ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和7(行ケ)10038 審決取消請求事件
| 裁判所 | 請求棄却 知的財産高等裁判所 |
|---|---|
| 裁判年月日 | 令和7年10月30日 |
| 事件種別 | 民事 |
| 当事者 | 原告吉川醸造株式会社 被告AFURI株式会社 |
| 法令 |
商標権 商標法3条1項3号1回 |
| キーワード | 審決12回 無効6回 商標権3回 拒絶査定不服審判1回 実施1回 侵害1回 |
| 主文 | 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
| 事件の概要 | 1 特許庁における手続の経過等(当事者間に争いがないか、又は当裁判所に 顕著である。 |
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令和7年10月30日判決言渡
令和7年(行ケ)第10038号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和7年8月21日
判 決
原 告 吉 川 醸 造 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 浅 野 響
高 瀬 亜 富
市 橋 景 子
被 告 A F U R I 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 山 下 清 兵 衛
山 下 功 一 郎
同訴訟代理人弁理士 橘 哲 男
佐 藤 大 輔
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2023-890066号事件について令和7年3月14日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経過等(当事者間に争いがないか、又は当裁判所に顕著である。)
(1) 被告が商標権を有する登録第6245408号商標(以下「本件商標」という。)は、以下の構成からなり、第33類「清酒、焼酎、合成清酒、白酒、直し、みりん、洋酒、果実酒、酎ハイ、中国酒、薬味酒」並びに第21
5 類及び第25類に属する商標登録原簿に記載のとおりの商品を指定商品として、令和2年3月23日に登録査定、同年4月14日に設定登録されたものである。
(2) 原告は、令和5年8月16日、特許庁に対し、本件商標の指定商品中、
第33類「清酒、焼酎、合成清酒、白酒、直し、みりん、洋酒、果実酒、酎
ハイ、中国酒、薬味酒」についての本件商標の商標登録を無効とする審判を請求した。特許庁は、上記の請求を無効2023-890066号事件として審理を行い、令和7年3月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月27日、原告に送達された。
(3) 原告は、令和7年4月24日、本件審決の取消しを求める本件訴えを提
起した。
2 本件審決の理由の要旨
本件審決は、原告(請求人)の主張する無効事由(商標法3条1項3号又は4条1項16号、同項6号、7号、8号、11号。同法を以下では単に「法」という。なお、同項11号の無効事由に関する引用商標を別紙に記載する。)をいずれも認めなかったところ、後記の原告主張の取消事由に係る無効事由についての理由の要旨は、以下のとおりである。
(1) 法3条1項3号該当性及び4条1項16号該当性について
ア 本件商標の構成文字である「AFURI」又は「阿夫利」の各文字については、地名としての定義はなく、特定の土地を表す通称として我が国
5 において一般に定着したものとはいえない。
また、請求に係る商品「清酒、焼酎、合成清酒、白酒、直し、みりん、洋酒、果実酒、酎ハイ、中国酒、薬味酒」に関する取引の実情として、「阿夫利」、「AFURI」の各文字が登録商標や商品名などの名称の一部として使用される事例があるものの、その使用事例は間接的、限定的なものにとどまり、神奈川県にある大山の別名とされる阿夫利山の周辺においても使用例は少なく、ほかに、当該各文字が、我が国の取引者、需要者によって、日本酒、ビールを含め、特定の商品の産地、販売地として一般に認識されていることを認めるに足りる事情はない。してみれば、「AFURI」の文字からなる本件商標は、本件商標の登録査定時において、これが当該商標の取引者、需要者によって日本酒を含む請求に係る商品に使用された場合に、将来を含め、商品の産地、販売地を表示したものと一般に認識されるものと認めることはできず、その指定商品について商品の産地、販売地又は品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標ということはできない。したがって、本件商標は、請求に係る商品について、法3条1項3号に該当しない。イ 上記のとおり、本件商標は、日本酒、ビール等の産地、販売地又は品質などを表示したものと認識させることのないものであるから、これをその請求に係る商品に使用しても商品の品質の誤認を生ずるおそれはない。したがって、本件商標は、請求に係る商品について、法4条1項16号に該当しない。
