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令和7(行ケ)10055審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和8年6月23日
事件種別 民事
対象物 15-ケト-プロスタグランジン類を含む薬物誘発性便秘処置用組成物
法令 特許権
キーワード 実施67回
審決34回
無効27回
進歩性6回
特許権5回
無効審判4回
優先権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用(補助参加により生じた費用を含む。)は原
事件の概要 本件は、原告が、特許無効審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事案 である。

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判決文

令和8年6月23日判決言渡
令和7年(行ケ)第10055号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和8年4月23日
判 決
5 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用(補助参加により生じた費用を含む。)は原
告の負担とする。
10 事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2023-800077号事件について令和7年4月22日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
15 本件は、原告が、特許無効審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事案
である。
1 特許庁における手続の経緯等(証拠を掲記していない事実は、当事者間に争い
がないか、又は当裁判所に顕著である。証拠の掲記に際し、枝番号の表記は省略
した。)
20 ⑴ 特許
スキャンポ・アーゲー(後に「スキャンポ・ゲゼルシャフト・ミット・ベシ
ュレンクテル・ハフツング」と商号変更。以下、商号変更の前後を問わず、
「脱
退被告」という。)は、平成13年5月2日(以下「本件優先日」という。)に
された特許出願に基づく優先権を主張して、発明の名称を「15-ケト-プロ
25 スタグランジン類を含む薬物誘発性便秘処置用組成物」とする発明について、
平成14年4月26日を国際出願日とする特許出願(特願2002-5869
47号)をし、平成21年6月26日、設定登録を受けた(特許第43323
53号。請求項の数8。以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許権を「本
件特許権」と、本件特許の出願時の願書に添付された明細書を「本件明細書」
といい、
【】の記号は、本件明細書に記載された発明の詳細な説明の段落番号を
5 示す。)。
⑵ 無効審判請求
原告は、令和5年12月9日、本件特許の請求項1から8までに係る発明の
特許につき、特許無効審判請求をした(無効2023-800077号事件)。
脱退被告は、上記無効審判請求事件において、令和6年5月17日、本件特
10 許の特許請求の範囲を訂正すること
(請求項2及び3を削除する訂正を含む。)
を求める訂正請求をした(以下、この訂正を「本件訂正」という。)。
特許庁は、令和7年4月22日、本件訂正を認めた上で、
「特許第43323
53号の請求項1、4~8に係る発明についての本件審判の請求は成り立たな
い。特許第4332353号の請求項2及び3についての本件審判の請求を却
15 下する。」との審決(以下「本件審決」という。)をして、その謄本は、同年5
月7日、原告に送達された。
原告は、同年6月5日、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
⑶ 本件特許権の移転と訴訟引受け
脱退被告は、本件特許権を被告に譲渡し、令和7年12月16日受付をもっ
20 て、本件特許権の移転登録がされた。
当裁判所は、令和8年2月6日、脱退被告の申立てにより、被告に本件訴訟
を引き受けさせる旨の決定をした。
脱退被告は、同年3月4日の本件第3回弁論準備手続期日において、原告の
承諾を得て本件訴訟から脱退した。
25 2 特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び5から8までは、いずれも同請求
項4記載の発明(以下「本件訂正発明4」といい、請求項1及び5から8までに
記載された発明と併せて「本件各訂正発明」という。)の発明特定事項を備え、更
に別の特定事項により限定されている。請求項4の記載(本件訂正発明4)は、
次のとおりである。
5 【請求項4】
一般式(II):
【化1】

[式中、Lはオキソ、Mはヒドロキシ;
10 Aは、-COOHまたはその塩、エステルもしくはアミド;
Bは、-CH2-CH2-;
X1およびX2は、水素、低級アルキルまたはハロゲンであって、X1および
X2の少なくとも一方はハロゲンである;
R1は、非置換の二価の飽和または不飽和の炭素数1〜14の直鎖または分
15 枝鎖を有する脂肪族炭化水素(ただし、側鎖は炭素数1〜3のものである);
R2は、単結合または低級アルキレン;そして、
R3は、低級アルキル](判決注:以下、単に「一般式(II)」という。)
で示される13,14-ジヒドロ-15-ケト-16-モノ-またはジ-ハ
ロゲン-プロスタグランジンE化合物を有効成分として含む、オピオイド化合
20 物または抗コリン作用薬による薬物誘発性便秘処置用組成物であって、
13,14-ジヒドロ-15-ケト-16-モノ-またはジ-ハロゲン-プ
ロスタグランジンE化合物が13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,16
-ジフルオロ-プロスタグランジンE1である組成物。
3 原告が審判段階で主張した無効理由
⑴ 無効理由1(進歩性欠如)
本件特許の請求項1から8までに係る発明は、甲3(特開平2-109号公
報)に記載された発明、甲5から10まで、13、16及び17に記載された
5 事項並びに本件優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をする
ことができたものである。
⑵ 無効理由2(実施可能要件違反)
本件特許の請求項1から8までに係る発明は、比較例の薬物に比べて効果が
あることを当業者が検証しようと試行錯誤を繰り返しても実施できず、発明の
10 詳細な説明は、請求項1から8までに係る発明を当業者が実施できる程度に明
確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
⑶ 無効理由3(サポート要件違反)
本件特許の請求項1から8までに係る発明は、比較例の薬物に比べて効果が
あるという課題の解決を当業者が具体的に認識できないから、発明の詳細な説
15 明に記載されたものであるとはいえない。
⑷ 無効理由4(明確性要件違反)
本件特許の請求項1から8までの記載は、当該記載に係る発明につき、顕著
な効果の存在が立証されていないものであり、第三者の利益が不当に害される
ほどに不明確である。
20 4 本件審決の理由の要旨
⑴ 無効理由1(進歩性欠如)について
ア 甲3の記載等
甲3には、次の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されていると認め
られる。
25 「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,16-ジフルオロ-PG
E2メチルエステルを有効成分として含有する下剤。」
また、甲3には、次の記載がある。
(ア) 下剤は、次の3つ機序の1つ又はその組合せにより、便の水分含量を増
加させ、腸内容物の移動を速めることにより作用する。
(イ) 3つの機序とは、(i) 水と電解質がその薬物の親水性又は浸透圧のため
5 に腸内腔に保持され、そのために腸内容積が増し、間接的に移動が速くな
る、(ii) 薬剤が腸粘膜に作用して電解質と水の正常な吸収総量を減少さ
せ、水分量が増すために間接的に腸内容物の移動が速くなる、(iii) 薬剤
がまず腸運動に作用して移動を速め、水と電解質の吸収総量は吸収される
時間が減るために間接的に減少する、といったものである(以下、これら
10 の機序による作用を番号に応じて「(i)の作用」などということがある。)。
(ウ) 甲3に記載された発明の下剤が含有する有効成分のうち、特に好ましい
ものは、
「5-6位の炭素結合が二重結合である」
(以下「態様α」という。)
又は「炭素数が20~22である」
(以下「態様β」という。)であり、別
の好ましい一群は、「五員環上の9位にケトンを有し11位に水酸基を有
15 するPGEタイプである」(以下「態様γ」という。)。
(エ) 甲3発明の有効成分である「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,
16-ジフルオロ-PGE2メチルエステル」
(甲3の実施例における「被
験薬8」。以下「甲3発明化合物」という。)は、上記の態様α、態様β及
び態様γの条件を全て満たす化合物である。
20 イ 技術常識の認定
本件優先日当時の技術常識として、次のものが認められる。
(ア) プロスタグランジン類(以下「PG類」という。)の分類は部分的な化学
構造の特徴に基づくものであり、五員環構造の違いによって、
「PGA類」、
「PGB類」、
「PGC類」、
「PGD類」、
「PGE類」、
「PGF類」及び「P
25 GJ類」等に分類され、側鎖部分の特定位置の二重結合の数により、
「PG
1 」
(二重結合が13-14位に1つ)、
「PG2」
(二重結合が5-6位及び
13-14位に合計2つ)、
「PG3」
(二重結合が5-6位、13-14位
及び17-18位に合計3つ)に分類され、例えば、
「PGE類」であって
側鎖部分が「PG1」であるものが「PGE1(プロスタグランジンE1)
類」と表記されるものであり、「PGE類」であって側鎖部分が「PG 2」
5 であるものが「PGE2(プロスタグランジンE2)類」と表記されるもの
である。また、上記のとおり、
「PG1」、
「PG2」及び「PG3」の違いは、
側鎖部分の二重結合の数及び位置に基づくものであるが、二重結合の部分
が単結合に変換された誘導体の場合、例えば、化合物の名称中に「PGE
1 」や「PGE2」といった表記が存在しても、必ずしも「PGE1」や「P
10 GE2」の特徴となる構造を有するものとはいえない。
(以下、これを「技
術常識A」という。)
(イ) PG類であるからといって、全てが同様の生理活性を有しているわけで
はない。(以下、これを「技術常識B」という。)
(ウ) モルヒネ等のオピオイド化合物や三環系抗うつ剤等の抗コリン作用薬の
15 使用による副作用として便秘が誘発される。
(以下、これを「技術常識C」
という。)
(エ) モルヒネ等のオピオイド化合物は、胃、小腸及び大腸並びに肛門の全て
に対して便秘作用を及ぼす。(以下、これを「技術常識D」という。)
(オ) ラット又はマウスを実験動物とする場合に、大腸での移動度や肛門の状
20 態を確認することなく、小腸における炭マーカーの移動度のみにより、薬
物誘発性便秘及びその改善を評価することが、
「炭食餌(チャコール・ミー
ル)試験」という慣用的な手法の一つとして確立されていた。
(以下、これ
を「技術常識E」という。)
ウ 本件訂正発明4と甲3発明の対比
25 本件訂正発明4と甲3発明を対比すると、次のとおりである。
(ア) 一致点
一般式(II)で示される13,14-ジヒドロ-15-ケト-16-モ
ノ-またはジ-ハロゲン-プロスタグランジンE化合物を有効成分として
含む、組成物。
(イ) 相違点1
5 「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16-モノ-またはジ-ハロゲ
ン-プロスタグランジンE化合物」が、本件訂正発明4では「13,14
-ジヒドロ-15-ケト-16,16-ジフルオロ-プロスタグランジン
E1」であるのに対し、甲3発明では「13,14-ジヒドロ-15-ケト
-16,16-ジフルオロ-PGE2メチルエステル」である点。
10 (ウ) 相違点2
組成物の用途が、本件訂正発明4では「オピオイド化合物または抗コリ
ン作用薬による薬物誘発性便秘処置用」であるのに対し、甲3発明では「下
剤」である点。
エ 検討
15 (ア) 相違点1について
甲3発明における「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,16-
ジフルオロ-PGE2メチルエステル」
(甲3発明化合物。以下「甲3のP
GE2化合物」ともいう。)と、本件訂正発明4における「13,14-ジ
ヒドロ-15-ケト-16,16-ジフルオロ-プロスタグランジンE 1」
20 (以下「本件PGE1化合物」という。)は、化学構造式として並べて示す
と、次のとおりである。

