ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和7(ワ)70141 差止請求権不存在確認請求事件
| 裁判所 | 東京地方裁判所 |
|---|---|
| 裁判年月日 | 令和8年3月12日 |
| 事件種別 | 民事 |
| 当事者 | 原告バイオ科学株式会社 被告共立製薬株式会社 |
| 法令 |
特許権 特許法70条1項2回 特許法36条6項1号1回 特許法29条1項1号1回 特許法100条1項1回 |
| キーワード | 実施19回 無効12回 進歩性7回 侵害7回 特許権6回 差止3回 優先権1回 |
| 主文 | 1 原告の別紙原告製品目録記載の製品の製造、販売、使用及び販売の申 2 訴訟費用は、被告の負担とする。 |
| 事件の概要 | 原告は、別紙原告製品目録記載の製品(以下「原告製品」という。)を製造、 販売、使用及び販売の申出(以下「製造等」という。)をしている。 本件は、原告が、原告製品の製造等が被告の保有する特許権(特許第6355 512号。以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許権を「本件特許権」と いう。)を侵害するものではないと主張して、被告に対し、被告が原告に対し本 件特許権に基づく原告製品の製造等の差止請求権(特許法100条1項)を有し ないことの確認を求める事案である。 |
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令和8年3月12日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和7年(ワ)第70141号 差止請求権不存在確認請求事件
口頭弁論終結日 令和8年1月19日
判 決
原 告 バイオ科学株式会社
同訴訟代理人弁護士 大 野 聖 二
同訴訟代理人弁護士 多 田 宏 文
同訴訟復代理人弁護士 曽 我 響
同訴訟復代理人弁理士 佐 藤 眞 紀
同補佐人弁理士 森 田 裕
被 告 共立製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 鮫 島 正 洋
同訴訟代理人弁護士 髙 見 憲
同訴訟代理人弁護士 永 島 太 郎
主 文
1 原告の別紙原告製品目録記載の製品の製造、販売、使用及び販売の申
出について、被告が原告に対し特許第6355512号に基づく差止請
求権を有しないことを確認する。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
原告は、別紙原告製品目録記載の製品(以下「原告製品」という。)を製造、販売、使用及び販売の申出(以下「製造等」という。)をしている。本件は、原告が、原告製品の製造等が被告の保有する特許権(特許第6355512号。以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)を侵害するものではないと主張して、被告に対し、被告が原告に対し本
5 件特許権に基づく原告製品の製造等の差止請求権(特許法100条1項)を有しないことの確認を求める事案である。1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実をいう。なお、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。)
⑴ 当事者ア 原告は、水産及び畜産関連の医薬品等の製造、販売等を業とする株式会社である。イ 被告は、動物用医薬品等の製造、販売等を業とする株式会社である。
⑵ 本件特許(甲3、乙2)ア 被告は、以下の本件特許を有している(本件特許に係る出願の願書に添付された明細書及び図面を「本件明細書」といい、下記の優先日を「本件優先日」という。)。特許番号 :特許第6355512号発明の名称:不活化ワクチン製剤、並びに感染症予防方法出願日 :平成26年10月3日原出願日 :平成26年4月18日優先日 :平成25年7月19日登録日 :平成30年6月22日イ 本件特許の特許請求の範囲の請求項1、2、4及び5の記載内容(異議申立て事件(異議2018-701029)による訂正後のものをいう。)は、別紙「特許請求の範囲」記載のとおりである(以下、請求項1に記載された発明を「本件発明1」などといい、これらを総称して「本件発明」といい、本件発明の構成要件を「本件構成要件」という。)。ウ 本件発明1を構成要件に分説すると、次のとおりとなる(以下、分説した構成要件をその符号に従い「構成要件1A」などという。)。
5 【1A】 魚類のレンサ球菌症の起因菌である血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ(学名「Lactococcus garvieae」、以下同じ。LC1301株(受託番号NITE P-01653、以下同じ)を除く。)の不活化菌体を含有する、【1B】 血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症に対する不活化ワクチン製剤。【1C】 ただし、「血清型が非KG-型かつ非KG+型の」とは、抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないことを意味する。エ 本件発明2を構成要件に分説すると、次のとおりとなる(以下、分説した構成要件をその符号に従い「構成要件2A」などという。)。【2A】 不活化前の菌体の量が10³~10¹¹CFU/mLであり、【2B】 一回当たりの投与量が0.05~3.0mLである【2C】 請求項1記載の不活化ワクチン製剤。オ 本件発明4を構成要件に分説すると、次のとおりとなる(以下、分説した構成要件をその符号に従い「構成要件4A」などという。)。【4A】 請求項1又は請求項2記載の不活化ワクチン製剤、又は、請求項3記載の混合不活化ワクチン製剤を投与する、【4B】 ラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症の予防方法。カ 本件発明5を構成要件に分説すると、次のとおりとなる(以下、分説した構成要件をその符号に従い「構成要件5A」などという。)。【5A】 魚類のレンサ球菌症の起因菌である血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ(LC1301
5 株を除く。)の菌体を不活化する工程を含む、【5B】 血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症に対する不活化ワクチン製剤製造方法。【5C】 ただし、「血清型が非KG-型かつ非KG+型の」とは、抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないことを意味する。
⑶ 本件訴えに至る経緯原告製品は、ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株(以下「原告株」ということがある。)の不活化ワクチン製剤である「マリンジェンナー Ⅱ型レンサ」である。また、原告製品に含まれる不活化前の菌体の量は、ワクチン1バイアル(100mL)中、「1.0×10¹¹CFU以上」であり、原告製品の一回当たりの投与量は、「0.1mL」である。(以上につき、乙3、4)被告は、令和7年3月28日付けで、原告に対し、原告製品の製造等が本件特許権の侵害に該当するとして法的措置を講じる旨の警告書を送付した(甲1)。2 争点
⑴ 充足論「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」(構成要件1A、5A等)の充足性(争点1)
⑵ 無効論ア 甲18発明を主引例とする無効事由の有無(争点2)イ 甲20発明を主引例とする無効事由の有無(争点3)ウ 未完成発明(争点4)エ サポート要件違反の有無(争点5)オ 実施可能要件違反の有無(争点6)
5 カ 明確性要件違反の有無(争点7)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」
(構成要件1A、5A等)の充足性)
(被告の主張)
⑴ 文言侵害
ア 特許発明の技術的範囲は、優先日当時の当業者の認識及び技術水準を参酌する必要があると解すべきところ、当業者は、優先日当時、病気の発生時期、魚に生じる症状、魚の外部観察及び内部観察の結果、顕微鏡を用いた簡易診断の結果、PCR法による遺伝子学的検査を含む各種細菌検査の結果などから得られる細菌の特性から、α溶血性レンサ球菌症の原因菌を特定し、把握していた。そして、本件明細書の記載(段落【0015】【0016】【0058】【0063】等)によれば、本件発明において、α溶血性レンサ球菌症の原因菌として分離・同定された「新規なラクトコッカス・ガルビエ」は、血清型を除き、通常の「ラクトコッカス・ガルビエ」と同じであったことが開示されている一方、凝集試験によるいずれの血清においても凝集が確認されないという点において、通常の「ラクトコッカス・ガルビエ」と明らかに異なる特性を見出したことが開示されているから、本件発明の作用効果を奏し、課題を解決し得るとされているものは、「新規なラクトコッカス・ガルビエ」の特性の一つである「血清型が非KG-型かつ非KG+型」である点ということができる。そうすると、本件構成要件の「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」との文言は、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエの特性を有する細菌」を意味するものと解すべきである。そして、原告製品は、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッ
5 カス・フォルモセンシス」であるが、これは「血清型が非KG-型かつ非K
G+型のラクトコッカス・ガルビエ」(「Ⅱ型」の「ラクトコッカス・ガルビエ」と呼ばれていた細菌)と同一の特性を有する細菌であり、両者は単に細菌の一般的な呼称が変更になったものにすぎず、細菌としての実体において何の変更も相違もないのであるから、本件構成要件の「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」を充足する。これに対し、原告は、本件構成要件の「ラクトコッカス・ガルビエ」という記載に接した当業者は、国際原核生物命名規約により規定される分類方法に従い、基準株と対象菌株の遺伝的類似性を比較することによって、その同一性を判断するから、原告製品に使用されている「ラクトコッカス•フォルモセンシス」は、「ラクトコッカス・ガルビエ」とは異なる旨主張する。しかしながら、
(原告の主張)
は、本件明細書の記載を考慮することなく、明細書に言及のない国際原核生物命名規約により規定される分類方法に従ってクレーム解釈を行うものであって、特許法70条1項及び2項に反するものである。また、優先日当時、当業者において、ブリの魚病の原因菌であるレンサ球菌に関し、国際原核生物命名規約に従った細菌分類に基づく特定が行われていたことはないし、基準株と対象菌株との遺伝的類似性を比較することによる特定についても同様に行われていたこともないから、
(原告の主張)
は、優先日当時の技術常識にも反するものである。仮に、
(原告の主張)
する基準株と対象菌株との遺伝的類似性を比較したとしても、「Ⅱ型」の「ラクトコッカス・ガルビエ」と呼ばれていた「ラクトコッカス・フォルモセンシス」は、「ラクトコッカス・ガルビエ」の基準株と70%以上の遺伝的類似性を有しており、「ラクトコッカス・ガルビエ」と同定されてしかるべきものであったところ、本件のように細菌種をもって規定されたクレームにつき、その後の種の再編成や種の名称変更を考慮することなく、形式的な文言解釈を行うことは、特許法の解釈として妥当ではない。イ また、原告は、本件発明には技術的範囲がないなどと主張するが、本件発明は、後述のとおり、サポート要件及び実施可能要件を充足するものであり、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」がLC1301株に限定されることはないし、当業者もそのようには考えないから、
(原告の主張)
は前提を誤るものである。
⑵ 均等侵害
ア 原告製品は、最高裁判所平成6年(オ)第1083号同10年2月24日
第三小法廷判決・民集52巻1号113頁が示した均等の5つの要件(以下
「第1要件」ないし「第5要件」という。)を満たすから、本件発明の技術的範囲に属する。細菌においては、分類の変更が特許権者の意思とは無関係に発生し、かつ、当該変更を予測することは不可能であるから、細菌関連の発明については、上記判決の趣旨が特に妥当するものである。イ 第1要件(非本質的部分)について「Ⅱ型」の「ラクトコッカス・ガルビエ」と呼ばれていた細菌と、「ラクトコッカス・フォルモセンシス」は、細菌としては同一であり、時代における分類及び名称が異なるだけである。 そして、本件発明の本質的部分は、血清型が非KG-型かつ非KG+型である点にあるから、上記の時代における分類及び名称の違いは、当該本質的部分には含まれない。ウ 第2要件(置換可能性)について
5 上記のとおり、「Ⅱ型」の「ラクトコッカス・ガルビエ」と呼ばれていた
細菌と「ラクトコッカス・フォルモセンシス」は、細菌としては同一であるから、原告製品の構成を「ラクトコッカス・フォルモセンシス」に置換しても、本件発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏することができる。エ 第3要件(置換容易性)について原告が原告製品の製造(原告製品の製造方法の使用)を開始したのは、早くとも令和6年であると考えられるから、原告が「ラクトコッカス・フォルモセンシス」との分類及び名称に置換することは、容易に想到することができたものである。オ 第4要件(容易推考性)について本件優先日当時、そもそも「ラクトコッカス・フォルモセンシス」に分類される細菌自体が存在しなかったのであるから、本件優先日当時における公知技術と同一ではなく、また、当業者がこれから容易に推考できたものではないことも当然である。カ 第5要件(特段の事情)について被告は、「ラクトコッカス・フォルモセンシス」を用いた製品やその製造方法を本件特許の特許出願手続及び特許異議の申立ての手続において特許請求の範囲から意識的に除外したことはないし、その他の特段の事情もない。
(原告の主張)
⑴ 文言侵害について
ア 原告製品は、「ラクトコッカス・フォルモセンシス」を不活化したものであり、「ラクトコッカス・ガルビエ」を不活化したものではないから、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」を充足しない。すなわち、本件構成要件は、学名をもって「ラクトコッカス・ガルビエ」と規定しているところ、「ラクトコッカス・ガルビエ」は、細菌の分類及び
5 学名を規律する国際原核生物命名規約に基づき、1980年代から、基準株
との同一性により客観的に定義されており、現在まで変更されていない。そのため、本件構成要件に接した当業者は、学名において「ラクトコッカス・ガルビエ」に該当するものを規定したものと一義的に理解するから、本件発明は、本件明細書や技術常識を参酌するまでもなく、学名「ラクトコッカス・ガルビエ」に該当しないものを含まない。そして、原告製品の菌である「ラクトコッカス・フォルモセンシス」は、客観的には、優先日当時も現在も、「ラクトコッカス・ガルビエ」に該当しない。これに対し、被告が主張する優先日当時の技術常識は、客観的には、「ラクトコッカス・フォルモセンシス」に属する菌を、誤って「ラクトコッカス・ガルビエ」に属するものと同定したことをいうにすぎず、「ラクトコッカス・フォルモセンシス」が、優先日当時も現在も、「ラクトコッカス・ガルビエ」に該当しないことは明らかである。イ 本件発明の「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」という文言は、KG-型、KG+型の血清型以外の免疫原性の異なるあらゆる株を包含するものとなっている。このように既知の血清型を除くという消極的限定を行っても、何らの共通の免疫原性が規定されているわけで
5 もなく、これらがどのような免疫原性を有するのかは全く不明である。
そして、本件明細書に記載されているのは、LC1301株について、これを不活化したワクチンとしての有効性を、LC1301株及びLC1311株に起因する魚類レンサ球菌において確認した一例のみであるから、本件発明がサポート要件、実施可能要件に違反しないとすれば、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」はLC1301株に限定されるはずである。そうであるにもかかわらず、本件発明は、「LC1301株を除く。」として、本件明細書に唯一開示されたLC1301株の不活化ワクチンを除外しているのであるから、本件発明には、そもそも技術的範囲が存在しない。したがって、原告製品がこれを充足する余地はない。ウ 被告は、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」とは、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエの特性を有する細菌」として解釈されるべきである旨主張する。しかしながら、当該解釈は、構成要件の文言自体に反する上、「学名」を科学的・学術的な定義と異なった「特性」などという曖昧かつ不明確な意味に解することは、種の分類や学名に係る技術常識を無視するものである。また、「特性を有する」といった極めて曖昧な基準では、何をもってこれに含まれるのかが不明であり、明確性要件に違反する。したがって、
(被告の主張)
する解釈は、失当である。
⑵ 均等侵害について
被告は、特定論・充足論・無効論の再々反論・再々反証において、均等侵害の主張を追加しており、時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。
2 争点2(甲18発明を主引例とする無効事由の有無)
(原告の主張)
⑴ 甲18発明の構成
5 ア 甲18発明の内容等
大分県農林水産研究指導センター水産研究部による証明書(甲18。以下「甲18証明書」という。)には、ラクトコッカス・ガルビエ株である121941株が、単離した2012年中には、外部機関から文書による依頼に応じて、ワクチンの試作や研究のために、非KG-株として分譲可能な状態にあったことのほか、当該株の分譲において守秘義務契約の締結を必要としないことが記載されている。そして、非KG-株とは、抗KG-型血清に凝集しないことを意味しており、抗KG-型抗血清に反応しない菌は、KG-型にもKG+型にも該当しない。そうすると、甲18証明書により、本件発明の優先日前に、次の発明(以下「甲18発明」という。)が公知であったといえる。「ブリのレンサ球菌症の原因である、非KG-型であり、かつ、非KG+型であり、抗KG-型抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+型抗血清に対しても凝集反応を起こさない121941株」イ
