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平成24(ネ)10016特許権侵害差止等請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所 大阪地方裁判所
裁判年月日 平成24年7月18日
事件種別 民事
当事者 控訴人田岡化学工業株式会社田上洋平
被控訴人大阪ガスケミカル株式会社畑郁夫
法令 特許権
特許法79条3回
特許法104条2回
特許法100条1項1回
特許法29条1項2号1回
キーワード 実施33回
特許権12回
優先権11回
侵害2回
無効2回
差止2回
無効審判1回
主文 本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。
事件の概要 1 本件は,控訴人が,原判決別紙製品目録記載の製品(被控訴人製品)を製造 し,譲渡し又は譲渡の申出をしている被控訴人の行為は,控訴人の本件特許権を侵 害するものであると主張して,被控訴人に対し,(ア)特許法100条1項に基づき, 被控訴人製品の製造等の差止め,(イ)同条2項に基づき,被控訴人製品の廃棄, (ウ)不法行為に基づき,11億0100万円の損害の一部として3億円及びこれに 対する訴状送達の日の翌日である平成22年7月3日から支払済みまでの遅延損害 金の支払を求める事案である。

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判決文

平成24年7月18日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成24年(ネ)第10016号 特許権侵害差止等請求控訴事件
原審・大阪地方裁判所平成22年(ワ)第9102号
口頭弁論終結日 平成24年6月13日
判 決
控 訴 人 田岡化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 松 本 司
田 上 洋 平
同訴訟復代理人弁護士 大 江 哲 平
被 控 訴 人 大阪ガスケミカル株式会社
同訴訟代理人弁護士 石 川 正
畑 郁 夫
重 冨 貴 光
黒 田 佑 輝
同 弁理士 北 村 修 一 郎
東 邦 彦
太 田 隆 司
主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙製品目録記載の製品を製造し,譲渡し,又は譲渡の
申出をしてはならない。
3 被控訴人は,前項記載の製品を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,3億円及びこれに対する平成22年7月3日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
6 仮執行宣言
第2 事案の概要(略称は,審級に応じた読替えをするほか,原判決に従う。)
1 本件は,控訴人が,原判決別紙製品目録記載の製品(被控訴人製品)を製造
し,譲渡し又は譲渡の申出をしている被控訴人の行為は,控訴人の本件特許権を侵
害するものであると主張して,被控訴人に対し,(ア)特許法100条1項に基づき,
被控訴人製品の製造等の差止め,(イ)同条2項に基づき,被控訴人製品の廃棄,
(ウ)不法行為に基づき,11億0100万円の損害の一部として3億円及びこれに
対する訴状送達の日の翌日である平成22年7月3日から支払済みまでの遅延損害
金の支払を求める事案である。
原判決は,①被控訴人は,本件特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明
をした者から知得し,本件特許の優先権主張日に現に日本国内において本件特許発
明2の実施である事業をしていたことが認められるから,本件特許発明2に係る本
件特許権について,先使用による通常実施権を有するものというべきである,②仮
に,被控訴人製品について特許法104条に基づく推定が及ぶとすると,被控訴人
は,本件特許発明1に係る本件特許権についても,先使用による通常実施権を有す
ることになるというべきであり,逆に,この推定が及ばないとすると,本件では,
他に,被控訴人製品が本件特許発明1の方法により生産した物であることに関する
