ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和7(行ケ)10074 審決取消請求事件
| 裁判所 | 請求棄却 知的財産高等裁判所 |
|---|---|
| 裁判年月日 | 令和8年3月26日 |
| 事件種別 | 民事 |
| 当事者 | 原告エービーサンドビックコロマント 被告特許庁長官 |
| 対象物 | 切削ツールを処理する方法及び切削ツール |
| 法令 |
特許権 特許法36条5項1回 |
| キーワード | 審決94回 新規性18回 進歩性16回 実施10回 拒絶査定不服審判5回 分割1回 優先権1回 |
| 主文 | 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は、原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加 |
| 事件の概要 | 1 特許庁における手続の経緯等 原告は、令和元年(2019年)6月28日(パリ条約による優先権主張(3 件)外国庁受理2018年6月29日欧州特許庁)を国際出願日とし、名称を 「切削ツールを処理する方法及び切削ツール」とする発明につき特許出願(特 願2020-573133号。以下「本願」という。 )をし、令和2年12月2 8日に国内書面を、令和3年2月25日に翻訳文(甲5。請求項の数23)を それぞれ提出したが、令和5年2月3日付け拒絶理由通知(以下、 「本件拒絶理 由通知」という。甲7)を受け、令和5年5月15日に意見書及び手続補正書 (甲9。特許請求の範囲の記載を対象とするもの。請求項の数30)を提出し た。 しかし、 令和5年9月6日付けで拒絶をすべき旨の査定 (以下 |
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令和8年3月26日判決言渡
令和7年(行ケ)第10074号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和8年2月10日
判 決
原 告 エービー サンドビック コロマント
同訴訟代理人弁理士 園 田 吉 隆
同 西 村 泰 英
同 小 梶 晴 美
同 大 谷 渉
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 田 々 井 正 吾
同 鈴 木 貴 雄
同 本 庄 亮 太 郎
同 小 川 将 之
同 北 村 英 隆
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加
期間を30日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 特許庁が不服2024-547号事件について令和7年3月25日にした審決を取り消す。2 訴訟費用は、被告の負担とする。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等原告は、令和元年(2019年)6月28日(パリ条約による優先権主張(3件)外国庁受理2018年6月29日欧州特許庁)を国際出願日とし、名称を「切削ツールを処理する方法及び切削ツール」とする発明につき特許出願(特願2020-573133号。以下「本願」という。)をし、令和2年12月28日に国内書面を、令和3年2月25日に翻訳文(甲5。請求項の数23)をそれぞれ提出したが、令和5年2月3日付け拒絶理由通知(以下、「本件拒絶理由通知」という。甲7)を受け、令和5年5月15日に意見書及び手続補正書(甲9。特許請求の範囲の記載を対象とするもの。請求項の数30)を提出した。しかし、令和5年9月6日付けで拒絶をすべき旨の査定(以下「拒絶査定」という。甲8)を受けた。原告は、令和6年1月12日、拒絶査定に対し不服の審判請求(乙2)をし、同日、手続補正書(甲10。以下、その補正を「本件補正」という。特許請求の範囲の記載を対象とするもの。請求項の数30)を提出した。特許庁は、同請求を不服2024-547号事件として審理した。原告は、令和6年7月17日、上申書(以下「上申書」という。甲11)を提出したが、令和7年3月25日、本件補正を却下した上で、「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決(以下「本件審決」という。)を受け、その謄本は、同年4月1日、原告に送達された。原告は、令和7年7月29日、本件訴訟を提起した。2 発明の内容
⑴ 令和5年5月15日の手続補正後であり本件補正の前(以下、単に「本件補正前」という。)の請求項は前記のとおり1ないし30から成るが、そのうち請求項1に係る発明の内容(以下「本願発明」といい、その明細書及び図面を「本願明細書等」という。甲5、6、9。なお、本願その他の明細書等の記載を引用する場合に「段落」との記載は省略する。)は、以下のとおりである。「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ、前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる、方法。」
⑵ 本件補正後の請求項は前記のとおり1ないし30から成るが、そのうち請求項1に係る発明の内容(以下「本願補正発明」という。下線は補正箇所。甲10)は、以下のとおりである。「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱することと、加熱された前記切削ツールにショットピーニングを行うことを含む、方法。」
⑶ 上申書により原告が補正することを求めた請求項1の内容は、以下のとおりである(以下「上申書補正案発明」という。下線は補正しようとする箇所。甲11)。「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、ショットピーニングの前に前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱することと、加熱された前記切削ツールにショットピーニングを行うことを含む、方法。」3 本件審決の内容
⑴ 本件審決の理由の要点は、①本件補正は、特許法(以下「法」という。)17条の2第5項1号ないし4号に掲げるいずれの事項を目的とするものでもなく、同項の規定に違反するが、仮に本件補正が同項2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると解釈した場合でも、本願補正発明は、これと対比する引用文献1(特開平6-240303号公報、甲3)に記載された発明(以下「引用発明1A」という。)と相違点がないから、法29条1項3号に該当し、法17条の2第6項において準用する法126条7項の規定に違反するので、法159条1項の規定において読み替えて準用する法53条1項の規定により本件補正は却下すべきものである、②本件補正前の本願発明については、これと対比する引用文献1に記載された発明(以下「引用発明1B」という。)と相違点がないから、本願発明は引用文献1に記載された発明であって、法29条1項3号に該当し特許を受けることができない、③上申書補正案発明は、本件審判における審理の対象ではないが、検討することとすると、これと引用発明1Aとを対比すると、相違点があるところ、引用発明1Aに、上申書の主張に対して新たに引用する文献である引用文献2(特開昭61-264105号公報、甲4)に記載された技術的事項(引用文献2記載の技術的事項)を適用することによって、当業者が容易に発明をすることができたから、法29条2項により特許を受けることができず、上申書補正案発明の内容で本願の拒絶理由が解消するとの原告の主張にも理由がない、というものである。
⑵ 本件審決は、上記判断をするに当たり、引用発明1Aを次のとおり認定し、本願補正発明との間に相違点はないとした。[引用発明1Aの内容]「超硬合金又はサーメットを含む粉末合金の切削工具を処理する方法であって、前記切削工具の表面層を、ショットを高速に噴射させることによる衝撃力により700℃に達する温度に加熱することと、ショットにより加熱された前記切削工具に、さらに後続するショットピーニングを行うことを含む、方法。」
⑶ 本件審決は、上記判断をするに当たり、引用発明1Bを次のとおり認定し、本願発明との間に相違点はないとした。[引用発明1Bの内容]「超硬合金又はサーメットを含む粉末合金の切削工具を処理する方法であって、前記切削工具に、表面層が700℃に達する温度にてさらに後続するショットピーニングが行われ、前記さらに後続するショットピーニングは、ショットにより加熱された前記切削工具に行われる、方法。」
⑷ 本件審決は、上申書補正案発明と引用発明1Aとの相違点を、次のとおり認定した。「切削ツールを100℃以上の温度に加熱することについて、上申書補正案発明が『ショットピーニングの前に』加熱するのに対して、引用発明1Aは『ショットによって』加熱する点。」また、本件審決は、「引用文献2記載の技術的事項」を、次のとおり認定した。「加熱された焼結部材にショットピーニングを行うことで焼結部材を処理する方法において、『ショットピーニングの前に前記焼結部材を高周波加熱により1200℃の温度に加熱すること。』」4 原告の主張する取消事由
⑴ 取消事由1補正要件に係る判断の誤り
⑵ 取消事由2本願の請求項1に記載された発明の認定の誤り
⑶ 取消事由3引用発明1Aと本願補正発明、引用発明1Bと本願発明との一致点及び相違点の認定の誤り
⑷ 取消事由4引用発明1に基づく本願発明の新規性ないし進歩性の判断の誤り及び手続違背
第3 当事者の主張
1 取消事由1(補正要件に係る判断の誤り)
〔
(原告の主張)
〕
⑴ 本件審決は、本件補正が補正に関する目的の制限に違反すると判断したが、
