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平成22(行ケ)10229審決取消請求事件

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裁判所 審決取消 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成22年12月28日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官
原告SABICイノベーティブプラスチックスジャパン合同会社
対象物 プラスチック成形品の成形方法及び成形品
法令 特許権
特許法159条2項1回
特許法157条2項4号1回
キーワード 刊行物81回
審決59回
実施1回
主文 1 特許庁が不服2007−24241号事件について平成22年6月9日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成12年9月14日,発明の名称を「プラスチック成形品の成形 方法及び成形品」とする発明について,特許出願(特願2000−28004 1号〔甲6の1及び2〕。出願人の名称は,組織変更前の当時の商号「日本ジー イープラスチックス株式会社」。)をしたが,平成19年7月31日に拒絶査定 がされ,これに対し,同年9月3日,不服の審判(不服2007−24241 号事件)を請求した。

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判決文

平成22年12月28日判決言渡
平成22年(行ケ)第10229号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成22年11月25日
判 決
原 告 SABICイノベーティブプラスチックスジャパン合同会社
訴 訟 代 理 人 弁 理 士 松 井 光 夫
同 村 上 博 司
同 石 渡 保 敬
同 小 平 哲 司
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 藤 村 聖 子
同 倉 田 和 博
同 川 本 真 裕
同 川 上 溢 喜
同 紀 本 孝
同 小 林 和 男
主 文
1 特許庁が不服2007−24241号事件について平成22年6月
9日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成12年9月14日,発明の名称を「プラスチック成形品の成形
方法及び成形品」とする発明について,特許出願(特願2000−28004
1号〔甲6の1及び2〕。出願人の名称は,組織変更前の当時の商号「日本ジー
イープラスチックス株式会社」 )をしたが,平成19年7月31日に拒絶査定

がされ,これに対し,同年9月3日,不服の審判(不服2007−24241
号事件)を請求した。
特許庁は,平成22年6月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月21日,原告に送達され
た。
2 特許請求の範囲
平成19年1月30日付け手続補正書(甲6の2)により補正された後の本
件出願の明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以
下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。。

「【請求項1】 最大径が0.1mm∼3mmであるピンポイントゲート又はト
ンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該
熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される
熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0∼100度高くなるように設定され,それ
によりゲートマークの発生が防止されることを特徴とする成形方法。」
3 審決の理由
審決の理由の概要は,以下のとおりである。
(1) 審決は,特開平10−100216号公報(以下「刊行物1」という。
甲1)に記載された発明(以下「刊行物1記載の発明」という。)の内容,及
び本願発明と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定
した。
ア 刊行物1記載の発明の内容
「ゲート11を有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形法において,
溶融された熱可塑性樹脂を金型内部に射出する際の金型温度が,射出する
熱可塑性樹脂の熱変形温度より0∼100度高くなるように設定され,高
品質外観を有する射出成形品を得る方法。(審決書2頁27行∼30行)

イ 一致点
「ゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該
熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出さ
れる熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0∼100度高くなるように設定さ
れた成形方法」である点(審決書3頁8行∼11行)
ウ 相違点
「[相違点1]
本願発明は,ゲートが『最大径が0.1mm∼3mmであるピンポイン
トゲート又はトンネルゲート』であるのに対し,刊行物1記載の発明のゲ
ートは径が不明である点。
[相違点2]
本願発明は,『ゲートマークの発生が防止される』のに対し,刊行物1
記載の発明は高品質外観を有するものの,ゲートマークの発生が防止され
るか否かは不明である点。」(審決書3頁12行∼19行)
(2)審決は,相違点に係る容易想到性について,次のとおり判断した。
「(相違点1について)
射出成形の技術分野において,径が0.1mm∼3mmであるピンポイ
ントゲート又はトンネルゲートを有する金型は,従来周知の事項である(例
えば,特開平6−97695号公報の段落【0013】には『径0.8m
m』のピンポイントゲートが記載され,特開平5−60995号公報の段
落【0011】には『ゲート径は1.2mm』のピンポイントゲートが記
載されている点等参照)。
そこで,刊行物1記載の発明を,最大径が0.1mm∼3mmであるピ
ンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用することの容易
想到性について検討する。
刊行物1記載の発明の技術的課題は,ウエルドラインやジェッティング
等の外観不良を解消し,高品質外観を有する射出成形品を得ることである
(上記記載事項(イ)参照)。
一方,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した
成形品においても,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良が生じ
ることは,従来周知の技術的課題である(例えば,特開平11−1981
90号公報の段落【0005】には『この種の射出成形用金型を用いて射
出成形を行うと,ジェッティングといわれるヘビの跡のようなマークがつ
く。』と記載され,実願平4−48898号(実開平6−11380号)
のCD−ROMの段落【0005】には『多数のピンポイントゲート4を
介して成形を行った場合,樹脂の合流部分でウエルドライン7,8が発生
することは避けられない。』と記載されている点等参照)。
そうすると,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成
形した成形品において,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を
解消するために,刊行物1記載の発明を適用することは,当業者であれば
容易に想到し得るものである。
また,ピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径を『0.1mm
∼3mm』と特定した点については,上記のようにこのような径を有する
ピンポイントゲート又はトンネルゲートが通常使用されているものに比べ
て,特別な数値であるとは認められない点,及び該数値範囲の上下限値に
格別顕著な技術的意義あるいは臨界的意義があるとは認められない点を考

