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令和5(行ケ)10145審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和6年7月10日
事件種別 民事
当事者 原告日亜化学工業株式会社
被告特許庁長官
対象物 発光装置
法令 特許権
特許法17条の24回
特許法159条2項4回
特許法49条1回
キーワード 実施29回
審決28回
分割4回
特許権2回
拒絶査定不服審判2回
進歩性1回
新規性1回
優先権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。20
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。) (1) 原告は、令和4年5月10日、発明の名称を「発光装置」とする特許出願5 (特願2022-77536号、当初の請求項の数8)をした。この出願(本 願)は、以下の特許出願を順次分割して新たな出願としたものである。

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判決文

令和6年7月10日判決言渡
令和5年(行ケ)第10145号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和6年5月29日
判 決
原 告 日亜化学工業株式会社
同訴訟代理人弁理士 莊 司 英 史
同 田 中 貞 嗣
10 同 小 山 卓 志
同 相 羽 昌 孝
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 吉 野 三 寛
15 同 波 多 江 進
同 秋 田 将 行
同 小 暮 道 明
同 須 田 亮 一
主 文
20 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
【略語】
本判決で用いる略語は、別紙1「略語一覧」のとおりである。なお、本件審決中で
25 使用されている略語は、本判決でもそのまま踏襲している。
第1 請求
特許庁が不服2023-16269号事件について令和5年11月17日に
した審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
5 (1) 原告は、令和4年5月10日、発明の名称を「発光装置」とする特許出願
(特願2022-77536号、当初の請求項の数8)をした。この出願(本
願)は、以下の特許出願を順次分割して新たな出願としたものである。
・原々々々出願 平成28年3月15日(優先権主張平成27年5月20日)
特願2016-51530号
10 ・原々々出願 平成29年11月14日 特願2017-218672号
・原々出願 令和2年1月28日 特願2020-11370号
・原出願 令和3年4月2日 特願2021-63213号
(2) 原告は、令和5年2月21日付けで拒絶理由通知を受けたことから、その
意見書提出期間内である同年3月24日、特許請求の範囲を下記2(1)のとお
15 りに補正(本件補正、補正後の請求項の数13)する旨の手続補正書を提出し
たが、同年6月26日付けで本件拒絶査定を受けた。
(3) 原告は、令和5年9月27日、拒絶査定不服審判を請求した。特許庁は、こ
れを不服2023-16269号事件として審理を行い、同年11月17日、
「本件審判の請求は、成り立たない。」との本件審決をし、その謄本は同年1
20 2月5日原告に送達された。
(4) 原告は、令和5年12月21日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提
起した。
2 本願に係る発明の内容
(1) 特許請求の範囲の記載
25 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1、2の記載は、以下のとおりであ
る(請求項3以下については別紙2に記載)。
【請求項1】
基部と、側壁と、を有する基体と、
前記基部の上面に配置される半導体レーザ素子と、
前記基部の上方に位置し、前記基体に固定され、前記半導体レーザ素子
5 が配置された空間を密閉空間にする封止部材と、
前記半導体レーザ素子から出射された光が通過するレンズ部を有し、接
着剤により前記封止部材に固定されるレンズ部材と、
を備え、
前記封止部材と前記レンズ部材との間の空間は開放空間であることを特
10 徴とする発光装置。
【請求項2】
前記開放空間は、前記封止部材と前記レンズ部材の間において、前記レ
