ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和7(行ケ)10019 審決取消請求事件
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
|---|---|
| 裁判年月日 | 令和8年3月24日 |
| 事件種別 | 民事 |
| 当事者 | 原告ザ・ブロード・インスティテュート・インコーポレイテッド
マサチューセッツ・インスティトュート・オブ・テクノロジー
プレジデントアンドフェローズオブハーバードカレッジ 被告ツールゲンインコーポレイテッド |
| 法令 |
特許権 |
| キーワード | 優先権183回 審決29回 実施21回 無効15回 進歩性6回 新規性6回 特許権5回 無効審判4回 分割2回 |
| 主文 | 1 特許庁が無効2022-800080号事件について令和6年10 2 訴訟費用は、被告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30 |
| 事件の概要 | 1 特許庁における手続の経緯等 ⑴ 設定登録 本件訴訟において取消しが求められている審決がされた無効審判 (後記⑶) の請求に係る特許第6203879号(以下「本件特許」といい、その特許 権を「本件特許権」という。 )に係る出願は、後記⑵のとおりの優先権を主張 して、平成25年(2013年)12月12日を国際出願(PCT/US2 013/74819。以下「本件PCT出願」という。 )の日とする特願20 |
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令和8年3月24日判決言渡
令和7年(行ケ)第10019号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和8年2月10日
判 決
原 告 ザ・ブロード・インスティテュート・インコーポレイテッド
(以下「原告ブロード研」という。)
原 告 マサチューセッツ・インスティトュート・オブ・テクノロジー
(以下「原告MIT」という。)
原 告 プレジデント アンド フェローズ オブ ハーバード カレッジ
(以下「原告ハーバード大」という。)
原告ら訴訟代理人弁護士 窪 田 英 一 郎
同 乾 裕 介
同 今 井 優 仁
同 中 岡 起 代 子
同 本 阿 弥 友 子
同 鈴 木 佑 一 郎
同 堀 内 一 成
同 山 田 康 太
同 古 橋 和 可 菜
同訴訟代理人弁理士 矢 野 恵 美 子
被 告 ツールゲン インコーポレイテッド
同訴訟代理人弁護士 飯 島 歩
同訴訟代理人弁理士 小 林 由 佳
主 文
1 特許庁が無効2022-800080号事件について令和6年10
月22日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文第1項、第2項同旨
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 設定登録本件訴訟において取消しが求められている審決がされた無効審判(後記⑶)の請求に係る特許第6203879号(以下「本件特許」といい、その特許権を「本件特許権」という。)に係る出願は、後記⑵のとおりの優先権を主張して、平成25年(2013年)12月12日を国際出願(PCT/US2013/74819。以下「本件PCT出願」という。)の日とする特願2015-547573号の一部を平成28年2月15日に新たな特許出願とした特願2016-25710号であって、平成29年9月8日に設定登録がなされたものである(請求項の数は17。特許公報(一部)は乙35。なお、書証の枝番号については、特に記載しない限り省略する。以下同様である。)。
⑵ 優先権主張(下記①ないし⑫の出願(いずれも仮出願である。)を、以下、順に「第1基礎出願」ないし「第12基礎出願」といい、これらを併せて「本件各基礎出願」という。)
① 平成24年(2012年)12月12日米国(US61/736527。名称「配列操作のためのシステム方法および組成物」。甲14、乙2の1。出願時の発明者・出願人は、A氏(以下「A氏」という。なお、書証等にはA氏と表記するものがある。)、B氏(以下「B氏」という。)、C氏(以下「C氏」という。)及びD氏(以下「D博士」という。)の4名。後記5
⑷の補正後(以下「補正後」という。)の発明者・出願人は、上記4名のほか、E氏(以下「E氏」という。)、F氏(以下「F氏」という。)、G氏(以下「G氏」という。)及びH氏(以下「H氏」という。)(乙3の1)。)
② 平成25年(2013年)1月2日米国(US61/748427。甲15、乙4の1。補正後の発明者・出願人につき乙5の1。名称、出願時の発明者・出願人及び補正後の発明者・出願人はいずれも上記①と同じ。以下、第1基礎出願と併せ「第1及び第2基礎出願」という。)
③ 同年1月30日米国(US61/758468。名称「配列操作のためのシステム、方法および組成物のエンジニアリングおよび最適化」。甲16、乙6の1。出願時の発明者・出願人はA氏、補正後の発明者・出願人は、A氏のほか、B氏、F氏及びH氏(乙7の1)。)
④ 同年2月25日米国(US61/769046。甲17、乙8の1。補正後の発明者・出願人につき乙9の1。名称、出願時の発明者・出願人及び補正後の発明者・出願人はいずれも上記③と同じ。)
⑤ 同年3月15日米国(US61/791409。甲18、乙10の1。補正後の発明者・出願人につき乙11の1。名称、出願時の発明者・出願人はいずれも上記①と同じ。補正後の発明者・出願人は、上記①のほか、I氏(以下「I氏」という。)及びJ氏(以下「J氏」という。)。)
⑥ 同年3月15日米国(US61/802174。甲19、乙12の1。補正後の発明者・出願人につき乙13の1。名称、出願時の発明者・出願人は上記③と同じ。補正後の発明者・出願人は、上記③のほか、K氏(以下「K氏」という。)。)
⑦ 同年3月28日米国(US61/806375。甲20、乙14の1。補正後の発明者・出願人につき乙15の1。名称、出願時の発明者・出願人及び補正後の発明者・出願人はいずれも上記⑥と同じ。)
⑧ 同年4月20日米国(US61/814263。甲21、乙16の1。補正後の発明者・出願人につき乙17の1。名称、出願時の発明者・出願人及び補正後の発明者・出願人はいずれも上記⑥と同じ。)
⑨ 同年5月6日米国(US61/819803。甲22、乙18の1。補正後の発明者・出願人につき乙19の1。名称、出願時の発明者・出願人及び補正後の発明者・出願人はいずれも上記⑥と同じ。)
⑩ 同年5月28日米国(US61/828130。甲23、乙20の1。補正後の発明者・出願人につき乙21の1。名称、出願時の発明者・出願人及び補正後の発明者・出願人はいずれも上記⑥と同じ。)
⑪ 同年6月17日米国(US61/835931。甲24、乙22の1。名称は上記①と同じ。出願時の発明者・出願人は、A氏、D博士、B氏、E氏、F氏、G氏、K氏、H氏及びL氏(以下「L氏」という。)。補正後の発明者・出願人は、上記9名のほか、I氏及びJ氏(乙23の1)。)
⑫ 同年6月17日米国(US61/836127。甲25、乙24の1。名称は上記③と、発明者・出願人は上記③の補正後の発明者・出願人と(A氏、B氏、F氏及びH氏)、いずれも同じ。発明者・出願人の補正なし。)
⑶ 無効審判請求被告は、令和4年9月30日、本件特許の請求項1ないし17に係る発明につき特許庁に無効審判(無効2022-800080号)を請求した(甲29)。令和6年5月9日付けで審決の予告(甲58)がされ、原告らは、同年8月13日、本件特許の特許請求の範囲につき訂正請求をした(以下、その訂正を「本件訂正」という。甲60)。特許庁は、令和6年10月22日、特許第6203879号の特許請求の範囲を、本件訂正に係る訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~17〕について、訂正することを認める、特許第6203879号の請求項1~17に係る発明についての特許を無効とする旨の審決(出訴期間として90日を付加。以下「本件審決」という。本件審決の内容は別紙審決書(写し)のとおり。)をし、その謄本は、同月31日、原告らに送達された。
⑷ 本件訴訟の提起原告らは、令和7年2月25日、前記第1記載のとおり、本件審決の取消し(ただし、本件訂正を認めた点については争わない。)を求めて、本件訴訟を提起した。2 本件訂正後の特許請求の範囲本件訂正後の特許請求の範囲のうち、訂正後の請求項1については、次のとおりである(下線は本件訂正による訂正箇所。各請求項記載の発明は、請求項の番号に対応して「本件発明1」ないし「本件発明17」などといい、本件発明1ないし17を併せて「本件各発明」という。本件発明2ないし本件発明17については別紙審決書(写し)6頁36行目ないし8頁27行目参照)。「【請求項1】クラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)(CRISPR-Cas)ベクター系であって、I.CRISPR-Cas系キメラRNA(chiRNA)ポリヌクレオチド配列をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって、前記ポリヌクレオチド配列が、(a)真核細胞中の標的配列にハイブリダイズする、10~30ヌクレオチドの長さを有するガイド配列、(b)トランス活性化CRISPRRNA(tracr)メイト配列、及び(c)tracrRNA配列を含み、(a)、(b)及び(c)が、5’から3’配向で配置されており、前記tracrRNA配列が、50以上のヌクレオチドの長さを有する、
第1の調節エレメントと、
II.真核細胞の核中の検出可能な量のII型Cas9タンパク質の蓄積をドライブするために十分な強度の、1つ以上の核局在化配列を含む前記II型Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメントとを含む1つ以上のベクターを含み;成分I及びIIは、前記系の同じ又は異なるベクター上に位置し;前記ヌクレオチド配列が転写されると:前記chiRNAは、前記II型Cas9タンパク質へと集合し、前記II型Cas9タンパク質と複合体を形成し、前記tracrメイト配列は、前記tracrRNA配列にハイブリダイズし、前記ガイド配列は、前記真核細胞中の前記標的配列への配列特異的結合を指向し、それによって、
(1)前記真核細胞中の前記標的配列にハイブリダイズされる前記ガイド配列、及び(2)前記tracrRNA配列にハイブリダイズされる前記tracrメイト配列と複合体形成している前記II型Cas9タンパク質を含むCRISPR複合体が形成される、CRISPR-Casベクター系。」3 本件各発明につき本件審決の判断の対象とされた無効理由本件各発明につき、無効審判請求人である被告から主張された無効理由は、別紙審決書(写し)8ないし9頁に記載のとおり、第1及び第2基礎出願に基づく優先権主張は不適法であり、本件特許について最先の優先日となり得るのは第3基礎出願の出願日である2013年(平成25年)1月30日であることを前提として、同日に公知であった文献に基づく無効理由1(甲1(SCIENCE, vol.339, pp.823-826 (published online 3 January 2013)及びその Supplementary Materials)に基づく新規性、進歩性欠如)及び無効理由2(甲2(NATURE BIOTECHNOLOGY, vol.31, pp.227-229 (published on line