誤りであり、明りょうでない記載の釈明に該当し、適法である。本件補正は、拒絶査定とされた理由(新規性及び進歩性)が妥当ではないことに鑑みて、査定の誤りを払拭し、請求項 1 に記載された発明(本願発明)を一層明瞭にするために最小限の表現の変更を行ったにすぎない。本願発明は前記第2の2⑴のとおりであるところ、「切削ツールを処理する方法」を特定する事項は、以下の3点である。・前記切削ツール(1)にショットピーニングを実行する・ショットピーニングは、加熱された切削ツールを対象とする・ショットピーニングは、「切削ツール(1)」が「100℃以上の温度」で行われるそして、本願補正発明は、前記第2の2⑵のとおりであるところ、両者の特定内容を対比すると、本件補正の前後を通じて、・ショットピーニングの実行対象は、「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツール」であり、・ショットピーニングに際して切削ツールは、加熱されており、・ショットピーニングは、切削ツールが「100℃以上の温度」で行われるとの内容に全く変化は無い。本願発明では、「ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる」という受動態過去形表現であるが、ショットピーニングの前に「加熱」が「された」意であることは疑いがない。本件補正は、上記の点を分かりやすくするために、「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱する」と記載の形を変更したにすぎない。本願発明は、「加熱された」の条件が、どの程度なのかを直接示した文章形になっていなかったため、見方によっては「加熱」の程度は任意とも受け取れる可能性もあったが、本来の技術的な意味は、直前に示した「100℃以上の温度にて」が、「加熱」の程度を示す表記である。この点は、本願明細書等の「切削ツールに、150から250℃の間の温度にて、好ましくは、175から225℃の間の温度にてショットピーニングが行われる。」(【0008】)、あるいは、「切削ツールに、300から600℃の間の温度にて、好ましくは、350から550℃の間の温度にて、より好ましくは、450から550℃の間の温度にてショットピーニングが行われる。」(【0009】)との記載を参照すれば明らかである。この技術的特徴は、本願補正発明においては「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱することと、」と記載されており、補正の前後で実質的には内容の変化はない。本件は、審査段階で、ショットピーニング処理の継続により切削ツールが衝撃熱を帯び、その状態を意図的に継続させ、750℃以上に達する状態を引き起こした後にもショットピーニングを継続する発明を開示する引用文献1が提示され、新規性がないとの本件拒絶理由通知がされた経緯がある。これに対して出願人は、引用文献1は技術上の特徴が本件とは異なる旨主張をしたものの、審査官の誤認が解消されないまま拒絶査定を受けたため、やむを得ず誤認が生じにくい表記に変更したにすぎない。本件補正の前後で一貫して「切削ツール」に対して行われる「ショットピーニング」は、「切削ツール」がショットピーニングの開始の時点から切削ツールが「加熱された」条件で行われるものであり、しかも、この点は本件補正の前後を通じて何ら変更がない。そうすると、請求項1(本願発明)が含む不明瞭さに起因して新規性・進歩性の拒絶理由を生じていると判断される場合に、当該拒絶理由を解消すべく行った本件補正は、法17条の2第5項4号が規定する目的要件を満たすものである。
⑵ 仮に本件補正が明りょうでない記載の釈明に該当しないとしても、「いわ
ゆる限定的減縮には該当しない」とした本件審決の判断も誤りである。本件審決による、「本件補正後では、ショットピーニングが施される切削工具が、加熱後からショットピーニングが行われるまでの間にわたって、100℃以上の温度に維持された状態であるかの限定が除かれている」との認定は、本件補正後の請求項1(本願補正発明)において、「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱することと、加熱された前記切削ツールにショットピーニングを行うこと」の間に自然冷却又は強制冷却によって切削ツールを100℃以下にする工程が存在する可能性が排除されていないという趣旨のようであるが、これは本願明細書等及び本件補正後の請求項1(本願補正発明)に接した当業者が技術常識に基づき理解する内容とかけ離れており、文言に拘泥して、明細書による発明の開示及び審査手続の実質を没却するものである。本願補正発明は、本願明細書等に「本発明では、ショットピーニングは、高い温度にて行われる。この温度はここでは、ショットピーニングが行われる材料(切削ツールの部位)にショットピーニングが行われている際の温度として画定される。」(【0010】)、「本発明は、焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法に関する。ここでは、切削ツールに、100℃以上の温度にて、好ましくは、200℃以上の温度にて、より好ましくは、200℃及び450℃の間の温度にてショットピーニングが行われる。ショットピーニングが行われる基板の部位は、当該温度となる。」(【0007】)と記載されているとおり、ショットピーニングが行われている際の切削ツールの温度に関連する発明であることは明らかである。一方、「切削ツールを100℃以上の温度に加熱することと、加熱された前記切削ツールにショットピーニングを行うこと」の間に自然冷却又は強制冷却によって切削ツールを100℃以下にする工程を挟む可能性については本願明細書等のどこにも言及されておらず、そのような可能性を示唆する記載もなく、また、そのような途中冷却を挟むことに技術的意義が存在し得ると考えるべき根拠は存在しない。つまり、本件審決における前記認定は、文言上から想像し得る架空の工程が明示的に排除されていないことをもって発明の範囲を拡張したもので、当業者の理解とはかけ離れたものである。また、本件審決は、「さらにいえば、本件補正前の請求項1では『ショットピーニングが行われ』る工程のみが発明特定事項とされていたところ、請求項1に係る本件補正は、当該工程を限定するものではなく、『切削ツールを100℃以上の温度に加熱する』という新たな工程を追加して限定するものである」ともいう。本願発明は、前記のように、ショットピーニングが開始される時点で切削ツールが100℃以上であることを要件としており、本件審決も「100℃以上の温度に加熱した切削ツールにショットピーニングを行うことを表現している点で変わりはない。」と認めるとおりである。ショットピーニングの開始の時点で切削ツールが100℃以上の温度であるとすれば、切削ツールを100℃以上に加熱したからであり、それ以外の状況は考えられない。つまり、「切削ツールを100℃以上の温度に加熱する」ことは本件補正前の請求項1に当然に含まれており、しかもそれ以外の解釈はあり得ない技術的事項であって、本件補正は、当該技術的事項つまり補正前の記載に基づいてそれ以外にないと解釈される記載を明確化したものである。したがって、これを「新たな工程を追加して限定するもの」とした審決の認定は誤りであることは明らかである。上記のように、本件審決には、補正前の請求項1(本願発明)に係る発明の解釈・理解を誤り、本件補正が発明の範囲を拡張した、あるいは新たな工程を追加したと判断した誤りがある。
⑶ 本件補正について独立特許要件の判断の誤り
本件審決の独立特許要件についての認定及び判断にも誤りがある。引用文献1に記載された発明は、焼結でなした超硬合金に対して、Coの再結晶温度である700℃以上の表面状態を作り出してショットピーニングを行うことを要旨とするものである。ピーニング及び再結晶温度を超える加熱の双方が、ショットの投射で実行されるのも引用文献1の特徴の一つである。これに対し、本願補正発明の要旨は、ピーニング実行前の「切削ツール本体部分の」予備加熱と、加熱された状態でのピーニングの実行を要旨とするものである。つまり、本願補正発明によれば、切削ツールはショットピーニングを開始する時点で100℃以上の温度に加熱されていなければならない。また、「加熱」の条件も、Coの再結晶温度以上とした条件を本願補正発明は全く想定せず、Coの再結晶温度に比して相当程度低い温度である「100℃以上」、本願明細書等での想定実践温度は、「好ましくは、200℃以上の温度にて、より好ましくは、200℃及び450℃の間の温度にて」(【0075】参照)と想定している点も、技術的に大きく異なっているのが、本願補正発明の特徴である。〔
(被告の主張)
〕
⑴ 本件補正が明りょうでない記載の釈明に該当するかについて
法17条の2第5項4号は、「明瞭でない記載の釈明を目的とする補正を許容する旨を規定したものであるが、これを無制限に許容することとすると、
第二号に規定されている特許請求の範囲の特定の減縮にあたる補正のみを許
容することとした規定が意味をなさなくなることから、拒絶理由通知において特許請求の範囲の記載が明瞭でない旨を審査官により指摘されている事項について、その記載を明瞭とする補正に限り許容することとしたことを規定したものである。」(乙1。知財高裁平成22年(行ケ)第10325号事件判決も同旨)。そこで、拒絶理由通知において特許請求の範囲の記載が明りょうでない旨を審査官により指摘されている事項の存否についてみるに、拒絶査定(甲8)の結論及び理由は、本件拒絶理由通知に記載した法29条1項3号(理由2:新規性欠如)及び同条2項(理由3:進歩性欠如)の拒絶理由により拒絶をすべきというものであって、拒絶の理由において、本件補正前の請求項1(本願発明)の記載が明りょうでない旨は指摘されていないから、本件補正は、法17条の2第5項4号の括弧書きに該当しない。なお、本件拒絶理由通知には、法36条6項2号(明確性要件)違反の理由が含まれていたが、これは、令和3年2月25日提出の翻訳文(甲5)における特許請求の範囲の請求項1等に記載した「好ましくは」との用語に対しての指摘であって、令和5年5月15日提出の手続補正書(甲9)により当該用語が削除されたことで、当該記載要件に係る拒絶の理由は解消している上、他に記載要件違反についての拒絶の理由は通知されていない。そうすると、本件審決が、「本件補正前の請求項1について発明特定事項」について、「拒絶理由として」明りょうでない「旨が示されてもいないから、本件補正は、特許法第17条の2第5項第4号に掲げる明りょうでない記載の釈明にも該当しない。」と認定、判断したことに何らの違法はない。原告は、本件補正を、発明がショットピーニングの前に「加熱」が「された」意である点を分かりやすくすることで、新規性・進歩性の拒絶の理由を解消すべく行ったと主張するが、拒絶理由又は拒絶査定において、かかる点について明りょうでない旨の指摘がないところ、法17条の2第5項4号の括弧書きに該当しないことは、法文及びその立法趣旨に照らして明らかであるから、
(原告の主張)
に理由はない。また、原告は、本件補正が、法17条の2第5項4号の括弧書きに該当する事情は、審判請求書及び上申書での主張においても一貫したものである旨を主張するが、審判請求書(乙2)の「3.(1)」には、本件補正が新規事項追加(法17条の2第3項)に該当しないことの説明があるのみで、補正の目的要件に係る説明はないし、上申書(甲11)においても、前置報告書(乙3)にて、補正の目的が限定的減縮であることを記載した上で、本願補正発明が特許出願の際独立して特許を受けることができないので、本件補正は却下されるべきであるとの判断が示されたことに対し、独立特許要件に係る新規性・進歩性の判断に対する上申はされるものの、補正の目的要件についての判断には何らの反論もなかったことを付記する。なお、仮に法17条の2第5項4号の括弧書きの法文が、その立法趣旨から離れて、拒絶理由通知において特許請求の範囲の記載が明りょうでない旨を審査官により指摘されていることを要しないと解されるとしても、後記のとおり、本件補正前の請求項1(本願発明)の記載には、「明りょうでない記載」がなく、「本件補正前の請求項1について発明特定事項が明瞭でない旨の事実は認められない」「から、本件補正は、特許法第17条の2第5項第4号に掲げる明りょうでない記載の釈明にも該当しない。」と認定、判断した本件審決に違法はない。
⑵ 「明りょうでない記載」及び「釈明」の該当性について
