平成22(ワ)9966意匠権侵害差止等請求事件
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裁判所 |
請求棄却 大阪地方裁判所
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裁判年月日 |
平成23年9月15日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告株式会社コスモビューティー
株式会社大創産業 原告株式会社グリーンベル
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法令 |
意匠法39条1項15回 意匠法39条2項4回 特許法105条の32回 意匠法37条1項1回 意匠法37条2項1回 意匠法24条2項1回 民法719条1回 意匠法40条1回
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キーワード |
実施52回 意匠権15回 侵害10回 差止6回 損害賠償4回 新規性2回
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主文 |
1 被告株式会社コスモビューティーは,別紙物件目録記載の商品を販売し,輸入し,又は販売の申出をしてはならない。
2 被告株式会社大創産業は,別紙物件目録記載の商品を販売し,又は販売の申出をしてはならない。
3 被告らは,別紙物件目録記載の商品を廃棄せよ。
4 被告らは,原告に対し,連帯して,239万9646円及びこれに対する平成22年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用はこれを20分し,その1を被告らの連帯負担とし,その余を原告の負担とする。
7 この判決は,1項,2項,4項に限り,仮に執行することができる。 |
事件の概要 |
本件は,後記本件意匠権を有する原告が,被告らに対し,被告らの別紙物
件目録記載の商品(以下「被告商品」という。)の製造・販売行為等が,原
告の有する本件意匠権を侵害する行為であると主張して,本件意匠権に基づ
き,被告商品の製造・販売行為等の差止めと被告商品及びその金型の廃棄を
求め,本件意匠権侵害の不法行為に基づき,4290万円の損害賠償及びこ
れに対する不法行為の後の日である平成22年7月23日から支払済みま
で年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。 |
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判決文
平成23年9月15日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成22年(ワ)第9966号 意匠権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成23年6月30日
判 決
原 告 株 式 会 社 グ リ ー ン ベ ル
同訴訟代理人弁護士 辻 本 希 世 士
同 辻 本 良 知
同 笠 鳥 智 敬
同 松 田 さ と み
同 補 佐 人 弁 理 士 辻 本 一 義
同 森 田 拓 生
同 神 吉 出
同 大 本 久 美
同 丸 山 英 之
被 告 株式会社コスモビューティー
(以下「被告コスモ」という。)
同訴訟代理人弁護士 清 田 卓 宏
被 告 株 式 会 社 大 創 産 業
(以下「被告大創」という。)
同訴訟代理人弁護士 山 田 延 廣
同 藤 井 裕
同 寺 本 佳 代
同 工 藤 勇 行
主 文
1 被告株式会社コスモビューティーは,別紙物件目録記載の商品を販売し,
輸入し,又は販売の申出をしてはならない。
2 被告株式会社大創産業は,別紙物件目録記載の商品を販売し,又は販売の
申出をしてはならない。
3 被告らは,別紙物件目録記載の商品を廃棄せよ。
4 被告らは,原告に対し,連帯して,239万9646円及びこれに対する
平成22年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用はこれを20分し,その1を被告らの連帯負担とし,その余を原
告の負担とする。
7 この判決は,1項,2項,4項に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告らは,別紙物件目録記載の商品を製造し,販売し,輸入し,又は販売
の申出をしてはならない。
2 被告らは,別紙物件目録記載の商品を廃棄し,同商品の製造に必要な金型
を除去せよ。
3 被告らは,原告に対し,連帯して,4290万円及びこれに対する平成2
2年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,後記本件意匠権を有する原告が,被告らに対し,被告らの別紙物
件目録記載の商品(以下「被告商品」という。)の製造・販売行為等が,原
告の有する本件意匠権を侵害する行為であると主張して,本件意匠権に基づ
き,被告商品の製造・販売行為等の差止めと被告商品及びその金型の廃棄を
求め,本件意匠権侵害の不法行為に基づき,4290万円の損害賠償及びこ
れに対する不法行為の後の日である平成22年7月23日から支払済みま
で年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
1 判断の基礎となる事実
(1) 当事者
ア 原告
原告は,ネイルケア製品及び化粧小物の製造販売等を業とする株式会
社である。
イ 被告ら
被告コスモは,ネイルケア製品及び化粧小物の販売等を業とする株式
会社である。
被告大創は,各種小物の販売等を業とする株式会社である。
(2) 本件意匠権
原告は,次の意匠権(以下「本件意匠権」といい,その登録意匠を「本
件意匠」,その実施品を「原告実施品」という。)を有している。
