平成21(ワ)36145特許権侵害差止等請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成22年12月3日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告株式会社東芝松島淳也 原告ジェムスターディベロプメント
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対象物 |
ビデオカセットレコーダインデックスと電子番組ガイドの組み合わせ |
法令 |
特許権
特許法123条1項5号6回 特許法36条6項1号3回 特許法36条6項2号2回 特許法101条5号2回 特許法29条2項1回 特許法104条の31回 特許法29条1項3号1回 特許法102条3項1回
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キーワード |
実施14回 無効10回 特許権7回 侵害4回 無効審判4回 新規性3回 差止2回 進歩性2回 優先権1回 刊行物1回 ライセンス1回 損害賠償1回
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主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
1 本件は,発明の名称を「ビデオカセットレコーダインデックスと電子番組ガ
イドの組み合わせ」とする後記2(2)の本件特許の特許権者である原告が,被
告に対し,その製造,販売する別紙被告製品目録記載のレコーダー(ただし,
同目録記載(2)のレコーダーについては,既に製造,販売を終了している。以
下,一括して「被告製品」という。)が上記発明の方法の使用に用いられる物
であって後記2(2)の本件発明による課題の解決に不可欠なものであり,被告
は被告製品が本件発明の実施に用いられることを知りながら,業として,上記
行為を行い,本件特許権を侵害するものとみなされる(特許法101条5号)
と主張して,同法100条1項,2項に基づき,同目録記載(1)のレコーダー
の製造,販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,不法行為(特許権侵害)
による損害賠償請求権に基づき,損害合計1億1968万円及びこれに対する
不法行為の後である平成21年10月21日(訴状送達の日の翌日)から支払
済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 |
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判決文
平成22年12月3日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成21年(ワ)第36145号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成22年9月29日
判 決
アメリカ合衆国 カリフォルニア州<以下略>
原 告 ジェムスター ディベロプメント
コーポレイション
同訴訟代理人弁護士 片 山 英 二
本 多 広 和
岡 本 尚 美
牧 恵 美 子
同訴訟代理人弁理士 加 藤 志 麻 子
東京都港区<以下略>
被 告 株 式 会 社 東 芝
同訴訟代理人弁護士 鮫 島 正 洋
松 島 淳 也
髙 見 憲
同訴訟復代理人弁護士 和 田 祐 造
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,別紙被告製品目録記載(1)のレコーダーを製造,販売してはならな
い。
2 被告は,前項記載のレコーダーを廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,1億1968万円及びこれに対する平成21年10月
21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,発明の名称を「ビデオカセットレコーダインデックスと電子番組ガ
イドの組み合わせ」とする後記2(2)の本件特許の特許権者である原告が,被
告に対し,その製造,販売する別紙被告製品目録記載のレコーダー(ただし,
同目録記載(2)のレコーダーについては,既に製造,販売を終了している。以
下,一括して「被告製品」という。)が上記発明の方法の使用に用いられる物
であって後記2(2)の本件発明による課題の解決に不可欠なものであり,被告
は被告製品が本件発明の実施に用いられることを知りながら,業として,上記
行為を行い,本件特許権を侵害するものとみなされる(特許法101条5号)
と主張して,同法100条1項,2項に基づき,同目録記載(1)のレコーダー
の製造,販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,不法行為(特許権侵害)
による損害賠償請求権に基づき,損害合計1億1968万円及びこれに対する
不法行為の後である平成21年10月21日(訴状送達の日の翌日)から支払
済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
原告は,電子番組ガイド及びその関連技術の開発,商品化等を目的として,
アメリカ合衆国カリフォルニア州法に基づき設立された法人である。(弁論
の全趣旨)
被告は,レコーダーを含むデジタル機器等の製造,販売等を目的とする株
式会社である。
(2) 原告の特許権
原告は,下記特許の特許権者である。
同特許は,アメリカ合衆国特許出願(優先日:平成8年3月15日)を優
先権主張の基礎としてPCT国際出願(PCT/US97/04074)さ
れたもの(国際公開番号:WO97/34413)である。(甲2,乙1
1)
記
特 許 番 号 第3195367号
発明の名称 ビデオカセットレコーダインデックスと電子番組ガイド
の組み合わせ
出願年月日 平成9年3月14日
登録年月日 平成13年6月1日
特許請求の範囲
【請求項1】視聴のために番組を選択する方法において,
記憶媒体に記録された複数の番組のディレクトリを生成する段階であっ
て,前記ディレクトリは,前記記録された番組のタイトルと該記録され
た番組の位置とを含む,前記段階と,
複数の情報提供者から放送される複数の番組のディレクトリを生成する
段階であって,前記ディレクトリは,前記放送される番組のタイトルと
該放送される番組のチャンネルとを含む,前記段階と,
記録された番組の前記ディレクトリと放送される番組の前記ディレクト
