平成21(行ケ)10403審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成22年8月31日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告株式会社東芝ホールディングス株式会社
東芝コンシューマエレクトロニクス・
東芝ホームアプライアンス株式会社
ら訴訟代理人弁護士高橋雄一郎
ら訴訟代理人弁理士堀口浩 原告三菱電機株式会社
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法令 |
特許権
特許法17条の25回
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キーワード |
審決19回 進歩性9回 無効5回 実施2回 特許権1回 無効審判1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯
被告らは,特許第3290336号(発明の名称「洗濯機の脱水槽 。以下」
「本件特許」という )の特許権者である。。
本件特許は,平成7年7月20日,出願され(特願平7−184351号。
以下,出願当初の明細書を「当初明細書」という。甲6 ,平成13年11月)
( ) , ,22日付け手続補正書 甲1 によって 明細書の特許請求の範囲の請求項1
発明の詳細な説明の【0008 【0013 【0029】を変更する補正】, 】,
がされ(以下,同補正後の明細書を図面とともに「本件明細書」という ,。)
平成14年3月22日,設定登録された(請求項の数7 。)
原告は,平成21年2月20日,本件特許の特許請求の範囲の請求項1ない
し7記載の発明についての特許を無効とすることを求めて無効審判を請求した
(無効2009−800040号 。特許庁は,平成21年11月5日 「本件) ,
審判の請求は,成り立たない 」との審決をし,その謄本は,同月17日,原。
告に送達された。
2 特許請求の範囲 |
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判決文
平成22年8月31日 判決言渡
平成21年(行ケ)第10403号 審決取消請求事件
平成22年6月29日 口頭弁論終結
判 決
原 告 三 菱 電 機 株 式 会 社
訴訟代理人弁理士 高 橋 省 吾
同 稲 葉 忠 彦
同 湯 山 崇 之
同 井 上 み さ と
同 萩 原 亨
被 告 株 式 会 社 東 芝
被 告 東芝コンシューマエレクトロニクス・
ホールディングス株式会社
被 告 東芝ホームアプライアンス株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士 高 橋 雄 一 郎
被告ら訴訟代理人弁理士 堀 口 浩
同 小 川 泰 典
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2009−800040号事件について平成21年11月5日
にした審決を取り消す。
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告らは,特許第3290336号(発明の名称「洗濯機の脱水槽 」。以下
「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許は,平成7年7月20日,出願され(特願平7−184351号。
以下,出願当初の明細書を「当初明細書」という。甲6),平成13年11月
22日付け手続補正書 甲1)
( によって ,明細書の特許請求の範囲の請求項1,
発明の詳細な説明の【0008 】 【0013 】 【0029】を変更する補正
, ,
がされ(以下,同補正後の明細書を図面とともに「本件明細書」という 。 ,
)
平成14年3月22日,設定登録された(請求項の数7 )。
原告は,平成21年2月20日,本件特許の特許請求の範囲の請求項1ない
し7記載の発明についての特許を無効とすることを求めて無効審判を請求した
(無効2009−800040号)。特許庁は,平成21年11月5日,「本件
審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月17日,原
告に送達された。
2 特許請求の範囲
本件明細書の特許請求の範囲の請求項の記載は次のとおりである。
(1) 請求項1
金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した胴部
と,この胴部の下縁部に結合した底板,及び胴部の上縁部に装着したバラン
スリングとを具備するものにおいて,フィルタ部材を具え,このフィルタ部
材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充
分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余すことを特
徴とする洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明1」という。)
(2) 請求項2
胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部の内側凸形状に合
わせ,フィルタ部材に凹部を形成したことを特徴とする請求項1記載の洗濯
機の脱水槽。(以下「本件発明2」という 。)
(3) 請求項3
胴部の接合部がかしめによるもので,フィルタ部材の凸状部に対し,胴部
のかしめ接合部に凹陥部を形成して,これらを遊嵌したことを特徴とする請
求項1記載の洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明3」という 。
)
(4) 請求項4
胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部一帯の部分に凹陥
部を形成し,この凹陥部にフィルタ部材の全体を遊嵌したことを特徴とする
請求項1記載の洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明4」という。)
(5) 請求項5
胴部の接合部がかしめによるもので,そのかしめ接合部の内側部分を平坦
にしたことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽 。(以下「本件発明
5」という。)
(6) 請求項6
胴部の接合部を突合わせ溶接としたことを特徴とする請求項1記載の洗濯
機の脱水槽。(以下「本件発明6」という 。)
(7) 請求項7
