令和6(ネ)10035民事訴訟 著作権
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裁判所 |
控訴棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和6年12月25日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
著作権
著作権法15条1項3回 著作権法14条2回 著作権法112条1項1回
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キーワード |
実施5回 損害賠償3回 差止1回 侵害1回
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主文 |
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
1 控訴人の請求
2 原審の判断及び控訴の提起
1 前提事実は、原判決「事実及び理由」の第3の1(2頁~)に記載すると5
2 本件の主な争点は、下記のとおりであるが、当審においては、争点(1)イが
3 争点に関する当事者双方の主張は、当審における補充的主張を下記4のと
4 当審における当事者の補充的主張(争点(1)イ:職務著作の成否)について
7万1000円を支払われている(甲6)。このような対価の支払は、嘱
8年3月に発売されてから令和4年10月までの長期間、著作権者とし20
23~25)では、著作者名表示は全て本件財団法人となっている。こ
1 当裁判所も、争点(1)イにつき、職務著作の成立をいう被控訴人の主張には
2 職務著作の成否に関する認定事実及び被控訴人の「発意」の要件充足が認
3 「職務上作成する著作物」について
4 「著作の名義の下に公表するもの」について
5 小括 |
事件の概要 |
1 控訴人の請求
(1) 被控訴人は、本件書籍を複製してはならない。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、1111万5248円及びこれに対する令10
和5年6月9日から支払済みまで年3分の割合による金銭を支払え。
【請求の法的根拠】
(1)について
著作権法112条1項に基づく差止請求
(2)について15
ア 主位的請求
・ 主請求:不法行為に基づく損害賠償請求
・ 附帯請求:遅延損害金請求(起算日は訴状送達日の翌日、利率は民
法所定)
イ 予備的請求20
・ 主請求:不当利得返還請求(主請求額1010万4771円)
・ 附帯請求:利息金請求(起算日は訴状送達日の翌日、利率は民法所 |
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判決文
令和6年12月25日判決言渡
令和6年(ネ)第10035号 損害賠償等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和5年(ワ)第70315号)
口頭弁論終結日 令和6年11月11日
5 判 決
控訴人(第1審原告) X
同訴訟代理人弁護士 尾 関 博 之
10 被控訴人(第1審被告) 学 校 法 人 文 化 学 園
同訴訟代理人弁護士 辰 野 守 彦
同 船 橋 啓
同 照 井 国 興
15 同 木 村 将 也
同 沼 尻 清 志
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
20 事 実 及 び 理 由
(略語は、本判決で定めるもののほか、原判決の例による。ただし、「本件書籍」
の定義に係る原判決別紙書籍目録中に発売元「一般財団法人日本ファッション協会
振興協会」とあるのは「一般財団法人日本ファッション教育振興協会」の誤りであ
り、「 A」のフルネーム「 A’ 」とあるのは「 A” 」の誤りであるから、
25 その旨訂正する。)
第1 事案の要旨
被控訴人は、「ファッション色彩〔Ⅰ〕ファッション色彩能力検定試験3級
準拠」と題する本件書籍を販売している。控訴人は、被控訴人が設置運営する
文化服装学院の講師を務めていた者であり、本件書籍の執筆者の一人であるが、
被控訴人従業員としての職務上本件書籍を執筆したものではなく著作権法15
5 条1項所定の職務著作は成立していないなどと主張して、本件書籍の著作権