法17条の2第5項4号における「明りょうでない記載」とは、それ自体意味の明らかでない記載など、記載上不備が生じている記載であって、特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは、請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合、請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合、又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい、その「釈明」とは、記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される(知財高裁平成22年(行ケ)第10325号)。なお、このような解釈は、特許庁の審査・審判の実務においても踏襲されている(「特許・実用新案審査基準」第Ⅳ部「第4章 目的外補正(特許法第17条の2第5項)」(乙4))。本件補正前の請求項1(本願発明)の記載によれば、①処理対象が、焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールであること、②上記①の切削ツールへの処理として、ショットピーニングが100℃以上の温度にて行われること、③上記②のショットピーニングが、加熱された上記①の切削ツールに対して行われること、が文言どおり明確に理解できるから、本件補正前の請求項1(本願発明)には「不明りょう」な記載が存在しない。一方、本件補正後の請求項1(本願補正発明)においては、その記載によれば、①処理対象が、焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールであること、②’上記①の切削ツールへの処理として、100℃以上の温度に加熱する処理が含まれること、③’上記②’の加熱がされた切削ツールへの処理として、ショットピーニングを行うことが含まれること、との発明が特定される。
②と③の内容と②’と③’の内容とを比較すると、②の処理として、ショ
ットピーニングが100℃以上の温度にて行われるためには、③の加熱の処理として、切削ツールが100℃以上になるまで行われることを要するが、このことは、②’と同じである。他方、②’の処理として100℃以上の温度への加熱が行われた切削ツールに対して、③’でショットピーニングが行われることとなっており、この場合、通常、ショットピーニングは100℃以上の温度にて行われることとなるが、このことは②と同じである。すなわち、②と③の内容と②’と③’の内容との間に異なるところはない。このことは、原告も自認するところである。そうすると、本件補正前の請求項1(本願発明)には、釈明すべき「不明りょう」な記載はなく、本件補正後の請求項1(本願補正発明)の内容は、本件補正前の請求項1(本願発明)の内容と変わらないから、本件補正後の請求項1(本願補正発明)は、記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにしたものとはなっていない。したがって、本件補正は、明りょうでない記載の「釈明」を目的とするものとはいえない。さらに、原告は、本件補正について、発明がショットピーニングの前に「加熱」が「された」意である点を分かりやすくすることで、新規性・進歩性の拒絶の理由を解消すべく行ったと主張しているが、上記のとおり、法17条の2第5項4号の「括弧書き」に該当せず、
(原告の主張)
に理由はないし、そもそも「明りょうでない記載の釈明」に該当しない。すなわち、本件補正後の請求項1(本願補正発明)においても、「切削ツールを100℃の温度に加熱する」手段は限定されておらず、当該加熱には「ショットピーニング」による加熱も含まれるから、ショットピーニングにより100℃以上の温度に加熱された切削ツールに、さらにショットピーニングを行うことが、依然として含まれる記載となっている。そうすると、本件補正によって、「切削ツール」がショットピーニングの開始の時点から加熱された条件で「ショットピーニング」を行うことが明確になった事実はなく、本件補正により、請求項1(本願補正発明)において、上記内容が明らかになったものとはいえない。したがって、これが明らかになった旨の
(原告の主張)
は請求項の記載に基づいておらず、その前提において誤りがあり、失当である。そして、発明の要旨認定に、発明の詳細な説明の記載の参酌が許されるのは、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合などである(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日
第二小法廷判決。以下「リパーゼ事件」という場合がある。)ところ、原告の
上記主張は、本件補正後の請求項1(本願補正発明)が依然として明確でないことを前提にするものといえ、その前提において失当であるから、本件補正により不明りょうな記載が明りょうになったとはいえない。また、原告は本件補正前の請求項1(本願発明)について「加熱の程度」が任意とも受け取れる可能性があったと主張するが、そのように解釈できる可能性の存在をもって請求項の記載が不明りょうであるというのであれば、本件補正後の請求項1(本願補正発明)についても、②’「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱すること」と、③’「加熱された前記切削ツールにショットピーニングを行うこと」が並列に記載されているだけであり、本件補正後の「加熱された」の「加熱の程度」も本件補正前と同様に任意と受け取れる可能性があるから、本件補正後の記載は、本件補正前と同様に依然として不明りょうということになる。そうすると、このような
(原告の主張)
は、本件補正が、明りょうでない記載の釈明に該当することを主張しているとはいえず、妥当でないことは明らかである。さらに、「加熱」について、本件補正前の「加熱された」という受動態表現が本件補正後の「加熱する」に変更されたからといって、原告も認めるように実質的にその内容に変化はなく、分かりやすくなったといえる根拠もない。したがって、本件補正前の請求項1(本願発明)に「明りょうでない記載」が存在せず、そのため、補正前の不明りょうな記載を正すことで「釈明」をする余地もなく、本件補正前後の請求項1は内容に変わるところはないから、本件補正は「明りょうでない記載の釈明」を目的としているとはいえない。
⑶ 予備的主張
仮に本件補正が、法17条の2第5項4号に掲げる「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」の目的に合致し、適法であったとしても、本件審決の第2の「3 本件補正の適否(その2:独立特許要件)」のとおり、本件補正後の請求項1に係る発明(本願補正発明)は、引用文献1に記載された発明であって法29条1項3号に掲げる発明に該当し、同項の規定により特許を受けることができないものであるから、本願が拒絶をすべきものであるという結論に影響を与えることはない。原告は、本件審決の第2の「2(1)」における第2段落の「これに対して、・・・いわゆる『限定的減縮』に該当するともいえない。」の内容に対して、本件補正前の請求項1(本願発明)に係る発明の解釈・理解を誤り、結果的に本件補正が、発明の範囲を拡張した、あるいは、新たな工程を追加したと判断した誤りがあると主張する。しかし、本件補正では、本件補正前の請求項1(本願発明)の「100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ」との発明特定事項が、本件補正後の請求項1(本願補正発明)では、別途「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱すること」と記載されたことから、上記第2段落では、まず、本件補正前後のいずれについても、100℃以上の温度に加熱した切削ツールにショットピーニングを行うことを表現している点で変わりはない、すなわち、その実質的内容に変更のないことを限定的減縮に該当しない理由として説示したものである。かかる説示に続けて、本件審決では、本件補正について「発明の範囲を拡張したもの」、あるいは「新たな工程を追加して限定するものである」とも解釈され得ることを説示したが、主たる判断は、本件補正の前後で、特許請求の範囲を減縮するための事項が追加された点が存在しないことを説示している。つまり、当該段落は、本件補正により、上記の発明特定事項について、内容が限定されずに変わることで特許請求の範囲が変更され、あるいは一部が削除されることで特許請求の範囲が拡張されることはあっても、少なくとも、その実質的内容に変更のないことを理由として、特許請求の範囲のいわゆる限定的減縮には該当しないと判断したものである。したがって、本件審決において、本件補正の目的が法17条の2第5項2号に掲げる特許請求の範囲の減縮ではないと判断したことに誤りはない。また、仮に特許請求の範囲の減縮が目的であったとしても、本件補正の目的が「明りょうでない記載の釈明」である旨の
(原告の主張)
の妥当性を裏付けることはない。本件審決が「仮に、同項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する・・・と解釈し得た場合に」との仮定を前提として、独立特許要件を判断したのは、法17条の2第6項において、「第126条第7項の規定は、前項第2号の場合に準用する。」と規定され、本件補正において独立特許要件が求められるのは、法17条の2第5項2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」の場合であることによるものである。そして、本件審決が、このような仮定を前提とした上で、予備的に独立特許要件を判断し、その理由を示すことは、審判請求が成り立たない理由をより充実させるためのものであって、審判官の判断の慎重、合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障することに資するものであるから、何ら誤りはない。後記のとおり、本願補正発明の要旨(加熱の条件等)に係る原告主張は、本願の特許請求の範囲の記載に基づかないものであるから失当であって、本件審決の、引用文献1記載の発明及び本願補正発明の認定並びに新規性の判断に誤りはなく、本願補正発明は独立特許要件を満たさず、本件補正を却下した判断にも誤りはない。
2 取消事由2(本願の請求項1に記載された発明の認定の誤り)
〔
(原告の主張)