フィルタ部材が胴部の接合部をまたいでその両側部でねじ固定されている
ことを特徴とする請求項1記載の洗濯機の脱水槽。(以下「本件発明7」と
いう。)
3 審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,請求項1に「このフィルタ
部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い 」という発明特定事項,
及び「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又
は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する平成13年11月22
日付け補正は,本件特許の当初明細書に記載した事項の範囲内においてされ
たものであるから,本件発明1ないし7は,特許法17条の2第3項の規定
を満たしていない特許出願に対して特許されたものであるとはいえず ,また,
本件発明1は,甲3,4記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたものとはいえないから,本件発明1ないし7に係る特許を無効と
することはできないとするものである。
(2) 審決が,本件発明1は,甲3記載の発明(以下「甲3」発明という。 ,
)
甲4記載の発明(以下「甲4」発明という。)に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものとはいえないとの結論を導く過程において認定し
た甲3発明,甲4発明の内容,本件発明1と甲3発明の一致点,相違点は,
次のとおりである。
ア 甲3発明
ステンレス鋼板を円筒状に曲げるとともに,継ぎ目をカシメ結合するこ
とにより形成した胴体部と,この胴体部の下端部に結合した底板,及び胴
体部の上端部に結合したバランスリングとを具備するものにおいて,上下
に延びて継ぎ目を覆うように設けられ,上端はバランスリングまで延び,
下端は次の目の下端を越えて下方に延びる,糸くずフィルタが装着された
循環路体を具え,この循環路体が,上下の全長領域の一部で胴体部の継ぎ
目を内側より覆った洗濯機の洗濯兼脱水槽。
イ 甲4発明
脱水槽を兼用する洗濯槽と,洗濯槽の上部周囲に取付けたバランスリン
グとを具備するものにおいて,付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有す
るカバーを具え,この付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有するカバー
が,洗濯槽の側壁に取付けられ,付着体と付着体を覆う多数の通水孔を有
するカバーの上下の全長領域よりも極めて小さな寸法の間隔を,舌片13
の両側に位置するカバーの上端とバランスリングとの間に余す洗濯槽。
ウ 本件発明1と甲3発明の対比
(ア) 一致点
「金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した
胴部と,この胴部の下縁部に結合した底板,及び胴部の上縁部に装着し
たバランスリングとを具備するものにおいて,フィルタ体を具え,フィ
ルタ体が前記胴部の接合部を内側より覆う洗濯機の脱水槽」である点。
(イ) 相違点1
本件発明1では,(フィルタ部材の)上下の全長より充分小さな寸法
「
の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」のに対して,甲3
発明では,「隙間」の存在及び構成が明らかでない点。
(ウ) 相違点2
フィルタ体が,胴部の接合部を内側から覆った際の状態が,本件発明
1では ,「上下の全長で」覆うものであるのに対して,甲3発明では,
「上下の全長領域の一部で」覆うものである点。
第3 取消事由に関する原告の主張
審決は,新規事項追加に関する判断の誤り(取消事由1 ),進歩性に関する
判断の誤り(取消事由2)があるから,違法として取り消されるべきである。
1 新規事項追加に関する判断の誤り(取消事由1)
請求項1に「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より
覆い」という発明特定事項,及び「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙
間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加す
る補正(以下「本件補正」という場合がある。)は,本件特許の当初明細書に
記載した事項の範囲内においてされたものであるから,本件発明1ないし7は ,
特許法17条の2第3項の規定を満たしていない特許出願に対して特許された
ものであるとはいえないとした審決の判断は誤りである。その理由は,以下の
とおりである。
(1) 「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又
は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正について
「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は
底板との間に余す」という文言は当初明細書に存在しないから,この発明特
定事項を追加する補正が当初明細書に記載した事項の範囲内においてされた
ものといえるためには,この発明特定事項が当初明細書から自明でなければ
ならない。しかし,以下のとおり,この発明特定事項は,当初明細書から自
明であるとはいえない。
ア 隙間に関する当初明細書の記載について
(ア) 当初明細書には,次のとおりの記載がある。
a 「そのバランスリング又は底板に対し非接触状態で前記胴部の接合
部を内側より覆うフィルタ部材を具えたことを 」(請求項1)
b 「このため,特に冷えたときの揚水路形成部材の熱収縮量が脱水槽
の胴部のそれより大きく,上部のバランスリングとの間,及び下部の
底板との間にそれぞれ隙間が生じてしまって,これらの隙間に洗濯物
が挟まれてしまい,傷められる。( 0006】
」【 )
c 「フィルタ台19を,バランスリング17から寸法L1離し,底板
14から寸法L2離した非接触状態で,上部脱水槽1の胴部13に,
接合部 かしめ接合部)
( 12を内側より覆うように取付けている」 0
(【
013】)
d 「バランスリング17からフィルタ台19までの間では,脱水槽1
内を覗く使用者の視点E(図1参照)に対し,ここの接合部12がバ
ランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ部材1
