令和6(行ケ)10055審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和6年11月25日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告ギリシャ共和国 被告日本酪農協同株式会社
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法令 |
商標権
商標法3条1項3号12回 商標法4条1項16号8回 商標法4条1項7号5回 商標法3条1項5回 特許法150条1項2回 商標法56条2回 特許法156条1項1回 特許法145条1項1回
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キーワード |
審決37回 無効7回 無効審判3回 実施2回 商標権2回 差止1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。20
3 この判決に対する原告による上告及び上告受理申立てのための付加期間 |
事件の概要 |
本件は、商標登録無効審判請求に係る不成立審決の取消訴訟である。争点は、
被告を商標権者とする登録商標「至福のギリシャ」(後記1の登録商標。以下
「本件商標」という。)が、①商標法3条1項3号(その商品の産地、品質その
他の特徴等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標)に該当す5
るか、②同法4条1項16号(商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標)に
該当するか、③同法3条1項柱書(自己の業務に係る商品について使用をする商
標)を充足するか、④同法4条1項7号(公の秩序又は善良の風俗を害するおそ
れがある商標)に該当するかである。 |
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判決文
令和6年11月25日判決言渡
令和6年(行ケ)第10055号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和6年9月11日
判 決
原 告 ギ リ シ ャ 共 和 国
同訴訟代理人弁護士 松 下 外
10 同訴訟代理人弁理士 横 井 知 理
被 告 日本酪農協同株式会社
同訴訟代理人弁護士 小 松 陽 一 郎
15 同 大 住 洋
同 千 葉 あ す か
同 尾 島 史 賢
主 文
1 原告の請求を棄却する。
20 2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する原告による上告及び上告受理申立てのための付加期間
を30日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
25 特許庁が無効2023-890033号事件について令和6年2月9日にした
審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は、商標登録無効審判請求に係る不成立審決の取消訴訟である。争点は、
被告を商標権者とする登録商標「至福のギリシャ」(後記1の登録商標。以下
「本件商標」という。)が、①商標法3条1項3号(その商品の産地、品質その
5 他の特徴等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標)に該当す
るか、②同法4条1項16号(商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標)に
該当するか、③同法3条1項柱書(自己の業務に係る商品について使用をする商
標)を充足するか、④同法4条1項7号(公の秩序又は善良の風俗を害するおそ
れがある商標)に該当するかである。
10 1 登録商標(甲1、弁論の全趣旨)
登録番号 :商標登録第6375329号
出願日 :平成31年1月25日
登録査定日 :令和3年3月29日
登録日 :令和3年4月9日
15 商標の構成 :至福のギリシャ(標準文字)
商品及び役務の区分並びに指定商品
:第29類 「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」(以
下「本件指定商品」ということがある。)
2 特許庁における手続の経緯等(争いがない)
20 原告は、令和5年3月31日、本件商標の商標登録を無効にすることについ
て審判を請求した。
特許庁は、これを無効2023-890033号事件として審理し、令和6
年2月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との本件審決をし(出訴
期間90日を付加)、その謄本は、同月20日、原告に送達された。
25 原告は、出訴期間内である同年6月17日、本件審決の取消しを求める本件
訴訟を提起した。
3 本件審決の理由の要旨
⑴ 本件商標について
本件商標は、「この上もない幸福」の意味を有する「至福」の文字と「バ
ルカン半島の南端部とクレタ島などを領土とする共和国」を意味する「ギリ
5 シャ」の文字とを、助詞「の」を介して一体的に構成される結合商標であっ
て、構成全体として「この上もない幸せの(バルカン半島の南端部の)国ギ
リシャ」程の一つのまとまりのある意味を理解させるものである。
⑵ 商標法3条1項3号該当性(その商品の産地、品質その他の特徴等を普通
に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標)
10 本件商標が前記⑴の意味を理解させるとしても、それは漠然とした意味合
いであって、その指定商品の産地、品質等を表示するものとはいえない。ま
た、本件商標の指定商品を取り扱う業界において、本件商標を構成する文字
が、商品の産地、品質等を表示するものとして一般に使用されている事実は
もとより、本件商標に接する取引者、需要者をして商品の産地、品質等を表
15 示するものと認識するというべき事情も見いだせない。
なお、本件商標は「ギリシャ」のみからなる標章ではなく、国家名又は国
家名の略称それ自体ではない。
したがって、本件商標は、商標法3条1項3号に該当しない。
⑶ 商標法4条1項16号該当性(商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるお
20 それがある商標)
本件商標に接する需要者は、一義的には本件商標を前記⑴の意味を有する
一体的な商標として把握するというのが相当であって、「ギリシャ」の文字
のみを捉えて、当該文字部分を産地表示として認識、把握するとはいい難い。
また、商品「ヨーグルト」を取り扱う業界の実情を踏まえ、需要者が「ギ
25 リシャ」の文字に着目した場合を検討しても、本件商標を使用する商品が
「ギリシャ国産」の商品であると限定、特定して認識するというべき事実は
見いだせず、当該商品とギリシャ共和国(以下「ギリシャ国」と略称する。)
との何らかのつながりを想起し、又は理解するにとどまる。そして、本件指
定商品「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」については、文字どおり
ギリシャ国と関係するものであるから、需要者が想起し、又は理解する商品
5 と異なるものとはいえない。
