平成23(行ケ)10296審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成24年5月23日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官栗林敏彦 原告株式会社山田工作所
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対象物 |
食品等の小分け容器,その打ち抜き方法及び打ち抜き装置 |
法令 |
特許権
特許法17条の23回 特許法49条1回
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キーワード |
進歩性25回 審決20回 分割3回 特許権1回
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主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件訴訟は,特許出願拒絶査定を不服とする審判請求を成り立たないとした審決
の取消訴訟である。争点は,補正の適否及び本願発明の進歩性(容易想到性)の有
無である。 |
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判決文
平成24年5月23日判決言渡
平成23年(行ケ)第10296号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成24年4月25日
判 決
原 告 株 式 会 社 山 田 工 作 所
訴訟代理人弁理士 濱 田 俊 明
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 熊 倉 強
栗 林 敏 彦
石 川 好 文
田 村 正 明
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 原告が求めた判決
特許庁が不服2011-5560号事件について平成23年7月26日にした審
決を取り消す。
第2 事案の概要
本件訴訟は,特許出願拒絶査定を不服とする審判請求を成り立たないとした審決
の取消訴訟である。争点は,補正の適否及び本願発明の進歩性(容易想到性)の有
無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成18年8月17日,名称を「食品等の小分け容器,その打ち抜き方
法及び打ち抜き装置」とする発明につき,特許出願したが(特願2006-222
480号,請求項の数は4),平成22年12月1日,特許庁から本件出願につき拒
絶査定を受けたので,平成23年3月14日,不服審判請求をするとともに(不服
2011-5560号)特許請求の範囲の一部及び発明の詳細な説明の一部をそれ
,
ぞれ改める旨の本件補正をした。
特許庁は,平成23年7月26日,本件補正を却下する決定とともに「本件審判
の請求は成り立たない。 との審決をし,
」 その謄本は同年8月15日に原告に送達さ
れた。
2 本願発明の要旨
本願発明は,食品等の小分け容器等に関する発明で,本件補正後及び本件補正前
の請求項1の特許請求の範囲は以下のとおりである。
【請求項1(本件補正後のもの,補正発明)】
「複数の食品の収納凹部を備え,各収納凹部をフランジで連設する連設部に設け
た分離線で切り離し可能とした小分け容器であって,分離線の始端(終端)に,分
離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続
曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線として互
いに向かい合って対称形に漸近して接する平面視略V字の形状の切り込み部を設け
たことを特徴とする食品等の小分け容器。(下線部が補正個所である。
」 )
【請求項1(本件補正前のもの,補正前発明)】
「複数の食品の収納凹部を備え,各収納凹部をフランジで連設する連設部に設け
た分離線で切り離し可能とした小分け容器であって,分離線の始端(終端)に,分
離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続
曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が互いに向かい合って対称形に接する
略V字の形状の切り込み部を設けたことを特徴とする食品等の小分け容器。」
3 審決の理由の要点
(1) 請求項1の特許請求の範囲において,
「切り込み部」が「分離線の始端(終
端)に,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円
弧状の連続曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が互いに向かい合って対称
形に接する略V字の形状」としていたのを,
「分離線の始端(終端)に,分離線を挟
んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結
び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線として互いに向か
い合って対称形に漸近して接する平面視略V字の形状」と改める本件補正は,願書
