令和5(ネ)10063特許権侵害差止等請求控訴事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和6年5月15日 |
事件種別 |
民事 |
対象物 |
電動式衝撃締め付け工具 |
法令 |
特許権
特許法100条1項1回
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キーワード |
実施10回 進歩性8回 無効7回 損害賠償7回 刊行物7回 特許権4回 差止2回 分割2回 侵害2回
|
主文 |
1 被告の控訴に基づき、原判決主文第1項及び第3項を取り消す。
2 原判決主文第1項及び第3項に係る原告の請求をいずれも棄却する。
3 原告の控訴を棄却する。10
4 訴訟費用は第1、2審とも原告の負担とする。
5 なお、原判決主文第2項及び第4項(除却請求に係る部分と本判決別
1 原告
79円に対する令和2年4月1日から支払済みまで年5%の割合による金員及びう
2 被告
1 本件は、発明の名称を「電動式衝撃締め付け工具」とする特許(以下「本件
1項に基づき、被告製品の輸入・販売等の差止めを求め、②同条2項に基づき、被
2 前提事実、争点及び争点についての当事者の主張
1 当裁判所は、本件発明又は本件訂正発明(以下「本件発明等」と総称する。)25
2 本件各発明に関する認定5
8を有する電動式ハンマレンチR1に関するものである。
3 本件特許の無効理由の存否(乙15発明を主引用発明とする本件発明の進歩
2に係る被告の抗弁(乙7発明を主引用発明とする本件発明の進歩性欠如)に対し20
1.歪ゲージによる微弱なトルク出力信号を別置のコントローラまで伝送する必要
2.トルク検出手段が含まれているツール本体と、トルク検出信号の増幅および制
3.一般にコントローラはスペースの関係もあって据置き式とされることが多いが、
4.ねじ締めシステムが故障したときに、ツールが故障したのか、コントローラが
16の詳細は、たとえば実開昭59-140173号公報や特開昭62-2464
81号公報に示されている。あるいは、パルス力発生装置16として、上述の油圧
18が同軸に接続され、このトルクセンサ軸18の先端にさらにツール出力軸19
4までを備えたものであることを否定するものではない。
1.音響騒音のレベルが比較的高い。換気ファンとギアボックスによって生まれた
2.ギアボックスにより生じる人間工学的なレイアウトにおける制限。限られた空
3.効率が低い。モータは、電気装荷が高いので、銅損失が高い。さらに、ギアボ
6文献記載の電動モータが研究者らにより課された意欲的(ambitious)な仕様を
6文献記載の電動モータは、「強制冷却なしで著しく高い比出力を発生する」もの
30(締め付けトルクが6~65kg・cm/150W)、M6の小ねじやナット
4種類がある。」(31頁中欄4~21行目)
26】、【0027】等参照)、工具の小型化及び軽量化を図るとの観点からも、
6年)の115頁に掲載された「アウターロータ型ブラシレスDCモータの駆動方
3(「仙台電波工業高等専門学校研究紀要」35号(平成17年)の37~42頁
1 モーター回転軸
2 ヨーク
3 磁石15
4 光硬化型粘接着剤
4 結論
3項に係る原告の請求をいずれも棄却し、原告の控訴は理由がないからこれを棄却25
2年6月16日から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金の支払を求めるも
1 11億円及びこれに対する令和2年6月16日から支払済みまで年5%の割合
2 4億6956万1281円並びにうち2億8810万4179円に対する令和
2年4月1日から支払済みまで年5%の割合による金員及びうち1億8145万10
7102円に対する令和3年11月1日から支払済みまで年3%の割合による金 |
事件の概要 |
1 本件は、発明の名称を「電動式衝撃締め付け工具」とする特許(以下「本件
特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が、
被告が輸入・販売等をする原判決別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」とい
う。)は本件特許に係る特許発明(本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1記載10
の発明。以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属し、被告による被告製品の
輸入・販売等は本件特許権を侵害すると主張し、被告に対して、①特許法100条 |
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判決文
令和6年5月15日判決言渡
令和5年(ネ)第10063号 特許権侵害差止等請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所令和2年(ワ)第4913号)
口頭弁論終結日 令和6年1月24日
5 判 決
当事者の表示 本判決別紙1当事者目録記載のとおり
主 文
1 被告の控訴に基づき、原判決主文第1項及び第3項を取り消す。
2 原判決主文第1項及び第3項に係る原告の請求をいずれも棄却する。
10 3 原告の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は第1、2審とも原告の負担とする。
5 なお、原判決主文第2項及び第4項(除却請求に係る部分と本判決別
紙2記載の金員の支払を求める損害賠償請求に係る部分に限る。)は、
原告の訴えの取下げ又は請求の減縮により、いずれも失効している。
15 事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原告
(1) 原判決主文第3項及び第4項(除却請求に係る部分と本判決別紙2記載の
金員の支払を求める損害賠償請求に係る部分を除く。)を次のとおり変更する。
20 被告は、原告に対し、4億6956万1281円並びにうち2億8810万41
79円に対する令和2年4月1日から支払済みまで年5%の割合による金員及びう
ち1億8145万7102円に対する令和3年11月1日から支払済みまで年3%
の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は第1、2審とも被告の負担とする。
25 (3) 仮執行宣言
(4) なお、原告は、当審において、第1審において求めていた廃棄請求及び除
却請求に係る訴えをいずれも取り下げ、損害賠償請求(11億円及びこれに対する
令和2年6月16日から支払済みまで年5%の割合による金員の支払を求めるもの)
を前記(1)のとおりに減縮した。
2 被告
5 本判決主文第1項、第2項及び第4項と同旨
