避剤が
検討されている(特許文献1~3)。
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ディートに代わる上記害虫忌避成分の配合された害虫忌避剤は、
10 たとえばポンプ製品やエアゾール製品として噴射された際に、噴射された粒子が使
用者やその周囲の者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい。その結果、使用者等は、粘
膜に違和感を感じたり、咳き込んだりしやすい。なお、従来使用されていたディー
トでは、上記害虫忌避成分よりも粘膜への刺激が小さい。そのため、ディートの配
合された害虫忌避剤では、粘膜刺激に関するこのような課題はそもそも生じにくい。
15 【0005】
本発明は、このような従来の問題に鑑みてなされたものであり、使用者の鼻や喉
等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への
刺激が低減された噴射製品および噴射方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
20 【0006】
本発明者らは、上記害虫忌避成分が配合されている場合における粘膜への刺激の
原因について鋭意研究し、以下の知見を得た。すなわち、噴射された害虫忌避剤の
中には、皮膚や髪等の適用箇所に付着せずに、適用距離(たとえば噴口から15c
mの距離)を超えてさらに離れた位置(たとえば噴口から30cm離れた位置)に
25 到達し、浮遊するものがある。このような離れた位置では、粒子径は、適用距離に
おける粒子径よりも小さくなる。その結果、小さくなった粒子は、吸引されやすく
粘膜を刺激しやすい。そこで、本発明者らは、適用距離における粒子径だけでなく、
適用箇所を超えた位置における粒子径も考慮し、それぞれの位置における粒子径の
比が所定の値以上となるよう調整された噴射製品であれば、粘膜を刺激しやすい害
虫忌避成分が配合されている場合であっても、粘膜への刺激が低減され、上記課題
5 を解決し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
上記課題を解決する本発明の噴射製品は、害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が
充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射製品であり、前記
害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチ
10 ルエステル、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-ヒ
ドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートからなる群から選択される少
なくとも1の成分であり、前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前
記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 15 と、前記噴口から30cm離れた位置に
おける噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r30/
15 r15)が、0.6以上となるよう調整され、前記噴口から30cm離れた位置におけ
る噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 が、50μm以上となる
よう調整された、噴射製品である。
【0008】
また、上記課題を解決する本発明の噴射方法は、害虫忌避成分を含む害虫忌避組
20 成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射製品を用い
て前記害虫忌避組成物を噴射する噴射方法であり、前記害虫忌避成分は、3-(N
-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル、p-メンタン
-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピ
ペリジンカルボキシレートからなる群から選択される少なくとも1の成分であり、
25 前記噴口から15cm離れた位置における50%平均粒子径r 15 と、前記噴口から
30cm離れた位置における50%平均粒子径r 30 との比(r30/r15)が、0.6
以上となるよう前記害虫忌避組成物を噴射する、噴射方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合さ
5 れているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品および噴射方法を提
供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<噴射製品>
10 本発明の一実施形態の噴射製品は、害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填さ
れ、害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射製品である。また、本実施形
態の噴射製品は、害虫忌避成分として、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)ア
ミノプロピオン酸エチルエステル、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチル
プロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートからな
15 る群から選択される少なくとも1の成分を含む。さらに、本実施形態の噴射製品は、
噴口から15cm離れた位置における噴射された害虫忌避組成物の50%平均粒子
径r 15 と、噴口から30cm離れた位置における噴射された害虫忌避組成物の5
0%平均粒子径r 30 との粒子径比(r30/r 15)が、0.6以上となるよう調整され
ている。なお、本実施形態の噴射製品は、噴射された際の粒子径比が特定の範囲と
20 なるよう調整されていることを特徴とする。そのため、その他の構成(たとえば噴
射製品の形状、他の成分および配合、容器内圧等の各種物性等)は、上記粒子径比
の範囲を満たすものであればよく、特に限定されない。したがって、以下の詳細な
説明のうち、害虫忌避成分および粒子径比以外の構成は、いずれも例示である。
【0011】
25 (第1の実施形態)
本実施形態では、噴射製品の一態様として、噴射製品がポンプ製品である場合に
ついて説明する。本実施形態の噴射製品は、害虫忌避組成物が充填されたポンプ容
器と、ポンプ容器に取り付けられ、噴口が形成されたアクチュエータとを備えるポ
ンプ製品である。
【0012】
5 ・害虫忌避組成物
害虫忌避組成物は、ポンプ容器に充填される内容物であり、害虫を忌避するため
の害虫忌避成分を含む。本実施形態の害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N
-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル、p-メンタン-3,8-ジオー
ル、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキ
10 シレートからなる群から選択される少なくとも1の成分を含む。これら害虫忌避成
分は、蚊、ブヨ、サシバエ、イエダニ、ナンキンムシ等の衛生害虫に加え、ユスリ
カ、チョウバエ等の不快害虫も好適に忌避し得る。ところで、これら害虫忌避成分
は、一般に、噴射された後に経時的に微粒子化され続けると、使用者やその周囲の
者(以下、使用者等ともいう)の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい。その結果、使用
15 者等は、粘膜に違和感を感じたり、咳き込んだりしやすい。なお、このような課題
は、他の害虫忌避成分では生じにくく、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)ア
ミノプロピオン酸エチルエステル、p-メンタン-3,8-ジオールおよび1-メ
チルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートに
特有の課題である。しかしながら、本実施形態の噴射製品は、このような粘膜を刺
20 激しやすい成分が含まれる場合であっても、後述するとおり、噴射された際の害虫
忌避組成物の粒子径比が特定の範囲となるよう調整されているため、使用者等の粘
膜を刺激しにくい。
【0013】
害虫忌避成分の含有量は特に限定されない。一例を挙げると、害虫忌避成分の含
25 有量は、害虫忌避組成物中、5質量%以上であることが好ましい。一方、害虫忌避
成分の含有量は、害虫忌避組成物中、50質量%以下であることが好ましく、20
質量%以下であることがより好ましい。害虫忌避成分の含有量が5質量%未満であ
る場合、噴射製品は、害虫忌避効果を充分に発揮できない可能性がある。一方、害
虫忌避成分の含有量が50質量%を超える場合、噴射製品は、期待される効力の増
加よりも使用感の低下の方が大きくなりやすい。害虫忌避成分は複数の害虫忌避成
5 分を組み合わせて使用するより、単一の害虫忌避成分を使用して5質量%以上とし
た場合の方が粘膜への刺激が強くなる傾向がある。本実施形態は、単一の害虫忌避
成分としたほうが、より粘膜への刺激感の軽減を感じやすい。
【0014】
害虫忌避組成物は、上記害虫忌避成分のほかに、噴射後の揮発を抑制するため、
10 20℃での蒸気圧が2.5kPa以下となる揮発抑制成分を好適に含む。これによ
り、噴射された害虫忌避組成物は、揮発が抑制され、粒子径が小さくなりにくい。
揮発抑制成分は特に限定されない。一例を挙げると、揮発抑制成分は、1,3-ブ
チレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、グリセリン、
ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のグリコール類、グリセリ
15 ン脂肪酸エステル等の脂肪酸エステル類、ヤシ油等の植物油、流動パラフィン、水
からなる群から選択される少なくとも1の成分である。揮発抑制成分としてこれら
の成分が含有される場合、噴射された害虫忌避組成物は、揮発がより抑制されやす
く、適用箇所を超えた範囲(たとえば噴口から30cm離れた位置)にまで噴射さ
れた場合であっても、粒子径が小さくなりにくい。
20 【0015】
揮発抑制成分が含有される場合、揮発抑制成分の含有量は特に限定されない。一
例を挙げると、揮発抑制成分の含有量は、害虫忌避組成物中、10質量%以上であ
ることが好ましく、15質量%以上であることがより好ましい。揮発抑制成分の含
有量が10質量%未満である場合、噴射製品は、揮発抑制成分を含有させることに
25 よる効果が充分に発揮できない可能性がある。
【0016】
また、本実施形態の効果を阻害しない限り、害虫忌避組成物は、従来、害虫忌避
組成物に配合される任意成分が適宜配合されてもよい。一例を挙げると、任意成分
は、上記害虫忌避成分以外の他の害虫忌避成分、上記揮発抑制成分以外の溶剤、非
イオン界面活性剤、陰イオン界面活性剤、陽イオン界面活性剤、ブチルヒドロキシ
5 トルエン等の抗酸化剤、エデト酸ナトリウム、クエン酸やアスコルビン酸等の安定
化剤、タルクや珪酸等の無機粉体、殺菌剤(防黴剤)、消臭剤、芳香剤(香料)、色
素、pH調整剤、感触付与剤、UV吸収抑制剤等である。
【0018】
溶剤としては、エタノール、イソプロピルアルコール等の低級アルコール、アセ
10 トン、ヘキサン、ジエチルエーテルが例示される。
【0019】
・ポンプ容器
噴射製品全体の説明に戻り、害虫忌避組成物は、ポンプ容器に充填される。ポン
プ容器は、特に限定されない。一例を挙げると、ポンプ容器は、上部に開口が形成
15 された略円筒状の容器である。開口は、害虫忌避組成物を充填するための充填口で
あり、害虫忌避組成物が充填されたのち、後述するアクチュエータによって閉止さ
れる。
【0021】
・アクチュエータ
20 アクチュエータは、ポンプ容器の開口を閉止するとともに、ポンプ容器内に充填
された害虫忌避組成物を噴射するための部材である。アクチュエータは、ポンプ容
