令和7(行ケ)10058審決取消(特許)請求事件
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| 裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
| 裁判年月日 |
令和8年4月22日 |
| 事件種別 |
民事 |
| 当事者 |
原告ニプロ株式会社 被告ベーリンガーインゲルハイムインターナショナルゲゼルシャフトミッ
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| 対象物 |
糖尿病療法 |
| 法令 |
特許権
特許法36条4項1号4回 特許法36条6項1号2回
|
| キーワード |
実施27回 審決18回 進歩性13回 新規性10回 無効5回 特許権2回 分割2回 無効審判1回 優先権1回
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| 主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
| 事件の概要 |
以下の事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められ
る。 |
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判決文
令和8年4月22日判決言渡
令和7年(行ケ)第10058号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和8年3月16日
判 決
原 告 ニ プ ロ 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 吉 澤 敬 夫
同訴訟代理人弁理士 紺 野 昭 男
10 同 井 波 実
同 田 村 慶 政
被 告 ベーリンガー インゲルハイム イン
15 ターナショナル ゲゼルシャフト ミッ
ト ベシュレンクテル ハフツング
同訴訟代理人弁護士 高 石 秀 樹
20 同 渡 辺 由 水
同訴訟代理人弁理士 松 田 七 重
同 田 代 玄
同訴訟復代理人弁理士 市 川 さ つ き
同 星 野 貴 光
25 同 佐 々 木 康 匡
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
5 特許庁が無効2024-800007号事件について令和7年4月30日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
以下の事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められ
る。
10 1 特許庁における手続の経緯等
(1) 被告は、発明の名称を「糖尿病療法」とする発明についての特許第618
9374号(請求項の数22。以下「本件特許」という。)の特許権者であ
る。本件特許は、平成27年7月30日に分割出願され(原出願日は平成2
3年6月22日、以下「本件出願日」という。パリ条約による優先権主張は
15 平成22年6月24日。)、平成29年8月10日に特許権の設定登録がされ
た。
(2) 原告は、令和6年1月31日、本件特許について、無効審判請求をした。
特許庁は、これを無効2024-800007号事件として審理し、令和7
年4月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件
20 審決」という。)をし、その謄本は、同年5月20日、原告に送達された。
(3) 原告は、同年6月17日、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起し
た。
2 本件特許に係る発明の概要
(1) 特許請求の範囲
25 本件特許における特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(以下、本
件特許の各請求項に係る発明を請求項番号に対応して「本件発明1」などと
いい、総称して「本件発明」という。)。
【請求項1】
リナグリプチンであるDPP-4阻害薬を含有する、高齢患者における、
基礎インスリンである長時間作用性インスリンと組み合わせた別々、逐次又
5 は同時治療的使用のための医薬組成物。
【請求項2】
前記長時間作用性インスリンが、インスリンデテミル、インスリングラル
ギン及びインスリンデグルデクから選択される基礎インスリンである、請求
項1に記載の医薬組成物。
10 【請求項3】
前記長時間作用性インスリン及び前記DPP-4阻害薬がそれぞれ別々の
剤形中に存在する、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
1種以上の他の治療薬をさらに含む、請求項1~3のいずれか1項に記載
15 の医薬組成物。
【請求項5】
空腹時及び食後グルコースレベルのコントロールの改善及び/又は維持の
ための、請求項1~4のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
20 糖尿病合併症の予防、減少、リスクの低減、進行の減速、発症の遅延、軽
減又は治療のための、請求項1~5のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記患者が、腎機能低下又は腎臓合併症を患うか又はそのリスクを有す
る、請求項1~6のいずれか1項に記載の医薬組成物。
25 【請求項8】
1型糖尿病、LADA又は2型糖尿病と診断された患者の治療又は予防の
ための、請求項1~7のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
患者が2型糖尿病を有する、請求項1~8のいずれか1項に記載の医薬組
成物。
5 【請求項10】
適切な治療効果に必要なインスリン用量の減少を達成するための、請求項
1~9のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
インスリン治療に関連する低血糖症及び/又は体重増加を減らすための、
10 請求項1~10のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項12】
リナグリプチンであるDPP-4阻害薬を含有する、高齢患者における2
型糖尿病の治療方法に使用するための医薬組成物であって、前記方法は、前
記DPP-4阻害薬と、基礎インスリンである長時間作用性インスリンと、
15 任意で1種以上のさらなる治療薬との投与を含んでなる、医薬組成物。
【請求項13】
前記1種以上のさらなる治療薬がメトホルミン及びピオグリタゾンから選
択される、請求項12に記載の医薬組成物。
【請求項14】
20 前記患者が、インスリン単独又は1種以上の他の抗糖尿病薬との組合せで
は不適切な血糖コントロールを有する、請求項12又は13に記載の医薬組
成物。
【請求項15】
リナグリプチンであるDPP-4阻害薬を含有する、高齢患者における2
25 型糖尿病の治療方法に使用するための医薬組成物であって、前記使用は、D
PP-4阻害薬を、基礎インスリンである長時間作用性インスリンに単独で
又はメトホルミン、ピオグリタゾン及びスルホニル尿素から選択される1種
以上の他の抗糖尿病薬と組み合わせて添加することを含み、前記患者は、イ
ンスリン単独又はメトホルミン、ピオグリタゾン及びスルホニル尿素から選
択される1種以上の他の抗糖尿病薬との組合せでは不適切にコントロールさ
5 れる、医薬組成物。
【請求項16】
前記長時間作用性インスリンが、インスリンデテミル、インスリングラル
ギン及びインスリンデグルデクから選択される基礎インスリンである、請求
項12~15のいずれか1項に記載の医薬組成物。
10 【請求項17】
リナグリプチンであるDPP-4阻害薬を含有する、高齢の1型糖尿病、
LADA、又は2型糖尿病患者における血糖コントロールの改善並びに/或
いは微小血管疾患及び大血管疾患から選択される糖尿病合併症の予防、リス
