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令和5(行ケ)10084等審決取消請求事件

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裁判所 審決取消 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和6年7月17日
事件種別 民事
対象物 電動式衝撃締め付け工具
法令 特許権
特許法134条の27回
キーワード 審決33回
無効28回
実施18回
進歩性17回
無効審判3回
刊行物3回
優先権3回
特許権1回
主文 1 特許庁が無効2021-800019号事件について令和5年6月
21日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。10
事件の概要 1 事案の要旨15 本件は、特許の訂正請求を認め、特許無効審判請求を不成立とした審決の取 消訴訟である。争点は、本件審決における訂正要件適合性、進歩性及び記載要 件(サポート要件、明確性要件)についての認定判断の誤りの有無である。

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判決文

令和6年7月17日判決言渡
令和5年(行ケ)第10084号(第1事件)、同第10089号(第2事件)
審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和6年4月24日
5 判 決
当事者の表示 本判決別紙1当事者目録記載のとおり
主 文
1 特許庁が無効2021-800019号事件について令和5年6月
21日にした審決を取り消す。
10 2 訴訟費用は、被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求(第1事件、第2事件)
主文同旨
第2 事案の概要
15 1 事案の要旨
本件は、特許の訂正請求を認め、特許無効審判請求を不成立とした審決の取
消訴訟である。争点は、本件審決における訂正要件適合性、進歩性及び記載要
件(サポート要件、明確性要件)についての認定判断の誤りの有無である。
2 特許庁における手続の経緯等
20 被告は、発明の名称を「電動式衝撃締め付け工具」とする特許(特許第43
62657号。甲50、52。優先日平成17年9月7日、出願日平成18年
1月31日。以下「本件特許」といい、本件特許の願書に添付した明細書及び
図面を併せて「本件明細書」という。)の特許権者である。
原告らは、令和3年3月16日、被告を被請求人として、本件特許につき特
25 許無効審判(以下「本件無効審判」という。)を請求し、特許庁は、これを無
効2021-800019号事件として審理した。被告は、令和4年4月28
日付け訂正請求書(甲51)を提出し、本件特許の特許請求の範囲及び本件明
細書の記載を訂正することを求めた(以下「本件訂正」という。)。
特許庁は、令和5年6月21日「特許第4362657号の明細書及び特許
請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、
5 訂正後の請求項〔1~6〕について訂正することを認める。本件審判の請求は
成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、
同月29日原告らに送達された。
第1事件原告は、令和5年7月26日、第2事件原告は、同年8月8日、本
件審決の取消しを求めてそれぞれ訴えを提起し、同年10月30日、第2事件
10 は第1事件に併合された。
3 特許請求の範囲の記載等
⑴ 本件訂正前の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
【請求項1】
電動モータの出力部の回転を衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部におい
15 て発生する衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる電動式
衝撃締め付け工具において、電動モータは、磁極部を持つステータと、前記
ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石と、前記磁石を内周面に保
持する筒缶部を有するロータとを備えるアウタロータ型電動モータであるこ
とを特徴とする電動式衝撃締め付け工具。
20 【請求項2】
前記アウタロータ型電動モータは、筒部を有する支持体と、前記筒部内に
一対の軸受を介して設けられた回転軸と、前記回転軸に密嵌されたロータフ
ランジ部とを有することを特徴とする請求項1に記載の電動式衝撃締め付け
工具。
25 【請求項3】
前記衝撃発生部と前記アウタロータ型電動モータのロータフランジ部とが
一体回転することを特徴とする請求項2に記載の電動式衝撃締め付け工具。
【請求項4】
前記ロータフランジ部は衝撃発生部に結合されるソケット部を有し、前記
ソケット部と衝撃発生部とが結合したことを特徴とする請求項2~3のいず
5 れかに記載の電動式衝撃締め付け工具。
【請求項5】
前記ソケット部に衝撃発生部のライナ上板の六角部を嵌入して結合される
ことを特徴とする請求項4に記載の電動式衝撃締め付け工具。
【請求項6】
10 前記電動モータは、6個の磁極部を有し、磁極部の2個をS極、N極に励
磁するものであり、前記励磁位置を60°回転させて変化させることによっ
てロータを回転させることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の電
動式衝撃締め付け工具。
⑵ 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は、次のとおりであり(本件
15 訂正による訂正部分に下線を付す。)、本件訂正後の請求項1を引用する請
求項2から6までも同様に訂正された(以下、本件訂正後の請求項に係る発
明を請求項の番号を付して「本件訂正発明1」などといい、本件訂正発明1
から6までを併せて「本件各訂正発明」という。)。
【請求項1】
20 電動モータの出力部の回転を、作動油によりトルクを発生する油圧パルス
発生部である衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力
によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる電動式衝撃締め付け工具
において、電動モータは、磁極部を持つステータと、前記ステータの外周側
に隙間を設けて貼設された磁石と、前記磁石を内周面に保持する筒缶部を有
25 するロータとを備えるアウタロータ型電動モータであることを特徴とする電
動式衝撃締め付け工具。
4 本件審決の理由の要旨
⑴ 本件訂正の訂正要件適合性
ア 本件訂正は、次のとおり、特許法134条の2第1項ただし書1号又は
3号に掲げる事項を目的とするものであり、同法134条の2第9項にお
5 いて準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである(な
お、各請求項について特許無効審判の請求がされているので、同法134
条の2第1項ただし書1号に該当する場合でも、同条9項において読み替
えて準用する同法126条7項のいわゆる独立特許要件は適用されな
い。)。
10 イ 本件訂正のうち、訂正事項1である請求項1の訂正は、本件訂正前の
「衝撃発生部」を「作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部であ
る衝撃発生部」と訂正することにより、「衝撃発生部」の態様を限定する
ものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである(特許法
134条の2第1項ただし書1号)。
15 本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、本件明細
書に記載された実施例のうち、衝撃発生部について、「作動油によるパル
ス式」(実施例1)を用いるものに限定するものであるから、カテゴリー
や対象、目的の変更を伴うものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、
又は変更するものに該当しない(特許法134条の2第9項、126条6
20 項)。
本件明細書の段落【0013】【0014】(以下、特記しない限り、
【 】内の番号は本件明細書の番号を指す。)の記載によれば、衝撃発生
部Pが油圧パルス発生部であること、油圧パルス発生部Pは作動油(オイ
ル)によりトルクを発生するものであることを理解することができるから、
25 本件訂正は、本件明細書に記載した事項の範囲内のものである(特許法1
34条の2第9項、126条5項)。
ウ 本件訂正のうち、訂正事項2から6までの各訂正は、いずれも特許法1
34条の2第1項ただし書3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とす
るものであり、いずれも実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するも
のに該当せず、かつ、本件明細書に記載した事項の範囲内のものであるか
5 ら、同法134条の2第9項において準用する同法126条5項及び6項
の規定に適合する。
⑵ 無効理由1(明確性要件違反)
ア 無効理由1-1(本件各訂正発明の明確性要件違反)
請求項1の「強力なトルク」の用語は、衝撃パルスによる締め付け力が
10 ボルト等の締め付けに十分な大きさのトルクであることを表したものであ