第2 事案の概要
1 本件は、発明の名称を「電動式衝撃締め付け工具」とする特許(以下「本件
特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が、
被告が輸入・販売等をする原判決別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」とい
10 う。)は本件特許に係る特許発明(本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1記載
の発明。以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属し、被告による被告製品の
輸入・販売等は本件特許権を侵害すると主張し、被告に対して、①特許法100条
1項に基づき、被告製品の輸入・販売等の差止めを求め、②同条2項に基づき、被
告製品の廃棄及び被告製品の製造に必要な金型の除却を求め、③被告及び被告製品
15 の製造者等による共同不法行為又は被告による単独の不法行為に基づく損害賠償と
して、11億円及びこれに対する不法行為の日(被告製品の販売がされた期間内の
日)である令和2年6月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで平成29
年法律第44号附則17条3項の規定によりなお従前の例によることとされる場合
における同法による改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求
20 めた事案である。
原審は、前記①の請求を認容し、前記②のうち廃棄請求を認容し、除却請求を棄
却し、前記③の請求を元本4486万7903円及び前記改正前の民法所定(年5
%の割合)又は民法所定(年3%の割合)の遅延損害金の支払を求める限度で認容
し、その余を棄却した。
25 原告は、原判決のうち損害賠償請求の一部を棄却した部分を不服として控訴を提
起し、被告は、原判決のうち自己の敗訴部分を不服として控訴を提起した。原告は、
当審において、前記②の請求に係る訴えをいずれも取り下げ、前記③の請求を前記
第1の1(1)のとおりに減縮した。
2 前提事実、争点及び争点についての当事者の主張
(原判決の引用)
5 前提事実、争点及び争点についての当事者の主張は、後記(原判決の補正)のと
おり原判決を補正するほかは、原判決の「事実及び理由」の第2の1及び2並びに
第3(3頁2行目から56頁4行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用
する。なお、引用文中「別紙」とあるのは「原判決別紙」と読み替える(以下同
じ。)。
10 (原判決の補正)
(1) 4頁2行目末尾に「(甲64)」を加える。
(2) 4頁8行目の「参考例2とする」を「参考例2とするなどする」と改める。
(3) 4頁11行目の「以下」の次に「、本件訂正後の請求項1に係る発明を」
を加える。
15 (4) 6頁2行目の「公開」の次に「。乙6」を加える。
(5) 8頁12行目の「電動モータの」の次に「出力部の」を加える。
(6) 9頁7行目から10行目までを以下のとおり改める。
「 被告製品は、ピストン方式の油圧パルス発生装置によって衝撃を発生させ、
締め付けを実現する工具である。」
20 (7) 10頁24行目の「本件特許」の次に「(本件発明に係るもの。以下同
じ。)」を加える。
(8) 19頁24・25行目の「2つの磁極部を持つステータを備える」を「2
種類の」と改める。
(9) 25頁14行目の「被告」から15行目末尾までを「被告は、本件発明の
25 構成要件B2のみを独立の相違点として抽出している。」と改める。
(10) 28頁1行目及び7行目の各「乙16発明」並びに8行目の「乙16文献」
をいずれも「乙16公報」と改める。
(11) 30頁26行目の「乙8発明」を「乙8公報」と改める。
(12) 31頁18行目の「認められない」を「認められないし、阻害要因がある
とすらいえる」と改める。
5 (13) 32頁2行目及び3行目を以下のとおり改める。
「 仮に、本件特許に本件発明の進歩性欠如の無効理由(乙7発明に基づくもの)
があるとしても、以下のとおり、本件訂正により当該無効理由は解消し、被告製品
は本件訂正発明の技術的範囲に属する。」
(14) 33頁16行目の「乙7発明」を「乙7公報」と改める。
10 (15) 34頁1行目の「被告が」から3行目末尾までを「後記乙93発明等の課
題は、乙7発明のそれと全く異なる。」と改める。
(16) 34頁9行目及び20行目の各「本件訂正発明」の次にいずれも「に係る
特許請求の範囲の記載」と改める。
(17) 37頁7行目の「作用効果」から8行目の「技術常識」までを「作用及び
15 機能の共通性並びに技術常識」と改める。
(18) 39頁18行目の「構成要件C」を「構成要件A2及びC」と改める。
(19) 40頁22行目の「特許」を「特許発明」と改める。
(20) 41頁1行目の「AB」を「ABら」と改める。
(21) 46頁7行目及び8行目並びに48頁8・9行目の各「本件訂正発明」を
20 いずれも「本件発明」と改める。
(22) 48頁14行目の「被告製品における」の次に「本件発明及び」を加える。
(23) 55頁1行目の「本件特許」を「本件訂正発明」と改める。
(24) 55頁2行目の「理由する」を「理由とする」と改める。
第3 当裁判所の判断
25 1 当裁判所は、本件発明又は本件訂正発明(以下「本件発明等」と総称する。)
はいずれも本件優先日当時の当業者が乙15発明に基づいて容易に発明をすること
ができたものであり、したがって、本件特許に無効理由(乙15発明を主引用発明
とする本件発明の進歩性欠如)がある旨をいう被告の抗弁は理由があり、他方、本
件訂正によっても当該無効理由は解消されないから、結局、原告の請求は全部理由
がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
5 2 本件各発明に関する認定
本件各発明に関する認定は、次のとおり原判決を補正するほかは、原判決の「事
実及び理由」の第4の1(56頁6行目から62頁4行目まで)に記載のとおりで
あるから、これを引用する。
(原判決の補正)
10 (1) 56頁7行目の「、前提事実(2)ウ」から9行目の「また」までを削る。
(2) 59頁10行目の「…」を削る。
(3) 61頁10行目の「(【0039】)」を「この電動式ハンマレンチR2にお
いても、実施例1と同様にアウタロータ型電動モータMを使用しているので、同様
に優れた機能を有していることが明らかである。(【0039】、【0042】)」
15 と改める。
(4) 61頁14行目末尾に改行して以下のとおり加える。
「(2) 本件訂正により変更された明細書の記載(段落【0045】を除く。下
