平成22(行ケ)10228審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成23年3月22日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官吉水純子 原告X
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対象物 |
高周波超伝導電磁エンジン |
法令 |
特許権
特許法36条4項1号12回 特許法17条の211回 特許法53条3項4回 特許法159条1項2回
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キーワード |
審決48回 実施18回 拒絶査定不服審判8回 分割2回 刊行物1回 無効1回
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主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がし
た請求不成立の審決の取消訴訟である。主たる争点は,審判手続の違法の有無,補
正要件充足性の有無(新規事項の追加),実施可能要件充足性の有無である。 |
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判決文
平成23年3月22日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10228号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成23年3月8日
判 決
原 告 X
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 志 水 裕 司
吉 水 純 子
田 村 正 明
田 部 元 史
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 原告の求めた判決
特許庁が不服2008−12599号事件について平成22年6月7日にした審
決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がし
た請求不成立の審決の取消訴訟である。主たる争点は,審判手続の違法の有無,補
正要件充足性の有無(新規事項の追加),実施可能要件充足性の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成18年4月8日,名称を「高周波超伝導電磁エンジン」とする発明
の特許出願(特願2006−130763号,請求項の数3)をしたが,平成20
年3月24日付けで拒絶査定を受けたので,平成20年4月22日,拒絶査定不服
審判請求をした。
上記審判請求は,不服2008−12599号事件として審理され,原告は,平
成21年10月1日付けの拒絶理由通知に対して,平成21年10月19日付けの
補正(甲24)をし,さらに,平成22年2月15日付けの最後の拒絶理由通知に
対して,平成22年3月2日付けの補正(甲27,本件補正)をしたが,特許庁は,
平成22年6月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その
理由中で本件補正を却下した。そして,審決謄本は平成22年6月26日,原告に
送達された。
2 本願発明(請求項1の発明)の要旨
(1) 平成21年10月19日付けの補正によるもの
【請求項1】
超伝導磁石に対して重ね合わせるように固定したループにその波長がループの一
周の長さと一致する程度の高周波数の脈流を流すことにより,そのループに超伝導
磁石の磁界による磁力を発生させる一方,その程度の高周波数の脈流磁界が作用し
て超伝導磁石の永久電流に働く電磁力の力積が磁力に変化しないので,ループに発
生した磁力を推進力・制動力・浮力として利用するエンジン。
(2) 本件補正によるもの
【請求項1】
超伝導磁石に対して重ね合わせるように固定したループにその波長がループの一
周の長さと一致する程度の高周波数の脈流を流すことにより,そのループに超伝導
磁石の磁界による磁力を発生させる一方,その程度の高周波数の脈流磁界が作用し
て超伝導磁石の永久電流に働く電磁力の力積が磁力に変化しないので,ループに発