ることは本件各訂正発明の技術分野における技術常識を踏まえれば自明の
ことであり、また、本件各訂正発明においては、「強力なトルク」が数値
としてどの程度のトルクかを具体的に特定することが必須であるとまでは
いえないから、本件各訂正発明が明確でないとはいえない。
15 イ 無効理由1-2(本件訂正発明5、6の明確性要件違反)
請求項5の「衝撃発生部のライナ上板」の用語については、請求項1、
2、4の記載、本件明細書の記載を考慮し、及び出願時の技術常識を基礎
とすれば、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということ
はできないから、本件訂正発明5及びこれを引用する本件訂正発明6の各
20 記載は明確である。
⑶ 無効理由2(サポート要件違反)
本件訂正発明1の「ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石」の
記載については、他の発明特定事項の記載をみれば、ロータを構成する筒缶
部に保持されていることが明確に特定されており、本件明細書(【0013】
25 等)にも、そのような解釈を反映した内容が開示されているから、本件各訂
正発明が発明の詳細な説明に記載したものでないとはいえない。
⑷ 無効理由3(甲1を主引例とする本件各訂正発明の進歩性欠如)
ア 本件特許の優先権主張日前に頒布された刊行物である甲1文献
(B.C.Mecrow、A.G.Jack、D.J.Atkinson、P.G.Dickinson and S.Swaddle、
“High torque machines for power hand tool applications、”2002
5 International Conference on Power Electronics、Machines and Drives
〔Conf. Publ. No.487〕、Sante Fe、NM、USA、2002、pp. 644-649、doi:
10.1049/cp:20020192)には「それぞれの歯にコイルを配置するステータ
と、前記ステータの外周側に隙間を設けて配置された焼結希土類磁石と、
前記焼結希土類磁石を内周面に保持する筒状のロータとを備え、パワーハ
10 ンドツールに応用されるアウタロータ型電動モータ」という発明(以下
「甲1発明」という。)が記載されている。
イ 甲2文献(特開平8-267368号公報)には「電動モータ15によ
って油圧式のパルス力発生装置16が駆動され、前記パルス力発生装置1
6によって発生されるインパルス力によりツール出力軸19にトルクを増
15 幅して伝達させるトルク制御式パルスツールにおいて、電動モータは、ス
テータと、前記ステータの内周側にロータとを備えるインナロータ型電動
モータである電動式衝撃締め付け工具」という発明(以下「甲2発明」と
いう。)が記載されている。
ウ 本件訂正発明1と甲 1 発明の相違点のうち、相違点1は、本件訂正発明
20 1は「電動モータの出力部の回転を、作動油によりトルクを発生する油圧
パルス発生部である衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生す
る衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる」「電動式衝
撃締め付け工具」であるのに対し、甲1発明は「パワーハンドツールに応
用されるアウタロータ型電動モータ」であって「電動式衝撃締め付け工具」
25 として「電動モータの出力部の回転を、作動油によりトルクを発生する油
圧パルス発生部である衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生
する衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる」との技術
的事項を備えない点である。しかるところ、甲1文献の記載から、「パワ
ーハンドツール」の下位概念である「電動式衝撃締め付け工具」、さらに
は「電動モータの出力部の回転を衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部に
5 おいて発生する衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる」
「電動式衝撃締め付け工具」に至る動機は見いだせない。したがって、単
にパワーハンドツールに応用されることが示されるにとどまる電動モータ
の甲1発明に甲2発明を適用する動機はなく、仮に適用しようとしても、
甲1発明と甲2発明はモータの形式も異なるから、本件訂正発明1に想到
10 することが容易とはいえない。「衝撃発生部」を有する「衝撃締め付け工
具」が周知技術であるとしても、甲1発明に周知技術を適用して本件訂正
発明1に想到することが容易ともいえない。
エ よって、本件訂正発明1及びこれに発明特定事項を追加した本件訂正発
明2から6までは、甲1発明と甲2発明、及び周知技術に基づいて当業者
15 が容易になし得るものではない。
⑸ 無効理由4(甲2を主引例とする本件各訂正発明の進歩性欠如)
ア 甲2文献には、前記⑷イの甲2発明が記載されている。
本件訂正発明1と甲2発明は、電動モータの出力部の回転を、作動油に
よりトルクを発生する油圧パルス発生部である衝撃発生部に伝達し、前記
20 衝撃発生部において発生する衝撃力によりメインシャフトに強力なトルク
を発生させる電動式衝撃締め付け工具である点で一致する。また、その相
違点は、本件訂正発明1の電動モータが「磁極部を持つステータと、前記
ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石と、前記磁石を内周面に
保持する筒缶部を有するロータとを備えるアウタロータ型電動モータ」で
25 あるのに対して、甲2発明の電動モータ15は「ステータと、前記ステー
タの内周側にロータとを備えるインナロータ型電動モータ」である点であ
る。
イ 当該相違点について検討すると、甲2発明は、電動式衝撃締め付け工具
に関するものではあるが、電動モータがインナロータ型であり、これをア
ウタロータ型とする記載も示唆もない。他方、甲1発明は、アウタロータ
5 型モータ自体の発明であって、パワーハンドツールへの応用が記載されて
いるものの、その下位概念である電動式衝撃締め付け工具への適用までは
示唆されていない。したがって、甲2発明及び甲1発明のいずれにも、電
動式衝撃締め付け工具の電動モータについて、インナーロータ型をアウタ
ロータ型に置き換える、すなわちステータとロータの内外関係を逆にする
10 ことについての記載も示唆もなく、置き換えの動機はないから、甲2発明
に甲1発明を適用して、本件訂正発明1に想到することが容易とはいえな
い。
ウ 甲2発明が、甲2文献の段落【0013】の記載から「回転駆動源とし
ての電動モータ15は発生トルクの大きいもの」を必要とするものとされ
15 るとしても、このような数多くの解決手段が存在する一般的な要請のみを
もって、これらの解決手段からインナーロータ型モータをアウターロータ
型モータに置き換えるという具体的手段の選択に至ることが容易とまでは
いえない。
エ よって、本件訂正発明1及びこれに発明特定事項を追加した本件訂正発
20 明2ないし6は、甲2発明と甲1発明、及び周知技術に基づいて当業者が
容易になし得るものではない。
⑹ 無効理由5(甲3を主引例とする本件訂正発明1及び6の進歩性欠如)
ア 本件特許の優先権主張日前に頒布された刊行物である甲3文献(米国特
許第3804180号明細書)には「電動モータのロータ11の回転をロ
25 ータ11に固定されたハンマー2、ハンマー2上のインパクトジョー5、
及びハンマー2に面するアンビル3の端面に固定されたインパクトジョー
6(以下「ハンマー2等」という。)に伝達し、前記ハンマー2等におい
て発生する打撃によりスピンドル4にハンマー2及びロータ11の運動エ
ネルギーが送られるインパクトレンチにおいて、電動モータは、ステータ
8と、前記ステータ8を内包するロータ11とを備える電動モータである
5 インパクトレンチ」という発明(以下「甲3発明」という。)が記載され
ている。
イ 本件訂正発明1と甲3発明の相違点のうち、相違点2は、本件訂正発明
1の衝撃発生部が「作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部であ
る」のに対して、甲3発明の衝撃発生部は、発生する衝撃力(トルク)が、
10 ハンマー2等において発生する打撃によりスピンドル4にハンマー2及び
ロータ11の運動エネルギーが送られるものであり、「作動油によりトル
クを発生する油圧パルス発生部」ではない点である。
ウ 当該相違点2について検討すると、甲3文献では、ロック手段19が開
示されているが、打撃による以外の衝撃発生部を採ることを全く想定して
15 いないから、甲3発明において、電動モータのロータ11の回転をハンマ
ー2等に伝達し、前記ハンマー2等において発生する打撃によりスピンド
ル4にハンマー2及びロータ11の運動エネルギーが送られる構成を採る
ことは必須の構成と認められる。そして、このような甲3発明に対して、
相違点2に係る衝撃発生部として、甲2、25、29から33までの周知
20 技術、又は甲2、25、29から33までに記載された各発明のいずれか
を適用し、油圧式のパルス力発生装置に置換することは、衝撃発生の過程
に打撃を伴うものとならず、必須の構成を損なうものとなり、周知技術又
は公知の油圧式のパルス力発生装置の構成に置換することによっては、1
回の打撃の衝撃エネルギーを高くし、ハンマーとアンビルのインパクトジ
25 ョー間の係合に関するエネルギー損失を最小限とするという甲3発明の課