線部は訂正箇所である。)
【0035】
20 この欄に示した内容については以下の参考例1、2においても同様に適用できる。
【参考例1】
【0036】
この参考例1は、この発明の電動式衝撃締め付け工具のうちハンマ式衝撃機構部
8を有する電動式ハンマレンチR1に関するものである。
25 【参考例2】
【0039】
この参考例2は、この発明の電動式衝撃締め付け工具のうちクラッチ式衝撃発生
部9を有する電動式クラッチレンチR2に関するものである。
【0042】
この電動式ハンマレンチR2においても、実施例1と同様にアウタロータ型電動
5 モータMを使用しているので、同様に優れた機能を有していることが明らかである。
(その他)
上記実施例1における電動式衝撃締め付け工具は一例であり、アウタロータ型電
動モータの出力部の回転を衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する
衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる形態であれば、この発明
10 の技術的範囲に属するものである。」
(4) 61頁15行目の「(2)」を「(3)」と改める。
(5) 61頁19行目の「トルクを上げるために」を「ブラシレスのモータを用
いた小型サイズのものでは、トルクを上げるために比較的大きな」と改める。
(6) 61頁24行目の「インナロータ型」を「インナロータ型電動モータを採
15 用した場合」と改める。
3 本件特許の無効理由の存否(乙15発明を主引用発明とする本件発明の進歩
性欠如(争点2-4))及び本件訂正による無効理由の解消の成否について
事案に鑑み、争点2-4に係る被告の抗弁及びこれに対する原告の再抗弁から判
断する。なお、原告の再抗弁(本件訂正を理由とする訂正の再抗弁)は、争点2-
20 2に係る被告の抗弁(乙7発明を主引用発明とする本件発明の進歩性欠如)に対し
て提出されたものであるが(争点3参照)、当裁判所は、原告が争点2-4に係る
被告の抗弁に対しても本件訂正を理由とする訂正の再抗弁を提出しているものと善
解した。
(1) 乙15公報の記載
25 乙15公報には、次の記載がある。
【請求項1】 ケーシングに、回転駆動源としての電動モータと、この電動モータ
によって駆動されるパルス力発生手段と、このパルス力発生手段により発生されて
ツール出力軸に伝達されるトルクを検知するトルク検知手段と、このトルク検知手
段の出力にもとづいて前記電動モータを制御する制御手段とを収容したことを特徴
とするトルク制御式パルスツール。
5 【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、ねじ締めツールなどのトルク制御式パルスツール
に関する。
【0002】
【従来の技術】パルス力を発生させる従来のねじ締めツールとして、回転駆動源に
10 エアモータを使用したエアツールや、回転駆動源に電動モータを使用した電動ツー
ルなどが知られている。この種のねじ締め用のツールでは、締め付け対象物として
のねじが所定のトルクで締め付けられるように、対象物へ付与するトルクを一定値
に設定しかつ制御するようにしたものが知られている。その場合にはトルク制御の
ためのコントローラが必要になるが、このコントローラは、電源ユニットと、各対
15 象物に付与するトルクをそれぞれ制御するためのトルク制御ユニットと、複数の対
象物についてのトルクデータを保管しかつ統計的に解析する計測管理ユニットとを
併せ持つのが通例である。したがって、一般に大形になることが多く、外置き式と
するのが通例である。
【0004】
20 【発明が解決しようとする課題】しかし、このような別置のコントローラを用いた
ものでは、下記のような問題点があった。
1.歪ゲージによる微弱なトルク出力信号を別置のコントローラまで伝送する必要
があるため、ノイズに弱い。
2.トルク検出手段が含まれているツール本体と、トルク検出信号の増幅および制
25 御を担当するコントローラとが別置きであることから、ツールを連続運転した場合
にはツールだけが目立って発熱するということがよくあり、その場合には、ツール
の周囲温度とコントローラの周囲温度とが異なってトルクの制御精度が悪くなる。
3.一般にコントローラはスペースの関係もあって据置き式とされることが多いが、
その場合は、ねじ締め目標トルクを設定する場所と実際にツールでねじ締め作業を
行う場所とが異なる。このため、コントローラで行うねじ締め目標トルクの設定作
5 業と、ツールで行うねじ締め作業と、コントローラで行うねじ締めされたトルクの
確認作業とで、作業場所を異ならせる必要があり、作業効率が悪い。
4.ねじ締めシステムが故障したときに、ツールが故障したのか、コントローラが
故障したのか、区別がつかないことがある。この場合に、修理のためにはツールと
コントローラとを別々に調査しなければならず、サービスが非効率的になる。
10 【0005】一方、コントローラは多くの型式のツールを制御できるように汎用性
を持っていることが多く、たとえば1台のコントローラが5台のツールをセットで
備えているというようなことが推奨される。しかし、実際の流れ生産ラインでは、
段取代えを敬遠するために、実際には非常に高価な1台のコントローラに1台のツ
ールしか付属しない状態で固定されて使用されるのが現状である。
15 【0006】そこで本発明はこのような問題点を解決し、簡単な構成で所要の締め
付けトルクの制御を行えるようにすることを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】この目的を達成するため本発明は、ケーシングに、
回転駆動源としての電動モータと、この電動モータによって駆動されるパルス力発
20 生手段と、このパルス力発生手段により発生されてツール出力軸に伝達されるトル
クを検知するトルク検知手段と、このトルク検知手段の出力にもとづいて前記電動
モータを制御する制御手段とを収容したものである。
【0008】
【作用】このような構成によれば、パルスツールを構成するケーシングに、ツール
25 の出力軸に伝達されるトルクを検知するトルク検知手段と、このトルク検知手段の
出力にもとづいて電動モータを制御する制御手段とを収容したため、目標トルクの
設定や制御をケーシングの内部で行うことができて、外置きの制御装置を必要とせ
ずに対象物に設定トルクを付与させることができ、自己完結型のトルク制御式パル
スツールが得られる。
【0011】
5 【実施例】図1~図3は、パルスツールの一例としてのねじ締めツール11を示す。
このねじ締めツール11は手持ち式のツールとして構成され、そのケーシング12
は本体部13とハンドル部14とを備えている。本体部13の内部には、回転駆動
源としての電動モータ15と、この電動モータ15によって駆動される油圧式のパ