(複製権)侵害を理由に、被控訴人に損害賠償等を求めている。
第2 当事者の求めた裁判
1 控訴人の請求
(1) 被控訴人は、本件書籍を複製してはならない。
10 (2) 被控訴人は、控訴人に対し、1111万5248円及びこれに対する令
和5年6月9日から支払済みまで年3分の割合による金銭を支払え。
【請求の法的根拠】
(1)について
著作権法112条1項に基づく差止請求
15 (2)について
ア 主位的請求
・ 主請求:不法行為に基づく損害賠償請求
・ 附帯請求:遅延損害金請求(起算日は訴状送達日の翌日、利率は民
法所定)
20 イ 予備的請求
・ 主請求:不当利得返還請求(主請求額1010万4771円)
・ 附帯請求:利息金請求(起算日は訴状送達日の翌日、利率は民法所
定)
2 原審の判断及び控訴の提起
25 原審は、職務著作の成立を認め、控訴人の請求を全部棄却する判決をした
ところ、これを不服とする控訴人が下記のとおり控訴を提起した。
【控訴の趣旨】
(1) 原判決を取り消す。
(2) 上記1(1)、(2)と同旨
第3 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張
5 1 前提事実は、原判決「事実及び理由」の第3の1(2頁~)に記載すると
おりであるから、これを引用する。
2 本件の主な争点は、下記のとおりであるが、当審においては、争点(1)イが
中心的に争われている。
【争点】
10 (1) 本件書籍の著作権の帰属
ア 著作権法14条の適用の有無
イ 職務著作の成否
(2) 被控訴人の故意又は過失の有無
(3) 損害額
15 (4) 不当利得の成否
3 争点に関する当事者双方の主張は、当審における補充的主張を下記4のと
おり加えるほか、原判決「事実及び理由」の第3の3(3頁~)に記載のと
おりであるから、これを引用する。
4 当審における当事者の補充的主張(争点(1)イ:職務著作の成否)について
20 (1) 「職務上作成する著作物」について
【控訴人の主張】
ア 本件書籍の作成指示は、本件財団法人の当時の事務局長兼理事であった
A からされたものであり、被控訴人から指示されたものではない。被
控訴人が設置運営する文化服装学院の本件当時の教務部長 B’ (本件
25 財団法人の理事でもある。以下「 B」という。)は、本件書籍の執筆を
被控訴人の業務として行ってはならないと厳命していたのであり、業務
性を明確に否定している(甲20)。
イ 控訴人は、本件当時、月火金の週3日間、9時から17時まで就業して
おり、週8コマの講義を受け持っていたため、実際上、嘱託講師の業務
として執筆等できるはずがなかった。それにもかかわらず、控訴人は、
5 本件書籍の9割ほどに当たる200頁近くを自ら執筆し、制作(作図、
レイアウト等)をし、他の制作者の担当部分の原稿や図についても指示
をして、実質的に全部を創作したのであるから、膨大な時間と注意力を
割いてした大仕事であり、これは到底嘱託講師業務としてできたことで
はない。
10 ウ しかも、控訴人に支払われた本件書籍の執筆の対価(原稿料)は、控訴
人に対する講師給与・手当から明確に区別されていた。控訴人の本件当
時の給与(甲2)は、本俸42万円(令和3年度。平成18年当時はさ
らに少額であった。)程度であり、この他に研究手当4万2000円、賞
与及び通勤手当が支給されたのみである。それにもかかわらず、本件書
15 籍の執筆に関し、控訴人に対して原稿料名目で本俸額を大きく上回る4
7万1000円を支払われている(甲6)。このような対価の支払は、嘱
託講師業務の対価とは全く別の性質のものと理解せざるを得ないのであ
り、このことからも本件書籍の執筆が被控訴人の職務と無関係であるこ
とが裏付けられる。
20 【被控訴人の主張】
ア 本件書籍は、本件検定での活用を目的に被控訴人により発案・制作が決
定されたものである。その制作過程において、控訴人は、被控訴人の指
揮命令の下、他の被控訴人職員とともに執筆に関与したのであるから、
本件書籍は被控訴人の「業務に従事する」控訴人が「職務上作成」した
25 ものである。
控訴人が援用する Bの陳述書(甲20)では、本件書籍の執筆につ
き被控訴人の指示がなかったなどとしているが、本件計画案(甲18)
では「文化服装学院教職員に執筆願っている」との記載があり、陳述書
の内容と合致していない。しかも、控訴人自身、本件書籍の一部を職場