両者の化合物は、五員環上の9位にケト基を有し11位に水酸基を有す
るので、いずれも「PGE」誘導体に該当するところ、(a) 5-6位の炭
素結合が、甲3発明化合物(甲3のPGE 2化合物)では「二重結合」で
あるのに対し、本件PGE1化合物では「単結合」である点、(b) 1位の
カルボキシル基が、甲3発明化合物(甲3のPGE 2化合物)では「メチ
5 ルエステル化されている」のに対し、本件PGE 1化合物では「遊離酸」
である点、の2点において化学構造に相違する部分が存在する。
甲3には、
「本発明」とされる「下剤」が含有する有効成分の「15-ケ
ト-16-ハロゲン-PG類」の態様についての一般的な説明のほか、合
成例として3つの具体的な製造例や、4つの合成チャート(I~IV)が記
10 載されており、下剤の効果に係る試験の結果が示された実施例1から6ま
でにおいて、
「15-ケト-16-ハロゲン-PG類」の具体例として被験
薬2から10まで、12から18までの化合物が用いられたことが記載さ
れている。
しかし、5-6位の炭素結合が「単結合」であり、かつ、1位のカルボ
15 キシル基が「遊離酸」である化合物は、「PGA 1類」である「被験薬9」
の「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16R,S-フルオロ-Δ 2-
PGA1」だけであり、甲3における「15-ケト-16-ハロゲン-P
G類」の態様の一般的な説明からは、甲3発明化合物との2点の化学構造
の相違部分を有する本件PGE1化合物に係る構成が当然に想定され得る
20 ものではない。また、甲3には、
「本件PGE 1化合物」のように側鎖部分
の炭素結合に二重結合が1つもないPG類の具体例は、全く記載されてい
ない。
加えて、甲3発明化合物(被験薬8の化合物)は、
「態様α」、
「態様β」
及び「態様γ」の3つの条件を全て満たし、実施例における具体的な下剤
25 の効果に係る試験の結果においても、最も優れた「エンテロプーリングE
D50」値を示す「(ii)の作用」が非常に強い化合物であり、腹痛などの
副作用をもたらす「腸管収縮作用」
(「(iii)の作用」)も小さい点で、特に
優れた化合物であるといえるから、その構造を敢えて変換するという積極
的な動機は見いだせない。
そうすると、甲3発明において、甲3発明化合物(甲3のPGE 2化合
5 物)を本件PGE1化合物に代えて、相違点1に係る本件訂正発明4の構
成を採用することは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
(イ) 相違点2について
甲3には、
「本発明」とされる下剤の有効成分である「15-ケト-16
-ハロゲン-PG類」が、下剤の3つの作用機序のうち、
「エンテロプーリ
10 ング作用((ii)の作用)」が強い一方、「腸管収縮作用((iii)の作用)」
がないか極めて軽微であることが記載されており、腸管輸送能の促進作用
も顕著で、動物やヒトにおいて顕著な瀉下作用を有し、下痢症状からの回
復もすみやかで、緩下剤や峻下剤などの下剤として有用であり、便秘の治
療又は予防に用いることができる旨が記載されている。しかし、
「オピオイ
15 ド化合物または抗コリン作用薬による薬物誘発性便秘処置」に適用できる
ことについては、何ら記載されていない。
本件優先日当時、薬物誘発性便秘の処置について、一般的に下剤等であ
れば有効であるといった技術常識や、
「エンテロプーリング作用((ii)の
作用)」を作用機序とする下剤等が有効であるといった技術常識が存在し
20 たとはいえず、むしろ、甲3では望ましくないとされている「腸管収縮作
用((iii)の作用)」を作用機序とする下剤等が有効であるとされていたこ
とを考慮すると、甲3発明の「下剤」を「薬物誘発性便秘」の処置に適用
することは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
(ウ) 効果について
25 実施例1及び4において、被験物質を投与せずに便秘誘発薬物を投与し
た場合には、陽性例動物数(盲腸内に黒鉛マーカー等が確認されたマウス
の数)が、便秘誘発薬物を投与していない場合及び被験物質とともに便秘
誘発薬物を投与した場合に対し有意に少なく、また、被験物質が投与され
た場合には、投与量に依存して陽性例動物数が増加しているから、被験物
質(本件PGE1化合物)の投与により、便秘誘発薬物により生じた小腸
5 における経口投与物の移動の滞りが軽減されたことが理解できる。
また、本件優先日当時において、大腸での移動度や肛門の状態を確認す
ることなく、小腸における炭マーカーの移動度のみにより、薬物誘発性便
秘の改善の評価をすることは、慣用的手法の1つとして確立されていたと
いえるから(技術常識E)、本件明細書に記載された実施例1及び4によっ
10 て、被験物質により、薬物誘発性便秘が改善されていることは、当業者が
十分に理解できる事項である。
また、実施例3においては、モルヒネの鎮痛効果が、被験物質によって
消失しないことが確認されているところ、本件PGE 1化合物が、高用量
で投与しても、オピオイド化合物であるモルヒネの鎮痛作用に対して影響
15 を与えないことが確認できる。
以上によれば、本件訂正発明4は、オピオイド化合物の鎮痛作用を損な
うことなく、薬物誘発性便秘を改善できるという、当業者が予測できない
顕著な効果を奏するものと認められる。
オ 本件訂正発明4についてのまとめ
20 以上によると、本件訂正発明4は、甲3に記載された発明、甲5から10
まで、13、16及び17に記載された事項並びに本件優先日当時の技術常
識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
カ 本件訂正発明1及び5から8までについて
本件訂正発明1及び5から8までは、いずれも、本件訂正発明4の発明特
25 定事項を全て備えており、更に別の特定事項による限定がされたものである
ところ、上記アからオまでに述べたのと同様の理由により、当業者が容易に
発明をすることができたものではない。
⑵ 無効理由2(実施可能要件違反)について
本件各訂正発明の有効成分である本件PGE1化合物は、本件明細書の記載
及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、当業者
5 が製造できるものである。また、本件明細書の発明の詳細な説明において本件
PGE1化合物が薬物誘発性便秘に使用できることにつき薬理データが記載さ
れているから、当業者が、当該用途の医薬として使用できることを理解できる
ものである。
したがって、本件各訂正発明について、本件明細書の記載は、当業者がこれ
10 らの発明の実施をすることができる程度に、明確かつ十分に記載されていると
いえる。
⑶ 無効理由3(サポート要件違反)について
本件明細書に記載された実施例では、本件各訂正発明の有効成分である本件
PGE1化合物を被験物質として用い、薬物誘発性便秘を生じ得る状況下のマ
15 ウスによる動物実験の結果を示すことで、本件PGE1化合物が、薬物の主作
用を実質的に損なうことなく、薬物誘発性便秘に有効であることを理解できる。
したがって、本件各訂正発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発
明の詳細な説明の記載又は示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると
認識できる範囲のものであるといえる。
20 ⑷ 無効理由4(明確性要件違反)について
本件各訂正発明に係る請求項の記載において、「13,14-ジヒドロ-1
5-ケト-16,16-ジフルオロ-プロスタグランジンE1」、「オピオイド
化合物または抗コリン作用薬」及び「薬物誘発性便秘」を始めとする発明特定
事項である技術用語及びそれらの範囲は、発明の詳細な説明の記載を参照する
25 までもなく当業者にとって明確であって、第三者の利益が不当に害されるほど
に不明確といえるような点は認められない。
第3 原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(無効理由1(進歩性欠如)についての認定判断の誤り)
⑴ 技術常識の認定の誤り
ア 技術常識Bについて
5 本件審決は、甲8記載の化合物が「下剤効果ともいえる下痢の副作用がほ
とんどなかったとされている」一方、甲18記載のPGE 1誘導体は「下剤効
果といえる便秘改善効果を示したとされ」ることから、技術常識Bを認定し
ている。
しかし、甲8には、甲8記載の化合物も用量によっては便秘を克服できる
10 旨が記載されているから、甲8と甲18は、結果が同種のものであって、本
件審決のように真逆のものとして対比されるものではない。
PG類が便秘処置において全く逆の生理活性を示したという技術文献は提
示されていないから、本件審決が認定した技術常識Bは、一般論以上の意味
を持たず、便秘処置においては「PG類であるからといって全てが同様の生
15 理活性を有しているわけではない」との技術常識は適用されない。
イ 技術常識Eについて
本件審決は、技術常識Eとして、「大腸での移動度や肛門の状態を確認す
ることなく、小腸における炭マーカーの移動度のみにより、薬物誘発性便秘
及びその改善を評価する」ことが慣用的な手法として確立していたとする。
20 しかし、本件審決は、同時に、技術常識Dとして、
「モルヒネ等のオピオイ