ンズ部材の外縁を環状に一周することなく前記接着剤が配されることで形
成される、請求項1に記載の発光装置。
15 (この下線部が、新規事項の追加かどうか問題となっている請求項2補正
事項である。)
(2) 上記(1)の特許請求の範囲の記載により特定される発明について、本願明細
書(甲1、本件補正による変更なし)には、次の開示があると認められる。
ア 発明の解決しようとする課題
20 レンズアレイと封止部材との間の空間が密閉空間であると、レンズアレ
イが有機物を含む接着剤(例えば、UV硬化性接着剤)により固定される場
合において、接着剤から気化したガスがレンズアレイと封止部材との間の
空間に留まってしまう。このとき、気化したガスに含まれる有機物が、レー
ザ光に反応し、透光性部材やレンズアレイに堆積するおそれがある(
【00
25 38】。

UV硬化性接着剤などの有機物を含む接着剤は水分を吸収しやすい材料
であるため、レンズアレイ20がUV硬化性接着剤により固定される場合
においては、大気中から接着剤に吸収された水分が封止部材80とレンズ
アレイ20との間の空間に留まりやすく、使用状況によっては空間内に結
露が発生するおそれがある(【0039】。

5 イ 構成
レンズアレイと封止部材との間の空間を開放空間とする構成の具体例と
して、接続部に貫通孔Fを設ける実施形態3(【0037】~【0039】、
図7) 接続部の外縁の外側に開口部Gを設ける実施形態4 【0040】
と、 ( 、
【0041】、図8)が示されている。ただし、レンズアレイと封止部材と
10 の間の空間が開放空間であれば、開放空間を具体的にどのように構成する
かは特に限定されないとされる(【0042】。

ウ 効果
レンズアレイと封止部材との間の空間が開放空間となるため、接着剤か
ら気化したガスを当該空間外へ逃し、有機物の堆積(集塵)を抑制しやすく
15 なる。また、同空間内における結露の発生を抑制することもできる(【00
38】【0039】。
、 )
(3) 当初明細書等の記載(甲1)
当初明細書等の特許請求の範囲並びに明細書及び図面の抜粋(新規事項の
追加に係る争点に関係する部分)を別紙3に掲げる。
20 3 本件審決の理由の要旨
本件審決は、以下の理由により、本件補正は特許法17条の2第3項の要件
を満たしていないから本願は拒絶すべきものとした。
(1) 請求項2補正事項である「前記開放空間は、前記封止部材と前記レンズ部
材の間において、前記レンズ部材の外縁を環状に一周することなく前記接着
25 剤が配されることで形成される」との事項を追加する補正は、当初明細書等
に記載した事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものである
から、新規事項を追加するものである。
(2) すなわち、同補正事項は、「前記開放空間」が本件接着剤配置により「形成
される」ことを特定するものである。そうすると、請求項2補正事項が新規事
項を追加するものではないというためには、当初明細書等に単に開放空間が
5 形成されている構成において本件接着剤配置が記載されているのみでは足り
ず、当初明細書等に本件接着剤配置によって開放空間が形成されること、言
い換えると、本件接着剤配置が開放空間の形成に寄与していることが記載さ
れている必要がある。
(3) 当初明細書等の【0040】~【0041】及び図8には、実施形態4に係
10 る発光装置4に関して、封止部材とレンズ部材との間に開放空間が形成され
ている構成において、本件接着剤配置とすることが記載されているが、図8
において、本件接着剤配置ではなく、接着剤が環状に一周する構成であって
も、開放空間はレンズアレイ20の外縁の一部が凹部82bの内側に位置す
るように配置されていることにより形成される開口部Gによって形成される
15 のであって(参考図)、接着剤が環状に一周するか否かは、開放空間の形成に
影響しない。したがって、開放空間が本件接着剤配置により形成されるとの
請求項2補正事項が、当初明細書等の上記記載の中に記載されているとも、
記載されているのと同然であるとも理解することはできない。
(4) 実施形態3に係る発光装置3に関する【0037】~【0039】及び図7
20 には、本件接着剤配置が記載されていないから、請求項2補正事項が、実施形
態3に係る発光装置3に関する【0037】~【0039】及び図7に記載さ
れていると理解することもできない。
(参考図)
4 取消事由
(1) 本件補正が新規事項を追加したものであるとの判断の誤り
5 (2) 手続違背その1/特許法159条2項違反
(3) 手続違背その2/請求項8~13に係る審理・判断の遺脱
第3 当事者の主張