に最初に添付した明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものではなく,本件
補正は,平成18年法律第55号「意匠法等の一部を改正する法律」附則3条1項
の規定によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第
3項に違反する。
(2) 補正前発明は,本件出願当時,下記引用文献に記載された発明(引用発明)
に周知技術を適用することで,当業者が容易に発明できたものとして進歩性を欠く。
仮に,その円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線として互いに
「
向かい合って対称形に漸近して接する平面視略V字の形状」が願書に最初に添付さ
れた明細書及び図面に記載の範囲内のものであるとしても,かかる特定事項は周知
技術にすぎず,補正発明は進歩性を欠く。
【引用文献】登録実用新案第3052161号公報(甲2の1)
【引用発明】
「食品を収納する凹部を備えた複数のトレーの上周縁を,切り離し可能に連設し
て連結縁部を形成した小分けトレー体であって,前記連結縁部に切り離し線を設け,
前記切り離し線の始端(終端)に,当該切り離し線を挟んだ両側のトレーの上周縁
の外周線と切り離し線とを曲線で結んだ切り欠きを設けた,各トレーを切り離し可
能な小分けトレー体。」
【補正前発明と引用発明の一致点】
「複数の食品の収納凹部を備え,各収納凹部をフランジで連設する連設部に設け
た分離線で切り離し可能とした小分け容器であって,分離線の始端(終端)に,分
離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ曲線で結んだ切り込み部を
設けた食品等の小分け容器」である点。
【補正前発明と引用発明の相違点】
補正前発明では,切り込み部が,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線と
をそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線
が互いに向かい合って対称形に接する略V字の形状のものであるのに対して,引用
発明では,曲線及び切り欠きの形状についてこのような規定のない点。
【補正前発明と引用発明の相違点に係る構成の容易想到性判断等(5頁)】
「上記相違点について検討すると,各収納凹部をフランジで連設する連設部に設けた分離線
で切り離し可能とした小分け容器において,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とを
それぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が互いに向か
い合って対称形に接するV字の形状の『切り込み部』を設けることは,例えば,実願昭56-
77060号(実開昭57-188614号)のマイクロフィルム(甲3)に記載されており,
周知の技術である(第1図又は第3図の説明として,明細書第2頁第16~19行及び第3頁
第17~20行に『連結する外縁部(1)に底部側に屈曲するV形溝(3)を設けると共に,
このV形溝(3)に複数の排出孔(4)を穿設する。,
』『この排出孔(4)は連結状容器を細分
化する為に各容器(2)を切離す際の屈折又は切断の案内となる実効も併有する。 と記載され,
』
当該V形溝及び排出孔が外縁部(本願の連設部に相当)に設けられる分離線に相当すると認め
られることから,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状の連続曲線
で結び,その円弧状の曲線が互いに向かい合って対称形に接するV字の形状の切り込み部を形
成しているものと認められる。また,同様な例として,他にも実願昭60-87251号(実
開昭61-202363号)のマイクロフィルム(甲10)の第11図,登録実用新案第30
75056号公報(甲11)も参照することができる)。
よって,上記相違点に係る補正前発明の構成は引用発明及び周知技術より当業者が容易にな
し得たものと認める。
また,補正前発明の作用効果も,引用発明及び周知技術から当業者が予測できる範囲のもの
であり,格別顕著なものと認められない。
したがって,補正前発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をする
ことができたものである。」
第3 原告主張の審決取消事由
1 補正の適否の判断の誤り(取消事由1)
願書に最初に添付された明細書(当初明細書)の段落【0008】には,
「円弧又
は楕円孤が互いに接して略V字状となる切り込み線をトムソン刃によって貫設する
第1工程と, という記載があるし,
」 図2に平面視で略V字状の切り込みが記載され
ているから,当初明細書及び図面中に「円弧状又は楕円孤状の曲線で構成された平
面視略V字状の切り込み部」が記載されている。
また,接線は,曲線上の2点を結ぶ直線(線分)を想定して,この2点を限りな
く近づけたときに,上記直線が近づいていく直線を意味するところ,2つの曲線の
互いに重なり合う点における両曲線の各接線が互いに重なり合うときのその接線が,
「共通する接線」に当たる。そして,切り込み部の分離線がこの「共通する接線」