ルス力発生装置16とが設けられている。
10 【0012】パルス力発生装置16は、電動モータ15から供給される連続的なト
ルクをインパルス状のトルクに変換するもので、電動モータ15からのトルクをピ
ーク値で50~100倍に増幅可能である。このような油圧式のパルス力発生装置
16の詳細は、たとえば実開昭59-140173号公報や特開昭62-2464
81号公報に示されている。あるいは、パルス力発生装置16として、上述の油圧
15 式のものに代えて、機械的な衝撃力を発生させるものを利用することもできる。
【0013】電動モータ15には発生トルクの大きいDCモータを使用することが
多いが、高速のACサーボモータまたはDCサーボモータを使用することができる。
また、小容量のモータを使用可能とするとともに、それによってツールを小形化可
能とするために、トルクを増幅するための減速機構を設置することもできる。電動
20 モータ15には、角度センサ17が機械的に接続されている。
【0014】パルス力発生装置16の出力側には非接触の磁歪式のトルクセンサ軸
18が同軸に接続され、このトルクセンサ軸18の先端にさらにツール出力軸19
が同軸に接続されている。このツール出力軸19は、その先端がケーシング12か
ら突出することで、所要のねじ締め操作に供することが可能である。
25 【0025】…オンオフスイッチ34を操作して電動モータ15を作動させると、
それに対応してパルス力発生装置16にてインパルス力が発生され、このインパル
ス力によって出力軸19が回転されるので、所定のねじ締め作業を行うことが可能
になる。そのときの付与トルクは、トルクセンサ21によって検知される。
【図1】
5 (2) 乙15発明の認定
前記(1)の乙15公報の記載及び弁論の全趣旨によると、乙15公報には、次の
乙15発明が記載されているものと認めるのが相当である(なお、当事者双方とも、
当該認定を争うものではない。)。
(乙15発明)
10 a 電動モータ15の出力軸の連続的な回転を油圧式のベーン方式のパルス力発
生装置16に供給し、パルス力発生装置16が増幅されたインパルス状のトルクを
発生し、パルス力発生装置16の出力と同軸に接続されたツール出力軸19にねじ
締付用のトルクを発生させる電動モータ付きトルク制御式パルスツールにおいて、
b 電動モータは、
b1 中空円筒状のステータと、
b2 ステータ又はロータの一方に固定された永久磁石であって、ステータ又
はロータの他方との間に隙間を開けて固定された永久磁石と、
5 b3 円柱状のロータとを備える
b4 インナロータ型のDCモータであることを特徴とする
c 電動モータ付きトルク制御式パルスツール
(3) 本件発明等と乙15発明との相違点の認定
ア 本件発明の構成(補正して引用した原判決第2の1(2)ア及びイ)又は本件
10 訂正発明の構成(補正して引用した原判決第2の1(3)ア及びイ)と乙15発明の
構成(前記(2))とを対比し、弁論の全趣旨も考慮すると、本件発明等と乙15発
明との間には、次の相違点A及び相違点Bが存在するものと認めるのが相当である。
(相違点A)
電動モータに関し、本件発明等は、磁極部を持つステータと磁石を内周面に保持
15 する筒缶部を有するロータとを備えるアウタロータ型であるのに対し、乙15発明
は、インナロータ型であってアウタロータ型でない点
(相違点B)
磁石の保持の態様に関し、本件発明等は、磁石が「前記ステータの外周側に隙間
を設けて貼設され」ているのに対し、乙15発明は、磁石を保持する態様が明示さ
20 れていない点
イ 前記アの認定に関し、原告は、「本件発明等と乙15発明との相違点に係る
本件発明等の構成は、構成要件B1からB4までに係るものであり、これらは、技
術的思想としてひとまとまりのものであるから、当該相違点の認定に当たり、相違
点A(構成要件B1、B3及びB4)と相違点B(構成要件B2)とに分けて認定
25 するのは相当でない」と主張する。
しかしながら、本件発明等や乙15発明のように電動式衝撃締め付け工具を構成
する部材や機械を発明特定事項(本件発明等については構成要件B1からB4まで)
とする特許発明が備える各部材や機械それ自体は個別に分析することが可能なもの
であって、各部材や機械ごとに本件発明等と乙15発明との相違点を分析的に認定
し、当該各相違点に係る本件発明等の構成の容易想到性について個別の検討をした
5 からといって、本件発明等がひとまとまりの技術的思想として構成要件B1からB
4までを備えたものであることを否定するものではない。
したがって、原告の主張を採用することはできない。
(4) 相違点Aに係る本件発明等の構成の容易想到性
ア 公知発明の認定
10 (ア) 乙6文献の記載
乙6文献(なお、乙142は、乙6文献の追加訳文である。)には、次の記載が
ある。
a 表題
「電動手工具(パワーハンドツール)への応用のための高トルク機械」(644
15 頁表題)
b 序論
「電動手工具(パワーハンドツール)への応用には、概して適度な速度で高い出
力のトルクが必要である。製品は、軽量、小型、かつ、人間工学的なデザインでな
ければならない。必要なトルクを達成するために、強制空冷式直流モータ又はユニ
20 バーサルモータをステップダウンギアボックスと共に用いるのが通常である。
上述のシステムは、頑丈で費用対効果が高いが、主要な3つの問題がある。
1.音響騒音のレベルが比較的高い。換気ファンとギアボックスによって生まれた
雑音が組み合わされるためである。これは、音響騒音規制法令の規制レベル及び人
々の騒音に対する許容度が低下するにつれ、消費者にも製造業者にも重要な問題に
25 なってきている。
2.ギアボックスにより生じる人間工学的なレイアウトにおける制限。限られた空
間での操作や隅まで届くことが必要になる電動工具では、これは、特に繊細な事項
である。
3.効率が低い。モータは、電気装荷が高いので、銅損失が高い。さらに、ギアボ
ックスからの損失によりシステム効率が低くなる。
5 この論文は、トルク密度が非常に高い電気機械を製造することによって、良好なシ
ステムの製造を目指した研究に関して報告するものである。…2つの機械が作られ
た。その1つは、従来の積層構造を用いた径方向界磁型機であ…る。」(644頁
左欄1~32行目)
c 仕様
10 「この仕様では、機械は、以下の事項を満たすことが求められた。
表1
機械的配置 アウタロータ
外径 50mm
軸長(コイル端を含む。) <65mm
冷却 外面ファン換気
定常状態定格 1.5Nm
速度 毎分1500回転
」(644頁左欄38~39行目、左欄の表1)
d 積層型機
「作製されたアウタロータ型の積層構造機は、三相ブラシレス設計であり、磁気
15 装荷を最大化するために、焼結希土類磁石が使用されている。この機械は、以下の
設計特徴を有する。
極数
コアバック部の奥行き及びコイル端の突き出しを最小限にするために、極数を多く