リを二者択一的に表示する段階と,
前記放送される番組の内の1つからの番組あるいは前記記録された番組
の内の1つからの番組を,表示されるディレクトリと同時に二者択一的
に表示する段階と,
前記表示する段階で表示された記録された番組の前記ディレクトリから
の番組タイトルのうち1つを目立たせる段階と,
前記目立たせられた番組タイトルに対応する番組を検索する段階と,
前記表示された番組を前記検索された番組で置き換えることによって,
前記表示されたディレクトリと同時に前記検索された番組を表示する段
階と,
を備えることを特徴とする方法。
【請求項2】∼【請求項18】省略
(以下,上記特許の【請求項1】に係る発明を「本件発明」,その特許
を「本件特許」といい,その特許出願の願書に添付した明細書及び図
面を併せて「本件明細書」という。なお,その特許公報〔甲2〕を別
紙として添付する。)
(3) 構成要件の分説
本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,分説した構
成要件をそれぞれ「構成要件A」∼「構成要件I」という。)。
A 視聴のために番組を選択する方法において,
B 記憶媒体に記録された複数の番組のディレクトリを生成する段階であ
って,前記ディレクトリは,前記記録された番組のタイトルと該記録さ
れた番組の位置とを含む,前記段階と,
C 複数の情報提供者から放送される複数の番組のディレクトリを生成す
る段階であって,前記ディレクトリは,前記放送される番組のタイトル
と該放送される番組のチャンネルとを含む,前記段階と,
D 記録された番組の前記ディレクトリと放送される番組の前記ディレク
トリを二者択一的に表示する段階と,
E 前記放送される番組の内の1つからの番組あるいは前記記録された番
組の内の1つからの番組を,表示されるディレクトリと同時に二者択一
的に表示する段階と,
F 前記表示する段階で表示された記録された番組の前記ディレクトリか
らの番組タイトルのうち1つを目立たせる段階と,
G 前記目立たせられた番組タイトルに対応する番組を検索する段階と,
H 前記表示された番組を前記検索された番組で置き換えることによって,
前記表示されたディレクトリと同時に前記検索された番組を表示する段
階と,
I を備えることを特徴とする方法
(4) 被告製品
ア 被告は,被告製品を次の表の「発売日」欄記載の時から製造し,販売し
ている(なお,被告は,別紙被告製品目録記載(2)のレコーダーについて
は,既に製造,販売を終了している。)。
製品名(機種番号) 発売日
RD−E1004K 平成21年 8月上旬
RD−E304K 平成21年 8月上旬
RD−X9 平成21年 9月上旬
RD−S1004K 平成21年 9月上旬
RD−S304K 平成21年 9月上旬
RD−E160 平成18年12月上旬
RD−E300 平成18年11月上旬
イ 被告製品を用いて実施される方法(以下「被告製品方法」という。)は,
別紙被告製品説明書記載のとおりであり,本件発明の構成要件Aを充足す
る。
3 争点
(1) 被告製品方法は,本件発明の技術的範囲に属するか。
ア 構成要件B該当性
イ 構成要件C該当性
ウ 構成要件D該当性
エ 構成要件E該当性
(なお,構成要件F∼I該当性についても争いがあるが,これらは,結局の
ところ,構成要件B∼E該当性の争点に収れんされるから,独立して争点
として挙げることはしない。)
(2) 被告は被告製品が本件発明の実施に用いられることを知りながら,業とし
て,被告製品の製造,販売を行ったものであるか。
(3) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか。
(4) 損害額
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(被告製品方法は,本件発明の技術的範囲に属するか)について
ア 構成要件B該当性
(ア) 原告
a 本件発明の構成要件Bの「記憶媒体に記録された複数の番組のディ
レクトリ」(以下「記録番組ディレクトリ」という。)とは,記憶媒
体に記録された複数の番組の番組情報の集合体であって,選択された
番組情報に対応する特定の記録番組を記憶媒体の中から検索するため
に利用されるものを意味する。
なお,本件発明の構成要件Bの「記憶媒体」とは,データを保存す
るための記録媒体であり,その種類には,ビデオテープのみならず,
ハードディスクドライブ(以下「HDD」という。)も含まれる。ま
た,本件発明の構成要件Bの「位置」とは,記憶媒体に記録された複
数の番組のそれぞれが当該記憶媒体のどこに記憶されているかを示す
情報(以下「記憶位置情報」という。)を意味するもので,記憶媒体
に記録された個々の番組の記憶位置情報が「ディレクトリ」に含まれ
ることにより,「ディレクトリ」内の番組情報を選択した際,対応す
る番組の記憶位置情報に基づき,記憶媒体からの番組検索及び再生が
可能となる。
b 被告製品方法は,被告製品に内蔵されたHDDに記録された複数の
番組の録画番組一覧表を表示し,録画番組一覧表に表示されたタイト
ルの1つが選択されると,選択されたタイトルに対応する番組をHD
Dから読み出し,テレビ画面に表示するが,その前提として,被告製
品に内蔵されたHDDに記録された複数の番組のディレクトリを生成
する段階を有していることは明らかである。また,当該生成されたデ
ィレクトリに,記録された番組のタイトル情報と,記録された番組の
HDD記憶位置情報が含まれていることも明らかである。
よって,被告製品方法は,構成要件Bを充足する。
c なお,本件発明の構成要件Bは,「記憶媒体に記録された複数の番
組ディレクトリを生成する」こと,すなわち,「記録された複数の番
組」を対象として番組ディレクトリが生成されることを規定している
にすぎず,ディレクトリをどのように生成するかという観点からの限
定は何ら付されていない。また,本件発明は記憶媒体がビデオテープ
であることを前提とするものでもないから,構成要件Bについて「記
録番組ディレクトリを生成する以前から記憶媒体に記録されていた複
数の番組に関する情報を記憶媒体から抽出(解読)して,記録番組デ
ィレクトリを生成する」などと限定解釈すべき理由はない。
したがって,仮に,被告製品方法において,「個々」の番組の「記
録中」に記録番組ディレクトリが生成されているとしても,「記憶媒
体に記録された複数の番組のディレクトリが生成」されることには変
わりがない。また,記録番組ディレクトリに蓄積される情報(番組タ
イトル,チャンネル,月日,放送番組の長さ等)は,いずれも記憶媒
