平成26(ワ)12985意匠権侵害差止等請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成27年5月15日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告株式会社シュゼット 原告Aデザイン事務所こと
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法令 |
意匠権
意匠法24条2項2回 意匠法37条1項1回 意匠法6条1項1回 意匠法2条1項1回 意匠法48条1項1号1回
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キーワード |
意匠権9回 差止6回 無効6回 実施4回 侵害4回 無効審判3回 刊行物2回 損害賠償2回 許諾1回 商標権1回
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主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 本件は,意匠に係る物品を包装用箱とする意匠登録第1440898号の意
匠権(以下「本件意匠権」といい,本件意匠権に係る意匠を「本件意匠」と,
その登録を「本件意匠登録」という。)を有する原告が,被告に対し,被告
による別紙1物件目録記載の各商品(以下,これらを併せて,「被告商品」
といい,被告商品に使用されている各包装用箱に係る形状〔各包装用箱に係
る意匠は,色彩を除き,各商品に共通である。〕を「被告意匠」という。)
の生産,譲渡,引渡し,譲渡の申出(以下「販売等」という。)が,本件意
匠権の侵害を構成すると主張して,意匠法37条1項に基づき,被告商品の販
売等の差止め,同条2項に基づき,被告商品及びこれに使用した各包装用箱の
廃棄,同法41条に基づき,信用回復の措置として謝罪広告の掲載,並びに,
同法39条3項に基づき,意匠権侵害の不法行為に基づく損害賠償金300万
円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年6月11日から支払
済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 |
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判決文
平成27年5月15日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成26年(ワ)第12985号 意匠権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成27年3月6日
判 決
東京都中央区<以下略>
原 告 Aデザイン事務所こと
A
兵庫県芦屋市<以下略>
被 告 株 式 会 社 シ ュ ゼ ッ ト
同訴訟代理人弁護士 木 村 耕 太 郎
同 石 新 智 規
同 補 佐 人 弁 理 士 田 辺 哲 通
同 高 岡 正 之
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,別紙1物件目録記載の各商品を生産し,譲渡し,引き渡し,譲渡の
申出をしてはならない。
2 被告は,その占有にかかる前項記載の各商品と,これに使用した各包装用箱
を廃棄せよ。
3 被告は,被告の管理に係るウェブサイト(URLは,<以下略>である。)
に,別紙2記載の広告を,別紙3記載の要領をもって,判決日の翌日から6か
月間掲載し,公開せよ。
4 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成26年6月11日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,意匠に係る物品を包装用箱とする意匠登録第1440898号の意
匠権(以下「本件意匠権」といい,本件意匠権に係る意匠を「本件意匠」と,
その登録を「本件意匠登録」とい う。)を有する原告が,被告に対し,被告
による別紙1物件目録記載の各商品(以下,これらを併せて,「被告商品」
といい,被告商品に使用されている 各包装用箱に係る形状〔各包装用箱に係
る意匠は,色彩を除き,各商品に共通である。〕 を「被告意匠」という。)
の生産,譲渡,引渡し,譲渡の申出(以下「販売等」という。 )が,本件意
匠権の侵害を構成すると主張して,意匠法37条1項に基づき,被告商品の販
売等の差止め,同条2項に基づき,被告商品及びこれに使用した各包装用箱の
廃棄,同法41条に基づき,信用回復の措置として謝罪広告の掲載,並びに,
同法39条3項に基づき,意匠権侵害の不法行為に基づく損害賠償金300万
円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年6月11日から支払
済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実以外は,証拠等を末尾に記載する。)
(1) 原告は,「Aデザイン事務所」の名称で,パッケージデザインの制作,
パッケージの構造デザインとフォルム設計を主たる業務として行う者である
(甲24,弁論の全趣旨)。
被告は,菓子の製造,販売,喫茶及び軽飲食業等を目的とする株式会社で
ある。
(2) 原告の商標権
原告は,次の内容の本件意匠権を有している(甲1,2)。
