知財判決速報/裁判例集知的財産に関する判決速報,判決データベース

ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和5(ネ)10095 発信者情報開示請求控訴事件

この記事をはてなブックマークに追加

令和5(ネ)10095発信者情報開示請求控訴事件

判決文PDF

▶ 最新の判決一覧に戻る

裁判所 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和6年6月26日
事件種別 民事
法令 著作権
著作権法2条1項9号6回
著作権法23条1項1回
著作権法119条1項1回
キーワード 侵害61回
損害賠償4回
実施1回
分割1回
主文 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙発信者情報目録記載の発信者情報を開
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
1 控訴人の原審における請求25
2 原審の判断及び控訴の提起等
1 前提事実(以下の事実は争いがないか、後掲の証拠又は弁論の全趣旨によっ
2 争点
3 争点に関する当事者の主張
9号の5イの自動公衆送信装置に該当するとしても、情報を記録する行為
1 争点1(権利侵害の明白性の充足)について
2 争点2(本件発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」該当性)につい
3 争点3(「開示を受けるべき正当な理由」の有無)について
事件の概要 1 控訴人の原審における請求25 主文2項と同旨 2 原審の判断及び控訴の提起等 原審は、本件各通信は著作物を「送信可能化」する行為に該当しないとして、 控訴人の請求を全部棄却した。

▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 著作権に関する裁判例

本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。

判決文

令和6年6月26日判決言渡
令和5年(ネ)第10095号 発信者情報開示請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和5年(ワ)第70006号)
口頭弁論終結日 令和6年5月13日
5 判 決
控訴人(第1審原告) 有限会社プレステージ
同訴訟代理人弁護士 角 地 山 宗 行
被控訴人(第1審被告) K D D I 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 山 本 一 生
同訴訟復代理人弁護士 小 俣 拓 実
15 主 文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙発信者情報目録記載の発信者情報を開
示せよ。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
20 事 実 及 び 理 由
第1 事案の要旨
本件は、本件各発信者により本件動画の送信可能化権が侵害されたとして、
控訴人が、本件各通信に係るインターネット接続サービスを提供した被控訴人
に対し、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求
25 める事案である。
なお、本判決では以下の略語を用いる。
(略語) (意味)
ビットトレント :P2P方式のファイル共有プロトコル BitTorrent
本件動画 :原判決別紙著作物目録記載の動画(控訴人が著作権者)
本件複製ファイル:本件動画を複製して作成した動画ファイル
5 本件各通信 :原判決別紙動画目録記載のIPアドレス及びポート番
号を割り当てられた端末から同記載の発信時刻頃に行
われた通信
本件各発信者 :本件各通信をした氏名不詳者
本件発信者情報 :本件各発信者の氏名又は名称等の情報(原判決別紙発
10 信者情報目録記載のもの)
本件調査会社 :控訴人からの依頼に基づき、本件動画に係るハッシュ
値を探索の上、本件各通信を特定する調査を行った会
社(株式会社HDR)
本件ソフトウェア:本件調査会社が上記調査に使用したソフトウェア
15 プロバイダ責任制限法:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及
び発信者情報の開示に関する法律(なお、令和6年法
律第25号により、題名が「特定電気通信による情報
の流通によって発生する権利侵害等への対処に関す
る法律」に変更されることとなったが、同改正法は未
20 施行であるから、現行の法律名の略称を用いる。)
なお、著作権法は送信可能化権という著作権の支分権を定めているわけではな
いが、送信可能化による公衆送信権の侵害を、便宜上「送信可能化権の侵害」と
いうことがある。
第2 当事者の求めた裁判
25 1 控訴人の原審における請求
主文2項と同旨
2 原審の判断及び控訴の提起等
原審は、本件各通信は著作物を「送信可能化」する行為に該当しないとして、
控訴人の請求を全部棄却した。
控訴人は、これを不服として控訴を提起し、主文と同旨の判決を求めた。
5 第3 事案の概要等
1 前提事実(以下の事実は争いがないか、後掲の証拠又は弁論の全趣旨によっ
て認められる。)
(1) 当事者
ア 控訴人は、ビデオソフト、DVDビデオソフトの制作及び販売等を目的
10 とする特例有限会社である。
イ 被控訴人は、電気通信事業等を目的とする株式会社であり、利用者に向
けて広くインターネット接続サービスを提供しているアクセスプロバイ
ダである。
(2) 本件動画の著作物性及び著作権者
15 控訴人は、著作物である本件動画の著作権者である(甲1、7)。
(3) ビットトレントの仕組み(甲2、10、17、弁論の全趣旨)
ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。
ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係る
データをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに
20 参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)に共有させ、ピア
同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上記ピア
のIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバ
によって保有されている。
共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」
25 には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全ての
ピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載さ
れている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一
つのビットトレントネットワークが形成される。
イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとする
ユーザは、インターネット上のウェブサーバー等において提供されている
5 当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。そして、端
末にインストールしたクライアントソフトウェアに当該トレントファイ
