令和6(ネ)10008発信者情報開示請求控訴事件
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裁判所 |
知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和6年7月10日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
著作権
著作権法2条1項9号5回 著作権法23条1項1回
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キーワード |
侵害44回 損害賠償2回
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主文 |
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙発信者情報目録記載の各情報を開
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
1 請求25
2 原審の判断及び控訴の提起
1 前提事実(以下の事実は争いがないか、後掲の証拠又は弁論の全趣旨に
0%保有している者をシーダーというが、シーダーでないユーザが保有5
2 争点
3 争点に関する当事者の主張
5のイ及びロに該当する行為が行われたとは認められないとするが、あ
1 争点1:本件調査会社による調査の信用性について
2 争点2:「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって・・・権利が侵害さ
3 なお、控訴人が、本件各発信者に対し不法行為に基づく損害賠償を請求す |
事件の概要 |
1 請求25
主文2項と同旨
2 原審の判断及び控訴の提起
原審は、本件各通信は著作物を「送信可能化」する行為に該当せず、本件
各通信に係る情報の流通によって控訴人の権利が侵害されたと認めることは
できないとして、控訴人の請求を全部棄却した。 |
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判決文
令和6年7月10日判決言渡
令和6年(ネ)第10008号 発信者情報開示請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和4年(ワ)第23937号)
口頭弁論終結日 令和6年5月13日
5 判 決
控訴人(第1審原告) 有限会社プレステージ
同訴訟代理人弁護士 角 地 山 宗 行
被控訴人(第1審被告)
エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 松 田 真
15 主 文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙発信者情報目録記載の各情報を開
示せよ。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
20 事 実 及 び 理 由
第1 事案の要旨
本件は、本件各発信者により本件動画の送信可能化権が侵害されたとして、
控訴人が、本件各通信に係るインターネット接続サービスを提供した被控訴人
に対し、プロバイダ責任制限法5条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求
25 める事案である。
なお、本判決では以下の略語を用いる。
(略語) (意味)
ビットトレント :P2P方式のファイル共有プロトコル BitTorrent
本件動画 :原判決別紙動画目録記載の動画(控訴人が著作権者)
本件複製ファイル:本件動画を複製して作成した動画ファイル
5 本件各通信 :原判決 別紙 発信端末 目録記載のIPアドレス及び
ポート番号を割り当てられた端末から同記載の発信時
刻頃に行われた通信
本件各発信者 :本件各通信をした氏名不詳者
本件発信者情報 :本件各発信者の氏名又は名称等の情報(原判決別紙
10 発信者情報目録記載のもの)
本件調査会社 :控訴人からの依頼に基づき、本件動画に係るハッ
シュ値を探索の上、本件各通信を特定する調査を行っ
た会社(株式会社HDR)
本件ソフトウェア:本件調査会社が上記調査に使用したソフトウェア
15 プロバイダ責任制限法:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限
及び発信者情報の開示に関する法律(なお、令和6年
法律第25号により、題名が「特定電気通信による情
報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関す
る法律」に変更されることとなったが、同改正法は未
20 施行であるから、現行の法律名の略称を用いる。)
なお、著作権法は送信可能化権という著作権の支分権を定めているわけでは
ないが、送信可能化による公衆送信権の侵害を、便宜上「送信可能化権の侵
害」ということがある。
第2 当事者の求めた裁判
25 1 請求
主文2項と同旨
2 原審の判断及び控訴の提起