で執筆したことを認めており(甲19)、この点は Bの上記陳述書の内
5 容と矛盾している。さらに、文化服装学院の教務部所属職員として時間
割作成作業補助をしていた C は、控訴人が本件検定関係の仕事を
始めた時期に、本件検定に関連する仕事を Bから頼まれているから時
間割を調整してほしいとの依頼を 控訴人から 受けたことを 述べて い る
(乙22)。被控訴人の指示により控訴人が本件書籍を執筆したことは明
10 らかである。
イ 学校法人である被控訴人の教員であれば、被控訴人の職務命令により被
控訴人が刊行予定の書籍の執筆活動に従事することは、通常想定される
業務である。なお、被控訴人は、控訴人に対して雇用契約上の給与とは
別に「原稿料」を支給しているが、これは在宅中等による執筆がなされ
15 ることがあり得ることを想定したものにすぎない。
ウ 本件書籍に関し、被控訴人と本件財団法人との間には何ら紛争はなく、
本件書籍執筆後に結ばれた第1覚書及び第2覚書の各第3条に記載され
ているとおり、本件書籍の著作者は被控訴人とされている。控訴人は、
自らが本件書籍の著作者であるとしながら、本件書籍の第1刷が平成1
20 8年3月に発売されてから令和4年10月までの長期間、著作権者とし
て被控訴人に申入れをしておらず、不自然である。
(2) 「著作の名義の下に公表するもの」について
【控訴人の主張】
ア 著作権法15条1項の「公表するもの」との文言からも明らかなように、
25 この公表要件については、本件書籍の創作当時に誰を著作者として予定
していたかを考えるべきである。本件財団法人は、ファッションに関す
る知識・技術の普及等を図り、関連書籍を発刊することを目的とする財
団法人であり、本件書籍の出版の趣旨も、正に本件財団法人が新規に取
り組むファッション色彩教育・検定学習推進であることからすると、本
件財団法人が本件書籍の著作者となることが予定されていたといえる。
5 被控訴人は、本件書籍は執筆者の個性・創作性を表現する内容ではない
などと主張するが、本件書籍の内容における高い創作性を見過ごしてお
り、失当である。
イ 原判決は、Ⓒマーク(コピーライトマーク)の存在を公表要件該当性の
根拠として誇大視しているが、Ⓒマークはその沿革(サンフランシスコ
10 平和条約から万国著作権条約批准までの経緯等)からして、あくまでも
著作権者を示すものであり、著作者を示すものではない。
このことは、Ⓒマークの今日的意義からも裏付けられる。一般社団法
人日本書籍出版協会が雛形として提供し、被控訴人も採用する出版権設
定契約書(乙21の1)では、「権利の保全のために・・・Ⓒ・・・を表示する」
15 との記載があり(第11条)、ここからもⒸマークは著作権者の表示であ
ることが確認できる。さらに、控訴人が調査した多くの書籍の奥付の例
(甲28)では、「著者名」等の表示が存在する322件のうち284件
でⒸマークが併存しており、著作者名ないし著作名義の情報 の表示につ
いてⒸマークに頼っていない。
20 また、本件財団法人は、本件書籍発行時に、被控訴人所属の教員主導
による各種検定を既に3種主催していたところ、他検定の準拠書籍(甲
23~25)では、著作者名表示は全て本件財団法人となっている。こ
のことからも、著作者として表示が予定されていたのは、本件検定を主
催する本件財団法人であるといえる。
25 ウ 原判決は、本件財団法人の名前が本件書籍の表紙、背表紙、扉及びはし
がきに記載されていることを過小評価している。本件では、本件書籍の
表紙等といった、著作者が通常表示されるといえる場所に本件財団法人
の名称が記載されているのであるから、著作権法14条の推定規定が働
き、本件財団法人が本件書籍の著作者であると推定されるべきである。
エ その上、第1覚書(乙1)や第2覚書(甲7)には「出版権は被控訴人」
5 (各第3条) 「再販時の印税なし」
、 (各第8条)との趣旨の記載があると
ころ、元々の著作者が被控訴人であるならわざわざこれらの規定を置く
必要はない。これらの規定は、被控訴人の文化出版局が本件書籍の著作
者と予定されていたこととは整合性の取れないものである。
【被控訴人の主張】
10 ア 著作名義の公表については、公表名義が表示されている場所、体裁やそ
の著作物の性質等から、総合的に判断すべきとされている。本件書籍は、
その性質・内容・構成・体裁等からして、法人としての被控訴人が「自
