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令和5(ネ)10100損害賠償請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和6年5月30日
事件種別 民事
当事者 被控訴人
法令 著作権
キーワード 侵害28回
損害賠償3回
実施3回
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事件の概要 1 事案の要旨 本件は、ドキュメンタリー映画「Life」(以下「本件映画」という。)の著作25 者である控訴人が、被控訴人が書籍「捜す人 津波と原発事故に襲われた浜辺で」(以 下「本件書籍」という。)を執筆し、被控訴人補助参加人にこれを出版、販売させた 行為により、本件映画に係る控訴人の著作権(翻案権)、著作者人格権(同一性保持 権及び氏名表示権)及び人格権又は法的保護に値する人格的利益がそれぞれ侵害さ れたと主張して、被控訴人に対し、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害 賠償金合計346万円及びこれに対する平成30年8月10日(本件書籍の販売開5 始日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分 の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

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判決文

令和6年5月30日判決言渡
令和5年(ネ)第10100号 損害賠償請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和3年(ワ)第28914号)
口頭弁論終結日 令和6年2月15日
5 判 決
控 訴 人 X
同訴訟代理人弁護士 水 口 瑛 葉
10 被 控 訴 人 Y
同 補 助 参 加 人 株 式 会 社 文 藝 春 秋
上記両名訴訟代理人弁護士 喜 田 村 洋 一
藤 原 大 輔
15 主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
20 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、346万円及びこれに対する平成30年8月1
0日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の要旨
25 本件は、ドキュメンタリー映画「Life」(以下「本件映画」という。)の著作
者である控訴人が、被控訴人が書籍「捜す人 津波と原発事故に襲われた浜辺で」
(以
下「本件書籍」という。)を執筆し、被控訴人補助参加人にこれを出版、販売させた
行為により、本件映画に係る控訴人の著作権(翻案権)、著作者人格権(同一性保持
権及び氏名表示権)及び人格権又は法的保護に値する人格的利益がそれぞれ侵害さ
れたと主張して、被控訴人に対し、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害
5 賠償金合計346万円及びこれに対する平成30年8月10日(本件書籍の販売開
始日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原判決は、被控訴人が本件書籍を執筆等したことは、本件映画に係る控訴人の翻
案権、同一性保持権、氏名表示権を侵害するものではなく、控訴人の人格権又は人格
10 的利益を侵害するものでもないとして、控訴人の請求を棄却した。
控訴人は、原判決を不服として控訴した。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠により認定した。)
(1) 本件映画(甲1)
本件映画は、控訴人が企画し、平成28年12月頃までに制作して完成させ、平成
15 29年2月頃に公開した115分間のドキュメンタリー映画であり、その著作者は
控訴人である。
本件映画は、東日本大震災(以下、単に「震災」ということがある。)に伴う津波
により家族が犠牲となったA(以下「A」という。)やB(以下「B」という。)の
言動や、同人らに関係する出来事等を控訴人が直接撮影した映像を中心とし、その
20 他、東京電力の関係者であるC(以下「C」という。)に関係する映像等を含んで、
構成されている。
(2) 本件書籍(甲2)
本件書籍は、被控訴人が執筆し、出版社である被控訴人補助参加人が平成30年
8月に出版、販売した299頁のノンフィクション作品であり、著者として被控訴
25 人の氏名が表示されている。
本件書籍は、震災の発生直後から平成29年にかけて、A、B、C、地元ラジオ局
のアナウンサーやこれらの者に関係する人物がそれぞれ経験した出来事等をオムニ
バス形式で記述して構成されている。
(3) 本件映画と本件書籍の表現の対比
本件映画には、別紙著作物対比表の「控訴人著作物」欄各記載の映像と音声(以
5 下、「場面」欄記載の数字等に応じて「控訴人映像1」などといい、併せて「控訴人
各映像」という。)がある。
本件書籍には、別紙著作物対比表の「被控訴人著作物」欄各記載の記述等(以下、
「場
面」欄記載の数字等に応じて「被控訴人記述1」などといい、併せて「被控訴人各記
述」という。)がある。
10 3 争点
(1) 本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の翻案権が侵
害されたか(争点1)
(2) 本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の同一性保持
権及び氏名表示権が侵害されたか(争点2)
15 (3) 本件書籍の執筆、出版及び販売により、控訴人の人格権又は法的保護に値す
る人格的利益が侵害されたか(争点3)
(4) 控訴人が受けた損害の額(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の翻案
20 権が侵害されたか)について
(控訴人の主張)
(1) 本件書籍が本件映画に依拠していること
被控訴人は、本件書籍の執筆に先立ち、及び執筆中に、少なくとも6回、本件映画
を視聴した。また、被控訴人は、控訴人に対し、本件映画を観ながらその場面を自分
25 で見てきたかのように書きたいなどと述べて、本件映画のDVDを提供するよう何
度も求めた。控訴人は、後記(2)に述べるAへのインタビュー、住民説明会、卒業式、
Aの自宅解体等の現場に立ち会い、自ら問いかけをするなどして発言等を獲得し、
これらを映像化しているのに対し、被控訴人は、これらの場面に立ち会っておらず、
関係者に対して事後的に形式的な取材をしたにとどまる。そして、後記(2)に述べる
とおり、本件映画と本件書籍との共通点は非常に多い。これらからすると、被控訴人
5 は、本件映画に依拠して本件書籍を執筆したことが明らかである。
(2) 控訴人各表現と被控訴人各表現の同一性を有する部分がいずれも創作的表現
であること
別紙著作物対比表の「場面」欄記載の各場面(以下、同欄記載の番号等に応じて「場
面1」などという。)において、控訴人各映像と被控訴人各記述は、特に同対比表に
10 下線部を施した部分は同一であり、その余の部分も本質的部分が共通しており、実
質的に同一である。
そして、次に個別に主張するとおり、これらの同一性を有する部分はいずれも創
作的表現であるといえる。
ア 場面1について
15 控訴人は、震災から約1年が経過した平成24年3月15日、初めてAに対して
カメラを向けてインタビューを実施した。震災直後のAは、多くの者の取材を受け
付けていなかったが、控訴人は、Aと真摯に向き合い、時間をかけて信頼関係を構築
し、その心情に配慮して種々の工夫を施して撮影を開始し、ようやくAから発せら
れたのが「置いてきぼりだ、ここは」との発言である。これは、控訴人の問いにより
20 初めて得られたものである。控訴人は、この発言を中心に、人がいない福島県南相馬
市の風景や、津波被災地に一軒だけ残るAの自宅の映像を重ね、本件映画のタイト
ルへとつなぐ等の工夫を施して控訴人映像1としたものである。したがって、控訴
人映像1は創作的表現といえる。
イ 場面2について
25 控訴人映像2は、控訴人からの「当時、奥さんは妊娠中で?」という問いを契機
に、Aが、津波により亡くなった長女の火葬に妻が立ち会えなかったことを振り返
り、少し時間を経て妻の心情に気付いて自分が駄目な夫であると感じたことや、東
京電力に対する怒りが出てきたこと等を発言する場面を中心としている。これは、
控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、この発言を、Aがその
後、Cほか東京電力の関係者と交流していく様子を描く伏線とする意図で用い、A
5 の妻や二女の横顔の映像を重ねる等の編集上の工夫をして控訴人映像2としたもの
である。したがって、控訴人映像2は創作的表現といえる。
ウ 場面3について
控訴人映像3は、Aが、津波により行方不明となっている者を捜索する活動を継
続していることについて、捜す人がいなければ、見つかる可能性はゼロであり、捜す
10 人がいれば、ゼロではないとの旨を発言する場面を中心としている。この発言は、控
訴人が、平成25年2月17日、Aにインタビューをして収録したものであり、控訴
人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、これを、捜索にかけるAの想
いの強さを伝え、また、震災から5年9か月を経てAやその仲間が行方不明の女児
の遺骨を見つけるという本件映画の最終場面への伏線とする意図で用い、平成24
15 年の捜索風景等の映像を重ねる等の編集上の工夫をして控訴人映像3としたもので
ある。したがって、控訴人映像3は創作的表現といえる。
エ 場面4について
控訴人映像4は、Aが、津波により行方不明となったままの長男が見つからない
のは、長男がAを生かすためにわざと出てこない、見つからないようにしているの
20 ではないか、仮に早い段階で長男が見つかっていたら、Aは妻が二女を妊娠してい
ることなど関係なく自分で死んでいたと思う旨を発言する場面を中心としている。
この発言は、控訴人が、平成25年6月29日、Aに対し、我が子の死に直面した心
情という最もつらい問いをあえて行い、対話の中で収録したものであり、控訴人の
問いにより初めて得られたものである。控訴人は、同日に収録した約1時間の映像
25 のうち、長男がどうしても見つからないことについて語った上記発言を選択し、全
く別の機会に撮影したAが海岸を歩く映像と重ねる編集上の工夫も行い、控訴人映
像4としたものである。したがって、控訴人映像4は創作的表現といえる。
オ 場面5について
控訴人映像5は、Aが、震災から4年余りが過ぎた平成27年3月24日、いまだ
津波で行方不明となったままの二女を捜索しているBに関連して、困っている人が
5 いるのに日本は何もしない、他方でテレビでは「絆」等の言葉がよく使われており、
その差がありすぎるとの旨を発言する場面を中心としている。この発言は、控訴人
が、Aに対し、かつてAが「置いてきぼり」と述べた心情をBの姿にも見たのではな
いか、Bの存在によりAに変化はあったか等を問いかけて収録したものであり、控
訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、Aの性格を魅力的に描く
10 ためにこれらの発言を選択し、Bが捜索活動を行う地区の空撮映像とBが一人で歩
く映像とを重ね合わせて、Aが語る理不尽さを分かりやすく示す編集上の工夫も行
い、控訴人映像5としたものである。したがって、控訴人映像5は創作的表現といえ
る。
カ 場面6について
15 控訴人映像6は、Aが、周囲の人の「普通」の日常が目に入るのがつらくてフェイ
スブックをやめた旨を発言する場面を中心としている。この発言は、控訴人が、平成
26年2月9日、当時、精神的に最も不安定な状態にあったAの心情を具現化する