なお、原告提出の「ヨーグルトに関する調査 調査結果報告書」(甲2。
以下「本件アンケート」という。)の結果についてみても、「ギリシャ国産」
の商品等のように産地表示と理解する者が2割前後にとどまるほか、製法と
関連付けて理解する者が1割程度存することは、前記認定に沿うものといえ
10 る。
以上からすると、本件商標に接する取引者、需要者が、その構成から直接
的、具体的な商品の品質を看取するとはいい難く、その誤認を生ずるおそれ
があるともいえない。
したがって、本件商標は、商標法4条1項16号に該当しない。
15 ⑷ 商標法3条1項柱書(自己の業務に係る商品について使用をする商標)
商標権者である被告は、ヨーグルト製品の製造者であり、「濃厚ヨーグル
ト、及び濃厚ヨーグルトの製造方法」に関する特許の出願人でもあること
(甲21)からすれば、本件商標をその指定商品である「ギリシャ国の伝統
製法によるヨーグルト」について、現に使用しているか、将来使用する意思
20 を有するとみるのが相当であるから、本件商標が商標法3条1項柱書の要件
を具備しないということはできない。
⑸ 商標法4条1項7号該当性(公序良俗を害するおそれがある商標)
前記のとおり、本件商標を使用する商品がギリシャ国産の商品であると需
要者が限定し、又は特定して認識するとはいえず、また、本件商標は、本件
25 商標に接する需要者が想起し、又は理解し得る範ちゅうの商品である「ギリ
シャ国の伝統製法によるヨーグルト」に使用するものであるから、たとえギ
リシャ国産ではない商品に使用されたとしても、需要者の信頼を裏切るもの
とはいえない。
さらに、本件商標は「この上もない幸せの国ギリシャ」程の一つのまとま
りのある意味を理解させるものであって、ギリシャ国に対する肯定的なイメ
5 ージを表現するものであるとはいえるとしても、ギリシャ国及びギリシャ国
民を侮辱するものとはいえない。加えて、本件商標に「ギリシャ」という国
家名が含まれていることをもって国際信義に反すると認定することができる
具体的な事情は見いだせない。
そうすると、本件商標は、その指定商品について使用することが社会公共
10 の利益に反し、社会の一般的な道徳観念にも反するものとも、特定の国若し
くはその国民を侮辱し、又は一般的な国際信義に反するものともいうことは
できない。
したがって、本件商標は、商標法4条1項7号に該当しない。
4 原告主張の審決取消事由
15 ⑴ 商標法3条1項3号該当性の認定判断の誤り(取消事由1)
⑵ 商標法4条1項16号該当性の認定判断の誤り(取消事由2)
⑶ 商標法3条1項柱書充足性の認定判断の誤り(取消事由3)
⑷ 商標法4条1項7号該当性の認定判断の誤り(取消事由4)
⑸ 審判手続の瑕疵(取消事由5)
20 第3 当事者の主張
1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性の認定判断の誤り)について
(原告の主張)
本件商標は、以下のとおり、商品の産地又は販売地を表示するものであるか
ら、商標法3条1項3号に該当し、本件審決の認定判断には誤りがある。
25 ⑴ 「ギリシャ」は、国家名として著名であり、古来より存在した文明の地、
オリンピック発祥の地、多数の世界遺産を有する観光地として、日本人によ
く知られている(甲17、18、23)。
そして、①特許庁の商標審査基準(甲55)及び商標審査便覧(甲19)
において、国家名等は、商品の産地、販売地等を表すものに該当するとされ
ていること、②ギリシャは農業、酪農が盛んな国であって、教科書(甲17)
5 にも「農耕や牧畜に適した気候」と紹介され、ヨーグルトについても一定量
が日本に輸入されてきた実績があること(甲14、47)、③本件アンケー
トの結果から、被告が販売する「至福のギリシャ」を商品名とするヨーグル
ト(甲13、以下「被告商品」という。)の非喫食者の中には、被告商品の
産地をギリシャと誤解している者が1921名中38.1%もいる等、需要
10 者が本件商標を商品の産地を示すものと認識している事実が明らかであるこ
と、④本件アンケートの結果からみて、本件指定商品「ギリシャ国の伝統製
法によるヨーグルト」が何を意味するかは需要者に理解されておらず、産地
の誤解を解消する機能がないことからすると、「需要者又は取引者によって、
当該指定商品が当該商標の表示する土地において生産され又は販売されてい
15 るであろうと一般に認識されること」(最高裁昭和61年1月23日(昭和
60年(行ツ)第68号)第一小法廷判決・集民147号7頁〔GEORG
IA事件〕参照)が明らかである。
⑵ 本件審決の判断は、前記⑴に加え、以下の理由からも、誤っている。
ア 国家名「ギリシャ」に「至福の」が付されていることをもって、本件商
20 標が国家名又は国家名の略称それ自体ではないとする解釈は、前記最高裁
判決の趣旨を踏まえない誤った解釈である。本件商標が、「至福の」とい
う語で修飾された「ギリシャ」を指すことは明らかである。
イ 本件商標が漠然とした意味合いを有するとはいえない。仮に「至福の」
が漠然としているのであれば、本件商標は「ギリシャ」という国家名を端
25 的に指すものであり、仮に国家名でなく「バルカン半島の南端部」とのイ
メージを生じさせるとしても、当該地域が産地であるとの認識を生じさせ
るものである。
なお、「至福のギリシャ」は、国や土地を修飾することもある一般的な
「至福の」の語と「ギリシャ」を結び付けたもので、被告による造語では
ない。例えば、「至福のハワイ」、「至福のアメリカ」等の表現は、日常
5 的に、特に外国の地を示す場合に用いられている(甲59~61)。
ウ 「本件商標の指定商品を取り扱う業界において、本件商標を構成する文
字が、商品の産地、品質等を表示するものとして一般に使用されている事
実は…見いだせない。」との本件審決の判断理由は、指定商品である「ギ
リシャ国の伝統製法によるヨーグルト」が何を指すか明らかでないこと、
10 「至福のギリシャ」が一般的に使用されている状況がないことから、理由
になっていない。
(被告の主張)
⑴ 本件商標には「至福の」という部分が存するから、「その商品の産地、販
売地…を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」ではない。
15 なお、商標審査便覧(甲19)においては、「国家名、国家名の略称、現
存する国の旧国家名は、原則として商品の産地、販売地(取引地)…を表す
ものとして拒絶する。」と規定され、国家名等のみからなる商標は原則とし
て商標法3条1項3号に該当するとされる一方、「商品の特産地はいうまで
もなく、商品の産地、販売地(取引地)を表すものと認められる外国の国家
20 名、地名を含む商標については、その商標が当該国又は当該地以外の国又は
地で生産された商品に使用されるときは、商品の品質について誤認を生じさ
せるおそれがあるものとして拒絶の理由(商第4条第1項第16号)を通知
する。」と規定され、「国家名のみからなる商標」と「国家名を含む商標」
は明確に区別されている。
25 ⑵ 本件商標は、「ギリシャ産のヨーグルト」を示すものとして一般的に使用
されている事実はない上、辞書等にも掲載されておらず、「至福の」という
部分に識別力はなく、全体が不可分的に結合しているものであるから、特定
の観念を生じさせない一連一体の造語であり、指定商品の産地等を表示した
ものとは認識されない。
