令和6(ワ)70280発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴え
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裁判所 |
東京地方裁判所東京地方裁判所
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裁判年月日 |
令和7年1月17日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
著作権
著作権法2条1項7号5回 著作権法2条1項9号2回 著作権法15条1項2回 著作権法29条1項1回 著作権法23条1項1回 著作権法2条1項1号1回
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キーワード |
侵害29回 損害賠償5回 許諾4回
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主文 |
1 東京地方裁判所令和5年(発チ)第10276号発信者情報開示命令申立事
2 訴訟費用は原告の負担とする。
1 東京地方裁判所令和5年(発チ)第10276号発信者情報開示命令申立事
2 被告の上記事件に係る申立てをいずれも却下する。
1 事案の要旨
1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求める申立てをしたところ、東京地
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特
3 争点
1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって被告の「権利が侵害された
2 争点2(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロ
1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって被告の「権利が侵害された
2 争点2(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロ |
事件の概要 |
1 事案の要旨
被告は、電気通信事業を営む原告に対し、氏名不詳者ら(以下「本件各氏名
不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitT
orrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワーク
(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、別紙動画目録記25
載の動画(以下「本件動画」という。)を複製して作成した動画ファイル(以
下「本件ファイル」という。)を、本件各氏名不詳者が管理する端末にダウン
ロードし、公衆からの求めに応じ自動的に送信し得る状態とした上で、上記動
画ファイルを公衆からの求めに応じ自動的に送信したことによって、本件動画
に係る被告の著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかであり、本件各氏
名不詳者に対する損害賠償請求のため、被告が保有する別紙発信者情報目録記5
載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な
理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発
信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条 |
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判決文
令和7年1月17日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和6年(ワ)第70280号 発信者情報開示命令の申立てについての決定に対
する異議の訴え
口頭弁論終結日 令和6年11月7日
5 判 決
原 告 中部テレコミュニケーション株式会社
同訴訟代理人弁護士 星 川 信 行
被 告 株式会社EXstudio
同訴訟代理人弁護士 戸 田 泉
10 同訴訟復代理人弁護士 塚 松 卓 也
主 文
1 東京地方裁判所令和5年(発チ)第10276号発信者情報開示命令申立事
件について、同裁判所が令和6年6月5日にした決定を認可する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
15 事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 東京地方裁判所令和5年(発チ)第10276号発信者情報開示命令申立事
件について、同裁判所が令和6年6月5日にした決定を取り消す。
2 被告の上記事件に係る申立てをいずれも却下する。
20 第2 事案の概要等
1 事案の要旨
被告は、電気通信事業を営む原告に対し、氏名不詳者ら(以下「本件各氏名
不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるBitT
orrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワーク
25 (以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、別紙動画目録記
載の動画(以下「本件動画」という。)を複製して作成した動画ファイル(以
下「本件ファイル」という。)を、本件各氏名不詳者が管理する端末にダウン
ロードし、公衆からの求めに応じ自動的に送信し得る状態とした上で、上記動
画ファイルを公衆からの求めに応じ自動的に送信したことによって、本件動画
に係る被告の著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかであり、本件各氏
5 名不詳者に対する損害賠償請求のため、被告が保有する別紙発信者情報目録記
載の各情報(以下「本件各発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な
理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発
信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条
1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求める申立てをしたところ、東京地
10 方裁判所は同申立てを相当と認め、本件各発信者情報の開示を命じる旨の決定
(以下「本件決定」という。)をした。本件は、原告が、プロバイダ責任制限
法14条1項に基づき、本件決定に対する異議の訴えを提起した事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特
記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
15 (1) 当事者
原告は、インターネット接続サービスを提供するプロバイダである。
被告は、アダルト動画の製作及び販売を行う株式会社である。
(2) ビットトレントの仕組み(乙6、9)
ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。
20 ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係る
データをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに
参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)同士の間でピースを
転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及び
ポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバーによって保有され
25 ている。
共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」
には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全ての
ピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載さ
れている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一
つのビットトレントネットワークが形成される。
5 イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとする
者は、インデックスサイトと呼ばれるインターネット上のウェブサーバー
等において提供されている当該特定のファイルに係るトレントファイルを
ダウンロードする。端末にインストールしたクライアント用のソフトウェ
アに当該トレントファイルを読み込ませると、当該端末はビットトレント
10 ネットワークにピアとして参加し、定期的にトラッカーにアクセスして、
自身のIPアドレス及びポート番号等の情報を提供するとともに、他のピ
アのIPアドレス及びポート番号等の情報のリストを取得する。
上記の手順によってピアとなった端末は、トラッカーから提供された他
のピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼
15 働しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認するための通
信を行い、当該他のピアがこれに応答することを確認した上(以下、この
当該他のピアとの通信を「ハンドシェイクの通信」という。 、当該他のピ
)
アが当該ピースを保有していれば、当該他のピアに対して当該ピースの送
信を要求し、当該ピースの転送を受ける(ダウンロード)。また、ピアは、
20 他のピアから自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当該ピ
ースを当該他のピアに転送する(アップロード)。このように、ビットト
レントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交換
し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピー
スをダウンロードする。