クの低減、進行の減速、発症の遅延又は治療のための、基礎インスリンであ
15 る長時間作用性インスリンと組み合わせた使用のための医薬組成物。
【請求項18】
適切な治療効果に必要なインスリン用量の減少が達成される、請求項12
~17のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項19】
20 インスリン治療に関連する低血糖症及び/又は体重増加が低減される、請
求項12~18のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項20】
前記患者が損なわれた又は低下した腎機能を有する、請求項1~19のい
ずれか1項に記載の医薬組成物。
25 【請求項21】
前記高齢患者が≧60~65歳である、請求項1~20のいずれか1項に
記載の医薬組成物。
【請求項22】
リナグリプチンが1日の経口量5mgで投与される、請求項1~21のい
ずれか1項に記載の医薬組成物。
5 (2) 本件特許に係る明細書等の記載事項
本件特許に係る明細書及び図面(以下「本件明細書」という。甲19)の
抜粋を、別紙「本件明細書の記載事項(抜粋)」に掲げる。これによれば、
本件発明について、以下のとおりの事項が開示されているものと認められる
(【】内の4桁の数字は段落番号を表す。以下同じ。)。
10 ア 技術分野
1型糖尿病、LADA又は特に2型糖尿病の患者における血糖コントロ
ールの改善、糖尿病合併症の予防、リスクの低減、進行の減速、発症の遅
延又は治療方法であって、長時間作用性インスリンと特定のDPP-4阻
害薬の併用投与を含む方法、長時間作用性インスリンと特定のDPP-4
15 阻害薬を含む医薬組成物、組合せ及び特定の治療的使用に関する。(【00
01】)
イ 背景技術
2型糖尿病の治療は、典型的に食事制限及び運動で始め、その後に経口
抗糖尿病単剤療法が続くが、ほとんどの患者では、単剤療法に失敗し、多
20 剤による治療を必要とすることになる。しかし、2型糖尿病は進行性疾患
であるため、通常の併用療法に対して良い初期反応を示した患者であって
も、血糖のレベルを長期間安定して維持するのは非常に困難であり、最終
的に、薬用量の増加又はインスリンを用いたさらなる治療を必要とする。
すなわち、伝統的な併用療法は、血糖コントロールを向上させる可能性を
25 有するが、特に長期的効力に関して限界がないわけではなく、また、それ
らの効力及び許容性を損ない得る副作用(低血糖又は体重増加等)の高い
リスクを示し得る。このように、多くの患者では、既存の薬物療法にもか
かわらず代謝コントロールの進行的悪化という結果となり、長期にわたっ
て代謝状態を十分にコントロールできず、進行型又は後期2型糖尿病に至
る。(【0003】、【0004】)
5 ウ 発明が解決しようとする課題
有効、安全かつ耐えられる抗糖尿療法を提供することにより、固有の合
併症の回避及び疾患の進行の遅延を実現し、腎機能低下等の合併症を発症
しているか又は発症するリスクのある糖尿病患者に療法の選択肢を提供
し、従来の抗糖尿病療法に伴う有害作用のリスクの予防又は低減を可能に
10 する。(【0005】)
酵素DPP-4(ジペプチジルペプチダーゼⅣ)は、N末端にプロリン
又はアラニン残基を有するいくつかのタンパク質のN末端からのジペプチ
ドの切断をもたらすことが分かっているセリンプロテアーゼである。この
特性のためDPP-4阻害薬はペプチドGLP-1等の生理活性ペプチド
15 が分解されて血漿中の濃度が低下することを妨げ、糖尿病治療にとって有
望な薬物と考えられる。DPP-4阻害薬及びその使用は、多数の国際特
許公報にて開示されている。(【0006】)
長時間作用性インスリンは、典型的に、食物摂取が生じないときに血糖
をコントロールするための基本的抗糖尿病療法として用いられ、投与から
20 36時間までの間に連続してインスリン活性をもたらし、約8~12時間
後に最大の強度で作動する。これらの利点のため、有利な効果(低血糖及
び体重増加の低減、代謝コントロールの改善)をもたらすことができ、結
果として、後期糖尿病合併症を減らすことになる。また、DPP-4阻害
薬はグルカゴンのレベルを下げ、GLP-1を増加させ、食物摂取中及び
25 食後の血糖のピークを低減する。この2つの原理の組合せは、空腹時及び
食後の血糖コントロールにおける好ましいアプローチである。また、補完
的作用機序によって耐糖能の改善、代謝(血糖)状態の改善、持続可能効
力の達成、あるいはより長い時間にわたってこれらを維持することができ
る。(【0008】)
エ 課題を解決するための手段
5 上記のとおり、DPP-4阻害薬及び長時間作用性インスリンの医薬の
組合せ、組成物又は併用は、本件発明の目的、要望の1つ以上を満たすた
めに適合する特性を有することがわかった。
したがって、本件発明は、DPP-4阻害薬(特にリナグリプチン)及
び長時間作用性インスリンを含む組合せ、特に本件明細書に記載の療法で
10 の同時、別々又は逐次使用のための組合せに関する。(【0013】)
さらに、本件発明は、本件明細書に記載の治療又は予防方法に使用する
ためのDPP-4阻害薬であって、前記使用が、例えばインスリン単独又
は1種以上の他の抗糖尿病薬との組合せでは適切にコントロールされ得な
い患者の血糖コントロールを改善するため、DPP-4阻害薬を長時間作
15 用性インスリンに単独又は1種以上の他の抗糖尿病薬(例えばメトホルミ
ン、ピオグリタゾン及びスルホニル尿素から選択される)と組み合わせて
添加することを含む。(【0021】)
オ 発明を実施するための形態
DPP-4阻害薬は、並外れた効力及び長時間持続効果と、好ましい薬
20 理学的特性、受容体選択性及び好ましい副作用プロファイルとを併せ持
ち、他の医薬的に活性な物質と併用すると予想外の治療的利点又は改善を
もたらす。特に好ましいDPP-4阻害剤は、リナグリプチンである。
(【0044】)
DPP-4阻害薬は、低用量レベル、例えば患者ごとに1日当たり5m
25 gの経口用量レベルで有効に治療できる。(【0076】)
特に好ましいDPP-4阻害薬であるリナグリプチンは、高い効力を有
し、その作用は24時間持続する。また、主に肝臓を経て排泄され、腎臓
を経て排泄されるのはわずかであるため、腎不全及び糖尿病性腎症の罹患
率が高い患者集団において有意な利益となり得る。(【0077】)
カ なお、本件明細書の発明の詳細な説明には、リナグリプチンを単独で用
5 いた薬理試験結果が記載されているが(【0076】~【0078】、【0
087】~【0091】、表3、図1)、DPP-4阻害薬(リナグリプチ
ン)と長時間作用性インスリンの組合せについて、治療効果を確認した薬
理試験結果は示されていない。
3 本件審決の理由の要旨
10 原告は、本件発明に係る特許の無効理由として、実施可能要件違反及びサポ
ート要件違反を主張したところ、本件審決は、上記各無効理由には理由がない
と判断した。本件審決の理由の要旨は、以下のとおりである。
(1) 実施可能要件について
ア 本件発明1につき、本件明細書には、長時間作用性インスリンは低血糖
15 のリスクが低いことが説明され、リナグリプチンは腎不全・糖尿病性腎症
の罹患率が高い患者集団において有意な利益となり得ることを教示する薬
理試験結果が記載されている。
そして、リナグリプチン及び長時間作用性インスリンが、それぞれ、腎
機能の低下や低血糖のリスクが高い高齢患者に対して安全に使用できるこ
20 とや、長時間作用性インスリンを他の経口糖尿病薬と併用することは、本
件出願日当時の技術常識であった。また、従来、高齢患者(糖尿病患者と
してはごく一般的な単に高齢な患者)において安全に使用できることがそ
れぞれ知られるリナグリプチン及び長時間作用性インスリンについて、こ
れらを併用した場合には、単剤で使用した場合とは異なり、高齢者におい
25 て安全に使用できなくなることが予想されるような特段の事情も見当たら
ない。
そうすると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件