題を解決し得ない。このような適用をして本件訂正発明1に至ることの動
機付けを見出すことはできず、むしろ適用には阻害要因がある。仮に、甲
2、25、29から33までの技術常識が存在し、甲3発明に機械的に衝
撃力を発生させるパルス力発生装置を用いることによる欠点があったとし
ても、甲3発明は、打撃という機械的な衝撃力による衝撃エネルギーを有
5 効に利用しようとするものであるから、衝撃力が作動油により発生するも
のであって機械的な衝撃力を高めることがない油圧式のパルス力発生装置
に置換する余地を見出すことはできない。
エ よって、本件訂正発明1及びこれに発明特定事項を追加した本件訂正発
明6は、甲3発明並びに甲2、25、29から33までの技術常識、周知
10 技術及び甲2、25、29から33までの発明のいずれかに基づいて当業
者が容易になし得るものではない。
⑺ 無効理由6(甲4を主引例とする本件各訂正発明の進歩性欠如)
ア 本件特許の優先権主張日前に頒布された刊行物である甲4文献(欧州特
許第1015185号明細書)には「電動モータのはずみ車ロータ4のパ
15 ルス振動の回転を慣性質量ばねシステム(又は質量バネ・システム)に伝
達し、前記慣性質量ばねシステム(又は質量バネ・システム)において発
生する共鳴状態又は共振状態における振動エネルギーによりコレット型ソ
ケット5にファスナの締め付けトルクを加える共鳴振動質量型締め付け工
具において、電動モータは、電磁コイル6を持つ内部ステータ20と、前
20 記内部ステータ20の周りを隙間を設けて振動し回転する永久磁石9と、
永久磁石9が内径内のスロット2内に収容されたはずみ車ロータ4とを備
える電動モータである電動式衝撃締め付け工具」という発明(以下「甲4
発明」という。)が記載されている。
イ 本件訂正発明1と甲4発明の相違点のうち、相違点1は、電動モータの
25 出力部の回転によりメインシャフトに強力なトルクを発生させるのが、本
件訂正発明1においては回転が伝達された「作動油によりトルクを発生す
る油圧パルス発生部である衝撃発生部において発生する衝撃力」であるの
に対して、甲4発明においてははずみ車ロータ4のパルス振動の回転が伝
達された慣性質量ばねシステム(又は質量バネ・システム)において発生
する共鳴状態又は共振状態における振動エネルギーであり、したがって、
5 両発明とも「電動式締め付け工具」ではあるものの本件訂正発明1が電動
式衝撃締め付け工具であるのに対して、甲4発明は共鳴振動質量型締め付
け工具である点である。
ウ 当該相違点1について検討すると、甲4発明の共鳴振動質量型締め付け
工具におけるトルクの発生源である慣性質量ばねシステム(又は質量バネ
10 ・システム)において発生する共鳴状態又は共振状態における振動エネル
ギーは、慣性質量ばねシステム(又は質量バネ・システム)の共振周波数
又はその近傍の振動により発生するものであって、ロータに加える回転も、
慣性質量ばねシステムの共振周波数を生じさせるためのパルス振動の回転
であるから、本件訂正発明1のような、電動モータ自体は回転するのみで
15 あって、衝撃力の大きなトルクを、電動モータとは別体の作動油を利用し
て発生させるものとは、トルクの発生原理が全く異なる。そして、甲4発
明は、衝撃工具と比較した優れた効果を奏すると解釈することができるか
ら(甲4文献の段落【0014】)、甲4発明において、トルク発生機構
として衝撃発生部を適用する動機を見いだすことはできない。むしろ、衝
20 撃発生部を設けることは甲4発明の技術的意義を損なうことになるから、
阻害事由がある。
エ よって、本件訂正発明1及びこれに発明特定事項を追加した本件訂正発
明2から6までは、甲4発明と甲2発明及び周知技術に基づいて当業者が
容易になし得るものではない。
25 第3 原告らの主張する審決取消事由とこれに対する被告の反論
原告らの主張する審決取消事由は、取消事由1(訂正要件適合性の判断の誤
り)、取消事由2(無効理由5の判断の誤り〔甲3発明を主引例とする本件訂
正発明1及び6の進歩性欠如〕)、取消事由3(無効理由3の判断の誤り〔甲
1を主引例とする本件各訂正発明の進歩性欠如〕)、取消事由4(無効理由4
の判断の誤り〔甲2を主引例とする本件各訂正発明の進歩性欠如〕)、取消事
5 由5(無効理由6の判断の誤り〔甲4を主引例とする本件各訂正発明の進歩性
欠如〕)、取消事由6(無効理由1〔明確性要件違反〕、無効理由2〔サポー
ト要件違反〕の判断の誤り)である。このうち、当裁判所が本判決の後記第4
において判断したのは取消事由1及び取消事由4であるから、本文中には取消
事由1及び取消事由4に関する当事者の主張のみを摘示する。その他の各取消
10 事由に関する当事者の主張は、別紙2のとおりである。
1 取消事由1(訂正要件適合性の判断の誤り)
⑴ 原告らの主張
本件明細書(【0013】【0014】)には特定の「油圧パルス発生装
置P」(ベーン方式)しか開示されていないが、本件訂正は「作動油により
15 トルクを発生する油圧パルス発生部」として、本件明細書の記載をオイルパ
ルスユニット全般に上位概念化するものであるから、本件訂正は、願書に添
付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてな
されたものとはいえず、特許法134条の2第9項、126条5項の訂正要
件に適合しない。
20 ⑵ 被告の主張
本件明細書は、ベーン方式のオイルパルスユニットに限定した開示を行う
ものではなく、本件訂正も「作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生
部である」との文言上、実施例1の構成に限定する趣旨ではないから、上記
訂正要件を充足する。
25 2 取消事由4(無効理由4の判断の誤り〔甲2を主引例とする本件各訂正発明
の進歩性欠如〕)
⑴ 原告らの主張
ア 本件審決が認定した相違点は、次の二つの相違点に分けることができる。
(相違点Ⅰ)本件訂正発明1では、電動モータが「磁極部を持つステータ
と、」「磁極を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備えるアウタ
5 ロータ型」であるのに対し、甲2発明は「ステータと、前記ステータの内
周側にロータとを備えるインナロータ型電動モータ」であって、アウタロ
ータ型ではない点
(相違点Ⅱ)本件訂正発明1では、磁石が「前記ステータの外周側に隙間を
設けて貼設され」ているのに対し、甲2発明では、磁石を保持する態様が
10 明示されていない点
イ 相違点Ⅰについて、甲2発明は、オイルパルスユニットを備えたパルス
ツールの発明であるところ、パルスツールはネジの締め付けに用いられ、
ネジの締め付けの指標はトルクであり(甲2文献の段落【0001】【0
002】)、明細書には発生トルクの大きいDCモータが例示されている
15 から(甲2文献の段落【0013】)、トルクを高めることは、締め付け
工具の分野では周知かつ自明の課題であり、文献中に明示されていなくて
も、課題の共通性において考慮される。そして、当該課題の解決手段とし
て、甲1発明には、アウタロータ型モータが記載されているから、甲2発
明の電動モータを甲1発明のアウタロータ型モータで置換することは、当
20 業者が容易になし得た事項である。いずれのタイプのモータも、軸の回転
が出力であるため、甲2発明のオイルパルスユニットと接続することが可
能である。
ウ また、相違点Ⅱについて、甲2発明において回転するロータに磁石を保
持するには、その手段が必要であり、その目的のため、エポキシ系、アク
25 リル系などの接着剤が使用されていることは、周知技術又は技術常識(甲
5、8、9、70、71)であるから、相違点Ⅱは、実質的な相違点でな
いか、周知技術を適用することで容易に想到し得た事項である。
エ 以上より、本件審決は、相違点の判断を誤り、誤った結論に至ったから、
本件訂正発明1及びこれに発明特定事項を追加した本件訂正発明2から6
までに関する本件審決は違法なものとして取り消されるべきである。
5 ⑵ 被告の主張
ア 原告らは、本件訂正発明1と甲2発明の相違点を2つに分けているが、
適切ではない。相違点の認定に当たっては、発明の技術的課題の解決の観
点から、まとまりのある構成を単位として認定するのが相当であるところ、
本件特許の請求項1の「B 電動モータは、B1 磁極部を持つステータ
10 と、B2 前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石と、B3
前記磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備える、B4 ア
ウタロータ型電動モータであることを特徴とする」との部分は、ひとまと
まりの技術思想を示す発明特定事項であるから、B2の部分のみを独立の
相違点Ⅱとして抽出するのは失当である。
15 イ 本件審決のように相違点を認定すれば、原告らの提出する公知例に当該
相違点の構成を網羅するものはなく、仮に相違点Ⅱを抽出しても、磁石を
貼設する位置に係る構成を開示する公知技術はないから、容易想到ではな
い。原告らの主張は、甲2発明に甲1発明を適用して、甲2発明のインナ
ロータ型モータをアウタロータ型モータに置き換え、さらに周知技術を適
20 用して磁石を筒缶部の内周面に貼設されるようにするという複数のステッ
プを求めるものであり、容易の容易として認められない。
ウ モータの置換について、甲2発明と甲1発明は、課題が異なり組み合わ
せる動機付けはない。甲2文献に、甲2発明のインナロータ型モータをア
ウタロータ型モータに置き換えることの示唆はない。甲2発明では、高ト
25 ルクのものを採用することが示唆されているのではなく、逆に比較的発生
トルクの小さいモータを採用すること、小容量のモータを採用することに