25 (3) 株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)による調査(乙7ない
し17)
本件調査会社は、別紙動画目録記載の各IPアドレス、各ポート番号及び
各発信時刻を以下の方法により特定した。
ア 本件調査会社担当者は、ビットトレントネットワーク上で共有されてい
るファイルの中から、本件動画の作品名、品番、ファイル名等に基づいて、
5 本件動画と同一であることが疑われるファイルのハッシュ値を探索し、当
該ハッシュ値を監視対象とした。
イ 前記アの監視に用いられたソフトウェア(以下「本件監視ソフトウェア」
という。)が、トラッカーに接続し、監視対象である前記アのハッシュ値
を有する特定のファイルを共有しているピアに関する情報のリストを要求
10 したところ、トラッカーから当該ピアのIPアドレス及びポート番号の情
報のリストが返信された。
ウ 本件監視ソフトウェアは、トラッカーからピアの情報のリストが返信さ
れた後、各ピアとの間でハンドシェイクの通信を行い、各ピアが応答する
ことを確認し、実際に、各ピアから本件ファイルの一部であるピースをダ
15 ウンロードした。このとき、本件監視ソフトウェアは、ダウンロードされ
たファイルの送信元となったピアのIPアドレス及びポート番号、ダウン
ロードされたファイルのハッシュ値及びピースの情報並びにピアからピー
スの転送を受けた際のPIECE通信(各ピアが、自身が保有するピース
の転送を求められた場合に、当該ピースを当該他のピアに転送する通信の
20 こと)の開始時点のタイムスタンプを自動的にデータベースに記録すると
ともに、当該ピースをハードディスクに保存した(以下、本件調査会社の
調査の際に行われたPIECE通信のことを「本件通信」という。 。
)
(4) 本件調査会社がダウンロードした各ピースに係る再生試験(乙18、19)
ア 本件調査会社は、ビットトレントネットワークを介して本件ファイルを
25 ダウンロードし、本件ファイルの複製データから、本件通信の際にデータ
ベースに記録されたピースの情報に基づいて、ダウンロードした各ピース
に相当する部分を除くmdat(映像、音声等のデータそのものが格納さ
れている部分)の情報を削除した上で、当該本件ファイルの複製データが
再生可能であることを確認した(以下「本件再生試験」という。。
)
イ 別紙動画目録記載の各発信時刻並びに各IPアドレス及び各ポート番号
5 は、前記(3)イ記載のリストに記載され、かつ、本件再生試験において本
件動画の一部を再生することができたピースのダウンロードに係る情報で
ある。
(5) 本件ファイルは本件動画を複製して作成されたものであること
本件ファイルは、本件動画を複製して作成されたものである(乙4、5)。
10 (6) 本件各発信者情報の保有
被告は、本件各発信者情報を保有している。
3 争点
(1) 特定電気通信による情報の流通によって被告の「権利が侵害されたことが
明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か(争点1)
15 (2) 本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ
責任制限法5条1項2号)か(争点2)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって被告の「権利が侵害された
ことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について
20 (被告の主張)
(1) 被告に本件動画の著作権が帰属することについて
ア 本件動画は、被告の従業員であるA(以下「A」という。)が、被告の
発意に基づき職務上作成したものである上、本件動画を収録したパッケー
ジには、被告の登録商標である「毒宴会」という表示が存在しており、本
25 件動画は被告の著作の名義の下に公表されたものといえる。
そうすると、被告は、著作権法15条1項に基づき、本件動画の著作者
となり、本件動画の著作権は被告に帰属する。
イ 仮に著作権法15条1項の適用がないとしても、本件動画は、映画の著
作物に該当するところ、Aは、本件動画の全体的形成に創作的に寄与した
者であるから、同法16条により、本件動画の著作者といえる。そして、
5 被告は、同法2条1項10号の映画製作者に該当し、Aは、被告に対し本
件動画の製作に参加することを約束している。
そうすると、本件動画の著作権は、同法29条1項により、被告に帰属
することになる。
ウ いずれにしても、本件動画の著作権は被告に帰属する。
10 (2) 本件各氏名不詳者により被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたこと
ビットトレントネットワークにおいて共有されているファイルは、公衆の
用に供されている電気通信回線であるインターネットに接続された他の者の
管理するパソコン等の記録媒体に記録されたものであり、不特定の者の求め
に応じて自動的に送信される。
15 そして、本件各氏名不詳者は、本件ファイルをビットトレントネットワー
クにおいて共有し、本件ファイルを公衆からの求めに応じ自動的に送信し得
る状態とした。
また、本件監視ソフトウェアは、実際に、別紙動画目録記載の各IPアド