生した磁力を推進力・制動力・浮力として利用するエンジン。
3 審決の理由
審決の理由の要点は次のとおりであるが,本件補正は特許法17条の2第3項に
違反するので却下すべきであり,そうすると,本願発明は,平成21年10月19
日付けの補正による明細書等により特定されることになるが,平成21年10月1
9日付けの補正は特許法17条の2第3項に違反し,また,発明の詳細な説明の記
載が実施可能要件を満たしていないので,本件出願を拒絶すべきである,というも
のである。
(1) 最後の拒絶理由
ア 理由1
平成21年10月19日付けの補正は,次のとおり,特許法17条の2第3項に
規定する要件を満たしていない。
平成21年10月19日付けの補正後の段落【0014】には,「高周波超伝導
電磁エンジンの超伝導磁石には,各瞬間において,脈流による電磁力がゼロの部分
がある。よって,脈流波形の形状ゆえに,この運動量秩序に従った一斉変化の動き
を電子対はすることができない。ローレンツ力の力積は電子対の重心運動を動かす
ことができないので,重心運動の運動量に変化せずに,各超電子の反平行運動の運
動量に変化し,その散乱を通じて,最終的には熱エネルギーとして外部に放出され
る。」と記載されているが,「一斉変化の動き」ができないこと及び「反平行運動
の運動量に変化」することは,当初明細書等に記載されておらず,当初明細書等の
記載からみて自明な事項でもない。
イ 理由2
本件出願は,次のとおり,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていな
い。
本件出願の請求項1∼3に係る発明は,発明特定事項として,「超伝導磁石の永
久電流に働く電磁力の力積が磁力に変化しないので,ループに発生した磁力を推進
力・制動力・浮力として利用する」という構成を含むものであり,その根拠につい
て,発明の詳細な説明の段落【0012】∼【0015】に記載がある。しかし,
このうち「常伝導体1とケーブル4に流れる脈流の作る磁界が作用して超伝導コイ
ルを流れる永久電流に電磁力が作用するが,そのローレンツ力は,永久電流を構成
する電子対の重心運動を動かすことはできない。電子対の重心運動は永久電流現象
の基本原則・運動量秩序に従った動きしかできないからである。運動量秩序とは永
久電流を構成する電子対すべての重心運動の運動量が一斉に同じ大きさで変化しな
ければならないということである。この運動量秩序は,超伝導磁石の強い磁界を作
る永久電流の流れる方向だけではなく,外部磁場による電磁力が作用する方向にも,
働く。高周波超伝導電磁エンジンの超伝導磁石には,各瞬間において,脈流による
電磁力がゼロの部分がある。よって,脈流波形の形状ゆえに,この運動量秩序に従
った一斉変化の動きを電子対はすることができない。ローレンツ力の力積は電子対
の重心運動を動かすことができないので,重心運動の運動量に変化せずに,各超電
子の反平行運動の運動量に変化し,その散乱を通じて,最終的には熱エネルギーと
して外部に放出される。従って,脈流の磁界によるローレンツ力を受けて電子対に
生じるはずの運動量,すなわち,永久電流が流れる方向に対して垂直な電子対の重
心運動の運動量から,超伝導コイルの材料が運動エネルギーを得て生じるはずの超
伝導コイルに働く磁力が生じない。これにより常伝導体1に働く磁力のみが残るこ
とになり,その磁力を直線的運動エネルギーとして利用できる。」の記載について
は,本件出願時の物理学における技術常識に基づく十分な根拠がなく,発明の詳細
な説明によって,請求項1∼3に係る発明における「超伝導磁石の永久電流に働く
電磁力の力積が磁力に変化しないので,ループに発生した磁力を推進力・制動力・
浮力として利用する」という発明特定事項を実現できるものであると確認すること
ができない。
よって,本件出願の発明の詳細な説明は,当業者が請求項1∼3に係る発明を実
施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。
(2) 本件補正の却下決定
本件補正は,明細書の段落【0014】における「一斉変化の」及び「反平行運
動の運動量に変化し,その」との記載を削除する補正事項(補正事項①)と,段落
【0006】,【0014】,【0015】に記載された「永久電流」を「永久電
流(輸送電流)」と補正する補正事項(補正事項②)からなる。そして,補正事項
