平成23(行ケ)10072審決取消請求事件
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
審決取消 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成23年9月29日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告日研工業株式会社松田浩明 原告株式会社ワイケイワイX2
亡X1訴訟承継人
|
対象物 |
ゴルフ用クラブの展示用支持装置 |
法令 |
特許権
特許法17条の25回 特許法153条2項2回
|
キーワード |
審決19回 無効8回 無効審判2回 実施1回 特許権1回 優先権1回
|
主文 |
1 特許庁が無効2010-800037号事件について平成23年1月26日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,原告らが,下記1のとおりの手続において,発明の要旨を下記2のとお
りとする原告らの本件特許に対する被告の特許無効審判の請求について,特許庁が,
本件特許を無効とした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3の
とおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める
事案である。 |
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
平成23年9月29日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官
平成23年(行ケ)第10072号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成23年9月15日
判 決
原 告 株式会社ワイケイワイ
原 告 亡 X 1 訴 訟 承 継 人
X2
上記両名訴訟代理人弁護士 髙 橋 早 百 合
同 弁理士 天 野 泉
石 川 憲
被 告 日 研 工 業 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 山 岸 憲 司
松 田 浩 明
米 田 秀 之
川 上 邦 久
同 弁理士 右 田 登 志 男
千 且 和 也
佐 藤 雄 哉
田 島 愛 美
主 文
1 特許庁が無効2010-800037号事件につ
いて平成23年1月26日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は,原告らが,下記1のとおりの手続において,発明の要旨を下記2のとお
りとする原告らの本件特許に対する被告の特許無効審判の請求について,特許庁が,
本件特許を無効とした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3の
とおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める
事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告株式会社ワイケイワイ及び X1 は,平成15年3月28日,発明の名称
を「ゴルフ用クラブの展示用支持装置」とする特許出願(特願2003-1267
52号。国内優先権主張日:平成14年4月18日)をし,平成21年5月27日,
下記2(2)の特許請求の範囲を2(1)に補正するなどの手続補正(甲12。以下,同
日付け手続補正書による補正を「本件補正」という。)を行った上で,同年7月3
日,設定の登録(特許第4334269号)を受けた(甲14)。以下,この特許
を「本件特許」という。
(2) 被告は,平成22年3月4日,本件特許に係る発明の全てである請求項1
ないし7について特許無効審判を請求し,無効2010-800037号事件とし
て係属した。
(3) 特許庁は,平成23年1月26日,「特許第4334269号の請求項1
ないし7に係る発明についての特許を無効とする。」旨の本件審決をし,その謄本
は,同年2月3日,原告株式会社ワイケイワイ及び X1 に送達された。
