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令和6(ネ)10080特許権侵害差止等請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和7年5月21日
事件種別 民事
対象物 笠木下換気構造体
法令 特許権
特許法44条2項1回
特許法100条1項1回
キーワード 分割14回
侵害10回
実施6回
特許権4回
進歩性3回
間接侵害2回
差止2回
損害賠償1回
主文 1 本件控訴を棄却する。20
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事件の概要 判決中の「原告」、「被告」はそれぞれ「控訴人」、「被控訴人」に読み替え5 る。)

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判決文

令和7年5月21日判決言渡
令和6年(ネ)第10080号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・大阪地方
裁判所令和5年(ワ)第8403号)
口頭弁論終結日 令和7年3月12日
5 判 決
控 訴 人 株 式 会 社 ハ ウ ゼ コ
同訴訟代理人弁護士 松 村 信 夫
10 同 塩 田 千 恵 子
同 文 今 子
同訴訟代理人弁理士 小 林 義 孝
同補佐人弁理士 山 本 直 樹
同 野 口 晴 加
被 控 訴 人 株 式 会 社 ト ー コ ー
同訴訟代理人弁護士 藤 田 典 彦
主 文
20 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
25 2 被控訴人は、原判決別紙物件目録記載の製品を製造し、販売し、又は販売の
申出をしてはならない。
3 被控訴人は、前項の製品を廃棄せよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、3000万円及びこれに対する令和5年9月1
4日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要(略称等は、特に断らない限り、原判決の表記による。また、原
5 判決中の「原告」、「被告」はそれぞれ「控訴人」、「被控訴人」に読み替え
る。)
1 本件は、発明の名称を「笠木下換気構造体」とする特許(特許第52692
64号、本件特許)に係る特許権(本件特許権)を有する控訴人が、原判決別
紙物件目録記載の製品(被控訴人製品)を部材とする笠木下換気構造体の構造
10 は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本件発明)の技術的範
囲に属するものであり、被控訴人製品は上記笠木下換気構造体の「生産のみに
用いられる物」に該当するから、被控訴人製品を製造、販売等することは本件
特許権の侵害(間接侵害)に当たると主張して、被控訴人に対し、特許法10
0条1項及び2項に基づき、被控訴人製品の製造・販売等の差止め及び廃棄を
15 求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償請求として、3000万円(一部
請求)及びこれに対する不法行為の後である令和5年9月14日(訴状送達日
の翌日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金
の支払を求めた事案である。
原判決は、被控訴人製品を部材とする笠木下換気構造体は、本件発明の構成
20 要件のうちの一つ(構成要件C「前記笠木下部材内に配置され、通気性能及び
防水性能を発揮する換気部材とを備え、 )を充足せず、本件特許の特許請求の

範囲に記載された構成と均等なものともいえないから、本件発明の技術的範囲
に属するとは認められず、被控訴人製品による本件特許権の間接侵害は認めら
れないと判断し、控訴人の請求をいずれも棄却したので、控訴人が原判決を不
25 服として控訴した。
2 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張は、後記3のとおり控訴人の