②については,永久電流を輸送電流に限定し,渦電流を除外することにより,本願
の請求項1に係る発明の発明特定事項である「超伝導磁石」についての概念を変更
するものである。他方,当初明細書等には,「輸送電流」について記載されておら
ず,また,永久電流が,渦電流を除外した輸送電流のみを意味することは,当業者
に自明な事項ではない。したがって,本件補正は,当初明細書等に記載した事項の
範囲内においてなされたものではなく,特許法17条の2第3項に規定された要件
を満たしていない。
したがって,本件補正は,平成18年法律第55号による改正前の特許法159
条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきもので
ある。
(3) 本件出願について
ア 最後の拒絶理由の理由1を引用する理由
平成21年10月19日付けの補正は,段落【0014】について,「ローレン
ツ力の力積は電子対の重心運動を動かすことができないので,重心運動の運動量に
変化せずに,各超電子の反平行運動の運動量に変化し,その散乱を通じて,最終的
には熱エネルギーとして外部に放出される。」とする補正(下線部分が補正箇所)
をすることにより,発明特定事項「超伝導磁石の永久電流に働く電磁力の力積が磁
力に変化しない」の概念を変更するものである。そして,当初明細書等には,「反
平行運動の運動量に変化」する旨の記載はなく,また,最終的に熱エネルギーとし
て外部に放出されることとなる各超電子の散乱が,方向性を有する反平行運動の運
動量に変化することは,当業者に自明な事項ではないから,上記補正は,当初明細
書等に記載した事項の範囲内においてしたものでない。
したがって,本件出願は,平成21年10月19日付けの補正が特許法17条の
2第3項に規定する要件を満たしていない。
イ 最後の拒絶理由の理由2を引用する理由
本件補正が却下された以上,上記理由2のとおり,本願発明についての発明の詳
細な説明は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載
されたものでなく,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
第3 原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(補正却下手続の違法)
特許法53条3項本文においては,同条1項の決定に対して不服申立てができな
いとしているが,同条3項ただし書きにおいて「拒絶査定不服審判を請求した場合
における審判においてはこの限りではない。」と規定されていること,適正な手続
的処遇を受ける権利を有すること(憲法13条,31条)などからすると,審判の
場合においては,補正却下の決定に対して不服申立てができると解すべきである。
そうであるとすると,原告は,補正却下の決定に対して,行政不服審査法に基づ
く不服申立てができたのであり,この不服申立ての機会を保障するために,審決よ
りも前に,上記補正を却下する旨の書面による通知がなされなければならず,また,
その通知の中で行政不服審査法57条による教示が行われなければならないが,そ
のような通知や教示はされなかった。
このように,審判手続には,補正却下に対する不服申立ての機会を原告に与えな
かった違法があり,審決は取り消されるべきである。
2 取消事由2(審判手続の信義則違反)
審決は,平成21年10月19日付けの補正は特許法17条の2第3項に反する
違法な補正であると判断した。
ところで,原告は,平成21年10月19日付けの補正が特許法17条の2第3
項違反であるとする最後の拒絶理由通知に従って,上記補正において補正した部分
(段落【0014】の「反平行運動の運動量に変化し,その」の部分など)を削除
する内容の補正を本件補正(補正事項①)として行い,適法性を確保しようとした。
しかるに,被告は,本件補正を却下して,原告による特許法17条の2第3項違反
の解消を妨げておきながら,特許法17条の2第3項違反を拒絶理由の一つとする
審決をした。
また,本件補正には,「輸送電流」を追加する補正事項②と,平成21年10月
19日付けの補正において補正した部分を削除する補正事項①が含まれており,被
告は,これらを分けて,後者のみを内容とする補正書を提出する機会を原告に与え
るべきであったが,そのような機会を与えずに,補正却下を含む審決をした。