(4) なお,X1 は,平成23年5月5日,死亡し,原告 X2は,X1 の有していた
本件特許に係る特許権の共有持分を相続により取得した。
2 本件発明の要旨
(1) 本件審決が判断の対象とした発明は,本件補正後のものであって,その
【請求項1】の要旨は,次のとおりである。以下,【請求項1】に係る発明を「本
件発明」といい,そのうち当裁判所が以下に付した下線部を「本件補正事項」とい
う。なお,本件補正前の特許請求の範囲の記載に対応する明細書及び図面は,出願
当初のもの(甲16)であって,以下,これらを「当初明細書等」という。
【請求項1】フック部材と,当該フック部材を一つ又は複数着脱自在に取り付ける
長尺な連結部材と,上記連結部材の端部に設けたブラケットとからなり,上記フッ
ク部材は本体と,上記本体の上部に設けられてゴルフ用クラブのヘッドを支持する
ヘッド支持部と,上記本体の胴部に上記ヘッド支持部に連なりながら下方に向けて
形成されて上記ゴルフ用クラブのシャフト部を挿入させるシャフト案内溝と,上記
本体に形成されて上記連結部材を上記本体と交叉する方向に挿入させる溝又は孔と
で構成され,上記連結部材を上記フック部材に挿入し,更に上記連結部材を上記ブ
ラケットを介して展示装置に取付け,次いで上記ヘッド支持部にゴルフ用クラブの
ヘッドを当てがいながらシャフトを上記シャフト案内溝に挿入して吊り持ちさせな
がら当該ゴルフ用クラブを展示させることを特徴とするゴルフ用クラブの展示用支
持装置
(2) なお,本件審決では明示されていないが,本件特許の対象となる発明のうち
【請求項2】ないし【請求項7】の記載は,次のとおりである(甲12)。
【請求項2】ヘッド支持部がウッドヘッドのフェイス面を当接させるフェイス当接
部と,同じくウッドヘッドの下面部を当接させる下面当接部とを備え,シャフト案
内溝が本体と一体な左右一対の突起で規制された上下方向に沿う溝から構成されて
いる請求項1のゴルフ用クラブの展示用支持装置
【請求項3】フェイス当接部を平滑面で構成し,下面当接部を上記平滑面に対向す
る曲面で構成している請求項2に記載のゴルフ用クラブの展示用支持装置
【請求項4】ヘッド支持部がアイアンヘッドのフェイス面を当接させるフェイス当
接部と,同じくアイアンヘッドの外面を支持する外面当接部とを備え,シャフト案
内溝が本体と一体で正面側に突出する左右一対の突起とこの突起で規制された上下
方向に沿う溝から構成されている請求項1のゴルフ用クラブの展示用支持装置
【請求項5】フェイス当接部を面で構成し,外面当接部を本体の上部に起立する支
持片で構成させ,左右一対の突起が上下に二組設けられている請求項4のゴルフ用
クラブの展示用支持装置
【請求項6】連結部材が水平な支持板から構成され,当該支持板に一つ又は複数の
フック部材を横方向に並べて挿入している請求項1,2,3,4又は5のゴルフ用
クラブの展示用支持装置
【請求項7】連結部材がひな段状に高さを変えながら延設した複数の先端板部を備
えた支持板からなり,各先端板部にそれぞれフック部材を挿入している請求項1,
2,3,4又は5のゴルフ用クラブの展示用支持装置
3 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,要するに,前記【請求項1】に本件補正事項を追加した本件
補正が当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではなく,本件発
明についての特許が特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正
をした特許出願に対してされたものであり,同様に,前記【請求項2】ないし【請
求項7】に係る発明についての特許も,同項に規定する要件を満たしていない補正
をした特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項1号に該当し,
無効とすべきものであるというものである。
4 取消事由
本件補正が補正要件を満たしていないとした判断の誤り
(1) 本件補正事項の認定の誤り(取消事由1)
(2) 審判手続の違法(取消事由2)
第3 当事者の主張
1 取消事由1(本件補正事項の認定の誤り)について
〔原告らの主張〕