29 January 2013)及びその Supplementary Materials)に基づく新規性、進歩性欠如)である。4 本件審決の判断の要旨本件審決は、無効理由2については理由がないが、無効理由1については理由があると判断した。その理由は、要するに、本件特許は、原告ら3名を出願人とし、千九百年十二月十四日にブラッセルで、千九百十一年六月二日にワシントンで、千九百二十五年十一月六日にヘーグで、千九百三十四年六月二日にロンドンで、千九百五十八年十月三十一日にリスボンで及び千九百六十七年七月十四日にストックホルムで改正された工業所有権の保護に関する千八百八十三年三月二十日のパリ条約(昭和50年3月条約第2号)(以下「パリ条約」という。)4条に基づき、合計12件の米国仮特許出願を基礎とする優先権を主張してなされた国際特許出願の分割出願に係る特許であるところ、第1及び第2基礎出願の出願人は、4名の個人であって、優先権主張出願である本件特許出願の出願人(原告ら3名)とは異なる。よって、第1及び第2基礎出願に基づく優先権主張が適法であるためには、本件特許出願の出願人が第1及び第2基礎出願の出願人の全員から優先権を承継していなくてはならない(パリ条約4条A(1)にいう「承継人」に当たる必要がある)ところ、第1及び第2基礎出願の出願人4名(A氏、B氏、C氏及びD博士)のうちの1名であるD博士は、第1及び第2基礎出願にかかる「発明及び発見並びにこれに関連する全ての条約に関する世界中の全ての国における権利、権原及び利益等」を、本件特許の出願人ではないザ・ロックフェラー・ユニバーシティ(アメリカ合衆国・ニューヨーク州所在。以下「ロックフェラー大」という。)に譲渡しており、ロックフェラー大から原告ブロード研に譲渡された事実は認められないから、本件特許の出願人らは、D博士が有する第1及び第2基礎出願によって生じる優先権を承継していない。したがって、第1及び第2基礎出願に基づく優先権主張は不適法であって、本件特許は、第1及び第2基礎出願に基づく優先権主張の利益を享受することはできないところ、本件発明1ないし4、10ないし17は、第3基礎出願の出願日に公知であった甲1に記載された発明(以下「甲1発明」という。)と同一であり、本件発明5ないし9は甲1発明及び甲3(SCIENCE, vol.339, pp.819-823 (published online 3 January 2013)及びその Supplementary Materials)に記載された事項及び周知技術から容易に発明できたから、新規性ないし進歩性を欠き、無効とすべきものである。5 証拠から容易に認められる前提となる事実関係等
⑴ 原告ブロード研は、2004年(平成16年)に、原告MITと原告ハーバード大により設立された(乙32の2)。
⑵ 2012年(平成24年)12月12日、第1基礎出願に係る仮出願がされた。2013年(平成25年)1月2日、第2基礎出願に係る仮出願が、同月30日、第3基礎出願に係る仮出願がされた。D博士は、同年2月7日、第2基礎出願に関し、ロックフェラー大に対する譲渡証を作成した(甲27)。そこには、「ここに、手持の現金1ドル及び/又はその他の有効かつ有償な対価を約因とし、当該約因の受領と充足を確認し、・・・本件発明・・・すべての権利・・・譲受人に・・・譲渡・・・を行う。」と記載されている。同月25日から同年6月17日にかけて、第4基礎出願から第12基礎出願に係る仮出願がされた。2013年(平成25年)頃に、第1基礎出願を含む一連の関連(仮)出願(本件各基礎出願以外も含む。)について、それらの発明者に係る調査が実施され、原告ブロード研から依頼を受けた、ヴェダー・プライス特許弁護士事務所のM弁護士(以下「M弁護士」という。)が担当した(甲64、乙1)。
⑶ 2013年(平成25年)10月15日、原告ブロード研及び原告MITを出願人として、米国特許出願(14/054414。乙30。発明者はA氏。以下「米国414出願」という。発明の名称「遺伝子産物の発現を改変するためのCRISPR-CASシステムおよび方法」)がされた。同出願においては、優先権主張の基礎となる出願に、第1及び第2基礎出願、第5基礎出願、第11基礎出願、並びに、本件各基礎出願に含まれない、2013年(平成25年)7月2日(仮)出願の61/842322が含まれていた(乙30)。上記1⑵のとおり、上記第1、第2、第5及び第11基礎出願に係る仮出願の発明者・出願人には、D博士が含まれていた(その余の基礎出願に係る仮出願の発明者・出願人には、D博士は含まれていない。)。
⑷ 2013年(平成25年)年12月11日、第1及び第2基礎出願の発明者・出願人にE氏らを加え、D博士を含む8名とする補正がされた(乙3、5)。同日、第3ないし第10基礎出願の発明者・出願人にH氏ら(乙7、9、11、13、15、17、19、21)を、第11基礎出願の発明者・出願人にI氏ら(乙23)を加える補正がされた。これらのうち第1及び第2基礎出願、第5、第11基礎出願に係る出願人等の補正について、いずれもM弁護士が代理人として行った(甲69ないし72)。
⑸ D博士は、2013年(平成25年)12月12日、第1、第2、第5及び第11基礎出願等に関し、ロックフェラー大に対する譲渡証を作成した(甲28)。同日、本件各基礎出願の仮出願に基づき、本件PCT出願(下記表の1番)がされた。その出願人は、原告ブロード研、原告MIT、A氏ら4名であった。その発明者に、D博士は含まれていない。また、同日、原告らは、本件PCT出願を含む10件の関連するPCT出願(以下「関連PCT出願」という。)をした。その関連PCT出願の内容(後記補正・削除等の後のもの)は、以下のとおりである(下記表の2の、原告ブロード研とロックフェラー大らが共同出願人となっている出願番号PCT/US2013/74611を、以下「関連PCT出願の2番」という)。なお、ロックフェラー大は、同日付け「出願人による委任状」を作成している(甲68)。出願番号 出願人 発明者 発明の内容PCT/US20 原告ブロード研 A氏 真核細胞で使用13/74819 原告MIT B氏 されるCRIS( 本 件 P C T 出 原告ハーバード大 F氏 PR-Cas9願) H氏 システムおよび多重化CRISPR酵素システムに最適化されたガイドPCT/US20 原告ブロード研 A氏 真核細胞および13/74611 原告MIT I氏 原核細胞におけ原告ハーバード大 B氏 る特定の用途のロックフェラー大 E氏 ためのCRISF氏 PR-Cas9J氏 システムG氏D博士K氏H氏L氏PCT/US20 原告ブロード研 A氏 CRISPR-13/74667 原告MIT N氏 Cas9システ原告ハーバード大 H氏 ムのインビボおO氏 よび治療用途PCT/US20 原告ブロード研 A氏 改変および選択13/74691 原告MIT H氏 された黄色ブド原告ハーバード大 P氏 ウ球菌Cas9およびその他のCas9オルソログPCT/US20 原告ブロード研 A氏 機能ドメインを13/74736 原告MIT B氏 含むように改変原告ハーバード大 K氏 されたCRISH氏 PR-Cas9L氏 システムPCT/US20 原告ブロード研 A氏 細胞内での機能13/74743 原告MIT 的送達および使用のためのCRISPR-Cas9の構成要素およびシステムPCT/US20 原告ブロード研 A氏 CRISPRお13/74790 原告MIT B氏 よびCas9の原告ハーバード大 H氏 細胞核への同時送達や局在化のための改良システム、およびCas9がニッカーゼとして機能するように改変されたもの8 PCT/US20 原告ブロード研 A氏 CRISPR-13/74800 原告MIT L氏 Cas9スクリP氏 ーニングシステム9 PCT/US20 原告ブロード研 A氏 改良されたエン13/74812 原告MIT Q氏 ジニアリングガ原告ハーバード大 R氏 イドの選択のたS氏 めのコンピューF氏 タ実装方法
10 PCT/US20 原告ブロード研 A氏 真核細胞におけ13/74825 原告MIT C氏 るユニークな標的配列の特定方法
⑹ 2014年(平成26年)2月18日、米国414出願についての継続出願(14/183429。乙31。以下「米国429出願」という。)がされた。発明の名称、優先権主張に係る仮出願、出願人及び発明者は米国414出願と同じである。同年4月15日、米国414出願についての特許公報が発行され、関連する出願での最初の公開となった(乙41、弁論の全趣旨)。同年5月23日、本件PCT出願の出願人に、それまでの原告ブロード研と原告MITのほかに原告ハーバード大が追加され、A氏ら個人は削除された(乙33)。本件PCT出願については、同年6月19日に国際公開がされた(乙42)が、これにつきロックフェラー大は特段の行動を取らなかった。同年7月7日、米国429出願についての継続出願(14/324960。乙29。以下「米国960出願」という。)がされた。出願人は、原告ブロード研、原告MIT及びロックフェラー大とされているが、実際はロックフェラー大が単独で行ったものであり、発明者はA氏とD博士とされ、発明の名称及び優先権主張に係る仮出願については米国414出願と同一とされている(乙29)。
⑺ 2014年(平成26年)7月28日、米国960出願に関し、D博士が宣誓陳述書を作成し、USPTOに提出した(乙27)。同陳述書には、米国960出願に係る発明について、D博士が発明者である旨などが記載されている。同年8月4日、原告ブロード研顧問のT氏(以下「T氏」という。)が、米国960出願に係る宣誓陳述書を作成し、USPTOに提出した(乙25。以下「T陳述書」という。)。T陳述書には、米国960出願について、同出願は、A氏、原告ブロード研又は原告MITがしたものではなく、同氏ら及びM弁護士の承認を得ることなくなされたものであること、第1及び第2基礎出願に関しD博士が発明者として記載されているが、これは同博士が原稿の著者として含まれていたことや欧州における出願に関し同博士が発明者である可能性がありその優先権を保持するためであるが、原告ブロード研は二度にわたり発明者該当性の調査を実施し、D博士は米国960出願の発明者ではなく、ロックフェラー大とD博士は、同出願をすべきでなかった旨などが記載されている。2016年(平成28年)7月22日、ロックフェラー大は、米国特許商標庁(USPTO)への書面で、米国960出願に関しロックフェラー大と原告ブロード研との間で発明者に関する紛争が存する旨を表明した(乙25ないし29、33)。2018年(平成30年)1月頃、米国414出願、本件PCT出願等について仲裁がされ、これら出願について発明者の変更等は行われないこととされた。その旨について、原告ブロード研から、同月15日、「真核細胞におけるCRISPR-Cas9システムの使用に関するブロード出願の発明者該当性および所有権に関する最新情報」として発表された(乙32)。その発表において、「ロックフェラー大学と、MIT・ハーバード大学のブロード研究所とは、真核細胞におけるCRISPR-Cas9システムの使用に関するブロード研究所への提出書類の発明者および所有権に関する意見の相違を解決しました。」、「両当事者は、紛争を拘束力のある仲裁に付託することに合意し、その仲裁において、ブロードの真核生物出願である米国特許8,697,359(判決注:米国414出願。乙40)、および特許協力条約(PCT)出願PCT/US2013/074667、PCT/US2013/074691、PCT/US2013/074736、PCT/US2013/074743、PCT/US2013/074812、PCT/US2013/074819、PCT/US2013/074825、PCT/US2013/074790もしくはPCT/US2013/074800、または米国出願15/349,603の発明者該当性は変更されないままであると決定されました。」と発表された。
