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平成26(行ケ)10117等審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成26年12月9日
事件種別 民事
対象物 食品の風味向上法
法令 特許権
特許法134条の22回
特許法181条2項2回
特許法36条5項2号1回
キーワード 審決52回
実施51回
無効14回
訂正審判2回
刊行物1回
進歩性1回
無効審判1回
主文 1 原告の甲事件請求を棄却する。
2 被告の乙事件請求を棄却する。
3 訴訟費用は,甲事件については原告の負担とし,乙事件については被告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯(当事者間に争いがない。) 被告は,平成7年2月1日,発明の名称を「食品の風味向上法」とする特 許出願(以下「本件出願」という。)をし,平成15年6月13日,設定の 登録(特許第3439559号。請求項の数は3である。)を受けた(以 下,この特許を「本件特許」という。)。 原告は,平成23年11月15日,本件特許の請求項1ないし3に係る発 明について,特許無効審判を請求した(無効2011-800234号)。 被告は,平成24年2月3日及び同年7月2日,訂正請求をした。

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判決文

平成26年12月9日判決言渡
平成26年(行ケ)第10117号 審決取消請求事件(甲事件)
平成26年(行ケ)第10123号 審決取消請求事件(乙事件)
口頭弁論終結日 平成26年11月11日
判 決
甲事件原告・乙事件被告 ツルヤ化成工業株式会社
(以下「原告」という。)
訴訟代理人弁護士 村 林 隆 一
同 井 上 裕 史
同 佐 合 俊 彦
甲事件被告・乙事件原告 三栄源エフ・エフ・アイ株式会社
(以下「被告」という。)
訴訟代理人弁護士 田 中 千 博
同 溝 内 伸 治 郎
同 小 林 幸 夫
同 坂 田 洋 一
訴訟代理人弁理士 三 枝 英 二
同 中 野 睦 子
同 宮 川 直 之
主 文
1 原告の甲事件請求を棄却する。
2 被告の乙事件請求を棄却する。
3 訴訟費用は,甲事件については原告の負担とし,乙事件については被告の
負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 甲事件
特許庁が無効2011-800234号事件について平成26年4月10日
にした審決のうち,「訂正を認める。」との部分及び「特許第3439559
号の請求項1,2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部
分を取り消す。
2 乙事件
特許庁が無効2011-800234号事件について平成26年4月10日
にした審決のうち,「特許第3439559号の請求項3に係る発明について
の特許を無効とする。」との部分を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯(当事者間に争いがない。)
被告は,平成7年2月1日,発明の名称を「食品の風味向上法」とする特
許出願(以下「本件出願」という。)をし,平成15年6月13日,設定の
登録(特許第3439559号。請求項の数は3である。)を受けた(以
下,この特許を「本件特許」という。)。
原告は,平成23年11月15日,本件特許の請求項1ないし3に係る発
明について,特許無効審判を請求した(無効2011-800234号)。
被告は,平成24年2月3日及び同年7月2日,訂正請求をした。
特許庁は,同年9月28日,訂正を認め,請求項1ないし3に係る発明に
ついての特許を無効とする旨の審決をした。
被告は,平成24年11月5日,知的財産高等裁判所に対し,前記 審
決の取消しを求める訴えを提起し(平成24年(行ケ)第10384号),
平成25年2月1日,特許庁に対し,訂正審判を請求した。知的財産高等裁
判所は,同月22日,平成23年改正(平成23年法律第63号による改正
をいう。以下,同じ。)前の特許法181条2項に基づき,前
取り消す旨の決定をした。
特許庁は,平成25年7月22日,請求項1及び2の訂正を認めず,請求
項3の訂正を認め,請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とす
る旨の審決をした。
被告は,平成25年8月28日,知的財産高等裁判所に対し,前
決の取消しを求める訴えを提起し(平成25年(行ケ)第10243号),
同年10月17日,特許庁に対し,訂正審判を請求した(以下「本件訂正」
という。)。知的財産高等裁判所は,同年11月13日,平成23年改正前
の特許法181条2項に基づき,前
特許庁は,平成26年4月10日,「訂正を認める。特許第343955
9号の請求項3に係る発明についての特許を無効とする。特許第34395
59号の請求項1,2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」
との審決をし(以下,単に「審決」というときは,この審決を指す。),同
月18日,その謄本を原告及び被告に送達した。
原告は,平成26年5月9日,審判のうち,訂正を認めた部分及び請求項
1,2に係る発明について審判請求が成り立たないとした部分を不服とし
て,被告は,同月15日,請求項3に係る発明についての特許を無効とした
部分を不服として,それぞれその部分の取消しを求めて訴えを提起した。
2 特許請求の範囲の記載
本件訂正前の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,本件訂
正前の請求項1ないし3の発明を「訂正前発明1」のようにいい,訂正前発
明1ないし3をまとめて「訂正前発明」という。また,本件訂正前の明細書
を「本件特許明細書」という。)。
「【請求項1】 食塩含有食品に,シュクラロースを添加することを特徴
とする食塩含有食品の風味向上法。
【請求項2】 食塩100重量部に対して,シュクラロースを0.0001
~2.5重量部添加する請求項1記載の食塩含有食品の風味向上法。
【請求項3】 食塩100重量部に対して,シュクラロースを0.001~
2.5重量部添加する請求項1記載の食塩含有食品の風味向上法。」
本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,本件訂
正後の請求項1ないし3の発明を「訂正発明1」のようにいい,訂正発明1
ないし3をまとめて「訂正発明」という。また,本件訂正に係る訂正請求書
に添付した明細書を「訂正明細書」という。下線は,訂正箇所を示す。)。
「【請求項1】 食塩を2~8重量%含有する食品に,シュクラロース
を,その甘味の閾値以下の量添加することを特徴とする,食塩含有食品の塩
味をやわらげ刺激を丸く感じさせる風味向上法。
【請求項2】 食塩を2~8重量%含有する食品に,シュクラロースを,食
塩100重量部に対して0.0001~2.5重量部の範囲内であって,シ
ュクラロースの甘味の閾値以下になるように0.00005~0.0003
8重量%添加することを特徴とする,食塩含有食品の塩味をやわらげ刺激を
丸く感じさせる風味向上法。
【請求項3】 食塩100重量部に対して,シュクラロースを0.001~
1重量部添加することを特徴とする,食塩含有食品の塩味をやわらげ刺激を
丸く感じさせる風味向上法。」
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は以下のと
おりである。
ア 本件訂正について
本件訂正は,特許請求の範囲の減縮又は明りょうでない記載の釈明を目
的とするものに該当し,本件特許明細書に記載した事項の範囲内でするも
のであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでは
ないから,平成23年改正前特許法134条の2第1項ただし書の規定に
適合し,かつ,同条5項において読み替えて準用する同法126条3項及
び4項の規定に適合する。
イ 無効理由について
訂正発明1及び2は,①浜島教子著「基本的四味の相互関係につい
て」と題する論文(「調理科学」vol.8,No.3(1975年
(昭和50年)発行)132~136頁,甲5。以下「甲5文献」とい
う。),特開昭50-13568号公報(甲6。以下「甲6公報」とい
う。),特開平6-133724号公報(甲7。以下「甲7公報」とい
う。),馬越祥一著「天然甘味料の用途適性」と題する論文(「食品と
科学」第25巻第7号(昭和58年7月号)90~94頁,甲10。以
下「甲10文献」という。),小川敏男著「最新漬物製造技術」(昭和
54年10月1日改訂第5版発行)188~199頁,甲11。以下
「甲11文献」という。)及び特開平2-72842号公報(審決記載
の参考資料11,乙14。以下「乙14公報」という。)によって本件
特許の出願前に公然知られていたと認められる技術事項(以下「公知の
技術事項」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をす
ることができたものとはいえず,また,②甲5文献に記載された発明及
び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも
いえないから,訂正発明1及び2に係る特許は,請求人(本件における
原告)が主張する無効理由によって無効とすることはできない。
訂正発明3は,公知の技術事項,周知の技術事項及び技術常識に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,訂正発明
3に係る特許は無効とすべきである。
本件訂正に係る訂正事項1ないし5は,次のとおりである。
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1について,本件訂正前に
「【請求項1】 食塩含有食品に,シュクラロースを添加することを特徴
とする食塩含有食品の風味向上法。」
とあったのを,
「【請求項1】 食塩を2~8重量%含有する食品に,シュクラロース
を,その甘味の閾値以下の量添加することを特徴とする,食塩含有食品の
塩味をやわらげ刺激を丸く感じさせる風味向上法。」
と訂正するもの。
イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2について,本件訂正前に
「【請求項2】 食塩100重量部に対して,シュクラロースを0.00
01~2.5重量部添加する請求項1記載の食塩含有食品の風味向上
法。」
とあったのを,
「【請求項2】 食塩を2~8重量%含有する食品に,シュクラロース
を,食塩100重量部に対して0.0001~2.5重量部の範囲内で
あって,シュクラロースの甘味の閾値以下になるように0.00005~
0.00038重量%添加することを特徴とする,食塩含有食品の塩味を
やわらげ刺激を丸く感じさせる風味向上法。」
と訂正するもの。
ウ 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3について,本件訂正前に