レス等により特定される本件各氏名不詳者の管理する他のピアから、同目録
20 記載の各日時において、本件ファイルの一部であるピースをダウンロードし
た。上記ピースにより本件動画の一部を再生できることは、本件調査会社が
行った本件再生試験によって確認されており、上記ピースは、本件動画の表
現上の本質的特徴を直接感得できるものである。
したがって、本件各氏名不詳者は本件動画を複製して作成された本件ファ
25 イルを送信可能化するとともに、自動公衆送信したといえるから、被告の公
衆送信権(著作権法23条1項)を侵害したと認められる。
(3) 本件通信が「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)に該当す
ること
プロバイダ責任制限法第2条1号は、「特定電気通信」を、「不特定の者に
よって受信されることを目的とする電気通信…の送信」と定義しており、
5 「不特定の者によって受信される電気通信」とは定義しておらず、ビットト
レントネットワークによる著作権侵害が問題となる場合に、たまたま当該通
信が発信者と特定の受信者という二当事者間の通信であるために「特定電気
通信」に該当しないと解することは、被害者の権利救済の観点から妥当では
ない。
10 そうすると、最終的に不特定の者に受信されることを目的とする情報の流
通に必要不可欠な電気通信の送信は、「特定電気通信」に該当すると解すべ
きである。
そして、本件通信は、最終的に不特定の者に受信されることを目的とする
情報の流通に必要不可欠な電気通信の送信であるから、「特定電気通信」に
15 該当する。
(4) 違法性阻却事由の不存在
本件各氏名不詳者が本件ファイルを送信可能化及び自動公衆送信したこと
に関し、違法性阻却事由に該当する事実は存在しない。
(5) 小括
20 以上によれば、特定電気通信による情報の流通によって被告の著作権(公
衆送信権)が侵害されたことは明らかである(プロバイダ責任制限法5条1
項1号)。
(原告の主張)
(1) 被告に本件動画の著作権が帰属することについて
25 否認ないし争う。
(2) 本件各氏名不詳者により被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたかは明
らかではないこと
ア 本件通信は、本件調査会社が、本件各氏名不詳者に対して、アップロー
ドの要求をした上でダウンロードをするものであり、個々のユーザー間で
直接に通信することによって実現されるものであるから、あくまでも本件
5 調査会社と本件各氏名不詳者という二当事者間における通信にすぎない。
そうすると、本件通信は「公衆によつて直接受信されることを目的とし
て」行われたもの(著作権法2条1項7号の2)ではないから、被告の公
衆送信権が侵害されたとはいえない。
イ ビットトレントネットワークにおいては、本件ファイル自体をトラッカ
10 ーに記録させるわけではなく、本件氏名不詳者は、単に自己のIPアドレ
ス等の情報をトラッカーに記録しているだけであるから、本件各氏名不詳
者は、著作権法2条1項9号の5のイに該当する行為に及んだものとはい
えない。
また、本件各氏名不詳者の端末は、トラッカーとは別個のものであるか
15 ら、このような端末についても「自動公衆送信装置」と考えることはでき
ず、本件各氏名不詳者が、同号の5のロに該当する行為に及んだものとも
いえない。
したがって、本件各氏名不詳者が本件動画を送信可能化したとはいえな
い。
20 ウ 本件各氏名不詳者は、それぞれ、本件ファイルの一部であるピースをア
ップロードしているにすぎず、このようなピースのみからは、本件動画に
ついて、その表現の本質的特徴を直接感得することができる映像を再生で
きない可能性があり、このような不完全なデータをアップロードしたこと
をもって、本件動画について送信可能化及び自動公衆送信がされたという
25 ことはできない。
エ 被告は、本件調査会社がダウンロードしたピースにより本件動画の一部
を再生できることを示すものとして、本件調査会社が行った本件再生試験
に係る報告書を提出しているが、本件再生試験が適切に行われているかは
明らかではない。
そして、原告の行った意見照会に対する回答においては、「身に覚えが
5 ない」「アップロードの仕方が分からない」などといった回答がされてお
、
り、このような事情からすれば、本件調査会社による調査が正確ではなか
った可能性がある。
オ 本件各氏名不詳者において、ビットトレントの仕組みを認識している可
能性は非常に低いと考えられることからすれば、著作権侵害に関する故意
10 又は過失があったとはいえない。
カ いずれにしても、本件各氏名不詳者により本件動画に係る被告の著作権
が侵害されたことが明らかであるとはいえない。
(3) 本件通信が「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)に該当し
ないこと
15 前記(2)アのとおり、本件通信は、あくまでも本件調査会社と本件各氏名
不詳者という二当事者間における通信にすぎない。
このような事情に加え、ビットトレントネットワークにおいては、他のピ
アからの要求により、機械的、自動的にアップロード及びダウンロードが行
われるものであること、本件通信は、本件調査会社が被告の依頼に基づき調
20 査のために行っているものであることなどからすれば、本件通信は、「不特