〕本願の請求項1に記載された各文言は、本願明細書等の説明に即し、以下のように解釈されるべきものである。「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱すること」との記載は、【0001】及び【0006】、【0007】の説明から、100℃以上の温度で、好ましくは200℃以上の温度で、より好ましくは200℃から450℃ないし600℃までの温度でショットピーニングを受けることを意味する。加えて、「加熱」される「切削ツール」の加熱対象範囲は、【0007】及び【0033】に、「ショットピーニングが行われる基板の部位は、当該温度となる。」と明記されていることと、請求項1の「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツール」との特定を合わせて考えると、切削ツールの主要部分全体が、上述の100℃以上の温度に加熱されることが理解できる。加熱された状態でショットピーニングを行った場合の切削ツールは、【0007】で強調されているとおり、切削寿命が延長される。前記の上昇した温度は、ショットピーニング中の材料(熱せられた切削ツールの部分、請求項1の「焼結炭化物又はサーメット」)の温度を指す(【0010】、【0077】参照)。ここでいう「材料」とは、切削工具の製造に使用される材料を指し、単に切削工具の表面の材料に限定されるものではなく、ショットピーニングを受ける切削工具の部位、例えば、フランク(=逃げ面)や、レーキ(=すくい面)や、又はエッジ(=刃先)などを指す。「部位」という用語(例えば、【0010】参照)とは対照的に、明細書で別に特定されている「表面エリア」という用語は、「本明細書で開示されたショットピーニングプロセスによって影響を受ける基板の外側部分」を意味する(【0073】参照)。この説明から、ショットピーニングは単に基板の外側部分に影響を与えるだけであることは更に明らかである。そうすると、本願の請求項1の「切削工具の加熱」という記載の技術的な意味合いは、引用文献 1 に開示されている「切削工具の表面の加熱」とは対象となる範囲が区別される関係にある。この理由から、当業者は、本件でいう「切削ツールの加熱」、百歩譲って「切削ツールのどこかの部分の加熱」にしたとしても、それが、「切削ツールの表面の加熱」には限定され得ないことを理解する。したがって、本件でいう「前記切削ツールを加熱すること」に、「ショットピーニングによって加熱すること」を含むとは解釈し得ないものである。なぜなら、ショットピーニングは単に表面を加熱するにとどまるからである。こういった、本件における切削ツールを形成する素材全体の加熱の手段としては、誘導加熱、抵抗加熱、加熱面/オーブンでの予備加熱、レーザー加熱などが明細書に具体的に例示されている(【0010】)。本願明細書等の【0105】に開示されている実施例1では、実際には抵抗ヒーターが使用されたという事実を考慮する必要がある。〔
(被告の主張)
〕
⑴ 原告は、訴状における取消事由の主張において、取消事由2につき、
「本願発明の認定の誤り」としており、本願補正発明(本件補正後の請求項1に係る発明)又は本願発明(本件補正前の請求項1に係る発明)のいずれの発明の認定であるかは明示していないが、原告は、審決の「第2」の補正の却下の決定を争っていることから、
(原告の主張)
する「本願発明」は、本願補正発明を意味するものと善解して、以下反論する。
(原告の主張)
が失当であることは、本願発明についても妥当することから、本願発明についても併せて検討する。
⑵ 本件補正後の請求項1(本願補正発明)及び本件補正前の請求項1(本願
発明)に記載された事項は、次の①、②のとおりである。
① 本件補正後の請求項1(本願補正発明)の記載
本件補正後の請求項1には、「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する」、「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱する」、「加熱された前記切削ツールにショットピーニングを行う」と記載されているものの、「切削ツール」における「加熱」される部位に関し、何ら特定する記載はない。また、切削ツールを加熱する温度についても「100℃以上の温度に加熱する」と特定されているにとどまる。
② 本件補正前の請求項1(本願発明)の記載
本件補正前の請求項1には、「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する」、「前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ」、「前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる」と記載されているものの、「切削ツール」の「加熱」される部位に関し、何ら特定する記載はない。また、切削ツールの温度についても、「ショットピーニング」が行われる際の温度が「100℃以上の温度にて」と特定されているにとどまる。
⑶ 本願明細書等の記載
上記①及び②に関し、本願明細書等には、次のア及びイの記載がある。ア 「加熱」される「切削ツール」の部位について上記①及び②の「加熱」される「切削ツール」の部位に関し、本願明細書等の対応する記載をみても、当該部位が、ショットピーニングが行われる基板の外側部位やすくい面等の表面エリアであり(【0073】、【0075】、【0077】及び【0079】)、これらの部位を含む「切削ツール」の温度が加熱されて高い温度となっていることは理解できる。その一方で、本願明細書等には、切削ツールの寿命をのばすために、表面エリア以外のバルク部分までも含む切削ツール本体部分の全てを加熱することが必要であることをうかがわせる記載は存在しない。よって、本願明細書等を参酌しても、「加熱」される「切削ツール」の部位として、本体部分の全てであると解すべき理由はない。無論のこと、「切削ツール」の「表面エリア」を含む部位が「加熱」されていれば、「切削ツール」が「加熱」されるものと評価される。イ 「切削ツール」を「加熱」する温度について上記①及び②の「切削ツール」を「加熱」する温度に関し、本願明細書等の【0075】、【0076】等の記載を参照しても、「ショットピーニングが行われる温度の上限は、・・・1200℃未満である。」(【0076】)との記載によれば、100℃~1200℃の温度範囲は、本願明細書等において想定されているといえる。原告は、後述するとおり、取消事由3において、「引用発明1Aの『前記切削工具の表面層を、ショットを高速に噴射させることによる衝撃力により700℃に達する温度に加熱すること』は、本願補正発明の『前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱すること』に相当する。」と認定したことは、相当する関係にないものを相当すると認定した誤りがあると主張し、かかる主張は、「700℃に達する温度」は「100℃以上の温度」に相当しないことをいうものと解されるが、当該主張は、本願明細書等の上記記載に反するものであって、失当である。
⑷ 本件審決の本願補正発明及び本願発明の認定に誤りはないことについて
上記⑵、⑶によれば、本願補正発明及び本願発明において、「加熱」される「切削ツール」の部位は、何ら特定されるものではないから、切削ツール本体部分の全てを加熱することは必ずしも要しない上、「切削ツール」を「加熱」する温度についても「100℃以上の温度」と特定されているにとどまり、100℃以上の温度であればよく上限は特定されないと解される。また、かかる解釈は、本願明細書等の記載とも整合的である。
⑸ 切削ツールの加熱の手段としての抵抗ヒーターの使用について
原告は、本件における切削ツールの加熱の手段として、本願明細書等の【0010】で例示されている誘導加熱、抵抗加熱、加熱面/オーブンでの予備加熱、レーザー加熱のうち、【0105】の実施例1では、実際には抵抗ヒーターが使用されたという事実を考慮する必要があると主張する。しかし、発明の要旨認定において、実施例に限定して解釈することは許されない(リパーゼ事件)から、加熱手段についての限定がない本願補正発明や本願発明の認定において、原告が依拠する実施例の記載を考慮する理由はない。
3 取消事由3(引用発明1Aと本願補正発明、引用発明1Bと本願発明との一
致点及び相違点の認定の誤り)について〔
(原告の主張)
〕
⑴ 引用発明1Aと本願補正発明の一致点及び相違点の認定の誤り
本件審決は、「引用発明1Aの『前記切削工具の表面層を、ショットを高速に噴射させることによる衝撃力により700℃に達する温度に加熱すること』は、本願補正発明1の『前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱すること』に相当する。」と認定したが、上記で示した本願補正発明の認定の誤りを原因として、相当する関係にないものを相当すると誤って認定した。本願補正発明の「加熱」する対象部位は、「切削ツール」の「表面層」ではないことを再度述べる。本件審決の論理は、「切削ツールの一部でも加熱されれば、本願補正発明1の切削ツールの加熱に該当すると扱う」としたものと推察されるが、引用発明1Aの加熱が「表面層」であることは、加熱に使用する手段を「ショットピーニング」の「衝撃力」としていることに起因する。本願補正発明に関して、本願明細書等の発明の詳細な説明における実施例では、ショットピーニングの際の温度は温度センサにて測定しており、例2~4の範囲では、その温度はたかだか500℃であり、引用文献1に記載の発明が示す700℃を大きく下回る105℃でのショットピーニング事例(表4中の発明1C105)においても、平均ツール寿命の有意な延長効果が発揮された事実を示している。本件審決は、リパーゼ事件を参照しつつ、「発明の詳細な説明を参酌するまでもなく、すなわち、その加熱手段まで限定解釈しなくとも、その技術的意義を一義的に明確に理解することができるものである。」とのなお書きを添えている。しかしながら、この最高裁判決は、特許請求の範囲の記載に関する法令を旧特許法とした事件であり、本件とは適用すべき法令が異なる。事実、特許法は改正され、「特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならない」旨定めていた(旧)特許法36条5項は、「5 第二項の特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と後に改正となっている。それゆえ、発明の認定に際し、よって立つべき法令の前提を誤ったものである。また、審理に当たって、発明の要旨を適切に把握することは拒絶査定不服審判においても欠かせないものであり、本件の場合、本願補正発明の認定に際し、加熱される対象が切削ツールの全体であるのか表面層のみなのかの区別、及び、加熱の目標温度の技術的意義に関し、特に説示することもなく、「その技術的意義を一義的に明確に理解することができるものである」とされたのは、認定の誤りを招いた重要な一因である。既に述べたように、本願補正発明の「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱すること」については、当初の明細書の開示内容、審査・審判段階で意見ないし上申した内容を見れば、加熱される対象範囲、発明の期待される作用効果が及ぶ範囲が、十分に理解できる。それにも関わらず、本願補正発明の「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱すること」が、引用発明1Aの「前記切削工具の表面層を、ショットを高速に噴射させることによる衝撃力により700℃に達する温度に加熱すること」と「相当する」関係にあると認定し、相違点としなかった本件審決は、認定及び判断に誤りがある。
⑵ 引用発明1Bと本願発明の一致点及び相違点の認定の誤り