(被告の主張)
について被告は、甲18証明書が信用性を欠く旨を主張するものの、甲18証明書には大分県農林水産研究指導センター水産研究部長の印鑑が押印され、その成立の真正は明らかである。そして、原告は、甲18証明書記載の株のうちの「121941株」の分譲を受けて、これを不活化して原告製品としたものであるから、守秘義務を負っていないことも明らかであって、その内容に疑義はない。また、被告は、甲18発明が公知ではない旨を主張するものの、特許法29条1項1号の公知については、公然知られ得る状態であれば公知と推認される上、複数の文献(乙6-6ないし乙6-8)からも、甲18発明が公知であったことを推認することができる。
⑵ 本件発明1
5 ア 相違点及び一致点
甲18発明と本件発明1を対比すると、魚類のレンサ球菌症の起因菌であり、血清型が非KG-型であり、かつ、非KG+型である点は一致点である一方、甲18発明は不活化前の菌体であるのに対して、本件発明1は不活化した菌体を含有するワクチン製剤である点が相違点(以下「相違点1」という。)である。これに対し、被告は、「かつ、非KG+型である」という部分は公知ではないとし、この点が相違点となる旨を主張する。しかしながら、当業者は、抗KG+型抗血清との凝集反応さえ見れば、「かつ、非KG+型である」という特性を容易に確認し得るため、「かつ、非KG+型である」という特性も公知であるといえる。イ 相違点1に対する容易想到性ブリのレンサ球菌症に関しては、優先日より前から、様々な株が不活化され、多くの種類のワクチンが製造販売されており、菌体さえ発見されれば、これを入手して不活化ワクチンを作成することは、当業者である魚類ワクチンの研究開発者が当たり前に行っていたことであり(甲19-1ないし19-9)、これは周知慣用技術にすぎない。そして、証拠(甲19-1ないし19-9)に記載されたワクチンは、魚類のレンサ球菌症の起因菌に関する同じ技術分野に属するものであるから、魚類ワクチンの研究開発をしていた当業者にとって、レンサ球菌症予防のために、甲18発明によって公知になっていた菌株に対して、上記周知慣用技術を適用する動機付けが存在しており、実際に容易に不活化ワクチンを作製することができた。したがって、相違点1は、当該技術分野において、単なる周知慣用技術にすぎず、甲18発明にこれを組み合わせる動機付けも存在したため、当業者が本件優先日当時に容易に想到し得たものであり、本件発明1は進歩性を欠
5 くものである。
これに対し、被告は、本件発明1は、ワクチンとしての有効性が顕著であることを主張する。しかしながら、被告は、本件発明のクレームから実施例で唯一開示されているLC1301株を除いており、LC1301株が特に顕著な効果を有するとしても、本件発明が特に顕著な効果を有するとはいえないから、主張自体失当である。
⑶ 本件発明2
ア 相違点及び一致点甲18発明と本件発明2を対比すると、上記⑵記載の一致点及び相違点以外に、次の相違点(以下、総称して「相違点2」という。)が存在する。相違点2-1:本件発明2は、不活化前の菌体の量が10³~10¹¹CFU/mLである点相違点2-2:本件発明2は、一回当たりの投与量が0.05~3.0mLである点イ 相違点2に対する容易想到性証拠(甲19-1、19-3ないし19-9)には、相違点2-1の範囲に含まれる数値である不活化前の菌体の量が開示されているから、相違点2-1の数値範囲は、周知慣用技術にすぎない。同様に、証拠(甲19-1ないし19-9)には、一回当たりの投与量が0.1mLである旨が開示されているから、相違点2-2の投与量も、周知慣用技術にすぎない。そして、当業者が、甲18発明に上記周知慣用技術(甲19-1ないし19-9)を適用する動機付けがあることは、上記⑵記載のとおりである。したがって、これらの相違点は容易想到であり、本件発明2は進歩性を欠くものである。
⑷ 本件発明4
ア 相違点及び一致点甲18発明と本件発明4を対比すると、上記⑵及び⑶の一致点及び相違点
5 以外に、次の相違点が存在する。
相違点4:本件発明4は、ワクチン製剤を投与する予防方法である点イ 相違点4に対する容易想到性不活化ワクチンについて、これを対象動物に投与して予防のために用いることは当然であり、これは実質的な相違点ではあり得ず、また、当業者が当然に行うことにすぎない。したがって、相違点4は、実質的には存在しないか、少なくとも当業者にとって容易想到であり、本件発明4は進歩性を欠くものである。
⑸ 本件発明5
ア 相違点及び一致点甲18発明と本件発明5を対比すると、次の相違点が存在する。相違点5:甲18発明は、不活化前の菌体であるのに対して、本件発明5はこれを不活化する工程を含む点イ 相違点5に対する容易想到性相違点1と同様、容易想到である。
(被告の主張)
⑴ 甲18証明書が信用性を欠くこと
甲18証明書は、右上の日付欄のうち「10」の部分だけが不自然に手書きとなっており、その内容に疑義がある。また、原告は、甲18証明書の前提となる質問を開示しておらず、文末に「守秘義務契約の締結を必要としません。」と唐突に記載されていることを踏まえると、当該やり取りを行った者が誘導的に文書を作成させた可能性が否定できない。
⑵ 甲18発明が公然知られたものとはいえないこと
甲18証明書には、実際に分譲されたことまでは記載されていないから、甲18発明は、現実に知られたものではない。したがって、甲18発明は、公然知られた発明には該当しない。
5 ⑶ 相違点
ア 甲18証明書に記載されている「非KG-株」という記載からは、「血清型が非KG-型かつ非KG+型」に該当するとは認定できない。そのため、甲18発明と本件発明1には、原告が認める相違点1のみならず、以下の相違点(以下「相違点1-2」という。)がある。相違点1-2:本件発明1は、抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさない(「血清型が非KG-型かつ非KG+型」)ラクトコッカス・ガルビエであるのに対し、甲18発明は、抗KG-抗血清による凝集反応が起こらないが、抗KG+抗血清による凝集反応が起こるかどうかは不明であるラクトコッカス・ガルビエである点イ これに対し、原告は、当業者が121941株を入手すれば血清型が非KG+型であること(抗KG+型抗血清による凝集反応が起こらないこと)を認識したと主張する。しかしながら、当業者が121941株を入手したとしても、通常は、抗KG型+抗血清による診断を行わないから、
(原告の主張)
は誤りである。
⑷ 相違点に対する容易想到性
ア 相違点1原告が主張する証拠(甲19-1ないし甲19-9)は、いずれも商品化されたワクチンに関するデータベースであるが、菌株を不活化すれば必ずワクチンができるわけではない。したがって、
(原告の主張)
は、失当である。イ 相違点1-2本件優先日当時において、血清型が非KG-型である121941株を、抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないラクトコッカス・ガルビエとすることは、容易に想
5 到することができないことは明らかである。
ウ 予測できない顕著な効果本件発明1は、本件優先日当時において予測できない顕著な効果を奏する。すなわち、ワクチンの有効性は、多くの場合、投与群と対照群の生存率の差によって判断されるところ、実験の結果、ワクチンを投与していない対照群では生存率が0%、従来の不活化ワクチン製剤では生存率が10%であった(【0070】【図1】)のに対し、本件発明1の不活化ワクチン製剤では生存率が100%であった(【0078】【図3】)のであるから、本件明細書には、本件発明1の予測できない顕著な効果が示されている。そして、証拠(乙19)によれば、当該効果は、本件特許の実施例に記載されているLC1301株以外の株をワクチン用株として用いた場合であっても、同様の効果を奏するものである。したがって、本件発明1の効果は、本件優先日当時、甲18証明書の記載等に基づき予測できない顕著なものである。
3 争点3(甲20発明を主引例とする無効事由の有無)
(原告の主張)
⑴ 甲20発明の構成
「Differences between Lactococcus garvieae isolated from the genus Seriola in Japan and those isolated from other animals (trout,terrestrial animals from Europe) with regard to pathogenicity,phage susceptibility and genetic characterization」と題する論文(甲20。以下「甲20文献」という。)には、魚類のマスから単離されたラクトコッカス・ガルビエのCP-1株、1684株及び01/5664株が抗KG+表現型血清とも
5 抗KG-表現型血清とも凝集形成をしなかったが、通常のウサギ血清に対して
凝集したことが示されている。そうすると、甲20文献により、本件発明の優先日前に、次の発明(以下「甲20発明」という。)が公知であったといえる。魚類のレンサ球菌症の原因であるKG-型抗ウサギ血清及びKG+型抗ウサギ血清のいずれとも凝集反応を示さないラクトコッカス・ガルビエCP-1株、1684株及び01/5664株
⑵ 本件発明1