ルを読み込ませると、当該端末は、ビットトレントネットワークにピアと
して参加する。
ウ 上記の手順によってピアとなった端末は、定期的にトラッカーにアクセ
10 スし、トラッカーにピアのIPアドレス等の情報の一覧を要求し(Tracker
Request)、トラッカーからピアリストを受信する(Tracker Response。
以上の一連の通信は Tracker Communication Phase と呼ばれる。)。
ピアリストのデータを受信したピアは、ピアリストに基づいて、相手方
ピアとの間で、互いに、ビットトレントのネットワークに参加している相
15 手もピアであることを確認するHANDSHAKE、相手方のピアへ接続
完了を意味するACK、当該ピアと相手方のピアとの間で互いが対象ファ
イルのどの部分を所持しているか確認するBITFIELD、当該ピアが
相手方ピアの保有するファイルに興味を持っていることを通知するIN
TERESTED、相手方ピアから、当該ファイルはダウンロードする(相
20 手方ピアによりアップロードする)ことが可能であることを通知するUN
CHOKEの通信をする(以上の一連の通信は「 Host Communication
Phase」と呼ばれる。)。
そして、当該ピアがダウンロードを要求するREQUEST、相手方ピ
アがアップロードするPIECEの通信により、対象ファイルがダウンロ
25 ードされ、HAVE 通信により受信確認が行われる(以上の各通信が
Download Phase と呼ばれる。)。
このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必要
なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定のファイ
ルを構成する全てのピースを取得する。なお、ファイルを100%保有し
ている者をシーダー、完全なファイルのダウンロードが完了する前のユー
5 ザをリーチャーというが、リーチャーが保有するファイルからもダウンロ
ード(リーチャーからみればアップロード)が発生する。ビットトレント
ネットワークは通常一つのシーダーから始まる。
(4) 本件調査会社による調査(甲3~6、17)
本件調査会社は、原判決別紙動画目録記載のIPアドレス、ポート番号及
10 び発信日時を以下の方法により特定した。
ア 本件調査会社は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファ
イルの中から、本件動画の品番を含むファイルのハッシュ値を探索し、当
該ハッシュ値を監視対象とした。
イ 本件ソフトウェアは、上述の Tracker Communication Phase に係る各
15 通信により、トラッカーに接続し、監視対象である本件動画に係るファイ
ルを共有しているピアの情報の提供を求め、トラッカーから原判決別紙動
画目録記載のIPアドレス及びポート番号を含むリストが返信された。
また、本件ソフトウェアは、実際に各ピアとの間で Host Communication
Phase に属する各通信を行った。原判決別紙動画目録記載の発信日時は、
20 UNCHOKEの通信により、各ピアから、本件動画の全部又は一部のア
ップロードが可能であるとの通知があった日時である。
(5) 被控訴人による発信者情報の保有
被控訴人は、本件発信者情報を保有している。
2 争点
25 (1) 権利侵害の明白性(プロバイダ責任制限法5条1項1号)の充足(争点1)
(2) 本件発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」(同項柱書)該当性(争
点2)
(3) 「開示を受けるべき正当な理由」(同項2号)の有無(争点3)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1:権利侵害の明白性の充足
5 【控訴人の主張】
ア ビットトレントでは、共有されているファイルを特定するために、ファ
イルごとに生成される英数字の羅列であるハッシュ値を利用している。本
件各発信者は、ビットトレントネットワークにおいて、本件動画のハッシ
ュ値により特定されるファイル、すなわち本件複製ファイルをアップロー
10 ドできる状態にしていた。
本件動画と本件複製ファイルを再生した動画とを比較すると、本件複製
ファイルに係る動画が本件動画と同一のものであることは明らかである。
イ 本件各発信者は、遅くとも原判決別紙動画目録の発信日時欄記載の日時
までに、本件複製ファイルの全部又は一部を取得して自身が管理するピア
15 の記録媒体に保存し、かつ、これと同時に、ビットトレントネットワーク
を介して、不特定の他のピアからの要求に応じて本件複製ファイルを自動
的に送信し得るようにした。
ウ 被控訴人は、送信可能化状態に置かれたピース自体について、表現上の
本質的特徴を直接感得できるものであることが必要である旨主張する。
20 しかし、控訴人は、ピースについての著作権侵害を主張しているわけで
はなく、本件動画についての著作権侵害を主張しているのであるから、そ
の送信可能化権が侵害されたというためには、送信可能化状態に置かれた
対象となる情報が、表現上の本質的特徴を直接感得できる著作物のファイ
ルの一部を構成するピースであれば足り、ピース自体が表現上の本質的特
25 徴を直接感得できるものである必要はない。
トレントシステムでは、ピースよりさらに小さいサブピースという最小
単位でデータのやり取りが行われるところ、サブピース自体では動画とし
て再生することは不可能である。
サブピース自体に再生可能性を求めることは、トレントシステムによる
権利侵害を一切認めないことになり、不合理である。
5 【被控訴人の主張】
ア 本件ソフトウェアはピアからピースをダウンロードするわけではない。
そうすると、本件各発信者が本件動画の複製ファイルのピースを保有して