慮すると,当業者が通常の創作能力を発揮してピンポイントゲート又はト
ンネルゲートの最大径の最適値を見い出したにすぎない。
してみると,刊行物1記載の発明を上記周知のピンポイントゲート又は
トンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係る構
成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。
(相違点2について)
上記相違点2について検討するに,『ゲートマークの発生が防止される』
という発明特定事項は,上記相違点1に係る本願発明の構成を有するもの
であれば,当然に生じる事項(効果)であると認められる。
そうすると,上記相違点1において検討したとおり,刊行物1記載の発
明をピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用すること
が容易に想到し得るものである以上,本願発明の上記相違点2に係る構成
は,実質的な相違点ではない。
なお,審判請求人は,審判請求書の平成19年11月15日付けの手続
補正書において〔以上の通りですから,『ウエルドライン』,『ジェッテ
ィング』,『ゲートマーク』の三つを『表面外観』と言う言葉でくくり,
同じ発想で理解し,同じ工夫で解決されるであろうと考える当業者は居な
いと思います。
直径の小さいピンポイントゲートやトンネルゲートを有する金型の使用
において生じる『ゲートマーク』を解決する有力な方法は従来知られてい
ません。この点でも,『ゲートマーク』は『ウエルドライン』,『ジェッ
ティング』とは状況が異なります。〕(【請求の理由】を参照。)と主張
している。
しかしながら,例え『ゲートマーク』が『ウエルドライン』,『ジェッ
ティング』とは状況が異なり,本願発明がゲートマークの発生防止という
新たな技術課題や作用効果の認識に基づくものであるとしても,本願発明
は刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用しただけの構成であること
は,上記で検討したとおりである。
さらに,刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用することの動機付
けとなる従来周知の技術的課題(ウエルドラインやジェッティング等の外
観不良の解消)があり,その適用にあたり阻害要因となる格別の技術的困
難性があるとも認められない。
よって,請求人の上記主張は採用できない。」(審決書3頁21行∼5
頁12行)。
第3 当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張
審決には,以下のとおり,
(1)理由不備(取消事由1)(2)手続違反(取

消事由2)(3)相違点の看過(取消事由3)(4)容易想到性判断の誤り(取
, ,
消事由4)がある。
(1) 取消事由1(理由不備)
審決は,刊行物1(甲1)を主引用例として,刊行物1記載の発明と本願
発明との一致点及び相違点を認定している以上,刊行物1記載の発明に周知
技術(審決指摘の甲2及び甲3,又は甲4及び甲5)を適用することの容易
想到性を論理づけする必要があるのにもかかわらず,相違点1についての検
討をする際には,周知技術(甲2及び甲3,又は甲4及び甲5)を主引用例
として,これに刊行物1記載の発明を適用して本願発明の相違点に係る構成
に想到することが容易であるとの論理づけ,すなわち,主引用例を差し替え
て論理づけをしている点で,理由不備の違法がある。
被告は,刊行物1記載の発明に周知の金型を適用しても,周知の金型に刊
行物1記載の発明を適用しても,組み合わせた結果としての発明に差異はな
いから許される旨を主張する。しかし,審決の容易想到性に関する判断が適
法であるか否かについての争点は,組み合わせることが容易であるとの論理
が成り立つか否かであって,組み合わせた結果が同様の構成となるか否かで
はない。
(2) 取消事由2(手続違反)
審決が周知文献として摘示した特開平6−97695号公報(甲2) 特開

