令和6(ラ)10003閲覧等の制限申立却下決定に対する即時抗告申立事件
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裁判所 |
知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和6年9月5日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
その他
民事訴訟法92条1項2号1回 民事訴訟法92条1項1回 不正競争防止法2条6項1回
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キーワード |
特許権1回 損害賠償1回 抵触1回 侵害1回
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主文 |
1 原決定主文1項(1)及び2項を次のとおり変更する。15
2 基本事件の訴訟記録中、第1回弁論準備手続調書(和解)の別紙和解条項の
1 基本事件原告の地位について
2 抗告人の主張
3 基本事件原告の意見5
1 本件和解条項全部の「営業秘密」該当性について
2 裁判の公開原則との関係について
3 手続費用の負担について
4 よって、原決定のうち、抗告人の閲覧等制限の申立てを一部却下した部分は |
事件の概要 |
原審は、上記②に係る申立てを全部認容する一方、上記①(本件和解条項)
については、その一部(本件和解条項の第2項並びに和解条項別紙「被告シス
テム目録」(4)及び同「被告第1準備書面記載の被告システムの構成」記載の部5
分)に限って申立てを認容し、その余の申立てを却下した。 |
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判決文
令和6年(ラ)第10003号 閲覧等の制限申立却下決定に対する即時抗告申立
事件
(原審・東京地方裁判所令和6年(モ)第84026号、基本事件・同庁令和4年
(ワ)第22160号)
5 決 定
抗告人(原審申立人) 株 式 会 社 カ ケ ハ シ
同代理人弁護士 佐 藤 安 紘
10 同 末 吉 亙
同 南 摩 雄 己
同復代理人弁護士 小 西 絵 美
同補佐人弁理士 大 谷 寛
主 文
15 1 原決定主文1項(1)及び2項を次のとおり変更する。
2 基本事件の訴訟記録中、第1回弁論準備手続調書(和解)の別紙和解条項の
全部(和解条項別紙を含む。)について、閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若
しくは抄本の交付又はその複製の請求をすることができる者を当事者に限る。
理 由
20 第1 事案の要旨
本件の基本事件は、健康サロン株式会社(原告)が抗告人(被告)に対し、
特許権の侵害を理由とする損害賠償を求めたものであるが、いわゆる口外禁止
条項を含む内容の訴訟上の和解が成立し、終局した。そこで、抗告人は、基本
事件の受訴裁判所である東京地方裁判所に対し、①第 1 回弁論準備手続調書(和
25 解)の別紙和解条項(以下「本件和解条項」という。)の全部、②提出済みの準
備書面及び書証の一部につき、民事訴訟法92条1項2号に基づく閲覧等の制
限の申立てをした。
第2 原審の判断及び抗告の提起
原審は、上記②に係る申立てを全部認容する一方、上記①(本件和解条項)
については、その一部(本件和解条項の第2項並びに和解条項別紙「被告シス
5 テム目録」(4)及び同「被告第1準備書面記載の被告システムの構成」記載の部
分)に限って申立てを認容し、その余の申立てを却下した。
これに対し、抗告人が、却下部分を不服として、主文と同旨の裁判を求めて
抗告をした(抗告人は、このほかに手続費用を相手方負担とする裁判も求めて
いるが、この点については後述する。 。
)
10 第3 当事者の主張等
1 基本事件原告の地位について
訴訟記録の閲覧等の制限に関する裁判は、本案事件の一方当事者である申立
人とその他方当事者との間の法律関係を定めるものではなく、当該他方当事者
はその帰趨について利害関係を有するとはいえない。したがって、基本事件原
15 告は、本来、閲覧等制限の申立ての相手方たる地位を有するものではないと解
するのが相当である。民事訴訟法92条4項が申立てを認容する裁判に対し、
基本事件の相手方当事者の即時抗告を認めていないのは、上記の趣旨に基づく
ものと理解される。
もっとも、原審は、基本事件原告を事実上「相手方」として遇し、原決定で