このように,被告が,補正事項①に関して,特許法17条の2第3項違反を解消
する補正をさせないようにしておきながら,同条項違反を主張することは,信義則
あるいは手続的正義に反する。
3 取消事由3(補正却下の決定の誤り)
審決は,本件補正において,「永久電流」を「永久電流(輸送電流)」と補正し
たこと(補正事項②)が特許法17条の2第3項に違反するとしている。
しかし,上記補正は,本願発明の「永久電流」が,発明の構成上当然に「輸送電
流」であることを釈明したものである。超伝導磁石は,超伝導体を用いた電磁石で
あり,電磁石はコイルに電流を流すことによって機能する。この電流が輸送電流に
他ならない。超伝導磁石概念において外部電源から電流(輸送電流)を流すことは
不可欠であり,本質的要素である。また,輸送電流とは試料に沿って流れる電流と
されているから,超伝導磁石においては,超伝導コイルを周回する永久電流が輸送
電流に該当する。さらに,本願発明は,超伝導磁石の磁場を利用して推進力を得る
ものであるが,超伝導磁石の強大な磁場を作っているのは輸送電流である。したが
って,本願発明の永久電流が輸送電流を指すことは自明であり,補正却下は誤りで
ある。
4 取消事由4(本願発明に関する判断の誤り)
(1) 審決の「3.当審の判断」の(1)∼(3)の項(13頁14行∼14頁32行)
について
審決は,「3.当審の判断」の(1)∼(3)の項(13頁14行∼14頁32行)に
おいて,最後の拒絶理由の理由1のとおり,平成21年10月19日付けの補正は
新規事項の追加に当たる旨判断した。しかし,取消事由1∼3で主張したとおり,
平成21年10月19日付けの補正について特許法17条の2第3項違反の主張を
することは許されず,また,本件補正を却下する決定は取り消されるべきである。
被告は,「反平行運動の運動量に変化すること」について,平成21年10月1
日付け拒絶理由では特許法36条4項1号違反であると指摘していたのに,最後の
拒絶理由通知では,同号違反の指摘はしていない。これにより,被告は,同号違反
の指摘を取り下げたはずであるのに,審決の「3.当審の判断」の(2)の項(14頁
2行∼29行)において,同号違反と判断するのは信義則違反である。
(2) 審決の「3.当審の判断」の(4)の項(14頁33行∼36行)について
審決は,この(4)の項において,本件補正が却下された以上,最後の拒絶理由に記
載のとおり,発明の詳細な説明は,当事者が本願発明を実施することができる程度
に明確かつ十分に記載されたものではないとするが,取消事由1∼3で主張したと
おり,平成21年10月19日付けの補正について,特許法17条の2第3項違反
の主張をすることは許されず,また,本件補正を却下する決定は取り消されるべき
である。
仮に,本件補正の却下決定が維持されたとしても,取消事由5で主張するとおり,
本願発明は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしている。
5 取消事由5(最後の拒絶理由に関する判断の誤り)
審決が最後の拒絶理由の理由1のとおりに判断することは,取消事由2,3で主
張したのと同様の理由から違法である。
また,審決が引用する最後の拒絶理由の理由2についても,原告が提出した平成
22年3月2日付け意見書(甲26)に記載したとおり,本願発明は,特許法36
条4項1号の要件を満たしている。実施可能要件は,目的・構成・作用・効果が十
分詳細かつ明確に書かれていれば足りるのであって,理論面で完全に解明されてい
なくてもよい。そして,本願明細書は,目的・構成・作用・効果が十分詳細かつ明
確に記載されているから,実施可能要件違反にはならない。したがって,審決の判
断は誤りである。
6 取消事由6(特許庁の態度の不当性・違法性)
特許法36条4項1号の実施可能要件が規定された趣旨は,当業者がその実施を
することができる程度に明確かつ十分に記載したといえない発明に対して独占権を
付与することは,発明を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制
度の趣旨に反することになるからである。本願明細書は,当業者がその実施をする
ことができる程度に明確かつ十分に記載されており,また原告は,ホームページ等
による情報公開も行っているから,情報公開が不十分であることを理由とする実施