(1) 本件審決は,本件補正事項のうち,「ながら」との文言について,2つの
動作が並行して行われる意を表す接続助詞であり,「並行」とは,2つ以上のもの
が同時に行われることであるから,本件補正事項のうち「ヘッド支持部にゴルフ用
クラブのヘッドを当てがいながらシャフトを上記シャフト案内溝に挿入して」との
部分が,ゴルフ用クラブ展示装置において,①「ヘッド支持部にゴルフ用クラブの
ヘッドを当てが」うことと②「シャフトを上記シャフト案内溝に挿入」することと
が同時に行われ,その後,③ゴルフ用クラブを「吊り持つ」ことと④「ゴルフ用ク
ラブを展示させる」とが同時に行われるといったそれぞれの動作の時間的な順序関
係を示すものと解されるところ(以下,上記の「ながら」との文言の意味及びこれ
に基づく本件補正事項に関する本件審決の解釈を「同時動作」ともいう。),当初
明細書等の記載を総合しても,同時動作が自明であるとはいえず,また,同時動作
を導き出すこともできないとして,新たな技術的事項を導入しないものとはいえな
い旨を説示する。
(2) しかし,「ながら」は,「…のままで」又は「共に」の意味も有するから
(甲15),必然的に同時動作のみの意味が生じるとはいえない。
むしろ,当初明細書等の図面(【図6】【図8】【図12】【図16】)に加え
て,当初明細書等の「そのためにヘッド部を懸架し線と面で支持し,シャフトを2
点で線支持するようにして展示し」との記載(【0014】)のうち,「懸架」が
「吊り持ち」を,「線と面で支持し」が「当てがい」を,「2点で線支持」が「シ
ャフト案内溝に挿入」を,それぞれ意味しているから,当業者であれば,本件補正
事項の構成は,取付け順序を記述したものではなく,「ながら」の文言が全て「展
示」に係り,当初明細書等の図面(【図6】【図8】【図12】【図16】)のよ
うにゴルフ用クラブを展示させた状態を表現したもので,具体的には,①ヘッド支
持部にゴルフ用クラブのヘッドをあてがっている状態,②シャフトをシャフト案内
溝に挿入している状態,③ゴルフ用クラブを吊り持ちさせている状態が同時に生じ
ていること(以下,上記の「ながら」との文言の意味及びこれに基づく本件補正事
項に関する解釈を「同時状態」ともいう。)を示す表現であると理解するはずであ
る。
(3) よって,本件補正事項の構成は,当初明細書等に記載されており,新規事
項ではないから,本件補正事項を含む本件補正は,特許法17条の2第3項に違反
しない。
(4) 仮に,「ヘッド支持部にゴルフ用クラブのヘッドを当てがいながらシャフ
トを上記シャフト案内溝に挿入して」との構成がゴルフクラブの展示の同時動作を
表現するものであったとしても,当業者は,当初明細書の記載(【0014】【0
019】【0021】【図6】【図8】【図12】【図16】等)を見れば,ゴル
フクラブを支持させる取付けの順序の一つとして同時動作を当然予想ないし認識す
るから,その同時動作は,当初明細書等に内在していたといえる事項であって,特
別の作用効果も生まれず第三者に不測の損害も与えず,特許法17条の2第3項の
立法趣旨には反しない。すなわち,本件発明の特許請求の範囲の記載のうち,「上
記連結部材を上記フック部材に挿入し,更に上記連結部材を上記ブラケットを介し
て展示装置に取付け,次いで上記ヘッド支持部にゴルフ用クラブのヘッドを当てが
いながらシャフトを上記シャフト案内溝に挿入して吊り持ちさせながら当該ゴルフ
用クラブを展示させる」との作用的構成は,本件発明という展示装置の取付け状態
をより明確にするための自明的な構成にすぎず,これにより本件発明の必須の構成
による作用効果が変更されるわけではないから,その取付けの順序が同時動作であ
ったとしても,発明の本質は変わらず,当然当初から内在している構成であって,
新規事項ではない。
〔被告の主張〕
(1) 本件発明の【請求項1】のうち,「挿入し」,「取付け」,「当てがいな
がら」及び「挿入して」は,いずれも能動態であるから人の動作そのものを意味し
ている一方,その後に記載されている「吊り持ちさせながら」及び「展示させる」
は,いずれも使役形であるから人の動作の結果としての物の状態を意味し得る。し
たがって,「当てがいながら」が「展示させる」に係るとするならば,展示されて