と一致する(重なり合う)ことが,本件補正後の特許請求の範囲にいう「その円弧
状又は楕円孤状の曲線が前記分離線を共通する接線として・ ・接する」
・ に当たる。
しかるに,当初明細書の段落【0016】には,
「円弧(楕円孤)が互いに向かい合
って対称形に接する」と記載されているし,図面の体裁からも,
「切り込み部が分離
線を共通する接線として互いに向かい合っていること」が当初明細書及び図面中に
記載されているといえる。
そして,当初明細書に添付された図2には,
「切り込み部が対称形に漸近して接す
る」状況が記載されているから,本件補正において改められた「その円弧状又は楕
円孤状の曲線が前記分離線を共通する接線として互いに向かい合って対称形に漸近
して接する平面視略V字状の切り込み部を設けた」との事項は当初明細書及び図面
に記載された範囲内のものであり,改正前の特許法17条の2第3項の要件を満た
す。
したがって,上記が新規事項の追加に当たるとして本件補正を却下した決定は違
法である。
2 引用発明との相違点に係る構成の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
補正発明は,分離線3で切り離された容器の角部が連続した曲線のみで構成され
るようにし,鋭角的な部分を残さないようにして,手指を傷つけることを確実に防
止するために(段落【0011】参照),切り込み部の形状として,「分離線の始端
(終端)に,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は
楕円弧状の連続曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通す
る接線として互いに向かい合って対称形に漸近して接する平面視略V字の形状の切
り込み部」という構成を採用したものである。他方,引用文献の切り欠き9又は切
欠10は,最奥部が半円状に形成されており(図1,3~6参照),円弧状又は楕円
弧状の曲線が共通接線を有して対称形に漸近するように接するようには構成されて
おらず,半円状の切り欠き9と切り離し線16は,直角に交差している。そのため,
例えば引用文献の図6の切り離された状態の容器では,切り離された容器の角部に
は鋭角的な部分が残ってしまい,手指を傷つけるおそれがある。このとおり,引用
文献で開示される切り欠き9,切欠き10の構成は,従来技術のものにすぎず,補
正発明とは異質である。
審決が周知技術の例として引用する甲第3号証は,複数の容器を相互に連結する
外縁部に側面視でV形の溝を設けることに関する文献であって,補正発明にいう「平
面視略V字の形状」の切り込み部と全く関係がない。また,甲第3号証には,円弧
又は楕円孤が互いに隣り合って対称形に接する構成は全く開示されていないから,
「接線」が生じる余地がなく,2つの円弧の交点を結ぶよう分離線が設けられてい
るのみである。
甲第11号証も,抜刃を改良することにより,トゲ状の微小な切断部が残ること
を防止するためのものにすぎず,小分け容器の形状については記載がない。甲第1
0号証も,容器の角部で手指が傷付けられることを防止するという課題を解決し得
るものではない。
また,被告が本件訴訟で提出する実願平4-76030号(実開平7-2637
9号)のCD-ROM(乙1)も,
「分離線の始端(終端)に,分離線を挟んだ両側
の容器の外周縁と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,その
円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線として互いに向かい合って
対称形に漸近して接する平面視略V字状の切り込み部を設け」る構成を何ら開示す
るものではなく,かかる事項が周知技術であることの裏付けにはならない。
したがって,当業者は,引用発明及び周知技術に基づいて,補正発明と引用発明
の相違点に係る構成に容易に想到することができない。
なお,補正の適否の判断においては「分離線の始端(終端)に,分離線を挟んだ
両側の容器の外周縁と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,
その円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線として互いに向かい合
って対称形に漸近して接する平面視略V字状の切り込み部を設け」る構成が当業者
に自明でないとしながら,進歩性判断においては上記事項が「当業者が適宜設計し
得る事項」にすぎないとするのは,論理の矛盾がある。
3 審理不尽(取消事由3)
請求項2ないし4の発明も,請求項1の発明と同様に,進歩性を有するものであ
るところ,審決は請求項1の発明の進歩性についてのみ判断し,請求項2ないし4
の発明の進歩性について判断していない。原告はすべての請求項に対応する審判請
求手数料を納付しているのであって,請求項2ないし4の発明について判断をしな
いのは不当,違法である。
第4 取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1に対し
分離線が共通する接線となるのは,例えば,切り込み線が一定の曲率半径を有す
る円弧状同士である場合,切り込みが最も深くなるごく一部の態様のときのみであ
る。単に円弧又は楕円弧が互いに向かい合って対称形に接するだけでは,共通の接