⑻ 第1及び第2基礎出願に係る出願時のクレーム(特許請求の範囲)の記載は、独立項はすべて真核細胞に関するものであった(乙37、38)。
⑼ 本件においては、原告ブロード研が、パリ条約に基づく優先権主張を行うことのできる同条約4条A(1)にいう「承継人」に当たるか否かが争点であり、より具体的には、第1及び第2基礎出願に係る権利について、D博士からロックフェラー大へと譲渡された後(この譲渡が有効であることについては当事者間に争いがない。)の、ロックフェラー大から原告ブロード研への譲渡(以下「本件譲渡」という。)があったか否かが問題である。
⑽ 本件譲渡に係る契約の準拠法は、原告らが所在する米国マサチューセッツ州法か、ロックフェラー大が所在するニューヨーク州法(以下、これらを「米国契約法」という場合がある。)のいずれかであるところ、そのいずれが適用となるにせよ、契約の成立の要件として、相互合意の表明と約因の存在が要求されることについて、当事者間に争いがない。6 本件審決の判断についての補足本件審決は、本件譲渡について、原告らは、D博士の第1及び第2基礎出願に基づく優先権が、ロックフェラー大から優先権主張出願の出願人である原告ブロード研に譲渡済みである旨主張して、ロックフェラー大の副学長であるU氏(以下「U氏」という。)の陳述書を2通(本件審決の乙1、6、本件訴訟における甲33、62)提出するものの、譲渡を受けたとされる原告ブロード研側の証拠、すなわち、原告ブロード研が、D博士を含む基礎出願の発明者全員にインタビューし、ロックフェラー大との協議を通じて、第1及び第2基礎出願に基づく優先権をロックフェラー大より承継し、優先権主張出願を適切に行った事実を客観的に示す証拠は何ら提出していない。また、関連PCT出願の2番の出願の存在は、第1及び第2基礎出願に基づく優先権がロックフェラー大から原告ブロード研に譲渡されたとの原告らの主張に疑義を生じさせるものである。以上によれば、D博士の第1及び第2基礎出願に基づく優先権は、2012年(平成24年)12月12日からロックフェラー大に帰属していると認めるべきである。そして、ロックフェラー大は優先権主張出願の出願人ではないから、優先権主張出願の出願人は、D博士の第1及び第2基礎出願に基づく優先権の承継人ではなく、よって、優先権主張出願における第1及び第2基礎出願に基づく優先権主張は不適法である、とする。7 原告らの主張する取消事由
第1及び第2基礎出願に係る優先権主張に関する判断の誤り(原告らは、本
件訴訟において、第1及び第2基礎出願に係る優先権主張を不適法とした判断のみを争い、優先権主張が不適法とされることを前提とした本件各発明の甲1発明に基づく新規性・進歩性欠如についての本件審決の判断の誤りについては主張していない。)
第3 取消事由(第1及び第2基礎出願に係る優先権主張に関する判断の誤り)に
ついての当事者の主張〔原告らの主張〕
1 原告ブロード研はパリ条約4条A(1)にいう「承継人」に当たること(本
件譲渡があったこと)
⑴ 本件審決が、D博士の第1及び第2基礎出願に基づく優先権についてのロ
ックフェラー大から原告ブロード研への譲渡(本件譲渡)を否定したのは誤りである。前記第2の5⑸の関連PCT出願は、原告ブロード研、原告MIT、原告ハーバード大及びロックフェラー大の4者(以下、併せて「本件各機関」という。)に所属する科学者らによるCRISPR-Cas9に関する研究から生じたものである。本件各機関による当該研究により、様々な発明並びに仮出願および非仮出願が生まれたところ、その最たる発明として、真核細胞で機能するようにCRISPR-Cas9システムを工学的に成功させたことが挙げられる。第1及び第2基礎出願の出願当時において、当業者は、原核生物のCRISPR-Cas9システムが真核細胞でも機能するように適応できるかどうかを知らず、また、当業者がそれを機能させることを疑うであろう理由は数多くあった。そのような中、第1基礎出願は、これが可能であることを最初に記したものである。しかし、上記研究に基づく複数の基礎出願が仮出願であったことから、各仮出願には、それぞれ、様々な複数の発明が含まれていた。そのため、本件各機関は、それらを整理し、個別の発明ごとに、一連のPCT出願(関連PCT出願)として出願することを合意し、これを決定した。その際の手順として本件各機関で合意されたのは、外部の知的財産権事件を専門とする弁護士が発明者調査を行い、様々な異なる発明及びそれぞれの発明者を特定する当該調査の結果に基づいて、各発明者が譲渡義務を負う先の機関(つまり、発明者の所属する機関)を、関連PCT出願の出願人として指定する、というものであった。そして、このプロセスは、優先権を、しかるべき出願人(つまり、PCT出願を行う出願人)に承継させることを当然の前提としていた。さらに、本件各機関は、当該発明者調査を行い、本件各機関を代理して本件CRISPR-Cas9研究に係る発明に関する特許出願の準備及び出願を行う外部弁護士を起用することについて、原告ブロード研が本件各機関を代表することに同意した。実際に、関連PCT出願で開示されたCRISPR-Cas9の主題について、発明者調査が行われ、その結果、関連PCT出願における特許請求の範囲に記載されている発明それぞれの発明者が特定された。そして、発明者の特定の結果に基づいて、各発明者が譲渡義務を負う先の機関が、関連PCT出願の出願人として指定された。本件各機関は、関連PCT出願に記載された個々の発明の発明者、ひいてはその出願人を認定するための本手続に同意して、これに参加した。上記の手続を経て、前記第2の5⑸のとおり、本件PCT出願を含む関連PCT出願が行われたものであり、関連PCT出願の出願人らは必要なすべての優先権を承継している。よって、本件特許の出願人らは、優先権の正当な承継人であり、第1及び
第2基礎出願に係る優先権主張は正当である。
⑵ 米国では、日本と同様に、大学で発明がなされた場合、発明者は、当該研
究を行った場所であって発明者がしばしば譲渡義務を負う先の大学(たとえば、発明者と認定された人物が所属する機関)に対して当該発明に係る権利を譲渡する、というのが一般的な実務である。したがって、特許出願の出願人は、とりわけ、発明者が異なる大学に勤務している場合や、発明者が異なる組織に譲渡義務を負っているなどの場合には、通常、特許請求の範囲に記載された主題の発明者を決定することで、決定される。そして、通常、PCT出願に係る発明の発明者が譲渡義務を負う先の大学が、PCT出願の出願人として指定されることになる。発明者の認定を行うことを目的として、発明者調査が行われる場合がある。このような調査により発明者が認定された場合には、その後の所有権に関する書面による合意は不要である。すなわち、特に大学間の共同発明の場合で、発明者が異なる大学に所属している場合、発明を特定し、特定された発明ごとに発明者を決定し、その発明者の所属機関をその発明の特許出願の出願人とするのが一般的である。このような場合、出願人の決定を組織間の書面による合意によって文書化する必要はない。なぜならば、PCT出願の場合には、各出願人及び発明者の指定は、当事者間の合意に基づくものであり、当該出願それ自体が、そのような合意の証拠となるからである。PCT出願を行う場合、関係するすべての当事者は、PCT出願が正当なものであることに対して共通の利益を有しているのである。
⑶ 関連PCT出願の出願代理人であったM弁護士は、関連PCT出願の出願
に先立って、本件各機関の同意を得た上で、関連PCT出願の適切な発明者と出願人を特定するための発明者調査を実施した。関連PCT出願に関する発明者調査は、すべての出願に対して共通して実施された。M弁護士は原告ブロード研に起用されていたが、当該調査はすべての利害関係者(発明者ら及び本件各機関)の利益のために実施された。調査の目的は、関連PCT出願に記載されるべき発明者を特定し、その結果として、本件各機関のうちどの機関が出願人となるかを決定することであった。本件各機関は、いずれも、このプロセスに同意した。M弁護士は、発明者を認定するために、本件各機関の関係者とインタビューを実施した。M弁護士による認定は、これらの関係者との協議を通じて行われた。書面による合意が正式に交わされたわけではないものの、本件各機関は当時、このプロセスに同意し、この調査に協力した。本件各機関は、関連PCT出願が適法になされることを共通の利益としており、有効な優先権主張を含む有効な関連PCT出願を行うために必要なすべての要件を満たすことは、本件各機関の共通の利益であった。仮出願の場合、発明者認定は仮出願で開示された主題(特許請求の範囲がある場合には、特許請求の範囲)に関連する。非仮出願(例えば、PCT出願)の場合、発明者認定は、その出願における発明を説明するものとしての特許請求の範囲に焦点を当てる。すなわち、開示されているが特許請求の範囲とされていない主題は、米国法上、PCT出願における発明者認定には影響を与えない。発明者として記載される者及び出願人として記載される機関は、この発明者認定の結果に従って定められることになる。M弁護士は、出願人としてどの機関を記載すべきかについて調査し、ロックフェラー大及びD博士は、これらの出願に対するD博士およびその学生の発明上の貢献を判断するためにM弁護士により実施された複数回の発明者インタビューに出席している(甲64[陳述書]の「3.1」)。D博士は、原核細胞における特定の用途のためのCRISPR-Cas9システムにのみ貢献した。そして、発明者が所属する機関(すなわち、指名された各発明者が譲渡義務を負う先の機関)が、関連PCT出願の出願人とされた。これは、本件各機関において合意されたプロセスそのものに基づいて、出願人が適切に指定されたことを意味する。
⑷ 本件では、当該優先権を譲渡した側のロックフェラー大の上級副学長(U
氏)の陳述書(甲33、62)と、当該優先権を譲り受けた側の原告ブロード研の主張とが、いずれも、当該優先権のロックフェラー大から原告ブロード研への譲渡があった、という点で一致している。このような一致があるにもかかわらず、本件審決がそのような譲渡の存在を認めなかったことは、「譲渡の有無」を判断する考え方として明らかに誤っており、また、事実誤認である。本件審決は、あたかもU氏の陳述書は真実を述べていないと言っているようなものであるところ、ロックフェラー大のような著名な大学で、上級副学長の職責を担うU氏のような人物がそのようなこと行うとは到底考えられない。むしろ、U氏による上記陳述書は、U氏もロックフェラー大も本件訴訟の当事者ではないこと、優先権を譲渡した側の当事者が、実際に譲渡が行われたと述べていること、財産権を譲渡した当事者が、事実を偽る動機がないことから、十分に信用性が認められる。さらに、優先権の譲渡あるいは移転は、いわゆる諾成契約であって、譲り渡した側と譲り受けた側の意思の合致によって、それが口頭あるいはその他の方法であろうと成立するものである。法律上、優先権を譲渡するに際して、それを譲渡証ないし譲渡契約書などの書面によって行う必要はないし、それは客観的な記録が残る形で行われる必要もない。本件審決は、U氏の陳述書(甲62、審判乙6)に関して、「乙6陳述書は、『priority(優先権)』という用語自体の記載すら含まず、優先権の譲渡について何ら陳述していない」などと指摘する。しかし、本件での発明者調査の判断の前提は、関連PCT出願に係る発明の発明者が特定され、その発明者が権利の移転義務を負う先の本件各機関が、各国における権利取得を目的として、関連PCT出願の出願人として指定される、という点にあった。