登録番号 第1440898号
意匠に係る物品 包装用箱
出願日 平成22年12月7日
登録日 平成24年4月13日
本件意匠 別添意匠公報(甲2)の【図面】記載のとおり
(部分意匠)
(3) 被告の行為
被告は,被告の店舗などにおいて,少なくとも平成26年1月8日から同
年2月28日(被告の主張に係る販売終了日)まで被告商品を販売した(な
お,原告は,同日以降の販売の主張もしている。)。
3 争点
(1) 被告意匠は本件意匠と類似するか
(2) 本件意匠登録は無効審判により無効にされるべきものか
(3) 差止め及び廃棄並びに謝罪広告の必要性が認められるか
(4) 損害額
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)(被告意匠は本件意匠と類似するか)について
【原告の主張】
(1) 本件意匠の構成態様及び要部
本件意匠の構成態様は,次のとおりである(別紙4「本件意匠の構成態様
説明図」参照)。
ア 基本的構成態様
本件意匠の基本的構成態様は,正四面体としての三角錐を基本形状とし,
三角錐の頂点と頂点とを結んだ稜線部分の1つに,その全体にわたって,
中央部分を基底にして両頂点から漸次へこみながら,中央部分で最も幅広
となる凹状を成す面(以下,三角錐形状の稜線に沿って設けられた 凹状
の面を,その具体的形状を問わず,「アクセントパネル」という。 )を
形成したものである。
イ 具体的態様
上記アの三角錐形状の構造体の頂点と頂点とを,その稜線部において中
心が離れるように折れ曲がった2本の線で結ぶことにより,稜線が切除さ
れて,縦に細長い菱形状の面(アクセントパネル)が形成され,このアク
セントパネルは中心部が最もへこんだ屈曲面となっている。アクセントパ
ネルを正面から見ると,その両側が外側に張り出している。
ウ 要部
本件では,需要者たる菓子の購入者の注意を惹く構成態様を類否判断の
主たる視点とすべきであるところ,本件意匠は,包装用箱の形態として直
方体が多い中で,三角形状面からなる周知の単純な正四面体でなく,正四
面体としての三角錐の稜線部の1つにアクセントパネルが形成された多面
体である構成態様としており,この点が要部である。
(2) 被告意匠の構成態様
被告意匠の構成態様は,次のとおりである(別紙5「被告意匠の構成態様
説明図」参照。なお,下記の括弧内の符号等は,同説明図の記号,数字等に
相当する。)。
ア 基本的構成態様
被告意匠は,正三角形4面で形成される正三角錐形状を基本形状とする
構造体における二つの面(ア,イ)が接する稜線(5)部分に平面を形
成したものである。
イ 具体的構成態様
上記アの構造体の頂点(A)と頂点(C)と,面(ア)と面(イ)にお
いて中心が離れるように緩くカーブした円弧状の2本の線(5-1,5-
2)で結ぶことにより,稜線(5)が切除されて,縦に細長い略紡錘形の
面(アクセントパネル)が形成され,アクセントパネルは,中心部(a‐
b線)が最もへこんだ屈曲面となっている。アクセントパネルを正面から
見ると,その両側が外側に張り出している。
(3) 本件意匠と被告意匠との類否
ア 本件意匠と被告意匠との共通点及び差異点は,次のとおりである。
(ア) 共通点
本件意匠及び被告意匠は,共に,三角形4面で形成される三角錐形状
を基本形状とする構造体における,二つの面が接する稜線部分に平面を
形成したものであり,かかる基本的構成態様において共通する。
具体的態様においては,本件意匠と被告意匠は,頂点と頂点とをその
稜線部において中心部が離れるような2本の線で結ぶことにより,稜線
が切除されて中心部が最も幅広な縦に細長いアクセントパネルが形成さ
れている点,頂点と交点とを緩くカーブした2本の線で結ぶことにより
稜線が切除されて中心部にかけて漸次,巾広となる縦に細長い形状の面
(アクセントパネル)が形成され,アクセントパネルを正面から見ると
その両側が外側に張り出している点で共通する。
また,本件意匠及び被告意匠は,そのアクセントパネルが稜線に設け
られた単なる飾りとしての「面」ではなく,多面体としての構造体を構
成する要素として強度を持ち,他の面との関わりにおいて形状全体を1
つのまとまりあるものにしている点で共通する。
(イ) 差異点
本件意匠と被告意匠とは,アクセントパネルを囲む2本の線の態様が,
本件意匠では略「く」の字状の直線であるのに対し,被告意匠では円弧
状である点,アクセントパネルの態様が,本件意匠では縦に細長い菱形
状であるのに対し,被告意匠では縦に細長い略紡錘形である点で,異な
る。
イ 特許庁の審査基準(意匠審査基準71.4.2.2.1)を参照しつつ,
本件意匠が部分意匠であることに留意して,本件意匠と被告意匠との類否
について検討すると,両者は,①物品が同一であり,②構造体の強度及び
注目度を高めるため稜線部分にアクセントパネルを設けたものとして,用
途,機能が同一であり(アクセントパネルが開閉部であるか否かは,形状
として表れている差異ではないので,類否の判断要素とはならない。),
③形態が類似し(意匠登録第1193959号〔甲8〕の意匠と意匠登録
第1194201号〔甲9〕の意匠が類似すると判断されていることを参
酌すべきである。),④部分意匠である本件意匠と,被告意匠のうちこれ
に相当する部分の物品全体の形態の中での位置,大きさ,範囲がほぼ同一
であるといえる。なお,部分意匠である本件意匠は,開口部の設定位置と
開口部の蓋の形状は特定されないのであり,別添意匠公報の【図面】にお