線とはならない。
当初明細書等の段落【0008】【0016】には,
, 「接線」自体について何らの
記載がないし,図1,図2でも,分離線3は「接線」であるか否かに関わらず,1
本だけしか設けられていないから,当該分離線3が接線であるということにはなら
ない。
なお,本件補正により,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞ
れ結んだ円弧状又は楕円弧状の連続曲線が「前記分離線を共通する接線として」互
いに向かい合って対称形に漸近して接することになるが,これによって,例えば小
分け容器を分離させる力が接合部に無理なく効率的に集中し,割れることなくスム
ーズに切り離すことが可能になるとか,切り込みが深く,分離線が短くなって,短
時間で切り離すことができるなど,さまざまな効果が生じることになる。したがっ
て,本件補正は取扱いや切り離し作業に関する新たな技術的意義を新たに導入する
もので,不適法である。
2 取消事由2に対し
仮に本件補正が適法であるとしても,補正発明も補正前発明と同様の理由で進歩
性を欠く。
すなわち,補正発明も,補正前発明と引用発明の一致点で引用発明と一致し,
「補
正発明では,切り込み部が,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれ
ぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が前記
分離線を共通する接線として互いに向かい合って対称形に漸近して接する平面視略
V字の形状のものであるのに対して,引用発明では,曲線及び切り欠きの形状につ
いてこのような規定のない点」で引用発明と相違する。
そして,補正前発明に関するのと同様に,引用発明に基づいて,分離線を挟んだ
両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,
その円弧状又は楕円弧状の曲線が互いに向かい合って対称形に接するV字の形状の
「切り込み部」を設けることも,周知技術に基づいて当業者が容易に想到すること
ができるものにすぎない。引用発明のように,分離線で切り離し可能とした小分け
容器において,分離線に沿って各容器を切り離した後に,手指等を傷つける問題が
あることは,当業者に良く認識されていた事項であり,引用発明においても,当業
者が当然認識し得ていた技術的課題にすぎない。かかる問題を踏まえ,各容器を切
り離した後の各容器の分離線が存在していた部位を含む外周をなす線が滑らかな形
態になるようにすることは,登録実用新案第3075056号公報(甲11)や実
願平4-76030号(実開平7-26379号)のCD-ROM(乙1)に記載
されているように,当業者にとってごく一般的な技術的課題,解決手段にすぎず,
審決が引用した周知技術の裏付けとなる文献においても内在していたものである。
また,容器の外周線を分離線と結ぶ円弧状又は楕円弧状の連続曲線は,分割線と
の連結の仕方によって,分離後に,容器の外周線や分離線との連結点に角部を生じ,
手指を傷つける可能性があることは,当業者にとって自明である。分離後の容器外
縁部の滑らかさをどの程度にするかは当業者が適宜設計し得る事項にすぎず,当該
連続曲線と分離線の連結点について,その角部を小さくしようとすれば,当該連続
曲線と分離線をできるだけ滑らかにつなげばよく,そのためには,幾何学上の観点
から,当該連続曲線が分離線を共通する接線となるように設計すれば良いことを容
易に着想し得る。そうしてみると,引用発明において,切り離し前に分離線が存在
していた部分を滑らかな形態にすべく,上記相違点に係る補正発明の発明特定事項
を採用することは,補正前発明と同様に当業者にとって容易になし得たものである。
そして,手指等を傷つけることがないという補正発明の効果は,引用発明及び周
知技術から当業者において予期し得る範囲内のものにすぎない。
したがって,補正発明も,進歩性を欠くから,この旨をいう審決の判断に誤りは
ない。
3 取消事由3に対し
審決が請求項2ないし4の発明の進歩性につき判断をしなかったのは,請求項1
の発明が進歩性を欠く以上,本件出願を拒絶査定した処分を取り消す理由はないか
らである。仮に請求項2ないし4の発明が進歩性を有するとしても,審決の結論は
左右されるものではない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(補正の適否の判断の誤り)について
(1) 当初明細書(甲8)の段落【0008】には,「容器の仮想外周線及び仮
想分離線に沿って,円弧又は楕円弧が互いに接して略V字形状となる切り込み線を
トムソン刃によって貫設する第1工程と,
・・・第2工程とから打ち抜き方法を構成
するという手段を採用した。」との記載が,段落【0016】にも,「この切り込み
部4は,分離線3を挟んだ両側の外周縁5と中間の分離線3をそれぞれ円弧状又は
楕円弧状の連続曲線で結んだ形状に形成する。即ち,円弧(楕円弧)が互いに向か
い合って対称形に接する略V字の形状となる。 との記載があるし,
」 当初明細書添付
の図1,2には,小分け容器外縁部の分離線の両端付近に,円弧状又は楕円孤状の
曲線で構成された平面視略V字状の切り込み部を設け,この切り込み部の曲線の分
離線側端部が分離線と滑らかに繋がって連続曲線を成すようにし,上記切り込み部