する必要がある。…速度が比較的緩やかであるため、16極設計が選択され…た。
20 極対当たりの歯数
焼結希土類磁石を用いたアウタロータ型機は、全エアギャップ磁束が大きいので、
設計が難しい。…
この問題を、通常とは異なる設計を採用することで克服する。この設計では、各歯
のスパンが240度、すなわち、2つ以上の極にわたる。したがって、図2に示す
5 ように、この16極機には、12歯しかない。…
図2
より広いスロット面積が得られる16極12歯設計
巻線配置
10 …単純化するために、代替的な配置が選択された。この配置では、1つおきにしか
歯に巻線を配置していないので、16極機にコイルが6つしかない。…
図5は、この機械の写真であり、巻線及びロータ構成を示している。主な寸法は、
表2にある。
図5
積層型機
表2
積層型モータ
極数 16
相数 3
ステータ歯数 12
外径 50mm
積層スタック長 50mm
全軸長 65mm
磁石の種類 焼結NeBFe
磁石径方向奥行き 2.5mm
エアギャップ長 0.5mm
ステータ外径 40mm
歯幅 3.0mm
相当たりのコイル 2
相当たりのターン 190
巻線径 0.3mm
スキュー 1/2スロットピッチ
」(644頁右欄1行目~645頁右欄本文22行目、左欄中段の図2、646頁
左欄の図5、表2)
e 結論
「高トルクの用途のために、2つの根本的に異なる種類の機械を設計・製作して
5 試験を行った。いずれの機械も、強制冷却なしで著しく高い比出力を発生する。…
いずれの機械も、課されていた意欲的(ambitious)な仕様を満たすことはできな
いが、磁気設計がより洗練されれば、クローポール型機は、この仕様を満たすこと
ができると予想される。」(649頁左欄下から15~3行目)
(イ) 乙6文献記載の発明の認定等
10 a 前記(ア)の乙6文献の記載及び弁論の全趣旨によると、乙6文献には、次の
乙6発明Aが記載されているものと認めるのが相当である。
(乙6発明A)
それぞれの歯にコイルを配置するステータと、前記ステータの外周側に隙間を設
けて配置された焼結希土類磁石と、前記焼結希土類磁石を内周面に保持する筒状の
15 ロータとを備え、パワーハンドツールに応用されるアウタロータ型電動モータ
b 本件発明等と乙6発明Aとを比較すると、乙6発明Aは、相違点Aに係る本
件発明等の構成(磁極部を持つステータと磁石を内周面に保持する筒缶部を有する
ロータとを備えるアウタロータ型であること)を全て備えるものと認められる。以
下、本件優先日当時の当業者において、乙15発明に乙6発明Aを適用し(以下、
20 この適用を「本件適用1」ということがある。)、相違点Aに係る本件発明等の構
成に容易に想到し得たか否かについて検討する。
なお、原告は、乙6文献記載の電動モータは未完成であるから、これを公知発明
として乙15発明に適用することはできないと主張する。
確かに、乙6文献には、「いずれの機械も、課されていた意欲的な仕様を満たす
ことはできない」との記載(前記(ア)e)がある。しかしながら、当該記載は、乙
6文献記載の電動モータが研究者らにより課された意欲的(ambitious)な仕様を
満たさなかったことをいうものにすぎず、当該電動モータが電動モータとして機能
しないことをいうものではないから、乙6文献記載の電動モータが、およそ引用発
5 明に対する適用可能性を否定されるような未完成なものということはできない(乙
6文献記載の電動モータは、「強制冷却なしで著しく高い比出力を発生する」もの
である(前記(ア)e)。)。そして、本件発明等及び乙15発明は、いずれも回転
駆動源として電動モータを使用することを前提とするものであるから、相違点Aに
係る本件発明等の構成の容易想到性の判断に当たり、本件適用1の可否を検討する
10 ことが許されないとする理由はない。
以上のとおりであるから、原告の主張を採用することはできない。
イ 本件適用1に係る動機付けの有無
(ア) 技術分野
前記(1)及び(2)によると、乙15発明は、回転駆動源に電動モータを使用したト
15 ルク制御式パルスツール(ねじ締めツール等)の技術分野に属するものと認められ、
前記アによると、乙6発明Aは、パワーハンドツール(電動手工具)に応用される
電動モータの技術分野に属するものと認められる。
そして、回転駆動源に電動モータを使用したトルク制御式パルスツール(ねじ締
めツール等)は、その内容に照らし、パワーハンドツール(電動手工具)の一種で
20 あると認められるから(乙15公報の【図1】等参照)、乙15発明(電動モータ
に係る部分)と乙6発明Aは、いずれもパワーハンドツール(電動手工具)に使用
可能な電動モータに関する技術として、その属する技術分野を共通にするものと認
めるのが相当である。
原告は、トルク制御式パルスツール(乙15発明)と電動モータ(乙6文献記載
25 の発明)とはその属する技術分野を異にする旨主張するが、前記説示したところに
照らすと、原告の主張を採用することはできない。
(イ) 乙15発明が有する課題
a 刊行物の記載
以下の各刊行物には、次の各記載がある。
(a) 乙33(電動式締め付け工具(パルスツールを含む。)に係る被告作成の
5 商品カタログ(2004年))
ⅰ 「トルクの推奨 トルクは、必要な型締力を確実にするために重要である。」
(9頁左欄1~2行目)
ⅱ 「ErgoPulseの範囲は、2~450Nmのトルクをカバーする。こ
れは、M4からM20までのねじを締めることができることを意味する。」(18
10 頁右下欄2~4行目)
(b) 乙119(「電設資材」32巻4号(平成15年)の29~36頁に掲載
された「最近の電動工具の動向」(服部憲靖著))
「…コンプレッサーを使用して締め付け作業の多い工場でのコードレスツール
(バッテリー電動工具)の需要が高まってきている。…しかし、バッテリー工具で
15 は空気工具の持つ精度の出る締め付けトルクに追いつけない弱点もあると聞いてい
る。」(30頁左欄13~24行目)
(c) 乙120(「応用機械工学」34巻11号(平成5年)の30~31頁に
掲載された「独自の機能を製品化したドイツ製電動工具」)
「ねじ締め用工具 手工具(レンチ)では、締めることができない(締められな
20 い)ねじを締付るために電動工具(インパクト・レンチ)が組立工程で使用される。
ファイン社の機械組立用として使用されるスクリュ・ドライバは、M5~M10ま
でのねじを締め付ける場合に用いられる。M5の小ねじやナット用のASsde6
30(締め付けトルクが6~65kg・cm/150W)、M6の小ねじやナット
用のASse636(最大締付トルク:120kg・cm/230W)、M8ねじ
25 用のDSse642(最大締付トルク:300kg・cm/600W)、M10ね
じ用のASs648-1(最大締付トルク:500kg・cm/400W)などの