いて,破線で表された稜線部の面及び開口部は,意匠登録を受けた部分以
外の部分であり,二つの稜線部に面が形成されているか否かや,破線で示
されている開口部の形状は,類否判断の要素とならない。
ここで,本件意匠と被告意匠は,いずれも当該意匠に係る物品が包装用
箱であり,需要者の注意を引き付けられる特徴を示す要部を共通に持つた
め,そこから醸成される全体としての印象は,共通の美観を有している。
そして,本件意匠と被告意匠とは,共に要部が影響しあうことで基本形態
の三角錐の単一で静的な印象から,複雑で動的なエネルギーを感じさせる
多面体となり,結果として共通の新しい見え方があり,そこには共通する
メッセージ効果がある。また,本件意匠と被告意匠とは,共に開口部のダ
イナミックな動きで開閉する仕組みが同じであるため,見え方としての新
鮮さと同時に,手に持った時に,開けやすさ・取り出しやすさ・閉じやす
さを共通に感じさせる。このように,本件意匠と被告意匠とは,物品が同
一であり,意匠全体として観た場合に,基本的構成態様において共通し,
この共通点は,需要者が最も注意を惹かれ,また,両意匠全体の視覚的印
象に著しい共通感を奏するものである。
他方,両意匠における差異は,需要者が注意を惹かれるほどのものでは
なく,共通点の有する美感を凌駕するほどのものではない。
したがって,被告意匠は,本件意匠と類似する。
ウ 被告の主張に対する反論
(ア) 被告は,被告意匠のアクセントパネルが開口部になっている点をア
クセントパネルが開口部となっていない本件意匠との差異点とするが,
本件意匠では,開口部が意匠登録を受けた部分以外にあり,また,被告
意匠の開口部は,開口としての機能が形態として表されたものではない
ことからすれば,被告主張の差異点は,本件意匠と被告意匠との類否判
断に影響を与えるものではない。
すなわち,本件意匠は,展開紙型の形態として登録されたものではな
く,組み立てられた形態として意匠登録を受けたものであるから,組み
立てるまでの形態を評価の対象とすべきではないし,被告意匠の需要者
は,アクセントパネルが開口部であることを意識せずに購入し,購入後
内容物を取り出す際に初めてアクセントパネルが開口部であることを理
解すると考えられる。
したがって,アクセントパネルが開口部であるか否かという差異は,
この種の物品が需要者によって観察される際に,視覚的な効果を奏する
ものではなく意匠の類否判断に影響のない差異にすぎない。
(イ) アクセントパネルの具体的形状のみを類否判断における要部とする
ことも誤りである。
アクセントパネルを囲む2本の線についてみると,本件意匠は略「く」
の字状の直線で,被告意匠は弧状の線であるが,各々の囲まれたパネル
の形状は,創作が容易なバリエーションにすぎず,実質的な差異はない。
アクセントパネルの形状としては,これまでにも,菱形状と略紡錘形状
のもの,あるいは直線状と曲線状の面を持つ登録意匠がそれぞれ類似す
る意匠と判断されて関連意匠として登録されている例が存在することか
らすると,本件意匠及び被告意匠のアクセントパネル自体の具体的形状
は既に公知であって,類似するものと判断されることから,その差異が
類否判断に及ぼす影響は微弱である。
(ウ) 被告が指摘するように,原告の出願に係る意匠登録第147133
7号(乙7)の意匠(以下「乙7意匠」という。 )が本件意匠と類似
しないと判断されて意匠登録を受けたものであるとしても,その構成態
様は正四面体ではなく,全体の形状が細長い二等辺三角形4面の,長い
方の稜線部にアクセントパネルを形成したものであるから,単にアクセ
ントパネルの具体的形状が異なることに着目して類否判断がされたとは
いえない。
【被告の主張】
(1) 本件意匠の構成態様及び要部
ア 本件意匠は,以下の構成を有する包装用箱の意匠である。
A 組立時において,三角形4面で形成される略三角錐形状を基本形状と
する構造体において,
B 天頂に位置する頂点から底面に至る3本の稜線のうちの1本又は2本
(正面視したときに右側に位置する稜線,又は右側および左側に位置す
る稜線)に,
C 稜線の縦方向中央を垂直に横切る谷折り線を基底として,当該谷折り
線に接する二等辺三角形状の平面を上下に接続させて構成される凹平面
からなる,略菱形状のアクセントパネルを配置し,
D 前記アクセントパネルは,縦横比が約8対1であり,
E 正面視したときに開口部が見えない位置に配置され,かつ前記アクセ
ントパネルの位置とは異なる位置に開口部が設けられている。
イ 本件意匠の要部は,①稜線部に形成される面(アクセントパネル)が,
中央部の谷折り線を介して,いずれも二等辺三角形である2平面を接続さ
せた凹平面であって,全体が菱形状であり,縦横比が約8対1の縦に細長
い,直線的ですっきりしたシャープな印象を与えるものである点,②開口
部が,正面視したときに見えない位置であって,かつ稜線部に形成される
面(アクセントパネル)とは異なる位置に設けられている点にある。
正三角形4面で形成される三角錐形状を基本形状とする包装容器の意匠
が少なくとも本件意匠の出願前に公知であること,また,包装容器の稜線
部分に平面又は曲面を形成した意匠もありふれたものであることから,こ
れらを組み合わせたこと自体は,本件意匠の要部になり得ない。
ウ なお,本件意匠は,包装用箱の組立て動作時と,蓋を開封して内容物を
取り出す動作時のいずれにおいても,アクセントパネルを意識する必要が
なく,開封時において三角錐をつぶすように全体形状を大きく変形させて