よってツールの小型化が図れることが示唆されているから、甲2発明に甲
1発明の高トルクのモータを適用することには阻害要因がある。この点を
措いても、高トルク化を図るには種々の手段があり得るから、甲2発明に
触れた当業者は、インナロータ型を維持しつつ高トルク化を検討するのが
5 自然なのに、モータの種類を根本的に変更し、かつ研究段階の未完成品で
ある甲1発明を適用することに想到するのは不合理な論理付けである。国
際特許分類において、電動式衝撃締め付け工具(B25B)とモータ(H
02K)は技術分野を異にしている。甲1文献は、善解しても、甲1発明
のモータを何らかの電動手工具に適用することを示唆するにとどまるから、
10 甲2発明と組み合わせる論理付けは奏効しない。
エ 磁石の貼設について、本件訂正発明は、磁石を固定する様々な手段の中
で「貼設」という具体的な手段を特定する以上、具体的な固定手段を特定
しない甲1発明との関係では発明特定事項の明確な相違がある。また、主
引例の甲1発明と、副引例(甲5、8、9、70、71)の各技術の課題
15 は相互間でも異なるから、組み合わせることに動機付けを肯定する余地は
ない。磁石を固定する種々の方法の中で「貼設」をことさらに取り上げる
のは、事後分析的かつ非論理的に想到性を導くものである。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所は、原告らの主張する本件審決の取消事由のうち、取消事由1(訂
20 正要件適合性の判断の誤り)は認められないが、取消事由4(無効理由4の判
断の誤り〔甲2を主引例とする本件各訂正発明の進歩性欠如〕)は認められる
ものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
2 本件各訂正発明について
⑴ 本件明細書には、別紙3特許公報(特許第4362657号。甲50)の
25 とおりの記載がある。なお、同別紙は本件訂正前のものであり、本件訂正に
より、本件明細書の記載は、別紙4「本件明細書訂正部分」のとおり訂正さ
れている。
⑵ 本件各訂正発明の概要
本件明細書の記載によると、本件各訂正発明は、電動式衝撃締め付け工具
に関するものである(【0001】)。従来の電動式衝撃締め付け工具では、
5 通常、インナロータ型電動モータの出力軸の回転を、減速機を介して衝撃発
生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力によりメインシャフ
トに強力なトルクを発生させるようにしている。この場合、一定速度で回転
しようとする電動モータの出力軸には高トルク発生毎に大きな捩れ力が働く
ことになる。そして、力が伝達するようするためには、出力軸を太くし、ワ
10 ンサイズ又はツーサイズ大きな電動モータを使用しなければならず、また、
インナロータ型電動モータで回転速度の高いブラシレスのモータを用いた小
型サイズのものでは、磁極数を増やすことで回転数を低くしトルクを上げる
ようにするため、比較的大きな減速機が必要となり、減速機分だけ電動式衝
撃締め付け工具が重くなってしまい、さらに、インナロータ型電動モータを
15 使用した電動式衝撃締め付け工具では、通常、減速している分だけ大きくな
る出力が減速機構(遊星歯車機構)の内歯車から外側ケースに伝わるため、
作業者にとってはケースに伝達された力が比較的大きな反力として感じられ、
作業性も悪く疲労度を増し長時間使用することができない、という問題点が
あった(【0002】~【0008】)。
20 本件各訂正発明の課題は、小型、軽量で、低反力且つ耐久性を有する電動
式衝撃締め付け工具を提供することである。本件各訂正発明は、電動モータ
の出力部の回転を作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部である衝
撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力によりメインシ
ャフトに強力なトルクを発生させる電動式衝撃締め付け工具において、電動
25 モータを、低速・高トルク特性を有するアウタロータ型電動モータとするも
のであり(本件訂正発明1)、この発明の電動式衝撃締め付け工具は、本件
訂正発明1に関し、アウタロータ型電動モータが、低速・高トルク特性を有
するものであり(本件訂正発明2)、この発明の電動式衝撃締め付け工具は、
本件訂正発明1及び本件訂正発明2に関し、衝撃発生部とアウタロータ型電
動モータ先端のロータフランジ部とが一体回転するようになっているもので
5 ある(本件訂正発明3)(【0009】【0010】)。
3 取消事由1(訂正要件適合性の判断の誤り)について
原告らは、本件訂正により請求項1の「衝撃発生部」の前に「作動油により
トルクを発生する油圧パルス発生部である」との文言を付加することは、願書
に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において
10 なされたものとはいえず、訂正要件(特許法134条の2第9項、126条5
項)に適合しないと主張する。
そこで、検討すると、本件明細書(【0013】【0014】)によれば、
実施例1の電動式衝撃締め付け工具は、その油圧パルス発生部Pにおいて発生
する衝撃パルスによりメインシャフト107に強力なトルクを発生させること、
15 油圧パルス発生部Pのライナケース101内に設けられたライナ102にはト
ルクを発生するための作動油(オイル)が充填されていることが記載されてい
る。また、本件明細書(【0042】)には、「上記実施例1(中略)におけ
る電動式衝撃締め付け工具は一例であり、アウタロータ型電動モータの出力部
の回転を衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力により
20 メインシャフトに強力なトルクを発生させる形態であれば、この発明の技術的
範囲に属するものである。」との記載がある。その他、本件明細書において
「油圧パルス発生装置P」の構成を限定することを示唆するような記載は認め
られない。そうすると、本件明細書には、作動油(オイル)が充填されトルク
を発生させている油圧パルス発生部Pが衝撃発生部に相当することが記載され
25 ており、かつ、当該油圧パルス発生部Pの構成を更に限定する記載はないので
あるから、特許請求の範囲請求項1の記載を「電動モータの出力部の回転を、
作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部である衝撃発生部に伝達し、」
とした本件訂正(訂正部分に下線を付す。)は、願書に添付した明細書、特許
請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものと認めるのが相当である。
原告らは、本件明細書(【0013】【0014】)には特定の「油圧パル
5 ス発生装置P」(ベーン方式)しか開示されていないにもかかわらず、本件訂
正は「作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部」として、本件明細書
の記載をオイルパルスユニット全般に上位概念化するものであると主張する。
しかしながら、前記のとおり、本件明細書において「油圧パルス発生装置P」
の構成を実施例1の特定の方式に限定することを示唆するような記載はなく、
10 「作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部」であれば他の形態も採り
得るものと解されるから、本件訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範
囲又は図面に記載した事項の範囲を超えるものと解することはできず、原告ら
の上記主張を採用することはできない。
以上によれば、本件訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図
15 面に記載した事項の範囲内においてなされたものであり、特許法134条の2
第9項、126条5項の訂正要件に適合する。その他、本件訂正が同法134
条の2の規定に反するものであることを認めるに足りる主張立証はない。した
がって、本件訂正を認めた本件審決に判断の誤りはない。
4 取消事由4(無効理由4の判断の誤り〔甲2を主引例とする本件各訂正発明
20 の進歩性欠如〕)について
本件事案に鑑み、原告らの主張する取消事由4について検討する。
⑴ 甲2文献の記載事項
ア 甲2文献は、平成8年10月15日公開された発明の名称を「トルク制
御式パルスツール」とする特許出願の公開公報であり、次の記載がある。
25 【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、ねじ締めツールなどのトルク制御式パルス
ツールに関する。
【0007】……本発明は、ケーシングに、回転駆動源としての電動モータ
と、この電動モータによって駆動されるパルス力発生手段と、このパルス
力発生手段により発生されてツール出力軸に伝達されるトルクを検知する
5 トルク検知手段と、このトルク検知手段の出力にもとづいて前記電動モー
タを制御する制御手段とを収容したものである。
【0011】
【実施例】図1~図3は、パルスツールの一例としてのねじ締めツール11
を示す。このねじ締めツール11は手持ち式のツールとして構成され、そ
10 のケーシング12は本体部13とハンドル部14とを備えている。本体部
13の内部には、回転駆動源としての電動モータ15と、この電動モータ
15によって駆動される油圧式のパルス力発生装置16とが設けられてい
る。
【0012】パルス力発生装置16は、電動モータ15から供給される連続