当審における補充主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」第2の2、3
及び第3(2頁13行目から6頁1行目まで)記載のとおりであるから、これ
を引用する。
3 当審における控訴人の補充主張
5 ⑴ 文言侵害の成否についての原判決の事実認定及び法的解釈の誤り
ア 笠木下換気構造体は手すり壁等の笠木下において、外壁通気層内と外気
の間に、雨水の浸入を防ぎ、かつ換気を行う通気経路を確実に形成する目
的で用いられるものであり、この種の換気構造体の製品形状や部品構成は、
製造事業者により多様であるが、いずれも壁内(建物内)の自然換気を図
10 ることにある点では共通している。このような通気性能及び防水性能を発
揮する「換気部材」は、通気経路内に局部的に、通気を妨げず、かつ雨滴
の透過を有効に遮断する機能を発揮する箇所を構成する目的で配置する
部材全般を指すものと解釈でき、それには、通気を妨げずに雨滴の透過を
有効に遮断する機能を部材自体に内包したブロック状(ハニカム状)のも
15 のであってもよいし、通気経路を完全に塞がないように設置された雨滴の
遮断に有効な板状(蛇行経路の形状)のものであってもよい。すなわち、
「換気部材」が通気性能を発揮するか否かは、部材自体の通気性だけでは
なく、その配置形態を含めて判断すべきである。また、その基準は、通気
を妨げず壁内(建物内)の自然換気を図ることができるものであれば足り
20 る。そして、通気性能及び防水性能を発揮する換気部材にブロック状のも
のと板状のものが存在することは、換気部材を製造している多くの当業者
にとっても周知な技術常識である。
本件についてみると、本件発明に係る控訴人製品における合成樹脂シー
トの積層材は前者の形態の部材(ブロック状)に該当し、被控訴人製品の
25 傾斜部⑤のように上端の端部が通気経路の内面と接触しないように配置
されていることにより通気を妨げず、かつ雨滴の透過を有効に遮断する機
能を発揮している部材(板状)は後者の形態の部材(板状)に該当すると
いうのが当業者の一般的な認識である(甲22:東海大学名誉教授・工学
博士であるA作成の「笠木下換気構造体に配置される換気部材について」
と題する意見書(以下「甲22意見書」という。 )
)。
5 したがって、当業者の技術常識を参酌すると、被控訴人製品を部材とす
る笠木下換気構造体の傾斜部に関する構成cは、本件発明の換気部材に関
する構成要件Cを充足する。
原判決は、
「構成要件Cが規定する『換気部材』については、当業者にと
って、少なくともそれ自体が『通気性能及び防水性能』を有することを要
10 すると解するのが構成要件Cの自然な文言解釈であり、かつ、本件明細書
の記載にも合致する。」と判示しているが、本件発明の構成要件Cは、あく
まで「通気性能及び防水性能を発揮する」と記載されているのみで、換気
部材自体に通気性能を有することを限定してはいない。
また、当業者の技術常識を参酌すると、通気性能及び防水性能を発揮す
15 る換気部材とは、通気経路内に局部的に、通気を妨げず、かつ雨滴の透過
を有効に遮断する機能を発揮する箇所を構成する目的で配置する部材で
あるか否かで判断すべきである。そして、換気部材が通気性能を有するか
否かは、部材自体の通気性だけではなく、その配置形態を含めて判断すべ
きであり、その基準は、通気を妨げず壁内(建物内)の自然換気を図るこ
20 とができるものであれば足りるといえる。したがって、原判決の判示は、
この当業者の技術常識に反するものであって、誤りである。
さらに、原判決は、あくまで一実施形態における説明である実施例を摘
示し(原判決「事実及び理由」
(以下、
「事実及び理由」の記載を省略する。)
第4の1⑴ア(ア)b(d)) 明確な引用はないものの、
、 原判決の上記判示の言
25 外の根拠として用いているようである。しかし、上記のとおり、換気部材
には、部材自体に通気性能はないとしても、板状の換気部材のように通気
経路内に局部的に、通気を妨げず、かつ雨滴の透過を有効に遮断する機能
を発揮する箇所を構成する目的で配置する部材もまた通気性能を発揮し
ているのであり、この点を看過して実施例のみを重視して判断した原判決