(2) 法4条1項7号該当性について
本件商標は、その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、きょう激若しくは他人に不快な印象を与えるような構成態様ではないことは明らかであり、本件商標を請求に係る商品について使用することが社会公共の利益に反し、
5 社会の一般的道徳観念に反するということもできず、他の法律によってその
使用が禁止されているものでもない。そして、「阿夫利」の文字は地名として定着したものとはいえず、また、「阿夫利神社」ないし「大山阿夫利神社」の名称と「AFURI」の文字は、類似するものではないから、本件商標が「阿夫利神社」又は「大山阿夫利神社」の各名称を独占するものとはいえず、これらの名称を独占する目的での商標登録出願であるとはいえない。また、被請求人(被告)はラーメン店を経営しており、その店舗において「AFURI」及び「阿夫利」の各文字を使用し、当該各文字を含む商標について、ラーメン関係を中心とする幅広い指定商品又は指定役務に複数の登録商標を有しているところ、令和4年5月6日、同年7月15日及び同年10月12日に、「AFURI」の欧文字又は「阿夫利」の文字からなる商標を、商品「ビール」又は役務「整体」を含む指定商品又は指定役務について商標登録出願をして商標登録を受けているが、ラーメン店がビール販売や他分野の役務への事業拡大を見据えてラーメン以外の商品や役務について商標登録を受けることは経営判断の問題であり、各出願が他の事業者の事業活動を妨げる目的での商標登録出願であるということはできない。そのほか、本件商標の登録出願の経緯が、社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に当たるというべき具体的な事実を認めることもできないし、本件商標が、特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合に当たるということもできない。したがって、本件商標は、請求に係る商品について、法4条1項7号に該当しない。3
(原告の主張)
する取消事由
(1) 法3条1項3号該当性に関する認定判断の誤り(取消事由1)
5 (2) 法4条1項16号該当性に関する認定判断の誤り(取消事由2)
(3) 法4条1項7号該当性に関する認定判断の誤り(取消事由3)
第3 取消事由に関する当事者の主張
1 取消事由1(法3条1項3号該当性に関する認定判断の誤り)について
【
(原告の主張)
】
(1) 「阿夫利」が「阿夫利山地域」の名称であることについて
ア 本件商標は、神奈川県伊勢原市に位置する大山の近郊地域(以下「阿夫利山地域」という。)を意味する「阿夫利」(あふり。大山の別名である「あめふりやま」が転じたもの。「阿夫利山」ともいう。)をローマ字表記したのみであり、「阿夫利」とは、以下の(ア)から(エ)までのとおり、阿夫利山地域を意味する言葉として、同地域で積極的に使用されている。このように、本件商標は、地域名を普通に用いられる方法で表示したものであるから、法3条1項3号に該当する。(ア) 伊勢原市の商工会では、平成12年から現在に至るまで、その会報を「あふり」との名称で発行している。(イ) 阿夫利山地域では、70校以上の小学校、中学校、高等学校等の校歌において、阿夫利山地域を示す言葉として「あふり」、「阿夫利」又は「阿夫利」の文字を含む語が使用されている。(ウ) 阿夫利山地域には、「阿夫利」という名称を付している行政が管理する建造物が複数存在する。(エ) 阿夫利山地域では、商品又はサービスの取引においても「阿夫利」の語が使用され、同地域を産地、販売地等とすることをアピールしている。イ 以上のように、阿夫利山地域の住民は、小学校の頃から校歌、橋、駅、地元の商品や店舗で「阿夫利」という言葉に触れ、阿夫利山地域を意味する言葉として認識しており、阿夫利山地域の事業者も、商品又はサー
5 ビスが阿夫利山地域を産地若しくは販売地とすること、又は阿夫利山地
域に紐づく商品であることを表示するため、商品又はサービスに「阿夫利」と表示している。このように、多くの事業者が現実に、あるいは少なくとも潜在的に使用を希望する地域名「阿夫利」について、特定人の独占使用を認めることは、円滑な商取引を阻害するものであって公益上適当ではない。
(2) 周知性は不要であること