「【請求項3】 食塩100重量部に対して,シュクラロースを0.00
1~2.5重量部添加する請求項1記載の食塩含有食品の風味向上法。」
とあったのを,
「【請求項3】 食塩100重量部に対して,シュクラロースを0.00
1~1重量部添加することを特徴とする,食塩含有食品の塩味をやわらげ
刺激を丸く感じさせる風味向上法。」
と訂正するもの。
エ 訂正事項4
本件特許明細書の【0004】に
「本発明の上記課題に鑑みなされたものであり,食塩含有食品の塩かどを
取り,風味を向上させながら,後続する塩味を十分丸くし,こくを付ける
ことができる食品の風味向上法を提供することを目的としている。」
とあったのを,
「本発明は上記課題に鑑みなされたものであり,食塩含有食品の塩味をや
わらげ刺激を丸く感じさせる風味向上法を提供することを目的としてい
る。」
と訂正するもの。
オ 訂正事項5
本件特許明細書の【0005】に
「かくして,本発明によれば,食塩含有食品に,シュクラロースを添加す
る食塩含有食品の風味向上法が提供される。」
とあったのを,
「かくして,本発明によれば,食塩含有食品に,シュクラロースを添加す
る,食塩含有食品の塩味をやわらげ刺激を丸く感じさせる風味向上法が提
供される。」
と訂正するもの。
審決が認定した公知の技術事項の内容,訂正発明1と公知の技術事項との
一致点及び相違点,訂正発明3と公知の技術事項との一致点及び相違点は,
次のとおりである。
ア 公知の技術事項の内容
「ショ糖で塩から味がほぼ相殺され(甲5文献)ることが観察され並び
にジヒドロカルコン類(甲6公報),グリチルリチン(甲10文献及び甲
11文献),ステビア甘味料(甲7公報),ステビオサイド(甲11文
献),イソマルトオリゴ糖(乙14公報),及び,ブドウ糖と砂糖の併用
(甲11文献)で塩なれ,すなわち,刺激的な塩辛味である塩かどが取れ,
刺激が所定の程度丸く感じる状態となることが観察される。」
イ 訂正発明1と公知の技術事項との一致点及び相違点
一致点
「食塩を所定の重量%含有する食品に,甘味料を所定の量添加する,
食塩含有食品の塩味をやわらげ刺激を所定の程度丸く感じさせる風味向
上法。」
相違点
甘味料,その添加量,刺激を丸く感じさせる程度が,訂正発明1では
「シュクラロース」であり,「甘味の閾値以下の量添加する」ことで,
「塩味をやわらげ刺激を丸く感じさせること」ができるのに対して,公
知の技術事項では,「ショ糖」「ジヒドロカルコン類」「グリチルリチ
ン」「ステビア甘味料」「ステビオサイド」「イソマルトオリゴ糖」
「ブドウ糖と砂糖の併用」といった様々な甘味料であるがシュクラロー
スではなく,また,「甘味の閾値以下の量添加する」ことで塩味をやわ
らげられるものの,刺激の丸くなる程度までは不明な点。
ウ 訂正発明3と公知の技術事項との一致点及び相違点
一致点
「食塩100重量部に対して,シュクラロースを所定重量部添加する
ことを特徴とする,食塩含有食品の塩味をやわらげ刺激を所定の程度丸
く感じさせる風味向上法。」
相違点
甘味料,その食塩100重量部に対する添加量,刺激を丸く感じさせ
る程度が,訂正発明3では「シュクラロース」であり,「シュクラロー
スを0.001~1重量部添加する」ことで,「塩味をやわらげ刺激を
丸く感じさせること」ができるのに対して,公知の技術事項では,
「ショ糖」「ジヒドロカルコン類」「グリチルリチン」「ステビア甘味
料」「ステビオサイド」「イソマルトオリゴ糖」「ブドウ糖と砂糖の併
用」といった様々な甘味料であるがシュクラロースではなく,食塩10
0重量部に対する添加量が不明であり,さらに,塩味をやわらげられる
ものの,刺激の丸くなる程度までは不明な点。
4 原告及び被告が主張する取消事由
甲事件において原告が主張する取消事由は,①訂正要件に係る判断の誤り
(取消事由1),②明確性要件に係る判断の誤り(取消事由2),③訂正発明
1及び2の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由3)である。
乙事件において被告が主張する取消事由は,訂正発明3の容易想到性に係る
判断の誤り(取消事由4)である。
第3 当事者の主張
1 取消事由1(訂正要件に係る判断の誤り)について
【原告の主張】
訂正事項1ないし5は,特許請求の範囲を拡張するものであり(取消事由1
-1),仮にそうでないとすると,訂正事項1及び2は新規事項を追加するも
のである(取消事由1-2)。したがって,訂正要件に係る審決の判断には誤
りがあり,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすから,審決は取り消されるべ
きである。
取消事由1-1(訂正事項1ないし5は特許請求の範囲の拡張に該当する
ものであること)
ア 訂正事項1ないし3について
審決は,訂正事項1ないし3について,本件特許明細書の記載に照ら
し,訂正前の請求項2の「風味向上法」は,「食塩含有食品の塩かどを
取り,風味を向上させながら,後続する塩味を十分丸くし,こくを付け
ることができる食品の風味向上法」又は「塩味がやわらげられ,刺激を
丸く感じる」風味向上法のいずれかの風味向上法をいうとした上で,
「塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じる」風味向上法と訂正すること
は,訂正前のものから一つを選択したにすぎないから,実質上特許請求
の範囲が拡張又は変更されるものではないと判断している。
確かに,本件特許明細書には,①「閾値以下のシュクラロースを食塩
水に添加した場合に塩なれが生じるという技術事項」(実験例1及び
2)と,②「閾値以上のシュクラロースを食品に添加した場合に,食塩
含有食品の塩かどを取り,風味を向上させながら,後続する塩味を十分
丸くし,こくを付けることができる食品の風味向上法」(実施例1ない
し6)という二つの技術事項が記載されている。
しかし,被告は,本件出願において,発明の名称を「風味向上法」と
し,本件特許明細書の【0004】に,発明の目的について,「食塩含
有食品の塩かどを取り,風味を向上させながら,後続する塩味を十分丸
くし,こくを付けることができる食品の風味向上法を提供することを目
的としている」と明示し,当該目的に沿うものだけを「実施例」として
記載したのである。すなわち,被告は,本件出願に係る発明として,上
記の二つの技術事項のうち,②の「閾値以上のシュクラロースを食品に
添加した場合に,食塩含有食品の塩かどを取り,風味を向上させなが
ら,後続する塩味を十分丸くし,こくを付けることができる食品の風味
向上法」を選択したのである。
このことは,上記①の「閾値以下のシュクラロースを食塩水に添加し
た場合に塩なれが生じるという技術事項」が,単なる「実験例」として
記載されていることからも明らかである。また,実験例の説明である
【0015】にも,「シュクラロースの甘味の閾値以下の量においても
塩なれ効果があることが分かった」とのみ記載され,それが食品の風味
向上法にどのように影響するかの分析もないし,続く実験例1ないし6
でも,シュクラロースの甘味の閾値以下で食品の風味向上法が向上する
かどうかは確認されていない。
以上のとおり,訂正前発明は,上記②の「閾値以上のシュクラロース
を食品に添加した場合に,食塩含有食品の塩かどを取り,風味を向上さ
せながら,後続する塩味を十分丸くし,こくを付けることができる食品
の風味向上法」であり,「こく付け」を必須とするものであるから,こ
れを「塩かどを取る」効果のみに限定する訂正事項1ないし3は,特許
請求の範囲を「こくを付さない風味向上法」まで拡張するものであり,
平成23年改正前の特許法134条の2第1項ただし書の規定に適合し
ない。
被告は,本件特許明細書の【0028】に,食品の風味を向上させる
方法として,①「塩かどをなくす+こく付け」と,②「塩かどをなくす
+丸味を付ける」という少なくとも二とおりの内容が開示されていると
主張する。
しかし,【0028】は,「食塩を含有する食品にシュクラロースを
添加することにより,食品の後味に残る強い塩味,すなわち「塩かど」
をなくし,さらに味に幅を持たせる,いわゆる「こく付け」あるいは
「丸味を付ける」効果を付与して食品の風味を向上させることができ
る。」というものであり,「味に幅を持たせる」効果を付与することが
本件出願に係る発明の効果であると限定している。
この点,シュクラロースの甘味閾値以下では,「刺激を丸く感じる」
としても,「味に幅を持たせる」効果が発現されることはない。すなわ
ち,【0028】の「丸味を付ける」とは,「刺激を丸く感じる」とは
異なり,「こく付け」を言い換えたものにすぎず,【0028】が,本
件出願に係る発明を,塩なれ効果(塩かどを取る効果)と味に幅を持た
せる効果のいずれもが奏功するものに限定していることは明らかであ
る。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
イ 訂正事項4及び5について
審決は,訂正事項4及び5について,訂正事項1ないし3の訂正に伴
い,不明りょうとなった本件特許明細書の発明の詳細な説明の表現を訂正
するものであって,明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当
し,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更
するものではないと判断している。
しかし,訂正事項4及び5は,本件出願に係る発明の「風味向上法」の
意義から「こくを付ける」との要件を削除することを意図して行われたも
のであり,訂正事項1ないし3と相まって特許請求の範囲を拡張するもの
である。
また,「明りょうでない記載の釈明」とは,本来的に明細書の記載に不
備がある場合に当該不備を是正する訂正であり,特許請求の範囲を訂正し
たことによって生じた不整合を整合させることではないから,訂正事項4
及び5は,明りょうでない記載の釈明を目的とするものには該当しない。
取消事由1-2(訂正事項1及び2は新規事項の追加に該当するものであ
ること)
ア 仮に,訂正事項1及び2が特許請求の範囲の拡張に当たらないとする
と,訂正発明1及び2の「食塩含有食品の塩味をやわらげ刺激を丸く感じ
させる風味向上法」は,「食塩含有食品の塩かどを取り,風味を向上させ
ながら,後続する塩味を十分丸くし,こくを付けることができる食品の風
味向上法」と同義となり,こく付けを必須とするものとなる。
しかし,本件特許明細書には,シュクラロースの甘味の閾値以下で「こ
くを付ける」との効果を奏することは,記載も示唆もされていない。すな
わち,実験例1及び2は,いずれもシュクラロースの添加による「塩なれ
効果」を評価したものにすぎず,それぞれのシュクラロースの添加によ
り,食塩含有食品にこくが付けられたかは評価されていないし,その有無
についての記載もない。また,実施例1ないし6は,いずれも,シュクラ
ロースの含有量が甘味の閾値(0.00038%)を超えるものであるか
ら,訂正発明1及び2の実施例とはいえない。
したがって,訂正事項1及び2は,新規事項の追加に該当する。
イ 被告は,実施例3のシュクラロースの濃度は,0.000324%であ