は誤りである。
5 甲25(控訴人の従業員が作成した「通気量試験テクニカルデータ」と
題する書面)によれば、被控訴人製品の換気部材においても、その配置形
態を含めて考慮すると、通気を妨げず壁内(建物内)の自然換気を図るこ
とができるため、通気性能を発揮していることがわかる。
このように、当業者の技術常識を参酌すると、
「通気性能及び防水性能を
10 発揮する換気部材」に相当するか否かについては、その構成が、通気経路
内に、局部的に、通気を妨げずかつ雨滴の透過を有効に遮断する機能を発
揮する箇所を構成する目的で配置する部材であるか否かによって判断す
べきである(以下、この判断手法を「第1の判断手法」という。 。

イ 仮に、第1の判断手法が認められず、
「換気部材」に相当するか否かにつ
15 いては換気部材自体に通気性能を発揮することが必要だとした場合でも、
その構成が、防水性能に寄与する部分(雨滴の透過を有効に遮断する部分)
及び通気性能に寄与する部分(通気を妨げないように設けられた部分)を
有するか否かによって判断することができると言える(以下、この判断手
法を「第2の判断手法」という。 。

20 被控訴人製品における本件発明の換気部材に相当する構成及びその周
辺の構造は、以下の図のとおりである。

上記傾斜部⑤は外方に向けて内角約45度に傾斜し、その上方に向けて
第1水平部に接触しないように長さが調整されていることで、破線枠内に
太矢印で描かれた通気間隙を有しており、これによって内部の温かく湿っ
5 た空気を自然換気により外部へ排出することができる。
また、被控訴人製品では、傾斜部⑤が雨滴の透過を有効に遮断すること
で防水性能に寄与している部分である。
そうすると、上記第2の判断手法においては、被控訴人製品を部材とす
る笠木下換気構造体は、本件発明の構成要件Cに対応する構成として、以
10 下の構成を備えているといえ、防水性能に寄与する部分として傾斜部⑤を
有し、通気性能に寄与する部分として第1水平部②下部及び傾斜部⑤上端
の間に形成された通気間隙を有しているため、換気部材自体が通気性能及
び防水性能を発揮しており、本件発明の構成要件Cを充足する。
「(c’-1)前記第2水平部④の内方側の側端から上方に向け、第2水平部
15 上面との間の内角約45度になして傾斜し、その上方に向け前記第1水
平部に接触しないように長さが調整された傾斜部⑤と、第1水平部②下
部及び傾斜部⑤上端の間に形成された通気間隙とからなり、
(c’-2)前記傾斜部⑤は、前記第2垂直部③に設けられた開口⑥から
笠木下部材内部に浸入する雨水を遮断してその浸入を防止する防水性
能を発揮するとともに、前記通気間隙は、笠木下部材内部から前記開口
⑥に向かう気流を第1水平部②下部及び傾斜部⑤上端の間を通気する
ことにより笠木下部材内部と外部との間の通気を行う通気性能を発揮
5 する
(c’-3)換気部材を備え」
ウ 本件発明の課題及び効果についての法的評価の誤り
本件発明は、親出願(特願2012-143663)からの分割出願の
さらに分割出願に係り、分割要件を満たした適法な分割出願として認めら
10 れ、特許されたものである。
特許出願の分割は、二以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな特
許出願とするものであるところ、分割出願が原出願の時にしたものとみな
されるという効果を生ずるから(特許法44条2項) 分割出願の明細書等

に記載された事項が、原出願の出願当初の明細書等に記載された事項の範
15 囲内であることを要する。そして、原出願の出願当初の明細書等に記載さ
れた事項とは、当業者によって、原出願の出願当初の明細書等の全ての記
載を総合することにより導かれる技術的事項を意味する。そのため、その
ような技術的事項を明らかにするために発明の課題を認定するに当たっ
ては、原出願の当初明細書等の【発明が解決しようとする課題】欄、
【発明
20 の効果】欄の記載のみにとらわれることなく、明細書及び図面の全ての記
載事項に加え、出願時の当業者の技術常識を考慮して課題を把握すべきで
ある(知財高裁令和4年(行ケ)第10028号)。
親出願に係る特許発明の構成は、本件発明の構成要件Cに対応する構成