登録番号 第1127832号
出願日 平成13年2月22日
登録日 平成13年10月19日
意匠に係る物品 マニキュア用やすり
登録意匠 別紙本件意匠目録記載のとおり
(3) 被告らの行為
被告コスモは,平成21年2月頃から,被告商品を輸入し,これを被告
大創に卸売販売し,被告大創は,これを被告大創の店舗(いわゆる100
円ショップの「ダイソー」)において小売販売していた。
(4) 被告商品の構成
被告商品は爪やすりであり,その構成は,別紙被告商品図面(A-A線
断面図を除く。)のとおりである(以下,被告商品に係る意匠を「被告意
匠」という。 。
)
2 争点
(1) 被告意匠は本件意匠に類似するか (争点1)
(2) 原告の損害 (争点2)
第3 争点に係る当事者の主張
1 争点1(被告意匠は本件意匠に類似するか)について
【原告の主張】
以下に述べるとおり,被告意匠は,本件意匠に類似する。
(1) 本件意匠の構成
本件意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様並びに要部は次のとお
りである。
ア 基本的構成態様
(ア) 構造
D字状の本体と,本体の下端面に埋設するやすりとからなる。
(イ) 本体
本体は,正面及び背面において,下側より外周縁方向に平面状から
緩やかに厚みを増している。
(ウ) 隆起部
本体には,本体の外周縁と一体となり緩やかに隆起し,外周縁の途
中から外周縁より内側に円弧状に盛り上がる隆起部を有する。
(エ) やすり
本体の下端面はやや湾曲し,長方形状のやすりを埋設している。
イ 具体的構成態様
(ア) 本体
本体は,一端が鋭角で立ち上がり他端が鈍角で立ち上がるD字形状
板である。
(イ) 隆起部の形状
隆起部は,鋭角で立ち上がる一端から,外周縁と一体となるように
緩やかに隆起し,外周縁の半分を過ぎたあたりから,外周縁の内側に
円弧状に盛り上がり,さらに内側に進むに従い緩やかに隆起が消失す
るように形成してなる。
(ウ) 隆起部の傾斜
隆起部の傾斜は,外周縁側より内側の方が緩やかに形成されている。
(エ) やすり
やすりは,本体の下端部の湾曲した側面に設けられた凹部に埋設さ
れている。
ウ 本件意匠の要部
(ア) 需要者
本件意匠に係る物品はマニキュア用やすりであり,一般消費者が日
用品の一つとして購入するものであるから,需要者の中心は一般消費
者である。
(イ) 公知意匠
本件意匠の出願前の公知意匠としては,登録第1098852号意
匠公報(甲3)記載の「マニキュア用やすり」がある(以下「甲3意
匠」という。 。甲3意匠は,D字状の本体と,本体の下端面に埋設す
)
るやすりとからなるマニキュア用やすりであり,本体の外周縁側に外
周縁に沿った形状の隆起部が形成され,下端側にも隆起部が形成され
た態様となっている。
これに対し,本件意匠は,本体,隆起部,やすりの態様に関し,前
記ア(イ)ないし(エ)及びイのようにした点や,これらの組合せにおいて,
新規な特徴を有する。
(ウ) 要部
一般消費者は,実際に物品を使用する観点で商品に注目するから,
最も面積が広い本体の形状は重要であり,特に,手に取った際に物品
を見る角度となる,やや上方からの形状は重要である。そして,本件
意匠は,前記ア(イ)ないし(エ)及びイの構成により,曲線を多用しなが
らも,最も目を惹く形状には対称軸を有さず,しなやかでシャープな
独特の美感を生じるとともに,本体中央部を掴んだ指が外周縁側にず
れることなく安心してやすり方向に力を込められるような印象(機能
美)を需要者に提供するから,これらの構成が要部となる。
また,本件意匠に係る物品はやすりであるから,やすり部分の形状
も重視されるべきであって,要部となる。
(2) 被告意匠の構成
被告意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様は次のとおりである。
ア 基本的構成態様
(ア) 構造
D字状の本体と,本体の下端面に埋設するやすりとからなる。
なお,球状鎖は,爪やすりにおける基本的骨格とはいえず,基本的
構成態様にはあたらない。
(イ) 本体
本体は,正面及び背面において,下側より外周縁方向に,平面状か
ら緩やかに厚みを増している。
(ウ) 隆起部
本体には,本体の外周縁と一体となり緩やかに隆起し,外周縁の途
中から外周縁より内側に円弧状に盛り上がる隆起部を有する。
(エ) やすり
本体の下端面はやや湾曲し,長方形状のやすりを埋設している。
イ 具体的構成態様
(ア) 本体
本体は,一端が鋭角で立ち上がり他端が鈍角で立ち上がるD字形状
板である。
(イ) 隆起部の形状
隆起部は,鋭角で立ち上がる一端から,外周縁と一体となるように
緩やかに隆起し,外周縁の半分を過ぎたあたりから,外周縁の内側に
円弧状に盛り上がり,さらに内側に進むに従い緩やかに隆起が消失す
るように形成してなる。
(ウ) 隆起部の傾斜
隆起部の傾斜は,外周縁側より内側の方が緩やかに形成されている。
(エ) やすり
やすりは,本体の下端部の湾曲した側面に設けられた凹部に埋設さ
れている。
(オ) 鎖
本体の鋭角で立ち上がる一端部を穿孔し,その孔に球状鎖が遊貫す
るように形成してなる。
(カ) 平面部との境界について(被告らの主張に対する反論)
被告意匠の傾斜部の角度は本件意匠と同様に小さく,被告商品は透
明樹脂で一体的に形成されているため,需要者が一見しても,平面部
との境界を視認することができないから,この点は,構成態様として
挙げるほどの要素ではない。
(3) 類否について
以上を踏まえ,本件意匠と被告意匠の類否を検討すると次のとおりであ
り,被告意匠は本件意匠に類似している。
ア 共通点
本件意匠と被告意匠とは,基本的構成態様(ア)ないし(エ)と具体的構成
態様(ア)ないし(エ)において一致している。
イ 差異点
本件意匠には,被告意匠の具体的構成態様(オ)に相当する態様が存在
しない。
ウ まとめ