ド化合物は、胃、小腸及び大腸、並びに、肛門の全てに対して便秘作用を及
ぼす」と認定しているから、
「小腸以外の試験が必要ないこと」を認定する根
拠が必要であるが、本件審決が根拠とした証拠には、大腸での移動度や肛門
の状態を確認しなくともよい旨の記載はない。
25 したがって、
「大腸での移動度や肛門の状態を確認することなく、小腸にお
ける炭マーカーの移動度のみにより」という部分の技術常識Eに係る認定は
誤っている。
⑵ 相違点1について
①本件訂正発明4は、甲3発明と同じ発明者によるものであること、②本件
優先日当時、甲3発明化合物(被験薬8)のPGE2メチルエステルは下剤と
5 して既知の化合物であり、また、本件PGE 1化合物はその構造式を含めて既
知の化合物であったこと(甲19)、③甲3(主引用例)には、
「合成チャート
Ⅰ」として、
「5-6位の炭素結合が単結合であること」に加えて「側鎖部分の
炭素結合に二重結合が1つもないPGE 1の具体例」が記載され、炭素結合に
関する記載もあること、④被験薬8については、エンテロプーリング作用の試
10 験及び腸管収縮作用の試験は行われたが、腸管輸送能の試験及び瀉下作用の試
験は行われていないこと、⑤カルボキシル基を有する化合物において、エステ
ル誘導体が良いか、塩又は遊離酸の方が良いかは化合物により異なるため、医
薬有効成分として最適な形態の化合物を見つけることは開発の現場で当然に行
われるところ、甲3には「本発明に用いる15-ケト-16-ハロゲン-PG
15 類は、塩であってもあるいはカルボキシル基がエステル化されていてもよい。」
と記載されていること、⑥甲8及び18に記載のPGE1化合物は量によって
は便秘改善効果がある旨の記載があること、⑦PG類が便秘処置において全く
逆の生理活性を示したという技術文献等が提出されていないこと等の事実関係
を総合すると、当業者は、甲3のPGE 2化合物の5-6位の炭素結合を二重
20 結合から単結合とし、また、1位のカルボキシル基がメチルエステル化されて
いるものを遊離酸とする動機付けがあったといえ、これを阻害する要因はない。
⑶ 相違点2について
本件優先日当時、薬物誘発性便秘の処置のために用いられる下剤等として複
数の薬剤があることが技術常識であったところ、下剤と薬物誘発性便秘処置薬
25 の両者には作用機序の関連性が認められる。動機付けを肯定するために、本件
審決が説示するような、下剤であれば当然に薬物誘発性便秘の処置にも有効で
あるといった技術常識までは必要ではない。かえって、(ii)の作用を有する下
剤が薬物誘発性便秘の処置に使用できないといった技術常識もないから、当業
者は、(ii)の作用を有する下剤を、薬物誘発性便秘の処置にも用いようとした
というべきである。
5 ⑷ 効果について
技術常識Eの認定が誤っていることは前記⑴イのとおりであるところ、本件
明細書の発明の詳細な説明には、実施例1及び4として、マウスに投与した黒
鉛マーカーが小腸を通過して盲腸に達したかのみを評価しており、糞便を直接
評価していない。本件審決が認定した技術常識Dのとおり、オピオイド化合物
10 は、小腸のみならず、胃、大腸及び肛門の全てに対して便秘作用を及ぼし、抗
コリン作用薬についても同様であるから、小腸における移動度を評価するだけ
ではなく、最終的に体外に排泄される糞便を直接評価しなくては、便秘解消効
果の程度を確認する評価方法としては不適切である。
また、本件明細書に記載された実施例の試験は、甲57、58及び63に記
15 載されたチャコール・ミール試験とは異なる、有利な条件での設計がされてい
るほか、比較対象としても小腸では薬効を発揮しない薬物を用いていることか
ら、やはり不適切である。
このような本件明細書の記載によっては、当業者が予測できない顕著な効果
を奏したということはできない。
20 ⑸ 小括
以上によると、本件訂正発明4は、甲3に記載された発明並びに本件優先日
当時の技術常識や公知技術に基づいて、当事者が容易に発明をすることができ
たものである。
また、本件訂正発明4に加えて、
「溶媒である脂肪酸のトリグリセライドとと
25 もに、ソフトカプセルにしてなる」との発明特定事項が加えられた本件訂正発
明1についても、これらの発明特定事項に係る構成は技術常識に属することか
ら、甲3に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたもので
ある。
さらに、本件訂正発明5から8までは、本件訂正発明4に加えて、便秘を誘
発する薬物を発明特定事項としたものであるが、これらの薬物が便秘を誘発す
5 ることは本件優先日当時公知であったことから、本件訂正発明5から8までも、
甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
である。
以上に反して、本件各訂正発明について進歩性欠如の無効理由1を認めなか
った本件審決には、結論に影響を及ぼす誤りがある。
10 2 取消事由2(無効理由3(サポート要件違反)についての認定判断の誤り)
医薬の発明においてサポート要件を充足するというためには、発明の課題を解
決できることの具体的な裏付けや合理的な説明が必要と解すべきである。
本件各訂正発明の課題は、本件審決の認定によると、「薬物の主作用を実質的
に損なうことなく、薬物誘発性の便秘に強い拮抗作用を有する薬物誘発性便秘処
15 置用組成物を提供すること」であるから、当該組成物が薬物誘発性便秘に強い拮
抗作用を有することが、当業者により認識できる必要がある。そして、強い拮抗
作用を有するというには、比較例の薬物との間で相対的に強い拮抗作用を有して
いることが確認される必要がある。
しかるところ、前記1⑷のとおり、本件明細書の実施例では、マウスに投与し
20 た黒鉛マーカーが小腸を通過して盲腸に達したかのみを評価しており、糞便を直
接評価していないし、甲57、58及び63に記載されたチャコール・ミール試
験とは異なる、有利な条件での設計がされているほか、比較対象としても小腸で
は薬効を発揮しない薬物を用いていることから不適切な試験というほかない。
以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例は、意図的
25 な試験結果を導き出すために恣意的に条件を設定した不適切なものであって、発
明の課題を解決できることの具体的な裏付けや合理的な説明を伴わないものであ
るから、当業者において、本件各訂正発明の課題を解決できることを理解するこ
とができない。
したがって、本件各訂正発明につき、サポート要件違反があるというべきであ
って、これと異なる本件審決の判断には、結論に影響を及ぼす誤りがある。
5 3 取消事由3(無効理由2(実施可能要件違反)についての認定判断の誤り)
前記2のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例は、チャ
コール・ミール試験とはいえない有利な条件での設計がされているなど、不適切
なものである。
そうすると、実施例に記載された薬理データ自体が不適切であって、比較例の
10 薬物と比べて効果があるかはもちろん、薬物誘発性便秘の処置に有効であること
も当業者は理解できないから、本件各訂正発明に係る組成物が薬物誘発性便秘の
処置に有効であるか否かにつき、過度な試行錯誤を余儀なくされるというべきで
ある。
したがって、本件各訂正発明につき、実施可能要件違反があるというべきであ
15 って、これと異なる本件審決の判断には、結論に影響を及ぼす誤りがある。
4 取消事由4(無効理由4(明確性要件違反)についての認定判断の誤り)
明確性要件の充足の有無は、特許請求の範囲の記載のみならず、明細書及び図
面の記載も考慮して判断されるべきものである。
本件各訂正発明については、前記2及び3のとおり、本件明細書において、比
20 較例の薬物に比べて効果があるかどうかはもちろん、薬物誘発性便秘に有効であ
ることも当業者が理解できる程度に記載されていないから、本件各訂正発明にお
ける「薬物誘発性便秘処置用組成物」との構成要件は、薬物誘発性便秘に対して
どの程度の効果を発揮する物質がこれに該当するのか否かの境界が、第三者の利
益を不当に害するほどに不明確である。
25 したがって、本件各訂正発明につき、明確性要件違反があるというべきであっ
て、これと異なる本件審決の判断には、結論に影響を及ぼす誤りがある。
第4 被告及び被告補助参加人の反論
1 取消事由1(進歩性欠如)について
⑴ 技術常識の認定の誤りをいう点について
ア 技術常識Bについて
5 原告は、本件審決が認定した技術常識Bについて、一般論以上の意味を持
たず、便秘処置においては「PG類であるからといって全てが同様の生理活
性を有しているわけではない」との技術常識は適用されない旨主張する。
しかし、医薬の分野においては、化合物の置換基や化学構造の相違がその
化合物の薬理活性の有無や程度に影響を与え得ることが技術常識である。主
10 引用例である甲3をみても、甲3発明に係る「被験薬8」以外に、多くのプ
ロスタグランジン化合物についてエンテロプーリング試験が実施されている
が、その活性は構造により様々である。また、甲8に記載の化合物が下剤と
しての活性をほとんど示さない一方で、甲18に記載の化合物は下剤として
有用であり得る程度の活性を示している。
15 したがって、本件審決が認定した技術常識Bに誤りはないし、これが便秘
処置には適用されないということもない。
イ 技術常識Eについて
原告は、本件審決が認定した技術常識Eについて、「大腸での移動度や肛