ア 相違点及び一致点甲20発明と本件発明1を対比すると、次の相違点が存在する。相違点1:本件発明1は、不活化菌体を含有するワクチン製剤であるのに対して、甲20発明は、不活化前の菌体である点これに対し、被告は、甲20文献は、血清型が特定されないラクトコッカス・ガルビエを開示しているにすぎない旨主張する。しかしながら、甲20文献の「通常のウサギ血清で凝集した」という記載は、例外的な場合であるにすぎないため、「Not identified」を「抗KG+型血清と抗KG-型血清の双方には凝集しなかった」と理解することは合理的であることからすると、
(被告の主張)
は失当である。イ 相違点に対する容易想到性前記2において記載したとおり、相違点1は、証拠(甲19-1ないし19-9)に記載されている周知慣用技術であり、魚類ワクチンの研究開発をしていた当業者は、レンサ球菌症予防のために、甲20文献によって公知になっていた菌株に対して、上記周知慣用技術を適用する動機付けを有していた。そして、証拠(甲21-1及び21-2)によれば、ラクトコッカス・ガルビエCP-1株及び1684株は、2000年時点で現実に入手可能となっていたことからすると、当業者は、本件優先日当時、容易に不活化ワク
5 チンを作製することができた。
したがって、相違点1は、単なる設計事項にすぎず、周知慣用技術を適用する動機付けも存在するため、本件優先日当時に容易に想到し得たものであり、本件発明1は、進歩性を欠くものである。
⑶ 本件発明2ないし5
甲20発明と本件発明2ないし5との間の相違点が周知慣用技術であり、かつ、これを組み合わせる動機付けもあったことは、上記2記載のとおりである。
(被告の主張)
⑴ 相違点
ア 甲20文献のTable 1において、CP-1株、1684株及び01/5664株のphenotypeは、全て「Not identified」(特定されない)と記載されており、その下部には、「Not identified」とは、「抗KG+型血清と抗KG-型血清の双方には凝集しなかった、または通常のウサギ血清で凝集した単離物」であると説明されていることからすると、甲20発明は、血清型を特定することができないラクトコッカス・ガルビエCP-1株、1684株及び01/5664株を開示しているにすぎない。そうすると、甲20発明と本件発明1には、原告が認める相違点1のみならず、以下の相違点(以下「相違点1-2」という。)がある。相違点1-2:本件発明1は、抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさない(「血清型が非KG-型かつ非KG+型」)ラクトコッカス・ガルビエであるのに対し、甲20発明は、血清型が特定されないラクトコッカス・ガルビエである点イ これに対し、原告は、甲20文献の「Not identified」の説明文中における「通常のウサギ血清で凝集した単離物」との記載は、例外的
5 な対象を除くためであるにすぎず、上記「Not identified」
は、「抗KG+型血清と抗KG-型血清の双方には凝集しなかった」と認定すべきである旨主張する。しかしながら、非免疫血清(normal rabbit sera)と細菌が凝集したり、抗血清が存在しない状態で細菌が自ら凝集したりする現象は「自己凝集」と呼ばれ、例外的に生じるものではなく、一般的に認められるものであるから、
(原告の主張)
は、その前提を誤るものである。
⑵ 相違点に対する容易想到性
ア 相違点1原告が主張する証拠(甲19-1ないし甲19-9)は、いずれも商品化されたワクチンに関するデータベースであるが、菌株を不活化すれば必ずワクチンができるわけではない。したがって、
(原告の主張)
は、失当である。イ 相違点1-2本件優先日当時において、血清型が特定されない、ラクトコッカス・ガルビエCP-1株、1684株及び01/5664株を、抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさない(「血清型が非KG-型かつ非KG+型」)ラクトコッカス・ガルビエとすることは、容易に想到することができないことは明らかである。ウ 予測できない顕著な効果上記2において記載したとおり、本件発明1の効果は、本件優先日当時、甲20文献の記載等に基づき予測できない顕著なものである。
4 争点4(未完成発明)
(原告の主張)
Ⅱ型レンサ球菌症の不活化ワクチンに関する発明は、Ⅱ型レンサ球菌症の原因菌が「ラクトコッカス・フォルモセンシス」であることが解明されて初めてなし
5 得る発明である。しかしながら、本件優先日当時、Ⅱ型レンサ球菌症の原因菌が
「ラクトコッカス・フォルモセンシス」であることが解明されていなかったのであるから、被告が主張するように、原告製品が本件発明に包含されるとすれば、本件発明は、未完成発明であって無効である。
(被告の主張)
未完成発明であるか否かは、当業者を基準として、発明の技術内容が、反復実施可能性、具体性及び客観性を具備しているかどうかにより判断されるべきである。そして、本件明細書は、「起因菌」及びそこから除外される「LC1301株」について、段落【0014】ないし【0017】に記載しているほか、「不活化菌体」の製造方法について、段落【0019】ないし【0027】、【0030】ないし【0041】等に記載し、実施例3及び5にも、LC1301株を用いた不活化ワクチンの製造例を記載している。これらの記載に基づき、当業者は、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエであって、LC1301株以外のものの不活化菌体を含有する不活化ワクチン製剤」を製造することは、十分に可能であり、上記の材料を用いて上記製造方法により得られた不活化ワクチン製剤の使用についても同様である。したがって、本件発明の技術内容は、十分に反復実施可能性、具体性及び客観性を具備するものであり、発明として完成していることは明らかである。
5 争点5(サポート要件違反の有無)
(原告の主張)
⑴ 本件発明は、魚類のレンサ球菌症の起因菌である「ラクトコッカス・ガルビ
エ」からKG-型及びKG+型の抗血清に凝集する集団を除いた、あらゆる全ての株の不活化菌体を包含するものである。一方で、本件明細書に示されているのは、LC1301株について、これを不活化した菌体のワクチンとしての有効性をLC1301株及びLC1311株に起因する魚類レンサ球菌にお
5 いて確認した一例のみであり、その他には何らの開示もない。
そして、免疫原性が異なれば、ワクチンの効果が生じないことがある一方、「非KG-型かつ非KG+型」という限定は、既知の血清に凝集する集団を除いただけで共通の免疫原性を規定するものではない。そうすると、本件明細書に記載されたLC1301株が、LC1301株及び1311株の疾患に対するワクチンとしての効果を有したとしても、それ以外の「非KG-型かつ非KG+型」の全ての「ラクトコッカス・ガルビエ」について同様の効果を奏するものとは理解できない。しかも、LC1301株は、本件発明のクレームから除外されているのであるから、本件発明の作用効果を確認した実施例は存在せず、このような観点からも、上記開示は、本件発明のクレームをサポートしていない。したがって、本件発明は、本件明細書に記載されていない上、その全体にわたって当業者が発明の効果を奏することが理解できるものでもなく、サポート要件を満たさない。
⑵ また、本件明細書における開示は、「ラクトコッカス・ガルビエ」と記載さ
れたLC1301株のみであるから、本件明細書に接した当業者は、その記載に基づいて、これを「ラクトコッカス・ガルビエ」の一例に関する開示と理解する。したがって、本件明細書に「ラクトコッカス・ガルビエ」以外の菌種について開示されているとはいえないから、本件構成要件が「ラクトコッカス・ガルビエ」(学名)以外の菌種を包含するとすれば、サポート要件に違反することがより一層明らかである。
⑶ また、被告が主張するとおり、本件構成要件の規定する「血清型が非KG-
型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」を「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス•ガルビエの特性を有する細菌」と解釈すると、α溶血性レンサ球菌症の「Ⅲ型」の原因菌が含まれることになる。しかしながら、α溶血性レンサ球菌症の「Ⅱ型」を対象とするLC1301株の不活化ワ
5 クチンは、α溶血性レンサ球菌症の「Ⅲ型」には効果がないから、本件発明の
課題を解決することができず、本件発明が、当業者が課題を解決できると認識できる範囲のはずもないから、この点でも、サポート要件違反があることは明らかである。
(被告の主張)
⑴ 原告は、LC1301株を用いた実施例だけでは、本件発明のクレームにあ
る「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」がサポートされているとはいえない旨主張する。しかしながら、本件発明が本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であり、かつ、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであることは、上記1及び4のとおりであり、実施例の数のみに依拠する原告の主張は理由がない。
⑵ 原告は、