出願日当時の技術常識に基づき、高齢患者において、リナグリプチンを長
時間作用性インスリンと組み合わせて使用できることを理解できる。
イ 本件発明2~22についても、上記アと同様に、本件明細書の記載及び
5 技術常識に基づき、当業者が理解できるように記載されているといえる。
(2) サポート要件について
【0003】~【0005】の記載によれば、本件発明は、慢性かつ進行
性の疾患であり、長期にわたって薬物療法を受けることが求められる糖尿病
の高齢患者において、有効、安全かつ耐えられる抗糖尿療法を提供すること
10 を課題として有するものといえる。
本件発明1~22では、リナグリプチンであるDPP-4阻害剤の投与対
象として高齢患者を、用法として基礎インスリンである長時間作用性インス
リンと組み合わせて使用することを発明特定事項とするところ、本件明細書
の発明の詳細な説明において、本件発明1~22が特定する投与対象及び用
15 法でリナグリプチンを使用できることを当業者が理解できるように記載され
ていることは、前記(1)において説示したとおりである。
したがって、本件発明1~22は、発明の詳細な説明の記載及び本件出願
日当時の技術常識に照らし、当業者が前記課題を解決できると認識できる範
囲のものといえる。
20 第3 原告の主張する取消事由及びこれに対する被告の主張
1 取消事由1(実施可能要件に関する判断の誤り)について
【原告の主張】
(1)ア 薬理効果の有無とその程度の予測が困難な医薬発明については、当業者
が、その創作能力を発揮せずとも、薬理効果の有無とその程度を具体的に
25 認識して初めて実施可能であると評価することができる。そのためには、
単に、医薬が、その医薬用途に使用できる可能性があるとか、有効性を期
待できるとか、予備的な試験で参考程度のデータながら有望な結果が得ら
れているといったレベルでは足りず、その予測の困難から生じる疑いを超
える程度の信頼するに足る裏付けが明細書等に記載されている必要があ
る。医薬用途の発明にあっては、そのような裏付けは薬理試験結果、すな
5 わち薬理試験によって得られたデータによるしかない。
しかし、本件明細書の【0087】記載の試験及び【図1】はリナグリ
プチン単剤をラットに与えた場合の血漿中のDPP-4活性を測定したも
の、【0088】~【0090】記載の試験及び表4はリナグリプチン単
剤又は他の薬剤(単剤)を投与した場合の脂肪の付き方を対比したもの、
10 【0091】記載の試験はリナグリプチン(単剤)が1型糖尿病モデル
(NODマウス)で糖尿病の発症を遅延させ得ることを実証するもの、
【0077】【0078】記載の試験及び表3はリナグリプチン単剤の薬
物動態学パラメータの幾何平均(gMean)及び幾何変動係数(gC
V)を示すものであり、いずれも高齢患者に対し、長時間作用性インスリ
15 ンを組み合わせた併用に関する試験とは関係がない。このように、本件明
細書には、本件発明1~22に係る、リナグリプチンと長時間作用性イン
スリンとの併用等の医薬用途につき、具体的な薬理試験の結果による裏付
けが記載されているとはいえない。
それにもかかわらず、本件審決は、実施可能要件を充足すると判断した
20 のであり、特許法36条4項1号の解釈及び判断を誤った違法がある。
イ また、本件審決は、リナグリプチンと長時間作用性インスリンを併用し
た場合に、高齢患者において安全に使用できなくなることが予想されるよ
うな特段の事情はないとしたが、誤りである。
すなわち、単剤として安全に使用できることがそれぞれ知られている薬
25 剤であっても、併用した場合や高齢患者に対して使用した場合には、安全
性の観点から使用禁忌となることがある。本件出願日当時、スルホニル尿
素の一種とボセンタン(効能又は効果を肺動脈性肺高血圧症とする薬剤)
の併用は、肝酵素値上昇の発現率が増加したとの報告があり(甲30)、
また、スルホニル尿素にメトホルミン(ビグアナイド薬)を追加すると、
糖尿病関連死が96%増加するとの報告があった(甲31)。また、長時
5 間作用性インスリンは、単剤であっても、高齢患者に対して必ずしも安全
に使用できるわけではなく、慎重な投与が必要であることは、本件出願日
当時の技術常識であった(甲32)。
(2) 特許法36条4項1号は、新規性・進歩性があり従来技術に比べて優れた
属性や効果(有用性)を有する発明について、当該有用性につき明細書の裏
10 付けを要求していると解すべきである。本件審決は、実施可能要件の対象で
ある発明は新規性・進歩性とは無関係であり、新規性・進歩性がなく高度の
技術的思想とはいえない発明であっても、技術常識によって実施可能であれ
ば実施可能要件を充足すると解釈した点に、基本的な誤りがある。
【被告の主張】
15 (1) 本件審決は、本件明細書中の薬理試験の結果、本件出願日当時の技術常識
に加え、併用時に単剤使用と異なり高齢者において安全に使用できなくなる
ことが予想される特段の事情がなかったことから、リナグリプチンを高齢患
者において長時間作用性インスリンと組み合わせて使用できることを、当業
者が理解できると認定・判断したものであり、誤りはない。
20 すなわち、本件出願日当時、少なくとも2つの長時間作用性インスリンの
市販製品(レベミル及びランタス)が、アメリカ食品医薬品局の承認を受け
て製造販売され、高齢者への使用は禁忌とされることもなく、医者の適切な
判断に基づいて糖尿病の治療薬として臨床現場で実際に用いられていたので
あり(甲13~16)、リナグリプチンと長時間作用性インスリンを高齢の
25 糖尿病患者に対して併用投与した場合、著しい副作用又は有害事象の危険が
生じるため投与を避けるべきことが明白であるなどの特段の事情は存在しな
かった。
(2) 新規性・進歩性の各要件は、公知の発明又は当業者が公知の発明から容易
に想到することができた発明に対して独占的、排他的な権利を発生させない
ようにするために、そのような発明を特許付与の対象から排除するものであ
5 り、実施可能要件とは趣旨を異にする独立の要件であるから、実施可能要件
を充足するか否かという判断の枠組みに、新規性・進歩性の判断を取り込む
べきではない。
2 取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)について
【原告の主張】
10 本件審決は、本件発明の課題について、従来技術であるリナグリプチンが有
していた課題をそのまま認定したため、本件発明に有用性があるかどうか、そ
の裏付けがあるかどうかについての判断を欠落させた。その結果、本件審決に
は、本件発明が従来技術より優れた属性や作用効果を持つ有用性ある発明とし
てサポートされているかの判断をせず、技術常識が記載されているにすぎない
15 本件明細書の記載をもってサポート要件を充足すると判断した点において、特
許法36条6項1号の解釈を誤った違法がある。
サポート要件は明細書の裏付けのない広い技術的範囲の独占権を許さないた
めに課せられた特許要件であるから、発明の課題を、明細書中の一般的記載部
分よりも、進歩性判断における課題と平仄を合わせ、具体的・限定的に捉えて
20 判断すべきことは当然の帰結である。
【被告の主張】
原告の主張は、サポート要件の判断に進歩性の判断を取り込むものであり、
理由がない。サポート要件における課題は、課題に関する記載が全くないとい
った例外的な事情がない限り、発明の詳細な説明に記載された課題に従って判
25 断すれば十分なのであって、出願時の技術水準を考慮するなどという名目で、
あえて周知技術や技術常識を取り込み、発明の詳細な説明に記載された課題と
は異なる課題を認定することは必要ではないし、相当でもない。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(実施可能要件に関する判断の誤り)について
(1) 特許法36条4項1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は、その発明