開封することが想定される。
(2) 被告意匠の構成態様
ア 被告意匠は,稜線部に形成される面(アクセントパネル)が,中央部を
基底として形成される凹曲面であって,全体が2本の円弧に囲まれた略紡
錘形であり,縦横比が約4対1の比較的ずんぐりした,曲線的で柔らかい
印象を与える(この点で,本件意匠と異なる。)。
イ 被告意匠は,稜線部に形成される面(アクセントパネル)が開口部の蓋
を兼ねているために,包装用箱の組立て動作時と,蓋を開封して内容物を
取り出す動作時のいずれにおいても,アクセントパネルに意識が向けられ
やすく,開封時においては全体形状を大きく変形させずに蓋と周辺部のみ
を小さく開いて開封することが可能である(この点で,本件意匠と異な
る。)。
(3) 本件意匠と被告意匠との類否
ア 部分意匠においては,意匠公報の図面における実線部分が物品全体との
関係でどのような機能及び用途を有するか,また,実線部分が「どこに位
置し,どのような大きさを有し,物品全体に対しどのような割合を示す大
きさであるか」を認定するために破線部分を用いなければならない。そう
すると,別添意匠公報の【図面】において,本件意匠における稜線部のア
クセントパネルが実線で表され,開口部が破線で表されている以上,本件
意匠において,開口部が稜線部のアクセントパネルとは異なる位置に形成
されていることは,その本質的な特徴というべきである。
また,需要者は,包装用箱という物品の性質上,どのように開封するの
か,すなわち,開口部の位置,形状,機能について,当然に関心を抱くの
であり,これらの点は,「需要者の視覚を通じて起こさせる美感」(意匠
法24条2項)に大きな影響を与える要素である。
イ 三角形4面で形成される三角錐形状を基本形状とする包装容器の意匠が
少なくとも本件意匠の出願前に公知であること,包装容器の稜線部分に平
面又は曲面を形成した意匠もありふれたものであることからすれば,これ
らを組み合わせたこと自体は,需要者が着目する本件意匠の新規な特徴と
は認められず,稜線部に形成される面(アクセントパネル)の具体的形状
の差異は,需要者が最も注意を惹かれる特徴的部分の1つである。このこ
とは,本件意匠の公報発行後に,正四面体ではないものの,三角形4面で
形成される,三角錐形状を基本形状とする構造体における二つの面が接す
る稜線部分に平面を形成した意匠である意匠登録第1471337号の意
匠(乙7意匠)を原告が出願している事実からも明らかである。すなわち,
原告が乙7意匠を本件意匠の公報発行後に出願したということは,原告自
身,乙7意匠が本件意匠と非類似であること,換言すれば,アクセントパ
ネルの具体的形状に需要者が着目し,意匠全体の類否判断に影響を与える
ことを認識していたものである。
ウ 原告の主張によれば,アクセントパネルの輪郭が直線であるか滑らかな
円弧状であるか,また,アクセントパネルの凹状を成す面が平面を2枚組
み合わせた形状であるか,一連の滑らかな曲面であるかは需要者にとって
重要でなく,視覚的に微弱な差異であるということになるが,この差異は,
横方向から観察したときに,特にはっきりと視認される。
本件意匠の稜線に形成されたアクセントパネルは,輪郭線がすべて直線
であって,しかもその縦横比(約8対1)からかなりの縦長であり,その
具体的形状において,鋭くシャープな印象を看者に与えるものであるのに
対して,被告意匠の稜線に形成されたアクセントパネルは,輪郭線が滑ら
かな円弧状であって,しかもその縦横比(約4対1)からゆったり広い横
幅となっており,中央部を基底とする凹状の面とは言っても,一連の滑ら
かな曲面であるから,その具体的形状において,柔らかく優雅な印象を看
者に与える。この点の差異が,意匠全体が看者に与える美感においてもは
っきりと異なる差異を作出しているものである。
エ 以上のとおり,本件意匠と被告意匠とは,その形態の看者に与える印象
が大きく異なり,美感を共通としないから,類似しない。
2 争点(2)(本件意匠登録は無効審判により無効にされるべきものか)につい
て
【被告の主張】
(1) 本件意匠登録の出願前に頒布された刊行物である「ペーパーパッケージ
デザイン大全集」(乙1)に記載された意匠(以下「乙1意匠」という。)
は,包装用箱に係るものであって,本件意匠に係る物品と同一である。
乙1意匠は,組立時において,三角形4面で形成される三角錐形状を基本
形状とする意匠である点で本件意匠と共通する。
(2) また,本件意匠登録の出願前に頒布された刊行物である意匠登録第11
74864号公報(乙2),意匠登録第1174865号公報(乙3),意
匠登録第1278291号公報(乙4),意匠登録第1339948号公報
(乙5),意匠登録第1400011号公報(乙6) に記載された各意匠
(以下,書証番号に対応して,「乙2意匠」などという。 )は,包装容器
の稜線部分に平面又は曲面を形成した意匠であり,これらの存在に照らし,
本件意匠のアクセントパネルは,その登録出願前からありふれたものである
といえる。特に,乙2意匠ないし乙5意匠は,稜線の全長にわたって凹平面
を形成している点,乙2意匠ないし4意匠は,形成された凹平面の形状が略
菱形状である点において,本件意匠と共通する。さらに,本件意匠のアクセ
ントパネルが「中央部分を基底にして両頂点から漸次へこみながら,中央部
分で最も幅広となる」ものである点についても,乙5意匠に見られる。この
ように,包装容器の稜線上に設けられる面には多種多様なものが公知となっ