いたことが立証されているとはいえない。
また、本件ソフトウェアについては、他の発信者情報開示請求訴訟にお
10 いて正確性に疑義が示されている。同一性確認実験(甲6)や、本件ソフ
トウェアはファイル保持率0%のピアをデータベースに記録しないとす
る実験(甲15)も、極めて少ない台数のコンピュータについて、ビット
トレントネットワークに接続せずに実施されたものにすぎない。
イ 公衆送信権は、「著作物について、公衆送信(中略)を行う権利」であ
15 る(著作権法23条1項)以上、公衆送信権侵害が認められる場合、「公
衆送信」行為及びその準備行為である送信可能化行為の客体は「著作物」
(思想又は感情を創作的に表現したもの。同法2条1項1号)である必要
がある。そして、公衆送信行為及び送信可能化行為の客体となる「著作物」
が、著作権侵害を主張している者に属する著作物と同一又は類似していな
20 ければ、公衆送信権侵害は発生しない。公衆送信行為及び送信可能化行為
の客体が、侵害されたと主張されている著作物における「表現上の本質的
特徴を直接感得できるもの」でなければ、公衆送信権侵害及び送信可能化
権侵害を認める余地はない。創作性のない表現や、当該ピースのみでは再
生できないピースが公衆に送信されたとしても、創作的表現を保護しよう
25 とする著作権法の趣旨に反しないし、公衆送信権侵害・送信可能化権侵害
が刑事罰を伴うことからすると(著作権法119条1項)、その客体を再
生不能なピースまで広げることは明らかに妥当性を欠く。
本件では、本件各発信者が本件複製ファイルのピースを保有していたと
しても、当該ピースのみで動画として実際に再生できたのかは不明である
し、当該ピースが再生できたとして、当該再生可能部分が表現上の本質的
5 特徴を直接感得できるものといえるかどうかが一切明らかではない。本件
各発信者のピースについて、何らかの方法で再生可能な状態に復元するこ
とが可能であったとしても、再生可能な状態に復元するために何らかの情
報を当該ピースに付加する必要がある場合は、当該ピースが単体では再生
不可能であったことを示すものであり、公衆送信権侵害・送信可能化権侵
10 害が明らかとはいえない。
(2) 争点2:本件発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」該当性
【控訴人の主張】
ア 本件における送信可能化行為は、以下のとおりである。
(ア) 著作権法2条1項9号の5イ
15 トラッカーサーバは、不特定多数のピアからの求めに応じて、ピアの
リストを提供しており、「公衆の用に供されている電気通信回線に接続
している自動公衆送信装置」といえる。
特定のファイルをアップロードしようとするピアは、トラッカーサー
バに対し、自らが所持するファイル情報、IPアドレス等を通知し、こ
20 れらの情報はトラッカーサーバに記録されることになるが、この行為は
「自動公衆送信装置」であるトラッカーサーバの「公衆送信用記録媒体
に情報を記録」したといえる。
これにより、当該ファイルをアップロードしようとするピアは、ダウ
ンロードしようとするピアからの求めがあれば、いつでもそれに応じて
25 当該ファイルをアップロードできる状態になったといえ、「自動公衆送
信し得る」状態となった。
(イ) 著作権法2条1項9号の5ロ
ビットトレントネットワークでは、特定のファイルをアップロードし
ようとするピアが、当該ファイルを記録している発信端末でクライアン
トソフトを起動してトラッカーサーバに接続すると、同ピアの発信端末
5 は、他のダウンロードしようとするピアからの求めに応じて、自動的に
当該ファイルをアップロードし得る状態となるから、「公衆送信用記録
媒体に情報が記録され」「ている自動公衆送信装置」に当たり、ビット
トレントネットワークに繋がっていることから、「公衆の用に供されて
いる電気通信回線への接続」がされているといえる。
10 よって、アップロードしようとするピアが、トラッカーサーバへ通知
することにより、同ピアの発信端末はビットトレントネットワークに繋
がり、アップロードし得る状態となり、「自動公衆送信し得る」状態と
なった。
したがって、アップロードしようとするピアは、トラッカーサーバへ
15 の通知をすることにより、送信可能化権侵害状態になったといえる。
イ UNCHOKE通信自体は送信可能化行為ではないが、それ以前に送信
可能化行為は行われており、UNCHOKE通信をした時点においても、
送信可能な状態が継続していることから、控訴人の送信可能化権は侵害さ
れており、同通信に係る発信者情報は「権利の侵害に係る発信者情報」に
20 当たるというべきである。
【被控訴人の主張】
ア 著作権法2条1項9号の5は、「送信可能化」を、同イ及びロ所定の行
為によって「自動公衆送信し得るようにすること」と定義し、同イでは、
公衆送信用記録媒体に情報を「記録し」た行為などという特定の時点の行
25 為を、同ロでは、同括弧書きにより最終接続行為を対象とし、いずれも特
定の時点の行為のみを対象としているから、送信可能化状態が権利侵害に
当たるとはいえない。
同法23条1項は、著作権者の保護のために、実際の送信の準備行為を
規制の対象としたにすぎず、準備行為とは別の行為や自動公衆送信し得る
という状態まで保護の対象として認めるものではない。
5 なお、トラッカーサーバには本件著作物、あるいはその再生可能なピー
ス自体が記録されるわけではないので、トラッカーサーバが同法2条1項
9号の5イの自動公衆送信装置に該当するとしても、情報を記録する行為
自体が存在しない。また、同ロは、接続行為のうち最後のもののみを対象
としているが、控訴人の主張するところでは、いかなる行為がどのような
10 意味で最後の通信に該当するのか明らかでない。したがって、送信可能化
行為自体の主張立証もないというべきである。