原審は、本件各通信は著作物を「送信可能化」する行為に該当せず、本件
各通信に係る情報の流通によって控訴人の権利が侵害されたと認めることは
できないとして、控訴人の請求を全部棄却した。
5 控訴人は、これを不服として控訴を提起し、主文と同旨の裁判を求めた。
第3 事案の概要等
1 前提事実(以下の事実は争いがないか、後掲の証拠又は弁論の全趣旨に
よって認められる。)
(1) 当事者
10 ア 控訴人は、ビデオソフトの制作及び販売を業とする特例有限会社である。
イ 被控訴人は、インターネット接続サービス等の電気通信事業を営むアク
セスプロバイダである。
(2) 本件動画の著作物性及び著作権者
控訴人は、著作物である本件動画の著作権者である(甲1、弁論の全趣
15 旨)。
(3) ビットトレントの仕組み(甲3、9、弁論の全趣旨)
ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。
ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係
るデータをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワー
20 クに参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)に共有させ、
ピア同士の間でピースを転送又は交換することによって実現される。上
記ピアのIPアドレス及びポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれ
るサーバによって保有されている。
共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」
25 には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全て
のピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記
載されている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによっ
て、一つのビットトレントネットワークが形成される。
イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとする
ユーザは、インターネット上のウェブサーバ等において提供されている
5 当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。そして、
端末にインストールしたクライアントソフトウェアに当該トレントファ
イルを読み込ませると、当該端末は、ビットトレントネットワークにピ
アとして参加する。
ウ 上記の手順によってピアとなった端末は、定期的にトラッカーにアクセ
10 スし、トラッカーにピアのIPアドレス等の情報の一覧を要求し
(Tracker Request )、トラッカーからピア一覧を受信する( Tracker
Response。以上の一連の通信は Tracker Communication Phase と呼ば
れる。)。
ピアリストのデータを受信したピアは、ピアリストに基づいて、相手
15 方ピアとの間で、互いに、ビットトレントのネットワークに参加してい
る相手もピアであることを確認するHANDSHAKE、相手方のピア
へ接続完了を意味するACK、当該ピアと相手方のピアとの間で互いが
対象ファイルのどの部分を所持しているか確認するBITFIELD、
当該ピアが相手方ピアの保有するファイルに興味を持っていることを通
20 知するINTERESTED、相手方ピアから、当該ファイルはダウン
ロードする(相手方ピアによりアップロードする)ことが可能であるこ
とを通知するUNCHOKEの通信をする(以上の一連の通信は「Host
Communication Phase」と呼ばれる。)。
そして、当該ピアがダウンロードを要求するREQUEST、相手方
25 ピアがアップロードするPIECEの通信により、対象ファイルがダウ
ンロードされ、HAVE通信により受信確認が行われる(以上の各通信
が Download Phase と呼ばれる。)。
このように、ビットトレントネットワークを形成しているピアは、必
要なピースを転送又は交換し合うことで、最終的に共有される特定の
ファイルを構成する全てのピースを取得する。なお、ファイルを10
5 0%保有している者をシーダーというが、シーダーでないユーザが保有
するファイルからもダウンロード(当該ユーザからみればアップロード)
が発生する。ビットトレントネットワークは通常一つのシーダーから始
まる。
(4) 本件調査会社による調査(甲3、4、9)
10 本件調査会社は、原判決別紙発信端末目録記載のIPアドレス、ポート
番号及び発信日時を以下の方法により特定した。
ア 本件調査会社は、ビットトレントネットワーク上で共有されているファ
イルの中から、本件動画の品番を含むファイルのハッシュ値を探索し、
当該ハッシュ値を監視対象とした。
15 イ 本件ソフトウェアは、上述の Tracker Communication Phase に係る