したがって、「priority(優先権)」の文言がないことは、乙6(甲62)の証明力を減衰させる要因とはならない。また、優先権の承継に関する些末な事項(いつ、どこで、誰が、どのようにD博士の有していた優先権を承継すると決定したのか)に囚われている特許庁の判断手法には合理性が全くない。本件審決(39頁)は、関連PCT出願の2番の出願が、当該優先権のロックフェラー大から原告ブロード研への譲渡があったとの主張に対し、疑義を生じさせるものである、と判断している。しかしながら、一つの基礎出願に、複数の発明が開示されていることは、しばしばあるのであり、関連PCT出願でクレームする発明の発明者を特定し、当該発明者の所属大学ないし研究機関を出願人として、優先権主張を伴ってPCT出願を行うという流れにおいて、同じ基礎出願を優先権主張する別のPCT出願が存在することは、何ら不思議なことではなく、むしろ、上述の協議があったことを推認させる証拠ですらある。さらに説明を補足すると、関連PCT出願の2番に係るPCT出願においてロックフェラー大が当該PCT出願の出願人に含まれているのは、ロックフェラー大に対して譲渡義務を有するD博士が、PCT/US2013/74611として出願された原核細胞における特定用途のCRISPR-Cas9システムのみに貢献したためであって、その結果、ロックフェラー大はPCT/US2013/74611のみの出願人となった、ということによる。関連PCT出願の2番に係るPCT出願においてロックフェラー大が当該PCT出願の出願人に含まれているという客観的事実は、上記に符合する。本件出願人らが第1及び第2基礎出願に対する優先権主張の利益を享受できないとした特許庁の判断は誤りであって、甲1は、優先日後に公知となった文献である。したがって、本件審決の甲1に基づく新規性あるいは進歩性欠如との判断は、いずれも誤りである。
⑸ 相互合意の表明
ア 米国契約法上必要とされる形で、原告ブロード研による譲渡を受け入れる意思とともに、ロックフェラー大が優先権を譲渡する旨の相互合意の表明が存在したことについては、以下の三つの各行動により明らかである。(甲68)(ア) ロックフェラー大による第1の合意の表明は、2件の米国仮特許出願、すなわち、第1及び第2基礎出願の共同出願に際しての協力である。米国仮特許出願自体は、特許権を生じさせるものではないが、後続の出願に対する優先日を確立するものとなる。したがって、米国仮特許出願の唯一の目的は、後続の出願のための優先日を確立することにあったといえる。よって、これらの出願を優先権主張の基礎として使用する意図は、本件に係る出願時よりはるか以前の米国仮特許出願の提出時点において、すでに表明されていた。(イ) ロックフェラー大による第2の合意の表明は、本件各機関がヴェダー・プライス特許弁護士事務所に対し、米国仮特許出願を優先権の基礎として関連PCT出願を提出するよう共同で指示したことにある。米国仮特許出願を優先権の根拠とする関連PCT出願を提出する権限をヴェダー・プライスに付与する委任状は、本件PCT出願が提出された日である、2013年12月12日付けで作成されている。とりわけ、ロックフェラー大側の委任状は、ロックフェラー大の技術移転担当次席副学長であるV氏が署名したものであり、これには、第1及び第2基礎出願で開示された発明に関する全ての権利・権原・利益をロックフェラー大に譲渡する旨のD博士からロックフェラー大への譲渡書が添付されていた。この点、本件各機関は、ヴェダー・プライスの弁理士が、関連PCT出願を行うために、有効な優先権主張がなされることを十分認識していたはずである。そうすると、弁理士にこれらの関連PCT出願を許可することは、有効な優先権主張を伴うPCT出願に必要な優先権の譲渡を承諾する意思を外部に表明する行為に他ならない。この点について補足すると、M弁護士による発明者調査により、本件各基礎出願に基づいて、関連PCT出願を行う運びとなった。それを受けて、ロックフェラー大は、第1基礎出願の優先権を主張するための期限日のまさに当日に、関連PCT出願を提出するための委任状を発行したのである。したがって、ロックフェラー大は、本件各基礎出願に基づく本件を含む関連PCT出願を進める意思を外部的に表明したものといえる。(ウ) ロックフェラー大による第3の合意の表明は、関連PCT出願における発明者調査及び発明者決定への協力である。本件に係る出願時以前に、本件各機関は、発明者として重要な貢献をした者を特定し、関連PCT出願における発明者として記載すべき者を決定するために、M弁護士に対し、仮特許出願に当初記載されていた科学者らへの聞き取り調査を共同で指示した。そして、かかる調査により、関連PCT出願の発明者、ひいては発明者から権利を譲り受ける出願人らが定められた。本件各機関が相互合意によりこのような調査を実施した事実も、関連PCT出願に発明者として記載される者が誰であれ、関連PCT出願が優先権主張を伴って適時かつ正当に提出されるよう協力することに合意していたこと、を示している。このように、ロックフェラー大は、M弁護士の発明者調査に基づく結論の全てに同意したわけではないとはいえ、甲68が説明するように、本件PCT出願が有効な優先権主張を伴って適時に提出されることを確保するための行動を取っていた。イ 関連して、ロックフェラー大自身も、かかる譲渡の事実を認めている。すなわち、甲33(審判乙1)において、ロックフェラー大側は「本件PCT出願・・・に関係する出願に関するすべての権利(優先権を主張する権利を含む。)・・・を・・・本件PCT出願を行うことのみを目的として・・・譲渡済みである」と述べているが、これは上記の事実を指すものである。すなわち、ロックフェラー大は、本件に係る特許出願を有効なものとして維持するとの目的で、優先権を主張して本件の出願をすることに合意していたのであり、それ故に、上記行動を取ったものである。
⑹ 約因が存在すること
本件における約因は、有効な特許の権利者として名を連ねる機会であった。すなわち、ロックフェラー大は、譲渡と出願に同意することにより、後の交渉を通じ、有効な特許の持分を主張する機会を得たことになる。もし、ロックフェラー大が優先権の譲渡を拒否していたならば、優先権を主張することはできず、自身が取得できる有効な特許権も、そもそも存在し得ないこととなる。なお、潜在的な利益は米国契約法上、有効な約因を構成する。したがって、本件での米国契約法上の対価的交換は、ロックフェラー大が優先権を譲渡することと引き換えに、本件の出願人らが出願手続を行い、その後の交渉(仲裁)を通じて所有権等の帰属の問題を解決する機会を得ることにあり、これは、米国契約法上、有効な約因を構成する。2
(被告の主張)
に対する反論
⑴ 紛争の存在は優先権譲渡の存在を否定するものではない。
仮に当事者間においてD博士の発明の貢献範囲に関して主張されているような争いがあったとしても、原告ブロード研及びロックフェラー大の双方の証拠に基づけば、本件各機関の間には、2013年の本件出願時において、関連PCT出願が有効な優先権主張に係る利益を享受できるように、必要な優先権をしかるべき出願人に移転する合意が存在していた。具体的には、本件において、ロックフェラー大は、本件特許を出願する目的のために、2013年の本件PCT出願時において、本件訴訟において問題とされている優先権を原告ブロード研に譲渡することについて、(黙示により)合意していた。さらに、陳述書(甲65)によれば、ロックフェラー大は、本件調査の結果に「不満」を抱きつつも、この問題を「本件各PCT出願が提出された後に解決すべき問題」と位置付けていた。したがって、当時のロックフェラー大の主たる意図は、自らが、「その結果生じる知的財産権の有効な分配を確保する」ために、本件の特許出願とその優先権主張の正当性を確保する、との点にあった。甲65によれば、さらに、ロックフェラー大は、優先権主張を正当なものとするために必要であった、指定された出願人への優先権の譲渡を本件出願前に(黙示に)承諾していた。さらに、米国414出願の発明者が、D博士を追加する形で変更されるものではないことを確認した2018年の仲裁の終結は、M弁護士が本件特許出願の発明者性に関して2013年に下した当初の判断を正当化するものである。これは、米国における別個の挑戦が、最終的に失敗に終わり、従前の2013年に本件各機関の合意によって確立された優先権主張の有効性に何ら影響を与えなかったことを示すものである。いずれにせよ、後の紛争の終結が、それ以前の優先権の譲渡の存在を無効にすることはあり得ない。
⑵ 書面による合意書が存在しないことは何ら不自然ではない。
書面による譲渡契約が存在しないことは、本件各機関の合意が存在しない証拠とはならない。優先権の譲渡に関する合意は諾成契約であり、その存在を証明するのには、意思の合致で十分である。
⑶ 譲渡のタイミングについて、被告は、優先権の承継は、優先権主張出願(す
なわち本件PCT出願)の日までに行われていなければならず、その欠缺は、事後的な治癒ができないものであると主張する。本件のように、全ての関係者がそのような救済に同意し、第三者が害されない場合には、「事後的な治癒」は認められるべきものである。しかし、U氏による陳述書(甲65)は「事後的な治癒」ではない。当該陳述書で述べられた事実は、ロックフェラー大の当時の意図と、2013年の本件出願時における諾成契約の存在である。必要な優先権を移転する合意は、本件出願前に、黙示で成立していた。当該陳述書は、適時に合意が存在していたことを示す証拠であり、遡及的に新たな合意を創出するものではない。また、時の経過は、このような陳述書の証拠価値あるいは信用性を排斥するものではない。
⑷ 意思に反する優先権の承継であるとの
(被告の主張)
については、上記陳述書(甲65)には、ロックフェラー大が「出願人として記載されていた者が誰であるかにかかわらず、・・・すべての形式要件が満たされていること、を望んでおりました」と明記されている。これは、本件PCT出願を行うとの目的のために、たとえそれが不利益であって、ロックフェラー大が発明者調査の結果に不満を抱く場合であったとしても、当該合意に基づき手続上、必要となる事項に拘束されるということに同意していたことを示すものである。〔
(被告の主張)
〕
1 パリ条約4条A(1)の「承継人」に当たるかの判断基準時は、優先権主張
出願が原出願と同日に行われたものと擬制するとの制度趣旨に照らせば、優先権主張出願の日と解すべきである。したがって、優先権の承継を受けた者がパリ条約4条A(1)の「承継人」として優先権を有効に主張するためには、優先権の承継は、優先権主張出願の日までに行われていることを要するというべきである。また、特許を受ける権利が、いわゆる権利主義のもと発明者の主観的権利に位置付けられるのとは異なり、優先権は、承継可能性はあるものの、基礎出願と優先権主張出願との間での出願人の同一性と優先権の主張を要件に出願日の遡及擬制を対世的に認めるものである点において、特許要件の充足等の客観的基準となるものであるから、出願時における優先権の欠缺について、事後的な治癒は許されないものというべきである。
2 原告らが第1及び第2基礎出願に係る優先権を承継したか否かは、専らロッ