7から底板14までの間では,ここの接合部12がフィルタ部材17
の陰(死角D2)となって見えなくなる。( 0016 】
」【 )
e 「そして,フィルタ台19が熱収縮しても,これとバランスリング
17との間,又は底板14との間にはもともと寸法L1,L2の隙間
があり,それらが広くなるだけで,そこには従来の揚水路形成部材と
バランスリング及び底板との間に生じたわずかな隙間のように洗濯物
が挟まれるということはない。( 0018】
」【 )
f 「フィルタ台19は必ずしもバランスリング17及び底板14の双
方に対して非接触状態である必要はなく,そのうちの一方に対しての
み非接触状態であっても良い。( 0020】
」【 )
g 「フィルタ部材をバランスリング又は底板に対し非接触状態で胴部
に取付けたことにより,それらの間に洗濯物が挟まれるようになるこ
となく」【 0029 】
( )
h 第1図には,発明の第1実施例を示す主要部分の縦断面図が示され
ている。
(イ) 前記(ア)の当初明細書の記載によれば,当初明細書には,フィルタ
部材とバランスリング又は底板との間の隙間に関し,次の事項が記載さ
れている。
① フィルタ台と上部のバランスリングとの間,及びフィルタ台と下部
の底板との間の隙間は,洗濯物が挟まれない程のものである。わずか
な隙間ではない 。(前記(ア)b,e,g)
② フィルタ台は必ずしもバランスリング及び底板の双方に対して非接
触状態である必要はなく,そのうちの一方に対してのみ非接触状態で
あっても良い。すなわち,他方はバランスリング及び底板と接触状態
であってもよい。(前記(ア)a,c,f)
③ バランスリング17からフィルタ台19までの隙間の接合部は,バ
ランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ部材か
ら底板14までの隙間の接合部は,フィルタ部材の陰(死角D2)と
なって見えない。(前記(ア)d)
④ 図1では,フィルタ台19をバランスリング17から寸法L1離し,
フィルタ台19を底板14から寸法L2離した非接触状態にある。な
お,図1では,L1:フィルタ台19の上下長さ:L2の比は,公開
公報(特開平9−28977,甲6)の図1を定規で測定した結果に
よれば,1:50:5である。(前記(ア)c,h)
イ フィルタ部材の全長との比較について
補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」
という発明特定事項では, フィルタ部材の上下の全長」と「隙間の寸法」
「
を比較した上で ,「隙間の寸法」が「フィルタ部材の上下の全長」よりも
充分に小さいとしている。
しかし,当初明細書において,隙間は ,「洗濯物が挟まれない程のもの
である。わずかな隙間ではない 。 (前記ア(イ)① ) 「バランスリング1
」 ,
7の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ材の陰(死角D2)となっ
て見えない。(前記ア(イ)③)という要件を備えるものとして記載されて
」
いるにとどまり,フィルタ部材の全長と比較して記載されていない。本件
発明の課題( 0006 】
【 )や目的( 0007 】
【 )も,隙間単体の大きさ
を問題としており,フィルタ部材の全長と比較した大きさを問題としてい
るものではない。
このように,当初明細書には,フィルタ部材の全長と比較して隙間の大
きさを特定するという考えはないから,「その上下の全長より充分に小さ
な寸法の隙間」という発明特定事項は,出願当初明細書から自明であると
はいえない。
ウ 「充分」であることについて
補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」
という発明特定事項のうち,フィルタ部材の上下の全長より充分に小さい
かどうかの判断基準は,当初明細書には示されていない。前記ア(イ)④の
とおり,図1では,L1:フィルタ台19の上下長さ:L2の比は,出願
公開公報の図1を定規で測定した結果によれば,1:50:5であるが,
L1,L2が充分に小さいと判断するための基準が何かは示されていない。
また,補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の
隙間」という発明特定事項によれば,隙間の寸法は,フィルタ部材の全長
より充分に小さければどんなに小さくてもよいということになる。しかし ,
当初明細書では,隙間が小さすぎる場合には洗濯物が挟まれるとの課題が
あるとして,隙間は,洗濯物が挟まれない程のものとされている(前記ア
(イ)① )。そうすると,隙間の寸法がフィルタ部材の全長より充分に小さ
ければよいということは,当初明細書から自明であるとはいえない。
エ 隙間の一方が大きいものについて
補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を
前記バランスリング又は底板との間に余す」
という発明特定事項によれば ,
充分に小さな寸法の隙間は,バランスリングとの間又は底板との間のいず
れかにあればよく,両方にある必要はないということになり,例えば,バ
ランスリングとの間の隙間は充分に小さいが,底板との間の隙間がかなり
大きいものも含まれることになる。しかし,当初明細書では,請求項1,
【0020】も含め,バランスリングとの間に小さい隙間を設け,底板と
の間は隙間を設けずに接触状態にしてもよいということが示されているに
すぎず,バランスリング又は底板との間に大きな寸法の隙間を空けるもの
は,当初明細書に記載されておらず,当初明細書から自明でもない。
(2) 「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」
という発明特定事項を追加する補正について
「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」と
いう文言は当初明細書に存在しないから,この発明特定事項を追加する補正
が当初明細書に記載した事項の範囲内においてされたものといえるために
は,この発明特定事項が当初明細書から自明でなければならない。しかし,
以下のとおり,この発明特定事項は,当初明細書から自明であるとはいえな
い。
ア フィルタ材に関する当初明細書の記載について
(ア) 当初明細書の【0013】ないし【0015】,図3には,フィル
タ材に関して,次のとおりの記載がある。
a 「フィルタ部材8も,詳細には,プラスチック製のフィルタ台19
と,これに揺動可能に取付けたフレーム20がプラスチック製のフィ
ルタ21とから成っており」【0013 】