り,シュクラロースの甘味の閾値以下であるから,実施例3は訂正発明1
及び2の実施例であると主張する。
しかし,訂正発明1及び2は,「食塩を2~8重量%含有する食品」の
風味向上法に係る発明である。しかるに,実施例3は,154.4部の重
量を有する食品に,食塩3部が含有されているものであるから,当該食品
は,食塩を1.94重量%(≒3÷154.4部×100)しか含有しな
い食品であり,訂正発明1及び2の実施例ではない。
被告は,「食塩を2~8重量%含有する食品」との記載における食塩濃
度の数値は,いずれも有効数字一桁で表示されたものであり,実施例3の
食塩濃度もこれに合わせて有効数字一桁で算出すれば2重量%となり,当
該濃度範囲に含まれることになるとして,実施例3は訂正発明1及び2の
実施例であると主張する。
しかし,仮に,被告の上記主張を前提としても,実施例3には,「みり
ん」が2部も含まれているところ,「みりん」は少なくとも糖分40%を
含んでいることから,ショ糖換算で0.8部(=2部×40%),シュク
ラロース換算で0.001部(=0.8÷800)の甘味成分が含まれて
いることになる。そうすると,実施例3において,「塩かどがとれ,味に
こく味が増し嗜好性の高いかまぼこ」(【0021】)が得られたのは,
シュクラロースをその甘味閾値以下の量で単独で使用したことによる効果
ではなく,「みりん」が含まれることで甘味の閾値以上となったことによ
る効果である。したがって,実施例3は,訂正発明1及び2の実施例とは
いえない。
【被告の主張】
取消事由1-1(訂正事項1ないし5は特許請求の範囲の拡張に該当する
ものであること)について
ア 原告は,主に,本件特許明細書の【0004】の記載を根拠に,訂正前
発明はこく付けを必須とするものであると主張する。
しかし,本件特許明細書の【0028】には,食品の風味を向上させる
方法として,「あるいは」という語を挟んで,①「塩かどをなくす+こく
付け」と,②「塩かどをなくす+丸味を付ける」という少なくとも二とお
りの内容が開示されている。原告の上記主張は,【0028】の記載と整
合しないものであって,理由がない。
原告は,【0028】の「丸味を付ける」とは,「刺激を丸く感じる」
とは異なり,「こく付け」を言い換えたものにすぎないと主張するが,広
辞苑第六版に記載があるとおり,「こく」とは,「深みのある味わい」の
ことであり,「丸味を付ける」とは異なるものである。
原告は,訂正前発明がこく付けを必須とするものであることは,「閾値
以下のシュクラロースを食塩水に添加した場合に塩なれが生じるという技
術事項」が「実験例」として記載されていることからも明らかであり,ま
た,実験例の説明である【0015】でも,シュクラロースの塩なれ効果
が食品の風味向上法にどのように影響するかの分析がないとも主張する。
しかし,本件特許明細書では,【0010】の冒頭で,「本発明の食品
の風味向上法を説明する。」と記載され,これに引き続いて実験例1及び
2が開示されており,これらの実験例も,本発明が開示する「食品の風味
向上法」の一環であることは明白である。
そして,実験例1については,【0011】の【表1】に「塩なれ -
塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じる。」と記載され,これに添加量
0.01%のシュクラロースと,添加量0.04%の甘草抽出混合製剤が
該当することが読み取れる。また,この表1の結果を総括して,【001
2】には,「表1から明らかなように,シュクラロースと甘草抽出混合製
剤において,良好な結果が得られた。」と記載されている。
また,実験例2においては,様々な塩濃度と,甘味料の添加量の組み合
わせが試され,シュクラロースについては広範囲において「塩なれ効果が
あることが分かった。」(【0015】),すなわち「塩味がやわらげら
れ,刺激を丸く感じる」効果があることが記載される一方,甘草抽出物製
剤については,「塩なれ効果はあるが,添加量を多くすると苦みを伴った
不快な味になり,評価されなかった。」と記載され,甘草抽出物製剤との
比較で,シュクラロースの塩なれ効果,すなわち「塩味がやわらげられ,
刺激を丸く感じる。」という良好な風味向上効果について記載されてい
る。
以上の記載も,訂正前発明が,こく付けを含まない,「塩なれ」のみ,
すなわち「塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じる」ものを含んでいるこ
とを裏付けるものである。
イ 以上のとおり,訂正前発明には,こく付けを含まない,塩なれのみ,す
なわち,「塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じる」場合も含まれている
ことは明らかである。
したがって,訂正前発明を「塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じる」
風味向上法と訂正することは,訂正前の風味の内容を一つのものに限定す
るものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するとの
審決の判断に誤りはない。
取消事由1-2(訂正事項1及び2は新規事項の追加に該当するものであ
ること)について
ア 原告は,訂正事項1及び2は新規事項の追加に該当すると主張するが,
同主張は,訂正前発明がこく付けを必須とするものであるとの原告の誤っ
た主張を前提にするものであるから,理由がない。
イ 仮に,原告が主張するように,訂正前発明がこく付けを必須とするもの
であるとしても,実施例3のシュクラロースの濃度は,約0.00032
4%であり,シュクラロースの甘味の閾値以下であるから(【000
7】),実施例3は,訂正発明1及び2の実施例である。
原告は,訂正発明1及び2は,「食塩を2~8重量%含有する食品」の
風味向上法に係る発明であるところ,実施例3は,食塩を1.94重量%
しか含有しない食品であり,訂正発明1及び2の実施例ではないと主張す
る。しかし,「食塩を2~8重量%含有する食品」との記載における食塩
濃度の数値は,いずれも有効数字一桁で表示されたものであり,実施例3
の食塩濃度もこれに合わせて有効数字一桁で算出すれば2重量%となり,
当該濃度範囲に含まれることになるので,実施例3は,「食塩を2~8重
量%含有する食品」に含まれる。
原告は,実施例3において,「塩かどがとれ,味にこく味が増し嗜好性
の高いかまぼこ」(【0021】)が得られたのは,シュクラロースをそ
の甘味閾値以下の量で単独で使用したことによる効果ではなく,「みり
ん」が含まれることで甘味の閾値以上となったことによる効果であるか
ら,実施例3は,訂正発明1及び2の実施例とはいえないとも主張する。
しかし,「みりん」とシュクラロースの甘味(甘味質)は異なるものであ
るから,「みりん」の量をシュクラロース換算する原告の主張は,失当で
ある。また,実施例3の「みりん」2部は,全体が154.4部であるか
らショ糖換算では0.52部含まれていることになるが,この量は甘味を
呈する量である(【0007】には,しょ糖の甘味の閾値は0.31%で
ある旨の記載がある。)ところ,【0021】には,「このかまぼこは,
シュクラロース無添加区に比べ塩かどがとれ,味にこく味が増し嗜好性の
高いかまぼこであった。」と記載されており,当該記載によれば,シュク
ラロース無添加区(「みりん」は添加されているが,シュクラロースは無
添加)では,「みりん」だけで甘味があっても(甘味閾値以上となって
も)効果がないのに対して,シュクラロースを甘味閾値以下の量さらに添
加することで初めて効果を奏している。これは,シュクラロースを甘味閾
値以下の量で使用したことによる効果であって,「みりん」が含まれるこ
とで(全体が)甘味閾値以上となったことによる効果ではないことを示す
ものである。原告の上記主張は理由がない。
2 取消事由2(明確性要件に係る判断の誤り)について
【原告の主張】
審決は,訂正明細書の発明の詳細な説明の【表1】,及び,特に【表2】に
は,シュクラロース及び甘草抽出混合製剤を濃度を変えて塩なれを測定した結
果が記載されており,そこには,「- 塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じ
る」,すなわち,後続する塩味が十分丸くなったと判断される濃度が記載され
ており,また,「± やや塩味がやわらげられていると感じる」,すなわち,
塩かどは取れるが後続する塩味が十分丸くなったとはいえない濃度が記載され
ているとして,これらの濃度をパネラーが追試すれば,その判断基準は明らか
であって,訂正発明1ないし3の「塩味をやわらげ刺激を丸く感じさせる」と
の事項は,客観的に特定されているものといえると判断している。
しかし,訂正明細書には,「- 塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じる」
との評価はあるが,審決にいう「十分丸く」なったかどうかの評価はない。ま
た,「刺激を丸く感じる」との評価はパネラーの感想にすぎず,客観的な判断
基準は特定されていないから,どのような場合に訂正発明の技術的範囲に属す
るのか不明りょうである。
また,実験例1及び2において,訂正発明1及び2の塩分濃度である「2~
8重量%」では,シュクラロースの評価は「×」か「-」であり,「±:やや
塩味がやわらげられていると感じる。=塩味が十分丸くなったとはいえない濃
度」の記載がないから,「±」と「-」とを区別する判断基準は不明である。
以上のとおり,本件訂正後の特許請求の範囲は,明確性要件に違反するもの
である。
【被告の主張】
本件訂正後の特許請求の範囲の「塩味をやわらげ刺激を丸く感じさせる」
との記載について,訂正明細書の実験例1の記載によれば,「塩なれ効果を
パネル10名で官能により評価した」として,その結果の評価方法について
も表1及び表2に,「- 塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じる。」「±
やや塩味がやわらげられていると感じる。」「+ 塩味がやわらげられず,
塩味を直接感じる。」「++ 塩味をつよく感じる。」の四段階で評価する
こと,そのうち「- 塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じる。」場合を,
「塩なれ」がある場合とすることが明確に記載されており,これに対応して
訂正発明1ないし3の特許請求の範囲には,「塩味をやわらげ刺激を丸く感
じさせる」と記載されているのであって,その判断基準は,訂正明細書の記
載から明確である。
原告は,訂正明細書には,審決にいう「十分丸く」なったかどうかの評価
はなく,また,「刺激を丸く感じる」との評価はパネラーの感想にすぎず,
客観的な判断基準は特定されていないと主張する。
しかし,「十分丸い」というのは,単に審決の表現であり,訂正明細書に
は,上記のとおりの記載があり,明細書の記載として何らあいまいなところ
はない。また,その評価に当たっても,10名のパネリストによる官能試験
を行うことが記載され,その実際の試験結果も各甘味料の添加量とともに,