1 取消事由1(本件補正が新規事項を追加したものであるとの判断の誤り)に
ついて
10 【原告の主張】
(1) 請求項1の「前記封止部材と前記レンズ部材との間の空間は開放空間であ
る」との発明特定事項によれば、「封止部材とレンズ部材の間の空間」が開放
空間であることが特定されている。
また、当初明細書等の「貫通孔Fや開口部Gは、レンズアレイ20と封止部
15 材80との間の空間を開放空間とする具体的な構成の一例である。レンズア
レイ20と封止部材80との間の空間は、空間内で生じたガスを外部に逃が
すことができるよう開放されていればよく、」(【0042】)との記載によ
れば、「開放空間」とは、空間内で生じたガスを外部に逃がすことができるよ
う開放されている空間といえる。
20 そうすると、「前記開放空間は、前記封止部材と前記レンズ部材の間におい
て、前記レンズ部材の外縁を環状に一周することなく前記接着剤が配される
ことで形成される」との対象補正項目は、「前記封止部材と前記レンズ部材の
間において、前記レンズ部材の外縁を環状に一周することなく前記接着剤が
配されることで、前記封止部材と前記レンズ部材の間の空間が、空間内で生
5 じたガスを外部に逃がすことができるよう開放された空間となっている」こ
とを特定する事項といえる。
(2) 当業者は、当初明細書等の【0040】の記載から直接的に「レンズアレイ
20の外縁の一部が凹部82bの内側に位置するように配置されているとと
もに、凹部82bの外側において接着剤により封止部材80に固定されてい
10 る」ことにより、レンズアレイ20と封止部材80との間の空間が開放空間
となっていると理解できる。
また、開口部Gは、図8からも理解できるように、封止部材と前記レンズ部
材の間の空間ではなく、その外側の空間である。そうすると、開口部Gの形成
のみによって直接的に開放空間が形成されるわけではなく、凹部82bの外
15 側に接着剤を設けてレンズアレイ20を封止部材80に固定することで、封
止部材と前記レンズ部材の間の空間が開放空間となることが理解できる。
実施形態4の構造は、レンズアレイ20の外縁の一部が凹部82bの内側
に位置するように配置されているのであるから、凹部82bの外側に接着剤
が配置される以上、実施形態4の構造が、「接着剤が、レンズアレイ20の外
20 縁を環状に一周する」構造とならないこと、言い換えれば、「接着剤が、レン
ズアレイ20の外縁を環状に一周することなく配置される」構造となること
も、当業者は理解する。
レンズアレイ20に貫通孔Fが設けられておらず、凹部82bの外側でレ
ンズアレイ20の外縁を環状に一周するように接着剤が配されてレンズアレ
25 イ20が封止部材80に固定されている構造(実施形態3において、レンズ
アレイ20に貫通孔Fが設けられていない構造)は、封止部材80とレンズ
アレイ20の間の空間は開放空間とはならない構造であることが理解できる
ところ、レンズアレイ20の外縁を環状に一周することなく接着剤を配置す
ることは、物理的状態としては、環状に一周する構造の接着剤に貫通孔が設
けられたことに等しく、レンズアレイ20に貫通孔Fを設けて開放空間にな
5 るのであるから、レンズアレイ20とともに封止部材80とレンズアレイ2
0の間の空間を画定している接着剤に貫通孔が設けられたとしても開放空間
になるのが道理といえるからである。
したがって、たとえ、実施形態4が「レンズアレイ20の外縁の一部が凹部
82bの内側に位置するように配置されている」具体的な構造とともに、「接
10 着剤が、レンズアレイ20の外縁を環状に一周することなく配置される」構
造を記載するものであるとしても、明細書又は図面のすべての記載を総合す
ることにより、当業者は、対象補正項目が特定する技術的事項を導くことが
できる。
(3) 本件審決は、請求項2の「前記開放空間」は、本件接着剤配置により「形成
15 される」ことを特定するものであるから、請求項2補正事項が新規事項を追
加するものではないというためには、当初明細書等に単に開放空間が形成さ
れている構成において本件接着剤配置が記載されているのみでは足りず、当
初明細書等に本件接着剤配置によって開放空間が形成されること(本件接着
剤配置が開放空間の形成に寄与していること)が記載されている必要がある
20 とし、接着剤が環状に一周する構成(参考図)であっても、開放空間は形成さ
れるのであって、接着剤が環状に一周するか一周しないかは、開放空間の形
成に影響しないとしている。
しかし、上記のとおり、当初明細書等には、接着剤が環状に一周しないよう
に配することで開放空間を形成することが記載されているのであるから、本