( )
b 「フィルタ台19の上部に形成した係合部22を,脱水槽1の胴部
13の接合部12両側の部分に形成した係合孔23にそれぞれ係合さ
せ」【0014】
( )
c 「フィルタ台19には,図2に示すように,かしめ接合部12の内
側凸12a形状に合わせて,凹部25を形成しており,これをそのか
しめ接合部12の内側凸12a部に嵌合させている。( 0015 】
」【 )
d 図3には,フィルタ部材を取付けた脱水槽胴部単体の斜視図が示さ
れている。
(イ) 前記(ア)の当初明細書の記載によれば,当初明細書には,「フィル
タ部材8は,プラスチック製のフィルタ台19,フィルタ台19に揺動
可能に取付けたフレーム20,プラスチック製のフィルタ21とから成
っており,フィルタ台19の上部に形成した係合部22を胴部の係合孔
23に係合させ,フィルタ台19により接合部12を覆っている。」と
いうことが記載されている。
イ フィルタ部材の全長で覆うことについて
「全長」とは,文字通り「全長の長さ 」(広辞苑)という意味であるか
ら,フィルタ部材8の上下の全長とは,係合部22を含めた全体の長さと
いうことになる。しかし,前記ア(イ)のとおり,当初明細書によれば,係
合部22は係合孔23に係合されており,接続部を覆っていないから,当
初明細書には,「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内
側より覆い」ということは記載されておらず,かつ,当初明細書から自明
ともいえない。
2 進歩性に関する判断の誤り(取消事由2)
審決が,進歩性に関する判断の前提として,本件発明1における「隙間」の
意義を,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して認定したことは誤りであ
る。その理由は,以下のとおりである。
発明の進歩性について審理するに当たって,発明の認定は,特段の事情がな
い限り,明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請
求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,
あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の
記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の
発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。
請求項1における「隙間」という文言は,「物と物との間のすいた所。 (広
」
辞苑第四版)と一義的に明確に理解することができ,これは一見して誤記であ
るとも認められないから,その解釈に当たって,明細書の発明の詳細な説明の
記載を参酌する余地はない。
したがって,審決が,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して,請求項
1の「隙間」という文言を「隙間における接合部が,バランスリング又はフィ
ルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大
きさに形成されているもの」と認定したことは誤りであり,その認定を前提と
して行った進歩性の判断も誤りである。
第4 被告の反論
審決は,その判断に誤りはなく,取り消されるべき違法はない。
1 新規事項追加に関する判断の誤り(取消事由1)に対し
請求項1に「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より
覆い」という発明特定事項,及び「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙
間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項を追加す
る補正は,本件特許の当初明細書に記載した事項の範囲内においてされたもの
であるから,本件発明1ないし7は,特許法17条の2第3項の規定を満たし
ていない特許出願に対して特許されたものであるとはいえないとした審決の判
断に誤りはない。その理由は,以下のとおりである。
(1) 「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又
は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正について
ア フィルタ部材の全長との比較について
当初明細書の記載によれば,本件発明1は,脱水槽の接合部をフィルタ
部材で覆い,接合部が見えず,洗濯物が接合部に触れないようにするとい
う要請と,バランスリングとフィルタ部材の間及びフィルタ部材と底板の
間に金属とプラスチックの熱膨張率の違いによって生ずる僅かな隙間がで
きることを防止するという要請をいずれも充足するため,バランスリング
とフィルタ部材の間又はフィルタ部材と底板の間に,バランスリング又は
フィルタ台によって見えなくなる程度の小さな隙間を設けるものである。
そして,バランスリング及びフィルタ台によって見えなくなる程度の隙間
とは,バランスリング及びフィルタ台の寸法からして,かなり小さく,図
1においても,フィルタ部材の上下の全長との関係で,隙間の寸法L1,
L2が充分に小さいことが示されている。したがって,隙間の寸法がフィ
ルタ部材の上下の全長より充分に小さいことは,当初明細書から自明な事
項である。
イ 「充分」であることについて
本件発明1の「隙間」は,当初明細書の記載によれば ,「隙間における
接合部がバランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとと
もに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」であり ,
その程度の寸法であれば,フィルタ部材の上下の全長よりも充分に小さい
といえる。
補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」
という発明特定事項は,フィルタ部材の全長より充分に小さければどんな
に小さくてもよいということまでを意味するものではない。隙間が「洗濯
物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」であることは,当
初明細書の記載から明らかである。
ウ 隙間の一方が大きいものについて
請求項1の「隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」とは,