器内に充填された害虫忌避組成物を取り出すためのバルブ機構と、バルブ機構を作
動するためのステム機構と、ステム機構と連動し、バルブ機構によって取り出され
た害虫忌避組成物を噴射するための噴射部材とを備える。噴射部材には、害虫忌避
25 組成物を噴射するための噴口が形成されている。また、噴射部材は、使用者に操作
されるトリガー部を備える。
【0022】
本実施形態の噴射製品は、使用者によってトリガー部が操作されることにより、
ステム機構およびバルブ機構が作動し、ポンプ容器から害虫忌避組成物を取り出し
て、噴射部材の噴口から噴射することができる。噴口から噴射される害虫忌避組成
5 物は、所定の粒子径に調整され、霧状に噴射される。
【0023】
本実施形態の噴射製品によって噴射される害虫忌避組成物は、噴口から15cm
離れた位置における50%平均粒子径r 15 と、噴口から30cm離れた位置におけ
る50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30/r15)が、0.6以上となるよう調整
10 されればよく、1.0以上となるよう調整されることが好ましい。なお、本実施形
態において、噴口から15cmという距離は、噴射製品を使用する使用者が適用箇
所(皮膚や髪等)に噴射する場合の距離が想定されている。また、本実施形態にお
いて、噴口から30cmという距離は、噴射された害虫忌避組成物のうち、適用箇
所に付着せずに、さらに離れた位置に到達した際の距離を想定している。このよう
15 な離れた位置では、従来の害虫忌避組成物は、粒子径が小さくなりやすく、使用者
等の粘膜を刺激しやすいと考えられた。しかしながら、本実施形態の噴射製品は、
粒子径比(r30/r15)が0.6以上となるよう調整されている。そのため、噴射さ
れた害虫忌避組成物は、噴口から30cm離れた位置であっても粒子径が維持され
たままである。その結果、噴射製品は、粘膜を刺激しやすい上記特定の害虫忌避成
20 分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減され得る。なお、噴射さ
れた害虫忌避組成物の粒子径および粒子径比(r 30/r15)は、レーザー光回折式粒
度測定装置(LDSA-1400A マイクロトラック・ベル(株)製)を用いて
測定し得る。
【0024】
25 このように、本実施形態の噴射製品は、噴射された害虫忌避組成物の粒子径比(r
30 /r15)が0.6以上に調整されていればよく、このような粒子径比を上記範囲に
調整する方法は特に限定されない。一例を挙げると、害虫忌避組成物の粒子径比(r
30 /r15) 害虫忌避組成物の処方
は、 (たとえばそれぞれの成分の種類および含有量、
忌避抑制成分の有無および含有量等)、アクチュエータの形状、寸法(たとえば噴口
の大きさ、形状等)、または、単位時間当たりの噴射量(噴射速度)、噴射圧等の各
5 種物性が調整されることにより調整されればよい。一例を挙げると、アクチュエー
タの形状は、トリガータイプ、フィンガーポンプタイプ等であってもよい。これら
のアクチュエータの噴口の大きさは、φ0.1~1.0mmであってもよく、噴口
は複数であってもよい。ディップチューブの内径は1~10mmであってもよく、
1~5mmが好ましく、1~3mmがより好ましい。1回噴射当たりの噴射量は、
10 0.05~3.0mLであってもよく、0.05~1.5mLが好ましく、0.0
5~0.5mLであることがより好ましい。噴射角は10~80°が好ましく、2
0~70°がより好ましい。蓄圧式ポンプの場合、1秒当たりの噴射量は、0.1
~5.0gであってもよい。噴射圧は、デジタルフォースゲージ(DS2-2N (株)
イマダ製)で15cmの距離から測定した場合において0.01~0.50Nであっ
15 てもよい。
【0026】
本実施形態の噴射製品によって噴射された害虫忌避組成物は、噴口から30cm
離れた位置における50%平均粒子径r 30 が50μm以上であればよく、70μm
以上であることが好ましく、100μm以上であることがより好ましい。また、5
20 0%平均粒子径r30 が300μm以下であることが好ましく、200μm以下であ
ることがより好ましく、150μm以下であることがさらに好ましい。50%平均
粒子径r 30 が50μm未満である場合、使用者等は、粘膜が刺激されやすい。
【0028】
以上、本実施形態の噴射製品(ポンプ製品)によれば、粘膜を刺激しやすい上記
25 特定の害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、噴射された害虫忌避組成物
は、噴射後に粒子径比(r 30/r 15)が0.6以上に維持されているため、粘膜への
刺激が低減され得る。
【0042】
<噴射方法>
本発明の一実施形態の噴射方法は、害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填さ
5 れ、害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射製品を用いて害虫忌避組成物
を噴射する噴射方法である。また、本実施形態の噴射方法において使用される害虫
忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエ
ステル、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロ
キシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートからなる群から選択される少なく
10 とも1つの成分を含む。さらに、本実施形態の噴射方法は、噴口から15cm離れ
た位置における噴射された害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 15 と、噴口から3
0cm離れた位置における噴射された害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との
粒子径比(r30/r 15)が、0.6以上となるように害虫忌避組成物を噴射する。
【0044】
15 本実施形態の噴射方法によれば、粘膜を刺激しやすい上記特定の害虫忌避成分が
配合されているにもかかわらず、噴射された害虫忌避組成物は、噴射後に粒子径比
(r30/r15)が0.6以上に維持されるよう噴射される。その結果、本実施形態の
噴射方法によって噴射された害虫忌避組成物は、使用者等の粘膜を刺激しにくい。
【実施例】
20 【0046】
<ポンプ製品>
使用したポンプ製品の詳細を以下に示す。
(ポンプ製品1)
ポンプ製品1は、実施例1~10、14、比較例1~6、8および参考例1にお
25 いて使用した。ポンプ製品1は、以下のアクチュエータ1を備える。ポンプ製品1
の内容積は約240mLである。以下の実施例および比較例では、約150mLの
害虫忌避組成物を充填した。
アクチュエータ1:(株)三谷バルブ製(品番:Z-305-101T7)、トリ
ガー式噴射部材(品番:ND-97-0、噴口径:φ0.45mm、ディップチュー
ブ内径φ2.4mm、噴射角64°(参考値)、1回吐出量:約0.3cc)
5 (ポンプ製品2)
ポンプ製品2は、実施例11~13、比較例7において使用した。ポンプ製品2
は、以下のアクチュエータ2を備える。ポンプ製品1(判決注:
「ポンプ製品2」の
誤りと解される。)の内容積は約70mLである。以下の実施例および比較例では、
約50mLの害虫忌避組成物を充填した。
10 アクチュエータ2:(株)三谷バルブ製(品番:Z-75-C115)、プッシュ
ダウン式噴射部材(品番:ND-913、噴口径:φ0.32mm、ディップチュー
ブ内径φ2.1mm、噴射角21°(参考値)、1回吐出量:約0.075cc)
【0047】
(実施例1~14、比較例1~8、参考例1)
15 表1または表2に記載の処方にしたがって害虫忌避組成物を調製した。得られた
害虫忌避組成物を、それぞれ上記ポンプ製品1またはポンプ製品2にセット可能な
ポンプ容器に、ポンプ製品1またはポンプ製品2のディップチューブが充分に浸か
ることを確認して充填し、ポンプ製品1またはポンプ製品2を取り付け、噴射製品
を作製した。なお、表中の無水エタノール以外のそれぞれの配合成分の配合量の数
20 値の単位は、(wt/v%)である。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
25 【0050】
<50%平均粒子径>
噴射製品を25℃に保持し、レーザー光回折式粒度測定装置(LDSA-140
0A マイクロトラック・ベル(株)製)を用いて50%平均粒子径を測定した。
測定は、噴口から15cmの位置および30cmの位置から1回噴射し害虫忌避組
成物の平均粒子径を測定した。得られた測定結果に基づいて、50%平均粒子径r
5 15 と50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30/r 15)を算出した。なお、測定は5回
行い、最大値および最小値を除く3点の平均を算出した。結果を表1に示す。
【0051】
<粘膜刺激性>
噴射製品を25℃に保持し、被験者の肩口に15cmの距離から噴射し、刺激感
10 を評価させた。吐出量が同程度となるように、噴射回数は、ポンプ製品1に関して
は1回とし、ポンプ製品2に関しては4回とした。以下の評価基準にしたがって、
粘膜刺激性を評価した。評価は、10人の被験者によって行い、平均を算出した。
結果を表1に示す。
(評価基準)
15 1:粘膜刺激が感じられなかった。
2:弱い粘膜刺激が感じられた。
3:粘膜刺激が感じられた。
4:強い粘膜刺激が感じられた。
5:許容範囲を超える強い粘膜刺激が感じられた。
20 【0052】
表1に示されるように、粒子径比(r 30/r15)が0.6以上となるよう調整され
た実施例1~14の噴射製品は、N,N-ジエチル-m-トルアミド(ディート)
を配合した噴射製品(たとえば表2に示される参考例1)と同程度まで粘膜刺激が
低減された。また、たとえば実施例1~3と実施例11~13との比較から分かる
25 ように、本発明の噴射製品は、使用するポンプ製品(アクチュエータ)の寸法等(噴
射方式、噴口径、1回吐出量等の諸条件)が異なる場合であっても、粒子径比(r
30 /r15)が0.6以上となるよう調整されていることにより、粘膜刺激低減効果が
得られることがわかった。さらに、実施例5~6と比較例4との比較や、実施例7
~8と比較例5との比較、実施例14と比較例8との比較から分かるように、配合
される水や溶剤の量を調整することによっても平均粒子径r 30 を調整することがで
5 き、かつ、それによって粒子径比(r 30/r 15)が0.6以上となるよう調整されれ
ば、粘膜刺激低減効果が得られることがわかった。また、実施例4と比較例3との
比較から分かるように、実施例4の噴射製品は、平均粒子径r 30 の値が比較例3の
噴射製品より小さかったが、粒子径比(r 30/r15)が大きかった。すなわち、実施
例4の噴射製品の方が、比較例3の噴射製品よりも、経時的に微粒子化されにくく、
10 これにより粘膜刺激が低減されることが分かった。一方、表2に示されるように、
粒子径比(r 30/r 15)が0.6未満となるよう調整された比較例1~8の噴射製品
は、実施例1~14と比べ、強い粘膜刺激が感じられた。
(2) 上記(1)の記載事項によると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正
発明に関し、次のような開示があることが認められる。
15 ア 技術分野
本件訂正発明は、内容物である害虫忌避組成物が噴射された際の、使用者の鼻や
喉等の粘膜への刺激が低い噴射製品及び噴射方法に関するものである 【0001】 。
( )
イ 背景技術及び解決しようとする課題
従来、N,N-ジエチル-m-トルアミド(ディート)を配合した害虫忌避剤が
20 知られているが、ディートは皮膚吸収作用による安全性の点から、6か月未満の乳
児には使用できず、12歳未満は使用回数が制限されるため、ディートに代えて、
3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル(EB
AAP)、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-ヒド
ロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート(イカリジン)等を配合した害
25 虫忌避剤が検討されている(【0002】 。