⑶ 日本国内ではギリシャ産を含め外国産のヨーグルトはほとんど流通してお
5 らず、このような実情は一般消費者にも十分認識されているから、本件商標
に接した需要者は、ギリシャ産、あるいはギリシャ産乳原料を用いたヨーグ
ルトを想起しない。
⑷ 商標法3条1項3号等の要件は、規範的に判断されるべきであって、アン
ケート調査はあくまで補助的に参酌されるべきである。また、本件アンケー
10 トは、特に実施方法に関し公平性及び中立性が担保されたものではない。原
告が指摘する最大でも38.1%という数字は、需要者一般の認識を判断す
る裏付けとなるような数値割合ではない上、質問や選択肢から誘導された可
能性も認められる。
2 取消事由2(商標法4条1項16号該当性の認定判断の誤り)について
15 (原告の主張)
⑴ 商品の産地に関する誤認を生じさせること
前記1(原告の主張)⑴のとおり、本件アンケート結果によれば、本件商
標は、「ギリシャ」の表記を足掛かりに産地と結び付けて需要者が理解する
ことが避けられず、一定の割合で誤解されるものである。
20 本件審決は、本件アンケートによっても、本件商標がギリシャ国産の商品
を表示するものと一般に理解されるということはできない旨を述べるが、あ
る商品には産地は必ず存在するのであって、本件審決が問題とする質問(Q
14)は、それがいずれであるかを問うているにすぎない。また、本件審決
は、この質問に対して「日本」と回答した者が28.3%、「わからない」
25 と回答した者が34.7%存在していることからしても、本件商標がギリシ
ャ国産の商品を表示するものと一般に理解されるということはできないと述
べるが、いずれもギリシャ産であると回答をした者の割合である38.1%
を下回っているのだから、本件商標が産地を表示するものとして需要者に捉
えられていることは明らかである。
また、発酵乳・乳酸菌飲料の表示に関する公正競争規約(甲7)4条2
5 項は、「その原産国について誤認されるおそれがあるものにあっては、施行
規則に定める基準により、原産国を明瞭に表示しなければならない。」と規
定し、同施行規則14条1項は、「原産国について誤認されるおそれがある
表示」の一つとして「外国の国名、地名、国旗、紋章その他これらに類する
ものの表示」を規定していることに鑑みると、本件商標は「ギリシャ」を含
10 む点で前記の表示に該当するから、原産地を誤認させるおそれがある表示に
当たることが示唆されているといえる。
⑵ 製法に関する品質を表示するものではないこと
国内の製造販売業者の中に、水切りタイプあるいは水切り製法によるヨー
グルトを「ギリシャヨーグルト」として宣伝しているものがあるのは事実で
15 あるが、そもそも、本件商標は「ギリシャヨーグルト」の語句を用いていな
い。
また、本件アンケートによれば、「至福のギリシャ」は前記のとおり産地
としても理解される一方、「水切りタイプのヨーグルト」と認識する者は1
0%程度にすぎない(甲2の2・15枚目及び17枚目)。そもそも、20
20 00名中586名(29.3%)が「ギリシャヨーグルト」の意味合いにつ
いて「わからない」と回答し(同・9枚目)、ギリシャヨーグルトが水切り
タイプであると回答した者は164名(8.2%)にすぎない。
水切りタイプのヨーグルトのマーケットシェアも低く、わずか数%にすぎ
ない(甲3)。
25 このような需要者の認識からみて、本件商標は、製法に関する品質を表示
するものではない。
また、本件指定商品についても、「ギリシャ国の伝統製法」自体が抽象的
かつ曖昧で、具体的な製法の摘示を含まないことから、いかなる内容が「伝
統製法」であるのかをそもそも需要者が理解することができない。
(被告の主張)
5 前記1(被告の主張)のとおり、本件商標は、商品の産地に関する誤認を生
じさせるものではないし、本件アンケートの信憑性は認められない。
3 取消事由3(商標法3条1項柱書の充足性の認定判断の誤り)について
(原告の主張)
商標法3条1項柱書にいう「自己の業務に係る商品又は役務について使用を
10 する(商標)」とは、将来行う意思がある業務に係る商品又は役務について将
来使用する意思を有する場合も含むものであるが、この「使用する意思」につ
いては、将来使用する蓋然性のあることが必要である。
しかし、被告は、以下のとおり、指定商品である「ギリシャ国の伝統製法に
よるヨーグルト」に本件商標を使用する蓋然性はないから、「使用する意思」
15 があるとは認められない。
⑴ 「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」は、内容が特定されない意味
不明な概念であり、本件審決もその内容を認定していない。また、少なくと
も、水切り製法(水分や乳清等を除去する工程を中核とする製法)を指すも
のではない。
20 ギリシャでは、一般的なヨーグルトと異なる濃厚なあるいは濃縮された
ヨーグルトは、かつては羊や山羊の乳から、布袋等を用いて水分等を除去す
る方法で作られていたから(甲9、21)、牛乳を原材料としたり、超濾過、
遠心分離機等を用いる近代的製法によったりするものは、「伝統製法による」
とはいえない。
25 また、ギリシャ国内では、水切り製法によるものではない、プレーンヨ
ーグルトやフローズンヨーグルトも製造販売されており(甲48~50)、
態様に応じて製法も様々であるから、水切り製法を伝統製法として特定する
ことができるものではない。
本件アンケートの結果をみても、需要者(2000名)は、「ギリシャ
国の伝統製法によるヨーグルト」について、769名(38.5%)が何か
5 分からないと回答し、「水切りタイプ 」と回答した者は111名(5.
6%)、産地に関わると回答した者は19.6%であり、需要者においても、
何が「伝統製法」であるかの認識はない。
⑵ 被告商品は、大量生産する関係で、近代的な工場設備で生産され、タンパ
ク質を添加して食感を調整するものであるから、少なくとも伝統製法ではな
10 い。
また、被告は、被告商品発売前の平成27年1月19日に「濃厚ヨーグル
ト、及び濃厚ヨーグルトの製造方法」に関する特許を出願し、平成29年2
月17日に登録を受けているところ(甲21、42)、その特許明細書(段
落【0003】、【0004】)において、「ギリシャで伝統的に作られて
15 いるギリシャヨーグルト」と「脱脂粉乳や乳蛋白質を添加して得られたヨー
グルトミックスを発酵させて得られる…ギリシャスタイルヨーグルト」を区
別しており、被告商品は後者の「ギリシャスタイルヨーグルト」であるから、
被告は、登録出願の時点(平成31年1月25日)から、本件商標を「ギリ
シャ国の伝統製法によるヨーグルト」に使用する意思を全く有していなかっ
20 たといえる。
⑶ ギリシャ国の食料及び飲料規範(甲66)は、82条でヨーグルトに関す
る定めを設けているところ、同条7項では「濾過ヨーグルト」の、同条8項
では「『伝統的な』ヨーグルト」の定義が設けられており、「濾過ヨーグル
ト」(いわゆる水切りタイプのヨーグルトも含まれ得る。)は「伝統的な」
25 ヨーグルトと区別されている。そして、「伝統的な」ヨーグルトは「a) 表
面に膜(皮)が形成されるように伝統的な方法で製造されるもの、b) 膜が
技術的に形成可能になるまで、脂肪含量の調整以外には自然組成の変更を受
けていない、未処理または加熱処理された牛乳のみを用いて凝固させたも