法3条1項3号に該当するとされる商標は、①指定商品の産地、販売地、品質等を表示する標章であること、②普通に用いられる方法で表示するものであること、③当該標章のみからなることが必要であるが、産地、販売地等が広く知られていること(周知性)は条文上要件とされていない。ある名称が商品の産地、販売地又は品質を表示記述するものとして、査定時において取引者、需要者に広く認識されていることは不要であって、当該認識を求める本件審決の判断は明確に誤りである。また、ある商標が一部地域において地名又は山岳名として認識されており、当該地域を商品の産地、販売地又は品質等として記載する需要がある限り、当該商標は、将来において全国的に産地、販売地又は品質等として認識される可能性があるため、当該商標は、出所識別力及び独占適応性が欠如する商標であり、法3条1項3号に該当する。すなわち、問題となる商標が指定商品に使用された場合、当該商品の取引者又は需要者が、現在又は将来において当該商標をもって産地等を表示したものと認識し得るか否かを判断基準とすべきである。本件商標については、仮に、「阿夫利」の語が、阿夫利山地域を意味する言葉として査定時には全国的に認知されていなくとも、将来において取引者又は需要者に認知される可能性があるため、そのアルファベット表記にすぎない本件商標は、法3条1項3号に定める商標に該当する。
(3) 日本酒取引の実情
5 日本酒取引において「地酒」という文化が存在することは広く知られてい
るところ、「地酒」の文化では、生産若しくは販売されている地域名又は原材料とした水が湧き出る山岳名を商品名として採用することが少なくない。それにもかかわらず、日本酒において特定地域の名称について特定人の独占使用を認めた場合、当該地域で生産若しくは販売されている日本酒又は当該地域の水などを原材料とした日本酒を販売する際に、当該地域の「地酒」であることを一般消費者に伝えることができない事態となる点に留意すべきである。そして、阿夫利山地域では地酒が販売されており、「阿夫利大山」との名称の日本酒も存在する。同地域の水は、豆腐作りや日本酒造りに適したきれいな水であると知られており、日本酒を製造販売する事業者も少なからず存在する。こうした取引の実情に鑑みれば、需要者は、「阿夫利」の語が阿夫利山地域を意味するものと認識し、これが日本酒の商品名として採用されている場合、当該日本酒の産地、販売地が阿夫利山地域である、又は、当該日本酒は阿夫利山地域の水を用いた品質であると一般に認識するから、本件商標は、法3条1項3号に該当する。【
(被告の主張)
】
(1) 「阿夫利」が「阿夫利山地域」の名称であるとの主張に対して
本件商標の構成文字である「AFURI」、又は「阿夫利」の文字は、特定の土地を表す地理的名称として我が国において一般的な認知を得ていない。「阿夫利」の語自体は、
(原告の主張)
する「大山の近郊地域」(阿夫利山地域)の通称を表すものではなく、あくまで「阿夫利山」(大山)を間接的に暗示する語である。このことは、日本全国の地名、山名、河川名等を収録した三省堂コンサイス日本地名辞典には「阿夫利」の語について説明する箇所はなく、単に「あふり-やま」の欄に、「雨降山・阿夫利山=おおやま(神奈川県)」の説明がされているのみであること(甲126)や、岩波書
5 店版広辞苑第7版には「阿夫利」の語がそもそも掲載されていないこと(甲
127)からも明白である。そして、我が国の学校教育において使用されている地図には、「大山の近郊地域の通称」を指すものとして「阿夫利」の語が掲載されているものは存在しない(甲128~130)。このように、「阿夫利」の語は、原則的には「阿夫利山」や「阿夫利神社」(大山阿夫利神社の旧称)といった他の語と結合した状態で用いられるのであって、仮に、「阿夫利」の語が単独で用いられる場合があったとしても、それは「阿夫利山」を間接的に暗示する語について用いられているにすぎない。原告が主張する事情についても、以下のアからエまでのとおり、いずれも根拠となるものではない。ア 原告は、伊勢原市商工会会報において「あふり」の語が使用されていることを主張するが、これは同会内における内部的、象徴的な名称選定の結果にすぎないものであり、当該語が一般の取引者・需要者の間で、地理的名称や地域の通称として広く認識されていたことを直接的に示すものではない。しかも、上記会報名の使用開始は平成12年頃とされるが(甲120)、その後20年以上を経てもなお、「あふり」の語が伊勢原市又はその一部地域の地名・通称として広く辞書や地図に掲載されたり、一般に流通した商品・サービスにおいて地理的名称として一貫して使用されている例は見当たらない。イ 校歌における「あふり」及び「阿夫利」の語の使用については、当該地域の自然や歴史を象徴する言葉として、情緒的・文化的な文脈で用いられているにすぎず、当該語が取引者・需要者がその産地・販売地等を表示するものとして一般に認識されていることを基礎付けるものではない。ウ 原告が主張する行政が管理する建造物等の名称についても、一般的な命名慣行に基づき、近隣の自然地名や象徴的施設(例えば「大山阿夫利神社」など)にちなんで命名されているだけにすぎない。これらは地域に
5 おける慣習的・歴史的背景を反映したものであって、法上問題となる取