20 も「相手方」として表示していることから、当裁判所は、念のため、基本事件
原告に抗告状の写しを送付し、反論の機会を与えた。その際に基本事件原告か
ら提出された意見を、下記3に参考として掲げておく。
2 抗告人の主張
(1) 本件和解条項の内容は、抗告人の競合他社との間でいかなる条件で和解契
25 約を締結するかを内容とするものであり、抗告人の事業方針や戦略に関わる
ものである。抗告人は、これらの情報について、抗告人の代表取締役及び常
勤監査役並びに抗告人の法務部門に属する者のみがアクセスすることができ
るように制限を付し、これらの者に対して抗告人が定める秘密管理規程に基
づき第三者に開示又は漏洩することを禁止している。また、本件和解条項に
ついて口外禁止条項が設けられている(第8項)。このように、本件和解条項
5 は、抗告人の事業活動に有用な営業上の情報であって、抗告人において秘密
として管理され、非公知の情報であり、このことは十分疎明されている。
そもそも和解条項は、その個々の条項が個別に意味を持つというより、そ
れらの個々の条項が一体不可分に結びついて初めて意味を持つものである。
抗告人は、このような個々の条項が有機的に結びついた有意な総体としての
10 競合他社との和解条項について、口外禁止条項を設けた上で、アクセス制限
を掛けて社内で秘密として管理している。こうした和解条項の性質を考慮し、
本件和解条項の全体について営業秘密該当性を審理・判断すべきである。
(2) 本件和解条項には口外禁止条項が設けられているところ、これは、本件和
解条項が抗告人と抗告人の競合他社との間の和解条件を規定するものであり、
15 抗告人の競合他社にこの和解条件の内容を知られないようにするためのもの
である。このような口外禁止条項が設けられているにもかかわらず、第三者
が本件和解条項の内容を自由に閲覧することができるとすると、このような
口外禁止条項を設けた当事者の合理的な期待が著しく阻害されてしまうこと
になる。抗告人としては、本件和解条項に閲覧等制限の決定がされないので
20 あれば、裁判上の和解に応じることはなかった。実際、原裁判所とは他の裁
判体では、従前、現に、口外禁止条項が設けられ、社内で秘密として管理さ
れている和解条項はそれ全体が営業秘密であると判断されている。
そして、本件では、基本事件原告は口外禁止条項を設けることに同意した
当事者自身であり、閲覧等制限の申立てに反対する正当な利益を有していな
25 いはずである。本件和解条項の全部について閲覧等制限の決定をしたとして
も、基本事件原告は何ら新たに義務を負うものではなく、不利益は生じない。
そもそも、和解は非公開の手続で行われる自主的な紛争解決の結果である
から、本件和解条項の全部に対して閲覧等制限をすることに憲法上の裁判の
公開の原則の要請も妥当せず、知的財産訴訟に要請される重要な法律上の争
点に対する「ルール形成機能」が阻害されることも一切ない。
5 3 基本事件原告の意見
民事訴訟法91条は、憲法82条の裁判の公開原則の趣旨を徹底して定めら
れたものであり、和解条項に口外禁止条項があったとしても、第三者からの記
録の閲覧申請は拒否することができない。一当事者がもともと公開されるべき
訴訟記録につき恣意的にアクセス制限をかけるなどしたとしても、営業秘密性
10 (特に非公知性)を獲得することはあり得ず、本件において、和解条項全部に
つき営業秘密性を有する旨の抗告人の主張は失当である。
第4 当裁判所の判断
1 本件和解条項全部の「営業秘密」該当性について
抗告人は、和解条項は一体不可分に結びついて初めて意味を持つものであり、
15 本件和解条項においてもその全体について営業秘密性を判断すべきであると主
張するので、この点を踏まえつつ、営業秘密が認められるための要件(不正競
争防止法2条6項所定の①秘密管理性、②有用性、③非公知性)の充足の有無
につき、以下順次検討する。
(1) 秘密管理性について
20 一件記録によれば、抗告人は、本件和解条項について、抗告人が定める秘
密管理規程上の「秘」情報と位置づけ、抗告人の代表取締役及び常勤監査役
並びに抗告人の法務部門に属する者のみがアクセスすることができるように
制限を付し、これらの者が第三者に開示又は漏洩することを禁止して、一体
的に管理していることが認められる。
25 本件和解条項の一部につき、これと異なる扱いがされているような事情は
一切うかがわれず、以上によれば、抗告人は、本件和解条項の全部を、一体
不可分の秘密として管理しているものと認められる。
(2) 有用性について
