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令和5(ワ)531著作者人格権侵害差止等請求事件

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裁判所 一部認容 大阪地方裁判所大阪地方裁判所
裁判年月日 令和6年5月30日
事件種別 民事
当事者 原告X1
被告X2
法令 著作権
著作権法115条1回
キーワード 侵害20回
許諾10回
損害賠償2回
差止1回
分割1回
主文 1 被告は、原告に対し、5万5000円及びこれに対する令和5年2月3日か15
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを20分し、その19を原告の負担とし、その余を被告の
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。20
事件の概要 1 本件は、原告が、別紙作品目録記載の映画(以下「本件映画」という。)の 脚本原稿(以下「第10稿」という。)を作成したところ、被告が原告に無断で第

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判決文

令和6年5月30日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官
令和5年(ワ)第531号 著作者人格権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結の日 令和6年3月5日
判 決
原 告 X1
同訴訟代理人弁護士 彌 田 晋 介
同 小 野 俊 介
同 塩 路 涼
被 告 X2
同訴訟代理人弁護士 的 場 徹
同 的 場 遥
主 文
15 1 被告は、原告に対し、5万5000円及びこれに対する令和5年2月3日か
ら支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを20分し、その19を原告の負担とし、その余を被告の
負担とする。
20 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する令和5年2月3日から支
払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
25 2 被告は、東京都千代田区<以下略>所在の日本経済新聞社発行の「日本経済新
聞」全国版朝刊に、別紙謝罪広告目録記載1の内容の謝罪広告を、同2の掲載要領
で1回掲載せよ。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、別紙作品目録記載の映画(以下「本件映画」という。)の
脚本原稿(以下「第10稿」という。)を作成したところ、被告が原告に無断で第
5 10稿の内容を変更し、原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害したと主張し
て、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金110万円及びこれに対する訴状送
達日の翌日である令和5年2月3日から支払済みまで民法所定の年3分の割合によ
る遅延損害金の支払、並びに、著作権法115条に基づく名誉回復措置としての別
紙謝罪広告目録記載の謝罪広告の掲載を請求する事案である。
10 なお、原告は、株式会社ドッグシュガー、X3及び太秦株式会社(以下、それぞ
れ「ドッグシュガー」、「X3」及び「太秦」という。)をも被告として本件訴訟
を提起したが、この3名との間では口頭弁論終結後に裁判上の和解(解決金支払等
の条項を含む。)が成立した。
2 前提事実(争いのない事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定
15 できる事実)
(1) 当事者及び関係者等(甲1ないし3、13、乙A17、18、乙B14)
ア 原告は、本件映画の脚本原稿を執筆し、本件映画の脚本の作成に携わった者
である。本件映画は、原告が作成に携わった脚本が映画化された初めての作品であ
る。
20 イ 被告は、本件映画の最終脚本の作成に携わった著名な映画脚本家である。
ウ ドッグシュガーは、映画等映像作品の企画・製作・配給・販売等を目的とす
る株式会社であり、本件映画の製作プロダクションである。
エ X3は、ドッグシュガーの代表者であり、本件映画の監督である。なお、原
告とは平成24年頃からの知り合いであり、被告とも知り合いで、同年公開の映画
25 につき被告と一緒に仕事をしたことがある。
オ 太秦は、映画等の映像作品の製作・宣伝・企画配給等を目的とする株式会社
であり、本件映画の配給宣伝に係る業務を担当している。
カ X4(仕事上の名義は「X4'」。)は、太秦の代表者であり、本件映画の
プロデューサーである。
キ X5は、被告と旧知の間柄である映画評論家であり、X4とともに本件映画
5 のプロデューサーである。
(2) 本件映画の概要(甲1、7、13、乙A11、乙B15)
本件映画は、詩人である萩原朔太郎の娘・X6の小説「天上の花―三好達治抄―」
(以下「本件小説」という。)を原作とする映画であり、文化庁の「ARTS f
or the future!」補助対象事業であって(以下、同事業に係る補助
10 金を「本件補助金」という。)、令和4年12月9日に公開された。なお、本件補
助金の申請時には、本件映画の製作予算は1200万円とされていたが、最終的な
製作費は1500万円となった。
本件映画のクレジット表記においては、「脚本=X1 X2」、「プロデューサ
ー=X5 X4'」、「監督=X3」、「製作=『天上の花』製作運動体」、「製
15 作プロダクション=ドッグシュガー」、「配給宣伝=太秦」 と記載されている。
「『天上の花』製作運動体」とは、主として本件映画の製作費等の出資を行ったド
ッグシュガー、太秦及びX5の三者を指し、製作の実働に当たるのが製作プロダク
ションのドッグシュガーである。また、プロデューサーとは、予算を含めた本件映
画製作の全体を統括する立場である。
20 (3) 本件映画の製作をめぐる脚本原稿の執筆・改変の経緯等
ア 原告は、平成25年8月頃から、映画の脚本執筆につき被告の指導や助言を
継続的に受けるようになった。その過程で、原告は、被告から本件小説を原作とす
る映画脚本(シナリオ)の執筆を勧められ、被告の指導や助言を受けながら、第8
稿となる脚本原稿を執筆した(以下、同脚本原稿のことを単に「第8稿」という。
25 また、「第〇稿」とあるのは、第10稿を含め、全て第8稿が改稿されたものであ
る。)。(甲13、乙A17)
イ 被告は、X3から別の戦争に関する戯曲の映画シナリオ化の打診を受けてい
たところ、同戯曲ではなく本件小説をシナリオ化したものがあるとX3に紹介し、
令和3年5月7日、原告に対し、第8稿(乙A1)をX3に送付するよう指示した。
X3は、原告から送付された第8稿を読んで、その映画化を企画することとした。
5 ドッグシュガーは本件補助金を申請し、同年8月5日には本件補助金(600万円)
の交付決定がされた。(乙A17、乙B1、14)
ウ 令和3年8月14日、ドッグシュガーの事務所において、第8稿の映画化に
向けての打合せが行われ(以下「本件打合せ①」という。)、原告、被告及びX3
のほか、X5が参加した。本件打合せ①においては、第8稿をベースに本件映画の
10 製作を進めることや、第8稿の修正方針が合意された。また、被告が本件映画の脚
本家として名前を連ねることも了解された。もっとも、本件打合せ①においては、
原告及び被告の脚本料について明確な合意はされなかった。(甲13、乙A17、
18、乙B14)
エ 原告は、令和3年8月16日、本件打合せ①を踏まえて修正した第9稿(乙
15 A2)を作成し、被告及びX3にメールで送信した。その後、被告は第9稿を修正
し、原告は、被告の指示に従って更に修正した第10稿(甲4、乙A3。内容は、
別紙「第10稿(準備稿)の内容」のとおりである。)を作成し、同月19日、被
告及びX3にメールで送信した。被告とX3は、同日、第10稿を準備稿(一般に、
最終脚本となる「決定稿」が作られる以前に、映画の概要を表示し、俳優に出演を
20 働き掛けたり、ロケ地の下見(ロケハン)をしたり、映画製作費用を見積もったり
する上で必要とされる脚本原稿)とすることとした。(甲13、乙A17、乙B3
ないし5、14)
オ 被告は、第10稿を大幅に修正した第11稿(甲11、乙A4)を作成し、
令和3年10月13日に原告に対してメールで送信した(その前日には、X3も第
25 11稿を受領していた。)。原告は、翌14日、X3に対し、被告からX3との打
合せ(話合い)が行われる旨聞いたこと、第11稿には被告から知らされていなか
った変更が多く驚いており、「食糧メーデー」や「著名人の戦争協力の文章の羅列」
等には不満があるので、その部分を削除してほしいことを伝えた。(甲9の5及び
6、乙B7、14)
カ 令和3年10月14日、太秦の事務所において、被告、X3、X5及びX4
5 が参加して、第11稿をめぐっての打合せ(以下「本件打合せ②」という。)が行
われた。その結果、第11稿にある「食糧メーデー」や「著名人の戦争協力の文章
の羅列」等は削除されることとなり、被告が修正を行うこととなった。(乙A17、
18、乙B14)
キ 被告は、令和3年10月19日、第11稿を修正した第12稿を作成し、原
10 告、X3、X5及びX4にメールで送信したが、このとき、原告は第12稿が送付
されたことに気付いていなかった。X3は、第12稿(甲5)を決定稿(最終脚本)
とすることとした(なお、同日にメールで送信されたのは第12稿aであり、その
後に更に修正された第12稿bも存在するが、微修正にとどまることは争いがない
から、両者を区別せず「第12稿」という。その内容は、別紙「第12稿(決定稿)
15 の内容」のとおりである)。第10稿と第12稿との間には、少なくとも、別紙
「原告が主張する権利侵害部分(赤字部分)」記載の差異がある。(甲4、5、1
1、乙A16、乙B13、14)
ク 令和3年11月1日、第12稿に基づく本件映画の撮影が開始され(クラン
クイン)、令和4年8月に初号試写が行われ、本件映画は一応の完成をみた。(乙
20 B14、15)
被告は、ドッグシュガーから脚本料として20万円の支払を受けた(乙B14、
被告本人)。
ケ 原告は、令和4年11月11日到達の連絡文書で、代理人を通じて、ドッグ
シュガーに対し、脚本の対価として75万円の支払を求めるとともに、被告及びド
25 ッグシュガーに対し、原告の承諾なく第10稿が被告により改変されたことは著作
者人格権の侵害に当たり、改変された脚本(第12稿)の映画化は著作権の侵害に
も当たるとして、本件映画の公式ホームページ等における謝罪及び慰謝料50万円
の支払を求めた(甲12の1及び2、乙A5、6)。
3 争点
(1) 原告の著作者人格権(同一性保持権)侵害の有無(争点1)
5 (2) 原告の損害の有無及び額(争点2)
(3) 謝罪広告掲載の必要性(争点3)
4 当事者の主張
(1) 原告の著作者人格権(同一性保持権)侵害の有無(争点1)
〔原告の主張〕
10 ア 被告は、原告の著作物である第10稿に少なくとも別紙「原告が主張する権
利侵害部分(赤字部分)」記載の変更を加え、第12稿を作成した。第10稿から
第12稿への変更箇所のうち、原告が同一性保持権侵害と考える変更箇所は、同別
紙の赤字部分の箇所である(以下、この箇所に関する変更を「本件変更」と総称す
る。)。脚本におけるシーンの変更や描写、特にセリフ部分は、脚本の創作性及び
15 特徴において重要な意味を有するところ、被告は、故意に、原告に無断で原告の意
に反する本件変更を加え、原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害した。
イ 本件打合せ①において、原告は、被告が本件映画の脚本家として名前を連ね
ることは承諾したが、せいぜい共同で脚本を作成していくという認識であって、原
告の関与・同意なく被告が単独で改稿していくことを承諾したことはない。第10
20 稿は、原告の同意の下で何らかの変更が加えられることは想定していたものの、原
告の個別の同意がない変更につき包括的に同意した事実はない。
〔被告の主張〕
ア 被告が、第10稿を改稿して、第12稿を作成した事実は認める。
イ しかし、本件変更は、原告が事前に包括的に同意していたものである。すな
25 わち、本件打合せ①において、被告は、本件映画の脚本は原告のデビュー作となる
ものであるから、原告単独の名前で世に出したいという意見を述べたが、原告が、
脚本を原告と被告の連名とすることに同意したため、被告も、脚本に被告の名前を