「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」というクレームは、既知の血清に凝集する集団を除いただけであって、共通の免疫原性を規定するものではない旨主張する。しかしながら、「ラクトコッカス・ガルビエ」については、本件優先日前においては、抗KG-抗血清による凝集反応が起こり、抗KG+抗血清による凝集反応が起こらないものと、その両者による凝集反応が起こるものしか知られていなかった中、本件発明は、α溶血性レンサ球菌症の原因菌として、そのいずれの抗血清にも凝集しないという血清学的特性を除き、「通常のラクトコッカス・ガルビエ」と共通する細菌を、「Ⅱ型」の「ラクトコッカス・ガルビエ」として、新たに同定したものである。そうすると、当業者は、「Ⅱ型」の「ラクトコッカス・ガルビエ」である「非KG-型かつ非KG+型」の全ての「ラクトコッカス・ガルビエ」について、本件発明の課題を解決できるものと理解するから、
(原告の主張)
は理由がない。
⑶ 原告は、本件明細書には「ラクトコッカス・ガルビエ」以外の菌種が開示さ
5 れていないから、本件発明が「ラクトコッカス・ガルビエ」(学名)以外の菌
種を包含すると解釈した場合には、サポート要件に違反する旨主張する。しかしながら、本件構成要件は「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス•ガルビエの特性を有する細菌」を意味し、当該解釈によれば、サポート要件に違反しないことは、上記1及び4記載のとおりである。
⑷ 原告は、α溶血性レンサ球菌症の「Ⅲ型」の原因菌である「ラクトコッカス・
ガルビエ」の「Ⅲ型」が本件構成要件に包含され得ることを根拠としてサポート要件に違反する旨主張する。しかしながら、クレームの文言の学術的意味が時代に伴って変遷している場合においては、優先日当時における意味内容により当該文言を解釈すべきである。そして、「魚類のレンサ球菌症の起因菌である血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」との文言は、本件優先日当時、当業者において、α溶血性レンサ球菌症の「Ⅱ型」の原因菌である「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅱ型」を意味するものとして理解されており、未だ存在していなかった「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅲ型」を含むものとしては理解し得なかったのであるから、α溶血性レンサ球菌症の「Ⅲ型」の原因菌である「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅲ型」は、本件発明の技術的範囲に含まれない。
6 争点6(実施可能要件違反の有無)
(原告の主張)
上記5において記載したとおり、本件発明は、既存の血清型に凝集する集団を除いて、種全体をクレームしているにもかかわらず、本件明細書に開示された実施例(LC1301株)もクレームから除外されており、本件明細書には何らの裏付けもないのであるから、当業者がこれを実施するに過度の試行錯誤を要するものであり、実施可能要件に違反することは明らかである。
(被告の主張)
上記4において記載したとおり、本件明細書には、当業者が、本件明細書の発
5 明の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤
を要することなく、本件発明のうち、物の発明については、その物を生産し、かつ、使用することができる程度の記載があり、また、方法の発明については、その方法を使用することができる程度の記載がある。したがって、本件発明は、実施可能要件に違反するものではない。
7 争点7(明確性要件違反の有無)
(原告の主張)
本件特許に接した第三者は、本件発明の権利は、「ラクトコッカス・ガルビエ」という学名に該当する菌種に該当する限りにおいて及ぶものと理解する。しかしながら、「ラクトコッカス・ガルビエ」というクレーム文言が、「ラクトコッカス・ガルビエ」ではない菌種を包含するという解釈に立つならば、明らかに第三者に不測の不利益を与えるほどにその外延が不明確であって、明確性要件に違反することは明らかである。したがって、原告製品が本件発明を充足するような解釈を採用するとすれば、本件発明は、明らかに明確性要件に違反する。
(被告の主張)
上記1において記載したとおり、本件明細書を考慮し、また、当業者の本件優先日当時における技術常識を基礎とすれば、当業者は、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」との文言は、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエの特性を有する細菌」を意味するものと十分に理解することができる。そうすると、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」との記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。したがって、本件発明は、明確性要件に違反するものではない。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
⑴ 本件発明の内容
5 証拠(甲3の1)によれば、本件明細書には、次のとおりの記載があることが認められる。ア 技術分野「本発明は、ラクトコッカス・ガルビエ(学名「Lactococcus garvieae」)を起因菌とする魚類レンサ球菌症に対する不活化ワクチン製剤、魚類レンサ球菌症の予防方法、不活化ワクチン製剤製造方法などに関連する。より詳細には、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエの不活化菌体を含有する不活化ワクチン製剤、魚類レンサ球菌症の予防方法、不活化ワクチン製剤製造方法などに関連する。」(段落【0001】)イ 背景技術「魚類のレンサ球菌症は、特に養殖魚などにおいて、発生頻度が高く、経済的損失も大きい疾病の一つである。魚類のレンサ球菌症には、主に、ラクトコッカス・ガルビエを起因菌とするα溶血性レンサ球菌症…などがある。」(段落【0002】)「従来、ラクトコッカス・ガルビエを起因菌とするレンサ球菌症が養殖現場などで発生した際には、一週間以上の絶食による流行の鎮静化や、エリスロマイシンなどの抗生物質による治療などが行われてきた。しかし、特に抗生物質の使用については、薬剤耐性菌の出現や食品などへの残留への懸念などの問題が残る。そこで、近年、同疾患の予防対策として、ワクチンの開発が進められ、既に上市されている。」(段落【0004】)「現在、ブリ属魚類を対象としたラクトコッカス・ガルビエに対するワクチン製剤として、例えば、ホルマリンにより不活化した不活化ワクチン、ホルマリンで不活化したものを濃縮した不活化ワクチン、培養菌液を酵素処理した後ホルマリンで不活化した不活化ワクチンなどの単味ワクチン製剤、二種混合ワクチン製剤、三種混合ワクチン製剤などが用いられている。」(段落【0005】)「ラクトコッカス・ガルビエには、KG-型及びKG+型の2つの血清型が知られている。KG-型は、抗KG-抗血清による凝集反応がおこり、抗KG+抗血清による凝集反応がおこらない株であり、夾膜を有し、病原性の高い型である。一方、KG+型は、
5 抗KG-抗血清と抗KG+抗血清の両者による凝集反応がおきる株であり、夾膜がなく、KG-型よりも病原性の低い型である…。」(段落【0006】)ウ 発明が解決しようとする課題「本発明は、新規なラクトコッカス・ガルビエを分離・同定するとともに、その菌を起因菌とする疾患に対する有効な予防手段を提供することなどを目的とする。」(段落【0008】)エ 課題を解決するための手段「本発明者らは、…ラクトコッカス・ガルビエに対する従来の不活化ワクチンを投与したにもかかわらずαレンサ球菌症の発症が疑われたブリより新規なラクトコッカス・ガルビエの菌株を独自に分離し、その菌株が非KG-型かつ非KG+型の血清型であることを同定することに成功した。そして、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類のレンサ球菌症では、従来のワクチンが有効でないことを実証するとともに、その新型レンサ球菌症に対する不活化ワクチンの開発に成功し、その有効性を実証した。」(段落【0009】)「そこで、本発明では、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエの不活化菌体を含有する、ラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症に対する不活化ワクチン製剤を提供する。」(段落【0010】)「例えば、この不活化ワクチン製剤を魚類に投与などすることにより、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症、即ち、ラクトコッカス・ガルビエに対する従来の不活化ワクチンでは予防できない新型のレンサ球菌症に対し、その発生・伝播・蔓延を有効に予防できる可能性がある。」(段落【0011】)オ 発明の効果「本発明により、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症に対し、その発生・伝播・蔓延を予防できる。」(段落【0013】)