ア 温度が特定されている部分の相違本願発明では、「前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ、前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる」とされている。前記のとおり、「前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる」との特定がされている関係上、「切削ツール」は、「加熱された切削ツール」とされている。すなわち、上記⑴で述べたとおり、加熱の対象範囲は何ら切削ツールの表面層のみとは文言上限られておらず、通常の解釈によれば切削ツールと認識される全体を指すと考えるのが当業者の一般的な理解であると、原告は確信する。引用文献1の教示は、ショットピーニングの結果として表面(のみ)の加熱を意味する。したがって、ショットピーニングの結果は表面にのみ局所的に現れる。引用文献1はしたがって、切削工具、すなわち本願発明で特定される切削工具の全体を教示していない。本願発明はしたがって引用文献1に記載の発明とは区別される。本件審決では、既にショットピーニング処理された表面(これにより「予熱」されたとする)に対して、その後のショットピーニングが実施されると説示された。しかしながら、ショットピーニングは表面のみを対象とした予熱処理を構成するものではない。なぜなら、加熱はショットピーニング自体と同時に行われるからである。また、本願発明はショットピーニング工程を全体的な工程ステップとして規定している(個々のショットのショットピーニングに分割されていない)。したがって、論理的にも、ショットピーニングは表面の予熱工程とみなすことはできない。これに対し、本件審決は、「(2)引用発明1Bの『前記切削工具に、表面層が700℃に達する温度にてさらに後続するショットピーニングが行われ』る点は、上記第2の3(3)ウと同様の理由により、本願発明1の『前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ』る点に相当する。
(3)引用発明1Bの『前記さらに後続する
ショットピーニングは、ショットにより加熱された切削工具に行われる』点は、上記第2の3(3)イと同様の理由により、本願発明1の『前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる』点に相当する。」としており、引用発明1Bの加熱が、切削工具の表面層のみを対象としている事実を看過したまま、相当関係が成立するとした誤りを犯している。よって、上記⑴と同様に、本願発明の「前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ、前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる」が、引用発明1Bの「前記切削工具に、表面層が700℃に達する温度にてさらに後続するショットピーニングが行われ、前記さらに後続するショットピーニングは、ショットにより加熱された切削工具に行われる」と「相当する」関係にあると認定し、相違点としなかった本件審決は、誤りがある。イ 当業者にとり温度範囲は重複しないこと引用発明1Bと本願発明を対比した場合、前記のように加熱する範囲が異なっているだけでなく、設定する温度についても実質的に異なっていることについて以下に述べる。引用発明1Bによれば、ショットピーニングは、表面層が「700℃に達する温度」で行われるのに対して、本願発明においては切削ツールの温度を「100℃以上」と規定するので、一見すると前者の温度は後者の温度の範囲に含まれているように見える。しかし、本願明細書等に接した当業者は、本願発明に記載された「100℃以上」は「700℃に達する温度」は含まないことを容易に理解する。その理由は以下のとおりである。「ショットピーニングとは、冷間加工の一種である。ショットピーニングを一言にしていえば、無数の鉄あるいは非鉄金属の丸いたまを高速度で金属表面に衝突させることである。これら鉄の丸いたまをショットという。このショットが高速度で材料の表面に衝突すると、一般的には材料に比べショットは硬いので材料表面がへこまされ、表面に丸いくぼみを残すようになる。従ってショットピーニングを行った面は無数のくぼみ(痕)でおおわれるようになり梨子地模様となるが、表面の硬さが増し、また繰返し荷重に対しては表面層に付与された圧縮残留応力が相殺する形で作用し疲れ強さが増す。この他、耐摩耗性の向上、耐応力腐食割れ特性の向上、放熱性の向上、流体抵抗の減少等の効果がある。」(「ショットピーニングとは」ショットピーニング協会、甲1)ショットピーニングは上記から明らかなように冷間加工の一種であり、加工を受ける材料の再結晶温度以下で実施するのが原則である。ショットピーニングの主要な目的は、材料表面に疲労強度や耐応力腐食割れ特性を向上させるための残留圧縮応力を導入することであるところ、焼結炭化物又はサーメットからなる対象物を再結晶温度以上に昇温するとショットピーニングによって導入された残留圧縮応力が緩和され、ショットピーニングの効果が失われたり大幅に減少したりするためである。再結晶とは、冷間加工によって蓄積されたひずみエネルギーが熱によって解放され、新しい歪みのない結晶粒が形成される現象であり、この過程で内部応力も解放される。これは当業者にとって技術常識に属する知見である(例えば、岡野成威他「高温環境下における機械的表面改質層圧縮残留応力緩和挙動の実験室X線その場測定」非破壊検査第68巻5号2019年3月4日、甲2)。したがって、本願発明において「前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ」との記載に接した当業者は、焼結炭化物又はサーメットの再結晶温度までを含む趣旨ではないことを当然の了解として理解する。これに対して引用文献1は「粉末合金の表面付近の温度を、各種圧粉体のうち結合剤となる圧粉体の再結晶温度以上に上昇させることを特徴」(請求項1)としており、本願発明とは技術思想及びその温度範囲が顕著に異なっている。また、引用文献1では、意識的か否かは知る由もないが、対象物を再結晶温度以上に昇温することによる前記の不利益に鑑みて、昇温すべき範囲を「粉末合金の表面付近」と限定したのではないかと推察される。上記のように、本願発明においては切削ツールの温度を「100℃以上」と規定するので、一見すると、表面層が700℃に達する温度でショットピーニングを行う引用文献1の記載と重複するように見えたとしても、昇温する温度の範囲そのものについても前記のように本質的に相違しており、これを一致点とした審決の判断は失当である。〔
(被告の主張)
〕
⑴ 原告の⑴の主張について
ア 本件審決の相当関係の認定に誤りがないことについて上記2で述べたとおり、本件審決の本願補正発明の認定に誤りはない。本願補正発明において、「加熱」される「切削ツール」の部位については、何ら特定されていないのであって、「切削ツール」を「加熱」する温度についても「100℃以上の温度」と特定するのみであるから、本件審決が、「引用発明1Aの『前記切削工具の表面層を、ショットを高速に噴射させることによる衝撃力により700℃に達する温度に加熱すること』は、本願補正発明1の『前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱すること』に相当する。」という相当関係を認定して、相違点としなかったことに誤りはない。イ 本件審決が、加熱される対象と加熱される目標温度の技術的意義に関し説示しなかったことについて原告は、本件審決が、本願補正発明を認定するに当たり、加熱される対象が切削ツールの全体であるのか表面層のみなのかの区別、及び加熱の目標温度の技術的意義に関し、リパーゼ事件を参照しつつ、発明の詳細な説明を参酌するまでもなくその技術的意義を一義的に理解することができると説示したことは認定の誤りを招いた重要な一因であるとし、リパーゼ事件の後に法36条5項が改正されたことにより、よって立つべき法令の前提を誤ったとしている。しかし、請求項に係る発明を、請求項の記載に基づいて認定することを基本とするリパーゼ事件で判示された内容は、現在もなお請求項に係る発明の認定の基本的な考え方である。そうすると、既に取消事由1で検討したとおり、本願補正発明が明確である以上、加熱される対象が切削ツールの全体であるのか表面層のみなのかの区別や、加熱の目標温度の技術的意義に関する事項は請求項に記載していないのであるから、当該事項に関して原告がいうような説示が必要とされることはない。そして、本願における「当初の明細書の開示内容、審査・審判段階で意見ないし上申した内容」をみても、上記2で述べたとおり、むしろ「加熱される対象範囲、発明の期待される作用効果が及ぶ範囲」について、本願補正発明と引用発明1Aが異ならないことが理解できる。したがって、本件審決が、相当する関係にないものを相当すると認定して、相違点としなかったとの事実はなく、本件審決の認定及び判断に誤りはない。
⑵ 原告の⑵の主張について
上記1で述べたように、本件補正を却下するとの結論に誤りはなく、この場合、引用発明1Bと対比すべき「本願発明」は、本件補正前の請求項1に係る発明(本願発明)である。そして、既に述べたとおり、本願発明において、「加熱」される「切削ツール」の部位は、いずれの部位であっても構わないものであって、「切削ツール」を「加熱」する温度についても「100℃以上の温度」であればよいから、本件審決が相当関係を認定して、相違点としなかったことに誤りはない。原告が提示した甲1、2をみても、ショットピーニングに関する一般的な知見を開示しているにすぎず影響が及ぶことはない。
4 取消事由4(引用発明1に基づく本願発明の新規性ないし進歩性の判断の誤
り及び手続違背)について〔
(原告の主張)
〕
⑴ 前記取消事由2で挙げたとおり、本願補正発明でショットピーニングがさ
れる「切削ツール」は、「100℃以上の温度に加熱」が行われ、「加熱された前記切削ツール」に対してショットピーニングが行われる。本願発明の段階でも、「前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる」とされている。これらに対して、本件審決が認定した引用発明では、「超硬合金又はサーメットを含む粉末合金の切削工具」の「表面層」が「加熱」されるとされている。本願補正発明及び本願発明のどちらでも、加熱される対象・範囲は「切削ツール」であって、「切削ツールの表面層」ではない。対比する対象で一致ないし相当関係が成立するのは、引用発明の加熱される対象・範囲が、ツール全体であり、本願補正発明ないし本願発明がツールの一部である場合なら、全体の中には当然一部が含まれ得るという理解が働くが、本件では全く逆の関係、すなわち、引用発明では工具の表面層の加熱にとどまるにもかかわらず、ツール全体を加熱するとした本願補正発明ないし本願発明の発明特定事項が、「相当する」と扱われている。これは甚だしい判断の誤りであり、相違点の看過である。同様の相違点の看過は、ショットピーニングを行う温度条件に関しても発生していることは既に述べたが、別の観点からこの点について補足する。本願補正発明ないし本願発明の発明特定事項では、温度条件を「100℃以上」と、文言上はしているため、引用発明1の「700℃に達する温度」についても、条件の範囲上は包含する関係にあるが、既に主張しているとおり、本願補正発明ないし本願発明ではCoの再結晶温度である700℃を全く意識していない。発明の実施上ではたかだか100℃、高くとも450℃を想定しており、発明の作用効果が発揮される条件が、そもそもとして引用発明と大きく異なると認識している。単なる文言対比で本件審決は判断したと推量するが、温度条件が対比の両者でこれほど異なる場合には、対比する両者の技術思想に、メカニズム上の本質的な相違が含まれることを理解するべきである。そのような場合には、文言上数値範囲が含まれるため発明特定事項が相当する関係にあるという、杓子定規な判断をせず、一応の相違点として整理すべきである。本件審決は、本願補正発明の「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱すること」についてどのような理解をしたのか不明であり、相当関係にあると判断した理由を明らかにしていない手続上の不備がある。上記の相違点の看過、不十分な説示は、本件補正について、独立特許要件を満たさず、補正を却下するとする結論についても、却下後の本願発明について新規性を満たさないとした結論の導出において重大な影響を及ぼしており、本件審決は取り消されるべきである。