門の状態を確認することなく、小腸における炭マーカーの移動度のみにより」
20 という部分の認定は誤っている旨主張する。
しかし、チャコール・ミール試験は、瀉下効果を定量的に評価する手法と
して確立されたものであり、薬物によって誘発された便秘作用を評価する目
的で、小腸におけるチャコール・ミールの移動の程度を測定することや、そ
の程度によって薬物誘発性便秘に対する拮抗薬を評価することが、多数の文
25 献に記載されている(甲57、58、60~64)。
したがって、本件審決が認定した技術常識Eに誤りはない。
⑵ 相違点1について
原告は、前記第3の1⑵の①から⑦までのとおり主張して、当業者は、甲3
のPGE2化合物の5-6位の炭素結合を二重結合から単結合とし、また、1
位のカルボキシル基がメチルエステル化されているものを遊離酸とする動機付
5 けがあったといえる旨主張する。
しかし、③について、甲3に記載されているのは単なる合成チャートにすぎ
ず、実際にPGE2構造からPGE1構造に変換された製造例や、PGE1化合
物の薬理試験は一切開示されていない上、甲3には、PG類の好ましい態様と
して、
「5-6位の炭素結合が二重結合であるもの」
(態様α)が示されており、
10 5-6位の炭素結合が単結合である化合物のエンテロプーリング作用が劣って
いることなどからすると、甲3のPGE 2化合物から、あえて好ましい「態様
α」の条件を満たさなくなるように、5-6位の炭素結合を二重結合から単結
合に変換等して、本件PGE1化合物とすることが容易であったということは
できない。
15 ②の前段及び④について、甲3に開示された発明は「エンテロプーリング作
用を有する下剤」であるところ、特に強いエンテロプーリング作用を示した被
験薬8が好ましい化合物と認定されるべきである。
②の後段及び⑥について、甲8に記載のPGE1化合物は、下剤としての作
用をほとんど有しないものであるし、甲18に記載のPGE 1化合物は、甲3
20 のPGE2化合物とも本件PGE1化合物とも全く異なるものである。甲19に
は、本件PGE1化合物の化学構造が示されているのみであって、下剤として
有用であるかも不明である。いずれも、当業者が甲3のPGE 2化合物を本件
PGE1化合物とする動機付けとなるものではない。
⑶ 相違点2について
25 原告は、下剤と薬物誘発性便秘処置薬の両者には作用機序の関連性が認めら
れるとか、(ii)の作用を有する下剤が薬物誘発性便秘の処置に使用できないと
の技術常識はないなどとして、相違点2に係る容易想到性が認められる旨主張
する。
しかし、本件優先日当時、薬物誘発性便秘に対しては、主として腸管運動亢
進作用((iii)の作用)を有する下剤が主に用いられており、補助的に(i)の作
5 用の下剤が用いられていた。これに対し、甲3では、(iii)の作用を好ましくな
い腹部不快感をもたらすものとし、甲3のPGE 2化合物は、同作用を有さな
いか、極めて軽微としている。したがって、甲3に接した当業者は、薬物誘発
性便秘に対する有効性が低いと予想するのであり、薬物誘発性便秘の処置に用
いることの動機付けは認められない。
10 ⑷ 効果について
原告は、本件明細書に記載された実施例に係る試験について、小腸の通過の
みを評価して糞便を直接評価していないことや、甲57、58及び63に記載
されたチャコール・ミール試験とは異なる設計であることから、不適切な試験
であって、このような試験結果の記載によっては、当業者が予測できない顕著
15 な効果を奏したということはできない旨主張する。
しかし、本件審決による技術常識Eの認定が正しいことは、前記⑴イのとお
りである。また、下剤のスクリーニング又は効力を検定する方法としては、便
の形状、排便量、排便回数等を観察する方法もあるが、本件明細書の実施例の
ように、着色物質を経口投与してその腸管内移行を追跡する方法もあり、試験
20 の目的に応じて選択されるものである。
本件明細書に記載された実施例の試験は、甲57、58及び63に記載され
た試験と最終的な評価方法は異なるものの、いずれもマーカーを使用すること
で薬物誘発性便秘の改善を評価する方法であるから本質的には同等の試験であ
るし、実際に、同試験により、本件PGE 1化合物が低用量で薬物誘発性便秘
25 の処置に有効であること、高用量であってもモルヒネの作用を阻害しないこと
が示されているところである。
したがって、本件各訂正発明の効果は、当業者が予測し得ない顕著なものと
いうべきである。
2 取消事由2(無効理由3(サポート要件違反)についての認定判断の誤り)に
ついて
5 原告は、本件各訂正発明の課題からすると、サポート要件を充足するというに
は、比較例の薬物との間で相対的に強い拮抗作用を有していることが確認される
必要がある旨主張する。
しかし、医薬の分野において、副作用を発現することなく主作用(治療効果)
を発現する濃度域が広い薬剤の方が望ましいことは技術常識であるところ、本件
10 明細書に記載された実施例は、本件PGE1化合物が低用量でも拮抗作用を示す
こと、用量比例的に拮抗作用が強くなること、高用量であってもモルヒネの鎮痛
作用に対して影響を与えないことを示しているのであって、本件各訂正発明の課
題に、比較の対象を組み込んで解釈する必要はない。
また、原告は、本件明細書の実施例において、黒鉛マーカーが盲腸に達したか
15 のみを評価して糞便を直接評価していないこと、甲57、58及び63に記載さ
れたチャコール・ミール試験とは異なる、有利な条件での試験設計がされている
ことなどを指摘して、実施例に係る試験が不適切である旨主張する。
しかし、前記1⑷のとおり、本件審決による技術常識Eの認定に誤りはなく、
本件明細書に記載された試験は、マーカーを使用して薬物誘発性便秘の改善を評
20 価する方法として有効であるから、当業者が本件PGE 1化合物の効果を理解で
きないということはない。
3 取消事由3(無効理由2(実施可能要件違反)についての認定判断の誤り)
原告が実施可能要件違反として主張するところは、本件各訂正発明の効果に関
する主張及びサポート要件に係る主張と実質的に同一であって、既に述べたとお
25 り理由がない。
4 取消事由4(無効理由4(明確性要件違反)についての認定判断の誤り)
本件各訂正発明は、本件PGE1化合物を有効成分として含むことが明示的に
特定された薬物誘発性便秘処置用組成物に関するものであり、その特許請求の範
囲の記載から、組成物に含まれる本件PGE1化合物は明確である。したがって、
原告の主張には理由がない。
5 第5 当裁判所の判断
1 本件各訂正発明について
特許請求の範囲及び本件明細書(甲2)並びに訂正請求書(甲76)の記載に
よると、本件各訂正発明については、次のとおりである。
⑴ 本発明は、15-ケト-プロスタグランジン化合物の薬物誘発性便秘処置の
10 ための新規用途に関する。(【0001】)
⑵ 薬物誘発性便秘とは、薬物の使用により副作用として起こる便秘である。便
秘の原因となる薬物としては、がん疼痛の制御に用いられるオピオイド系麻薬
(モルヒネ、コデイン等)、抗コリン作用薬(パーキンソン病治療剤等)が知ら
れている。例えば、オピオイドは、中枢神経系に対し抑制作用を有し、その鎮
15 痛作用は極めて強力であるため、ほとんど全ての疼痛に対して有効であるが、
他方、末梢作用として消化管に作用し止瀉作用を示す。がん患者の鎮痛対策に
モルヒネを使用しても便秘対策が不十分だとモルヒネ投与が維持できなくなり、
がん疼痛治療成績が低下してしまう。このため、モルヒネを反復投与する際に
は、確実な便秘防止が極めて重要となる。(【0003】~【0005】)
20 しかし、オピオイドによる便秘は、しばしば通常の下剤では十分にコントロ
ールされないことが報告されている。そこで、ナロキソン等のオピオイドアン
タゴニストを使用することが検討されるが、痛みの再発やオピオイド禁断症状
など、本来のオピオイド投与の目的に相反する副作用がみられたと報告されて
いる。したがって、薬物の主作用(例えばオピオイドの鎮痛作用)を損なうこ
25 となく、薬物誘発性便秘を改善するための薬剤の開発が望まれており、本件各
訂正発明は、このような薬物誘発性処置用組成物を提供することを目的とする。
(【0006】~【0008】、【0017】)
⑶ 発明者は、15-ケト-プロスタグランジン化合物が薬物誘発性便秘に対し
て優れた拮抗作用を有することを見いだした。特に、オピオイドの中枢神経系
に対する鎮痛作用に影響を及ぼさずに、オピオイド誘発性便秘に対して優れた
5 拮抗作用を有することから、該化合物がオピオイド誘発性便秘のコントロール
に極めて有効であることを見いだし、発明の完成に至った。(【0018】)
本発明の典型的な化合物の例は、13,14-ジヒドロ-15-ケト-16
モノ-又はジ-フルオロ-PGE化合物(本件PGE 1化合物)及びその誘導
体あるいはアナログである。(【0065】)
10 ⑷ 本件各訂正発明を実施例により説明する。
ア 実施例1は、雄性マウスを1群につき15匹用い、塩酸モルヒネ5mg/
kgを腹腔内投与した後、直ちに黒鉛マーカー0.1mLと、媒体5mL/
kgあるいは被験物質(本件PGE1化合物)を媒体5mL/kg中、1、
10及び100μg/kgの投与用量で経口投与した。黒鉛マーカー投与1
15 50分後に動物を頸椎脱臼後、開腹し、盲腸内の黒鉛マーカーの存在を調べ
た。各試験群の盲腸内に黒鉛マーカーが認められた動物数(陽性例動物数)
及びその割合を【表1】に示す。