5 カ 発明を実施するための最良の形態「<ラクトコッカス・ガルビエLC1301株について>本発明者らは、…ラクトコッカス・ガルビエに対する従来の不活化ワクチンを投与したにもかかわらずαレンサ球菌症の発症が疑われたブリより、新規なラクトコッカス・ガルビエの菌株を独自に分離し、その菌株が非KG-型かつ非KG+型の血清型であることを同定することに成功した。この分離・同定した菌株をラクトコッカス・ガルビエLC1301株(Lactococcus garvieae LC1301)と命名した。」(段落【0014】)「LC1301株の形態的性状としては、通常のラクトコッカス・ガルビエの形態と一致し、通性嫌気性のグラム陽性レンサ球菌の形状を示す…」(段落【0015】)「LC1301株の生化学的性状を以下に示す。…(21)溶血性:α溶血型 (22)抗KG-抗血清:- (23)抗KG+抗血清:-」(段落【0016】)「なお、本発明は、不活化することにより、血清型が非KG-型かつ非KG+型であるラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする新型のレンサ球菌感染症を有効に予防できるものであればよく、このLC1301株を用いる場合のみに狭く限定されない。」(段落【0018】)「<本発明に係る不活化ワクチン製剤について>本発明は、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエの不活化菌体を含有する、ラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症に対する不活化ワクチン製剤をすべて包含する。また、本発明は、不活化菌体を有効成分として含有するもののみに狭く限定されず、例えば、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエの培養菌液を不活化処理することにより得られた菌体及び菌液を有効成分として含有する不活化ワクチン製剤、即ち、例えば、不活化菌体と培養液を分離せずに用いることにより、若しくは不活化菌体と培養液を分離しないまま濃縮することにより、不活化菌体と、該菌体以外の菌体由来成分とを含有した場合も広く包含する。」(段落【0019】)
5 「不活化に供する菌体は、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエであればよい。例えば、ラクトコッカス・ガルビエに対する従来の不活化ワクチンを投与したにもかかわらずαレンサ球菌症を発症した魚類から分離して用いてもよい。…」(段落【0020】)キ 実施例1「実施例1では、Lactococcus garvieaeに対する従来の不活化ワクチンを投与したにもかかわらずαレンサ球菌症の発症が疑われたブリより、原因菌の分離・同定を試みた。」(段落【0053】)「愛媛県愛南町のブリ養殖場において、2013年4月、分養殖作業の際、L.garvieaeに対する従来の不活化ワクチンを投与した養殖魚群中より、α溶血性レンサ球菌症が疑われる個体5尾を認めた。」(段落【0054】)「罹患個体のうちの1尾(体重:1,950g、体長:44.5cm)の脳を採取し、菌分離を試みた。白金耳でSCDb寒天培地(カゼイン・ダイズ混合ペプトン液体培地(SCDb)に寒天を加えた培地、以下同じ)に脳組織を塗布し、25℃で1日間培養した。単集落を釣菌し、新たなSCDb寒天培地に接種し、単集落分離を行った。これを10w/v%グリセリン含むSCD液体培地にMcFarland No.5程度の濁度となるよう懸濁し、保存した。」(段落【0056】)「分離菌の顕微鏡検査を行った結果、既知のL.garvieaeと同様、グラム陽性レンサ球菌の形状を示した。」【0057】「L.garvieae、Streptococcus iniae、Streptococcus parauberis、及び、Streptococcus dysgalactiaeに対する特異的プライマーを用いて、PCR法による遺伝子検査を行った結果、L.garvieaeに対する特異的プライマーを用いた場合のみ、増幅が認められた。」(段落【0058】)「分離菌の溶血性試験を行った。コロンビア5%ヒツジ血液寒天培地に分離菌を播種し、培養した結果、既知のL.garvieaeと同様の不完全溶血環が形成され、α
5 溶血性を示した。」(段落【0059】)「グラム陽性球菌同定キット「Rapid ID32 Strep(日本ビオメリュー)」を用いて、分離菌の生化学的性状試験を行った。結果を表1及び表2に示す。なお、表1及び表2中、「陽性率」はキットの添付文書に記載された既知のL.garvieaeの陽性率を表す。表1及び表2に示す通り、分離菌は、既知のL.garvieaeの陽性率と全項目で一致した。」(段落【0060】)段落【0061】【表1】 段落【0062】【表2】「上記の通り、L.garvieaeには、KG-型及びKG+型の2つの血清型が知られている。そこで、抗L.garvieae KS-7M株血清(KG-型)、抗L.garvieae YT-3株血清(KG+型)、抗L.garvieae KG7409株血清(KG+型)の三種類の抗血清を用いて、凝集試験を行った。その結果、いずれの血清においても凝集は確認されなかった。」(段落【0063】)「以上の結果より、愛媛県愛南町においてL.garvieaeに対する従来の不活化ワクチンを投与したにもかかわらずαレンサ球菌症の発症が疑われたブリより分離した菌を、血清型が非KG-型かつ非KG+型の新規のLactococcus garvieaeと同定し、Lactococcus garvieae LC1301と命名した。同菌を独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託し
5 た(受託番号:NITE P-01653)。」(段落【0064】)
⑵ 本件に至る経緯等ア 「ラクトコッカス・ガルビエ」は、1983年、Collinsらによって「ストレプトコッカス・ガルビエ」として報告され、その後、1985年、Schleiferらによってラクトコッカス属に再分類され、正式な菌種として登録された(甲7ないし10)。イ ブリの魚病として「ラクトコッカス・ガルビエ」を原因菌とするα溶血性レンサ球菌症が存在していることのほか、「ラクトコッカス・ガルビエ」には2つの血清型(KG-型及びKG+型)があることが、遅くとも2012年までに当業者に知られていた(甲3の1、乙12)。ウ 2012年頃、従来の不活化ワクチンを投与したにもかかわらず、ブリからα溶血性レンサ球菌症の発症が疑われるようになったため、この新しいα溶血性レンサ球菌症の原因菌が調査された。上記調査により、新しいα溶血性レンサ球菌症の原因菌は、既存の血清型に属さない、ラクトコッカス・ガルビエと同じグループのラクトコッカス属の細菌であると判明した。(以上につき、乙6の2)エ その後、新しいα溶血性レンサ球菌症の原因菌は、「ラクトコッカス・ガルビエ」であると同定され、2015年頃、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅱ型」と呼称することが提案されるに至った。これに伴い、新しいα溶血性レンサ球菌症は、Ⅱ型レンサ球菌症と呼称されるようになった。なお、上記提案がされた魚病研究第50巻4号(2015年12月発行)に掲載された「抗KG-型血清非凝集性Lactococcus garvieaeのブリ類に対する病原性と免疫原性」と題する学術論文(甲13・Table 1)には、後述クの「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」が、抗KG-抗血清に凝集しない「ラクトコッカス・ガルビエ」の菌株(同論文において「Ⅱ型」の「ラクトコッカス・ガルビエ」と呼称すること
5 が提案されたもの)の一つとして挙げられている。(以上につき、甲13、15、乙6の1、乙6の3、乙6の4)オ 2014年頃、発酵したブロッコリーの茎由来の新型のラクトコッカス属の細菌が発見され、これを「ラクトコッカス・フォルモセンシス」と命名することが提案された(甲14)。カ 2021年頃から、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅱ型」は、「ラクトコッカス・ガルビエ」ではなく「ラクトコッカス・フォルモセンシス」に分類すべきである旨の提案がなされるようになった(甲15、乙6の9、乙6の10)。なお、Ⅱ型レンサ球菌症等に効能を有する被告の不活化ワクチンに関する動物用医薬品製造販売承認事項変更承認申請について、被告が農林水産省から2024年8月に受けた指摘事項には、「成分及び分量」欄には、「「ラクトコッカス・ガルビエ(Ⅱ型)」を「ラクトコッカス・フォルモセンシス」に名称変更しなくてよいか確認し、必要に応じて変更するか、今後の対応方針を説明してください。」との記載があり、「指摘理由」欄には、「ラクトコッカス・ガルビエ(Ⅱ型)が2021年にラクトコッカス・フォルモセンシスと分類されたことから、本製剤の当該菌名を変更する必要があると考えるため。」との記載がある(乙8)。キ 日本魚病学会発行の魚病研究58巻1号(2023年3月)に掲載された「選定された魚病名(2023年改訂)」において、「レンサ球菌症」の項目の記載が変更され、「L.formosensis感染症を含める」と追記された(乙7の2)。ク 原告製品は、「ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株」の不活化ワクチンである。そして、「ラクトコッカス・フォルモセンシス BY2株」は、「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」と同一の菌株である。(以上につき、争いがない事実)