平5−60995号公報(甲3) 特開平11−198190号公報
, (甲4),
実願平4−48898号(実開平6−11380号公報)のCD−ROM(甲
5)は,いずれも審査及び審判において示されたことがなく,原告は,これ
らに記載された周知技術に刊行物1記載の発明を適用することについて意見
を述べる機会を与えられていないから,審判手続には,特許法159条2項
で準用する同法50条に反する違法がある。
(3) 取消事由3(相違点の看過)
刊行物1は,ピンポイントゲート又はトンネルゲートに係る発明を記載し
たものではないから,審決の相違点1としては,
「刊行物1記載の発明のゲー
トは径が不明である点。」のみならず,「刊行物1記載の発明のゲートがピン
ポイントゲート又はトンネルゲートではない点」をも相違点1に含めて認定
すべきであったのに,審決は,ゲートの径のみを相違点として摘示し,刊行
物1記載の発明がピンポイントゲート又はトンネルゲートではない点に係る
相違点を看過した違法がある。
(4) 取消事由4(容易想到性判断の誤り)
ア 仮に甲2及び甲3,又は甲4及び甲5記載の発明に刊行物1記載の発明
を適用しても,次のとおり,本願発明の構成に想到することは容易ではな
い。
(ア) 甲2記載の発明においては,その実施例をみると,金型温度が樹
脂の荷重変形温度より低いか,又は著しく高いから,本願発明の構成に
想到することは容易ではない。
(イ) 甲3記載の発明においても,金型温度が樹脂の荷重変形温度より
低いから,本願発明の構成に想到することは容易ではない。
(ウ) 甲4記載の発明は,ジェッティング(ヘビの跡のようなマークが
つくこと)の問題を解決することを目的としている。しかし,ジェッテ
ィングは,ゲートから対面の金型の壁までの距離が比較的長い場合に発
生するのに対し,ゲートマーク(光沢のムラ)は,ゲートからゲート裏
側までの距離が短い(成形品が薄い)場合に限って起きるから,ジェッ
ティングが発生する場合に刊行物1記載の発明を適用しても,もともと
ゲートマークは発生していないから, それによりゲートマークの発生が