引者・需要者による「地理的名称」としての一般的な認識、すなわち、特定地域の産出物や提供地を指示する語としての認識とは本質的に異なる。エ 原告が指摘する商品又はサービスの取引における「阿夫利」の語の使用例については、いずれも「阿夫利」又は「あふり」の語が単なる商品の産地表示として使用されているものではなく、各事業者が自己の商品・役務の出所を表示する目的で、独自に出所識別標識として機能する商標として使用している例にすぎない。
(2) 周知性が不要であるとの主張に対して
原告による周知性不要の主張は、本件審決を誤解するものにすぎない。本件審決は、法3条1項3号の判断に際して周知性要件を新たに付加したものではなく、本件商標が、一般の取引者・需要者において、日本酒の産地・販売地としてはもとより、特定の土地、地域等を含む地理的名称としてすら認識されていないことを認定しているだけにすぎない。なお、原告は、査定時に当該語が広く認識されていない場合でも、将来認識される可能性があれば足りるなどとも主張するが、法3条1項3号該当性の判断時期は「査定時」であり、拒絶査定不服審判請求がされた場合の判断時期は「審決時」である。
(原告の主張)
は、査定時における使用実態や認識の有無を問わず、将来において一般需要者に認識される可能性があるか否かという極めて不確実、かつ、例外的な特殊的事情をもって、法3条1項3号の該当性を広範に肯定しようとするものであり、商標制度の予見可能性や法的安定性を著しく損なうものであって、容認されるものではない。
(3) 日本酒取引の実情
原告は、日本酒取引において「地酒」文化があると主張するが、仮に、そのような「地酒」文化において地域名が商品に用いられる傾向があるとし
5 ても、本件商標がそのような一般的傾向に該当する地理的名称として認識さ
れていない以上、独占適応性の観点から問題となる余地はなく、法3条1項3号該当性の根拠にはならない。また、本件商標は、「AFURI」のアルファベット文字よりなるものであり、漢字での「阿夫利」との視覚的・語感的印象も大きく異なるため、これに接した一般の取引者・需要者が、直ちに「阿夫利山」やその周辺地域を指すものと理解することもない。
2 取消事由2(法4条1項16号該当性に関する認定判断の誤り)について
【
(原告の主張)
】前記1の【
(原告の主張)
】に記載したとおり、「阿夫利」とは阿夫利山地域を意味する言葉であり、日本酒に「阿夫利」と付されている場合、当該日本酒は同地域にて生産若しくは販売されている、又は、同地域の水を用いた品質の商品であると認識する。そのため、阿夫利山地域以外の地域で生産若しくは販売されており、又は、阿夫利山地域以外の地域での水を用いた品質の日本酒に「阿夫利」と付した場合、需要者は、阿夫利山地域を産地若しくは販売地とするもの、又は、同地域の水を用いた品質の商品であると誤認するものである。実際に、被告が販売する日本酒を、阿夫利山地域で生産・販売されている地酒と誤解した口コミ(甲182)もある。したがって、阿夫利山地域を意味する「阿夫利」をローマ字表記したのみの本件商標は、法4条1項16号に該当するものである。【
(被告の主張)
】本件商標は、地理的名称を直接的に表すものではなく、しかも、「AFURI」というアルファベット表記によるものであるから、これに接する取引者・需要者が直ちに特定の地理的名称、すなわち丹沢山系大山やその周辺地域を意味するものとして理解するとはいい難い。しかも、「AFURI」は、被告によってラーメン事業や飲食関連商品など
5 における商標(ブランド名)として既に長年にわたり広く使用されており、取
引者・需要者においては、あくまで商品又は役務の出所識別機能として認識、理解されているのが取引の実情である。そのため、「AFURI」のアルファベット文字が日本酒に使用されたとしても、これが地理的名称として誤認される蓋然性は極めて低い。原告が指摘する一部購入者の個別的、かつ、主観的な感想をもって、商標全体の誤認惹起性を基礎づけることはできない。
3 取消事由3(法4条1項7号該当性に関する認定判断の誤り)について
【
(原告の主張)
】
(1) 前記1の【
(原告の主張)
】に記載したとおり、「阿夫利」とは、阿夫利山地域を意味する言葉として、少なくとも同地域及びその周辺都市の住民及び事業者に認識されている。仮に、「阿夫利」の語が阿夫利山地域を意味する言葉として全国的に広く知られていなかったとしても、被告は、自身の独占使用が認められた場合に、阿夫利山地域の事業者が「阿夫利」の語を使用できなくなることを把握しながら、むしろ、そのような状態の作出を意図して商標登録出願を行ったものであり、本件商標は法4条1項7号に定める商標に該当する。
(2) すなわち、被告は、阿夫利山地域に本社所有地を有し、店舗を構えてい