被験物質投与群では、被験物質の用量依存的にモルヒネ投与直後に盲腸内
20 に黒鉛マーカーが認められた。被験物質群では、対照(モルヒネ+媒体)群
と比較し有意にモルヒネにより誘発される便秘に対して拮抗作用が認められ
た。以上の結果から、本件PGE 1化合物は、1μg/kgの低用量におい
てもオピオイド誘発性便秘に対する拮抗作用を有することが明らかとなった。
(【0092】~【0098】)
イ 実施例2は、モルヒネ投与を受けている患者の便秘の治療に臨床で用いら
れている下剤(センノシド及びピコスルファートナトリウム)のモルヒネ誘
5 発性便秘に対する効果を確認した。各物質の用量は、臨床1日用量及びその
10倍量を設定した。試験方法は実施例1と同様に行った。各試験群の陽性
例動物数及びその割合を【表2】及び【表3】に示す。

10 モルヒネ投与を受けている患者の便秘の治療に通常用いられている下剤は、
モルヒネ誘発性便秘に対して、臨床1日用量に相当する用量及びその10倍
量でも効果を示さなかった。以上の結果から、瀉下作用を有する通常の下剤
では、必ずしもオピオイド誘発性便秘に対し有効な拮抗作用を示さず、十分
な便秘のコントロールが困難であることが示唆された。
(【0099】~【0
15 107】)
ウ 実施例3は、雄性マウスの尾をクレンメで挟み、攻撃、かみつき又は鳴き
声をあげるまでの反応時間を測定した。動物18匹を被験動物として用い、
塩酸モルヒネ5mg/kgを腹腔内投与後、すぐに媒体あるいは媒体に溶解
した被験物質(本件PGE1化合物)1、10又は100μg/kgを5m
L/kgの投与用量で経口投与した。薬剤投与後30、60、90、120
及び150分後に動物の尾をクレンメで挟み、反応時間を測定した。結果を
【表4】に示す。