己の著作の名義の下に公表」したものと評価されるべきである。
まず、本件書籍のタイトルは「ファッション色彩[Ⅰ]ファッション色
15 彩能力検定試験3級準拠」であり、タイトルに本件検定試験の名称が含
まれ、かつ「準拠」と明記されている。そして、本件書籍の発行は、本
件検定試験の実施と直接関連しており、本件書籍は本件検定試験の実施
内容に沿った試験用解説書とされる必要がある。このように本件書籍は、
その性質上、執筆者の個性・創作性を表現する内容ではない。実際、本
20 件書籍の内容・章立て等は、本件検討試験の検討・協議の過程で作成さ
れた本件計画案(甲18)に記載されたとおりであり、この本件計画案
は被控訴人が企画・発案したものである。
イ また、本件書籍の奥付には、「発売元」(本件財団法人)と明確に区別し
て、「発行」として、被控訴人組織の一部である文化出版局の名称が表記
25 され、著作権者を表す通常の方法であるⒸマークを用いて、この文化出
版局を示す「ⒸBunka Publishing Bureau」の表示がされている。Ⓒマー
クは、新聞・雑誌の例にみられるように、現在において、法人としての
著作物について権利者の表示に止まらず、著作者名としての法人名を表
示するものであることが世間一般に認識されている。さらに、広く一般
に使用される検索エンジン(Google検索)で検索しても、「著作者」
5 を表示するためにはⒸマーク表示が有用であると読める記事の検索結果
が表示される。
これに対し、控訴人が指摘する各書籍(甲23~25)では、本件財
団法人が編者とされたり、Ⓒマーク下にその名称が記載されていたりす
るが、本件書籍とは「発行」名義及び「Ⓒマーク」の名義が異なってお
10 り、しかも、内容・表記・出版経緯が違っているのであるから、これら
の書籍の存在を根拠に、本件書籍についても本件財団法人が著作者とな
ることが予定されていたとはいえない。
ウ 控訴人は、本件財団法人の名称が本件書籍の表紙等に記載されているこ
とを指摘するが、これは本件書籍が本件検定試験に準拠した書籍である
15 こと、本件検定の実施者が本件財団法人であることを示しているにすぎ
ない。本件書籍には本件財団法人名の著作名義の表示はなく、本件財団
法人が著作者と推定されることはない。
エ 控訴人が指摘する第1覚書及び第2覚書の各第3条は、本件書籍の「出
版権が被控訴人にある」とするものであり、その文意どおり、被控訴人
20 が著作者であることを示しているにすぎず、各第8条も、本件財団法人
に著作権がなく、印税を受領する「著者」がいないことを示すにすぎな
い。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も、争点(1)イにつき、職務著作の成立をいう被控訴人の主張には
25 理由があり、控訴人は本件書籍の著作権を有しないから控訴人の請求はいず
れも棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
2 職務著作の成否に関する認定事実及び被控訴人の「発意」の要件充足が認
められることについては、原判決「事実及び理由」の第4の1(1)(11頁~)
及び(2)(14頁~)に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 「職務上作成する著作物」について
5 (1) 上記引用の認定事実によれば、本件検定は、被控訴人の理事長兼本件財
団法人の理事であった Dの指示により、発足に向けた検討が始まったもの
であり、関係団体としては被控訴人と本件財団法人の関与が想定されていた
ところ、両者の関係は、最終的に、①本件検定の実施主体は本件財団法人と
するが、②本件検定の標準テキストというべきガイドブック(本件書籍)は、
10 被控訴人を「発行」主体とし、被控訴人(文化服装学院)が内容を検討し、
その職員において執筆するという役割分担が整理されたこと、実際にも、本
件書籍の執筆を担当したのは、控訴人を含む被控訴人の従業員3名であり、
この3名に対しては、被控訴人から「原稿料」が支払われていることが認め
られる。
15 以上の事実によれば、本件書籍は、被控訴人の従業員としての控訴人が、
その職務上作成したものと認めることができる。なお、控訴人も、本件書籍
の執筆に当たり、文化服装学院内において執筆することがあり、被控訴人の
職員と打ち合わせ、被控訴人が所蔵する資料を借り出し、調査等の目的で文