る事業者であり、阿夫利山地域において「阿夫利」の語が積極的に使用されていること及び阿夫利山地域の住民において「阿夫利」の語が阿夫利山地域を意味する言葉と認識されていることを熟知している。それにもかかわらず、被告は、他の事業者が「阿夫利」の標章を付したビールを販売していることを知りながら、その後「ビール」を指定商品に含む商標を出願し、また、他の事業者が「あふり」の標章を付して整体の役務を提供していることを知りながら、その後「整体」を指定役務に含む商標を出願している。こうした点に鑑みると、被告は、阿夫利山近郊地域の事業者がその名称等を商標登録していないことを奇貨として、自己の事業と関係がないにもかかわらず、商標
5 登録出願を進めていることは明らかである。被告が、「阿夫利」(AFUR
I)の名称を独占することを意図して本件商標の出願に及んだことは明らかである。【
(被告の主張)
】
(1) 原告は、被告が「阿夫利」の語が阿夫利山地域を意味する言葉であるこ
とを把握しながら、独占の意図で商標登録出願を行っていたなどと主張するが、これは、本件商標の出願の経緯及び使用の実態を無視又は著しく軽視し、単に出願の意図や周辺的状況に過度に依拠して法4条1項7号該当性を論じるものであり、法的にも事実的にも失当である。同号は、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標の登録を認めないとするものであり、その適用に当たっては、単に第三者の不快感や主観的な違和感があるという程度では足りず、社会通念上、客観的にみて明確に公序良俗に反するといえる程度の事情が必要とされる。本件商標は、「AFURI」のアルファベット文字により構成されるものであるところ、その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的又は他人に不快な印象を与えるような文字からなるものではなく、また、その使用が社会公共の利益に反するものでも、社会の一般的道徳観念に反するものでもない。
(2) 本件商標は、被告自身によって長年にわたり飲食業界においてラーメン
店や関連商品又は役務のブランド名として確立され、取引者・需要者の間で広く認識されているものであり、その表示態様も一貫して出所識別標識として機能している。被告が日本酒に関して商標出願を行ったことについても、既存のブランド戦略の一環としてブランド拡張を実施したにすぎず、飲食業関連の派生商品展開を見据えた経営判断にすぎない。「AFURI」や「阿夫利」の文字からなる商標について、ラーメン、ビール、整体といった複数分野で商標登録がされているが、それ自体は市場展開の拡張を反映するものであり、第三者の事業活動を妨害する違法目的を裏付ける事情は存在しない。5
(原告の主張)
は、「阿夫利」が丹沢山系大山地域を意味する語として被告が認識していたという独断と偏見のみに基づいて、被告による本件商標の出願行為に社会的相当性を欠く違法性があると主張する暴論である。
第33類「日本酒、洋酒、果実酒、中国酒、薬味酒」
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(法3条1項3号該当性に関する認定判断の誤り)について
(1) 原告は、「阿夫利」が「阿夫利山地域」(大山の近郊地域)の名称であるとし、「AFURI」の構成からなる本件商標は、阿夫利山地域を意味する「阿夫利」をローマ字表記したのみであるから、地域名を普通に用いられる方法で表示したものであり、法3条1項3号に該当すると主張する。
(2) そこで検討するに、証拠(甲6、8~13、15~17、21、22、26~36、57~59、68、69、71、72、76、78~85、101、112、116、120、121、169、173、182、192。いずれも枝番のあるものは枝番も含む。以下同じ。)によれば、神奈川県伊勢原市にある「大山」(おおやま)は、「雨降山」(あめふりやま)とも呼ばれ、山頂に所在する大山阿夫利神社(旧称は阿夫利神社)とともに、古くから信仰の対象になっていたところ、「阿夫利」の名称は、伊勢原市商工会の会報で使用され、建物、トンネル、林道、橋等の名称の一部に用いられて使用され、校歌や町おこしの歌などにも歌われ、イベントや商品名にも使用されていることが認められる。
(3) しかしながら、後掲証拠によれば、我が国の学校教育において使用されている地図には、原告主張の阿夫利山地域に相当する「大山の近郊地域」の通称を指すものとして、「阿夫利」の語が掲載されているものは存在せず(甲129、130)、また、日本全国の地名、山名、河川名等を収録した三省堂コンサイス日本地名辞典や、岩波書店版広辞苑第7版には、「阿夫利」の語について説明する箇所はなく、前者において、単に「あふり-やま」の欄に、「雨降山・阿夫利山=おおやま(神奈川県)」の説明が付されている