主張立証はないから,いずれにしても,被控訴人製品が本件特許発明1の方法によ
り生産した物であるとは認めることができないと判示して,控訴人の請求を全部棄
却した。このため,控訴人が原判決を不服として,控訴した。
2 前提となる事実
本件請求に対する判断の前提となる事実は,原判決3頁23行目の「原料とな
る。」の後に,改行の上,「以下,融解吸熱最大が示差走査熱分析で100ないし
130℃である結晶多形体を「多形体A」といい,150ないし180℃である結
晶多形体を「多形体B」という。」と付加するほかは,原判決の事実及び理由の第
2の1(1)ないし(3)(原判決2頁13行目~4頁1行目)のとおりであるから,こ
れを引用する。
3 本件訴訟の争点
(1) 被控訴人製品は,本件特許発明1の方法により生産したものであるか(争
点1)
(2) 本件特許発明2は,特許無効審判により無効とされるべきものであるか
ア 本件特許発明2は,公然実施をされた発明(特許法29条1項2号)である
か(争点2-1)
イ 本件特許発明2は,乙41発明と,乙1発明又は周知技術に基づき,当業者
が容易に発明することができたものであるか(争点2-2)
(3) 被控訴人は,本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による通
常実施権(特許法79条)を有するか(争点3)
(4) 損害額(争点4)
第3 当事者の主張
1 原審における主張
原審における当事者の主張は,原判決10頁7行目ないし14頁17行目を削除
し,同18行目の「争点2-3」を「争点2-2」と訂正するほか,原判決の事実
及び理由の第3(原判決5頁1行目~20頁23行目)のとおりであるから,これ
を引用する。
2 争点3に係る当審における主張
〔控訴人の主張〕
(1) 先使用に係る発明の成否について
本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による通常実施権が成立する
には,被控訴人において本件特許発明2と同じ発明が完成されていたことが必要で
ある。
しかるに,被控訴人が提出した証拠は,いずれもA社,B社又はフルファイン等
のモノマーのメーカーが,本件特許の優先権主張日前に,融点が160ないし16
6℃の範囲内にある多形体Bを得たことを示すだけであって,本件特許発明2と同
じ発明を完成したことまで裏付けるものではない。すなわち,発明の完成とは,そ
の技術的手段が,当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的
とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成され
ていることを要するところ,被控訴人において,本件特許発明2の多形体Bを他の
当業者が製造可能なまでに,その製法が確立していたことは証明されていない。
かえって,大阪ガスが平成15年9月30日に出願した乙2発明の明細書には,
「生成物を150℃に溶融させて,着色度を測定した」(【0062】)と記載さ
れているように,融点が150℃未満のBPEFに係る発明しか完成していない。
また,被控訴人のホームページ(甲28)では,平成19年12月頃まで,融点が
124ないし126℃のBPEFが製品として記載されていた。さらに,乙48
( A の陳述書)では,「BPEFの場合,融点はそれ自体としては工業的には重
要な意味を持つものではありません」と記載され,被控訴人においてA社が製造し
たと主張するBPEF(多形体B)に関するBPEF実機製造結果報告書(乙2
0)でも,融点は,その他の試験項目と異なり,「規格値」ではなく,特に必須と
されない条件であるところの「参考値」とされているなど,多形体Bの有用性を認
識せず,その技術開発に傾注しているとはいえない。
以上のとおり,被控訴人において,本件特許の優先権主張日前に本件特許発明2
と同じ発明が完成されていたことについて,証拠による裏付けはない。
(2) 事業の実施について
原判決は,大阪ガスと被控訴人が委託するなどして製造した被控訴人製品の数量
は少なくとも合計約40トンを超えており,譲渡した数量も少なくとも約25トン
を超えていると認定し,これらの事実に基づき,被控訴人には,本件特許の優先権