体の「外」から収集される情報であるが,仮に被告製品方法において
かかる情報が記憶媒体を介在させずに記録番組ディレクトリに直接蓄
積されたとしても,「記憶媒体に記録された複数の番組のディレクト
リが生成」されることに変わりがない。
(イ) 被告
a 本件発明の構成要件Bの「記憶媒体」は,本件特許の原文である
「WO97/34413」(乙11)に記載された「ビデオテープ」
の上位概念であり,本件特許は,原文に記載されていない事項を含む
ものとして,後記のとおり,特許無効審判により無効とされるべきも
のである(特許法123条1項5号,104条の3第1項)。
したがって,本件発明の技術的範囲を確定する場面においては,無
効理由となる部分まで包含しないように,構成要件Bの「記憶媒体」
については,原文(乙11)に記載されていた「ビデオテープ」に限
定して解釈すべきである。
しかるところ,被告製品方法においては,記憶媒体としてHDDを
採用しており,ビデオテープを使用することはないから,本件発明の
構成要件Bを充足しない。
b 本件発明の構成要件Bの「記録された複数の番組のディレクトリを
生成」とは,テープの長手方向(走行方向)に沿って記録再生すると
いうビデオテープの方式を前提とすれば,次の図のとおり,「記録番
組ディレクトリを生成する以前から記憶媒体に記録されていた複数の
番組に関する情報を記憶媒体から抽出(解読)して,記録番組ディレ
クトリを生成すること」を意味するものと解される。
これに対し,被告製品方法は,次の図のとおり,あらかじめHDD
のシステム領域にディレクトリファイルを記録しておき,「記録中の
番組に関する個々の情報をHDD(記憶媒体)外から収集することで
ディレクトリを更新する」(放送番組を記録し始めると同時に,順次,
個別の番組ごとのディレクトリ情報を電子メモリ上で追加登録し,記
録の完了と同時にディレクトリの更新も完了する)のであり,「記録
番組ディレクトリを生成する以前から記憶媒体に記録されていた複数
の番組に関する情報を記憶媒体から抽出(解読)して,記録番組ディ
レクトリを生成すること」はしていない。
したがって,被告製品方法は,本件発明の構成要件Bの「記録され
た複数の番組のディレクトリを生成」を充足しない。
イ 構成要件C該当性
(ア) 原告
a 構成要件Cの「複数の情報提供者から放送される複数の番組のディ
レクトリ」(以下「放送番組ディレクトリ」という。)とは,複数の
情報提供者から放送される複数の番組の番組情報の集合体であって,
選択された番組情報に対応する特定の放送番組を複数のチャンネルの
中から検索するために利用されるものを意味する。
「放送番組ディレクトリ」には,放送される複数の番組の番組情報
として,例えば「時刻,チャンネル,長さ,タイトル」といった多様
な情報を含むことが可能であるが,「ディレクトリ」の機能からして,
少なくとも放送される番組の「タイトル」情報と「チャンネル」情報
が含まれることが要件とされる。
なお,本件発明における「チャンネル」は,放送番組を特定するた
めに必要な番組情報としての「チャンネル」情報,すなわち,「どの
放送局から番組が放送されているかが識別できる情報」を意味するも
のと解するのが合理的である。
b 被告製品方法は,複数の放送局から放送される複数の番組の電子番
組表を表示し,電子番組表に表示されたタイトルの1つが選択される
と,選択されたタイトルに対応する放送番組を,チューナーのチャン
ネル切替えによってテレビ画面に表示するが,その前提として,複数
の放送局から放送される複数の番組のディレクトリを生成する段階を
有していることは明らかである。
なお,構成要件Cにおいて放送番組ディレクトリを生成する場合に,
ディレクトリを構成する「情報」自体を新たに一から生成することま
でが要求されているわけではなく,放送番組ディレクトリを構成する
番組情報が外部から送信されてくることは,むしろ当然のことである。
しかし,このように外部から順次送信されてくる放送信号の中から番
組情報を抽出し,1つの集合体としてシステム内で利用できるように
蓄積することは,レコーダー等のシステムによる動作があって初めて
行われることであって,システムが何ら動作することなく,番組情報
の集合体をシステム内部で生成することができるわけではない。この
ような番組情報の抽出及び蓄積は,とりもなおさず,システムによる
放送番組ディレクトリの「生成」である。
被告製品方法においても,テレビ画面に電子番組表を表示する前提
として,外部から送信される放送信号から放送番組の番組情報を抽出
し,これを内部に蓄積していることは明らかであるから,放送番組デ
ィレクトリを生成する段階を有している。
また,当該生成されたディレクトリに,放送される番組のタイトル
情報と放送される番組のチャンネル情報(被告製品方法が利用してい
るのは「放送局コード」であるが,これは全国の各放送局を識別する
コードであり,「どの放送局から番組が放送されているかが識別でき
る情報」の一種であるから,本件発明の構成要件Cの「チャンネル」
に該当する。)が含まれていることは明らかである。
よって,被告製品方法は,本件発明の構成要件Cを充足する。
(イ) 被告
構成要件Cの「チャンネル」とは,その用語の通常の意味からして,
「テレビ放送ごとに割り当てられる番号で,地域により異なり,また,
任意の放送局を割り当てることができるもの」であると解されるところ,
被告製品方法では,「放送される番組のチャンネル」ではなく,これと
は概念が異なる「放送局コード」(テレビ放送局ごとに割り当てられる
コードで,地域によって異ならず,放送局に固有のコード)を使用して
いる。
また,被告製品方法は,被告製品の外部から受信した放送番組の情報
を複製して利用するのみであり,「複数の情報提供者から放送される複
数の番組のディレクトリ」を「生成」(情報の集合体を新たに作り出す
こと)しているわけではない。
したがって,被告製品方法は,本件発明の構成要件Cを充足しない。
ウ 構成要件D該当性
(ア) 原告
a 被告製品方法は,上記アの記録番組のディレクトリと上記イの放送
番組のディレクトリとを,前者は録画番組一覧表という形式で,後者
は電子番組表という形式で,二者択一的に表示する段階を有している
から,本件発明の構成要件Dを充足する。
b なお,構成要件Dにおいては,記録番組ディレクトリに含まれるす
べての情報をテレビ画面上に表示するなどとは記載されておらず,デ
ィレクトリに含まれる情報を一律に表示しなければならないという技
術的制約もないのであるから,そのいずれを表示するかについては,
「表示」の段階において,別途,選択の余地があることになる。