⑵ 本件審決では、原告が提出した上申書についての検討の説示が行われてい
るが、かかる説示の内容には、手続違背が問われる重大な瑕疵がある。相違点の看過については上記と同様であるが、原告に前もって提示されていなかった「引用文献2」が審判合議体より新たに引用され、説示されている。出願人(原告)の上申を不採用とすべき事情を、新たな引用文献に求める場合、出願人に前もって提示して意見を求めるべきところ、本件審決は必要な法定手続を懈怠した誤りがある。また、原告はかかる新たに引用された引用文献2についても、本質的にはそれによって本願発明、上申書補正案発明のいずれも進歩性欠如とされるいわれはない、全く異なる公知発明との認識をしているため、本件審決がした手続の懈怠は、本件出願の審理上の扱いに重大な影響を及ぼしたと主張する。よって、この点でも、本件審決を取り消すべきである。
⑶ 引用文献1と引用文献2とは、ショットピーニングを施す対象物の材質が
一致せず、加熱温度条件も一致せず、表面の状態も一致していないことから、本件審決が、「上記引用文献2記載の技術的事項は・・・引用発明1Aと課題、作用、機能が共通する」とした点は誤りであり、これらを組み合わせて上申書補正案発明を容易想到とした判断も誤りである。〔
(被告の主張)
〕
⑴ 上記⑴の認定の誤り及び相違点の看過に関する主張については、いずれも
取消事由2及び3について述べたとおりであって、本件審決の認定、判断に誤りはない。すなわち、引用発明1A及び引用発明1Bは、ショットの衝撃力により加熱されるものの、700℃以上の温度に加熱された切削工具の表面層に対して、ショットピーニングを行うものであるから、それぞれ本願補正発明及び本願発明との間に相違点はなく、本願補正発明は引用発明1Aと同一であり、本願発明は引用発明1Bと同一である。原告が、「相当する」との判断に誤りがあると主張する点については、本願補正発明/本願発明は、ツール全体を加熱することまで文言上特定されておらず、発明としては引用発明1A/引用発明1Bが下位概念であり、本願補正発明/本願発明が上位概念であるから、本件審決の認定、判断に誤りはない。また、原告が不十分な説示と主張する点についても、当該発明特定事項は明確であって文言どおりに発明を把握することができるから、どのような理解をしたかの説示は要しない。本件審決に、原告が主張するような認定の誤り、相違点の看過、あるいは不十分な説示はなく、補正の却下の決定の結論、却下後の本願発明の新規性欠如による請求不成立の判断は適切であって、その結論にも誤りはない。
⑵ 上記⑵の主張について
審判請求された出願の明細書を補正することができる機会は、法17条の2第1項4号により限られており、上申書による当該補正案は、法の予定する補正手続ではない以上、審判合議体がこれを取り上げるべき義務があるとはいえない(知財高裁平成19年(行ケ)第10287号同20年3月27日判決)。したがって、本件審決の説示は、付加的に判断を示したものにすぎず、法的に判断する必要はなかったもの、いわゆる傍論であって、本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。
⑶ 上記⑶の主張について
争う。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(補正要件に係る判断の誤り)について
⑴ 本件補正に至る経緯は以下のとおりである。令和3年2月25日に提出された翻訳文(甲5)における本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は、「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にて、好ましくは、200℃以上の温度にて、より好ましくは、200℃及び450℃の間の温度にて、ショットピーニングが行われる、方法。」とするものであったところ、本件拒絶理由通知(甲7)は、「理由1」として、法36条6項2号(明確性要件)違反の拒絶理由を通知した。すなわち、本件拒絶理由通知は、「理由1について」として、「請求項1-
19 請求項1の『好ましくは』との記載に関し、『好ましくは』よりも後ろの記載部分が、発明を特定するために必要な事項であるのかが、明確でない。請求項3-4、8、15の『好ましくは』に関しても同様。よって、請求項1-19に係る発明は明確でない。」とした。なお、本件拒絶理由通知においては、その他にも、引用文献1等が示され、「理由2」として新規性欠如の、「理由3」として進歩性欠如の拒絶理由がそれぞれ通知された。原告は、これに対し、令和5年5月15日提出の手続補正書(甲9)において、特許請求の範囲の記載の全文を補正し、その補正後の請求項1ないし30において、前記「好ましくは」との語を削除した。しかし、令和5年9月6日付け拒絶査定(甲8)において、本件拒絶理由通知記載の理由2及び3(すなわち新規性及び進歩性)によって、本願は拒絶すべきものとされた。原告は、前記第2の1のとおり、令和6年1月12日に不服の審判請求をすると同時に、本件補正を行った。
⑵ 原告は、本件補正は明りょうでない記載の釈明に該当し、法17条の2第5項4号の目的要件を満たし適法である旨主張するので検討する。法17条の2第5項4号は、「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定しており、「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正は、審査官が拒絶理由中で特許請求の範囲が明りょうでない旨を指摘した事項について、その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られている。これは、拒絶理由通知で指摘していなかった事項について「明りょうでない記載の釈明」を名目に補正がされることによって、既に審査・審理した部分が補正されて、新たな拒絶理由が生じることを防止するために、「明りょうでない記載の釈明」は最後の拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限定される趣旨と解される。これを本件についてみると、本件補正は、拒絶査定不服審判の請求と同時になされたものであるところ、拒絶査定の結論及び理由は、本件拒絶理由通知に記載された理由2(新規性欠如)及び理由3(進歩性欠如)により拒絶をすべきというものであって、その拒絶の理由において、本件補正前の請求項1(本願発明)の記載が明りょうでない旨の指摘等はされていない。そうすると、本件補正は、法17条の2第5項4号の括弧書きに規定する拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてなされたものではないから、同号の要件を満たさない。
⑶ 引き続き、本件補正が明りょうでない記載の釈明に当たるか否かにつき検討する。法17条の2第5項4号にいう「明りょうでない記載」とは、それ自体意味の明らかでない記載など、記載上不備が生じている記載であって、特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは、請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合、請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合、又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい、その「釈明」とは、記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される。以上を前提として本願発明に「明りょうでない記載」があるか否かについて検討すると、本願発明は、前記第2の2⑴のとおり「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ、前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる、方法。」とするものであり、これによれば、① 処理する対象が、焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールであること、② 上記①の切削ツールへの処理として、ショットピーニングが100℃以上の温度にて行われること、③ 上記②のショットピーニングが、加熱された切削ツールに対して行われること、が明確に理解できるから、請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうであるとも、その記載内容が他の記載との関係において不合理を生じているとも、発明が技術的に正確に特定されず不明りょうであるともいえず、「明りょうでない記載」が存在するものとは認められないというべきである。次に、本件補正が「釈明」に当たるか否かについて検討すると、本願補正発明は、前記第2の2⑵のとおり、「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱することと、加熱された前記切削ツールにショットピーニングを行うことを含む、方法。」とするものであり、これによれば、①’処理する対象が、焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールであること、②’上記①の切削ツールを100℃以上の温度に加熱する処理を含むこと、③’加熱された上記②’の切削ツールにショットピーニングを行う処理を含むことが理解できる。上記①と①’とは補正がされておらず同じであるから、本件補正が「釈明」に該当するというためには、②及び③の記載を、②’及び③’のように補正することによって、その記載の本来の意味内容が明らかになるものであることを要する。しかし、本願発明の②及び③は、100℃以上の温度にて行われるショットピーニングについて、当該ショットピーニングが加熱された切削ツールに対して行われるというのであるから、切削ツールを100℃以上に加熱し当該加熱された切削ツールにショットピーニングを行うことを意味するものとして理解でき、このことは、本願補正発明の②’及び③’が、切削ツールを100℃以上の温度に加熱する処理を含むことと、加熱された当該切削ツールへの処理としてショットピーニングが行われることを含むことと意味内容は変わらない。このことは、原告が、本件補正の前後を通じて、内容に全く変化がないと主張するとおりである。そうすると、本願発明の②及び③を本願補正発明の②’及び③’とすることが、その記載の本来の意味内容を明らかにするものともいえないから、本件補正は「釈明」に当たらない。以上によれば、本件補正は、「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものともいえない。