イ 「権利の侵害に係る発信者情報」は、侵害情報の流通によって直接的に
権利侵害をもたらす通信に限られる。
(3) 争点3:「開示を受けるべき正当な理由」の有無
15 【控訴人の主張】
控訴人は本件各発信者に対し、損害賠償を請求する予定であるが、そのた
めには、被控訴人が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要がある。
【被控訴人の主張】
争う。
20 第4 当裁判所の判断
1 争点1(権利侵害の明白性の充足)について
(1) 甲2によれば、ビットトレントにおいて送受信されるファイルはハッシュ
値によって特定されるところ、ビットトレントを介した接続の際には、ハッ
シュ値が認証キーとなり、これが一致しないとクライアント間は接続されず、
25 同じトレントファイルを持ったユーザ同士のみがネットワークを形成するこ
とが認められる。本件調査会社においては、本件複製ファイルのハッシュ値
(本件動画と同じもの)を監視対象とし、該当者の端末に割り当てられたI
Pアドレス及びポート番号を捕捉する本件ソフトウェアを稼働させており
(甲4)、本件各発信者からはUNCHOKEの通信がされているところ、
本件ソフトウェアはファイル保持率0%のピアをデータベースに記録しない
5 ものであるから(甲15)、本件各発信者が原判決動画目録の発信日時にお
いて、本件複製ファイルのピースを保有していたことが認められる。
そして、ビットトレントネットワークの上記仕組みに照らすと、本件各発
信者がビットトレントネットワークに参加している端末上で本件複製ファイ
ルのピースを保有していたということは、取りも直さず、当該ピースを他の
10 ピア(公衆)に自動送信できる、すなわち自動公衆送信の可能な状態にあっ
たといえる。
これが、著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定の行為(以下「送信可能
化惹起行為」という。)中のいかなる行為により、いつ生じたものであるか
等の具体的な来歴を特定することはできないものの、いずれかの送信可能化
15 惹起行為が行われ、これにより送信可能化に至っていることは明らかである。
(2) 以上のとおり、本件各発信者は、本件複製ファイルのピースを保有してい
たこと、これが自動公衆送信の可能な状態にあったことは認められるが、当
該ピースが再生可能なものか、著作物としての表現の本質的特徴を直接感得
できるものかどうかは明らかでない。被控訴人は、そのような情報を自動公
20 衆送信し得るようにしても送信可能化権の侵害が明白とはいえない旨主張す
るので、以下検討する。
ア 著作物たるファイルの自動公衆送信において、元のファイル(デジタル
データ)を分割したり暗号化するなどして送信するという仕組みも想定さ
れるところ、そのような形で自動公衆送信の対象となったデータだけを取
25 り上げた場合、デジタルデータの特性もあって、映像その他のファイルと
して復元・再生できないことも、十分あり得るものと考えられる。このよ
うなもの全てについて、当然に公衆送信権の侵害が認められるものでない
としても、少なくとも、送信されるデータが著作物性の認められる元のフ
ァイルの一部を構成するピースであり、かつ、これらピースを集積するこ
とで元のファイルに復元・再生することが可能なシステムの一環としてピ
5 ースの送受信が行われていると認められる場合には、当該ピースの送信を
もって公衆送信権の侵害があったと評価すべきである。
このような全体像を踏まえることなく、個々の公衆送信の対象となった
ピースを断片的に取り上げて、著作権(公衆送信権)の侵害が認められる
ためには当該ピース自体での再生が可能で、表現の本質的特徴を直接感得
10 できることが必要であるとする解釈は、「木を見て森を見ない」議論とい
わざるを得ず、公衆送信権の保護を形骸化させるものといわざるを得ない。
以上の議論は、送信可能化権の侵害についても妥当するものと解される。
イ これを本件について見るに、ビットトレントネットワークは通常一つの
シーダーから始まるところ、本件動画と本件複製ファイルのハッシュ値が
15 一致することから、本件複製ファイルは本件動画を複製したものであるこ
と、本件各発信者の保有するピースは本件複製ファイルを細分化したもの
であることが認められる。本件各発信者は、ビットトレントネットワーク
を形成するピアとして、本件複製ファイルの必要なピースを転送又は交換
し合うことで、最終的に本件複製ファイルを構成する全てのピースを取得
20 するという目的に沿って、そのシステムの一環として、ピースの送受信を
行っているものである。
そうすると、以上のようなビットトレントネットワークの仕組みの下で
本件複製ファイルのピースの送受信が行われている本件においては、当該
ピース自体での再生が可能とはいえず、それだけでは表現の本質的特徴を
25 直接感得できないとしても、公衆送信権、送信可能化権の侵害の成立を妨
げないというべきである。
(3) 被控訴人は、本件ソフトウェアがピアからピースをダウンロードするわけ
ではないことを理由に、本件各発信者がピースを保有していたことが立証さ
れたとはいえない旨主張するが、UNCHOKEは相手方ピアがピースをア
ップロード可能であることを示す通信であり、本件ソフトウェアにピースが
5 ダウンロードされていないとしても、本件各発信者がピースを保有していた
ことの立証に欠けるものではない。
その他、被控訴人が、本件ソフトウェアや控訴人の各実験の正確性につい
て主張するところは、いずれも抽象論にとどまるもので採用できない。
(4) よって、本件各発信者によって、被控訴人の本件動画に係る送信可能化権
10 が侵害されたことが明らかであるというべきである。
2 争点2(本件発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」該当性)につい