ディレクトリを生成する際にいかなる情報を含むかということと,
かかるディレクトリの表示をいかなる形式によって行うかは別次元の
話であり,生成される情報と具体的に表示される情報の範囲が食い違
っていたとしても,何ら矛盾はない(本件発明の技術的特徴に照らし
ても,記憶位置情報は,必ずしも表示される必要はない。)。
したがって,被告製品方法において,記録番組ディレクトリを表示
するに当たり「位置」情報を表示していないとしても,被告製品方法
が構成要件Dを充足することの妨げにはならない。
(イ) 被告
a 本件発明の構成要件Dにおいては「記録された番組の前記ディレク
トリを……表示」することが要件となっているところ,ここでいう
「前記ディレクトリ」は,少なくとも「記録された番組のタイトルと
該記録された番組の位置とを含む」ことが要件とされているから(構
成要件B),「記録された番組の前記ディレクトリを……表示」した
場合,表示画面上には,少なくとも「記録された番組のタイトル」と
「記録された番組の位置」が表示されてしかるべきであり,そのよう
に解するのがクレーム文言の解釈論として明確性,客観性を有する。
また,本件発明を実施した方法を利用する視聴者は,ディレクトリ
の情報やカーソルを利用して記録番組の位置を決定し,これにより
「テープ上の選択された番組の流れを制御する」ことによって番組を
視聴するものである。そして,本件発明においては,テープインデッ
クスガイドを前提とする開示がされており,「番組の位置」情報には,
テープ上の記憶位置のみならず,複数のテープの中でどのテープに記
憶されているのかという情報(テープ番号)も含まれるのであり,視
聴者は,このテープ番号(「番組の位置」情報)を使って番組をサー
チするのであるから,本件発明においては,「番組の位置」情報が表
示されることが想定されているというべきである。
しかるところ,被告製品方法で表示される「記録された番組のディ
レクトリ」では,「位置」情報が表示されない。
b また,本件発明の構成要件Dは「記録された番組の前記ディレクト
リと放送される番組の前記ディレクトリを二者択一的に表示する」と
なっているところ,「二者択一」とは「2つの物事のうち,いずれか
1つを選ぶこと」であるから,構成要件Dを充足するためには,「2
つの物事のうち,いずれか1つを選ぶ」という態様で,記録番組ディ
レクトリと放送番組ディレクトリが表示されなければならない。
しかるところ,被告製品方法では,「録画タイトル」,「今の番
組」,「次の番組」の3つの物事(1種類の記録番組ディレクトリと
2種類の放送番組ディレクトリ)のうち1つを選ぶという態様で表示
しているのであって,「二者択一的に表示」しているとはいえない。
c したがって,被告製品方法は,本件発明の構成要件Dを充足しない。
エ 構成要件E該当性
(ア) 原告
被告製品方法は,上記イの放送される番組(「将来放送される番組」
に限らず「現在放送中の番組」も含まれるが,構成要件Eにおいて「放
送される番組」がディレクトリと同時に二者択一的に表示される場合に
は,将来の番組そのものについては表示のしようがないのであるから,
必然的に「現在放送中の番組」を意味することになる。)の内の1つの
番組あるいは上記アの記録された番組の内の1つの番組を,表示される
録画番組一覧表あるいは電子番組表と同時に二者択一的に表示する段階
を有しているから,構成要件Eを充足する。
なお,構成要件Eは,「前記放送される番組の内の1つからの番組あ
るいは前記記録された番組の内の1つからの番組を,表示されるディレ
クトリと同時に二者択一的に表示する段階」であるところ,当該記載に
おける「,」(読点)の位置に注意して解釈すれば,ここで二者択一的
に表示されるのは,「前記放送される番組の内の1つからの番組」と
「前記記録された番組の内の1つからの番組」であって,その際にいず
れの番組であっても同時に「ディレクトリ」が表示されると解するのが
正しい解釈である。つまり,番組表示と同時にディレクトリが表示され
ることについては規定されているものの,番組とディレクトリの組合せ
については何ら制限されるものではない。
実際,本件明細書の発明の詳細な説明においては,表示される番組と
ディレクトリの組合せに関しては,「放送番組と放送番組ディレクトリ
の同時表示」,「放送番組と記録番組ディレクトリの同時表示」,「記
録番組と記録番組ディレクトリの同時表示」及び「記録番組と放送番組
ディレクトリの同時表示」の4通りがあることが示されている。
(イ) 被告
本件発明の構成要件Eにおいては「前記放送される番組の内の1つか
らの番組あるいは前記記録された番組の内の1つからの番組を,表示さ
れるディレクトリと同時に二者択一的に表示する」とされているが,本
件発明については,拒絶理由を解消するために「放送される番組又は記
録された番組の中の1つからの番組が,それと対応するディレクトリと
同時に表示」という場面に限定することによって特許査定を受けるに至
ったという出願経過(乙4∼6)があったのであるから,本件発明の構
成要件Eにいう「二者択一的に表示」とは,「放送番組とこれに対応す
る放送番組ディレクトリの同時表示」,「記録番組とこれに対応する記
録番組ディレクトリの同時表示」が「二者択一的に表示」されることを
意味するものと解釈すべきである(これに反する原告の主張は,禁反言
の法理に照らし,許されない。)。
被告製品方法の「録画番組一覧表」が記録番組ディレクトリ,「電子
番組表」が放送番組ディレクトリをそれぞれ表示したものであるとして
も,被告製品方法においては,「放送番組と放送番組ディレクトリの同
時表示」と「記録番組と記録番組ディレクトリの同時表示」以外 に,
「放送番組と記録番組ディレクトリの同時表示」や「記録番組と放送番
組ディレクトリの同時表示」が表示されるため,いわば「四者択一」と
なっており,「放送番組とこれに対応する放送番組ディレクトリの同時
表示」,「記録番組とこれに対応する記録番組ディレクトリの同時表
示」が「二者択一的に表示」されるわけではない。
仮に,構成要件Eの「二者択一」が「前記放送される番組の内の1つ
からの番組」と「前記記録された番組の内の1つからの番組」の「二者
択一」を意味するものであるとしても,被告製品方法では,そもそも
「放送される番組」を「表示」していない。すなわち,本件発明の構成
要件Eの「放送される番組」とは,将来放送される番組を意味するもの
であり,現在放送中の番組は含まれないと解されるところ,被告製品方
法では,現在放送中の番組を表示することはあるが,将来放送される番
組を表示することはない。