各通信により、トラッカーに接続し、監視対象である本件動画に係る
ファイルを共有しているピアの情報の提供を求め、トラッカーから別紙
発信端末目録記載のIPアドレス及びポート番号を含むリストが返信さ
れた。
20 また、本件ソフトウェアが実際に各ピアとの間で Host Communication
Phase に属する各通信を行ったところ、本件各発信者が管理する端末(ピ
ア)との間で、原判決別紙発信端末目録記載のとおりのUNCHOKE
通信が行われたとの調査結果が示された。
(5) 被控訴人の本件発信者情報の保有
25 被控訴人は、本件発信者情報を保有している。
2 争点
(1) 本件調査会社による調査の信用性(争点1)
(2) 「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって・・・権利が侵害された
ことが明らか」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)かどうか(争点2)
3 争点に関する当事者の主張
5 (1) 争点1:本件調査会社による調査の信用性
【控訴人の主張】
原判決別紙発信端末目録の「発信時刻」欄記載の各日時と同目録の「IP
アドレス」欄記載の各IPアドレス及び「ポート番号」は、本件調査会社に
よる調査結果のとおり、本件動画のファイルの保有者に関するピアリストに
10 載っていたピアからの「UNCHOKE」の通信をした端末に割り当てられ
ていたIPアドレス及び送信元ポート番号と、その通信の日時であり、これ
らが正確であることは、本件ソフトウェアの同一性確認試験によっても確認
されている。
【被控訴人の主張】
15 本件ソフトウェアを使用して得られた本件調査会社による調査結果は信
用できず(東京地方裁判所令和5年3月24日判決〔乙1〕参照)、本件各
通信が、本件各発信者の本件調査会社に対する「UNCHOKE」の通信で
あるとはいえない。
(2) 争点2:「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって・・・権利が侵害
20 されたことが明らか」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)かどうか
【控訴人の主張】
ア 本件における送信可能化行為は、以下のとおりである。
(ア) 著作権法2条1項9号の5イ
トラッカーサーバは、不特定多数のピアからの求めに応じて、ピアの
25 リストを提供しており、「公衆の用に供されている電気通信回線に接続
している自動公衆送信装置」といえる。
特定のファイルをアップロードしようとするピアは、トラッカー
サーバに対し、自らが所持するファイル情報、IPアドレス等を通知し、
これらの情報はトラッカーサーバに記録されることになるが、この行為
は「自動公衆送信装置」であるトラッカーサーバの「公衆送信用記録媒
5 体に情報を記録」したといえる。
これにより、当該ファイルをアップロードしようとするピアは、ダウ
ンロードしようとするピアからの求めがあれば、いつでもそれに応じて
当該ファイルをアップロードできる状態になったといえ、「自動公衆送
信し得る」状態となった。
10 (イ) 著作権法2条1項9号の5ロ
ビットトレントネットワークでは、特定のファイルをアップロードし
ようとするピアが、当該ファイルを記録している発信端末でクライアン
トソフトを起動してトラッカーサーバに接続すると、同ピアの発信端末
は、他のダウンロードしようとするピアからの求めに応じて、自動的に
15 当該ファイルをアップロードし得る状態となるから、「公衆送信用記録
媒体に情報が記録され」「ている自動公衆送信装置」に当たり、ビット
トレントネットワークに繋がっていることから、「公衆の用に供されて
いる電気通信回線への接続」がされているといえる。
よって、アップロードしようとするピアが、トラッカーサーバへ通知
20 することにより、同ピアの発信端末はビットトレントネットワークに繋
がり、アップロードし得る状態となり、「自動公衆送信し得る」状態と
なった。
したがって、アップロードしようとするピアは、トラッカーサーバへ
の通知をすることにより、送信可能化権侵害状態になったといえる。
25 イ 原判決は、UNCHOKE通信をする時点よりも前の時点で本件複製
ファイルが他のピアに自動公衆送信し得る状態になっていることを認め
ながら、UNCHOKE通信の時点においては著作権法2条1項9号の
5のイ及びロに該当する行為が行われたとは認められないとするが、あ
るピアがインターネットに接続してビットトレントネットワークにも接
続した瞬間を第三者が検知・特定することは技術的に不可能である。そ
5 こで、本件ソフトウェアは、ピアと同じ動きをし、トラッカーサーバに
接続してピアのリストを受け取り、このリストを元に、本件動画をアッ
プロードしようとするピアに対して接続をすることによって、そのアッ
プロードしようとする通信を検知しているのである。
実際にダウンロードが行われて自動公衆送信権が侵害されなくても、
10 その前段階である発信者による送信可能化状態を権利侵害と捉え、著作