5 の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)がその実施を
することができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないと
定める。この「実施」とは、物の発明においては、その物の生産、使用等を
する行為をいうものであるから(同法2条3項1号)、実施可能要件を充た
すためには、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術
10 常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、当該発明に係る物を作
り、使用をすることができる程度の記載があることを要する。
そして、本件発明は、既知の医薬品の用法、投与対象者等を特定したいわ
ゆる医薬用途発明であるところ、一般に医薬用途発明においては、医薬の有
効量、投与方法等が記載されていても、それだけでは、当業者において当該
15 医薬が実際にその用途において使用できるかを予測することは困難であるか
ら、実施可能要件を満たすというためには、明細書において、当該物質が当
該用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる
程度の事項を記載し、出願時の技術常識に照らして、当該物質が当該用途の
医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要があると解
20 するのが相当である。
(2) これを本件についてみると、まず、本件発明1については、本件明細書
に、前記第2の2(2)のとおり、①DPP-4阻害薬は、GLP-1等の生
理活性ペプチドがDPP-4によって分解されて血漿中の濃度が低下するこ
とを妨げ、食物摂取中及び食後の血糖のピークを低減すること(【000
25 6】、【0008】)、②長時間作用性インスリンは、投与から36時間までの
間に連続してインスリン活性をもたらし、約8~12時間後に最大の強度で
作用するため、食事摂取が生じないときに血糖をコントロールするために用
いられること(【0008】)、③この2つの薬剤の原理の組合せは、空腹時
及び食後の血糖コントロールにつき、補完的作用機序によって耐糖能の改
善、代謝(血糖)状態の改善、持続可能性の達成をもたらし、より長時間に
5 わたりこれらの状態を維持できること(【0008】)、④リナグリプチンは
DPP-4阻害剤であり、低用量で治療効果の持続時間が長く、主に胆汁を
介してそのまま排出されるため、腎不全及び糖尿病性腎症の罹患率が高い患
者集団に利益となり得ること(【0044】、【0076】、【0077】)が、
それぞれ記載されている。
10 また、後掲各証拠によれば、本件出願日当時、①慢性かつ進行性の疾患で
ある2型糖尿病の有病率は、年齢とともに増加するため、患者の半数は65
歳以上であること、高齢の糖尿病患者では腎機能が低下し、併存疾患の有病
率も高く、抗糖尿病薬の使用による有害事象(低血糖等)のリスクも高まる
ことから、個々の患者の状態に応じて、各抗糖尿病薬の有害事象のリスクを
15 考慮しながら、複数の抗糖尿病薬を併用すること(甲1、5、9、18)、
②リナグリプチンは、腎機能の低下や低血糖のリスクの高い高齢患者におい
て安全に使用できること(甲1、3、5、10、11)、③長時間作用性イ
ンスリンは、他の経口糖尿病薬とも併用され、低血糖のリスクが高い高齢患
者において安全に使用できること(甲5、14、16、18)という技術常
20 識が存在したと認められる。
加えて、本件の関係各証拠上、本件出願日当時、高齢患者に対してリナグ
リプチンと長時間作用性インスリンを併用して投与した場合、著しい副作用
又は有害事象が発生することをうかがわせる事情は看取できない。
そうすると、本件明細書に接した当業者は、本件明細書の記載及び本件出
25 願日当時の技術常識に基づいて、DPP-4阻害剤であるリナグリプチンを
作用機序が異なる長時間作用性インスリンと併用し、高齢患者に投与するこ
とにより、両剤の作用が補完し合い、それぞれ単独で用いた場合に比べて糖
尿病等に対する治療効果が向上すると理解できるものと認められる。
(3) また、本件発明2~22についても、これらはいずれもリナグリプチンと
長時間作用性インスリンを併用した上で、投与対象、用法及び用量を特定し
5 たものであって、本件発明1について上記(2)で説示したのと同様の理由に
より、本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき、当業者
が、当該用途に使用できることを理解できるように記載されているといえ、
本件審決の判断に誤りはない。
(4) これに対し、原告は、①医薬用途発明の医薬用途は具体的な薬理試験結果
10 によって裏付けられる必要がある、②単剤として安全に使用できることが知
られている薬剤であっても、併用した場合や高齢患者に対して使用した場合
には使用禁忌となることがある(甲30~32)、③実施可能要件の判断に
おいては、新規性・進歩性があり、従来技術に比べて優れた属性や効果を有
する発明につき、当該優れた属性や効果について、当業者が実施可能である
15 と理解できるだけの裏付けが明細書に記載されていることを要すると主張す
るが、以下のとおり、いずれも採用することができない。
上記①について、前記(1)で述べたとおり、物の発明である医薬用途発明
については、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に照ら
して、当該物質が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解でき
20 れば足り、薬理データの記載を欠くことから直ちに実施可能要件を満たさな
いことにはならない。そして、本件発明について、明細書の記載及び技術常
識から当該医薬用途に使用できると解されることは、前記(2)及び(3)で説示
したとおりである。
上記②について、本件発明はスルホニル尿素とボセンタンの併用(甲3
25 0)を技術的特徴とするものではない。また、原告が指摘する証拠(甲3
1、32)には、スルホニル尿素とメトホルミンの併用、あるいは高齢患者
に対する長時間作用性インスリンの使用が禁忌である旨の記載はなく、当業
者が、高齢患者に対してリナグリプチンと長時間作用性インスリン、あるい
は両薬剤に加えてスルホニル尿素及びメトホルミンを併用して投与した場合
に、著しい副作用又は有害事象が発生すると理解したことを認めるに足りな
5 い。
上記③について、実施可能要件(特許法36条4項1号)は、発明の詳細
な説明に、当業者が容易にその実施をできる程度に発明の構成等が記載され
ていない場合には、発明が公開されていないことになり、発明者に対して独
占的、排他的権利を付与する前提を欠くため、発明の詳細な説明の記載の要
10 件として規定されていると解されるのに対し、新規性・進歩性(同法29条
1項及び2項)は、公知発明や、当業者が公知の技術から容易に想到するこ
とができた発明に対して独占的、排他的な権利を発生させないようにするた
めに、そのような発明を特許付与の対象から排除するものであり、特許の要
件として規定されている。そうすると、実施可能要件を充足するか否かとの
15 判断は上記の観点から行われるべきであり、その枠組みに新規性・進歩性の
判断を取り込むべきではない。
2 取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範
囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載され
20 た発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載
により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである
か否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照ら