15 的なトルクをインパルス状のトルクに変換するもので、電動モータ15か
らのトルクをピーク値で50~100倍に増幅可能である。このような油
圧式のパルス力発生装置16の詳細は、たとえば実開昭59-14017
3号公報や特開昭62-246481号公報に示されている。あるいは、
パルス力発生装置16として、上述の油圧式のものに代えて、機械的な衝
20 撃力を発生させるものを利用することもできる。
【0013】電動モータ15には発生トルクの大きいDCモータを使用する
ことが多いが、高速のACサーボモータまたはDCサーボモータを使用す
ることができる。また、小容量のモータを使用可能とするとともに、それ
によってツールを小形化可能とするために、トルクを増幅するための減速
25 機構を設置することもできる。電動モータ15には、角度センサ17が機
械的に接続されている。
【0014】パルス力発生装置16の出力側には非接触の磁歪式のトルクセ
ンサ軸18が同軸に接続され、このトルクセンサ軸18の先端にさらにツ
ール出力軸19が同軸に接続されている。このツール出力軸19は、その
先端がケーシング12から突出することで、所要のねじ締め操作に供する
5 ことが可能である。
【0025】このような構成において、オンオフスイッチ34を操作して電
動モータ15を作動させると、それに対応してパルス力発生装置16にて
インパルス力が発生され、このインパルス力によって出力軸19が回転さ
れるので、所定のねじ締め作業を行うことが可能になる。そのときの付与
10 トルクは、トルクセンサ21によって検知される。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施例のトルク制御式パルスツールの断面図である。
【符号の説明】
12 ケーシング、15 電動モータ、
15 16 パルス力発生装置、19 ツール
出力軸、21 トルクセンサ、26 セ
ンサ基板、27 メイン基板、31 ト
ルク設定部、34 オンオフスイッチ、
38 通信ライン、39 データ処理装
20 置、60 締め付けトルク記憶装置 【図1】
イ 甲2発明
前記アの【図1】によると、甲2文献の実施例【図1】の電動モータ1
5は、ステータの内周側にロータを備えるものであるから、インナロータ
型電動モータであると考えられる。そうすると、甲2文献には、前記第2、
25 4⑷イの甲2発明(「電動モータ15によって油圧式のパルス力発生装置
16が駆動され、前記パルス力発生装置16によって発生されるインパル
ス力によりツール出力軸19にトルクを増幅して伝達させるトルク制御式
パルスツールにおいて、電動モータは、ステータと、前記ステータの内周
側にロータとを備えるインナロータ型電動モータである電動式衝撃締め付
け工具」という発明。なお、各符号の意味は前記アの【図1】の【符号の
5 説明】のとおりである。)が記載されているものと認められる(同認定に
つき、当事者双方において特段争うものではないものと認められる。)。
⑵ 本件訂正発明1と甲2発明の対比
ア 本件訂正発明1と甲2発明を分説すると、次のとおりと認められる。
(ア) 本件訂正発明1
10 「A 電動モータの出力部の回転を、作動油によりトルクを発生する油圧
パルス発生部である衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発
生する衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる電動
式衝撃締め付け工具において、
B 電動モータは、
15 B1 磁極部を持つステータと、
B2 前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石と、
B3 前記磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備える
B4 アウタロータ型電動モータであることを特徴とする
C 電動式衝撃締め付け工具」
20 (イ) 甲2発明
「a 電動モータ15によって油圧式のパルス力発生装置16が駆動され、
前記パルス力発生装置16によって発生されるインパルス力によりツ
ール出力軸19にトルクを増幅して伝達させるトルク制御式パルスツ
ールにおいて、
25 b 電動モータは、
b1 ステータと、
b3 前記ステータの内周側にロータとを備える
b4 インナロータ型電動モータである
c 電動式衝撃締め付け工具」
イ 本件訂正発明1と甲2発明を比較すると、前記第2、4⑸アで本件審決
5 が認定したとおり、本件訂正発明1と甲2発明は、「電動モータの出力部
の回転を、作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部である衝撃発
生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力によりメインシャ
フトに強力なトルクを発生させる電動式衝撃締め付け工具」である点で一
致する。
10 また、本件訂正発明1と甲2発明は、以下の点で相違するものと認めら
れる。
(相違点Ⅰ)
電動モータに関し、本件訂正発明1は、「磁極部を持つステータと、磁
石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備える、アウタロータ型」
15 であるのに対し、甲2発明は「ステータと、前記ステータの内周側にロー
タとを備える、インナロータ型」であって、アウタロータ型ではない点
(相違点Ⅱ)
磁石の保持の態様に関し、本件訂正発明1は、磁石が「前記ステータの
外周側に隙間を設けて貼設され」ているのに対し、甲2発明は、磁石を保
20 持する態様が明示されていない点
ウ この点に関して、被告は、相違点の認定に当たっては、発明の技術的課
題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定するのが相当
であるところ、本件特許の請求項1のB1からB4までの構成は、B電動
モータに関するひとまとまりの技術思想を示す発明特定事項であるから、
25 B2の構成のみを独立の相違点Ⅱとして抽出するのは失当であると主張す
る。
しかしながら、電動モータに使用される磁石がどのように保持されてい
るかという問題は、電動モータの型式如何にかかわらず独立して検討対象
となり得るものである。したがって、本件訂正発明1と甲2発明との相違
点を認定するに当たり、電動モータに関し、ステータと磁石を保持するロ
5 ータとの位置関係による型式(インナモータ型とアウタロータ型)の相違
点Ⅰと、電動モータの型式に関わらない事項である磁石を保持する具体的
な態様に関する相違点Ⅱを区別して認定することは可能というべきである。
被告は、相違点を分けることは、容易想到性について複数のステップを求
めることに等しいものであり、容易の容易として認められないとも主張す
10 るが、前記のとおり、本件における相違点Ⅰ及び相違点Ⅱは独立したもの
として区別し得るものと解されるから、被告の主張は、前提を異にするも
のであり、採用することはできない。
⑶ 相違点Ⅰの容易想到性について
ア 甲1文献の記載事項
15 (ア) 甲1文献は、2002年(平成14年)頃に刊行された文献であり、
同文献の644頁から649頁までに次の記載がある。
① 電動手工具(パワーハンドツール)応用のための高トルク機械(6
44頁表題)
② 序論(644頁左段1行目から36行目まで)
20 パワーハンドツール応用には、概して適度な速度で高い出力のトル
クが必要である。製品は軽量、小型、かつ人間工学的なデザインでな
ければならない。必要なトルクを達成するために、強制空冷式直流モ
ータまたはユニバーサルモータをステップダウンギアボックスととも
に用いるのが通常である。(中略)
25 この論文は、トルク密度が非常に高い電気機械を製造することによ
って良好なシステムの製造を目指した研究に関して報告するものであ
る。(中略)2つの機械が作られた。その1つは、従来の積層構造を
用いた径方向界磁型機であり、もう1つは(中略)クローポール型ア
ーマチュア機である。(中略)
③ 仕様(644頁左段37行目から最終行まで)
5 この仕様では、機械は以下の事項を満たすことが求められた。
表1
機械的配置 アウターロータ
外径 50mm
コイル端を含む軸長 <65mm
冷却 外面ファン換気
定常状態定格 1.5Nm
速度 1500revs/min
④ 積層型機(644頁右段1行目から5行目まで)
15 作製されたアウターロータ型の積層構造機は三相ブラシレス設計で
あり、磁気装荷を最大化するために焼結希土類磁石が使用されている。
以下の設計特徴を考慮する。
⑤ 極数(644頁右段6行目から15行目まで)
コアバック部の奥行きおよびコイル端の突き出しを最小限にするた
20 めに、極数は多くする必要がある。(中略)速度が比較的緩やかであ
るため16極設計が選択され(中略)た。
⑥ 極対あたりの歯数(644頁右段16行目から645頁右段4行目
まで)
焼結希土類磁石を用いたアウターロータ型機は、全エアギャップ磁
25 束が大きいので設計が難しい。この磁束は、半径がはるかに小さいス
テータを通過しなければならない。(中略)
この問題を、通常とは異なる設計を採用することで克服する。この
設計では、各歯のスパンが240度、すなわち2つ以上の極にわたる。
したがって、図2に示すように、この16極機には12歯しかない。
1つの歯に流れる磁束が24歯設計と同じになるのは、歯のスパンが
5 120°でも240°でも短節巻係数は同じだからである。したがっ
て、いずれの設計でも歯の幅は同じでなければならないが、歯の数が
半分しかないのだから、巻線のために利用できる面積が大幅に増える。
(中略)
図2:より広いスロット面積が
10 得られる、16極12歯設計。
(中略)
図4は、ステータ外径40mm