4種類がある。」(31頁中欄4~21行目)
(d) 乙6文献に「電動手工具(パワーハンドツール)への応用には、概して適
度な速度で高い出力のトルクが必要である。」との記載があることは、前記ア(ア)
bのとおりである。
5 (e) 乙15公報に「【0013】電動モータ15には発生トルクの大きいDC
モータを使用することが多いが、高速のACサーボモータまたはDCサーボモータ
を使用することができる。また、小容量のモータを使用可能とするとともに、それ
によってツールを小形化可能とするために、トルクを増幅するための減速機構を設
置することもできる。」との記載があることは、前記(1)のとおりである。
10 b 前記aの各記載及び弁論の全趣旨によると、電動式衝撃締め付け工具により
ねじの締め付けを行うためには、ねじの外径(なお、前記aの各記載中にある「M」
の後の数字は、ねじの外径(mm)を表す。)に相応した大きさの出力トルクを要
するところ、本件優先日当時、電動式の衝撃締め付け工具が出力するトルクは、空
気式のそれが出力するトルクよりも小さいものであったと認められる。もっとも、
15 証拠(乙31)及び弁論の全趣旨によると、一定の外径を有するねじの締め付けの
ためには、当該外径にふさわしい出力トルクの範囲が存在するものと認められるが、
小さい外径のねじに対しては、電動モータから出力されるトルクを調整することに
より対応することが可能である一方、電動モータから出力可能なトルクを超えるト
ルクを要する外径の大きなねじについては、工具から出力されるトルクを増幅する
20 ための機構(ギヤボックス等)を必要とするから、本件優先日当時、電動式衝撃締
め付け工具においては、電動モータの出力トルク自体を大きくすることが一般的に
要請されていたものと認めるのが相当である。
また、パワーハンドツール(電動手工具)においては、その性質上、小型化及び
軽量化が求められているものと認められるところ(前記ア(ア)b等)、弁論の全趣
25 旨によると、同一磁力で駆動する二つのモータを比較した場合に出力トルクがより
大きい電動モータは、同一のトルクを出力する場合には、より小型・軽量化を図る
ことができると認められるから(なお、補正して引用する本件明細書の段落【00
26】、【0027】等参照)、工具の小型化及び軽量化を図るとの観点からも、
パワーハンドツール(電動手工具)である電動式衝撃締め付け工具においては、電
動モータの出力トルクを大きくすることが一般的に要請されていたものと認められ
5 る。
以上によると、パワーハンドツール(電動手工具)である電動式衝撃締め付け工
具に該当する乙15発明(乙15公報の【図1】等参照)は、本件優先日当時、電
動モータの出力トルクを大きくするとの課題(以下「本件課題」という。)を有し
ていたものと認めるのが相当である。
10 c 原告は、電動式衝撃締め付け工具における出力トルクにはねじのサイズ等と
の関係で適正な値があり、出力トルクが高ければ高いほどよいというものではない
と主張する。しかし、本件では、同一の適正な出力トルクを達成し、かつ、電動式
締め付け工具の小型・軽量化を可能にするという観点から、電動モータの構造・出
力トルクが問題となっているのであり、この場合には、相対的に出力トルクが大き
15 くなる電動モータを利用したときは、トルクを増幅するための機構を不要とすると
の意味において、より小型・軽量化が可能になるはずである。原告の主張は、一般
論を述べるにすぎず、電動式締め付け工具に利用される電動モータの技術分野にお
いて、出力トルクを大きくするという課題が存在することを否定するに足りるもの
ではない。
20 また、原告は、乙15公報の段落【0013】の記載を根拠に、乙15発明は出
力トルクが小さい電動モータの使用を可能としているから、出力トルクを大きくす
ることは乙15発明の課題ではないと主張する。確かに、段落【0013】には、
「電動モータ15には発生トルクの大きいDCモータを使用することが多いが、高
速のACサーボモータまたはDCサーボモータを使用することができる」との記載
25 がある。しかしながら、同段落には、これに続いて「小容量のモータを使用可能と
するとともに、それによってツールを小形化可能とするために、トルクを増幅する
ための減速機構を設置することもできる」との記載がされており、「小容量のモー
タ」、すなわち、出力トルクが小さい電動モータが使用される場合には、減速機構
(ギアボックス等)によって工具の出力トルクを増幅することが想定されていると
みられるのであるし、そもそも、同段落の冒頭には、「電動モータ15には発生ト
5 ルクの大きいDCモータを使用することが多い」との記載があるのであるから、同
段落の記載をもって、乙15発明が電動モータの出力トルクを大きくするとの本件
課題を有していないということはできない。原告の主張を採用することはできない。
(ウ) 本件課題の解決手段
a 刊行物の記載
10 以下の各刊行物には、次の各記載がある。
(a) 乙21(「シャープ技報」82号(平成14年)の34~39頁に掲載さ
れた「モータの最新技術動向」(池防泰裕著))
「インナーロータ型の課題は、アウターロータ型と比較し同一外形ではロータの
大径化が困難であり、その結果、大トルクを要するときに高い駆動電流を必要とす
15 る点である。」(38頁本文3~6行目)
(b) 乙22(「平成16年度電気関係学会東北支部連合大会予稿集」(平成1
6年)の115頁に掲載された「アウターロータ型ブラシレスDCモータの駆動方
式の検討とその応用(第1報)」(櫻井隆憲ら著))
「本研究では、インナーロータ型より高トルクであるアウターロータ型のBLD
20 Cモータを研究対象として、より低速度を実現できる駆動方式を検討し、事務機等
に応用することを目的としている。」(115頁左欄7~10行目)
(c) 乙6文献に「電動手工具(パワーハンドツール)への応用のための高トル
ク機械」、「この論文は、トルク密度が非常に高い電気機械を製造することによっ
て、良好なシステムの製造を目指した研究に関して報告するものである」及び「作
25 製されたアウタロータ型の積層構造機は、三相ブラシレス設計であり、磁気装荷を
最大化するために、焼結希土類磁石が使用されている」との記載があることは、前
記ア(ア)a、b及びdのとおりである。
(d) なお、本件優先日前に頒布された刊行物であるか否かが判然としない乙2
3(「仙台電波工業高等専門学校研究紀要」35号(平成17年)の37~42頁
に掲載された「アウターロータ型ブラシレスDCモータの駆動方式による特性比較」
5 (櫻井隆憲ら著)(平成17年8月22日原稿受理))には、「アウターロータ型
のモータは、インナーロータ型のモータよりも高トルク化が容易である。」(37
頁左欄2~3行目)、「アウターロータ型のモータは、回転子が外側に位置してい