し当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討
して判断すべきものであると解される。
25 これを本件についてみると、前記第2の2(2)イ及びウのとおり、本件明
細書には、2型糖尿病の伝統的な併用療法は長期的効力に限界があり、多く
の患者が長期にわたって代謝状態を十分にコントロールできず、進行型又は
後期2型糖尿病に至ること(【0003】)、有効、安全かつ耐えられる抗糖
尿療法を提供することにより、腎機能低下等の合併症を発症しているか又は
発症するリスクのある糖尿病患者に療法の選択肢を提供する旨の記載(【0
5 005】)があることから、併用医薬である本件発明の課題は、慢性かつ進
行性の疾患であり、長期にわたって薬物療法を受けることが求められる糖尿
病の高齢患者において、有効、安全かつ耐えられる抗糖尿病療法を提供する
ことにあると認められる。
そして、前記1(2)で述べたとおり、当業者においては、本件明細書の発
10 明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づき、リナグリプチンと長時間作用
性インスリンを高齢患者に併用投与すると、それぞれ単独で用いた場合に比
べて糖尿病等に対する治療効果が向上すると理解することができると解され
るから、上記課題を解決できることを認識し得るということができる。
(2) これに対し、原告は、本件審決は、本件発明の課題について、従来技術で
15 あるリナグリプチンが有していた課題をそのまま認定したため、本件発明が
従来技術より優れた属性や作用効果をもつ発明としてサポートされているか
否かの判断を欠落させた点に違法がある旨主張する。
しかしながら、サポート要件(特許法36条6項1号)は、発明の詳細な
説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていな
20 い発明について独占的、排他的な権利が発生することになるので、これを防
止するために、特許請求の範囲の記載の要件として規定されているのに対
し、新規性・進歩性(同法29条1項及び2項)は、前記1(4)③につき述
べたとおり、特許の要件として規定されている。そうすると、サポート要件
を充足するか否かとの判断は上記の観点から行われるべきであり、その枠組
25 みに新規性・進歩性の判断を取り込むべきではない。
原告の主張は、従来技術では解決できない課題を認定し、当業者が、明細
書の記載から、特許請求の範囲に記載された発明がこの課題を解決できると
認識できたか否かを検討すべきとのするものであるから、サポート要件の判
断に進歩性の判断を取り込むものとして、採用することができない。
3 結論
5 以上のとおり、本件審決についての原告の取消事由に関する主張は採用でき
ず、そのほかに本件において本件審決を取り消すべき事由は認められない。よ
って、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり
判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
長 谷 川 浩 二
15 裁判官
岩 井 直 幸
裁判官
安 岡 美 香 子
(別紙)
本件明細書の記載事項(抜粋)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
5 【0001】
本発明は、代謝疾患、特に2型糖尿病及び/又はそれに関連する状態(例えば糖尿病合併症)
の治療及び/又は予防方法であって、長時間作用性インスリン(例えばインスリングラルギン又
はインスリンデテミル等)と特定DPP-4阻害薬の併用投与を含む方法、該活性成分を含む医
薬組成物及び組合せ、並びにその特定の治療的使用に関する。
10 さらに、本発明は、それが必要な患者(1型糖尿病、LADA、又は特に2型糖尿病患者)に
おける血糖コントロールの改善並びに/或いは糖尿病合併症、例えば微小血管疾患及び大血管疾
患(例えば糖尿病性腎障害、網膜症又は神経障害、或いは脳血管性又は心血管性合併症、例えば
心筋梗塞、脳卒中又は血管死又は入院加療)の予防、リスクの低減、進行の減速、発症の遅延又
は治療方法であって、長時間作用性インスリン(例えばインスリングラルギン又はインスリンデ
15 テミル等)と特定DPP-4阻害薬の併用(例えば別々、同時又は逐次)投与を含んでなる方法
に関する。
さらに、本発明は、皮下又は経皮(全身)治療的使用のための特に本明細書に記載の代謝疾患
の治療及び/又は予防における特定DPP-4阻害薬に関する。
さらに、本発明は、例えば1日1回、隔日、週3回、週2回又は週1回、好ましくは1日1回
20 未満の皮下投与(特に皮下注射)用の特定DPP-4阻害薬に関する。
さらに、本発明は、例えば1日1回、隔日、週3回、週2回又は週1回、好ましくは1日1回
未満の経皮投与用の特定DPP-4阻害薬に関する。
さらに、本発明は、長時間作用性インスリン及び特定DPP-4阻害薬と、任意で1種以上の
医薬的に許容できる担体及び/又は希釈剤とを含有する非経口(好ましくは皮下)送達デバイス、
25 好ましくは針があってもなくてもよい皮下注射デバイス(例えば針に基づいたペン注射器又はジ
エット/針なし注射器)に関する。
さらに、本発明は、長時間作用性インスリン及び特定DPP-4阻害薬と、任意で1種以上の
医薬的に許容できる担体及び/又は希釈剤とを含有する経皮送達デバイス(例えば、経皮パッチ
又はゲル)に関する。
さらに、本発明は、本明細書に記載の併用療法に使用するためのそれぞれ本明細書に記載のD
5 PP-4阻害薬及び/又は長時間作用性インスリンに関する。
【背景技術】
【0002】
2型糖尿病は、正常範囲の血漿グルコースレベルを維持するのに必要な要求を満たさない結果
としてインスリン抵抗性とインスリン分泌障害という二重の内分泌作用と関係する複雑な病態生
10 理に起因する一般的な慢性かつ進行性疾患である。これは慢性高血糖及びその関連微小血管及び
大血管合併症又は慢性障害、例えば糖尿病性腎症、網膜症若しくは神経障害、又は大血管(例え
ば心血管又は脳血管)合併症につながる。血管疾患成分は重要な役割を果たすが、それだけが糖
尿病関連障害の領域の因子であるわけではない。高頻度の合併症は平均余命の有意な短縮につな
がる。糖尿病は現在、糖尿病誘発合併症のため先進工業国における成人発症性視力喪失、腎不全、
15 及び切断術の最多原因であり、心血管疾患リスクの2~5倍上昇に関連している。
【0003】
2型糖尿病の治療は典型的に食事制限及び運動で始め、その後に経口抗糖尿病単剤療法が続き、
通常の単剤療法は最初は一部の患者で血中グルコースをコントロールし得るが、それは高い二次
的失敗率と関連する。少なくとも一部の患者では、かつ限られた期間、多剤を併用して、単一薬
20 剤による長期療法中に持続できない血中グルコースの減少を達成することによって、血糖コント
ロールを維持するための単一薬剤療法の限界を克服することができる。利用可能なデータは、2
型糖尿病のほとんどの患者では、現在の単剤療法に失敗し、多剤による治療を必要とするという
結論を支持している。
しかし、2型糖尿病は進行性疾患であるため、通常の併用療法に対して良い初期反応を示した
25 患者でさえ、血中グルコースレベルが長期間安定性を維持するのは非常に困難なので、最終的に
薬用量の増加又はインスリンを用いたさらなる治療を必要とするであろう。現存する併用療法は
血糖コントロールを向上させる可能性を有するが、限界がないわけではない(特に長期効力に関
して)。さらに、伝統的療法は、それらの効力及び許容性を損ない得る低血糖又は体重増加等の
副作用の高いリスクを示し得る。
このように、多くの患者では、これらの現存する薬物療法は治療にもかかわらず代謝コントロ
5 ールの進行的悪化という結果となり、特に長期にわたって代謝状態を十分にコントロールせず、
ひいては通常の経口又は非経口抗糖尿病薬物療法にもかかわらず血糖コントロールが不適切な糖
尿病を含めた進行型又は後期2型糖尿病において血糖コントロールを達成及び維持し損なう。