出して連名の作品とすることを了解し、「名前を出す以上、手を入れるよ。直すよ」
ということを述べたところ、原告は「よろしくお願いします」と述べて、被告の加
筆と修正による第8稿以降の改稿に同意した。
5 第10稿に本件変更を加えて改稿し、第12稿を作成する作業は、本件打合せ①
で形成された前記同意に基づき、被告が行った。被告は、脚本に自分の名前だけを
出すという無責任なことはできなかったため、改稿作業を行ったものであり、原告
も、第10稿以降の一切の作業を被告に委ねていた。
したがって、原告は、本件打合せ①において、第10稿からの本件変更につき明
10 示的に同意していたものであり、本件変更は、同一性保持権を侵害しない。
ウ 本件打合せ①において、原告とドッグシュガー及びX5とが、第8稿を映画
化する(翻案する)ことを許諾する旨の著作物使用許諾契約を締結し、ドッグシュ
ガー及びX5と被告との間で、第8稿を映画脚本としてふさわしいものに翻案する
ことを依頼する旨の業務委託契約が締結されたものであるから、被告は、第8稿の
15 使用につき、原告の許諾を受ける法的義務を負うものではない。
(2) 原告の損害の有無及び額(争点2)
〔原告の主張〕
原告は、被告の行為により、自らの同一性保持権を侵害された。原告にとって、
本件映画が脚本家としてのデビュー作であり、その脚本は、今後の脚本家人生を左
20 右する極めて重要なものであり、かつ、極めて思い入れの強い作品であった。それ
にもかかわらず、被告によって、第10稿を自己の許諾していない、意に沿わない
内容に改変され、改変後の第12稿(決定稿)を基に映画化がされ、本件映画が上
映されたことによって、本件映画の脚本は原告が作成したものとして不特定多数者
の目に触れ、その旨のレッテルを貼られることになってしまった。
25 このように、原告が許諾していない内容を、自己の脚本であると認識されること
による原告自身の評価の低下は著しく、また、その精神的苦痛は計り知れないもの
がある。かかる精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、100万円を下るこ
とはない。
また、原告は、被告の行為により、本件訴訟の提起を余儀なくされており、その
弁護士費用としては、損害額の1割に相当する10万円が相当である。
5 〔被告の主張〕
争う。
(3) 謝罪広告掲載の必要性(争点3)
〔原告の主張〕
決定稿の内容は、全体として、女性を軽視する内容と認識されてもやむ得ない内
10 容となっており、かつ、DVを正当化する内容に変更されてしまっていることから、
社会的な批判にさらされており、原告の脚本家としての名誉又は声望が毀損された
ことは明らかである。原告の名誉又は声望は、慰謝料という金銭の支払によっての
みでは十分には回復せず、原告の著作権及び著作者人格権が侵害されたものであっ
たことを周知し、原告が被告からの謝罪を受けることによって全面的に回復し得る。
15 したがって、全国紙の新聞に、別紙謝罪広告目録記載1の内容の謝罪広告が、同2
の掲載要領で掲載される必要性がある。
〔被告の主張〕
争う。
第3 当裁判所の判断
20 1 認定事実
前記前提事実並びに証拠(別紙「認定事実」に掲記の証拠のほか、甲13、14、
乙A17、18、乙B14、15、証人X5、原告本人、被告本人、X3(兼ドッ
グシュガー代表者)、太秦代表者X4)及び弁論の全趣旨によれば、別紙「認定事
実」記載のとおりの事実(以下、同別紙の「№」欄記載の番号に従い、「認定事実
25 №1」などという。)が認められる。
2 原告の著作者人格権(同一性保持権)侵害の有無(争点1)
(1) 同一性保持権を侵害する行為とは、他人の著作物における表現形式上の本
質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいう。
第9稿までは被告による指導、助言を経ながらも原告のみが作成したものである
(争いがない。)。また、第9稿に被告が加除修正を加え、被告の追加の修正指示
5 に従って原告が更に修正を加えて第10稿が作成されたが、この修正は、被告の認
識によっても「とりあえず気付いた点や誤りについて…加筆削除」したという程度
であり(乙A10、17)、脚本の序盤部分に若干のシーンの加筆、変更等はある
ものの大部分は本件打合せ①の方針を踏まえた不備の是正にとどまるから、被告の
当該修正については脚本作成の創作的関与とまではいえず、第10稿は原告の著作
10 物ということができる。そして、第10稿から第12稿に至るまでに被告によって
改稿が行われ、両稿には少なくとも本件変更の箇所の相違があることは争いがない。
本件変更に係る部分は、後記(2)認定のとおり、第10稿の基本的な思想、感情の
創作的表現は維持しつつ、単純な字句の修正や歴史的事実の是正にとどまらず、主
人公が戦争詩を書く理由や主な登場人物の性格描写等について被告の解釈やニュア
15 ンスを付加するなどして第10稿を変更するものであるから、本件変更は、第10
稿の表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える
ものである。また、その程度は、著作者の人格的利益を通常害しないと認められる
程度の些細な変更とはいえない。
(2) これに対し、被告は、本件打合せ①において、脚本家として自身の名前を
20 出すのであれば、脚本に手を入れるという趣旨の発言をし、原告も「よろしくお願
いします。」と述べたとの事実が存在することを前提として、第8稿以降の改稿に
関する原告の包括的同意があった旨主張する。一方、原告は、本件打合せ①におい
て、原告と被告が本件映画の脚本家として名前を連ねることに同意したが、それは
原告と被告が共同で脚本を作成していくという認識であって、原告の関与・同意な
25 く被告が単独で改稿することを承諾していない旨主張する。
本件打合せ①の状況(認定事実№8)及び認定事実№30から№52までに認定
される原告の対応からすると、原告は被告による従前からの指導、助言の延長に当
たる程度の改稿は想定し、そのような修正提案があれば受け入れる意向を有してい
たことがうかがわれるが、本件打合せ①において、原告が、被告による第8稿以降
の脚本の改変を包括的に同意したと認めるに足りる証拠はない。仮に上記被告主張
5 の事実が存在したとしても、それだけで、原告が被告による全ての改稿につき包括
的同意を与えたとは認めるに足りない。むしろ、原告が、第11稿を受け取った後、
X3に対し、電話で「食糧メーデー」や「著名人の戦争協力の文章の羅列」等に対
する不満を述べ、その部分の削除を申し入れ、メールでも「知らされてなかった変
更が多く、驚いています。」、「正直解せない部分がある」と述べていること(認
10 定事実№45、46)、X3も、原告に対し、第11稿は今までとは違う作品にな
っているので、長さだけではなく、内容的にも今日の話し合いは重要なことになる
旨原告に連絡していること(認定事実№47)からすると、少なくとも、被告が第
10稿を含む第8稿以降の脚本に実質的な変更を加える際には、原告の個別の同意
を要することが、本件打合せ①の参加者の共通の前提になっていたものと認められ
15 る。
そして、本件変更に係る部分は、主人公と女主人公の愛憎と主人公がDVを行い
同棲生活が破綻に至るまでを描く第10稿の基本的な思想、感情の創作的表現は維
持しつつ、第12稿の133シーン中15シーンにわたり第10稿の台詞等の内容
が変更されており、単純な字句の修正や歴史的事実の是正にとどまらず、主人公が
20 戦争詩を書く理由や主な登場人物の性格・心理等についての被告の解釈や描写を付
加するなどしたものであることが認められる。すなわち、本件変更において、第1
2稿のシーン17、43、57、62、73、76、101、114、119への
変更は主人公又は女主人公の性格や心理の描写を第10稿から変容させるもの、同
シーン64、65、67への変更は主人公の戦争への向き合い方や戦争詩を書く理
25 由に関する被告の解釈を反映し第10稿に付加するもの、同シーン75、117へ
の変更は主人公の女主人公に対するDVとそれに対する他者の反応の描写を第10
稿に付加し又は変容させるもの、同シーン96への変更は主人公が戦争詩を書く理
由や主人公と女主人公との関係性について被告の解釈を反映させて第10稿を変容
させるものと認められる。
そうすると、本件変更は第10稿に実質的な変更を加えるものであり、本件変更
5 には原告の同意を要すると解されるところ、被告が本件変更に際して原告の同意を
得ていないことは明らかであって、被告による本件変更は、第10稿に関する原告
の意に反する改変に当たり、原告の同一性保持権を侵害すると認められる。
(3) また、被告は、原告とドッグシュガー及びX5とが、第8稿を映画化する
(翻案する)ことを許諾する旨の著作物使用許諾契約を締結し、ドッグシュガー及
10 びX5と被告との間で、第8稿を映画脚本としてふさわしいものに翻案することを
依頼する旨の業務委託契約が締結されたから、被告は、第8稿の使用につき、原告
の許諾を受ける法的義務を負わない旨主張する。
しかし、前記(2)認定のとおり、第10稿を含む第8稿以降の脚本につき、原告
が、被告による改変を包括的に同意したとは認められず、かえって、被告が実質的
15 な変更を加える場合には、原告の個別の同意を要することが、本件打合せ①の参加
者の共通の前提になっていたものと認められるのであるから、仮に被告が主張する
各契約が成立していたとしても、被告が第10稿の実質的な変更につき、原告の許
諾を受ける義務がないとはいえず、被告の主張は理由がない。
3 原告の損害の有無及び額(争点2)
20 前記2によれば、被告の故意又は過失による同一性保持権侵害の事実が認められ、
その結果、原告は、第10稿への思い入れに沿わない第12稿に基づき本件映画が
製作、公開されたことにより、著作物に関する創作的表現の同一性を維持するとい
う人格的利益が損なわれ、精神的苦痛を受けたものと認定できる。
一方、後記4のとおり、第12稿を決定稿とする本件映画の上映によって原告が
25 主張するような名誉や声望が害された事実は認め難いこと、脚本の作成過程で、令
和3年10月19日に被告が第12稿aを原告に送信したにもかかわらず原告がこ
れに気付かず、原告が同月28日になっても決定稿を知らされていないと誤解して
いたこと(認定事実№53、54、58)、以上の事情も認められる。
これらの事情その他一切の事情を総合すると、原告の精神的苦痛を慰謝する金額
は5万円が相当であり、弁護士費用はその1割である5000円が相当である。
5 4 謝罪広告掲載の必要性(争点3)
雑誌「映画芸術」における本件映画の特集の見出しに関し、SNS上で女性を殴
る加害者側に同情的であるとして非難するコメントが存在することは認められるも
のの(甲8、乙A5)、それは本件映画やその脚本に対する評価ではない。本件映
画に対しては肯定的な評価もされているのであって(乙A11ないし13)、本件
10 変更により脚本がDVを正当化する内容に変更されて原告の脚本家としての名誉又
は声望が害されたとの事実は認めるに足りない。その他、損害賠償とともに名誉回
復等の措置が必要であると認めるべき事情は見当たらない。
したがって、原告の請求する謝罪広告掲載の必要性は認められない。
5 結論
15 よって、原告の請求は、主文の限度で理由があるからこれらを認容し、その余は
理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官
武 宮 英 子
裁判官
阿 波 野 右 起
5 裁判官峯健一郎は、転任のため、署名押印することができない。
裁判長裁判官
10 武 宮 英 子
(別紙)
作 品 目 録
映画の題名 天上の花
5 監 督 X3
製 作 「天上の花」製作運動体
製作プロダクション 株式会社ドッグシュガー
配 給 太秦株式会社
以 上
(別紙)
謝罪広告目録
1 広告の内容
5 映画「天上の花」が脚本家であるX1氏への許諾なく改変され、
制作されたものであることを認め、ここに深くお詫びいたします。
脚本家にとっては我が子のように大切な脚本を無断で改変すると
いう、映画人としてあってはならない行為が今作品において行われ
てしまったことについて深く反省いたします。
10 またこの改変が、今作がデビュー作であるX1氏に対し、世間に
誤った印象を抱かせてしまうような事態を招いてしまったことをお
詫びいたします。
二度とこのような事が起こらないよう自戒する所存でございます。
15 2 広告の要領
掲載スペース 社会面 2 段 ×4 . 0 ㎝
使用活字 ゴシック12ポイント
以 上
25 ( 別 紙 )第10稿(準備稿)の内容は省略
(別紙)原告が主張する権利侵害部分(赤字部分)
第10稿(準備稿) 第12稿(決定稿)
P1 P2 3 海岸