当該4段階評価の基準に沿って詳細に記載されているのであるから,当業者
であれば,当該基準を,追試などもまじえながら理解することは容易であっ
て,何ら不明りょうな点はない。
3 取消事由3(訂正発明1及び2の容易想到性に係る判断の誤り)について
【原告の主張】
審決は,訂正発明1及び2は当業者が容易に発明をすることができたものと
はいえないと判断しているが,以下のとおりその判断は誤りである。
審決は,本件特許の出願時の技術常識を参酌しても,甘味の閾値以下の量
添加で塩なれが起きるような技術常識はないと認定している。
しかし,甲7公報の実施例1の一夜漬用調味液全体に占める調味液Aの割
合は0.002%であり,調味液Aの甘味度は70であるから,前記漬物用
調味液のショ糖換算の甘味度は0.14%となり,ショ糖の甘味閾値0.3
1%(訂正明細書の【0007】)を下回る。
このように,甲7公報では,ステビアや甘草甘味料を甘味閾値以下添加し
たものであるが,「この組成の下漬用調味液で製造した一夜漬けは塩辛さも
なく非常に味の良いものとなった」(甲7公報の【0015】)のであり,
調味液Aの甘味閾値以下の添加により「塩なれ効果」が確認されている。す
なわち,本件特許の出願時において,ステビアや甘草甘味料を甘味閾値以下
の量添加することで,塩なれが起きることは周知であった。
したがって,審決の上記認定は誤りである。
審決は,甘味閾値以下の濃度に着目して「塩味をやわらげ刺激を丸く感じ
させる」甘味料を探索する動機がないと判断している。
しかし,塩なれ効果の優れた甘味料を探索することは当たり前の技術課題
であったのであるから,添加量の多寡にかかわらず,塩なれ効果のある甘味
料としてシュクラロースを選ぶことは,当業者が容易に想到し得たことであ
る。
そして,食塩の含有量により「塩なれ」が起きる甘味料の添加量が異なる
ことは技術常識であり,甲7公報には,ステビアや甘草甘味料を甘味閾値以
下添加することで塩なれが生じることが開示されている。また,土居茂樹著
「漬物への甘味料の利用」と題する論文(「食品と科学」1988増刊号①
(通巻396号,昭和63年6月30日発行)80頁,甲13。以下「甲1
3文献」という。)には,砂糖の甘味の閾値に近い0.5%で塩なれ効果が
あることが開示されていた。
したがって,甲7公報や甲13文献に接した当業者は,甘味料を甘味閾値
以下添加した場合について,塩なれ効果があるかどうかを調べることも,容
易に想到する。
審決は,甘味閾値以下におけるシュクラロースの効果は,甲13文献から
予測できないし,加えて,本件特許の出願時の技術常識及び他の甲号証から
も予測できないものであると判断している。
しかし,シュクラロースを甘味閾値以下添加した場合と,甘味閾値以上添
加した場合とで,塩なれ効果について特段顕著な違いはない。また,甲7公
報や甲13文献からすれば,シュクラロースの甘味閾値以下で塩なれ効果が
確認されたとしても,それは従来の技術常識や他の甲号証から予測できる範
囲内である。
また,公知技術の塩なれ効果は,料理の分野においては「隠し味」と称さ
れるものであり,甘味を感じなくても効果を奏することは,本件出願前から
周知であった。
さらに,訂正発明は,「甘味の閾値以下の量」という数値によって限定さ
れた,いわゆる数値限定であるところ,数値限定の場合は,有利な効果につ
いて,その数値限定の内と外で量的に顕著な差異があることが要求されてい
る。しかるに,実験例2に係る表2において,シュクラロースの甘味の閾値
である0.00038重量%以下の範囲であっても,それを超える範囲と比
して効果に顕著な差があるとはいえない。
したがって,訂正発明に進歩性がないことは明らかである。
【被告の主張】
原告は,甲7公報の【0015】の表3の記載を根拠に,調味液Aの甘味
閾値以下の添加により「塩なれ効果」が確認されているとして,本件特許の
出願時において,ステビアや甘草甘味料を甘味閾値以下の量添加すること
で,塩なれが起きることは周知であったと主張する。
しかし,甲7公報によれば,調味液Aは,ステビア甘味料,甘草甘味料,
異性化糖の混合物であり(【0013】),このうち前二者は,食塩との相
乗効果により,甘味度が2倍高くなることが記載されている(【000
8】,【0009】)。したがって,甲7公報の【0015】の実施例1に
記載されているように調味液Aを用いて一夜漬けを製造すると,一夜漬け中
の食塩4.8kgとの相乗効果により,甘味度は70の2倍程度の飛躍的に
高い甘味度を発揮することになるから,甘味度70をもって,ショ糖の閾値
以下であるとは断定できない。
また,甲7公報の【0015】の実施例1において,表3の組成中には,
調味液Aのほか,70%ソルビトール液5kgが含まれている。これは,砂
糖の0.6倍程度の甘味度を持つ糖アルコールであり(【0010】),砂
糖の甘味換算で,5kg×0.7×0.6=2.1kgもの量の砂糖に匹敵
するから,実施例1に記載の調味液Aを含む一夜漬用調味液は,調味液Aの
上記の相乗効果による甘味の飛躍的上昇の効果と合わせて考慮すれば,甘味
の閾値を超えていることは明らかである。すなわち,甲7公報の【001
5】の表3の記載は,甘味閾値以下の添加により「塩なれ効果」が確認され
ている公知例とはなり得ないものである。
また,調味液Aは,ステビア甘味料,甘草甘味料,異性化糖を適宜の割合
で混合させた特殊な甘味料であり,3種の甘味料を混合したことによる相乗
効果で甘味度が上がる特殊な甘味料である(甲7公報の【0008】【00
09】)から,調味液Aの効果をもって,本件特許の出願時において,ステ
ビアや甘草甘味料を甘味閾値以下の量添加することで,塩なれが起きること
は周知であったと結論付けることは誤りである。
原告は,塩なれ効果のある甘味料としてシュクラロースを選ぶことは,当
業者が容易に想到し得たことであり,甘味料を甘味閾値以下添加した場合に
ついて,塩なれ効果があるかどうかを調べることも,容易に想到すると主張
する。
しかし,本件特許の出願前に,甘味料を甘味閾値以下という極めて少ない
量添加することで塩なれ効果が得られるといった技術常識が存在しないこと
はもちろん,そのような公知例は全く知られていなかったのであるから,シ
ュクラロースの添加量を甘味の閾値以下の量として,塩なれ効果を得ようと
する動機付けは到底得られるものではない。
原告は,シュクラロースの甘味閾値以下で塩なれ効果が確認されたとして
も,それは従来の技術常識や他の甲号証から予測できる範囲内であると主張
する。
しかし,甘味料を甘味閾値以下という極めて少ない量添加することで塩な
れ効果が得られるというような公知例は全く知られていなかったのであるか
ら,甘味の閾値以下でもシュクラロースを添加すると塩なれ効果が得られる
というのは,当業者にとって予想外の効果である。
4 取消事由4(訂正発明3の容易想到性に係る判断の誤り)について
【被告の主張】
審決は,訂正発明3は当業者が容易に発明をすることができたものであると
判断しているが,以下のとおりその判断は誤りである。
一致点の認定の誤り
審決は,公知の技術事項の内容として,「ショ糖で塩から味がほぼ相殺さ
れ(甲5文献)ることが観察され並びにジヒドロカルコン類(甲6公報),
グリチルリチン(甲10文献及び甲11文献),ステビア甘味料(甲7公
報),ステビオサイド(甲11文献),イソマルトオリゴ糖(乙14公
報),及び,ブドウ糖と砂糖の併用(甲11文献)で塩なれ,すなわち,刺
激的な塩辛味である塩かどが取れ,刺激が所定の程度丸く感じる状態となる
ことが観察される。」を認定した上,訂正発明3と公知の技術事項との一致
点として,「塩味をやわらげ刺激を・・・丸く感じさせる」点を認定してい
る。
しかし,訂正明細書における「塩なれ」とは,単に塩味の強弱のみなら
ず,「刺激の丸さ」という別の二次元的な評価軸によって評価されたもので
あって,「塩味がやわらげられ」かつ「刺激を丸く感じる」という双方を満
足する状態を意味するのに対し,公知の技術事項である「塩なれ」とは,単
に塩から味を減少させる,すなわち,塩かどを取ることであり,その意味に
は,「刺激を丸く感じさせる」ことまでは含んでいない。
ア 公知の技術事項における「塩なれ」について
審決は,甲5文献において,「ショ糖で塩から味がほぼ相殺され」るこ
とが記載されており,相殺という強い表現が用いられているから,「程度
は不明であるものの所定の程度刺激が丸くなっているものと解される」と
認定している。しかし,相殺と判断する根拠は,第2表を参照すれば明ら
かなように,単に塩から味より甘味を強く感じることを意味するのであ
り,そこには「所定の程度刺激が丸くな」るという異質な効果は全く記載
されていない。したがって,審決が,甲5文献の記載を根拠に,公知の技
術事項の内容として「程度は不明であるものの所定の程度刺激が丸くな」
ることを認定したのは誤りである。
また,甲6公報には,「ジヒドロカルコン類が鹹味を大巾に緩和する効
果,すなわち塩なれ効果」との記載があるが,これは,塩からさを軽減す
る効果を意味するにすぎず,「塩味の刺激を丸く感じさせる」効果につい
ては記載されていない。このことは,甲6公報の実施例において,単に
「塩からさ」を量的に評価していることからも明らかである。
甲7公報には,単に「塩辛さを無くする所謂塩なれ効果」が記載されて
いるにすぎず,「塩味の刺激を丸く感じさせる」効果については記載され
ていない。
甲10文献,甲11文献,竹内征夫著「天然系調味料とコク味」と題す
る論文(「食品と科学」第29巻第7号93~99頁,乙12)及び乙1
4公報にも,同様に,「塩なれ」効果が記載されているにすぎず,「塩味
の刺激を丸く感じさせる」効果は記載されていない。
審決は,特開昭54-122774号公報(審決のいう刊行物B。甲1
6。以下「甲16公報」という。)の「漬物類や塩蔵品においてはいずれ
も熟成が促進され,塩辛味が直接の刺激として感じられず(塩なれ効果)
従来品とくらべて一味違う丸味のある製品が得られる。」との記載を根拠
に,塩なれ効果を,「刺激を所定の程度丸く感じさせる」効果に結びつけ
て判断している。しかし,当該記載の「丸味のある製品」との結論は,塩
なれ効果のみならず,熟成が促進する効果とも結びつけて記載されてい
る。したがって,このような記載のみから,塩なれ効果を,「刺激を所定
の程度丸く感じさせる」効果に結びつけて判断することは誤りである。
審決は,特開平4-112766号公報(審決のいう参考資料12。乙
15。以下「乙15公報」という。)の「塩なれ効果(塩分の刺激性が温
和になることをいう)」の記載をも根拠に,塩なれ効果を,「刺激を所定
の程度丸く感じさせる」効果に結びつけて判断している。しかし,当該記
載の「刺激性が温和になる」とは,単に刺激の程度を緩和させることを意
味するにすぎないのであって,「丸く感じさせる」という,明らかに質的
に異質な効果までは記載されていない。したがって,審決の上記判断は誤
りである。
イ 訂正明細書における「塩なれ」について
訂正明細書の【表1】の備考には,「塩なれ - 塩味がやわらげら
れ,刺激を丸く感じる。」と記載されており,「塩味がやわらげられ」る
ことと,「刺激を丸く感じる」ことは,区別される感覚のことである。ま
た,「刺激」とは,専ら「痛覚」で受容する感覚であって「味」とは区別