しかしながら、ディートに代わる上記害虫忌避成分の配合された害虫忌避剤は、
例えばポンプ製品やエアゾール製品として噴射された際に、噴射された粒子が使用
者やその周囲の者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすく、その結果、使用者等は、粘膜
に違和感を感じたり、咳き込んだりしやすいという問題があった(【0004】 。

そこで、本件訂正発明は、使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分
5 が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品及び噴射方
法を提供することを課題としたものである(【0005】 。

ウ 課題を解決する手段
上記害虫忌避成分が配合されている場合における粘膜への刺激の原因について
研究した結果、噴射された害虫忌避剤の中には、皮膚や髪等の適用箇所に付着せず
10 に、適用距離(例えば噴口から15cmの距離)を超えて更に離れた位置(例えば
噴口から30cm離れた位置)に到達し、浮遊するものがあり、このような離れた
位置では、粒子径は、適用距離における粒子径よりも小さくなるため、この小さく
なった粒子が、吸引されやすく粘膜を刺激しやすいとの知見を得て、適用距離にお
ける粒子径だけでなく、適用箇所を超えた位置における粒子径も考慮し、それぞれ
15 の位置における粒子径の比が所定の値以上となるよう調整された噴射製品であれば、
粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されている場合であっても、粘膜への刺激
が低減され、上記課題を解決し得ることを見いだしたものである(【0006】 。

すなわち、上記課題を解決する本件訂正発明の噴射製品は、害虫忌避成分を含む
害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射
20 製品であり、前記害虫忌避成分が、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノ
プロピオン酸エチルエステル(EBAAP)、p-メンタン-3,8-ジオール、1
-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレー
ト(イカリジン)からなる群から選択される少なくとも1の成分であるものについ
て、①上記害虫忌避成分のほかに、噴射後の揮発を抑制するため、20℃での蒸気
25 圧が2.5kPa以下となる揮発抑制成分を、害虫忌避組成物中10質量%以上含
み、かつ、②前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組
成物の50%平均粒子径r 15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射さ
れた前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r30/r 15) 0.
が、
6以上となるよう調整され、③前記噴口から30cm離れた位置における噴射され
た前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 が、50μm以上となるよう調整さ
5 れたことを特徴とするものである(【0007】【0012】~【0015】【00
、 、
23】 。

また、粒子径比(r 30/r15)を上記範囲に調整する方法は特に限定されず、例え
ば、害虫忌避組成物の処方(例えばそれぞれの成分の種類及び含有量、忌避抑制成
分の有無、含有量等) アクチュエータの形状、 (例えば噴口の大きさ、
、 寸法 形状等)、
10 又は単位時間当たりの噴射量(噴射速度) 噴射圧等の各種物性が調整されることに

より調整できることも示されている(【0024】 。

エ 実施例
本件訂正発明の具体例として、本件明細書の実施例1~14、比較例1~8には、
トリガー式噴射部材又はプッシュダウン式噴射部材を有するアクチュエータを備え
15 るポンプ製品1又はポンプ製品2に、表1又は表2に記載の処方にしたが従って調
製した害虫忌避組成物を充填した噴射製品について、50%平均粒子径r 15 と5
0%平均粒子径r 30 を測定し、それらの粒子径比(r 30/r15)を算出した値がそれ
ぞれ示されている。
実施例1~14の噴射製品は、害虫忌避成分として、上記3成分のいずれか(実
20 施例1~4、11~14はEBAAP、実施例5~8はイカリジン、実施例9、1
0はp-メンタン-3,8-ジオール)を配合し、揮発抑制成分として、1,3-
ブチレングリコール(実施例1、2、5、7、9、11、12、14)、1,3-ブ
チレングリコール及び精製水の混合物(実施例3、6、8、10、13)又はプロ
ピレングリコール(実施例4)を10質量%以上配合した害虫忌避組成物が使用さ
25 れており、いずれの実施例も、50%平均粒子径r 30 が50μm以上で、粒子径比
(r30/r15)が0.6以上となっている。一方、比較例1~8は、害虫忌避成分と
して、上記3成分のいずれか(比較例1~3、7、8はEBAAP、比較例4、5
はイカリジン、比較例6はp-メンタン-3,8-ジオール)を含むものの、揮発
抑制成分を含まない(比較例1、4~8)か、1,3-ブチレングリコールを10
質量%未満配合した(比較例2、3)害虫忌避組成物が使用されており、いずれの
5 比較例も、本件訂正発明1における「揮発抑制成分・・・を・・・10質量%以上含み」
という特定事項を満たしておらず、かつ、
「粒子径比(r30/r15)が0.6以上」と
いう特定事項も満たさない(粒子径比(r 30 /r15)が0.6未満である。)ものと
なっている。
また、当該噴射製品を25℃に保持し、10人の被験者の肩口に15cmの距離
10 から噴射して、粘膜刺激性を評価したところ、粒子径比(r 30/r15)が0.6以上
となるよう調整された実施例1~14の噴射製品は、N,N-ジエチル-m-トル
アミド(ディート)を配合した噴射製品(表2に示される参考例1)と同程度まで
粘膜刺激が低減されたのに対し、粒子径比(r 30/r15)が0.6未満となるよう調
整された比較例1~8の噴射製品は、実施例1~14と比べ、強い粘膜刺激が感じ
15 られたとの結果が開示されている(【0046】~【0052】 。

オ 発明の効果
以上のように、本件訂正発明は、使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌
避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品及び
噴射方法を提供することができるという効果を奏する(【0009】 。