ことが必要と考え、築き上げてきた信頼関係を前提に、様々な角度から問いかけて
収録したものであり、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、周
20 囲の者ですら深くは知り得なかったAの状態の深刻さを示すためにこの発言を選択
し、被災したAの自宅を背景とする編集上の工夫も行い、控訴人映像6としたもの
である。したがって、控訴人映像6は創作的表現といえる。
キ 場面7について
控訴人映像7は、Aが、誕生日からすれば本来小学校に入学するはずだった長男
25 のためにかばん(ランドセル)を買って、これをAの妻が持ち、長男の写真を二女が
持って写真を撮った旨を発言する場面を中心としている。この発言は、控訴人が、平
成26年6月9日、Aの自宅の祭壇に置かれていたランドセルを見て、Aに問いか
けて収録したものであり、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人
は、時の経過が必ずしも悲しみを癒やすものとは限らないことを表すためにこの発
言を選択し、Aが撮影したという家族写真を背景とする編集上の工夫も行い、控訴
5 人映像7としたものである。したがって、控訴人映像7は創作的表現といえる。
ク 場面8について
控訴人映像8は、中間貯蔵施設に関して平成26年6月14日に福島県郡山市で
実施された住民説明会におけるBと環境省担当者の発言や表情等を中心としてい
る。控訴人は、説明会開始前のBの様子から終了後のBへのインタビューまで撮影
10 を続け、Bや環境省担当者の発言のみならず、その表情、様子を収録した。控訴人
は、約1時間50分にわたる映像の中から、Bの静かな憤りが伝わるように特定の
部分を選択し、テンポよく見せるような編集上の工夫も行い、控訴人映像8とした
ものである。したがって、控訴人映像8は創作的表現といえる。
被控訴人は、被控訴人記述8において、住民説明会におけるBの表情や心情等に
15 ついて記載しているが、この住民説明会に参加しておらず、Bに対して取材を行っ
たとしても、B自身が住民説明会における自らの発言の際の自らの表情等について
まで取材時に語ることができたとは思われない。被控訴人は、本件映画を観て、上記
発言時のBの険しい表情、環境省担当者の動揺などを知ることができ、被控訴人記
述8として記載することができた。それは、控訴人が、本件映画において、Bの表情
20 を捉えたからであり、Bの発言だけでなく、表情等も併せて伝えることに意味を認
めたからであり、被控訴人記述8は、控訴人の創作的表現を下敷きに被控訴人が文
章化したものである。
ケ 場面9について
控訴人映像9は、控訴人からの「おかしいことに怒れるって、昔からそういうタイ
25 プだったんですか」という問いを契機に、Aが「正義感のクソもなかった」と発言す
る場面を中心としている。この発言も、控訴人の問いにより初めて得られたもので
ある。控訴人は、震災前後のAの生き方の変化を表すためにこの発言を選択し、編集
上の工夫を行って控訴人映像9としたものである。したがって、控訴人映像9は創
作的表現といえる。
コ 場面10-①について
5 控訴人映像10-①は、長女の同級生が小学校の卒業式を迎えるに当たり、長女
に代わって卒業証書を受け取ることとしたAが、当日の朝、「落ち着かない」と発言
し、また、たばこを吸うなど落ち着かない様子を妻にたしなめられる場面を中心と
している。この卒業式には、大勢の報道陣が詰め掛けていたが、当日の朝、自宅での
Aの様子を撮影した者は控訴人以外になく、控訴人だから撮影できた発言、様子で
10 ある。控訴人は、Aは実際には落ち着かない様子を短時間に繰り返し見せたわけで
はないが、場面をつなぎ合わせて臨場感を見せるなどの編集上の工夫も行い、控訴
人映像10-①としたものである。したがって、控訴人映像10-①は創作的表現
といえる。
サ 場面10-②について
15 控訴人映像10-②は、上記卒業式に先立ち、Aが小学校から受領した手紙につ
いて説明し、心情を発言する場面を中心としている。この手紙は、小学校が長女につ
いても卒業証書を授与する提案を含むものであって、Aが控訴人を信頼していたか
らこそ、その存在と内容を明らかにしたものである。控訴人は、誰も描くことができ
ないAの細やかで複雑な心情を描くためにこの場面を収録、選択して控訴人映像1
20 0-②としたものである。したがって、控訴人映像10-②は創作的表現といえる。
シ 場面10-③について
控訴人映像10-③は、小学校の教室において、Aが長女の卒業証書を受領する
場面を中心としている。控訴人は、特にAの表情のアップを中心に撮影し、約32分
の収録映像のうち、卒業証書を受け取る場面、Aが涙を流して挨拶する場面、二女が
25 場の空気を和ませてAや他の者に笑顔が見られる場面等を意識的に選択して、ナレ
ーションを入れない約4分の控訴人映像10-③とした。したがって、控訴人映像
10-③は創作的表現といえる。
本件書籍にも、卒業式当日の様子が描かれているが、Aの発言だけでなく、保護者
のすすり泣く状況、Aの二女が「おしっこ」と言った後のAやAの妻、周囲の反応が
記載されている。控訴人はこの卒業式に立ち会い取材しているが、被控訴人は、この
5 卒業式に立ち会っておらず、2年以上経過した後で、Aに対する取材を行っている。
Aは、自身の発言に加えて、一定の周囲の状況について語ることは可能だろうが、保
護者がすすり泣く様や、「おしっこ」と聞こえた直後の自身の反応、妻の表情や動き
までを思い返して発言することができたかについては、A自身もできなかったと後
に控訴人に述べている。被控訴人記述10―③における保護者のすすり泣く状況、
10 Aの二女が「おしっこ」と言った後のAやAの妻、周囲の反応の描写は、本件映画を
見たことから記載できたものであって、控訴人映像10―③の創作的表現を下敷き
に被控訴人が文章化したものである。
ス 場面11について
控訴人映像11は、Aの妻が、長女と長男は大きな波が来て海に連れていかれた
15 と二女に説明しているが、二女はこれに対して「ふーん」と話しているなどと発言す
る場面を中心としている。Aの妻は、当時、控訴人以外の者から取材を受けることは
なく、これらの発言は、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、
震災後に生まれた二女の存在を一つの主題として、同人が経験していない震災や、
会ったことのない姉、兄をどう受け止めていくかを描くことを意図し、これらの発
20 言を選択して、別の日に撮影した二女が遺骨に話しかける映像を重ね合わせるなど
の編集上の工夫も行い、控訴人映像11としたものである。したがって、控訴人映像
11は創作的表現といえる。
セ 場面12について
控訴人映像12は、平成26年5月4日、Aが、一般に開放した菜の花畑で子供た
25 ちが遊ぶ様子を見て、悲しくて泣けてくるのではなく、嬉しくて泣けてくるなどと
笑いながら発言する場面を中心としている。この発言は、控訴人が、Aに対し、「特
にでも、子供たちが笑ってるって、やっぱり。」と問いかけて収録したものであり、
控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、Aが震災で負った心の
傷を乗り越えていく過程を描く本件映画に不可欠な場面としてこれらの発言を選択
し、長男の形見ともいえる鯉のぼり、子供たちの笑顔、Aの背後から日光が射す映像
5 を重ねるなどの編集上の工夫も行い、控訴人映像12としたものである。したがっ
て、控訴人映像12は創作的表現といえる。
ソ 場面13について
控訴人映像13は、Aが、自宅の解体を控え、震災の年を最後に立ち入っていなか
った長女の部屋に立ち入り、長女の遺品を片付けていく場面を中心としている。控
10 訴人は、Aと二人きりで長女の部屋に入ってこれらの場面を撮影しており、控訴人
とAとの強い信頼関係がなくては記録に残ることはなかった場面である。控訴人は、
Aが我が子の死に向き合う重要な場面と捉え、約2時間の映像のうち、かつての長
女の生活がかいま見える物品や、それを見つめるAの表情、後ろ姿など映像を厳選
して1分47秒からなる控訴人映像13としたものである。したがって、控訴人映
15 像13は創作的表現といえる。
本件書籍にも、自宅の解体工事の前に、Aが長女の遺品を整理しながら語ってい
る場面の記載があるが、控訴人が解体工事前にA宅で取材をしているのに対し、被
控訴人は、被控訴人自身の目で被災したA宅を一度も確認したことがなく、その空
間に足を踏み入れたことがないばかりか、その大きさや間取り、被災状態などにつ
20 いても直接見て取材をすることが不可能であった。本件映画では、遺品整理をする
Aがため息をする瞬間も描かれているが、被控訴人記述13にも「小さなため息を
つきながら」と、その場にいたかのような記述がされている。被控訴人の取材におい
て、Aは解体工事前の遺品整理の場面を思い返しながらため息をしたことまで述べ
ることができたとは考えられず、被控訴人は、本件映画の表現に依拠して、被控訴人
25 記述13を行ったものである。
タ 場面14について
控訴人映像14は、Aが、長女や長男の声を思い出すことができなくなっている
などと発言する場面を中心としている。この発言は、控訴人が、自宅の解体と、子ら
への記憶が薄れていくことを結び付ける意図をもって、「(自宅が)なくなってしま
うと、思い出せなくなっちゃうんじゃないか、とか?」と問いかけて収録されたもの
5 であり、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、長女や長男が遊
んでいたおもちゃの映像を重ねるなど編集上の工夫も行い、控訴人映像14とした
ものである。したがって、控訴人映像14は創作的表現といえる。
チ 場面15について
控訴人映像15は、Aの自宅が解体される様子と、これを目の当たりにしたAの
10 表情等を中心としている。控訴人は、平成28年2月1日、2日、11日、12日、
15日及び28日の合計6日にわたって撮影を実施した。そして、Aが自宅裏手や
新居の中から解体の様子を見て、また、目を背けたり涙を流したりする場面等を選
択し、時系列に捉われることなく配置して緊迫感を出すなどの工夫も行い、控訴人
映像15としたものである。したがって、控訴人映像15は創作的表現といえる。
15 ツ 場面16について
控訴人映像16は、Aが、家族も自宅も守ることができなかった旨を発言する場
面を中心としている。控訴人は、平成27年6月6日、長く自宅の解体を回避してき
たが、いよいよその決断を迫られたAの無念さを表すものとしてこの発言を選択し、
Aの父の遺影、被災前後の自宅の映像を重ねる等の編集上の工夫も行い、控訴人映
20 像16としたものである。したがって、控訴人映像16は創作的表現といえる。
テ 場面17について
控訴人映像17は、津波による行方不明者を捜索していたところ、人の歯と骨が
見つかったこと及びBが「これ、治療してある」と述べる場面を中心としている。こ
の場面は、平成28年12月11日、Bが二女のものとみられる遺骨を発見し、初め
25 てこれを手にした場面であるが、この場面を撮影したのは控訴人ただ一人である。
Bの反応が冷静であったことの意外さを含め、現実は時に人間の想像を超えるもの
であることを表現する意図をもってこれらの映像を選択し、映像の順序や字幕を付
加して臨場感を出す等の編集上の工夫も行い、控訴人映像17としたものである。
したがって、控訴人映像17は創作的表現といえる。
(3) 本件書籍に接する者が、本件映画の表現上の本質的な特徴を直接感得するこ
5 とができること
本件映画と本件書籍とは、その媒体のほか、登場人物や事実の配列等が異なって
いるが、骨格をなす全体のストーリー構成や主要な登場人物は同じであり、当事者
への取材のみでは知り得ない情景の描写があるから、本件書籍に接した者は、全体
として、本件映画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるというべき
10 である。
(4) 小括
以上のとおり、本件書籍は、本件映画に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴
の同一性を維持しつつ、具体的な表現に修正等を加えて新たに思想又は感情を創作
的に表現することにより、これに接する者が本件映画の表現上の本質的な特徴を直
15 接感得することができるものといえるから、本件映画を翻案したものといえる。
原判決は、控訴人各映像の複数の場面につき、「現実に存在した出来事や状況など
の事実に関するもの」とし、「本件映画と本件小説は同じ事実を描写している」とし
た上で、「個々の、現実に存在した出来事や状況などの事実を表現それ自体であると
いうことはできない」とし、「同じ事実を描写したことをもって、本件映画と本件小
20 説の表現が共通するとはいえない」とした。しかし、ある事象は、人の五感の作用を
通じて覚知されるものであり、更にその人の持つ過去の経験や知識、又は事象との
関わりの深さや価値観の違い等によっても全く異なったものとして覚知され、その
覚知されたものが「事実」として扱われる。そして、ある事象を覚知する人は複数存
在し得るので、覚知された内容は同一であるとは限らず、その意味での「事実」は複
25 数存在し得るから、ある事象についての「事実」が常に単一であり、誰の目から見て
も、この世に絶対的な存在として一つしか存在し得ないかのような前提は誤りであ
る。例えば、地震や津波、卒業式といった事象について、それらに立ち会った人が覚
知する内容は様々であることから、地震や津波、卒業式という出来事に関する事実
は、決して単一ではあり得ない。
覚知された内容を言語や映像などの方法で具現化する場合、そこには具現化しよ
5 うとする者の意識が反映される。言語の場合であれば、それは単語や修飾の選択、又
は口語体か文語体か、一文の長短などの選択として表れ、映像の場合であれば、焦点
の合わせ方、画角の設定、フィルターの有無、効果音の有無などの選択として表れ
る。こうした意識の反映を通じて具現化されたもののうち、創作性のあるものが「表
現」として保護され、ありふれたものであれば保護の対象外とするのが法の考え方
10 である。ある出来事や状況を、詳しく描写した場合には、その描写の方法がまさに創
作性のある表現になり得る。映像表現は、取材対象者の発した発言内容だけで成立
しているわけではなく、また、音声だけで成り立っているわけでもなく、取材対象者
の発言内容のみならず、そのときの同人の表情や状況を描写するか否か、どう描写
するかが、控訴人独自の視点による創作性のある表現である。
15 本件映画では、控訴人は、例えば、Aに対する質問をあらかじめ用意し、Aが回答
した内容につき、控訴人の企画、方針等に応じて取捨選択し、更に表現上の加除訂正
等を加えて映像を作成したものであって、その過程においてAが手を加えていない
のであるから、Aは本件映画作成のための素材を提供したにとどまる。本件映画に
おけるAの発言が媒体に化体したところのものは、Aによる表現ではなく、控訴人
20 による表現であって、被控訴人はこのような表現を模倣したものである。
(被控訴人の主張)
(1) 創作性を有しない部分においてのみ同一性を有するにすぎないこと
本件映画及び本件書籍は、いずれもAやBの行動、その際の心情・感情等、表現上
の創作性の入り込む範囲のない歴史的事実を題材に描くものであり、記述やエピソ
25 ードが重複することは当然の帰結である。歴史的事実を題材に描いた両作品におい
ては、「表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分」において同一性を
有するにすぎない場合がしばしばあり得るから、本件書籍が本件映画を翻案したも
のかを判断するに当たっては、そのような観点から検討されるべきである。
そして、控訴人が主張する各場面において、本件映画と本件書籍とが同一性を有
する部分は、Aや関係者が経験した客観的事実や、これらの者が特定の感情等を抱
5 いたその感情の内容、又はそれを述べたという客観的事実にとどまっている。これ
らの同一性を有する部分は、事実であって表現それ自体ではないか、Aらの思想又
は感情を表現したものであって控訴人の思想又は感情を表現したものではないか、
又は特定の人物の感情等の表現としてありふれたものであるから、いずれも創作性
を有しない部分にすぎない。
10 控訴人の主張は、控訴人が膨大な労力をかけて得たインタビュー映像には、いず
れも控訴人なりの狙いや意図があり、インタビューの結果得られた情報に著作物性
・創作性が認められるということに基礎をおくものと解される。しかし、その狙いや
意図といった要素は、著作権法上保護されないアイデアの範ちゅうにとどまるもの
である。インタビューの結果得られた情報は、客観的事実ないしその際に取材対象
15 者が抱いた思いや感情といういわば歴史的事実(ファクト)であって、一定の狙いや
意図によって当該ファクトを得たとしても、そのファクトは、控訴人が独占的に使
用できるものではない。
したがって、本件書籍が本件映画を翻案したものということはできない。
(2) 本件映画の表現上の本質的な特徴の同一性が維持されていないこと
20 本件映画は、控訴人がAやその家族に密着取材して、その時々の感情を自ら語っ
てもらうことを中心とした映像作品であり、密着取材時当時のAやBの感情に焦点
が描かれている。
他方、本件書籍は、東日本大震災の発生当時のA、Bの行動や家族が被害を受けた
経緯、その後の捜索活動等の個別具体的な事実関係を詳細に描くなど、本件映画と
25 は表現の視点や観点も、具体的な描き方も大きく異なっている。また、本件書籍で
は、A及びB以外のみならず、本件映画に登場していない人物についても著述し、事
実関係の取捨選択も異なっている。
したがって、本件書籍においては、本件映画の表現上の本質的な特徴が維持され
ているとはいえず、本件映画を翻案したものということはできない。
2 争点2(本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の同一
5 性保持権及び氏名表示権が侵害されたか)について
(控訴人の主張)
前記1のとおり、本件書籍は、本件映画の表現上の本質的な特徴を維持しつつ、著
作者である控訴人の意に反して変更、切除その他の改変を加えたものであるから、
本件書籍が執筆、出版されたことにより、控訴人の同一性保持権が侵害されたとい
10 える。
また、本件書籍には、原著作物の著作者である控訴人の氏名が表示されていない
から、本件書籍が執筆、出版されたことにより、控訴人の氏名表示権が侵害されたと
いえる。
(被控訴人の主張)
15 いずれも争う。
3 争点3(本件書籍の執筆、出版及び販売により、控訴人の人格権又は法的保護
に値する人格的利益が侵害されたか)について
(控訴人の主張)
控訴人は、当時の勤務先を退職し、経済的困窮や被ばくのリスクを負いながら、長
20 い年月をかけて被災地の人々と信頼関係を築き、同じ時間を共有し、現地の状況や
人々の生きざまを約450時間にわたって記録し、その中から選び抜いた映像を約
2時間にまで編集し、本件映画を作品として完成させたものである。これは、控訴人
が築いてきた信頼関係や、控訴人の視点、問題意識、問いかけ等がなければ知られる
ことがなかった発言や出来事の映像により成り立っているものである。このような
25 控訴人の思想性や表現活動は、それ自体が人格権を構成し、又は法的保護に値する
人格的利益といえる。
他方、被控訴人は、控訴人の意に反することを明確に認識しながら、地元説明会や
卒業式、A宅の解体など、本件映画の場面を観て、これを引き写すような形で本件書
籍を執筆、出版した。このような行為は、控訴人が有する上記人格権又は法的保護に
値する人格的利益を侵害するものである。
5 (被控訴人の主張)
争う。
4 争点4(控訴人が受けた損害の額)について
(控訴人の主張)
上記1~3の翻案権侵害、同一性保持権・氏名表示権侵害及び人格権又は人格的
10 利益の侵害について、被控訴人には、少なくとも過失が認められるところ、これらの
侵害行為により控訴人が受けた損害の額は、次のとおり、合計346万円である。
(1) 翻案権侵害による損害額 165万円
本件書籍の定価1650円×出版部数1万部×被控訴人の収入10%として算定
した。
15 (2) 同一性保持権、氏名表示権の各侵害による損害額(慰謝料) 併せて75万円
(3) 人格権又は人格的利益の侵害による損害額(慰謝料) 75万円
(4) 弁護士費用相当損害額 31万円
(被控訴人の主張)
いずれも争う。
20 第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の翻案
権が侵害されたか)について
(1) 著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴
の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は
25 感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本
質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして、
著作権法は、思想又は感情の創作的表現を保護するものであるから、既存の著作物
に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件な
ど表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作
物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案に当たらないと解するのが相当であ
5 る(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集5
5巻4号837頁参照)。
(2) これを本件についてみると、控訴人各映像と被控訴人各記述とで共通すると
される部分につき、被控訴人各記述に接する者が控訴人各映像の表現上の本質的な
特徴を直接感得することができるものであるならば、翻案に当たるといえ、他方、当
10 該部分につき、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体で
はなく、又は表現上の創作性がないときは、翻案には当たらないと解すべきことと
なる。
以上の観点から、控訴人各映像と被控訴人各記述とを、その共通すると主張され
る部分について検討する。
15 ア 場面1について
控訴人映像1と被控訴人記述1とは、①Aの周りには自衛隊の捜索が来ていない
こと、②原発事故のみが注目されて津波被害の点は注目されないこと、③そのよう
な状況の下で、Aが「置いてきぼりだ、ここは」との心情を抱いたことが、これらの
順序で示されている点において共通する。
20 しかし、これらの共通する点のうち、①及び②は、客観的事実であるか、又はAが
そのような事実認識をしていたという点において、事実又は思想と評価されるもの
であり、表現それ自体とはいえない。③は、Aが有した心情すなわち思想を中心とす
るものであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の
思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。控訴人は、控訴人と
25 Aとの信頼関係や、控訴人の問いかけにより、Aが上記心情を抱くに至った点を指
摘するが、共通する部分である「置いてきぼりだ、ここは」との心情そのものは、A
の思想というほかはなく、これを控訴人による創作的な表現ということはできない。
また、これらの配列順序は、①、②の事実又は思想を背景に③の思想が示されるとい
う関係にあるという点で独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を
認めることはできない。