藍紬の下にモンペを履いて、雑嚢を掛けた達治が、寄せては返す波を、ひょいひょいっと飛び越えながら歩いている。
御神楽の笛吹きのようだ。
飛び損ねて、波に足を突っ込む。
笑いながら、波から跳ね逃く達治。
「海よ、僕らの使ふ文字ではお前の中に母がゐる。
そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある」
『郷愁』の一節が画面に流れる。
P3 16 萩原家 居間(回想) P8 14 萩原家・居間(回想・昭和三年)
座卓に向かい合って座る朔太郎と達治。 座卓に向かい合って座る朔太郎と達治。
朔太郎「三好君には将来性がある。父と母に何度もそう言ったんだが……文士は生活無能力者と思い込んで 朔太郎「三好君には将来性があると何度もそう言ったんだが……詩と、マンドリンと手品以外に能がなくて無収入で親がかりの僕を見
いるんだよ」 てるから、文士は生活無能力者と思い込んでいるんだよ」
達治「定職にもついていない書生ごときが大事な娘さんをくださいなんて……身の程知らずでした」 達治「卒業しても、定職にもついていないですからね……。ご母堂さまに身の程知らずかと言われても仕方が無い」
朔太郎「三好君……」 朔太郎「おっかさんは慶子を溺愛してるんだよ。器量自慢で、そのために家柄や身分で相手を決めて失敗している。三好君……。母が
達治「就職するつもりです」 月給取りになるならと言っているんだが」
朔太郎「就職ったって」 達治「就職すれば、慶子さんと……」
達治「先生の『月に吠える』を再版したアルス社で雇ってもらえそうなんです。それなら前橋のご両親も納 朔太郎「婚約させてもいいと」
得して下さるでしょう」 達治「します。就職します。でも、どこが雇ってくれるか」
朔太郎「……詩をやめるのかい」 朔太郎「『月に吠える』を再版してくれたアルス社に頼んでみよう。社長が北原白秋の弟なんだ」
達治「仕事をしながら続けるつもりです」 達治「ええ。お願いします。慶子さんと結婚できるならなんでもします」
朔太郎「君にとって詩は、会社勤めの片手間 で出来るようなものなのか」 朔太郎「詩はどうするんだ」
達治「稼げなければどの道、食べてはいけません。先生のように、詩だけ書いてればいいというわけにはい 達治「続けます」
かないんです」 朔太郎「会社勤めの片手間でできるのか、君の詩は」
朔太郎「……」 達治「まだ僕の詩では食べていけません。先生のようにお金持ちの家じゃないので……」
達治「……すみません」 朔太郎「……結婚なんていいことないぞ」
朔太郎「君の言う通りだよ。今だに親の世話になっている僕が君をどんなに推薦したって、聞き入れてもら 達治「は?」
えるはずもなかった」 朔太郎「姑、小姑がうるさいし、その反撥なのか、稲子のやつ、下らん拳闘の選手やラッパズボンのモダンボーイを毎日引きずり込ん
達治「…………」 でダンス三昧だ。この間は、坂の途中の木陰で若い画学生と……キッスしているのを見てしまったよ。七歳と五歳の娘がいるのに…
朔太郎「……結婚なんて……」 …」
達治「は?」 達治「奥さんが……」
朔太郎「稲子のやつ、下らん拳闘の選手やラッパズボンのモダンボーイを毎日引きずり込んでダンス三昧
だ。この間は、坂の途中の木陰で若い画学生と……キッスしているのを見てしまったよ。七歳と五歳の娘が
いるのに……」
達治「奥さんが……」
P4 19 佐藤春夫の家(回想) P11 17 佐藤春夫のモダンなピンク色の家(小石川区関口町)(回想・昭和八年末)
  達治と中谷の向かいに座る佐藤春夫(四〇)。 達治と中谷の向かいに座る佐藤春夫(四〇)。
達治「僕なんかでいいんでしょうか。詩では まだ稼げませんし、翻訳でやっと食っているくらいで」 達治「僕なんかでいいんでしょうか。詩ではまだ稼げませんし、ボードレエルの『巴里の憂鬱』やゾラの『ナナ』、ファーブルの『昆
佐藤「大丈夫、毎月決まったお給金のある仕事でないことぐらい、解かっているから」 虫記』などの翻訳でやっと食っているくらいで」
達治「そう、なんですか」 佐藤「大丈夫、毎月決まった給金のある仕事でないことぐらい、解かっているから」
智恵子の声「失礼します」 達治「そう、なんですか」
佐藤「おお、来た来た」 智恵子の声「失礼します」
智恵子「(恥ずかしそうに)智恵子です」 佐藤「おお、来た来た」
  障子を開けて、智恵子が入ってくる。 障子を開けて、智恵子が入ってくる。
  丸い眼鏡に太い眉、やや豚鼻で、お世辞にも美人とは言えない。 智恵子「智恵子です」
  絶句する中谷、達治をうかがう。 丸い眼鏡に太い眉、やや豚鼻で、お世辞にも美人とは言えない。
佐藤「じゃあ、後は二人で」 絶句する中谷、達治をうかがう。
佐藤と中谷、入れ替わりに部屋を出る。 佐藤「じゃあ、後は二人で」
差し向かいで座る二人。 佐藤と中谷、入れ替わりに部屋を出る。
智恵子、恥ずかしそうに俯いている。 差し向かいで座る二人。
達治「僕なんかと結婚したって、貧乏暮らししか出来ませんよ」 智恵子、恥ずかしそうに俯いている。
智恵子「……太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ……」 達治「僕なんかと結婚したって、貧乏暮らしし
達治「?」 か出来ませんよ」
智恵子「感動しました。とっても、とっても優しい詩で」 智恵子「……太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ……次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ」
達治「ああ、そうでしたか」 達治「?」
智恵子「(顔を上げて)こんな優しい詩を書く人と一緒になりたいと思いました。この詩人の子供を産みた 智恵子「感動しました」
いと思いました」 達治「ああ、そうでしたか」
達治「……」 智恵子「(顔を上げて)こんな優しい詩を書く人と一緒になりたいと思いました。この詩人の子供を産みたいと思いました」
智恵子の気迫に驚きつつも、心動かされる達治。 達治「……なんで次郎で止まるんだ、なんで百郎までいかないんだと言う人もいます」
智恵子「……!?」
P4. 20 喫茶店(回想) P13. 18 朔太郎の新居(世田谷区代田一丁目)(昭和八年末)
朔太郎と達治がビールを飲んでいる。 達治、部屋を見廻しながら、
朔太郎「そうか、ついに結婚か」 達治「素敵な家ですね。先生が設計したんですか」
達治「はい。佐藤春夫先生の妹さんで、仕事に 朔太郎「(頷く)やっと葉子、明子と一緒に暮らせる」
 ついても理解のある人で」 達治「よかったですね。今日は、結婚のご報告に参りました」
  ♪ 泣くなよしよし ねんねしな 朔太郎「君もついに結婚か」
     山の鴉が啼いたとて 達治「佐藤春夫先生の姪御さんで、仕事についても理解のある人で」
    (「赤城の子守唄」作詞 佐藤惣之助) 朔太郎と達治、ビールを注ぎ合い
達治「……」 朔太郎「結婚おめでとう」
朔太郎「店を、変えようか?」達治「どこへ行っても、かかってますよ」 達治「新築おめでとうございます」
朔太郎「惣之助は売れっ子作詞家だからな」達治「華やかな式だったと聞きました」 コップを合わせる。
朔太郎、敷島に火を点けながら、 達治「慶子さん、華やかな式だったと聞きました」
朔太郎「惣之助は二度目、慶子に至っては三度目だっていうのに、よくやるよ。僕はもう結婚はこりごりだ 朔太郎、敷島に火を点けながら、
よ」 朔太郎「惣之助は二度目、慶子に至っては三度目だっていうのに、よくやるよ。僕はもう結婚はこりごりだよ」
達治「もう五年ですか。葉子ちゃんと明子ちゃんは」 達治「稲子さんが出ていってもう四年ですか」
朔太郎「前橋で母が……。あいつは、落合で駆け落ちした画学生と珈琲店をやってるらしい。……僕は、君 朔太郎「あいつは、落合で駆け落ちした画学生と珈琲店をやってるらしい。……僕は、君が慶子と結婚しなくてよかったと思ってい
が慶子と結婚しなくてよかったと思っている」 る」
達治「……どうしてですか……」 達治「……どうしてですか……」
P4朔太郎「慶子は、母の悪いところばかり似ている。心がさもしくて、面倒くさがり屋で、我がままで、物 朔太郎「慶子は姉妹のなかでも一番、おっかさんの悪いところばかり似ている。心がさもしくて、面倒くさがり屋で、我がままで、物
事の表面しか見ていなくて」 事の表面しか見ていなくて」
達治「……でも、美しいです……」 達治「……でも、美しいです……」
♪ お月様とて 只ひとり 朔太郎「三日に一度は実家に帰す、家事はしなくてもよいという条件を惣之助が飲んでの結婚だ。君はそんな条件飲めないだろ」
     泣かずにいるから ねんねしな 達治「…………」
朔太郎「やっぱり、店を変えよう」
達治「はい」
達治と朔太郎、席を立つ。
P5.26 海岸 P18. 24 海岸
海岸沿いを歩く達治と慶子。 海に夕陽が沈んでいく。
何十艘もの漁船が岸に浮かんでいる様子は一見、壮観に見える。 海岸沿いを歩く達治と慶子。
しかしその半分は壊れ、傾いている。 達治「こちらでは三国随一と呼ばれる富豪、森田家の三つある別荘のひとつを借りているんですよ」
達治「こちらでは三国随一と呼ばれる富豪の別荘を借りているんですよ」 慶子「まあ! 早く見たいわ」
慶子「まあ! 早く見たいわ」 達治、砂浜の向こうの丘を指さして、
達治、砂浜の向こうの岸壁を指さして、 達治「ここから見えますよ。ほら、あそこ」
達治「ここから見えますよ。ほら、あそこ」 慶子「どこどこ? 見えないわ」
慶子「どこどこ? 見えないわ」 漁師が、浜づたいに歩いてくる。
漁師が、浜づたいに歩いてくる。 漁師「(方言)どうも、先生。朝、魚を持って行ったけど、留守だったから、あとで、魚を届けにあがりますよ」
漁師「どうも、先生。あとで、魚を届けにあがりますよ」 達治「ありがとう。今日は何が漁れましたか」
達治「ありがとう。今日は何が漁れましたか」 漁師「ババカレイとスズキ」
漁師「サワラとスズキ」 軍帽に白い軍の病衣に黒眼鏡の男(鈴木泰男)が杖をついて歩いてくる。
向うから着流し姿の男(泰男)が杖をついて歩いてくる。 三人を器用によけて通り過ぎる泰男。
美しく整った顔の瞳は閉じられたまま。 傷痍軍人である。
三人を器用によけて通り過ぎる泰男。 漁師「支那で目をやられて、あちこちで按摩をやる代わりに食べ物をもらっているんです。傷病年金もらってるんだろうに」
瞬間、微かに、見えない目を慶子に向ける。 達治「ちょうどいい。後で来てもらおう」
慶子「あれは?」 漁師「このきれいな人は先生の奥様ですか」
漁師「支那で目をやられて、あちこちで按摩をやる代わりに食べ物をもらっているんです」 達治「そうだよ。慶子という」
達治「ちょうどいい。後で来てもらおう」 慶子「よろしくね」
漁師「このきれいな人は先生の奥様ですか」 と笑む。
達治「そうだよ。慶子という」
慶子「よろしくね」
と笑む。
P6.29 同 居間 P21. 28.三国特有の蔵座敷・書斎
室内には草坪の絵、会津八一の書、木彫仏像等が並べられている。 炬燵が寒い冬を思わせるようにそのままある。
暗いランプを手にそれらを照らし、慶子へ見せて歩く達治。 室内には高橋草坪(そうへい)(幕末の文人画歌・田能村竹田の高弟)の淡彩画、会津八一(明治生まれの歌人・書家)の書、木彫仏像
達治「これは草坪の絵で、こっちは会津八一の書でね」 等が並べられている。
慶子「はあ……」 暗いランプを手にそれらを照らし、自慢気に慶子へ見せて歩く達治。
達治「そうだ、あなたのために琴を買ったんですよ」 達治「これは草坪の絵で、こっちは会津八一の書でね」
部屋の隅に友禅模様の覆いが掛けられた琴が置かれている。 慶子「はあ……」
達治、覆いを捲って、 達治「そうだ、あなたのために琴を手に入れたんですよ」
達治「さっそく何か弾いてみて下さい」 部屋の隅に友禅模様の覆いが掛けられた琴が置かれている。
慶子「琴なんて、長い間、触ってません」 達治、覆いを捲って、
達治「すぐに勘が戻りますよ。さあ」 達治「名器だそうです。弾いてみて下さい」
慶子「今日はもう寝みます」 慶子「ずいぶん、弾いてないし……私、お腹空いた」
達治、躁状態から引き戻される。
達治「ああ……では私も一緒に寝みます」
慶子「夜にお仕事される習慣だと、お聞きしましたけど」
達治「ええ、そうでしたが……あなたがいるので、その習慣を正常に戻します」
慶子「私に合わせていただかなくても……」
達治「さあ、もう寝ましょう」
P22. 28.同・台所
達治、スズキをさばいている。
感心して見ている慶子。
慶子「兄が言ってたのと違う……」
達治「先生は何て?」
慶子「電気のコードも修繕できない不器用な男だって。庖丁の使い方が板前みたい。炭のおこし方も上手だし」
達治「若い時は先生の言う通りだった」
と笑う。
P22. 29.同・茶の間
慶子、スズキのアラ汁と刺身でご飯を食べている。
達治、酒を飲んでいる。
達治「おいしいですか」
慶子「頬が落ちそう」
達治「たくさん食べなさい。ここでは活きのいい魚には困りません」
慶子「取りたてのお魚が毎日食べられるのね」