一件記録によれば、抗告人は、本件和解条項を含む特許等紛争の和解条項
については、いかなる相手といかなる条件で和解の合意をするかという事業
5 方針に関わる有用な情報であるとの認識の下、和解条項全体として、上記(1)
のような管理を行っていることが認められる。特に特許訴訟の帰趨は、知財
戦略に大きな影響を及ぼしたり、レピュテーションリスクにつながりかねな
い機微が含まれる場合もあること、そうした影響を考慮しつつ、経営体とし
ての和解に係る最終的な判断をするためには、和解条項全体を通じて検討す
10 る必要があることを考えれば、抗告人の上記認識及び取扱いは首肯できるも
のである。
以上によれば、本件和解条項は、その全体が、事業活動に有用な営業上の
情報に当たるものといえる。
(3) 非公知性について
15 本件和解条項は、いわゆる口外禁止条項を含むものであるところ、本件の
閲覧等制限等の申立ては、和解成立日から約1か月後に申し立てられており、
その間に本件和解条項の閲覧等がされた事実は記録上確認できない。以上の
事実関係の下で、本件和解条項の全部又は一部が基本事件の当事者以外の者
に公然と知られるに至ったとは考えられない。よって、本件和解条項は、そ
20 の全体につき、非公知性の要件を満たすと認められる。
基本事件原告は、和解条項に口外禁止条項があったとしても第三者からの
記録の閲覧申請は拒否することができない以上、非公知性を獲得することは
あり得ないとの意見を述べるが、和解成立後速やかに閲覧等制限の申立てが
され、現に閲覧等が行われた事実も認められない本件において、上記意見は
25 採用できない。
(4) 以上によれば、本件和解条項は、その全体が不可分なものとして、営業秘
密に当たるというべきである。
2 裁判の公開原則との関係について
基本事件原告の意見は、民事訴訟法91条が憲法82条の裁判の公開原則に
由来するものであることを強調しているので、この点に関する当裁判所の考え
5 を示しておく。
まず、憲法82条1項が裁判の公開を求めているのは、裁判の「対審」と「判
決」であるところ、
「対審」とは、民事訴訟における口頭弁論手続及び刑事訴訟
における公判手続を指し、本件和解の手続が行われた弁論準備手続が当然に含
まれるわけではないし、訴訟上の和解が「判決」と異なり、公開の法廷で言い
10 渡すような性質のものでないことはいうまでもない。
そもそも、民事訴訟においては、私的自治の原則の反映として、訴訟物たる
権利関係を当事者に委ねる処分権主義が採用されており、当事者の自律的解決
を尊重することが求められている。本件の基本事件において、基本事件原告と
基本事件被告(抗告人)は、公開の要請が働く判決の手続ではなく、訴訟上の
15 和解という非公開の手続による終局的な解決を選択するとともに、口外禁止条
項を合意し、本件和解条項に係る情報の流出、漏洩を防止しようとしているの
である。それにもかかわらず、民事訴訟法91条1項の手続によって、和解条
項が第三者に閲覧されてしまうとすれば、上記のような和解を決断した当事者
の意図・期待に反する結果となることは明らかである。このような場合に、和
20 解条項の全部につき閲覧等制限決定をすることは、民事訴訟の基本原則である
処分権主義、当事者の自律的解決尊重の要請に沿うものであって、裁判の公開
の原則と何ら抵触するものではない。
3 手続費用の負担について
抗告人は、抗告の趣旨において、
「申立費用及び抗告費用は相手方の負担とす
25 る」旨の裁判を求めている。
しかし、民事訴訟法92条1項の訴訟記録の閲覧等制限の申立ては、本案訴
訟終了後のものを含め、本案訴訟手続に関連する附随手続にすぎず、その費用
は訴訟の全過程の訴訟費用に含まれる(いわゆる訴訟費用不可分の原則) そし
。
て、本件においては、既に本件和解条項において、訴訟費用の負担に関する合
意がされている。
5 よって、抗告人が求める(法的には職権発動を求める趣旨と理解される。)手
続費用の負担の裁判はしない。
4 よって、原決定のうち、抗告人の閲覧等制限の申立てを一部却下した部分は
相当ではなく、本件抗告は理由があるから、原決定のうち本件和解条項に関す
る部分を主文1、2項のとおり変更することとして、主文のとおり決定する。
10 令和6年9月5日
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 宮 坂 昌 利
15 裁判官 本 吉 弘 行
裁判官 岩 井 直 幸
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