フィルタ部材の上下両方に隙間を設けなくても,すなわち,いずれか一方
に隙間を設け,他方に隙間を設けなくても,作用効果を期待できることを
述べたものであり,フィルタ部材の上下いすれかの隙間が大きいものは本
件発明1に該当しない。
(2) 「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」
という発明特定事項を追加する補正について
当初明細書の【0013】には,フィルタ部材8はフィルタ台19とフィ
ルタ21の2部材から構成されることが明記されている。そして,フィルタ
部材は,脱水槽の胴部の接合部を内側より覆うための部材であるのに対し,
係合部22は,脱水槽の胴部13の外面に係止し,フィルタ部材を脱水槽に
取り付けるために必要な構成であって,接合部を内側から隠すものではない。
そうすると,フィルタ部材8の上下の全長には,係合部22は含まれない。
したがって,当初明細書には,フィルタ部材が上下の全長で胴部の接合部を
内側から覆うことが記載されていた。
2 進歩性に関する判断の誤り(取消事由2)に対し
審決が,進歩性に関する判断の前提として,本件発明における「隙間」の意
義を,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して認定したことに誤りはない。
すなわち,審決は,「隙間」ということば自体の意味が不明確であるとした
ものではなく,本件発明の「フィルタ部材の上下の全長より充分に小さな寸法
の隙間」の技術的意義について,特許請求の範囲の請求項1の記載からは一義
的に明確に理解できないとして,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して
認定したものであるから,審決の認定に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 新規事項追加に関する判断の誤り(取消事由1)について
当裁判所は,請求項1に「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合
部を内側より覆い」という発明特定事項,及び「その上下の全長より充分に小
さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定
事項を追加する補正は,本件特許の当初明細書に記載した事項の範囲内におい
てされたものであるから,本件発明1ないし7は,特許法17条の2第3項の
規定を満たしていない特許出願に対して特許されたものであるとはいえないと
した審決の判断に誤りはないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
特許法17条の2第3項は,補正について,願書に最初に添付した明細書,
特許請求の範囲又は図面(以下「出願当初明細書等」という場合がある。)に
記載した事項の範囲内においてしなければならない旨を定める。同規定は,出
願当初から発明の開示を十分ならしめるようにさせ,迅速な権利付与を担保し,
発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分
にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するとともに,出願時に開示
された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのな
いようにするなどの趣旨から設けられたものである。
そして,発明とは,自然法則を利用した技術的思想であり,課題を解決する
ための技術的事項,又はその組み合わせによって成り立つものであることから
すれば,同条3項所定の「出願当初明細書等に記載した事項」とは,出願当初
明細書等によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提にな
る。当該補正が,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合する
ことにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入し
たものと解されない場合には,当該補正は,明細書,特許請求の範囲の記載又
は図面に記載した事項の範囲内においてされたものというべきであって,同条
3項に違反しないと解すべきである。
上記の観点から,本件補正について検討する。
(1) 「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又
は底板との間に余す」という発明特定事項を追加する補正について
ア 当初明細書に記載した事項の範囲内かについて
(ア) フィルタ部材と隙間に関し,当初明細書の記載は,次のとおりであ
る。
a 請求項1には,「金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合するこ
とにより形成した胴部と,この胴部の下縁部に結合した底板,及び胴
部の上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて,そ
のバランスリング又は底板に対し非接触状態で前記胴部の接合部を内
側より覆うフィルタ部材を具えたことを特徴とする洗濯機の脱水槽。」
と記載されている。
b 【0002】ないし【0007】によれば,従来の技術,発明が解
決しようとする課題について,次の趣旨が記載されている。
すなわち,胴部が金属板から成る脱水槽は,円筒状に曲成した金属
板の両端部をかしめ又は溶接によって接合して作製されるが,このよ
うな脱水槽においては,槽内を覗く使用者に胴部の接合部が見え,外
観が良くなく,かしめによるものは,かしめの内側への出張りのため
に洗濯物が引掛かりやすく,溶接によるものは,接合部が変色して目
立ち,接合部では錆が発生しやすく,錆が洗濯物に付着するという問
題がある。そこで,胴部の接合部を揚水路形成部材で内側から覆うよ
うにしたものが供されているが,揚水路形成部材は,一般にプラスチ
ック製であり,金属板から成る脱水槽の胴部と熱膨張率が相違するこ
とから,上部のバランスリングとの間及び下部の底板との間にぞれぞ
れ隙間を生じ,これらの隙間に洗濯物が挟まれてしまい,傷められ,
また,揚水路形成部材の上部をバランスリングに嵌合し,下部を底板
に嵌合する必要から,組立性が悪いという問題点を有している。
本発明は,上述の事情に鑑みてなされたものであり,その目的は,
胴部の接合部を見えなくし,その接合部に洗濯物が挟まれたり触れた