5 のみであること(甲126、127)が認められる。そして、原告が主張する①伊勢原市商工会の会報の名称「あふり」、②校歌における「あふり」、「阿夫利」又は「阿夫利」の文字を含む語の使用、③「阿夫利」という名称を付している行政が管理する建造物の存在、④「阿夫利」の語が付された商品又はサービスの取引の存在については、証拠上、こうした使用例が認められるものの(甲8~11、26~32、36、68~70、72~79、81~85、101、112、114、120、121、169、173)、これらは「大山」ないし「阿夫利神社」にちなんだ名前が用いられていると理解することが可能であり、これをもって「阿夫利」の語が原告が主張する阿夫利山地域を指すものと一般に認識されていることまでを基礎づけるものとはいえない。
(4) これに対し、原告は、日本酒取引において「地酒」という文化が存在し、その取引の実情に鑑みれば、需要者は、商品である日本酒に付された「阿夫利」の語が阿夫利山地域を意味するものと認識し、当該日本酒は阿夫利山地域が産地・販売地であるか、同地域の水を用いた品質であると一般に認識すると主張する。しかし、仮に、日本酒取引において原告主張の「地酒」文化に基づく上記の取引の実情が認められ、取引者・需要者において「AFURI」が「阿夫利」のローマ字による読み仮名であると理解するとしても、上記(3)のとおり、原告主張の阿夫利山地域の通称を指すものとして「阿夫利」の語が掲載されている地図や辞書は存在せず、しかも、「阿夫利」が「大山」ないし「阿夫利神社」(ないし大山阿夫利神社)を指す名称であると理解できる以上、「阿夫利」の語が日本酒の商品に付されていたとしても、取引者・需要者は、「阿夫利」の語が阿夫利山を意味するものと認識し、当該日本酒は阿夫利山にちなんだ商品であると一般に認識するというのが相当である。「阿夫利」の語が、このような阿夫利山自体を指し示すものであるとの認識を超
5 え、阿夫利山地域を指すものとして取引者・需要者に認識されるとする原告の主張は、採用することができない。
(5) なお、原告は、法3条1項3号には周知性は必要ないとし、その地名が現在産地、販売地等として広く知られていなくとも、将来知られる可能性があれば足りるなどとも主張するが、本件においては、そもそも「阿夫利」の語が、原告が主張する阿夫利山地域を指す地名であると認められない以上、原告の上記主張はその前提を欠くといわざるを得ない。
(6) 以上により、「阿夫利」の語が、原告の主張する阿夫利山地域の名称であるとは認められず、そのローマ字表記である「AFURI」の文字からなる本件商標は、本件商標の登録査定時において、取引者・需要者によって日本酒を含む指定商品に係る商品に使用された場合に、商品の産地、販売地を表示したものと一般に認識されると認めることはできず、その指定商品について商品の産地、販売地又は品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるということはできない。原告の取消事由1に関する主張は、採用することができない。
2 取消事由2(法4条1項16号該当性に関する認定判断の誤り)について上記1のとおり、「阿夫利」の語は、原告の主張する阿夫利山地域の名称であるとは認められず、「AFURI」というアルファベット文字からなる本件商標は、これが「阿夫利」の文字の読み仮名をローマ字表記したものであるとしても、これを本件商標の指定商品に使用した場合に、日本酒、ビール等の産地、販売地又は品質などを表示したものと認識されるとはいえず、商品の品質の誤認を生ずるおそれがあるとは認められない。原告が主張する口コミ(甲182)は、「大山の酒」と思ったとするものであって、その趣旨は必ずしも明確ではなく、これをもって、上記の誤認を生ずるおそれがあると認めることはできない。よって、本件商標は、法4条1項16号に該当しない。
5 3 取消事由3(法4条1項7号該当性に関する認定判断の誤り)について(1) 法4条1項7号は「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」を商標登録を受けることができない商標として掲げるところ、ここでいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には、①その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合、②当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合、③他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合、④特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合、⑤当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合、などが含まれるというべきである(知財高裁平成17年(行ケ)第10349号同18年9月20日判決参照)。