(1) 基本的な視点
ア プロバイダ責任制限法5条1項が発信者情報の開示請求を規定している
15 趣旨は、特定電気通信(同法2条1号)による侵害情報の流通は、これに
より他人の権利の侵害が容易に行われ、ひとたび侵害があれば際限なく被
害が拡大する一方、匿名で情報の発信が行われた場合には加害者の特定す
らできず被害回復も困難となるという、他の情報の流通手段とは異なる特
徴があることを踏まえ、侵害を受けた者が、情報の発信者のプライバシー、
20 表現の自由及び通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、当該特定電気通
信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に
対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより、
加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解さ
れる。
25 ところで、令和3年法律第27号による改正により、従前の発信者情報
開示請求に加え、「特定発信者情報」の開示請求制度が創設された。これ
は、個別の書き込みごとのIPアドレス等が記録されることが多い従来型
の電子掲示板等とは異なり、サービスにログインした際のIPアドレス等
(ログイン時情報)は記録されているものの投稿した際のIPアドレス等
を記録していないタイプのSNSサービスが現れ、そのような場合のログ
5 イン時情報の開示につき、従来の発信者情報開示請求の枠組みで対応でき
るか解釈上の疑義が生じていたことを踏まえ、立法的な解決を図ったもの
である。上記改正法は、ログイン時情報を含む特定発信者情報についても
開示請求の道を開く一方、その対象となる「侵害関連通信」(プロバイダ
責任制限法5条3項、同法施行規則5条)は、それ自体としては権利侵害
10 性のない通信であることを踏まえ、一定の補充的な要件を求めることとし
たものである(プロバイダ責任制限法5条1項)。
このような改正法の趣旨も踏まえると、それ自体として権利侵害性のな
い通信を「特定発信者情報以外の発信者情報の開示請求」の手続に安易に
乗せるような運用は、上記改正後のプロバイダ責任制限法5条の予定する
15 ところではないと解される。
イ 他方、本件においては、送信可能化権が有する特殊な性格についても、
十分な配慮が必要となる。すなわち、著作権法は、公衆送信権を著作権の
支分権と定めるところ(同法23条1項)、インターネットのウェブサイ
ト等における公衆送信は、自動公衆送信(同法2条1項9号の4)として
20 行われることになる。ここでは、閲覧者(公衆)からの閲覧請求信号に応
じてサーバから情報が送信されるが、そのような自動公衆送信が実際に行
われたかどうかを著作権者が把握するのは困難である。そこで、現実の送
信の前段階における準備行為である「送信可能化」を公衆送信権の侵害行
為類型に含めることとし(同法23条1項括弧書き)、もって権利保護の
25 実効化を図ったものである。
送信可能化権の侵害を理由とする発信者情報開示請求の解釈適用にお
いても、送信可能化権の上記の意義が没却されないよう留意が必要である。
(2) 以上を踏まえて検討するに、UNCHOKE通信は、送信可能化がされた
ことを前提として、相手方ピアが保有するピースのアップロード(そのピー
スを欲するピアにとってはダウンロード)が可能であることを伝えるもので
5 あり、それ自体によって侵害情報の流通がされるわけでないことはもとより、
当該通信が送信可能化惹起行為(著作権法2条1項9号の5イ、ロ)に当た
るともいえない(この点は、原判決が10頁20行目~25行目で判断する
とおりである。)。
しかし、送信可能化権の侵害とは、将来に向けて想定される自動公衆送信
10 の準備が整ったことをもって公衆送信権の侵害類型と位置付けられたもので
あるから、自動公衆送信が可能な状態が継続している限り、その違法状態は
継続していると解するのが相当である。著作権法2条1項9号の5イ、ロは、
上記のような違法状態を招来するいわば入口としての行為を定義したものに
すぎない。
15 このような送信可能化権の特性に照らすと、送信可能化権の侵害を理由に
発信者情報の開示を求める場合において、「権利の侵害に係る発信者情報」
(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)を、送信可能化惹起行為そのものの
通信に係る発信者情報に限定して解釈する必要はないし、それが適切ともい
えない。送信可能化が完了し、その後引き続き送信可能な状態が継続してい
20 る限り、そのような状態であることを直接的に示す通信であれば、当該通信
に係る発信者情報を「権利の侵害に係る発信者情報」と認めることができる
というべきである。そのように解さないと、著作権法が送信可能化権の侵害
を公衆送信権の侵害行為類型として認めた趣旨が没却されることになりかね
ない。他方、開示の対象とする発信者情報を上記の限度にとどめれば、情報
25 の発信者のプライバシー、通信の秘密等が不当に損なわれることにはならな
いと解される。
SNSでの投稿により名誉毀損等の権利侵害が生ずるような場合であれば、
侵害情報の流通そのものに係る当該投稿に係る通信以外についてまで「権利
の侵害に係る発信者情報」の範囲を安易に拡張解釈すべきではないが、本件
をこれと同列に論ずることはできない。
5 (3) 以上の枠組みに基づいて検討するに、上述したビットトレントネットワー
クの仕組み(上記第3の1(3)ウ) 本件調査会社による調査結果
、 (同(4)イ)
に照らすと、本件におけるUNCHOKE通信は、本件複製ファイルを共有
するビットトレントネットワークに参加した本件各発信者において、その保
有するピースにつき送信可能化が完了し、引き続き自動公衆送信が可能な状
10 態にあることを明らかにする通信にほかならない。そうすると、UNCHO
KE通信をもって特定された本件各通信に係る発信者情報は、「権利の侵害
に係る発信者情報」に該当するというべきである。
3 争点3(「開示を受けるべき正当な理由」の有無)について
控訴人が本件調査会社を通じて本件複製ファイルの拡散に関する調査をし、
15 本件訴えを提起していることから、控訴人は本件各発信者に対し不法行為に基
づく損害賠償を請求する予定であり、そのためには、被控訴人が保有する本件
発信者情報の開示を受ける必要があることが認められる。
なお、それ自体として再生もできないようなピースを保有するにすぎない発
信者を特定したとしても、その送信可能化権の侵害によって控訴人が被った損
20 害は微々たるものにとどまると想定される。そのような発信者に対する権利行
使の合理性、相当性には疑問がないではないが、予想される損害賠償額が寡少
であるとしても、権利侵害の明白性、発信者情報の開示を受けるべき正当な理
由を否定することはできない。
第5 結論
25 以上によれば、控訴人の請求は理由があるから認容すべきところ、これを棄
却した原判決は失当である。よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取
り消した上、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。
なお、控訴人の申立てに係る仮執行の宣言は相当でないからこれを付さない。
知的財産高等裁判所第4部
5 裁判長裁判官
宮 坂 昌 利
裁判官
本 吉 弘 行
裁判官
岩 井 直 幸