可能要件違反によって本願発明を拒絶するのは不当である。
その他にも,被告は,原告に対する平成22年4月23日の電話連絡において,
必要のない分割出願を勧め,あるいは,結審間近なのに審判長を交代させるなどの
不当な点がある。
第4 被告の反論
1 取消事由1に対し
特許法53条3項ただし書きにおいて,「拒絶査定不服審判を請求した場合にお
ける審判においてはこの限りでない。」と規定しているのは,審査段階における補
正却下の決定に対して,拒絶査定に対する拒絶査定不服審判を請求した場合に,そ
れとともに補正却下の不服を申し立てることができる旨を規定したものである。同
項ただし書きが,「拒絶査定不服審判においてはこの限りでない。」との規定にな
っていないことからしても,審判においてなされた補正却下の決定に対する不服申
立ての規定ではない。
そして,審決における補正却下の決定に対して不服申立てができないとしても,
審判請求人は,この補正却下の決定に対して,審決に対する審決取消訴訟において
争うことができるのであるから,不合理はない。
したがって,同法53条3項に規定するとおり,審判において,補正を却下する
決定に対して不服申立てはできないのであり,審決において補正却下の決定をした
手続に誤りはない。
2 取消事由2に対し
原告の主張は,平成21年10月1日付けの拒絶理由に対応して,平成21年1
0月19日付けの補正において,明細書段落【0014】中の「各超電子の散乱を
通じて」を「各超電子の反平行運動の運動量に変化し,その散乱を通じて」に補正
(下線部の記載を付加)して,新たな技術的事項を導入したものを,さらに本件補
正において,当該下線部の記載を削除することで解消しようとしたが(補正事項①),
補正却下によりこれが妨げられ,また,上記の補正のみを行う機会も付与されなか
ったというものである。
この原告の主張は,「反平行運動の運動量に変化し,その」の記載を削除する本
件補正は適法であり,これにより違法状態を解消できることを前提としている。
しかし,仮に,特許法17条の2第3項違反を解消するために,付加された「反
平行運動の運動量に変化し,その」の記載を削除すれば,元の「各超電子の散乱を
通じて」の記載に戻ることとなり,結局のところ,平成21年10月1日付けの拒
絶理由で指摘したとおり,特許法36条4項1号の規定に適合しないこととなる。
したがって,原告が主張するような,補正事項①,すなわち「反平行運動の運動
量に変化し,その」の記載を削除するための部分のみを内容とする補正書を提出す
る機会を原告に与えることにより,違法状態を解消することはできない。
以上のとおり,原告の主張はその前提において失当である。
3 取消事由3に対し
審決は,超伝導コイルを流れる永久電流に「(輸送電流)」との記載を付加して,
永久電流を輸送電流に限定して,渦電流を除外することは,請求項1に係る発明の
発明特定事項である「超伝導磁石」の概念を変更するものであり,当初明細書等に
は,「輸送電流」について記載されていないこと,及び,「永久電流が,渦電流を
除外した輸送電流のみを意味することは,当業者に自明な事項ではない」ことから,
新規事項に当たると判断したものである。
そして,審決は,超伝導磁石5には,冷却器3が接続されることが記載されてい
るのみであって,外部電源から電流が流されることは記載されていないこと,及び,
超伝導磁石5が,外部電源を有する超伝導電磁石であって,所望により輸送電流を
流すような構成を意図していたことは,当業者に自明であるとは認められないこと
からも,上記補正が新規事項の追加に当たるとしたものである。
ところで,原告は,「本件出願において,超伝導磁石に接続した外部電源の記載
が無いのは,超伝導磁石が電磁石として機能している状態を描いたからである。超
伝導磁石が電磁石として機能している状態では,外部電源は,切り離されているの
である。」として,図示されている超伝導磁石が外部電源を有していないことを認
めている。他方,原告は,電磁石が外部電源を有することを認めている。そうであ
るならば,外部電源を有しないコイルを磁性材料の芯のまわりに巻いたものは,電
磁石とはいえないから,当然に,外部電源を有しないコイルを有する超伝導磁石も,
超伝導電磁石とはいえない。
また,「輸送電流」は,外部電源から超電導体に流される電流であると解される