25 件接着剤配置が開放空間の形成に寄与していることも明らかである。
ある実施形態が、接着剤を環状に一周しないことで開放空間となる形態で
あることと、別の実施形態が接着剤を環状に一周する構成であり、かつ、開放
空間となる形態であることは、論理的に両立し得るし、また、ある実施形態
が、接着剤を環状に一周しないことで開放空間となる形態でないことと、別
の実施形態が接着剤を環状に一周する構成であり、かつ、開放空間となるこ
5 とも論理的に両立し得るのであるから、「接着剤を環状に一周する構成であ
り、かつ、開放空間となる実施形態とは別の形態が存在する」ことを根拠とし
て、「その実施形態が、接着剤を環状に一周しないことで開放空間となる形態
であるか否か」の結論を導こうとすること自体が失当である。
本件審決が提示する参考図は、当初明細書等には記載されていない新規な
10 実施形態であり、審判官発明とでも呼ぶべきもので、どのような構成を採用
し、どのような機序により、「開放空間はレンズアレイ20の外縁の一部が凹
部82bの内側に位置するように配置されていることにより形成される開口
部Gによって形成される」のか不明である。
【被告の主張】
15 (1) 当初明細書等の【0040】、【0041】及び【図8】より、当業者は、
「レンズアレイ20の外縁の一部が凹部82bの内側に位置するように配置
されている」ことにより形成される開口部Gに起因して、封止部材とレンズ
部材(レンズアレイ)との間の空間内で生じたガスを外部に逃がすことがで
きる開放空間が形成されることを理解する。また、「レンズアレイ20は・・
20 ・凹部82bの外側において接着剤により封止部材80に固定されている」
との記載及び図8のハッチングが施された領域を見てとれば、当業者は、レ
ンズアレイ20は、凹部82bの外側に位置する全領域、すなわち、封止部材
と接触する全領域において接着剤により封止部材80に固定されるものと理
解する。
25 そして、この理解の下、レンズアレイ20の外縁の一部は、開口部Gを形成
するために凹部82bの内側に位置するように配置されるため、レンズアレ
イ20が封止部材80と接触する領域とはならないから、当業者は、レンズ
アレイ20の外縁の一部に接着剤が配されない部分が付随的に生じる、すな
わち、本件接着剤配置が付随的に生じるにすぎないことを理解する。
そうすると、実施形態4に係る本件接着剤配置は、「レンズアレイ20の外
5 縁の一部が凹部82bの内側に位置するように配置されている」ことにより
付随的に生じるものである。これに反して、このような本件接着剤配置を、開
放空間を形成するためのものと理解する、すなわち、実施形態4に係る本件
接着剤配置に起因して、実施形態4における開放空間が形成されると理解す
ることは、原因と結果を逆にするものであり、当初明細書等の記載から当業
10 者にとって自明なことではない。
(2) 原告は、当初明細書等の【0040】の記載中にある「とともに」との文言
から、「レンズアレイ20の外縁の一部が凹部82bの内側に位置するよう
に配置されている」ことと、「凹部82bの外側において接着剤により封止部
材80に固定されている」ことの両方に起因して、レンズアレイ20と封止
15 部材80との間の空間が開放空間となっていると理解できる旨を主張してい
ると解される。しかしながら、【0040】の当該記載は、レンズ部材の外縁
を環状に一周して接着剤が配される、すなわち、本件接着剤配置とは異なる
配置で接着剤が配される図7に係る実施形態3を説明する【0037】 「レ

ンズアレイ20は、平面視において、凹部82bの内側に貫通孔Fを有する
20 とともに、凹部82bの外側において接着剤により封止部材80に固定され
ている。」という記載と、「レンズアレイ20は、平面視において、・・・と
ともに、凹部82bの外側において接着剤により封止部材80に固定されて
いる」という文言で共通しており、接着剤に関する記載においてなんら相違
しない。そうすると、【0040】の当該記載は文言どおり、レンズアレイ2
25 0が凹部82bの外側において接着剤により封止部材80に固定されている
ことを意味するにとどまる記載であって、本件接着剤配置によって開放空間
が形成されることを示唆する記載ではないことが明らかである。
2 取消事由2(手続違背その1/特許法159条2項違反)について
【原告の主張】
(1) 本件拒絶査定では、特許法17条の2第3項違反は複数の拒絶理由の中の
5 一つであるが、本件審決では同項違反を唯一の拒絶理由としている。
本件拒絶査定では、「当初明細書等には、レンズ部材の外縁を環状に一周す
ることなく接着剤が配する構成については、いっさい示されていない」とし