として、以下のC’-1ないしC’-3の構成が存在した。
25 「C’-1 前記第1水平部の内面と前記第2水平部の内面との間に取り
付けられ、断面が四角形形状を有すると共に前記長手方向に延びる棒
形状を有し、外方面から内方面へ貫通する複数の通気孔を有する換気
部材とを備え、
C’-2 前記第2垂直部の内面と前記換気部材の前記外方面との間に
空間が設けられ、
5 C’-3 前記換気部材は、前記長手方向において前記笠木下部材の一
方端から突き出ると共に前記笠木下部材の他方端から凹むように前記
笠木下部材に取付けられる、」
また、親出願に係る特許発明においては、本件発明の構成要件Dに対応
する構成は存在しなかった。
10 このように、本件特許に係る分割出願では、親出願の構成要件C’-1
ないしC’-3で規定した換気部材を上位概念化し、構成要件C「前記笠
木下部材内に配置され、通気性能及び防水性能を発揮する換気部材」とし、
かつ、構成要件D「前記笠木下部材の前記第1垂直部は前記外壁下地材と
前記胴縁との間の隙間に差し込むようにして設置されることができる、」
15 を新たに追加した。
親出願に係る特許発明は、構成要件C’-1ないしC’-3の限定事項
によって、
「設置時に本体部と通路部とを別々に、且つ蛇行通路が形成され
るように所定の位置関係で腰壁パネルに取付ける必要があり、複雑な構造
であるため、迅速な設置が困難であると共に、換気量が少ないものであっ
20 た。」という課題や、「笠木下部分における雨水の浸入は、覆い部材内の蛇
行通路によって移動距離を長くして防止しているのみであるため、暴風雨
等で雨量が極端に増加した時の防水機能としての信頼性が十分ではなか
った。更には、虫等が蛇行通路を介して建物内に侵入する虞があった。」と
いう課題を解決したものである。
25 これに対し、本件発明では、親出願とは異なる特徴的な構成として前記
のように、構成要件Dを追加しつつ、その前提として換気部材については
「通気性能及び防水性能」が必要であること、及びその「通気性能及び防
水性能」さえ換気構造体全体として発揮できれば十分であることを明確に
するため、親出願の構成要件C’-1ないしC’-3を上位概念化して構
成要件Cとしたものである。したがって、本件発明で上位概念化された「換
5 気部材」にあっては、明細書の一実施形態として説明したブロック状のも
のだけでなく、当業者が技術常識として認識している通気経路を完全にふ
さがないように設置された雨滴の遮断に有効な板状のものも含み、虫等の
侵入のおそれのある従来技術における換気部材を含むものである。そのた
め、親出願とは異なり、本件発明において従来技術を含む換気部材に関す
10 る構成は特徴的な構成とはなり得ず、従来技術に見られない特有の技術的
思想を構成する特徴的な技術思想は、構成要件D「前記笠木下部材の前記
第1垂直部は前記外壁下地材と前記胴縁との間の隙間に差し込むように
して設置されることができる」という点である。
また、当業者の技術常識についてみると、当業者は、従来、換気構造体
15 の留め付け方として下地躯体の天端に上方から釘やビスを打ち付ける方
法(脳天打ち)が取られていたが、留め付け孔から漏水・腐朽のおそれが
あったという問題点について、原出願の前の時点において課題として認識
していた(甲15のA-1、A-2等)。
上記のとおりである原出願前の従来技術とその課題に加え、原出願の当
20 初明細書等の段落【0046】【0048】
、 (それぞれ、本件明細書の段落
【0046】【0048】と同一である。
、 )の記載を考慮すると、本件発明
の真に解決すべき課題は、親出願の当初明細書等の【発明が解決しようと
する課題】欄には記載されていないものの、第1垂直部の構成により、
(横
留めすることを可能とするために)「笠木下部材の外壁下地材に対する位
25 置決めを容易にすること」にある。
そうすると、本件発明に関する明細書の記載とその技術的意義からすれ
ば、本件明細書の記載を見た当事者であれば、本件発明における課題と解
決原理にかかわる特徴的な技術思想は構成要件Dであって、換気部材に関
する構成、すなわち、換気部材の部材自体が通気性能を有するか否かや、