主張日前に先使用に係る事業の実施があると判断した。
しかし,特許法79条にいう事業の実施とは,商業的実施をいうところ,被控訴
人が本件特許の優先権主張日前に被控訴人製品についてした行為は,その商業的実
施ではなく,少なくとも被控訴人が提出した証拠では商業的実施であることを裏付
けることはできない。
すなわち,平成19年12月頃まで,被控訴人のホームページでは,融点が12
4ないし126℃の多形体Aが製品として記載されていた(甲28)。
また,平成5年7月頃から平成7年11月頃まで,控訴人,被控訴人,大阪ガス
及び●●●●との間で,BPEFの共同開発が行われていたところ,その際,●●
●●が提出した「BPEF使用樹脂の将来構想について」と題する書面(甲27)
では,商業的製造の段階に至る平成16年には,年間1600トンの消費があるこ
とを予定していたが,被控訴人がポリマーのメーカー(以下「ポリマー合成会社」
という。)に供給したBPEFの量はわずか13トンである。
さらに,本件各特許発明の技術分野では,製造する製品についてより適切な構造
を選択するためには,一般的にポリマー合成会社の協力(情報のフィードバック)
が必要とされているところ,原判決が認定した被控訴人によるBPEF(多形体
B)の供給は,いずれもポリマー合成会社の研究開発部門に対し,商業的実施の前
段階である共同開発のための「サンプル」として納入されたものであるにすぎない
(乙21の4,50の3,51の1,52の1,53の1,56の1,57の1,
58の4,60の1・2,61の2,62)。
(3) 事業の準備について
先使用にいう「事業の準備」とは,「事業の実施の段階には至らないものの,即
時実施の意図を有しており,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,
程度において表明されていること」を意味するが,特定の発明を用いた事業につい
て,即時実施の意図を有しているというためには,少なくとも,当該事業の内容が
確定していることが必要である。
しかし,被控訴人が,ポリマー合成会社に供給したとするBPEF(Lot N
o.0610208)(乙28)と,控訴人が三菱ガス化学から提供された「サン
プル入手経緯報告書」(甲7の2)記載の「Lot No.0610209」のB
PEFは,ロット番号が連続しているから同時期に製造されたものと考えられると
ころ,前者の融点は160.9℃であるのに対し,後者は,117.9℃,127.
6℃又は152.9℃にピークを有する数種の結晶体が混在するBPEFである。
このように,被控訴人は,ポリマー合成会社に対し,多形体Bだけでなく,多形体
A又はその混合物等を区別することなく同じ製品名「BPEF」として納入してい
るのである。この関係は,控訴人,被控訴人・大阪ガス及び●●●●との共同開発
中に,控訴人が,被控訴人を介して,多形体Bを多形体Aとともに●●●●に納入
していたことと同じであり,他のポリマー合成会社に対する納入でも同様であると
考えられる。
以上のとおり,被控訴人がポリマー合成会社に納入するBPEFは,一義的に確
定しておらず,事業の内容が確定していたということはできない。
したがって,被控訴人が,即時実施の意図を有しているということはできず,被
控訴人の行為は,事業の準備にも該当しないものである。
〔被控訴人の主張〕
(1) 発明の完成について
被控訴人は,トルエン加水分解法を完成させた平成8年の時点で,被控訴人製品
に係る発明を完成させ(乙13,15,16),その後,平成11年から平成19
年までの約8年間に,A社,B社及びフルファインに委託して,合計約34トン製
造している。
(2) 事業の実施について
ア 被控訴人は,平成12年4月1日に大阪ガスからBPEFに関する事業移管
を受け,ファイン材料部を設立して事業を開始して以降,順次体制を拡大し,平成
16年度にはフルファイン製造委託分だけでも合計75.3トンのBPEFを製造
している(乙78)。
イ また,被控訴人は,平成15年の時点で,BPEFを原料としてポリマーで
あるOKP4を製造,販売し,OKP4は最終製品である携帯電話用のカメラレン
ズ等として加工され,広く一般に流通するに至っていた(乙79,80)。そして,
乙58の1のサンプル出荷依頼書の特記事項欄には,出荷するBPEFについて,