ていたのに対し、本件審決は、同構成が開示されていることを認めた上で、不
成立審決をしている。拒絶査定と審決とでは、拒絶理由の根拠条文が同項で
10 あることは同じであるが、具体的な理由が全く異なっている。
原告は、審査官の上記誤解を解くことができれば、審査官の拒絶査定の理
由が全て解消されると考え、審判請求をしたのに、審判合議体は、審査官が当
初明細書等の記載を誤解して拒絶査定をしていることを理解した上で、本件
拒絶査定の理由とは異なる拒絶理由により、原告に弁明をする機会を与える
15 ことなく、審判不成立の審決をしている。
(2) 本件審決の拒絶理由の内容は、原告に対し既になされた拒絶理由通知の範
囲内であるとはいえず、原告に対して不意打ちであるし、また、原告に対して
弁明の機会を与えなかったことは明らかであるので、本件審決は特許法15
9条2項に違反している。
20 【被告の主張】
拒絶理由通知書及び本件拒絶査定のいずれにおいても、請求項2補正事項が
新規事項であることの理由として、当初明細書等の記載から、本件接着剤配置
で開放空間が形成されるとの技術的事項を導くことはできないことを記載して
いる。そして、当該理由は、本件接着剤配置によって開放空間が形成されること
25 を特定する請求項2補正事項を含む本件補正は、当初明細書等のすべての記載
を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事
項を導入するものである、という審決の理由と同旨である。
したがって、原告が主張する手続違背その1には理由がない。
3 取消事由3(手続違背その2/請求項8~13に係る審理・判断の遺脱)につ
いて
5 【原告の主張】
(1) 原告は、審判請求書において、本件拒絶査定における分割要件違反の判断
に誤りがあり、この誤りに基づき請求項8~13が審査の対象から除外され
たため、手続保障が欠けていること、すなわち、これらの請求項に対し、新規
性及び進歩性についての見解が得られていたとすれば、原告において、補正
10 の方針を検討できたことを主張した。
(2) 審判合議体は、特許法36条6項4号の委任省令要件違反がないと判断し
たのであれば、請求項8~13に対して、審査官が実質的にしていなかった
特許性の審理をするべきであったのにもかかわらず、これをしないまま審決
をしたという違法がある。また、審判合議体が上記委任省令要件違反は維持
15 されていると判断したのであれば、請求項8~13を拒絶の理由としていな
い審決をしたことは、行政手続法14条の規定の趣旨に鑑みても、理由不備
の違法があるといえる。
【被告の主張】
本件審決における結論を導く理由に、請求項8~13における拒絶理由は含
20 まれていないから、これらの請求項を対象とする拒絶理由を通知し、審判請求
人たる原告に意見書を提出する機会を与える必要はなかった。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正が新規事項を追加したものであるとの判断の誤り)に
ついて
25 (1) 「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、技術的思想の高
度の創作である発明について、特許権による独占を得る前提として、第三者
に対して開示されるものであるから、ここでいう「事項」とは明細書又は図面
によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ、
「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面の
全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、この
5 ようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入
しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範
囲内において」するものということができる。
(2) 本件補正は、特許請求の範囲の請求項2に対する「前記開放空間は、前記
封止部材と前記レンズ部材の間において、前記レンズ部材の外縁を環状に一
10 周することなく前記接着剤が配されることで形成される」との請求項2補正
事項を含むものであり、この請求項2補正事項が、新規事項の追加に当たる
かが問題となっている。そして、請求項2補正事項は、その文言から、開放空
間が「前記レンズ部材の外縁を環状に一周することなく前記接着剤が配され
ること(本件接着剤配置)で」形成されるのであるから、本件接着剤配置が開