従って、高血糖の集中治療は慢性障害の発生率を減らすことができるが、多くの2型糖尿病患
者は、部分的に通常の抗高血糖療法の長期効力の限界、耐容性及び投与の不便さのため不適切に
10 治療された状態のままである。
この高頻度の治療の失敗は、2型糖尿病患者の長期の高血糖関連合併症又は慢性障害(例えば
糖尿病性腎障害、網膜症若しくは神経障害等の微小血管又は大血管合併症、或いは例えば心筋梗
塞、脳卒中若しくは死亡等の脳血管又は心血管合併症が挙げられる)の高い比率の主要原因であ
る。
15 【0004】
療法(例えば一次又は二次療法、並びに/或いは単剤又は(初期若しくは付加型)併用療法等)
で通常用いられる経口抗糖尿病薬として、限定するものではないが、メトホルミン、スルホニル
尿素、チアゾリジンジオン、グリニド及びα-グルコシダーゼ阻害薬が挙げられる。
療法(例えば一次又は二次療法、並びに/或いは単剤又は(初期若しくは付加型)併用療法等)
20 で通常用いられる非経口(典型的に注射される)抗糖尿病薬として、限定するものではないが、
GLP-1又はGLP-1類似体、及びインスリン又はインスリン類似体が挙げられる。
しかしながら、これらの従来の抗糖尿病薬又は抗高血糖薬の使用は種々の有害作用を伴う可能
性がある。例えば、メトホルミンは乳酸アシドーシス又は胃腸の副作用を伴うことがあり;スル
ホニル尿素、グリニド及びインスリン又はインスリン類似体は低血糖及び体重増加を伴うことが
25 あり;チアゾリジンジオンは浮腫、骨折、体重増加及び心不全/心臓への影響を伴うことがあり;
α-グルコシダーゼ遮断薬及びGLP-1又はGLP-1類似体は胃腸の有害作用(例えば消化
不良、鼓腸若しくは下痢、又は悪心若しくは嘔吐)を伴う可能性がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
5 従って、当技術分野では有効、安全かつ耐えられる抗糖尿療法を提供することが依然として要
望されている。
さらに、2型糖尿病の療法の範囲内では、それは状態を効率的に治療するため、状態に
固有の合併症を回避するため、及び疾患の進行を遅延させるために必要である。
さらに、2型糖尿病の療法の範囲内では、それは糖尿病表現型、血糖コントロール及び/又は
10 代謝コントロール、並びに/或いは(血中)グルコースプロファイルの持続性改善(好ましくは
長期にわたって及び/又は慢性治療中)のために必要である。
さらに、抗糖尿病治療は、糖尿病の進行期に見られることが多い長期合併症を予防するのみな
らず、腎機能低下等の合併症を発症しているか又は発症するリスクのある当該糖尿病患者の療法
選択肢でもあることが依然として要望されている。
15 さらに、従来の抗糖尿病療法に伴う有害作用のリスクの予防又は低減を可能にすることが依然
として要望されている。
【0006】
CD26としても知られる酵素DPP-4(ジペプチジルペプチダーゼⅣ)は、N末端にプロ
リン又はアラニン残基を有するいくつかのタンパク質のN末端からのジペプチドの切断をもたら
20 すことが分かっているセリンプロテアーゼである。この特性のためDPP-4阻害薬はペプチド
GLP-1等の生理活性ペプチドの血漿レベルを妨害し、糖尿病治療にとって有望な薬物と考え
られる。
例えば、DPP-4阻害薬及びその使用は、WO2002/068420、WO2004/01
8467、WO2004/018468、WO2004/018469、WO2004/04182
25 0、WO2004/046148、WO2005/051950、WO2005/082906、W
O2005/063750、WO2005/085246、WO2006/027204、WO20
06/029769、WO2007/014886; WO2004/050658、WO2004
/111051、WO2005/058901、WO2005/097798; WO2006/06
8163、WO2007/071738、WO2008/017670; WO2007/1287
21、WO2007/128724、WO2007/128761、又はWO2009/12194
5 5に開示されている。
長時間作用性インスリンは、本発明の意義の範囲内では通常約1~6時間以内で働き始め、通
常24時間まで又はそれ以上(例えば36時間まで)有効なインスリン又はインスリン類似体の
製剤を指す。長時間作用性インスリンは通常、連続レベルのインスリン活性をもたらし(24~
36時間までの間)、かつ通常約8~12時間後に最大強度で(フラットな作用プロファイルで)
10 作動し、時にはそれより長く作動する。長時間作用性インスリンは通常、朝又は就寝前に投与さ
れる。長時間作用性インスリンの例としては、限定するものではないが、インスリン類似体であ
るインスリングラルギン、インスリンデテミル又はインスリンデグルデク、及び緩徐吸収用に調
合された普通のヒトインスリンであるウルトラレンテインスリンが挙げられる。長時間作用性イ
ンスリンは、食事とは対照的に、基礎インスリン要求(例えば高血糖をコントロールするため)
15 に備えるのに適している。長時間作用性インスリンは典型的に1日2回又は1回、週3回超えか
ら週1回(超長時間作用性インスリン)までの範囲で投与可能である。インスリンの投与経路に
は、限定するものではないが、観血的送達(例えば非経口経路により、好ましくは皮下注射によ
る等)又は非観血的送達(例えば経口、頬側/ 舌下、肺、静脈内又は経皮(例えばイオントフォ
レーシス、ソノフォレーシス又は小胞担体による)経路)があり、皮下注射用長時間作用性イン
20 スリンが好ましい。
【0008】
長時間作用性インスリン類似体は典型的に、食物摂取が生じないときに血糖をコントロールす
るために2型糖尿病、1型糖尿病又は成人潜在性自己免疫性糖尿病(LADA)患者に基本的抗
糖尿病療法として与えられる。上述したように、このタイプのインスリンは36時間までの間連
25 続レベルのインスリン活性をもたらす。長時間作用性インスリンは約8~12時間後に最大強度
で作動する。それらの利点のため、これらのインスリン類似体による治療は有利な効果、例えば
より少ない低血糖、より少ない体重増加又はより良い代謝コントロールをもたらすことができ、
結果としておそらく目、腎臓又は足の問題及び心筋梗塞、脳卒中又は死亡等の後期糖尿病合併症
を減らすことになる。しかしながらDPP-4阻害薬はインスリン増加機構によっても働く多種
多様な群の抗糖尿病薬であり、内因性インスリン分泌を引き起こすためにまだ機能しているβ細
5 胞については制限される。DPP-4阻害薬はグルカゴンレベルを下げ、GLP-1の増加とそ
れに続く機構を経て、食物摂取中の食後グルコースピークを低減する。この2つの原理の組合せ
は、有効な空腹時及び食後グルコースレベルのコントロールにおける好ましいアプローチである。
また、補完的作用機序によって耐糖能の改善、代謝(血糖)状態の改善及び/又は持続可能効力
を達成することができ並びに/或いはより長い時間にわたって維持することができる。リナグリ
10 プチンは、1日1回、隔日又はそれより長い間隔で投与可能な優れた薬物動態プロファイル(例
えば72時間までの半減期、DPP-4タンパク質への化学量論的可逆性結合)を示す唯一のD
PP-4阻害薬である。さらに、種々のDPP-4基質(例えばSDF-1、BNP)は、増加
した半減期及びDPP-4の阻害後の作用を有し、ひいては心血管事象にさらなる利益の可能性
があることが示されている。従って本発明のリナグリプチンとインスリンの組合せは後期大血管
15 合併症をさらに減らすと考えられる。
【0011】
本発明の療法を受け入れられる糖尿病患者のさらなる実施形態としては、限定するものではな
いが、普通のメトホルミン療法が適していない糖尿病患者、例えばメトホルミンに対して低耐容
性、不耐容性又は禁忌のため或いは(穏やかに)損なわれた/低下した腎機能のため用量を減ら
20 したメトホルミン療法を必要とする糖尿病患者(例えば≧60~65歳の高齢患者を含めて)が
挙げられる。
(中略)
【課題を解決するための手段】
【0013】