クフェラー大と原告らとの間における承継の合意の成否にかかるところ、「承継人」該当性の判断基準時は優先権主張出願の日であって、事後的な優先権の欠缺の治癒は認められないから、本件において認定判断されるべき具体的な事実問題は、本件PCT出願の出願日である2013年12月12日時点において、原告らの全部またはいずれかとロックフェラー大との間に、原告らの全部またはいずれかがロックフェラー大からD博士の出願にかかる優先権を承継する旨の合意があったと認められるかという点である。本件PCT出願の出願日である2013年12月12日時点においては、ロックフェラー大と原告らとの間に本件基礎出願にかかる発明者の特定について見解の相違が生じていたものであるところ、この問題は、その後、米国における紛争に発展し、2018年に至るまで解決しなかった。上記紛争においては、ロックフェラー大が、本件PCT出願の出願日の半年余り後の2014年7月7日に、原告らに内密で、原告ブロード研及び原告MITの米国414出願等をもとに、A氏に加えてD博士を発明者とし、ロックフェラー大を出願人のひとりとして追加する継続出願(米国960出願)を行ったものであるところ、このような事実からは、ロックフェラー大やD博士が、2014年7月に至っても、M弁護士の発明者認定、ひいては、自らが訴外の米国出願を含む一連の出願の出願人となっていないことについて、非常に強い不満を有していたことがうかがわれる。また、ロックフェラー大及びD博士は、2016年7月22日、USPTOに対し、米国960出願について、「A氏を唯一の発明者することに対して異議を唱えるために提出したものです。」との意見書を提出しているところ(乙28の1)、これは、本件PCT出願の出願日から約2年半を経過した上記時期においても発明者の認定を巡る紛争が継続し、ロックフェラー大が米国414出願等の出願人となっていないことに不満を有していたことを示すものである。他方、原告らは、欧州のファミリー特許を巡る特許異議申立事件(事件番号T0844/18)における2016年6月30日付答弁書(乙33の1)において、D博士が真核細胞に関する発明に貢献しておらず、優先権を有しないとの主張をしているところ、これは、同時点において、原告らから見ても、原告らとロックフェラー大及びD博士との間に真核細胞に関する発明者を巡る見解の相違があったことを示すものである。加えて、本件PCT出願の前日、M弁護士によって第1及び第2基礎出願を含む11の基礎出願について発明者の補正が行われたにもかかわらず、D博士は第1及び第2基礎出願の発明者として残され、補正されていないところ、その理由を直接開示する資料はないものの、本件基礎出願の出願時のクレーム(乙37の1、乙38の1)は、独立項が全て真核細胞に関するクレームであることに鑑みると、D博士が真核細胞に関する発明者の補正に同意しなかったことにあるものと推測される。これも、やはり、本件PCT出願の出願日において、ロックフェラー大やD博士が、M弁護士による発明者の認定について、非常に強い不満を有していたことを示す事情であるといえる。以上の状況に照らせば、本件PCT出願の出願日時点において、ロックフェラー大は、第1及び第2基礎出願に基づく優先権主張出願について、自らも出願人となるべきものと考えていたことは明らかであって、原告らとの間に、D博士から承継した本件優先権を承継する意思の合致があったなどということはあり得ない。したがって、原告らは、当初D博士が有し、その後ロックフェラー大が有していた本件優先権について、本件PCT出願の出願日時点において「承継人」であったとは認められない。
3 優先権の承継は、包括承継等の事情がある場合には別段、当事者間の合意に
よって行われるものであるから、優先権が有効に承継されるために必要なのは、発明者について適正な調査が行われたかどうかではなく、承継当事者間に承継にかかる意思の合致があったことである。しかし、原告らも、発明者調査は、「すべての利害関係者(発明者ら及び本件各機関)の利益のために実施された」ものに位置づけるにとどまり、本件各機関が、M弁護士による調査結果が本件各機関を拘束し、基礎出願において出願人となった研究者が発明者でないと判断された場合に、当該研究者の属する機関が、その意思に反して他の機関に優先権を承継しなければならないこと、すなわち、調査結果が本件各機関に不利益を生じる場合にも拘束力を有することまで合意したものとは主張していない。本件訴訟の提起前の段階では、T氏もM弁護士も本件各基礎出願にかかる発明についての発明者該当性の調査を行ったと述べてはいるものの、本件各機関のうちどの機関がPCT出願の出願人となるかを決定することには触れておらず、まして、調査結果が出願人の決定においてそのまま本件各機関を拘束することについて、各機関が「同意」をしていたなどとは述べていない。以上によれば、原告らは、本件各機関が、M弁護士による調査結果が本件各機関を拘束し、基礎出願において出願人となった研究者が発明者でないと判断された場合に、当該研究者の属する機関が、その意思に反して他の機関に優先権を承継しなければならないことまで合意したものとは主張しておらず、また、証拠上も、そのような事実は認められない。そうすると、本件においては、承継合意の成立の根拠となる事実の主張も立証もないこととなる。M弁護士の判断に優先権の承継にかかる強制力を持たせる合意とは、要するに、ひとりの弁護士の調査結果によって、本件各機関が有する優先権を強制的に奪い取り、他の当事者に承継させる事態も想定するものである。常識に照らして、本件各機関のような当事者らが、極めて重要な基本発明について、書面によらずにそのような深刻な結果をもたらし得る合意をすることは考えられない。本件各機関が書面によらずに調査にかかる合意をすることができたのは、調査結果に拘束力がなく、優先権の承継については、本件各機関による別途の合意が行われることが想定されていたからであるとしか考えられない。以上によれば、仮に、原告らの主張が、本件各機関の間に、M弁護士による調査の結果に納得していない場合にまで強制的に優先権を承継させる合意があったとするものであれば、常識に反する主張であって、本件訴訟に現れる証拠から認定することもできないものである。
4 原告らの主張に対する反論
⑴ U氏の陳述書のうち甲33は、内容がきわめて抽象的であって、優先権等
の権限について、具体的な承継の原因となる事実について言及がなく、その承継時期は「previously(以前)」としか特定されていないところ(甲33の2では「譲渡済み」との訳語があてられている。)、優先権等の権限の承継にかかる具体的事実として、甲33の作成日である2023年4月26日「以前(previously)」としか記載されていないような陳述書によって、上記要証事実を認定することはできない。また、甲62では、出願の経緯のほか、発明者の表記が正しいことが述べられているものの、優先権に関する事実関係は記載がなく、「本学が出願時に認識していた」とされている事実は、「ザ・ブロード・インスティテュート・インコーポレイテッドがCRISPR技術に関する一連のPCT出願を行っていること、およびザ・ブロード、MIT、ハーバード大学および本学のそれぞれの依頼により独立した弁理士が行った米国法に基づく発明者決定に基づいてこれらの出願・・・が行われていること」であって、優先権の承継にかかる事実ではないから、やはり、上記要証事実の証拠となるものではない。よって、本件優先権の譲渡について「客観的な」証拠を示す必要はなく譲渡の事実は認められるべきであるとの主張は、失当である。
⑵ 原告らは、関連PCT出願についての発明者調査は、特許を受ける権利及
び優先権の承継についての協議に他ならないから(甲64)、U氏の陳述書(甲62)に「priority(優先権)」の文言がないことは、その証明力を減衰させる要因とはならないと主張する。しかし、甲62は、そもそもその内容において、本件PCT出願の出願日時点における優先権の承継にかかる事実について言及がなく、本件の争点に関連する事実を証明するものとなっていない。
⑶ 原告らは、同じ基礎出願を優先権主張する別のPCT出願が存在すること
は、何ら不思議なことではなく、発明者を協議により特定してPCT出願をしたという流れにおいて、米国960出願の存在は、むしろ上記の協議があったことを推認させる証拠ですらあると主張する。しかし、同出願の存在が本件各機関における何らかの協議の存在を推認させるものであったとしても、2013年12月12日時点において、D博士が有していた優先権につき、原告らの全部またはいずれかが、ロックフェラー大から承継したとの事実まで推認させるものではない。
⑷ 相互合意の表明の不存在
ロックフェラー大が本件優先権の譲渡を目的とする意思の表明をしたかについて検討するに、この点に関するU氏の陳述書(甲65)で述べられていることは、本件PCT出願を危うくしたくなかった等の内心的事情、すなわち、外部に表明されていない動機に過ぎず、同陳述書には、そのような動機に基づく具体的な法律行為として、明示的にせよ黙示的にせよ、ロックフェラー大が、本件PCT出願時点において、優先権の譲渡に関し、「約束または履行の着手もしくは遂行」といった振舞いをしたことを示す事実の記載はない。このような抽象的な意図の説明から、本件訴訟の当事者のような法人間における具体的な契約合意を認定することなど不可能である。また、「承諾」の根拠となり得る事実は、本件PCT出願について、同出願時に、ロックフェラー大が何もしなかった、という「沈黙と不作為」のみであると考えられるが、ロックフェラー大の立場に立ったとき、本件PCT出願を危うくしたくなかった等の動機を満たす上で好ましい法律関係は、ロックフェラー大自身が出願人のひとりとなることであるから、甲65記載の動機を有しつつ何もしなかったことが優先権の譲渡にかかる意思の存在を示すものとは到底いえず、まして、当時のロックフェラー大の「沈黙と不作為」が、承諾の表明となり得る上記いずれかの類型にあてはまることもない。ロックフェラー大ないしD博士は、本件PCT出願に先立ち、ロックフェラー大が出願人に含まれないことに不満を表明しており、原告らは、その協議が決裂した状態で本件PCT出願を行ったものであるから、ロックフェラー大の本件PCT出願時点における不作為は、従前に引き続き拒絶の意思(優先権の譲渡を拒絶して、自らが出願人のひとりとなることを求める意思)を表明するものであるか、せいぜい、「不満」(甲65)を持ちつつも、単にその時点では何もなす術がなかった、という以上の意味を持ち得ないものであって、およそ合意の表明を基礎づける「意図的」な振舞いであるとも、「その振舞いから他方当事者が合意を推察できると表明者が知り、または知り得る」ものともいえない。むしろ、自らが出願人に含まれるべきと表明することと、自らは出願人とならないことを前提に優先権を譲渡することとは、相互に矛盾する法律関係に向けられた行動であって、論理的に両立できないから、ロックフェラー大やD博士が「不満」を持ち、ロックフェラー大を出願人に含めることを求めていたことは、それ単体で優先権譲渡にかかる意思の存在を否定し得る事実である。さらに、本件PCT出願後の事情としても、承諾の基礎となる「履行」、すなわち、優先権が原告らに承継されたことを前提とする行動をロックフェラー大が取ったことを示す証拠は何もない。むしろ、ロックフェラー大は、2014年7月7日、自らを出願人に含めた米国960出願を行い、その審査経過において、D博士による「私は、私が本出願においてクレームされた発明の最初の発明者または最初の共同発明者であると確信しています。」との宣誓陳述書(乙27の1)や、ロックフェラー大による「本出願は'945特許および'359特許のクレームをコピーして、A氏とD氏を共同発明者とし(そして、ブロード、MIT、ロックフェラー大学・・・を共同出願人とし)、A氏を唯一の発明者とすることに対して異議を唱えるために提出したものです。」との意見書を、それぞれ提出している(乙28の1)。これらも、第1及び第2基礎出願に基づく特許出願について、ロックフェラー大自身が出願人となるべきであるとの意思の表明であって、本件優先権の譲渡にかかる合意の表明とは明らかに矛盾する行動であるところ、他に本件優先権の譲渡に向けられた作為が何もない中でこのような行動があったとの事実は、たとえそれが直接的には本件PCT出願に向けられた行動でないとしても、米国第2次リステイトメント契約法に示される「合理的期間内に申込者に承諾しないことを伝える合理的努力をしたとき」との要件に合致するものであるから、承諾を否定する事情となるものである。米国414出願は、原告らが早期審査を求めたことによって、2014年(平成26年)4月15日に特許公報が発行されており(乙41)、これが、全ファミリーの中で最初の公開となった。そのため、ロックフェラー大にとって、米国960出願は、最も早い時期に行うことができる「申込者に承諾しないことを伝える合理的努力」の機会であったといえる。他方、本件PCT出願については、米国414出願の特許公報発行後の2014年6月19日に国際公開があり(乙42)、これに対してロックフェラー大は特に積極的な行動を取っていないものの、PCT出願に関しては、継続出願や分割出願といった手続がないため、ロックフェラー大としても、継続出願に相当するような対抗措置を取ることができない。そのため、本件PCT出願にかかる不作為は、ここでも、単に「なす術がなかった」という状況を示す事実に過ぎないのであって、当該不作為をもって、本件優先権の譲渡に向けた合意の表明を構成する「意図的」な振舞いに位置付けることも、「その振舞いから他方当事者が合意を推察できると表明者が知り、または知り得る」ものと理解することもできない。以上の点からも、ロックフェラー大は、本件PCT出願の前後を通じて、自らが出願人になるべきであるとの意思を表明することができる合理的手段を講じていた一方、本件優先権の譲渡にかかる意思の表明を認定するに足る行動は一切していなかったといえる。