またその形状がブロック状であるか板状であるかは、本件発明の課題やそ
5 の解決原理にかかわる部分ではなく、笠木下換気構造体における換気部材
は通気性能及び防水性能を発揮できるものであれば十分であると理解す
るから(知財高裁平成26年(行ケ)第10087号事件の判決と同旨)、
被控訴人製品における換気部材がその部材自体において通気性能を有す
る必要がないだけでなく、その形状がブロック状のものであっても板状の
10 ものであっても、構成要件Cを充足するというべきである。
⑵ 均等侵害の成否についての原判決の判断の誤り
ア 第2要件について
前記⑴ウのとおり、本件特許が分割出願された経緯に鑑みると、本件発
明により解決しようとする主要な課題は、笠木下換気構造体を設置する際
15 に、笠木下部材の外壁下地材に対する位置決めを容易にし、取付作業を効
率的に行うことにあり、このような課題を解決するために構成要件Dに記
載したような笠木下部材の構成を創作したものであって、本件発明におい
て、換気部材にかかわる構成要件Cは、本件発明の課題やその解決原理に
かかわる部分とはいえない。
20 他方、被控訴人製品も、その構成として、
「垂直方向に延びる第1垂直部」
を有し、被控訴人製品を部材とする笠木下換気構造体は、
「前記笠木下部材
の前記第1垂直部①は前記外壁下地材と前記胴縁との間の隙間に差し込
むようにして設置されることができる」
(構成d)ものであって、このよう
な構造によって、笠木下部材の外壁下地材等に対する位置決めが容易とな
25 るため、笠木下部分への取付作業が効率的になるという作用・効果が発生
する。
したがって、被控訴人製品は、本件発明と発明の目的及び作用・効果が
同一である。
イ 第3要件について
被控訴人製品は、笠木下部材の第2水平部の内側の端部から第2水平部
5 上面との間の内角約45度になして傾斜した傾斜部⑤を設けることによ
り、当該傾斜部で開口から浸入する雨水を遮蔽することにより防水性能を
発揮する換気部材を構成しており、また前記傾斜部の先端をその上方に向
け前記第1水平部に接触しないよう長さを調整することにより、傾斜部⑤
の上端と前記第1水平部との間に通気間隙を設けることにより通気性能
10 を発揮するという技術思想に基づき構成されている。このような技術思想
に基づけば、第2垂直部に複数の通気窓口(いわゆる「複数の開口」)を設
けたうえで、傾斜部⑤に沿って通気路を設置し、最後に傾斜部と第1水平
部の間の通気間隙へとつながる通気路を設けるという構造が自然であり、
かつ、それ以外の方法は考えられない。すなわち、溜まった雨水を効率的
15 に排出するためには、
「複数の開口」を第2の垂直部の下方に適宜の間隔を
空けて構成することになることが自然である。また、
「複数の開口」と「傾
斜部」の位置関係については「複数の開口」から浸入した雨水を防ぐため
の「傾斜部」の角度は適宜決まるものであるし、傾斜部の高さについても、
通気路が確保できる程度で、かつ、前記第2垂直部の下方の「複数の開口」
20 からの雨水を防ぐために傾斜部⑤の上端を開口から浸入する雨水を遮蔽
できる程度の高さが必要であることは自明の理であり、当業者がこのよう
な技術思想のもと被控訴人製品の笠木下部材の形態や配置を選択設計す
れば、上記のような複数の開口や傾斜部の形態や位置関係も決まってくる。
以上のように、本件発明の換気部材と、被控訴人製品の傾斜部⑤との相
25 違点に係る構成については、被控訴人製品の創意工夫の余地は全くなく、
このような構成は設計事項にすぎない。
また、被控訴人製品との同一の構成の被控訴人特許(乙9)についての
特許異議申立事件(異議2023-701235)において、取消理由通
知(進歩性なし)がなされている(甲20、乙1、甲29)ことに鑑みれ
ば、被控訴人製品の上記のような構成は、出願時に容易想到である。
5 したがって、被控訴人製品については、均等の第3要件も充足する。
第3 当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであると判
断する。その理由は、後記のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判