定の者によって受信されることを目的とする電気通信…の送信」である「特
定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)に該当しないと解すべきで
ある。
(4) 被告の許諾について
25 被告は、本件調査会社による調査の際に行われた本件通信によって被告の
著作権が侵害されたと主張するが、この調査は、被告の依頼によって行われ
たものであることからすれば、本件通信を行うことについては、著作権者で
ある被告の許諾が存在し、著作権侵害が成立しないと解すべきである。
(5) 小括
したがって、特定電気通信による情報の流通によって被告の著作権(公衆
5 送信権)が侵害されたことは明らかであるとはいえない。
2 争点2(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロ
バイダ責任制限法5条1項2号)か)について
(被告の主張)
被告は、本件各氏名不詳者に対し、損害賠償等を請求する予定であるが、そ
10 のためには、被告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要がある。
したがって、本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」
(プロバイダ責任制限法5条1項2号)。
(原告の主張)
否認ないし争う。
15 第4 当裁判所の判断
1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって被告の「権利が侵害された
ことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について
(1) 本件動画に係る著作権の帰属について
証拠(乙1、4)及び弁論の全趣旨によれば、本件動画はアダルト動画で
20 あり、Aがその撮影及び製作に関する決定を行ったことが認められる。そう
すると、本件動画は、思想又は感情を創作的に表現した映画の著作物(著作
権法2条1項1号、10条1項7号)であって、かつ、Aは、本件動画の
「全体的形成に創作的に寄与した者」(同法16条)に該当し、本件動画の
著作者であるといえる。
25 また、上記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件動画の製作
に発意及び責任を有する者すなわち「映画製作者」(同法2条1項10号)
であると認められ、Aは、「映画製作者」である被告に対し、本件動画の
「製作に参加することを約束している」ものと認められる。
したがって、本件動画の著作権は、著作権法29条1項により、被告に帰
属する。
5 (2) 特定電気通信である自動公衆送信に係る情報の流通によって被告の権利が
侵害されたか否かについて
ア 本件調査会社が「公衆」(著作権法2条1項7号の2)に該当すること
前提事実(2)、証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば、ビットトレン
トネットワークにおいて送受信されるファイルは、ハッシュ値によって特
10 定され、当該ハッシュ値により特定されるファイルに係るトレントファイ
ルと同じトレントファイルを持ったユーザー同士のみがネットワークを形
成すると認められる。そして、当該ファイルに係るトレントファイルは、
インターネット上で公開されている以上、不特定の者において利用するこ
とができるから、同じトレントファイルを共有している各ピアの管理者も、
15 不特定の者となるのが通常である。
したがって、本件ファイルに係るトレントファイルをダウンロードして
ビットトレントネットワークに参加した本件調査会社は、不特定の者とし
て「公衆」(著作権法2条1項7号の2)に当たるといえる。
イ 本件動画が本件調査会社に対して「送信」(著作権法2条1項7号の2)
20 されたといえること
前提事実(2)ないし(4)、証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば、ビ
ットトレントネットワークを形成するピアは、他のピアから自身が保有す
るピースの転送を求められた場合には、当該ピースを当該他のピアに転送
(アップロード)するように動作すると認められる。
25 そして、前提事実(3)のとおり、本件調査会社は、本件ファイルに対応
するハッシュ値を監視対象とし、該当者の端末に割り当てられたIPアド
レス及びポート番号を捕捉する本件監視ソフトウェアを稼働させて、本件
各氏名不詳者との間でPIECE通信(本件通信)を行い、実際に、本件
各氏名不詳者から各ピースのアップロードを受け、各ピースをハードディ
スクに保存したものであるところ、前提事実(4)のとおり、このような形
5 でダウンロードされた各ピースは、本件再生試験において、動画を再生で
きることが確認されたものである。
また、本件再生試験の結果(乙18)及び弁論の全趣旨からすると、当
該ピースを再生して表示される各動画は、それぞれ、本件動画の表現上の
本質的特徴を直接感得できるものであると認められる。
10 これらのことからすると、本件調査会社に対して各ピースをアップロ
ードした行為は、本件動画の「送信」(著作権法2条1項7号の2)に当
たるといえる。
ウ 本件動画に係る被告の著作権(公衆送信権)が侵害されたこと
前記ア及びイによれば、ビットトレントネットワークを介して、本件各