25 本発明の範囲内では、今や本明細書に記載の特定DPP-4阻害薬並びにこれらのDPP-4
阻害薬及び本明細書に記載の長時間作用性インスリン(例えばインスリングラルギン、インスリ
ンデテミル又はインスリンデグルデク等)の本発明の医薬組合せ、組成物又は併用は、それらを
本発明の目的及び/ 又は上記要望の1つ以上を満たすのに適合させる特性を有することが分か
った。
従って、本発明は、それぞれ本明細書に記載の特定DPP-4阻害薬(特にBI1356)及
5 び長時間作用性インスリン(例えばインスリングラルギン、インスリンデテミル又はインスリン
デグルデク等)を含む組合せ、特に本明細書に記載の療法での同時、別々又は逐次使用のための
組合せに関する。
本発明はさらに、本明細書に記載の療法で用いる、それぞれ本明細書に記載の長時間作用性イ
ンスリン(例えばインスリングラルギン、インスリンデテミル又はインスリンデグルデク)と組
10 み合わせた特定のDPP-4阻害薬(特にBI1356)に関する。
本発明はさらに、代謝疾患、特に2型糖尿病及び/又はそれに関連する状態(例えば糖尿病合
併症)の治療及び/又は予防方法であって、それが必要な患者(特にヒト患者)、例えば本明細
書に記載の患者への有効量の本明細書に記載の長時間作用性インスリン(例えばインスリングラ
ルギン、インスリンデテミル又はインスリンデグルデク等)と、有効量の本明細書に記載のDP
15 P-4阻害薬との併用(例えば同時、別々又は逐次)投与を含む方法に関する。
【0021】
さらに、本発明は、糖尿病表現型の改善、血糖コントロール及び/又は代謝コントロールの改
善、(血中)グルコースプロファイルの改善(例えば空腹時及び/又は食後血中グルコースレベ
ルの改善)及び/ 又はグルカゴン抑制の改善(例えば長期間及び/ 又は慢性治療中)方法に使
20 用するためのそれぞれ本明細書に記載のDPP-4阻害薬及び長時間作用性インスリンであって、
好ましくは前記方法がDPP-4阻害薬及び長時間作用性インスリンを患者(例えば1型糖尿病、
LADA、特に2型糖尿病患者、肥満又は過体重の有無にかかわらず)に投与する工程を含む、
DPP-4阻害薬及び長時間作用性インスリンに関する。
さらに、本発明は、有効及び/又は安全な治療に必要な本明細書に記載の長時間作用性インス
25 リンの量の節約又は減少方法に使用するための本明細書に記載のDPP-4阻害薬であって、前
記方法がDPP-4阻害薬及び長時間作用性インスリンを患者(例えば1型糖尿病、LADA、
特に2型糖尿病患者、肥満又は過体重の有無にかかわらず)に投与する工程を含む、DPP-4
阻害薬に関する。
さらに、本発明は、本明細書に記載の治療又は予防方法に使用するための本明細書に記載のD
PP-4阻害薬であって、前記使用が、例えばインスリン単独又は1種以上の他の抗糖尿病薬(例
5 えばメトホルミン、ピオグリタゾン及びスルホニル尿素から選択される)との組合せでは不適切
にコントロールされ得る患者(例えば1型糖尿病、LADA、特に2型糖尿病患者、肥満又は過
体重の有無にかかわらず)の血糖コントロールを改善するため、DPP-4阻害薬を本明細書に
記載の長時間作用性インスリンに単独又は1種以上の他の抗糖尿病薬(例えばメトホルミン、ピ
オグリタゾン及びスルホニル尿素から選択される)と組み合わせて添加することを含む、DPP
10 -4阻害薬に関する。
さらに、本発明は、本明細書に記載の治療又は予防方法に使用するためのそれぞれ本明細書に
記載のDPP-4阻害薬及び長時間作用性インスリンであって、前記使用が、例えば1種以上の
他の抗糖尿病薬(例えばメトホルミン、ピオグリタゾン及びスルホニル尿素から選択される)で
は不適切にコントロールされ得る患者(例えば1型糖尿病、LADA、特に2型糖尿病患者、肥
15 満又は過体重の有無にかかわらず)の血糖コントロールを改善するため、DPP-4阻害薬及び
長時間作用性インスリンを1種以上の他の抗糖尿病薬(例えばメトホルミン、ピオグリタゾン及
びスルホニル尿素から選択される)に添加することを含む、DPP-4阻害薬及び長時間作用性
インスリンに関する。
さらに、本発明は、本明細書に記載の治療又は予防方法に使用するための本明細書に記載の長
20 時間作用性インスリンであって、前記使用が、例えばDPP-4阻害薬単独又は1種以上の他の
抗糖尿病薬(例えばメトホルミン、ピオグリタゾン及びスルホニル尿素から選択される)との組
合せでは不適切にコントロールされ得る患者(例えば1型糖尿病、LADA、特に2型糖尿病患
者、肥満又は過体重の有無にかかわらず)の血糖コントロールを改善するため、長時間作用性イ
ンスリンを本明細書に記載のDPP-4阻害薬に単独又は1種以上の他の抗糖尿病薬(例えばメ
25 トホルミン、ピオグリタゾン及びスルホニル尿素から選択される)と組み合わせて添加すること
を含む、長時間作用性インスリン関する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】リナグリプチン s.c.投与後の血漿中のDPP-4活性を示す。
【発明を実施するための形態】
5 【0044】
これらのDPP-4阻害薬は、並外れた効力及び長時間持続効果と、好ましい薬理学的特性、
受容体選択性及び好ましい副作用プロファイルとを併せ持ち、或いは他の医薬的に活性な物質と
併用すると予想外の治療的利点又は改善をもたらすので、構造上同等なDPP-4阻害薬とは区
別される。それらの製法は前述した公報に開示されている。
10 本発明の実施形態Aの上記DPP-4阻害薬の中でさらに好ましいDPP-4阻害薬は、1-
[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)
-アミノ-ピペリジン-1-イル)-キサンチン、特にその遊離塩基(リナグリプチン又はBI135
6としても知られる)である。
(中略)
15 【0076】
本発明のDPP-4阻害薬の特殊な実施形態は、低用量レベル、例えば患者毎に1日当たり<
100mg又は<70mgの経口用量レベル、好ましくは患者毎に1日当たり(必要ならば、同
一サイズでよい1~4の単一用量、特に1又は2の単一用量に分割される)<50mg、さらに
好ましくは<30mg又は<20mg、なおさらに好ましくは1mg~10mg、特に1mg~
20 5mg(さらに特に5mg)の経口用量レベルで治療的に有効であり、優先的には、1日1回又
は2回(さらに優先的には1日1回)、有利には、1日のいつでも、食物の有無にかかわらず経
口投与される当該DPP-4阻害薬を表す。従って、例えば、1日の経口量5mgのBI135
6を1日1回の投与計画(すなわち5mgのBI1356を1日1回)又は1日2回の投与計画
(すなわち、2.5mgのBI1356を1日2回)で1日のいつでも、食物の有無にかかわらず
25 与えることができる。
長時間作用性インスリンは典型的に、例えば1日2回、1日1回乃至週1回の注射の範囲の皮
下注射によって投与される。当業者は、長時間作用性インスリンの適切な用量及び剤形を決定す
ることができる。血中グルコースのモニタリングはインスリン療法を受ける全ての患者において
必須である。
例えば、インスリングラルギン(ランタス(Lantus))は1日1回皮下投与される。ラ
5 ンタスは、毎日同じ時間であれば、一日のいつ投与してもよい。ランタスの用量は、臨床反応に
基づいて個別的配慮される。現在インスリンで治療していない2型糖尿病患者に推奨されるラン
タスの開始用量は1日1回10単位(又は0.2単位/kg)であり、その後、患者の必要性に
合わせて調整すべきである。
インスリンデテミル(レベミル(Levemir))は1日1回又は2回皮下投与される。1
10 日1回レベミルで治療される患者では、好ましくは夕食と一緒又は就寝時に投与される。1日2
回投与が必要な患者では、夕方の用量は、夕食と一緒、就寝時、又は朝の用量の12時間後に投
与することができる。レベミルの用量は臨床反応に基づいて個別的配慮される。経口抗糖尿病薬
で不適切にコントロールされている2型糖尿病のインスリン未投与患者では、夕方に1日1回0.