権者を保護しようとするのが、著作権法23条1項の趣旨であり、原判
決のような限定的な解釈はこの趣旨を没却するものである。
【被控訴人の主張】
プロバイダ責任制限法5条1項1号の「当該開示の請求に係る侵害情報
15 の流通」との文言に照らせば、同法は、侵害関連通信の場合を除き、開示請
求の対象を、侵害情報を流通させたものに関する情報とすることを予定して
いる。
本件各発信者によって本件複製ファイルが送信可能化されたのは、本件
調査会社へのアップロードに先立って本件各発信者が本件複製ファイルの
20 ピースをダウンロードしたからにほかならない。本件で控訴人が開示請求の
対象としているのはUNCHOKE通信であるが、UNCHOKE通信は、
あるピアが自身の保有しているファイルをアップロード可能であることをリ
クエストした者に対して通知する通信にすぎず、UNCHOKE通信によっ
て本件複製ファイルが送信可能化の状態になったとはいえない。
25 したがって、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって」控訴人の
「権利が侵害されたことが明らか」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)
であるとはいえない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1:本件調査会社による調査の信用性について
証拠(甲3~5、9)及び弁論の全趣旨によれば、原判決別紙発信端末目録
5 の「発信時刻」欄記載の各日時と同目録の「IPアドレス」欄記載の各IPア
ドレス及び「ポート番号」は、本件調査会社による調査結果のとおり、本件複
製ファイルの保有者に関するピアリストに載っていたピアからの「UNCHO
KE」の通信をした端末に割り当てられていたIPアドレス及び送信元ポート
番号と、その通信の日時であることが認められる。
10 その信用性を疑わせる事情は何ら認められず、被控訴人の主張は採用できな
い。
2 争点2:「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって・・・権利が侵害さ
れたことが明らか」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)かどうかについ
て
15 (1) 基本的な視点
ア プロバイダ責任制限法5条1項が発信者情報の開示請求を規定している
趣旨は、特定電気通信(同法2条1号)による侵害情報の流通は、これ
により他人の権利の侵害が容易に行われ、ひとたび侵害があれば際限な
く被害が拡大する一方、匿名で情報の発信が行われた場合には加害者の
20 特定すらできず被害回復も困難となるという、他の情報の流通手段とは
異なる特徴があることを踏まえ、侵害を受けた者が、情報の発信者のプ
ライバシー、表現の自由及び通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、
当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通
信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものと
25 することにより、加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図る
ことにあると解される。
ところで、令和3年法律第27号による改正により、従前の発信者情報
開示請求に加え、「特定発信者情報」の開示請求制度が創設された。こ
れは、個別の書き込みごとのIPアドレス等が記録されることが多い従
来型の電子掲示板等とは異なり、サービスにログインした際のIPアド
5 レス等(ログイン時情報)は記録されているものの投稿した際のIPア
ドレス等を記録していないタイプのSNSサービスが現れ、そのような
場合のログイン時情報の開示につき、従来の発信者情報開示請求の枠組
みで対応できるか解釈上の疑義が生じていたことを踏まえ、立法的な解
決を図ったものである。上記改正法は、ログイン時情報を含む特定発信
10 者情報についても開示請求の道を開く一方、その対象となる「侵害関連
通信」(プロバイダ責任制限法5条3項、同法施行規則5条)は、それ
自体としては権利侵害性のない通信であることを踏まえ、一定の補充的
な要件を求めることとしたものである(プロバイダ責任制限法5条1
項)。
15 このような改正法の趣旨も踏まえると、それ自体として権利侵害性のな
い通信を「特定発信者情報以外の発信者情報の開示請求」の手続に安易
に乗せるような運用は、上記改正後のプロバイダ責任制限法5条の予定
するところではないと解される。
イ 他方、本件においては、送信可能化権が有する特殊な性格についても、
20 十分な配慮が必要となる。すなわち、著作権法は、公衆送信権を著作権
の支分権と定めるところ(同法23条1項)、インターネットのウェブ
サイト等における公衆送信は、自動公衆送信(同法2条1項9号の4)
として行われることになる。ここでは、閲覧者(公衆)からの閲覧請求