20 2 取消事由1(公然実施発明2に基づく本件訂正発明1の新規性欠如に関する
判断の誤り)について
原告は、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項のうち害虫忌避成分を「イカリ
ジン」とする部分に、優先権出願1を基礎とする優先権主張の効果は認められない
と主張するため、以下検討する。
25 (1) 特許法41条1項の規定による優先権(国内優先権)の主張を伴う後の出願
に係る発明のうち、その国内優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に
添付した明細書、特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲又は図面(以下、
これらを合わせて「当初明細書等」という。)に記載された発明については、新規性
(29条1項)、進歩性(29条2項)等の実体審査に係る規定の適用に当たり、当
該後の出願が当該先の出願の時にされたものとみなされる(特許法41条2項)。
5 そして、国内優先権主張の効果が認められるかどうかについては、後の出願の特
許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合で
あっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初明細書等に記
載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特許請求の範囲
に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載され
10 た技術的事項の範囲を超えることになる場合は、その超えた部分については優先権
主張の効果は認められないと解するのが相当である。
(2) 優先権出願1の明細書等(甲11)の概要
ア 優先権出願1の明細書及び特許請求の範囲(以下、これらを併せて「優先権
出願1の明細書等」という。)の記載事項(下記記載中に引用する表1については別
15 紙2を参照)
【請求項1】
害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する
噴口が形成された噴射製品であり、
前記害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン
20 酸エチルエステル、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2
-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートからなる群から選択され
る少なくとも1の成分であり、
前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の5
0%平均粒子径r15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記
25 害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r30/r15)が、0.6以上
となるよう調整され、
前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の5
0%平均粒子径r 30 が、50μm以上となるよう調整された、噴射製品。
【請求項2】
前記害虫忌避組成物は、さらに、噴射後の揮発を抑制するための揮発抑制成分を
5 含み、前記揮発抑制成分は、20℃での蒸気圧が2.5kPa以下である、請求項
1記載の噴射製品。
【0001】
本発明は、噴射製品および噴射方法に関する。より詳細には、本発明は、内容物
である害虫忌避組成物が噴射された際の、使用者の鼻や喉等の粘膜への刺激が低い
10 噴射製品および噴射方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、N,N-ジエチル-m-トルアミド(ディート)を配合した害虫忌避剤が
知られている。しかしながら、ディートは、皮膚吸収作用による安全性の点から、
15 6ヵ月未満の乳児には使用できず、12歳未満は使用回数が制限される。そこで、
ディートに代えて、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エ
チルエステル、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-
ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート等を配合した害虫忌避剤が
検討されている(特許文献1~3)。
20 【0004】
しかしながら、ディートに代わる上記害虫忌避成分の配合された害虫忌避剤は、
たとえばポンプ製品やエアゾール製品として噴射された際に、噴射された粒子が使
用者やその周囲の者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい。その結果、使用者等は、粘
膜に違和感を感じたり、咳き込んだりしやすい。なお、従来使用されていたディー
25 トでは、上記害虫忌避成分よりも粘膜への刺激が小さい。そのため、ディートの配
合された害虫忌避剤では、粘膜刺激に関するこのような課題はそもそも生じにくい。
【0005】
本発明は、このような従来の問題に鑑みてなされたものであり、使用者の鼻や喉
等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への
刺激が低減された噴射製品および噴射方法を提供することを目的とする。
5 【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記害虫忌避成分が配合されている場合における粘膜への刺激の
原因について鋭意研究し、以下の知見を得た。すなわち、噴射された害虫忌避剤の
中には、皮膚や髪等の適用箇所に付着せずに、適用距離(たとえば噴口から15c
10 mの距離)を超えてさらに離れた位置(たとえば噴口から30cm離れた位置)に
到達し、浮遊するものがある。このような離れた位置では、粒子径は、適用距離に
おける粒子径よりも小さくなる。その結果、小さくなった粒子は、吸引されやすく
粘膜を刺激しやすい。そこで、本発明者らは、適用距離における粒子径だけでなく、
適用箇所を超えた位置における粒子径も考慮し、それぞれの位置における粒子径の
15 比が所定の値以上となるよう調整された噴射製品であれば、粘膜を刺激しやすい害
虫忌避成分が配合されている場合であっても、粘膜への刺激が低減され、上記課題
が解決し得ることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、上記課題を解決する
本発明の噴射製品および噴射方法には、以下の構成が主に含まれる。
【0007】
20 (1) 害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射
する噴口が形成された噴射製品であり、前記害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチ
ル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル、p-メンタン-3,8-
ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカ
ルボキシレートからなる群から選択される少なくとも1の成分であり、前記噴口か
25 ら15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径
r15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物
の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30/r15)が、0.6以上となるよう調整
され、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の
50%平均粒子径r 30 が、50μm以上となるよう調整された、噴射製品。
【0008】
5 (2) 前記害虫忌避組成物は、さらに、噴射後の揮発を抑制するための揮発抑制成
分を含み、前記揮発抑制成分は、20℃での蒸気圧が2.5kPa以下である、(1)
記載の噴射製品。
【発明の効果】
【0012】
10 本発明によれば、使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合さ
れているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品および噴射方法を提
供することができる。
【0013】
<噴射製品>
15 本発明の一実施形態の噴射製品は、害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填さ
れ、害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射製品である。また、本実施形
態の噴射製品は、害虫忌避成分として、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)ア
ミノプロピオン酸エチルエステル、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチル
プロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートからな
20 る群から選択される少なくとも1の成分を含む。さらに、本実施形態の噴射製品は、
噴口から15cm離れた位置における噴射された害虫忌避組成物の50%平均粒子
径r 15 と、噴口から30cm離れた位置における噴射された害虫忌避組成物の5
0%平均粒子径r 30 との粒子径比(r30/r 15)が、0.6以上となるよう調整され
ている。なお、本実施形態の噴射製品は、噴射された際の粒子径比が特定の範囲と
25 なるよう調整されていることを特徴とする。そのため、その他の構成(たとえば噴
射製品の形状、他の成分および配合、容器内圧等の各種物性等)は、上記粒子径比
の範囲を満たすものであればよく、特に限定されない。したがって、以下の詳細な
説明のうち、害虫忌避成分および粒子径比以外の構成は、いずれも例示である。
【0014】
(第1の実施形態)
5 本実施形態では、噴射製品の一態様として、噴射製品がポンプ製品である場合に
ついて説明する。本実施形態の噴射製品は、害虫忌避組成物が充填されたポンプ容
器と、ポンプ容器に取り付けられ、噴口が形成されたアクチュエータとを備えるポ
ンプ製品である。
【0015】
10 ・害虫忌避組成物
害虫忌避組成物は、ポンプ容器に充填される内容物であり、害虫を忌避するため
の害虫忌避成分を含む。本実施形態の害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N
-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル、p-メンタン-3,8-ジオー
ル、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキ
15 シレートからなる群から選択される少なくとも1の成分を含む。これら害虫忌避成
分は、蚊、ブヨ、サシバエ、イエダニ、ナンキンムシ等の衛生害虫に加え、ユスリ
カ、チョウバエ等の不快害虫も好適に忌避し得る。ところで、これら害虫忌避成分
は、一般に、噴射された後に微粒子化されると、使用者やその周囲の者(以下、使
用者等ともいう)の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい。その結果、使用者等は、粘膜
20 に違和感を感じたり、咳き込んだりしやすい。なお、このような課題は、他の害虫
忌避成分では生じにくく、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオ
ン酸エチルエステル、p-メンタン-3,8-ジオールおよび1-メチルプロピル
2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートに特有の課題で
ある。しかしながら、本実施形態の噴射製品は、このような粘膜を刺激しやすい成
25 分が含まれる場合であっても、後述するとおり、噴射された際の害虫忌避組成物の
粒子径比が特定の範囲となるよう調整されているため、使用者等の粘膜を刺激しに
くい。
【0017】
害虫忌避組成物は、上記害虫忌避成分のほかに、噴射後の揮発を抑制するため、
20℃での蒸気圧が2.5kPa以下となる揮発抑制成分を好適に含む。これによ
5 り、噴射された害虫忌避組成物は、揮発が抑制され、粒子径が小さくなりにくい。
揮発抑制成分は特に限定されない。一例を挙げると、揮発抑制成分は、1,3-ブ
チレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、濃グリセリ
ン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、脂肪酸エステル、流動
パラフィン、植物油、水からなる群から選択される少なくとも1の成分である。揮
10 発抑制成分としてこれらの成分が含有される場合、噴射された害虫忌避組成物は、
揮発がより抑制されやすく、適用箇所を超えた範囲(たとえば噴口から30cm離
れた位置)にまで噴射された場合であっても、粒子径が小さくなりにくい。
【0018】
揮発抑制成分が含有される場合、揮発抑制成分の含有量は特に限定されない。一
15 例を挙げると、揮発抑制成分の含有量は、害虫忌避組成物中、10質量%以上であ
ることが好ましく、15質量%以上であることがより好ましい。揮発抑制成分の含
有量が10質量%未満である場合、噴射製品は、揮発抑制成分を含有させることに
よる効果が充分に発揮できない可能性がある。
【0019】
20 また、害虫忌避組成物は、従来、害虫忌避組成物に配合される任意成分が適宜配
合されてもよい。一例を挙げると、任意成分は、上記害虫忌避成分以外の他の害虫
忌避成分、上記揮発抑制成分以外の他の溶剤、非イオン界面活性剤、陰イオン界面
活性剤、陽イオン界面活性剤、ブチルヒドロキシトルエン等の抗酸化剤、エデト酸
ナトリウム、クエン酸やアスコルビン酸等の安定化剤、タルクや珪酸等の無機粉体、
25 殺菌剤(防黴剤)、消臭剤、芳香剤(香料)、色素、pH調整剤、感触付与剤、UV
吸収抑制剤等である。
【0021】
他の溶剤としては、エタノール、イソプロピルアルコール等の低級アルコール、
アセトン、ヘキサン、ジエチルエーテルが例示される。
【0022】
5 ・ポンプ容器
噴射製品全体の説明に戻り、害虫忌避組成物は、ポンプ容器に充填される。ポン
プ容器は、特に限定されない。一例を挙げると、ポンプ容器は、上部に開口が形成
された略円筒状の容器である。開口は、害虫忌避組成物を充填するための充填口で
あり、害虫忌避組成物が充填されたのち、後述するアクチュエータによって閉止さ
10 れる。
【0023】
ポンプ容器の材質は特に限定されない。一例を挙げると、ポンプ容器の材質は、
ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン、ポリエチレン等の合成樹脂である。
【0024】
15 ・アクチュエータ
アクチュエータは、ポンプ容器の開口を閉止するとともに、ポンプ容器内に充填
された害虫忌避組成物を噴射するための部材である。アクチュエータは、ポンプ容
器内に充填された害虫忌避組成物を取り出すためのバルブ機構と、バルブ機構を作
動するためのステム機構と、ステム機構と連動し、バルブ機構によって取り出され
20 た害虫忌避組成物を噴射するための噴射部材とを備える。噴射部材には、害虫忌避
組成物を噴射するための噴口が形成されている。また、噴射部材は、使用者に操作
されるトリガー部を備える。
【0025】
本実施形態の噴射製品は、使用者によってトリガー部が操作されることにより、
25 ステム機構およびバルブ機構が作動し、ポンプ容器から害虫忌避組成物を取り出し
て、噴射部材の噴口から噴射することができる。噴口から噴射される害虫忌避組成
物は、所定の粒子径に調整され、霧状に噴射される。
【0026】
本実施形態の噴射製品によって噴射される害虫忌避組成物は、噴口から15cm
離れた位置における50%平均粒子径r 15 と、噴口から30cm離れた位置におけ
5 る50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30/r15)が、0.6以上となるよう調整
されればよく、1.0以上となるよう調整されることが好ましい。なお、本実施形
態において、噴口から15cmという距離は、噴射製品を使用する使用者が適用箇
所(皮膚や髪等)に噴射する場合の距離が想定されている。また、本実施形態にお
いて、噴口から30cmという距離は、噴射された害虫忌避組成物のうち、適用箇
10 所に付着せずに、さらに離れた位置に到達した際の距離を想定している。このよう
な離れた位置では、従来の害虫忌避組成物は、粒子径が小さくなりやすく、使用者
等の粘膜を刺激しやすいと考えられた。しかしながら、本実施形態の噴射製品は、
粒子径比(r30/r15)が0.6以上となるよう調整されている。そのため、噴射さ
れた害虫忌避組成物は、噴口から30cm離れた位置であっても粒子径が維持され
15 たままである。その結果、噴射製品は、粘膜を刺激しやすい上記特定の害虫忌避成
分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減され得る。なお、噴射さ
れた害虫忌避組成物の粒子径および粒子径比(r 30/r15)は、たとえばレーザー光
回折式粒度測定装置(LDSA-1400A マイクロトラック・ベル(株)製)
を用いて測定し得る。
20 【0027】
このように、本実施形態の噴射製品は、噴射された害虫忌避組成物の粒子径比(r
30 /r15)が0.6以上に調整されていればよく、このような粒子径比を上記範囲に
調整する方法は特に限定されない。一例を挙げると、害虫忌避組成物の粒子径比(r
30 /r15) 害虫忌避組成物の処方
は、 (たとえばそれぞれの成分の種類および含有量、
25 忌避抑制成分の有無および含有量等)、アクチュエータの形状、寸法(たとえば噴口
の大きさ、形状等)、または、単位時間当たりの噴射量(噴射速度)、噴射圧等の各
種物性が調整されることにより調整されればよい。一例を挙げると、アクチュエー
タの形状は、トリガータイプ、フィンガーポンプタイプ等であってもよい。これら
のアクチュエータの噴口の大きさは、φ0.1~1.0mmであってもよく、噴口
は複数であってもよい。1回噴射当たりの噴射量は、0.05~3.0mlであっ
5 てもよい。蓄圧式ポンプの場合、1秒当たりの噴射量は、0.1~5.0gであっ
てもよい。噴射圧は、デジタルフォースゲージ(DS2-2N (株)イマダ製)
で15cmの距離から測定した場合において0.01~0.50Nであってもよい。
【0045】
<噴射方法>
10 本発明の一実施形態の噴射方法は、害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填さ
れ、害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射製品を用いて害虫忌避組成物
を噴射する噴射方法である。また、本実施形態の噴射方法において使用される害虫
忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエ
ステル、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロ
15 キシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートからなる群から選択される少なく
とも1の成分を含む。さらに、本実施形態の噴射方法は、噴口から15cm離れた
位置における噴射された害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 15 と、噴口から30
cm離れた位置における噴射された害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒
子径比(r30/r15)が、0.6以上となるように害虫忌避組成物を噴射する。
20 【0047】
本実施形態の噴射方法によれば、粘膜を刺激しやすい上記特定の害虫忌避成分が
配合されているにもかかわらず、噴射された害虫忌避組成物は、噴射後に粒子径比
(r30/r15)が0.6以上に維持されるよう噴射される。その結果、本実施形態の
噴射方法によって噴射された害虫忌避組成物は、使用者等の粘膜を刺激しにくい。
25 【実施例】
【0049】
<ポンプ製品>
使用したポンプ製品の詳細を以下に示す。
(ポンプ製品1)
アクチュエータ:
(株)三谷バルブ製(品番:Z-305-101T7)、トリガー
5 式噴射部材(品番:ND-97-0、噴口径:φ0.45mm、1回吐出量:約0.
3cc)
【0050】
(実施例1~4、比較例1~3)
表1に記載の処方にしたがって害虫忌避組成物を調製した。得られた害虫忌避組
10 成物を、上記ポンプ製品1にセット可能な内容積約240mlのポンプ容器に、ポ
ンプ製品1のディップチューブが充分に浸かることを確認して約150ml充填し、
ポンプ製品1を取り付け、噴射製品を作製した。なお、表中の無水エタノール以外
のそれぞれの配合成分の配合量の数値の単位は、(wt/v%)である。
【0051】
15 【表1】
【0052】
<50%平均粒子径>
噴射製品を25℃に保持し、レーザー光回折式粒度測定装置(LDSA-140
0A マイクロトラック・ベル(株)製)を用いて50%平均粒子径を測定した。
20 測定は、噴口から15cmの位置および30cmの位置から1回噴射し害虫忌避組
成物の平均粒子径を測定した。得られた測定結果に基づいて、50%平均粒子径r
15 と50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30/r 15)を算出した。なお、測定は5回
行い、最大値および最小値を除く3点の平均を算出した。結果を表1に示す。
【0053】
25 <粘膜刺激性>
噴射製品を25℃に保持し、被験者の肩口に15cmの距離から1回噴射し、刺
激感を評価させた。以下の評価基準にしたがって、粘膜刺激性を評価した。評価は、
10人の被験者によって行い、平均を算出した。結果を表1に示す。
(評価基準)
1:粘膜刺激が感じられなかった。
5 2:弱い粘膜刺激が感じられた。
3:粘膜刺激が感じられた。
4:強い粘膜刺激が感じられた。
5:許容範囲を超える強い粘膜刺激が感じられた。
【0054】
10 表1に示されるように、粒子径比(r 30/r15)が0.6以上となるよう調整され
た実施例1~4の噴射製品は、粘膜刺激が低減された。一方、粒子径比(r 30/r 15)
が0.6未満となるよう調整された比較例1~3の噴射製品は、実施例1~4と比
べ、強い粘膜刺激が感じられた。
イ 優先権出願1の明細書等の記載内容の概要
15 前記アの記載事項によると、優先権出願1の明細書等には概略、以下の事項が記
載されていることが認められる。
(ア) 技術分野
優先権出願1の明細書等に記載された発明は、内容物である害虫忌避組成物が噴
射された際の、使用者の鼻や喉等の粘膜への刺激が低い噴射製品及び噴射方法に関
20 するものである(【0001】 。