化服装学院の図書館を利用したことを認めている(甲19、弁論の全趣旨)。
20 (2) 以上の認定・判断に反する控訴人の主張は、以下のとおり、いずれも採
用できない。
ア まず、控訴人は、本件書籍の作成指示は、本件財団法人の当時の事務局
長兼理事であった Aから受けたと主張し、本件当時の文化服装学院の
教務部長の Bの陳述書(甲20)中には、控訴人が Aとやり取りを
25 しており、自分としては本件書籍の執筆を被控訴人の業務として行って
はならないと厳命していたとの記載もある。
しかし、本件財団法人作成の本件計画案(甲18)中に、本件書籍は
被控訴人(文化服装学院)の職員に「執筆願っている」旨の記載がある
ほか、被控訴人と本件財団法人間の覚書においても、本件書籍は、被控
訴人(文化服装学院)側で執筆を含む編集・出版を担当することが明記
5 されている。 Bの陳述書は、これら関係証拠と矛盾するものであって、
採用できない。
イ また、控訴人は、本件書籍執筆当時の嘱託業務量からして、膨大な分量
のある本件書籍を執筆することはできなかったとも主張する。しかし、
嘱託業務としての所定の勤務時間内に本件書籍の執筆をすることが困難
10 であったとしても、講師としての本来の報酬とは別に相応の報酬を受け
取ることを前提に、付随業務として本件書籍の執筆を新たに引き受ける
ということはあり得る話であり、控訴人の上記主張は、本件書籍の執筆
が被控訴人従業員としての職務(付随業務)に含まれないと解すべき理
由にはならない。
15 ウ さらに、控訴人は、本件書籍執筆に関して本俸を上回る原稿料が支払わ
れていることから、本件執筆が嘱託専任講師業務とは別の性質のもので
あると主張する。しかし、ここで重要なのは、「原稿料」が、本件財団
法人からではなく、控訴人の使用者である被控訴人から支払われている
という事実である。本件財団法人( A)に指示されて執筆した旨をい
20 う控訴人の主張は、この事実と整合せず、原稿料の支払に関する客観的
な事実関係は、むしろ、被控訴人従業員としての職務(付随業務)に基
づいて本件書籍の執筆がされたことを推認させるものである。なお、本
来の講師としての報酬と別枠での支払になっているという点に関してい
えば、当該原稿料の支払は、付随業務の負担が重いことに配慮した補償
25 的な現金支給であったと理解できるから、いずれにせよ上記認定判断を
左右しない。
4 「著作の名義の下に公表するもの」について
(1) 本件書籍の奥付等の記載について
ア 前記引用に係る前提事実(原判決「事実及び理由」の第3の1(2))の
とおり、本件書籍の奥付には、「発行」として「学校法人文化学園文化
5 出版局」の名称が記載され、この「発行」の記載とは別に、「発売元」
として本件財団法人の名称が記載されており、これらの記載から離れた
下部には「ⒸBunka Publishing Bureau」(文化出版局)の記載がされて
いる。
ところで、学校法人においては収益事業の区分経理が求められていると
10 ころ(私立学校法26条3項)、証拠(乙17、18)及び弁論の全趣
旨によれば、被控訴人は、収益事業組織である文化出版局に属する業務
を行う場合には、「学校法人文化学園文化出版局」又は単に「文化出版
局」という名称を使用していたことが認められ、「 Bunka Publishing
Bureau」とは、その英語表記であると認められる。したがって、「学校
15 法人文化学園文化出版局」及び「Bunka Publishing Bureau」との表記は、
法人としては被控訴人を指すものと理解すべきである。
イ 以上の前提で、上記奥付のⒸマークの意義を検討するに、控訴人は、あ
くまでも著作権者を示すものであって著作者の表示ではないと主張する
のに対し、被控訴人は、著作権者の表示に止まらず著作者を示す表示と
20 しても世間一般に認識されている旨主張する。
この点、確かに、サンフランシスコ平和条約及び万国著作権条約批准
に至る沿革に照らすと、本来、Ⓒマークが著作権者を示す表示であるこ
とは、控訴人の主張するとおりと解されるが(甲30~33)、他方、
証拠(乙11、27の1~3、乙28の1、2)によれば、Ⓒマークは
25 クレジット表記(コンテンツの著作者、提供者を示すもの)としても社
会一般に浸透しつつあることが認められる。Ⓒマークと「著者」、「作