の、最終的な積層設計を示している。
図4:デモ用に選ばれた最終的な積層プロファイル
15 ⑦ 巻線配置(645頁右段5行目から29行目まで、646頁左段図
5及び表2)
巻線プロセスは、(中略)それぞれの歯に1つのコイルを配置する
のが自然な巻き方であり、(中略)単純化するために、代替的な配置
が選択された。この配置では、ひとつおきにしか歯に巻線を配置して
20 いないので、16極機にコイルが6つし
かない(中略)。
図5は、この機械の写真であり、巻線お
よびロータ構成を示している。主な寸法
は表2にある。
25 (中略) 図5 積層型機
表2
積層型モータ
極数 16
相数 3
ステータ歯数 12
外径 50mm
積層スタック長 50mm
全軸長 65mm
磁石の種類 焼結NeBFe
磁石径方向奥行き 2.5mm
エアギャップ長 0.5mm
ステータ外径 40mm
歯幅 3.0mm
相あたりのコイル 2
相あたりのターン 190
巻線径 0.3mm
スキュー 1/2スロットピッチ
20 ⑧ 結論(649頁左段36行目から50行目まで)
高トルク用途のために、2つの根本的に異なる種類の機械を設計、
製作し、試験を行った。いずれの機械も、強制冷却なしで著しく高い
比出力を発生する。(中略)いずれの機械も、課されていた意欲的
(ambitious)な仕様を満たすことはできないが、磁気設計がより洗
25 練されれば、クローポール型機はこの仕様を満たすことができると予
想される。(略)
(イ) 甲1文献の記載及び弁論の全趣旨によれば、甲1文献には、本件審決
が認定したとおり「それぞれの歯にコイルを配置するステータと、前記
ステータの外周側に隙間を設けて配置された焼結希土類磁石と、前記焼
結希土類磁石を内周面に保持する筒状のロータとを備え、パワーハンド
5 ツールに応用されるアウタロータ型電動モータ」という発明(甲1発明)
が記載されているものと認められる。
イ その他の文献の記載事項
(ア) 甲24文献(原告ら作成”Industrial Power Tools”)は、2004
年(平成16年)に刊行された原告らの工業用工具のカタログであり、
10 同文献には、「パルスツール」の「強度区分8.8ボルトの推奨トルク」
として「4~450Nm」(8頁中上段)との記載、「基本的な締め付
け技術」(9頁中段)、「トルクの推奨」「トルクは、必要な型締力を
確実にするために重要である。」(9頁左上段1行目から2行目まで)、
「型締力は、ジョイントを一緒に保持し、その機能を保証する力である。
15 型締力は、実際には、特定のトルクを伝達することによって得られる。
締め付けに適用される全トルクのうち、おおよそ10%は、型締力に用
いられ(中略)る。」(9頁左下段6行目から15行目まで)との記載
がある。
そして、以下の各文献からも、手持ち式の電動締め付け工具(インパ
20 クト・レンチ等)では、仕様においてトルクが重要な要素であり、トル
クを高めることが重要であることが技術常識となっていたことが認めら
れる。
すなわち、甲66文献(電設資材、2003年(平成15年)4月号。
服部憲靖「最近の電動工具の動向」)には「また一方、コンプレッサー
25 を使用して締め付け作業の多い工場でのコードレスツール(バッテリー
電動工具)の需要が高まってきている。」「しかし、バッテリー工具で
は空気工具の持つ精度の出る締め付けトルクに追いつけない弱点もある
と聞いている。」(30頁13行目から15行目まで、22行目から2
4行目まで)との記載がある。また、甲67文献(応用機械工学、19
93年(平成5年)11月。)には、「ねじ締め用工具」に関し、組立
5 工程で使用される手持ち式の電動工具(インパクト・レンチ)の仕様に
ついて、ねじの太さに応じた締め付けトルクの大きさ(M5の小ねじや
ナット用のASsde630〔締め付けトルク6~65kg・cm/1
50W〕、M10ねじ用のASs648-1〔最大締め付けトルク50
0kg・cm/400W〕等)が記載されている。そして、甲68文献
10 (電設資材、1994年(平成6年)4月号。小西順一「コードレスが
主流!電気工事用電動工具の種類と特長」)には「ねじ締め作業」に使
用される、インパクト方式を採用したコードレスインパクトドライバ
(WH12DE)の仕様につき、能力、先端形状、回転数、打撃数、機
体寸法、重量、蓄電池、充電器充電時間のほか、締め付けトルク(90
15 0kg・cm)が記載されている。
(イ) 甲18文献(シャープ技報、第82号・2002年(平成14年)4
月「モータの最新技術動向」池防泰裕)は、家電製品の分野ではブラシ
レスDCモータとしてインナロータ型とアウタロータ型が採用されてお
り、インナロータ型の課題は、アウタロータ型と比較し、同一外形では
20 ロータの大径化が困難であり、その結果、大トルクを要するときに高い
駆動電流を必要とする点であることを指摘する。また、甲19文献(平
成16年度電気関係学会東北支部連合大会「アウターロータ型ブラシレ
スDCモータの駆動方式の検討とその応用(第1報)」櫻井隆憲外4名)
及び甲20文献(Research Reports of Sendai National College of
25 Technology、No.35〔2005〕「アウターロータ型ブラシレスDCモータ
の駆動方式による特性比較」櫻井隆憲外3名)は、アウタロータ型モー
タは、インナロータ型モータよりも高トルク化が容易であることを指摘
する。
ウ 以上を踏まえ、相違点Ⅰについて検討すると、甲2発明は「電動式衝撃
締め付け工具」(電動手工具の一種)に係るものであり、甲1発明は「パ
5 ワーハンドツール」(電動手工具)に応用される「電動モータ」に係るも
のであるから、両者の技術分野は関連する。また、本件優先日(平成17
年9月7日)当時、甲2発明が属する「電動式衝撃締め付け工具」の技術
分野においては、その性能においてトルクが重要な要素であり、トルクを
高めることが周知、自明の課題であったと認められる(甲2発明の段落
10 【0013】、甲24)。さらに、本件優先日当時、甲1発明のようなア
ウタロータ型モータは、インナロータ型モータよりも高トルク化が容易で
あることは周知であったと認められる(甲18から20まで)。
したがって、甲2発明には、トルクを高めるという周知の課題を解決す
るため、甲1発明を適用する動機付けがあるから、甲2発明に、甲1発明
15 のアウタロータ型電動モータを適用し、相違点Ⅰの構成とすることは当業
者にとって容易想到であったというべきである。
エ この点について、被告は、甲2発明と甲1発明は、国際特許分類におい
て、電動式衝撃締め付け工具(B25B)とモータ(H02K)は技術分
野を異にするから、技術分野を異にすると主張する。しかしながら、技術
20 分野の関連性等は、国際特許分類のみによって必ず画されるものとはいえ
ないから、被告の上記主張を採用することはできない。
被告は、甲2発明と甲1発明は、課題が異なるので組み合わせる動機付
けはない上、甲2発明では、比較的発生トルクが小さく小容量のモータを
採用することによりツールの小型化が図れることが示唆されているから、
25 甲2発明に甲1発明の高トルクのモータを適用することには阻害要因があ
るなどと主張する。しかしながら、前記のとおり、手持ち式の電動締め付
け工具では、仕様においてトルクが重視され、トルクを高めることが重要
であることが周知のものとされているから(甲24)、甲2発明の技術分
野においてトルクを高めることは周知かつ自明の課題であったといえる。
また、甲2発明の明細書(段落【0013】)では、電動モータに「小容
5 量のモータを使用」することだけでなく、その前段において「発生トルク
の大きいDCモータを使用すること」が説明されていることからすると、
甲2発明に高トルクのアウターモータを適用することに阻害要因があると
解することは困難である。よって、被告の上記主張を採用することはでき
ない。
10 被告は、高トルク化を図るには種々の手段があり得るから、甲2発明に
触れた当業者は、インナロータ型を維持しつつ高トルク化を検討するのが
自然なのに、モータの種類を根本的に変更し、未完成品である甲1発明を
適用することに想到するのは不合理な論理付けであるなどと主張する。し
かしながら、高トルク化の代替候補があることによって、甲1発明のアウ
15 タロータ型の技術を適用することができないものと解することは困難であ
る。また、甲1発明のモータが、甲1文献において「課されていた意欲的
(ambitious)な仕様を満たすことはできな」かったとしても、他方で
「強制冷却なしで著しく高い比出力を発生」していたことが認められる以
上、電動モータとして機能していなかったとは認められず、およそ引用発
20 明に対する適用可能性が否定されるような未完成なものということはでき
ない。よって、被告の主張を採用することはできない。
⑷ 相違点Ⅱの容易想到性について
ア 各文献の記載事項
(ア) 甲70文献は、平成13年3月23日公開された発明
25 の名称を「モーターの磁石の固定構造及び固定方法」とする特許出願の
公開公報(特開2001-78377)である。甲70文献に記載され
た技術は、永久磁石の接着方法、特にモーターなどの永久磁石を使用す
る機器、部品などにおける永久磁石の接着方法に関するものであり(甲
70文献の段落【0001】)、例えばモーターなどに使用される永久
磁石は、通常、甲70文献の図1に示したようにヨークなどに固定され
5 ているが、これらの永久磁石の固定方法としては、機械的に固定する方
法や接着剤で固定する方法が用いられており、この
うち接着剤固定方法は接着剤を利用して固定する方
法であって(甲70文献の段落【0002】)、接
着剤固定法では、通常はエポキシ系やアクリル系の
10 接着剤が用いられること(甲70文献の段落【00