いる間に常に誰かが「当てがう」動作を継続する必要があることになってしまうか
ら,「当てがいながら」は,直後の「挿入して」に係ると考えざるを得ないし,こ
の読み方は,「当てがいながら」の直後に読点がなく,その直前に手順を示唆する
「次いで」という文言があることからも自然である。
また,本件発明の技術的意味を考えても,「ヘッド支持部にゴルフ用クラブのヘ
ッドを当てがいながらシャフトをシャフト案内溝に挿入」するという動作によって,
「吊り持ちさせながらゴルフ用クラブを展示させる」という最終的な状態が実現さ
れるという関係にあるのであるから,本件補正事項は,前半と後半とを分けて読む
のが自然である。
以上によれば,本件発明の特許請求の範囲の記載は,人が「上記連結部材を上記
フック部材に挿入し,更に上記連結部材を上記ブラケットを介して展示装置に取付
け,次いで上記ヘッド支持部にゴルフ用クラブのヘッドを当てがいながらシャフト
を上記シャフト案内溝に挿入」することを行い,その後に(その結果として),
「吊り持ちさせながら当該ゴルフ用クラブを展示させる」ことが可能な構成,すな
わち,同時動作を意味していると解するのが自然である。
(2) 当初明細書等は,ヘッド部を「線と面で支持」することについて記載して
いるところ(【0014】),「当てがう」とは,物と物とをぴったりとくっつけ
ることを意味するから,「線と面で支持」することとは異なり,当初明細書等には
「当てがう」ことについて記載がないばかりか,「客がこの展示用支持装置に戻せ
ば,自動的に元通りのクラブの展示ができるようになっている」旨の記載がある
(【0024】)から,「ゴルフ用クラブのヘッドをヘッド支持部に当てがう」動
作が不要である旨を記載しているといえる。さらに,当初明細書等に記載の実施例
によれば,ヘッド支持部にゴルフ用クラブのヘッドを当てがうと同時に又はその後
にシャフトをシャフト案内溝に挿入させようとしても,ヘッド支持部のヘッドのフ
ェイス面が当接する部位(【図1】2a,2b)がシャフトの動線を妨害して,シ
ャフトをシャフト案内溝に挿入させることができない。
また,当初明細書等は,シャフトを「2点で線支持」することについて記載して
いるところ(【0014】),「2点で線支持」することは,「シャフトをシャフ
ト案内溝に挿入」しなくても可能であるから,当初明細書等にはシャフトを「シャ
フト案内溝に挿入」することについては記載がないというべきである。
(3) したがって,本件補正事項は,原告らが主張するような,ゴルフ用クラブ
を展示させた状態,すなわち,同時状態を表現するものとはいえず,これを同時動
作であるとした本件審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(審判手続の違法)について
〔原告らの主張〕
被告は,本件審判手続において,本件補正事項のうちの「ながら」との文言から
動作を示す構造であるとは具体的に主張していない。
しかるところ,本件審決は,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与え
ずに,前記のとおり「ながら」の文言を同時動作と限定的に解釈して,これを本件
特許の無効理由としているから,その審判手続は,特許法153条2項に違反する
違法なものである。
〔被告の主張〕
被告は,本件審決手続において,「ながら」の文言を含む本件発明の【請求項
1】の記載に基づき,「上記連結部材を…展示させる」との記載が動作によって構
造を特定している旨を主張し,「ながら」との文言が同時動作を意味していること
を前提として,「上記ヘッド支持部にゴルフ用クラブのヘッドを当てがいながらシ
ャフトを上記シャフト案内溝に挿入して」との記載が「ゴルフ用クラブのヘッドを
支持させた状態で,案内溝にシャフトを挿入させる」という動作を意味するもので
あって,これが当初明細書等に記載されていない旨を主張していた(甲1)。
したがって,本件審決の審判手続に特許法153条2項の違反はない。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正事項の認定の誤り)について
(1) 特許法17条の2第3項は,「第1項の規定により明細書,特許請求の範