したがって,被告製品方法は,本件発明の構成要件Eを充足しない。
(2) 争点(2)(被告は被告製品が本件発明の実施に用いられることを知りなが
ら,業として,被告製品の製造,販売を行ったものであるか)について
ア 原告
原告と被告は,本件発明を含むライセンス交渉を平成18年3月ころか
ら行っているところ,被告は,本件発明が特許発明であること,及び被告
製品がその発明の実施に用いられることについて,遅くとも各被告製品の
販売開始日(平成18年11月から平成21年9月)までには知っていた。
イ 被告
争う。
(3) 争点(3)(本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか)に
ついて
ア 被告
本件特許は,以下に述べるとおり,特許無効審判により無効にされるべ
きものであり,原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができな
い(特許法104条の3第1項)。
(ア) 新規性の欠如
本件発明は,本件特許出願の優先日(平成8年3月15日)以前の平
成8年3月7日に頒布されたWO96/07270A1(乙7)に記載
された発明と同一の発明であり,「特許出願前に日本国内又は外国にお
いて,頒布された刊行物に記載された発明」(特許法29条1項3号)
に該当する。
すなわち,乙7には,「チャンネルグレージング(判決注:視聴者が
チャンネルからチャンネルに切り替えて,それぞれの受信されたチャン
ネルにどのような番組が放映されているかを見ることによって,チャン
ネル選択を行うこと)を容易にするために,テレビの視聴者は,PIP
(判決注: picture-in-picture〔画像内画像〕の略)フォーマットを使用し
て,番組スケジュールデータベースからの現在テレビ番組リストを背景
に表示すると共に,表示されたリストから特定の番組を選択すると,そ
れに対応する番組が,PIP窓に自動的に現れる」発明(以下「引用発
明」という)が記載されており,本件発明の構成要件A∼Iがすべて開
示されている。
(イ) 進歩性の欠如
引用発明においては,「全チャンネル」ガイドから「このチャンネ
ル」ガイドに切り替える段階で,「このチャンネルガイド」以外にも,
「次」のガイド,「分類」ガイドのほか,「全チャンネル」ガイドに復
帰することが可能であるから,二者択一ではなく,四者択一が開示され
ており,この点(構成要件D,E)が相違点であると評価する余地があ
る。しかしながら,仮に上記の点が相違点とされたとしても,「次」の
ガイドへの切替,「分類」ガイドへの切替,「全チャンネル」ガイドへ
の復帰を可能とするか否かは,単なる設計事項であるから,当業者であ
れば,引用発明に基づいて,本件発明に容易に想到したということがで
きる。
したがって,本件発明は,特許法29条2項に該当する。
(ウ) 「ディレクトリ」との記載が不明確であることに起因する記載要件違
反
本件明細書の「ディレクトリ」は,その意味が不明確であり,「特許
を受けようとする発明が明確であること」(特許法36条6項2号)に
違反している。
すなわち,「ディレクトリ」という用語の普通の意味は,「ハードデ
ィスクやフロッピーディスク,CD−ROMなどの記憶装置で,ファイ
ルを分類・整理するための保管場所」であるが,この「ディレクトリ」
の意味を前提に,請求項の記載から特許を受けようとする発明の内容を
確認しようとしても,全く意味をなさない(例えば,構成要件Dを例に
説明すると,「ファイルを分類・整理するための保管場所」を「二者択
一的」に「表示」することになるが,本件発明との関係では意味をなさ
ない。)。
したがって,本件発明は,請求項の記載がそれ自体で明確ではない場
合の類型に属するものであり(この点は,原告が,本件明細書の「発明
の詳細な説明」の記載から「ディレクトリ」の定義づけを試みているこ
とからしても明らかである。),このような場合,特許庁の審査基準に
よれば,「特許請求の範囲以外の明細書及び図面中に請求項の用語につ
いての定義又は説明があるかどうかを検討し,その定義又は説明を出願
時の技術常識をもって考慮して請求項中の用語を解釈することによって,
請求項の記載が明確といえるかどうか」を判断することになるが,本件
明細書には「ディレクトリ」の用語についての定義がなく,その使用も
されていないのであるから,結局,特許請求の範囲が不明確であると結
論づけるほかない。
このように「ディレクトリ」の意味が不明確であることにより,特許
請求の範囲の内容も不明確であるから,本件特許は,特許法36条6項
2号が規定する「特許を受けようとする発明が明確であること」に違反
している。
(エ) 構成要件Cについてサポート要件違反
本件発明の構成要件Cは「複数の情報提供者から放送される複数の番
組のディレクトリを生成する段階」と規定するが,前記のとおり,本件
発明でいう「ディレクトリ」とはいかなるものか不明確であるから,こ
の構成要件についてサポート要件を満たすためには,①どのような対象
物を(「ディレクトリ」概念の特定),②どのような方法で生成するの
かが記載されていなければならないはずである。
しかしながら,これらの事項は,本件明細書の「発明の詳細な説明」
に記載も示唆もされていないから,「特許を受けようとする発明が発明
の詳細な説明に記載したものであること」(特許法36条6項1号)と
いうサポート要件に違反する。
(オ) 構成要件Dについてサポート要件違反
構成要件Dは,「記録された番組の前記ディレクトリと放送される番
組の前記ディレクトリを二者択一的に表示する段階と,」と規定するが,
「記録番組ディレクトリと放送番組ディレクトリが二者択一的に表示す
る段階」については,発明の詳細な説明に何ら記載も示唆もされていな
い。
なお,構成要件Eの「前記放送される番組の内の1つからの番組ある
いは前記記録された番組の内の1つからの番組を,表示されるディレク
トリと同時に二者択一的に表示する段階と,」についても,発明の詳細
な説明に十分な記載があるとはいえないが,仮に,構成要件Eについて
サポート要件を具備していると評価できるとしても,これらは,番組と
ディレクトリを同時に表示する構成要件Eをサポートする記載であって,
これと明確に区別された構成要件Dがサポートされているとはいえない。
以上のとおり,「二者択一」が本件明細書の「発明の詳細な説明」に
記載されておらず,特許法36条6項1号に違反する。
(カ) 構成要件Bの「記憶媒体」が原文新規事項
特許法123条1項5号には,「外国語書面出願に係る特許の願書に
添付した明細書,特許請求の範囲……に記載した事項が外国語書面に記