りすることなく,かつ組立性を悪くすることもない脱水槽を提供する
ことにある。
c 課題を解決するための手段として ,【0008】には,請求項1と
同旨が記載され,更に【0009】【0010】には,次のとおりの
,
記載がある。
「このものの場合,フィルタ部材で直接胴部の接合部を見えなくで
き,且つ,洗濯物からも遮絶できることに併せ,バランスリングから
フィルタ部材までの間では,ここの接合部がバランスリングの陰とな
って見えず,フィルタ部材から底板までの間では,ここの接合部がフ
ィルタ部材の陰となって見えなくなる 。 ,
又 それら各間の接合部には,
洗濯物がバランスリングとフィルタ部材,及びフィルタ部材と底板に
それぞれ止められて触れることがなくなる。( 0009】
」【 )
「そして,フィルタ部材が熱収縮しても,これとバランスリングと
の間,又は底板との間にはもともと隙間があり,それらが広くなるだ
けで,そこには洗濯物が挟まれるようなことはない。更に,フィルタ
部材はバランスリングと底板とに関係なく組付けることができる。」
( 0010】
【 )
d 発明の実施の形態として,次のとおりの記載がある。
「フィルタ部材8も,詳細には,プラスチック製のフィルタ台19
と,これに揺動可能に取付けたフレーム20がプラスチック製のフィ
ルタ21とから成っており,そのフィルタ台19を,バランスリング
17から寸法L1離し,底板14から寸法L2離した非接触状態で,
上記脱水槽1の胴部13に,接合部(かしめ接合部)12を内側より
覆うように取付けている(図2参照)」【0013 】
。( )
「上述のごとく構成したものの場合,脱水槽1の胴部13の接合部
12は,直接的には,これを覆ったフィルタ台19 フィルタ部材8 )
(
によって見えなくされ,且つ,洗濯物からも遮絶される。これに併せ
て,バランスリング17からフィルタ台19までの間では,脱水槽1
内を覗く使用者の視点E(図1参照)に対し,ここの接合部12がバ
ランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ部材1
7から底板14までの間では,ここの接合部12がフィルタ部材17
の陰(死角D2)となって見えなくなる。又,それら各間の接合部1
2には,洗濯物がバランスリング17とフィルタ台19,及びフィル
タ台19と底板14にそれぞれ止められて距離を置き,触れることが
なくなる。( 0016】
」【 )
「かくして,外観を良くでき,かしめ接合部12の内側凸12a部
に洗濯物が引掛かることもなくなる。又,接合部12がその接合をか
しめでなく溶接で行なっていたとして,接合部12が変色しても,そ
れが目立つことはなく,更に,その接合部12に錆が発生しても,洗
濯物に錆が付着することがなくなる。( 0017 】
」【 )
「そして,フィルタ台19が熱収縮しても,これとバランスリング
17との間,又は底板14との間にはもともと寸法L1,L2の隙間
があり,それらが広くなるだけで,そこには従来の揚水路形成部材と
バランスリング及び底板との間に生じたわずかな隙間のように洗濯物
が挟まれるということはない。( 0018】
」【 )
e 図1には,脱水槽内側の接合部が,バランスリング17下端より下
方に寸法L1を隔てた位置から,底板上端より上方に寸法L2を隔て
た位置まで,フィルタ台19(フィルタ部材8)によって覆われてい
ること,脱水槽内を覗く使用者の視点Eから,バランスリング17と
フィルタ台19(フィルタ部材8)の間の寸法L1の接合部12が,
バランスリング17の陰(死角D1)となって見えず,フィルタ台1
9(フィルタ部材8)と底板14の間の寸法L2の接合部12が,フ
ィルタ台19(フィルタ部材8)の陰(死角D2)となって見えなく
なることが示されている。
(イ)a 前記(ア)の当初明細書におけるフィルタ部材と隙間に関する記載
によれば,脱水槽内側の接合部(バランスリング下端から底板上端ま
での間)は,バランスリングとフィルタ部材の隙間及びフィルタ部材
と底板の隙間を残して,その余はフィルタ部材によって覆われるから ,
隙間の大きさは,脱水槽内側の接合部の長さからフィルタ部材の上下
の全長を差し引いた値に等しく,隙間の大きさは,フィルタ部材の上
下の全長との関係で定まるといえる。
b そして,バランスリングとフィルタ部材の間の隙間は,脱水槽内を
覗く使用者の視点から,バランスリングの陰(死角)となって見えな
い程度の大きさでなければならないところ,バランスリングは,脱水
槽の上部開口部の周囲に存在するから,その幅及び上下の長さは,脱
水槽の上下方向の長さ(深さ)に比べてそれ程大きくすることはでき
ないと推認され,そうすると,バランスリングの陰(死角)となって
見えない程度の大きさというのは,脱水槽の上下方向の長さ(深さ)
に比べてかなり小さいものと推認される。
また,フィルタ部材と底板の間の隙間は,脱水槽内を覗く使用者の
視点から,フィルタ部材の陰(死角D2)となって見えない程度の大
きさでなければならないところ,フィルタ部材は,脱水槽内側に設け
られることから,その厚さは,それほど厚くできないと推認され,そ
うすると,フィルタ部材の陰(死角D2)となって見えない程度の大
きさというのは,脱水槽の上下方向の長さ(深さ)に比べてかなり小
さいものと推認される。
さらに,バランスリングとフィルタ部材の間の隙間及びフィルタ部
材と底板の間の隙間は,洗濯物が,バランスリングとフィルタ部材及
びフィルタ部材と底板にそれぞれ止められて,隙間に現れている接合
部に触れることがない程度の大きさにとどまるものでなければなら
ず,その点からも,隙間は小さいものでなければならない。
c 他方,フィルタ部材は,脱水槽内部の接合部を見えないようにし,
かつ接合部に洗濯物が接触しないように,接合部を覆うものでなけれ
ばならないから,上下に相当程度の長さを有するものでなければなら
ない。しかも,前記bのとおり,隙間の大きさが脱水槽の上下方向の
長さ(深さ)に比べてかなり小さいものであることからすると,フィ
ルタ部材は,その上端はバランスリングに近接した高い位置に達しな
ければならず,その下端は,底板に近接した低い位置に達しなければ
ならないから,そうすると,フィルタ部材は,上下に相当程度の長さ
を有するものでなければならず,脱水槽の上下方向の長さの内におい
て相当程度の割合を占めることとなる。
d このように,脱水槽の上下方向の長さの内において,バランスリン
グとフィルタ部材の間の隙間及びフィルタ部材と底板の間の隙間がか
なり小さいものでなければならず,他方,フィルタ部材は,上下に相
当程度の長さを有するものでなければならないことからすると,隙間
は,フィルタ部材の上下の全長より充分に小さい寸法であると認めら