5 そうすると、被控訴人記述1は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が
ない部分において、控訴人映像1と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た
らない。
イ 場面2について
控訴人映像2と被控訴人記述2とは、①Aの妻は長女の火葬に立ち会ってその骨
10 を拾うことができなかったこと、②Aは、百か日法要頃から、妻の気持ちに気付き、
自らを駄目な夫だと感じたこと、③Aは、その頃、東京電力に対する怒りの気持ちが
出てきたことが、これらの順序で示されている点において共通する。
しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということ
はできない。②及び③は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体でない
15 か、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通
しているとはいえない。控訴人は、控訴人の問いによりAの発言が得られた点を指
摘するが、Aが持つ上記思想の表現方法としてはありふれた部分のみが共通してい
るにとどまる。また、これらの配列順序は、時系列に沿ったものであるほか、①の事
実を背景に②及び③の思想が示されるという関係にあるという点で独創的なものと
20 はいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。
そうすると、被控訴人記述2は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が
ない部分において、控訴人映像2と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た
らない。
ウ 場面3について
25 控訴人映像3と被控訴人記述3とは、Aが、捜索する人がいなければ見つかる可
能性はゼロだが、捜索する人がいれば可能性はゼロではないとの趣旨の発言が示さ
れている点において共通する。
しかし、この共通する点は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体で
ないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が
共通しているとはいえない。
5 そうすると、被控訴人記述3は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が
ない部分において、控訴人映像3と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た
らない。
エ 場面4について
控訴人映像4と被控訴人記述4とは、①Aは、長男が自分を生かすために出てこ
10 ないのではないかと思ったこと、②Aは、長男が見つかったら自ら命を絶とうと考
えていたこと、③Aは、長男がそのようなAの気持ちを知って、あえて出てこないの
ではないかと思ったことが、これらの順序で示されている点、また、④上記①~③の
心情とともに、Aが海岸を歩いている描写がある点において共通する。
しかし、これらの共通する点のうち、①~③は、いずれもAの思想を中心とするも
15 のであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想
が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。また、これらの配列順序
それ自体には、表現上の創作性を認めることはできない。④は、行方が知れないまま
の長男を思う心情を語る場面において、海岸を歩く様子を描写することは、ありふ
れた表現であって、表現上の創作性があるとはいえない。控訴人は、Aが語る映像と
20 海岸を歩く映像とは別の機会に収録したものであることを指摘するが、Aが海岸を
歩きながら上記①~③の心情を抱いたことが客観的事実ではないとしても、表現上
の創作性がない部分において共通するにとどまることに変わりはない。
そうすると、被控訴人記述4は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が
ない部分において、控訴人映像4と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た
25 らない。
オ 場面5について
控訴人映像5と被控訴人記述5とは、①Bが一人で二女を捜索していたこと、②
Aは、そのようなBの境遇につき、困っている人がいるのに、日本は何もしないと考
えていること、③そのような状況と、テレビで「絆」などと言われている状況とに理
不尽さを感じていることが、これらの順序で示されている点において共通する。
5 しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということ
はできない。②及び③は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体でない
か、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通
しているとはいえない。また、これらの配列順序は、①の事実を背景に②及び③の思
想が示されるという関係にあるという点でありふれており、それ自体に表現上の創
10 作性を認めることはできない。控訴人は、Aの発言とBの映像を重ね合わせて、Aが
語る理不尽さを分かりやすく示したことを指摘するが、そのような控訴人映像5の
表現上の特徴が、被控訴人記述5と共通しているとはいえない。
そうすると、被控訴人記述5は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が
ない部分において、控訴人映像5と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た
15 らない。
カ 場面6について
控訴人映像6と被控訴人記述6とは、①Aがフェイスブックをやめたこと、②そ
の理由として、フェイスブックに表示されるのが「みんなの普通」であり、それは理
解しているが、それを見るのがつらいと感じたことが、これらの順序で示されてい
20 る点において共通する。
しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということ
はできない。②は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、
表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通して
いるとはいえない。また、これらの配列順序も、①の事実の理由として②の思想が示
25 されるという関係にあるという点で独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上
の創作性を認めることはできない。
そうすると、被控訴人記述6は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が
ない部分において、控訴人映像6と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た
らない。
キ 場面7について
5 控訴人映像7と被控訴人記述7とは、①長男が小学校の入学式を迎えるはずであ
った4月が到来したこと、②Aは、小学校の入学式のときには、みんな自宅の前で写
真を撮ると考えていること、③Aの妻がランドセルを、二女が長男の写真を持ち、自
宅の前で写真を撮ったこと、及び④Aから提供を受けた上記③の写真が、これらの
順序で示されている点において共通する。
10 しかし、これらの共通する点のうち、①及び③は事実であって表現それ自体とい
うことはできず、④は控訴人の著作物ではない。②は、Aの思想を中心とするもので
あって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても創作性を有すると
はいえない。また、これらの配列順序も、①の事実を迎えたことから、②の思想に基
づき③の事実が行われ、その結果が④として示されている関係にあるという点で独
15 創的なものとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。
そうすると、被控訴人記述7は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が
ない部分において、控訴人映像7と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た
らない。
ク 場面8について
20 控訴人映像8と被控訴人記述8とは、①環境省による説明会が行われたこと、②
Bが、睨むような表情で、「私自身、土地を売るとか貸すとか、全く今考えられない
状況で」、「津波で家族が流されて、今も一人見つからない状況で、捜し続けていま
すし」、「ちょっと人に手渡すというのは考えられない」旨を述べたこと、③環境省
担当者が「本当に返す言葉もございません。」、「今、そういうお話を初めて直接聞
25 かせていただきまして、非常に、どう申していいか分からないというのが正直なと
ころで」旨を述べたこと、④Bが、「ただそれ(中間貯蔵施設)を作るに当たって、
国なり東電なり、誠意が全く感じられない」旨を述べたこと、⑤環境省担当者が「そ
ういう誠意がないと言われれば、お詫びするしかないと思っております」旨を述べ
たことが、これらの順序で示されている点において共通する。
しかし、これらの共通する点は、いずれも客観的事実を中心とするものである。表
5 現にわたる部分についても、①のうち「睨むような表情」との部分は、発言する者の
表情を表現する方法としてはありふれたものであるし、②~⑤の各発言による表現
自体は、各発言者による言語の表現の範囲に限って共通しているにとどまる。また、
これらの発言の選択及び配列のうち、配列については、Bによる質疑応答を紹介し、
これを時系列に沿って示すという点で独創的なものとはいい難く、それ自体に表現
10 上の創作性を認めることはできないし、被控訴人記述8には、Bや環境省担当者の
発言内容の選択として、同人らの他の発言も記載されており、取捨選択が必ずしも
控訴人映像8とは共通していないから、表現上の創作性が認められる部分において
共通しているとはいえない。
そうすると、被控訴人記述8は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が
15 ない部分において、控訴人映像8と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た
らない。
ケ 場面9について
控訴人映像9と被控訴人記述9とは、Aが、自身について、もともとは正義感が少
しもなかった旨を述べる様子が示されている点において共通する。
20 しかし、この共通する点は、Aの自己認識という思想であって、表現それ自体では
ないか、表現にわたる部分であっても、自分には以前正義感はなかったと思うが現
在はそうでもないとの趣旨を示す表現としてありふれたものであって、表現上の創
作性を認めることはできない。
そうすると、被控訴人記述9は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が
25 ない部分において、控訴人映像9と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た
らない。
コ 場面10-①について
控訴人映像10-①と被控訴人記述10-①とは、①Aが、卒業式の朝に、落ち着
かない様子でたばこを吸っていたこと、②Aの妻がAをたしなめたことが、これら
の順序で示されている点において共通する。
5 しかし、これらの共通する点のうち、①及び②は、ともに事実であって表現それ自