(イ) 背景技術及び解決しようとする課題
従来、N,N-ジエチル-m-トルアミド(ディート)を配合した害虫忌避剤が
知られているが、ディートは皮膚吸収作用による安全性の点から、6か月未満の乳
児には使用できず、12歳未満は使用回数が制限されるため、ディートに代えて、
25 3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル(EB
AAP)、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-ヒド
ロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート(イカリジン)を配合した害虫
忌避剤が検討されている(【0002】 。

しかしながら、ディートに代わる上記害虫忌避成分の配合された害虫忌避剤は、
例えばポンプ製品やエアゾール製品として噴射された際に、噴射された粒子が使用
5 者やその周囲の者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすく、その結果、使用者等は、粘膜
に違和感を感じたり、咳き込んだりしやすいという問題があった(【0004】 。

そこで、優先権出願1の明細書等においては、使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激し
やすい害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された
噴射製品及び噴射方法を提供することを課題としたものである(【0005】 。

10 (ウ) 課題を解決する手段
上記害虫忌避成分が配合されている場合における粘膜への刺激の原因について
研究した結果、噴射された害虫忌避剤の中には、皮膚や髪等の適用箇所に付着せず
に、適用距離(例えば噴口から15cmの距離)を超えて更に離れた位置(例えば
噴口から30cm離れた位置)に到達し、浮遊するものがあり、このような離れた
15 位置では、粒子径は、適用距離における粒子径よりも小さくなるため、この小さく
なった粒子が、吸引されやすく粘膜を刺激しやすいとの知見を得て、適用距離にお
ける粒子径だけでなく、適用箇所を超えた位置における粒子径も考慮し、それぞれ
の位置における粒子径の比が所定の値以上となるよう調整された噴射製品であれば、
粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されている場合であっても、粘膜への刺激
20 が低減され、上記課題を解決し得ることを見いだしたものである(【0006】 。

すなわち、上記課題を解決する優先権出願1の明細書等に記載の噴射製品は、害
虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する噴口
が形成された噴射製品であり、前記害虫忌避成分が、3-(N-n-ブチル-N-
アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル(EBAAP)、p-メンタン-3,
25 8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジ
ンカルボキシレート(イカリジン)からなる群から選択される少なくとも1の成分
であるものについて、さらに、①噴射後の揮発を抑制するため、20℃での蒸気圧
が2.5kPa以下となる揮発抑制成分を、害虫忌避組成物中10質量%以上含み、
かつ、②前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物
の50%平均粒子径r 15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された
5 前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30/r15)が、0.6
以上となるよう調整され、③前記噴口から30cm離れた位置における噴射された
前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 が、50μm以上となるよう調整され
たという特徴を有するものである(【0007】【0008】【0013】~【00
、 、
15】 【0017】 【0018】 【0026】 。
、 、 、 )
10 そして、その効果を発揮するメカニズムとして、噴射された害虫忌避剤の中には、
皮膚や髪等の適用箇所に付着せずに、適用距離(例えば噴口から15cmの距離)
を超えて更に離れた位置(例えば噴口から30cm離れた位置)に到達し、浮遊す
るものがあり、そのような離れた位置では、粒子径が小さくなるため、粘膜刺激を
起こしやすいため、害虫忌避組成物中に揮発抑制成分を添加して、適用距離におけ
15 る粒子径だけでなく、それを超えた位置における粒子径にも注意を払い、当該粒子
径が小さくなりすぎないよう、50%平均粒子径r 30 と粒子径比(r 30/r 15)がそ
れぞれ所定の値以上(粒子径比(r 30/r 15)が0.6以上、50%平均粒子径r 30 が
50μm以上)となるよう調整したことが説明されている【0006】 0017】
( 、
【 、
【0026】 。

20 また、粒子径比(r 30/r15)を上記範囲に調整する方法は特に限定されず、例え
ば、害虫忌避組成物の処方(例えばそれぞれの成分の種類及び含有量、忌避抑制成
分の有無、含有量等) アクチュエータの形状、 (例えば噴口の大きさ、
、 寸法 形状等)、
又は単位時間当たりの噴射量(噴射速度) 噴射圧等の各種物性が調整されることに