断を付加するほか、原判決「事実及び理由」第4の1(6頁3行目から13頁
10 10行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(当審における控訴人の補充主張に対する判断)
1 控訴人は、前記第2の3⑴アのとおり、「通気性能及び防水性能を発揮する
『換気部材』」は、通気経路内に局部的に、通気を妨げず、かつ雨滴の透過を有
効に遮断する機能を発揮する箇所を構成する目的で配置する部材全般を指す
15 ものと解釈でき、通気性能及び防水性能を発揮する換気部材にブロック状のも
のと板状のものが存在することは、当業者にとって周知な技術常識であり、こ
の技術常識を参酌すれば、被控訴人製品を部材とする笠木下換気構造体の傾斜
部に関する構成cは、本件発明の換気部材に関する構成要件Cを充足するなど
と主張する。
20 控訴人が当審において証拠として提出した甲22意見書には、 『換気部材』

の形態は、通気を妨げずに雨滴の透過を有効に遮断する機能を部材自体に内包
したブロック状のものであっても良いし、通気経路を完全に塞がないように設
置された雨滴の遮断に有効な板状のものであっても良い。」との記述がある。
しかし、仮に、
「通気性能及び防水性能を発揮する換気部材にブロック状のも
25 のと板状のものが存在する」との技術常識が存在するとしても、前記第2の3
⑴アの控訴人の主張内容及び甲22意見書の内容に照らせば、上記技術常識は、
一般的に、笠木下換気構造体の内部において通気性能及び防水性能を発揮する
ものとして、ブロック状のものと、蛇行経路を形成する板状のもの(甲22意
見書の参考文献3の4頁記載の例1。同参考文献3は甲23の文献と同一であ
る。 があることを示すものにすぎず、
) 被控訴人製品の傾斜部⑤のような板状部
5 分が「通気性能及び防水性能を発揮する換気部材」であることを示す技術常識
であるとは認められない。
また、本件発明の構成要件Cに用いられている「通気性能及び防水性能を発
揮する換気部材」との文言と、本件明細書から認められる本件発明の解決すべ
き課題、課題を解決するための手段及び本件発明の効果(原判決第4の1⑴ア
10 (ア)b、同c(b))によれば、構成要件Cが規定する「換気部材」自体が「通気性
能及び防水性能」を有することを要すると解されることは、原判決第4の1⑴
ア(ア)c(c)の説示のとおりである。
上記のとおり、構成要件Cが規定する「換気部材」自体が「通気性能及び防
水性能」を有することを要すると解されることからすると、通気性能及び防水
15 性能を発揮する換気部材とは、通気経路内に局部的に、通気を妨げず、かつ雨
滴の透過を有効に遮断する機能を発揮する箇所を構成する目的で配置する部材
であるか否かで判断すべきである(控訴人のいう「第1の判断手法」)というこ
とはできないし、また、換気部材が通気性能を有するか否かは、部材自体の通
気性だけではなく、その配置形態を含めて考慮した上で通気を妨げず壁内(建
20 物内)の自然換気を図ることができるものであれば足りる、ということもでき
ない。
原判決は、本件明細書に記載された実施例のみから、構成要件Cの「換気部
材」自体が通気性能及び防水性能を有することを要するとの結論を導いたもの
ではないから、本件明細書が挙げる実施例の態様を考慮したことに不当な点は
25 ない。
甲25の書面に記載された実験により、被控訴人製品を部材とした笠木下換
気構造体において、一定の通気量があり、通気性能があると認められるとして
も、そのことをもって、被控訴人製品の傾斜部⑤のような板状部分が「通気性
能及び防水性能を発揮する換気部材」であると認められることにはならない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
5 2 控訴人は、前記第2の3⑴イのとおり、換気部材自体が通気性能を発揮する
ことが必要であると解した場合でも、その構成が防水性能に寄与する部分及び
通気性能に寄与する部分を有するか否かによって判断することが可能であり
(控訴人のいう「第2の判断手法」 、これによれば、被控訴人製品を部材とす

る笠木下換気構造体は、換気部材自体が通気性能及び防水性能を発揮している
10 から、本件発明の構成要件Cを充足すると主張する。