ところ,超伝導磁石の超伝導コイルを流れる永久電流が輸送電流であるとすると,
超伝導磁石が外部電源を有する超伝導電磁石であることになり,超伝導電磁石であ
るならば,外部電源から所望により輸送電流を流すことが可能な構成を意味するこ
ととなる。
したがって,上記補正は,審決に記載したとおり,新たな技術的事項を導入する
ものである。
4 取消事由4に対し
(1) 審決の「3.当審の判断」の(1)∼(3)の項(13頁14行∼14頁32行)
につき
取消事由1∼3は,上記1∼3のとおり,いずれも理由がない。
そして,最後の拒絶理由の内容は,前記のとおりであるところ,審決は,最後の
拒絶理由の中から「新規事項の追加」の拒絶理由を認定したもので,誤りはない。
(2) 審決の「3.当審の判断」の(4)の項(14頁33行∼36行)につき
取消事由1∼3は,上記1∼3のとおり,いずれも理由がない。取消事由5も,
後記5のとおり,理由がない。
5 取消事由5に対し
取消事由2,3は,上記2,3のとおり,いずれも理由がない。
原告が主張の根拠とする平成22年3月2日付け「意見書」(甲26)は,「永
久電流」が「輸送電流」であることを前提としているのであるから,原告の主張は,
その前提において失当である。そして,当初明細書等の記載からは,永久電流が輸
送電流に限定されたものと解することはできない。
また,最後の拒絶理由の内容は,前記のとおりであり,これを認定した審決に誤
りはない。
6 取消事由6に対し
原告は,本願発明について,実験はしていないと述べており,また,本願発明が
再現性をもって実施できるものであることも明らかにされていないのであるから,
「原告の明細書は,通常の知識を有する者(当業者)がその実施をすることができ
る程度に明確かつ十分に記載されている。」と主張するには,その実施をすること
ができると理解できる程度に理論的な裏付けが必要である。
また,原告が主張する「情報公開」は,明細書としての開示に影響を与えるもの
ではない。
電話連絡の点については,審判において補正却下された場合には,出訴による以
外は「法定の防御の機会」が無いので,原告が「分割出願」することによって審査
手続における「防御の機会」を確保することができることを,確認的に連絡したに
すぎない。
審判長が交代したのは,前任の審判長が審判官の官職を有しないこととなったこ
とによるものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1について
原告は,特許法53条3項ただし書きの規定等を根拠として,本件補正を却下す
る決定については不服申立てができると解すべきであるなどと主張する。
しかし,特許法53条3項ただし書きは,拒絶査定不服審判を請求した場合には,
審判手続において,審査段階でなされた補正却下の当否を争うことができることを
前提にしているものであって,その規定から,審判段階でなされる補正却下の当否
についての独立の不服申立てが認められるものではない。特許法159条1項によ
り同法53条の規定が準用されることから明らかなように,拒絶査定不服審判の段
階でなされた補正却下の決定に対しては,独立の不服申立てをすることはできず(同
条3項本文),審決取消訴訟が提起された場合に,その訴訟において補正却下の当
否を争うことができるのである。
原告の上記主張は独自の見解によるものであって,採用することができない。
したがって,事前の通知や教示をせずに,審決において本件補正を却下したこと
に違法はなく,取消事由1は理由がない。
2 本件補正却下の判断の当否
(1) 審決は,本願明細書の段落【0006】,【0014】及び【0015】
に記載された「永久電流」を「永久電流(輸送電流)」と補正する補正事項②が新
規事項の追加に当たるとして,本件補正を却下したので,その当否について判断す
るに,当初明細書(甲10)には,「永久電流」に関し,次の記載がある。
「超伝導磁石に対して固定された位置にある低消費電力の丈夫なループに高周波数
の脈流を流すことにより,そのループに超伝導磁石の磁界による電磁力を発生させる一
方,高周波数の脈流の磁界が作用して超伝導磁石の永久電流に働く電磁力の力積が運動
量に変化しない無効となるので,ループに発生した電磁力を推進力・制動力・浮力とし
て利用する請求項1の装置。」(段落【0006】)
「常伝導体1とケーブル4に流れる脈流の作る磁界が作用して超伝導コイルを流れ