(2) 原告は、阿夫利山地域の事情に精通している被告が、自身の独占使用が認められた場合に同地域の事業者が「阿夫利」の語を使用できなくなることを把握しながら、そのような状態の作出を意図して本件商標の商標登録出願を行ったものであり、本件商標は法4条1項7号に定める「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当すると主張する。しかし、本件商標は、その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形ではなく (上記(1)①)、本件商標を指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反するともいえず(上記(1)②)、法律によって、当該商標の使用等が禁止されているものや(上記(1)③)、特定の国若しくはその国民を侮辱するなどのものでもない(上記(1)④)。そこで、本件商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものであり、登録を認めることが法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような
5 場合であるか(上記 1(1)⑤)について検討する。(3) 原告は、被告が、阿夫利山地域の事業者が「阿夫利」の語を使用できなくなることを把握しながら、そのような状態の作出を意図して本件商標の商標登録出願を行ったなどと主張し、その独占意図に関する根拠として、①被告が阿夫利山地域に本社所有地を有し、店舗を構えている事業者であり、阿夫利山地域において「阿夫利」の語が積極的に使用されていること及び阿夫利山地域の住民において「阿夫利」の語が阿夫利山地域を意味する言葉と認識されていることを熟知していること、②被告が、他の事業者が「阿夫利」の標章を付したビールを販売していることを知りながら、その後、ラーメン店事業とは異なる「ビール」を指定商品に含む商標を出願していること、③被告が、他の事業者が「あふり」の標章を付して整体の役務を提供していることを知りながら、その後「整体」を指定役務に含む商標を出願していることを挙げる。この点、上記①に関しては、被告が、大山(阿夫利山)が所在する神奈川県伊勢原市に隣接する同県厚木市に本社所有地を有し、店舗を構えている(甲4の1)事業者であり、自身もラーメン事業を展開していることから(争いがない。)、被告が、大山の付近の地域において、「阿夫利」の文字が商品名等に様々に使用されていることを認識していたことは容易に推認し得る。しかし、前記1のとおり、「阿夫利」の語が当該地域の名称であるとは認められないから、被告が当該地域の住民において「阿夫利」の語が当該地域を意味する言葉と認識されていることを熟知していたとは認めることができない。また、上記②及び③については、被告が「ビール」を指定商品に含む商標を出願していること(甲2の6~8)、被告が「整体」を指定役務に含む商標を出願していること(甲2の10)は認められるものの、これらは、ラーメン事業において培ってきた既存のブランド戦略の拡張と評価し得るもので
5 ある。そして、先願主義の原則(法8条1項参照)が採用されている法において、たとえ被告が、他の事業者において「阿夫利」の語を商品(日本酒やビール)や業務(整体)に使用していることを知っていたとしても、このことだけから当該出願が社会的相当性を欠くものと断ずることはできない。なお、証拠(甲184)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告が主張する阿夫利山地域で事業を行う原告に対して、本件商標に基づき商標権侵害訴訟を提起しており、また、同地域で「阿夫利コーヒー」なる名称でコーヒー店を営もうとする事業者に対して、「阿夫利」の語の使用を許可しなかったことが認められる。しかし、自らが有する商標権に基づいて権利行使をしたからといって、このことから直ちに当該出願が社会的相当性を欠くと評価されるものではない。以上のほかに、本件証拠を精査しても、被告による本件商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に当たることを認めるに足りる証拠はない。(4) そして、他に、本件商標が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たることを根拠付ける事情は認められないから、本件商標が法4条1項7号に該当するということはできない。
4 結論以上のとおり、本件審決につき、原告主張の取消事由はいずれも認められず、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
増 田 稔
裁判官
岩 井 直 幸
裁判官
安 岡 美 香 子
(別紙)
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