しかし、控訴人の主張する上記判断手法(控訴人のいう「第2の判断手法」)
が合理的であると解すべき根拠となる技術常識その他の事情については、主張
も立証もない。
また、控訴人の主張を前提としても、被控訴人製品を部材とする笠木下換気
15 構造体の傾斜部⑤は、外方に向けて内角約45度に傾斜して設置されたもので
あり、その上部と第1水平部との間に一定の空間が確保されていることによっ
て、通気路(通気間隙)は存在するが、傾斜部⑤自体は通気が可能な領域を狭
めており(原判決第4の1⑴ア(イ))、傾斜部⑤が存在することにより、これが存
在しない場合に比べて通気性能は下がるといえるから、傾斜部⑤が通気性能に
20 寄与する部分であるとはいえない。
以上のとおり、控訴人のいう「第2の判断手法」を用いるべき合理性が認め
られない上、仮にこの判断手法を用いたとしても、被控訴人製品を部材とする
笠木下換気構造体が本件発明の構成要件Cを充足すると認めることはできない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
25 3⑴ 控訴人は、前記第2の3⑴ウのとおり、本件特許の分割出願の経緯、原出
願前の従来技術とその課題、原出願の当初明細書等の段落【0046】 【0

048】の記載等を考慮すると、本件発明の真に解決すべき課題は、第1垂
直部の構成により笠木下部材の外壁下地材に対する位置決めを容易にするこ
とにあり、本件発明における課題と解決原理に裏付けられる特徴的な技術思
想は構成要件Dであって、換気部材に関する構成は本件発明の課題やその解
5 決原理にかかわる部分ではなく、笠木下換気構造体における換気部材は通気
性能及び防水性能を発揮できるものであれば十分であると当業者は理解する
から、被控訴人製品における換気部材がその部材自体において通気性能を有
する必要がないだけでなく、その形状がブロック状のものであっても板状の
ものであっても、構成要件Cを充足すると主張する。
10 ⑵ しかし、分割出願としてされた特許出願であっても、当該出願に係る特許
発明の課題及び発明の効果の認定は、技術常識を参酌しつつ、当該特許発明
に関する明細書及び図面の記載に基づいて行うべきものである。
本件発明についても、その課題及び効果は、技術常識を参酌しつつ、本件
明細書の記載に基づいて認定すべきものであるといえる。本件特許の出願が
15 原出願の孫出願であることや、原出願に係る特許請求の範囲の記載(請求項
1)には、前記第2の3⑴ウのC’-1ないしC’-3の構成要件が含まれ
ていたのに対し、本件発明ではこれが構成要件Cに換えられ、かつ、構成要
件Dが加えられたことなど、控訴人が前記第2の3⑴ウで挙げる事情を考慮
しても、これらの事情によって、本件明細書の【発明が解決しようとする課
20 題】(段落【0009】~【0011】)の箇所に挙げられた課題は本件発明
の真の課題でなく、上記箇所に挙げられていない課題を本件発明の課題と認
定すべきなどと解することはできない。
⑶ 控訴人が挙げる知財高裁判決のうち、知財高裁令和4年(行ケ)第100
28号(令和5年1月23日判決)は、分割要件の一つとして、分割出願の
25 明細書等に記載された事項が、原出願の出願当初の明細書等に記載された事
項の範囲内であるか否かを判断するに当たり、原出願の出願当初の明細書等
に記載された事項の範囲内というためには、分割出願の明細書等に記載され
た事項が、出願当初の明細書等に明示的に記載された事項である場合のみな
らず、出願当初の明細書等の記載から自明な事項、すなわち、出願時の技術
常識に照らし、出願当初の明細書等に記載されているのと同然であると理解
5 することができる事項をも含むものというべきであるとしたものであり、本
件とは場面が異なる。
また、知財高裁平成26年(行ケ)第10087号(平成27年1月28
日判決) 問題となった特許請求の範囲の訂正が
は、 「願書に添付した明細書、
特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」か否かについて判断され
10 た事例であり、やはり本件とは場面が異なる。
以上のとおり、控訴人が挙げた知財高裁判決は、いずれも控訴人の主張の