載した事項の範囲内にないとき」は,特許を無効にすべき理由として規
定されているところ,上記規定は,PCT出願に関し,それぞれ「外国
語書面出願」,「外国語書面」を同法184条の18によって読み替え
ており,要するに,PCT出願原文にかかる翻訳文(補正にかかる事項
を含む)に開示されている事項であって,PCT出願原文に開示されて
いない事項(原文新規事項)が存在する場合,本件特許に基づく権利行
使はできない。
そして,「外国語書面」を読み替えたPCT原文である「第184条
の4第1項の国際出願日における国際出願の明細書,請求の範囲又は図
面」(WO97/34413〔乙11〕)には,本件発明の構成要件B
に規定されている「記憶媒体」に該当する記載はなく,「 video tape」
(以下「ビデオテープ」と表記する。)に関する記載しかない。
しかるに,本件明細書(甲2)で規定した構成要件Bの「記憶媒体」
は , 「 ビデ オ テ ープ 」 の 上 位概 念 で ある か ら ,W O 9 7 /3 4 4 1 3
(乙11)に記載されていない「ビデオテープ」以外の「記憶媒体」を
含むという点で,原文新規事項となる(特許法123条1項5号)。
(キ) 構成要件Cの「ディレクトリを生成」が原文新規事項
特許法123条1項5号の「外国語書面」を同法184条の18によ
って読み替えたPCT原文である「第184条の4第1項の国際出願日
における国際出願の明細書,請求の範囲又は図面」(WO97/344
13〔乙11〕)には,本件発明の構成要件Cに規定されている「ディ
レクトリを生成」に該当する記載はなく,当該事項が原文新規事項であ
る(特許法123条1項5号)。
(ク) 構成要件Dの「二者択一」が原文新規事項
特許法123条1項5号の「外国語書面」を同法184条の18によ
って読み替えたPCT原文である「第184条の4第1項の国際出願日
における国際出願の明細書,請求の範囲又は図面」(WO97/344
13〔乙11〕)には,本件発明の構成要件Dに規定されている「二者
択一」に該当する記載はなく,当該事項は原文新規事項である。
(ケ) 構成要件Eの「二者択一」が原文新規事項
特許法123条1項5号の「外国語書面」を同法184条の18によ
って読み替えたPCT原文である「第184条の4第1項の国際出願日
における国際出願の明細書,請求の範囲又は図面」(WO97/344
13〔乙11〕)には,本件発明の構成要件Eに規定されている「二者
択一」に該当する記載はなく,当該事項は原文新規事項である。
イ 原告
(ア) 新規性の欠如の主張について
引用発明は,グレージング(テレビのチューナをチャンネルからチャ
ンネルへ切り換え,各チャンネルに受信されている番組をスクリーン上
で見ることで番組を選択すること)に関するものであり,各チャンネル
に受信されている番組の選択をより簡便な操作により行うことを発明の
解決すべき課題とするものである。その具体的内容は,現在放送されて
いるテレビ番組の番組リストや将来のテレビ番組リストを背景に表示さ
せ,その中から選択された番組の動画やビデオクリップ画像を同時にP
IP窓に表示させるという技術に関する発明であり,本件発明にいう
「放送される番組」の間での番組選択を容易にした発明でしかない。
よって,引用発明は,「テレビ視聴モードと,テレビ放送される番組
に対する番組ガイド画面及び記録された番組に対するインデックスガイ
ド画面により構成されるガイドモードとの間で切換を行う点」に関する
構成を欠いていることは明らかであり,このような引用発明に基づいて
本件発明の新規性が否定されることはない。
(イ) 進歩性の欠如の主張について
引用発明には,本件発明の構成要件D,Eのほか,構成要件B,F∼
Iについても開示がない。そして,これらの相違点は,「記録された番
組」のディレクトリに関する構成や,「放送される番組」と「記録され
た番組」の双方のディレクトリに関連する構成であるところ,引用発明
には「記録された番組」やそのディレクトリについて何ら記載がなく,
また,双方のディレクトリを二者択一的に選択することについても何ら
記載がないのであるから,当業者が引用発明に基づいて容易に想到し得
るはずがない。
(ウ) 「ディレクトリ」との記載が不明確であることに起因する記載要件違
反の主張について
被告は,構成要件B,Cにおける「ディレクトリ」という用語が多義
的に使用されているなどと主張するが,構成要件Bの「記憶媒体に記録
された複数の番組のディレクトリ」と構成要件Cの「複数の情報提供者
から放送される複数の番組のディレクトリ」に含まれる情報が違うとい
うことや,両者の利用目的が異なるということにすぎず,構成要件B,
Cの「ディレクトリ」そのものとして備えなければならない必須条件が
違うということではないから,これらの情報が違うことを指摘したとこ
ろで,構成要件Bと構成要件Cとで「ディレクトリ」の意味が多義的で
あるとはいえない。
また,被告は,「ディレクトリの情報」,「番組ディレクトリ 」,
「オンスクリーンディレクトリ」といった用語が何の定義もされていな
いため,各用語の使い分けが困難であるという理由で,「ディレクト
リ」の用語の意味が不明確であると主張するが,「ディレクトリの情
報」,「番組ディレクトリ」,「オンスクリーンディレクトリ」の用語
は,「ディレクトリ」と一般的に理解できる用語とを単純に組み合わせ
たものでしかなく,原告の主張する「ディレクトリ」の定義に基づいて
それぞれの用語を明確に理解することが可能であるから,このような用
語について明細書に個別に定義づけをする必要はない。
以上のとおり,「ディレクトリ」の意味が明確でないとする被告の主
張は,いずれも根拠がない。
(エ) 構成要件Cについてのサポート要件違反の主張について
被告は,構成要件Cについて,「ディレクトリ」の意味が不明確であ
ることを前提に,①どのような対象物を,②どのような方法で生成する
のかが記載されている必要があるが,本件明細書にはそのような記載も
示唆もないから,特許法36条6項1号のサポート要件を満たしていな
いと主張する。
しかしながら,「ディレクトリ」の意味は明確であるから,これが不
明確であることを前提とする被告の主張は失当である。また,ディレク
トリの生成方法について限定する必要はないのであるから,明細書にそ
の点の記載があるか否かは関係がない。
(オ) 構成要件Dについてのサポート要件違反の主張について
被告は,構成要件Dの「記録された番組の前記ディレクトリと放送さ
れる番組の前記ディレクトリを二者択一的に表示する段階」が本件明細