達治「(うれしそうに頷き)漁師が持ってきてくれます」
×  ×  ×
慶子、うつらうつらしている。
達治、飲んでいる。
達治「慶子さん……」
慶子、目を覚ます。
達治「疲れてるんでしょ。寝んだらどうですか」
慶子「はい。そうさせてもらいます」
達治「私も、寝みます」
慶子「夜にお仕事されて朝寝る習慣だと、お聞きしましたけど」
達治「ええ、そうでしたが……あなたのために、その習慣を正常に戻します」
慶子「私に合わせていただかなくても……」
達治「さあ、もう寝ましょう」
P27.34.同・茶の間
ババカレイ(ナメタガレイ)の刺身で食事する達治と慶子。
慶子「何ていうお魚?」
達治「ババカレイです。煮付けもいいけど、刺身もおいしいでしょ」
慶子「(頷く)」
P29. 36.石畳の小径
手拭いと石鹸を持った達治と慶子。
手をつないで帰ってゆく。
達治「生まれて初めてだ」
顔を赤らめている。
慶子「何が?」
達治「女と手をつないで歩くのが」
P9.38 同 茶の間 P35. 41.同・書斎
机に向って、一心不乱に書の練習をしている達治。 机に向って、一心不乱に書の練習をし
慶子の声「すみません」 ている達治。
返事をしない達治。 慶子の声「すみません」
慶子が入ってくる。 返事をしない達治。
達治「(振り向かずに)僕の書を小野君が彫りつけて、拓本詩集を出すので、練習しているのです」 慶子が入ってくる。
慶子「詩集なんて、今時売れるんですか?」 達治「(振り向かずに)僕の字を小野君が木版にして、手刷り詩集と越前手漉和紙を使った直筆の手書き詩集を出すので、練習してい
紙に筆を走らせる手が一瞬止まる。 るのです」
慶子「小野さんのお宅へ行ってきます」 慶子「そんなに凝った贅沢な本を作って、この時世に買ってくれるのはよほど酔狂な人ですね」
返事はない。 紙に筆を走らせる手が一瞬止まる。
慶子、部屋を出る。 慶子「小野さんのお宅へ行ってきます」
達治、閉じられた戸を見る。 返事はない。
慶子、部屋を出る。
P9.40 小野家下宿 居間兼アトリエ P36. 43.小野の下宿・居間兼アトリエ
前衛的な絵が所狭しと置かれた和室に、ソファと絨毯が敷かれている。 前衛的な絵が所狭しと置かれた和室に、ソファと絨毯が敷かれている。
物珍しげに作品を見る慶子。 物珍しげに作品を見る慶子。
陸子「片付いてなくて、ごめんなさい」 陸子「片付いてなくて、ごめんなさい」
陸子がお茶を持ってくる。 陸子がお茶を持ってくる。
慶子「家にいると、息がつまりそうで」 慶子「家にいると、息がつまりそうで」
慶子と陸子、ソファに座りお茶を飲む。 慶子と陸子、ソファに座りお茶を飲む。
慶子「一日中、部屋に籠って書き物ばかり」 慶子「一日中、部屋に籠って書き物ばかり」
陸子「仕事ですもの、仕方ないわ」 陸子「仕事ですもの、仕方ないわ」
慶子「それは分かってるんです。前の夫だって同じようなものでしたから」 慶子「それは分かってるんです。前の夫だって同じようなものでしたから」
陸子「佐藤惣之助?」 陸子「佐藤惣之助?」
慶子「でも、仕事が終わったら、機嫌を取ってくれてもよさそうなものじゃないですか」 慶子「でも、仕事が終わったら、機嫌を取ってくれてもよさそうなものじゃないですか。佐藤は悪かった、一人にしておいて寂しかっ
陸子「お疲れで、そこまで気が回らないのよ」 た?と機嫌を取ってくれたり、お魚の身は食べやすくむしってくれたり……」
慶子「それでも、手をつないで散歩したり、優しい言葉をかけてくれたって」 陸子「そんな男の人がいるんですか」
陸子「(クスっと笑って)三好さんは女性に対してウブで、とても純粋な方なんですよ」 慶子「いたのよ。それにひきかえ三好ったら……。しかもあんなに大酒飲みだとは知らなかったんです。夜っぴいて飲んでいて、朝見
慶子「純粋なんて何の役にも立たないわ」 ると一升瓶がほとんど空になってる。晩酌の時なんて人がくるりと変ったように気むずかしくなるんですよ。一日中机に向っていた日
がひどいんです。箸の上げおろしまで文句言われる。酒ぐせが悪いより女ぐせの悪いほうがましです」
陸子「(クスっと笑って)三好さんは真面目で純粋だから女遊びなんて」
慶子「だから女の気持が分からないのよ。佐藤はキザと思うほど愛しているとか美しいとか言ってくれて……素早い抱擁で私を酔わせ
てくれたのに」
睦子「まあ、ごちそうさま」
慶子「あら」
と笑う。
睦子「八幡製鐵所がB29という大きな爆撃機に空襲されましたね。七十数機も中国から飛んできて。今のうちですよ、仲良くできるの
も」
P12.54 同 土間 P47. 57.同・土間
つむぎの外出着の上からモンペを穿いた達治を見ている慶子。 紬の外出着の上からモンペを穿いた達治が、出かけようとしている。
慶子「こんな時間から、どこへ行こうって言うんですか」 慶子「こんな時間から、どこへ行こうって言うんですか」
達治「米を買ってくる」 達治「米を買ってくる」
慶子「どこで?」 慶子「どこで?」
達治「一里ほど行ったところで買えるらしい」 達治「二里ほど行ったところで買えるらしい」
慶子「一里も!? 今からですか」 慶子「二里も!? 今からですか。戻るのは、真夜中になってしまうじゃないですか」
達治、履物を履く。 達治、行ってしまう。
慶子「戻るのは、真夜中になってしまうじゃないですか」
達治「魚は嫌なんでしょう。だったら仕方がない」
慶子「空襲でもあったら、どうするんですか !」
達治「隣の家の防空壕へ入れてもらいなさい」
慶子「私のことじゃありません!」
達治「いってきます」
慶子「待って」
達治、行ってしまう。
P12.55 同 台所 P48. 58. 同・台所
慶子、ゴミ箱から牛肉を拾うと丁寧に水で洗う。 慶子、隠していた越前蟹をふかして食べる。
警戒警報が鳴る。 59. 同・外
洗う手を止めて、窓の外を見る。 慶子、蟹の甲羅や脚を捨てている。
雨が降り始めている。 60. 同・書斎
牛肉を再びゴミ箱へ捨てると、電気を消す。 炬燵でうたた寝している慶子。
56 同 土間 戸を敲く音に起きる。
上り框に座り込んでいる慶子。 戸に耳を近づける慶子。
不安で自分の身体を掻き抱く。 慶子「……どなた?」
 ×  ×  × 達治の声「私だっ」
うたた寝している慶子。 慶子が鍵を開けると大きなリュックと
戸を敲く音に起きる。 風呂敷を下げた達治が入ってくる。
戸に耳を近づける慶子。 達治「大きなリュックと風呂敷を提げて歩いていたので警官につかまって、危うく米を取り上げられるところだった」
慶子「……どなた?」 達治、リュックと風呂敷を慶子に渡す
達治の声「私だっ」 と茶の間へ入る。
慶子が鍵を開けると大きなリュックと風呂敷を下げた達治が入ってくる。 61. 同・台所
達治の髪や着衣は乱れ、疲れた様子である。 慶子、風呂敷からさつま芋や人参や南瓜を取り出す。
慶子「どうされたんですか!?」 油を見ると少ししか無い。
達治「途中で警官につかまって、危うく米を取り上げられるところだった」
達治、リュックと風呂敷を慶子に渡すと居間へ入る。
慶子「待ってください」
慶子、リュックと風呂敷を上り框に置き、達治の後を追う。
P12.57 同 居間 P50. 62. 同・茶の間
達治、ウイスキーを湯呑に注ぎ、呑む。 達治、ウイスキーを湯呑で飲んでいる。
慶子、立ったまま、 慶子「油が無いんです。まだ半分以上残っていた筈なんだけど」
慶子「一体どういうつもりなんですか! こんな時間に私を一人置いて、物騒じゃないですか! もしあな 達治「あなたが嘗めたんでしょう」
たに何かあったら、私は……」 慶子「いくらお腹が空いたからといって、鍋島の猫じゃあるまいし、油なんか嘗めませんよ。鼠よ、きっと」
達治「黙れ!」 達治「鼠が油なんか嘗めるもんか」
達治、持っていた湯呑を投げつける。 湯呑を投げつける。
湯呑が壁に当たって派手に割れる。 慶子「私は油なんか嘗めませんと言ってるじゃありませんか。私を泥棒か、化け猫ぐらいに思ってるんですか」
慶子の足元に割れた湯呑の欠片が転がっている。 達治「あなたは冷たい人だ。あなたは自分しか愛せないのですか」
慶子「……私はただ、心配して……」 慶子「あなたこそ、どういうつもりなんですか、こんな時間に私を一人置いて、物騒じゃないですか」
達治「……」 達治「魚ばかりじゃ嫌だというから、あなたのために、米と野菜を買いに行ったんじゃないか」
慶子「……東京へ帰ります」 慶子「……東京へ帰ります」
達治「……」 達治「……夏にサイパン、テニアン、グアムが玉砕して、アメリカが飛行場を作っただろうから、そろそろ東京の空襲が始まるぞ」
慶子「こんな寂しいところで、一人にされるぐらいなら、東京で空襲に怯えながら暮らす方がまだマシで 慶子「こんな寂しいところで、一人にされるぐらいなら、東京で空襲に怯えながら暮ら
す」 す方がまだマシです」
達治、胸の肋骨を押さえたまま、横向きに伏せる。 達治、胸の肋骨を押さえたまま、横向きに伏せて眼を閉じている。
慶子「……! 気分でも、悪いんですか!?」 慶子「……! 気分でも、悪いんですか!?」
達治「……一人に、しておいてください」 達治「……一人に、しておいてください」
慶子「でも……」 慶子「何も食べないで飲んだからじゃないんですか」
達治「持病の心臓神経症(ヘルツノイローゼ)です。ジッとしていれば、そのうち治まる」 達治「持病の心臓神経症(ヘルツノイローゼ)です。そのうち治まる」
慶子、達治の背をそっとゆする。 慶子、達治の背をそっとゆする。
達治「あっちへ、行ってくれ」 達治「あっちへ、行ってくれ」
慶子「……」 蚊の鳴くような声で言う。
慶子、居間を出る。 慶子、茶の間を出る
 眉間に皺を寄せ、苦しげに眼を閉じる達治。
P52. 64. 達治の家(小田原市小字町三ノ七百十番地)(回想)
達治、達夫(五歳)と松子(四歳)を抱き上げ、
達治「アメリカと戦争が始まったんだよ。今日からはあれが欲しい、これが食べたいとか我がまゝを言っちゃだめだよ。いい子でいれ
ば、神様が勝たしてくれるんだから」
智恵子「士官学校でお友達だった西田さんたちの昭和維新が成功していたら、支那との戦争も、アメリカとの戦争も始めなかったんで
すか」
達治、達夫と松子をおろして、
達治「……西田の先生の北一輝という人は、辛亥革命に参加した人だから、支那との戦争はしなかったんじゃないかな」
智恵子「ということは、アメリカともしないということですよね」
達治「……西田たちは日本を改造しようとしたんだ。でも、銃殺されてしまった」
P14.60 同・朔太郎の寝室(回想) P53. 65. 萩原朔太郎の家・朔太郎の寝室(回想・昭和十七年)
暗い穴ぐらのような三畳の部屋。 暗い穴ぐらのような三畳の部屋。
部屋の隅には家相の本や雑誌『キング』 、立体写真の眼鏡、トランプや底のないコップといった安っぽ 部屋の隅には家相の本や雑誌『キング』 、立体写真の眼鏡、トランプや底のないコップといった安っぽい手品の道具が置かれてい
い手品の道具が置かれている。 る。
病床についている朔太郎の脇で、バナナを持って座っている達治。 病床についている朔太郎の脇で、バナナを持って座っている達治。
朔太郎「捷報いたる、か……」 朔太郎「……支那との名分のない戦いに漠然としたうしろめたさの気分と鬱屈していた感情がアメリカとイギリス相手に開戦したこと
寝そべったまま原稿用紙を眺める朔太郎。 で一気に開放されたんだよ、国民は何となくスカッとしたんだろ」
その手から原稿用紙がハラリと落ちる。 達治「…………」
達治「しっかりしてください。今こそ我々が必要とされているんです」 朔太郎「僕のように超社交的な生活をしてきた人間が、全体主義的に、統制的にやられたり、向う三軒両隣りのつきあいを余儀なくさ
朔太郎「僕には無理だよ」 れる世の中なんて、耐えられないよ」
達治「無理じゃありませんよ」 達治「…………」
朔太郎「君のように、戦争の詩なんて書けない」 朔太郎の手から原稿用紙がハラリと落ちる。
達治「南京陥落の日に」 66 原稿用紙『捷報いたる』
朔太郎「……」 捷報いたる
達治「わが戦勝を決定して よろしく万歳を祝うべし よろしく万歳を叫ぶべし… …そう書かれていたじゃ 捷報いたる
ないですか」 冬まだき空玲瓏と
朔太郎「朝日新聞の記者から頼まれて断り切れず、仕方なく一晩で書いたんだ」 かげりなき大和島根に
達治「先生?」 捷報いたる
朔太郎「あんな無良心な仕事をしたのは、生まれて始めてのことだった……君はもともと軍人になろうとし 眞珠灣頭に米艦くつがへり
た人間だから戦争詩なんてお茶の子さいさいなんだろうね」 馬來沖合に英艦覆滅せり
達治の表情、硬くなる。 東亞百歳の賊
どこからともなく、ラジオの音が漏れ聞こえてくる。 ああ紅毛碧眼の賤商ら
♪山の淋しい湖に 何ぞ汝らの物慾と恫喝との逞しくして
ひとり来たのも悲しいこころ 何ぞ汝らの艨艟の他愛もなく脆弱なるや
(『湖畔の宿』作詞:佐藤惣之助) 而して明日香港落ち
而して明後日フイリッピンは降らん
 達治「また惣之助か」 シンガポールまた次の日に第三の白旗を掲げんとせるなり
達治、音の出所を探すように視線をよそへ移す。 ああ東亞百歳の蠹毒