前記アのとおり,被告意匠は,本件意匠の要部(前記(1)ウ(ウ))につ
いて,共通する構成態様を備えている。
他方,前記イの点は,基本的構成態様に係る差異点ではない。そして,
球状鎖は,一般的に広く知られた部材であるし,被告商品が透明パッケ
ージの小さなスペースに折りたたむように詰め込まれて販売されてい
ることからして,本体に付属する部分にすぎないといえ,全体的な美感
に影響を及ぼすものでもない。
なお,意匠の大きさは,【意匠の説明】に記載した寸法に限定されな
いところ,被告商品の左右の幅(約52㎜)は,本件意匠に係る物品の
分野において常識的な範囲内のものであり,需要者に与える美感に影響
するものではない。
また,平面部との境界(前記(2)イ(カ))は,仮に構成態様として挙げ
るとしても,被告意匠の全体的な美感に影響を及ぼすほどのものではな
い。
したがって,被告意匠は本件意匠に類似する。
【被告らの主張】
以下に述べるとおり,被告意匠は,本件意匠に類似しない。
(1) 本件意匠の構成
本件意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様並びに要部は次のとお
りである。
ア 基本的構成態様
(ア) 構造
原告主張の基本的構成態様(ア)は認める。
(イ) 本体
本体は,正面及び背面における外周縁部分において,厚みを増して
隆起状を形成している。
(ウ) 隆起部
本体には,本体における外周縁の隆起部と一体となり,隆起した外
周縁の途中から外周縁より内側に円弧状に盛り上がる隆起部を有す
る。
(エ) やすり
原告主張の基本的構成態様(エ)は認める。
イ 具体的構成態様
(ア) 本体
原告主張の具体的構成態様(ア)は認める。
(イ) 隆起部の形状
隆起部は,鋭角で立ち上がる一端から,外周縁と一体となるように
形成され,外周縁の半分を過ぎたあたりから,外周縁の内側に円弧状
に盛り上がり,さらに内側に進むに従い隆起が消失するように形成し
てなる。
(ウ) 隆起部の幅及び傾斜
隆起部の幅及び傾斜は,内側の円弧状部分の方が外周縁側に比して
大きい。
(エ) やすり
原告主張の具体的構成態様(エ)は認める。
ウ 本件意匠の特徴(要部)
被告コスモは原告の主張を認め,被告大創は,本件意匠が甲3意匠と
比較して新規性を有することを否認する。
(2) 被告意匠の構成
被告意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様は次のとおりである。
ア 基本的構成態様
(ア) 構造
D字状の本体と,本体の下端面に埋設するやすり,及び本体正面左
端部を遊貫する鎖とからなる。
なお,基本的構成態様とは,意匠を大つかみに把握した態様のこと
であるし,鎖の存在は,意匠全体から受ける美感に対する影響が大き
いから,鎖も基本的構成態様の一つである。
(イ) 本体
本体は,正面及び背面における外周縁部分において,厚みをもつよ
うに,緩やかな隆起状を形成している。
(ウ) 隆起部
本体には,本体における外周縁の隆起部と一体となり,隆起した外
周縁の途中から外周縁より内側に円弧状に盛り上がる隆起部を有す
る。
(エ) やすり
原告主張の基本的構成態様(エ)は認める。
(オ) 鎖
本体の正面左端部に穿孔部分を設け,鎖を遊貫している。
イ 具体的構成態様
(ア) 本体
原告主張の具体的態様(ア)は認める。
(イ) 隆起部の形状
隆起部は,鋭角で立ち上がる一端から,外周縁と一体となるよう緩
やかに形成され,外周縁の半分を過ぎたあたりから,外周縁の内側に
円弧状に盛り上がり,さらに内側に進むに従い緩やかに隆起が消失す
るように形成してなる。
(ウ) 隆起部の幅及び傾斜
隆起部の幅及び傾斜は,内側の円弧状部分の方が,外周縁側に比し
て大きい。
(エ) やすり
やすりは,本体の下端部の湾曲した側面に設けられた凹部に貼付さ
れている。
(オ) 鎖
本体の鋭角で立ち上がる正面左端部を穿孔し,その孔に球状鎖が遊
貫されている。
(カ) 平面部との境界
外周縁側及び内側の円弧状の隆起部は,鋭角で立ち上がる一端と内
側の円弧状の隆起が消滅する端において,正面下側に向けて,円弧状
に傾斜部を形成しており,平面部と明確に境界されている。
(3) 類否について
以上を踏まえ,本件意匠と被告意匠の類否を検討すると次のとおりであ
り,被告意匠は本件意匠に類似していない。
ア 共通点
本件意匠と被告意匠とは,基本的構成態様(イ)ないし(エ)と,具体的構
成態様(ア)ないし(エ)において,概ねその構成が共通する。
イ 差異点
(ア) 大きさ
本件意匠と被告意匠とは,正面左右の幅が,それぞれ約70㎜と約
52㎜であり,大きさが相違する。
(イ) 鎖
被告意匠は,本体の正面左端部において球状鎖が遊貫されている構
成を有するが,本件意匠は同構成を有しない。
(ウ) 平面部との境界
被告意匠は,傾斜部と平面部とを区切る明確な境界があって,隆起
部,傾斜部,平面部から構成されているのに対し,本件意匠には,隆
起部から平面部にかけての境界を形成する傾斜部はない。
ウ まとめ
被告商品は,大きさが約52㎜で,球状鎖が備え付けられていること
から,爪やすりであること以上に,携帯しやすくかわいい小物である点
に大きな特徴を有しており,この点が需要者の購買動機となっている。
また,被告意匠は,約52㎜という大きさや,平面部との境界が円弧
を形成することにより,需要者に対し,小さく丸々とした印象を与えて
おり,しなやかでシャープな印象を与える本件意匠とは,要部において
美感が異なる。
以上のような主要な構成態様の相違により,被告意匠と本件意匠とは,
全体の美感が大きく相違しており,類似しない。
2 争点2(原告の損害)について
【原告の主張】
原告は,被告らの意匠権侵害行為による損害を被った。その損害は,以下
のとおり意匠法39条1項に基づき算定するならば3900万円を下らず,
そうでなく同条2項に基づき算定したとしても2400万円を下らない。