れる。
(ウ) 図1には,バランスリング17とフィルタ部材8(フィルタ部材に
付された「18」との番号は,「8」の誤りであると認められる。)の隙
間L1,フィルタ部材と底板の隙間L2が,フィルタ部材8の上下の全
長より充分に小さい寸法のものとして示されている。
(エ) 以上によれば ,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前
記バランスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項は,当初
明細書の記載から導かれる技術的事項であり,このような発明特定事項
を追加する補正は,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を
総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術
的事項を導入したものとはいえないから,明細書,特許請求の範囲の記
載又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものということがで
きる。
イ 原告の主張に対し
(ア) 原告は,補正により追加された「その上下の全長より充分に小さな
寸法の隙間」という発明特定事項によれば,隙間の寸法は,フィルタ部
材の全長より充分に小さければどんなに小さくてもよいということにな
るとした上で,当初明細書では,隙間が小さすぎる場合には洗濯物が挟
まれるとの課題があるとして,隙間は,洗濯物が挟まれない程のものと
されているから,隙間の寸法がフィルタ部材の全長より充分に小さけれ
ばよいということは,当初明細書から自明であるとはいえないと主張す
る。
しかし ,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間」という発明
特定事項は,隙間の寸法が,フィルタ部材の全長より充分に小さいこと
を意味するとしても,それがどんなに小さくてもよいということまで意
味するとは解されない。
また,当初明細書の【0005】【0006】では,胴部の接合部を
,
揚水路形成部材で内側から覆うようにしたものについて,揚水路形成部
材は,底板からバランスリングにかけて上下に隙間なく取り付けられて
いるとしながら,揚水路形成部材がプラスチック製であり,脱水槽の胴
部が金属製であることから,熱膨張率の違いにより,特に冷えたときに
バランスリングと揚水路形成部材の間及び揚水路形成部材と底板の間に
それぞれ隙間を生じてしまい,これらの隙間に洗濯物が挟まれて傷めら
れることが記載されている。つまり,ここでは,隙間なく取り付けられ
ているにもかかわらず,揚水路形成部材と脱水槽の胴部の熱膨張率の違
いにより特に冷えたときに生じてしまう僅かな隙間に起因する問題点を
述べているものである。これに対し,補正により追加された発明特定事
項は,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリ
ング又は底板との間に余す」として,予め人為的にある程度の大きさの
隙間を設けることであるから,このような発明特定事項について,上記
の問題点が生じるとは解されない。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
(イ) 原告は ,「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バラ
ンスリング又は底板との間に余す」という発明特定事項によれば,バラ
ンスリングとの間の隙間は充分に小さいが,底板との間の隙間がなかり
大きいものも含まれることになるとし,そのようなものは当初明細書に
記載されておらず,当初明細書から自明でもないと主張する。
しかし,補正後の請求項1では ,「このフィルタ部材が上下の全長で
前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸
法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」とされており,
隙間を余すということが,フィルタ部材が接合部を内側より覆うことと
の対比で書かれており,しかも, 小さな寸法の隙間」として,隙間を ,
「
寸法が小さいものに殊更限定していることからすると,補正により追加
された発明特定事項である「その上下の全長より充分に小さな寸法の隙
間を前記バランスリング又は底板との間に余す」とは,バランスリング
又は底板との間の一方はフィルタ部材により接合部を覆って隙間を設け
ず,他方に隙間を設けることを述べているものと解釈するのが,文言の
解釈として合理的であり,一方の隙間がかなり大きい場合も含むとの原
告の主張は,採用することができない。
(2) 「このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」
という発明特定事項を追加する補正について
原告は,フィルタ部材8の上下の全長とは,係合部22を含めた全体の長
さであるが,当初明細書によれば,係合部22は係合孔23に係合されてお
り,接合部を覆っていないから,当初明細書には,「このフィルタ部材が上
下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」ということは記載されておら
ず,かつ当初明細書から自明ともいえないと主張する。しかし,原告の上記
主張は,以下の理由により,採用することができない。
ア 当初明細書の【0013】には ,「フィルタ部材8も,詳細には,プラ
スチック製のフィルタ台19と,これに揺動可能に取付けたフレーム20
がプラスチック製のフィルタ21とから成っており」と記載されており,
【0014】には,「このフィルタ台19の取付けには,図3及び図4に
示すように,フィルタ台19の上部に形成した係合部22を,脱水槽1の
胴部13の接合部12両側の部分に形成した係合孔23にそれぞれ係合さ
せ,その上で,フィルタ台19の下部をねじ24によって脱水槽1の胴部
13の接合部12両側の部分に固定する構成を採用しており」と記載され
ており,これらの記載のみを併せると,フィルタ部材8は,上部に係合部
22を形成したフィルタ台19とその他の部材からなり,したがって,フ
ィルタ部材8の上下の全長とは,係合部22を含めた上下の全長であると
解する余地はある。
イ(ア) しかし,【0013】には,上記のとおり,「フィルタ部材8も,詳
細には,プラスチック製のフィルタ台19と,これに揺動可能に取付け
たフレーム20がプラスチック製のフィルタ21とから成っており」と