「OKP4原料先行サンプルとして」と記載されているところ,同依頼書で提供さ
れたBPEFのうち,Lot No.0410010の融点は162.9℃であっ
た(乙58の3)。また,乙83の1のサンプル出荷依頼書の特記事項欄にも,出
荷するBPEFについて,「OKP4原料先行サンプルとして」と記載されている
が,同依頼書で出荷された3つのロットのBPEFの融点は,それぞれ162.9
℃,162.9℃,163.0℃であった(乙83の2)。したがって,OKP4
の原料として,被控訴人製品が使用されていたことは明らかである。
第4 当裁判所の判断
1 争点3(被控訴人は,本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用に
よる通常実施権(特許法79条)を有するか)について
事案に鑑み,まず,争点3から判断を進めることとする。
(1) 先使用に係る発明の成否について
先使用による通常実施権が成立するには,まず,これを主張する者が特許出願に
係る発明の内容を知らないで,当該特許出願に係る発明と同一の発明をしているこ
と,あるいは,発明をした者から知得することが必要である(特許法79条)。そ
して,発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作であり(同法2条1項),
一定の技術的課題(目的)の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用及
びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経
て完成されるものであるが,発明が完成したというためには,その技術的手段が,
当該技術分野における通常の知識を有する者が反復継続して目的とする効果を挙げ
ることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し,
またこれをもって足りるものと解するのが相当である(最高裁昭和49年(行ツ)
第107号同52年10月13日第一小法廷判決・民集31巻6号805頁参照)。
(2) そこで,以上の観点から,被控訴人製品に係る発明が完成していたか否か
を検討すると,前記前提となる事実及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば,
以下の各事実が認められる。
ア トルエン加水分解法の開発等について
(ア) 大阪ガスは,コールタールの有効利用をするため,コールタール中の成分
であるフルオレンを使用してBPEF(9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエト
キシ)フェニル)フルオレン)の開発をしていたところ,平成5年10月頃,BP
EFの合成過程を効率化させるBPEF一段合成法を開発し,また,平成8年6月
頃には,BPEFの精製過程において,溶媒としてトルエン及び水を利用するトル
エン加水分解法を開発した(乙10,13,48)。トルエン加水分解法は,BP
EFの粗結晶を水とトルエンに溶かした後,不純物が溶けた水を取り除くと,BP
EFのみが溶けたトルエンが得られ,これを精製して純度の高いBPEFを得ると
いう方法であり,本件特許発明1とは異なるBPEFの製造方法である(乙13,
15,48)。
なお,平成5年7月頃から平成 7 年11月頃まで,控訴人,被控訴人,大阪ガス
及び●●●●との間で,BPEFの製造について,共同開発が行われていた(甲2
2~25。甲23~25は,枝番を含む。)。
(イ) 大阪ガスは,平成8年11月から翌年にかけて,トルエン加水分解法を利
用したBPEFの量産を計画し,A社に委託して,合計約14トンのBPEFを試
作した(乙14,48)。
(ウ) 平成11年4月頃,被控訴人は,関連会社である大阪ガスから,トルエン
加水分解法を含む,BPEFの製造方法について開示を受けた。なお,被控訴人は,
その後の平成12年4月には,機能材料部からファインケミカルに関する事業を分
離し,新たにファイン材料部を設置している(乙77)。
イ B社への委託による製造
大阪ガスと被控訴人は,トルエン加水分解法を利用したBPEFの製造について