より調整できることも示されている(【0027】 。

25 (エ) 実施例
優先権出願1の明細書等に記載された発明の具体例として、優先権出願1の明細
書等の実施例1~4、比較例1~3には、トリガー式噴射部材を有するアクチュエー
タを備えるポンプ製品1に、表1に記載の処方に従って調製した害虫忌避組成物を
充填した噴射製品について、50%平均粒子径r15 と50%平均粒子径r 30 を測定
し、それらの粒子径比(r 30/r15)を算出した値がそれぞれ示されている。
5 実施例1~4の噴射製品は、害虫忌避成分としてEBAAPを、揮発抑制成分と
して、1,3-ブチレングリコール(実施例1、2)、1,3-ブチレングリコール
及び精製水の混合物(実施例3)又はプロピレングリコール(実施例4)を10質
量%以上配合した害虫忌避組成物が使用されており、いずれの実施例も、50%平
均粒子径r30 が50μm以上で、粒子径比(r30/r15)が0.6以上となっている。
10 一方、比較例1~3は、害虫忌避成分としてEBAAPを含むものの、揮発抑制成
分を含まない(比較例1)か、1,3-ブチレングリコールを10質量%未満配合
した(比較例2、3)害虫忌避組成物が使用されており、いずれの比較例も、優先
権出願1の明細書等に記載された発明における「揮発抑制成分・・・を・・・10質量%
以上含み」という特定事項を満たしておらず、かつ、
「粒子径比(r 30/r15)が0.
15 6以上」という特定事項も満たさない(粒子径比(r 30/r15)が0.6未満である。)
ものとなっている。
また、当該噴射製品を25℃に保持し、10人の被験者の肩口に15cmの距離
から噴射して、粘膜刺激性を評価したところ、粒子径比(r30/r15)が0.6以上
となるよう調整された実施例1~4の噴射製品は、粘膜刺激が低減されたのに対し、
20 粒子径比(r30/r 15)が0.6未満となるよう調整された比較例1~3の噴射製品
は、実施例1~4と比べ、強い粘膜刺激が感じられたとの結果が開示されている【0

049】~【0054】 。

(オ) 発明の効果
以上のように、優先権出願1の明細書等に記載された発明は、使用者の鼻や喉等
25 の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺
激が低減された噴射製品及び噴射方法を提供することができるという効果を奏する
(【0012】 。

(3) 優先権出願2の明細書等(甲12)の概要
ア 優先権出願2の明細書及び特許請求の範囲(以下、これらを併せて「優先権
出願2の明細書等」いう。)の記載事項
5 実施例以外の記載事項(【0001】~【0047】)は、前記(2)アの優先権出願
1の明細書における同じ項目番号部分の記載を含み、同一の記載である(下記記載
中に引用する表1及び2については別紙3を参照)。
【請求項1】
害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射す
10 る噴口が形成された噴射製品であり、
前記害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオ
ン酸エチルエステル、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-
(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートからなる群から選択
される少なくとも1の成分であり、
15 前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の
50%平均粒子径r 15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前
記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30/r15)が、0.6以
上となるよう調整され、
前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の
20 50%平均粒子径r 30 が、50μm以上となるよう調整された、噴射製品。
【請求項2】
前記害虫忌避組成物は、さらに、噴射後の揮発を抑制するための揮発抑制成分
を含み、前記揮発抑制成分は、20℃での蒸気圧が2.5kPa以下である、請求
項1記載の噴射製品。
25 【実施例】
【0049】
<ポンプ製品>
使用したポンプ製品の詳細を以下に示す。
(ポンプ製品1)
ポンプ製品1は、実施例1~8、比較例1~5および参考例1において使用した。
5 ポンプ製品1は、以下のアクチュエータ1を備える。ポンプ製品1の内容積は約2
40mLである。以下の実施例および比較例では、約150mLの害虫忌避組成物
を充填した。
アクチュエータ1:(株)三谷バルブ製(品番:Z-305-101T7)、トリ
ガー式噴射部材(品番:ND-97-0、噴口径:φ0.45mm、1回吐出量:
10 約0.3cc)
(ポンプ製品2)
ポンプ製品2は、実施例9~11、比較例6において使用した。ポンプ製品2は、
以下のアクチュエータ2を備える。ポンプ製品1(判決注:
「ポンプ製品2」の誤り
と解される。)の内容積は約70mLである。以下の実施例および比較例では、約5
15 0mLの害虫忌避組成物を充填した。
アクチュエータ2:(株)三谷バルブ製(品番:Z-75-C115)、プッシュ
ダウン式噴射部材(品番:ND-913、噴口径:φ0.32mm、1回吐出量:
約0.075cc)
【0050】
20 (実施例1~11、比較例1~6、参考例1)
表1または表2に記載の処方にしたがって害虫忌避組成物を調製した。得られた
害虫忌避組成物を、それぞれ上記ポンプ製品1またはポンプ製品2にセット可能な
ポンプ容器に、ポンプ製品1またはポンプ製品2のディップチューブが充分に浸か
ることを確認して充填し、ポンプ製品1またはポンプ製品2を取り付け、噴射製品
25 を作製した。なお、表中の無水エタノール以外のそれぞれの配合成分の配合量の数
値の単位は、(wt/v%)である。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
5 【0053】
<50%平均粒子径>・・・(略。前記(2)ア【0052】と同じ)
【0054】
<粘膜刺激性>
噴射製品を25℃に保持し、被験者の肩口に15cmの距離から噴射し、刺激感
10 を評価させた。吐出量が同程度となるように、噴射回数は、ポンプ製品1に関して
は1回とし、ポンプ製品2に関しては4回とした。以下の評価基準にしたがって、
粘膜刺激性を評価した。評価は、10人の被験者によって行い、平均を算出した。
結果を表1に示す。
(評価基準)
15 1:粘膜刺激が感じられなかった。
2:弱い粘膜刺激が感じられた。
3:粘膜刺激が感じられた。
4:強い粘膜刺激が感じられた。
5:許容範囲を超える強い粘膜刺激が感じられた。
20 【0055】
表1に示されるように、粒子径比(r 30/r15)が0.6以上となるよう調整され
た実施例1~11の噴射製品は、N,N-ジエチル-m-トルアミド(ディート)
を配合した噴射製品(たとえば表2に示される参考例1)と同様に、粘膜刺激が低
減された。すなわち、実施例1~11の噴射製品は、N,N-ジエチル-m-トル
25 アミド(ディート)を配合した噴射製品よりも皮膚吸収作用による安全性が高く、
かつ、同程度の粘膜刺激低減効果が得られることがわかった。また、たとえば実施
例1~3と実施例9~11との比較から分かるように、本発明の噴射製品は、使用
するポンプ製品(アクチュエータ)の寸法等(噴射方式、噴口径、1回吐出量等の
諸条件)が異なる場合であっても、粒子径比(r 30/r 15)が0.6以上となるよう
調整されていることにより、粘膜刺激低減効果が得られることがわかった。さらに、
5 実施例5~6および比較例4との比較や、実施例7~8および比較例5の比較から
分かるように、配合される水や溶剤の量を調整することによっても平均粒子径r 30
を調整することができ、かつ、それによって粒子径比(r 30/r 15)が0.6以上と
なるよう調整されれば、粘膜刺激低減効果が得られることがわかった。一方、表2
に示されるように、粒子径比(r 30/r15)が0.6未満となるよう調整された比較
10 例1~6の噴射製品は、実施例1~11と比べ、強い粘膜刺激が感じられた。
イ 優先権出願2の明細書等の記載事項の概要
(ア) 前記アの記載事項によると、優先権出願2の明細書等には概略、前記(2)イ
(ア)~(ウ)及び(オ)と同一の事項が記載されているほか、実施例として以下の記載が
あることが認められる。
15 (イ) 実施例
優先権出願2の明細書等に記載された発明の具体例として、優先権出願2の明細
書等の実施例1~11、比較例1~6には、トリガー式噴射部材又はプッシュダウ
ン式噴射部材を有するアクチュエータを備えるポンプ製品1又はポンプ製品2に、
表1又は表2に記載の処方に従って調製した害虫忌避組成物を充填した噴射製品に
20 ついて、50%平均粒子径r15 と50%平均粒子径r30 を測定し、それらの粒子径比
(r30/r15)を算出した値がそれぞれ示されている。
実施例1~5、7、9及び10の噴射製品(実施例6、8、11は、揮発抑制成
分の含有量が10質量%未満であるので、実施例から除外している。)は、害虫忌避
成分として、実施例1~4、9、10ではEBAAP、実施例5、7ではイカリジ
25 ンを配合し、揮発抑制成分として、1,3-ブチレングリコール(実施例1、2、
5、7、9、10)、1,3-ブチレングリコール及び精製水の混合物(実施例3)
又はプロピレングリコール(実施例4)を10質量%以上配合した害虫忌避組成物
が使用されており、いずれの実施例も、50%平均粒子径r 30 が50μm以上で、
粒子径比(r30/r 15)が0.6以上となっている。一方、比較例1~6は、害虫忌
避成分としてEBAAP又はイカリジン(比較例1~3、6はEBAAP、比較例
5 4、5はイカリジン)を含むものの、揮発抑制成分を含まない(比較例1、4、5、
6)か、1,3-ブチレングリコールを10質量%未満配合した(比較例2、3)
害虫忌避組成物が使用されており、いずれの比較例も、本件訂正発明1における「揮
発抑制成分・・・を・・・10質量%以上含み」という特定事項を満たしておらず、かつ、
「粒子径比(r 30/r15)が0.6以上」という特定事項も満たさない(粒子径比(r
10 30 /r15)が0.6未満である。)ものとなっている。
また、当該噴射製品を25℃に保持し、10人の被験者の肩口に15cmの距離
から噴射して、粘膜刺激性を評価したところ、粒子径比(r30/r15)が0.6以上
となるよう調整された実施例1~5、7、9及び10の噴射製品は、N,N-ジエ
チル-m-トルアミド(ディート)を配合した噴射製品(表2に示される参考例1)
15 と同程度まで粘膜刺激が低減されたのに対し、粒子径比(r30/r15)が0.6未満
となるよう調整された比較例1~6の噴射製品は、実施例1~5、7、9及び10
と比べ、強い粘膜刺激が感じられたとの結果が開示されている(【0047】~【0
055】 。