防止されること」
(本願発明の請求項1)とは無縁であり,本願発明の構
成に想到することは容易ではない。
(エ) 甲5記載の発明においては,ウェルドラインの問題を解決するこ
とを目的とする発明が開示されている。しかし,甲5記載の発明におい
ては,仮にゲートマークが発生するとしても,それは操作パネルの裏側
であるから,外観上の問題になることはない。したがって,刊行物1記
載の発明を甲5記載の発明に適用してウェルドラインの発生を防止した
時に自動的にゲートマークの発生を防止したとしても,その技術的意味
はない。甲5にはゲートマークの概念も記載されていない。よって,甲
5記載の発明に刊行物1記載の発明を適用しても本願発明の構成に想到
することは容易ではない。
イ 本願発明のゲートマーク(ゲート近傍の成形品表面に発生する光沢のム
ラ)の解決課題を提起したのは,本願発明が初めてであり(甲11),それ
を解決する手段も当然に従来から知られていなかったから,本願発明は,
出願前に公知の発明から容易に想到することはできない。
すなわち,本願発明の発明者は,刊行物1記載の発明の発明者の1人で
あるが,刊行物1記載の発明(平成8年9月出願)から本願発明(平成1
2年9月出願)が単純に生まれたものではない。本願発明の発明者は,薄
手の成形品を作るキャビティの端部ではなくて中央部にピンポイントゲー
トを持つ金型によって成形すると,ゲートと反対の側に2∼10mmほど
の大きさの光沢異常が生じるという解決課題が存在することを発見した
(本願発明以前には公知になっていない。。
)その光沢異常には2種類あり,
1つは他の場所に比べて光沢がある場合であり,もう1つは他の場所に比
べて光沢がない場合である。これら2種類の不良現象の発生を解消するべ
く,種々の試行錯誤を行った。その結果,いずれも溶融樹脂が極めて狭い
ゲートを通過するときのせん断発熱が主原因になっていると考えた。すな
わち,これらのゲートは他のゲートに比べてゲートの面積が極端に小さい
ために,太いランナーを通じて流れて来た溶融樹脂は,徐々に樹脂温度が
下がり溶融粘度が高くなった樹脂が,この狭いゲートを通過するときに一
気に流速が上がり(断面の径が1/4になれば,流速は16倍になる)非
常に高いせん断が発生すると考えられる。ゲート裏面が他の場所に比べて
光沢がある場合には,比較的肉厚の薄い成形品を速い射出速度で成形した
場合,ゲート通過時のせん断により樹脂が発熱し,ゲート通過後もキャビ
ティの肉厚が薄いので急激な体積膨張も起こらず,樹脂温度が高いままゲ
ートの反対側の金型表面に着座するため光沢がでると推定された。また,
ゲート裏面が他の場所に比べて光沢がない場合には,上記と同じようにゲ
ート通過時に発生するせん断により樹脂が発熱し,この発熱で低分子量(モ
ノマー)物質が発生し,ゲート通過後キャビティに流れる段階で急激な体
積膨張が生じ,樹脂内圧が低下することで減圧になり低分子量物質(ガス
分)が表面に浮いた状態で溶融樹脂が金型に着座し,ガス分の凹凸が成形
品表面に転写され,その凹凸が光を乱反射して光沢がないように見えるも
のと推定された。本願発明の発明者は,このせん断発熱に着目し,どのよ
うに成形を行えばせん断発熱を抑えることができるのかについて検討した。
せん断発熱を抑えるためには,いくつかの方法が考えられる。例えば,射
出速度を遅くすることでせん断発熱は抑えられるが,射出速度を遅くする
と溶融樹脂が流れる距離が短くなり金型全体への樹脂の充填ができなくな
ったり(ショートショット),また,ゲート部と流動末端部での樹脂内圧力
に大きな差が生じてソリや変形が発生したり,充填時間が長くなって成形
サイクル時間が長くなったりするといった問題点が生ずる。また,ゲート
径を大きくすることにより,せん断発熱を抑える方法もあるが,ゲートカ
ットの際,ゲートが切れにくくなり,切子が金型内部に残ったり,ゲート
ではなく成形品が切れてしまったりする問題点が生ずる。そこで,本願発
明の発明者は,ゲート通過時の溶融粘度を低いまま(樹脂温度が高い状態)
に維持できればせん断発熱を抑えることができることを着想した。すなわ
ち,溶融樹脂を金型キャビティに射出する際,金型温度を成形樹脂の荷重
変形温度以上に保つことにより,溶融樹脂は成形機のノズルからゲートま
での間に冷やされることなく低い溶融粘度を維持したままゲートを通過す
ることができ,溶融粘度が低いことにより樹脂の流れがスムーズになり,
せん断発熱を極力抑えることができることを着想した。その結果,新たな
問題点が発生することもなく,ゲートマークという従来知られていなかっ
た外観不良を解消することに成功した。
なお,ジェッティング又はウエルドラインの解消という課題は,ゲート
マークの解消という本願発明の課題に直接結びつくものではない。審決が
甲4及び甲5のジェッティング又はウエルドラインをゲートマークと結び
つけることには,誤りがある。ジェッティング又はウエルドラインの問題
と本願発明におけるゲートマークの問題とは,発生機序等において異なる
から,成形品の外観上の欠陥である点において共通すると理解して,容易
想到性を論ずることは,誤りである。射出成形という技術分野においては,
これらを同列に捉える当業者はいない。
以上のとおりであるから,本願発明は,刊行物1記載の発明を従来周知
の事項に適用して容易に発明されるものではない。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(理由不備)に対し
原告は,「本願発明は刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用しただ
けの構成である」との審決の文言から,審決では,主引用例が従来周知の事
項であり,刊行物1が従たる引用例とされていると主張する。
しかし,審決は,刊行物1の記載から方法の発明として刊行物1記載の発
明を認定し,本願発明と対比して一致点・相違点を明らかにした上で容易想
到性の有無の判断を行っていると解されるべきであって,刊行物1が主引用
例であることは明らかである。よって,従来周知の事項を主引用例にしてい
るとの原告の主張は,失当である。
また,審決は,本願発明について,当業者が刊行物1記載の発明,及び,
従来周知の金型に基づいて容易に発明をすることができたと判断したと解さ
れるべきである。刊行物1記載の発明と上記従来周知の金型を組み合わせて
1つの発明を構成するに当たって,刊行物1記載の発明を上記金型に適用し
ても,上記金型を刊行物1記載の発明に適用しても,組み合わせた結果とし
ての発明に差異はないから,審決に,理由不備の違法はない。
(2) 取消事由2(手続違反)に対し
ア 甲2及び甲3は,「射出成形の技術分野において,径が0.1mm∼3
mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型は,従来
周知の事項である」(審決書3頁22行,23行)ことを示すために提示
したものである。そして,周知の事項(周知技術)は,当業者にとっては
例示する必要がない程よく知られている技術であり,当業者が出願当時,
当然認識している事項であるから,発明が公知技術から容易に想到できた
ことを判断するに当たって,周知の事項(周知技術)につき,あらためて
反論する機会を与える必要はない。なお,原告も,「径が0.1mm∼3
mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型が,従来
周知」であることを認めている(原告準備書面(1)10頁16行,17
行)。
イ 甲4及び甲5は,従来周知の技術的課題を示すために挙げたものであっ
て,刊行物1記載の発明をこれらに直接適用するために提示したものでは
ないと解されるべきである。さらに,審決は,「ゲートマークの解消」を,
周知の技術的課題として認定したのではなく,ウエルドラインやジェッテ
ィング等の外観不良を生じることを周知の技術的課題として認定した上,
刊行物1記載の発明を従来周知の金型に適用することにより外観不良を解
消し,その結果としてゲートマークも解消されると判断したと理解される
べきである。周知の事項(周知技術)については,あらためて反論する機
会を与えなくとも,審判手続の不備はない。
ウ また,拒絶理由通知書(甲21)には「引用文献1又は2に記載の成形
方法を,通常利用されているサブマリンゲート,ピンポイントゲートを利
用した金型による成形方法に適用することに何ら困難性は認められない。」
と記載されている。そして,審決にも「刊行物1(判決注:上記拒絶理由
通知書における引用文献1)記載の発明を上記周知のピンポイントゲート
又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係
る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。 (審