は,複数の会社に製造を委託することが望ましいと考え,次のとおり,B社に対し
ても,BPEFの製造を委託した(乙48)。
(ア) 大阪ガスは,平成11年3月頃,B社に委託して合計1662.76㎏の
BPEFを製造した(乙17)。測定の結果,このうち少なくとも1177.44
㎏分(SP(Lot 010-2)及びG(Lot.009))のBPEFの示差
走査熱分析による融解吸熱最大は162.5ないし163.6℃であり,本件特許
発明2の技術的範囲に属するものであった(乙15~17,47)。
被控訴人は,同年11月,本件特許発明2の技術的範囲の属する上記BPEFの
うち50㎏を大阪ガスから購入した上,●●●●にサンプルとして譲渡した(乙4
8,50の1~4)。
(イ) 大阪ガスは,平成14年3月頃,B社に委託して合計3951㎏のBPE
Fを製造した(乙56の4)。
その際に行われた測定の結果(乙56の3)によると,これらのBPEFの示差
走査熱分析による融解吸熱最大は162.8ないし163.2℃であり,本件特許発
明2の技術的範囲に属するものであった。
被控訴人は,平成14年3月頃,このうち合計2700㎏を大阪ガスから購入し
た上,●●●●●●に譲渡した(乙56の5)。
ウ A社への委託による製造
被控訴人は,次のとおり,再びA社にBPEFの製造を委託することとした。
(ア) 被控訴人は,平成14年3月6日から同年4月13日までの間,A社に委
託して合計8330㎏のBPEFを製造した(乙20)。
その際に行われた測定の結果(乙20)によると,これらのBPEFの示差走査
熱分析による融解吸熱最大は162.3ないし163.8℃であり,本件特許発明2
の技術的範囲に属するものであった。
被控訴人は,三菱ガス化学に対し,同年7月頃,上記BPEFのうち100㎏を
譲渡した(乙21の1~5)。
また,被控訴人は,●●●●●●に対し,同年8月頃,上記BPEFのうち45
0㎏(Lot No.420506)を譲渡した(乙22の2)。
(イ) 被控訴人は,平成14年10月頃,A社に委託して合計8413㎏のBP
EFを製造した(乙48,57の4)。
その際に行われた測定結果(乙57の3)によると,上記BPEFの示差走査熱
分析による融解吸熱最大は161.9ないし162.8℃であり,本件特許発明2の
技術的範囲に属するものであった(乙57の1~4)。
被控訴人は,●●●●●●に対し,平成15年5月頃,上記BPEFのうち合計
4140㎏を譲渡した(乙57の5~7)。
(ウ) 被控訴人は,平成15年2月頃,A社に委託して合計8019㎏のBPE
Fを製造した(乙23,24)。
その際行われた測定結果(乙25,26)によると,上記BPEFの示差走査熱
分析による融解吸熱最大は162.1ないし164.6℃であり,本件特許発明2の
技術的範囲に属するものであった。
被控訴人は,●●●●●●に対し,同年8月19日,上記BPEFのうち151
0㎏を含む合計9910㎏のBPEFを譲渡した(乙53の1・2)。
エ ●●●●●●●●●に販売したBPEFについて
被控訴人は,●●●●●●●●●に対し,BPEFを譲渡していたが,平成14
年5月,同年10月頃,平成15年3月頃,BPEFのサンプルをそれぞれ送付し
た(乙59,60の1,61の1,62)。
上記送付されたサンプルのうち残っていたものを,平成23年6月28日,改め
て測定したが,その測定結果(乙63)によると,これらのBPEFの示差走査熱
分析による融解吸熱最大は,160℃から166℃の範囲内であり,いずれも本件
特許発明2の技術的範囲に属するものであった。
オ フルファインへの委託による製造
被控訴人は,平成16年頃,JFEケミカルとの合弁でフルファインを設立し,
同社による量産をすることとなった(乙48)。
被控訴人は,フルファインに委託して合計6750㎏のBPEFを製造し,●●
●●●●に対し,平成17年5月17日頃譲渡した(乙58の4)。
これに先立って,●●●●●●に送付したサンプルの測定結果(乙58の3)に
よると,上記BPEFのうち,少なくとも750㎏分(Lot No.04100
10)のBPEFの示差走査熱分析による融解吸熱最大は162.9℃であり,本
件特許発明2の技術的範囲に属するものであった。
カ なお,①平成11年3月頃に大阪ガスがB社に委託して製造した1662.