ているから,当該面を稜線の全長にわたるものとするか,中央部分で最も幅
広となるもの(対称形)とするか等は当業者が適宜設計すべき事項にすぎな
い。
なお,アクセントパネルが稜線の一方端部に「片寄って」形成されていな
いことは乙5意匠及び乙6意匠にも見られる特徴であり,格別新規な特徴で
はない。乙5意匠及び乙6意匠において設けられた面は菱形状ではないが,
稜線の一方端部に片寄って菱形を形成するよりも,中央部が最も幅広になる
ように形成する方がむしろ普通の発想であり,当該面が菱形状である場合に
中央部が最も幅広になるように形成することに格別の困難性はない。
(3) 以上からすれば,本件意匠は,乙1意匠と,乙2意匠ないし乙6意匠と
を組み合わせることにより,包装用箱の分野の当業者(デザイナー)が容易
に創作をすることができた意匠であって,意匠法3条2項により意匠登録を
受けることのできない意匠であるから,本件意匠登録は,無効審判により無
効とされるべきものと認められ(意匠法48条1項1号),原告は,本件意
匠権を行使することができない(意匠法41条により準用される特許法10
4条の3)。
【原告の主張】
争う。
乙2意匠ないし乙4意匠は,稜線の一方端部から稜線全長の4分の1長さ,
又は,5分の1長さの位置に片寄って形成した凹平面であって,本件意匠の
アクセントパネルの形状とは異なるから,乙1意匠の包装用箱との組み合せ
によっても本件意匠を創作することはできない。
被告が,本件意匠が創作容易であると主張するのであれば,アクセントパ
ネルを形成した全体形状について同一の範囲の公知意匠を示すべきである。
3 争点(3)(差止め及び廃棄並びに謝罪広告の必要性が認められるか)につい
て
【原告の主張】
(1) 被告は,被告意匠について本件意匠と類似しないとの主張をしており,
被告意匠を使用するおそれがある。したがって,被告意匠を使用した被告商
品の販売等の差止め並びに被告商品及びこれに使用した各包装用箱の廃棄を
求める必要性がある。
(2) 原告は,これまでに多くの大手企業の主力製品のパッケージデザインに
係わり,商品となった数多くのデザインを手掛け,多数のデザイン賞を受賞
している(2005年度 グッドデザイン賞コミュニケーションデザイン部
門「LOTTE[airs(エアーズ)]チョコレート」など)が,被告の
行為は,これまでの原告のデザイン実績を傷付けるおそれがあるため,その
対応と対策の必要性がある。
また,原告は,公益社団法人日本パッケージデザイン協会デザイン保護委
員会委員長として,会員及びデザイン業界のみならず,一般社会に向けて,
デザインとデザイナーの社会的な地位の向上のために,知的財産権に対する
正しい認識の共有を目的として,有識者によるセミナーの企画・実施を行っ
たり,日本デザイン8団体(D-8)デザイン保護研究会のメンバーとして,
法的な権利化以前のデザインの創作性を保護する1つの手段とすべく,デザ
イナー自身が,まず自己の責任の基に創作の証として定められたマークを自
身のデザインに貼付し,創作者の存在を知らしめることで,安易な模倣や流
用・転用の行為をしてはいけないことを広く社会に呼びかけ,デザインの知
的財産としての認識を共有していく運動である「D-8創作証制度」を発足
させ,デザインの保護活動を進めたりしている。原告が,本件意匠に係る被
告の行為を見過ごすことは,原告が現在まで積み重ねてきたデザインの創作
実績と進めてきたデザイン保護活動とに疑念を生じさせる。
したがって,原告の現在及び将来にわたってのデザイナーとしての名誉毀
損,デザイン業務上の信用毀損,社会的な行為であるデザイン保護活動にお
ける原告に対する名誉毀損,及びその活動行為への信用毀損に対する回復措
置として,謝罪広告が必要である。
【被告の主張】
(1) 被告商品は,平成26年のバレンタイン商戦向けにデザインされた一時
的なものであり,通常包装の商品に比べて著しく売れ行きが悪かったため,
被告は,被告商品のパッケージを今後使用する予定はない。したがって,差
止め及び廃棄の請求は,その必要性を欠く。
(2) 仮に,被告商品の販売等が本件意匠権の侵害を構成するとしても,その
ことにより原告の業務上の信用が害されることはあり得ないから,信用回復
措置は,その必要性が認められない。
4 争点(4)(損害額)について
【原告の主張】
(1) 被告は,被告商品を平成26年1月8日から被告公式オンラインショッ
プ通販サイト,被告店舗及び被告売場において販売し,被告が販売をやめた
とする日以降も販売されている可能性を考慮し,本件における訴状作成を開
始した日までを区切りとして,その販売日数を113日(平成26年1月8
日ないし同年4月30日まで)と特定した。被告の店舗数は,被告カタログ
に掲載されたものにより38店舗と特定する。販売数については,被告商品
がバレンタイン特集等の催事企画商品の1つであり,通常に比べ限定期間内
の販売数量は多くなることを考慮し,以下のように算出した。
1店舗の1日当たりの平均売上げを50箱とすると,38店舗全体で19
00箱となり,1日当たりのインターネットによる販売数を5000箱とす
ると,1日当たりの総販売数は6900箱となる。販売日数の113日をか
けると総販売数は77万9700箱となり,総売上額は被告商品の定価が5
00円であることから3億8985万円となる。
(2) 実務慣行にかんがみれば,本件意匠の相当実施料率は,被告商品の売上
額の4パーセントを下るものではない。