の。」であり、ヨーグルト容器に充填した後に発酵させる「後発酵」を前提
としたものであるから、「前発酵」の工程を採用し、また、添加物を付する
5 被告主張の「水切り製法」は、要件を満たさない。
(被告の主張)
⑴ 「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」は、厳密な定義こそないもの
の、一般に、乳原料を発酵させて得られたヨーグルトミックスを水切りして
余分な水分を除くことで濃厚なヨーグルトを得る方法をもって、ギリシャ国
10 の伝統的な濃厚ヨーグルトの製造方法といわれている(甲21・段落【00
03】、甲49、54、乙7の1・2)。
⑵ 被告製品は、乳原料を発酵させて得られたヨーグルトミックスを水切りし
て余分な水分を除く製法で製造されているから(乙8の1・2)、「ギリシ
ャ国の伝統製法によるヨーグルト」である。水切りしたヨーグルトミックス
15 に他の原料を加えればギリシャ国の伝統製法(水切り製法)に当たらないな
どという定義はない。
⑶ その他、本件審決の認定判断は相当であり、少なくとも、被告が将来にお
いて使用の意思を有していることが否定されることはあり得ない。
4 取消事由4(商標法4条1項7号該当性の認定判断の誤り)について
20 (原告の主張)
⑴ 本件商標は、産地や製法と関係がない製品に用いられており、需要者の信
頼を裏切るものであるから、その使用は、社会公共の福祉に反し、一般的な
道徳観念にも反する。
すなわち、本件商標は、ギリシャ産ではなく日本国産のヨーグルトに用い
25 られているが、前記のとおり、一般需要者のうち一定数の者が、産地に結び
付けて商品の品質を想起する蓋然性があることは否定し難い。
また、被告商品には乳蛋白質が添加されているが、「ギリシャ国の伝統製
法」が不明確である点を捨象しても、乳蛋白質を添加している点で、伝統製
法でないことは明らかである。
被告は、本件商標の登録出願当初から、本件商標を国内の原料で製造した
5 ヨーグルトに用いており、伝統製法でヨーグルトを製造する意思もなかった。
このように、本件商標の登録を許すことにより、一般需要者は、産地と製
法の二重の意味で誤解に陥ることになり、「指定商品又は指定役務について
使用することが社会公共の福祉に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合」
に当たる。
10 ⑵ 本件商標の登録は「特定の国若しくはその国民を侮辱する場合」に当たる。
本件商標が「この上もない幸せの(バルカン半島の南端部の)国ギリシャ」
といった漠然としたイメージを需要者に想起させるものとすると、本件商標
の登録を認めることは、日本の一事業者にすぎない被告が一方的にギリシャ
国に付した漠然としたイメージを、日本が国家として是認するものに他なら
15 ない。
また、その意味内容が不明である「ギリシャ国の伝統製法」なる指定商品
を認めることは、同様に、ギリシャ国における「伝統」を特許庁あるいは一
事業者が一方的にこれを定めることを認めることに他ならない。
このように、本件商標の登録は、ギリシャ国あるいはその国民に対して、
20 他国又はその事業者が一方的なレッテル貼りをすることを許容し、原告及び
その国民を侮蔑するものである。
⑶ 本件商標の登録は「一般に国際信義に反する場合」に当たる。
「ギリシャ」は国家名であり、国家の一地域の地名とは次元を異にする
ほど広く知られている。そのため、地理的表示(Geographical Indication)
25 の保護に関する国際的趨勢や、その保護を規定するTRIPs協定22条3
項の趣旨に鑑みると、本件商標は、指定商品がギリシャを産地としない場合
を含んでいる点において、国際信義に反することは明白である。
英国では、2014年1月、英国控訴院において、「ギリシャヨーグルト
(Greek yoghurt)」という表記、すなわち国家名としての「ギリシャ」を
含む表記を、ギリシャ産以外のヨーグルトに対して用いることは適切ではな
5 いとの判決(甲9)が出されており、EU諸国においても、表示中の国家名
の記載は原産国の表示として扱われ、「ギリシャヨーグルト」はギリシャ産
とみなされている状況にある。
以上のような、地理的表示に関する国際的趨勢や、英国及び欧州各国の動
向を踏まえるならば、「ギリシャヨーグルト」という用語ですら産地と結び
10 付けて理解されるのであるから、本件商標のように国家名のみが示されてい
る場合は、端的に産地を示しているとの考慮がなされるべきであるから、本
件商標の登録は、「一般に国際信義に反する場合」に当たる。
⑷ 被告は、本件商標を、ギリシャ産のヨーグルトはおろか、「ギリシャ国の
伝統製法によるヨーグルト」に用いる意思が全くないにもかかわらず、審査
15 段階において産地に限定する補正示唆に従わず、あえて、本件商標の指定商
品を「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」に用いるべく登録出願をし
ている。このような、虚偽的かつギリシャ国のイメージに積極的にフリーラ
イドすることを企図していたとも評価し得る商標登録を認めることは「当該
商標の出願の経緯に社会的相当性を欠くものがある等、登録を認めることが
20 商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合」にほかな
らない。
(被告の主張)
⑴ 本件商標は、何らかの観念を生じさせるものではなく、産地や品質を示す
ものではないこと、被告商品が伝統製法である水切り製法を利用したヨーグ
25 ルトに当たることからすれば、需要者が誤解に陥ることはないし、ギリシャ
国やその国民を侮辱するものとは評価し得ない。
⑵ 本件商標は「至福のギリシャ」であり、「ギリシャヨーグルト」とは全く
異なるから、原告が主張する地理的表示の保護、英国や欧州の動向との関連
性はない。
5 取消事由5(審判手続の瑕疵)について
5 (原告の主張)
本件審決は、その審理過程において、原告に十分な主張立証をさせなかった
重大な手続的瑕疵があるため、違法なものとして取り消されるべきである。
⑴ 職権証拠調べに対する意見陳述の機会の欠如
特許庁は、被告の答弁書提出(令和5年6月26日)から6か月間、原告
10 に対し、書面審理通知書(同年12月20日)及び答弁書副本の送付通知
(同月22日)まで答弁書の内容を知らせず、その1か月後の令和6年1月
24日に審理を終結しており、意図的に反論の機会を与えなかった。
その上で、本件審決は、「至福のギリシャ」が「この上もない幸せの(バ
ルカン半島南端部の)国ギリシャ」程の一つのまとまりのある意味を理解さ
15 せるとする認定の根拠として、「至福」及び「ギリシャ」の辞書的な意味を
三省堂国語辞典第八版に基づいて認定しているが、これは当事者から証拠提
出されておらず、職権証拠調べにより行われたものである。
審判長は、職権証拠調べをしたときは、その結果を当事者に通知し、相当
の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えなければならないところ(商
20 標法56条、特許法150条1項、5項)、本件ではその手続がなされてい
ない瑕疵がある。
そして、前記の認定は、原告による商標法3条1項3号、同法4条1項1
6号及び同条1項7号違反の主張を退ける根拠とされている。