76㎏のBPEFのうち,SP(Lot.010)の合計385.32㎏分(乙1
7参照),②平成14年8月頃に被控訴人が●●●●●●に譲渡した合計4500
㎏(乙52の1~3)のうち,Lot No.420506の450㎏分を除いた
部分,③平成17年5月17日頃に被控訴人が●●●●●●に譲渡した合計675
0㎏のBPEFのうち,Lot No.0410010の750㎏分を除いた部分
が,それぞれ本件特許発明2の技術的範囲に属すると認めるに足りる証拠はない。
(3) 以上のとおり,大阪ガスが開発したトルエン加水分解法は,BPEFの粗
結晶を水とトルエンに溶かした後,不純物が溶けた水を取り除くと,BPEFのみ
が溶けたトルエンが得られ,これを精製して純度の高いBPEFを得るという方法
であり,本件特許発明1とは異なるBPEFの製造方法であるところ,大阪ガス及
び同社から平成11年4月頃にトルエン加水分解法を含んだBPEFの製造方法に
ついて開示を受けた被控訴人は,本件特許の優先権主張日である平成19年2月1
5日前に,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFを少なくとも約30トン
委託製造しているのであるから,被控訴人製品に係る発明は,その技術的手段が,
当該技術分野における通常の知識を有する者が反復継続して目的とする効果を挙げ
ることができる程度にまで具体的,客観的なものとして構成されていたということ
ができる。
したがって,被控訴人製品に係る発明は完成していたものと認められる。
(4) 事業の実施について
ア 前記(2)で認定したとおり,被控訴人は,平成11年11月,本件特許発明
2の技術的範囲に属するBPEF50㎏を大阪ガスから購入した上,これを●●●
●にサンプルとして譲渡した,また,平成12年4月に機能材料部からファインケ
ミカルに関する事業を分離し,新たにファイン材料部を設置した後である平成14
年3月頃にも,合計2700㎏のBPEFを大阪ガスから購入した上,これを●●
●●●●に譲渡している。さらに,平成14年から平成17年にかけて,被控訴人
は,自らA社やフルファインに委託して,被控訴人製品を少なくとも合計25トン
以上製造し,●●●●●●や三菱ガス化学に対し,少なくとも合計6トン以上を譲
渡している。
以上の事実からすると,被控訴人による被控訴人製品の製造,販売は,その事業
の実施に当たるものと認めるのが相当である。
なお,被控訴人は,BPEFを原料とするOKP4の製造,販売もしていると主
張するところ,OKP4の原料のサンプルとされたBPEFに本件特許発明2の技
術的範囲に属すものが含まれていることは認められるものの(乙58の3,83の
2),当該サンプルが実際にOKP4の製造に使用されていることを客観的に裏付
ける証拠はなく,上記主張を採用することはできない。
イ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は,被控訴人のホームページ上では,平成19年12月頃まで,融
点が124ないし126℃である多形体Aが製品として記載されていたと主張する。
しかし,被控訴人において,被控訴人製品の製造,販売する一方で,多形体Aに
係る製品の販売をしていたとしても,被控訴人製品の製造,販売が被控訴人の事業
の実施に該当しないことの理由とはならない。
(イ) 控訴人は,控訴人,被控訴人,大阪ガス及び●●●●との間でBPEFの
共同開発が行われていた際に,●●●●から提出された「BPEF使用樹脂の将来
構想について」と題する書面(甲27)では,商業的製造の段階に至る平成16年
には,年間1600トンの消費を予定していたが,被控訴人が本件特許の優先権主
張日前にポリマー合成会社に対して供給した被控訴人製品の量は13トンにすぎな
いと主張する。
上記認定のとおり,被控訴人が第三者に譲渡したBPEFのうち,本件発明2の
技術的範囲に属することが証拠上裏付けられているのは,約9トンに止まる。しか
しながら,被控訴人においては,平成12年4月にファイン材料部が設立され,そ
の後,平成14年から17年にかけて,前後少なくとも4回にわたり,委託による
製造とその製品の譲渡が反復継続されているのであり,これらの行為が被控訴人の
事業の実施に該当しないものというべき理由はない。ポリマー合成会社に対する被
控訴人製品の供給量が,かつて,控訴人,被控訴人,大阪ガス及び●●●●とがB
PEFの共同開発をしていた際に,商業的製造の段階で予定していた数量に至らな
いものであるからといって,被控訴製品の供給が被控訴人の事業の実施として行わ
れたものであることを否定することにはならない。