る永久電流にローレンツ力が作用するが,永久電流を構成する電子対の重心運動を動か
すことはできない。電子対の重心運動は永久電流現象の基本原則・運動量秩序に従った
動きしかできないからである。運動量秩序とは永久電流を構成する電子対すべての重心
運動の運動量が一斉に同じ大きさで変化しなければならないということである。この運
動量秩序は,超伝導磁石の強い磁界を作る永久電流の流れる方向だけではなく,外部磁
場によるローレンツ力が作用する方向にも,働く。…」(段落【0014】)
「従って,脈流の磁界によるローレンツ力を受けて電子対に生じるはずの運動量,す
なわち永久電流が流れる方向に対して垂直な電子対の重心運動の運動量から超伝導コ
イルの材料が運動エネルギーを得て生じるはずの超伝導コイルに働く電磁力が生じな
い。…また,電磁力の強さは,超伝導磁石の磁界の強さを変えることで,変化させるこ
とができる。…」(段落【0015】)
(2) 超伝導磁石を流れる永久電流には輸送電流と遮蔽電流があるところ,超伝
導磁石の強い磁界を発生させるのは一般に輸送電流であるから,上記段落【001
4】の「超伝導磁石の強い磁界を作る永久電流」は輸送電流を指すものと解される。
また,超伝導磁石による磁界の強さは,一般に輸送電流に依存することからすると,
上記段落【0015】の「電磁力の強さは,超伝導磁石の磁界の強さを変えること
で,変化させることができる。」との記載もまた,「永久電流」が「輸送電流」で
あることを示唆するものといえる。これらの点に照らすと,当初明細書における「永
久電流」は,その中の「輸送電流」を指していたものと解されるから,「永久電流」
を「永久電流(輸送電流)」とする補正事項②は,当初明細書に記載した事項の範
囲内においてするものであり,かつ,明瞭でない記載の釈明を目的とするものとい
える。
なお,被告は,当初明細書には輸送電流を流すための外部電源の記載がないなど
と主張するが,当初明細書における「超伝導コイルを流れる永久電流」(段落【0
014】)等の記載からすれば,当業者にとって,外部電源により超伝導コイルに
電流を流すことは自明であるから,被告の上記主張は採用することができない。
したがって,補正事項②が新規事項に当たるとして本件補正を却下した審決の判
断には誤りがある。
3 特許法36条4項1号違反について
(1) しかしながら,本件補正において請求項1の文言の補正はないし,上記2
で説示したとおり,かつ,原告も「本願発明の永久電流が,発明の構成上当然に輸
送電流であることを釈明したもの」と主張するように,補正事項②は,明瞭でない
記載の釈明を目的とするものであって,本件補正の前後において,請求項1の「永
久電流」が永久電流中の輸送電流を指すことに変わりはない。なお,明細書におけ
る補正事項①についても,平成21年10月19日付けの補正で発明の詳細な説明
段落【0014】の記載に付加した部分を,最後の拒絶理由の指摘に応じて削除す
るもので,内容的にも請求項1の内容を変更するものとは認められない。したがっ
て,本願発明の要旨は,本件補正の前後を通じて変化はないことになる。
このように本件補正前後で本願発明の要旨に変更がない以上,2で判断したとお
り,本件補正却下についての審決の判断は誤りであるとしても,審決が本件出願を
拒絶すべきとした理由のうち,特許法36条4項1号違反の点に関しては,本件補
正前についての審決の判断に誤りがなければ,その判断内容は,本件補正後の本願
発明にも当てはまり,審決の結論に結果的に誤りがないことになるので,その点に
ついて次に判断する。
(2) 本願明細書に記載された技術的事項は,少なくとも次のア,イのとおり,
物理学や超伝導の技術分野における技術常識によって裏付けられているとはいえな
いから,たとえ本願明細書に,目的・構成・作用・効果が形式的に記載されている
としても,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されて
いるということはできない。
ア 本願明細書には,「常伝導体1とケーブル4に流れる脈流の作る磁界が
作用して超伝導コイルを流れる永久電流(輸送電流)に電磁力が作用するが,その
ローレンツ力は,永久電流(輸送電流)を構成する電子対の重心運動を動かすこと
はできない。」(本件補正による段落【0014】)と記載されており,本願発明