したがって、本件審判手続には瑕疵があり、その瑕疵は、審決の結論に一
25 般的にみて影響を及ぼすものであったというべきであるから、審決の結論に
影響を及ぼさないことが明らかであると認められる特別の事情がない限り、
審決取消事由となる。
前記のとおり、原告は弁駁の機会も口頭審理の機会も与えられなかったか
ら、特別の事情はない。
⑵ 理由不備
5 ア 本件では、本件商標及び本件指定商品の需要者にとっての意味内容が問
題となっているところ、本件審決は、「至福のギリシャ」が漠然とした意
味合いを表すと評価した理由を示さず、「ギリシャ国の伝統製法によるヨ
ーグルト」が何を指すのか(例えば、被告に使用意思があると認定する前
提として)について判断していない。
10 イ 本件審決は、ギリシャ産ヨーグルトが現実に日本で流通していることか
ら、需要者が本件商標を付した商品をギリシャ産と認識するとの主張に対
する判断をしていない。
ウ 「本件商標の指定商品を取り扱う業界において、本件商標を構成する文
字が、商品の産地、品質等を表示するものとして一般に使用されている事
15 実」がない(前記第2の3⑵)と認定した理由が示されていない。
⑶ 口頭審理の非開催及び弁駁の機会の欠如
商標法上、無効審判の審理は口頭審理が原則である(商標法56条、特許
法145条)。本件で口頭審理を行う必要がないと判断された理由は不明で
あるが、本件商標及び本件指定商品の解釈に争いがあり、これらの点に関す
20 る本件アンケートの評価や、ギリシャ産ヨーグルトが日本国内で流通してい
る事実にも争いがあったのであるから、本件では口頭審理を行う必要があっ
たのであり、これを怠った本件審決の手続には瑕疵がある。
また、このように数々の争点で主張の対立があるのに、前記のとおり答弁
書に対する弁駁の機会を与えなかったことも、手続の瑕疵を裏付ける。
25 (被告の主張)
本件審決に手続違背はない。
本件審決の理由は、多岐にわたる違法事由ごとに当事者の主張も鑑みながら
丁寧に述べられており、審判の公正及び当事者に対する便宜の付与という点か
らみて、その記載に不足はない。
無効審判において、書面審理とするか否かは審判長に広範な裁量が認められ
5 ている(商標法56条、特許法145条)。本件の論点は、いずれも単純な評
価の問題であり、技術的な説明を要する事案でもないから、書面審理のみとし
た判断が、少なくとも手続的瑕疵を基礎づけるほどに不相当なものとはいえな
い。
また、審決可能と判断した時点で審理を終結させることに問題はない。
10 第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性の認定判断の誤り)について
⑴ 判断基準
原告は、本件商標「至福のギリシャ」は、ギリシャという商品の産地又は
販売地を表示するものであるから、商標法3条1項3号に該当する旨主張す
15 る。
同号は、商標登録の消極的要件として、「その商品の産地、販売地…その
他の特徴…を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」を規
定するところ、同号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、
「このような商標は、商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章
20 であって、取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するも
のであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としない
ものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商
品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであることによるも
のと解すべきである。」「叙上のような商標を商品について使用すると、そ
25 の商品の産地、販売地その他の特性について誤認を生じさせることが少なく
ないとしても、このことは、このような商標が商標法4条1項16号に該当
するかどうかの問題であって、同法3条1項3号にかかわる問題ではないと
いわなければならない。」(最高裁昭和54年4月10日(昭和53年(行
ツ)第129号)第三小法廷判決・集民126号507頁〔ワイキキ事件〕
(以下「最判昭和54年」という。)参照)。
5 ⑵ 本件商標について
本件商標は、「至福の」という形容詞と「ギリシャ」を結合してなる商標
である。そして、「至福」とは「この上もない幸福」、「この上もない幸せ」
を意味し、「ギリシャ」とは、現在の「バルカン半島の南端部とクレタ島な
どを領土とする共和国」、すなわち国である原告の国家名であるとともに、
10 歴史的には、古代ギリシャ文明やその担い手であった都市、民族、地域等を
想起させる著名な語と認められるから、本件商標「至福のギリシャ」は、全
体として「この上もない幸せの国ギリシャ」という程度の一つのまとまりの
ある意味を理解させるものと認められる(甲17、乙1、弁論の全趣旨)。
⑶ 本件指定商品について
15 本件指定商品「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」は、「ヨーグル
ト」であるから、商標法施行令別表の第29類「動物性の食品及び加工した
野菜その他の食用園芸作物」の区分に属し、同区分の「十 乳製品」の「発
酵乳」(商標法施行規則別表)に含まれるものである(甲5、6)。
そして、「伝統」とは「ある民族や社会・団体が長い歴史を通じて培い、
20 伝えてきた信仰・風習・制度・思想・学問・芸術など。特にそれらの中心を
示す精神的在り方。」を意味し(甲51・広辞苑第7版)、このような「伝
統」と呼べる「製法」、すなわち「伝統製法」という用語の意味は明確とい
え、ギリシャでは伝統的にヨーグルトが作られてきたこと(甲48、49)
からすれば、「ギリシャ国の伝統製法」と呼べる製法が存在することも明ら
25 かであるから、「ギリシャ国の伝統製法」の意味が明らかでなく、指定商品
の表示として不明確であるということはできない。
このような「伝統製法」は、長い歴史があるほど時代によって変化し、同
じ国内であっても地域によっても異なることがあり、ヨーグルトの種類(ヨ
ーグルトにはハードヨーグルト、プレーンヨーグルト、フローズンヨーグル
ト、水切りヨーグルトなど様々な種類があり、ギリシャでも複数の種類が作
5 られている(甲5、6、48~50))によっても異なると考えられる。本
件においても、「ギリシャ国の伝統製法」に関する客観的・普遍的に承認さ
れた厳密な技術的定義が存在することを認めるに足りる証拠はない。したが
って、本件指定商品のいう「ギリシャ国の伝統製法」とは、歴史的にギリシ
ャ国で行われてきたヨーグルトの製法に係る客観的な事実を踏まえ、社会通
10 念に照らし、「ギリシャ国の伝統製法」という範疇に含ませることが相当な
製法を広く指す概念として理解するのが相当である。なお、本件における商
標法3条1項3号該当性判断との関係では、「至福のギリシャ」という表示
それ自体について、それが、一般的に、本件指定商品「ギリシャ国の伝統製
法によるヨーグルト」の産地又は販売地その他特徴を普通に用いられる方法
15 で表示する標章のみからなるものということができるかどうかだけを判断す