(3) 以上から,原告は,被告に対し,少なくとも1500万円の損害賠償請
求権を有し,本件訴訟において,その一部である300万円を請求する。
【被告の主張】
(1) 被告商品の公式オンラインショップ及び店舗・売場における販売は,平
成26年1月8日から同年2月28日までの52日であり,被告商品を販売
した店舗・売場は83か所である。
被告商品の販売個数は,「チョコレートフィナンシェ HCF-5V
(A)」及び「チョコレートフィナンシェ HCF-5V(B)」を合わせ
て2万8362箱である。
したがって,被告商品の販売個数に販売価格(1箱500円)を乗じた総
売上額は,1418万1000円である。
(2) 本件意匠のようなパッケージデザインを実施料率4パーセント以上で実
施許諾する実務慣行が存するとの点は知らない。
仮に,上記慣行が存するとしても,上記(1)の総売上額に4パーセントを
乗じた額は,56万7240円にすぎない。
第4 当裁判所の判断
1 部分意匠に関する類否判断の留意点について
本件意匠は,意匠に係る物品を包装用箱とする部分意匠であることから,そ
の類否判断の留意点について,まず,検討する。
意匠とは,物品(物品の部分を含む。)の形状,模様若しくは色彩又はこれ
らの結合(以下「形状等」ということがある。)であって,視覚を通じて美感
を起こさせるもの(意匠法2条1項)であり,一定の機能及び用途を有する
「物品」を離れての意匠はあり得ないところ,「物品の部分」の形状等の外観
に関する部分意匠においても同様であると解されるから,部分意匠においては,
部分意匠に係る物品とともに,物品の有する機能及び用途との関係において,
意匠登録を受けた部分がどのような機能及び用途を有するものであるかが,そ
の類否判断の際には確定される必要がある。そして,部分意匠においては,物
品全体の形状等に係る意匠と同様,意匠登録出願の願書には,原則として,意
匠登録を受けようとする意匠を記載した図面を添付する必要があり(意匠法6
条1項柱書),願書に添付すべき図面は,意匠法施行規則の様式第6により作
成しなければならず(同規則3条),同様式第6において,物品の部分につい
て意匠登録を受けようとする場合は,一組の図面において,意匠に係る物品の
うち,「意匠登録を受けようとする部分」を実線で描き,「その他の部分」を
破線で描く等により意匠登録を受けようとする部分を特定し,かつ,その特定
する方法を願書の「意匠の説明」の欄に記載すること(備考11)などが定め
られているから,部分意匠として意匠登録を受けた部分が,物品全体の形態と
の関係において,どこに位置し,どのような大きさを有し,物品全体に対しど
のような割合を占める大きさであるか(以下,これらの位置,大きさ,範囲を
単に「位置等」ともいう。)は,破線によって具体的に示された形状等を参酌
して定めるほかはない。すなわち,部分意匠は,物品の部分であり,意匠登録
を受けた部分だけで完結しないから,破線によって示された形状等は,それ自
体は意匠を構成するものではないとしても,意匠登録を受けた部分がどのよう
な用途及び機能を有するといえるものであるかを定めるとともに,その位置等
を事実上画する機能を有するものであるというべきで,意匠登録を受けた部分
の機能及び用途を確定するに当たっては,破線によって具体的に示された形状
等を参酌して定めるほかはない。
もっとも,部分意匠制度は,破線で示された物品全体の形態について,同一
又は類似の物品の意匠と異なるところがあっても,部分意匠に係る部分の意匠
と同一又は類似の場合に,登録を受けた部分意匠を保護しようとするものであ
ることに照らせば,部分意匠の類否判断において,意匠登録に係る部分とそれ
に相当する部分の位置等の差異については,上記部分意匠制度の趣旨を没却す
ることがないようにしなければならず,破線部の形状等や部分意匠の内容等に
照らし,通常考え得る範囲での位置等の変更など,予定されていると解釈し得
る位置等の差異は,部分意匠の類否判断に影響を及ぼすものではない(知財高
裁平成18年(行ケ)第10317号平成19年1月31日判決参照)。
2 争点(1)(本件意匠と被告意匠の類否)について
(1) 本件意匠の構成態様
前記前提事実及び証拠(甲2,乙9)によれば,本件意匠は,別添意匠公
報の【図面】の実線で示された部分意匠であること,同公報の【意匠に係る
物品の説明】に「4面で形成される三角錐形状を基本形とした構造体の頂点
と底面を形成する点とを2本の折れ曲がった線で結ぶことにより,新たにア
クセントパネルとしての面が生まれ,多面体としての新しい見え方を可能に
している包装用箱である。」との記載があること,本件意匠の構成態様は,
概ね,以下のとおりであることが認められる。
A 組立時において,三角形4面で形成される略三角錐形状を基本形状とし,
B 組立時の正面図において,天頂に位置する頂点から底面を形成する点に
至る3本の稜線のうちの1本の稜線に,
C 当該稜線の縦方向中央を垂直に横切る谷折り線を底辺とし,天頂に位置
する点を頂点とする二等辺三角形と,上記谷折り線を底辺とし,底面を形
成する点を頂点とする二等辺三角形の二つの二等辺三角形を,底辺部分で
上下に接続させて略菱形状の面(アクセントパネル)を形成し,
D アクセントパネルの中央部分は,三角錐形状の面よりも凹状にへこませ
て形成され,
E アクセントパネルの縦の長さと中央部分(上記Cの二つの二等辺三角形
の底辺に当たる部分)の幅の比は,約8対1である。
(2) 本件意匠の要部