書に記載も示唆もされていないなどと主張するが,本件明細書には
「視聴者がGUIDE/TVボタン28を押すと,PIPチップ23は
オンとなり,ガイドスイッチ20は,EPG装置18ないしTIS装
置22をPIPチップ23に連結し,テレビ28はEPGないしテー
プインデックスガイドを表示する。」(甲2の8欄27行∼31行),
「ガイドモードでは,INDEXボタン30はスイッチ20を制御す
る。従って視聴者は,図3に示すようなEPG画面から,図4に示す
ようなテープインデックスガイド画面に切り換えてもよく,図11A,
1Bに示すようにその逆の切換をしてもよい。」(同10欄10行∼
14行)
との記載がある。
上記部分には,視聴者がGUIDE/TVボタンを押すとテレビがE
PG(放送番組ディレクトリ)又はテープインデックスガイド(記録番
組ディレクトリ)を表示すること,そして,EPG画面からテープイン
デックスガイド画面への切換え,又はその逆の切換えができることが明
記されているのであるから,被告の上記主張は理由がない。
(カ) 構成要件Bの「記憶媒体」が原文新規事項との主張について
PCT出願を基礎とする本件明細書に原文新規事項が含まれるか否か
の判断は,本件明細書に記載された事項が,PCT外国語出願に添付さ
れた明細書(以下「原文明細書」という)に記載された事項の範囲内で
あるかどうかという判断によって行うが,その基準は,補正において新
規事項が含まれるか否かの判断と同じであり,「原文明細書に記載され
た事項の範囲内であるかどうか」という基準に従って判断される。そし
て,この判断においては,「当該明細書の記載から自明な事項」につい
ても考慮されるものであり(審査基準の「補正」の箇所参照),必ずし
も原文明細書に同じ文言が記載されていなければ,原文新規事項に該当
するというものではない。
しかるところ,本件PCT出願の出願時においては,ビデオテープ以
外の記録媒体(ハードディスク,フロッピーディスク,CD−R,DV
D等)も当業者において周知のものであった。しかも,原文明細書の記
載から明らかなとおり,本件発明の解決すべき課題及びこれに対応した
技術的特徴とは,ガイド画面間の移動やガイドモードとテレビ視聴モー
ドとの間での移動を容易にし,視聴をしやすくしたことにあるところ,
当業者の技術常識によれば,本件発明がビデオテープを記録媒体として
用いることを前提とする発明であるとか,媒体がビデオテープでなけれ
ば発明の作用効果を奏しないなどとは解されない。
これらのことからすると,当業者であれば,原文明細書における「ビ
デオテープ」とは,「記憶媒体」の一例として記載されていたにすぎな
いと理解するのであるから,構成要件Bにおける「記憶媒体」の記載は
「原文明細書の記載から自明な事項」に該当し,原文明細書に記載され
た事項の範囲内のものと解されるべきである。
(キ) 構成要件Cの「ディレクトリを生成」が原文新規事項との主張につい
て
「ディレクトリ」とは,「複数の番組の番組情報の集合体であって,
選択された番組情報に対応する特定の番組を検索するために利用される
もの」である。原文明細書の図3に示されるEPG画面には,「番組一
覧エリア58」に情報提供者から提供される複数の番組が表示されてお
り,このことは,情報提供者から受信した情報に基づいて,ディレクト
リが生成されていることを示している。
よって,構成要件Cにおける「ディレクトリを生成する」の記載は,
原文新規事項ではない。また,ディレクトリを生成する段階は,本件発
明の技術的特徴を特定するためのいわば前提要件にすぎないのであり,
かかる意味においても原文新規事項にはなり得ない。
(ク) 構成要件Dの「二者択一」が原文新規事項との主張について
原文明細書には,本件明細書と同様,「本発明におけるテレビジョン
システムにより,視聴者はテレビジョンモードからいずれかのガイド,
すなわちEPGまたはテープインデックスガイドにアクセスすることが
でき,またガイドモードにおいて2つのガイドの間を移動することもで
きる。」(乙11の4頁7∼9行),「視聴者は,図3に示すようなE
PG画面から図4に示すようなテープインデックススクリーンに切り換
えてもよく,図11Aと11Bに示すようにその逆の切り換えをしても
よい。」(乙11の7頁14∼16行)と記載され,図11A及び11
Bには,上記2つのガイド間の切換えについて明りょうに示されている。
したがって,構成要件Dにおける,記録された番組の前記ディレクト
リであるEPGと,放送される番組の前記ディレクトリであるテープイ
ンデックスガイドを二者択一的に表示することは,原文明細書に記載さ
れており,原文新規事項ではない。
(ケ) 構成要件Eの「二者択一」が原文新規事項との主張について
原文明細書には,本件明細書と同様,「視聴者はガイドモードの間に
VCR16からの番組出力とチューナー12からの番組出力の間の切換
をPIPウィンドウ50の中で行ってもよい。」(乙11の7頁14∼
16行),「視聴者は,PIPウィンドウ50に現に放映中の番組を見
続けながら,(略)望みの番組が記録されたビデオテープを識別してV
CR16にロードした後,図7の画面が表示される。」(乙11の7頁
34行∼8頁3行)と記載され,図7においては,PIP窓50にビデ
オの映像が流れることが示されている。
したがって,構成要件Eにおける「前記放送される番組の内の1つか
らの番組」と「前記記録された番組の内の1つからの番組」を二者択一
的に表示することは,原文明細書に記載されており,原文新規事項では
ない。
(4) 争点(4)(損害額)について
ア 原告
被告は,平成18年11月から平成21年9月までの間,別紙被告製品
目録記載(1),(2)のレコーダーを少なくとも17万台販売した。
原告が本件発明の実施に対し受けるべき金銭の額は,被告製品1台当た
り704円を下らないから,原告は,少なくとも1億1968万円を自己
が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる(特許法102
条3項)。
イ 被告
否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告製品方法は,本件発明の技術的範囲に属するか)について
(1) 被告製品方法が本件発明の構成要件Aを充足していることは当事者間に争
いがない。
(2) 本件事案にかんがみ,被告製品方法が本件発明の構成要件Dを充足するか
否かについて検討する。
ア 本件発明の構成要件Dは,「記録された番組の前記ディレクトリと放送
される番組の前記ディレクトリを二者択一的に表示する段階と,」という