5 2 争点1(「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」(構成要件1A、5A等)の充足性)⑴ 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず、この場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきである(特許法70条1項及び2項)。そして、特許請求の範囲に記載された学名が特許発明の出願日(優先権主張がある場合には優先日をいう。以下同じ。)の後に変更された場合には、当該学名の変更に関する技術常識を参酌して、上記用語の意義を解釈するのが相当である。⑵ これを本件についてみると、本件構成要件の「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」という学名の意義を解釈するに、これを充足する「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」は、2021年以降は、「ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株」に学名が変更されたことが認められる。そして、前記認定に係る上記学名の変更に関する技術常識によれば、当業者において、現在「ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株」という学名の菌株が、本件出願時には「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」という菌株であったことを十分に理解し得ることが認められる。そうすると、本件構成要件の「ラクトコッカス・ガルビエ」は、以前は「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」と呼称されていた「ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株」を含むものと解するのが相当である。したがって、原告製品は、「ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株」の不活化ワクチンであることからすると、本件構成要件の「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」を充足するものと認めるのが相当である。
⑶ これに対し、原告は、本件構成要件は、学名で菌を規定しているのであるから、「ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株」である原告株が、「血清
5 型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」に該当することはない旨主張する。しかしながら、前記認定に係る学名の変更に関する技術常識によれば、原告株は、本件優先日後、その学名が変更されるまでの間、当業者において「ラクトコッカス・ガルビエ」であると認識されていたことは、上記において説示したとおりである。そうすると、上記技術常識によれば、当業者においても、原告株について、従前は「ラクトコッカス・ガルビエ」という学名で呼称されていた菌株であり、本件優先日後にその学名が「ラクトコッカス・フォルモセンシス」に変更された菌株であると十分に理解し得るものといえるから、実質的にみても、原告株が、学名の変更にかかわらず、本件発明を充足するとしても、当業者の予測可能性を害するものとはいえない。したがって、原告の主張は、採用することができない。また、原告は、本件優先日当時、「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」を含むⅡ型レンサ球菌症の原因菌とされる菌株を、「ラクトコッカス・フォルモセンシス」ではなく「ラクトコッカス・ガルビエ」と同定したこと自体が誤りであるから、原告製品は、当初から「ラクトコッカス・ガルビエ」を充足するものではない旨主張する。しかしながら、前記認定事実によれば、「ラクトコッカス・フォルモセンシス」は、本件優先日当時には、そもそも未だ発見されていなかった菌株であるため、その遺伝的類似性を比較することはできなかったものである。のみならず、証拠(乙6、乙12の1)及び弁論の全趣旨によれば、当時行われた同定方法は、魚病の診断において本件優先日当時に一般的に用いられる方法に準じたものであるから、同定方法として妥当性がないとはいえず、仮に、原告主張に係る同定方法(DNA/DNAハイブリッド形成) によっても、証拠(甲5、甲6、乙6の1、乙15)及び弁論の全趣旨によれば、Ⅱ型レンサ球菌症の原因菌とされる菌株は「ラクトコッカス・ガルビエ」の基準株と70%を超える類似性があるため、国際微生物命名委員会の特別委員会の定める基準を満たす遺伝的類似性を有するものであることが認
5 められる。これらの事情を踏まえると、本件優先日当時、Ⅱ型レンサ球菌症の原因菌とされる菌株につき、「ラクトコッカス・ガルビエ」と同定したことを直ちに誤同定であると認めることはできない。したがって、原告の主張は、採用することができない。
⑷ そして、原告製品がその他の構成要件を充足するものであることは当事者間に争いがない。以上によれば、原告製品は、本件発明1、2、4及び5の構成要件を充足する。
3 争点2(甲18発明を主引用例とする無効事由の有無)⑴ 甲18発明の内容及び相違点ア 甲18証明書には、ラクトコッカス・ガルビエ株である121941株は、単離した2012年中には、外部機関から文書による依頼に応じて、ワクチンの試作や研究のために、非KG-株として分譲可能な状態にあったことのほか、当該菌株の分譲において守秘義務契約の締結を必要としないことが記載されており、学術論文(甲13、乙6の8)においても、上記菌株が2012年に分離されたものである旨が記載されていることが認められる。上記認定事実によれば、「ラクトコッカス・ガルビエ株 121941株」という菌株の存在は、本件優先日当時、公然知られたものであったと認めるのが相当である。そして、上記1の認定事実⑵ウ及びエによれば、Ⅱ型レンサ球菌症の原因菌は、既存の血清型に属さない新種の菌として発見されたものであるから、Ⅱ型レンサ球菌症の原因菌である「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」は、当業者において、抗KG-抗血清のみならず、抗KG+抗血清に対しても凝集しない菌株であると認識されていたものと認められる。そうすると、甲18証明書に記載された甲18発明は、以下の内容を開示しているものといえる。
5 魚類のレンサ球菌症の起因菌であり、血清型が非KG-型かつ非KG+型であるラクトコッカス・ガルビエ 121941株イ これに対し、被告は、甲18証明書が信用性を欠く旨主張するものの、甲18証明書には公的機関である大分県農林水産研究指導センターの水産研究部長の職印が押印されており、その形式及び内容に疑義を生じさせるところも認められないことからすると、被告が主張する事情を十分考慮しても、甲18証明書が信用性を欠くものとはいえず、被告の主張は採用の限りではない。また、被告は、甲18証明書には、抗KG+抗血清に凝集しない旨が記載されていない旨主張するものの、「ラクトコッカス・ガルビエ株 121941株」という菌株が分離されるに至った経緯によれば、当該菌株が、抗KG-抗血清のみならず抗KG+抗血清にも凝集しないものであることは、当業者における技術常識であったといえるから、被告の主張は採用の限りではない。⑵ 相違点ア 上記⑴記載の甲18発明の構成によれば、本件発明1との相違点は、以下のとおりであることが認められる。甲18発明は不活化前の菌体であるのに対して、本件発明1は不活化した菌体を含有するワクチン製剤である点(相違点1)イ 上記に加え、甲18発明は、本件発明2、4及び5との間に、以下の相違点が認められる。(ア) 甲18発明は不活化前の菌体であるのに対して、本件発明2は、不活化した菌体を含有するワクチン製剤であり、かつ、不活化前の菌体の量が10³~10¹¹CFU/mLであり(相違点2-1)、一回当たりの投与量が0.05~3.0mLである点(相違点2-2)(イ) 甲18発明は不活化前の菌体であるのに対して、本件発明4は、不活化
5 ワクチン製剤を投与する予防方法である点(相違点4)(ウ) 甲18発明は、不活化前の菌体であるのに対して、本件発明5はこれを不活化する工程を含む不活化ワクチン製剤製造方法である点(相違点5)⑶ 相違点に対する容易想到性ア 甲18証明書には、「ワクチンの試作や研究のため」という記載があることからすると、「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」は、ワクチンの試作や研究のために使用できることが開示又は示唆されているといえる。そして、証拠(甲19)及び弁論の全趣旨によれば、「ラクトコッカス・ガルビエ」を原因菌とする魚類の疾患(レンサ球菌症)に対するワクチンの製造に当たり、その原因菌である「ラクトコッカス・ガルビエ」を不活化することは、当業者の技術常識であるといえる。そうすると、魚類のレンサ球菌症の起因菌であり、血清型が非KG-型かつ非KG+型の「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」を不活化してワクチンとすることは、当業者が容易に想到し得たものと認めるのが相当である。したがって、本件発明1は、甲18証明書に基づき進歩性を欠くものであり、無効理由を有するものと認められる。イ そのほかに、証拠(甲19の1ないし19-9)及び弁論の全趣旨によれば、甲18発明と本件発明2、4及び5との間の相違点2、4及び5は、本件優先日当時の技術常識を踏まえると、いずれも当業者の通常の創作能力の発揮によって容易に想到できるものと認めるのが相当である。したがって、本件発明2、4及び5は、甲18証明書に基づき進歩性を欠くものであり、無効理由を有するものと認められる。⑷ 小括したがって、本件発明1、2、4及び5は、いずれも進歩性欠如の無効理由を有するものと認められる。