体ではないか、表現にわたる部分であっても、落ち着かない様子を示すためにたば
こを吸い、また妻がこれをたしなめたとすることは、表現としてありふれており、表
現上の創作性を認めることはできない。控訴人は、Aは実際には落ち着かない様子
を短時間に繰り返し見せたわけではないことを指摘するが、Aが短時間で落ち着か
10 ない様子を見せたことが客観的事実ではないとしても、表現上の創作性がない部分
において共通するにとどまることに変わりはない。
そうすると、被控訴人記述10-①は、表現それ自体でない部分又は表現上の創
作性がない部分において、控訴人映像10-①と同一性を有するにすぎないから、
翻案には当たらない。
15 サ 場面10-②について
控訴人映像10-②と被控訴人記述10-②とは、①Aが、長女が通っていた小
学校の担任教員から手紙を受領したこと、②Aが、小学校の卒業式に行くと、震災当
時小学校2年生だった長女の同級生が成長しているのを見ることとなるが、それは
つらいことであり、長女を想像してしまうだろうと考えていることが、これらの順
20 序で示されている点において共通する。
しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということ
はできない。②は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、
表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通して
いるとはいえない。控訴人は、控訴人とAとの信頼関係があって初めて手紙の存在
25 やAの心情が明らかにされた点を指摘するが、①が事実である点に変わりはないし、
②については、上記の共通する部分に関していえば、Aが持つ上記思想の表現方法
としてはありふれた部分のみが共通しているにとどまる。また、これらの配列順序
も、①の事実を受けて②の思想が示されるという関係にあるという点で独創的なも
のとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。
そうすると、被控訴人記述10-②は、表現それ自体でない部分又は表現上の創
5 作性がない部分において、控訴人映像10-②と同一性を有するにすぎないから、
翻案には当たらない。
シ 場面10-③について
控訴人映像10-③と被控訴人記述10-③とは、①小学校の教室で、担任教員
が、「卒業証書を授与される者。6年、D」と呼んだこと、②涙ぐんだAが「はい」
10 と返事をして前に出て、その隣にAの妻が長女の遺影を持って並んだこと、③Aが、
長女の同級生に対し、「4年前にDは天国に行った」、「卒業式を開いてくれて、あ
りがとうございます」、「Dと友達でいてくれて、ありがとうございます。」、「今
日は、卒業おめでとうございます」旨を述べたこと、④教室にいる者の中にすすり泣
く者がいたこと、⑤その後、二女が「ママ、おしっこ」と話し、教室が和んだこと、
15 ⑥Aは、帰宅後、自宅の祭壇に卒業証書を置いたことが、これらの順序で示されてい
る点において共通する。
しかし、これらの共通する点はいずれも事実であって表現それ自体ということは
できない。これらの事実の配列順序は、時系列に沿ったものであって、独創的なもの
とはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。また、①~③及
20 び⑤の事実は、当日起きた事実の中でも核心的な出来事であるし、その事実に重ね
て泣いた者がいたという④の事実や帰宅後のAの行動である⑥の事実を選択したこ
と自体にも、表現上の創作性を認めることはできない。控訴人は、Aの表情のアップ
を中心に撮影した点などを指摘するが、そのような控訴人映像10-③の表現上の
特徴が、被控訴人記述10-③と共通しているとはいえない。
25 そうすると、被控訴人記述10-③は、表現それ自体でない部分又は表現上の創
作性がない部分において、控訴人映像10-③と同一性を有するにすぎないから、
翻案には当たらない。
ス 場面11について
控訴人映像11と被控訴人記述11とは、①Aの妻が、二女に対し、長女は大きな
波が来て、海に連れていかれちゃったと説明したことがあること、②二女は、その説
5 明に対して、「ふーん」という反応であったことが、これらの順序で示されている点
において共通する。
しかし、これらの共通する点は、いずれも事実であって表現それ自体ではないか、
表現にわたる部分であっても、Aの妻による言語の表現の範囲に限って共通してい
るにすぎず、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。
10 また、これらの配列順序自体も、独創的なものとはいい難く、表現上の創作性を認め
ることはできない。
そうすると、被控訴人記述11は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性
がない部分において、控訴人映像11と同一性を有するにすぎないから、翻案には
当たらない。
15 セ 場面12について
控訴人映像12と被控訴人記述12とは、①一般に開放した菜の花畑を訪れた人
々が笑っているのを見て、Aも笑っていたこと、②Aが、悲しいから泣けるのではな
くて嬉しいから泣けてくる旨を述べたことが示されている点において共通する。
しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということ
20 はできない。②は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、
表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通して
いるとはいえない。控訴人は、Aが心の傷を乗り越えていく過程を描く意図をもっ
てこの発言を選択し、鯉のぼりや子供たちの笑顔、Aの背後から射す日光の映像を
重ねるなどの編集上の工夫を行った点を指摘するが、そのような控訴人映像12の
25 表現上の特徴が、被控訴人記述12と共通しているとはいえない。
そうすると、被控訴人記述12は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性
がない部分において、控訴人映像12と同一性を有するにすぎないから、翻案には
当たらない。
ソ 場面13について
控訴人映像13と被控訴人記述13とは、①旧自宅の解体を控えたAが、震災の
5 年以降、初めて、旧自宅の長女の部屋に入ったこと、②長女の部屋には、長女が使用
していた机、ベッド、ノート等が置かれていたこと、③Aが、ため息をつきながら遺
品を整理していったことが、これらの順序で示されている点において共通する。
しかし、これらの共通する点は、いずれも事実であって表現それ自体ということ
はできない。控訴人は、控訴人とAとの信頼関係がなくては記録に残ることはなか
10 った場面であることを指摘するが、共通する部分が事実であって表現それ自体では
ないことに変わりはない。また、これらの事実の選択及び配列も、いずれも核心とな
る出来事を中心に選択し、時系列に沿って配列したものであり、独創的なものとは
いい難く、それら自体に表現上の創作性を認めることはできない。
そうすると、被控訴人記述13は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性
15 がない部分において、控訴人映像13と同一性を有するにすぎないから、翻案には
当たらない。
タ 場面14について
控訴人映像14と被控訴人記述14とは、Aが、長女や長男の声を思い出せなく
なっている旨を述べたことが示されている点において共通する。
20 しかし、この共通する点は、Aが発言した事実又はAの認識たる思想を中心とす
るものであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の
思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。控訴人は、長女や長
男が遊んでいたおもちゃの映像を重ねるなどの編集上の工夫を行った点を指摘する
が、そのような控訴人映像14の表現上の特徴が、被控訴人記述14と共通してい
25 るとはいえない。
そうすると、被控訴人記述14は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性
がない部分において、控訴人映像14と同一性を有するにすぎないから、翻案には
当たらない。
チ 場面15について
控訴人映像15と被控訴人記述15とは、①Aの旧自宅が解体されていく様子、
5 ②Aがその様子を見つめていたこと、③Aが目を背けて新居の中に入り、そこから
解体の様子を見つめたり、また目を背けたりしながら、涙を流したことが示されて
いる点において共通する。
しかし、これらの共通する点のうち、①及び②は、いずれも事実であって表現それ
自体ということはできない。③のうち、旧自宅の解体を目にしたAが目を背け、新居
10 の中に入ったことや、新居の窓から作業の様子を見たり見なかったりし、また涙を
流したことは、いずれも事実であって表現それ自体ではない。そして、これらの事実
を「見ては背け、背けては見る。それを繰り返すうちに、涙が滲み出てきた。」など
と記述することは、表現方法としてはありふれており、控訴人映像15と共通する
部分において表現上の創作性が認められるとはいえない。控訴人は、Aの旧自宅の
15 解体を合計6日にわたって撮影し、選択した場面を時系列にとらわれずに配置して
緊迫感を出すなどの工夫を行った点を指摘するが、そのような控訴人映像15の表
現上の特徴が、被控訴人記述15と共通しているとはいえない。
そうすると、被控訴人記述15は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性
がない部分において、控訴人映像15と同一性を有するにすぎないから、翻案には
20 当たらない。
ツ 場面16について
控訴人映像16と被控訴人記述16とは、Aが、自分は自宅も家族も守ることが
できなかった旨の心情を述べたことが示されている点において共通する。
しかし、この共通する点は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体で
25 はないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分
が共通しているとはいえない。控訴人は、Aの無念さを表すためにこの発言を選択
し、Aの父の遺影や被災前後の自宅の映像を重ねるなどの工夫を行った点を指摘す
るが、そのような控訴人映像16の映像に係る表現上の特徴が、被控訴人記述16
と共通しているとはいえない。
そうすると、被控訴人記述16は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性
5 がない部分において、控訴人映像16と同一性を有するにすぎないから、翻案には
当たらない。
テ 場面17について
控訴人映像17と被控訴人記述17とは、①Bが、人の歯と骨とみられるものを
発見したこと、②Bが、その歯について、「これ、治療してある」と述べたことが、
10 これらの順序で示されている点において共通する。
しかし、これらの共通する点は、いずれも事実であって表現それ自体ということ
はできない。控訴人は、この場面を撮影したのは控訴人のみであること、Bの反応が
冷静であったことの意外さを含め、現実は時に人間の想像を超えるものであること
を表現する意図をもって映像を選択し、編集上の工夫を行った点を指摘するが、控
15 訴人のみが撮影した事実であったとしても、事実であることに変わりはないし、控
訴人が意図し、工夫した編集等の控訴人映像17の表現上の特徴が、被控訴人記述
17と共通しているとはいえない。また、事実の配列順序も時系列に沿ったもので
あり、独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはでき
ない。