15 氏名不詳者が管理するピアが、公衆である本件調査会社の求めに応じて、
本件ファイルの一部を構成するピースをアップロードすることにより、本
件動画の一部が自動公衆送信された(著作権法2条1項9号の4)と認め
られる。
したがって、本件通信により本件動画に係る被告の著作権(公衆送信権)
20 が侵害されたものと認められる。
エ 本件通信が「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)に該当
すること
前記アのとおり、トレントファイルは、インターネット上で公開されて
おり、不特定の者において利用することができ、かつ、同じトレントファ
25 イルを共有している各ピアの管理者は、不特定の者となるのが通常である
ことからすれば、実際に行われた本件通信が本件調査会社と発信者との間
のものであったとしても、本件調査会社は「不特定の者」(プロバイダ責
任制限法2条1号)に該当するというべきである。
そうすると、本件通信は、「不特定の者によって受信されることを目的
とする電気通信の送信」である「特定電気通信」(同号)に該当すると認
5 められる。
オ まとめ
以上によれば、特定電気通信である情報の流通によって、被告の著作権
(公衆送信権)が侵害されたと認められる。
(3) 原告の主張について
10 原告は、①本件調査会社による調査や本件再生試験が適切に行われていな
い可能性があること、②原告の行った意見照会に対する回答においては、
「身に覚えがない」 「アップロードの仕方が分からない」などといった回答
、
があり、本件各氏名不詳者には著作権侵害に関する故意又は過失があったと
はいえないこと、③本件調査会社による調査は、被告の依頼に基づくもので
15 あるから、本件通信を行うことについては、著作権者である被告の許諾が存
在し、著作権侵害が成立しないことなどを主張する。
しかしながら、上記①については、本件全証拠によっても、本件調査会社
による調査や本件再生試験が適切に行われていないと認めることはできず、
原告の主張は抽象的な可能性を指摘するものにすぎない。
20 また、上記②については、プロバイダ責任制限法5条1項1号は,違法な
権利侵害であることの明白性までは要求しているものの、故意又は過失を要
件として規定していないこと、発信者が特定されていない段階で被告が発信
者の主観的要件である故意又は過失の存在を主張立証するのは酷であるとい
えることからすると、発信者情報の開示を求める段階で、被告において発信
25 者の故意又は過失を立証する必要まではないと解するのが相当である。そう
すると、本件各氏名不詳者に著作権侵害に関する故意又は過失があったか否
か不明であることは、前記(2)の判断を左右する事情とはいえない。
さらに、上記③については、証拠(乙7、8)及び弁論の全趣旨によれば、
本件調査会社による調査は、ビットトレントネットワークを介した著作権侵
害の有無を確認するために行われたものであり、被告は、その調査によって
5 特定された人物に対し、被告の著作権が侵害されたことを理由として、不法
行為に基づく損害賠償請求をする予定であることが認められる。このような
調査の目的等を踏まえると、本件通信の際に生じた著作権侵害の事実につい
て、被告が許諾をしていたと認めることはできないというべきである。
したがって、原告の上記各主張はいずれも採用できない。
10 (4) 違法性阻却事由の不存在
本件全証拠によっても、本件各氏名不詳者の行為について、違法性を阻却
すべき事情はうかがわれないから、違法性阻却事由は存在しないと認めるの
が相当である。
(5) 小括
15 以上によれば、送信可能化について判断するまでもなく、特定電気通信に
よる情報の流通によって、本件動画に係る被告の著作権(公衆送信権)が侵
害されたことが明らかであり、本件各発信者情報は、「当該各権利侵害に係
る発信者情報」に該当するものと認められる。
2 争点2(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロ
20 バイダ責任制限法5条1項2号)か)について
弁論の全趣旨によれば、被告は、本件各氏名不詳者に対し、本件動画に係る
被告の著作権が侵害されたことを理由として、不法行為に基づく損害賠償請求
をする予定であるものと認められ、その請求のためには、原告が保有する本件
各発信者情報の開示を受ける必要があるといえる。
25 したがって、本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」
(プロバイダ責任制限法5条1項2号)と認められる。
第5 結論
よって、原告に本件各発信者情報の開示を命じた本件決定は相当であるから、
これを認可することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
國 分 隆 文
裁判官
塚 田 久 美 子
裁判官
木 村 洋 一
(別紙動画目録 省略)
(別紙)
発信者情報目録
別紙動画目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に相手方から
割り当てられていた契約者に関する以下の情報。
① 氏名又は名称
② 住所
③ 電子メールアドレス
以上
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