されるべきものであることは,技術常識である。そうでなければ,わざわ
ざ「刺激を丸く感じる」と記載する必要がないし,単に「塩味がやわらげ
られた」ことの程度を記載したのが「刺激を丸く感じる」というのであれ
ば,「やや塩味がやわらげられた」場合においては,塩味緩和の程度が低
いものとして,「やや刺激を丸く感じる」と記載されるはずである。
原告は,訂正明細書に記載された「刺激を丸く感じる」ことは,「塩味
がやわらげられた」程度の結果にすぎないと主張する。しかし,「刺激を
丸く感じる」とは,「塩味がやわらげられ」た,すなわち十分に塩味が緩
和され一定程度に達したときに,その緩和の程度とは別に,新たに発現し
てくる感覚のことである。
相違点の判断の誤り
訂正発明3の効果である「食塩含有食品の塩味をやわらげ刺激を丸く感じ
させる」効果については,本件特許の出願前,シュクラロース以外の甘味
料,特に高甘味度甘味料について知られておらず,示唆もされていなかっ
た。
また,乙4の実験報告書の2頁の図の記載から明らかなように,甘味料と
してシュクラロースを使用した場合にのみ,食塩水の後味に残る塩味の刺激
が丸く感じるようになり,他の甘味料(砂糖,ネオヘスペリジンジヒドロカ
ルコン)を使用した場合は依然として刺激を感じるままである。このよう
に,シュクラロースの,「食塩含有食品の塩味をやわらげ刺激を丸く感じさ
せる」効果は,シュクラロースに特異かつ顕著なものであって,これは,本
件特許の出願前に,当業者であっても予測することはできなかった。
さらに,乙6の実験報告書 の2頁の図の記載から明らかなように,食塩
水にシュクラロースを添加した試験サンプル①は,塩味に伴う刺激が丸く感
じられたのに対して,他の甘味料(砂糖,甘草抽出物,ステビア,ネオヘス
ペリジンジヒドロカルコン,サッカリンナトリウム)を添加した試験サンプ
ル②~⑥はいずれも,塩味に伴う刺激が丸く感じられなかった。このことか
らも,シュクラロースの,「後続する塩味を十分丸く」する効果は,シュク
ラロースに特異かつ顕著なものであって,これは,本件特許の出願前に,当
業者であっても予測することができなかったといえる。
以上のとおり,シュクラロースを添加することによる訂正発明3の「食塩
含有食品の塩味をやわらげ刺激を所定の程度丸く感じさせる」効果は,シュ
クラロースに特異かつ顕著なものである。したがって,他の甘味料でこのよ
うな効果を奏するものを探索する動機付けが全くなく,当業者が公知の技術
事項から訂正発明3に容易に想到できるとした審決の判断は誤りである。
【原告の主張】
一致点の認定について
被告は,審決が,訂正発明3と公知の技術事項との一致点として,「塩味
をやわらげ刺激を・・・丸く感じさせる」点を認定したことは誤りであると
主張する。
しかし,訂正明細書の実施例に記載された「刺激を丸く感じる」ことは,
「塩味がやわらげられた」程度の結果にすぎず,本件特許の出願前から公知
の事実にすぎない。
すなわち,訂正明細書の表1の「備考」には,「塩なれ - 塩味がやわ
らげられ,刺激を丸く感じる。 ± やや塩味がやわらげられていると感じ
る。」との記載があり,これによれば,「塩味がやわらげられた」場合に
は,その結果として「刺激を丸く感じる」ことは理解できるが,「やや塩味
がやわらげられている」だけの場合には,「刺激を丸く感じる」のか,「感
じない」のかは,不明である。また,「刺激を丸く感じる」というのも,当
該パネラーの感想にすぎず,塩味がどの程度やわらげられた段階で,「丸く
感じる」かの評価基準はない。
また,訂正明細書の実施例には,「塩かどがとれ,こく味のある」(【0
016】)などの効果は開示されているものの,「丸みがついた」との具体
的な事例はない。よって,訂正発明3が,具体的な食品において実施された
場合,どの程度で「丸みがついた」と判断できるのかは,明細書からは不明
である。
そして,本件特許の出願前においても,「塩味がやわらげられた(塩な
れ)」場合に,「塩カドのないまろやかな風味」(甲15・【0014】)
や,「塩辛味が直接の刺激として感じられず(塩なれ効果)・・・丸味のあ
る製品が得られる」(甲16・2頁左下欄16行~18行)というように,
「丸味がついた(まろやか・丸味のある味)」と表現されてきた。
そうすると,「刺激を丸く感じる」とは,ここでいう「塩カド」すなわち
「刺激的な塩辛み」が取れることと同義といわざるを得ない。
したがって,審決の一致点の認定に誤りはない。
仮に,「刺激を丸く感じる」効果が,「塩味をやわらげる」効果と質的に
異なるのであれば,その技術内容は訂正明細書に記載されていないといわざ
るを得ず,本件特許には,平成6年改正(平成6年法律第116号による改
正をいう。)前の特許法36条5項2号に違反する無効理由があることにな
る。
相違点の判断について
当業者において,塩味を適正なものとして食品の風味を調整することは最
も関心のあることであり,シュクラロースの添加量を適宜変化させて,塩味
をやわらげる程度を調整し,「刺激を丸く感じる」ようにすることは,当業
者が容易に想到することである。
第4 当裁判所の判断
当裁判所は,取消事由1ないし4はいずれも理由がなく,審決に取り消され
るべき違法はないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1 取消事由1(訂正要件に係る判断の誤り)について
原告は,訂正事項1ないし5は特許請求の範囲を拡張するものであり(取消
事由1-1),仮にそうでないとすると,訂正事項1及び2は新規事項を追加
するものである(取消事由1-2)と主張するので,以下,本件特許明細書の
記載に基づいて検討する。
本件特許明細書の記載
本件特許明細書(乙50)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
ア 「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,食品の風味向上法に関し,より詳細に
は,食塩を含有する食品にシュクラロースを添加することにより食品の風
味を向上させる方法に関するものである。」
イ 「【0002】
【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】多くの食品は,一般に食
塩を含有している。例えば・・・
【0003】従来から,上記のような食塩を含有する食品においては,塩
かどを取り,こくを付け,風味を向上させるため,グリチルリチン塩,サ
ッカリン,アスパルテーム,甘草抽出物,ステビア,ネオヘスペリジンデ
ヒドロカルコン,サイクラメート等の砂糖の20倍以上の甘味を有する高
甘味度甘味料,グリシン,アラニン,グルタミン酸ナトリウム等のアミノ
酸又は5’-リボヌクレオチドナトリウム,5’-イノシン酸等の核酸の
旨味成分,コハク酸ナトリウムなどの有機酸を使用している。しかし,塩
味は,後に続く味があるために,後続する塩味を十分丸くし,塩かどをと
ることが困難であった。例えば,目的とする効果が得られるまで高甘味度
甘味料を添加すると,それぞれの甘味料が持つ独特の苦みを感じるように
なる。また,アミノ酸では,アミノ酸特有のアミノ酸臭を生じる。さら
に,核酸は後味に残り,充分な効果が得られるまで添加することができな
いという課題があった。
【0004】本発明の上記課題に鑑みなされたものであり,食塩含有食品
の塩かどを取り,風味を向上させながら,後続する塩味を十分丸くし,こ
くを付けることができる食品の風味向上法を提供することを目的としてい
る。」
ウ 「【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者らは,鋭意研究をかさねた結果,
シュクラロースを添加することにより,食塩を含有する食品の塩かどを取
り,こくを付け,風味を向上させることに成功し,本発明を完成した。か
くして,本発明によれば,食塩含有食品に,シュクラロースを添加する食
塩含有食品の風味向上法が提供される。
【0006】本発明における食塩含有食品とは,食塩を含有する食品であ
れば特に限定されるものではなく,漬け物・・・等の食塩を含有するもの
が挙げられる。これら食品に含有される食塩の量は,食品の種類,味付け
等により種々異なる。
【0007】本発明のシュクラロースは,・・しょ糖の約650倍の甘味
を有する高甘味度甘味料である。一般に,シュクラロースの甘味の閾値
は,平均0.00038%である。しょ糖の甘味の閾値0.31%での甘
味倍率は,約800倍となり,閾値付近では甘味倍率が高くなることが知
られている(Progressin sweeteners, page131-132, ELSEVIER APPLIED
SCIENCE) 。
【0008】本発明において,食塩含有食品に,シュクラロースを添加す
る方法は,食品の種類等により特に限定されるものではない。例えば,食
塩含有食品となる食品素材にシュクラロースを添加してもよいし,食品素
材の加工中に食塩,その他の添加物等とともにシュクラロースを添加して
もよいし,食塩の加工が終了した後に添加してもよい。シュクラロースの
食塩含有食品への添加量は,食品の風味を改善する量であれば特に限定さ
れるものではなく,例えば,食品に含有されている食塩の量によっても異
なるが,一般に食塩100重量部に対して,0.0001~2.5重量部
が好ましい。このシュクラロースの添加量は,シュクラロースの甘味の閾
値以下でも,すなわち甘味のない範囲でも塩なれ効果があることを意味す
る。なかでも,シュクラロースの添加量は,0.001~2.5重量部が
より好ましく,さらに0.001~1重量部が好ましい。
【0009】上記のように食塩含有食品にシュクラロースを添加すること
により,食塩を含有する食品の風味を改善することができるが,ソーマチ
ン,アセスルファームカリウム,アリテーム,ステビア,ネオヘスペリジ
ンデヒドロカルコン(判決注・「ネオヘスペリジンジヒドロカルコン」の
誤記と認める。),甘草などの高倍率甘味料を併用してもよい。また,グ
リシン,アラニン,グルタミン酸等のアミノ酸,コハク酸塩,クエン酸三
ナトリウム等の有機酸,ホエイソルト,リン酸三カリウム等の無機酸,イ
ノシン酸ナトリウム,グアニル酸ナトリウム等の核酸等の食品添加物の調
味料を併用してもよい。」
エ 「【0010】
【実施例】以下に本発明の食品の風味向上法を説明する。
実験例1
イオン交換水100重量部に食塩8重量部を添加し,各種高甘味度甘味料
を甘味度に応じた濃度で併用して,塩なれ効果をパネル10名で官能によ
り評価した。その結果を表1に示す。なお,ここで用いられている甘草抽
出混合製剤とは,グルチルリチン酸を60%以上含有する甘草抽出物50
%とクエン酸三ナトリウム50%とを混合した製剤である。
【0011】
【表1】
【0012】表1から明らかなように,シュクラロースと甘草抽出混合製
剤において,良好な結果が得られた。
【0013】実験例2
実験例1で塩なれ効果のある甘味料を用い,イオン交換水100重量部に
食塩2,5,8,12,20重量部を添加し,各高甘味度甘味料を甘味度
に応じた濃度で併用して,塩なれ効果をパネル10名で官能により評価し
た。その結果を表2に示す。なお,ここで用いている甘草抽出混合製剤