囲又は図面について補正するときは,誤訳訂正書を提出してする場合を除き,願書
に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内にお
いてしなければならない。」と規定しているところ,ここでいう「明細書又は図面
に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合する
ことにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事
項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正
は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということがで
きる。
(2) そこで,当初明細書等をみると,そこにはおおむね次のとおりの記載があ
る。
ア 本件出願に係る発明(以下「本発明」という。)は,ゴルフ用品などのスポ
ーツ用品の展示・陳列用品に関する(【0001】)。
イ ゴルフ用クラブのうちウッドクラブの陳列用の支持装置としては,シャフト
部の2点を支持して支える支持装置やシャフト部とグリップ部の2点を支持固定す
る方法が知られていたが,これらには支持装置が大きいものとなりコストがかかる
などの問題があり,特に後者ではクラブのヘッド部の展示方向が定まらず,客が取
り出して見た後は,展示がバラバラになってしまう問題があった。また,アイアン
クラブをシャフト部とグリップ部の2点を支持固定する方法では,支持が不安定で
あり,クラブヘッドが固定できないため,客が元に戻してから店員がきれいに展示
し直す必要があった。さらに,縦置きで並べた場合にも不安定さは代わらず,また,
展示物としての装飾性の点で欠陥があった(【0002】~【0011】)。
ウ 本発明は,その構成により,全体として展示用支持装置としてそれほど大き
くならず,展示物としての装飾性を損なうことがないようにしたものであり(【0
012】),「従来にない装飾性と展示効果を持ったゴルフ用アイアンクラブの展
示装置を作るために,①ヘッド部を上方にし略同じ高さもしくは略一定間隔で高さ
を下げて展示するようにした。②そのためにヘッド部を懸架し線と面で支持し,シ
ャフトを2点で線支持するようにして展示し,③かつ,ヘッド部に刻印表示された
ブランドマークや社名等をユーザが見やすい方向に固定表示できるようにし,④し
かもそれらが一定間隔でかつ,シャフトが互いに略平行になるようにした」(【0
014】)。また,ゴルフ用ウッドクラブの展示支持装置(【図1】)の「フック
部材(2)に,ウッドクラブを,シャフトとグリップを下にして,ヘッドの部分を
上にしてフックする。このフック部材(2)は,ウッドのフェイス面が2つのライ
ン(2a,2b)をたて,よことする平面に当接し,ウッドの下面部が局面(2
c)に当接し,かつ2つの突起部(2d,2e)に挟まれた案内部(2f)にシャ
フトが収まるようにしている」(【0019】)。
(3) 本件補正事項が当初明細書等に記載した事項の範囲内にあるか否かを検討
する前提として,本件発明に関する特許請求の範囲の記載における本件補正事項の
位置付けを検討すると,まず,本件発明に関する特許請求の範囲のうち,「フック
部材と,当該フック部材を一つ又は複数着脱自在に取り付ける長尺な連結部材と,
上記連結部材の端部に設けたブラケットとからなり,上記フック部材は本体と,上
記本体の上部に設けられてゴルフ用クラブのヘッドを支持するヘッド支持部と,上
記本体の胴部に上記ヘッド支持部に連なりながら下方に向けて形成されて上記ゴル
フ用クラブのシャフト部を挿入させるシャフト案内溝と,上記本体に形成されて上
記連結部材を上記本体と交叉する方向に挿入させる溝又は孔とで構成され」との部
分は,本件発明であるゴルフ用クラブの展示用支持装置が「フック部材」,「連結
部材」及び「ブラケット」から構成されていること並びにこれらの部材等の形状に
ついて記載していることが明らかである。
そして,上記の部分に引き続く部分(本件補正事項を含む。)は,本件発明であ
るゴルフ用クラブの展示用支持装置の特徴について記載しているところ,その特徴