るため、同じサイズのインナーロータ型のモータよりも回転子の半径を大きくする
事ができる。回転子の半径が大きいと発生モーメントが大きくなるので、アウター
10 ロータ型のモータは高トルク化が容易である。」(37頁右欄9~14行目)及び
「動力に大きいトルクが必要な事務機や電気自動車等の場合は、インナーロータ型
よりもアウターロータ型のモータの方が動力として適している。」(38頁左欄1
~3行目)との記載がある。
b 前記aの各記載及び弁論の全趣旨によると、乙15発明が備えるインナロー
15 タ型の電動モータをアウタロータ型のものに置き換えることにより、電動モータの
出力トルクを大きくするとの本件課題を解決することができるといえるから、アウ
タロータ型の電動モータである乙6発明Aは、乙15発明が有する本件課題の解決
手段であると認めるのが相当である。
(エ) 乙6文献における示唆
20 乙6文献には、「電動手工具(パワーハンドツール)への応用のための高トルク
機械」及び「電気手工具(パワーハンドツール)への応用には、概して適度な速度
で高い出力のトルクが必要である」との記載があるところ(前記ア(ア)a及びb)、
これらの記載は、乙6発明Aの電気手工具(パワーハンドツール)への適用を明示
するものである。
25 そして、乙15発明も、電気手工具(パワーハンドツール)の一種であると認め
られる以上(乙15公報の【図1】等参照)、乙6発明Aの乙15発明への適用は、
乙6文献において、少なくとも示唆されているといえる。
(オ) 本件適用1に係る動機付けの有無についての小括
以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者において、乙15発明に乙6
発明Aを適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。
5 ウ 本件適用1に係る阻害要因の有無
原告は、乙15発明において電動モータの出力トルクを大きくすることは乙15
発明と対立することであると主張するが、前記イ(イ)b及びcにおいて説示したと
おり、電動モータの出力トルクを大きくすることは、本件優先日当時に乙15発明
が有していた課題(本件課題)であると認められるから、本件課題を解決する手段
10 を講じることが乙15発明と対立するということはできない。原告の主張を採用す
ることはできない。
その他、本件適用1に阻害要因があるものと認めるに足りる証拠はない。
エ 相違点Aに係る本件発明等の構成の容易想到性についての小括
以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者は、乙15発明に乙6発明A
15 を適用することにより、相違点Aに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たもの
と認めるのが相当である。
(5) 相違点Bに係る本件発明等の構成の容易想到性
ア 周知技術の認定
(ア) 刊行物の記載
20 以下の各刊行物には、次の各記載がある。
a 乙27(特開2001-78377号公報)
【請求項1】 モーターのヨーク側面に複数の永久磁石が固定されてなるモーター
において、磁石とヨーク側面が、光硬化型粘接着剤で固定されていることを特徴と
するモーターの磁石の固定構造。
25 【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、永久磁石の接着方法、特にモーターなどの永
久磁石を使用する機器、部品などにおける永久磁石の接着方法に関する。
【0007】
【課題を解決するための手段】請求項1記載の発明は、モーターのヨーク側面に複
数の永久磁石が固定されてなるモーターにおいて、磁石とヨーク側面が、光硬化型
5 粘接着剤で固定されているモーターの磁石の固定構造である。
【0018】〔磁石の固定〕図1は本発明のモーターのヨーク側面への磁石の固定
状態を示したものである。本実施例で用いたモーター用のローター部(40mm
φ×50mmL)はSS400製のものでその表面にNiを施した。このヨークの
側面に上記光硬化型粘接着シートを貼付した。
10 【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のモーターのヨークと磁石の固定構造を示す概念図。
【記号の説明】
1 モーター回転軸
2 ヨーク
15 3 磁石
4 光硬化型粘接着剤
【図1】
b 乙28(特開2002-78257号公報)
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、ローターに永久磁石を用いたモーターに関す
るものである。
【0019】
5 【発明の実施の形態】実施の形態1.本発明によるモーターが有するローターの一
実施形態について、図1を用いて説明する。図1は、本発明の実施形態1のモータ
ーが有するローターの斜視図である。図1において、1は永久磁石である。2は回
転子であるローターヨークである。永久磁石1は、ローターヨーク2の外周側表面
に設けられる。この永久磁石1は、例えば接着剤を用いてローターヨーク2に接着
10 される。3は隣り合う永久磁石1間の隙間である。本実施形態のモーターでは、例
えば、ローターヨーク2の回転軸の軸方向に隣り合う永久磁石1の間に、隙間3が
設けられる。
【図1】
15 c 乙29(特開2003-264963号公報)
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、ロータおよびその製造方法に関し、特に、ロ
ータ軸に接着剤を用いて焼結磁石を固定したロータおよびその製造方法に関する。
【0002】
20 【従来の技術】従来から、弓形(「アーチ状」または「瓦形」ともいう。)の磁石
片をロータ軸の外周面に接着したロータを用いたモータが利用されている。ロータ
用の磁石片としては、フェライト磁石や希土類・コバルト系の焼結磁石が多く用い
られて来たが、産業用・弱電用モータの高性能化、小型化の進展に伴い、フェライ
ト磁石や希土類・コバルト系焼結磁石よりも磁気特性に優れる希土類・鉄・ボロン
系焼結磁石(以下、「R-Fe-B系焼結磁石」と称する。RはYを含む希土類元
素、Feは鉄、Bはボロンである。)の利用が広まりつつある。
5 【0021】図1(a)および(b)に示したように、ロータ10は、曲面で構成
された外周面を有する軟磁性体で形成されたロータ軸12と、ロータ軸12の外周
面上に周方向に沿って配列された複数の磁石片20と、複数の磁石片20を外周面
に固定する接着剤層14とを備える。ロータ10は、いわゆる分割型磁石を有する
ロータであり、磁石片20は回転軸に対して約90°の分割角(図1(b)中のD)
10 を有し、回転軸に対して対称に配置されている。
【図1】
(イ) 乙27から29までに記載の技術の認定