信号に応じてサーバから情報が送信されるが、そのような自動公衆送信
25 が実際に行われたかどうかを著作権者が把握するのは困難である。そこ
で、現実の送信の前段階における準備行為である「送信可能化」を公衆
送信権の侵害行為類型に含めることとし(同法23条1項括弧書き)、
もって権利保護の実効化を図ったものである。
送信可能化権の侵害を理由とする発信者情報開示請求の解釈適用にお
いても、送信可能化権の上記の意義が没却されないよう留意が必要であ
5 る。
(2) 以上を踏まえて検討するに、確かに、プロバイダ責任制限法5条1項1
号にいう「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって・・・権利が侵害さ
れたことが明らか」という要件が、典型的には、公衆送信権を侵害する通信
が現に行われた場合の当該通信に係る発信者情報の開示を求めるような事例
10 を想定していることは明らかであるところ、UNCHOKE通信は、送信可
能化がされたことを前提として、相手方ピアが保有するピースのアップロー
ド(そのピースを欲するピアにとってはダウンロード)が可能であることを
伝えるものであり、それ自体によって侵害情報の流通がされるわけでないこ
とはもとより、当該通信が送信可能化惹起行為(著作権法2条1項9号の5
15 イ、ロ所定の行為)に当たるともいえない(この点は、原判決が12頁9行
目~13頁18行目で判断するとおりである。)。
しかし、送信可能化権の侵害とは、将来に向けて想定される自動公衆送信
の準備が整ったことをもって公衆送信権の侵害類型と位置付けられたもので
あるから、自動公衆送信が可能な状態が継続している限り、その違法状態は
20 継続していると解するのが相当である。著作権法2条1項9号の5イ、ロは、
上記のような違法状態を招来するいわば入口としての行為を定義したものに
すぎない。
そうすると、プロバイダ責任制限法5条1項1号の要件充足を、侵害情
報の流通が現に行われる上記典型事例におけるような場合にしか認めない限
25 定解釈をするならば、公衆送信の前段階における準備行為を侵害類型に含め
た送信可能化権の趣旨が没却されてしまう。上記著作権法の趣旨を踏まえる
と、現実の公衆送信(侵害情報の流通)に至っていなくても、送信可能化権
の侵害状態が生じている(すなわち、将来に向けて想定される自動公衆送信
の準備が整っている)場合には、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通に
よって・・・権利が侵害された」のと同視することができ、その侵害が明らか
5 である場合には、同号の要件充足は妨げられないというべきである。
なお、その場合であっても、開示請求の対象となるのは「権利の侵害に
係る発信者情報」(同条1項柱書)であり、具体的には、送信可能化が完了
し、その後引き続き送信可能な状態が継続していることを直接的に示す通信
に係る発信者情報に限られるというべきである。開示の対象とする発信者情
10 報を上記の限度にとどめれば、情報の発信者のプライバシー、通信の秘密等
が不当に損なわれることにはならないと解される。
(3) 以上の枠組みに基づいて検討するに、上述したビットトレントネット
ワークの仕組み(上記第3の1(3)ウ)、本件調査会社による調査結果(同
(4)イ及び前記1)に照らすと、本件におけるUNCHOKE通信は、本件
15 複製ファイルを共有するビットトレントネットワークに参加した本件各発信
者において、その保有するピースにつき送信可能化が完了し、引き続き自動
公衆送信が可能な状態にあることを明らかにする通信にほかならない。
そうすると、本件においてプロバイダ責任制限法5条1項1号の権利侵
害の明白性の要件は充足されており、UNCHOKE通信をもって特定され
20 た本件各通信に係る発信者情報は、「権利の侵害に係る発信者情報」に該当
するというべきである。
3 なお、控訴人が、本件各発信者に対し不法行為に基づく損害賠償を請求す
るためには、被控訴人が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要がある
ことは明らかであり、本件ではプロバイダ責任制限法5条1項2号の「開示
25 を受けるべき正当な理由」も認められる。
第5 結論
以上によれば、控訴人の請求は理由があるから認容すべきところ、これを棄
却した原判決は失当である。よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取
り消した上、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。な
お、控訴人の申立てに係る仮執行の宣言は相当でないからこれを付さない。
5 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
宮 坂 昌 利
10 裁判官
本 吉 弘 行
裁判官
岩 井 直 幸
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