03】)が記載されている。そして、本発明のモー
ターのヨークと磁石の固定構造を示す概念図(甲7
0文献の図1)には、磁石3がヨーク2に相互に隙
間を空けて貼設されていることが記載されている。
15 (イ) 甲71文献は、平成14年3月15日公開された
発明の名称を「モーター及びそのローター」とする
特許出願の公開公報(特開2002-78257)
である。甲71文献に記載された技術は、ローター
に永久磁石を用いたモーターに関するものであり
20 (甲71文献の段落【0001】)、甲71文献には、そのモーターの
ローターが複数の極を有するローターにおける極の隣り合う永久磁石間
に隙間を設けたものであること(甲71文献の段落【0018】)、甲
71文献の図1において、永久磁石1は、回転子であるローターヨーク
2の外周側表面に設けられ、この永久磁石1は、例えば接着剤を用いて
25 ローターヨーク2に接着され、3は隣り合う永久磁石1間の隙間であり、
例えば、ローターヨーク2の回転軸の軸方向に隣り合う永久磁石1の間
に、隙間3が設けられること(甲71文献の段落【0019】)、永久
磁石1とローターヨーク2とを接着する2液室温硬化型接着剤5には、
アクリル系又はエポキシ系の接着剤があること(甲71文献の段落【0
024】)が記載されている。
5 (ウ) 甲8文献は、平成15年9月19日公開された発明の名称を「ロータ
およびその製造方法」とする特許出願の公開公報(特開2003-26
4963)である。甲8文献に記載された技術
は、ロータ軸に接着剤を用いて焼結磁石を固定し
たロータおよびその製造方法に関するものであり
10 (甲8文献の段落【0001】)、甲8文献の図
1(a)及び(b)には、ロータ10は、ロータ
軸12の外周面上に周方向に沿って配列された複
数の磁石片20と、複数の磁石片20を外周面に固定する接着剤層14
とを備えていること(甲8文献の段落【0021】)が記載され、甲8
15 文献の図1において、複数の磁石片20がロータ10に互いに隙間を空
けて貼設されていることが記載されている。
(エ) 甲9文献(日本接着学会誌 Vol.39、No.9〔2003/9/1〕「構造接着技
術の応用展開と最適化技術の構築」原賀康介)には、モーターの磁石接
着について、甲9文献の図7は、モーターのロータ―の構造を示してお
20 り、スパイダーにセグメント状の永久磁石が接着されており、磁石の接
着には、従来から加熱硬化型エポキシ系接着剤が使用されてきたが、ネ
オジウム系磁石は線膨張係数が0からマイナスで
あるため、加熱硬化では熱応力が大きく耐ヒート
サイクル性に劣ることや加熱硬化で作業性に劣る
25 ため、最近は生産性に優れた2液室温硬化型の耐
熱性アクリル系接着剤に変わりつつあることが記
載されている。
(オ) 甲5文献は、平成17年6月2日公開された発明の名称を「回転電機
のロータ」とする特許出願の公開公報(特開2005-143248)
である。甲5文献に記載された技術は、発電機やモータ等の回転電機に
5 使用されるロータに関するものであり(甲5文献の段落【0001】)、
その実施形態である甲5文献の図1及び図3のアウターロータ5は、ロ
ータ本体50と、ロータ本体50に固定された複数個の磁石部7とを有
し、磁石部7は、ロータ本体50のリング部55の内周領域57におい
て周方向に間隔を隔てて保持された永久磁石で形成されていること(甲
10 5文献の段落【0030】~【0034】、図3)、磁石部7は接着剤
等により 方向に間隔を隔てて形成された着座溝61に接合されている
(甲5文献の段落【0034】)、上記実施形態は、回転電機として働
くモータのアウターロータ、インナーロータに適用しても良いこと(甲
5文献の段落【0072】)が記載されている。そして、甲5文献の図
15 1には実施形態の発電機の断面図が、甲5文献の図3には発電機のアウ
ターロータのうち磁石部をリング部が保持している状態の異なる方向の
部分断面図が、それぞれ記載されている(甲5文献の段落【007
8】)。
(カ) すなわち、甲5文献においては、磁石を保持する態様として、アウタ
20 ロータ型電動モータでは、ステータの外周側(ロータの内周側)に複数
の磁石が相互に隙間を空けて配置されることが記載されている。また、
甲8、9文献においては(甲70、71文献にも同様の記載があること
から、当時の技術常識と認められる。)、接着剤固定法では、通常、エ
ポキシ系やアクリル系などの接着剤で固定する方法により貼設されるこ
25 とが、それぞれ記載されている。
イ 以上を踏まえ、相違点Ⅱについて検討すると、アウタロータ型電動モー
タにおいて、磁石を保持するために、複数の磁石をステータの外周側(ロ
ータの内周側)に沿って配置し、接着剤固定法等により「貼設」すること
は、周知技術であると認められる(甲5、8、9)。
したがって、上記周知技術を適用して、相違点Ⅱの構成とすることは当
5 業者にとって容易想到であったというべきである。
ウ この点について、被告は、主引例の甲1発明と、副引例(甲5、8、9)
の各技術の課題は相互間でも異なるから、組み合わせることに動機付けを
肯定する余地はないなどと主張する。しかしながら、前記のとおり、これ
らの副引例(甲5、8、9)に記載された磁石の配置及び固定方法は、周
10 知技術であると認められるから、これを適用することの動機付けを肯定す
ることが困難ということはできない。よって、被告の主張を採用すること
はできない。
⑸ 小括
以上のとおり、本件訂正発明1は、甲1発明と甲2発明、及び周知技術に
15 基づいて当業者が容易になし得るものである。したがって、これを否定した
本件審決には、無効理由4〔甲2を主引例とする本件各訂正発明の進歩性欠
如〕に係る判断に誤りがある。
第5 結論
以上の次第であるから、本件審決には、訂正要件適合性に係る判断の誤りは
20 認められないが、本件訂正発明の進歩性に係る判断に誤りがある。よって、主
文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
25 裁判長裁判官
清 水 響
裁判官
5 菊 池 絵 理
裁判官
10 頼 晋 一
(別紙1)
当 事 者 目 録
5 第1事件原告 アトラスコプコ株式会社
第2事件原告 アトラスコプコ インダストリアル
テクニーク アクチボラグ
上記2名訴訟代理人弁護士 末 吉 剛
同 髙 橋 聖 史
上記2名訴訟代理人弁理士 松 尾 淳 一
同 藤 木 依 子
被 告 ヨ コ タ 工 業 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 辻 本 希 世 士
同 辻 本 良 知
20 同 松 田 さ と み
同訴訟代理人弁理士 丸 山 英 之
以 上
(別紙2)
取消事由1及び取消事由4以外の取消事由に関する当事者の主張
1 取消事由2(無効理由5の判断の誤り〔甲3発明を主引例とする本件訂正発
5 明1及び6の進歩性欠如〕)
⑴ 原告らの主張
本件審決が認定した本件訂正発明1と甲3発明の相違点2は「作動油によ
りトルクを発生する油圧パルス発生部」に関するところ、オイルパルスユニ
ット及びそれを備えたパルスツールは、本件優先日において周知技術又は技
10 術常識であり(甲2、10、12、25、29から32まで)、これがイン
パクトレンチの周知又は自明の課題の解決手段であることも技術常識であっ
て、本件訂正発明1においても前記課題を解消するという周知の目的で使用
されている。よって、甲3発明に周知技術を適用する動機付けは肯定される。
本件訂正発明1と甲3発明の相違点1は、甲5文献(特開2005-14
15 3248号公報)のアウタロータ型の回転電機の構成を甲3発明のアウタロ
ータ型電動モータに適用して、相違点1の構成を採用することは当業者が容
易に想到し得た事項である。なお、相違点1は、正しくは(相違点1′)本
件訂正発明1の「アウタロータ型電動モータ」の「ロータ」の「筒缶部」は
「内周面」において「ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石」を
20 「保持」しているのに対し、甲3発明の電動モータは、ロータ11の筒缶部
が内周面においてステータ8の外周側に隙間を設けて貼設された磁石を保持
しているか否か不明である点、とより微小な相違点として認定されるべきで
あり、当業者が容易に想到し得た事項である。
以上より、本件審決は、甲3発明の課題及び目的の認定判断や、相違点2
25 の判断を誤り、誤った結論に至ったから、本件訂正発明1及びこれに発明特
定事項を追加した本件訂正発明6に関する本件審決は違法なものとして取り
消されるべきである。
⑵ 被告の主張
本件審決が認定した本件訂正発明1と甲3発明の相違点1については、本
件訂正発明1及び主引例の甲3発明と、副引例(甲17から20まで)各技
5 術は、技術分野を異にするから、組み合わせることの論理付けは成立しない。
また、技術分野及び課題等の観点、示唆・阻害要因の観点から、甲3発明か
ら相違点2の構成に想到するとの論理付けは成立し得ず、阻害要因がある。
2 取消事由3(無効理由3の判断の誤り〔甲1を主引例とする本件各訂正発明
の進歩性欠如〕)
10 ⑴ 原告らの主張
ア 本件審決と異なり、甲1文献には「電動モータを備え高トルクが求めら
れるパワーハンドツールにおいて、電動モータは、それぞれの歯にコイル
を配置するステータと、前記ステータの外周側に隙間を設けて配置された
焼結希土類磁石と、前記焼結希土類磁石を内周面に保持する筒状のロータ
15 とを備える、アウタロータ型電動モータであることを特徴とするパワーハ
ンドツール」という発明が記載されており、これと本件訂正発明1との相
違点1は、(相違点1′)本件訂正発明1は「電動モータの出力部の回転