決書4頁19行∼21行)と記載されている。したがって,上記拒絶理由
通知書に記載した理由によって拒絶した拒絶査定(甲24)と審決は,刊
行物1に記載された方法を主引用例として,当該主引用例と本願発明との
相違点が,当該方法を周知の金型に適用して容易に想到し得るとした論理
構成において共通する。よって,原告には意見を述べる機会が与えられて
おり,手続違反に係る原告の主張は,理由がない。
(3) 取消事由3(相違点の看過)に対し
仮に,審決が,相違点として,刊行物1にピンポイントゲート及びトンネ
ルゲートの記載がない点を摘示しなかったことに,正確性を欠く点があった
としても,審決は,相違点1として,本願発明の「ピンポイントゲート又は
トンネルゲート」の構成を含めていると合理的に解される。また,審決は,
相違点1に係る容易想到性の判断において,刊行物1にピンポイントゲート
及びトンネルゲートの記載がないことを前提としている。よって,審決は,
刊行物1にピンポイントゲート及びトンネルゲートの記載がない点を看過し
ていないと解されるべきであり,審決のした相違点1の認定に誤りはない。
(4) 取消事由4(容易想到性判断の誤り)に対し
ア 審決に周知の事項の根拠として挙げた甲2及び甲3は,「射出成形の技
術分野において,径が0.1mm∼3mmであるピンポイントゲート又は
トンネルゲートを有する金型自体が周知であること」を示すためのもので
あって,本願発明の金型温度が示された引用文献として提示したものでは
ない。審決は甲2及び甲3に記載された成形方法を引用して本願発明の容
易想到性を肯定したものではないから,甲2及び甲3に記載された成形方
法と本願発明が相違するとの原告の指摘は,審決が容易想到性を肯定した
点の誤りとなるものではない。
甲2及び甲3に刊行物1記載の発明を適用することが容易想到ではない
とする原告の主張は,審決の内容を正確に理解したものでなく,その主張
は理由がない。
イ 審決は,「トンネルゲートを有する金型で成形した成形品においても,
ジェッティングが生じる」という技術的課題が周知であることの例として
甲4を挙げ,「ピンポイントゲートを有する金型で成形した成形品におい
ても,ウエルドラインが生じる」との技術的課題が周知であることの例と
して甲5を挙げ,全体として,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを
有する金型で成形した成形品においても,ウエルドラインやジェッティン
グ等の外観不良が生じることが,従来周知の技術的課題であることを示し
たものであると理解されるべきである。審決は,刊行物1に記載された方
法を甲4又は甲5に記載された金型に適用して,本願発明が容易想到であ
ると判断したわけではないと理解されるべきである。したがって,甲4又
は甲5に記載された金型に,刊行物1記載の発明を適用して,本願発明が
容易に想到できると審決が判断したと理解して,これを前提に,審決の判
断が誤りであるとする原告の主張は,理由がない。
ウ また,刊行物1には,「本発明は,・・・特に,ウエルドラインやジェ
ッティング等の外観不良,無機フィラー充填材料に起因する外観不良を解
消し,また,成形品肉厚が1.5mm 以下の薄肉成形に際して溶融樹脂の
流動を向上する,高品質外観を有する熱可塑性樹脂の射出成形品を得る方
法に関するものである。」(段落【0001】)と記載され,刊行物1記
載の成形方法によれば,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を
解消することができるだけではなく,薄肉成形においても外観不良を解消
し得ることが示唆されている。そして,刊行物1記載の方法には,ゲート
の大きさや種類の違いによって適用を阻害するような事情はない。このよ
うに,刊行物1に,成形品の肉厚にかかわらず,温度制御をしていない金
型では,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良が生じることが示
唆されていることに照らせば,当業者が刊行物1記載の発明の方法をピン
ポイントゲートなどのゲートを有する金型に適用する動機づけは十分存在
していたということができる。また,本願発明は,刊行物1記載の発明に
おいて,金型のゲートの大きさと種類を特定したものにすぎず,それ以外
の成形品の肉厚や熱可塑性樹脂の特性など,成形にかかわる条件を,刊行
物1記載の発明と異なるものに特定したことによって特異な効果を得たも
のではない以上,その結果としてゲートマークという外観不良を防止でき
たとしても,当業者が予測できないような効果ではない。よって,本願発
明の構成に想到することが容易ではないとする原告の主張は,理由がない。
エ また,原告は,「ゲートマーク」の文字を含む文献を検索した結果を証
拠(甲11)として提出し,本願発明の意味のゲートマークの問題を提起
したのは本件発明者が初めてであると主張する。しかし,それは,本願発
明においては,従来と異なる意味で「ゲートマーク」の語を用いているこ
とを示すにすぎない。本願発明の意味でのゲートマークの解決課題は,周
知のピンポイントゲートを有する金型に内在する解決課題であって,原告
も主張するように,無塗装で許容されないような外観の問題として表れる
ものであり,外観の不良として簡単に確認できる(甲10)。そうすると,
本願発明によりゲートマークの課題解決を発見できたとしても,それは,
刊行物1記載の成形方法を,周知のピンポイントゲートを有する金型に適
用した場合に外観不良が表れなかったことを確認したというにすぎないの
であって,予測困難なことではない。
オ 樹脂の射出成形の金型に使用されるゲートには,その形状及び機能が異
なる多種のものが存在することは周知である。そして,刊行物1記載の発
明においても,目的とする射出成形に適した形状及び大きさを有するゲー
トが採用されていることが明らかであるところ,径が0.1mm∼3mm
であるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型は周知であ
る。さらに,本願発明は,「ゲートマークの発生が防止される」との特定
がされているものの,その具体的な手段については,「最大径が0.1m
m∼3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型」
と特定している点が刊行物1記載の発明と相違するだけで,ほかに成形品
の品質に影響を与えるような条件(成形品の肉厚や熱可塑性樹脂の特性な
ど)は何ら特定されていない。そうすると,刊行物1記載の発明を該周知
のゲートを有する金型に適用する周知の技術的課題(ジェッティングやウ
エルドラインの防止等)があることに照らせば,本願発明は刊行物1記載
の発明を従来周知の金型に適用したにすぎないものである。そして,「ゲ
ートマークの発生が防止される」という相違点2に係る事項は,上記適用
の結果,当然に得られるものである。上記のとおり,審決は,ジェッティ
ング又はウエルドライン等の外観不良の解消という課題がゲートマークの
解消という課題に直接結びつくものであると判断したのではなく,刊行物
1記載の発明と周知のゲートを有する金型を組み合わせたものにおいて
は,「ゲートマークの解消」という課題の認識の有無にかかわらず,かか
る構成から「ゲートマークの発生が防止される」という相違点2に係る事
項が当然に得られるものと判断したと理解するのが相当であるから,審決
の判断に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(理由不備)について
当裁判所は,審決には,理由不備の違法があるから,審決は取り消されるべ
きであると判断する。その理由は,以下のとおりである。
審決は,刊行物1(甲1)を主引用例として刊行物1記載の発明を認定し,
本願発明と当該刊行物1記載の発明とを対比して両者の一致点並びに相違点1
及び2を認定しているのであるから,甲2及び甲3記載の周知技術を用いて(併
せて甲4及び甲5記載の周知の課題を参酌して)本願発明の上記相違点1及び