前記(ア)の乙27から29までの各記載及び弁論の全趣旨によると、電動モータ
15 において、接着剤を用いて磁石をロータに隙間を設けて貼設するとの技術は、本件
優先日当時の周知技術(以下「本件周知技術」という。)であったものと認めるの
が相当である。
そして、本件発明等と本件周知技術とを比較すると、本件周知技術は、相違点B
に係る本件発明等の構成(磁石の保持の態様に関し、磁石が前記ステータの外周側
に隙間を設けて貼設されているとする構成。ただし、このうち磁石を「ステータの
外周側」に保持するとの構成部分を除く。以下、この(イ)及び後記イにおいて同じ。
当該構成部分は、乙6発明Aが備える構成であり、乙15発明に乙6発明Aを適用
5 することにより、本件優先日当時の当業者が容易に想到し得たものである。)を備
えるものと認められるから、以下、本件優先日当時の当業者において、乙15発明
に本件周知技術を適用し(以下、この適用を「本件適用2」ということがある。)、
相違点Bに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たか否かについて検討する。
イ 本件適用2に係る動機付けと阻害要因の有無
10 前記(4)イ(ア)のとおり、乙15発明は、回転駆動源に電動モータを使用したトル
ク制御式パルスツール(ねじ締めツール等)の技術分野に属するものである。また、
前記アによると、本件周知技術は、電動モータに使用される磁石の固定方法に関す
るものであるから、電動モータの技術分野に属するものである。そして、相違点B
に係る本件発明等の構成の内容は、磁石がステータに隙間を設けて貼設されている
15 ことであるから、本件適用2との関係では、乙15発明(電動モータに係る部分)
と本件周知技術は、その属する技術分野を共通にするものである。さらに、乙15
発明(乙6発明Aを適用したもの)に接した本件優先日当時の当業者は、磁石をど
のようにして筒状のロータの内周面に保持するかという課題に直面することになる
ところ、接着剤を用いて磁石をロータに隙間を設けて貼設する技術である本件周知
20 技術は、当該課題を解決することのできる手段(技術)となる。したがって、本件
優先日当時の当業者において、乙15発明(乙6発明Aを適用したもの)に本件周
知技術を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。
本件適用2をするに当たり、阻害要因があることを認めるに足りる証拠はない。
ウ 相違点Bに係る本件発明等の構成の容易想到性についての小括
25 (ア) 以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者は、乙15発明に乙6
発明A及び本件周知技術を適用することにより、相違点Bに係る本件発明等の構成
に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
(イ) この点、原告は、乙15発明に乙6文献記載の発明を適用し、その後に周
知技術を適用して相違点Bに係る本件発明等の構成を導出することは「容易の容易」
に当たるから、本件優先日当時の当業者において、相違点Bに係る本件発明等の構
5 成に容易に想到し得たとはいえないと主張する。
確かに、前記イのとおり、本件適用2は、乙6発明Aを適用した乙15発明を前
提とするものである。しかしながら、電動式衝撃締め付け工具において、電動モー
タをアウタロータ型のものとすること(相違点A関係)と当該電動モータにおいて
磁石を筒状のロータの内周面に隙間を設けて貼設すること(相違点B関係)は、そ
10 れらの内容に照らし、相互に関連する技術ではなく、互いに独立した別個の技術で
あるといえるから、原告の主張は、相違点Bに係る本件発明等の構成の容易想到性
を左右するものではない。
(6) 本件発明等の進歩性についての結論
以上のとおりであるから、本件発明等は、乙15発明、乙6発明A及び本件周知
15 技術に基づいて、本件優先日当時の当業者が容易に発明をすることができたもので
あり、進歩性を欠くものである。
(7) まとめ
以上によれば、本件特許に無効理由(乙15発明を主引用発明とする本件発明の
進歩性欠如)がある旨をいう被告の抗弁(争点2-4)は理由があり、当該抗弁に
20 対する訂正の再抗弁は、本件訂正発明が進歩性を欠く以上、その余の点について判
断するまでもなく理由がない。
4 結論
そうすると、当裁判所の判断と異なる原判決は一部不当であるから、被告の控訴
に基づき、原判決主文第1項及び第3項を取り消した上、原判決主文第1項及び第
25 3項に係る原告の請求をいずれも棄却し、原告の控訴は理由がないからこれを棄却
すべきである。なお、原告は、当審において、第1審で求めていた廃棄請求及び除
却請求に係る訴えをいずれも取り下げたから、原判決主文第2項及び第4項(除却
請求に係る部分)は、いずれも当然にその効力を失っており、また、原告は、当審
において、第1審で求めていた損害賠償請求(元本11億円及びこれに対する令和
2年6月16日から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金の支払を求めるも
5 の)を控訴の趣旨(1)のとおりに減縮したから、原判決主文第4項(本判決別紙2
記載の金員の支払を求める損害賠償請求に係る部分に限る。)も、当然にその効力
を失っている。したがって、これらを明らかにすることとして、主文のとおり判決
する。
10 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
清 水 響
裁判官
浅 井 憲
裁判官
勝 又 来 未 子
(別紙1)
当 事 者 目 録
控訴人兼被控訴人 ヨ コ タ 工 業 株 式 会 社
(以下「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 辻? 本 希 世 士
10 辻? 本 良 知
松 田 さ と み
同補佐人弁理士 丸 山 英 之
被控訴人兼控訴人 アトラスコプコ株式会社
15 (以下「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 末 吉 剛
高 橋 聖 史
同補佐人弁理士 松 尾 淳 一
20 藤 木 依 子
以 上
(別紙2)
下記1記載の金員から下記2記載の金員を控除した残金
5 記
1 11億円及びこれに対する令和2年6月16日から支払済みまで年5%の割合
による金員
2 4億6956万1281円並びにうち2億8810万4179円に対する令和
10 2年4月1日から支払済みまで年5%の割合による金員及びうち1億8145万
7102円に対する令和3年11月1日から支払済みまで年3%の割合による金
員
以 上
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