朔太郎「君だって作詞で売れたじゃないか。軍神の映画の劇中歌」 皺だみ腰くぐまれる老賊ら
達治「ああ、『西住戦車長伝』ですか」 巳にして汝らの巨砲と城塞とのものものしきも
朔太郎「君は嬉しそうだね」 空し
達治「嬉しいだなんて」 そは汝らが手だれの稼業の
朔太郎「捷報いたる、捷報いたる……僕も君みたいになれればいいなあ」 ゆすりかたりを終ひに支えざらんとせるなり
達治「……」 かくて東半球の海の上に
  ♪薄きすみれに ほろほろと 我らの聖理想圏は夜明け
朔太郎「〽いつか涙の陽がおちる……か」 黎明のすずしき微風は動かんとせり
   朔太郎を見つめる達治。
P56. 67 元の朔太郎の寝室
朔太郎「君は、北原白秋の『遂げたり神風』という詩を「高潮詩」と言っているけど、詩歌として何の感銘もない「遂げたり凡作」と
言いたほどの出来栄えと言い、ロンドンへの長距離飛行などということが現代詩歌の題目としての資質を欠いている、非詩と承知の上
で需要者の需めに応じたのであろう。現代ジャーナリズム機構にまんまと操縦されてしまったのではないか、と批判していたよね。君
のこの批判は、この『捷報いたる』にもあてはまるのじゃないかね」
達治「神風号と戦争とは違います。先生も『南京陥落の日に』を書いています」
達治と朔太郎がストップして、二人の上に『南京陥落の日に』が流れる。
『南京陷落の日に』
歳まさに暮れんとして
兵士の銃劍は白く光れり。
軍旅の暦は夏秋をすぎ
ゆうべ上海を拔いて百千キロ。
わが行軍の日は憩はず
人馬先に爭ひ走りて
輜重は泥濘の道に續けり。
ああこの曠野に戰ふもの
ちかつて皆生歸を期せず
鐵兜きて日に燒けたり。
天寒く日は凍り
歳まさに暮れんとして
南京ここに陷落す。
あげよ我等の日章旗
人みな愁眉をひらくの時
わが戰勝を決定して
よろしく萬歳を祝ふべし。
よろしく萬歳を叫ぶべし。
ストップが解ける。
朔太郎「目糞、鼻糞を笑うだな。朝日新聞の記者から頼まれて断り切れず、仕方なく一晩で書いたんだ。あんな無良心な仕事をしたの
は、生まれて初めてのことだった。僕は君みたいに注文の多い詩人じゃないからね。君はもともと職業軍人になろうとした人間だから
戦争の詩なんてお茶の子さいさいなんだろうね」
達治の表情、硬くなる。
達治「私たちの現代詩は、創作の動機において、室内的、私語的ではなかったでしょうか。私たちの現代詩は、ダダイズム以後の浅薄
無残な悪模倣悪流行に災されて、貧しく、薄っぺらに、拙劣に、無学に、どこまでもつまらなく侘しく堕落しきっていたと言い切って
いいと思います。そういう詩壇の病的弱点を反省して、大いに公心を振起する新詩境を開拓するべきと思っていたところ、この戦時下
に澎湃として起ってきたのが国民詩運動です」
朔太郎「その国民詩運動の目的は何なんだね」
達治「新しい国民道徳の探求です」
朔太郎「…………」
達治「いままでの現代詩には社会や大衆が欠落していたのです。私的な空間に閉じ込もっていてはいけないのです」
朔太郎「国家や公に個人を没入させるのは詩じゃない」
達治「…………」
朔太郎「戦争が終わった時、戦争詩はどうなるのだろう。お役御免でどこへ行くのだろう。まして、敗けた時には」
達治「…………」
朔太郎を見つめる達治。
P14.61 達治と智恵子の家 居間(回想)
晩酌している達治。
智恵子「萩原先生の具合の方はいかがでした?」
達治「作品を読んでもらったんだけどね」
智恵子「『捷報いたる』ですか」
達治「ああいう詩は、好きではないようだ」
智恵子「……」
達治「時代を詠むのは、詩人として当然のことだろう。国が、国民が求めてるんだ。それに対して我々は応
えるべきじゃないか」
智恵子「必要以上に、国民を煽ることにはならないんでしょうか」
達治「想像で書いてるわけじゃない。大本営でも新聞でもラジオでも、発表していることしか書いていな
い」
智恵子「でも、もしもその記事が、間違っていたら……」
達治、智恵子の横面を引っぱたく。
達治「言っていいことと、悪い事があるぞ!」
智恵子、頬を抑えて部屋を出て行く。
P15.67 同 土間 P62. 73. 同・土間
紙包みを持って出掛けようとする慶子。 出掛けようとする慶子を見て、
達治「どこへ行く?」 達治「どこへ行く?」
達治、紙包みを見る。 達治、紙包みを見る。
達治「それは?」 達治「それは?」
慶子、バツが悪そうに、 慶子、バツが悪そうに、
慶子「この間、山西さんからいただいた干し柿です。安中の姉のところへ送ろうと思って」 慶子「この間、畠中さんからいただいた干し柿です。安中の姉と母のところへ送ろうと思って」
達治「送るなら送るとなぜ言ってくれないのですか」 達治「そんなこそこそしないで、送るなら送ると言えばいいじゃないですか」
慶子「言う必要ありませんわ」 慶子「言う必要ありませんわ」
達治「なぜですか?」 達治「なぜですか?」
慶子、ハガキを達治に突きつける。ハガキを手に取って見る達治。 慶子、葉書を達治に突きつける。葉書を手に取って見る達治。
慶子「おはぎですって? お砂糖ですって? 私には魚しか食べさせないくせに!」 慶子「おはぎですって? お砂糖ですって? あなたは別れた妻子と私とどっちが大事なんですか」
達治、反射的に慶子の頬にビンタを喰らわす。 達治「あなたはこの世に掛けがえの無い人です」
慶子「!」 慶子「嘘です。その証拠に私には魚ばかり食べさせても仕送りは続けているではありませんか」
達治「あなたには、子を持つ親の気持が分からないのか!」 達治「仕方ない。子供のことを思うと胸が痛むんだ」
慶子、紙包みを抱えて出ていく。 慶子「子供が可哀そうなら、子供の分だけ送ればいいじゃありませんか。奥さんは働けるでしょ」
達治、慶子を叩いた手を見つめる。 達治「あの女はそういうことのできないたちなんです」
慶子「じゃ、奥さんを遊ばせておいても、私には見るのも飽きた魚ばかり食べさせているんですか」
達治「この間、米と野菜を買い出しに行ってきたじゃないか」
慶子「あれだけじゃ焼け石に水です。なぜ私に財布を渡してくれないんですか」
達治「…………」
慶子「着物の一枚くらい買ってくれてもいいじゃありませんか。ここへ来てからまだ下着一枚買ってくれないで、みんな持ってきたも
のを使っているんじゃないの。女中だって季節ごとに仕着せをもらえます。私は仕着せどころか給金ももらったことがない。食うや食
わずでいつも腹ペコです」
達治「あなたには子を持つ親の気持が分からないんです」
慶子「私の母は早く帰ってくるようにとうるさく手紙をよこします。私はあなたの甘言にだまされました」
達治「だまされた? その言葉は許されないぞ」
慶子「今日という今日こそはっきりしました。こんな所から一日も早く逃げ出した方が身のためです。明日にでも帰らせていただきま
す」
達治、慶子の頬にビンタを喰らわす。
慶子、倒れる。
達治、倒れた慶子を見ている。
慶子、起き上がると紙包みを拾うと、走るように出ていく。
P15.69 小野家 居間 P65. 75. 小野の家・居間
ソファに並んで座る慶子と陸子。 ソファに座っている慶子と陸子。
慶子「女に手を上げるなんて……」 慶子「女に手を上げるなんて……」
陸子「きっと、虫の居所が悪かったんですよ」 陸子「きっと、虫の居所が悪かったんですよ」
激しい風が雨戸や窓を叩くように吹き付け、家がみしみしと鳴る。 激しい風が雨戸や窓を叩くように吹き付け、家がみしみしと鳴る。
慶子「嫌な風の音。ねえ、そう思わない」 慶子「家が海の真ん中で漂流してるみたい。そう思わない?」
陸子「もう慣れっこです」 陸子「大陸からくる季節風なの、もう慣れっこです」
慶子「三好はこの海鳴りが好きなのよ。『愛の風』だなんて呼んで」 慶子「私は恐しくてならないんだけど、三好はこの海鳴りが好きなのよ。『愛の風』だなんて呼んで」
陸子「さすが詩人ですね」 陸子「さすが詩人ですね」
慶子「この風、三好に似ているわ。気むずかしくて、乱暴で……」 慶子「この風、三好に似ているわ。気むずかしくて、乱暴で……。仕事の疲れで癇癪を起こしている時には、さからわないで辛抱して
達治の声「すみません! 慶子が来てはいませんか!」 ほしい、癇癪を起こしている時でも、私を愛していることに変りはないし、心の中では済まないと詫びているのだから、なんて言うん
陸子「ほら、迎えに来られたじゃあ、ありませんか」 ですよ」
慶子「……」 睦子「それ、本当だと思いますよ」
慶子「そんなに愛してるなら、風呂上りの手拭を三好の手拭の上の段に掛けた時に、女が上に掛けるなって叱らないと思うんだけど」
達治の声「すみません! 慶子が来てはいませんか!」
陸子「ほら、迎えに来られたじゃあ、ありませんか」
慶子「……」
P16.70 松林 P66. 76. 松林
達治と慶子が歩いている。 達治と慶子が歩いている。
行けども行けども松林が続き、松籟が海鳴りと重なる。 達治「千円もあれば、あなたは出ていきませんか?」
慶子「まるで地の果てか別天地みたい」 慶子「千円、作れるんですか」
慶子、達治から顔を背けて歌を口ずさむ。 達治「きっと千円作って、あなたにあげます。だから、それまでここにいてください」
慶子「……♪山の淋しい湖に ひとり来たのも悲しいこころ」 行けども行けども松林が続き、松籟が海鳴りと重なる。
達治、慶子を見る。 慶子「まるで地の果てか別天地みたい」
慶子「♪ランプ引きよせ ふるさとへ」 慶子、達治から顔を背けて歌を口ずさむ。
達治「……止めてください」 慶子「……♪山の淋しい湖に ひとり来たのも悲しいこころ」
聞こえないのか、歌いつづける慶子。 達治、慶子を見る。
慶子「♪書いてまた消す……」 慶子「♪ランプ引きよせ ふるさとへ」
達治「止めてくださいっ」 達治「……止めてください」
慶子、驚いて歌うのを止める。 聞こえないのか、歌いつづける慶子。
慶子「(睨んで)」 慶子「♪書いてまた消す……」
達治「帰るぞ」 達治「止めてくださいっ」
   達治、慶子を置いて、足早に帰ってゆく。 慶子、歌うのを止める。
慶子「死んだ人にやきもちですか?」
達治、殴ろうと手を上げるが、こらえる。
慶子に背を向けると足早に帰ってゆく。
P17.79 萩原朔太郎の家(回想) P74 85. 萩原朔太郎の家(回想・昭和十七年五月十一日)
通夜の席、棺の前に朔太郎の遺影が置 かれている。 通夜の席、棺の前に朔太郎の遺影が置かれている。
棺の前で正座を崩さずに座っている達治。 達治の声「都会の雑踏の中にまぎれて
その後ろで、佐藤惣之助が作家仲間と数人で酒を飲んでいる。 (文学者どもの中にまぎれてさ)
惣之助、高くよく通る声で、 あなたはまるで脱獄囚のやうに
惣之助「この次はぼくの番かなあ!」 或はまた彼を追跡する密偵のやうに
男A「(笑って)何言ってんだ、慶子さんを置いていけやしないくせに」 恐怖し 戦慄し 緊張し
惣之助「(笑って)心配で化けて出ちゃうだろうなあ」 推理し 幻想し 錯覚し
達治、黙って棺に向っている。 飄々として影のやうに裏町をゆかれる
慶子の声「誰が化けて出るって言うんですか」 いはばあなたは一人の無頼漢 宿なし
達治、思わず振り向き慶子(三八)を見る。 旅行嫌ひの漂泊者
四十近くとは思えない可憐な美しさの慶子。 夢遊病者(ソムナンビュール)
黒い喪服が華やかさを際立たせている。達治、思わず魅入ってしまう。 零(ゼロ)の零(ゼロ)
そしてあなたはこの聖代に実に地上に存在した無二の詩人
かけがへのない
二人目のない唯一最上の詩人でした」
棺の前で正座を崩さずに座っている羽織、袴の達治。
その後ろで、佐藤惣之助が作家仲間と数人で酒を飲んでいる。
惣之助「先生は慶子を惣之助に嫁がせておけば、僕の葬式の時は安心だと冗談で言っていたけど、本当になってしまった」
「この次は僕の番だ」「この次は僕の番だよ」と言い合っている。
惣之助、高くよく通る声で、
惣之助「僕は高血圧だからなあ、いつばったり死ぬか分からない」
男A「(笑って)何言ってんだ、惣之助は慶子さんを置いていけやしないくせに」
惣之助「(笑って)心配で化けて出ちゃうだろうなあ」
達治、黙って棺に向っている。
慶子の声「誰が化けて出るって言うんですか」
達治、思わず振り向き慶子(三八)を見る。
四十近いとは思えない美しさの慶子。
喪服が華やかさを際立たせている。
達治、思わず魅入ってしまう。
P19.90 料亭 たかだや P83. 96. 料亭・たかだや(昭和十九年十一月)
差し向かいで酒を飲んでいる達治と小 野。 鱈チリで酒を飲んでいる達治と小野。
小野「慶子さんと、上手くいってないんですか?」達治「……」 小野「おいしいですね」
小野「すみません、陸子が心配してたもので」 達治「そうだろ。活きのいい魚介が手に入る土地にいるのに、慶子は魚をさばけないばかりでなく、味音痴なんだよ。だからなのか、
達治「……小野さんは芸術家だから打ちあけるが、僕は疎開で三国に住みつこうと思ったわけじゃない」 その魚の一番おいしいところなんかを平気で切り捨ててしまうんだ」
小野、達治の言葉の続きを待つ。 小野「慶子さんと、上手くいってないんですね」
達治「ここへきたのは逃避だったんだ」 達治「……」