とは,「上記連結部材を上記フック部材に挿入し,更に上記連結部材を上記ブラケ
ットを介して展示装置に取付け,次いで上記ヘッド支持部にゴルフ用クラブのヘッ
ドを当てがいながらシャフトを上記シャフト案内溝に挿入して吊り持ちさせながら
当該ゴルフ用クラブを展示させること」であると記載されている。この部分のうち,
「次いで」との文言は,「つづいて。ほどなく。まもなく。」又は「次に。それか
ら。」(広辞苑第5版)といった時間的な順序関係の意味を有する副詞又は接続詞
であるから,これに引き続いて記載されている本件補正事項は,これに先立つ「取
付け」る動作との関係では,やはり時間的に遅れて行われるものを意味しているこ
とが明らかである。
しかしながら,上記「次いで」との文言は,その前後に記載された各動作の間の
時間的な順序関係を明らかにするにとどまり,それに引き続く部分である本件補正
事項に属する4つの動作,すなわち①「(ヘッド支持部にゴルフ用クラブのヘッド
を)当てがう」こと,②「(シャフトをシャフト案内溝に)挿入」すること,③
「(ゴルフ用クラブを)吊り持ちさせる」こと及び④「(ゴルフ用クラブを)展示
させる」ことの間の時間的な順序関係まで明らかにするものではない。
(4) 次に,本件補正事項に属する前記①ないし④の4つの動作について検討す
ると,本件補正事項には,「ながら」という文言が2回にわたって用いられている。
そして,「ながら」という文言は,「同時にあれとこれとをする意。」という2つ
以上の動作の同時並行関係を意味する場合,すなわち,同時動作のほか,「…のま
まで。」というように,このような同時並行関係(同時動作)を意味しない場合,
すなわち,同時状態がある(甲15)ところ,同時動作の意味を採用した場合には,
本件補正事項は,①「当てがう」ことと②「挿入」することを同時並行的に行う一
方で,③「吊り持ちさせる」ことと④「展示させる」ことが同時並行的に行われ,
かつ,①及び②の動作群に引き続いて③及び④の動作群が記載されていることから,
最初に①及び②の動作群が同時並行的にあり,それに引き続いて③及び④の動作群
が同時並行的にあるという時間的な順序関係を意味するものと解釈される。しかし,
同時状態の意味を採用した場合には,本件補正事項は,同時並行関係や時間的な順
序関係を含意せずに,本件発明の特徴を説明するために①ないし④の4つの動作を
並列していると解釈されることになるのであって,本件発明の請求項の記載からは,
そのいずれであるかが一義的に明白であるとはいい難い。
そこで,当初明細書等の記載をみると,前記(2)ウに認定のとおり,「ウッドの
フェイス面が2つのライン(2a,2b)をたて,よことする平面に当接し,ウッ
ドの下面部が局面(2c)に当接し,」(【0019】)との記載があるところ,
ここに「当接」とは,本件補正事項中の①「当てがう」ことと実質的に同義である
と解される。
次に,前記(2)ウに認定のとおり,当初明細書等には,「シャフトを2点で線支
持するようにして展示し,」(【0014】)との記載及び「2つの突起部(2d,
2e)に挟まれた案内部(2f)にシャフトが収まるようにしている。」(【00
19】)との記載があるところ,これらの記載は,当初明細書等の図面(【図
1】)を参照すると,フック部材の上下方向に2つの突起部(2d,2e)が延在
し,その間に凹状に陥没した案内部(2f)が設けられており,この案内部にゴル
フ用クラブのシャフトを挿入すれば,シャフトの一側面が上下方向に延在する一方
の突起部(2d)に線状に接して支持されるとともに,シャフトの他側面が上下方
向に延在する他方の突起部(2e)にも線状に接して支持される結果,ゴルフ用ク
ラブが④「展示させる」状態になることを説明していることが明らかであって,
「シャフトを2点で線支持する」及び「案内部(2f)にシャフトが収まる」の各
記載は,いずれも本件補正事項中の②「挿入」と実質的に同義であると解される。
以上によれば,当初明細書等の上記各部分は,そこに記載の発明の「フック部
材」の形状を説明するに当たり,①「当てがう」動作と②「挿入」する動作及び④
「展示させる」動作の同時並行関係又は時間的な順序関係,すなわち同時動作につ
いては明確な記載をしていない一方で,上記の「支持するようにして」(【001