15 放空間の形成に寄与することを要すると解される。そこで、以上の趣旨が、当
初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項といえる
かを、以下検討する。
ア 当初明細書等のうち、まず、実施形態3に係る【0037】 【0039】

の記載及び図7によれば、接着剤がレンズ部材の外縁を環状に一周して配
20 されていることが明らかであるから、これが本件接着剤配置、ひいては請
求項2補正事項を開示するものでないことは明らかである。
イ 次に、当初明細書等のうち、実施形態4に係る記載について検討する。
実施形態4では、図8から、レンズアレイ20の外縁と、レンズアレイ2
0が接着剤により封止部材80に固定される領域との関係から、接着剤は
25 レンズ部材の外縁を環状に一周していないことが理解できるので、本件接
着剤配置については、図8から見て取れる事項といえる。
しかし、当初明細書等の「レンズアレイ20は、平面視において、レンズ
アレイ20の外縁の一部が凹部82bの内側に位置するように配置されて
いるとともに(図8中の開口部Gを参照) 凹部82bの外側において接着

剤により封止部材80に固定されている。」(【0040】)との記載及び
5 「開口部Gの数及び配置は、レンズアレイ20の外縁の一部を凹部82b
の内側に位置させるものであればよく、図8に図示した数及び配置に限定
されるものではない。」(【0041】)との記載によれば、実施形態4に
係る記載は、レンズアレイ20の外縁の一部を凹部82bの内側に位置さ
せるという位置関係によって開放空間を形成するのであって、そこでは、
10 そもそも接着剤の配置は問題とされていない。
また、当初明細書等の【0042】の記載は、発明が実施形態3、4に限
定されないことを示すにすぎない。
ウ 原告は、当初明細書等の【0040】の記載から直接的に「レンズアレイ
20の外縁の一部が凹部82bの内側に位置するように配置されていると
15 ともに、凹部82bの外側において接着剤により封止部材80に固定され
ている」ことにより、レンズアレイ20と封止部材80との間の空間が開
放空間となっていると理解できる旨主張するところ、これは、「レンズアレ
イ20の外縁の一部が凹部82bの内側に位置するように配置されている」
ことと、「凹部82bの外側において接着剤により封止部材80に固定さ
20 れている」ことが相まって、レンズアレイ20と封止部材80との間の空
間が開放空間となっているとするものである。しかしながら、【0040】
の当該記載は、接着剤がレンズ部材の外縁を環状に一周して配されている
ものであり、本件接着剤配置を前提としない実施形態3を説明する【00
37】の「レンズアレイ20は、平面視において、凹部82bの内側に貫通
25 孔Fを有するとともに、凹部82bの外側において接着剤により封止部材
80に固定されている。」という記載と、「レンズアレイ20は、平面視に
おいて、・・・とともに、凹部82bの外側において接着剤により封止部材
80に固定されている」という文言で一致しており、接着剤の配置が開放
空間の形成に寄与することを示すものとは認められない。
また、原告は、実施形態3において、レンズアレイ20に貫通孔Fが設け
5 られていない構造は、封止部材80とレンズアレイ20の間の空間は開放
空間とはならない構造であることが理解できることを前提に、当業者は、
請求項2補正事項を明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総
合することにより、導くことができる旨主張する。しかし、実施形態3に係
る当初明細書等【0037】~【0039】及び図7、特に【0038】の
10 「これに対して、接続部24に貫通孔Fを設ければ、レンズアレイ20と
封止部材80との間の空間が開放空間となるため、接着剤から気化したガ
スを当該空間外へと逃がし、有機物の堆積(集塵)を抑制しやすくなる。開
放空間とは開放された空間をいう。 との記載に鑑みれば、
」 貫通孔Fを開放
空間形成の手段としていることが明らかであり、貫通孔Fが設けられてい
15 ない構成についての記載や示唆もなく、ほかに、実施形態3に関する記載
から貫通孔Fが設けられていない構成を当業者が理解することができるこ
とを示す証拠もないことから、上記前提自体が認められない。
エ 以上のとおり当初明細書等の全ての記載を総合しても、本件接着剤配置
が開放空間の形成に寄与するという技術的事項を導くことはできない。
20 (3) そうすると、請求項2補正事項を含む本件補正は、「明細書又は図面に記
載した事項の範囲内において」するものといえず、特許法17条の2第3項