(1) 意匠法39条1項に基づく損害額の算定
ア 原告が,原告実施品を販売することにより得られる一個当たりの利益
は,下記(ア)から(イ)を控除した162.1円である。
(ア) 原告実施品の卸売販売価格 275円
(イ) 変動経費 合計112.9円
本体 61.3円
ビニールケース 38円
ATシール 8.2円
ポスシール(ハート型) 5.4円
なお,パッケージがビニールケースではないものもあるが,経費に
違いはないから,意匠法39条1項の利益額を算定する上で斟酌する
必要はない。
また,被告ら主張に係る他の経費費目は,意匠法39条1項の利益
を算定する上で控除すべき経費とはならない。
イ 被告大創による被告商品の譲渡数量 30万個
ウ 損害額
以上によれば,意匠法39条1項により推定される原告の損害額は,
162.1円×30万個=4863万円であり,3900万円を下らない。
エ 販売することができないとする事情の不存在
被告らは,① 被告商品の価格,② 販売ルートの違い,③ 競合品の
存在,④ 本件意匠の寄与度等を主張して,意匠法39条1項ただし書
に該当する事情がある旨主張するが,以下のとおり,これは上記事情に
当たらない。
(ア) 被告商品の価格について
爪やすりは,機能自体には特筆すべき差異がなく,消費者は,その
美的・機能的なデザイン等に最大の関心をもって購入を検討するのが
通常である。したがって,わずか数百円程度の価格差であれば,原告
実施品の購入を検討していた消費者が被告商品を購入する事態は,容
易に想像できる。
実際,原告実施品の売上げは,被告商品の輸入・販売が始まったこ
ろから減少し,被告商品の輸入・販売が停止されたころから回復して
いる。そして,このころ,被告商品の輸入・販売の他に,原告実施品
の売上げに影響を与えるような要因は存在しなかった。
(イ) 販売ルートの違いについて
原告実施品は,全国の主要なドラッグストア,ホームセンター,ス
ーパー,百貨店,大型文房具店など,業態を限定することなく,様々
な場所において販売されていた。また,爪やすりは日用品であるから,
消費者が,手軽で少しでも安価なものを探すため,様々な店舗を比較
すべく,各店舗に足を運ぶことは,通常の行動である。
そして,原告実施品と同じデザインの被告商品が廉価で購入できる
のであれば,原告実施品の購入を検討していた消費者が,価格等を比
較検討の上,被告商品を購入することは不思議ではない。
(ウ) 競合品の存在について
爪やすりの販売においては,デザインが極めて重要であるところ,
被告らが競合品であると主張する株式会社資生堂(以下「資生堂」と
いう。)の商品(乙4)は,原告実施品とは全く異なるデザインであ
るから,原告実施品のデザインに着目して購入を検討している購買層
が,資生堂の商品の購買層と競合するとは考えられない。
(エ) 本件意匠の寄与度について
本件意匠は,本体中央部に向けて滑らかに弧を描く隆起部のデザイ
ンが,削った後の爪のなめらかさ,丸みをイメージさせることを可能
としている。また,隆起部の窪みあたりを指で挟んで使用することで,
しっかりと爪やすりを保持することが可能となり,軽くこするだけで
爪を綺麗に削ることができるデザインとなっている。そして,原告実
施品のデザイン性や機能性は,新聞や雑誌等で高く評価されてきた。
被告商品が相当数の売上げとなったのは,原告実施品と同じデザイ
ンを用いたことに起因するものであり,被告大創の店舗数が多いこと
や,被告商品がストラップとして利用できることに起因するものでは
ない。
(2) 意匠法39条2項に基づく損害額の算定
ア 被告大創の単位数量当たりの利益は,1個当たり80円を下らない。
イ 被告大創による被告商品の譲渡数量 30万個
ウ 損害額
以上によれば,意匠法39条2項により推定される原告の損害額は,
80円×30万個=2400万円である。
(3) 意匠法41条,特許法105条の3に基づく主張
被告らは,被告大創による被告商品の上記譲渡数量を否認し,4万05
24個の限度でしか認めていないが,原告が真の譲渡数量を立証すること
が不可能である事情に照らせば,意匠法41条,特許法105条の3を適
用して,弁論の全趣旨に照らし,相当な損害額は,被告商品の譲渡数量が
30万個であることを基準として算定されるべきである。
仮にそうでないとしても,原告実施品の販売数量は,被告商品が販売さ
れた2年間で6万1712個減少しているから,同数量に原告実施品の一
個当たりの利益162.1円を乗じた1000万3515円が,原告の損害
額として算定されるべきである。
(4) 弁護士費用
被告らの不法行為と因果関係のある弁護士費用相当の損害額は390
万円を下らない。
【被告らの主張】
(1) 意匠法39条1項に基づく損害額の算定について
ア 原告の単位数量当たりの利益
不知ないし否認する。
原告実施品には,プラスチックケースに入れて販売されているものも
あるから,原告主張の経費額は不正確である。
また,人件費,運送費,倉庫賃料,宣伝費,手数料なども変動経費と
なるはずであり,これらも経費として控除されるべきである。
イ 被告大創による被告商品の譲渡数量
譲渡数量を4万0524個の限度で認め,これを超える部分を否認す
る。
被告大創は,ダイソー各店舗に対し,被告商品4万8650個を出荷
したが,このうち8126個を店頭から引き揚げて保管しているから,
譲渡数量は4万0524個である。
ウ 販売することができないとする事情
以下のような事情からすれば,原告が販売することができた原告実施
品の数量は,多くとも,被告商品の譲渡数量の1割程度にすぎない。
(ア) 被告商品の価格
原告実施品は税抜き500円で販売されているが,被告商品は税抜
き100円で販売されており,低価格ゆえに,爪やすりに興味のなか
った購買層を新たに開拓した面がある。
また,このような価格差からすれば,被告商品は子供用の玩具とい
ってもよいものであるから,両者が市場において競合する範囲は,仮