5 4 争点5(サポート要件違反の有無)⑴ 以上によれば、その余の争点を判断するまでもなく、原告の請求は理由があることになる。もっとも、本件事案及び審理経過に鑑み、本件の中核的争点の一つである争点5(サポート要件違反の有無)については、以下判断を示すこととする。⑵ 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならない旨規定し、いわゆるサポート要件を定めている。特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である。⑶ そこで検討すると、本件構成要件は、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」と規定し、「血清型が非KG-型かつ非KG+型」とは、「抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないことを意味する。」と定義している。そして、本件明細書(段落【0018】ないし【0020】、【0038】)によれば、「抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないこと」という本件構成要件に記載されている構成を限定するような記載や示唆を認めることはできない。そうすると、本件構成要件の「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」は、「抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないラクトコッカス・ガルビエ」をいうものと解する
5 のが相当である。そして、証拠(甲15、16、22、乙6の10)及び弁論の全趣旨によれば、2021年8月から抗Ⅰ型血清及び抗Ⅱ型血清に凝集しない「ラクトコッカス・ガルビエ」の菌株が観察され、2023年頃、これを「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅲ型」と呼称することが提案されるに至り、当該菌株は、抗KG-抗血清及び抗KG+抗血清のいずれに対しても凝集反応を起こさないものであることが認められる。そうすると、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅲ型」と呼称される菌株は、「抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないラクトコッカス・ガルビエ」であるから、本件構成要件の範囲に含まれることが認められる。しかしながら、上記1の認定事実⑵及び弁論の全趣旨によれば、本件明細書において開示されているのは、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅱ型」を原因菌とするレンサ球菌症に対するワクチン製剤であり、「Ⅲ型」と呼称される菌株を原因菌とするレンサ球菌症に対するワクチン製剤に関する開示はなく、「Ⅲ型」を原因菌とするレンサ球菌症に対して効果を奏することの開示も一切ない。現に技術常識によれば、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅲ型」の不活化ワクチンは、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅱ型」を原因菌とするレンサ球菌症には効果がないものと認められる。そうすると、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅲ型」の不活化ワクチンは、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅱ型」を起因菌とするレンサ球菌症に対しては、有効な予防手段を提供することができない。したがって、本件発明に含まれる「Ⅲ型」の「ラクトコッカス・ガルビエ」の不活化ワクチンは、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認
5 識できる範囲のものであるとはいえない。以上によれば、本件発明は、サポート要件を充たすものとはいえない。⑷ これに対し、被告は、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」という文言につき、当業者において、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅱ型」を意味するものと理解されていたのであり、本件優先日当時、未だ存在しなかった「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅲ型」を含むものとしては理解されていなかった旨主張する。しかしながら、前記認定事実(1⑵ウ及びエ)並びに上記⑶において認定した事実によれば、本件優先日当時、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅱ型」も「Ⅲ型」も、いずれも当業者において認識されていなかったのであるから、当業者において「Ⅱ型」を意味するものと理解されていたとする被告の主張は、そもそもその前提を欠く。そして、本件構成要件の「血清型が非KG-型かつ非KG+型」とは、本件優先日当時に上記「Ⅱ型」も上記「Ⅲ型」も認識されていなかったという事情に照らしても、「抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさない」という性質を有する「ラクトコッカス・ガルビエ」を意味するものと解すべきことは、上記において説示したとおりである。そうすると、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅲ型」も、上記性質を有する以上、本件発明に含まれると解するのが相当である。実質的にみても、証拠(甲13、15、乙6の1)及び弁論の全趣旨によれば、本件優先日当時、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅱ型」と「Ⅲ型」という分類は存在していなかったものの、菌株を免疫抗原として抗血清を作製し、当該抗血清に対する凝集反応の有無を見ることによって、本件発明の対象を「ラクトコッカス・ガルビエ」の「Ⅱ型」に相当する菌株に限定することも十分に可能であったのに限定していないことからすると、「Ⅱ型」に限定される趣旨をいう被告の主張は、上記にいう技術常識及び本件発明の構成要件に照らしても、採用の限りではない。
5 以上によれば、本件発明は、サポート要件違反の無効理由を有するものと認めるのが相当である。
第5 結論
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
中 島 基 至
裁判官
坂 本 達 也
裁判官
小 橋 陽 一 郎
(別紙)
特許請求の範囲
1 本件発明15 魚類のレンサ球菌症の起因菌である血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ(学名「Lactococcus garvieae」、以下同じ。LC1301株(受託番号NITE P-01653、以下同じ)を除く。)の不活化菌体を含有する、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症に対する不活化ワクチン製剤。ただし、「血清型が非KG-型かつ非KG+型の」とは、抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないことを意味する。
2 本件発明2不活化前の菌体の量が10³~10¹¹CFU/mLであり、一回当たりの投与量が0.05~3.0mLである請求項1記載の不活化ワクチン製剤。
3 本件発明4請求項1又は請求項2記載の不活化ワクチン製剤、又は、請求項3記載の混合不活化ワクチン製剤を投与する、ラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症の予防方法。
4 本件発明5魚類のレンサ球菌症の起因菌である血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ(LC1301株を除く。)の菌体を不活化する工程を含む、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症に対する不活化ワクチン製剤製造方法。ただし、「血清型が非KG-型かつ非KG+型の」とは、抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないことを意味する。
(別紙)
原告製品目録ラクトコッカス・フォルモセンシス BY2株の不活化ワクチン製剤である「マリンジェンナー Ⅱ型レンサ」
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