は,実験例1において使用したものと同様のものである。
【0014】
【表2】
【0015】表2から明らかなように,シュクロース(判決注・「シュク
ラロース」の誤記と認める。)は,食塩2~20g/100gの範囲にわ
たり,0.001~2.5gの添加量の範囲にわたり良好な結果が得られ
た。なかでも,食塩2,5,8g/100gの範囲においては,ショクラ
ロース(判決注・「シュクラロース」の誤記と認める。)の甘味の閾値以
下の量においても塩なれ効果があることが分かった。一方,甘草抽出物製
剤は,適度の範囲での塩なれ効果はあるが,添加量を多くすると苦みを
伴った不快な味になり,評価されなかった。
【0016】実施例1
醤油35部(重量部,以下同じ)(食塩5.25部),グルタミン酸ナト
リウム19部,5′-リボヌクレオチド2ナトリウム0.1部,コンブ抽
出物粉末0.7部,酵母粉末1部,砂糖20,澱粉2.5部,シュクラ
ロース0.006部(食塩100部に対して約0.11部)を混合し,水
にて全量を100部とし,加熱溶解してうるちせんべい用調味液を調製し
た。得られた調味液は,シュクラロース無添加区と比べて,塩かどがと
れ,こく味のある調味液であった。
【0017】この調味液を,米菓生地100部に対して40部添加,乾燥
してうるちせんべいを製造した。得られたうるちせんべいはシュクラロー
ス無添加区と比べて,塩かどがとれ,こく味のある味のものであった。
【0018】実施例2
食塩10部,亜硫酸ナトリウム0.01部,ポリリン酸ナトリウム0.1
2部,メタリン酸ナトリウム0.03部,香辛料1部に対して,シュクラ
ロース0.006部(食塩100部に対して0.06部)を添加し,冷水
に溶解し,全量100部とし,ハム用ピックル液を調製した。
【0019】このピックル液20部を豚肉100部にインジェクション
し,常法通りハムを製造した。ここで得られたハムは,シュクラロース無
ママ
添加区に比べ,塩かどがなく,味にこく味があり,嗜好性の高いハムが
あった。
【0020】実施例3
冷凍すり身100部をカッティングし,食塩3部,小麦グルテン1.4
部,グルタミン酸ナトリウム0.2部,澱粉5部,みりん2部,卵白2
部,グリシン0.8部に対して,シュクラロース0.0005部(食塩1
00部に対して0.0167部)を添加し,さらに氷水40部を加えて成
形した後,90℃で30分間加熱後,冷却し,かまぼこを得た。
【0021】このかまぼこは,シュクラロース無添加区に比べ塩かどがと
れ,味にこく味が増し嗜好性の高いかまぼこであった。
【0022】実施例4
醤油18部(食塩2.7部),みりん3部,鰹節抽出粉末15部,酵母粉
末1部,砂糖2部,食塩4部,グルタミン酸ナトリウム0.4部,コハク
酸2ナトリウム0.04部,5’-イノシン酸2ナトリウム0.01部に
対してに対して,シュクラロース0.003部(食塩100部に対して
0.045部)を添加し,水に溶解し,全量100部として4倍濃縮の液
体うどんスープを得た。
【0023】この4倍濃縮の液体うどんスープはシュクラロース無添加区
に比べ,塩かどがとれ,鰹風味が増し嗜好性の高いうどんスープであっ
ママ
た。またこの4倍濃縮の液体うどんスープを4倍に希釈し,うどんの面を
加え,素うどんを調理した。この素うどんは,シュクラロース無添加区比
べ,塩かどがとれ,鰹風味が増し嗜好性の高い素うどんであった。さら
に,この素うどんを冷凍保存した後,加熱冷凍しても同様の結果が得られ
た。
【0024】実施例5
合挽肉67部,牛脂3部,パン粉5部,卵5部,ソテーした玉ねぎ17
部,食塩0.7部,ホワイトペッパー末0.15部,ナツメグ末0.05
部,酵母粉末0.03部に対してシュクラロース0.001部(食塩10
0部に対して,0.143部)を混合し,成形した後,調理してハンバー
グステーキを得た。このハンバーグステーキはシュクラロース無添加区に
比べ塩かどがとれ,味にこく味が増し嗜好性の高いハンバーグステーキで
あった。
【0025】またこのハンバーグステーキを容器に充填し,120℃で2
0分加熱し,2ケ月保存後,再加熱しても同様の結果が得られた。
【0026】実施例6
果糖ぶどう糖液糖85部,50%乳酸8.7部,食塩28部,動物蛋白加
水分解物14部,グリシン2部,ウコン色素1部に対して,シュクラロー
ス0.01部(食塩100部に対して0.036部)を添加し,水に溶解
して全量300部とし,たくあん漬け用調味液を得た。
【0027】このたくあん漬け用調味液は,シュクラロース無添加区に比
べ塩かどがとれ,味にこく味が増し,嗜好性の高いたくあん漬け用調味液
であった。このたくあん漬け用調味液30部に塩ぬきしたたくあん70部
をつけ込み,たくあん漬けを得た。このたくあん漬けは,シュクラロース
無添加区に比べ塩かどがとれ,味にこく味が増し嗜好性の高いたくあん漬
けであった。」
オ 「【0028】
【発明の効果】食塩を含有する食品にシュクラロースを添加することによ
り,食品の後味に残る強い塩味,すなわち「塩かど」をなくし,さらに味
に幅を持たせる,いわゆる「こく付け」あるいは「丸味を付ける」効果を
付与して食品の風味を向上させることができる。」
取消事由1-1(訂正事項1ないし5は特許請求の範囲の拡張に該当する
ものであること)について
ア 訂正事項1ないし3について
原告は,訂正前発明は,「閾値以上のシュクラロースを食品に添加し
た場合に,食塩含有食品の塩かどを取り,風味を向上させながら,後続
する塩味を十分丸くし,こくを付けることができる食品の風味向上法」
であり,こく付けを必須とするものであって,こく付けを伴わない,塩
かどを取る効果(塩なれ効果)のみのものは,訂正前発明には含まれて
いないとして,これを「塩かどを取る」効果のみに限定する訂正事項1
ないし3は,特許請求の範囲を「こくを付さない風味向上法」まで拡張
するものであると主張する(前記第3
そこで,まず,訂正前発明がこく付けを必須とするものであるかどう
かについて,本件特許明細書に基づいて検討する。
,本件特許明細書には,従来から,食塩を含有する食
品においては,塩かどを取り,こくを付け,風味を向上させるために高
甘味度甘味料,アミノ酸又は核酸の旨味成分等を使用しているが,塩味
は,後に続く味があるために,目的とする効果が得られるまでこれら高
甘味度甘味料等を添加すると,高甘味度甘味料についてはそれぞれの甘
味料が持つ独特の苦みを感じるようになり,アミノ酸についてアミノ酸
特有のアミノ酸臭を生じ,核酸について後味が残るため,充分な効果が
得られるまで添加できず,後続する塩味を十分丸くし,塩かどをとるこ
とが困難であるという課題があったこと(【0003】),本件出願に
係る発明は,このような課題を解決しようとするものであり,食塩含有
食品の塩かどを取り,風味を向上させながら,後続する塩味を十分丸く
し,こくを付けることができる食品の風味向上法を提供することを目的
とするものであること(【0004】),本件出願に係る発明は,上記
の課題を解決するための手段として,食塩含有食品にシュクラロースを
添加することにしたものであること(【0005】)が記載されてい
る。
上記記載によれば,従来,高甘味度甘味料等は,「塩かどを取る」こ
と及び「こくを付ける」ことを目的として用いられているが,このう
ち,「塩かどを取る」ことに関しては,充分な効果が得られるまで添加
することができず,後続する塩味を十分丸くすることが困難であるとい
う課題があったこと,本件出願に係る発明は,このような課題を解決し
ようとするものであり,食塩含有食品の塩かどを取り,風味を向上させ
ながら,後続する塩味を十分丸くし,こくを付けることができる食品の
風味向上法を提供することを目的としているというのである(【000
3】ないし【0005】)。
そうすると,本件出願に係る発明は,こくを付けるか否かにかかわら
ず,食塩含有食品の塩かどを取ることを課題とするものであり,①食塩
含有食品の塩かどを取り,こくを付けるという課題と,②食塩含有食品
の塩かどを取り,風味を向上させながら,後続する塩味を十分丸くする
という課題の,二つの課題を含むものであるといえる。
また,本件特許明細書の【0008】には,「シュクラロースの食塩
含有食品への添加量は,食品の風味を改善する量であれば特に限定され
るものではなく・・・このシュクラロースの添加量は,シュクラロース
の甘味の閾値以下でも,すなわち甘味のない範囲でも塩なれ効果がある
ことを意味する。」との記載があり,これによれば,本件特許明細書に
は,「塩なれ効果」が風味を改善するものであることが記載されている
といえる。
そして,本件特許明細書には,実験例1及び2において,パネルによ
る官能評価の結果,シュクラロースは,甘味の閾値を超えた場合だけで
なく,甘味の閾値以下の量においても,「塩味がやわらげられ,刺激を
丸く感じる。」として,「塩なれ効果」があると確認されたことが記載
されている(実験例1について【0010】~【0012】,実験例2
について【0013】~【0015】)。
そうすると,実験例1及び2は,甘味の閾値を超えた場合だけでな
く,甘味の閾値以下の量においても,本件出願に係る発明が解決しよう
とする課題の一つである,食塩含有食品の塩かどを取り,風味を向上さ
せながら,後続する塩味を十分丸くするという課題を解決したものと理
解することができる。
したがって,訂正前発明はこく付けを必須とするものであるとはいえ
ない。
原告の主張について
a 原告は,被告は,本件出願において,発明の名称を「風味向上法」
とし,本件特許明細書の【0004】に,発明の目的について,「食
塩含有食品の塩かどを取り,風味を向上させながら,後続する塩味を
十分丸くし,こくを付けることができる食品の風味向上法を提供する
ことを目的としている」と明示し,当該目的に沿うものだけを「実施
例」として記載したとして,訂正前発明はこく付けを必須とするもの
であると主張する(前記第3 。
しかし, 本件出願に係る発明は,①食塩含有食品
の塩かどを取り,こくを付けるという課題と,②食塩含有食品の塩か
どを取り,風味を向上させながら,後続する塩味を十分丸くするとい
う課題の,二つの課題を含むものであるといえ,本件特許明細書に
は,「塩なれ効果」が風味を改善するものであることが記載されてい
るといえるところ,「塩なれ効果」があると確認された実験例1及び
2は,甘味の閾値を超えた場合だけでなく,甘味の閾値以下の量にお
いても,上記②の課題を解決したものと理解することができることに
照らせば,訂正前発明はこく付けを必須とするものであるとはいえな
い。原告の上記主張は,この判断を左右するものではない。
b 原告は,「閾値以下のシュクラロースを食塩水に添加した場合に塩
なれが生じるという技術事項」が,単なる「実験例」として記載され
ており,その実験例の説明である【0015】でも,シュクラロース
の塩なれ効果が食品の風味向上法にどのように影響するかの分析もな
いとして,訂正前発明はこく付けを必須とするものであると主張する
(前記第3 。
確かに,「閾値以下のシュクラロースを食塩水に添加した場合に塩
なれが生じるという技術事項」は,「実験例」(実験例2)として記
載されている。しかし,実験例1及び2については,「【実施例】以