に認められたとしても,極めて小さい。
(イ) 販売ルートの違い
被告商品は,100円ショップのダイソーで独占的に販売されてい
たが,原告実施品は,化粧品専門店等やウェブサイト上で販売されて
いる。
100円ショップでは,「通常ではわずか100円では購入できな
い物が購入できる」という意外性を期待して買い物をする者が少なく
ないし,ダイソーの店舗数は多く,機能以外の面に着目して被告商品
を購入した消費者も,相当数存在したといえる。
(ウ) 競合品の存在
資生堂の商品(乙4)は,原告実施品と基本的構成態様を共通にす
るところ,税抜き952円で販売されており,原告実施品と購買層(成
人女性)が重なっている。また,原告実施品と資生堂の商品は,いず
れもウェブサイト上で販売されており,顕著な競合関係にある。
これに対し,被告商品は,ウェブサイト上での少数個の販売はされ
ておらず,価格も異なるから,原告実施品と市場において競合した可
能性は,仮にそれが認められたとしても,極めて低い。
(エ) 本件意匠の寄与度
被告商品の譲渡数量は,ダイソーの店舗数の多さにも依るべき部分
が大きい。
また,被告商品は,原告実施品とは異なり,携帯できる,ストラッ
プとして使用できるという機能を備えており,この機能により新たな
購買層が開拓されたことは明らかである。
(2) 意匠法39条2項に基づく損害額の算定について
被告大創の単位数量当たりの利益は,被告商品の販売価格100円から,
本体仕入価格46円及び販売管理費(人件費,運送費,店舗管理費)10
円以上を控除した,44円以下である。
(3) 意匠法41条,特許法105条の3に基づく主張について
争う。
(4) 弁護士費用について
争う。
第4 当裁判所の判断
1 本件意匠及び被告意匠の構成態様について
(1) 本件意匠の構成態様は,証拠(甲2)によれば,以下のとおりであると
認められる。
【正面図】
ア 基本的構成態様
(ア) 構造
D字状の本体と,本体の下端面に埋設するやすりからなる。
(イ) 本体
本体は,正面及び背面において,下側より外周縁方向に緩やかに厚
みを増して,外周縁付近で隆起している。
(ウ) 隆起部
本体には,隆起した外周縁と一体となり,外周縁の途中から外周縁
より内側に円弧状に盛り上がる隆起部が存在する。
(エ) やすり
本体の下端面はやや湾曲し,長方形状のやすりを埋設している。
イ 具体的構成態様
(ア) 本体
本体は,一端が鋭角で立ち上がり他端が鈍角で立ち上がるD字形状
板である。
(イ) 隆起部の形状
隆起部は,本体の鋭角で立ち上がる一端から,外周縁と一体となる
ように形成され,外周縁の半分を過ぎたあたりから,外周縁の内側に
円弧状に盛り上がり,さらに内側に進むに従い緩やかに隆起が消失す
るよう面が連続するよう形成されている。
(ウ) 隆起部の傾斜
円弧状の隆起部の傾斜は,外周縁側は凸状曲面に形成され,内側は
凹状曲面に形成されている。
(エ) やすり
やすりは,本体の下端部の湾曲した側面に設けられた凹部に埋設さ
れている。
(2) 被告意匠の構成態様は,証拠(甲4)によれば,以下のとおりであると
認められる。
【正面図】
ア 基本的構成態様
(ア) 構造
D字状の本体と,本体の下端面に埋設するやすりと,本体の一端部
を遊貫する鎖とからなる。
(イ) 本体
本体は,正面及び背面において,外周縁付近で,緩やかに厚みを増
して隆起している。
(ウ) 隆起部
本体には,隆起した外周縁と一体となり,外周縁の途中から外周縁
より内側に円弧状に盛り上がる隆起部を有する。
(エ) やすり
本体の下端面はやや湾曲し,長方形状のやすりを貼付している。
(オ) 鎖
本体の下側端部に穿孔部分を設け,鎖を遊貫している。
イ 具体的構成態様
(ア) 本体
本体は,一端が鋭角で立ち上がり他端が鈍角で立ち上がるD字形状
板である。
(イ) 隆起部の形状
隆起部は,本体の鋭角で立ち上がる一端から,外周縁と一体となる
ように隆起し,外周縁の半分を過ぎたあたりから,外周縁の内側に円
弧状に盛り上がり,さらに内側に進むに従い隆起が消失するように形
成されている。
(ウ) 隆起部の傾斜
隆起部の傾斜は,外周縁側は凸状曲面に形成され,内側は凹状曲面
に形成されている。
(エ) やすり
やすりは,本体の下端部の湾曲した側面に設けられた凹部に貼付さ
れている。
(オ) 鎖
本体の鋭角で立ち上がる一端部を穿孔し,その孔に球状鎖が遊貫さ
れている。
(カ) 平面部との境界
隆起部内側の傾斜下端は,鋭角で立ち上がる一端と内側の円弧状の
隆起が消滅する端において平面部との間で曲面の連続性はなく,その
境界線は円弧状を形成して,平面部との間に明確な境界を形成してい
る。
2 争点1(被告意匠は本件意匠に類似するか)について
(1) 意匠に係る物品の類似性について
本件意匠の意匠に係る物品である「マニキュア用やすり」とは,爪の手
入れ用のやすりを意味するから,爪やすりである被告意匠と本件意匠とは,
意匠に係る物品が同一である。
(2) 意匠の形態面における類似性について
ア 登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視
覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものである(意匠法24条2
項)。
したがって,その判断にあたっては,意匠に係る物品の性質,用途,
使用態様,さらには公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,
需要者の注意が惹き付けられる部分を要部として把握した上で,両意匠
が要部において構成態様を共通にするか否かを中心に観察し,全体とし
て美感を共通にするか否かを判断すべきである。
イ 本件意匠の要部について
(ア) 爪やすりの性質,用途,使用態様
爪やすりは,主として女性が使用する,爪の形状を整えるための研
磨具である。
そして,爪やすりは,やすり部を備えていれば本来的な機能を果た