れば足りる。以上を前提に検討する。
⑷ 検討
ア 「ギリシャ」は前記のとおり著名な国家名であるから、「ギリシャ」の
みからなる商標は、原則として、その商品の産地又は販売地を表示する標
20 章に当たるといえる。
しかし、本件商標は、「至福の」という語が「ギリシャ」と組み合わさ
れてなる商標であり、前記⑵のとおり、「この上もない幸せの国ギリシ
ャ」という程度の一つのまとまりのある意味を理解させるものと認めら
れるから、ギリシャという国あるいは地域そのものを「至福の」という
25 肯定的なイメージとともに需要者に想起させ、ヨーグルトである本件指
定商品のイメージに仮託するものである。それは、「ギリシャ」のみか
らなる商標とは異なり、産地や販売地を記述的に表示したものではなく、
ギリシャという国あるいは地域から連想される抽象的なイメージを利用
して、ギリシャと何らかの形で関連する商品であることを表示するに止
まるものであるから、その関連性は、産地や販売地に限られることはな
5 く、「ギリシャ」を産地又は販売地として表示するものに当たるとはい
えない。
指定商品が含まれるヨーグルトの取引の実情や「至福のギリシャ」のイ
ンターネット検索の結果(甲25、53、54、乙1、7の1・2)を
みても、「至福のギリシャ」、あるいはこれに類する「至福の」等の語
10 と国名、地域名等を組み合わせた標章が、商品の産地又は販売地その他
の特徴を表示するものとして一般に使用されている事実を認めるに足り
ない。
原告が挙げる「至福のハワイ」、「至福のアメリカ」等の用例(甲59
~61)をみても、海外旅行や海外の不動産等を紹介する記事や広告に
15 おいて、その国や地域そのものを指す表現として用いられており、特定
の商品の産地を示す表示の用例ではない。
したがって、本件商標は、「商品の産地、販売地その他の特徴を普通に
用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」とはいえない。
イ これに対し、原告は、本件アンケートの結果から、需要者が本件商標を
20 商品の産地を示すものと認識している事実が明らかである旨主張する。
しかし、前記引用した最判昭和54年によれば、商標法3条1項3号該
当性の判断は、「至福のギリシャ」という商標が、一般的にみて商品の
産地又は販売地その他の特徴を普通に用いられる方法で表示する標章の
みからなる商標と認めることができるかにより決まる問題であり、需要
25 者の具体的認識如何や誤認のおそれの有無は、同法4条1項16号の問
題というべきである。一般に「至福の〇〇」という表現がヨーグルトと
いう商品の産地又は販売地その他の特徴を表示するものとして普通に用
いられているものであることを認めるに足りる立証がない以上、原告が
主張する各事実は、商標法3条1項3号該当性に関する当裁判所の前記
判断を左右するに足りるものではない。
5 ウ したがって、本件商標は商標法3条1項3号に該当するとは認められな
いから、取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(商標法4条1項16号該当性の認定判断の誤り)について
⑴ 検討
原告は、本件商標は、商品の産地がギリシャであると一定の割合で誤解さ
10 せ、産地に関する誤認を生ずるおそれがあるから、商標法4条1項16号に
該当する旨主張する。
しかし、前記1のとおり、本件商標は、ギリシャという国あるいは地域の
抽象的なイメージを「至福の」という肯定的なイメージとともに需要者に連
想させ、ギリシャと何らかの形で関連する商品であることを表示するに止ま
15 るものである。後記のとおり、本件アンケートの結果やヨーグルトに関する
取引の実情を考慮しても、本件商標を使用した場合に本件指定商品がギリシ
ャにおいて生産され又は販売されているであろうと一般に認識されると認め
ることはできない。
そして、本件指定商品は「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」であ
20 って、それがギリシャと関連を有する商品であることは明らかであるから、
本件商標が、商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標とはいえない。
⑵ 原告の主張に対する判断
ア 原告は、本件アンケートの結果から、本件商標が産地として需要者に捉
えられていることは明らかであると主張する。
25 しかし、本件アンケートの結果をその質問内容や回答条件(甲45)、
回答者数(甲46)を含めて検討すると、「『至福のギリシャ』の産地
はどこだと思いますか」という問い(Q14。複数回答可)に対し、ギ
リシャ(38.1%)と回答した者のほか、日本(28.3%)、わか
らない(34.7%)と回答した割合も相当数に上る。これらの数値自
体からは、「至福のギリシャ」を付した商品の産地がギリシャであると
5 一般に認識されるとまではいい難い。加えて、上記の問いの回答者(1
921名)は、被告商品を食べたことがないと回答した者(Q10)で
あるところ、「『至福のギリシャ』はどのような製品だと思いますか」
という問い(Q12)に対して「ヨーグルト」と回答したのは607名、
31.6%にとどまり、53.0%が「わからない」と回答しているこ
10 とからすると、本件商標がヨーグルトに使用された場合の需要者の認識
を示すものとも、直ちに認め難い。
さらに、被告商品を食べたことがなく、「至福のギリシャ」を「ヨー
グルト」と回答した者(上記の607名)の「『至福のギリシャ』はど
のようなヨーグルトだと思いますか」という問い(Q13。複数回答可)
15 に対する回答状況は、「ギリシャで製造されている」は7.4%、「ギ
リシャ産の乳原材料を使用」は17.5%(この2つの回答をした者の
人数割合は18.5%)であって、「ギリシャ発祥」の27.3%(こ
の回答は、産地や販売地ではなく、ヨーグルトの種類や製法に関連する
ものといえる。)や、味に関する「濃厚」(49.9%)、ねっとり
20 (35.9%)、「水切りタイプ」の10.2%と並べてみると、「至
福のギリシャ」の表現から最も多く想起される属性は、味が「濃厚」な
ことである。
また、被告商品を食べたことがあると回答した者(Q10)79名の、
「『至福のギリシャ』はどのようなヨーグルトでしたか」という問い
25 (Q11。複数回答可)に対する回答状況は、「ギリシャで製造されて
いる」は10.1%、「ギリシャ産の乳原材料を使用」は21.5%
(この2つの回答をした者の人数割合は24.1%)であり、「濃厚」
は34.2%、「ギリシャ発祥」は10.1%、「水切りタイプ」は1
0.1%であって、やはり一番多く想起される属性は、味が「濃厚」な
ことである。
5 以上より、本件アンケートの結果を前提としても、本件商標から想起
されるイメージには産地にとどまらず、様々なものがあるのであって、
本件商標は、一般的に需要者又は取引者によって、これを使用した指定
商品であるヨーグルトの産地を表示したものとして誤認されるおそれが
ある標章であるとまでは認めることはできない。
10 イ 原告は、ギリシャから一定量のヨーグルトが日本に輸入されてきた実績
があると主張するが、前記のとおり、本件商標から想起されるイメージ
は産地に限られているわけではないから、輸入の有無それ自体は、商標
法4条1項16号該当性に関する当裁判所の前記判断を左右するもので