20 そうすると、被控訴人記述17は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性
がない部分において、控訴人映像17と同一性を有するにすぎないから、翻案には
当たらない。
(3) 以上によると、別紙著作物対比表の控訴人各映像と被控訴人各記述とは、い
ずれも表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有
25 するにすぎないから、本件書籍は、本件映画を翻案したものとはいえない。
控訴人は、本件映画と本件書籍とは、骨格をなす全体のストーリー構成や主要な
登場人物が同じであり、当事者への取材のみでは知り得ない情景の描写があるから、
本件書籍に接した者は、全体として、本件映画の表現上の本質的な特徴を直接感得
することができる旨主張するが、全体のストーリー構成や主要な登場人物は、具体
的な表現ではなくアイデアであって、これらが共通することをもって翻案に当たる
5 ということはできない。
また、本件映画には、控訴人が時間をかけてAにいわゆる密着取材をして信頼関
係を醸成し、同時進行で収録していった種々の事実が記録されており、控訴人の取
材、撮影によって明らかになった事実や思想が多く収録されているとみられるとこ
ろ、被控訴人が本件映画を数回鑑賞し、控訴人に対してそのDVDの提供を複数回
10 にわたって求めていたこと(甲3の2~9、甲22、乙12、原審における控訴人本
人尋問の結果)や、上記にみた控訴人各映像と被控訴人各記述との共通点等に照ら
すと、被控訴人が、本件書籍の執筆に際し、本件映画に依拠したこと自体は否定でき
ない。しかし、既にみたとおり、これらの共通点は、いずれも表現それ自体でない部
分又は表現上の創作性がない部分であるから、本件書籍は、本件映画に依拠した部
15 分があるとはいえても、本件映画を翻案したものとまではいえない。
したがって、本件映画に係る翻案権が侵害された旨の控訴人の主張には理由がな
い。
2 争点2(本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の同一
性保持権及び氏名表示権が侵害されたか)について
20 前記1のとおり、本件書籍が本件映画を翻案したものとはいえないことに照らす
と、被控訴人が本件書籍を執筆し、出版したことにより、本件映画に係る控訴人の同
一性保持権又は氏名表示権が侵害されたとはいえず、控訴人の主張には理由がない。
3 争点3(本件書籍の執筆、出版及び販売により、控訴人の人格権又は法的保護
に値する人格的利益が侵害されたか)について
25 控訴人は、被控訴人が本件書籍を執筆し、出版したことにより、控訴人の人格権又
は法的保護に値する人格的利益が侵害されたと主張し、人格権又は法的保護に値す
る人格的利益の具体的内容としては、本件映画に表出された控訴人の思想性又は表
現活動をいう旨主張する。
しかし、控訴人の思想性又は表現活動のうち本件映画に表出された具体的表現に
係る権利又は利益は、著作権法が保護しようとする法益そのものであって、前記1
5 及び2のとおり、本件書籍の執筆及び出版により本件映画に係る著作権又は著作者
人格権が侵害されたとは認められない以上、控訴人が主張するところの人格権又は
法的保護に値する人格的利益が侵害されたとはいえない。そして、本件全証拠によ
っても、他に、被控訴人が、控訴人の思想や表現活動を、受忍限度を超える態様で妨
害したなどの具体的な事実関係を認めることはできない。
10 したがって、人格権又は法的保護に値する人格的利益が侵害された旨の控訴人の
主張には理由がない。
4 結論
以上によると、その余の争点につき検討するまでもなく、控訴人の請求には理由
がないから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴には理由がない。
15 よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
本 多 知 成
裁判官
遠 山 敦 士
裁判官
天 野 研 司
別紙 著作物対比表
場 控訴人著作物 場 被控訴人著作物
面 面
1 【甲 1・02 分 02 秒~3 分 20 秒】 1 【甲 2・93 頁 7 行~12 行】
「(A)捜索は警察と 自衛隊がやったと思 Aの目の前には、毎日地獄が広がっ
っている人達がほとんどだ。ウチらのとこ ているというのに、福島の津波被害が
ろは、俺たちだけだ。あとは、本当に誰の 取り上げられることは極端に少なか
手も借りてない。自分達だけ。「津波被害
」 った。一ヶ月以上もの間捜索に来ない
に遭って、家族を失い、家を失った人も被 自衛隊。原発事故ばかりが注目され、
災者。南相馬市に住んでるだけで、被災者。 世間に認知されない福島の津波被害。
津波っていう言葉は出て来ない。津波のこ 置いてきぼりだ、ここは-
と言う人は誰もいない。放射能のことしか Aの中には、この頃からそんな思い
言わない。 「ずーっと、置いてきぼりだ、
」 が消えなくなった。
ここは。」
(2012 年 3 月 15 日収録インタビュー)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・独白するAさん(上)&津波被
災地に遺る自宅(下)>
2 【甲 1・20 分 40 秒~22 分 00 秒】 2 【甲 2・97 頁 16 行~98 頁7行】
「(X)当時、奥さんは妊娠中で?」 「百か日法要の席で骨壷に向かって
「(A)うん。だからっていうのもあっ 手を合わせたまま、Aはふと隣で手
て、当然やっぱり不安だよね。だから、 を合わせるFのことを想った。お腹
避難して貰った。でも避難したらガソリ を痛めて産んだ娘を亡くし、その骨
ンがなくて帰って来れないとか。だか を拾ってやることさえできなかった
ら、火葬に立ち会えなかった嫁さんの気 妻。(中略)法要の経を聞きながら、
持ちっていうのは、すんごく辛かったと AはFの胸の内を想った。
思う。」 「それまではEを見つけなきゃって
ことばっかりでさ。そん時になって
2 (文字スーパー/原発事故の避難で 娘の 2 やっと、嫁さんの気持ちに気付いた
火葬に立ち会えず) んだよ。俺は、だめな亭主だから
さ。なんで嫁さんがこんなしんどい
思いしなきゃいけないのかって。E
(写真省略) の捜索だって、警察も自衛隊も手伝
ってくれないし。それはなんでって
想ったら、やっぱり原発事故が原因
「原発がなければさ。毎日、顔を見て、 でしょ。そこからだよ。東京電力
Dの顔を触ってあげて、頬ずりだって出 に、怒りを感じるようになったの
来たと思う。そういうことが全くできな は」
いまま、火葬になって、骨も拾ってやる
ことが出来なかった。その嫁さんの気持
ちっていうのは、辛かっただろうなって
いうのはあるねえ。」
「でも、そんなことに俺、気づいたの
も、100ヶ日あたりが過ぎてからか
な。そのあたりに気づいたんだ。その嫁
さんの気持ちが、辛かっただろうなって
いう部分。駄目な旦那だから俺は。で、
気づいたらね、そっからだね、東京電力
さんに、怒りが出てきたのは。」
(写真省略)
(2012 年 3 月収録インタビュー)
3 【甲 1・ 05 分 59 秒~06 分 50 秒 】 3 【甲 2・146 頁 15 行~18 行 】
「(A)いつまで、出来るか、わかんないけ 南相馬市だけでも、海岸線は南北に
どね。やれるうちは、やりましょうと。」 20 キロ以上続いている。広大な沿岸部
「捜索っていうのを、自分の中で、まだ諦 の中でEを見つけ出すことが、気の遠
めては全くいないので。 くなるような作業であることは分かっ
あくまでも、捜す人がゼロだったら、もう ていた。だがAには、捜索をやめる気
見つかる可能性はゼロ。 などなかった。「捜索をやめたら、そ
捜す人がいれば、ゼロではない っていうふ こで可能性はゼロ。やめない限り、見
うに、自分で思うから。」 つかる可能性はゼロじゃない」 自分

(2012 年 10 月~2013 年 2 月 収録した を鼓舞するように、 周囲にもそう話し
Aさんインタビュー) ていた。
(写真省略)
(写真省略)
<写真・2012 年捜索風景(上)&捜索中の
Aさん(下)>
4 【甲 1・ 22 分 58 秒~23 分 40 秒 】 4 【甲 2・147 頁 4 行~10 行 】
「(A)で、途中でね、Eは、『俺を生かす この1年間、Eを捜しながら、Aに
ために出て来ないのかな?』って思った 時 は思うことがあった。
があったの。俺多分、あの時にE見つかっ 「Eは、俺を生かすために出てこない
てたら、俺多分死んでると思う。」 のかなって思ったのね」
「早い段階で見つかってたら、 その嫁さん Aは、Eが見つかれば、自分も命を絶
のこととか、いま、そこにお腹に赤ちゃん とうと考えていた。DとEに会いたい、
がいるとか、そういうのは全く関係なく 2人の元へ行きたい、そんな想いだっ
て、多分、あそこで、早い段階で Eが見つ た。自分には、妻のFと生まれたばかり
かって抱きしめてたら、俺多分、自分で死 のGがいる。頭ではそう理解しながら
んでると思う。ここで。」 も、Eたちに会いたいという気持ちは
「だから、Eに助けられてるんだなあと思 抑えようがなかった。Eはそんな自分
ってた時があったの。Eはわざと出てこな の気持ちを知って、敢えて出てこない
いのかなって思って。見つかんないよう のではないか。Aは一人海岸を歩きな
に、してるのかなって思ってたの。」 がら、そんなことを考えていた。
(2013 年 6 月 収録したAさんインタビュ
ー)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・海岸を歩くAさん(上)&行方不明
の長男の遺影(下)>
5 【甲 1・ 57 分 53 秒~58 分 24 】 5 【甲 2・187 頁 15 行~188 頁 1 行】
「(A)間違ってる、ってすごく思ったの 「『子供捜したい』って、親として当
で。こんなのは、ホントにおかしすぎるっ 然の気持ちでしょ。それを堂々と『捜
ては思ったのでね。ここを、 Bさんがずっ して欲しい』って言えない世の中の方
と一人でやってた(捜索してた)のかと思 がおかしいって思ったの。俺は Dを抱
うと。…やはりね、あんなに困ってる人が きしめることも、おふくろの火葬に立
ち会うこともできたし、自分の手で捜
5 いるのに、日本は何にもしないんだと思っ 5 せただけ幸せだったと思う。でも Bさ
て。」 んは避難させられて、それもできなか
「そのくせ、テレビとかでは、絆だとか、 った訳だからね。こんなに困ってる人
復興だとかが、よく使われてた訳でしょ? がいるのに、助けられない日本って何
あまりにも、その差がさ、ありすぎて。」 なんだと思った。そのくせ絆だとか言
(2015 年 3 月収録したAさんインタビュ うでしょ。ふざけんなと思ったね 」
ー)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・捜索するBさん(上)&Aさんイン
タビュー(下)>
6 【甲 1・ 32 分 43 秒~33 分 16 秒 】 6 【甲 2・192 頁後ろから 1 行目~193
「(A)もう俺フェイスブックも全部辞めた 頁 8 行】
のね、みんなの普通なのは、それは当たり …震災の翌年から始めた フェイスブッ
前なんだけど、その普通のが目に入るのも クでは浜団の仲間とも繋がっていた
辛くて。」 が、前年の末にアカウントを消去し、
「みんなは普通なんだよ。それは当たり 開くことはなくなっていた。この頃の
前。そんなのもう全然、自分の中では理解 心境をAが語る。
してるんだよ。だけどそういうのも見るの 「やっぱりフェイスブックってみんな
も、辛くて。」 が投稿するわけじゃん、当たり前だけ
「うーん、なんでだか。ちょっと、それが ど。でも当然、俺は、みんなとは違う
受け入れられなくなってるというか。」 訳でさ。萱浜に来てるみんなも、それ
(2014 年 2 月に収録したAさんインタビュ ぞれのとこに帰れば普通だから、ご飯
ー) 食べてどうだとか、どこで遊んでると
か、そういう投稿も見えるじゃない?