根拠とならない。
⑷ 上記⑵及び⑶によれば、本件発明の真に解決すべき課題が、第1垂直部の
構成により笠木下部材の外壁下地材に対する位置決めを容易にすることであ
15 り、本件発明における課題と解決原理に裏付けられる特徴的な技術思想が構
成要件Dであると解することはできず、換気部材に関する構成が本件発明の
課題やその解決原理にかかわる部分でないと解することはできない。
したがって、上記⑴の控訴人の主張は採用することができない。
4 控訴人は、前記第2の3⑵のとおり、均等侵害の第2要件及び第3要件が認
20 められないとした原判決の判断に誤りがあると主張する。
⑴ 均等侵害の第2要件につき、控訴人は、前記第2の3⑵アのとおり主張す
る。
しかし、控訴人の主張は、本件発明の課題が、笠木下換気構造体を設置す
る際に、笠木下部材の外壁下地材に対する位置決めを容易にし、取付作業を
25 効率的に行うことにあり、換気部材にかかわる構成要件Cは、本件発明の課
題やその解決原理にかかわる部分とはいえないとの主張を前提とするもので
あるが、この主張が採用することができないことは、前記3の説示のとおり
である。
したがって、均等侵害の第2要件が認められるとの控訴人の主張は、その
前提を欠き、採用することができない。
5 ⑵ 均等侵害の第3要件につき、控訴人は、前記第2の3⑵イのとおり、本件
発明の換気部材と、被控訴人製品の傾斜部⑤との相違点に係る構成について
は、被控訴人製品の創意工夫の余地は全くなく、このような構成は設計事項
にすぎないから、被控訴人製品については均等の第3要件も充足すると主張
する。
10 しかし、控訴人が前記第2の3⑵イで主張する内容は、笠木下換気構造体
の内部に傾斜部を設けるとすれば、被控訴人製品の傾斜部⑤のような形態に
なると述べるにとどまるものである。これに対し、原判決は、本件発明が採
用した換気部材を、傾斜部のある構造に置き換えることについて阻害要因が
あると判断したものであり、控訴人の上記主張は、本件発明が採用した換気
15 部材を、傾斜部のある構造に置き換えた場合には、迅速な設置も困難で換気
量も少ないものとなるうえ、雨水や虫等の侵入のおそれがあるなど、本件発
明の奏する作用効果が達成できないものとなるから、その置換を容易に想到
し得たものとする根拠にはならない。そして、原判決の上記判断が合理性を
欠くと解すべき根拠となる事情は認められない。
20 控訴人は、被控訴人製品との同一の構成の被控訴人特許についての特許異
議申立事件において、取消理由通知(進歩性なし)がなされていることに鑑
みれば、被控訴人製品の上記のような構成は、出願時に容易想到であるとも
主張する。
しかし、上記特許異議申立事件については、特許を維持する異議決定(進
25 歩性あり)がなされたから(乙10) 控訴人の主張はその前提を欠く。
、 また、
そもそも、均等侵害の第3要件は、本件発明の被控訴人製品と異なる部分(通
気性能及び防水性能を発揮する換気部材)を被控訴人製品におけるもの(傾
斜部⑤)と置き換えることに、当業者が被控訴人製品の製造の時点において
容易に想到することができたものであるか否かを判断するものであり、被控
訴人製品が、当業者が先行技術に基づいて容易に想到することができたもの
5 であるか否かとは、関係がない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
5 その他、控訴人が縷々主張する内容を検討しても、当審における上記認定判
断(原判決引用部分を含む。)は左右されない。
6 結論
10 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の請求は
いずれも理由がないからこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当
であり、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
20 中 平 健

25 裁判官
今 井 弘 晃
5 裁判官
水 野 正 則

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