(4) 本件訂正発明1(害虫忌避成分が「イカリジン」である場合を含む)の要旨
20 となる技術的事項が、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項の範囲を超
えるものであるか
ア 上記(2)イで認定したとおり、優先権出願1の明細書等には、ディートに代わ
る害虫忌避成分として、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン
酸エチルエステル(EBAAP)、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプ
25 ロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート(イカリ
ジン)に共通して、
「使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合さ
れているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品および噴射方法を提
供する」という課題を有し、前記(2)イ(ウ)に認定した①~③の特徴を有すること、
すなわち、所定量の揮発抑制成分を添加するなどして、50%平均粒子径r 30 と粒
子径比(r 30/r15)がそれぞれ所定の値以上(粒子径比(r 30/r15)が0.6以上、
5 50%平均粒子径r 30 が50μm以上)となるよう調整することにより、上記課題
を解決することが記載されている。
また、前記1(2)ア~ウ及びオのとおり、本件訂正発明1に関する背景技術、課題、
解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件の技術的意義につ
いては、本件明細書の【0001】 【0002】 【0004】~【0007】 【0
、 、 、
10 009】 【0012】~【0015】 【0023】及び【0024】等に記載され
、 、
ているが、ほぼ同一の記載が、前記(2)イ(ア)~(ウ)及び(オ)のとおり、優先権出願1
の明細書の【0001】 【0002】 【0004】~【0008】 【0012】~
、 、 、
【0015】 【0017】 【0018】 【0026】及び【0027】において記
、 、 、
載されていたものといえる。
15 イ また、本件訂正発明1の発明特定事項は、いずれも優先権出願1の特許請求
の範囲の請求項1又は2に記載されており、害虫忌避成分としてEBAAPと同様
にイカリジンも明記されていたものといえる。
ウ 前記(2)イ(エ)及び(3)イ(イ)のとおり、優先権出願1の明細書等において、実
施例として記載されているのは、害虫忌避成分としてEBAAPを含む噴射製品の
20 みであり、害虫忌避成分としてイカリジンを含む噴射製品に係る実施例は、優先権
出願2の明細書等(実施例5及び7)により追加されたものであるが、当該実施例
は、本件訂正発明1の実施に係る具体例であるとともに、優先権出願1の特許請求
の範囲の請求項1又は2に発明特定事項が記載されていた発明の実施に係る具体例
を確認的に記載したものと理解できるから、優先権出願1の明細書等に記載された
25 技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
エ したがって、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項は、イカリジンを含む
部分も含めて優先権出願1の明細書等において記載された技術的事項の範囲を超え
るものではないから、本件訂正発明1は、害虫忌避成分をイカリジンとする部分に
ついても、優先権出願1に基づく国内優先権主張の効果が認められる。
(5) 原告の主張について
5 ア 害虫忌避成分をイカリジンとする部分は本件第1優先日時点で完成してい
るかについて(前記第3の1(1)イの主張について)
まず、国内優先権主張の効果が認められるかどうかは、前記2(1)の説示のとおり、
後の出願の特許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものと
いえる場合であっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初
10 明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特
許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書
等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合は、その超えた部分につ
いては優先権主張の効果は認められないと解するのが相当である。
この点、優先権出願1の明細書等において、実施例として記載されているのは、
15 害虫忌避成分としてEBAAPを含む噴射製品のみであり、害虫忌避成分としてイ
カリジンを含む噴射製品に係る実施例自体は、優先権出願2の明細書等(実施例5
及び7)により追加されたものであるものの、優先権出願1の特許請求の範囲の請
求項1又は2に発明特定事項が記載されていた発明の実施に係る具体例を確認的に
記載したものと理解できるから、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項
20 との関係において、新たな技術的事項を導入するものではないことは前記(4)の判
断のとおりである。
そして、前記のとおり、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1に関する
背景技術、課題、解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件
の技術的意義が記載されており、これらはEBAAP、p-メンタン-3,8-ジ
25 オール及びイカリジンに共通して適用されることも把握できるものといえる。すな
わち、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1について、害虫忌避成分をイ
カリジンとする部分を含めて、その技術内容が、当該の技術分野における通常の知
識を有する者(当業者)が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる
程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていると認められる。
これに対し、原告は、EBAAPとイカリジンとは物質として害虫忌避作用があ
5 るということのほかには類似性がないこと等により、イカリジンを害虫忌避成分と
する場合にEBAAPと同様の結果となるかどうかは判断できず、優先権出願2の
出願時にイカリジンに関する実施例を追加することで、初めて実験による技術上の
裏付けがされ完成したものであることを主張する。
この点、本件訂正発明1では、害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 が、成分
10 の揮発によって小さくなることを抑制するために、蒸気圧が小さい揮発抑制成分(2
0℃での蒸気圧が2.5kPa以下)を配合しているところ(本件明細書の【00
14】 、一般に、物質の揮発しやすさ(揮発性、揮発度ともいう。
) )は、その成分の
蒸気圧によって決定されるものであり(甲64) 蒸気圧が小さいものは揮発しにく

く、蒸気圧が大きいものは揮発しやすいものであるといえる。そこで、20℃にお
15 けるEBAAPやイカリジンの蒸気圧についてみると、EBAAPが0.0001
5kPa(=0.15Pa、甲27) イカリジンが0.
、 000034kPa(=3.
4×10 -4hPa、甲28)であるのに対し、揮発抑制成分の蒸気圧は、1,3-
ブチレングリコールが0.008kPa(=0.08hPa、甲39)、プロピレン
グリコールが0.0107kPa(=0.08mmHg、甲40)、水が2.336
20 6kPa(甲3の1・2)であり、溶剤の蒸気圧は、無水エタノールが5.8kP
a(甲65)であって、EBAAPとイカリジンの蒸気圧は、揮発抑制成分の蒸気
圧や溶剤の蒸気圧に比べて極めて小さいものといえる。これらのことからすると、
EBAAPとイカリジンはほとんど揮発しないという点では変わりがないから、両
者の蒸気圧の違いは、粒子径比(r 30/r15)や50%平均粒子径r 30 に対して与え
25 る影響を無視できるものといえる。そうすると、当業者は、EBAAPとイカリジ
ンの蒸気圧を考慮すると、害虫忌避成分としてEBAAPとイカリジンのいずれを
使用しても、害虫忌避成分の揮発による粒子径や粒子径比(r 30/r15)への影響は
変わらないものと理解できる。
したがって、本件訂正発明1のうち害虫忌避成分をイカリジンとする部分は、少
なくとも優先権出願2におけるイカリジンに関する実施例を追加することで、初め
5 て実験による技術上の裏付けがなされ完成したものであるとする原告の主張は採用
できない。
イ 「実施可能であるか」について(前記第3の1(1)ウの主張)
(ア) 前記(1)の「後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨とする技術
的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項を超える」ものか否か
10 という判断は、実施例が追加された後の出願の特許請求の範囲に記載された発明が
先の出願の当初明細書等の記載事項との関係において実施可能であるかを判断する
ものと解される。
(イ) 優先権出願1の明細書等には、EBAAP、p-メンタン-3,8-ジオー
ル又はイカリジンを含む害虫忌避成分について、噴射された粒子が使用者やその周
15 囲の者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすく、その結果、使用者等は、粘膜に違和感を
感じたり、咳き込んだりしやすいという問題があることから、使用者の鼻や喉等の
粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激
が低減された噴射製品及び噴射方法を提供することを課題とするものであり、この
課題を解決するために、優先権出願1の明細書等に記載された発明は、前記害虫忌
20 避成分を含むものについて、さらに、①噴射後の揮発を抑制するため、20℃での
蒸気圧が2.5kPa以下となる揮発抑制成分を、害虫忌避組成物中10質量%以
上含み、かつ、②前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌
避組成物の50%平均粒子径r 15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴
射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30/r 15)が、
25 0.6以上となるよう調整され、③前記噴口から30cm離れた位置における噴射
された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 が、50μm以上となるよう調
整されたという特徴を有するものであることが記載されている。そして、その効果
を発揮するメカニズムとして、噴射された害虫忌避剤の中には、皮膚や髪等の適用
箇所に付着せずに、適用距離(例えば噴口から15cmの距離)を超えて更に離れ
た位置(例えば噴口から30cm離れた位置)に到達し、浮遊するものがあり、そ
5 のような離れた位置では、粒子径が小さくなるため、粘膜刺激を起こしやすく、害
虫忌避組成物中に揮発抑制成分を添加して、適用距離における粒子径だけでなく、
それを超えた位置における粒子径にも注意を払い、当該粒子径が小さくなりすぎな
いよう、50%平均粒子径r 30 と粒子径比(r30/r 15)がそれぞれ所定の値以上(粒
子径比(r30/r15)が0.6以上、50%平均粒子径r 30 が50μm以上)となる
10 よう調整したことが説明されている。
また、優先権出願1の明細書等の【0013】~【0031】に、本件訂正発明
1に係る噴射製品の組成物の各成分の説明及びポンプの構造の説明が詳細に記載さ
れており、
【0017】及び【0018】には、揮発抑制成分を配合することで、噴
射後の揮発が抑制され、適用箇所を超えた範囲(例えば、噴口から30cm)にま
15 で噴射された場合であっても粒子径が小さくなりにくいことや揮発抑制成分の配合
量が記載されており、また、
【0027】には、粒子径比(r 30/r15)を上記範囲に
調整する方法は特に限定されず、例えば、害虫忌避組成物の処方(例えばそれぞれ
の成分の種類及び含有量、忌避抑制成分の有無、含有量等) アクチュエータの形状、