6 6 それが普通だし、そうだよなって頭で
は分かってはいたけど、みんなの普通
のところを見るのがつらくなったの
ね。だって、俺自身はずっと異常なと
(写真省略) ころにいる訳だから」
手伝いに来てくれる人の気持ちはあり
がたかった。だが気持ちを寄せる周囲
と実際に家族を亡くした自分との間に
(写真省略) は、やはり埋めようのない距離があっ
た。
<写真・Aさんインタビュー(上)&雪の萱
浜風景(下)>
7 【甲 1・ 1 時間 01 分 22 秒~02 分 10 秒 】 7 【甲 2・195 頁 7 行~17 行 】
「(A)入学式が、こっちで4月の6日だっ あの日から4度目の春を迎え、 Aと
たのかな。だから、 Fは紺色のランドセルを買った。あの
その前に買って。当然、僕らも『 E7歳だ 頃3歳だったEも、生きていればこの
ね。』っていう気 春に小学校に入学するはずだった。
持ちは、当然あるけど。でも、そこで、い 4月7日。Eが通うはずだった大甕
ないっていうのもね、 小学校の入学式が行われた日、 Aは自
当然あるからね。そこも、ずっと繰り返し 宅の前で写真を撮った。
てるというかね、うん、 「小学校入学する時は、みんな家の前で
いろいろ考えるでしょ?いろいろ考えるか 写真撮るでしょ、ランドセル背負って。
ら。」 だから嫁さんがランドセル持って、Gに
「で、自分たちだけの入学式ってね。大体 Eの写真持たせて撮ったの」
アレでしょ?入学式の
時には、みんな、玄関のとこで写真撮るで
しょ?…で、Eも、
写真をGが持って、カバンをママが持って (写真省略)
写真撮ったけどね。」
(2014 年 6 月に収録したAさんインタビュ
ー)
(書籍で使用している記念写真)
7 7
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・祭壇に供えられたランドセル
(中)&記念写真(下)>
8 【甲 1・ 41 分 57 秒 ~43 分 15 秒 】 8 【甲 2・205 頁 3行~8 行 】
「(司会)えー、じゃあ、3列目の男性の方 環境省の一通りの説明が終わった
お願いします。」 後、Bは質疑応答の場で手を挙げ、前
「(B)えー大熊町、熊川区の Bです。」 に座る役人を睨むようにして言った。
(文字スーパー/大熊町の住民 Bさん) 「私自身、土地を売るとか貸すとか、
「私自身その、土地を売るとか、貸すと まったく今考えられない状況で。津波
か、全く今考えられない状況で、っていう で家族が流されて、今も一人見つから
のは、津波で家族が流されて、今も一人見 ない状況で、あの場所で捜し続けてま
つからない状況で、あの、捜し続けてます すし、これからずっと捜していくつも
し、これからずっと 捜していくつもりで りです。それを人に手渡すというのは
す。それを、人に手渡すっていうのは、ち ちょっと考えられないです」
ょっと 言葉遣いこそ丁寧だったものの、そ
考えられないんで。」 の声は強い怒りを帯びていた。
(2014 年 6 月の中間貯蔵施設住民説明会)
8 8
(写真省略)
(写真省略)
<写真・手を挙げるBさん(上)&発言する
険しい表情(下)>
「(司会)じゃあ環境省から。」
「(環境省)B様、どうもありがとうござい
ます。津波であの、ま、ご家族様がえー、ま、
【甲 2・205 頁 9 行~12 行 】
犠牲になられたということで、・・・心の問
環境省の担当者が詫びながら答え
題と申しますか、そういう整理も付かない状 る。
況だというお話。本当に、あの、返す言葉も
「本当に返す言葉もございません。申
ございません。いま、そういうお話初めて、
し訳ございませんが、今そういうお話
まあ、B様のお話を初めて、直接聞かさして
を初めて直接聞かさせて頂きまして、
頂きまして、非常に、どう申していいか分か
非常に、なんと申していいか分からな
らないというようなところが、正直なところ
いというのが正直なところでございま
で。」
す」
(写真省略)
(写真省略)
8 「(B)ただ、それを作るにあたって、こう、 8
国なり東電なり、あの誠意というものが全く 【甲 2・205 頁 16 行~206 頁 4 行】
感じられない。」 「もう私の気持ちは売らないと決まっ
てるんです。いくら説明されても何さ
れても売るつもりはないので。あそこ
に入れなくなることは考えられないで
す。中間貯蔵施設を造ることはもしか
(写真省略) すると本当に仕方ないことかもしれな
いんですけど、ただそれを造るにあた
って、国なり東電なりの誠意がまった
く感じられないです」
担当者は、あたふたと言葉に詰まり
(写真省略) ながら答えた。
「本当に誠意、大事な言葉でございま
して、私自身はそういう、心がけておる
つもりでございます。そういう誠意が
「(環境省)そういう誠意がないと言われれ ないと言われれば、お詫びするしかな
ば、お詫びするしかないと思っております。」 いと思っております 」
(写真省略)
(写真省略)
<写真・発言するBさん(大熊)&返答する
環境省>
9 【甲 1・ 58 分 24 秒~58 分 50 秒 】 9 【甲 2・ 213 頁 4 行~10 行 】
「(X)なんか、その、おかしいことに怒れ なぜそこまで人のために尽くすの
るって、昔からそういうタイプだったんで か。Aはこう語る。
すか?」
9 「(A)いや、そんな俺、全然もう、正義感 9 「俺なんて元々はそういう人間じゃな
のクソもなかったよ、俺。まあ、いまで かったよ、全然。正義感のかけらもな
も、そんなにねえけど。(笑)」 かったな。でも震災があってから、親
「(X)やっぱり、震災?」 父やおふくろが生きてたらどうだった
「(A)以降やはり、なんていうか、自分が かなとか、近所の人が生きてたらどう
置かれた状況とか、 だったかなって思うとね……やっぱり
そういうので、変わって行ったんだろうし 自分は、生きてるから。俺は、自分が
ね。」 Eに生かされたって思ってるんだよ。
(2015 年 3 月Aさんのインタビュー) 見つかったら、自分もEたちんとこ行
こうって思ってたから。だから、生か
されてる以上は、自分にできることを
精一杯やろうって思ってたんだよ」
命ある者が、誰かのために、できる
(写真省略) ことを精一杯やる。それはいつしか、
Aの信条のようなものになっていた。
(写真省略)
<写真・Aさんインタビュー(上)&
捜索するBさん(下)>
10- 【甲 1・ 1 時間 10 分 02 秒~10 分 10 秒 】 10- 【甲 2・ 217 頁3行~4行 】
① 「(A)さっぱり、朝から、起きた瞬間か ① だが、3月 23 日は少し様子が違っ
ら、落ち着かねえからさ。」 た。この日の朝、Aは久しぶりにネク
(2015 年 3 月 23 日の午前・自宅にてAさ タイを締め、スーツに袖を通した。身
んの発言) 支度を整えながらも落ち着かず、そわ
そわと家の中を歩き回る。
(写真省略)
10- 10-
① ①
(写真省略)
<写真・ため息をつくAさん(上)&自宅
を歩く様子(下)>
【甲 1・ 1 時間 09 分 43 秒~09 分 52 秒 】 【甲 2・ 217 頁4行~5行 】
(2015 年 3 月 23 日 自宅で落ち着かずタバ 気を落ち着けようと何本もタバコを
コを吸うAさん) 吸うと、
(写真省略)
(写真省略)
<写真・タバコ吸うAさん(上)&タバコ
のアップ(下)>
【甲 1・ 1 時間 10 分 10 秒~10 分 30 秒 】 【甲 2・217 頁 5行 】
「(妻・F)だから、何に落ち着かない …同様にスーツに着替えたFに窘めら
の?」 れた。
「(A)女の人はすごいよね。やっぱりね。
うん。バカくせぇ。」
「(Fさん)朝から2回も泣いてる人に言わ
れたくないけどぉ。(笑)」
(2015 年 3 月 23 日の朝・妻に窘められる
様子)
10- 10-
① ①
(写真省略)
<写真・自宅で会話する夫婦の様子>
10- 【甲 1・ 1 時間 08 分 01 秒~9 分 12 秒 】 10- 【甲 2・ 217 頁9行~16 行 】
② 「(A)今週の月曜日、(学校から手紙を) ② Aの自宅に一通の手紙が届けられた
貰いました。うん。すごく、配慮された、 のは、先月のことだった。手紙は Dが
すごくいい手紙で、一緒に受け取りたいっ 通っていた大甕小学校の担任から で、
て。そういうふうに、くんであげたいっ そこにはDの同級生と共に、卒業式に
て、子供たちも一緒に卒業式を迎えたいっ 出席してほしいと書かれていた。震災
ていうふうなことは、書いてある。」 当時小学2年生だったDは、生きてい
「(X)Dちゃんと。」 ればこの春に小学校を卒業するはずだ
「(A)一緒にって。同級生を見るのは、た った。同級生たちは、Dと一緒に卒業
ぶんつらいと思うんすよ。想像してしまう したいと申し出てくれたのだ。
のでね、わかってはいるけど。その、目を 同級生たちの心遣いに感謝しつつ
背けたい部分ではあるのかな。もしかした も、Aの気持ちは揺れていた。「行き
ら、同級生が成長していくっていうのは、 たいって気持ちと、つらさと……両方
当然当たり前のことなんだけど。 Dは当 だね。学校行くのも、教室入るのもつ
然、2年生のままで終わってて。実際、そ らいからさ。同級生は大きくなってる
のね、成長してる子ども達を目の前で見る から、見るとどうしても Dのこと想う
っていうのは、すごくつらいことだと思う しね。だけど卒業証書は Dにとっても
んで。だから、怖いのかなと思う。ただ、 俺にとっても、嬉しいことだからさ」
それだけなのかなと思うけど。うん。ね。
良かった。」
(2015 年 2 月 手紙を手にしたAさんイン
タビュー)
(写真省略)
10- 10-
② ②
(写真省略)
写真・担任からの手紙(上)&手紙を手にし
たAさん(下)>
10- 【甲 1・ 1 時間 11 分 08 秒~11 分 32 秒 】 10- 【甲 2・ 218 頁3行~8行 】
③ 「(担任)ではこれから、Dさんへの卒業証 ③ AとF、Gが教室の中央に立つ。
書授与式を始めたいと思います。卒業証書 担任が、名前を呼ぶ。
授与。平成26年度、卒業証書を授与され 「卒業証書を授与される 者。6年、
る者。6学年、D!」 D」
「(A)はい。 (2015 年 3 月 担任に呼ば
」 「はい」
れ、返事するAさん) すでに目に涙を溜めていた Aが返事
をして、前へ出る。 FがDの遺影を抱
いて、隣に並んだ。
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・担任が名を呼ぶ(中)&夫の隣に並
ぶ妻・Fさん(下)>
10- 【甲 1・ 1 時間 11 分 55 秒~12 分 34 秒 】 10- 【甲 2・218 頁 10 行~14 行】
③ 「(校長)はい、おめでとうございます。」 ③ 藍色の台紙に縁取られた卒業証書
(卒業証書を渡す) が、Aに手渡された。両手でそれを受け