⑷ 原告は、本件審決が本件補正は限定的減縮に該当しないとした判断は誤りであるとも主張する。原告は、本願では切削ツールの加熱をまず方法の最初の工程にし、ショットピーニング工程をその後の工程と明示することにより、最初に挙げた加熱工程から、ショットピーニングを用いて行う加熱を除外する形を整えたのであり、切削ツールの加熱の手段から、ショットピーニングの利用可能性を排除するとの限定的減縮に当たるとする。そもそも原告は、本件補正の前後で本願の発明の内容は変わらないと主張するものであるから、本件補正が限定的減縮に当たるとする趣旨は不明である。この点を措くとしても、本願補正発明は前記第2の2⑵のとおりであり、加熱された切削ツールにショットピーニングを行うことを含むことを特定しているにすぎず、加熱がどのような手段により行われるかを特定する記載はないから、そもそも原告の主張するような加熱手段からショットピーニングを排除することが特定されるものではない。前記⑶のとおり、本件補正の前後で発明特定事項は変わらないと解され、限定的減縮に当たるものと解される記載もない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
⑸ 小括上記⑵ないし⑷によれば、本件補正は法17条の2第5項4号、同項2号のいずれの要件も満たさず、不適法である。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
⑹ 原告の主張に対する判断ア 原告は、本願発明が含む不明瞭さに起因して新規性・進歩性の拒絶理由を生じていると判断される場合に、当該拒絶理由を解消すべく行った補正は、法17条の2第5項4号が規定する目的要件を満たす旨を主張する。法17条の2第5項4号の解釈については既に述べたとおりであり、原告の主張は独自の見解であり、採用することができないものである。この点を措くとしても、前記⑴のとおり、本願の翻訳文(甲5)に記載された請求項1には、「100℃以上の温度にて、好ましくは、200℃以上の温度にて、より好ましくは、200℃及び450℃の間の温度にてショットピーニングが行われる」と記載されていたところ、本件拒絶理由通知(甲7)は、「請求項1の『好ましくは』との記載に関し、『好ましくは』よりも後ろの記載部分が、発明を特定するために必要な事項であるかが明確でない」(理由1)との法36条6項2号違反の拒絶理由を通知したものであって、「100℃以上の温度にてショットピーニングが行われる」ことについて明りょうでない旨の指摘をしたものではない。むしろ、本件拒絶理由通知においては、「理由2-3について」として、引用文献1の【0018】、【0045】等の記載から、「切削ツールの表面温度が100℃以上の温度においてショットピーニングが行われていることは明らかである。」と説示しており、本願発明が「100℃以上の温度にてショットピーニングが行われる」ものとして字句どおり明確に理解されることを示しており、そもそも原告の主張するような本願発明が含む不明瞭さに起因して新規性・進歩性の拒絶理由を生じていたものでもない。拒絶査定においても、本件拒絶理由通知と同旨の記載がされているほか、原告が本件拒絶理由通知を受けて提出した意見書に対して、「本願請求項1は『前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる』と記載されているのみであり、『加熱された切削ツール』には、ショットにより加熱された切削ツールも含まれるものと解される。」との判断を示しており、本願発明はショットにより加熱された切削ツールにショットピーニングを行うことを含む発明と解されることを明らかにしており、何ら明りょうでない記載であることを示したものでもなく、不明瞭さに起因した拒絶理由が生じていたものでもない。したがって、原告の上記主張は前提を欠き、採用することができない。イ 原告は、本件審決が、本件補正が発明の範囲を拡張した、あるいは新たな工程を追加したとして、本件補正が限定的減縮に当たらない旨判断したのは誤りである旨を主張する。しかし、本件補正が限定的減縮を目的としたものと認められないことについては、既に上記⑷で検討したとおりである。したがって、原告の上記主張は採用することができない。ウ 原告は、本件審決の独立特許要件の判断も誤りである旨を主張する。しかし、法17条の2第6項によれば、法126条7項(いわゆる独立特許要件)の規定が準用されるのは、法17条の2第5項2号に定める特許請求の範囲の減縮(限定的減縮)を目的とするものに限られるところ、本件補正は、既に検討したとおり限定的減縮を目的とするものとはいえず、前提を欠くものであるから、本件審決がいわゆる独立特許要件についての判断を示したことは法の要求するところではなく、付加的なものと解され、同判断の内容をもって本件審決を取り消すべき違法があることにはならない。なお、本件審決の上記独立特許要件の判断に関しても、以下の2以下に示すように、原告の主張は理由がない。したがって、いずれにしろ原告の上記主張は採用することができない。
2 取消事由2(本願の請求項1に記載された発明の認定の誤り)について⑴ 原告は、本願補正発明ないし本願発明は、本願明細書等の記載によれば、以下のように解釈すべきであるとして、本件審決の本願補正発明及び本願発明の認定は誤りである旨を主張する。① 切削ツールを「100℃以上の温度」に加熱することについては、本願明細書等の【0001】、【0006】、【0007】の説明から、100℃以上の温度で、好ましくは200℃以上の温度で、より好ましくは200℃から450℃ないし600℃までの温度でショットピーニングを受けることを意味する。② 「加熱」される「切削ツール」については、本願補正発明及び本願発明は、領域の指定を行っていないため、何らの特定を要しないとする理解、すなわち、「切削ツールの主要部分全体」が、100℃以上の温度に加熱されると理解される。ショットピーニングは、単に表面を加熱するにとどまるから、本願補正発明及び本願発明の「切削ツール」を「加熱」することに、「ショットピーニングによって加熱すること」は含まない。⑵ 切削ツールを「100℃以上の温度」に加熱することについてそもそも本願発明及び本願補正発明の内容は、前記第2の2⑴及び⑵のとおり「100℃以上の温度」とのみ特定するものであり、原告の主張するような、200℃から450℃ないし600℃までの温度範囲であることを特定するものではないから、原告の主張はそもそも前提を欠くものである。原告がその主張の根拠とする本願明細書等をみても、【0076】においては、ショットピーニングが行われる温度の上限を、「好ましくは、所与の焼結炭化物又はサーメントに対する焼結温度未満、より好ましくは、1200℃未満である」としており、温度の上限について、1200℃未満であれば、450℃ないし600℃までの温度に限定する意図がないことも明らかである。作用効果の点についてみても、【0007】及び【0033】において、切削ツールをショットピーニングにて、それが加熱されている際に処理することは、切削におけるその寿命をのばすことが「思いがけなく見つかっている」とする程度にすぎず、200℃以上の温度や、200℃から450℃ないし600℃までの温度がより好ましいとする理由も本願明細書等には何ら記載されていないから、これら200℃ないし600℃の温度範囲に特段の意味があると解することもできない。そうすると、本願発明及び本願補正発明は、前記第2の2⑴及び⑵のとおり「100℃以上の温度」で加熱する旨が特定されていると解されるから、本件審決の認定に誤りはない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。⑶ 「加熱」される「切削ツール」についてア 前記第2の2⑴及び⑵のとおり、特許請求の範囲の記載につき、本願発明においては、加熱された切削ツールに行われるショットピーニングが100℃以上で行われることとされ、本願補正発明においては、切削ツールを100℃以上の温度に加熱して、加熱された切削ツールにショットピーニングを行うことと特定されている。そして、そのいずれにおいても、切削ツールのどの箇所が加熱されるかは特許請求の範囲の記載において何ら特定ないし限定していないのであるから、切削ツールが加熱されるものとして特定したものといわざるを得ない。そうすると、加熱される箇所が主要部分であろうとその一部であろうと、対象たる切削ツールが加熱されるものが含まれるものと文言上解されることとなる。そうすると、本件審決の認定に誤りはないというべきである。イ この点につき原告は、本願補正発明及び本願発明において加熱される箇所は切削ツールの「主要部分全体」であり、これを前提としてショットピーニングは単に表面を加熱するにとどまるから、本願補正発明及び本願発明は「ショットピーニングによって加熱すること」は含まないと主張する。しかし、既に述べたとおり、本願補正発明及び本願発明は、加熱される箇所が特定されてはおらず、主要部分全体を加熱するものに限られてもいないものである。このことは、本願明細書等の【0007】及び【0033】に、「ここでは、切削ツールに、100℃以上の温度にて、・・・ショットピーニングが行われる。ショットピーニングが行われる基板の部位は、当該温度となる。」と、【0010】に「いくつかの方法を使用して、切削ツール部位を高い温度にできる。」と、ショットピーニングが行われる部位を加熱することが記載されていることとも整合するものである。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