ものであるところ,上記「記録された番組の前記ディレクトリ」とは,本
件発明の構成要件Bにおいて生成された「記憶媒体に記録された複数の番
組のディレクトリ」を指し,「放送される番組の前記ディレクトリ」とは,
本件発明の構成要件Cにおいて生成された「複数の情報提供者から放送さ
れる複数の番組のディレクトリ」を指すものであることは,【請求項1】
の文言から明らかである。
そして,本件発明の構成要件Bによれば,「記録された番組の前記ディ
レクトリ」には,「記録された番組のタイトル」と「記録された番組の位
置」が不可欠な情報として含まれ,構成要件Dにおいて,このような「記
録された番組の前記ディレクトリ」が(「放送される番組の前記ディレク
トリ」と二者択一的に)表示されるというのであるから,これらの文言か
らすれば,「記録された番組のタイトル」と「記録された番組の位置」に
係る情報がそのまま表示されるものと解するのが相当である。
イ また,本件明細書(甲2)には,本件発明の実施例として,
「テープ上に貯えられた制御とディレクトリの情報から,テープインデッ
クスガイドシステムは,画面上に表示されるべき番組ディレクトリを作
り出す。ディレクトリにより視聴者は,自分のテープライブラリ中の記
録番組の位置を決定し,VCRにロードされたテープ上の選択された番
組の流れを制御できる。」(6欄35∼41行)
という記載があり,本件発明を実施した方法を利用する視聴者が,ディレ
クトリの情報を利用して記録番組の位置を決定し,これにより「VCRに
ロードされたテープ上の選択された番組の流れを制御」することによって
番組を試聴する態様が明らかにされている。
さらに,本件明細書には,本件発明の別の実施例(代替実施例)として,
「選択した番組,例えば図7の『 When You Wish Upon A Star』のプレイが
一旦終わると,テープ索引付け&探索装置22は,VCRを自動的に停
止するか,テープを巻き戻して選択した番組のプレイを繰り返すか,テ
ープを流し続けて次の番組の『 Belle』を表示するかのいずれを行って
もよい。」(9欄29∼34行)」
という記載があり,「 When You Wish Upon A Star」 と「 Belle」との間に時
的先後関係があることが分かるから,本件明細書の【第7図】に表示され
ている番組のタイトルは,テープに記録されている順序で表示されている
ものと理解することができる。
【第7図】
本件特許の優先日(平成8年3月15日)当時,テレビ番組の記録媒体
としてビデオテープ以外のものが実用化されていたことを認めるに足りる
証拠はなく(原告は,上記優先日当時,ビデオテープ以外のハードディス
ク,フロッピーディスク,CD−R,DVD等の記録媒体も当業者に周知
であったと主張するが,原告がその証拠として提出する甲13∼16を検
討しても,その当時,原告が指摘するような記憶媒体が存在していたこと
はうかがわれるものの,これらがテレビ番組の録画という用途に耐える程
度に実用化されていたことを認めるには足りない。),ビデオテープでは,
複数の番組を記憶する際に,先頭位置からの順番を相対的な位置情報とし
て用いて頭出しをすることが通常であるから,【第7図】で表示されてい
る番組ディレクトリは,テープに記録された番組の相対的な位置(順序)
を含んでいると認められる。
加えて,本件明細書には,上記代替実施例について,
「番組をテープ番号でサーチした場合,テープの先頭に貯えられた番組は
カーソル60で一覧エリア58に強調表示される。……代替実施例では,
適切なテープがロードされるとTIS装置22は選択された番組サーチ
を自動的に開始する。」(9欄50行目∼10欄9行目)
という記載があり,視聴者は,この「テープ番号」(複数のテープのうち,
どのテープに記憶されているかを示す「番組の位置」情報)を使って番組
のサーチを行うというのであるから,上記代替実施例においては,「番組
の位置」情報が表示されることが前提とされているものということができ
る。
ウ 以上のとおり,本件明細書の上記イの記載及び図示は,上記アの文言解
釈と整合するものであり,これらの記載及び図示を考慮しても,本件発明
は,構成要件Bで生成された番組ディレクトリ(記録された番組の位置を
含んでいる。)をそのまま構成要件Dで表示するものであると解釈するの
が相当である。
原告は,本件発明の技術的特徴に照らして記憶位置情報は必ずしも表示
される必要はないと主張するが,本件特許に係る特許請求の範囲には,
「記憶媒体に記録された複数の番組のディレクトリを生成する段階であっ
て,前記ディレクトリは,前記記録された番組のタイトルと該記録された
番組の位置とを含む」(下線は判決において付加した。)と明りょうに記
載されているのであって,原告の上記主張は特許請求の範囲の記載に基づ
かないものであり,採用することができない。
エ 他方,被告製品については,「録画番組一覧表」において,「記録され
た番組の前記ディレクトリ」に含まれる情報のうち「記録された番組のタ
イトル」を表示していることは認められるものの,「記録された番組の位
置」を表示しているとは認められない。すなわち,被告製品では,番組を
記録する記録媒体として,先頭から順次アクセスするテープではなく,任
意の位置にランダムにアクセスすることが可能なHDDを利用しているの
であるから,「録画番組一覧表」に表示されている順序は,HDD上での
記録位置とは何らの関連がないものであり,その他,本件全証拠を検討し
ても,被告製品について,「記録された番組の位置」を表示していること
を認めることはできない。
オ したがって,被告製品方法は,本件発明の構成要件Dを充足するものと
認めることはできない。
2 以上のとおり,被告製品方法は,本件発明の構成要件Dを充足するものと認
めることはできないから,被告製品は本件発明の方法の使用に用いられる物と
いうことはできず,その製造,販売が特許法101条5号のみなし侵害に該当
するということはできない。
よって,原告の請求は,その余の点について検討するまでもなく,いずれも
理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡 本 岳
裁判官
鈴 木 和 典
裁判官
坂 本 康 博
別 紙
被 告 製 品 目 録
以下の機種番号を有するレコーダー
(1) RD−E1004K
RD−E304K
RD−X9
RD−S1004K
RD−S304K
(2) RD−E160
RD−E300
別紙
被告製品説明書<添付省略>
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