の曲線の分離線側端部における接線を想定した場合にこの接線が分離線と互いに重
なり合うようにされている状況が図示されており,また分離線を挟んで両側の小分
け容器が対称になる構造を有しているため,両側の小分け容器外縁部の切り込み部
の曲線の分離線側端部における接線が,分離線において共通のものになり,したが
って小分け容器外縁部の切り込み部の曲線と分離線とが成す連続曲線が接線を共通
にして「互いに向かい合って対称形に漸近して接する」状況が図示されている。
そうすると,本件補正で改められた「分離線の始端(終端)に,分離線を挟んだ
両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,
その円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線として互いに向かい合
って対称形に漸近して接する平面視略V字の形状」との発明特定事項は,当初明細
書及び図面に記載された範囲内のものであるということができる。
したがって,円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線として互い
「
に向かい合って対称形に漸近して接する平面略V字の形状」は当初明細書及び図面
に記載された事項とは認められず,本件補正は改正前の特許法17条の2第3項の
規定に違反するとした審決の判断には誤りがある。
(2) 被告は,本件補正によって,例えば小分け容器を分離させる力が接合部に
無理なく効率的に集中し,割れることなくスムーズに切り離すことが可能になると
か,切り込みが深く,分離線が短くなって,短時間で切り離すことができるなどの,
取扱いや切り離し作業に関する新たな技術的意義を新たに導入するものであると主
張する。しかしながら,かかる効果ないし技術的意義は本件補正後においても本願
明細書中に記載されているわけではないし,小分け容器外縁部の切り込みを「円弧
状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線として互いに向かい合って対称
形に漸近して接する平面略V字の形状」として,切り込みと分離線が滑らかに繋が
るようにすれば,容器の切り離しがよりスムーズになる等の効果を奏することがで
きることは当業者に自明であるから,被告の上記主張は前記(1)の結論を左右するも
のではない。
(3) したがって,取消事由1は理由があるが,審決は3頁で「仮に,この点が
本願の図1,2から明らかであるとしたら,下記「第5.(判決注:補正前発明と
」
引用発明との対比及び進歩性判断)で示す周知例においても,記載されていること
が図面から明らかな事項であるといえる。 と説示しているから,
」 補正前発明の進歩
性と同様に,本件補正後の発明である補正発明の進歩性についても実質的に判断し
たものである。そこで,後記2においては,補正発明の進歩性について判断するこ
ととするが,以下のとおり,補正発明も,補正前発明と同様に,当業者において引
用発明との相違点に係る構成に容易に想到し得るもので,進歩性を欠く。
2 取消事由2(引用発明との相違点に係る構成の容易想到性の判断の誤り)に
ついて
(1) 補正発明も,補正前発明と引用発明の一致点で引用発明と一致し,補正発
明では,
「切り込み部が,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ
円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離
線を共通する接線として互いに向かい合って対称形に漸近して接する平面視略V字
の形状のもの」であるのに対して,引用発明では,曲線及び切り欠きの形状につい
てこのような規定のない点で引用発明と相違するところ,審決が周知例として引用
する甲第11号証(実用新案登録第3075056号)には,次のとおりの記載及
び図面がある。
・段落【0001】(考案の属する技術分野)
「本考案は,熱成形による容器に関する物で,ミシン刃などで容器を個別化した
ときの切断周辺が平滑であり,危害性を防止したものである。」
・段落【0002】(従来の技術)
「熱成形によって製造された容器は,多数が同じ成形シートで成形される為に,
商品とする前に打抜き工程が必要であり,雄雌の抜きプレスや刃型で処理されてい
る。」
・段落【0003】(考案が解決しようとする課題)
「熱成形品の打抜き仕上げの場合,特に飲食用の厚さが薄い熱成形品のうち,個
別化するためにミシン刃などで打抜かれた商品はその個別化した切断部分にトゲ状
の微少な切断部が残り,使用にあたり指や唇部分を傷つける恐れがあった。」
・段落【0004】(課題を解決する為の手段)
「本考案の商品は,個別化したときのトゲ状部分を無くすように抜刃などの改良
により解決したものである。」
・図1
・図3
また,乙第1号証(実願平4-76030号(実開平7-26379号)のCD
-ROM)の段落【0001】,
【0002】,
【0006】ないし【0009】 図1,
,
3にも,分離線であるスリットの両端に略4分の1円状の曲線(円弧)からなる切
欠き部を設け,この曲線を直線であるスリットとが滑らかに接続されるようにした,
個別の医薬品を包装するシート(ブリスター包装)が記載されており,上記のとお
り切欠き部の曲線とスリットが滑らかに接続されるようにした結果,スリットが切