下に本発明の食品の風味向上法を説明する。」との記載に続いて,実
施例の項目の中で記載されていることからすれば,その記載は,実施
例の一環として記載されたものと認められる。実験例1及び2が「実
験例」として記載されているのは,実施例1ないし6が,うるちせん
べい用調味液等の食品にシュクラロースを添加した場合における効果
を検証したものであるのに対し,実験例1及び2は,食品ではなく,
食塩含有食イオン交換水にシュクラロースを添加してその効果を検証
したものであることによるものと解される。
また,【0015】では,実験例2において確認された塩なれ効果
が食品の風味向上法にどのように影響するかについての記載はない。
しかし,前記 のとおり,【0008】の記載によれば,本件特許明
細書には,「塩なれ効果」が風味を改善するものであることが記載さ
れているといえるから,実験例2において確認された塩なれ効果も食
品の風味を改善するものであるといえる。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
c 原告は,【0028】の「丸味を付ける」とは,「刺激を丸く感じ
る」とは異なり,「こく付け」を言い換えたものにすぎず,【002
8】が,本件出願に係る発明を,塩なれ効果(塩かどを取る効果)と
味に幅を持たせる効果のいずれもが奏功するものに限定していること
は明らかであると主張する(前記第3 。
しかし,
の塩かどを取り,こくを付けるという課題と,②食塩含有食品の塩か
どを取り,風味を向上させながら,後続する塩味を十分丸くするとい
う課題の,二つの課題を含むものであるといえるところ,【002
8】の「「塩かど」をなくし,さらに味に幅を持たせる「こく付け」
あるいは「丸味を付ける」効果を付与」するとの記載は,「塩かど」
をなくし,さらに味に幅を持たせるものとして,(a)「こく付け」の
効果を付与することと,(b)「丸味を付ける」効果を付与すること
の,両者に言及したものであると理解することができ,(a)は,上記
①の課題に対応する効果として記載され,(b)は,上記②の課題に対
応する効果として記載されたものと解するのが相当である。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
訂正事項1ないし3について
以上のとおり,訂正前発明は,こく付けを必須とするものとは認めら
れないから,訂正前発明がこく付けを必須とするものであることを前提
として,「塩かどを取る」効果のみに限定する訂正事項1ないし3は,
特許請求の範囲を「こくを付さない風味向上法」まで拡張するものであ
るとの原告の前記主張は理由がない。
イ 訂正事項4及び5について
原告は,訂正事項4及び5は,本件出願に係る発明の「風味向上法」の
意義から「こくを付ける」との要件を削除することを意図して行われたも
のであり,訂正事項1ないし3と相まって特許請求の範囲を拡張するもの
であり,また,明りょうでない記載の釈明を目的とするものではないと主
張する(前記第3 。
しかし,前記アに説示したとおり,訂正事項1ないし3は特許請求の範
囲を拡張するものではない。訂正事項4及び5は,訂正事項1ないし3に
伴い,発明の詳細な説明の記載を整合するものであるから,明りょうでな
い記載の釈明を目的とするものに該当する。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
取消事由1-2(訂正事項1及び2は新規事項の追加に該当するものであ
ること)について
原告は,訂正事項1及び2が特許請求の範囲の拡張に当たらないとする
と,訂正発明1及び2の「食塩含有食品の塩味をやわらげ刺激を丸く感じさ
せる風味向上法」は,「食塩含有食品の塩かどを取り,風味を向上させなが
ら,後続する塩味を十分丸くし,こくを付けることができる食品の風味向上
法」と同義となり,こく付けを必須とするものとなるが,本件特許明細書に
は,シュクラロースの甘味の閾値以下で「こくを付ける」ことは記載も示唆
もされていないとして,訂正事項1及び2は,新規事項の追加に該当すると
主張する(前記第3 。
しかし,
ない。
したがって,原告の上記主張は,前提において誤りがあり,採用すること
ができない。
小括
よって,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(明確性要件に係る判断の誤り)について
原告は,訂正明細書には,「- 塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じ
る」との評価はあるが,審決にいう「十分丸く」なったかどうかの評価はな
く,また,「刺激を丸く感じる」との評価はパネラーの感想にすぎず,客観
的な判断基準は特定されていないから,どのような場合に訂正発明の技術的
範囲に属するのか不明りょうであると主張する(前記第3の2【原告の主
張】)。
しかし,実験例1及び2において,シュクラロースの塩なれ効果は,パネ
ル10名による官能により四段階の判断基準に分けて評価され,「± やや
塩味がやわらげられていると感じる。」という段階ではなく,「- 塩味が
やわらげられ,刺激を丸く感じる。」という段階となって初めて「塩なれ効
果」があるとされていることに照らせば,「刺激を丸く感じる」との評価に
ついての判断基準は特定されており,不明りょうであるとはいえない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
原告は,実験例1及び2において,訂正発明1及び2の塩分濃度である
「2~8重量%」では,シュクラロースの評価は「×」か「-」であり,
「±:やや塩味がやわらげられていると感じる。=塩味が十分丸くなったと
はいえない濃度」の記載がないから,「±」と「-」とを区別する判断基準
は不明であるとも主張する(前記第3の2【原告の主張】)。
しかし,実験例1について,表1には,イオン交換水100重量部に食塩
8重量部を添加した水溶液に,シュクラロース0.01%あるいは甘草抽出
混合製剤0.04%を添加した場合は「-」であり,サッカリンNa0.0
2%,ステビア抽出物0.04%あるいは砂糖6% を添加した場合には
「±」となることが示されている。また,実験例2について,表2には,①
イオン交換水100重量部に食塩を12重量部添加した水溶液に,シュクラ
ロースを添加すると,「±」から「-」へと評価が変わる点があること,②
イオン交換水100重量部に食塩を2,8又は20重量部添加した水溶液
に,甘草抽出混合製剤を添加する量を増やすと,「±」から「-」へと評価
が変わる点があることが示されている。
そうすると,訂正発明1及び2の塩分濃度である「2~8重量%」におい
て,シュクラロースを添加した場合について「±」の評価がないとしても,
実験例1及び2を再現した当業者であれば,上記①及び②における「±」と
「-」との評価の違いを参考にして,訂正発明1及び2の塩分濃度である
「2~8重量%」において,シュクラロースを添加した場合についても,
「±」と「-」を明確に区別して評価することができるとものと認められ
る。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
小括
よって,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(訂正発明1及び2の容易想到性に係る判断の誤り)について
原告は,審決が,本件特許の出願時の技術常識を参酌しても甘味の閾値以
下の量添加で塩なれが起きるような技術常識はないと認定したことについ
て,甲7公報の実施例1の一夜漬用調味液全体に占める調味液Aの割合は
0.002%であり,調味液Aの甘味度は70であるから,前記漬物用調味
液のショ糖換算の甘味度は0.14%となり,ショ糖の甘味閾値0.31%
(訂正明細書の【0007】)を下回るから,本件特許の出願時において,
ステビアや甘草甘味料を甘味閾値以下の量添加することで,塩なれが起きる
ことは周知であったと主張する(前記第3 。
そこでまず,甲7公報の記載について検討する。
ア 甲7公報には以下の記載がある。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】 ステビア甘味料,甘草甘味料及び糖質を含有する塩性食
品向け液体調味料。
【請求項2】 糖質が異性化糖である請求項1に記載の塩性食品向け液
体調味料。
【請求項3】 糖質が糖アルコールである請求項1に記載の塩性食品向
け液体調味料。」
「【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は塩性食品向けの液体調味料に関し,特に
ステビア甘味料,甘草甘味料及び糖質を含有し,その液体調味料の甘味
度を砂糖の50~100倍に調整したものに関するものである。糖質と
して異性化糖を用いた場合,3成分の組み合わせにより,この液体調味
料を使用した塩性食品の味質を向上させると共に,食品工場で使い易い
形態になった液体調味料に関するものである。・・・」
「【課題を解決するための手段】
・・・
【0008】・・・ステビア甘味料の甘味度は通常砂糖の100~30
0倍と言われているのが,食塩,砂糖,異性化糖と共存させると2倍程
度甘味が上がることが知られている。
【0009】次に本発明に用いる甘草甘味料は・・・純度80%以上
(UV法)の甘草製品を使用するのが好ましい。その甘味度は通常砂糖
の300倍と言われているが,ステビア甘味料同様,砂糖,異性化糖,
食塩との共存下で2倍程度甘味度が高くなることが知られている。」
「【0012】
【実施例】
処方例1:表1の組成でステビア甘味料,甘草甘味料及び異性化糖を用
いた液体調味料A,B,Cを製造した。
・・・
【0013】【表1】
(注)ステビア甘味料(ステビアフィンH)の純度測定はHPLC法
ステビア甘味料(SKスイートZ3)の純度測定はGC法
甘草甘味料の純度測定はUV法
・・・
【0015】実施例1
調味液A,B,Cを用いて表3の組成の一夜漬用調味液を作り,下漬け
野菜300kg の一夜漬けを製造した。
以上を水で100Lにし良く混合する。この組成の下漬用調味液で製造
した一夜漬けは塩辛さも無く非常に味の良いものとなった。」
イ 前記アのとおり,甲7公報には,ステビア甘味料,甘草甘味料及び異性
化糖の3成分を混合し,その甘味度を砂糖(ショ糖)の50~100倍に
調整した液体調味料とすることにより,塩性食品の味質を向上させるとと
もに,食品工場で使いやすい形態になった液体調味料となることが記載さ
れており,実施例1には,甘味度70の調味液A(ステビア甘味料,甘草
甘味料及び異性化糖の3成分を混合したもの)を2g,70%ソルビトー
ル液5kg等を含み,100Lとなるよう水で調整した一夜漬け用調味液
を調製し,それを用いて製造した一夜漬けは,「塩辛さも無く」非常に味
の良いものであったことが記載されている。
しかし,上記の一夜漬け用調味液には,調味液A2gの他に,甘味料の
一種であるソルビトールが5kgも含まれているから,一夜漬け用調味液
における調味液Aが,ソルビトールの存在に関係なく,その甘味閾値以下
の量で「塩辛さ」をなくすことが記載されているとは認められない。