1~ 0.2単位/kgの用量又は1日1回若しくは2回10単位の用量でレベミルを開始し、用
15 量を調整して血糖目標を達成すべきである。
本発明の組合せ及び組成物中の活性成分の用量は異なってよいが、活性成分の量は適切な剤形
が得られるような量でなければならない。従って、選択用量及び選択剤形は、所望の治療効果、
投与経路及び治療の持続期間によって決まるであろう。組合せに適した用量範囲は、単一薬剤の
最大耐用量から、より少ない用量、例えば最大耐用量の10分の1までである。
20 【0077】
本発明の意義の範囲内で強調すべき特に好ましいDPP-4阻害薬は1-[(4-メチル-キナゾ
リン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジ
ン-1-イル)-キサンチン(BI1356又はリナグリプチンとしても知られる)である。BI1
356は高い効力、作用の24時間の持続時間、及び広い治療窓を示す。12日間1日1回複数
25 の経口用量1、2.5、5又は10mgのBI1356を受ける2型糖尿病患者において、BI1
356は好ましい薬力学的及び薬物動態学的プロファイル(例えば下表3参照)を示し、定常状
態を迅速に達成し(例えば全ての用量群で治療の2日目~ 5日目に定常状態血漿レベル(13日
目に投与前血漿濃度の>90%)に到達)、蓄積がほとんどなく(例えば1mg以上の用量で平
均蓄積率RA,AUC≦ 1.4)及びDPP-4阻害について長時間持続効果を保ち(例えば5
mg及び10mgの用量レベルでほとんど完全な(>90%)DPP-4阻害、すなわち定常状
5 態でそれぞれ92.3及び97.3%の阻害、かつ薬物摂取後24時間の間隔にわたって>80%
の阻害)、並びに≧2.5mgの用量で食後2時間の血中グルコース可動域が≧80%有意に減少
し(1日目で既に)、及び1日目に尿に排泄された未変化親化合物の累積量が投与用量の1%未
満であり、12日目に約3~ 6%以下に増加する(投与された経口用量について腎クリアランス
CLR,ssは約14~ 約70mL/分、例えば5mg用量で腎クリアランスは約70ml/分
10 である)。2型糖尿病のヒトにおいて、BI1356はプラセボのような安全性及び耐容性を示
す。約≧5mgの低用量にもかかわらず、BI1356は、完全に24時間DPP-4阻害が持
続する真の1日1回経口薬として作用する。治療経口用量レベルで、BI1356は主に肝臓を
経て排泄され、わずかな程度だけ(投与された経口用量の約<7%)腎臓を経て排泄される。B
I1356は主に胆汁を介してそのまま排泄される。BI1356の腎臓を経て排除されるフラ
15 クションは、経時的及び用量増加につれてほんのわずかしか増加しないので、患者の腎機能に基
づいてBI1356の用量を修正する必要がないと予想される。その低い蓄積の可能性と広い安
全域を併せ持つBI1356の非腎臓排除は、腎不全及び糖尿病性腎症の罹患率が高い患者集団
において有意な利益と成り得る。
【0078】
20 表3:定常状態におけるBI1356の薬物動態学パラメーターの幾何平均(gMean)及び
幾何変動係数(gCV)(12日目)
【実施例】
【0087】
リナグリプチン s.c.投与及びその血漿中のDPP-4阻害
5 リナグリプチンの皮下(s.c.)投与及び血漿中のDPP-4阻害は、作用の効力及び持続時間
の点で経口投与に匹敵し得る。このことは、リナグリプチンを s.c.インスリンとの配合剤で用い
るのに適したものにし得る。
雄性ZDFラット(n=5)を種々濃度のBI1356を用いて皮下(s.c.)投与計画(0.
5ml/kgのNaCl溶液中0.001mg/kg、0.01mg/kg、0.1mg/kg及び
10 1mg/kg)で治療し、3mg/kgの経口(p.o.)投与(0.5%ナトロゾール中、体積5m
g/kgの適用)と比較した。
EDTA血漿中のDPP-4活性を薬物投与1、3、5、7、24、31、48、72時間後
に検出した(イソフルラン麻酔下静脈穿刺により舌下静脈から採血した)。
0.01mg/kg(s.c.投与)からの用量のBI1356は、コントロールに比べてDPP-
5 4活性の有意な阻害を示した。0.1mg/kg及び1mg/kgの用量(s.c.投与)のBI13
56は、7時間にわたって64%を超える持続的なDPP-4阻害を示した。1mg/kgの s.c.
用量は、作用の効力及び持続時間の点で3mg/kgの経口用量に匹敵した。
図1: リナグリプチン s.c.投与後の血漿中のDPP-4活性。
【0088】
10 体重、総体脂肪、肝臓脂肪及び筋細胞内脂肪に及ぼすリナグリプチンの効果
さらなる研究では、食事性肥満(DIO)の非糖尿病モデルにおける体重、総体脂肪、筋細胞
内脂肪、及び肝臓脂肪に及ぼすリナグリプチンによる慢性治療の効力を食欲抑制薬シブトラミン
と比較して調査する。
ラットに高脂肪食事を3カ月間与え、さらに6週間、高脂肪食事を続けながらビヒクル、リナ
15 グリプチン(10mg/kg)、又はシブトラミン(5mg/kg)のどれかを与える。治療前
と研究の最後に総体脂肪、筋肉脂肪、及び肝臓脂肪の磁気共鳴分光法(MRS)分析を行なう。
シブトラミンはコントロールに対して有意な体重減少(-12%)をもたらすが、リナグリプチ
ンは有意な効果を示さない(-3%)。総体脂肪もシブトラミンによって有意に減少するが(-1
2%)、リナグリプチン治療動物は有意な減少を示さない(-5%)。しかしながら、リナグリプ
20 チン及びシブトラミンは両方とも筋細胞内脂肪を大きく減少させる(それぞれ、-24%及び-3
4%)。さらに、リナグリプチンによる治療は肝臓脂肪を非常に減少させ(-39%)、一方でシ
ブトラミン(-30%)の効果は有意性に達しない(表4参照)。従って、リナグリプチンは、体
重には中立的であるが、筋細胞内脂肪及び肝臓脂肪の蓄積を改善する。
【0089】
25 表4:体重、総体脂肪、肝臓脂肪及び筋細胞内脂肪に及ぼすリナグリプチンの効果
【0090】
結論として、リナグリプチン治療は筋細胞内脂肪及び肝臓脂肪の大きな減少を誘発し、両方と
も体重減少とは無関係である。筋肉脂肪及び肝臓脂肪に及ぼすシブトラミンの効果は主に、この
5 化合物によって誘発される既知の体重減少に起因する。
【0091】
糖尿病の発症の遅延及び非肥満1型糖尿病における β 細胞機能の保存:
膵T細胞遊走の減少及びサイトカイン産生の変化が膵島炎発症の重要な役割を果たすと考えら
れているとはいえ、膵細胞プールに関する正確な機構及び効果は未だに完全には理解されていな
10 い。リナグリプチンが膵臓炎症及びβ 細胞質量に及ぼす効果を評価する試みにおいて、膵臓細胞
変化の終末立体解析学的評価に加えて60日の実験期間にわたって非肥満糖尿病(NOD)マウ
スの糖尿病の進行を調査する。
研究には60匹の雌性NODマウス(10週齢)を含め、研究期間中ずっと通常の固形飼料食
事又はリナグリプチン含有食事(0.083gのリナグリプチン/kg(固形飼料); 経口で3
15 ~ 10mg/kgに相当する)を与える。隔週で血漿サンプルを得て糖尿病の発症(BG>11
nmol/1)を決定する。最後に、活性GLP-1レベルの評価のため膵臓を除去して終末血
液サンプルを得る。
研究期間の最後には、糖尿病の発症率がコントロール群(30匹のうち18匹、p=0.021)
に比べてリナグリプチン治療マウス(30匹のうち9匹)で有意に減少する。その後の β 細胞質
量の立体解析学的評価(インスリン免疫反応性によって同定)は、リナグリプチン治療マウスの
有意に大きいβ細胞質量(ビヒクル0.18±0.03mg;リナグリプチン0.48±0.09m
g、p<0.01)及び総膵島質量(ビヒクル0.40±0.04mg;リナグリプチン0.70±0.
09mg、p<0.01)を実証する。リナグリプチンは膵島周囲浸潤性リンパ球を減少させる傾
5 向がある(1.06± 0.15;リナグリプチン0.79± 0.12mg、p=0.17)。予想通
りにリナグリプチン治療マウスでは活性血漿GLP-1が終末により高い。
要約すれば、データはリナグリプチンが1型糖尿病モデル(NODマウス)で糖尿病の発症を
遅延させ得ることを実証する。この動物モデルで観察できる明白なβ細胞節約効果は、該DPP
-4阻害が活性GLP-1レベルを増やすことによって β 細胞を保護するのみならず、直接又
10 は間接的な抗炎症作用をも発揮し得ることを示している。
【図1】
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