「(A)ありがとうございます。(拍手)す 取ると、Aは同級生たちの方に向き直
いません。 (涙拭く)
」 り、溢れる涙を堪えながら挨拶に立っ
「(A)えー、4年前の3月に、Dはね。天 た。
国に逝ってしまった訳ですけど。 みんなが 「Dは、4年前に天国に行きましたけ
こうやって卒業式を開いてくれて、ありが ど、卒業式を開いてくれて、ありがとう
とうございます。Dとお友達でいてくれ ございます。Dと友達でいてくれて、あ
て、ありがとうございます。今日は、卒業 りがとうございます。今日は、卒業、お
おめでとうございます。(涙)」
めでとうございます」
「(誰かが鼻をすするような音)」
保護者たちからも、すすり泣く声が
(児童の方に向き直り、挨拶に立つAさん
聞こえた。
の言葉)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・挨拶に立つAさん(上)&涙を流し
て話す表情(下)>
【甲 1・ 1 時間 13 分 22 秒~13 分 34 秒 】 【甲 2・ 219 頁3行~8行 】
「(G)ママ、おしっこ。(笑)」 最後に記念撮影をしようと、皆が教
「(Aさん)ガマン!」 (記念撮影の時の 室の片側に並ぶと、
Gちゃんの発言) 「ママおしっこ!」
Gが言い出した。あどけない一言に、
皆が笑った。泣き通しだったAとFに
も、笑みがこぼれた。
10- 10-
③ ③
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・Aさんが笑顔になる瞬間 (3枚目)
&Gちゃん(4枚目)>
【甲 1・ 1 時間 14 分 32 秒~15 分 10 秒 】 【甲 2・ 219 頁 9 行~10 行 】
「(A)じいちゃん、ばあちゃんに見せない 式を終え、自宅へ帰った後。AはD
と。」 や両親が眠る祭壇に、卒業証書と花束
(自宅に帰った後、祭壇に卒業証書を置く を供えた。
Aさん)
(写真省略)
10- 10-
③ ③
(写真省略)
<写真・祭壇に供えた卒業証書(上)&手前
に見える花束(下)>
11 【甲 1・ 1 時間 07 分 16 秒~07 分 45 秒 】 11 【甲 2・ 222 頁 7 行~10 行 】
「(F)うーん、『なんで死んじゃった Fは、以前からGに、DとEのこと
の?』とか。うーん。」 を話して聞かせていた。 遺影の写真を
「(X)そういうふうに?」 見せ、「これがお姉ちゃんの Dちゃ
「(F)(Gが)聞いたりはする。うん。海 ん、これがお兄ちゃんの Eちゃん。大
から、大きな波がやって来て、そのまま、 きな波が来て、海に連れてかれちゃっ
ザバーンって、海に連れて行かれちゃった たんだよ」と話していた。 まだ会話も
んだよ。」って。それでね、「おじいちゃん ままならなかったGは「ふーん」と返
も、おばあちゃんも、Dちゃんも、Eちゃ すだけだったが、幼稚園に入り、その
んも、天国に行っちゃったんだよ。」っ 存在を理解するようになっていた。
て。」
「(Gは)『ふーん。』みたいな感じでは、い
るけれど、うん。」
(2015 年 3 月に収録したFさんインタビュ
ー・Gとの会話)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・祭壇とGちゃん(上)&Fさんイン
タビュー(下)>
12 【甲 1・ 37 分 38 秒~38 分 04 秒 】 12 【甲 2・226 頁 15 行~227 項 1 行 】
「(X)特にでも、子供たちが笑ってるっ それもすべて、訪れる人々に「笑っ
て、やっぱり。」 てもらうため」だ。 Aの願い通り、訪
「(A)そう、それだけでもう、満足なの。 れた人たちは楽しそうに笑ってくれて
ひとりでも、二人でもって思ってたのが、 いる。それを見たAは、自分も笑顔を
こんなに沢山の笑顔がある。それで、あり 浮かべながらこう話す。
がとうってね。 もう泣けてくるじゃないっ 「いいよね、やっぱり。子供とかが笑
て思って。嬉しくて。悲しくてじゃなくて ってるのを見ると、こっちも嬉しくな
ね。嬉しくて泣けてくるじゃない。」 るじゃない。泣けてくるもんね。悲し
(2014年5月の Aさんインタビュー) くてじゃなくて、嬉しくて泣けてく
る。悲しいことしかなかったこの場所
でみんなが笑ってくれてるって思う
と、それが本当に嬉しい」
(写真省略)
(写真省略)
<写真・満開の菜の花畑(上)& 満面の笑顔
のAさん(下)>
13 【甲 1・ 1 時間 38 分 27 秒~39 分 16 秒 】 13 【甲 2・ 248 頁 1 行~6 行 】
「(A)(階段上がる足音)倒れることはな 解体工事が始まる前、Aは旧家の2
いから。…あとはDの部屋だけだね。すご 階にあるDの部屋に入った。部屋はあ
いよ。このままだね、もう。必要なのを取 えてあの日のままにしてあったが、残
って。」 すべきものは解体前に整理しておかな
「(A)そ、震災の年にしか、上がってな ければならない。
い。うん、に上がってっきり。あとは上が Aが部屋に入るのは、震災の年以来
ってないので。…えー、入学と同時に買っ だった。Dたちの映像や写真を見返す
た。Dが選んだ、やつ(机)だ。」 ことと同じように、ありありと思い出
(2016 年 1 月 31 日 解体前日の自宅2階へ すことが怖く、この5年間避け続けて
入るAさんの様子) いた。恐る恐る部屋に入ると、そこに
はDの欠片が溢れていた。宿題をして
いた勉強机やベッド、名前の書いたノ
ートや筆箱、学校の授業で描いた絵、
13 13 試験のプリント。どれもあの日のまま
だ。
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・自宅2階にて(2 枚目)& 机上の
名前入りノート(4枚目)>
【甲 2・ 248 頁 7 行~8 行 】
【甲 1・ 1 時間 39 分 16 秒~40 分 14 秒 】
Aは小さなため息をつきながら 、娘
(2016 年1月 31 日 ため息をつき、涙なが
の名前が書かれたノートやプリントを
らに娘の遺品を整理)
整理していった。その一つ一つが、あ
りし日のDの面影を蘇らせた。
(写真省略)
13 13
(写真省略)
(写真省略)
<写真・被災した自宅2階での Aさん(1、
2枚目)&仕分けられた遺品(3枚目) >
14 【甲 1・ 1 時間 34 分 26 秒~35 分 10 秒 】 14 【甲第2号・ 248 頁9行~13 行 】
「(X)もし(被災した自宅が)なくなって 「記憶とかってさ、音から先に消え
しまうと、思い出せなくなっちゃうんじゃ てくんだなぁって思うの。生活してる
ないか、とか?」 中で、ふっとDはどんな声だったかな
「(A)そういうのもねえ、怖いんす。正直 って思うんだけど、気付いたら耳に残
もう、DとEの声なんか、覚えてないもん ってないんだよ。当初は全然覚えてた
ね。(涙、ため息)思い出す事が、出来なく はずなのに。Eの声も、親父の声も、
なってるし。…そういうのもあるから、ど おふくろの声も。こんな声だったよな
うしても、怖いなあっていうのもあるし。」 って思い出そうとするけど、本当にそ
(2015 年 6 月 子ども達の声が思い出せな んな声だったか、もう分からなくなっ
いというインタビュー) てて。俺、忘れちゃってんだよなぁ
…」
(写真省略)
14 14
(写真省略)
<写真・祭壇の遺品(上)&涙ながらに語る
Aさん(下)>
15 【甲 1・ 1 時間 42 分 35 秒~43 分 01 秒 】 15 【甲 2・248 頁 15 行~17 行 】
(2016 年 2 月 被災した自宅が解体される バキバキッ、バリバリッ。
様子) 木製の柱や家具が、激しい音を立て
て割れ、崩れていく。Aは一人新居の
前に立ち、黙ってその様子を見つめ
た。
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・新居の前に一人で経ち、解体をみつ
めるAさん>
【甲 1・ 1 時間 43 分 25 秒~44 分 53 秒 】 【甲第2号・ 249 頁1行~8行 】
(2016 年 2 月 解体される自宅&Aさんの バリバリッ、バキバキッ。
表情) Aは、見ていることができなかっ
た。苦しさのあまり目を背け、新居の
中へ入る。湧き上がってくる様々な感
情に潰されそうになり、それでもなぜ
か視線はまた旧家に向いた。 新居の窓
15 15 から思い出の家が崩れていく様子を見
ていた。見ては背け、背けては見る。
それを繰り返すうちに、涙が滲み出て
きた。
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・新居の窓から解体を眺めるAさん
(3枚目)、窓から目を背け、涙を拭い姿を
消すAさん(4枚目)>
16 【甲 1・ 1 時間 33 分 02 秒~35 分 20 秒 】 16 【甲 2・ 250 頁2行~3行 】
「(A)何にも、守れなかったなあと思って …俺はその親父が残してくれた家も、
いる、今。みんなも 守ってやれなかったんだなぁって…
守れなかったし、最終的に、この家も守れ …。家も、家族も……結局俺は、なん
なかったなあって考える 。 にも守れなかったなぁって ……」
「(X)いつかそういう日が、やっぱり
…。」
「(A)(涙)わかってはいたけど。ふう。
守りたかったなあと思って。もうちょっ
と。」
16 …「(A)はあ。なーんにも、できなかった 16
なあ、結局。」
(2015 年 6 月 家族の命も解体される家も
守れなかった話)
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
(写真省略)
<写真・涙するAさん(1枚目)&津波の
泥が跳ねた天井(2枚目)&父の遺影と父
が残してくれた自宅 の写真(3、4枚目)

17 【甲 1・ 1 時間 47 分 19 秒~47 分 42 秒 】 17 【甲 2・ 270 頁7行~11 行 】
「(B)あの、やっぱこれ、治療してある。 それは、明らかに人の骨だった。顎
あの、銀歯が詰まってんじゃね?コレ。」 の部分だろう、小さな3本の歯が見え
「(B)これは完璧に人。まだ、これは乳 る。根元の骨は茶黒く変色している
歯。奥歯も乳歯なのかな?」 が、歯だけは白いままだ。
(文字スーパー/瓦礫から歯と骨が見つか Bは恐る恐る、手を伸ばした。崩し
り DNA 鑑定へ) てしまわぬようにそっと手に取り、顔
を近付けて見る。
17 ( 2016 年 12 月 H ち ゃ ん の 遺 骨 発 見 の 場 17 「これ、治療してある!」
面) 歯には、治療痕があった。先端が平
たくなった歯に、銀色の金属が埋め込
まれている。
(写真省略)
(写真省略)
<写真・遺骨を手にBさん(上)&治療痕の
ある歯と骨(下)>

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