最新の判決一覧に戻る

法域

特許裁判例 実用新案裁判例
意匠裁判例 商標裁判例
不正競争裁判例 著作権裁判例

最高裁判例

特許判例 実用新案判例
意匠判例 商標判例
不正競争判例 著作権判例

特許事務所の求人知財の求人一覧

青山学院大学

神奈川県相模原市中央区淵野辺

今週の知財セミナー (11月25日~12月1日)

11月25日(月) - 岐阜 各務原市

オープンイノベーションマッチング in 岐阜

11月26日(火) - 東京 港区

企業における侵害予防調査

11月27日(水) - 東京 港区

他社特許対策の基本と実践

11月28日(木) - 東京 港区

特許拒絶理由通知対応の基本(化学)

11月28日(木) - 島根 松江市

つながる特許庁in松江

11月29日(金) - 東京 港区

中国の知的財産政策の現状とその影響

11月29日(金) - 茨城 ひたちなか市

あなたもできる!  ネーミングトラブル回避術

来週の知財セミナー (12月2日~12月8日)

12月4日(水) - 東京 港区

発明の創出・拡げ方(化学)

12月5日(木) - 東京 港区

はじめての米国特許

特許事務所紹介 IP Force 特許事務所紹介

SAHARA特許商標事務所

大阪府大阪市中央区北浜3丁目5-19 淀屋橋ホワイトビル2階 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

いわさき特許・商標事務所 埼玉県戸田市

埼玉県戸田市上戸田3-13-13 ガレージプラザ戸田公園A-2 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

エヌワン特許商標事務所

〒243-0021 神奈川県厚木市岡田3050 厚木アクストメインタワー3階B-1 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング