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令和6(ラ)10001保全異議申立却下決定に対する保全抗告事件

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裁判所 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和6年10月22日
事件種別 民事
対象物 高純度PTH含有凍結乾燥製剤およびその製造方法
法令 特許権
特許法36条6項1号1回
キーワード 進歩性10回
特許権9回
侵害9回
実施8回
差止5回
主文 1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は、抗告人の負担とする。20
1 原決定を取り消す。
2 大阪地方裁判所令和4年(ヨ)第20011号特許権侵害差止等仮処分命令
3 上記仮処分命令申立事件に係る相手方の仮処分命令申立てを却下する。
4 申立費用は、原審、抗告審ともに相手方の負担とする。
1 大阪地方裁判所令和4年(ヨ)第20011号特許権侵害差止等仮処分命令5
2 前提事実、争点及び争点についての当事者の主張は、後記3のとおり抗告人25
3 当審における抗告人の補充主張
1及び相違点1-2並びに以下の相違点1-3’となる。
1ppm以下」は、労働安全衛生の観点から、医薬品の製造施設内の空気環
4 当審における抗告人の追加主張(自由技術の抗弁)15
5 当審における抗告人の追加主張に対する相手方の反論
2⑴の判断のとおり、乙1発明に基づく本件発明の進歩性欠如の有無(争点2
1 原決定の補正20
126】)。
1.0%以下」、及び「PTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に
0%以下」であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法に適用10
0%以下であり、及びPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に25
2 当審における抗告人の補充主張に対する判断
1Eの基準の上限値は、この数値自体に格別の技術的意義が認められるよ
1-2に係る構成が容易想到である旨主張するが、乙1発明に本件特許の15
3 当審における抗告人の追加主張に対する判断
0%以下」(構成要件1d〔原決定別紙方法目録における分説による。以下、本
4 その他、抗告人が縷々主張する内容を検討しても、当審における上記認定判
5 結論
1 本件発明1の構成要件の分説(原決定3頁)
1A 無菌注射剤の製造施設内における、PTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製
1B PTHペプチド含有溶液調製工程の開始から凍結乾燥手段への搬入工程5
1C PTHペプチド含有溶液と同無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1
1D 同PTHペプチド含有凍結乾燥製剤とは、当該製剤中のPTHペプチド量10
1E 及びPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁
1F PTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法。15
2 本件発明13の構成要件の分説(原決定3~4頁)
13A 前記PTHがヒトPTH(1-34)である、
13B 請求項1乃至12のいずれか1項に記載の方法。
3 原決定の認定した乙1発明の構成(原決定18頁)
4 原決定の認定した本件発明1と乙1発明の相違点(原決定18~19頁)
事件の概要 原決定中の「原決定」、「債権者」、「債務者」は、それぞれ「原々決定」、 「相手方」、「抗告人」に読み替える。)

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判決文

令和6年(ラ)第10001号 保全異議申立却下決定に対する保全抗告事件
(原審・大阪地方裁判所令和5年(モ)第59004号 保全異議申立事件
基本事件・同裁判所令和4年(ヨ)第20011号 特許権侵害差止等仮処分命
令申立事件)
5 決 定
抗 告 人 沢 井 製 薬 株 式 会 社
同代理人弁護士 森 本 純
相 手 方 旭化成ファーマ株式会社
同代理人弁護士 新 保 克 芳
同 小 倉 拓 也
15 同 酒 匂 禎 裕
同代理人弁理士 細 田 芳 徳
同 亀 ヶ 谷 薫 子
主 文
1 本件抗告を棄却する。
20 2 抗告費用は、抗告人の負担とする。
理 由
第1 抗告の趣旨
1 原決定を取り消す。
2 大阪地方裁判所令和4年(ヨ)第20011号特許権侵害差止等仮処分命令
25 申立事件について、同裁判所が令和5年9月4日にした仮処分決定を取り消す。
3 上記仮処分命令申立事件に係る相手方の仮処分命令申立てを却下する。
4 申立費用は、原審、抗告審ともに相手方の負担とする。
第2 事案の概要等(略称等は、特に断らない限り、原決定の表記による。また、
原決定中の「原決定」、「債権者」、「債務者」は、それぞれ「原々決定」、
「相手方」、「抗告人」に読み替える。)
5 1 大阪地方裁判所令和4年(ヨ)第20011号特許権侵害差止等仮処分命令
申立事件(以下「基本事件」という。)は、発明の名称を「高純度PTH含有凍
結乾燥製剤およびその製造方法」とする特許(特許第6025881号。本件
特許。)に係る特許権(本件特許権)を有する相手方(原審債権者)が、抗告人
(原審債務者)が本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び13記載の発明(本
10 件発明1、本件発明13)の技術的範囲に属する方法を使用し、同方法により
製造した原決定別紙物件目録記載の製品(抗告人製品)を販売していることが
本件特許権の侵害に当たると主張し、抗告人に対し、①抗告人製品の製造、販
売等の差止め、②抗告人製品に対する占有を解いてこれを執行官に引き渡すこ
と、③執行官が抗告人製品を保管すること、④抗告人製品に係る健康保険法に
15 基づく薬価基準収載品目削除願を提出することを仮に命ずることを求める仮処
分命令申立てをした事案である。
基本事件について、大阪地方裁判所は、抗告人に対し、原決定別紙方法目録
記載の方法で製造された抗告人製品の製造、販売等の差止め、抗告人製品の占
有を解いて執行官に引き渡すこと、及び執行官が抗告人製品を保管することを
20 命じ、相手方のその余の申立てを却下する内容の仮処分決定(原々決定)をし
た。抗告人は、原々決定を不服として保全異議を申し立てたが(大阪地方裁判
所令和5年(モ)第59004号保全異議申立事件・原審)、原審は、原々決定
を認可する決定(原決定)をした。抗告人は、原決定を不服として本件保全抗
告をした。
25 2 前提事実、争点及び争点についての当事者の主張は、後記3のとおり抗告人
の当審における補充主張を、後記4のとおり抗告人の当審における追加的主張
を、後記5のとおり抗告人の当審における追加的主張に対する相手方の反論を、
それぞれ付加するほか、原決定「理由」第2の2、3及び第3(2頁17行目
から6頁13行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
なお、本件発明1の構成要件の分説、本件発明13の構成要件の分説、原決
5 定の認定した乙1発明の構成、原決定の認定した本件発明1と乙1発明の相違
点(相違点1-1、相違点1-2、相違点1-3)は、再掲すると、別紙のと
おりである。
3 当審における抗告人の補充主張
⑴ 乙1発明に基づく本件発明1及び本件発明13(本件発明)の進歩性欠如
10 の有無(争点2-3、2-5)について
ア 相違点1-3の構成の容易想到性
(ア) 乙1発明の薬液としてPTHペプチド含有溶液を適用して酸化防止
を図ることの容易想到性
乙1発明は、無菌状態で凍結乾燥庫へ移送することが必要な凍結乾燥
15 薬剤を対象とした発明であるところ、PTHペプチド含有凍結乾燥製剤
も、無菌状態で凍結乾燥庫へ移送することが必要な凍結乾燥薬剤である
から、当業者は、乙1発明の薬液としてPTHペプチド含有溶液を適用
することを当然に検討し、これにつき阻害要因となるような事情はない。
PTHペプチドは、周囲空気との接触により酸化されやすい化合物で
20 あり、酸化すると生物活性が著しく減少するところ、酸化されやすい医
薬品の製造では、製造工程全体(原薬-剤形-工程-包装)を通じて、
周囲空気との接触抑制を図る必要があること、その具体的な手段として、
周囲空気との接触抑制のために不活性ガス(窒素ガス等)を導入するこ
とは、本件特許の優先日前の技術常識であり、現に、これは、医薬品の
25 有効成分の種類如何にかかわらず、広く採用されてきた一般的な手法で
ある(技術水準)。
乙1発明は、薬液を充填したバイアル全体を窒素で覆い、周囲空気と
の接触を抑制する客観的な構成を備えたものであるから、乙1発明の薬
液としてPTHペプチド含有溶液を適用して、乙1発明の薬液と周囲空
気との接触抑制の構成を、無菌性維持に加えて、周囲空気との反応抑制
5 (酸化防止)のために採用することの動機付けは、これらの技術常識及
び技術水準に基づき、十分に認められるものである。
そして、乙1公報には、課題の一つとして、周囲空気との接触による
薬液の反応を抑制することが示されているのであるから、乙1発明に接
した当業者は、乙1発明の溶液として、周囲空気との接触により反応し
10 やすい薬液を適用して、乙1発明の薬液と周囲空気との接触抑制の構成
を、無菌性維持に加えて、周囲空気との反応抑制のために採用すること
の動機付けがある。
したがって、乙1発明に接した当業者において、乙1発明の薬液とし
てPTHペプチド含有溶液を適用して、乙1発明の薬液と周囲空気との
15 接触抑制の構成を、無菌性維持に加えて、周囲空気との反応抑制(酸化
防止)のために採用し、搬入工程において周囲空気との接触を抑制する
ことは、前記技術常識・技術水準に加え、乙1公報の記載の示唆により、
当業者において容易に想到し得たものである。
(イ) オゾンとの接触抑制について
20 本件発明は、オゾンに特有の課題解決手段、構成、作用や効果を開示
するものではなく、本件発明の本質的部分は、空気環境との接触抑制に
より、酸化能を有する気体性物質との接触抑制を図るものでしかない。
酸化原因物質の一つとしてオゾンを特定したことは、新たな課題解決手
段、構成、作用や効果を示すものではないから、これ自体は「発明」で
25 はない。
乙1発明の薬液としてPTHペプチド含有溶液を適用して、周囲空気
との接触抑制により薬液の酸化抑制を実現する構成が想到されれば、こ
れにより、本件発明の課題解決手段、構成、作用及び効果は実現してい
る。原因物質の一つがオゾンであるとの特定がなされるか否かにかかわ
らず、本件発明と乙1発明とは、薬液と周囲空気との接触を抑制すると
5 いう客観的な構成が同一であり、薬液と周囲空気との接触を抑制するこ
とにより薬液の酸化を防止するという作用及びこれに基づき奏される効
果も同一である。
薬液と周囲空気との接触の抑制がなされれば、薬液とオゾンとの接触
の抑制は必然的に内在して実現されているのであって、さらに、
「オゾン
10 との接触を抑制すること」について特段の動機付けを要求するのは誤り
である。また、既に必然的に内在して実現している構成について、当該
構成に至るための別個の動機付けなど観念し得ない。
したがって、本件では、乙1発明にPTHペプチド含有溶液を適用し
て、周囲空気との接触抑制により薬液の酸化抑制を実現する構成が容易
15 に想到されれば、相違点1-3の構成の容易想到性の論証として十分で
ある。
仮に、乙1発明をPTHペプチド凍結乾燥製剤の製造に適用する当業
者において、乙1発明をオゾンとの接触抑制とするための何らかの動機
付けが必要とされるとしても、①PTHペプチドが酸化されやすい物質
20 であること、②大気中にオゾンが含まれていて、オゾンは酸化力が強い
こと(酸化原因物質となること)、③PTHペプチドは、8位及び18位
にメチオニン残基を有し、23位にトリプトファン残基を有するところ、
PTHペプチドが、これらのメチオニン残基及びトリプトファン残基に
おいて酸化が生じやすいこと、④メチオニン残基及び/またはトリプト
25 ファン残基を含む様々なペプチドに共通する性質として、メチオニン残
基及びトリプトファン残基が空気中に含まれるオゾンとの接触によって
酸化されやすいことが、本件特許の優先日前に技術常識となっていた。
それ故、乙1発明に接した当業者において、乙1発明をPTHペプチ
ド凍結乾燥製剤の製造に適用して、薬液とオゾンとの接触抑制のための
構成とすることは、本件特許の優先日前に容易に想到し得たことでしか
5 ない。
イ 相違点1-1の構成の容易想到性
(ア) 本件明細書では、本件発明1の課題が「PTH類縁物質の含量が許容
できるまで低いレベルであるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を提供
すること」(段落【0009】)である旨記載されていることから、構成
10 要件1D及び1Eの基準は、この「PTH類縁物質の含量が許容できる
まで低いレベル」を意味するものとして定められたものと解するのが相
当である。
しかし、そもそも「PTH類縁物質の含量が許容できるまで低いレベ
ル」なる基準自体が曖昧であり、構成要件1D及び1Eが定める上限値
15 は、
「PTH類縁物質の含量が許容できるまで低いレベル」を示す一つの
数値でしかない。
また、本件明細書には、これらの上限値が臨界的意義を有することを
示すような試験結果は一切記載されていない。
したがって、構成要件1D及び1Eの基準の上限値は、当該数値に特
20 有の技術的意義を有するようなものではない。
(イ) 本件発明1は、類縁物質の量が構成要件1D及び1Eが定める基準内
のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を製造するための具体的な方法を
何ら定めておらず、クレームに記載の構成の工程を採用すれば、必ず、
類縁物質の量をこれらの構成要件が定める基準内に抑えることができ
25 るという発明ではない。
また、類縁物質の量が構成要件1D及び1Eが定める基準内のPTH
ペプチド含有凍結乾燥製剤は、単に、当該方法により製造しようとする
「物」を特定する記載でしかない。
この意味においても、本件発明1の構成要件1D及び1Eの基準の上
限値は、この数値自体に格別の技術的意義が認められるようなものでは
5 ない。
(ウ) PTHペプチド含有凍結乾燥製剤は、本件特許の優先日前から販売さ
れていたものであるが 「テリパラチド酢酸塩静注用100『旭化成』、
( 」
乙33)、上記の先行販売製品が許容できないレベルの類縁物質を含ん
でいたとは考え難い。実際、相手方が販売しているテリボンが「皮下注
10 用」であるのに対し、上記先行販売製品は「静注用」であり、無菌の注
射用水に溶解した後にヒトの静脈内に直接注入されるものであるから、
上記先行販売製品において、既に、少なくとも「皮下注用」と同じレベ
ルか、あるいは、それ以下に類縁物質の含有量をコントロールすること
が求められていたことは容易に理解されるところである。
15 それ故、本件発明1は、その構成によってはじめて「PTH類縁物質
の含量が許容できるまで低いレベル」のPTHペプチド含有凍結乾燥製
剤を提供することが可能になったというものではなく、この意味でも、
本件発明1の構成要件1D及び1Eの基準の上限値は、この数値自体に
格別の技術的意義が認められるようなものではない。
20 (エ) その上、本件発明1の構成要件1D及び1Eの基準は、合成ペプチド
の原薬の純度について定めたEP7.0(ヨーロッパ薬局方、乙21)
に照らし、ペプチド製剤の純度として格別に高いものではなく、その閾
値自体に特別な技術的意義が認められるようなものではない。実際、構
成要件1D及び1Eの数値条件を満たすPTHペプチドは、再公表特許
25 公報WO02―002136(乙23)でも、構成例が示されていると
ころである。
(オ) したがって、乙1発明をPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造のた
めに適用しようとする当業者において、製造しようとする製剤の類縁物
質の含有量の基準を、構成要件1D及び1Eのとおりと定めることは、
格別困難なものではなく、本件発明1の相違点1-1に係る構成は、本
5 件特許の優先日前において、当業者が容易に想到し得たものでしかない。
ウ 相違点1-2の構成の容易想到性
無菌操作法による無菌製剤の製造では、「無菌操作法により製造される
無菌製剤に関するガイドライン」
(乙30)及び「無菌操作法による無菌医
薬品の製造に関する指針」
(乙5)に基づき、空気環境(周囲空気)との接
10 触を通して浮遊微粒子や微生物により薬液が汚染されることを防止する
ために、充填から凍結乾燥機への搬入へ至る工程において、グレードAの
環境を構築・維持することが求められている。
乙1発明は、凍結乾燥手段への搬入工程における、バイアルに接触する
空気環境(周囲空気)について、グレードAの環境を構築する手段と理解
15 されるものであるから、相違点1-2は、本件発明1との実質的な相違点
となるようなものではなく、また、仮に、乙1公報の記載文言に即して形
式的に相違点と認定されたとしても、これは、当業者が容易に理解・想到
する構成でしかない。
エ 顕著な効果
20 本件発明も乙1発明も、薬液と空気環境との接触を抑制する構成を備え
ており、これにより薬液の酸化を防止する作用も同一である。しかも、周
囲空気との接触を抑制することによって酸化を防止することができるこ
とは本件特許の優先日前の技術常識ないし周知技術でしかない。
したがって、本件発明の効果は、乙1発明の効果や技術常識ないし周知
25 技術から想定される効果を基礎として、当業者が予測することができた範
囲を超えるようなものではなく、およそ顕著な効果と認められるようなも
のではない。
オ あるべき乙1発明の認定に基づく進歩性欠如
(ア) 乙1公報には、単に「薬液を無菌状態で移送すること」だけを目的とし
た発明ではなく、薬液の搬送では周囲空気との接触により薬剤と周囲空
5 気との間で反応が生じて薬剤の品質が低下することから、薬液が周囲空
気との接触をも抑制すること、酸化されやすい薬液については酸化を防
止することをも目的とした発明が開示されている。
すなわち、乙1公報には以下の発明が開示されているものと認定すべ
きである(以下、抗告人が乙1公報に開示されていると主張する発明を
10 「乙1’発明」という。 。

〔乙1’発明〕
無菌状態で薬液を充填した非密封薬剤容器を充填装置から凍結乾燥機
まで自動的に移送する工程に関し、薬液が周囲空気及びそこに含まれる
粒子、微生物にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止す
15 るため、及び薬液が周囲空気との接触により反応すること、酸化されや
すい薬液については、薬液が周囲空気との接触により酸化することを防
止するため、
a)
「滅菌不活性保護ガス」として、粒子フィルタによる濾過によって滅
菌した窒素を移動可能なチャンバ内に導入する段階と、
20 b)このチャンバを充填装置内に挿入する段階と、
c)チャンバ内に薬剤容器を導入してからチャンバを閉じる段階と、
d)チャンバを凍結乾燥機まで移動させる段階
とからなり、窒素を、段階b)~d)において、非密封薬剤容器を覆うよう
に絶えず均等に分布させるように一定の流量で導入することによって、
25 薬液が周囲空気と接触することを抑制し、
凍結乾燥機まで移送した後、非密封薬剤容器をチャンバから凍結乾燥
機に取り出す工程において、薬液と空気環境との接触抑制を維持する方

(イ) 本件発明1と乙1’発明との相違点は、原決定が認定した相違点1-
1及び相違点1-2並びに以下の相違点1-3’となる。
5 <相違点1-3’>
本件発明1では、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空
気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴
とする方法である旨定められているのに対し、乙1発明は、薬液が周囲
空気との接触により反応すること、酸化されやすい薬液については、薬
10 液が周囲空気との接触により酸化することを防止する発明であるが、無
菌薬剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を
抑制することを特徴とする方法である旨明記されていない点
(ウ) 本件発明1における相違点1-3’の構成の容易想到性は、前記アで
述べたことがそのまま妥当し、また、相違点1-1及び相違点1-2の
15 構成の容易想到性は、前記イ及びウで述べたことがそのまま妥当する。
したがって、本件発明は進歩性が欠如した発明である。
⑵ 乙2発明に基づく本件発明の進歩性欠如の有無(争点2-4、2-6)に
ついて
乙2公報に開示された「PTHペプチド含有溶液が充填されたバイアルを
20 載せたトレイを、窒素でパージされた凍結乾燥器に入れる構成」が、それ単
独ではPTHペプチド含有溶液の酸化を十分に抑制することができないとし
ても、乙2公報の製造方法を実施する当業者は、
「製造工程において周囲空気
との接触を抑制して、PTHペプチド溶液の酸化を防止する」という周知の
課題のもと、乙2発明の上記構成に付加して、周知技術(窒素ガスを導入し
25 て、溶液と周囲空気との接触を抑制する技術)、あるいは、乙1発明の搬送工
程を適用することにより、PTHペプチド含有溶液と周囲空気との接触抑制
を図り、PTHペプチド含有溶液の酸化を抑制する構成とすることを検討す
るから、本件発明は進歩性が欠如した発明である。
⑶ 明確性要件違反の有無(争点2-1)について
本件発明の特許請求の範囲の記載のうち、構成要件1D及び1Eは、本件
5 発明の課題を数値範囲で記載して達成すべき結果を示したものでしかない。
また、PTHペプチド含有凍結乾燥製剤は無菌注射剤であり(構成要件1
A)、搬入工程をグレードAの環境を有する工程とすることは、「無菌操作法
による無菌医薬品の製造に関する指針」
(乙5の53頁1行目以下)で定めら
れていて、無菌注射剤の製造に当たり当業者が当然に遵守する事項でしかな
10 い(構成要件1B)。無菌注射剤製造施設内空気に含まれるオゾン濃度「0.
1ppm以下」は、労働安全衛生の観点から、医薬品の製造施設内の空気環
境において当然満たすべき事項とされているものでしかなく(乙15の73
頁左欄1行目以下) これも、
、 当業者が医薬品の製造において当然に遵守する
事項でしかない。
15 それ故、本件発明の特許請求の範囲の記載のうち、課題解決手段を示す記
載となり得るのは、わずかに、凍結乾燥手段への搬入工程において、PTH
ペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を
抑制することを特徴とする方法のみであるが、課題解決手段を示す記載が、
極めて抽象的な広すぎるクレームの記載となっている。単に、何らかの方法
20 によりオゾンとの接触抑制を実現すれば足りると解釈されるクレームの記載
では、具体的に、何がオゾンとの接触抑制に働いているといえ、侵害が成立
することとなるのかが不明確な構成まで権利範囲に含むことになり、オゾン
との接触抑制とされる手段の外延が不明確である。
しかも、本件発明では、薬液と空気環境との接触を抑制する方法が公知で
25 あるのか、いかなる方法であれば本件特許権に対する侵害が成立することに
なるのかが不明である。
以上によれば、本件発明のクレームは、第三者に不測の不利益を及ぼすも
のであり、本件特許の特許請求の範囲の記載「PTHペプチド含有溶液と同
無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を
抑制することを特徴とする方法であって、」は明確性要件に適合しない。
5 ⑷ サポート要件違反の有無(争点2-2)について
本件明細書に記載された試験例2はオゾン以外に酸化原因となるものに
ついて条件設定が全く記載されていない。その上、本件明細書には、酸化原
因を検証するための対照実験(例えば、オゾンを含有せず、オゾン以外の酸
化原因物質が存在する空気環境下での試験)の結果が示されておらず、この
10 ような対照実験の結果なくして、実施例及び比較例における酸化原因をオゾ
ンと特定することは困難である。また、本件明細書の試験では、類縁物質が
オゾン以外の酸化原因物質では生じないことが証明されていない。
このため、本件明細書に記載された比較例1と試験例2とで同一の類縁物
質が生成したことが確認されたとしても、実施例と比較例で生成された類縁
15 物質がオゾンにより生じたものであること、及び、実施例について薬液とオ
ゾンとの接触を抑制することにより類縁物質の生成が抑制されたことは、実
証されていない。
したがって、当業者は、本件明細書に記載された試験結果からでは、薬液
とオゾンとの接触を抑制することによって、所期する高純度のPTHペプチ
20 ド含有凍結乾燥製剤が得られたと理解することができないから、本件特許の
特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合しない。
⑸ 本件発明の技術的範囲への属否(争点1)について
本件発明は、高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法につい
ての発明であり、搬入工程を含むグレードAの環境を有する工程において、
25 PTHペプチド含有溶液と無茵注射剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの
接触を抑制することを特徴とする方法とされるものであるが、「PTHペプ
チド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制
する」というのは、本件発明の目的をそのまま抽象的に記載したものでしか
なく、クレーム上、その具体的な構成が全く特定されていない。
このような広すぎる抽象的なクレームにあっては、本件明細書に記載され
5 た具体的な実施例の構成に限定解釈がなされるのが相当である。具体的には、
「予め凍結乾燥庫内の空気を窒素に置換することによって(これに副扉等の
構成が付加されているものも含む。 、無菌ろ過済みPTHペプチド含有水溶

液を充填した半開栓バイアルを凍結乾燥庫に搬入する工程において、PTH
ペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下
10 のオゾンとの接触を抑制する方法」に限定解釈されるのが相当である。
これに対し、抗告人の製造方法は、無菌ろ過済みPTHペプチド含有水溶
液を充填した半開栓バイアルを凍結乾燥庫に搬入する工程において、窒素を
使用していないから、抗告人の製造方法は、本件発明の構成要件1Cを充足
しておらず、本件発明の技術的範囲に属するものではない。
15 4 当審における抗告人の追加主張(自由技術の抗弁)
仮に、抗告人方法が本件発明の技術的範囲に属するとの認定が成り立ったと
しても、以下のとおり、抗告人方法は公知技術を実施するものでしかなく、自
由技術の抗弁により、本件特許権に対する侵害は成立しない。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
20 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
25 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
5 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
10 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
15 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
5 当審における抗告人の追加主張に対する相手方の反論
20 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●そもそも自由技術の抗弁を特許権侵害訴訟において今なお認める
25 必要があるかは疑問であるが、仮にその点を措くとしても、●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
5 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
第3 当裁判所の判断
10 当裁判所も、基本事件における相手方の申立ては、原々決定が認容した限度
で認容するのが相当であると判断する。その理由は、後記1のとおり補正し、
後記2のとおり当審における抗告人の補充主張に対する判断を、後記3のとお
り当審における抗告人の追加主張に対する判断を、それぞれ付加するほか、原
決定「理由」第4の1から7まで(6頁18行目から33頁7行目まで)に記
15 載のとおりであるから、これを引用する。当裁判所は、後記1の補正及び後記
2⑴の判断のとおり、乙1発明に基づく本件発明の進歩性欠如の有無(争点2
-3、2-5)について、原決定とは異なり、当業者が、相違点1-1に係る
本件発明1の構成を容易に想到するとは認められないことから、本件発明の進
歩性が欠如するとは認められないと判断するものである。
20 1 原決定の補正
⑴ 原決定16頁21行目から18頁1行目まで(原決定「理由」第4の4⑵
ア)を削る。
⑵ 原決定18頁2行目(原決定「理由」第4の4⑵イの一部)を「上記⑴の
とおりである乙1発明に係る特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の
25 記載によれば、乙1公報には以下の発明が記載されていると認められる。 に

改める。
⑶ 原決定19頁6行目から21頁12行目まで(原決定「理由」第4の4⑷)
を次のとおり改める。
「⑷ 容易想到性について
事案に鑑み、相違点1-1について検討する。
5 ア 容易想到性を検討する前提として、相違点1-1に係る本件発明1
の構成の内容及び技術的意義について検討する。