そうすると,甲7公報に接した当業者が,その記載から,甘味料を甘味
閾値以下の量を添加して「塩なれ効果」があることまでは把握することが
できるとは認められない。
したがって,甲7公報の記載を根拠として,本件特許の出願時におい
て,ステビアや甘草甘味料を甘味閾値以下の量添加することで塩なれが起
きることは周知であったとの原告の前記主張は採用することができない。
原告は,審決が,甘味閾値以下の濃度に着目して「塩味をやわらげ刺激を
丸く感じさせる」甘味料を探索する動機がないと判断したことについて,塩
なれ効果の優れた甘味料を探索することは当たり前の技術課題であったので
あるから,添加量の多寡にかかわらず,塩なれ効果のある甘味料としてシュ
クラロースを選ぶことは,当業者が容易に想到し得たことであり,また,食
塩の含有量により「塩なれ」が起きる甘味料の添加量が異なることは技術常
識であり,甲7公報には,ステビアや甘草甘味料を甘味閾値以下添加するこ
とで塩なれが生じることが開示されており,甲13文献には,砂糖の甘味の
閾値に近い0.5%で塩なれ効果があることが開示されていたのであるか
ら,甲7公報や甲13文献に接した当業者は,甘味料を甘味閾値以下添加し
た場合について,塩なれ効果があるかどうかを調べることも,容易に想到す
ると主張する(前記第3 。
,甲7公報には,甘味閾値以下の量で「塩辛さ」
をなくすことが記載されているとは認められないし,また,甲13文献に
は,甘味閾値に近い濃度である0.5%で砂糖に塩なれ効果がある旨の記載
があることは認められるが,甘味の閾値以下で塩なれが観察された甘味料の
報告が存在しない以上,甲7公報や甲13文献に接したとしても,甘味閾値
以下の濃度に着目して「塩味をやわらげ刺激を丸く感じさせる」甘味料を探
索する動機はないといわざるを得ない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
原告は,審決が,甘味閾値以下におけるシュクラロースの効果は,甲13
文献から予測できないし,加えて,本件特許の出願時の技術常識及び他の甲
号証からも予測できないと判断したことについて,シュクラロースを甘味閾
値以下添加した場合と,甘味閾値以上添加した場合とで,塩なれ効果につい
て特段顕著な違いはない,また,甲7公報では甘味の閾値以下の添加量での
塩なれ効果が報告されているし,甲13文献では,甘味の閾値に近い添加量
での塩なれ効果が報告されているから,シュクラロースの甘味閾値以下で塩
なれ効果が確認されたとしても,それは従来の技術常識や他の甲号証から予
測できる範囲内であると主張する(前記第3 。
しかし,シュクラロースを甘味閾値以下添加した場合と,甘味閾値以上添
加した場合とで,塩なれ効果の程度において特段顕著な違いはないとして
も,シュクラロースを甘味閾値以下添加したときに塩なれ効果が生じること
自体が,訂正発明1及び2の顕著な効果であることに変わりはない。また,
のとおり,甲7公報には,甘味閾値以下の量で「塩辛さ」をな
くすことが記載されているとは認められないし,甲13文献にも,甘味の閾
値以下で塩なれが観察された甘味料の報告が存在しない以上,シュクラロー
スを甘味閾値以下添加したときに塩なれ効果が生じること自体,従来の技術
常識から予測できるものとはいえない。
原告は,公知技術の塩なれ効果は,料理の分野においては「隠し味」と称
されるものであり,甘味を感じなくても効果を奏することは,本件出願前か
ら周知であったと主張する(前記第3の3 。
しかし,料理の分野における「隠し味」とは,「ある調味料を,目立たぬ
程度にごく少量加え,全体の味を引き立たせる調理法。また,その調味
料。」(広辞苑第6版)をいい,甘味料を隠し味として目立たぬ程度に少量
用いることは,必ずしも甘味閾値以下の量で用いることを意味するとはいえ
ない。したがって,甘味料を「隠し味」として用いるという周知技術から,
シュクラロースを甘味閾値以下の量用いることで塩なれ効果を発揮すること
が予測の範囲内のものであるとはいえない。
原告は,訂正発明は,「甘味の閾値以下の量」という数値によって限定さ
れた,いわゆる数値限定であり,数値限定の場合は,有利な効果について,
その数値限定の内と外で量的に顕著な差異があることが要求されているが,
実験例2に係る表2において,シュクラロースの甘味の閾値である0.00
038重量%以下の範囲であっても,それを超える範囲と比して効果に顕著
な差があるとはいえないと主張する(前記第3の3 。
しかし,シュクラロースの甘味の閾値である0.00038重量%以下の
範囲において,それを超える範囲と比して効果に顕著な差がないとしても,
シュクラロースを甘味閾値以下添加したときに塩なれ効果が生じること自体
が,従来の技術常識等から予測できるものでないことに変わりはない。
したがって,原告の上記各主張は採用することができない。
小括
よって,原告主張の取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(訂正発明3の容易想到性に係る判断の誤り)について
一致点の認定について
ア 被告は,審決が,訂正発明3と公知の技術事項との一致点を,「塩味を
やわらげ刺激を・・・丸く感じさせる」と認定したことについて,訂正明
細書の発明の詳細な説明における「塩なれ」とは,単に塩味の強弱のみな
らず,「刺激の丸さ」という別の二次元的な評価軸によって評価されたも
のであって,「塩味がやわらげられ」かつ「刺激を丸く感じる」という双
方を満足する状態を意味するのに対し,公知の技術事項である「塩なれ」
とは,単に塩から味を減少させる,すなわち,塩かどを取ることであり,
その意味には,「刺激を丸く感じさせる」ことまでは含んでいないとし
て,審決の一致点の認定は誤りであると主張する(前記第3の4【被告の
主張 。
イ 公知の技術事項における「塩なれ」の意味について
そこで,まず,公知の技術事項における「塩なれ」の意味について確認
する。
以下の公報には,それぞれ次のとおりの記載がある。
a 特開平5-49439号公報(甲15。以下「甲15公報」とい
う。)
「従来提供されている一般の食塩は,味覚的に単調であり,いわゆる
塩カドと呼ばれる刺激的な塩辛みを有する。」(【0005】)
「・・・これを食品に添加することにより・・・塩カドのないまろや
かな風味が付与される・・・」(【0014】)
「・・・本発明の大豆ミネラル添加塩によれば,塩カドがなく,まろ
やかで,好ましい塩味を有し・・・」(【0059】)
b 甲16公報
「漬物類や塩蔵品においてはいずれも熟成が促進され,塩辛味が直接
の刺激として感じられず(塩なれ効果)従来品とくらべて一味違う丸
みのある製品が得られる。」(2頁左下欄15行から18行)
c 乙15公報
「塩なれ効果(塩分の刺激性が温和になることをいう。・・・)」
(1頁左欄末行から右欄1行)
d 甲6公報
「甘味を呈する下記構造式のジヒドロカルコン類を鹹味を有する食品
に所定量加えることにより,ジヒドロカルコン類が鹹味を大巾に緩和
する効果,すなわち塩なれ効果を有し,嗜好性の高い食品をつくり出
すことを見出した。」(1頁右欄8行から13行)
e 甲7公報
「ステビア甘味料,甘草甘味料は従来から塩性食品の塩辛さを無くす
る所謂塩なれ効果を期待して単独で或いは甘草とステビアの混合製剤
として」(【0002】)
上記各記載によれば,本件出願に係る優先日当時において,「塩な
れ」(塩かどを取る)とは,刺激的な塩辛味を取ることを意味している
ものと認められる。
なお,甲6公報及び甲7公報には,「塩なれ」とは,「鹹味を大幅に
緩和すること」,「塩辛さを無くすこと」と記載され,「刺激」との語
は用いられていない。しかし,甲15公報,甲16公報及び乙15公報
の記載からすると,「塩辛み(鹹味・塩辛さ)」には本来「刺激」的な
部分があることが認められる。したがって,甲6公報及び甲7公報の上
記記載は,刺激的な鹹味を大幅に緩和する,あるいは刺激的な塩辛さを
なくすことをいうものと理解することができる。
ウ 訂正明細書における「塩なれ」の意味について
被告は,訂正明細書における「塩なれ」とは,単に塩味の強弱のみなら
ず,「刺激の丸さ」という別の二次元的な評価軸によって評価されたもの
であって,「塩味がやわらげられ」かつ「刺激を丸く感じる」という双方
を満足する状態を意味し,公知の技術事項とは異なると主張するが,前記
甲15公報には,塩カドを取ることと「まろやかさ」とい
う言葉が並列的に記載されている上,乙15公報には,「塩なれ効果(塩
分の刺激性が温和になることをいう。)」との記載がされていることが認
められる。そして,上記乙15公報の言葉の意味に照らしてみれば,ここ
にいう「塩分の刺激性が温和になる」とは,訂正発明にいう「刺激を丸く
感じる」ことと,実質的に同じ意味であると解するのが相当である。
なお,被告は,上記主張の根拠として,①訂正明細書の【表1】の備考
には,「塩なれ - 塩味がやわらげられ,刺激を丸く感じる。」と記載
されており,「塩味がやわらげられ」ることと,「刺激を丸く感じる」こ
とは,区別される感覚のことであること,②「刺激」とは,専ら「痛覚」
で受容する感覚であって「味」とは区別されるべきものであることは,技
術常識であることを指摘する(前記第3の4【被告の 。
しかし,上記①の点については,訂正明細書には,訂正明細書における
「塩なれ」が,公知の技術事項である「塩なれ」とどのように異なるもの
であるかについての説明が存在しない以上,訂正明細書の【表1】の上記
記載をもって,訂正明細書における「塩なれ」が公知の技術事項である
「塩なれ」と異なることの根拠になるものと認めることはできない。
また,上記②の点については,一般論としてはともかく,食塩は,「塩
カドと呼ばれる刺激的な塩辛みを有する」(甲15公報【0005】)も
のであることが知られており,「味」である「塩辛み」を「刺激的」と表
現していることに照らしても,食塩から感じる感覚において,「味」と
「刺激」を明確に区別することができるものとは認められない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
そうすると,「塩なれ」を「刺激的な塩辛味である塩かどが取れ,刺激
が所定の程度丸く感じる状態になること」として,これを一致点とした
審決の認定に誤りはないというべきである。
相違点の判断について
被告は,審決の相違点の判断に誤りがあると主張する(前記第3の4【被

しかし,被告の上記主張は,訂正発明3と公知の技術事項との一致点の認
認定に誤りはない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
小括
よって,被告主張の取消事由4は理由がない。
5 まとめ
以上のとおり,取消事由1ないし4はいずれも理由がなく,審決に取り消さ
れるべき違法はない。
第5 結論
よって,原告の甲事件請求及び被告の乙事件請求はいずれも理由がないか
ら,これらをそれぞれ棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 石 井 忠 雄
裁判官 西 理 香
裁判官 田 中 正 哉

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