3 取消事由3(引用発明1Aと本願補正発明、引用発明1Bと本願発明との一致点及び相違点の認定の誤り)について⑴ 本願補正発明について原告は、本件審決が、本願補正発明の認定の誤りを原因として、本願の請求項1の発明と引用発明1の加熱について、相当する関係にないものを相当すると誤って認定したとし、本件審決が、本願補正発明の認定に際し、加熱される対象が切削ツールの全体であるのか表面層のみなのかの区別、及び、加熱の目標温度の技術的意義に関し、特に説示することもなく、技術的意義を一義的に明確に理解することができるとしたのは、認定の誤りを招いた重要な原因であるなどとして、本件審決の判断は誤りである旨を主張する。しかし、前記2のとおり、原告の主張する加熱する対象及び温度についての本願補正発明の認定は、そもそも特許請求の範囲の記載に基づくものではない。加えて、前記2のとおり、本願明細書等を参照したとしても、加熱の対象について、切削ツールの全体であるのか表面層のみなのかに応じた特段の技術的意義があることや、加熱の目標温度について、その温度に応じた特段の技術的意義があることについて、本願明細書等には何らの記載も見出せない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。⑵ 本願発明について原告は、本願発明の「前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ、前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる」との発明特定事項における加熱範囲は、切削ツールの全体を加熱するものを指すと主張する。しかし、前記2⑶のとおり、本願発明は、加熱される箇所が特定されてはおらず、主要部分全体を加熱するものに限られてもいないから、原告の上記主張は採用することができない。また、原告は、ショットピーニングは加工を受ける材料の再結晶温度以下で実施するのが原則であり(甲1)、本願発明の「前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ」との記載に接した当業者は、引用発明1Bのような焼結炭化物又はサーメットの再結晶温度までを含む趣旨ではないことを当然の了解として理解すると主張する。この点につき検討すると、原告が本件訴訟において証拠として提出する文献(「ショットピーニングとは」ショットピーニング協会、甲1)には「ショットピーニングとは、冷間加工の一種である。ショットピーニングを一言にしていえば、無数の鉄あるいは非鉄金属の丸いたまを高速度で金属表面に衝突させることである。」と記載されているが、その一方で、引用文献1は、本件審決に記載のとおり、再結晶温度以上でショットの衝撃力による加工を行うものであるところ(本件審決9頁15行目ないし16行目)、本件審決の引用する【0018】、【0053】の記載によれば、引用文献1においてはこの加工をショットピーニングと呼んでいることが認められる。この点は、本願においても、本願明細書等の【0076】において、「ショットピーニングが行われる温度の上限は、好ましくは、所与の焼結炭化物又はサーメットに対する焼結温度未満、より好ましくは、1200℃未満である」としており、ショットピーニング処理の温度の上限を、焼結温度未満又は1200℃未満として、焼結炭化物又はサーメットの再結晶温度以上(本件審決引用の引用文献1【0029】、【0045】によれば、少なくとも700℃は再結晶温度以上と認められる)で処理することを、ショットピーニング処理としていることとも整合するものである。以上によれば、原告の主張するような、ショットピーニングであれば必ず冷間加工であり(すなわち再結晶温度以下であり)、本願もこれを前提とした発明である、といえないことが明らかである。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
4 取消事由4(引用発明1に基づく本願発明の新規性ないし進歩性の判断の誤り及び手続違背)について⑴ 本件審決の説示について原告は、取消事由4として、本願の請求項1に係る発明で加熱される対象・範囲は「切削ツール」であって、「切削ツールの表面層」ではないと繰り返し主張し、特に、本願補正発明及び本願発明と引用発明1A、1Bとでは温度条件が大きく異なる場合には、両者の技術思想にメカニズム上の本質的な相違が含まれることを理解すべきであり、このような場合には、文言上数値範囲が含まれるため発明特定事項が相当する関係にあるという、杓子定規な判断をせず、一応の相違点として整理すべきであると主張する。また、原告は、本件審決は、本願補正発明の「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱すること」に対してどのような理解をされたのか説明がなく、引用発明1Aの該当部分と相当関係にあると判断した理由を明らかにしていない手続上の瑕疵があるとも主張する。しかし、引用発明1A及び引用発明1Bの700℃が、本願発明及び本願補正発明が特定する「100℃以上」に含まれることは明らかであるから、これを相違点とすべき理由はなく、説明を要するものでもない。さらに、原告は、両者の技術思想にメカニズム上の本質的な相違が含まれると主張するが、本願明細書等を参照しても、本願発明及び本願補正発明の加熱する温度が700℃を含まない意図であるとは解されず、またその温度に応じた特段の技術的意義もないのであるから、両者の技術思想にメカニズム上の本質的な相違が含まれるということもできない。引用文献1には、100℃~再結晶温度以下の温度でショットピーニングを行うという技術思想が示されていないとしても、本願発明及び本願補正発明がそのような温度範囲に限定するものでない以上、メカニズム上の本質的な相違が含まれるとはいえない。⑵ 上申書補正案発明についてア 手続違背について拒絶査定不服審判が請求された出願について、その明細書を補正することができる機会は、法17条の2第1項4号により審判請求と同時にするとき、並びに、法163条2項により、法162条による審査官の請求の審査(いわゆる前置審査)において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見して通知した場合及び法159条2項の規定により拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見して通知した場合に限られる。原告は、上記法に定められた機会を利用して、本件拒絶理由通知を受けて令和5年5月15日に手続補正を行い、その後、拒絶査定不服審判の請求と同時に本件補正を行ったものであるが、令和6年4月3日作成の前置報告書(乙3)により、本件補正後の本願補正発明につき特許を受けることができない旨の審査官の報告に接し、上申書により、上申書補正案発明を提示したものである(甲11)。この上申書による上申書補正案発明の提示は、法の予定する補正手続に則ったものではないから、審判合議体はこれを採り上げるべき義務があるとはいえない。そうすると、本件審決が上申書補正案発明に対して示した判断は、法が予定していない予備的又は付加的な判断であるといえ、このことは、本件審決においても、その判断を行う前に「上申書補正案発明は、本件審判の審理の対象ではないが、・・・以下検討する。」(13頁下から4~3行)としたとおりである。このような予備的又は付加的な判断において、新たな引用文献(引用文献2)を用いることは、何ら手続違背に当たるものではない。イ 上申書補正案発明の進歩性について原告は、引用文献1と引用文献2とは、ショットピーニングを施す対象物の材質が一致せず、加熱温度条件も一致せず、表面の状態も一致していないことから、審決が「上記引用文献2記載の技術的事項は・・・引用発明1Aと課題、作用、機能が共通する」とした点は誤りがあり、これらを組み合わせて上申書補正案発明が容易想到であるとした判断も誤りがあると主張する。前記のとおり上申書補正案発明の提示は、適法な補正によるものではないから、この点につき審決において判断する必要はなく、仮にこの点についての判断に誤りがあっても、直ちに本件審決の結論に影響を及ぼすものではなく、審決を取り消すべき理由とはなり得ないものである。しかし、事案に鑑み念のため判断すると、引用発明1Aは、「前記切削工具の表面層を、ショットを高速に噴射させることによる衝撃力により700℃に達する温度に加熱することと、ショットにより加熱された前記切削工具に、さらに後続するショットピーニングを行うことを含む」方法であるが、これは、本件審決の引用する引用文献1の【0018】の記載によれば、ショットを噴射することで再結晶温度以上(【0029】の実施例では700℃)に上昇させ、後続するショットで圧粉体の配置状態を変化させるものであり、同じく本件審決の引用する【0045】ないし【0047】の記載によれば、その作用は、Coの再結晶温度に達すると、結合剤のCoが軟化し、この軟化した状態におけるショットの衝撃力により、表面層のWC粒子の平坦面が超硬合金の表面に揃えられると同時に、WCとCoの個々の粒子間の空間が減少して密着性が向上するというものであり、【0055】の記載によれば、これによって耐摩耗性及び耐久性を向上させる効果が得られるものである。また、引用文献2には、本件審決の引用する記載(本件審決14頁ないし16頁)によれば、本件審決が認定するように「ショットピーニングの前に焼結部材を高周波加熱により1200℃の温度に加熱すること」(引用文献2記載の技術的事項、前記第2の3⑷)が記載されていると認められるところ、これは、高周波加熱等の表面加熱手段により焼結部材の表面部を加熱軟化させた状態でショットピーニング処理を施こすことにより、焼結された焼結部材の表面部のみに対する圧密化を図り(引用文献2の2頁左下欄10行目ないし14行目)、加熱軟化された焼結部材の表面部における空孔を確実に圧潰することができることから、焼結部材の引張強度、疲労強度等の強度特性を著しく向上させることができる(引用文献2の3頁左下欄14行目ないし17行目)というもの(いずれも本件審決14頁ないし15頁で引用)である。したがって、引用発明1Aにおけるショットの衝撃力により加熱することと、引用文献2記載の技術的事項における焼結部材を高周波加熱により加熱することは、焼結体の表面を加熱して軟化させることで、ショットピーニングによる焼結体表面の空孔を減少させることを可能とし、これによって焼結体の性能の向上を図るものとして、その目的や作用・機能が共通するといえる。また、引用発明1Aにおいて、再結晶温度にするのは、これによって結合剤のCoを軟化させるためのものであることを踏まえると、その加熱手段がショットピーニングに限定されるものでもない。そうすると、引用発明1Aにおける加熱手段として引用文献2記載の技術的事項を適用して、ショットピーニングの前に加熱するものとすることは、当業者が容易に想到し得たことである。原告は、引用文献1と引用文献2とは、ショットピーニングを施す対象物の材質が一致せず、加熱温度条件も一致せず、表面の状態も一致していないとするが、上記のとおり、両者は目的や作用・機能で共通するから、ショットピーニングを施す具体的な対象物やその際の具体的な加熱温度が異なるからといって、これを適用できないとはいえない。したがって、上申書補正案発明は、引用発明1A及び引用文献2記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の判断に誤りはないので、念のためこの旨補足する。
5 結論以上のとおり、本件審決の認定及び判断に誤りは認められず、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。よって、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
中 平 健
裁判官
今 井 弘 晃
裁判官
水 野 正 則
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商標的使用論・商標機能論・商標法26条・権利濫用論等の違いからみた『商標権侵害と対応策』 ~どのように攻め、どのように守るか~
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英文契約の実務(基礎から読解・作成のポイントまで)―日本語契約との違いや起こりやすいトラブル、悩ましい英文も解説します―
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最新の制度改正を反映 海外の特許制度と実務上の留意点(米国・欧州(EPC)・中国) ~米国ならびに EPC (欧州特許条約)・中国の各制度の下でのグローバル特許取得の基本的な知識と留意点を解説します~
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