そう言うと猪口の酒を呷る。 小野「すみません、陸子が心配してたもので」
小野「何からの逃避だったんですか」 達治「……小野さんは芸術家だから打ちあけるが、僕は疎開で三国に住みつこうと思ったわけじゃない」
達治「……戦争だ」 小野、達治に酌をする。
小野「皆、そうですよ」 つがれた酒を呷ると、
達治「違う。そういう意味じゃない……僕は愛国詩を書いたんだ。戦況が悪化しても書き続けて、戦争を 達治「ここへきたのは逃避行だったんだ。歳を取らないうちに……悔恨を残したくないと思って、妻子を捨て、逃避行と隠栖を決意し
煽った」 たんだよ」
小野「軍部の要請なら、仕方ありません。先生の責任では……」 小野「僕は先生の詩で、一番好きなのが『Enfance finie』なんです。『海の遠くに島が……。雨に椿の花が堕ちた。鳥籠に春が、春が
達治「君は嬉しそうだね」 鳥のゐない鳥籠に。約束はみんな壊れたね』」
小野「え……?」 達治「『僕は、さあ僕よ、僕は遠い旅に出ようね』か。慶子との婚約を破棄された直後に書いたんだ」
達治「萩原先生から言われたんだ。君は嬉しそうだねって……映画の主題歌になって、私が書いた歌を子供 小野「そうなんですね」
たちが歌って」小野「……」 達治「そうなんだ」
達治「食べるためだなんて言っていたけれど、本当は違っていた。名声欲しさに僕は愛国 詩を書いたんだ。 小野「……聞きにくいんですが……」
求められるままに書いた。工場みたいなもんだよ。体裁だけ整えて出荷して、あんなものは詩ではない」小 達治「何だい」
野「先生……」 小野「国民詩というのか愛国詩というのか、戦争詩をなぜ書かれたのですか」
達治「やり直したかったんだ。慶子がいれば、慶子さえいれば、戦争前の自分に、戻れるんじゃないかって 達治「……前線で戦っている将兵たちを思うと、僕に何かできることはないだろうかと。僕の武器は詩だ。言葉が弾となって、敵を倒
……」小野「……」 すことはできないけれど、国民を励まし勇気づけることはできるのではないかと……」
達治「でも、戦争から逃げることなんて、出来ないんだな」 小野「……でも、詩としては……」
達治「……断ることができれば……作詞した『西住戦車長伝』の歌が流行って、三好の詩なら軍の検閲が通るということになってし
まったんだ。それで注文が多くなった。家族を食べさせなければいけないし、米塩のために書く、注文が来る、という悪循環だ。言い
訳だな。詩で食えるはずのない詩人が家族を食わすために検閲と統制のまま、報道のままに、言葉だけがいさましく走った戦争詩を書
いてしまったということかな」
小野「……生活のためだったんですか」
達治「……憐れむべし糊口に穢れたれば」
小野「いよいよ爆弾を搭載した飛行機で敵艦に体当たりすることになりましたね」
達治「ここらは日本海に面してるから、敵兵が上陸してくるかもしれないね」
小野「……日本はどうなっちゃうんでしょう」
達治「俺から日本をとれば何も残らない……」
小野「…………」
達治「……慶子が毛布を一人で使って、貸してくれないんだ。冷え性の女が使うのが当然だと言って。寒いんだ」
小野「……一緒に寝てないんですか」
達治「…………」
酒を呷る。
P20.95 同 居間 P88. 101 同・茶の間 猪口に口をつけるや、
猪口に口に運ぶ達治。口につけるや、 達治「こんな熱燗が飲めますか!」
達治「こんな熱燗が飲めますか!」 慶子「うるさい人ですねえ。佐藤なんかは自分でちゃんとお燗ぐらいしますよ」
慶子、冷たい目で達治を見据えて、 達治、徳利を投げる。
慶子「私をここへ呼んだのはお酒の燗をさせるためですか? 女中がわりをさせるためですか?」 慶子、冷たい目で達治を見据えて、
達治、慶子の頬を張る。 慶子「私をここへ呼んだのはお酒の燗をさせるためですか? 女中がわりをさせるためですか?」
慶子、達治を睨み、 達治、慶子の頬を張る。
慶子「売れもしない詩ばかり書いて、貧乏はもうこりごり! くやしかったら佐藤のよに、私にごちそうを 達治「何が女中がわりだ、魚もさばけないし大根や葉っぱの切り方もデタラメなくせに。孔子の言葉に沢庵の切れ目は正確に切れとあ
たらふく食べさせて るのを知ってますか」
ごらんなさい」 慶子「そんなこと知ってどうするんですか。食べられればそれでいいじゃないですか。佐藤はお前のように美しい人は台所なぞ似合わ
達治「佐藤の名前は出すな!」 ないって女中を雇ってくれました。ここで初めて女中の仕事をやらされたんです」
達治、慶子の頬をもう一度張る。 慶子、達治を睨み、
慶子「佐藤は女に手を上げるなんて、頼まれたって出来ない人だったわ」 慶子「売れもしない詩ばかり書いて、貧乏はもうこりごり! くやしかったら佐藤のように売れっ子になって、高い着物を買ってくれ
達治「言うなと言ってるだろう!」 たり、あちこち旅行に連れて行ってくれたり、おいしい御馳走を食べさせてみせてごらんなさい。食べさせてくれるのは魚ばかりじゃ
達治、慶子を殴り倒す。 ありませんか。たまには肉でも食べさせたり、毎月小遣い千円ずつくれたりしますか。そうしたら、あなたを見直してもいい」
続けて二度三度、拳を下ろすと、慶子から離れて猪口に残った酒を呷る。 達治「佐藤の名前は出すな!」
慶子、その隙に部屋から逃げ出る。 達治、慶子の頬を張る。
達治、猪口を持った手に血がついていることに気づく。 慶子「佐藤は女に手を上げるなんて、頼まれたって出来ない人だったわ」
達治、自分の頬を拳で殴る。 達治「言うなと言ってるだろう!」
何度も殴る。 達治、慶子を殴り倒す。
達治「……どうしてっ、どうしてっ……」 達治「そんなに金が欲しかったら、この家のものを全部あなたにあげるから、持ってゆきなさい。一つ残らず持ってゆきなさい」
達治、その場に突っ伏し、嗚咽を漏らす。 慶子「こんな貧乏な所に何があるんですか。掛軸や香箱なんて、こんな時世に古道具屋に売っても、二束三文にしかならないわ」
達治「琴を持ってゆけばいい」
慶子「戦争中に琴なんか弾いていたら、近所の笑い者になります」
達治「貧乏でもどんづまりでも、ここは僕とあなたの二人きりの棲家です。どんなものでもみんな大切なんです」
慶子「売れないものが、どうして大切なんですか?」
達治「売れるものばかりがこの世で大切だとは限らないのだ」
達治の目から涙が落ちた。
慶子、その隙に部屋から逃げ出る。
達治、猪口を持った手に血がついていることに気づく。
達治、自分の頬を拳で殴る。
何度も殴る。
達治、突っ伏し、嗚咽を漏らす。
P22.104 同 階段 P99. 110 同・階段
小さな風呂敷包みを持って、階段をそっと降りる慶子。 小さな風呂敷包みを持って、階段をそっと降りる慶子。
居間から興奮した甲高い達治の声が聞こえてくる。 興奮した甲高い達治の声が聞こえてくる。
達治「どうして、彼女は分かってくれないん 達治の声「彼女が可哀そうなんだよ」
だ!」 慶子、立ち止まる。
慶子、立ち止まる。
111 同・茶の間
105 同 居間 炉端に達治と小野と陸子がいる。
卓袱台を囲んで達治と陸子がいる。 達治は一升瓶から湯呑に注いで飲んでいる。
卓袱台の上には一升瓶と湯呑が置かれている。 達治「教えてくれ! 彼女の愛を取り戻すには、どうすれば良いのか」
達治「陸子さん! 教えてくれ! 彼女の愛を取り戻すには、どうすれば良いのか」 嗚咽に声をつまらせる達治。
言うや、嗚咽に声をつまらせる達治。 小野「はっきり言わせてもらいます。三好さんが悪い。あんなセンシュアルな人を打ったり、蹴ったりするから、慶子さんは逃げるん
陸子、困った顔で、 です」
陸子「時が解決するのを待たれるしか……」 達治「陸軍士官学校時代の習慣が出てしまうんだ」
達治「そんな常識的な答えが欲しいんじゃない。どうして、どうして彼女は私の気持ちが分からないんだ」 小野「三好さん、慶子さんは軍人じゃなくて、あなたの最愛の妻なんですよ」
達治「それなのに僕から去ろうとしている。愛しているのに。どうしたら彼女と一緒にいられるんだ」
小野「もう、心中でもするしかないんじゃないんですか」
睦子「あなた、何ていうことを」
達治「君はデカダンスだ!」
小野に湯呑の酒をかける。
P23.108 雪道 P101. 114 雪道
慶子「私は兄とは違う。詩なんか、大嫌い。 慶子「私は兄とは違う。詩なんか、大嫌い」
雑誌でも読んでいる方がいい」 達治「構わない。それでも構わないから」
達治「構わない。それでも構わないから」 慶子「私は変わらないのよ! 台所仕事なんてやらないのよ」
慶子「私は変わらないのよ!」 達治「分かった、分かったから。とにかく起き上がってくれ」
達治「分かった、分かったから。とにかく起き上がってくれ」 差し伸べられた達治の手を怖々と握って起き上がる慶子。
差し伸べられた達治の手を怖々と握って起き上がる慶子。 達治と慶子、差し向かいに立つ。
達治と慶子、差し向かいに立つ。 達治「可哀相に、こんなに雪まみれになって」
達治「可哀相に、こんなに雪まみれになって」 慶子の髪についた雪を払い落とす。 慶子の空洞のような目
慶子の髪についた雪を払い落とす。 。慶子「あなたがどんな詩を書いたって、お腹がいっぱいにはならない。あなたがどんな詩を書いたって、ケガや病気が治るわけじゃ
慶子「何も、何も変わらないわよ」 ない。それに」
達治「?」 慶子、達治の目を見る。
達治、慶子の顔を覗き見る。 慶子「あなたがどんな詩を書いたって、日本は戦争に敗ける」
慶子の空洞のような目 達治「……ああ、あなたという人は……」
慶子「あなたがどんな詩を書いたって、私は変わらない。あなたがどんな詩を書いたって、世界を変えるこ 達治、泣き声ともわめき声ともつかない、絶望的な声で、
となんて出来ない。それに」 達治「あなたという人は! なんという、なんという人か!!」
慶子、達治の目を見る。
慶子「あなたがどんな詩を書いたって、日本は戦争に敗ける」
達治「……ああ、あなたというひとは……」
達治、泣き声ともわめき声ともつかな
い異様な、絶望的な声で、
達治「あなたというひとは! なんという、なんというひとか!!」
P24.111 病室 P105. 117 病室
外は雪景色に陽が射し、起き上がった慶子の左側の顔を美しく照らしている。 雪景色に陽が射し、慶子の左側の顔を美しく照らしている。
膝の上には漆塗りの手鏡。 漆塗りの手鏡の中の慶子。
陸子「もう起き上がっても、大丈夫なんですね」 陸子「もう起き上がっても、大丈夫なんですね」
陸子が入ってくる。 陸子が入ってくる。
陸子「少しですけど、お砂糖が手に入ったんですよ。砂糖湯を作りましょうね」 陸子「少しですけど、お砂糖が手に入ったんですよ。砂糖湯を作りましょうね」
慶子「よく平気でいられますね」 陸子の方を向く慶子。
陸子「え?」 目のまわりに残った黒い隈と額の疵。
陸子の方を向く慶子。 顔の右半分は化物のように変形しており、ぼんやりと開いた右目は赤く潤んでいる。
目のまわりに残った黒い隈と額の疵。 陸子、思わず目を逸らす。
顔の右半分は化物のように変形しており、ぼんやりと開いた右目は赤く潤んでいる。 慶子「私の顔をよく見てください。愛すればこその暴力ですものって言いましたよね。この顔がその愛の結晶なのよ」
陸子、思わず目を逸らす。 陸子「……ごめんなさい」
慶子「見てください」 慶子「私、日本が戦争に負けてしまえばいいと思ってるのよ」
顔を隠そうともせずに堂々としている慶子。 陸子「!」
慶子「夫から理不尽な暴力を受けて、それが愛だなんて、愛すればこその暴力ですものって言いましたよ 慶子「そうしたら、三好みたいな男尊女卑の男も、自信を失って変わるんじゃないかって」
ね。あなたはまるで異星人だわ」陸子「……」 陸子「負けたらそれどこじゃないんじゃないかしら。男は奴隷にされて、女は強姦されるとか……」
慶子「私、日本が戦争に負けてしまえばいいと思うのよ」陸子「!」 慶子「ゲーリー・クーパーの国の人がそんなことしないと思うわ」
慶子「そうしたら米兵が来て、三好をきっと八つ裂きにしてくれるでしょう。妻に暴力を奮う男なんて、 睦子「…………」
皆、米兵に殺されてしまえばいい」陸子「そんな……」 慶子「三好はロマンチックな恋愛詩も書いてるみたいだけど、女嫌いなのよ」
慶子「そうやって日本中の男がいなくなって、 初めて、新しい未来が来るんだわ」陸子「……」
慶子「ほら、ようく私の顔を見ておきなさいよ。あなただって近い将来、こうならない保証はないんだか
ら」
陸子、逃げるように部屋を出る。
P25.114 同 階段 P108. 119 同・階段
階下に降りた慶子。 階下に降りた慶子。
見上げると達治が階上から見ている。 見上げると達治が階上から見ている。
慶子「泥棒っ!」 慶子「着物泥棒っ!」
達治、目を見開く。 達治、目を見開く。
慶子「ここへ来て十カ月の間、私は一日だって息の休まった日が無かった。地獄のような毎日だった」 達治「考え直してみてはくれませんか」
達治「(凝視している)」 慶子「いやです」
慶子「あなたの暴力を呪ってやる! 一生呪い続けてやる!」 達治「一万円あげたら戻ってくれますか」
慶子が出て行ってしまっても、その場に立ち続ける達治。 慶子「…………」