原決定「理由」第4の2⑴のとおり、PTHペプチドを含有する製
剤を骨粗鬆症の治療・予防のために投与する場合、その投与期間が長
期にわたることもあり得るから、PTHペプチドを含有する製剤は特
10 に高純度であることが必要とされる(段落【0007】)という課題が
あったところ、本件発明の発明者らは、典型的製造過程によりPTH
ペプチド含有凍結乾燥製剤を工業的に製造しようとすると、当該有効
成分(PTHペプチド)の化学構造が変化した物質(PTH類縁物質)
を含んだ製剤が製造されてしまうことを知見し、特に製造スケールが
15 大きくなると、生産数量の増加に伴ってPTH類縁物質の生成量が実
質的に許容できない程度までに増加することが危惧されるという問題
に直面し(段落【0008】 、特に搬入工程において、PTHペプチ

ド含有溶液等が医薬品製造施設内の空気環境に含まれるオゾンに暴露
されることを抑制することにより、PTH類縁物質の生成が顕著に防
20 止・低減されることを見出した(段落【0010】~【0012】【0

126】 。

すなわち、本件発明は、PTHペプチド含有溶液調整工程の開始か
ら凍結乾燥手段への搬入工程終了の間の工程のうち、少なくとも搬入
工程を含む工程で、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内
25 空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを
解決手段として、PTH類縁物質の含量が低い高純度のPTHペプチ
ド含有凍結乾燥製剤を得るとの課題を解決するものである。そして、
本件発明は、PTH類縁物質の含量を、構成要件1D及び1Eで特定
される低いレベルとすることを実現するものとされている。
そうすると、相違点1-3に係る本件発明1の構成である「PTH
5 ペプチド含有溶液と同無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1p
pm以下のオゾンとの接触を抑制すること」
(構成要件1C)は、相違
点1-1に係る本件発明1の構成である「当該製剤中のPTHペプチ
ド量と全PTH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質量も
1.0%以下」、及び「PTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に
10 対する全PTH類縁物質量が5.0%以下」(構成要件1D及び1E)
というPTH類縁物質量の基準割合の条件を達成するための手段であ
るということができる。
イ 乙1公報の発明の詳細な説明には、
「さらに、容器2およびその中味
は必ず薬用でなければならないというわけではない。衛生的あるいは
15 非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする液体状あるいは固体
状の化学物質を充填した他のタイプの容器も本発明の方法によって処
理できる。」との記載がある。このうち「さらに、容器2およびその中
味は必ず薬用でなければならないというわけではない。 という第1文

は、その記載に基づいて、容器2及びその中味について、薬用でもよ
20 いが、薬用であることが必須であるわけではなく、薬用以外でもよい
という意味と解され、薬用とそうでない場合の双方を含むものと解さ
れる。そのため、これに引き続く第2文の「衛生的あるいは非酸化性
の移送あるいは保管の状態を必要とする液体状あるいは固体状の化学
物質」についても、薬用とそうでない場合の双方を含むものと解され、
25 第1文によって、第2文にいう上記「化学物質」から薬用の物質が排
除されており、薬用以外の化学物質のみが含まれると解すべき根拠は
認められない。そうすると、乙1発明が、薬用の化学物質についての
非酸化性の移送を排除しているとは認められない。
しかしながら、乙1公報の発明の詳細な説明には、PTHペプチド
含有製剤の製造については何も記載されておらず、PTH類縁物質の
5 含量が低い高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を得るとの課題
も開示されていないから、乙1発明に接した当業者が、乙1発明を、
「当該製剤中のPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対する
いずれのPTH類縁物質量も1.0%以下であり、及びPTHペプチ
ド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁物質量が5.
10 0%以下」であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法に適用
することを想起するとは認められない。
抗告人は、PTHが酸化しやすい物質であることは本件特許の優先
日前の技術常識であり、当業者は、PTHペプチドを有効成分とする
凍結乾燥注射剤を製造するに当たり、製剤開発に関するガイドライン」

15 (乙20)に基づき、酸化を防止して、高純度の医薬品を製造するこ
とができるよう製造工程を確立することを検討するから、乙1発明を
PTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造のために使用することを当然
検討すると主張する。
しかし、乙1に、抗告人の主張する上記技術常識を組み合わせ、更
20 に乙20の文献の記載を組み合わせたとしても、当業者が、典型的製
造過程によりPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を工業的に製造しよう
とするとPTH類縁物質を含んだ製剤が製造されてしまうという課題
を認識するとはいえず、乙1発明を「当該製剤中のPTHペプチド量
と全PTH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質量も1.
25 0%以下であり、及びPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に
対する全PTH類縁物質量が5.0%以下」の無菌注射剤であるPT
Hペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法に適用することを想起すると
も認められない。
その他、抗告人が主張する事情を考慮しても、乙1発明に本件特許
の優先日前の技術常識を組み合わせることによって、当業者が、相違
5 点1-1に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたとは
認められない。」
⑷ 原決定21頁26行目から24頁9行目まで(原決定「理由」第4の4⑺)
を削る。
2 当審における抗告人の補充主張に対する判断
10 ⑴ア 抗告人は、前記第2の3⑴イのとおり、本件発明1の構成要件1D及び
1Eの基準の上限値は、この数値自体に格別の技術的意義が認められるよ
うなものではないから、乙1発明をPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製
造のために適用しようとする当業者において、製造しようとする製剤のP
TH類縁物質の含有量の基準を、構成要件1D及び1Eのとおりと定める
15 ことは格別困難なものではなく、本件発明1の相違点1-1に係る構成は、
本件特許の優先日前において、当業者が容易に想到し得たものでしかない
と主張する。
しかし、前記1⑶による補正後の原決定「理由」第4の4⑷のとおり、
本件発明は、PTHペプチド含有溶液調整工程の開始から凍結乾燥手段へ
20 の搬入工程終了の間の工程のうち、少なくとも搬入工程を含む工程で、P
THペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1pp