はない。
15 それのみならず、本件商標の登録査定日(令和3(2021)年3月
29日)までにおいて、ギリシャ産ヨーグルトの輸入量は、財務省貿易
統計(甲14の2~8、乙5の1~4)によれば、2012年から20
18年までで年間5~10t程度、2020年と2021年は0であり、
原告提出の証拠(甲47、50、65)によっても、少なくとも輸入量
20 が大きく増加した事実は認められず、発酵乳(その多くがヨーグルトで
ある(甲6))の2012年から2021年までの年間国内生産量が約
115万tから140万t台で推移していること(乙4)と比較すると、
その輸入の実績からみても、国内で流通するギリシャ産のヨーグルトの
流通量は限られており、このような取引の実情やヨーグルトが生鮮食料
25 品であることに照らすと、需要者が本件商標について、通常、産地又は
販売地がギリシャであるヨーグルトを意味すると認識することになると
は認め難い。
ウ 原告は、発酵乳・乳酸菌飲料の表示に関する公正競争規約及び同施行規
則(甲7)の「その原産国について誤認されるおそれがあるもの」に関
する規定に鑑みると、本件商標は原産地を誤認させるおそれがある表示
5 に当たる旨主張する。
確かに、同公正競争規約6条(5)は、「原産国について誤認されるおそ
れがある表示」を禁止しているが、本件商標については、そもそもそれ
自体として産地を表示するものとは認められないことは前記のとおりで
あるから、原告の主張は、その前提を欠くものである。また、本件商標
10 の有無にかかわらず、同公正競争規約の規定に従って、商品に原産国を
明瞭に表示することは十分に可能であると考えられるから、原告の主張
する点は、本件商標の商標法4条1項16号該当性に関する判断を左右
するものではない。
エ 原告は、本件商標は、「ギリシャヨーグルト」として販売されている水
15 切りタイプあるいは水切り製法によるヨーグルトを表示するものとして
需要者に理解されるとはいえず、また、本件指定商品については「ギリ
シャ国の伝統製法」を需要者が理解することができないから、本件商標
は製法に関する品質を表示するものではない旨主張する。
しかし、本件商標は、前記のとおり、何らかの形でギリシャと関連す
20 る商品であることを表示するものであるところ、本件指定商品である
「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」の「ギリシャ国の伝統製法」
とは、社会通念上、およそ「ギリシャ国の伝統製法」という範疇に含ま
せることが相当な製法を広く指すものとして理解されるのであって、こ
のような本件指定商品がギリシャと関連する商品であることは明らかで
25 あるから、本件商標の使用により本件指定商品の品質に誤認を生ずるお
それがあることにはならない。
⑶ 以上のとおり、本件商標は商標法4条1項16号に該当するとはいえず、
取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(商標法3条1項柱書の充足性の認定判断の誤り)について
⑴ 原告は、被告が本件指定商品「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」
5 に本件商標を使用する蓋然性はないから、将来的にも本件商標を本件指定商
品に使用する意思があるとは認められず、商標法3条1項柱書の「自己の業
務に係る商品又は役務について使用をする商標」との要件を充足するとはい
えない旨主張する。
⑵ しかし、もともと、商標法3条1項柱書の「自己の業務に係る商品又は役
10 務について使用をする商標」は、現に使用していなくても、将来使用する意
思のある商標を含むものである。また、本件指定商品の「ギリシャ国の伝統
製法」の概念は、前記のとおり、社会通念上、およそ「ギリシャ国の伝統製
法」という範疇に含ませることが相当な製法を広く指す概念として理解され
るものである。しかるところ、被告の特許出願に係る特許明細書(甲21、
15 42の各段落【0003】)には、「ギリシャで伝統的に作られているギリ
シャヨーグルト」は「具体的には、生乳等を含む乳原料であるヨーグルトミ
ックスを発酵させて得られたヨーグルトを、綿のガーゼやギリシャ伝統のモ
スリンでできた袋等を用いて、余計な水分や乳清(ホエー)等の水性画分を
除去することによって得られる」と記載されており、他社メーカーのウェブ
20 ページ(甲54)には、「ギリシャでは、各々の家庭がモスリンと呼ばれる
布袋で水切りし、水分や乳清(ホエイ)を取り除く」「この伝統的な製法」
との記載がある。これらの記載内容が、直ちに客観的に「ギリシャ国の伝統
製法」に当たるということができるかどうかは別にして、前記特許明細書に
おいて明示的に「ギリシャで伝統的に作られているギリシャヨーグルト」が
25 言及されていることに照らすと、少なくとも、ヨーグルトの製造販売業者で
ある被告において、将来的に「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」を
製造販売する蓋然性はあり、本件商標を本件指定商品に使用する意思もあっ
たと認めることができるというべきである。
⑶ 以上のとおり、本件商標は商標法3条1項柱書の要件を充足すると認めら
れるから、取消事由3は理由がない。
5 4 取消事由4(商標法4条1項7号該当性の認定判断の誤り)について
⑴ 原告は、本件商標が、日本国産であり、乳蛋白質が添加されていることか
ら「ギリシャ国の伝統製法」ではないヨーグルトの商品、すなわち産地や製
法と関係がない製品に用いられており、需要者の信頼を裏切るものであるか
ら、「指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の福祉に反し、
10 社会の一般的道徳観念に反する場合」に当たる旨主張する。
しかし、前記1のとおり、本件商標は、ギリシャという国あるいは地域か
ら連想される抽象的なイメージを「至福の」という肯定的なイメージととも
に需要者に連想させ、ギリシャと何らかの形で関連する商品であることを表
示するに止まるものである。
15 また、本件指定商品における「ギリシャ国の伝統製法」とは、社会通念上、
およそ「ギリシャ国の伝統製法」という範疇に含ませることが相当なヨーグ
ルトの製法を広く指すものであり、被告において、この意味における「ギリ
シャ国の伝統製法によるヨーグルト」を製造販売する蓋然性はあり、本件商
標を本件指定商品に使用する意思もあったことは、前記3のとおりである。
20 そうすると、被告が本件商標を登録し、本件指定商品すなわち「ギリシャ
国の伝統製法によるヨーグルト」について使用することが、社会公共の福祉
に反し、社会一般の道徳に反するということはできない。
⑵ 原告は、本件商標の登録を認めることは、日本の一事業者にすぎない被告
が一方的にギリシャ国に付した漠然としたイメージを、日本が国家として是
25 認することになり、「特定の国若しくはその国民を侮辱する場合」に当たる
と主張する。
しかし、「特定の国若しくはその国民を侮辱する」かどうかは、イメージ
の内容如何によるのであり、「至福の」という肯定的な修飾語を伴う本件商
標により想起される「この上もない幸せの国ギリシャ」というギリシャ国に
対する「漠然としたイメージ」がギリシャ国又はその国民を侮辱するものと