慶子が出て行ってしまっても、その場に立ち続ける達治。
120 魚屋
達治、軒先に立ったまま、茹でたての越前蟹を手づかみで食べている。
達治、泣いている。
121 海岸
ふらふら来る達治。
『何なれば』が流れる。
「何なればふかくもひめし涙ぞや
海にきたりて美しき石をひろへば
はふり落つ老が涙はしかはあれ
つばらにかたるすべもなき」
P26.117 同 朔太郎の寝室(回想) P110. 123 同・朔太郎の寝室(回想)
狭い部屋の畳の真ん中に座っている達治。 狭い部屋の畳の真ん中に座っている達治。本棚の上に朔太郎の写真がいくつか置かれている。
本棚の上に朔太郎の写真がいくつか置かれている。 酒を持ってきた慶子に
慶子「どうぞ」 達治「遅くなったので、今日、泊めてくれませんか」
慶子がお茶を差し出す。達治、お茶を差し出したその手を握る。 慶子「母に聞いてみますけど、この兄の部屋ならいいんじゃないかしら」
驚く慶子。湯飲み茶わんが倒れて、お茶が畳の上にこぼれる。 酌をしようと慶子が徳利を持つ。
達治「三国へ、一緒に来てください」 慶子「どうぞ」
慶子「突然、何を」 達治、その手を握る。驚く慶子。徳利が落ちて酒が畳の上にこぼれる。
達治「友人の故郷で、疎開を勧められているのです」 達治「三国へ、一緒に来てください」
慶子「だからって、どうして私が」 慶子「突然、何を」
達治「僕は、惣之助が死んだと聞いた時から、あなたを略奪しようと考えていた」 達治「福井の三国に家を借りたんです」
慶子「略奪だなんて、大袈裟な」 慶子「だからって、どうして私が」
達治「いや。先生の葬儀で、あなたと再会した時、すでに僕の心は決まっていたんだ」 達治「僕は、惣之助が死んだと聞いた時から、あなたを略奪しようと考えていた」
慶子「奥様がいるご身分で、何を」 慶子「略奪だなんて、大袈裟な」
達治「あなたを十六年間思い続けてきたのに、僕は道を誤ったんです。妻との間が冷えているのはあなたと 達治「いや。先生の葬儀で、あなたと再会した時、すでに僕の心は決まっていたんだ」
いう人が忘れられないからだった。今日までずっと、あなたを想い続けて愛のない生活をして来た」 慶子「奥様がいるご身分で、何を」
達治、慶子の膝にすがりついて泣く。 達治「あなたを十六年四ヶ月間思い続けてきたのに、僕は道を誤ったんです。妻との間が冷えているのはあなたという人が忘れられな
達治「決してあなたに、ひもじい思いはさせない。一緒に三国へ来てください!」 いからだった。今日までずっと、あなたを想い続けて愛のない生活をして来た」
慶子「三好さん」 達治、慶子の膝にすがりついて泣く。
達治「お願いだからっ」 達治「東京にいては食糧不足と空襲の危険があります。食べ物と小遣いには不自由はさせません。身ひとつで来てくれればいい。きっ
慶子「……」 とあなたを幸せにします。一緒に三国へ来てください!」
慶子、達治の背中を撫でようと手を伸ばす。 慶子「三好さん」
達治、慶子の手が背中に当たった途端、顔を上げて慶子を見る。 達治「お願いだから」
達治「慶子さん……」 慶子「……」
達治、顔を慶子に近づける。 達治「慶子さん……たとえ、天地が滅びようとも、この愛は変わらない」
達治、顔を慶子に近づける。
P27.122 闇市(夜) P119. 129 福井市・闇市(夜)
 焼け跡に飲み屋や屋台、闇市が開かれている。 よろける達治にぶつかる女。
その前を通り過ぎる米兵、派手な色柄のスカーフ、スカート姿の日本の女たち。 派手な色のスカーフとスカートの女が尻もちをつく。
一軒の飲み屋から達治が出てくる。 達治「すまない」
すれ違う人と肩がぶつかる。 達治、女に手を差し出す。
よろめいた達治の着物の袖を掴む手。 女は慶子にそっくりである。
振り返ると十くらいの妹をつれた男の子が達治に向って物乞いする。 達治「慶子」
話せないのか、お腹が空きすぎて声が出ないのか、しきりに手を口元に持っていって、食べ物を無心して 女、達治の手を掴んで立ち上がる。
いる。 女「慶子じゃないけど、いいわよね」
達治、見ていられず、手を振りきってその場を逃げ出す。 達治の腕を取って歩き出す女。
路地に駆け込むや、誰かとぶつかる。
派手な色のスカーフとスカート姿の女がぶつかった拍子に道に倒れる。
達治「す、すまない」
達治、女に手を差し出す。
顔を向けた女は慶子にそっくりである。
達治「慶子っ」
女、達治の手を掴んで立ち上がる。
狐につままれたような達治の腕を取って歩き出す女。
P28.123 女の家 P120. 130 バラック小屋
一軒のバラック小屋に連れていかれる達治。 ○ バラック小屋
女が電気をつける。 女がランプをつける。
布団と小さな座卓が置かれただけの狭い部屋。 布団と座卓代わりのミカン箱が置かれただけの部屋。
座卓の上には軍服姿の男と着物姿の女の写真、野の花が活けられた空き缶、 達治の詩集『艸千里』と従 ミカン箱の上には学生服の若い男と背広姿の中年男の写真、野の花が活けられた空き缶、達治の詩集『測量船』。
軍日記、煤で汚れた片方だけの小さな靴が置かれている。 女「悪いけど、先にもらうことにしてるの」
女が達治の前に掌を出す。 女が達治の前に掌を出す。
達治、懐から金を出して女へ渡す。 達治「いくら?」
女、写真を倒し、後ろを向いてスカーフを外す。 女「日本人だから百円でいいですよ」
達治「その詩集は……」 達治、懐から金を出して女へ渡す。
女、服を脱ぎ始める。 達治「人間がビール五本と同じ値段なのか」
女「戦死した夫が好きだったんですよ。太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。ウチの太郎は元気です 女「え」
か?……って、ハガキが来て困っちゃいましたよ。坊やを死なせてしまったこと、なかなか書けなくて」 達治「ビール一本、闇で二十円なんだよ」
達治「……」 女「しょうがないですよ。私、若くないし……それに……」
女「結局、知らないまま、死んじゃって……よかったっていうか……」 と、スカーフを外す。
服を脱いで振り返った女、右目の辺りにヤケドの痕が残っている。 顔の右側は火傷のあと。
女の顔を凝視する達治。 女「お金、返しましょうか」
女「嫌だったら、お金、返しますよ」 達治「(首を振る)」
達治、女の顔を引き寄せ、ヤケドの痕に口づける。 女、写真を倒し、スカートを脱ぐ。
達治の頬を涙が伝い落ちる。 達治「その詩集は……」
達治「……お願いがあるんだ」 女「息子が好きだったんですよ。早稲田の文学部へ行ったんですけど、学徒出陣で……特攻になって沖縄で死にました」
女「はい」 達治「……」
達治「君が上になってくれないか」 女「お父さんは、空襲で……」
女「はい」 達治、もう百円、女に差し出す。
達治を布団に横たわらせ、達治の上に跨る女。 女、頭を下げて受け取る。
達治「……頼みがあるんだ」
女「変態的なのはいやよ」
達治「君が上になってくれないか」
女「(頷き)下だけ脱いで」
達治、褌を外す。
横たわった達治の上に跨る女。
女、腰をゆっくり動かし始める。
達治の声「北の国ではもう秋だ あかのまんまの つゆくさの 鴉揚羽の八月は 秋は夏のおはりです」 まじわうふたりの上に『おんたまを故山に迎う』が流れる。
   達治の脳裏に浮かぶイメージ。 『おんたまを故山に迎ふ』
   炎に紅く染まった空に、黒く燃えた布が蝶のように舞う。 ふたつなき祖国のためと ふたつなき命のみかは
達治の声「ゆくへも知らぬ人のかず かつて砂上にありし影 それらもやがて日が暮れて 鴉のやうに飛び 妻も子もうからもすてて いでまししかの兵ものは つゆほども
さつた」 かへる日をたのみたまはでありけらし はるはると海山こえて
  いつか見た喪服姿の慶子。 げに 還る日もなくいでましし かのつはものは
  死の直前の朔太郎の顔。 (中略)
達治の声「忘れともないものがまた 忘れられてもゆくやうな 八月は私の生れ月 あかのまんまの つゆ かへらじといでましし日の ちかひもせめもはたされて
くさの 鴉揚羽の八月は 北の国ではもう秋だ」 なにをかあます
(「北の国」『日光月光集』) のこりなく身はなげうちて おん骨はかへりたまひぬ
ふたつなき祖国のためと ふたつなき命のみかは
妻も子もうからもすてて いでまししかのつはものの
しるしばかりの おん骨はかへりたまひぬ
P124. 132 達治の直筆の原稿
「土   三好達治
蟻が
蝶の羽をひいてゆく
ああ
ヨットのやうだ」
(別紙)認定事実
№ 日時 出来事 原告からのメール 被告からのメール X3からのメール
H24.8 原告が湯布院映画祭で被告に会い、来
1 年脚本を書いてきたら読んでもらうと
いう約束を取り付ける。
H25.8 原告が湯布院映画祭で被告に会い、脚
本を読んでもらい、以後、被告から脚
本の指導・助言を受けるようになる。
3 H25.11.30 原告が被告の勉強会に参加する。
R3.5.7 被告が、X3から戦争に関する映画の 【To:X3】(乙B
シナリオ打診を受けたところ、ちょう 1)
ど原告が試作していた本件脚本がマッ 【件名:FW:猿】
チしていると思い、第8稿をX3に送 X3がどこを面白いと
るよう原告に指示(乙B1) 思ったか分からない。
(中略)というわけで
4 映画にしても面白い映
画にはならない。時代
劇がやりたいならX6
の「天上の花」をシナ
リオにしたのがある
よ。
R3.5.7 原告が第8稿をX3にメールで送信 【To:X3】(乙B2)
12:55 【件名:「天上の花」シナリオ】
X3様
5 X2さんからシナリオを送付するように連絡が
ありましたので、お送りします。ご確認のほ
ど、よろしくお願いします。不具合等ありまし
たら、お伝えください。
R3.5 X3が第8稿を読んで、これを短くす
れば映画になると思い、「天上の花」
の映画化を企画し、本件補助金を申請
6 するとともに(申請に当たって第8稿
の添付はされなかった。)、X5とX
4に製作に加わってもらうこととし
た。
R3.8.5 「天上の花」の映画化事業につき本件
7 補助金(600万円)の交付決定
R3.8.14 ドッグシュガーの事務所で打合せ(本
件打合せ①)(参加者:原告、被告、
X3、X5)
・X5が、本件脚本の映画化に当た
り、被告が脚本に参加することを条件
として提示した。
・被告は、当初、原告の単独脚本とす
る意見を述べたが、原告も、被告が脚
本家として名前を連ねることに同意し
た。
・X3が、第8稿を短縮して、時系列
に並んでいたものを分割して回想シー
ンにすることを提案し、原告及び被告
も賛同した。
R3.8.16 本件打合せ①の方針を踏まえて、原告 【To:被告、X3】(乙B3、4)
15:15 が、第8稿を短縮するとともに時系列 【件名:「天上の花」直し分】
9 を変更して回想シーンを作り、第9稿 直しが出来ましたので送ります。(中略)ご確
を作成した。(乙A1、2) 認お願いします。
№ 日時 出来事 原告からのメール 被告からのメール X3からのメール
R3.8.18 【To:原告】(乙
9:10 B4)
改訂稿、ありがとう
ございます。短く
なってスッキリした
分、物足りなくなっ
た感もありますが、
10 大方針としては、こ
ういうことではと思
います。ひとつ上げ
るなら、最初の回想
「慶子との出会いか
ら破局→智恵子との
結婚」が、なんとも
ピリッとしない印象
です。取り急
ぎ・・・。
R3.8.18 【To:X3】(乙B4)
11:16 ご指摘の点、確かに私も軽い感じになっている
のと、展開が急すぎる気がしました。(中略)
あとキャスティングの提案なのですが(中略)
11 シナリオ、気になる点が他にもありましたら、
いつでもお伝えください。
R3.8.18 【To:原告】(乙B
12:08 4)
「捷報いたる」の原稿
を朔太郎に見せている
12 シーン、「捷報いた
る」の発表は昭和17
年の詩集が最初?(以
下略)
R3.8.18 【To:被告】(乙B4)
12:29 X7、X8の映画に出てた感じがよかったんで
13 すが・・・やはり無理ですよね。「捷報いた
る」の件、家へ戻ってから資料確認してみま
す。
R3.8.18 【To:原告】(乙B
19:42 4)
14 8ページの拓本詩集っ
て、どういうの?
R3.8.18 【To:被告】(乙B4)
21:26 「花愁い三章」と「春の旅人」ですね。P15下
段の山西家の居間のシーンで詳細でてきます。
R3.8.18 【To:X3、被告】(乙B6)
22:35 確か達治の書を石か木の板に彫って印刷したも
のだと思います。春の旅人の写真を撮っていた
ので送ります。(以下略)
R3.8.18 【To:被告】(乙B4)
22:49 「捷報いたる」年表など改めて見てみました
17 が、特に出版以前に新聞などで発表したという
記述は見つかりませんでした。(以下略)
№ 日時 出来事 原告からのメール 被告からのメール X3からのメール
R3.8.19 【To:原告】(乙B
0:55 4)
慶子も草履だね。26
ページのX9とX1
1って誰?X9?X1
1はX10?