⑸ 書面による同意がないことの意味
乙33の1に示された米国法の理解の下では、M弁護士の調査によって本件PCT出願にかかる発明の発明者が特定されれば、その者らが優先権も有することになるため、当該発明者(又はその承継人たる機関)が本件PCT出願の出願人となる限り、別途、本件各機関の間で、本件各基礎出願の他の出願人(またはその承継人たる機関)から優先権を承継する必要はないこととなる。そのため、原告らの主張を前提とする限り、優先権の処理に関して本件各機関の間に書面がないのは、本件各機関が書面による合意なく優先権の譲渡を行ったからではなく、そもそも優先権の譲渡を行う必要がなく、書面を作成する理由がないと考えていたからであると認められる。したがって、本件において、優先権の譲渡に関する書面による合意がないとの事実は、単に優先権譲渡の事実を証する証拠がない、ということを意味するのではなく、原告らが本件PCT出願にあたってロックフェラー大から優先権を承継する必要がないと考えていたとの事実を示すものであって、この観点からも、本件において、本件優先権の譲渡にかかる契約があったとは認められない。
⑹ 約因の不存在
本件優先権を保有していたロックフェラー大は、優先権の譲渡とは矛盾する行動をとる一方、原告らは、優先権を承継する必要はないと考えていたのであるから、優先権の譲渡に関し、両者間に何らかの対価的関係を観念することは不可能である。よって、本件において、およそ約因が存在したものと認めることはできず、この点においても、本件優先権の譲渡にかかる契約が成立したとは認められない。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由(第1及び第2基礎出願に係る優先権主張に関する判断の誤り)について原告らは、本件譲渡を否定し、原告ブロード研はロックフェラー大からの第1及び第2基礎出願に係る優先権の承継人に当たらないと判断した本件審決は誤りであると主張する。
⑴ア 本件譲渡に関し、譲渡人とされるロックフェラー大の上級副学長であり、特許その他の知的財産権の所有、管理、譲渡に関し同大学を代表して意見を表明する立場にあるとするU氏の陳述書(甲33、62、65)には、概ね以下のとおりの記載がある。「私は、ロックフェラー大学が、PCT/US2013/074819(以下『本件PCT出願』という。)に関係する出願に関するすべての権利(優先権を主張する権利を含む。)、権原及び利益を、日本法及び/又は工業所有権の保護に関するパリ条約の下で存在する範囲において、本件PCT出願を行うことのみを目的として、ザ・ブロード・インスティテュート・インコーポレイテッドに譲渡済みであることを確認する。」(甲33)「私は、ザ・ブロード・インスティテュート・インコーポレイテッドがCRISPR技術に関する一連のPCT出願を行っていること、およびザ・ブロード、MIT、ハーバード大学および本学のそれぞれの依頼により独立した弁理士が行った米国法に基づく発明者決定に基づいてこれらの出願(以下『本件各PCT出願』といいます。)が行われていることを、本学が出願時に認識していたことを確認します。私は、これらのPCT出願が最終的に以下のPCT番号を付与されたことを承知しており、理解しています:PCT/US2013/74611、PCT/US2013/74667、PCT/US2013/74691、PCT/US2013/74736、PCT/US2013/74743、PCT/US2013/74790、PCT/US2013/74800、PCT/US2013/74812、PCT/US2013/074819、およびPCT/US2013/74825私は、さらに、本件各PCT出願に正しい当事者の名前が記載されていることに本学が同意していることを確認します。」(甲62)「本学は、ザ・ブロード・インスティテュート・インコーポレイテッド(以下『ブロード』といいます。)、マサチューセッツ・インスティトュート・オブ・テクノロジー(以下『MIT』といいます。)、プレジデント アンドフェローズ オブ ハーバード カレッジ(以下『ハーバード』といいます。)を含む他の研究機関と共同で、CRISPR-Cas9ゲノム編集技術(以下『本技術』といいます。)の初期開発に関与しておりました。ブロード、MIT、ハーバード、およびロックフェラーを総称して『本件各機関』といいます。当該共同研究により、本技術に関する様々な発明並びに仮特許出願および非仮特許出願が生まれました。これらの発明に基づく仮出願を適切に整理し、一連の対応するPCT出願(以下『本件各PCT出願』といいます。)の準備を行うため、本学は、本件各PCT出願を行う前に、M氏による発明者調査の実施に同意しました。この調査の結果、D博士(以下『D博士』)は、真核細胞におけるCRISPR-Cas9システムの使用に関する発明の発明者として認められませんでした。当時、D博士および本学は、この発明者調査の結果に不満を持っていましたが、本学は、発明者に関する問題は、本件各PCT出願が提出された後に解決すべき問題であると考えていました。本学は、2013年12月12日に本件PCT出願(PCT/US2013/074819)が提出された時点(以下『本件出願時』といいます。)において、本件PCT出願とその優先権主張の正当性が、D博士に関する発明者に関する問題が関係当事者間で解決された場合に、出願人として登録され、その結果生じる知的財産権の有効な分配を確保するために、不可欠であることを理解していました。したがって、発明者性の紛争にかかわらず、本学は、本件PCT出願の正当性またはその優先権主張を危うくする意図はありませんでした。要約すると、本学は、本件出願時に、本件PCT出願およびそれに関連する優先権の主張が正当かつ有効であることを望んでいたことを、ここに確認します。具体的には、本学は、本件PCT出願が、適切かつ有効な優先権の主張とともに提出されることを望んでいました。その目的のため、本学は、本件出願時において、出願人として記載されていた者が誰であるかにかかわらず、優先権の主張を裏付けるために必要なすべての形式要件が本件出願時に満たされていること、を望んでおりました。」(甲65)イ 本件譲渡に関し、譲受人とされる原告ブロード研顧問のT氏の陳述書(甲64)には、以下の記載がある。「本件各PCT出願は、ブロード研、マサチューセッツ・インスティトュート・オブ・テクノロジー(以下『MIT』といいます。)、プレジデントアンド フェローズ オブ ハーバード カレッジ(以下『ハーバード大学』といいます。)、および/またはザ・ロックフェラー・ユニバーシティ(以下『ロックフェラー』といいます。)に勤務する科学者らによるCRISPR-Cas9の研究から生じたものです(ブロード研、MIT、ハーバード大学、およびロックフェラーを併せて、以下『本件各機関』といいます。)。本件各機関は、本件各機関を代理して本件CRISPR-Cas9研究に係る発明に関する特許出願の準備および出願を行う外部弁護士を起用することについてブロード研が本件各機関を代表することに同意しました。以下、本件各PCT出願の経緯の一部を説明します。特に、本件各PCT出願で開示されたCRISPR-Cas9の主題について実施された発明者調査について言及します。この発明者調査の結果、本件各PCT出願における特許請求の範囲に記載された発明の発明者が特定されました。そして、個々の特許請求の範囲に記載の発明の発明者の特定の結果、当該特定に基づいて、各発明者が譲渡義務を負う先の各機関がそれぞれの本件各PCT出願の出願人として指定されました。すべての本件各機関は、本件各PCT出願に記載された個々の発明の発明者、ひいてはその出願人を認定するための本手続に同意して、これに参加しました。」「米国では、大学で発明がなされた場合、発明者は、当該研究を行った場所であって発明者がしばしば譲渡義務を負う先の大学に対して当該発明に係る権利を譲渡するというのが一般的な実務です。したがって、本陳述書で述べるように、特許出願の出願人は、とりわけ、発明者が異なる大学に勤務している場合や、発明者が異なる組織に譲渡義務を負っているなどの場合には、通常、特許請求の範囲に記載された主題の発明者を決定することで、決定されます。通常、PCT出願に係る発明の発明者が譲渡義務を負う先の大学が、PCT出願の出願人として指定されることになります。発明者の認定を行うために、発明者調査が行われることがあります。かかる調査が行われ、発明者が認定された後には、所有権に関する書面による合意は作成されないことがあります。大学は、非常に多数の発明を生み出しており、そのような発明には、複数の大学から、多数の研究者が関与していることがあります。各発明の真の発明者を見つけ、各発明の適切な出願人を決定することが重要ですが、発明者および出願人が決定された後は、かかる決定を組織間の書面による合意によって文書化する必要性はありません。PCT出願の場合には、各出願人および発明者の指定は、当事者間の合意に基づくものであり、すなわち、当該出願それ自体が、そのような合意の証拠となります。PCT出願を行う場合、関係するすべての当事者は、PCT出願が正当なものであることに対して共通の利益を有しているのです。」「本件では、本件各PCT出願に係る発明に関し、それぞれの出願の適切な発明者および出願人を認定するため、本件各PCT出願の出願前に発明者調査が行われました。当該発明者調査は、外部特許弁護士であるM氏により実施されました。M氏は、すべての出願に対して共通して調査を実施しました。M氏は、ブロード研に起用されていたものの、彼は、すべての利害関係者(発明者らおよび本件各機関)の利益のために当該調査を実施しました。調査の目的は、本件各PCT出願についてそこに記載されるべき発明者を確定すること、および、その結果として、出願人としてどの機関を記載するかを決定することでした。本件各機関は、いずれも、このプロセスに同意しました。本件各PCT出願の公開公報に記載されているとおり、M氏は、その後本件各PCT出願に記載された発明者および本件各機関を代理して本件各PCT出願を行った人物です。」「M氏は、発明者を認定するために、本件各機関の関係者とインタビューを実施しました。