5 正常群の反応時間は、媒体投与後のいずれの時間においても、投与前と比
較し変化はなかった。モルヒネ+媒体群では、モルヒネ処置の30及び60
分後に正常群と比較して反応時間の有意な増加が認められ、90分後におい
ても反応時間は増加傾向にあった。120及び150分後にはモルヒネの鎮
痛効果はほぼ消失した。モルヒネ+被験物質群では、いずれの群においても
10 正常群と比較して反応時間の有意な増加が認められた。モルヒネ+媒体群と
モルヒネ+被験物質群との反応時間の間に有意な差はなく、被験物質はモル
ヒネの鎮痛効果に影響を与えなかった。以上の結果から、本件PGE 1化合
物は、100μg/kgの高用量においてもオピオイドの鎮痛作用に対して
影響を与えないことが明らかとなった。(【0108】~【0116】)
15 エ 実施例4及び5は、イミプラミン(三環系抗うつ剤)誘発性便秘に対する
拮抗作用を、実施例1及び2とほぼ同様の試験により確認したものである。
これらの結果は、本件PGE1化合物がイミプラミン誘発性便秘に対して拮
抗することを示し、他方、センノシドがイミプラミン誘発性便秘に対して効
果を示さないことを示す。(【0117】~【0124】)
20 ⑸ 本件各訂正発明は、次のとおり特定される。
一般式(II)で示される13,14-ジヒドロ-15-ケト-16-モノ又は
ジ-ハロゲン-プロスタグランジンE化合物を有効成分として含む、オピオイ
ド化合物又は抗コリン作用薬による薬物誘発性便秘処置用組成物であって、1
3,14-ジヒドロ-15-ケト-16-モノ又はジ-ハロゲン-プロスタグ
5 ランジンE化合物が13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,16-ジフル
オロ-プロスタグランジンE1である組成物である。(請求項4)
同組成物は、溶媒である脂肪酸のトリグリセライドとともに、ソフトカプセ
ルにしてなってもよい。(【0080】、請求項1)
便秘を誘発する薬物は、オピオイド化合物であって、特にモルヒネ化合物あ
10 るいはコデイン化合物であってよい。また、抗コリン作用薬であって、特に三
環系抗うつ剤であってよい。(【0087】、請求項5~8)
2 取消事由1(無効理由1(進歩性欠如)についての認定判断の誤り)について
⑴ 技術常識の認定の誤りをいう点について
ア 原告は、本件審決が認定した技術常識B(PG類であるからといって、全
15 てが同様の生理活性を有しているというわけではない)について、一般論以
上の意味を持たず、便秘の処置においては適用されないと主張する。
そこで検討すると、一般に、化合物の置換基や化学構造の相違がその化合
物の薬理活性の有無や程度に影響を与え得ることは、技術常識であるところ、
甲3には、ラット及びヒトを用いて、種々のPG類を被験薬とするエンテロ
20 プーリング作用、腸管収縮作用、腸管輸送能及び瀉下作用の試験の結果が記
載されており、各被験薬の作用は大きく異なっているから、上記技術常識は、
便秘の処置においても妥当することが明らかである。甲8(特公昭61-5
1584号公報)には、特定のプロスタグランジンE 1化合物を高用量投与
することにより、便秘を征服し得ることが、甲18(日本病院薬学会年会講
25 演要旨集13P-7-42)には、臨床の現場において、経口PGE1製剤であるオ
ルノプロスチルを投与することにより、モルヒネ投与により誘発された便秘
の改善がみられたことが、それぞれ記載されているが、これらの記載のみに
よっては、全てのPG類が同様の生理活性を有するとまで認めることは困難
であって、上記技術常識が、便秘の処置においては適用されないことを示す
ものということはできない。したがって、本件審決による技術常識Bの認定
5 に誤りはない。
イ 原告は、本件審決が認定した技術常識E(大腸での移動度や肛門の状態を
確認することなく、小腸における炭マーカーの移動度のみにより、薬物誘発
性便秘及びその改善を評価することが慣用的な手法として確立していた)に
ついて、本件審決が認定した技術常識Dからすると、技術常識Eを認定する
10 には、
「小腸以外の試験が必要ないこと」の根拠が必要であるが、そのような
証拠はないとして、本件審決による技術常識Eの認定を争っている。
そこで検討すると、証拠(甲28、57、58、60〜66)によると、
ラットに炭素末を混合した飼料(チャコール・ミール)を経口摂取させた後
に屠殺し、腸管内の炭素末の移動距離を測定して瀉下効果を定量的に比較す
15 る手法は、1931年の論文に始まり、その後、1940年代以降、モルヒ
ネ等の薬物により誘発された便秘の作用を評価するために使用され、さらに、
1970年代以降には、薬剤性便秘に対する拮抗作用を評価するためにも使
用されるようになったことが認められる。これらの試験において、大腸にお
ける炭素末の移動距離を測定した試験もあるが、多くの試験は、主として小
20 腸における炭素末の移動距離を測定して瀉下効果を評価している。以上によ
ると、本件優先日当時の技術常識として、大腸での移動度や肛門の状態を確
認せずとも、小腸における炭マーカーの移動度のみによって、薬物誘発性便
秘及びその改善を評価することが、慣用的な手法として確立していたと認め
られるから、本件審決による技術常識Eの認定に誤りはない。なお、証拠(甲
25 44、45)によると、便秘は腸管における水の過剰な吸収や腸管運動の抑
制により引き起こされ、その治療薬としては、小腸に作用するものもあれば
大腸に作用するものもあることが認められるから、小腸における瀉下作用の
みを評価することにより薬物性便秘及びその改善を評価することは、技術常
識D(モルヒネ等のオピオイド化合物は、胃、小腸及び大腸、並びに、肛門
の全てに対して便秘作用を及ぼす)と矛盾するものではない。
5 ⑵ 相違点1について
ア 本件訂正発明4と甲3発明との相違点1は、「13,14-ジヒドロ-15
-ケト-16-モノ-またはジ-ハロゲン-プロスタグランジンE化合物」
が、本件訂正発明4では「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,16
-ジフルオロ-プロスタグランジンE1」(本件PGE1化合物)であるのに
10 対し、甲3発明では「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,16-ジ
フルオロ-PGE2メチルエステル」(甲3のPGE2化合物)である点であ
る。
イ ここで、甲3には、要旨、次の記載がある。
(ア) 本発明はプロスタグランジン誘導体を含む下剤に関する。
15 (イ) PG類は、ヒト及び動物の組織や臓器に含まれる多様な生理活性を示す
一群の脂肪酸に与えられた名称である。PG類はその五員環構造によりプ
ロスタグランジンA類からJ類等に分類され、また、5-6位の炭素結合
が単結合であるPG1類、二重結合であるPG2類、5-6位及び17-1
8位の炭素結合がいずれも二重結合であるPG3類に分類される。PG類
20 には種々の薬理作用が認められている。他方、13,14-ジヒドロ-1
5-ケト-プロスタグランジン類及び15-ケト-プロスタグランジン類
(以下、併せて「15-ケト-PG類」という。)は、PG類が有する種々
の生理活性をほとんど示さず、薬理学的、生理学的に不活性な代謝物とし
て報告されてきた。本発明者は、15-ケト-PG類において、16位に
25 ハロゲン原子、特にフッ素原子を少なくとも1個以上置換した誘導体がエ
ンテロプーリング試験等の結果から強い瀉下作用を発現することを見いだ
し、本発明を完成するに至った。
(ウ) 本発明は、15-ケト-16-ハロゲン-プロスタグランジン類(以下
「15-ケト-16-ハロゲン-PG類」という。)を有効成分として含有
することを特徴とする下剤に関する。
5 下剤は次の3つの機序の1つあるいは2つ以上の組合せによって、便の
水分含量を増加させ、腸内容物の移動を速めることにより作用する。(i)
水と電解質がその薬物の親水性又は浸透圧のために腸内腔に保持され、そ
のために腸内容積が増し、間接的に移動が速くなる、(ii) 薬剤が腸粘膜
に作用して電解質と水の正常な吸収総量を減少させ、水分量が増すために
10 間接的に腸内容物の移動が速くなる、(iii) 薬剤がまず腸運動に作用して
移動を速め、水と電解質の総吸収量は吸収される時間が減るために間接的
に減少する。本発明において用いられたエンテロプーリング試験は、主に
(ii)の作用について検討されるもので、腸管内容物量を測定することによ
り、薬剤の腸管内水分貯留量への影響を判定する。本発明の15-ケト-
15 16-ハロゲン-PG類は、このエンテロプーリング作用を極めて強く発
現する。しかし、(iii)の作用を判断する上で1つの指標となる腸管収縮作
用は、ほとんど示さないか、ごく軽微なものである。
(エ) 15-ケト-16-ハロゲン体の製造法としては、例えば合成チャート
に示すような方法で得ることができる。本発明において合成法は、これに
20 限定されるものではなく、保護方法、酸化還元法等は適宜適当な手段を採
用すればよい。
(判決注:合成チャートIの中には、5-6位の炭素結合が
単結合であるプロスタグランジンE1が示されている箇所がある。)
(オ) 本発明において用いられる15-ケト-16-ハロゲン-PG類は、そ
の五員環の構造にかかわらず、あるいは二重結合やその他の置換基の有無
25 にかかわらず、16位にハロゲン原子、特にフッ素原子が少なくとも1個
以上置換することによって、エンテロプーリング作用の発現性が著しく向
上するが、特に好ましい15-ケト-16-ハロゲン-PG類としては、
5-6位の炭素結合が二重結合であるものあるいは炭素数が20から22
までの15-ケト-16-ハロゲン-PG類である。また別の好ましい一
群は、五員環上の9位にケトンを、11位に水酸基を有する、いわゆるP
5 GEタイプの15-ケト-16-ハロゲン-PG類である。
(カ) 以下、実施例を挙げて本発明を説明する。実施例1(エンテロプーリ
ング作用)は、ラットを1群5匹用い、被験薬を投与し、30分後に屠
殺して開腹し、腸管内容物量の1匹あたりの平均値を算出し、コントロ
ール群を100%としたとき、腸管内容物量を50%増量せしめた投与
10 量をED50とした。実施例2(腸管収縮作用)は、ラットから回腸を摘
出し、アセチルコリンで数回収縮させた後、被験薬を1分ごとに累積投
与した。被験薬の収縮はアセチルコリンによる収縮を100%とした比
率で表し、5%の収縮を示す濃度をED50とした。実施例3(腸管輸送
能)は、ラットに被験薬を経口投与し、30分後5%活性炭を経口投与
15 した。20分後に屠殺し、小腸の全長と炭末の到達先端までの長さを測
定し、輸送率を求めた。対照群の輸送率に対し投薬群のそれが有意に促
進するかを検定した。実施例4(瀉下作用:ラット)は、ラットに被験
薬を経口投与後、一、二時間ごとに6時間にわたって効果判定を行っ
た。糞便の判定は、床敷紙に付着するものを下痢便とみなし、1個でも
20 下痢便の認められたものは瀉下効果ありと判定した。成績は使用総動物
に対する下痢便排出動物数の比で表した。この方法により最終的な瀉下
有効率よりED50を算出した。実施例1から4までの結果を次の表-1
に示す。