すことができるが,全体のデザインについては種々のものが考えられ
(甲22),これが使い勝手を左右することになる。また,片手で把
持して使用するものであるから,大きさも,そのことを前提としたも
のとなる。
(イ) 公知意匠(甲3意匠)
【側面図】 【正面図】
本件意匠の出願日(平成13年2月22日)より前である,同年1
月29日発行の意匠公報(甲3)には,本体がD字状で,底面部が楕
円形状のやすり面となっており,本体の外周縁部付近と底面部付近が
隆起し,本体側面部の中央が窪んだ形状となっている,マニキュア用
やすりが示されている。
(ウ) 要部の判断
前記(ア)からすれば,爪やすりについて,需要者は,デザイン全体
に着目すると考えられるところ,前記(イ)からすれば,爪やすりにお
いて,本体がD字状であること,下端面にやすりが配設されているこ
と,把持する面に隆起部が設けられ凹凸がついていることなどの基本
的な構成は,本件意匠の出願時において公知であったと認められる。
したがって,本件意匠において,需要者の注意が惹き付けられる要
部は,本体,隆起部,やすりに係る具体的な形状であると認められる。
なお,被告大創は,本件意匠は甲3意匠と比較して新規性が認められ
ないと主張するが,甲3意匠は,本体が厚みを持った左右対称のD字
状で,底面部のやすりが楕円形状であるところ,本件意匠は,本体は
一端が鋭角で立ち上がり他端が鈍角で立ち上がるD字形状板で,やす
りは本体の下端部の湾曲した側面に設けられた凹部に貼付された長
方形状であるし,両者は隆起部の具体的形状も異にするから,上記主
張は採用できない。
(3) 本件意匠及び被告意匠の共通点及び差異点
本件意匠及び被告意匠の共通点及び差異点は,次のとおりである。
ア 共通点
本件意匠と被告意匠が,基本的構成態様(イ)ないし(エ)と具体的構成態
様(ア)ないし(エ)において概ね共通することは,当事者間に争いがない。
イ 差異点
(ア) 大きさ
本体左右の幅が,本件意匠は約70㎜であるが(甲2),被告意匠
は約52㎜である(弁論の全趣旨)。
(イ) 鎖
被告意匠は,本体の鋭角で立ち上がる一端部において球状鎖が遊貫
されているが,本件意匠は,そのような構成を有しない。
(ウ) 平面部との境界
被告意匠は,平面部と隆起部内側の傾斜下端を区切る明確な境界が
あるが,本件意匠には,隆起部内側の傾斜と平面部とがなだらかな面
で連続しており,平面と隆起部を区切る明確な境界(傾斜の下端線)
はない。
(4) 本件意匠と被告意匠の類否について
前記(2)イ(ウ)のとおり,本件意匠の要部は,本体,隆起部,やすりに係
る具体的な形状にあると認められるところ,前記(3)アの共通点は,この要
部に係る共通点である。
そして,前記(3)イの個別の差異が美感に与える影響については,以下に
個別に述べるとおり,その差異から受ける印象が,前記(3)アの共通点から
受ける印象を凌駕するものではないから,本件意匠と被告意匠は,視覚を
通じて起こさせる美感を共通にしているということができ,類似するもの
というべきである。
ア 大きさについて
本件意匠のような,本体を片手で把持して使用するD字形状板の爪や
すりは,その使用態様からして,大きさは自ずと一定の範囲に限られる
一方で,当該範囲内であれば,種々の大きさのものが考えられる。原告
も,原告実施品と類似のデザインで,やや大きなサイズの商品を販売し
ているところである(乙9)。
確かに,約70㎜と約52㎜という大きさの違いは,現実の使用にあ
たって使い勝手の違いを生じさせることになるし,被告意匠の大きさは,
被告商品に「小さくてかわいらしい」という印象を生じさせる要素の一
つといえる。
しかしながら,原告実施品にしても,やはり類似形態の商品の中では,
小ぶりのほうであって,かわいらしいとの印象を与えないわけではない
から,爪やすりという物品に考えられる大きさの範囲内の中での,上記
大きさの違いは,それほど大きいものとはいえない。また,被告意匠は,
本件意匠の要部において,本件意匠と構成を共通にするため,上記程度
の差で大きさが違ったとしても,「同じデザインで異なるサイズのもの」
との印象を与えるといえる。
イ 鎖について
鎖は,本件意匠には全く存在しない要素であるし,爪やすりに一般的
に備え付けられているものでもないから,被告商品の特徴の一つである。
しかし,被告意匠は,本件意匠と基本的構成を共通にし,要部を共通
にするため,ありふれた形状の球状鎖が付属していたとしても,「同じ
デザインで鎖付きのもの」との印象を与えるにすぎず,全体として異な
る美感を与えるものではない。
ウ 平面部との境界について
被告意匠では,隆起部内側の傾斜下端と平面部とが面で連続しておら
ず,これと認識できる境界を形成しているが,これは,本件意匠には存
在しない要素であり,被告商品の特徴の一つといえる。
しかしながら,上記境界は,視覚的に目立つものではなく,注意して
観察して初めて,それと気づかれるものであるし,本件意匠においても,
隆起部内側の傾斜と平面部とを区切る線こそ存在しないものの,隆起部,
隆起部内側の傾斜,平面部の各範囲が,被告意匠と大きく異なるわけで
もない。
したがって,隆起部内側の傾斜下端と平面部との境界が存在すること
は,被告意匠に,本件意匠とは異なる美感を生じさせるだけの,強い印
象を与えるものではない。
3 争点2(原告の損害)について
(1) 意匠法39条1項に基づく損害額の算定について
ア 原告実施品の一個当たりの利益は,下記(ア)の275円から下記(イ)
合計額の112.9円を控除することにより,162.1円と認められる。
(ア) 原告実施品の卸販売価格は,証拠(甲15)によれば,275円と
認められる。
(イ) 原告実施品を販売するための経費は次の諸経費(認定証拠は括弧内
に記載する。)の合計112.9円である。
本体 61.3円(甲16の1・2)
ビニールケース 38円(甲17)
ATシール 8.2円(甲18)