M氏の認定は、これらの関係者との協議で開示された事実と、研究に関する書面の記録の審査に基づいて行われました。書面による合意が正式に交わされたわけではありませんが、本件各機関は当時、このプロセスに同意し、この調査に協力しました。本件各機関は、本件各PCT出願が適法になされることを共通の利益としており、有効な優先権主張を含む有効な本件各PCT出願を行うために必要なすべての要件を満たすことは、本件各機関の共通の利益でした。言い換えれば、ブロード研、MIT、ハーバード大学、ロックフェラーの本件各機関のそれぞれは、それぞれに共通の利益を有しており、すなわち、そのいずれもが、本件各PCT出願の適切な出願人に優先権を帰属させたい、と考えていたのです。以下では、M氏が実施した調査について同氏が報告した内容の詳細を説明します。」「彼の調査の背景は以下の通りです。特許出願に関して発明者を認定する際には、発明に対して重要または実質的な貢献をした者が誰であるかを理解することが重要です。米国における具体的な基準は、『重要または実質的な貢献』をした者が発明者である、というものです。仮出願の場合、これは仮出願で開示された主題(特許請求の範囲がある場合には、特許請求の範囲)に関連します。非仮出願(例えば、PCT出願)の場合、発明者認定は、その出願における発明を説明するものとしての特許請求の範囲に焦点を当てます。すなわち、開示されているが特許請求の範囲とされていない主題は、米国法上、PCT出願における発明者認定には影響を与えません。発明者として記載される者および出願人として記載される機関は、この発明者認定の結果に従って定められることになります。」ウ 上記ア及びイによれば、本件譲渡に関し、譲渡人であるロックフェラー大と、譲受人である原告ブロード研とが、第1及び第2基礎出願に関し、本件PCT出願に先立って優先権の譲渡がなされたことで認識が一致している。
⑵ その他の陳述書、書面等の記載ア W弁護士(以下「W氏」という。)の陳述書(甲68)には、ロックフェラー大の本件譲渡に係る合意の表明に関し、概ね以下の記載がある。すなわち、①ロックフェラー大による第1の合意の表明は、第1及び第2基礎出願の共同出願に際しての協力である。米国仮特許出願自体は、特許権を生じさせるものではないが、後続の出願に対する優先日を確立するものとなる。したがって、米国仮特許出願の唯一の目的は、後続の出願のための優先日を確立することにあった。②ロックフェラー大による第2の合意の表明は、本件各機関がヴェダー・プライス特許弁護士事務所に対し、米国仮特許出願を優先権の基礎として関連PCT出願を提出するよう共同で指示したことにある。米国仮特許出願を優先権の根拠とする関連PCT出願を提出する権限をヴェダー・プライスに付与する委任状は、本件PCT出願が提出された日である、2013年(平成25年)12月12日付けで作成されている。とりわけ、ロックフェラー大側の委任状は、ロックフェラー大の技術移転担当次席副学長であるV氏が署名したものであり、これには、第1及び第2基礎出願で開示された発明に関する全ての権利・権原・利益をロックフェラー大に譲渡する旨のD博士からロックフェラー大への譲渡書が添付されていた。この点、本件各機関は、ヴェダー・プライスの弁護士が、一連の関連PCT出願を行うために、有効な優先権主張がなされることを十分認識していたはずである。そうすると、関連PCT出願を許可することは、有効な優先権主張を伴うPCT出願に必要な優先権の譲渡を承諾する意思を外部に表明する行為に他ならない。③ロックフェラー大による第3の合意の表明は、関連PCT出願における発明者調査及び発明者決定への協力である。その出願時以前に、本件各機関は、発明者として重要な貢献をした者を特定し、関連PCT出願における発明者として記載すべき者を決定するために、ヴェダー・プライスのM弁護士に対し、仮特許出願に当初記載されていた科学者らへの聞き取り調査を共同で指示した。そして、かかる調査により、関連PCT出願の発明者、ひいては発明者から権利を譲り受ける出願人らが定められた。本件各機関が相互合意によりこのような調査を実施した事実も、関連PCT出願に発明者として記載される者が誰であれ、本件各PCT出願が優先権主張を伴って適時かつ正当に提出されるよう協力することに合意していたことを示している。イ M弁護士の陳述書(乙1)には、以下の記載がある。①典型的な発明者調査では、調査を行う弁護士は、社内弁護士および/または研究開発部門の責任者など、クライアントの代表者と協議し、発明者調査の対象である発明に貢献した可能性のある人物を特定する。各インタビューに先立ち、またはインタビュー中に、関連する特許出願またはそのドラフト(クレームがある場合にはそれも含む)が該当者に提供され、貢献の度合いを慎重に確認するよう依頼される。インタビューに先立ち、またはインタビュー中に、該当者は発明者調査の対象となっている発明に貢献したのが誰であるかを証明する記録を提出するよう求められる。インタビューの冒頭で、調査弁護士は通常、誠実義務(これに基づき「特許出願の提出およびその手続の遂行に関与する各個人は」米国特許商標庁「に対する折衝において率直かつ誠実であることの義務を負う」ことになる)について説明する。言い換えれば、調査弁護士は調査に関わる人々に、真実を述べる法的義務があること、真実を述べないと結果として特許が権利行使不能になる可能性があることを説明する。インタビュー中、調査弁護士は、その個人に、その組織および/または研究室での経歴、およびその組織内での役職、発明の技術についての一般論と具体的な内容の両方を説明するように求める。調査弁護士は、発明に携わった人物について、また、その人物および他の人物が発明に関して何をしたかについて質問する。調査弁護士は、その人物が貢献したと考える主題および/または特許請求の範囲の特徴を特定してその理由を説明するように求める。また、調査弁護士は、その貢献の重要性についても質問する。(例えば、その貢献が「重要なもの」かどうかを理解するためである。)調査弁護士は通常、面談のまとめを述べ、発明への貢献を裏付ける追加情報(追加文書など)があれば提供するよう依頼してインタビューを終了する。発明者調査の結果は、関連する特許出願に発明者を記載することで反映される。本件では、実際に、発明者調査が、上記手順に従って行われた。②上記調査の結果として、各発明それぞれの発明者が特定された。発明者調査に基づき、M弁護士は、A氏が哺乳類細胞で使用するCRISPR-Cas9ゲノム編集を最初に着想し、MITおよびブロード研で自身の研究室を立ち上げている間にその概念を実証する研究を実施し、本件各PCT出願の特許請求の範囲の一般及び特定の側面の双方に対して、原核細胞および真核細胞におけるCRISPR-Cas9システムの全体的な理解と実施を提供する仕事を含め、実質的な貢献をしたと結論付けた。したがって、M氏は、本件各PCT出願のすべての発明者としてA氏を指名した。他方で、多数の発明者のうち、D博士は、原核細胞における特定の用途のためのCRISPR-Cas9システムにのみ貢献した。③発明者が所属する機関(すなわち、指名された各発明者が譲渡義務を負う先の機関)が、関連PCT出願の出願人とされた。ウ 一方、T氏の米国960出願に係る手続において提出された宣誓陳述書(T陳述書。乙25)には、以下の記載がある。「2012年12月12日に出願された米国仮出願61/736,527、および2013年1月2日に出願された米国仮出願61/788,427は、D氏を発明者として指名しました。その理由は、彼が原稿の著者として含まれていたためであり(学術的な著者権に関する問題であり、発明者該当性に関する問題ではありません)、特に欧州において、彼が発明者である可能性があるこれらの仮出願で開示された発明に関する優先権を保持するためです。しかしながら、ブロードは2度にわたり発明者該当性の調査を実施し、私は、本出願において2014年7月24日に提出された彼の宣言において証明されたものを含め、A氏による研究を認識しており、情報および確信のもと、D氏は本出願でクレームされた主題の発明者ではありません。」「M氏は、D氏が共に研究している2人の個人(大学院生とポスドクとしてD氏の研究室で働く個人)とともに、D氏と面談しました。その面談には、私が登録実務者であると理解しているAA・・・も同席していたと聞いています。M氏は彼の調査結果を報告し、ロックフェラーは、AAとV・・・を通じてその結果に不満を表明し、発明者該当性の調査を再度、『やり直し』を行うよう要求しました。・・・M氏はさらにD氏、V氏、AA氏と2回面会しました。私の理解では、特に最後の面会では、V氏がD氏とロックフェラーの代理人として、D氏の発明者である根拠として、A氏とD氏との間の口頭でのやり取りを主張したと理解していますが、その口頭でのやり取りについての裏付けはありません。」「・・・ロックフェラー、V氏、AA氏、D氏、AB氏およびレクレール・ライアン事務所は、A氏、ブロード、MIT、M氏、ヴェッダー事務所に何ら通知することなく、彼らが知ることなく、彼らから承認を得ることなく、秘密裏に本出願を行いました。これは、A氏が発明者および出願人として名を連ね、ブロードおよびMITが出願人として名を連ね、M氏およびヴェッダー事務所がCRISPRポートフォリオの特許出願においてA氏、ブロード、MIT、およびその他の機関を代理しているにもかかわらず、行われたことです。A氏、ブロード、MIT、M氏、ヴェッダー事務所のいずれも、本出願および本出願とともに提出された予備補正、または本出願において2014年7月7日に提出されたその他の書類の写しは提供されず、本出願が出願された2014年7月7日出願前において、草案または最終稿のいずれについても提供されていませんでした。」「したがって、2014年7月7日の秘密裏に出願された本出願から16日後の2014年7月23日に、全く関係のない出願の審査官がM氏に対して、本出願に関するその無関係の出願のターミナルディスクレーマーを要求したことは突然のことであり驚きました。」エ 本件特許に対応する欧州のファミリー特許を巡る特許異議申立事件(事件番号T0844/18。その決定は甲26)の2016年(平成28年)6月30日付けの答弁書において、原告らは、以下のとおり主張している(乙33の2)。なお、「P1」は第1基礎出願、「P2」は第2基礎出願、「PCT出願」は本件PCT出願を意味する。「ここで問題となっているPCT出願(PCT/US2013/074819)は、真核細胞で使用されるCRISPR-Cas9システムおよび多重化CRISPR酵素システムに最適化されたエンジニアガイドに関するものです。発明者該当性調査により結論づけられたように、P1およびP2に記載された出願人のうち、本発明を開示するP1およびP2の主題に貢献したのはA氏、B氏、F氏およびH氏のみであり、したがってPCT出願に記載されたのはこれらの出願人のみです。」「異議申立人らは、先の仮出願P1およびP2には、PCT出願の出願人として名前が挙げられていない他の複数の出願人、すなわちD氏、C氏、G氏およびE氏(以下、併せて『D氏ら』ともいう)が記載されているため、本特許はP1およびP2からの優先権を有効に主張できないと主張しています。」「D氏らはP1およびP2に出願人として記載されていますが、米国法の下では、このことは必ずしも仮出願全体に対する権利も保有していることを意味しません。」「上述したように、PCT出願の対象となった発明は、P1およびP2に開示された発明の1つに過ぎません。・・・D氏らはそれぞれ、P1およびP2に開示された他の発明の少なくとも1つに貢献しました。