被験薬 1:「プロスタグランジンE2」、2:「13,14-ジヒドロ-
15-ケト-16R,S-フルオロ-プロスタグランジンE 2メチルエス
5 テル」、3:(省略)
実施例5(瀉下作用:ヒト)は、健常男子を1群5名として2群に分け
た。1群には試験区として被験薬2を20μg含むココナッツ油を、もう
1群にはココナッツ油のみを経口投与した。試験区では、5名中4名が投
与から2時間目から5時間目に腹部膨満感を訴え、軟便から水様性の下痢
10 症状を呈した。このとき、腹痛時の副作用等を訴える者はなかった。
実施例6では、次の被験薬についてエンテロプーリング作用(実施例1
と同様)及び腸管収縮作用(実施例2と同様)を求めた。結果は次の表-
2から表-4までのとおりである。
(判決注:被験薬1から19の中には、
プロスタグランジンE1は含まれていない。)

被験薬 4〜7:
(省略)、8:「13,14-ジヒドロ-15-ケト-1
5 6,16-ジフルオロ-PGE2メチルエステル」
(甲3のPGE2化合物)、
9〜19:(省略)
(キ) 本発明で用いられる15-ケト-16-ハロゲン-PG類は、顕著なエ
ンテロプーリング作用を有し、腸管収縮に伴う腹痛などの副作用を示さな
い。また、腸管輸送能の促進作用も顕著であり、実際に動物やヒトにおい
ても顕著な瀉下作用を有する。さらに、下痢症状からの回復も速やかであ
るので、緩下剤、峻下剤などの下剤として有用である。
5 ウ 以上にみた甲3の記載によると、甲3発明は、甲3に記載されている実施
例において被験薬とされた19種のPG類のうち、最もエンテロプーリング
作用に優れ、かつ、腸管収縮作用が軽微な被験薬8(甲3のPGE2化合物)
を有効成分として含有する下剤である。そして、被験薬8、すなわち甲3の
PGE2化合物は、甲3において好ましいとされている「5-6位の炭素結
10 合が二重結合」、
「炭素数が20から22まで」及び「五員環上の9位にケト
ンを、11位に水酸基を有する」という態様を全て兼ね備えている。
そうすると、甲3の記載及び技術常識AからEまでを総合しても、甲3に
記載された被験薬のうちでエンテロプーリング作用及び腸管収縮作用の点で
最も効果が優れ、好ましい態様を全て備えている甲3のPGE 2化合物の5
15 -6位の炭素結合を二重結合から単結合に変換し、さらに1位のカルボキシ
ル基をメチルエステル化して、本件PGE 1化合物の構成とする動機付けを
見いだすことはできないというべきである。
エ 原告は、①本件訂正発明4は、甲3発明と同じ発明者によるものであるこ
と、②本件優先日当時、甲3発明化合物(被験薬8)のPGE2メチルエス
20 テルは下剤として既知の化合物であり、また、本件PGE 1化合物はその構
造式を含めて既知の化合物であったこと(甲19)、③甲3(主引用例)に
は、「合成チャートⅠ」として、「5-6位の炭素結合が単結合であること」
に加えて「側鎖部分の炭素結合に二重結合が1つもないPGE 1の具体例」
が記載され、炭素結合に関する記載もあること、④被験薬8については、エ
25 ンテロプーリング作用の試験及び腸管収縮作用の試験は行われたが、腸管輸
送能の試験及び瀉下作用の試験は行われていないこと、⑤カルボキシル基を
有する化合物において、エステル誘導体が良いか、塩又は遊離酸の方が良い
かは化合物により異なるため、医薬有効成分として最適な形態の化合物を見
つけることは開発の現場で当然に行われるところ、甲3には「本発明に用い
る15-ケト-16-ハロゲン-PG類は、塩であってもあるいはカルボキ
5 シル基がエステル化されていてもよい。」と記載されていること、⑥甲8及び
18に記載のPGE 1化合物は量によっては便秘改善効果がある旨の記載が
あること、⑦PG類が便秘処置において全く逆の生理活性を示したという技
術文献等が提出されていないこと等の事実関係を主張して、当業者において、
甲3のPGE2化合物を本件PGE1化合物の構成とする動機付けがあったと
10 主張する。
しかし、①は、当業者が容易に発明をすることができたかの検討には関係
ない事情である。②について、本件PGE 1化合物がその構造式を含めて甲
19に記載されているとしても、甲19には、本件PGE1化合物を下剤と
して用いることについての記載も示唆もないから、甲3と甲19に接した当
15 業者が、甲3のPGE2化合物を本件PGE1化合物に置き換えることが動機
づけられるものではない。③について、甲3の合成チャートは、甲3全体に
おいて、あくまで15-ケト-16-ハロゲン-PG類の一般的な製造法を
説明するものにすぎず、甲3の実施例における被験薬のほか、合成例として
も、PGE1は記載されていないことからすると、甲3の合成チャートの一
20 部にPGE1が記載されているからといって、当業者において、甲3のPG
E2化合物の5-6位の炭素結合を、好ましいとされる二重結合から単結合
としてPGE1とする動機付けがあるとはいえない。④について、被験薬8
(甲3のPGE2化合物)について腸管輸送能及び瀉下作用の試験が行われ
ていないとしても、甲3の記載によると、被験薬8が、好ましいとされる態
25 様を全て兼ね備えたものであって、かつ、エンテロプーリング作用及び腸管
収縮作用において特に優れた効果を示すものであることが理解されるのであ
って、その構造を変える動機付けを肯定するには至らない。⑤は、1位のカ
ルボキシル基をメチルエステル化する示唆になり得るとしても、5-6位の
炭素結合を単結合とする示唆とはなり得ない。⑥について、甲8は、特定の
PGE1化合物について、胃酸分泌減少と胃潰瘍拮抗に必要とされる用量が
5 副作用として下痢を生じさせる用量よりはるかに低いことが記載されている
のであって、PGE 1化合物全般について下剤としての高い効果を示唆する
ものということはできない。甲18は、オルノプロスチルという特定の経口
PGE1製剤の投与による薬剤性便秘の改善効果が示されているにとどまり、
広くPGE1化合物が下剤として有効である旨を記載し又は示唆するものと
10 いうことはできない。⑦については、甲3の記載のみをみても、PG類の下
剤としての効果は様々であることが理解できるから、甲3のPGE 2化合物
を本件PGE1化合物とすることが動機付けられるものではない。
したがって、原告の主張する事情をもってしても、本件優先日当時、当業
者が、甲3発明並びに甲8、18及び19に記載された事項や技術常識から、
15 相違点1に係る本件訂正発明4の構成に容易に想到できたということはでき
ない。
⑶ 効果について
ア 前記1に認定した本件各訂正発明に関する本件明細書の開示によると、実
施例1は、マウスに媒体、媒体及びモルヒネ、又は、媒体、モルヒネ及び本
20 件PGE1化合物を投与し、実施例2は、マウスに媒体、媒体及びモルヒネ、
又は、媒体、モルヒネ及び他の下剤(センノシド又はピコスルファートナト
リウム)を投与して、経口投与後150分後に黒鉛マーカーが盲腸に達した
動物(陽性例動物)の数及びその割合を測定したものであるところ、媒体の
みを投与した群における陽性例動物数の割合は80%から100%、媒体及
25 びモルヒネを投与した群における同割合は20%から30%、媒体、モルヒ
ネ及び他の下剤(センノシド又はピコスルファートナトリウム)を投与した
群における同割合は20%から40%であったのに対し、媒体、モルヒネ及
び本件PGE1化合物を投与した群においては、本件PGE1化合物の投与用
量に比例して、陽性例動物数の割合が増加した(60%から93%)ことが
示されている。
5 また、同開示によると、実施例3は、マウスに媒体(正常群)、媒体及びモ
ルヒネ(モルヒネ+媒体群)、又は、媒体、モルヒネ及び本件PGE1化合物
(モルヒネ+被験物質群)を投与し、投与後30分後から150分後までの
間、30分に1回、尾をクレンメで挟み、その反応時間を測定したものであ
るところ、正常群では投与前後を通じて反応時間に変化はなく、モルヒネ+
10 媒体群では投与後30分から60分後まで正常群と比較して反応時間の有意
な増加が認められた。これに対し、モルヒネ+被験物質群では、1kgあた
り1μg、10μg及び100μgのいずれの群においても、正常群と比較
して反応時間の有意な増加が認められ、他方、モルヒネ+媒体群と比較して
反応時間の有意な差がなかったことが示されている。
15 さらに、同開示によると、実施例4及び5は、実施例1及び2におけるモ
ルヒネをイミプラミン(三環系抗うつ剤)に変えたものであって、実施例1
及び2と同等の結果が示されている。
以上の記載に接した当業者は、本件PGE 1化合物は、その投与用量に比
例して、モルヒネ又はイミプラミンによって誘発される便秘に対する拮抗作
20 用を示すこと、同様の拮抗作用は他の下剤(センノシド又はピコスルファー
トナトリウム)では示されないこと、本件PGE 1化合物を高用量で投与し
ても、モルヒネの鎮痛効果を阻害しないことを理解できるというべきであり、
本件訂正発明4をはじめとする本件各訂正発明は、当業者が予測し得ない顕
著な効果を奏するものであるということができる。
25 イ 以上に対し、原告は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例
において、マウスに投与した黒鉛マーカーが小腸を通過して盲腸に達したか
のみを評価しており、糞便を直接評価していないから、便秘解消効果の程度
を確認する評価方法として不適切である旨主張する。
しかし、前記⑴イのとおり、小腸における炭マーカーの移動度のみによっ
て、薬物誘発性便秘及びその改善を評価することが、慣用的な手法として確
5 立していたことが認められるから、糞便を直接評価していないことをもって、
本件明細書に記載された実施例の評価方法が不適切であるということはでき
ない。
また、原告は、本件明細書に記載された実施例の試験は、他のチャコール・
ミール試験とは異なり、黒鉛マーカーが盲腸に達したかのみを評価している
10 ことや、経口投与後屠殺までの時間を150分としていること、比較対象と
なる下剤(センノシド又はピコスルファートナトリウム)が小腸では薬効を
発揮しないものであることなど、有利な条件での試験設計とされていること
を挙げ、やはり便秘解消効果の程度を確認する評価方法としては不適切であ
る旨主張する。
15 しかし、証拠(甲57、58、63、97)によると、チャコール・ミー
ル試験は、炭マーカーを用いて、実験動物の腸内容物の移動度を計測し、こ
れにより、被験物質による便秘の改善効果を評価することを基本的な考え方
とする試験といえるところ、被験物質の量、濃度や、経口投与後屠殺までの
時間が厳密に定められているとまでは認められず、試験の目的等に照らし、
20 適宜、これらの試験設計を変更することは許容されるものと解される。そし
て、経口投与後屠殺までの時間を150分とし、評価の方法を黒鉛マーカー
が盲腸に達した個体(陽性例動物)の数及び割合を測定するとしても、前記
のチャコール・ミール試験の基本的な考え方を踏襲しており、かつ、モルヒ
ネ(又はイミプラミン)を投与した場合と投与していない場合、本件PGE
25 1 化合物を用量を変えて投与した場合と投与していない場合、本件PGE 1化
合物の代わりに他の下剤を用いた場合について、それぞれ陽性例動物数及び
その割合を比較しているのであるから、薬剤性便秘の改善を評価する手法と
して適切さを欠くということはできない。なお、他の下剤(センノシド又は
ピコスルファートナトリウム)が、小腸に直接薬効を発揮しないものである
としても、他の腸管に作用して便秘を改善する可能性もあり得るところであ
5 るし、仮に、他の下剤との比較のための実施例が本件明細書に記載されてい
なかったとしても、実施例1、3及び4の記載内容からすると、本件明細書
に接した当業者は、本件PGE1化合物の薬物誘発性便秘に対する効果(モ
ルヒネの鎮痛作用を損なうことなく、薬物誘発性便秘に対する拮抗作用を発
揮すること)を確認することができるといえる。
10 したがって、原告の主張するところを考慮したとしても、本件訂正発明4
の効果は、本件優先日当時、当業者が予測し得ない顕著な効果を奏するもの
であったと認めることができる。
⑷ 本件訂正発明4についての小括
以上によると、本件訂正発明4は、本件優先日当時、当業者が甲3発明、公
15 知技術及び技術常識に基づいて、容易に発明をすることができたものであると
認めることはできない。
⑸ 取消事由1についての小括
前記⑷のとおり、本件訂正発明4は、本件優先日当時、当業者が容易に発明
をすることができたものであるとは認められないところ、本件各訂正発明は、
20 いずれも、本件訂正発明4の発明特定事項を含むものであるから、同様の理由
により、本件各訂正発明は、いずれも、本件優先日当時、当業者が容易に発明
をすることができたものであると認めることはできない。
したがって、原告の主張する取消事由1には理由がない。
3 取消事由2(無効理由3(サポート要件違反)についての認定判断の誤り)に
25 ついて
原告は、本件各訂正発明がサポート要件を充足するというためには、その課題
からして、当業者において、本件各訂正発明が提供する組成物が薬物誘発性便秘
に強い拮抗作用を有することを認識できる必要があり、具体的には、比較例の薬
物との間で相対的に強い拮抗作用を有していることが確認される必要があるとか、
本件各明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例は、意図的な試験結果を導
5 き出すために恣意的に条件を設定した不適切なものであり、当業者において、本
件各訂正発明の課題を解決できることを理解することができない旨主張する。
しかし、本件各訂正発明の課題は、前記1⑵のとおり、薬物の主作用(例えば
オピオイドの鎮痛作用)を損なうことなく、薬物誘発性便秘を改善するための薬
剤に用いることができる組成物を提供することにあるところ、このような課題を
10 解決できることを当業者が認識できるというために、比較例の薬物との間で強い
拮抗作用を有していることが確認されなければならないとする根拠はないという
べきである。そして、前記2⑶イのとおり、本件明細書に記載された実施例が薬
物誘発性便秘の改善を評価する手法として適切さを欠くとは認められず、本件明
細書に記載された実施例1、3及び4の記載内容からすると、本件明細書に接し
15 た当業者は、本件PGE1化合物の薬物誘発性便秘に対する効果(モルヒネの鎮
痛作用を損なうことなく、薬物誘発性便秘に対する拮抗作用を発揮すること)を
確認することができると認められるというべきである。
したがって、本件各訂正発明につき、サポート要件違反がある旨の原告の主張
は採用することができず、原告の主張する取消事由2には理由がない。
20 4 取消事由3(無効理由2(実施可能要件違反)についての認定判断の誤り)に
ついて
原告は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例が不適切であり、
ひいては記載された薬理データ自体が不適切というべきであるから、当業者は、
本件各訂正発明に係る組成物が薬物誘発性便秘の処置に有効であるか否かにつき、
25 過度な試行錯誤を余儀なくされるとして、実施可能要件違反がある旨を主張する。
しかし、既に述べてきたとおり、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された
実施例が、薬物誘発性便秘の改善を評価する手法として適切さを欠くとは認めら
れず、本件明細書には、動物実験の結果がデータとして具体的に示されている。
また、本件PGE1化合物については、本件明細書の記載のほか、甲3などの公
知技術により、当業者が過度の試行錯誤を要することなく製造することができる
5 ものである。
したがって、本件各訂正発明について、実施可能要件違反がある旨の原告の主
張は採用することができず、原告の主張する取消事由3には理由がない。
5 取消事由4(無効理由4(明確性要件違反)についての認定判断の誤り)につ
いて
10 原告は、本件明細書の記載では、本件各訂正発明について、比較例の薬物に比
べて効果があるかはもちろん、薬物誘発性便秘に有効であることさえ当業者が理
解できる程度に記載されていないとして、「薬物誘発性便秘処置用組成物」との
構成要件は、どの程度の効果を発揮する物質がこれに該当するのか否かの境界が、
第三者の利益を不当に害するほどに不明確であるから、明確性要件違反がある旨
15 を主張する。
しかし、本件各発明の特許請求の範囲は、有効成分(本件PGE 1化合物)、そ
の用途及び剤形によって特定されているところ、これらの記載は、本件優先日当
時の当業者の技術常識に照らして、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確
ということはできない。
20 したがって、本件各訂正発明について、明確性要件違反がある旨の原告の主張
は採用することができず、原告の主張する取消事由4には理由がない。
6 結論
以上のとおり、原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく、本件審決に
取り消されるべき違法はない。
25 よって、原告の請求には理由がないから、これを棄却することとして、主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部