4】)及び「収まるようにして」(【0019】)との各文言によれば,そこに記
載の発明の利用者が①「当てがう」動作と②「挿入」する動作を同時並行的に行い,
その結果,時間的な順序関係に従ってゴルフ用クラブが④「展示させる」状態にな
ること,すなわち同時動作を否定しているものでもない。
また,前記(1)ウに認定のとおり,当初明細書等には,「そのためにヘッド部を
懸架し線と面で支持し…シャフトが互いに略平行になるようにした。」(【001
4】)との記載があるところ,ここに「懸架」及び「支持」とは,いずれも本件補
正事項中の③「吊り持ちさせる」ことと実質的に同義であると解され,かつ,ここ
に「そのため」とは,前後の文脈から「展示するため」であることが明らかであり,
本件補正事項中の④「展示させる」ことと同義であるといえる。
したがって,当初明細書等の上記部分は,アイアンクラブを「展示するためにヘ
ッド部を懸架し線と面で支持し…シャフトが互いに略平行になるようにした。」と
理解すべきものであるが,そこに記載の発明である展示装置の形状を説明するに当
たり,③「吊り持ちさせる」動作と④「展示させる」動作との同時並行関係又は時
間的な順序関係,すなわち同時動作については明確な記載をしていない一方で,上
記の「そのために(展示するために)…懸架し…支持し」(【0014】)との文
言によれば,そこに記載の発明の利用者が③「吊り持ちさせる」動作と④「展示さ
せる」動作とを同時並行的に行うこと,すなわち同時動作を否定しているものでも
ない。
(5) 以上のとおり,当初明細書等の全ての記載を総合的に判断すると,当初明
細書等には,そこに記載の発明の形状に関する説明に当たり,本件補正事項中の①
「当てがう」こと,②「挿入」すること,③「吊り持ちさせる」こと及び④「展示
させる」ことの4つの動作の同時並行関係又は時間的な順序関係については,これ
を同時動作を意味すると解する特段の記載がない一方で,これらの動作の間に同時
並行関係又は時間的な順序関係があること,すなわち同時動作を意味すると解する
ことを否定しているものでもないから,本件補正事項は,その中に2回用いられて
いる「ながら」との文言が,動作の同時並行関係を含意しない「…のままで。」と
の同時状態の意味のほかに,「同時にあれとこれとをする意。」との動作の同時並
行関係,すなわち同時動作の意味を有するからといって,当初明細書等の記載から
導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものとはいい難
い。
したがって,本件補正事項を追加する本件補正は,当初明細書等の記載から導か
れる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものとまではいえず,
そこに記載した事項の範囲内においてされたものであるということができるから,
特許法17条の2第3項に違反するとはいえない。そして,本件特許に係る【請求
項2】ないし【請求項7】は,いずれも本件発明に関する【請求項1】を引用して
いるから,本件発明についての本件補正に関する上記判断は,本件特許に係る【請
求項2】ないし【請求項7】にも同じく妥当することになる。
そして,本件補正事項中の「ながら」が「同時にあれとこれとをする意。」とい
う動作の同時並行関係(同時動作)のみを意味するものと限定的に解釈する本件審
決の判断は,その根拠を欠くばかりか,当初明細書等にはこのような上記①ないし
④の4つの動作の同時並行関係又は時間的な順序関係についての記載がないから新
たな技術的事項を導入しないものとはいえないとすることは,当初明細書等の記載
の字句等を形式的に判断するものであって,当初明細書等の全ての記載を総合的に
判断しているものとはいえないから,本件審決による本件特許に係る各発明に関す
る本件補正の適否の判断には誤りがある。
(6) 小括
よって,本件審決の本件補正事項の認定の誤りをいう取消事由1は理由がある。
2 結論
以上の次第であるから,取消事由2について判断するまでもなく,本件審決は取
り消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣
裁判官 井 上 泰 人
裁判官 荒 井 章 光
最新の判決一覧に戻る