(ウ) 控訴人は,被控訴人のBPEF(多形体B)の供給は,いずれもポリマー
合成会社の研究開発部門への共同開発のために使用するBPEF「サンプル」とし
ての供給であると主張する。
確かに,被控訴人からポリマー合成会社の研究開発部門に対し,「サンプル」と
してBPEFが譲渡された事実があることは認められるものの(乙21の4,50
の2,53の1,56の1,57の 1,58の1,60の1,61の1,62),
その多くは数百gから1㎏程度の提供であり,その後には,数百㎏単位の譲渡が行
われているのであるから(乙53の2,56の5,57の2,58の4),被控訴
人からポリマー合成会社に対する被控訴人製品の譲渡の全てがサンプルとしてのも
のではない。また,原告が主張するとおり,本件各特許発明の技術分野においては,
製造する製品についてより適切な構造を選択するためには,ポリマー合成会社の協
力(情報のフィードバック)が必要とされるものであり,上記認定したサンプルの
提供が被控訴人とモノマー合成会社との間の共同開発と位置付けられるものであっ
たとしても,そのようなサンプルの提供そのものが被控訴人の事業として行われて
いるのであって,モノマーを原料とするポリマーの製造がいまだ開発段階にあると
いう事実は,被控訴人の上記行為の事業性を否定する根拠となるものではない。
(5) 通常実施権の成否について
前記(2)イ(ア)のとおり,大阪ガスは,遅くとも,本件特許の優先権主張日の約
8年前である平成11年3月頃から,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPE
Fを製造していることからすれば,大阪ガスは本件特許発明2の内容を知らないで
自らその発明をしたものであることは明らかであるということができる。また,前
記(2)ア(ウ)のとおり,被控訴人は,大阪ガスから被控訴人製品に係る発明の内容
を知得したものであることについても優に認めることができる。
したがって,被告は,本件特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をし
た者から知得し,優先権主張に係る先の出願の際現に日本国内において本件特許発
明2の実施である事業をしていたことが認められるから,本件特許発明2に係る本
件特許権について,先使用による通常実施権を有するものというべきである。
(6) 以上によれば,本件特許発明2に係る本件特許権に基づく原告の請求は理
由がない。
2 争点1(被控訴人製品は,本件特許発明1の方法により生産したものである
か)について
控訴人は,本件特許発明1は本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFを生
産する方法の発明であるところ,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFは,
本件特許に係る優先権主張日(平成19年2月15日)前に日本国内において公然
知られたものではなく,被控訴人製品は,本件特許発明2の技術的範囲に属するB
PEFと同一の物であるから,特許法104条の規定により,本件特許発明1の方
法により生産したものと推定されるものと主張する。
しかしながら,被控訴人製品が,本件特許発明1の方法により生産したものと推
定される場合には,前記1のとおり,被控訴人製品は,本件特許の優先権主張日前
から,被控訴人の事業として実施されていたのであって,被控訴人は,本件特許発
明2に係る本件特許権について,先使用による通常実施権を有する以上,本件特許
発明1に係る本件特許権についてもまた,先使用による通常実施権を有するものと
いうべきである。
他方,被控訴人製品が,本件特許発明1の方法により生産したものと推定されな
い場合にあっては,被控訴人製品が本件特許発明1の方法により生産した物である
ことに関する主張立証はないから,これを認めることはできない。
そうすると,被控訴人製品が本件特許発明1の方法により生産したものであると
推定されるか否かにかかわらず,いずれにしても,本件特許発明1に係る本件特許
権に基づく原告の請求は理由がないこととなる。
3 結論
以上の次第であるから,控訴人の本訴請求にいずれも理由がないとした原判決は
相当であって,本件控訴は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣
裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 齋 藤 巌

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