5 裁判長裁判官
増 田 稔
裁判官
頼 晋 一

裁判官
天 野 研 司

(別紙)
当事者目録
原 告 沢 井 製 薬 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 小 松 栄 二 郎
小 山 秀
中 田 健 一
同訴訟復代理人弁護士 川 端 さ と み
10 藤 野 睦 子

被 告 スキャンポ・ファーマ・アメ
リカズ・リミテッド・ライア
15 ビリティ・カンパニー
同訴訟代理人弁護士 髙 山 和 也
同訴訟代理人弁理士 田 村 啓
松 谷 道 子
20 落 合 康
玄 番 佐 奈 恵
坂 田 啓 司
林 康 次 郎
白 江 雄 介
25 田 村 聖 子

被告補助参加人 ヴ ィ ア ト リ ス 製 薬 合同 会 社

5 同訴訟代理人弁護士 大 渕 哲 也
城 山 康 文
山 内 真 之
石 井 昭 仁
出 野 智 之
10 佐 々 木 公 樹
篠 崎 慎 一 郎
同訴訟代理人弁理士 安 藤 健 司
坪 倉 道 明

脱 退 被 告 スキャンポ・ゲゼルシャフト
・ミット・ベシュレンクテル
・ハフツング
以 上

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今週の知財セミナー (7月13日~7月19日)

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7月23日(木) - 東京 港区

著作権法の実践力養成講座

7月24日(金) - オンライン

第64回東北大学知財セミナー

特許事務所紹介 IP Force 特許事務所紹介

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