ポスシール(ハート型) 5.4円(甲19)
なお,原告実施品には,ビニールケース入りのもの(甲14の1・
2)以外に,プラスチックケース入りのものも存在するが(乙2の1・
2,乙3),両者の小売価格は同額(甲21~24,乙3)であるか
ら,経費の合計額に影響するものとは認められない。
また,被告らは,人件費,運送費,倉庫賃料,宣伝費,手数料など
を経費として控除すべき旨主張しているが, (甲25)
証拠 によれば,
原告は,被告商品の販売開始前には原告実施品を年間10万個以上仕
入販売し,被告商品の販売開始後も年間8万個前後の仕入販売をして
いたのであるから,原告実施品が小さく軽量であることを考慮すると,
これにさらに追加で4万個程度(後記イ)の仕入販売を行うことにな
ったとしても,原告実施品の仕入販売のために既に支出している上記
費目の経費が特段増加するものとは認められない。したがって,本件
においては,上記費目の経費額を控除する必要は認められない(人件
費,倉庫賃料,宣伝費,手数料などは,既に一定数量以上の仕入販売
があったのであるから,上記数量の増加によって追加的な経費の支出
をもたらすとは考えられないし,運送費であっても,小さく軽量であ
る原告実施品は,それのみ単体で運送されることはなく他の商品類と
一体となって運送されるものと考えられるから,数量の増大が運送費
の追加的支出をもたらすものとは認められない。 。
)
イ 被告大創による被告商品の譲渡数量は, (丙1~10)
証拠 によれば,
被告らが自認する4万0524個の限度で認定するのが相当であり,こ
れを超えた数量について認めるに足りる証拠はない。
ウ 販売することができないとする事情(意匠法39条1項ただし書)
被告らは,被告大創による被告商品の譲渡数量は,① 被告商品の価
格,② 販売ルートの違い,③ 競合品の存在,④ 本件意匠の寄与度な
ど,被告商品固有の事情により販売された部分があるとし,これが意匠
法39条1項ただし書の,原告が「販売することができないとする事情」
に該当する旨主張するので,以下,そのような事情の存否について個別
に検討する。
(ア) 被告商品の価格について
被告商品の税抜き小売価格は100円であり,原告実施品の税抜き
小売価格500円と比較すると,比率では5分の1であり,価格差で
は約400円安い関係にある。絶対的な価格差でみると,原告がいう
ように,その差はわずか数百円という見方もできるが,被告商品は,
単に原告実施品に比して安価である以上に,100円という,購入に
当たって特段逡巡することなく気軽に購入できる絶対的な低価格で
あることが,商品を特徴づけ需要者の購買意欲をそそる要素になって
いるといえる。
そうすると,原告実施品が,被告商品の5倍の価格設定であって当
該同種商品としては通常の価格帯にあると考えられることからする
と,原告が原告実施品を被告商品と同様に販売できたものとは考え難
く,したがって,被告商品がそのような著しく低廉な価格に設定され
ているという事実は,意匠法39条1項ただし書の事情に該当する事
情の一つになり得るというべきである。
(イ) 販売ルートについて
被告商品は,いわゆる100円ショップの最大手であって,全国に
数多くの店舗を構えるダイソーで販売されており,実際に被告商品を
取り扱った店舗は,2000店以上存在する(丙10)。そして,ダ
イソーは,多種多様な商品を原則としてすべて100円で販売するこ
とを特徴とする営業形態を採用しており,そのため,消費者において,
特定の商品を買い求めるのではなく,100円であれば購入するとい
う前提で,商品ジャンルを問わず掘り出し物を探す場合もあると考え
られる。そうであれば,そのような消費者が,たまたま被告商品を購
入したからといって,その消費者が,原告実施品を購入したはずであ
るとみるのは難しいといわなければならない。
もちろん,原告実施品が販売されているという知識がある需要者が,
より安価で原告実施品に相当する商品を求めてダイソーを訪れる場
合も存在すると考えられるが,そうであれば,そのような需要者は,
もともと原告実施品を購入する可能性が低いものとみなされるので
はないかと考えられる。
したがって,被告商品が100円という均一で低廉な価格で多種多
様な商品を販売しているダイソーで販売されているという事実自体
も,意匠法39条1項ただし書の事情に該当する事実の一つになると
いうべきである。
(ウ) 競合品について
資生堂の商品(乙4)は,棒状や板状の爪やすり(甲22)ではな
く,原告実施品と同じ,ラウンドタイプの爪やすりである。
しかも,資生堂の商品は,本件意匠の要部である隆起部を有しない
ものの,爪やすりの本体が,一端が鋭角で立ち上がり他端が鈍角で立
ち上がるD字形状板である点や,やすりが,本体の下端部の湾曲した
側面に設けられた凹部に埋設されている点において,本件意匠の要部
と構成を共通にしている。
したがって,資生堂の商品と原告実施品とは,本体の正面・背面の
デザインや,価格(資生堂商品は税抜き952円[乙4]ないし10
00円[乙7の1~3]で販売されている。)において異なっていて
も,市場では競合する範囲内のものであると考えられ,被告商品と異
なる競合品の存在は,意匠法39条1項ただし書の事情に該当する事
実の一つになるというべきである。
(エ) 本件意匠の寄与度について
原告は,原告実施品は,隆起部の窪みあたりを指で挟んで使用する
ことで,しっかりと爪やすりを保持することが可能となり,軽くこす
るだけで爪を綺麗に削ることができるデザインとなっていると主張
する。
ところが,被告商品は,サイズが小さい分把持しにくい上,そのパ
ッケージの使用状態を示す写真(甲4)には,隆起部の窪みとは関係
のない部分を指で挟んで使用している様子が示されており(原告実施
品のように隆起部の窪みのカーブを利用して指で挟むように把持し
た場合(甲14の1,甲22),鎖が垂れ下がって邪魔になるはずであ