の要件を満たさないというべきである。
2 取消事由2(手続違背その1/特許法159条2項違反)について
原告は、本件拒絶査定では、当初明細書等に本件接着剤配置の記載がないこ
25 とを特許法17条の2第3項違反の理由としたのに対し、本件審決では、当初
明細書等に本件接着剤配置の記載があることを認めながら、本件拒絶査定の理
由とは異なる拒絶理由により、原告に弁明をする機会を与えることなく、審判
不成立の審決をしたとして、手続違背(特許法159条2項違反)を主張する。
しかし、本件拒絶査定と本件審決は、いずれも、請求項2補正事項を追加する
補正が、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさない旨判断している
5 のであり、拒絶理由として異なるところはない。
判断内容を実質的にみても、本件拒絶査定では、当初明細書等に本件接着剤
配置の記載がないことのほか、本件接着剤配置と、開放空間を形成することと
の関係についても示されていないことを指摘した上で、当初明細書等の記載に
より、補正後の請求項2の記載で特定されるところの、「前記レンズ部材の外縁
10 を環状に一周することなく前記接着剤が配されることで」、「開放空間」が形成
される、との技術的事項を導くことはできない。」と判断しており、これは、本
件拒絶査定が、当初明細書等に本件接着剤配置の記載がないことだけでなく、
本件接着剤配置が開放空間の形成に寄与することについても記載されていない
という、本件審決と同様の判断もしていることを意味する。
15 以上、いずれの意味においても、本件は、拒絶査定不服審判において査定の理
由と異なる拒絶の理由を発見した場合に該当しない。
したがって、原告の主張は採用できない。
3 取消事由3(手続違背その2/請求項8~13に係る審理・判断の遺脱)につ
いて
20 (1) 原告は、審判合議体は、請求項8~13に対して、特許法36条6項4号
の委任省令要件違反がないと判断したのであれば、特許性の審理をするべき
であったのにもかかわらず、これをしないまま審決をしたという違法があり、
また、審判合議体が上記委任省令要件違反は維持されていると判断したので
あれば、請求項8~13を拒絶の理由としていない審決をしたことには理由
25 不備の違法がある旨主張する。
しかし、本願の特許請求の範囲を変更する本件補正が特許法17条の2第
3項に規定する要件を満たしていない以上、本願は拒絶を免れないのであり
(同法49条1号)、特許庁審判官がこれと同じ考えに基づいて本件審判請
求を棄却するに当たり、別途、請求項8~13について審理・判断する必要が
あったとはいえない。
5 (2) ところで、令和5年2月21日付け拒絶理由通知(甲2)及び同年6月2
6付け拒絶査定(甲5)において、理由1(特許請求の範囲の記載に関する委
任省令要件/特許法36条6項4号)の対象請求項としては8~13が、理
由2(新規事項/特許法17条の2第3項)の対象請求項としては2~6が、
それぞれ掲げられているところ、後者の理由だけを採用した場合であっても、
10 本願全体を拒絶すべきことに変わりはない。
なぜなら、特許法は、一つの特許出願に対し、一つの行政処分としての特許
査定又は特許審決がされ、これに基づいて一つの特許が付与され、一つの特
許権が発生するという基本構造を前提としており、請求項ごとに個別に特許
が付与されるものではない。このような構造に基づき、複数の請求項に係る
15 特許出願であっても、特許出願の分割をしない限り、当該特許出願の全体を
一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく、一部の請求
項に係る特許出願について特許査定をし、他の請求項に係る特許出願につい
て拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。このこ
とは、特許法49条、51条の文言のほか、特許出願の分割という制度の存在
20 自体に照らしても明らかである(最高裁判所平成20年7月10日第一小法
廷判決・民集62巻7号1905頁参照)。
(3) よって、原告の主張は採用できない。
4 結論
以上のとおり、取消事由1~3はいずれも理由がなく、本件審決に取り消す
25 べき違法は認められない。よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
宮 坂 昌 利
裁判官
本 吉 弘 行
裁判官
10 岩 井 直 幸

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