m以下のオゾンとの接触を抑制することを解決手段として、PTH類縁物
質の含量が低い高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を得るとの課
題を解決するものであり、かつ、PTH類縁物質の含量を構成要件1D及
25 び1Eで特定される程度に少なくするものである。
これに対し、乙1公報には、PTHペプチド含有製剤の製造については
何も記載されておらず、PTH類縁物質の含量が低い高純度のPTHペプ
チド含有凍結乾燥製剤を得るとの課題も開示されていないのであって、こ
の課題を解決するための上記解決手段を実現する動機付けを見出すこと
もできない。
5 そうすると、そもそも、乙1発明に接した当業者が、PTH類縁物質の
含量が低い高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を得るとの課題を
解決するために、乙1発明を、PTH類縁物質量の割合が一定以下である
高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法に適用することを
想起するとは認められないから、当業者において、乙1発明をPTHペプ
10 チド含有凍結乾燥製剤の製造のために適用し、かつ製造しようとする製剤
のPTH類縁物質の含有量の基準を構成要件1D及び1Eのとおりと定
めることを容易に想到すると認めることもできない。
したがって、抗告人の上記主張は採用することができない。
イ 抗告人は、前記第2の3⑴エのとおり、本件発明に顕著な効果は認めら
15 れないと主張する。
しかし、前記1⑶による補正後の原決定「理由」第4の4⑷のとおり、
乙1発明に本件特許の優先日前の技術常識を組み合わせることによって、
当業者が、相違点1-1に係る本件発明1の構成を容易に想到することが
できたとは認められないから、本件発明に顕著な効果があると認められる
20 か否かを検討するまでもなく、本件発明は、乙1発明に技術常識を適用す
ることによって、当業者が容易に想到し得たとは認められない。
したがって、抗告人の上記主張は採用することができない。
ウ 抗告人は、前記第2の3⑴オのとおり、乙1公報に記載された発明の内
容は同(ア)に記載の乙1’発明のとおり認定すべきであり、これを前提とす
25 ると、本件発明は乙1公報に記載された発明に基づく進歩性を欠くと主張
する。
しかし、乙1発明が、薬用の化学物質についての非酸化性の移送を排除
していない内容の発明であるとしても、乙1公報の記載の内容からすれば、
酸化されやすい薬液について酸化を防止することを常に実行する内容の
発明であるとは認められず、原決定の乙1発明の認定に誤りがあるとは解
5 されない。
また、抗告人の主張する乙1’発明を前提としても、これと本件発明1
との間の相違点として相違点1-1があると認められるから、前記のとお
り乙1発明に本件特許の優先日前の技術常識を組み合わせることによっ
て、当業者が相違点1-1に係る本件発明1の構成を容易に想到すること
10 ができたとは認められない以上、本件発明1は、乙1発明に技術常識を適
用することによって、当業者が容易に想到し得たとは認められないとの結
論は変わらない。
したがって、抗告人の上記主張は採用することができない。
エ 抗告人は、前記第2の3⑴ア及びウのとおり、相違点1-3及び相違点
15 1-2に係る構成が容易想到である旨主張するが、乙1発明に本件特許の
優先日前の技術常識を組み合わせることによって、当業者が相違点1-1
に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたとは認められな
い以上、相違点1-3及び1-2に関する上記主張について判断するまで
もなく、乙1発明に基づき本件発明1が進歩性を欠くとは認められない。
20 ⑵ 抗告人は、前記第2の3⑵のとおり、当業者は、乙2公報に開示された「P
THペプチド含有溶液が充填されたバイアルを載せたトレイを、窒素でパー
ジされた凍結乾燥器に入れる構成」に付加して、周知技術(窒素ガスを導入
して、溶液と周囲空気との接触を抑制する技術)、あるいは、乙1発明の搬送
工程を適用することにより、PTHペプチド含有溶液と周囲空気との接触抑
25 制を図り、PTHペプチド含有溶液の酸化を抑制する構成とすることを検討
するから、本件発明は進歩性が欠如した発明であると主張する。
しかし、乙2公報に、薬液が周囲空気と接触することを抑制し、薬液の酸
化を防止する構成が開示されていると認められないことは、原決定「理由」
第4の5⑷及び⑺の説示のとおりであり、このような乙2公報に記載された
乙2発明を主引用例として、これに乙1発明を副引用例として適用し、ある
5 いは技術常識と組み合わせたとしても、当業者が、PTHペプチド含有溶液
と周囲空気との接触抑制を図り、PTHペプチド含有溶液の酸化を抑制する
構成とすることを検討するとは認められない。
したがって、抗告人の上記主張は採用することができない。
⑶ 抗告人は、前記第2の3⑶のとおり、本件発明のクレームは第三者に不測
10 の不利益を及ぼすものであって、明確性要件に違反すると主張する。
しかし、本件発明は、少なくとも搬入工程を含む1以上のグレードAの環
境を有する工程で、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に
含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを解決手段とし
て、PTH類縁物質の含量が低い高純度のPTH含有凍結乾燥製剤を得ると
15 いう課題を解決するものであり、相違点1-3に係る本件発明の構成である
「PTHペプチド含有溶液と同無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1
ppm以下のオゾンとの接触を抑制すること」
(構成要件1C)は、相違点1
-1に係る本件発明1の構成である「当該製剤中のPTHペプチド量と全P
TH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質量も1.0%以下」 及

20 び「PTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁物質
量が5.0%以下」
(構成要件1D及び1E)というPTH類縁物質量の基準
割合の条件を達成するための手段である(原決定「理由」第4の2、前記1
⑶で補正した原決定「理由」第4の4⑷)。
このように、本件発明1の構成要件1Cは、同構成要件に記載されたよう
25 なPTHペプチド含有溶液とオゾンとの接触抑制を図ることにより、構成要
件1D及び1Eの基準を同時に満たす程度に純度の高い(PTH類縁物質の
含量の少ない)PTH含有凍結乾燥製剤を製造することを目的とするもので
あり、当業者は、本件発明の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載か
らこれらのことを理解することができるといえるから、本件発明の特許請求
の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえ
5 ない。
無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触
を抑制する方法が限定されていないとしても、そのことによって本件発明が
第三者に不利益を及ぼす程度に不明確であると解されることにはならない。
したがって、抗告人の上記主張は採用することができない。
10 ⑷ 抗告人は、前記第2の3⑷のとおり、当業者は、本件明細書に記載された
試験結果からでは、薬液とオゾンとの接触を抑制することによって、所期す
る高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤が得られたとは理解することが