欠き部の「円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線と」重なり,切
欠き部が「互いに向かい合って対称形に漸近して接する平面視略V字の形状のもの」
になっている。
そうすると,甲第11号証においても,乙第1号証においても,
「分離線を挟んだ
両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結」ん
でおり,切り込み部の「円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線」
としており,したがって上記切り込み部は「互いに向かい合って対称形に漸近して
接する平面視略V字の形状のものである」構成が記載されていて,かかる構成は本
件出願当時における当業者の周知技術にすぎないということができる。したがって,
補正発明と引用発明の相違点は,本件出願当時における当業者の周知技術にすぎな
いものである。
ここで,引用発明も,甲第11号証等に記載された周知技術も,食品等の小分け
容器の構造に関するものでその技術分野が共通するところ,甲第11号証の段落【0
003】【0004】の記載に照らせば,上記周知技術は小分け容器を分離した後
,
の容器外縁部に残る突出部等で使用者の手指が傷付けられる事態を防止することを
目的とするものである。そして,引用文献(甲2の1)には,かかる使用者の手指
の傷害の防止という観点は記載されていないが,引用文献の図6(下記参照)を見
れば,小分け容器を切り離した後の分離線の両端に突部が残存することにより,使
用者が上記突部で手指に怪我をするおそれがあり,不都合であることは,引用文献
に接した当業者において極めて容易に理解できる事柄にすぎない。
・引用文献の図6
したがって,当該発明ないし技術的事項によって解決すべき技術的課題の観点か
らも,引用文献に対する前記周知技術の適用を否定すべき事情は存しない。
そうすると,引用発明に甲第11号証等に記載された周知技術を適用することに
より,本件出願当時,当業者において前記相違点に係る構成に想到することは容易
である一方,補正発明による作用効果すなわち使用者の手指の傷害の防止という作
用効果(本願明細書(甲8)の段落【0005】~【0007】を参照。)は,引用
発明及び前記周知技術から当業者が予測し得る程度のものにすぎないから,補正発
明は進歩性を欠くものというべきである。
(2) 前記(1)のとおり,本件補正後の請求項1の発明(補正発明)は進歩性を欠
くものであるから,請求項2ないし4の発明の進歩性について判断するまでもなく,
原告の不服審判請求を不成立とした審決の判断に誤りがあるとはいえない。
したがって,原告が主張する取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(審理不尽)について
原告は,審決は請求項1の発明の進歩性についてのみ判断し,請求項2ないし4
の発明の進歩性について判断しておらず,不当,違法であると主張する。
しかしながら,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許
査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つの特許が付与され,一つの特許権が
発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与される
ものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,
特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許
査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定
をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取
扱いは予定されていない。このことは,特許法49条,51条の文言や,特許出願
分割制度の存在自体に照らしても明らかである(最高裁平成20年7月10日第一
小法廷判決・民集62巻7号1905頁参照)。なお,拒絶査定を受けた出願人が不
服審判請求をするために請求項の数に応じた手数料を納付しなければならないのは,
審判においてすべての請求項につき審理・判断の可能性があることに対応するもの
であって,出願拒絶についての可分的な取扱いと結び付くものではない。
したがって,審決が請求項2ないし4の発明の進歩性について判断をしなかった
としても違法ではなく,原告が主張する取消事由3は理由がない。
第6 結論
以上によれば,原告が主張する取消事由2,3は理由がなく,したがって本件補
正の前後を通じて発明の進歩性が欠如しているというべきところ,本件補正後の発
明の進歩性についても判断を加えるときにおいては,本件出願を拒絶すべきであり,
原告の不服審判請求を不成立とした審決は,その結論において正当である。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩 月 秀 平
裁判官
真 辺 朋 子
裁判官
田 邉 実
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