5 いうことはできない。もとより、本件商標の登録を認めたからといって、商
標法上の保護が与えられるだけであり、ギリシャ国についての特定のイメー
ジを日本が国家として承認するなどといった法的効果が発生することはない。
また、原告は、「ギリシャ国の伝統製法」なる指定商品を認めることは、
同様に、ギリシャ国における「伝統」を特許庁あるいは一事業者が一方的に
10 これを定めることを認めることになると主張する。
しかし、本件指定商品である「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」
の「伝統製法」がいかなるものであれ、本件指定商品を指定商品とする商標
登録を認めたからといって、「ギリシャ国の伝統製法によるヨーグルト」の
具体的内容が一義的に決まるわけではないから、ギリシャ国における「伝統」
15 を特許庁又は一事業者が一方的に定めたことにはならない。
なお、将来、本件商標に係る不使用取消審判等の審判やその審決取消訴訟
において、具体的な商品が本件指定商品に当たるか否かについて、特許庁や
裁判所による判断がされることがあるとしても、その判断は、客観的事実を
踏まえ、社会通念に照らしなされるものであり、そのことが、直ちにギリシ
20 ャ国又はその国民を侮辱することに当たるとは認められない。もとより、ギ
リシャ国は、これに拘束されることなく、必要に応じ、自らが妥当と考える
「伝統製法」の内容を決めることは何ら妨げられない。
したがって、本件指定商品を認めたからといって、特許庁や一事業者がギ
リシャ国の「伝統」を一方的に定めたなどということはできない。
25 ⑶ 原告は、地理的表示に関する国際的趨勢や動向を踏まえると、「ギリシャ
ヨーグルト」という用語ですら産地と結び付けて理解されるのであるから、
本件商標のように国家名のみが示されている場合は端的に産地を示している
との考慮がなされるべきであるから、本件商標の登録は、「一般に国際信義
に反する場合」に当たると主張する。
しかし、「ギリシャヨーグルト」がTRIPs協定22条にいう地理的表
5 示に当たるか否かはともかく、本件商標は国家名のみを示したものではなく、
「至福のギリシャ」という表示は、産地を示す表現であると認めることはで
きないことは前記のとおりである。すなわち、本件商標は、商品の原産地を
特定する表示であることを内容とする同条の「地理的表示」に当たるもので
はない。したがって、本件商標の登録を認めることが、一般に国際信義に反
10 するとは認められない。原告が引用する英国控訴院の判決(甲8、9)は、
米国の会社が米国で生産し、英国に輸入して販売していた「ギリシャヨーグ
ルト(Greek yoghurt)」という商品に関し、英国内の購入者の多く(5
0%以上)が当該商品はギリシャ産の製品だと誤認しているという事実関係
のもとで、ギリシャヨーグルトの表示の差止めを認めた原審を維持したもの
15 であって、客観的にみて表示自体では産地を表示したものとは認められず、
本件商標を付した被告商品をギリシャ産であると需要者が一般的に認識する
とも認め難い本件において、当然に妥当するものではない。
⑷ 原告は、被告がギリシャ産のヨーグルトや本件指定商品に用いる意思がな
いにもかかわらず本件商標の登録出願をしたことは、虚偽的かつギリシャ国
20 のイメージに積極的にフリーライドすることを企図していたとも評価し得る
から、「当該商標の出願の経緯に社会的相当性を欠くものがある等、登録を
認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場
合」に当たると主張する。
しかし、被告において、本件商標を本件指定商品に使用する意思があった
25 ことが認められることは前記のとおりであるから、原告の主張はその前提を
欠くものである。その他、本件商標の出願の経緯等が社会相当性を欠くもの
であったことを認めるに足りる主張立証はないから、原告の主張は採用する
ことができない。
⑸ 以上のとおり、本件商標は商標法4条1項7号に該当するとはいえず、取
消事由4は理由がない。
5 5 取消事由5(審判手続の瑕疵)について
⑴ 原告は、本件審決が「至福」及び「ギリシャ」の辞書的な意味について職
権証拠調べを実施しているから、その結果を当事者に通知し、相当の期間を
指定して意見を申し立てる機会を与えなければならないところ(商標法56
条、特許法150条1項、5項)、この手続を怠った瑕疵があると主張する。
10 しかし、審判の手続(本件審決、甲37~41)をみても、「至福」及び
「ギリシャ」という語の辞書的な意味自体は争点となっておらず(原告は、
本件訴訟においても、この認定は争っていない。)、また、これらの語は、
いずれも一般的に広く使用されているものであるから、その辞書的な意味を
一般的な国語辞典の記載に基づいて認定することは、当事者にとって予想外
15 の不利益を及ぼすものとはいえず、不意打ちとなるものではない。
したがって、当該職権証拠調べの結果について、原告に対する通知及び意
見申立ての機会を与えなかったことは、審決を取り消すべき違法には当たら
ない。
⑵ 原告は、本件審決には理由の不備があると主張する。
20 しかし、本件審決は、原告主張の各無効理由に対する判断を理由とともに
示し、原告の個別の主張に対しても相応に応答するものであって、原告が
縷々主張する点を考慮しても、理由の不備により本件審決を取り消すべき違
法性があるとは認められない。
⑶ 原告は、本件審判において口頭審理を開催しなかったこと、答弁書に対す
25 る反論の機会を与えなかったことは、審判手続の瑕疵に当たる旨主張する。
しかし、まず、商標法上、審判長は、職権で書面審理によるものとするこ
とができるのであり(商標法56条、特許法145条1項ただし書)、本件
商標及び本件指定商品の解釈等に争いがあったとしても、このような場合に
必要的に口頭審理を行うべきことを定めた法令の規定はない。また、本件に
おいて、書面審理によったことが審判長の裁量の範囲を逸脱するものである
5 ことを認めるに足りる具体的事情の主張立証もない。したがって、本件で口
頭審理が開かれなかったということが審決を取り消すべき違法に当たるとい
うことはできない。
次に、審判の手続についても、原告に対する書面審理通知書(令和5年1
2月20日発送)及び答弁書副本の送付通知(同月22日発送)から審理終
10 結通知(令和6年1月24日発送)まで、約1か月の期間があったのである
から(その間、原告が、合理的な理由を示して、反論に必要な猶予期間を設
けるよう申し入れた等の事情も窺えない。)、審判長において事件が審決を
するのに熟したと判断して審理を終結したこと(商標法56条、特許法15
6条1項)が、審判長の裁量の範囲を逸脱したものであり、審決を取り消す
15 べき違法に当たるということはできない。
⑷ 以上のとおり、本件審判の手続に、審決を取り消すべき違法があるとはい
えないから、取消事由5は理由がない。
6 結論
よって、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
20 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
清 水 響
裁判官
菊 池 絵 理
5 裁判官
頼 晋 一
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