ア 登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚
を通じて起こさせる美観に基づいて行うものである(意匠法24条2項)。
そのため,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様,さらには公知意匠に
ない新規な創作部分の存否等を参酌して,需要者の注意を惹きつける部分
を要部と把握した上で,両意匠が要部において構成態様を共通にするか否
かを中心に観察し,全体としての美観を共通にするか否かを判断すべきで
あり,これは部分意匠においても異なるものではない。
本件意匠に係る物品は,包装用箱であるから,何らかの物品を包装する
ための箱として購入する事業者や,箱の中に収納された物を購入する一般
消費者を,意匠の類否判断における「需要者」と解すべきである。
イ また,本件意匠に係る物品である包装用箱は,何らかの品物を箱の中に
収納することにより,当該品物を持ち運ぶ際に品物の形状を損なうことな
どを防いだり,複数の品物をまとめたり,品物を贈答する際の外観上の装
飾等の使途及び機能を有するものと解されるところ,本件意匠に相当する
部分には,略三角錐形状の単一な印象から動的な美観を生じさせる多面体
としての外観上の装飾(アクセント)としての機能を有するものと認めら
れ,ほかに特別な使途及び機能を有するものではないものと認められる。
そして,三角形4面で形成される略三角錐形状をした包装用箱の意匠そ
れ自体は,少なくとも本件意匠登録の出願前に日本国内において公然知ら
れたものであること(乙1,弁論の全趣旨)に照らすと,本件意匠の要部
は,組立時において天頂に位置する頂点から底面を形成する点に至る3本
の稜線のうち1本の稜線に(構成態様B),当該稜線の縦方向中央を垂直
に横切る谷折り線を底辺とし,天頂に位置する点を頂点とする二等辺三角
形と,上記谷折り線を底辺とし,底面を形成する点を頂点とする二等辺三
角形の二つの二等辺三角形を,底辺部分で上下に接続させて略菱形状の面
(アクセントパネル)を形成したこと(構成態様C),アクセントパネル
の中央部分は,三角錐形状の面よりも凹状にへこませて形成されているこ
と(構成態様D),アクセントパネルの縦の長さと中央部分(上記Cの二
つの二等辺三角形の底辺に当たる部分)の幅の比は,約8対1であること
(構成態様E)であると認めるのが相当である。
(3) 被告意匠の構成態様
前記前提事実及び証拠(乙8)によれば,被告意匠の構成態様は,概ね,
以下のとおりと認められる。
A 組立時において,三角形4面で形成される略三角錐形状を基本形状と
し,
B 組立時において,天頂に位置する頂点から底面を形成する点に至る3
本の稜線のうちの1本の稜線に,
C 当該稜線の三角錐の天頂に位置する点と底面を形成する点とを,稜線
の縦方向中央部分にかけてふくらむように円弧状の線で結び,当該稜線
を中心線として円弧状の線が左右対称になった略紡錘形状の面(アクセ
ントパネル)を形成し,
D アクセントパネルの中央部分は,三角錐形状の面よりも凹状にへこま
せて形成され,
E アクセントパネルの縦の長さと中央部分の幅の比は約4対1である。
F アクセントパネルは,包装用箱の開口部として配置されている。
(4) 類否
ア 共通点
本件意匠と被告意匠は,組立時において,三角形4面で形成される略三
角錐形状を基本形状とし,組立時において,天頂に位置する頂点から底面
を形成する点に至る3本の稜線のうちの1本に,その天頂に位置する点か
ら底面を形成する点に至るまでの全体にわたって,アクセントパネルが形
成され,アクセントパネルの中央部分は,三角錐形状の面よりも凹状にへ
こんで形成されている点で共通する。
イ 差異点
本件意匠におけるアクセントパネルの形状は,稜線の縦方向中央を垂直
に横切る谷折り線を底辺とし,天頂に位置する点を頂点とする二等辺三角
形と,上記谷折り線を底辺とし,底面を形成する点を頂点とする二等辺三
角形の二つの二等辺三角形を,底辺部分で上下に接続させて略菱形状とし
ているのに対し,被告意匠は,稜線の三角錐の天頂に位置する点と底面を
形成する点とを,稜線の縦方向中央部分にかけてふくらむように円弧状の
線で結び,当該稜線を中心線として円弧状の線が左右対称になった略紡錘
形状としており,アクセントパネルの具体的形状が異なっている。
また,アクセントパネルの縦の長さと中央部分の幅の比は,本件意匠で
は約8対1,被告意匠では約4対1である点も異なる。
本件意匠においては,物品である包装用箱の開口部は破線部で示され,
その開口部が設けられた三角錐形状の面とは別の面にアクセントパネルが
配置されているのに対し,被告意匠においては,アクセントパネル自体が
包装用箱の開口部として配置されている点が異なる。
ウ 判断
上記イのとおり,本件意匠と被告意匠とは,本件意匠の要部を構成する
(三角錐形状の天頂に位置する点から底面を形成する点に至るまでの全体
にわたって形成されている)アクセントパネルの具体的形状において,差
異があるところ,直線で構成された略菱形状は,一般的にシャープで固い
印象を与えるのに対し,曲線で構成された略紡錘形状は,一般的に丸く,
やわらかな印象を与える。また,アクセントパネルの縦の長さと中央部分
の幅の比が,本件意匠では約8対1であり,ほっそりと鋭い感じを与える
のに対し,被告意匠では約4対1であり,でっぷりとゆるやかな印象を与
える。したがって,本件意匠と被告意匠とは,上記の点において美観を共