しかしながら、D氏らは、後にPCT出願がなされた発明、すなわち真核細胞で使用されるCRISPR-Cas9システムおよび多重化CRISPR酵素システムに最適化されたエンジニアガイドの発明に対して、そのような貢献は行いませんでしたので、米国法上、この発明に関するP1およびP2の出願人とはみなされません。」「米国の法律下では、D氏らはP1およびP2における優先権を含め、PCT出願が出願された発明および特許における請求の範囲に記載された発明と同一の発明について、いかなる権利も有していませんでした。」「したがって、異議申立人らが主張するのとは反対に、PCT出願の出願人としてD氏らが存在しないことは、P1およびP2に対する優先権主張の有効性に何ら影響を及ぼしません。」オ 2016年(平成28年)7月22日、ロックフェラー大は、USPTO(米国特許商標庁)に対し、米国960出願についての拒絶理由通知に対し意見書(乙28)を提出した。当時、米国414出願及び米国429出願についてはいずれも特許査定がされ、特許公報が発行されていた(それぞれ特許第8697359号、特許第8771945号)ところ、同意見書では、米国960出願につき、「本出願の記録は、一方では本出願に記載されているロックフェラーとD(A氏とD氏が共同発明者であるという立場)、他方では359号特許と945号特許に記載されているブロード、MIT、A氏(A氏が単独発明者であるという立場)との間で、発明者該当性に関する争いがあることを明確に示しています。」、「この点に関して、一例として、本出願が利益を主張する米国仮特許出願第61/736,527号(2012年12月12日出願)および第61/748,427号(2013年1月2日出願)には、D氏が共同発明者として含まれています。一方的な手続中にこの発明者該当性の争いを解決することは不適切であり、したがって、この拒絶査定は取り下げられるべきです。」と記載されている。
⑶ 上記⑴、⑵によれば、本件譲渡について、上記⑴のとおり、本件PCT出願までに本件譲渡が行われたことについて、譲渡人であるロックフェラー大と譲受人である原告ブロード研との認識が一致している。また、上記⑴イ、⑵イの記載から認められるとおり、本件各機関の同意を経て、M弁護士により、本件各基礎出願につき、優先権主張を伴うことが予想される関連PCT出願に関し発明者調査が実施され、これに基づき関連PCT出願についての出願人が定められた。この点につき、上記⑴アのとおり、D博士及びロックフェラー大においては、D博士の真核細胞に係る貢献に対してされた評価には不満を持っていたとされているものの、本件PCT出願を含む関連PCT出願がされた時点において、その不満を何らかの形で表明することもなく、本件譲渡に影響を与えるものとはされなかったことが示されている。そして、上記発明者調査の結果に基づき、本件各機関により、前記第2の5⑸のとおり本件PCT出願を含む関連PCT出願がされた。関連PCT出願の中には、関連PCT出願の2番の出願があり、これには原告ブロード研を含む原告らのほか、ロックフェラー大も出願人となった発明が含まれている。これらの事実によれば、本件PCT出願の時点において、ロックフェラー大と原告ブロード研との間に第1及び第2基礎出願に係る優先権の承継に関し、特段の紛争は存せず、本件譲渡は有効になされたものと認められる(相互合意の表明及び約因の存在については後に検討する。)。
⑷ 一方、前記第2の5⑶のとおり、本件PCT出願を含む関連PCT出願がなされる前の2013年(平成25年)10月に、A氏を発明者とし、第1及び第2、第5、第11基礎出願(いずれも発明者等にD博士を含む)並びに本件各基礎出願に含まれない仮出願に基づく優先権主張を伴う米国414出願がされたが、関連PCT出願がされた後の2014年(平成26年)4月にその特許公報が発行されて公開されたことにより、ロックフェラー大が米国414出願の出願の事実を知ったことを契機として、ロックフェラー大が米国960出願をするに至り、ここにおいて、ロックフェラー大と原告ブロード研らとの間で紛争が生じた。しかし、上記⑵ウのT陳述書、同オの意見書にも示されているとおり、その紛争は、米国960出願に係るものであって、同出願は米国414出願の継続出願である米国429出願の継続出願であるところ、米国414出願はA氏を発明者としつつ、D博士が発明者となっている第1及び第2、第5、第11基礎出願についての優先権主張を伴うものであったから、その出願を知らなかったロックフェラー大との間での紛争となったものとみられる。そして、その紛争の焦点は、前記第2の5⑺、⑵オのとおり、米国414出願及び米国429出願について、A氏が単独発明者とされていることにあり、上記⑵オの記載からも明らかなとおり、第1及び第2基礎出願に係る仮出願は、D博士の発明への貢献についての主張として挙げられているものであり、米国414出願ないし米国960出願に係る紛争は、本件PCT出願とは発明の名称も優先権の主張の範囲も異なる発明についてのもので、本件PCT出願とは直接の関係がないことが認められる。上記⑵エに示された原告らの認識も、本件PCT出願の発明者にD博士のほか第1及び第2基礎出願に係る補正後の発明者が含まれていない理由に関するものとして理解することが可能であって、上記の認定と矛盾するものではない。そして、本件PCT出願については、ロックフェラー大が一方的に米国960出願を行う前の2014年(平成26年)6月19日に国際公開がされ(乙42)、そこにおいて同出願が第1及び第2基礎出願に係る優先権を主張している事実が明らかになっているのに、これについてロックフェラー大が特段の行動を取ったり、米国960出願その他の紛争の過程でこれについての異議を唱えていないことは、紛争が第1及び第2基礎出願の優先権に係るものでないことを裏付けるものというべきである。以上によれば、ロックフェラー大と原告ブロード研との紛争が、第1及び
第2基礎出願の優先権の承継、すなわち本件譲渡に係るものであるものと認
めるに足りる証拠はないというべきである。なお、この点に関し、前記第2の5⑺のとおり、上記紛争は、2018年(平成30年)に至り仲裁により解決し、その発表において、ロックフェラー大と原告ブロード研との間に紛争が存したものの、原告ブロード研の真核生物出願である米国414出願に係る特許、関連PCT出願のうち本件PCT出願も仲裁において発明者該当性は変更されないままと決定された旨発表されたところである。しかし、その対象に関連PCT出願の2番の出願は含まれておらず(同出願の名称には真核細胞に係るものであることが示されている)、原告ブロード研とロックフェラー大との間で書面なくされたとする本件譲渡をおよそ不合理とするような、全面的な紛争が存したことを示すものではなく、第1及び第2基礎出願に係る優先権主張に係る紛争が存したことを示すものでもないから、上記発表は、前記認定を左右するものではない。
⑸ 本件譲渡の契約の有効要件とされる相互合意の表明について検討する。前記第2の5⑸のとおりの関連PCT出願に係る事実によれば、上記⑵アにもあるとおり、ロックフェラー大は、第1及び第2基礎出願の共同出願に際しての協力を通じ、後続の出願に対する優先日を確保し、ヴェダー・プライス特許弁護士事務所のM弁護士に委任して関連PCT出願を行うよう指示し、有効な優先権主張を伴うPCT出願に必要な優先権の譲渡を承諾する意思を外部に表明したものといえる。また、関連PCT出願における発明者調査及び発明者の決定に協力し、関連PCT出願が有効な優先権主張を伴って適時に提出されることを確保するための行動を取っていた。そして、原告ブロード研も、これらを受けて、第1及び第2基礎出願に係る優先権主張を伴う本件PCT出願を含む関連PCT出願を行っている。前記⑷のとおり、ロックフェラー大は、第1及び第2基礎出願ないしそれに基づく関連PCT出願について、当初から共同出願人の一人となっている関連PCT出願の2番の出願を除き、出願人となる姿勢を示しておらず、第1及び第2基礎出願に関しての紛争も存しない。これらの事実によれば、本件譲渡につき、米国契約法上要求される相互合意の表明があることが認められる。
⑹ 次に本件譲渡の契約につき、米国契約法上の有効要件たる約因の存在の有無につき検討する。上記⑸のとおり、本件譲渡の契約に関して相互合意の表明がなされているといえるところ、ロックフェラー大は、優先権の譲渡と関連PCT出願の出願手続を行い、これに伴う出願人としての特許を受ける権利等の帰属の問題を本件各機関との間で解決する機会を得るなどしており、これは契約の有効な約因を構成するというべきである。前記⑴アの記載から、ロックフェラー大は、出願前に、本件PCT出願のために、必要な優先権の譲渡を黙示に合意しており、関連PCT出願の出願人らは、発明者調査への同意と上記出願を行うことで、譲渡を受け入れていたことが認められる。これらの事実によれば、交換取引の存在を裏付けるものとして米国契約法上求められる約因の存在は認められるというべきである。
⑺ 以上の検討によれば、本件譲渡は有効であり、原告らは第1及び第2基礎出願に係る優先権について、パリ条約4条A(1)にいう承継人であると認められ、第1及び第2基礎出願に係る優先権を主張できるから、甲1は公知文献とはならず、これを公知文献として本件各発明の新規性及び進歩性を判断した本件審決には誤りがあり、その誤りは本件審決の結論に影響するものと認められる。したがって、本件審決の認定及び判断は誤りであり、原告らの主張する取消事由には理由がある。
2 被告の主張に対する判断⑴ 被告は、前記第3〔被告の主張〕1、2のとおり、出願時における優先権の欠缺は事後的に治癒されず、本件PCT出願の時点において、原告ブロード研とロックフェラー大との間で発明者の特定について見解の相違が存し、これは2018年(平成30年)に至るまで解決しなかったから、第1及び
第2基礎出願についての優先権主張は認められない旨を主張する。
しかし、既に検討したとおり、本件PCT出願の時点において、ロックフェラー大は真核細胞に係るD博士の発明者としての扱いに不満を持ち、米国960出願に係る発明者の扱いに関しては原告ブロード研とロックフェラー大との間には見解の相違がありこれについての紛争に至ったことは認められるものの、それらが直ちに第1及び第2基礎出願の優先権の承継ないし本件譲渡の効力に影響を及ぼすものであったとは認められないというべきである。したがって、被告の上記主張は採用することができない。⑵ 被告は、前記第3〔被告の主張〕3のとおり、本件における優先権の承継に関して重要なのは発明者についての適切な調査がなされたか否かではなく証拠上本件譲渡の事実が認められるか否かであり、本件に提出された証拠によれば、これは認められない旨を主張する。しかし、前記1で検討したとおり、本件譲渡に関して、譲渡人であるロックフェラー大と譲受人である原告ブロード研との認識は合致しており、本件譲渡の契約に係る要件の充足についても認められることから、本件譲渡の事実を証拠上認めることができる。したがって、被告の上記主張は採用することができない。⑶ 被告は、前記第3〔被告の主張〕4のとおり、本件譲渡に係る契約について、米国契約法上要求される相互合意の表明も約因も存しない旨を主張する。しかし、前記1⑸及び⑹で検討したとおり、相互合意の表明及び約因の存在が認められるというべきである。したがって、被告の上記主張は採用することができない。
3 結論以上によれば、原告ら主張の取消事由は理由があり、本件審決は取り消されるべきものである。よって、原告らの請求を認容することとし、主文のとおり判決する。知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
中 平 健
裁判官
今 井 弘 晃
裁判官
水 野 正 則
(別紙)
省略
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