者」、「著」、「作」等の表記が併存する場合には、Ⓒマークが著作権
者の表示、「著者」等が著作者の表示を意味すると理解すべきであるが
(甲28の各枝番)、本件書籍においては、「著者」、「作者」、
「著」、「作」等の表示はない。少なくともこのような場合には、Ⓒ
5 マークをクレジット表記と理解する余地もあると解され、最終的にこれ
が著作者表示として認められるかどうかは、本件書籍の著作物としての
性質等を総合して判断する必要があるというべきである。
ウ ところで、本件書籍の表紙、背表紙、扉及びはしがきには本件財団法人
の名称が記載されているが、これは、本件書籍を本件検定の標準テキス
10 トとして推奨していることを示すために、本件検定の実施主体である本
件財団法人の名称を前面に出したと理解されるものであり、これを著作
者の表示と解すべき根拠はない。
(2) 本件書籍の著作物としての性質等
上記(1)イの観点から更に検討するに、上記のとおり、本件書籍は、新た
15 に発足する本件検定の標準テキストというべき位置付けのガイドブックであ
り、本件検定に準拠し、その内容が制約されることは、「ファッション色彩
[Ⅰ]ファッション色彩能力検定試験3級準拠」という題名からも明らかな
ものである。このように、本件書籍は、その性質上、執筆者個人の表現の個
性・創作性が重視されるものではなく、あくまで本件検定試験に準拠したテ
20 キストとして制約を受けた上で執筆されたものであるから、そのようなテキ
ストの発行を企画・編集した発行主体(組織体)を著作物の創作主体として
遇することが自然といえる。本件書籍が、あえて執筆者個人(自然人)を著
作者として明示していないのは、上記の趣旨に基づくものと理解される。
(3) 上記(1)で示した奥付の記載(特にⒸマーク)に本件書籍の著作物とし
25 ての性質等を総合すると、本件書籍は、被控訴人の著作名義の下に公表され
たものと認めることができる。なお、本件計画案に照らすと、上記奥付の記
載は、本件書籍が執筆された当時に想定されていた公表名義と基本的に異な
るものではないと認められる。
(4) これに対し、控訴人は、本件財団法人が主催する他の検定に準拠する各
種書籍においては、Ⓒマーク下の表示が全て本件財団法人の名称であると主
5 張する。しかし、上記主張にいう「他の検定」とは、「ファッションビジネ
ス能力検定」、「パターンメーキング技術検定」、「ファッション販売能力
検定」であって(甲23~25の各枝番)、本件の「ファッション色彩能力
検定」とは、求められる専門性、テキストの内容等も当然異なるものである。
それぞれのテキストを発行するに当たっての企画・編集等の作業、執筆者の
10 構成等も当然異なるはずであり、それぞれの実情に応じた著作者表示が行わ
れた結果、上記「他の検定」に係るテキストでは本件財団法人を、本件書籍
では被控訴人を著作者として表示することになったとしても、何の不思議も
ない。
その他、控訴人は、第1覚書(乙1)や第2覚書(甲7)に「出版権は被
15 控訴人」(各第3条) 「再販時の印税なし」
、 (各第8条)との趣旨の記載があ
ることを指摘し、被控訴人が本件書籍の著作者であれば、わざわざこれらの
規定を置く必要はないとも主張する。しかし、前者の出版権に関する記載
(各第3条)は、端的に被控訴人が著作者・著作権者であることを示してい
ると理解することが可能かつ自然であり、後者の印税に関する記載(各第8
20 条)については、著作者の帰属を明示的にも黙示的にも定めるものとはいえ
ない。
5 小括
以上に加え、本件において「その作成の時における契約、勤務規則その他
に別段の定め」がないことは当事者間に争いがないから、本件書籍について
25 は職務著作(著作権法15条1項)の成立が認められ、その著作者は被控訴
人であると認められる。控訴人が本件書籍の著作権を有するとは認められな
い。
第5 結論
よって、その余の点について検討するまでもなく、控訴人の本訴請求はいず
れも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない
5 からこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
宮 坂 昌 利
裁判官
本 吉 弘 行
裁判官
15 岩 井 直 幸
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