通にするものとはいえない。
また,本件意匠は,部分意匠であるため,類否判断に当たっては,当該
意匠それ自体のみならず,当該部分の物品全体における位置等についても
参酌すべきことは,前記1のとおりであるところ,本件意匠では,アクセ
ントパネルとは別の面に包装用箱の開口部が設けられ,アクセントパネル
は開口部としての機能を有していないのに対し,被告意匠では,アクセン
トパネルが開口部として配置されていることにより,開口部としての機能
を有している点においても差異がある。本件意匠に係る物品である包装用
箱の機能として,収納された物品を取り出すことは必須であることからす
ると,開口部の配置は,包装用箱の需要者たる事業者や箱に収納された品
物を購入する一般消費者にとってみれば,箱を開口してもアクセントパネ
ルとしての美観に全く影響がないか,箱の開口によりアクセントパネルと
しての美観が消失してしまうかは大きな差異であるというべきで,本件意
匠と被告意匠とは,この点においても美観を共通にするものとはいえない。
そして,本件意匠と被告意匠とは,前記イの差異点,とりわけ上述した
ところにより,看者に対し全体として異なる美観を与えるものであり,前
記アの共通点は,差異点が看者に与える美観の差異を凌駕するものとは認
められない。
したがって,被告意匠が本件意匠に類似するとはいえない。
エ(ア) 以上の点に関し,原告は,意匠登録第1193959号(甲8)の
意匠(以下「甲8意匠」という。)を本意匠とし,意匠登録第119
4201号(甲9)の意匠(以下「甲9意匠」という。)及び意匠登
録第1194202号(甲10)の意匠(以下「甲10意匠」とい
う。)を関連意匠とする意匠登録がされ ていること(すなわち,特許
庁によって,甲8意匠と,甲9意匠及び甲10意匠とが類似する旨判断
されたこと)などの事情に照らし,本件意匠と被告意匠のアクセントパ
ネルの具体的形状の差異は意匠全体の類否判断に影響しない旨主張する。
しかし,甲8意匠及び甲10意匠において,直方体状の包装用容器の
長辺のうちの1本の両端を除く部分に形成されている二つの略菱形状の
凸状の面(甲8意匠では,二つの略菱形状の間が空いているが,甲10
意匠では,二つの略菱形状が接している。)や,甲9意匠において,直
方体状の包装用容器の長辺のうちの1本の両端を除く部分に形成されて
いる二つの略紡錘状の凸状の面(二つの略菱形状の間が空いている。)
は,本件意匠におけるアクセントパネルのように,三角錐形状の稜線に
沿って設けられた凹状の面ではなく,また,当該三角錐の天頂に位置す
る頂点から底面を形成する点に至る3本の稜線のうちの1本に,その天
頂に位置する点から底面を形成する点に至るまでの全体にわたって,形
成されているものでもない。本件意匠と被告意匠との差異点が看者に与
える美観の差異の程度は,甲8意匠ないし甲10意匠における上記凸状
の面の差異点が看者に与える美観の差異の程度とは,量的にも,質的に
も異なるものというべきであって,原告の上記主張は,採用することが
できない。
(イ) また,原告は,被告意匠におけるアクセントパネルが開口部である
かどうかは,この種の物品が需要者によって観察される際に視覚的な効
果を奏するものではないとも主張する。
確かに,事業者であれ消費者であれ,包装用箱の需要者が包装用箱を
購入,使用する際には,包装用箱は閉じられたままであるか,包装用箱
として組み立てる前の状態であり,包装用箱の開口部分の位置が視覚的
に影響を与えるものではないという主張には,それなりの理由があると
考える余地もある。
しかし,本件意匠に係る物品が包装用箱であり,包装された内容物を
取り出すことが必須となるものであるから,アクセントパネルを有する
包装用箱の開口部を包装用箱のどこに配置するかや,開口部とアクセン
トパネルの位置関係は,外観としての美感に影響を与えるものというべ
きである。そして,前述のとおり,開口した場合にもアクセントパネル
がアクセントとしての形状を保つか否かによって,外観に差異が生じる
といえる。
したがって,被告意匠において,アクセントパネル部分に包装用箱の
開口部を設けている点は,もはや本件意匠における開口部の位置を通常
考え得る範囲で変更したものとはいえないというべきであり,原告の上
記主張は採用することができない。
(ウ) なお,原告は,アクセントパネルの機能として,構造体の強度を高
めるためと注目度を高めるためにアクセントパネルを設けた旨も主張し
ているが,本件意匠におけるアクセントパネルが構造体の強度を高める
ことを何ら立証していない。
仮に,構造体の強度を高めるためのものであるとすると,被告意匠の
ように,アクセントパネルに開口部を設置した場合,構造体の強度とし
てはむしろ弱まることが予想されるのであって,この点において,被告
意匠は,本件意匠と同一の機能を有しないことになる。
したがって,原告の上記主張も,採用することができない。
第5 結論
以上によれば,その余の点を検討するまでもなく,原告の請求はいずれも理
由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
嶋 末 和 秀
裁判官
鈴 木 千 帆
裁判官西村康夫は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官
嶋 末 和 秀
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