る。 ,結局,被告商品にとって隆起部はデザイン以上の意味はないも
)
のと考えられ,したがって新聞や雑誌等で高く評価されてきたという,
原告実施品のデザイン性や機能性が発揮されている商品であるとは
いえないものである。加えて,パッケージの謳い文句を見ても,軽く
こするだけで良く削れることや,なめらかに仕上がるという爪ヤスリ
の本来の機能よりも,可愛くて携帯に便利であることの方が,よりア
ピールされているとも考えられる(甲4)。
さらに,上記のとおり,被告商品については,かわいくて携帯に便
利であることがアピールされているところ,被告商品のかわいらしさ
には,被告商品の大きさが影響を与えているといえるし,携帯に便利
であることについては,被告商品の大きさに加え,鎖の存在が影響を
与えているといえる。
他方,原告実施品の販売実績(甲25)を見ても,被告商品の販売
開始前である2008(平成20)年と,被告商品の販売開始後であ
る2009(平成21)年以降において,青・黄・緑・白(SS-403)
については売上げが半減しているが,ピンク・白(G-1002)について
は増加ないし横ばいであり,原告実施品についても,本件意匠のデザ
イン以外の要素が販売数量に影響を及ぼしていたことは否定できな
い。
したがって,被告商品の販売に対し,被告意匠のうち,本件意匠に
類似していない特徴が寄与しているという点は,これもまた,意匠法
39条1項ただし書の事情に該当する事実の一つとなるというべき
である。
(オ) 結論
これら意匠法39条1項ただし書の事情に該当する諸事実の存在
を考慮すれば,被告大創による被告商品の譲渡数量のうち,原告が販
売することができなかったと認められる原告実施品の数量を控除し
た数量は,被告商品の譲渡数量の3分の1と認めるのが相当である。
エ 原告の損害額
以上のとおりであるから,意匠法41条,特許法105条の3の規定
によるまでもなく,意匠法39条1項に基づき算定される原告の損害額
は,原告実施品の一個当たりの利益162.1円(前記ア)に被告商品の
譲渡数量4万0524個(前記イ)の3分の1である1万3508個を
乗じた218万9646円(円未満切捨て)となるものと認められる。
(2) 意匠法39条2項に基づく損害額の推定について
意匠法39条1項に基づく損害額の算定に用いる原告の利益は,上記(1)
のとおり162.1円と認定できるところ,この金額は,被告の税抜き小
売販売価格100円を超えるから,同条2項に基づき算定される損害額が
同条 1 項に基づき算定される損害額を上回らないことは明らかである。
(3) 弁護士費用について
本件事案の内容や,前記(1)エの認容額からして,被告らが損害賠償義務
を負うべき弁護士費用は,21万円を相当と認める。
(4) 損害額
以上のとおりであるから,原告の損害額は,前記(1)エ及び(3)の合計であ
る239万9646円となる。
4 まとめ
(1) 差止請求について
前記2で認定判断したとおり,被告意匠は,本件意匠に類似しているか
ら,被告コスモが被告商品を輸入して,これを被告大創に卸売販売し,被
告大創がさらにこれを小売販売する行為は,本件意匠権を侵害する行為で
あるということになり,原告は,被告らに対し,本件意匠権に基づき同行
為の差止めを求めることができる(意匠法37条1項)。
もっとも,被告らは,被告商品を製造していないから(前提事実(3)),
その行為の差止めを求める原告の請求には理由がなく,原告の被告らに対
する差止請求は上記の限度で理由があることになる。
(2) 廃棄請求について
被告商品は,本件意匠権の侵害行為を組成した物であるから,原告は,
その廃棄を求めることができる(意匠法37条2項)。
もっとも,被告コスモは,被告商品の輸入販売を行う者であって,被告
商品の製造に必要な金型を所有しているとは認められないから,金型の除
去に係る原告の請求は理由がない。
(3) 損害賠償請求について
原告は,本件意匠権の侵害により,前記3(4)のとおり239万9646
円の損害を被ったと認められるところ,本件において,被告コスモは被告
商品を輸入して被告大創に販売し,被告大創は,これを一般市場で販売し
ているから,両被告による本件意匠権の侵害行為は,共同不法行為である
と認められ,被告らは,原告に対し,連帯して損害賠償責任を負うことに
なる(民法719条)。
なお,被告大創は,被告コスモと被告商品の取引をするに際し,同社に
対し,知的財産権の侵害はないことを確認したとして過失がない旨争う。
しかし,それ以上に自ら調査を行った事実が認められるわけではないか
ら,仮に被告大創による被告コスモに対する上記確認がされた事実が認め
られたとしても,本件意匠権の侵害行為について被告コスモについて過失
があったものとする意匠法40条の規定に基づく過失の推定は覆らない
というべきである。
第5 結論
以上のとおりであるから,原告の請求は,主文記載の限度において理由が
あるからこれを認容し,その余の部分については理由がないからこれを棄却
することとし,主文のとおり判決する。
なお,主文3項に係る仮執行宣言は相当でないから,これを付さないこと
とする。
大阪地方裁判所第21民事部
裁 判 長 裁 判 官 森 崎 英 二
裁 判 官 達 野 ゆ き
裁 判 官 網 田 圭 亮
(別 紙)
物 件 目 録
品 番 発注 No.化粧-メイク小物-85
商品名 爪ヤスリ
以 上
(別 紙)
本件意匠目録
【意匠の説明】正面図において左右の幅は,実物の約70㎜を表す。底面図にお
いて多数の小点の付いた長方形の部分が爪やすり本体である。背面図は正面図
と対称に表されるため省略する。
【正面図】
【左側面図】 【右側面図】 【A-A線断面図】
【平面図】 【底面図】
(別 紙)
被告商品図面
【正面図】
【左側面図】 【右側面図】 【A-A線断面図】
【平面図】 【底面図】
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