寸法(例えば噴口の大きさ、形状等)、又は単位時間当たりの噴射量(噴射速度)、
20 噴射圧等の各種物性が調整されることにより調整できることも示されている。
さらに、優先権出願1の明細書等の【0051】の表1の実施例及び比較例を見
ると、害虫忌避成分としてEBAAPを、揮発抑制成分として、1,3-ブチレン
グリコール、プロピレングリコール又は水の少なくとも1の成分を10質量%以上
配合した害虫忌避組成物が充填された噴射製品が記載されており、実施例1及び2
25 並びに比較例1~3から、揮発抑制成分の含有量が増えるほど揮発による50%平
均粒子径r30 の小型化が抑制され、粒子径比(r 30/r 15)が大きくなっていること
が理解できる。そして、実施例1~4においては、揮発抑制成分の含有量が10質
量%以上、粒子径比(r 30/r 15)が0.6以上、50%平均粒子径r 30 が50μm
以上の害虫忌避組成物が実現されていることが理解できる。
以上のことからすると、当業者であれば、優先権出願1の明細書の実施例及び比
5 較例において具体的な製造方法が示されているEBAAPを配合した害虫忌避組成
物及び噴射製品と同様にして、イカリジンを配合し、粒子径比(r 30/r 15)が0.
6以上、50%平均粒子径r 30 が50μm以上を満たす噴射製品を製造することが
できると解される。
この点、原告は、EBAAPとイカリジンの蒸気圧が異なることを主張している
10 が、前記アの各成分の20℃における蒸気圧によると、EBAAPやイカリジンの
蒸気圧の違いは、粒子径比(r 30/r15)や50%平均粒子径r 30 に対して与える影
響を無視できるものといえるから、当業者であれば、害虫忌避成分としてEBAA
Pを含む害虫忌避組成物を充填した噴射製品の実施例と同様にして、過度の試行錯
誤を要することなく、イカリジンを含む害虫忌避組成物を作成し、これを充填し、
15 粒子径比(r30/r 15)を0.6以上、50%平均粒子径r 30 を50μm以上に調整
した噴射製品を製造することができるといえ、原告の上記主張は採用できない。
また、本件訂正発明1の噴射製品は、害虫忌避組成物を含む噴射製品、いわゆる
虫よけスプレーであり、優先権出願1の明細書等の【0006】 【0025】等の

記載を見ると、使用者が、一般的な虫よけスプレーと同様にして、噴口から害虫忌
20 避組成物を適用箇所に向けて噴射をすることができること、噴口から噴射される害
虫忌避組成物は、所定の粒子径、より具体的には、所定の粒子径比(r 30/r15)及
び50%平均粒子径r 30 に調整され、霧状に噴射されること、及び、所定の粒子径
に調整されているため、粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されている場合で
あっても、粘膜への刺激が低減されることが認められ、このことは、害虫忌避成分
25 がEBAAPであっても、イカリジンであっても変わることはないものといえるか
ら、本件訂正発明1のうち害虫忌避成分としてイカリジンを含む部分が、優先権出
願1において、過度の試行錯誤を要することなく使用できるように記載されている
ということができる。
この点、原告は、
「使用できる」というためには、特許発明に係る物について、例
えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど、技術上
5 の意義のある態様で使用することができることを要すると主張する。
しかし、原告の上記主張は独自の見解であって採用できない。また、仮にこれを
前提としても、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1の効果を発揮するメ
カニズムについて、十分な記載があり、さらに、害虫忌避成分としてEBAAPと
イカリジンのいずれを使用しても、害虫忌避成分の揮発による粒子径や粒子径比(r
10 30 /r15)への影響は変わらないことを理解できるから、当業者は、EBAAPとイ
カリジンのいずれを使用しても、同様に「粘膜への刺激が低減された噴射製品及び
噴射方法を提供することができる」という作用効果を奏する態様で用いることがで
き、技術上の意義のある態様で使用することができるものと理解することもできる。
したがって、当業者であれば、優先権出願1の明細書の実施例及び比較例におい
15 て具体的な製造及び使用方法が示されているEBAAPを配合した害虫忌避組成物
及び噴射製品と同様にして、過度の試行錯誤を要することなく、イカリジンを配合
した害虫忌避組成物や噴射製品を製造し、粒子径比(r 30/r15)を0.6以上、r
30 を50μm以上とすることができ、かつ、当該噴射製品を使用することができる
といえる。
20 よって、原告の上記主張は理由がない。
(ウ) 以上によると、本件訂正発明1のうち害虫忌避成分をイカリジンとする部分
が、優先権出願1の明細書等の記載事項との関係において実施可能であるといえる
から、「実施可能であるか」についての原告の主張(前記第3の1(1)ウの主張)は
理由がない。
25 ウ サポート要件違反の主張について(前記第3の1(1)エの主張)
原告は、優先権出願1の明細書にサポート要件違反の発明があったことを前提と
して、本件訂正発明1が、優先権出願2の明細書等において実施例を補充すること
によってサポート要件違反を回避したものであると主張するが、優先権主張の効果
とサポート要件とは異なる要件の問題であり、優先権出願の明細書等にサポート要
件違反の発明があったかという観点を考慮すべきとはいえない。
5 したがって、優先権出願1の明細書にサポート要件違反の発明があったことを前
提として、本件訂正発明1が、優先権出願2の明細書等において実施例を補充する
ことによってサポート要件違反を回避したものという原告の主張は前提において失
当である。
3 取消事由2(公然実施発明2に基づく本件訂正発明2の新規性欠如に関する
10 判断の誤り)について
(1) 原告の主張
原告は、本件訂正発明2のうち、粒子径比(r 30/r 15)が0.85以上とする構
成は、優先権出願2の明細書によって補充された実施例9及び10を根拠とし、本
件審決の認定でも本件特許の出願時に補充された実施例6に基づくもので、本件訂
15 正発明2は、優先権出願1に基づく特許法41条2項に基づく優先権主張の効果は
認められないこと、優先権出願1の明細書の実施例を見ても、粒子径比(r 30/r15)
は、1.06、1.11、0.69、0.62のものしかなく、そのほか当該明細
書において0.85以上という数値の根拠となるものは存在しないことを主張する。
(2) 検討
20 ア 本件訂正発明2は、粒子径比(r 30/r15)を「0.85以上」とするもので
あり、本件訂正発明1の粒子径比(r 30/r15)が「0.6以上」であるものを更に
限定したものである。前記2のとおり、本件訂正発明1について優先権主張の効果
が認められるのであるから、本件訂正発明2についても、
「0.85以上」という数
値範囲を設定したことにより、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項と
25 の関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって、本件訂正発明2の要旨となる技術的事項は、優先権出願1の明細書
等において記載された技術的事項の範囲を超えるものではないから、本件訂正発明
2は、優先権出願1に基づく国内優先権主張の効果が認められるといえる。
イ 原告は、優先権出願1の明細書において、境界値である「0.85」が記載
されていない以上、「新たな技術的事項を導入する」ことに当たると主張する。
5 しかし、優先権出願1の明細書等において、粒子径比(r 30/r15)が0.6以上
のものが実施可能なように記載されている上、実施例として、粒子径比(r 30/r15)
「1.06」 「1.11」 「0.69」が具体的に示されているのであるから、粒
、 、
子径比(r 30/r15)が「0.85以上」のものも当然に実施可能であったものと認
められ、
「0.85以上」という数値範囲を設定したことにより、優先権出願1の明
10 細書等に記載された技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入したと
まではいえない。
そうすると、原告の主張は採用できず、前記アで述べたとおりであるから、本件
審決が、本件訂正発明2について、
「0.85以上という下限の限定は、0.6以上
という範囲を減縮した範囲にすぎず、その数値自体が新たな技術的事項の導入にな
15 るとはいえない」とした判断に誤りはない。
(3) 小括
以上のとおりであるから、害虫忌避成分として「1-メチルプロピル 2-(2-
ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート」
(イカリジン)を選択した
場合の本件訂正発明1及びこれに加えて、粒子径比(r30/r15)が0.85以上と
20 する構成を有する本件訂正発明2の優先日が、本件第1優先日(平成28年3月3
1日)であるとした本件審決の判断に誤りはない。
そうすると、本件第1優先日より後であって、本件第2優先日(平成28年11
月25日)前に公然実施されていたとする公然実施発明2は、本件第1優先日前に
公然実施された発明とはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、
25 原告が主張する無効理由2は理由がない。
第5 結論
以上のとおり、原告が主張する取消事由1及び2はいずれも理由がない。
よって、原告の請求には理由がないから本件請求を棄却することとし、主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
本 多 知 成
裁判官
遠 山 敦 士
裁判官
天 野 研 司
別紙1 本件明細書
【表1】
【表2】
別紙2 優先権出願1の明細書
【表1】
別紙3 優先権出願2の明細書
【表1】
【表2】

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