2に係る構成に想到することが容易であるとの判断をしようとするのであれば,
刊行物1記載の発明に,上記周知技術を適用して(併せて周知の課題を参酌し
て)本願発明の前記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であった

か否かを検討することによって,結論を導くことが必要である。
しかし,審決は,相違点1及び2についての検討において,逆に,刊行物1
記載の発明を,甲2及び甲3記載の周知技術に適用し,本願発明の相違点に係
る構成に想到することが容易であるとの論理づけを示している(審決書3頁2
8行∼5頁12行)。すなわち,審決は,「刊行物1記載の発明を上記周知のピ
ンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記
相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものであ
る。」(審決書4頁19行∼21行)としたほか,「上記相違点1において検討
したとおり,刊行物1記載の発明をピンポイントゲート又はトンネルゲートを
有する金型に適用することが容易に想到し得るものである以上,本願発明の上
記相違点2に係る構成は,実質的な相違点ではない。 (審決書4頁26行∼2

9行) 「本願発明は刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用しただけの構

成であることは,上記で検討したとおりである。」
(審決書5頁5行∼7行),
「刊
行物1記載の発明を従来周知の事項に適用することの動機づけとなる従来周知
の技術的課題(ウエルドラインやジェッティング等の外観不良の解消)があり,
その適用にあたり阻害要因となる格別の技術的困難性があるとも認められな
い。」
(審決書5頁8行∼11行)などと判断しており,刊行物1記載の発明を,
従来周知の事項に適用することによって,本願発明の相違点に係る構成に想到
することが容易であるとの説明をしていると理解される。
そうすると,審決は,刊行物1記載の発明の内容を確定し,本願発明と刊行
物1記載の発明の相違点を認定したところまでは説明をしているものの,同相
違点に係る本願発明の構成が,当業者において容易に想到し得るか否かについ
ては,何らの説明もしていないことになり,審決書において理由を記載すべき
ことを定めた特許法157条2項4号に反することになり,したがって,この
点において,理由不備の違法がある。
これに対し,被告は,審決では,本願発明について,当業者が刊行物1記載
の発明,及び,従来周知の金型に基づいて容易に発明をすることができたと判
断したと理解されるべきであり,刊行物1記載の発明と上記従来周知の金型と
を組み合わせて1つの発明を構成するに当たり,刊行物1記載の発明を上記金
型に適用しても,上記金型を刊行物1記載の発明に適用しても,組み合わせた
結果としての発明に相違はないから,理由不備の違法はないと主張する。
しかし,被告の上記主張は,採用の限りでない。すなわち,仮に,審判体が,
本願発明について,当業者であれば,金型に係る特定の発明を基礎として,同
発明から容易に想到することができるとの結論を導くのであれば,金型に係る
特定の発明の内容を個別的具体的に認定した上で,本願発明の構成と対比して,
相違点を認定し,金型に係る特定の発明に,公知の発明等を適用して,上記相
違点に係る本願発明の構成に想到することが容易であったといえる論理を示す
ことが求められる。金型に係る特定の発明を主引用例発明として用い,これを
基礎として結論を導く場合は,刊行物1記載の発明を主引用例発明として用い,
これを基礎として結論を導く場合と,相違点の認定等が異なることになり,本
願発明の相違点に係る構成を容易に想到できたか否かの検討内容も,当然に異
なる。そうすると,刊行物1記載の発明を主引用例発明としても,従来周知の
金型を主引用例発明としても,その両者を組み合わせた結果に相違がないとす
る被告の主張は,採用の限りでない。
2 結論
以上によれば,原告の取消事由1(理由不備)に係る主張は,理由がある。
被告が縷々主張する点は,いずれも理由がない。よって,その余の取消事由に
ついて判断するまでもなく,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯 村 敏 明
裁判官
齊 木 教 朗
裁判官
武 宮 英 子

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