を、作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部である衝撃発生部に
伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力によりメインシャフトに
20 強力なトルクを発生させる」「電動式衝撃締め付け工具」であるのに対し
て、甲1発明は「パワーハンドツール」であるものの、「電動モータの出
力部の回転を、作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部である衝
撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力によりメイン
シャフトに強力なトルクを発生させる」「電動式衝撃締め付け工具」に特
25 定されていない点、と認められる。
そして、相違点1′の構成を採用することは、パルスツールが、パワー
ハンドツールの下位概念であり、かつ本件優先日当時の周知技術であった
こと、甲1発明の電動モータが高トルクタイプであることは締め付け工具
の用途を示唆していること、本件明細書を精査しても、アウタロータモー
タが、パワーハンドツール及び衝撃締め付け工具のうち、特にパルスツー
5 ルに適している根拠は見出せないことなどから、当業者が容易に想到し得
た事項である。
イ 本件審決のとおりの甲1発明の内容及び相違点1を認定したとしても、
パルスツールは、本件優先日当時、周知技術であったこと、甲1発明には、
電動モータがパワーハンドツール用途に使用されること及び出力が高いト
10 ルクであることが明示され、相違点1の示唆がされていたこと、加えて、
本件明細書には、アウタロータモータが「衝撃締め付け工具」のうち特に
パルスツールに適している根拠は見当たらないことから、甲1発明にパル
スツールである甲2発明を適用し、相違点1の構成に想到することは当業
者が容易にし得た事項である。
15 また、相違点2は、甲1発明では、回転するロータに磁石を保持するた
めの手段が必要であるが、本件優先日当時、エポキシ系接着剤及びアクリ
ル系接着剤が使用されることは、周知技術又は技術常識(甲8、9、70、
71)であった。したがって、相違点2は、実質的な相違点ではないか、
当業者が容易に想到し得た事項であった。
20 ウ 以上より、本件審決は、相違点1の判断を誤り、誤った結論に至ったか
ら、本件訂正発明1及びこれに発明特定事項を追加した本件訂正発明2か
ら6までに関する本件審決は違法なものとして取り消されるべきである。
⑵ 被告の主張
ア 甲1文献は、電動モータを開示するにとどまる。また、本件審決が認定
25 した本件訂正発明1と甲1発明の相違点1について容易想到性を導くには、
甲1発明の電動モータを電動手工具に適用し、電動式衝撃締め付け工具を
選択し、さらに衝撃発生部が油圧式のものを選択する、という複数のステ
ップを要するから、容易の容易として認められない。本件訂正発明1と甲
1発明は、課題において共通点がない上、甲1発明には、電動モータを何
らかの電動手工具に適用することの示唆があるとしても、当業者が、電動
5 式衝撃締め付け工具で油圧式のものを選択したはずであるとの示唆等は存
在しない。
イ 相違点2は実質的な相違点であり、本文第3、2⑵イのとおり、容易想
到ではない。
3 取消事由5(無効理由6の判断の誤り〔甲4を主引例とする本件各訂正発明
10 の進歩性欠如〕)
⑴ 原告らの主張
本件審決が認定した本件訂正発明1と甲4発明の相違点1は、甲4発明に
対し、甲4発明の慣性質量ばねシステムと同じ作用及び機能である、モータ
の連続的な回転によるトルクよりも大きなトルクを発生させることを有する
15 パルスユニットを備え、締め付け工具という甲4発明と同じ技術分野に属す
る甲2発明(オイルパルスユニットを備えた電動式締め付け工具)を適用す
ることで、当業者が容易に想到し得た事項である。また、相違点2の構成を
採用することが容易に想到し得たことは、前記2⑴イに記載のとおりである。
以上より、本件審決は、相違点の判断を誤り、誤った結論に至ったから、
20 本件訂正発明1及びこれに発明特定事項を追加した本件訂正発明2から6ま
でに関する本件審決は違法なものとして取り消されるべきである。
⑵ 被告の主張
本件審決が認定した本件訂正発明1と甲4発明の相違点1について、甲4
発明の課題を解決するための具体的構成を他の手段に置換することは想定で
25 きず、相違点2についても、前記本文第3、2⑵イのとおり、容易想到では
ない。
4 取消事由6(無効理由1〔明確性要件違反〕、無効理由2〔サポート要件違
反〕の判断の誤り)
⑴ 原告らの主張
ア 本件特許の請求項1の「強力なトルク」の用語は、特許請求の範囲及び
5 本件明細書を参照しても、これを明らかにすることができない。また、技
術常識によっても、絶対値としての数値範囲も相対比較のための基準値も
補うことができない。よって、本件訂正発明1及びこれに発明特定事項を
追加した本件訂正発明2から6までについて、特許請求の範囲の記載は不
明確である。
10 イ 本件特許の請求項5、6の「衝撃発生部のライナ上板」の用語は、特許
請求の範囲において特定されていないため、「前記ソケット部に衝撃発生
部のライナ上板の六角部を嵌入して結合されることを特徴とする」がどの
ようなものなのか不明確であり、本件明細書の記載(【0014】【00
26】、図1)を踏まえても「ライナ上板」が「衝撃発生部」の中でどの
15 ような働きをしているのか明らかではなく、「前記ソケット部に衝撃発生
部のライナ上板の六角部を嵌入して結合」することの技術的意味も明らか
でない。よって、本件訂正発明5、6の記載は不明確である。
ウ 本件特許の請求項1の記載は、文言上、「磁石」が「ステータ」に「貼
設された」と解釈すべきであり、本件訂正発明1の「磁石」は「ステータ
20 の外周側に隙間を設けて貼設された」ものであるのに対し、本件明細書の
【0013】では「磁石」は「筒缶部60内面側」すなわち「ロータ」を
構成する「筒缶部」に「貼設され」ているから、本件各訂正発明は本件明
細書記載の発明と一致せず、サポート要件に適合しない。
⑵ 被告の主張
25 ア 本件特許の請求項1の「強力な」、請求項5、6の「ライナ上板」は、
特許請求の範囲、本件明細書の記載、技術常識からいずれも明確である。
イ 本件特許の全構成要件を踏まえると、特許請求の範囲の文言上、磁石が
筒缶部に設けられていることは明らかであるから、本件各訂正発明は、サ
ポート要件に適合する。
以上
(別紙3 特許公報省略)
(別紙4)
本件明細書訂正部分
5 【0035】
この欄に示した内容については以下の参考例1、2においても同様に適
用できる。
【参考例1】
【0036】
10 この参考例1は、この発明の電動式衝撃締め付け工具のうちハンマ式衝
撃機構部8を有する電動式ハンマレンチR1に関するものである。
【参考例2】
【0039】
この参考例2は、この発明の電動式衝撃締め付け工具のうちクラッチ式
15 衝撃発生部9を有する電動式クラッチレンチR2に関するものである。
【0042】
この電動式ハンマレンチR2においても、実施例1と同様にアウタロー
タ型電動モータMを使用しているので、同様に優れた機能を有しているこ
とが明らかである。
20 (その他)
上記実施例1における電動式衝撃締め付け工具は一例であり、アウタロ
ータ型電動モータの出力部の回転を衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部
において発生する衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させ
る形態であれば、この発明の技術的範囲に属するものである。
25 【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】この発明の実施例1の電動式衝撃締め付け工具(電動式インパルス
レンチ)の主要部断面図。
【図2】前記電動式インパルスレンチに組み込まれているアウタロータ型電
動モータの横断面図。
5 【図3】前記電動式インパルスレンチに組み込まれているアウタロータ型電
動モータの縦断面図。
【図4】前記アウタロータ型電動モータの動作原理の説明図。
【図5】前記アウタロータ型電動モータの動作原理の説明図。
【図6】前記アウタロータ型電動モータの動作原理の説明図。
10 【図7】前記アウタロータ型電動モータの動作原理の説明図。
【図8】前記アウタロータ型電動モータの動作原理の説明図。
【図9】油圧パルス発生部の断面図。
【図10】前記電動式インパルスレンチの使用状態における油圧パルス発生
部の図9のA-A断面図であって、一回転の動きを第1~第5段階で示し
15 た断面図。
【図11】前記油圧パルス発生部における第1段階目の拡大断面図。
【図12】前記油圧パルス発生部における第2段階目の拡大断面図。
【図13】メインシャフトの斜視図。
【図14】メインシャフトの斜視図。
20 【図15】他の実施の形態におけるアウタロータ型電動モータのロータの説
明図。
【図16】他の実施の形態におけるアウタロータ型電動モータのロータの説
明図。
【図17】この発明の参考例1の電動式衝撃締め付け工具(ハンマー式打撃
25 機構部を有する電動式のレンチ)の断面図。
【図18】この発明の参考例2の電動式衝撃締め付け工具(クラッチ式打撃
機構部を有する電動式のレンチ)の断面図。
【図19】参考形態の電動レンチの概念図。
【図20】インナロータ型電動モータの横断面図。
【図21】インナロータ型電動モータの縦断面図。
5 【図22】アウタロータ型電動モータの縦断面図。
【図23】他の実施の形態におけるアウタロータ型電動モータの説明図。

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