記載されているにとどまり,係合部22は,フィルタ部材8の構成部材
としては挙げられていない。さらに , 0013 】には,これに続けて,
【
「そのフィルタ台19を,バランスリング17から寸法L1離し,底板
14から寸法L2離した非接触状態で,上記脱水槽1の胴部13に,接
合部(かしめ接合部)12を内側より覆うように取付けている(図2参
照)」と記載されており,図1には,寸法L1は,バランスリングの下
。
端から,脱水槽内側のフィルタ台19(フィルタ部材8)の上までの距
離であることが示されており,係合部22は,フィルタ台19(フィル
タ部材8)の構成部分としては扱われていない。そして,図3,図4で
は,係合部22は,フィルタ台19と同一部材から成るものの,フィル
タ台19とは別異の部位として示されている。
また,当初明細書の【0016】には,「上述のごとく構成したもの
の場合,脱水槽1の胴部13の接合部12は,直接的には,これを覆っ
たフィルタ台19(フィルタ部材8)によって見えなくされ,且つ,洗
濯物からも遮絶される。これに併せて,バランスリング17からフィル
タ台19までの間では,脱水槽1内を覗く使用者の視点E(図1参照)
に対し,ここの接合部12がバランスリング17の陰(死角D1)とな
って見えず,フィルタ部材17から底板14までの間では,ここの接合
部12がフィルタ部材17の陰 死角D2)
( となって見えなくなる 。 ,
又
それら各間の接合部12には,洗濯物がバランスリング17とフィルタ
台19,及びフィルタ台19と底板14にそれぞれ止められて距離を置
き,触れることがなくなる。」と記載され ,【0018】には,「フィル
タ台19が熱収縮しても,これとバランスリング17との間,又は底板
14との間にはもともと寸法L1,L2の隙間があり,それらが広くな
るだけで,そこには従来の揚水路形成部材とバランスリング及び底板と
の間に生じたわずかな隙間のように洗濯物が挟まれるということはな
い。」と記載されており,これに加えて図1も参照すると,フィルタ台
19(フィルタ部材8)は,脱水槽内部の接合部を覆うものとの観点か
ら主に言及されており,脱水槽内部に存在する部分を指し示すものとし
て用いられているものと認められる。
そうすると,当初明細書の記載に照らし,フィルタ台19(フィルタ
部材8)は,係合部22を含まず,脱水槽内部に存在する部分を指し示
すものと解するのが相当である。
(イ) 技術的にみても,係合部22は,ねじ24と同様にフィルタ台19
(フィルタ部材8)を胴部13に固定するための手段にとどまり,フィ
ルタ台19(フィルタ部材8)の付属的部分ともいい得るから,フィル
タ台19(フィルタ部材8)と別異の部位と捉えることができる。
ウ したがって,フィルタ台19(フィルタ部材8)は,係合部22を含ま
ず,脱水槽内部に存在する部分を指し示すから,当初明細書の記載に照ら
し, このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い」
「
との発明特定事項は,当初明細書に記載されていたものと認められ,新た
な技術的事項を導入したものではないから,原告の前記主張は,採用する
ことができない。
2 進歩性に関する判断の誤り(取消事由2)について
原告は,請求項1における「隙間」という文言は,「物と物との間のすいた
所。(広辞苑第四版)と一義的に明確に理解することができ,これは一見して
」
誤記であるとも認められないから,その解釈に当たって,明細書の発明の詳細
な説明の記載を参酌する余地はなく,審決が,進歩性に関する判断の前提とし
て,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,請求項1の「隙間」という文
言を「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって
見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されている
もの」と認定したことは誤りであると主張する。しかし,原告の上記主張は,
以下の理由により,採用することができない。
すなわち,確かに,「隙間」ということば自体の一般的な意味は,辞書に記
載されているとおり明確であるといえる。しかし,本件発明1を記載した請求
項1においては,「フィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より
覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は
底板との間に余す」として ,「隙間」について,フィルタ部材との関係で相対
的に大きさを示し,バランスリング,底板及びフィルタ部材との関係で位置を
示しているから,本件発明1における「隙間」の技術的意義は,特許請求の範
囲の記載のみでは一義的に理解することはできず,明細書の発明の詳細な説明
の記載を参酌しなければ,その技術的意義を明確に理解することはできない。
そして,明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき,本件発明1の課題・課題
の解決手段・作用効果との関係で「隙間」の技術的意義を考慮するならば , 隙
「
間」は,「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰とな
って見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されて
いるもの」と認められる。したがって,審決が,明細書の発明の詳細な説明の
記載を参酌して,請求項1の「隙間」という文言を「隙間における接合部が,
バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物
が挟まれることのない大きさに形成されているもの」と認定したことに誤りは
ない。特許請求の範囲の文言が,特許請求の範囲から一義的に明確でないとし
ても,明細書の発明の詳細な説明を参酌することにより,その技術的意義を明
確に理解することができる場合には,第三者に不測の不利益を被らせることは
ない。
3 結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に,これを
取り消すべき違法はない。
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯 村 敏 明
裁判官
中 平 健
裁判官
知 野 明
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