は,超伝導磁石を流れる永久電流(輸送電流)を構成する電子対に,超伝導磁石に
作用する磁界によりローレンツ力が作用することを前提としている。
しかし,超伝導体が超伝導状態にある場合に外部磁場が遮蔽されることは,「マ
イスナー効果」として知られている。本願発明の超伝導磁石は,そのループに永久
電流が流れていることから,当然,超伝導状態にあると認められ,そうであれば,
「マイスナー効果」によって,外部磁場は遮蔽され,超伝導体内部には外部磁界が
作用しないと考えるのが自然である。したがって,本願明細書に記載されているよ
うな,「常伝導ループを流れる脈流が作る外部磁界によって,超伝導磁石のループ
を流れる永久電流(輸送電流)を構成する電子対にローレンツ力が作用する」こと
について,当業者が理解し,実施できる程度に技術常識に基づく裏付けがなされて
いるとはいえない。
イ 本願明細書には,「脈流の磁界によるローレンツ力を受けて電子対に生
じるはずの運動量,すなわち,永久電流(輸送電流)が流れる方向に対して垂直な
電子対の重心運動の運動量から,超伝導コイルの材料が運動エネルギーを得て生じ
るはずの超伝導コイルに働く磁力が生じない。これにより常伝導体1に働く磁力の
みが残ることになり,その磁力を直線的運動エネルギーとして利用できる。」(本
件補正による段落【0015】)と記載されており,本願発明は,常伝導ループの
磁界によって超伝導磁石に働く磁力が,超伝導磁石の磁界によって常伝導ループに
働く磁力より小さくなり,打ち消されずに残る常伝導コイルに働く磁力を推進力と
して利用するものと認められる。
しかし,本願発明の「高周波超伝導電磁エンジン」は,超伝導磁石のループと常
伝導体からなるループとが互いに固定されているところ,刊行物(岩田章,佐治吉
郎著「超伝導による電磁推進の科学」,株式会社朝倉書店,1991年2月20日,
甲4)に,「電磁推進船の場合は…超伝導コイルループと海水通電ループの二つか
ら成り立っている。この二つのループ間には…作用・反作用の法則が成立している。
したがって両ループがともに船体に固定されていると,両者の力がバランスして船
体を動かす力は現れない。」(26頁10行∼19行)と記載されているように,
仮に,超伝導磁石に働く磁力が常伝導ループに働く磁力より小さいとしても,互い
に固定された超伝導磁石のループと常伝導体からなるループ間の力は,作用・反作
用の法則によりバランスすることになり,結局,本願発明の「高周波超伝導電磁エ
ンジン」を動かす力は発生しないと考えるのが自然である。本願明細書に記載され
た技術的事項によっては,常伝導コイルに働く磁力が打ち消されずに残り,これを
推進力として利用できることについて,当業者が理解し実施できる程度に技術常識
に基づく裏付けがなされているとはいえない。
(3) したがって,本願明細書には,当業者がその実施をすることができる程度
に明確かつ十分に記載されているということはできないから,本願発明について特
許法36条4項1号に違反するとした審決の判断に誤りはないことになる。
4 したがって,本件出願は特許法36条4項1号所定の要件を満たさないから,
同法49条4号により拒絶されるべきであり,これを理由の一つとして拒絶査定不
服審判請求を不成立とした審決の結論には誤りはない。
原告は,平成21年10月19日付けの補正に関する同法17条の2第3項違反
を指摘した審決の判断過程について手続の違法を述べるが,この主張は,上記に従
って審決の結論を支持する判断に影響はない。また,ホームページ等による情報公
開について主張する部分も,具体的主張ではないので失当である。電話連絡や審判
長の交代に関する原告の主張も,審判手続の適法性や審決の内容に影響を及ぼすも
のではない。
第6 結論
以上のとおり,本件補正を却下すべきものとした審決の判断は誤りであるが,本
件補正の前後において本願発明の要旨認定に変わりはなく,その前後を通じて本願
発明は特許法36条4項1号に違反するものであるから,本件出願を拒絶すべきと
した審決は,その結論において是認することができる。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩 月 秀 平
裁判官
清 水 節
裁判官
古 谷 健 二 郎
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