できず、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項1号に定め
るサポート要件に適合しないと主張する。
15 しかし、抗告人は原審においても同旨の主張をしていたところ、本件明細
書の試験例2は、医薬品製造施設内の空気環境下で誘発される類縁物質の生
成がオゾンに起因することを明らかにしたものであり、当業者は、本件発明
が本件明細書に記載された発明であって、高純度のPTH含有凍結乾燥製剤
の製造方法を提供するという本件発明の課題を解決できると認識できる範囲
20 のものであるといえることは、原決定「理由」第4の3の説示のとおりであ
る。
したがって、抗告人の上記主張は採用することができない。
⑸ 抗告人は、前記第2の3⑸のとおり、本件発明の構成要件1Cは、広すぎ
る抽象的なクレームであって、このような広すぎる抽象的なクレームにあっ
25 ては、本件明細書に記載された具体的な実施例の構成に限定解釈がなされる
のが相当であり、このような限定解釈を前提とすると、抗告人の製造方法は
本件発明の構成要件1Cを充足しないと主張する。
しかし、抗告人は原審においても同旨の主張をしていたところ、本件発明
の構成要件1Cについて抗告人の主張するような限定解釈をすべき根拠は認
められないから(原決定「理由」第4の1⑵イ、⑷)、抗告人の上記主張は採
5 用することができない。
3 当審における抗告人の追加主張に対する判断
抗告人は、前記第2の4のとおり、抗告人方法が本件発明の技術的範囲に属
するとしても、抗告人方法は公知技術を実施するものでしかなく、自由技術の
抗弁により、本件特許権に対する侵害は成立しないと主張する。
10 しかし、抗告人方法は原決定別紙方法目録に記載のとおりであり(原決定「理
由」第4の1⑴)、本件発明の技術的範囲に属すると認められるものである(同
⑵、⑶)。これらの認定判断によれば、抗告人方法は、「製剤中のテリパラチド
酢酸塩量と全PTH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質の量も1.
0%以下」
(構成要件1d〔原決定別紙方法目録における分説による。以下、本
15 項に記載した構成要件について同じ。 ) 「テリパラチド酢酸塩量と全PTH類
〕、
縁物質量の和に対する全PTH類縁物質量が5.0%以下」
(構成要件1e)と
いう低い条件を同時に満たす程度にPTH類縁物質の生成を抑えるとの目的を
達成するため、
「グレードAの環境を有する無菌製造施設内における、テリパラ
チド酢酸塩含有溶液の凍結乾燥手段への搬入工程において、 (構成要件1b)
」 、
20 テリパラチド酢酸塩含有溶液と無菌製造施設内空気に含まれる0.1ppm以
下のオゾンとの接触を抑制する(構成要件1c)との手段を用いているもので
あるということができる。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
25 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
したがって、自由技術の抗弁に関する抗告人の上記主張は採用することがで
きない。
4 その他、抗告人が縷々主張する内容を検討しても、当審における上記認定判
5 断(原決定引用部分を含む。)は左右されない。
5 結論
以上によれば、基本事件における相手方の申立ては、原々決定が認容した限
度で認容し、その余を却下するのが相当であり、原々決定を認可した原決定は
相当であって、本件抗告は理由がない。
10 よって、主文のとおり決定する。
令和6年10月22日
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 中 平 健
裁判官 今 井 弘 晃
20 裁判官 水 野 正 則
(別紙)
1 本件発明1の構成要件の分説(原決定3頁)
1A 無菌注射剤の製造施設内における、PTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製
造方法であって、
5 1B PTHペプチド含有溶液調製工程の開始から凍結乾燥手段への搬入工程
終了の間の工程のうち、少なくとも搬入工程を含む1以上のグレードAの環
境を有する工程において、
1C PTHペプチド含有溶液と同無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1
ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法であって、
10 1D 同PTHペプチド含有凍結乾燥製剤とは、当該製剤中のPTHペプチド量
と全PTH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質の量も1.0%
以下であり、
1E 及びPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁
物質量が5.0%以下であることを少なくとも意味する、
15 1F PTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法。
2 本件発明13の構成要件の分説(原決定3~4頁)
13A 前記PTHがヒトPTH(1-34)である、
13B 請求項1乃至12のいずれか1項に記載の方法。
3 原決定の認定した乙1発明の構成(原決定18頁)
無菌状態で薬液を充填した非密封薬剤容器を充填装置から凍結乾燥機まで自
動的に移送する工程に関し、薬液がチャンバ内の周囲空気及びそこに含まれる粒
子、微生物にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止するため、
25 a) 窒素を移動可能なチャンバ内に導入する段階と、
b) このチャンバを充填装置内に挿入する段階と、
c) チャンバ内に薬剤容器を導入してからチャンバを閉じる段階と、
d) チャンバを凍結乾燥機まで移動させる段階
とからなり、段階b)~d)において、窒素がチャンバ内の非密封薬剤容器を覆い
ながら絶えず均等に分布させるよう、一定の流量で窒素をチャンバ内に導入する
5 ことを特徴とする方法
4 原決定の認定した本件発明1と乙1発明の相違点(原決定18~19頁)
⑴ 相違点1-1
本件発明1は、当該製剤中のPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に
10 対するいずれのPTH類縁物質の量も1.0%以下であり、及びPTHペプチ
ド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁物質量が5.0%以下の
無菌注射剤であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法であるのに対し、
乙1発明は、無菌凍結乾燥剤の製造方法であり、無菌凍結乾燥剤が上記基準を
満たす注射剤であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法との限定がな
15 されていない点
⑵ 相違点1-2
本件発明1では、搬入工程がグレードAの環境である旨定められているのに
対し、乙1発明では、その旨明記されていない点
⑶ 相違点1-3
20 本件発明1では、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含
まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法で
ある旨定められているのに対し、乙1発明は、無菌薬剤製造施設内空気に含ま
れる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法であ
る旨の記載がない点

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