R3.8.19 【To:被告】(乙B4)
12:14 すみません・・・。原作確認したところ、達治
と慶子は下駄でした。慶子が雪の中、逃げ出し
19 て、達治が追いかけてくるところに記載があり
ました。
P26 X9とX11です。(以下略)
R3.8.19 被告が、第9稿を加除訂正したものを 【To:原告、X3】
16:47 原告に送付し、追加の修正指示をす (乙B4)
る。 直したの、送るけど、
なお、№12から№19までの間の原告 牛肉の味噌漬けの台所
と被告との間のメールの内容はX3に の柱、同じゃなくて、
も送信されている。(乙B4) 三好寓・台所に直し
て。子供たちの歌、血
20 栓の秋、秋に「とき」
とルビふって。雪の中
を逃げるシーン、慶子
の下駄を足駄に直し
て。ペラ換算217枚
は数え直してくださ
い。
R3.8.19 被告の修正指示に沿って原告が訂正 【To:被告】(乙B4)
17:40 し、第10稿とする。 【CC:X3】
【件名:Re:「天上の花」直し分】
21 ありがとうございます!至らない点が多く、す
みませんでした・・・。ペラ換算は228枚で
した。直したものを添付します。
R3.8.19 被告はX3に対し、第10稿をメイン 【To:X3、原告】
スタッフや主要キャストに渡す準備稿 (乙B5)
として印刷に回すことを依頼。被告は 【件名:「天上の花」
22 脚本の修正作業を続ける。 第10稿清書+】
X3さん、とりあえ
ず、この稿を準備稿と
して印刷しませんか。
R3.9.3 【To:原告、被
14:10 告】(甲9の1)
【件名:朗報で
す!】
23 (メールの内容)
「天上の花」の著作
権を有するX12か
ら、映画化の了解が
得られた旨の連絡
R3.9.5 【To:X3、原告】
24 12:38 (甲9の1)
よかったね!!
№ 日時 出来事 原告からのメール 被告からのメール X3からのメール
R3.9.7 【To:原告、被
19:31 告】(甲9の1)
クランクインを11
月1日としました。
偶然ですが、朔太郎
の誕生日です。十日
ほど後ろにズラした
ことで、決定稿も
少々後になっても大
丈夫です。準備稿
(白本)は9月11
日に上がってきま
す。
R3.9.7 【To:X3、原告】
26 22:29 (甲9の1)
了解!
R3.9.8 【To:被告】【CC:X3】(甲9の1)
9:39 【件名:Re: 朗報です!】
了解です!雪など諸々、いい天候に恵まれます
よう、今から祈っています。
R3.9.19 被告が、電話で、原告に対し、少なく
とも「クライマックスである三好と娼
28 婦とのシーンに『おんたまを故山に迎
ふ』をかぶせること」の修正意見を伝
え、原告はこれに反対する。
R3.9.20 原告が、被告の上記修正意見(クライ
マックスである三好と娼婦とのシーン
29 に「おんたまを故山に迎ふ」をかぶせ
ること)につきX3に不満を述べる。
R3.9.27 【To:原告】【C
14:50 C:X3】(甲9の
2)
【件名:Re: 返信遅れ
て、すみません。】
朔太郎は真珠湾、米英
開戦について、どう
思ったのか、何か無
い?
R3.9.28 【To:被告】【CC:X3】(甲9の3)
11:00 【件名:「南京陥落の日に」】
一応送っておきますね。
31 ~
南京陥落の日に 萩原朔太郎
(以下略)
№ 日時 出来事 原告からのメール 被告からのメール X3からのメール
R3.10.1 【To:被告】【CC:X3】(甲9の4)
11:27 【件名:朔太郎、真珠湾、米英開戦について】
ちょっと違うかもですが、
「僕のように強い個性をもつて・・・(中
略)」(X13宛書簡 昭和十七年三月七日)-
-
原本当たっていないので今週末に図書館へ行っ
てきます。16年9月?頃から病気で伏せって
いて、人とは会いたがらなかったそうなので、
何か発言が残っているとすれば書簡類くらいか
と…合わせてみてみます。
R3.10.6 【To:原告】(乙
16:48 B6)
「春の旅人」の写真
はどこで撮られまし
た?三好達治記念館
ですか?美術スタッ
フが詳細を知りた
がっております。
R3.10.6 【To:X3】(乙B6)
17:40 お疲れ様です。これを撮ったのは三好寓跡で、
現在は「三好楼」というステーキレストランに
なっています。(以下略)
R3.10.6 【To:原告】(甲1
35 20:16 0の1)
三好寓の暖房は何?
R3.10.7 【To:被告】(甲10の1)
10:10 【件名:Re: おはようございます】
原作には蛤鍋とだけ書いてあります。また暖房
36 については「このだだっ広い家にこたつひとつ
の暖房では、足元も暖まらない」とあります。
R3.10.7 【To:原告】(甲1
12:17 0の2)
シナリオには鍋としか
書いてないよね。シナ
37 リオには炬燵出てこな
い。茶の間に炉が切っ
てあると原作にある。
居間というのはどこな
のか。
R3.10.7 【To:被告】(甲10の2)
14:38 【件名:Re: おはようございます】
すみません、出先で原作確認できないのです
が、居間がどこにあるのかの記載は特になかっ
たように思います。茶の間が奥で、居間は入り
口近くではないかと思って書きました。
№ 日時 出来事 原告からのメール 被告からのメール X3からのメール
R3.10.7 【To:原告】(甲1
16:45 0の3)
【件名:Re: おはよう
ございます】
39 原作には居間というの
は出てこない。三国特
有の蔵座敷がどういう
ものなのか。分からな
い。
R3.10.8 【To:原告】(乙
15:03 B6)
X2さんが直したホ
ンが、X1さんから
送られてくると、X
5さんから聞いたの
40 ですが、どのような
状況でしょうか?
急かしているわけで
はなく、あくまで状
況をお聞きしたいだ
けです。よろしくお
願い致します。
R3.10.8 【To:X3】(乙B6)
15:23 【件名:Re: 春の旅人】
X2さん、6日には終わらせるつもりだと言わ
れていたんですが、昨日の時点でまだ気になる
ところがあるらしく、内容について尋ねられる
メールがありました。私の至らない点があるの
だとは思うのですが、どうも直し始めると細か
い点がどんどん気になってしまうよう
で・・・。
そんな訳でして、脚本の送付については、まだ
何も指示は受けていない状態です。
脚本の〆は何日までに送ればいいでしょうか?
42 R3.10.9 被告がX4に第11稿を送付
R3.10.12 被告又はX4が、X3に第11稿を送

R3.10.13 被告が原告に第11稿を送付 【To:原告】(甲9
18:28 の6)
44 【件名:Re: おはよう
ございます】
大分直したよ。
R3.10.14 原告がX3に電話をし、第11稿にあ
る「食糧メーデー」や「著名人の戦争
45 協力の文章の羅列」等に対する不満を
述べ、その部分を打ち合わせで削除し
てほしい旨を述べる。
R3.10.14 【To:X3】(甲9の5、乙B7)
13:32 先ほどX2さんからメールで、今日、脚本の長
さの件でX3さんと話し合いをすると聞かされ
て連絡しました。私が11稿を受け取ったのは
昨日で、知らされてなかった変更が多く、驚い
46 ています。
最初の原稿も元々X2さんの監修のもとに書い
たわけですし、正直解せない部分があることだ
け、取り急ぎお伝えさせていただきます。
№ 日時 出来事 原告からのメール 被告からのメール X3からのメール
R3.10.14 【To:原告】(甲
13:46 9の5、乙B7)
11稿は今までとは違
う作品になってるの
47 で、長さだけではな
く内容的にも、今日
の話し合いは重要な
ことになります。
R3.10.14 【To:X3】(甲9の5、乙B7)
13:57 【件名:Re: 天上の花11稿について】
48 もしX2さんが11稿の直しに難色を示される
ようでしたら、私の方でやりますので、いつで
もお伝えください。
R3.10.14 東京の太秦の事務所で打合せ(本件打
合せ②)(参加者:被告、X3、X
5。神戸在住の原告は不参加。)
49 ・第11稿につき、被告とX3の間で
大激論
・X5が間に入り、被告が脚本を修正
することになる。
R3.10.15 【To:X3】(乙B8)
11:23 昨日はありがとうございました。話し合いの結
果、どのような流れになりそうでしょうか?
R3.10.15 【To:原告】(乙
15:18 B8)
X2さんが直してく
ることになりまし
51 た。開戦時のコメン
トとか、メーデーは
削って、長くなった
セリフはコンパクト
にしてもらいます。
R3.10.15 【To:X3】(乙B8)
16:12 【件名:Re: 脚本について】
そうですか。私に出来ることがありましたら、
お伝えください。
R3.10.19 被告が、X5、X4、X3、原告に対
し、第12稿aをメールに添付して送
信(乙B13)
→X3は、これを決定稿とする。
R3.10.26頃 原告は、上記のメールに気付いておら
54 ず、X3に対して台本の送付を求める
旨の連絡をする。
R3.10.26 【To:原告】(乙
20:02 B9)
住所は下記で良いの
55 ですか?台本をお送
りします。(以下
略)
R3.10.26 【To:X3】(乙B9)
56 23:15 はい、その住所でお願いします。内容を確認
後、ご連絡します。
R3.10.27 【To:X3】(乙B9)
57 7:24 脚本のデータもまだ届いてないのです
が・・・。今日中に送付をお願いします。
№ 日時 出来事 原告からのメール 被告からのメール X3からのメール
R3.10.28 【To:X3】(甲9の7、乙B10)
7:17 X3様
お世話になります。今回の脚本の変更の件です
が、正直当初から、X2さんによって脚本が変
更されていく過程は納得できないものでした
が、私の脚本に興味を持っていただき、映画化
に向けて尽力してくださったX3さんへ迷惑が
掛からないよう配慮して、これまで我慢してき
ました。
しかしながら11稿以降の変更に関しては、さ
すがに我慢の限界です。何の相談も連絡もな
く、私抜きの話し合いで決まった決定稿は受け
入れられません。元々の脚本を書いた私が現時
点で決定稿を知らないというのは、いくら何で
もおかしくはないですか?
クランクインが迫っているのでしたら、なおの
こと、今すぐデータを送ってください。
口頭による誤解や行き違いを避けるため、今後
のやり取りはメールにてお願いします。
R3.10.28 【To:原告】(甲
12:25~ 9の7、乙B11)
12:26 【件名:Re: 脚本変
更及び決定稿未送に
ついて】
X1さま
製本台本はきのうお
送りしたので、今日
には届くことと思い
ます。念のため、
データをお送りしま
す。
こちらとしては、X
59 2さんとX1さんと
の連携で、12稿が上
がって来たという認
識です。先日、X2
さんが「X1と連絡
がつかない」と言っ
ていたのは、意外で
した。
今後は、プロデュー
サーのX4'が対応い
たします。よろしく
お願い致します。
№ 日時 出来事 原告からのメール 被告からのメール X3からのメール
R3.10.30 【To:X3】(甲9の7)
10:17 【CC:被告、X4】
【件名:Re: 脚本変更及び決定稿未送につい
て】
X3様
お世話になります。
>こちらとしては、X2さんとX1さんとの連
携で、12稿が上がって来たという認識です。
>先日、X2さんが「X1と連絡がつかない」
と言っていたのは、意外でした。
そうだったんですね。X3さんはこちらの事情
を知らなかったんですね。私が関わったのは
10稿までです。それ以降、内容に関しては一
切関わっていません。実際に私に11稿が送ら
れてきたのは、X2さんとX3さんが話し合い
をする前日でしたし。あまりにも大幅な変更に
さすがに戸惑い、あの時は相談させていただき
ました。X3さんも極力10稿に近い形でいき
たいと言われていましたので、どうなることか
と思っていましたが、先日いただいた決定稿
12b稿を確認しましたところ、11稿同様、到底
納得のいくものではありませんでした。
納得のいかないシーンは多々ありますが、下記
のシーンだけはあまりにも違和感が酷いので変
更して下さい。
開戦後、達治が病床の朔太郎を尋ねる回想シー
ンです。
シーン63:そのまま
シーン64:無くす
シーン65:朔太郎の間の台詞を消して、「原
稿用紙がはらりと落ちる」
シーン66:詩はそのまま
シーン67:シーンを占める朔太郎の詩と戦争
詩論をすべて消して、最後の朔太郎の台詞「戦
争が終わった時、戦争詩はどうなるのだろう。
お役御免でどこへ行くのだろう。まして、負け
た時には」
朔太郎の事を思い出す回想に、家族との会話は
いらないです。朔太郎は病床についていたの
で、台詞は最小限で。特にシーン67について
は、長い詩が二回も続くのはシーンとしてもお
かしいですし、病床にある朔太郎が戦争詩論を
このように長々と語ることは出来ません。それ
に観客には理解しがたく、見ているのが苦痛で
ダレでしまいます。よろしくお願いいたしま
す。
台本届きました。改めて見させていただきま
す。(中略)X14さんに代わったんですね。
X4さんの惣之助、イメージ通りです。
№ 日時 出来事 原告からのメール 被告からのメール X3からのメール
R3.10.30 X4が、撮影現場から原告に架電し、
又は31 「とりあえずはシナリオのとおりに撮
影をします。それで、編集の時に考え
61 ましょう。」という内容を伝える。
原告は、出来上がったものは見せてく
ださい、と回答する。
62 R3.11.1 クランクイン(撮影開始)
以後、R4.11までの間、X4が原告の
対応に当たっていたが、基本的には脚
本料の話がされており、脚本の内容に
ついてはほとんどやり取りがされな
かった。
R4.8 本件映画の初号試写。X3から原告に
64 も案内したが、原告は参加しない意向
であった。
R4.11.11 原告代理人→ドッグシュガー
内容証明郵便到達(甲12)
1 本件脚本の対価として75万円を
請求
2 最終稿は、原告が作成した第10
稿を原告の承諾なく改変したものであ
り、同一性保持権侵害であり、本件脚
65 本の映画化は翻案権侵害でもあるとし
て、本件映画の公式ホームページとパ
ンフレット、ドッグシュガーのホーム
ページで本件脚本の一部が原告の承諾
なく改変されたものであることを明ら
かにした上での謝罪と、慰謝料50万
円を請求
同日 原告代理人→被告
66 内容証明郵便到達(乙A5、6)
上記2と同じ請求
67 R4.12.9 本件映画公開

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